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特開2023-175194飛行時間型質量分析装置、及びその調整方法
<図1>
  • 特開-飛行時間型質量分析装置、及びその調整方法 図1
  • 特開-飛行時間型質量分析装置、及びその調整方法 図2
  • 特開-飛行時間型質量分析装置、及びその調整方法 図3
  • 特開-飛行時間型質量分析装置、及びその調整方法 図4
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023175194
(43)【公開日】2023-12-12
(54)【発明の名称】飛行時間型質量分析装置、及びその調整方法
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/00 20060101AFI20231205BHJP
   H01J 49/40 20060101ALI20231205BHJP
【FI】
H01J49/00 360
H01J49/00 090
H01J49/40 100
H01J49/00 310
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022087521
(22)【出願日】2022-05-30
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】内山 皓介
(72)【発明者】
【氏名】大城 朝是
(57)【要約】
【課題】複数の装置の質量分解能を揃え、測定結果のばらつきを軽減する。
【解決手段】本発明に係るTOFMSの一態様は、イオンが飛行するための電場を飛行空間に形成する飛行電場形成部(153,154,155)と、測定対象であるイオンを加速して飛行空間に送り込むイオン加速部(151,152)と、を含む測定部(1)を具備するTOFMSであって、測定部に含まれる電極に印加する電圧を変化させつつ所定の試料に対する測定を繰り返し実施し、各測定における測定結果に基いて質量分解能を算出するように測定部を動作させる制御部(3)と、制御部の制御の下で得られた、電極への印加電圧とそれに対応する分解能との複数の組のデータに基いて、その両者の関係を近似する近似関数を求める近似関数算出部(3)と、近似関数を用いて質量分解能の目標値に対応する電圧値を求め、該電圧値を当該装置における電極への印加電圧として決定する電圧決定部(3)と、を備える。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンが飛行するための電場を飛行空間に形成する飛行電場形成部と、測定対象であるイオンを加速して前記飛行空間に送り込むイオン加速部と、を含む測定部を具備する飛行時間型質量分析装置であって、
前記測定部に含まれる電極に印加する電圧を変化させつつ所定の試料に対する測定を繰り返し実施し、各測定における測定結果に基いて質量分解能を算出するように前記測定部を動作させる制御部と、
前記制御部の制御の下で得られた、前記電極への印加電圧とそれに対応する質量分解能との複数の組のデータに基いて、その両者の関係を近似する近似関数を求める近似関数算出部と、
前記近似関数を用いて質量分解能の目標値に対応する電圧値を求め、該電圧値を当該装置における前記電極への印加電圧として決定する電圧決定部と、
を備える飛行時間型質量分析装置。
【請求項2】
前記目標値は質量分解能を共通化する対象の複数の装置に共通に定められたものである、請求項1に記載の飛行時間型質量分析装置。
【請求項3】
前記近似関数算出部は最小二乗法により近似関数を求める、請求項1に記載の飛行時間型質量分析装置。
【請求項4】
前記関数は2次関数である、請求項3に記載の飛行時間型質量分析装置。
【請求項5】
前記制御部は、前記測定部に含まれる電極に印加する電圧を、前記目標値よりも高い質量分解能が得られる初期電圧値から段階的に変化させて所定の試料に対する測定を実施し、その測定結果に基く質量分解能を算出する、という測定動作を、少なくとも質量分解能が前記目標値を下回るまで繰り返すように前記測定部を動作させる、請求項1に記載の飛行時間型質量分析装置。
【請求項6】
前記初期電圧値は、質量分解能が最大になるような、又は、感度若しくは波形形状の良好さを表す指標値の少なくともいずれかが許容し得る範囲で質量分解能が最大になるような電圧値である、請求項5に記載の飛行時間型質量分析装置。
【請求項7】
前記測定部に含まれる複数の電極に印加する電圧を順次調整することで、質量分解能が最大になる、又は、感度若しくは波形形状の良好さを表す指標値の少なくともいずれかが許容し得る範囲で質量分解能が最大になるように調整を行う最良状態探索部、をさらに備え、該最良状態探索部による調整の終了後に、前記制御部、前記近似関数算出部、及び前記電圧決定部により、所定の一又は複数の電極に印加する電圧を調整する、請求項6に記載の飛行時間型質量分析装置。
【請求項8】
前記測定部は、前記イオン加速部にイオンを導入するイオン導入部を含み、前記制御部は、前記イオン導入部、前記イオン加速部、又は前記飛行電場形成部のいずれかに含まれる電極に印加する電圧を変化させつつ測定を繰り返すことで、電圧と質量分解能との組であるデータを収集する、請求項1に記載の飛行時間型質量分析装置。
【請求項9】
前記イオン加速部は前記イオン導入部から導入されたイオンをその直交方向に加速するものである、請求項8に記載の飛行時間型質量分析装置。
【請求項10】
前記イオン加速部は、イオンを加速させるためのパルス電圧が印加される第1加速電極と、該第1加速電極により加速されたイオンをさらに加速させるための電圧が印加される第2加速電極と、を含み、前記制御部は、質量分解能を調整する際に、前記第1加速電極又は前記第2加速電極のいずれかに印加する電圧を調整する、請求項9に記載の飛行時間型質量分析装置。
【請求項11】
イオンが飛行するための電場を飛行空間に形成する飛行電場形成部と、測定対象であるイオンを加速して前記飛行空間に送り込むイオン加速部と、を含む測定部を具備する飛行時間型質量分析装置の複数台を調整する方法であって、
