(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023175129
(43)【公開日】2023-12-12
(54)【発明の名称】飛行時間型質量分析装置、及びその調整方法
(51)【国際特許分類】
H01J 49/00 20060101AFI20231205BHJP
H01J 49/40 20060101ALI20231205BHJP
【FI】
H01J49/00 360
H01J49/00 090
H01J49/40 100
H01J49/00 310
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022087427
(22)【出願日】2022-05-30
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】内山 皓介
(72)【発明者】
【氏名】大城 朝是
(57)【要約】
【課題】真のピークプロファイルの左右対称性をより正確に反映した評価結果をユーザーに提示する。
【解決手段】本発明に係るTOFMSの一態様は、イオンが飛行するための電場を飛行空間に形成する飛行電場形成部と、イオンを加速して飛行空間に送り込むイオン加速部と、を含む測定部、を具備するTOFMSであって、測定部により得られたデータに基いて、飛行時間又はm/zとイオン強度との関係を示すスペクトルを作成する解析処理部(33)と、スペクトルにおいて観測されるピークについて、そのトップ強度に対し第1の比率を乗じた強度における第1のピーク幅の中点と、該トップ強度に対し第1の比率よりも小さい第2の比率を乗じた強度における第2のピーク幅の中点との、飛行時間又はm/zの差を指標値として算出する指標値算出部(34)と、該指標値からピークの左右対称性を評価して記憶する評価結果記憶部(35)と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンが飛行するための電場を飛行空間に形成する飛行電場形成部と、測定対象であるイオンを加速して前記飛行空間に送り込むイオン加速部と、を含む測定部、を具備する飛行時間型質量分析装置であって、
前記測定部により得られたデータに基いて、飛行時間又は質量電荷比とイオン強度との関係を示すスペクトルを作成する解析処理部と、
前記スペクトルにおいて観測されるピークについて、該ピークのトップ強度に対し第1の比率を乗じた強度における第1のピーク幅の中点と、該ピークのトップ強度に対し第1の比率よりも小さい第2の比率を乗じた強度における第2のピーク幅の中点との、飛行時間又は質量電荷比の差を指標値として算出する指標値算出部と、
前記指標値からピークの左右対称性を評価して記憶する評価結果記憶部と、
を備える飛行時間型質量分析装置。
【請求項2】
前記第1の比率は40%以上60%以下の範囲である、請求項1に記載の飛行時間型質量分析装置。
【請求項3】
前記第2の比率は5%以上30%以下の範囲である、請求項1に記載の飛行時間型質量分析装置。
【請求項4】
前記評価結果記憶部による評価結果を表示する表示処理部をさらに備える、請求項1に記載の飛行時間型質量分析装置。
【請求項5】
前記評価結果記憶部による評価結果を利用して前記測定部に含まれる少なくとも一つの電極へ印加する電圧を調整する調整部、を備える、請求項1に記載の飛行時間型質量分析装置。
【請求項6】
前記測定部に含まれる少なくとも一つの電極に印加する電圧を変更しつつ該測定部で測定を実施し、その測定結果に基く質量分解能、感度、マスピークの波形形状の一又は複数を利用して電圧を調整する調整部、をさらに備え、
前記指標値算出部は、前記調整部で電圧が変更されて測定が実施される毎に、その測定結果に基いて指標値を算出する、請求項1に記載の飛行時間型質量分析装置。
【請求項7】
前記イオン加速部にイオンを導入するイオン導入部をさらに備え、該イオン加速部は導入されたイオンをその直交方向に加速するものであり、前記飛行電場形成部は、イオンを自由飛行させる空間を形成するフライトチューブと、イオンを反射する電場を形成するリフレクトロンと、を含み、前記調整部は、前記イオン加速部、前記フライトチューブ、又は前記リフレクトロンに含まれる少なくとも一つの電極に印加する電圧を調整する、請求項6に記載の飛行時間型質量分析装置。
【請求項8】
前記イオン加速部は、イオンを加速させるためのパルス電圧が印加される第1加速電極と、該第1加速電極により加速されたイオンをさらに加速させるための電圧が印加される第2加速電極と、を含み、前記調整部は、前記第1加速電極又は前記第2加速電極のいずれかに印加する電圧を調整する、請求項7に記載の飛行時間型質量分析装置。
【請求項9】
イオンが飛行するための電場を飛行空間に形成する飛行電場形成部と、測定対象であるイオンを加速して前記飛行空間に送り込むイオン加速部と、を含む測定部、を具備する飛行時間型質量分析装置の調整方法であって、
前記測定部により得られたデータに基いて、飛行時間又は質量電荷比とイオン強度との関係を示すスペクトルを作成する解析処理ステップと、
前記スペクトルにおいて観測されるピークについて、該ピークのトップ強度に対し第1の比率を乗じた強度における第1のピーク幅の中点と、該ピークのトップ強度に対し第1の比率よりも小さい第2の比率を乗じた強度における第2のピーク幅の中点との、飛行時間又は質量電荷比の差を指標値として算出する指標値算出ステップと、
少なくとも前記指標値又は該指標値から求まる別の数値を利用して、前記測定部に含まれる電極に印加する電圧を調整する調整ステップと、
を有する飛行時間型質量分析装置の調整方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、飛行時間型質量分析装置(Time-of-Flight Mass Spectrometer: TOFMS)、及びその調整方法に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置は、近年、試料に含まれる化合物の同定や定量に頻用されている。質量分析装置の一方式であるTOFMSでは、試料由来のイオンに一定の運動エネルギーを付与することで加速して飛行空間に導入し、該飛行空間内を所定距離飛行したイオンの飛行時間を計測する。この飛行時間はイオンの質量電荷比(m/z)に依存するため、飛行時間をm/z値に換算することで、m/z値とイオン強度(イオン量)との関係を示すマススペクトルを作成することができる。
