(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023175286
(43)【公開日】2023-12-12
(54)【発明の名称】レンズの成膜方法及び保護膜付レンズ
(51)【国際特許分類】
G02B 1/14 20150101AFI20231205BHJP
【FI】
G02B1/14
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022087655
(22)【出願日】2022-05-30
(71)【出願人】
【識別番号】391044915
【氏名又は名称】株式会社コシナ
(74)【代理人】
【識別番号】100088579
【弁理士】
【氏名又は名称】下田 茂
(72)【発明者】
【氏名】三神 政之
(72)【発明者】
【氏名】町田 祐一
【テーマコード(参考)】
2K009
【Fターム(参考)】
2K009AA15
2K009CC01
2K009DD02
(57)【要約】
【課題】 均質性の高い保護膜を生成し、レンズ基に対する必要な保護機能を確保するとともに、描写効果に利用できる良好なゴースト・フレアを発生させる。
【解決手段】 レンズ基2の屈折率が1.40-2.10の範囲になり、かつコーティング材Cの屈折率が1.20-2.50の範囲になるとともに、レンズ基2自身の第一反射率Mfとこのレンズ基2にコーティング材Cの成膜層3mを設けた状態の第二反射率Msの差Mdが所定の光波長域で9.50〔%〕以下となる明るさ条件XLを満たし、かつD65標準光源からの光Rを照射したときのL*a*b*色空間における、レンズ基2自身の第一彩度Sfとこのレンズ基2にコーティング材Cの成膜層3mを設けた状態の第二彩度Ssの差Sdが2.70以下となる彩度条件XSを満たす保護膜3を設ける。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
レンズ基のレンズ面に所定のコーティング材の保護膜を設けるレンズの成膜方法であって、屈折率を1.40-2.10の範囲から選定した前記レンズ基を使用し、かつ前記コーティング材の屈折率を1.20-2.50の範囲から選定するとともに、前記レンズ基自身の第一反射率とこのレンズ基に前記コーティング材の成膜層を設けた状態の第二反射率を測定することにより、前記第一反射率と前記第二反射率の差が所定の光波長域で9.50〔%〕以下となる明るさ条件を満たし、かつD65標準光源からの光を照射したときのL*a*b*色空間における、前記レンズ基自身の第一彩度とこのレンズ基に前記コーティング材の成膜層を設けた状態の第二彩度を測定することにより、前記第一彩度と前記第二彩度の差が2.70以下となる彩度条件を満たすように前記コーティング材の成膜処理を行うことにより保護膜を設けることを特徴とするレンズの成膜方法。
【請求項2】
前記所定の光波長域は、380-780〔nm〕の波長域であることを特徴とする請求項1記載のレンズの成膜方法。
【請求項3】
前記明るさ条件は、前記レンズ面に垂直となる入射光に対する反射率を用いることを特徴とする請求項1記載のレンズの成膜方法。
【請求項4】
前記彩度条件は、前記レンズ面に対して垂直に入射する光の反射光を測定光として用いることを特徴とする請求項1記載のレンズの成膜方法。
【請求項5】
前記彩度条件は、前記第一彩度と前記第二彩度の差を求めるに際し、前記L*a*b*色空間におけるa*とb*の差を用いることを特徴とする請求項1記載のレンズの成膜方法。
【請求項6】
前記コーティング材の成膜処理は、成膜層として、少なくとも一層設けることを特徴とする請求項1記載のレンズの成膜方法。
【請求項7】
前記成膜層は、二層以上設けるに際して、全体が前記明るさ条件及び前記彩度条件を満たすことを条件に前記成膜層を追加することを特徴とする請求項6記載のレンズの成膜方法。
【請求項8】