前記複数台の飛行時間型質量分析装置に共通する質量分解能の目標値を設定する目標設定ステップ、を実行するとともに、
前記複数台の飛行時間型質量分析装置のそれぞれにおいて、
前記測定部に含まれる電極に印加する電圧を変化させつつ所定の試料に対する測定を繰り返し実施し、各測定における測定結果に基いて質量分解能を算出する測定ステップと、
前記測定ステップにおいて得られた、前記電極への印加電圧とそれに対応する質量分解能との複数の組のデータに基いて、前記目標値に対応する電圧値を求め、該電圧値を当該装置における前記電極への印加電圧として決定する電圧決定ステップと、
を実行する、飛行時間型質量分析装置の調整方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、飛行時間型質量分析装置(Time-of-Flight Mass Spectrometer: TOFMS)、及びその調整方法に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置は、近年、試料に含まれる化合物の同定や定量に頻用されている。質量分析装置の一方式であるTOFMSでは、試料由来のイオンに一定の運動エネルギーを付与することで加速して飛行空間に導入し、該飛行空間内を所定距離飛行したイオンの飛行時間を計測する。この飛行時間はイオンの質量電荷比(m/z)に依存するため、飛行時間をm/z値に換算することで、m/z値とイオン強度(イオン量)との関係を示すマススペクトルを作成することができる。
【0003】
一般に、TOFMSは、精密な質量測定結果から未知化合物の構造を推定する場合など、高い質量分解能や質量精度が必要な場合に使用されることが多い。そのため、TOFMSには、感度の向上のほか、質量分解能や質量精度のさらなる向上が求められている。
【0004】
通常、質量分析装置には、装置においてイオンの挙動に影響を与える各部の電極への印加電圧を自動的に調整するオートチューニングの機能が備えられている(特許文献1等参照)。一般に、こうしたオートチューニングでは、標準試料を測定したときに得られる特定の化合物に対応するマスピークのトップ強度が最大になるように、各部への印加電圧等のパラメーター値が調整される。マスピークのトップ強度の高さは概ね質量分解能と関連しており、マスピークのトップ強度を最大にすることで質量分解能も最大に近い状態になり得る。
【0005】
TOFMSの一方式である直交加速TOFMSでは、特許文献2に開示されているように、直交加速部に配置された第1加速電極、直交加速部から射出されたイオンをさらに加速する第2加速電極、内部に飛行空間を有するフライトチューブ、該飛行空間にあってイオンを反射させる電場を形成するリフレクトロンなどが、イオンの挙動に影響を与え、且つ検出感度や質量分解能などの装置性能を左右する電極であり、これら電極への印加電圧がオートチューニングにおいて調整され得る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2018-120804号公報
【特許文献2】国際公開第2019/229950号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来のTOFMSでは、オートチューニングを実行することによって、その装置が有している最高の性能に近い状態に装置を調整することが可能である。しかしながら、こうした従来のオートチューニングでは次のような問題がある。
【0008】
多くの場合、装置が殆ど未使用の状態であっても、つまりは装置の使用に伴う電極等の汚れが殆どない状態であっても、装置が有する性能には装置間差がある。そのため、それぞれオートチューニングを実行することによって調整された同一機種の異なる複数台の装置を用いて同じ試料を測定すると、その測定結果に差が生じる場合がある。また、装置が新しい状態(若しくは装置をオーバーホールした状態)では装置間差が小さくても、使用に伴って装置間差が拡大する場合もある。たとえその測定結果が装置自体の仕様である目標分解能をクリアしている場合であっても、同じ試料に対する異なる装置での測定結果の差異が大きいと、測定結果の比較がしにくいといった問題が生じる。そのため、性能の装置間差はユーザーからメーカーへの製品クレームに繋がり、製品自体の信頼性を損なうおそれもある。
【0009】
本発明はこうした課題を解決するために成されたものであり、その主たる目的は、同一機種の、つまりは同一の構成・構造を有する複数台の装置間の質量分解能のばらつきを低減することができるTOFMS及びその調整方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明に係るTOFMSの一態様は、イオンが飛行するための電場を飛行空間に形成する飛行電場形成部と、測定対象であるイオンを加速して前記飛行空間に送り込むイオン加速部と、を含む測定部を具備する飛行時間型質量分析装置であって、
前記測定部に含まれる電極に印加する電圧を変化させつつ所定の試料に対する測定を繰り返し実施し、各測定における測定結果に基いて質量分解能を算出するように前記測定部を動作させる制御部と、
前記制御部の制御の下で得られた、前記電極への印加電圧とそれに対応する質量分解能との複数の組のデータに基いて、その両者の関係を近似する近似関数を求める近似関数算出部と、
前記近似関数を用いて質量分解能の目標値に対応する電圧値を求め、該電圧値を当該装置における前記電極への印加電圧として決定する電圧決定部と、
を備える。
【0011】
上記課題を解決するために成された本発明に係るTOFMSの調整方法の一態様は、イオンが飛行するための電場を飛行空間に形成する飛行電場形成部と、測定対象であるイオンを加速して前記飛行空間に送り込むイオン加速部と、を含む測定部を具備する飛行時間型質量分析装置の複数台を調整する方法であって、
前記複数台の飛行時間型質量分析装置に共通する質量分解能の目標値を設定する目標設定ステップ、を実行するとともに、
前記複数台の飛行時間型質量分析装置のそれぞれにおいて、
前記測定部に含まれる電極に印加する電圧を変化させつつ所定の試料に対する測定を繰り返し実施し、各測定における測定結果に基いて質量分解能を算出する測定ステップと、