【0003】
一般に、TOFMSは、精密な質量測定結果から未知化合物の構造を推定する場合など、高い質量分解能や質量精度が必要な場合に使用されることが多い。そのため、TOFMSには、感度の向上のほか、質量分解能や質量精度のさらなる向上が求められている。
【0004】
通常、質量分析装置には、装置においてイオンの挙動に影響を与える各部の電極への印加電圧を自動的に調整するオートチューニングの機能が備えられている(特許文献1等参照)。一般に、こうしたオートチューニングでは、標準試料を測定したときに得られる特定の化合物に対応するマスピーク(以下、単に「ピーク」という)のトップ強度が最大になるように、或いは、ピークから算出される質量分解能が最大になるように、各部への印加電圧等のパラメーター値が調整される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2018-120804号公報
【特許文献2】特開2020-85602号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】「2.00 クロマトグラフィー総論」、独立行政法人医薬品医療機器総合機構、[Online]、[2022年5月10日検索]、インターネット<URL: https://www.pmda.go.jp/files/000242610.pdf>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、感度や質量分解能が高くてもピークのリーディングやテーリングが大きい等、ピーク形状が歪んでいる場合があり、そうした状況における電圧値を適切な電圧条件とすることは好ましくない。例えば、ピークの左右対称性が損なわれている場合には、m/z値が近い別のピークが重なっている可能性がある。こうしたピークの重なりによってピーク面積が本来の値と異なると、例えばセントロイド処理によってピーク面積値をセントロイドピークの強度としたときに強度の誤差が大きくなってしまう。また、ピークの左右非対称性が大きいと、セントロイド処理を行ったときに重心位置が大きくずれてm/z値の誤差が大きくなってしまう。こうしたことから、ピークの左右対称性の程度は装置の調整状態を把握するうえで一つの有用な情報である。
【0008】
従来、ピークの左右対称性を示す指標値として、特許文献2や非特許文献1に記載のアシンメトリー係数(又はシンメトリー係数)が知られている。特許文献2において、アシンメトリー係数は次のように算出される。
【0009】
まず、ピークトップPの高さhを基準として、例えば、その1/10の高さh1が特定される。次いで、ピークのリーディング及びテーリングの部分において高さh1を有する2点Pa、Pbが特定される。そして、ピークトップの点Pを通る垂線から点Paまでの距離をa、該垂線から点Pbまでの距離をbとしたときに、アシンメトリー係数AsはAs=b/aで定義される。左右完全対象の場合、As=1であり、テーリングの度合が大きいほどAsは増加する。非特許文献2に記載のシンメトリー係数(テーリング係数)の定義もこれに類似したものである。
【0010】
こうした従来の指標値は、一つのピークプロファイルを構成する離散的な測定点の点数(つまりはデータ点の数)が多い場合、つまりそれらデータ点によってピークプロファイルの形状がほぼ正確に再現され得る場合には、ピークの左右対称性を精度良く表す。しかしながら、一つのピークを構成する離散的な測定点の点数が少ない場合には、上記指標値は真のピークプロファイルの左右対称性を十分に表さない場合がある。特許文献2、非特許文献1に記載の指標値は、主としてクロマトグラムにおいて観測されるピークを想定したものである。一般に、クロマトグラムでは一つのピークを構成する離散的な測定点の点数が比較的多い。これに対し、マススペクトル、特にTOFMSのマススペクトルでは、一つのピークを構成する離散的な測定点の点数が少ないケースが多い。そのため、上記従来の指標値によっては、ピークの左右対称性を十分な精度で評価することが困難である。
【0011】
本発明はこうした課題を解決するために成されたものであり、その主たる目的は、一つのピークを構成する測定点の点数が少ない場合であっても、ピークの左右対称性を正確に評価する指標値を提示することができるTOFMS、及び、そうした指標値を用いたTOFMSの調整方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために成された本発明に係るTOFMSの一態様は、イオンが飛行するための電場を飛行空間に形成する飛行電場形成部と、測定対象であるイオンを加速して前記飛行空間に送り込むイオン加速部と、を含む測定部、を具備するTOFMSであって、
前記測定部により得られたデータに基いて、飛行時間又は質量電荷比とイオン強度との関係を示すスペクトルを作成する解析処理部と、
前記スペクトルにおいて観測されるピークについて、該ピークのトップ強度に対し第1の比率を乗じた強度における第1のピーク幅の中点と、該ピークのトップ強度に対し第1の比率よりも小さい第2の比率を乗じた強度における第2のピーク幅の中点との、飛行時間又は質量電荷比の差を指標値として算出する指標値算出部と、
前記指標値からピークの左右対称性を評価して記憶する評価結果記憶部と、
を備える。
【0013】
上記課題を解決するために成された本発明に係るTOFMSの調整方法の一態様は、イオンが飛行するための電場を飛行空間に形成する飛行電場形成部と、測定対象であるイオンを加速して前記飛行空間に送り込むイオン加速部と、を含む測定部、を具備するTOFMSの調整方法であって、
前記測定部により得られたデータに基いて、飛行時間又は質量電荷比とイオン強度との関係を示すスペクトルを作成する解析処理ステップと、