レンズ基のレンズ面に所定のコーティング材の保護膜を設けた保護膜付レンズであって、前記レンズ基の屈折率が1.40-2.10の範囲になり、かつ前記コーティング材の屈折率が1.20-2.50の範囲になるとともに、前記レンズ基自身の第一反射率とこのレンズ基に前記コーティング材の成膜層を設けた状態の第二反射率の差が所定の光波長域で9.50〔%〕以下となる明るさ条件を満たし、かつD65標準光源からの光を照射したときのL*a*b*色空間における、前記レンズ基自身の第一彩度とこのレンズ基に前記コーティング材の成膜層を設けた状態の第二彩度の差が2.70以下となる彩度条件を満たす保護膜を設けてなることを特徴とする保護膜付レンズ。
【請求項9】
前記コーティング材は、光学膜材を含むことを特徴とする請求項8記載の保護膜付レンズ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レンズ自身の表面に保護膜を設ける際に用いて好適なレンズの成膜方法及び当該保護膜を設けた保護膜付レンズに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、カメラにより撮影する場合、太陽や天井灯等の強い光が無用なゴースト・フレアとなって写り込む問題があるため、レンズの表面に反射防止用のコーティング膜、特に、屈折率を考慮した多層構造の反射防止膜を付すことにより、ゴースト・フレアの原因となる不要な反射光を低減させている。
【0003】
従来、このような反射防止膜を付したレンズとしては、特許文献1に記載される反射防止膜を有する交換レンズ,特許文献2に記載される反射防止性プラスチックレンズ,特許文献3に記載される反射防止層を有する合成樹脂性レンズが知られている。特許文献1の反射防止膜を有する交換レンズは、中屈折率ガラスにおいて優れた透過率特性を有し、フレアやゴースト等の発生が少なく、かつ優れた耐擦傷性及びヤケ防止効果を有する均一な反射防止膜を有する交換レンズの提供を目的としたものであり、具体的には、基材上に、第1層~第3層を基材側から積層してなる反射防止膜であって、波長領域400~700nmの光において、基材の屈折率が1.53以上1.60未満であり、第l層がアルミナを主成分とした光学膜厚25.0~250.0nmの緻密層であり、第2層が屈折率1.40~1.50,光学膜厚100.0~145.0nmの緻密層であり、第3層がメソポーラスシリカナノ粒子の集合体からなり、屈折率1.12~1.20,光学膜厚100.0~138.5nmの多孔質層により構成されたものである(なお、同文献1の光学膜厚は屈折率×物理膜厚)。
【0004】
また、特許文献2の反射防止性プラスチックレンズは、薄く、軽量な高屈折率で、塗膜に干渉縞が見えず、反射色にムラやバラツキがなく、反射率の低い高性能な反射防止コートを有するレンズの提供を目的としたものであり、具体的には、所定式の芳香族化合物とイソチオシアナート化合物との重合体からなるプラスチックレンズと、所定式の有機ケイ素化合物またはその加水分解物、および五酸化アンチモンゾル等の酸化物のゾルの1種以上との硬化膜からなる有機ケイ素コーティング膜と、この膜上のチタン、ケイ素の酸化物を含む多層反射防止膜を備えたものである。
【0005】
さらに、特許文献3の合成樹脂製レンズは、表面に被覆層を有する合成樹脂製レンズにおいて、レンズ表面に、変成メラミン系樹脂組成物およびイソチオシアナート化合物とからなるコーティング組成物から得られるハードコート膜が形成され、該ハードコート膜の上に金属酸化物からなる多層構造の反射防止膜が形成されたものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010-55060号公報
【特許文献2】特開平9-5501号公報
【特許文献3】特開昭61-153601号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、上述した従来における反射防止膜を付したレンズは、次のような問題点も存在した。
【0008】
即ち、カメラにより撮影する場合、描写効果を高めるため、あえてゴースト・フレアを利用した撮影を行う場合もある。この場合、未コーティングのレンズを使用することにより実現可能になるが、前述した反射防止膜は、レンズ自身の変質及び劣化を防止してレンズを保護する機能も兼ね備えるため、未コーティングのレンズでは、これらの機能を確保できない問題を生じる。