前記測定ステップにおいて得られた、前記電極への印加電圧とそれに対応する質量分解能との複数の組のデータに基いて、前記目標値に対応する電圧値を求め、該電圧値を当該装置における前記電極への印加電圧として決定する電圧決定ステップと、
を実行する。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係るTOFMS及びその調整方法の上記態様によれば、同一機種である複数台の装置の質量分解能を概ね揃え、質量分解能の装置間差を低減することができる。これにより、同一試料を異なる複数の装置で測定したときの測定結果のばらつきを軽減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の一実施形態である四重極-飛行時間型質量分析装置の要部の構成図。
図2】本実施形態の四重極-飛行時間型質量分析装置における制御・処理部の機能ブロック構成図。
図3】本実施形態の四重極-飛行時間型質量分析装置におけるオートチューニングの処理動作の流れを示すフローチャート。
図4】本実施形態の四重極-飛行時間型質量分析装置における印加電圧と質量分解能との関係の一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明に係るTOFMSの一実施形態である四重極-飛行時間型質量分析装置(以下「Q-TOFMS」と称す場合がある)について、添付図面を参照して説明する。
このQ-TOFMSは、四重極マスフィルターと直交加速TOFMSとを組み合わせたタンデム型質量分析装置であり、イオンの解離操作を伴わない一般的な質量分析と、特定のイオンを解離させたMS/MS分析と、を選択的に実施可能である。
【0015】
図1は、本実施形態のQ-TOFMSの要部の構成図である。また、図2は、本実施形態のQ-TOFMSにおける制御・処理部の機能ブロック構成図である。
図1に示すように、このQ-TOFMSは、測定部1、電圧源2、制御・処理部3、入力部4、及び表示部5、を備える。
【0016】
測定部1は試料(液体試料)に対する測定を実行するものであって、真空チャンバー10と、真空チャンバー10の前方に接続されているイオン化室11と、を有する。真空チャンバー10の内部は、第1中間真空室12、第2中間真空室13、第1分析室14、及び第2分析室15、の四室に概ね区画されている。イオン化室11は略大気圧雰囲気であり、このイオン化室11から、第1中間真空室12、第2中間真空室13、第1分析室14、及び第2分析室15と順に、段階的に真空度が高くなる多段差動排気系の構成である。
【0017】
図1では、各室内の真空排気を行う真空ポンプの記載を省略しているが、一般に、イオン化室11の次段の第1中間真空室12内はロータリーポンプにより真空排気され、それ以降の各室内は粗引きポンプとしてロータリーポンプを用いたターボ分子ポンプにより真空排気される。
【0018】
イオン化室11にはエレクトロスプレーイオン源(ESI源)111が配置され、イオン化室11と第1中間真空室12とは細径の脱溶媒管112を通して連通している。第1中間真空室12には多重極型のイオンガイド121が配置され、第1中間真空室12と第2中間真空室13とは頂部に開口を有するスキマー122で隔てられている。第2中間真空室13にも多重極型のイオンガイド131が配置されている。第1分析室14には、四重極マスフィルター141、多重極型のイオンガイド143を内部に有するコリジョンセル142、及び、トランスファー電極144の前半部、が配置されている。第2分析室15には、トランスファー電極144の後半部、押出電極1511と引込電極1512とを含む直交加速部151、第2加速電極部152、フライトチューブ153、リフレクトロン154、バックプレート155、及び、イオン検出器156、が配置されている。
【0019】
電圧源2は、制御・処理部3の制御に応じて、測定部1における各部の電極、具体的には例えば、ESI源111、イオンガイド121、131、143、四重極マスフィルター141、トランスファー電極144、直交加速部151、第2加速電極部152、フライトチューブ153、リフレクトロン154、バックプレート155、イオン検出器156などに含まれる電極にそれぞれ所定の電圧を印加する。
【0020】
制御・処理部3は、電圧源2を通して又は直接的に測定部1を制御するとともに、測定部1で得られた検出信号を受けて、これを処理するものである。図2に示すように、制御・処理部3は、機能ブロックとして、測定制御部31、データ処理部32、チューニング実行部33、及びパラメーター記憶部34を含み、チューニング実行部33は下位の機能ブロックとして、パラメーター探索部331と、再調整制御部3321、近似関数算出部3322、パラメーター決定部3323を含むパラメーター再調整部332と、を含む。
【0021】
なお、一般に、制御・処理部3の実体はパーソナルコンピューター(PC)であり、該PCにインストールされた専用の制御・処理ソフトウェアを該PCで実行することにより、上記機能ブロックにおける各機能が具現化されるものとすることができる。その場合、入力部4はPCに付設されたキーボードやマウス等のポインティングデバイスであり、表示部5はPCに付設されたモニターディスプレイである。
【0022】
本実施形態のQ-TOFMSにおいて実施されるMS/MS分析動作の一例を、簡単に説明する。この動作では、測定制御部31はパラメーター記憶部34に格納されている各種のパラメーター値などに基いて電圧源2を制御し、電圧源2は測定部1の各部にそれぞれ所定の電圧を印加する。
【0023】
ESI源111には例えば、図示しない液体クロマトグラフで分離された化合物を含む液体試料が連続的に供給される。ESI源111は、供給された液体試料に電荷を付与しつつイオン化室11内に噴霧することにより、該試料中の化合物をイオン化する。但し、イオン化の手法はESI法に限らず、大気圧化学イオン化、大気圧光イオン化などの他の手法によるイオン源を用いることもできる。また、液体試料ではなく、気体試料や固体試料をイオン化するイオン源を用いてもよい。
【0024】