前記スペクトルにおいて観測されるピークについて、該ピークのトップ強度に対し第1の比率を乗じた強度における第1のピーク幅の中点と、該ピークのトップ強度に対し第1の比率よりも小さい第2の比率を乗じた強度における第2のピーク幅の中点との、飛行時間又は質量電荷比の差を指標値として算出する指標値算出ステップと、
少なくとも前記指標値又は該指標値から求まる別の数値を利用して、前記測定部に含まれる電極に印加する電圧を調整する調整ステップと、
を有する。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係るTOFMSの上記態様によれば、スペクトルにおいて観測されるピークを構成する離散的な測定点(データ点)の点数が少ない場合であっても、アシンメトリー係数等の従来使用されている指標値に比べて、真のピークプロファイルの左右対称性をより正確に反映した評価結果をユーザーに提示することができる。
また、本発明に係るTOFMSの調整方法の上記態様によれば、ピークプロファイルの左右対称性が良好になるように、測定部に含まれる電極への印加電圧を的確に調整することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の一実施形態である四重極-飛行時間型質量分析装置の要部の構成図。
【
図2】本実施形態の四重極-飛行時間型質量分析装置におけるオートチューニング動作の流れを示すフローチャート。
【
図3】本実施形態におけるピーク左右対称性の評価値の算出方法を説明するための概念図。
【
図4】一つのピークを構成する測定点の点数が少ない場合における、従来のアシンメトリー係数と本発明の一態様であるピーク左右対称性の評価値との比較を説明する概念図。
【
図5】一変形例におけるオートチューニング動作の流れを示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明に係るTOFMSの一実施形態である四重極-飛行時間型質量分析装置(以下「Q-TOFMS」と称す場合がある)について、添付図面を参照して説明する。
このQ-TOFMSは、四重極マスフィルターと直交加速TOFMSとを組み合わせたタンデム型質量分析装置であり、イオンの解離操作を伴わない一般的な質量分析と、特定のイオンを解離させたMS/MS分析と、を選択的に実施可能である。
【0017】
図1は、本実施形態のQ-TOFMSの要部の構成図である。
図1に示すように、このQ-TOFMSは、測定部1、電圧源2、制御・処理部3、入力部4、及び表示部5、を備える。
【0018】
測定部1は試料(液体試料)に対する測定を実行するものであって、真空チャンバー10と、真空チャンバー10の前方に接続されているイオン化室11と、を有する。真空チャンバー10の内部は、第1中間真空室12、第2中間真空室13、第1分析室14、及び第2分析室15、の四室に概ね区画されている。イオン化室11は略大気圧雰囲気であり、このイオン化室11から、第1中間真空室12、第2中間真空室13、第1分析室14、及び第2分析室15と順に、段階的に真空度が高くなる多段差動排気系の構成である。
【0019】
図1では、各室内の真空排気を行う真空ポンプの記載を省略しているが、一般に、イオン化室11の次段の第1中間真空室12内はロータリーポンプにより真空排気され、それ以降の各室内は粗引きポンプとしてロータリーポンプを用いたターボ分子ポンプにより真空排気される。
【0020】
イオン化室11にはエレクトロスプレーイオン(ESI)源111が配置され、イオン化室11と第1中間真空室12とは細径の脱溶媒管112を通して連通している。第1中間真空室12には多重極型のイオンガイド121が配置され、第1中間真空室12と第2中間真空室13とは頂部に開口を有するスキマー122で隔てられている。第2中間真空室13にも多重極型のイオンガイド131が配置されている。第1分析室14には、四重極マスフィルター141、多重極型のイオンガイド143を内部に有するコリジョンセル142、及び、トランスファー電極144の前半部、が配置されている。第2分析室15には、トランスファー電極144の後半部、押出電極1511と引込電極1512とを含む直交加速部151、第2加速電極部152、フライトチューブ153、リフレクトロン154、バックプレート155、及び、イオン検出器156、が配置されている。
【0021】
電圧源2は、制御・処理部3の制御に応じて、測定部1における各部の電極、具体的には例えば、ESI源111、イオンガイド121、131、143、四重極マスフィルター141、トランスファー電極144、直交加速部151、第2加速電極部152、フライトチューブ153、リフレクトロン154、バックプレート155、イオン検出器156などに含まれる電極にそれぞれ所定の電圧を印加する。ここでいう所定の電圧は、直流電圧、パルス電圧、高周波電圧(RF電圧)、RF電圧よりも周波数の低い交流電圧、のいずれか、又はそれらのうちの複数を重畳したものである。
【0022】
制御・処理部3は、電圧源2を通して又は直接的に測定部1を制御するとともに、測定部1で得られた検出信号を受けて、これを処理するものである。制御・処理部3は、機能ブロックとして、測定制御部31、データ処理部32、チューニング実行部33、ピーク対称性評価値算出部34、記憶部35、を含む。
【0023】
なお、一般に、制御・処理部3の実体はパーソナルコンピューター(PC)であり、該PCにインストールされた専用の制御・処理ソフトウェアを該PCで実行することにより、上記機能ブロックにおける各機能が具現化されるものとすることができる。その場合、入力部4はPCに付設されたキーボードやマウス等のポインティングデバイスであり、表示部5はPCに付設されたモニターディスプレイである。
【0024】
本実施形態のQ-TOFMSにおいて実施されるMS/MS分析動作の一例を、概略的に説明する。通常の質量分析及びMS/MS分析の際に、測定制御部31は記憶部35に格納されている各種のパラメーター値に基いて電圧源2を制御し、これに応じて電圧源2は測定部1の各部にそれぞれ所定の電圧を印加する。
【0025】