【0009】
一方、反射防止膜の厚さを適切に設定、具体的には、より薄く設定することにより、レンズに対する必要な保護機能を確保するとともに、描写効果を確保できるある程度のゴースト・フレアを発生させることができれば、より望ましい保護膜付レンズを得ることが可能になるが、従来、このような機能を有する適切な保護膜付レンズは提供されていないのが実情である。
【0010】
特に、膜厚を、ある程度厚く設ける場合には、バラツキの少ない均質なコーティング層を比較的容易に設けることができるが、膜厚が薄く、コーティングの無い状態に近い成膜層を設ける場合には、例えば、成膜処理する時間を極端に短くする必要があるなど、均質性の高い保護膜を生成するための成膜処理(成膜制御)は容易でない。
【0011】
本発明は、このような背景技術に存在する課題を解決したレンズの成膜方法及び保護膜付レンズの提供を目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係るレンズの成膜方法は、レンズ基2のレンズ面2fに所定のコーティング材Cの保護膜3を設けるに際し、屈折率を1.40-2.10の範囲から選定したレンズ基2を使用し、かつコーティング材Cの屈折率を1.20-2.50の範囲から選定するとともに、レンズ基2自身の第一反射率Mfとこのレンズ基2にコーティング材Cの成膜層3mを設けた状態の第二反射率Msを測定することにより、第一反射率Mfと第二反射率Msの差Mdが所定の光波長域で9.50〔%〕以下となる明るさ条件XLを満たし、かつD65標準光源からの光Rを照射したときのL*a*b*色空間における、レンズ基2自身の第一彩度Sfとこのレンズ基2にコーティング材Cの成膜層3mを設けた状態の第二彩度Ssを測定することにより、第一彩度Sfと第二彩度Ssの差Sdが2.70以下となる彩度条件XSを満たすようにコーティング材Cの成膜処理を行うことにより保護膜3を設けることを特徴とする。
【0013】
また、本発明に係る保護膜付レンズ1は、未成膜のレンズ基2のレンズ面2fに所定のコーティング材Cの保護膜3を設けた保護膜付レンズを構成するに際して、レンズ基2の屈折率が1.40-2.10の範囲になり、かつコーティング材Cの屈折率が1.20-2.50の範囲になるとともに、レンズ基2自身の第一反射率Mfとこのレンズ基2にコーティング材Cの成膜層3mを設けた状態の第二反射率Msの差Mdが所定の光波長域で9.50〔%〕以下となる明るさ条件XLを満たし、かつD65標準光源からの光Rを照射したときのL*a*b*色空間における、レンズ基2自身の第一彩度Sfとこのレンズ基2にコーティング材Cの成膜層3mを設けた状態の第二彩度Ssの差Sdが2.70以下となる彩度条件XSを満たす保護膜3を設けてなることを特徴とする。
【0014】
一方、本発明は、好適な態様により、所定の光波長域には380-780〔nm〕を適用することができる。また、成膜方法を実施するに際しては、明るさ条件XLに、レンズ面2fに垂直となる入射光Rに対する反射率Mf,Msを用いることができるとともに、彩度条件XSに、レンズ面2fに対して垂直に入射する光Rの反射光を測定光Rmとして用いることができる。さらに、彩度条件XSにおける第一彩度Sfと第二彩度Ssの差Sdを求めるに際しては、L*a*b*色空間におけるa*(aスター)とb*(bスター)の差を用いることができる。なお、コーティング材Cの成膜処理は、成膜層3mとして、少なくとも一層(3ma)設けることができる。この際、成膜層3mを二層以上(3ma,3mb…)設けるに際して、全体3mが明るさ条件XL及び彩度条件XSを満たすことを条件に成膜層(3mb…)を追加することができる。また、コーティング材Cには、光学膜材を含ませることができる。
【発明の効果】
【0015】
このような本発明に係るレンズの成膜方法及び保護膜付レンズ1によれば、次のような顕著な効果を奏する。
【0016】