イオン化室11において生成された試料成分由来のイオン、及び溶媒が十分に気化していない微細な帯電液滴は、主として、イオン化室11内の圧力(略大気圧)と第1中間真空室12内の圧力との差によって形成されるガス流に乗って、脱溶媒管112中に引き込まれる。脱溶媒管112は適度な温度に加熱されており、脱溶媒管112の内部を帯電液滴が通ることによって該液滴中の溶媒の気化が促進され、試料成分由来のイオンの生成がさらに促される。
【0025】
脱溶媒管112の出口端から第1中間真空室12内に吐き出されたイオンは、イオンガイド121により形成される高周波電場の作用によってイオン光軸C1の近傍に収束される。収束されたイオンは、スキマー122の頂部の開口を通って第2中間真空室13に入射する。第2中間真空室13に入射したイオンは、イオンガイド131により形成される高周波電場によって収束されつつ、第1分析室14へと送られる。
【0026】
第1分析室14に入射したイオンは四重極マスフィルター141に導入され、四重極マスフィルター141に印加されている電圧に応じた特定のm/z値を有するイオンのみが四重極マスフィルター141を通り抜ける。コリジョンセル142の内部には、アルゴン、窒素などのコリジョンガスが連続的又は間欠的に供給される。四重極マスフィルター141を通り抜け、所定のエネルギーを有してコリジョンセル142に入射したイオン(プリカーサーイオン)は、コリジョンガスに接触し衝突誘起解離によって解離され、各種のプロダクトイオンが生成される。
【0027】
コリジョンセル142から放出された各種のプロダクトイオンは、複数の円環状電極から成るトランスファー電極144により収束されつつ第2分析室15に送られる。トランスファー電極144によって細く平行性の高いイオン流として第2分析室15に導入されたイオンは、直交加速部151においてそのイオン流の入射方向(イオン光軸C1に平行な方向)と略直交する方向にパルス的に、つまり概ねひとかたまりのイオンパケットとして射出される。
【0028】
このイオンパケットを構成する各イオンは、第2加速電極部152でさらに加速され、フライトチューブ153の内部の飛行空間に導入される。飛行空間には、フライトチューブ153、リフレクトロン154、及びバックプレート155によって、図1中にC2で示すような経路でイオンを折り返し飛行させる電場が形成される。これによって、イオンは折り返されたあと再びフライトチューブ153内を飛行し、最終的にイオン検出器156に到達する。イオン検出器156は例えばマイクロチャンネルプレート等を含み、入射したイオンの数に応じた検出信号を生成し制御・処理部3に送る。
【0029】
直交加速部151及び第2加速電極部152において各イオンに付与される運動エネルギーは、理想的には一定である。そのため、各イオンはそのイオンのm/z値に応じた速度、具体的にはm/z値が小さいほど大きな速度を有して飛行し、イオン検出器156に到達する。従って、ほぼ同時に飛行空間に導入されたイオンパケットに含まれる各種イオンは、m/z値に応じて飛行する間に空間的に分離され、時間差を有してイオン検出器156に入射する。
【0030】
直交加速部151及び第2加速電極部152は、本発明におけるイオン加速部に相当する。フライトチューブ153、リフレクトロン154、及びバックプレート155は、本発明における飛行電場形成部に相当する。従って、イオン加速部に含まれる電極とは、押出電極1511、引込電極1512、及び第2加速電極部152を構成する複数の環状電極である。また、飛行電場形成部に含まれる電極とは、フライトチューブ153、リフレクトロン154を構成する複数の環状電極、及びバックプレート155である。また、トランスファー電極144は、本発明におけるイオン導入部に相当し、イオン導入部に含まれる電極とは、トランスファー電極144を構成する複数の環状電極である。
【0031】
制御・処理部3においてデータ処理部32は、イオン検出器156から出力された検出信号を受けて該信号をデジタルデータに変換し、該データを保存する。また、データ処理部32は、イオンパケットが直交加速部151から射出された時点を起点とする各イオンの飛行時間をm/z値に換算し、m/z値とイオン強度との関係を示すマススペクトル(プロダクトイオンスペクトル)を作成する。作成されたマススペクトルは、入力部4から与えられるユーザーの指示に応じて、表示部5に表示される。
【0032】
上記説明はMS/MS分析の際の動作説明であり、四重極マスフィルター141でイオンを選択することなく全てのイオンを素通りさせ、コリジョンセル142内でイオンの解離操作を行わないことにより、MS/MS分析ではなく通常の質量分析を実施しマススペクトルを取得することができる。その場合でも、イオンの質量分離は直交加速TOFMSで実施されるため、高い質量分解能及び質量精度のマススペクトルを得ることができる。
【0033】
本実施形態のQ-TOFMSにおいて、高感度、高質量分解能、及び高質量精度を達成するには、測定部1に含まれる各部の電極への印加電圧を適切に調整する必要がある。このQ-TOFMSでは、そうした印加電圧を自動的に適切に調整するためにオートチューニングの機能を有している。次に、本実施形態のQ-TOFMSに特徴的であるオートチューニングの際の動作について説明する。
【0034】
直交加速TOFMSでは、従来、標準試料を測定したときに例えば感度が最大になるように、具体的には特定の化合物に対するマスピークのトップ強度が最大になるように、各電極に印加する電圧を順次調整するチューニング方法が知られている。また、そのマスピークの質量分解能が最大となるように各電極に印加する電圧を順次調整するチューニング方法も知られている。特に質量分解能は質量分析装置における重要な性能の一つであり、装置メーカーからは、適切にチューニングされた状態において、規定された目標値を超える質量分解能が達成され得るような装置のみが出荷される。但し、既述のように、同じ機種であっても装置間差が生じることは避けられず、各装置が達成し得る質量分解能の最大値は装置毎に異なる。そのため、質量分解能が最大又はそれに近い状態となるようにチューニングを実行すると、装置毎に、達成し得る質量分解能に差異が生じてしまう。