ESI源111には例えば、図示しない液体クロマトグラフ(LC)で分離された化合物を含む液体試料が連続的に供給される。ESI源111は、供給された液体試料に電荷を付与しつつイオン化室11内に噴霧することにより、該試料中の化合物をイオン化する。但し、イオン化の手法はESI法に限らず、大気圧化学イオン源などの他の手法によるイオン源を用いることもできる。また、液体試料ではなく、気体試料や固体試料をイオン化するイオン源を用いることもできる。
【0026】
イオン化室11において生成された試料成分由来のイオン、及び溶媒が十分に気化していない微細な帯電液滴は、主として、イオン化室11内の圧力(略大気圧)と第1中間真空室12内の圧力との差によって形成されるガス流に乗って、脱溶媒管112中に引き込まれる。脱溶媒管112は適度な温度に加熱されており、脱溶媒管112の内部を帯電液滴が通ることによって該液滴中の溶媒の気化は促進され、試料成分由来のイオンの生成がさらに促される。
【0027】
脱溶媒管112の出口端から第1中間真空室12内に吐き出されたイオンは、イオンガイド121により形成される高周波電場の作用によってイオン光軸C1の近傍に収束される。収束されたイオンは、スキマー122の頂部の開口を通って第2中間真空室13に入射する。第2中間真空室13に入射したイオンは、イオンガイド131により形成される高周波電場によって収束されつつ、第1分析室14へと送られる。
【0028】
第1分析室14に入射したイオンは四重極マスフィルター141に導入され、四重極マスフィルター141に印加されている電圧に応じた特定のm/zを有するイオンのみが四重極マスフィルター141を通り抜ける。コリジョンセル142の内部には、アルゴン、窒素などのコリジョンガスが連続的又は間欠的に供給される。四重極マスフィルター141を通り抜け、所定のエネルギーを有してコリジョンセル142に入射したイオン(プリカーサーイオン)は、コリジョンガスに接触し衝突誘起解離によって解離され、各種のプロダクトイオンが生成される。プロダクトイオンはイオンガイド131により形成される高周波電場によって収束されつつ、コリジョンセル142から放出される。
【0029】
コリジョンセル142から出た各種のプロダクトイオンは、複数の円環状電極から成るトランスファー電極144によって収束されつつ第2分析室15に送られる。トランスファー電極144によって細く平行性の高いイオン流として第2分析室15に導入されたイオンは、直交加速部151においてそのイオン流の入射方向(イオン光軸C1に平行な方向)と略直交する方向にパルス的に、つまり概ねひとかたまりのイオンパケットとして射出される。
【0030】
このイオンパケットに含まれる各イオンは、第2加速電極部152でさらに加速され、フライトチューブ153の内部の飛行空間に導入される。飛行空間には、フライトチューブ153、リフレクトロン154、及びバックプレート155によって、
図1中にC2で示すような経路でイオンを折り返し飛行させる電場が形成される。これによって、イオンは折り返されたあと再びフライトチューブ153内を飛行し、最終的にイオン検出器156に到達する。イオン検出器156は例えばマイクロチャンネルプレート等を含み、入射したイオンの数に応じた検出信号を生成し制御・処理部3に送る。
【0031】
直交加速部151及び第2加速電極部152において各イオンに付与される運動エネルギーは、理想的には同一である。そのため、各イオンは、そのイオンのm/z値に応じた速度、具体的にはm/z値が小さいほど大きな速度を有して飛行し、イオン検出器156に到達する。従って、ほぼ同時に飛行空間に導入されたイオンパケットに含まれる各種イオン(一種類のプリカーサーイオンから生成された各種のプロダクトイオン)は、飛行する間にm/z値に応じて空間的に分離され、時間差を有してイオン検出器156に入射する。
【0032】
なお、直交加速部151及び第2加速電極部152は、本発明におけるイオン加速部に相当する。また、フライトチューブ153、リフレクトロン154、及びバックプレート155は、本発明における飛行電場形成部に相当する。
【0033】
制御・処理部3においてデータ処理部32は、イオン検出器156から出力された検出信号を受けて該信号をデジタルデータに変換し、該データを保存する。また、データ処理部32は、イオンパケットが直交加速部151から射出された時点を起点とする各イオンの飛行時間をm/z値に換算し、m/z値とイオン強度との関係を示すマススペクトル(プロダクトイオンスペクトル)を作成する。作成されたマススペクトルは、入力部4から与えられるユーザーの指示に応じて、表示部5に表示される。
【0034】
上記説明はMS/MS分析動作の説明であり、四重極マスフィルター141でイオンを選択することなく全てのイオンを素通りさせ、コリジョンセル142内でイオンの解離操作を行わないことにより、MS/MS分析ではなく通常の質量分析を実施しマススペクトルを取得することができる。その場合でも、イオンの質量分離は直交加速TOFMSで実施されるため、高い質量分解能及び質量精度のマススペクトルを得ることができる。
【0035】
本実施形態のQ-TOFMSにおいて、高感度、高質量分解能、及び高質量精度を達成するには、測定部1に含まれる各部の電極へ印加する電圧を適切に調整する必要がある。このQ-TOFMSは、そうした電圧を自動的に適切に調整するためにオートチューニング機能を有している。
【0036】
一般にTOFMSでは、標準試料を測定したときに例えば感度が最大になるように、具体的には特定の化合物に対するピークのトップ強度が最大になるように、各電極に印加する電圧を順次調整するチューニング方法が知られている。或いは、特定の化合物に対するピークの質量分解能が最大となるように、各電極に印加する電圧を順次調整するチューニング方法も知られている。また、本出願人が提案している特許第6989008号公報では、一例として、ピーク強度の50%の強度におけるピーク幅と10%の強度におけるピーク幅との二つを利用して電極に印加する電圧を調整することが記載されている。このようにピーク強度の50%の強度におけるピーク幅だけでなく、それよりも低い強度におけるピーク幅も併せて利用することで、ピークの歪みが小さくなるように電圧条件を定めることができる。