(1) 成膜方法の実施に際しては、生成する成膜層3mの層厚を、明るさ条件XL及び彩度条件XSを利用して生成できるようにしたため、レンズ基2に対する成膜処理(成膜制御)を容易に行うことができるなど、コーティングの無い状態に近い保護膜3を設けることができるとともに、均質性の高い保護膜3を生成することができる。
【0017】
(2) 本発明に係る成膜方法を利用することにより目的の保護膜付レンズ1、即ち、レンズ基2に対する必要な保護機能を確保できることに加え、描写効果に利用できる良好なゴースト・フレアを発生させることができる保護膜付レンズ1を得ることができる。
【0018】
(3) 好適な態様により、所定の光波長域に、380-780〔nm〕を適用すれば、可視光線域の全体を網羅することができるため、レンズを使用したカメラ撮影等に要求される光学性能を確実に確保することができる。
【0019】
(4) 好適な態様により、成膜方法の実施に際し、明るさ条件XLに、レンズ面2fに垂直となる入射光Rに対する反射率Mf,Msを用いれば、反射率測定に係わる正確な設定等を容易に行うことができるため、成膜処理に係わる容易性及び的確性、更には低コスト性及び迅速性の向上に寄与することができる。
【0020】
(5) 好適な態様により、成膜方法の実施に際し、彩度条件XSに、レンズ面2fに対して垂直に入射する光Rの反射光を測定光Rmとして用いれば、彩度測定に係わる正確な設定等を容易に行うことができるため、成膜処理に係わる容易性及び的確性、更には低コスト性及び迅速性の向上に寄与することができる。
【0021】
(6) 好適な態様により、彩度条件XSを得るに際し、L*a*b*色空間におけるa*とb*の差を用いれば、明るさに係わるL*(Lスター)は、反射率Mf,Msを用いた別途の明るさ条件XLにより得ることができるため、彩度条件XSは、a*とb*の差のみにより容易に設定することができる。
【0022】
(7) 好適な態様により、コーティング材Cの成膜処理では、少なくとも一層(3ma)の成膜層3mを設けることができる。即ち、明るさ条件XL及び彩度条件XSを満たすことを条件に成膜層3mを追加できるため、必要により二層(3a.3b…)以上設けることにより、成膜層3mの全体の層厚を設定する観点からその最適化を図ることができる。
【0023】
(8) 好適な態様により、コーティング材Cに、光学膜材を含ませれば、従来より広く使用されている公知の光学膜材を利用できるため、容易かつ低コストに実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本発明の好適実施形態に係る成膜方法の処理手順を説明するためのフローチャート、
【
図2】本発明の好適実施形態に係る保護膜付レンズの一部を示す断面図、
【
図3】同実施形態に係る成膜方法に使用する反射率及び彩度の測定説明図、
【
図4】同実施形態に係る成膜方法の測定原理を説明するための光学膜厚対光量の特性図、
【
図5】同実施形態に係る成膜方法に使用するレンズ基及びコーティング材の特性一覧表、
【
図6】同実施形態の実施例1に係る保護膜付レンズの膜構成のデータ表、
【
図7】同実施例1に係る保護膜付レンズの測定結果のデータ表、
【
図8】同実施例1に係る保護膜付レンズの測定角度をパラメータにした光波長域に対する反射率を示す変化特性図、
【
図9】同実施例1に係る保護膜付レンズの測定角度をパラメータにしたa*(aスター)とb*(bスター)を用いた彩度の特性図、
【
図10】同実施例2に係る保護膜付レンズの膜構成のデータ表、
【
図11】同実施例2に係る保護膜付レンズの測定結果のデータ表、
【
図12】同実施例2に係る保護膜付レンズの測定角度をパラメータにした光波長域に対する反射率を示す変化特性図、
【
図13】同実施例2に係る保護膜付レンズの測定角度をパラメータにしたa*とb*を用いた彩度の特性図、
【
図14】同実施例3に係る保護膜付レンズの膜構成のデータ表、
【
図15】同実施例3に係る保護膜付レンズの測定結果のデータ表、
【
図16】同実施例3に係る保護膜付レンズの測定角度をパラメータにした光波長域に対する反射率を示す変化特性図、
【
図17】同実施例3に係る保護膜付レンズの測定角度をパラメータにしたa*とb*を用いた彩度の特性図、
【