【0035】
例えば装置を1台のみ所有しているユーザーにとっては、上述したような質量分解能の装置間差は問題とならない場合が多い。一方、同じ機種の装置を複数台所有しているユーザーにとっては、異なる装置で得られたマススペクトル等の測定結果を比較することも多いため、質量分解能の装置間差が問題となる場合がある。そこで、本実施形態のQ-TOFMSでは、異なる装置における質量分解能をできるだけ揃えるために、特徴的なチューニングを実施する。
【0036】
図3は、本実施形態のQ-TOFMSにおけるオートチューニングの処理動作の流れを示すフローチャートである。図4は、本実施形態のQ-TOFMSにおける印加電圧と質量分解能との関係の一例を示す図である。
【0037】
例えばユーザーが入力部4で所定の操作を行うと、制御・処理部3においてチューニング実行部33は、所定のプログラムに従ってオートチューニングを実行する。オートチューニングが開始されると、まず、パラメーター探索部331は、各部の電極に印加する電圧を順次変更しながら同じ標準試料に対する測定を繰り返し、その測定結果に基いて質量分解能が最大又はそれに近い状態となる電圧値を探索する(ステップS1)。
【0038】
標準試料は一つ以上の既知の化合物を既知の濃度で含むものであり、例えば通常の液体試料に代えてESI源111に導入されるものとすることができる。或いは、ESI源11とは別に、標準試料をエレクトロスプレーすることによりイオン化する専用のイオン化プローブを設けてもよい。また、標準試料に対する測定は、イオンの解離操作を伴わない通常の質量分析である。
【0039】
質量分解能は、測定結果であるマススペクトルにおいて観測される目的化合物のピークから求めることができる。典型的には、ピークのm/z値の値Mとピークトップ強度の50%の強度における半値幅(FWHM)Δmとから、R=M/Δmにより質量分解能Rを求めることができる。但し、質量分解能の算出方法はこれに限らない。
【0040】
本実施形態のQ-TOFMSにおける性能の一つである質量分解能や質量精度は、トランスファー電極144以降の複数の電極に印加される電圧に依存する。例えば、トランスファー電極144を構成する複数の環状電極に印加される電圧を変えると、トランスファー電極144を出て直交加速部151に入射するイオンの拡がり具合が変化する。イオンの拡がりが大きくなると、押出電極1511にパルス電圧が印加されたときの、イオン経路C2方向におけるイオンの初期位置のばらつきが大きくなるため質量分解能が低下する。また、押出電極1511に印加されるパルス電圧、引込電極1512に印加される直流電圧、第2加速電極部152に含まれる複数の環状電極にそれぞれ印加される直流電圧、フライトチューブ153に印加される直流電圧、リフレクトロン154に含まれる複数の環状電圧にそれぞれ印加される直流電圧、バックプレート155に印加される直流電圧などについても、それらを変化させるとイオンの挙動が変化するために質量分解能が変化する。そこで、上記ステップS1では、これら電極のうちの複数の電極に印加する電圧を順次調整することで、質量分解能が最大になる電圧条件を探索する。
【0041】
但し、ステップS1では、質量分解能のみならず、感度、マスピークの波形形状など、質量分析装置の性能に関連する他の要素との組合せにおいて、総合的に性能が高くなる電圧条件を探索するようにしてもよい。例えば、本出願人が先に出願した特願2022-074176号では、マスピークのトップ強度と質量分解能とから所定の計算式に基いてスコア値を算出し、このスコア値が最大になるような電圧条件を探索している。これは、直交加速TOFMSでは、感度が最大となる電圧条件と質量分解能が最大となる電圧条件とが一致しない場合があるためであって、感度と質量分解能とのバランスをとったうえで質量分解能が最大に近い状態の電圧条件を見出すことができる。従って、このようにして質量分解能が最大に近い状態である電圧条件を探索してもよい。
【0042】
また、特許文献2に開示されているようなマスピークの波形形状の良好さを示す指標値を併せて利用して、具体的には、この指標値と質量分解能とから所定の計算式に基いてスコア値を算出し、このスコア値が最大になるような電圧条件を探索してもよい。これにより、マスピークの波形形状が或る程度良好であり、且つ質量分解能が最大に近い状態である電圧条件を探索することができる。
【0043】
従来のオートチューニングでは、上記ステップS1の処理で求まった各電極への印加電圧の値を最適なパラメーター値として記憶し、このパラメーター値を目的試料の測定に利用する。それに対し、本実施形態のQ-TOFMSでは、ステップS2以降の処理を実行することでパラメーターを再調整する。
【0044】
上記ステップS1における電圧条件の探索によって達成され得る質量分解能は、同じ機種であっても装置によってかなり差異がある場合がある。勿論、装置の状態が良好である場合には、通常、ステップS1の処理が終了した段階で、どの装置でも質量分解能は目標値U以上である。しかしながら、質量分解能等の性能は、組立上の機械的精度などにも依存するため、性能の装置間差は避けられず、その値自体はばらつくことが多い。ステップS2以降では、質量分解能を予め定められた目標値U近傍に揃えるように電圧値を再調整する。ここでは一例として、質量分解能への影響が大きい第2加速電極部152への印加電圧を再調整する例を示すが、質量分解能に影響を与える電極であれば、印加電圧の再調整の対象は第2加速電極部152に限らない。
【0045】
上記質量分解能の目標値Uは、例えば装置メーカーが予め定めてパラメーター記憶部34に格納しておくものとすることができる。その場合、装置メーカーは機種毎に適切な目標値を決めることができるから、ユーザーに依らず同じ機種の装置に共通の目標値であり、どのユーザーが所有しているのかに関係なく同一機種の全ての装置の質量分解能を概ね揃えることができる。但し、装置のハードウェア自体が同一であっても制御・処理用のソフトウェアによって質量分解能が変わる場合、そのソフトウェアのバージョンに応じて質量分解能が変わることがあり得る。その場合には、ソフトウェアの更新に伴って質量分解能の目標値も更新されるようにすることができる。また、ユーザーが同一機種の複数台の装置を所有している場合に、その複数台の装置の間でのみ質量分解能を揃えることができるように、質量分解能の目標値をユーザーが変更できるようにしてもよい。その場合には、目標値Uは、そのユーザーが所有している複数台の装置にのみ共通の目標値である。