【0037】
但し、上記特許第6989008号公報に記載の方法でも、ピーク波形の左右非対称性を判定することはできないため、ピークのリーディング又はテーリングの一方のみが大きい状態となるように電圧が調整される可能性がある。これに対し、本実施形態のQ-TOFMSでは、オートチュー二ングの実行時に、電極に印加する電圧を変化させつつ標準試料に対する測定を実行し、その測定結果に基いて感度、質量分解能等を求める際に、そうした既存の指標値のほかに、ピーク対称性評価値算出部34がピークの左右対称性を示す評価値を算出する。このピークの左右対称性を示す評価値の算出方法の一例を
図3により説明する。
図3は、ピーク対称性評価値の算出方法を説明するための概念図である。
【0038】
ピーク対称性評価値算出部34は、
図3に示すように、ピークプロファイル100のピークトップP
0の強度がIaであるとき、その強度の50%の強度(0.5×Ia)における点P
1、P
2と、10%の強度(0.1×Ia)における点P
3、P
4を求める。そして、点P
1、P
2の間の第1のピーク幅101の中点102と、点P
3、P
4の間の第2のピーク幅103の中点104とを求め、その二つの中点102、104の間の距離105を算出する。この距離105はいずれか一方の中点102、104を基準とした正負の極性を有する値であり、中点102の位置がm/z A、中点104の位置がm/z Bである場合、距離L=B-Aとすることができる。例えば、中点102の位置がm/z 200、中点104の位置がm/z 190である場合、距離L=-10である。
【0039】
なお、
図3では、マススペクトル上のピークに対して距離105を求めているため、距離105の単位は例えばDa又はuであるが、m/z値に換算していない飛行時間スペクトル上にピークに対して距離105を求めてもよく、その場合の単位は例えばμsec(又はnsec)である。
【0040】
ここで、ピーク幅を求めるための強度を決める比率50%、10%という数値は一例であり、適宜に変更可能である。具体的には、50%は概ね40~60%の範囲で適当に選択することができる。また、10%は概ね5~30%の範囲で適当に選択することができる。5%という比率の下限はマススペクトル(又は飛行時間スペクトル)のノイズの状況に応じて決まる値であり、ノイズが比較的大きい状況ではその下限値をより大きくする必要があり、逆にノイズが小さければ下限値は5%より小さくてもよい。
【0041】
なお、距離を求める際の2点は、第1及び第2のピーク幅の中点ではなく、各ピーク幅をそれぞれ所定の数に分割することで求まる点を用いてもよい。例えば、第1及び第2のピーク幅をそれぞれ3分割し、左方から1番目の分割点を上記中点の代わりに用い、それら分割点の間の距離を算出してもよい。また、第1及び第2のピーク幅をそれぞれ3分割し、第1のピーク幅において左方から1番目の分割点、第2のピーク幅においては右から1番目の分割点をそれぞれ上記中点の代わりに用い、それら分割点の間の距離を算出してもよい。即ち、上記距離105は、各ピーク幅においてそれぞれ決められた規則に従って選出された点の間の距離とすることができる。
【0042】
図4は、一つのピークを構成する測定点の点数が少ない場合における、従来のアシンメトリー係数と本実施形態におけるピーク対称性評価値との比較を説明する概念図である。この例では、一つのピークプロファイルは5個の測定点で構成されている。この場合、それら測定点を直線で繋ぐことで作成される測定上のピーク(以下「実測定ピーク」という)と、図中に破線で示す真のピークプロファイルとの差が大きい。
図4(A)に示すように、実測定ピークではアシンメトリー係数はb1/a1であるのに対し、真のピークプロファイルではアシンメトリー係数はb/aである。これら二つのアシンメトリー係数の差は大きいが、その大きな理由の一つは、測定点の点数が少ないためにピークトップを示す横軸上の位置が大きくずれているためである。
【0043】
これに対し、上記ピーク対称性評価値を算出する際には、ピーク幅を求める強度を特定するためにピークトップの強度は利用されるものの、ピークトップを示す横軸上の位置は利用されない。
図4(B)に示すように、実測定ピークと真のピークプロファイルとでピークトップの強度には大きな差があるが、ピーク幅を求める強度はピークトップ強度の50%及び10%の位置であるため、ピークトップの強度の差の影響はかなり減じる。そのため、実測定ピークと真のピークプロファイルとでの強度50%及び10%におけるピーク幅の差は小さくて済む。これにより、上記ピーク対称性評価値は、従来のアシンメトリー係数に比べて、一つのピークを構成する測定点の点数が少ない場合であっても、ピークの左右の非対称性をより正確に表したものとなる。
【0044】
次に、本実施形態のQ-TOFMSにおけるオートチューニング実行時の動作を説明する。
図2は、オートチューニング動作の流れの一例を示すフローチャートである。
例えばユーザーが入力部4で所定の操作を行うと、制御・処理部3においてチューニング実行部33は、所定のプログラムに従ってオートチューニングを実行する。オートチューニングでは、測定部1に含まれる複数の電極に印加する電圧を順番に調整する。
図2は、その中の一つの電極に印加する電圧を調整する際の流れを示している。一例として、直交加速部151に印加する電圧を調整する場合を例示して説明する。
【0045】
まず、チューニング実行部33は、直交加速部151に印加する電圧を初期設定する(ステップS1)。即ち、記憶部35に保存されている過去の直近に設定した電圧値又はデフォルトで定められている電圧値を読み出し、該電圧値に対応する電圧を直交加速部151の押出電極1511及び引込電極1512にそれぞれ印加するように電圧源2を制御する。直交加速部151以外の各電極への印加電圧は、それ以前に調整された電圧値、又は所定のデフォルト値に設定される。
【0046】