図18】同参考例1に係る保護膜付レンズの膜構成のデータ表、
【
図19】同参考例1に係る保護膜付レンズの測定結果のデータ表、
【
図20】同参考例1に係る保護膜付レンズの明るさをパラメータにした光波長域に対する反射率を示す変化特性図、
【
図21】同参考例1に係る保護膜付レンズの明るさをパラメータにしたa*とb*を用いた彩度の特性図、
【
図22】同参考例2に係る保護膜付レンズの膜構成のデータ表、
【
図23】同参考例2に係る保護膜付レンズの測定結果のデータ表、
【
図24】同参考例2に係る保護膜付レンズの彩度をパラメータにした光波長域に対する反射率を示す変化特性図、
【
図25】同参考例2に係る保護膜付レンズの彩度をパラメータにしたa*とb*を用いた彩度の特性図、
【発明を実施するための形態】
【0025】
次に、本発明に係る好適実施形態を挙げ、図面に基づき詳細に説明する。
【0026】
まず、同実施形態に係る保護膜付レンズ1の基礎的な概念について、
図2-
図5及び
図9を参照して説明する。
【0027】
図2は、本実施形態に係る保護膜付レンズ1の一部を抽出した断面図を示す。保護膜付レンズ1は、レンズ基2のレンズ面2fに所定のコーティング材Cの保護膜3を成膜処理して得ることができる。なお、本明細書におけるレンズ基2は、保護膜3、即ち、成膜層3mを設けない未成膜の状態のレンズ自身を意味する。
図2(a)は、保護膜3(成膜層3m)として、一層の成膜層3maを設けた保護膜付レンズ1を示すとともに、
図2(b)は、保護膜3(成膜層3m)として、二層による成膜層3ma,3mbを設けた保護膜付レンズ1を示す。
【0028】
このように、コーティング材Cを用いた成膜処理による成膜層3mを生成するに際しては、少なくとも一層の成膜層3maを設けることができる。即ち、成膜層3mは、一層の成膜層3maであってもよいし、二層(3ma.3mb…)以上による成膜層3mにより構成してもよい。したがって、後述する明るさ条件XL及び彩度条件XSを満たすことを条件に成膜層3mを追加することができるため、必要により二層(3ma.3mb…)以上設けることにより、成膜層3mの全体の層厚を設定する観点からその最適化を図ることができる。
【0029】
ところで、本実施形態に係る保護膜付レンズ1は、未成膜(未コーティング)に近い薄い成膜層を設けることにより、レンズ基2の変質や劣化を防止するとともに、恰もコーティングの無いような描写撮影を可能にするものである。この場合、成膜層3mの層厚をできる限り薄い状態に生成することにより実現可能になるが、前述したように、成膜層3mを生成する場合、膜厚制御が困難になる問題を生じる。
【0030】
そこで、本実施形態では、コーティング処理、即ち、成膜処理を行うに際し、レンズ基2の屈折率とコーティング材Cの屈折率の差が小さくなる所定の設定範囲を設けた。即ち、レンズ基2の屈折率とコーティング材Cの屈折率の差が小さい方が、成膜層3mを設ける場合におけるその前後の反射率(第一反射率Mfと第二反射率Ms)の差Mdを小さくすることができる。このため、レンズ基2の屈折率は、1.40-2.10の範囲から選定することが望ましいとともに、コーティング材Cの屈折率は、1.20-2.50の範囲から選定することが望ましい。
【0031】
また、成膜処理中の成膜状態を示す指標として、反射光Rmの明るさを利用した。具体的には、レンズ基2自身の第一反射率Mfと、このレンズ基2にコーティング材Cの成膜層3mを設けた状態の第二反射率Msとを利用し、この第一反射率Mfと第二反射率Msの差Mdが、所定の光波長域で「9.50〔%〕以下」となる条件を設定した。このため、この差Mdが、9.50〔%〕を越えた場合には、ゴースト・フレアの明るさが未成膜のレンズ基2よりも明るく又は暗くなるため、良好なゴースト・フレアを得ることができない。
【0032】
したがって、この第一反射率Mfと第二反射率Msの差Mdが、9.50〔%〕以下となることが必要とする「明るさ条件XL」となる。明るさ条件XLの9.50〔%〕以下を満たすには、前述したレンズ基2自身の屈折率を1.40-2.10の範囲から選定する必要があり、また、コーティング材Cの屈折率が大きくなれば、反射率が高くなるため、コーティング材Cの屈折率の範囲は1.20-2.50の範囲から選定すればよい。このように、コーティング材Cの屈折率の選定(指定)が明るさについて指定したことと同じになる。