【0046】
製造メーカーにおける装置の工場出荷時には、測定誤差を考慮して、カタログスペックで保証した質量分解能よりも或る程度余裕をみた値で調整している場合があり、目標値Uはその値としてもよいし、カタログスペックで保証した質量分解能の値そのものとしてもよい。その他、複数台の装置のそれぞれで達成可能であり、且つ、共通の値である限りにおいて、目標値Uは種々に設定可能である。
【0047】
パラメーター再調整部332において再調整制御部3321は、第2加速電極部152を含め、各部の電極への印加電圧をステップS1の処理で求まった電圧値(初期電圧値)に設定したうえで、標準試料に対する測定を実行するように各部を制御する。このとき第2加速電極部152へ印加する初期電圧値をVpとする。そして、再調整制御部3321は、その測定により得られたデータに基いて、上述したようにピークから質量分解能を算出する(ステップS2)。
【0048】
次に、再調整制御部3321は、そのときの電圧から電圧値を下げる(電圧の絶対値を小さくする)方向に所定ステップ幅だけ電圧値を変更し、その電圧値の下で標準試料に対する測定を実行するように各部を制御する。そして、再調整制御部3321は、その測定により得られたデータに基いて質量分解能を算出する(ステップS3)。
【0049】
ステップS3では、初期電圧値Vpから電圧値を下げる方向ではなく、逆に初期電圧値Vpから電圧値を上げる(電圧の絶対値を大きくする)方向に変化させてもよい。但し、本発明者の実験によれば、第2加速電極部152の電圧値を初期電圧値(質量分解能が最大となる電圧値)から上げる方向に変化させた場合、質量分解能が低下するだけでなく、マスピークの波形形状が悪化する(テーリング又はリーディングが長く延びる)ことが確認されている。そのため、ここでは、マスピークの波形形状の悪化が生じない(又は生じにくい)、電圧値を下げる方向への電圧変化を採用している。このようなマスピークの波形形状の悪化などの現象がなければ、初期電圧値から電圧値を上げる方向に電圧を変化させてもよい。
【0050】
ステップS3の実行後、再調整制御部3321は算出された質量分解能が分解能の目標値Uを下回っているか否かを判定する(ステップS4)。そして、目標値Uを下回っていなければ、ステップS4からS3へと戻る。従って、ステップS3、S4の繰り返しによって、質量分解能が目標値Uを下回るまで、第2加速電極部152への印加電圧を所定ステップ幅ずつ変化させながら標準試料に対する測定が繰り返される。そして、質量分解能が目標値Uを下回ると、ステップS4からS5へと進み、それまでの測定点数が所定数以上であるか否かを判定する。この所定数は例えば3又は5など、3以上の値で適宜に定めることができる。ステップS5の判定処理は、後述する近似関数の精度が十分に確保できないような事態になることを避けるためである。
【0051】
ステップS5で測定点数が所定数に達しないと判定された場合には、電圧値を変化させるステップ幅を狭めるように変更した(ステップS6)うえでステップS2へと戻り、再調整を始めからやり直す。
【0052】
一方、ステップS5で測定点数が所定数以上であると判定された場合、近似関数算出部3322は、ステップS2~S4の処理において取得された、電圧値と質量分解能との複数の組合せに基いて回帰分析を実行することにより、電圧値と質量分解能との関係を示す近似関数を算出する(ステップS7)。回帰分析では、比較的演算が簡単であって且つ良好な結果を得ることができる最小二乗法を利用することができる。また、近似関数としては、3次以上の関数を用いても構わないが、通常、2次関数で十分である。
【0053】
図4は実測例であり、電圧ステップ幅を狭くして測定点数をかなり多くしている例である。印加電圧を変化させる毎に質量分解能は上下に変動するが、この電圧値と質量分解能との複数の組から、図中に点線で示すような十分に確からしい近似関数y=Ax2+-Bx-Cを求めることができる。
【0054】
次いで、パラメーター決定部3323は、ステップS7で算出された近似関数を用い、図4に示すように、質量分解能の目標値Uに対応する電圧Vqを求める(ステップS8)。そして、パラメーター決定部3323は、この電圧Vqを第2加速電極部152へ印加する再調整後の電圧値として決定する(ステップS9)。そして、この決定した電圧値をパラメーター記憶部34に格納し、以降の測定時に使用する。
【0055】
こうして本実施形態のQ-TOFMSでは、質量分解能が最大又はそれに近い状態になるように電圧条件を設定したあと、質量分解能が複数の装置に共通である目標値U近傍になるように印加電圧を再調整することができる。
このようなチューニングを行うことで次のような利点がある。
【0056】
(1)複数の装置の質量分解能を目標値U近傍に揃えることができる。そのため、同じ試料を複数の装置で測定したときの測定結果のばらつきを小さくすることができる。
(2)1台の装置において或る電圧条件の下で複数回測定を実行したときにも測定結果は或る程度ばらつくため、そのばらつきの平均値を算出するためには、同じ電圧条件で複数回測定を実行する必要がある。そうすると、チューニングに時間が掛かるうえに標準試料の使用量も増えてコスト増加に繋がる。これに対し、上記手法によれば、同じ電圧条件で複数回測定を実行することなく、その複数回の測定による測定結果のばらつきの影響を軽減して正確性の高い(つまりは質量分解能を目標値Uに近い状態にし易い)電圧値を求めることができる。それにより、チューニングに掛かる時間を短縮することができる。また、標準試料の使用量を抑えてコストを削減することができる。
【0057】
なお、上述したように図4の例は測定点数がかなり多い場合であるが、近似関数として2次関数を用いる場合、3~5の測定点数であってもかなり正確な近似が可能であり、実用上は十分である。