チューニング実行部33による制御の下で、測定部1は、標準試料に対する所定のm/z値範囲に亘る通常の質量分析を実行する(ステップS2)。標準試料は一つ以上の既知の化合物を既知の濃度で含むものであり、例えば通常の液体試料に代えてESI源111に導入されるものとすることができる。或いは、ESI源111とは別に、標準試料をエレクトロスプレーすることによりイオン化する専用のイオン化プローブを設けてもよい。
【0047】
データ処理部32は、ステップS2における測定によるデータを収集し、所定のm/z値付近のマススペクトルを作成する。そして、そのマススペクトルにおいて既知の化合物に対応するピークを抽出し、そのピークの高さとピーク幅とから質量分解能を算出し、直交加速部151へ印加された電圧値と質量分解能とを対応付けて記憶部35に保存する(ステップS3)。また、ピーク対称性評価値算出部34は、同じピークを対象として上述した手順に従ってピーク対称性評価値を算出し、この値も上記電圧値と対応付けて記憶部35に保存する(ステップS4)。
【0048】
次いで、チューニング実行部33は、直前に直交加速部151に印加した電圧の値が所定の調整範囲を超えているか否かを判定する(ステップS5)。そして、電圧値が調整範囲内であれば、その電圧値を所定のステップ幅だけ変更して(ステップS6)ステップS2へと戻る。ステップS2に戻ると、測定部1は、その変更後の電圧値の下での標準試料に対する測定を実行する。従って、ステップS2~S6の繰り返しによって、直交加速部151へ印加される電圧の値は、初期値からスタートして予め設定された調整範囲を超えるまで所定のステップ幅ずつ変更され、同じ標準試料に対する測定が繰り返される。この測定の繰り返しの間、電圧値に対応付けて質量分解能とピーク対称性評価値とがオートチューニング時のログ情報として記憶部35に保存される。
【0049】
直交加速部151への印加電圧が調整範囲を超えるとステップS5からS7へと進み、チューニング実行部33は、記憶部35に保存した質量分解能を比較し、質量分解能が最大となる電圧値を特定する(ステップS7)。そして、特定した電圧値を直交加速部151に印加する調整後の電圧パラメーターとして記憶部35に保存する(ステップS8)。
【0050】
このようにして、本実施形態のQ-TOFMSでは、質量分解能が最大になるように直交加速部151に印加する電圧が調整される。ここでは、電圧調整の際に、ピーク対称性評価値は利用されていないが、その数値はログ情報として記憶部35に残されている。そのため、ユーザーは適宜の時点で、例えばオートチューニング終了直後に、或いは、測定結果に疑義があるような場合に、入力部4から所定の操作を行うことでログ情報を呼び出し、表示部5に表示させる。これにより、オートチューニング終了時及びオートチューニング実行中におけるピーク対称性評価値を確認することができる。また、保守サービス担当者が装置のメンテナンス作業を行う際に、オートチューニング終了時及びオートチューニング実行中のピーク対称性評価値を確認することで装置の過去の状態を把握し、適切なトラブルシューティングを実施することができる。
【0051】
質量分解能が高くても、ピークのリーディング又はテーリングが大きい等のためにピークの左右対称性が崩れている場合がある。そうしたピーク波形形状の歪みは、特にセントロイド処理を実行したときにピーク強度の誤差やm/z値の誤差に繋がる。そこで、例えばユーザーから質量精度の低下等のクレームを受けた場合、保守サービス担当者はログ情報でピーク対称性評価値を確認することで、ピークの左右非対称性が質量精度の低下の原因であるか否かを判断することができる。
【0052】
こうしたログ情報は記憶部35に保存されているデータである。従って、制御・処理部3を具現化しているPCがインターネット等を介して外部のサーバーに接続可能であれば、保守サービス担当者は装置の設置場所から離れた場所、つまり遠隔でログ情報を確認し、少なくとも一部のトラブルシューティングを実行することができる。
【0053】
上記説明では、
図3において説明した距離105をそのままピーク対称性評価値としたが、距離を観測したm/z値で正規化したものを評価値としてもよい。例えば、強度50%におけるピーク幅の中点に対応するm/z値を求め、距離をこのm/z値で除すことで評価値を算出することができる。こうして得られた評価値はm/z値に依存しないので、ピーク形状の非対称性を示す指標値としてより好ましい場合がある。また、ピーク対称性評価値のような具体的な数値ではなく、例えば予め決められた複数のレベルのいずれに当てはまるのかを判定してピークの左右対称性を示す評価結果を求めてもよい。
【0054】
また、上記説明では、質量分解能を最大にするように直交加速部151に印加する電圧を調整していたが、質量分解能ではなく、感度を最大にするように、つまりは特定のピークの強度を最大にするように印加する電圧を調整してもよい。また、特許第6989008号公報に記載のように、異なる強度における複数のピーク幅を利用して印加する電圧を調整してもよい。また、質量分解能、感度などの一つの指標値ではなく、質量分解能、感度、ピークの波形形状など、質量分析装置の性能に関連する複数の要素の組合せにおいて、総合的に性能が高くなる電圧条件を探索するようにしてもよい。
【0055】
例えば、本出願人が先に出願した特願2022-074176号では、ピークのトップ強度と質量分解能とから所定の計算式に基いてスコア値を算出し、このスコア値が最大になるような電圧条件を探索している。これは、直交加速TOFMSでは、感度が最大となる電圧条件と質量分解能が最大となる電圧条件とが一致しない場合があるためであって、感度と質量分解能とのバランスをとったうえで質量分解能が最大に近い状態の電圧条件を見出すことができる。即ち、本実施形態のQ-TOFMSにおいて、オートチューニングにおいて電圧調整のために装置性能を表す指標値は特に限定されず、そうした指標値とともにピーク対称性評価値を算出して保存しさえすればよい。
【0056】
また、上記説明は、オートチューニングにおいて直交加速部151への印加する電圧を調整する場合の説明であるが、それ以外の各部の電極、例えばフライトチューブ153、リフレクトロン154、トランスファー電極144などに印加する電圧も同様にして調整することができる。また、それら各部の電極へ印加する電圧を個別に調整するのではなく、複数の電極を一組にして、組毎に印加する電圧を調整するようにしてもよい。