【0033】
なお、所定の光波長域は、380-780〔nm〕を設定した。このように、所定の光波長域として、380-780〔nm〕を適用すれば、可視光線域の全体を網羅することができるため、レンズを使用したカメラ撮影等に要求される光学性能を確実に確保することができる。
【0034】
さらに、明るさ条件XLには、
図3に示すように、レンズ面2fに垂直となる入射光Rに対する反射率Mf,Msを用いた。これにより、反射率測定に係わる正確な設定等を容易に行うことができるため、成膜処理に係わる容易性及び的確性、更には低コスト性及び迅速性の向上に寄与することができる。
【0035】
この場合、成膜処理時における膜厚の制御は、屈折率ndが1.523(厚み:1.35〔mm〕)の硝材を用いた平板を一緒に成膜処理し、この平板に光Rを垂直入射し、その反射光Rmに係わる反射率Msの大きさを測定することにより制御を行った。なお、この際に測定する反射光Rmは、反射光をフィルタリングして得る特定の波長(後述する監視波長)となる。さらに、成膜処理前におけるこの平板の反射率は増幅して用いた。なお、以降の説明では、増幅した反射率を「光量」とし、成膜処理前の光量を「初期光量」とする。
【0036】
反射率を増幅させる理由は、次のとおりである。未成膜の平板の場合、反射率は8〔%〕程度となる。このため、例示の場合には、2.5倍程度の増幅を行った。
図4に示すように、初期光量を設定する場合、初期光量が大きいほど光量の変化が大きくなる。即ち、
図4に示す特性線P1のように、初期光量が小さすぎた場合、光量の変化も小さくなり、他方、特性線P3のように、初期光量が大きすぎた場合、最大となる光量は100〔%〕を越えてしまう。したがって、特性線P2のように、最大となる光量が100〔%〕を越えない程度の大きい値に設定することが望ましく、本実施形態では、適切と思われる2.5倍程度に設定した。
【0037】
また、成膜処理において、成膜処理中の制御及び成膜処理を終了させるタイミングに関しては、光量の変化がより大きい波長部分(監視波長)が制御し易いため、初期光量の設定及び監視波長の大きさを
図5に示すように設定した。
【0038】
一方、色味に関しては、D65標準光源からの光Rを照射したときのL*a*b*色空間における、レンズ基2自身の第一彩度Sfとこのレンズ基2にコーティング材Cの成膜層3mを設けた状態の第二彩度Ssを使用し、この第一彩度Sfと第二彩度Ssの差Sdが2.70以下となる条件により設定した。したがって、この「2.70以下」の条件を満たすことが「彩度条件XS」となる。なお、この差Sdが、2.70を越えた場合、ゴースト・フレアの色味(彩度)が未成膜のレンズ基2よりも異なるものとなり、良好なゴースト・フレアを得ることができない。
【0039】
この場合、彩度条件XSには、
図3に示すように、レンズ面2fに対して垂直に入射する光Rの反射光を測定光Rmとして用いる。これにより、彩度測定に係わる正確な設定等を容易に行うことができるため、成膜処理に係わる容易性及び的確性、更には低コスト性及び迅速性の向上に寄与することができる。
【0040】
さらに、彩度条件XSの第一彩度Sfと第二彩度Ssの差Sdを求めるに際しては、
図9に示すように、L*a*b*色空間のa*とb*の差を用いた。この場合、明るさを示すL*(Lスター)は反射率を用いた別途の明るさ条件XLにより得られるため、彩度条件XSは、a*とb*の差のみにより容易に設定することができる。なお、彩度条件XSにより設定する第一彩度Sfと第二彩度Ssの差Sdは、[数1]の演算式により求めることができる。
【0041】
【0042】
以上のように、設定した9.50〔%〕以下となる明るさ条件XLと、2.70以下となる彩度条件XSは、実験的に求めることができるとともに、これらの各条件を満たすように、レンズ基2の屈折率1.40-2.10の範囲と、コーティング材Cの屈折率1.20-2.50の範囲を決定することができる。