【0058】
上述したように、上記説明では、第2加速電極部152への印加電圧を変えることで質量分解能を調整していたが、トランスファー電極144、直交加速部151、フライトチューブ153、リフレクトロン154、バックプレート155に含まれる各電極への印加電圧を変化させることで質量分解能を調整してもよい。
【0059】
また、上記実施形態のQ-TOFMSでは、オートチューニングを実施すると質量分解能は目標値U近傍に収まるが、ユーザーによっては、その装置で実現可能である極力高い質量分解能が得られるように調整したい場合も考えられる。勿論、そうした調整は手動で可能であるものの、その調整作業はかなり面倒である。そこで、本実施形態のQ-TOFMSでは、オートチューニングの際に、図2に示したフローチャートのステップS1が終了した段階でチューニングを終了するか、或いは、ステップS1に引き続いてステップS2~S9の処理も実行したうえでチューニングを終了するのか、をユーザーが選択し得るようにしてよい。こうした選択を可能としておくことで、ユーザーは必要に応じて、その装置が達成し得る最も高い質量分解能又はそれに近い状態で測定を実施することができる。
【0060】
上記実施形態は、リフレクトロン型の直交加速TOFMSに本発明を適用した例であるが、本発明はリフレクトロン型に限らず、リニア型、マルチターン型などの飛行経路の態様が異なる他のTOFMSにも適用可能である。リニア型では、飛行電場形成部に含まれる電極はフライトチューブのみである。一方、マルチターン型では、飛行電場形成部に含まれる電極は、イオンを周回飛行させる(又は螺旋状等に飛行させる)電極、及び、そうした軌道にイオンを導入する及び/又はそうした軌道からイオンを離脱させる電極、を含む。
【0061】
また、直交加速方式に限らず、例えば測定対象であるイオンをリニアイオントラップや3次元四重極型イオントラップに一旦保持したうえで、それらイオントラップを構成する電極に加速電圧を印加することで該イオントラップからイオンを射出して飛行空間に送り込むイオントラップTOFMSにも本発明を適用することができる。その場合、イオン加速部に含まれる電極は、イオントラップを構成する電極である。
【0062】
また、本発明は、例えばマトリックス支援レーザー脱離イオン化源をイオン源とするMALDI-TOFMSのように、イオン源で生成された直後に試料近傍から引き出されたイオンを加速して飛行空間に送り込む方式のTOFMSにも適用可能である。その場合、イオン加速部に含まれる電極は、試料近傍からイオンを引き出す引出電極、及び引き出されたイオンを加速する加速電極である。
【0063】
また、上記実施形態や上述した各種の変形例は本発明の一例であって、本発明の趣旨の範囲で適宜修正、変更、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【0064】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態が以下の態様の具体例であることは、当業者には明らかである。
【0065】
(第1項)本発明に係るTOFMSの一態様は、イオンが飛行するための電場を飛行空間に形成する飛行電場形成部と、測定対象であるイオンを加速して前記飛行空間に送り込むイオン加速部と、を含む測定部を具備する飛行時間型質量分析装置であって、
前記測定部に含まれる電極に印加する電圧を変化させつつ所定の試料に対する測定を繰り返し実施し、各測定における測定結果に基いて質量分解能を算出するように前記測定部を動作させる制御部と、
前記制御部の制御の下で得られた、前記電極への印加電圧とそれに対応する質量分解能との複数の組のデータに基いて、その両者の関係を近似する近似関数を求める近似関数算出部と、
前記近似関数を用いて質量分解能の目標値に対応する電圧値を求め、該電圧値を当該装置における前記電極への印加電圧として決定する電圧決定部と、
を備える。
【0066】
(第2項)第1項に記載のTOFMSにおいて、前記目標値は質量分解能を共通化する対象の複数台の装置に共通に定められたものとすることができる。
【0067】
(第11項)本発明に係るTOFMSの調整方法の一態様は、イオンが飛行するための電場を飛行空間に形成する飛行電場形成部と、測定対象であるイオンを加速して前記飛行空間に送り込むイオン加速部と、を含む測定部を具備する飛行時間型質量分析装置の複数台を調整する方法であって、
前記複数台の飛行時間型質量分析装置に共通する質量分解能の目標値を設定する目標設定ステップ、を実行するとともに、
前記複数台の飛行時間型質量分析装置のそれぞれにおいて、
前記測定部に含まれる電極に印加する電圧を変化させつつ所定の試料に対する測定を繰り返し実施し、各測定における測定結果に基いて質量分解能を算出する測定ステップと、
前記測定ステップにおいて得られた、前記電極への印加電圧とそれに対応する質量分解能との複数の組のデータに基いて、前記目標値に対応する電圧値を求め、該電圧値を当該装置における前記電極への印加電圧として決定する電圧決定ステップと、
を実行する。
【0068】
ここでいう「質量分解能を共通化する対象の複数台の装置」又は「複数台の飛行時間型質量分析装置」とは、一般的には、構成や構造が同じ同一機種の装置であるが、一部の構成や構造、或いは装置を制御するソフトウェアなどが相違している装置であっても、同じ質量分解能を達成し得る装置であればよい。
【0069】
第1項及び第2項に記載のTOFMS、並びに第11項に記載のTOFMSの調整方法によれば、同一機種である複数の装置の質量分解能を概ね揃え、質量分解能の装置間差を低減することができる。これにより、同一試料を異なる複数の装置で測定したときの測定結果のばらつきを軽減することができる。
【0070】