【0057】
上述したように本実施形態のQ-TOFMSにおいて、ユーザー又は保守サービス担当者はログ情報でピーク対称性評価値を確認することができるから、例えば、質量分解能が最大になる電圧値に代えて、ピーク対称性評価値が最もゼロに近くなる(つまりリーディングとテーリングとが同程度である)電圧値を調整後の電圧パラメーターとして選択し直すことができる。
【0058】
また、ピーク対称性評価値を利用して手動で電圧値を調整し直すことも可能である。具体的には例えば次のように調整することが可能である。
【0059】
ピーク対称性評価値は、リーディングとテーリングのいずれが大きいか、及び、その差はどの程度であるのか、を示している。電圧源2は、トランスファー電極144からイオンを受け入れる期間には、直交加速部151の押出電極1511及び引込電極1512に対して同一の直流電圧を印加し、直交加速部151からイオンを射出する期間には、押出電極1511のみにイオンを押し出すパルス電圧を印加するか、又は、押出電極1511にイオンを押し出すパルス電圧を印加する一方、引込電極1512にイオンを引き込むパルス電圧を印加する。イオンを受け入れる期間に、押出電極1511と引込電極1512に印加する直流電圧が同一である場合、直交加速部151に入射したイオンはイオン光軸C1に沿って進行する。
【0060】
これに対し、押出電極1511と引込電極1512に印加する直流電圧に差を設けると、直交加速部151に入射したイオンはイオン光軸C1に対し
図1で上方向又は下方向に曲がりつつ進行する。このように直交加速部151においてイオンがイオン光軸C1から上方向に離れつつある状態でパルス電圧を印加してイオンを射出させた場合、イオンの飛行距離は実質的に長くなるためテーリングが増加する。逆に、直交加速部151においてイオンがイオン光軸C1から下方向に離れつつある状態でパルス電圧を印加してイオンを射出させた場合、イオンの飛行距離は実質的に短くなるためリーディングが増加する。即ち、ピーク対称性評価値により、リーディングとテーリングのいずれが大きいか、及び、その差はどの程度であるのか、が把握できれば、ユーザー又は保守サービス担当者は、それに応じてピーク対称性評価値を小さくするために、どの電極の電圧をどの程度変化させればよいのかを認識し、速やかに電圧を調整することができる。
【0061】
上記実施形態のQ-TOFMSでは、オートチューニングの自動調整にピーク対称性評価値を直接利用していないが、ピーク対称性評価値を自動調整に利用してもよい。
図5は、一変形例のQ-TOFMSにおけるオートチューニング動作の流れを示すフローチャートである。
図2に示したフローチャートと実質的に同じ処理動作を行うステップには同じステップ番号を付してある。
【0062】
直交加速部151に印加する電圧を変化させつつ測定を実行し、各電圧値に対応する質量分解能とピーク対称性評価値とを算出して保存する点は上記実施形態と同じである。この変形例のQ-TOFMSでは、ステップS5でYesと判定されると、チューニング実行部33は質量分解能とピーク対称性評価値との両方を用いて、或いはさらに感度を示す指標値も加えて総合的に適切な電圧を選定する(ステップS17)。例えば、質量分解能とピーク対称性評価値とから所定の計算式に基いてスコア値を算出し、このスコア値が最大になるような電圧を選定する。計算式を適切に定めることで、質量分解能が最大ではなくても或る程度以上高く且つピーク形状の非対称性が小さくなるような電圧を見つけることができる。
【0063】
また、上述したようにピーク対称性評価値に基いて、リーディングやテーリングが減少するように手動で実施される電圧の調整と同様の調整を自動的に行うようにしてもよい。即ち、チューニング実行部33が、測定結果から求まるピーク対称性評価値をモニターしながら、その評価値がゼロに近付くように、或いは所定の値以下になるように、電圧を調整するようにしてもよい。
【0064】
また、上記実施形態及び変形例は、リフレクトロン型の直交加速TOFMSに本発明を適用した例であるが、本発明はリフレクトロン型に限らず、リニア型、マルチターン型などの飛行経路の態様が異なる他のTOFMSにも適用可能である。リニア型では、飛行電場形成部に含まれる電極はフライトチューブのみである。一方、マルチターン型では、飛行電場形成部に含まれる電極は、イオンを周回飛行させる(又は螺旋状等に飛行させる)電極、及び、そうした軌道にイオンを導入する及び/又はそうした軌道からイオンを離脱させる電極、を含む。
【0065】
また、直交加速方式に限らず、例えば測定対象であるイオンをリニアイオントラップや3次元四重極型イオントラップに一旦保持したうえで、それらイオントラップを構成する電極に加速電圧を印加することで該イオントラップからイオンを射出して飛行空間に送り込むイオントラップTOFMSにも本発明を適用することができる。その場合、イオン加速部に含まれる電極は、イオントラップを構成する電極である。
【0066】
また、本発明は、例えばマトリックス支援レーザー脱離イオン化源をイオン源とするMALDI-TOFMSのように、イオン源で生成された直後に試料近傍から引き出されたイオンを加速して飛行空間に送り込む方式のTOFMSにも適用可能である。その場合、イオン加速部に含まれる電極は、試料近傍からイオンを引き出す引出電極、及び引き出されたイオンを加速する加速電極である。
【0067】
さらにまた、上記実施形態や上述した各種の変形例は本発明の一例であって、本発明の趣旨の範囲で適宜修正、変更、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【0068】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態が以下の態様の具体例であることは、当業者には明らかである。
【0069】
(第1項)本発明に係るTOFMSの一態様は、イオンが飛行するための電場を飛行空間に形成する飛行電場形成部と、測定対象であるイオンを加速して前記飛行空間に送り込むイオン加速部と、を含む測定部、を具備するTOFMSであって、