【0043】
図5に、本実施形態に係る保護膜付レンズ1におけるレンズ基2及びコーティング材Cの特性一覧表を示す。レンズ基2には、タイプの異なる硝材、特に、屈折率の異なる硝材A(nd:1.81),硝材B(nd:1.88),硝材C(nd:1.58)を使用し、それぞれを試料E1,E2,E3とした。また、コーティング材Cとしては、試料E1及びE2には、LaTiO3(チタン酸ランタン(nd:2.00))を使用するとともに、試料E3には、Al2O3(酸化アルミニウム(nd:1.63))を使用した。なお、コーティング材Cは、いずれも光学膜材Cmとして公知のものであるが、このような光学膜材Cmに限定されるものではなく、各種のコーティング材C、例えば、後述するMgF2(フッ化マグネシウム(nd:1.37))等の各種コーティング材Cを適用することができる。なお、コーティング材Cとして、光学膜材Cmを用いれば、従来より広く使用されている公知の光学膜材を利用できるため、容易かつ低コストに実施できる利点がある。その他、
図5中、νdはレンズ基2のアッベ数を示す。
【0044】
したがって、
図5に示す試料E1-E3は、いずれも、レンズ基2の屈折率が1.40-2.10の範囲にあるとともに、コーティング材Cの屈折率が1.20-2.50の範囲にあり、材料の選定に際しては試料E1-E3の中から選択可能である。
【0045】
次に、本実施形態に係る保護膜付レンズ1の概念に基づき、本実施形態に係る保護膜付レンズ1(及び成膜方法)の有効性の検証結果について、
図6-
図25を参照して説明する。
【0046】
図6-
図25中、本実施形態に係る成膜方法により成膜処理して得られた保護膜付レンズの明るさ条件XL及び彩度条件XSを満たした実施例1-3の検証結果を、
図6-
図17に示すとともに、同成膜方法により成膜処理して得られた保護膜付レンズの明るさ条件XL又は彩度条件XSを満たさない場合を含む参考例1-2の検証結果を、
図18-
図25に示す。
【実施例0047】
実施例1の検証結果を
図6-
図9に示す。
図6は、実施例1に係る保護膜付レンズ1の膜構成を示す。実施例1は、
図5に示した試料E1を使用したものであり、レンズ基2に硝材Aを使用し、コーティング材Cにチタン酸ランタンを使用した。前述したように、レンズ基2及びコーティング材Cはいずれも保護膜付レンズ1に要求される屈折率の条件を満たしている。また、初期光量は20〔%〕に設定し、制御のために監視する光波長(監視波長)は500〔nm〕を用いた。なお、層数は1層である。
【0048】
図7に、実施例1の保護膜付レンズ1の測定結果のデータを示すとともに、
図8に、同保護膜付レンズ1の、380-780〔nm〕の光波長域における測定角度θ(0〔゜〕,10〔゜〕,20〔゜〕)をパラメータにした反射率の変化特性を示す。なお、
図8中、Dはレンズ基2の成膜した球面の中心に位置する測定位置を示すとともに、測定角度θは、光軸Fcからの測定位置Dを中心にした傾きを示す。
【0049】
図7及び
図8から明らかなように、反射率Mf,Msの差Mdの最大値は、測定角度0〔゜〕のときに9.35〔%〕、測定角度10〔゜〕のときに9.35〔%〕、測定角度20〔゜〕のときに9.30〔%〕となり、いずれの角度においても、明るさ条件XL(9.50〔%〕以下)を満たしている。
【0050】
また、
図9に、実施例1に係る保護膜付レンズ1の測定角度θをパラメータにしたa*とb*を用いた彩度の特性図を示す。
図7及び
図9から明らかなように、彩度Sf,Ssの差Sdは、測定角度0〔゜〕のときに1.13、測定角度10〔゜〕のときに1.22、測定角度20〔゜〕のときに1.58となり、いずれの角度においても、彩度条件XS(2.70以下)を満たしている。このように、実施例1は本発明に係る保護膜付レンズ1に要求される条件を全て満たしている。
このように、実施例2も本発明に係る保護膜付レンズ1に要求される条件を全て満たしている。実施例2の試料E2は、レンズ基2を選定する屈折率の条件、即ち、1.40-2.10の最大値付近に対応した検証結果となる。