また、同じ電圧条件で同じ試料に対する測定を複数回実施しても測定結果は或る程度ばらつくため、一つの電圧条件の下でより正確な測定結果を得るには、同じ電圧条件での測定の回数を増やして平均を取る等の作業が必要である。しかしながら、そうした作業を行うと測定に時間が掛かり、チューニングに掛かる時間もそれだけ長くなる。これに対し、第1項及び第2項に記載のTOFMS、並びに第11項に記載のTOFMSの調整方法では、電圧を変化させつつ測定した結果に基いて近似関数を求めることで、一つの電圧条件の下での測定結果のばらつきの影響を軽減できるため、同じ電圧条件での測定の回数を少なくすることができる。それにより、チューニングに掛かる時間を短縮しながら、質量分解能を良好に目標値又はその近傍に揃えることができる。
【0071】
(第3項)第1項に記載のTOFMSにおいて、前記近似関数算出部は最小二乗法により近似関数を求めるものとすることができる。
【0072】
電極への印加電圧とそれに対応する質量分解能との複数の組のデータに基いて近似関数を算出する際には回帰分析の手法を利用すればよいが、最小二乗法を採用することで、比較的簡便に確度の高い近似関数を求めることができる。従って、第3項に記載のTOFMSによれば、チューニングを実行することで目標値により近い質量分解能を達成できる可能性が高くなる。
【0073】
(第4項)第3項に記載のTOFMSにおいて、前記関数は2次関数であるものとすることができる。
【0074】
本発明者の検討によれば、電極への印加電圧と質量分解能との関係は比較的簡単な曲線で十分に近似可能である。従って、第4項に記載のTOFMSによれば、確度の高い近似曲線を簡便に取得することができる。
【0075】
(第5項)第1項~第4項のいずれか1項に記載のTOFMSにおいて、前記制御部は、前記測定部に含まれる電極に印加する電圧を、前記目標値よりも高い質量分解能が得られる初期電圧値から段階的に変化させて所定の試料に対する測定を実施し、その測定結果に基く質量分解能を算出する、という測定動作を、少なくとも質量分解能が前記目標値を下回るまで繰り返すように前記測定部を動作させるものとすることができる。
【0076】
第5項に記載のTOFMSによれば、目標値よりも高い質量分解能が得られる電圧と該目標値よりの低い質量分解能しか得られない電圧とをより確実に、且つ少ない測定回数によって見つけることができる。それにより、チューニングの失敗を低減するとともにチューニングに掛かる時間を短縮することができる。
【0077】
(第6項)第5項に記載のTOFMSにおいて、前記初期電圧値は、質量分解能が最大になるような、又は、感度若しくはマスピークの波形形状の良好さを表す指標値の少なくともいずれかが許容し得る範囲で質量分解能が最大になるような電圧値であるものとすることができる。
【0078】
波形形状の良好さを表す指標値の一例は、特許文献2に開示されている、マスピークの二つの強度におけるピーク幅の比率である。また、他の例としては、ピークの対称性(非対称性)を表す指標であるアシンメトリー係数である。
【0079】
第6項に記載のTOFMSでは、質量分解能が最大となるような電圧条件、又は質量分解能は必ずしも最大ではないものの、感度の高さやマスピークの波形形状の良好さが満足し得る程度であるという条件の下で質量分解能が最大であるような電圧条件から、電圧を変化させつつ測定が繰り返される。
【0080】
(第7項)第6項に記載のTOFMSにおいて、前記測定部に含まれる複数の電極に印加する電圧を順次調整することで、質量分解能が最大になる、又は、感度若しくは波形形状の良好さを表す指標値の少なくともいずれかが許容し得る範囲で質量分解能が最大になるように調整を行う最良状態探索部、をさらに備え、該最良状態探索部による調整の終了後に、前記制御部、前記近似関数算出部、及び前記電圧決定部により、所定の一又は複数の電極に印加する電圧を調整するものとすることができる。
【0081】
第7項に記載のTOFMSによれば、まず質量分解能が最大又はそれに近い状態であるように電圧条件が設定されるので、電圧条件の設定が不適切であるために質量分解能が目標値に達しない状況を回避することができる。
【0082】
(第8項)第1項~第7項のいずれか1項に記載のTOFMSにおいて、前記測定部は、前記イオン加速部にイオンを導入するイオン導入部を含み、前記制御部は、前記イオン導入部、前記イオン加速部、又は前記飛行電場形成部のいずれかに含まれる電極に印加する電圧を変化させつつ測定を繰り返すことで、電圧と質量分解能との組であるデータを収集するものとすることができる。
【0083】
(第9項)第8項に記載のTOFMSにおいて、前記イオン加速部は前記イオン導入部から導入されたイオンをその直交方向に加速するものとすることができる。
【0084】
第9項に記載のTOFMSによれば、例えば液体クロマトグラフやガスクロマトグラフなどから供給される試料に由来するイオンをイオントラップなどに保持することなく、ほぼ連続的に測定することができる。
【0085】
(第10項)第9項に記載のTOFMSにおいて、前記イオン加速部は、イオンを加速させるためのパルス電圧が印加される第1加速電極と、該第1加速電極により加速されたイオンをさらに加速させるための電圧が印加される第2加速電極と、を含み、前記制御部は、質量分解能を調整する際に、前記第1加速電極又は前記第2加速電極のいずれかに印加する電圧を調整するものとすることができる。
【0086】
第10項に記載のTOFMSによれば、感度等の他の性能への影響を抑えながら質量分解能を適切に調整することができる。
【符号の説明】
【0087】
1…測定部
10…真空チャンバー
11…イオン化室
111…ESI源
112…脱溶媒管
12…第1中間真空室
121…イオンガイド
122…スキマー
13…第2中間真空室
131…イオンガイド
14…第1分析室
141…四重極マスフィルター
142…コリジョンセル
143…イオンガイド
144…トランスファー電極
15…第2分析室
151…直交加速部
1511…押出電極
1512…引込電極
152…第2加速電極部
153…フライトチューブ
154…リフレクトロン
155…バックプレート
156…イオン検出器
2…電圧源
3…制御・処理部
31…測定制御部
32…データ処理部
33…オートチューニング実行部
331…最適パラメーター探索部
332…パラメーター再調整部
3321…再調整制御部
3322…近似関数算出部
3323…パラメーター決定部
34…パラメーター記憶部
4…入力部
5…表示部
図1
図2
図3
図4