前記測定部により得られたデータに基いて、飛行時間又は質量電荷比とイオン強度との関係を示すスペクトルを作成する解析処理部と、
前記スペクトルにおいて観測されるピークについて、該ピークのトップ強度に対し第1の比率を乗じた強度における第1のピーク幅の中点と、該ピークのトップ強度に対し第1の比率よりも小さい第2の比率を乗じた強度における第2のピーク幅の中点との、飛行時間又は質量電荷比の差を指標値として算出する指標値算出部と、
前記指標値からピークの左右対称性を評価して記憶する評価結果記憶部と、
を備える。
【0070】
第1項に記載のTOFMSによれば、マススペクトル又は飛行時間スペクトルにおいて観測されるピークを構成する離散的な測定点(データ点)の点数が少ない場合であっても、アシンメトリー係数等の従来使用されている指標値に比べて、真のピークプロファイルの左右対称性をより正確に反映した評価結果をユーザーに提示することができる。
【0071】
(第2項)第1項に記載のTOFMSにおいて、前記第1の比率は40%以上60%以下の範囲であるものとすることができる。
【0072】
(第3項)第1項又は第2項に記載のTOFMSにおいて、前記第2の比率は5%以上30%以下の範囲であるものとすることができる。
【0073】
第2項及び第3項に記載のTOFMSによれば、ピークの左右の対称性の程度を的確に表す評価結果を求めることができる。
【0074】
(第4項)第1項~第3項のいずれか1項に記載のTOFMSにおいて、前記評価結果記憶部による評価結果を表示する表示処理部をさらに備えるものとすることができる。
【0075】
第4項に記載のTOFMSによれば、ユーザー或いは保守サービス担当者は過去のオートチューニング時等に収集されたピーク対称性の評価結果を容易に確認して装置の状態を判断したり、その評価結果に基いて手動で電圧の調整を行ったりすることができる。
【0076】
(第5項)第1項~第3項のいずれか1項に記載のTOFMSにおいて、前記評価結果記憶部による評価結果を利用して前記測定部に含まれる少なくとも一つの電極へ印加する電圧を調整する調整部、を備えるものとすることができる。
【0077】
第5項に記載のTOFMSによれば、ピークが概ね左右対称になるように、電極へ印加する電圧を適切に且つ自動的に調整することができる。
【0078】
(第6項)第1項~第5項のいずれか1項に記載のTOFMSでは、前記測定部に含まれる少なくとも一つの電極に印加する電圧を変更しつつ該測定部で測定を実施し、その測定結果に基く質量分解能、感度、マスピークの波形形状の一又は複数を利用して電圧を調整する調整部、をさらに備え、
前記指標値算出部は、前記調整部で電圧が変更されて測定が実施される毎に、その測定結果に基いて指標値を算出するものとすることができる。
【0079】
第6項に記載のTOSMSによれば、例えば質量分解能が最大又はそれに近い状態となるように電極へ印加される電圧を調整したうえで、その調整の過程におけるピークの左右対称性を示す評価結果を取得することができる。これにより、調整後の電圧に対応する評価結果が把握できるのみならず、調整途中の各電圧に対応する評価結果も把握でき、例えばピークの左右対称性が最も良好である電圧を知ることができる。
【0080】
(第7項)第6項に記載のTOFMSでは、前記イオン加速部にイオンを導入するイオン導入部をさらに備え、該イオン加速部は導入されたイオンをその直交方向に加速するものであり、前記飛行電場形成部は、イオンを自由飛行させる空間を形成するフライトチューブと、イオンを反射する電場を形成するリフレクトロンと、を含み、
前記調整部は、前記イオン加速部、前記フライトチューブ、又は前記リフレクトロンに含まれる少なくとも一つの電極に印加する電圧を調整するものとすることができる。
【0081】
(第8項)第7項に記載のTOFMSにおいて、前記イオン加速部は、イオンを加速させるためのパルス電圧が印加される第1加速電極と、該第1加速電極により加速されたイオンをさらに加速させるための電圧が印加される第2加速電極と、を含み、前記調整部は、前記第1加速電極又は前記第2加速電極のいずれかに印加する電圧を調整するものとすることができる。
【0082】
第7項及び第8項に記載のTOFMSによれば、Q-TOFMSを質量分解能が高くなるように的確に調整することができる。
【0083】
(第9項)本発明に係るTOFMSの調整方法の一態様は、イオンが飛行するための電場を飛行空間に形成する飛行電場形成部と、測定対象であるイオンを加速して前記飛行空間に送り込むイオン加速部と、を含む測定部、を具備するTOFMSの調整方法であって、
前記測定部により得られたデータに基いて、飛行時間又は質量電荷比とイオン強度との関係を示すスペクトルを作成する解析処理ステップと、
前記スペクトルにおいて観測されるピークについて、該ピークのトップ強度に対し第1の比率を乗じた強度における第1のピーク幅の中点と、該ピークのトップ強度に対し第1の比率よりも小さい第2の比率を乗じた強度における第2のピーク幅の中点との、飛行時間又は質量電荷比の差を指標値として算出する指標値算出ステップと、
少なくとも前記指標値又は該指標値から求まる別の数値を利用して、前記測定部に含まれる電極に印加する電圧を調整する調整ステップと、
を有する。
【0084】
第9項に記載のTOFMSの調整方法によれば、ピークプロファイルの左右対称性が良好になるように、測定部に含まれる電極への印加電圧を的確に調整することができる。
【符号の説明】
【0085】
1…測定部
10…真空チャンバー
11…イオン化室
111…ESI源
112…脱溶媒管
12…第1中間真空室
121…イオンガイド
122…スキマー
13…第2中間真空室
131…イオンガイド
14…第1分析室
141…四重極マスフィルター
142…コリジョンセル
143…イオンガイド
144…トランスファー電極
15…第2分析室
151…直交加速部
1511…押出電極
1512…引込電極
152…第2加速電極部
153…フライトチューブ
154…リフレクトロン
155…バックプレート
156…イオン検出器
2…電圧源
3…制御・処理部
4…入力部
5…表示部