(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023175377
(43)【公開日】2023-12-12
(54)【発明の名称】シミュレーション方法、シミュレーション装置、及びプログラム
(51)【国際特許分類】
G16Z 99/00 20190101AFI20231205BHJP
【FI】
G16Z99/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022087797
(22)【出願日】2022-05-30
(71)【出願人】
【識別番号】000002107
【氏名又は名称】住友重機械工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105887
【弁理士】
【氏名又は名称】来山 幹雄
(72)【発明者】
【氏名】廣瀬 良太
(72)【発明者】
【氏名】松宮 就章
【テーマコード(参考)】
5L049
【Fターム(参考)】
5L049DD02
(57)【要約】
【課題】壁面を再現するための壁粒子を配置することなく、壁面に接触する流体の流れを解析することができるシミュレーション方法を提供する。
【解決手段】壁面に接して流れる流体を複数の粒子で表す。複数の粒子と壁面との間の粒子壁面間相互作用、及び複数の粒子の間の粒子間相互作用を決定し、複数の粒子のそれぞれについて、複数の粒子の運動を支配する運動方程式を解くことにより、複数の粒子の位置及び速度を時間発展させる。運動方程式を解く際に、複数の粒子のうち壁面までの距離が、シミュレーション条件として設定された第1距離以下の粒子について、粒子間相互作用及び粒子壁面間相互作用による力の他に、壁面から受ける減衰力、及び壁面の温度に応じたランダム力を作用させて粒子の位置及び速度を時間発展させる。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
壁面に接して流れる流体を複数の粒子で表し、
前記複数の粒子と前記壁面との間の粒子壁面間相互作用、及び前記複数の粒子の間の粒子間相互作用を決定し、
前記複数の粒子のそれぞれについて、前記複数の粒子の運動を支配する運動方程式を解くことにより、前記複数の粒子の位置及び速度を時間発展させるシミュレーション方法であって、
前記運動方程式を解く際に、
前記複数の粒子のうち前記壁面までの距離が、シミュレーション条件として設定された第1距離以下の粒子について、前記粒子間相互作用及び前記粒子壁面間相互作用による力の他に、前記壁面から受ける減衰力、及び前記壁面の温度に応じたランダム力を作用させて粒子の位置及び速度を時間発展させるシミュレーション方法。
【請求項2】
前記流体は一方向に流れ、
前記流体の流れの方向をx方向とするxyz直交座標系を定義したとき、前記複数の粒子は、x方向、y方向、及びz方向の少なくとも一方向にくりこまれたものであり、
x方向、y方向、z方向へのくりこみ回数をそれぞれn
x、n
y、n
zと標記し、
くりこみの程度を表すくりこみ因子λ
x、λ
y、λ
zを、
【数1】
と標記し、
前記減衰力のくりこみ前の減衰係数をγ、くりこみ後の減衰係数をγ
Rと標記したとき、変換則
【数2】
を適用してくりこみ後の減衰係数γ
Rを計算し、
前記運動方程式を解く際に、くりこみ後の減衰係数γ
Rを用いる請求項1に記載のシミュレーション方法。
【請求項3】
壁面に沿って流れる流体の流れを解析するシミュレーション装置であって、
シミュレーション条件が入力される入力部と、
前記入力部に入力された前記シミュレーション条件に基づいて、前記流体の流れを解析する処理部と、
前記処理部による解析結果が出力される出力部と
を備え、
前記処理部は、前記入力部に入力された前記シミュレーション条件に基づいて前記流体を前記複数の粒子で表し、
前記複数の粒子のそれぞれについて、前記複数の粒子の運動を支配する運動方程式を解くことにより、前記複数の粒子の位置及び速度を時間発展させ、
前記運動方程式を解く際に、
前記複数の粒子のうち前記壁面までの距離が、前記シミュレーション条件で設定された第1距離以下の粒子について、前記シミュレーション条件で設定された粒子間相互作用及び粒子壁面間相互作用による力、前記壁面から受ける減衰力、及び前記壁面の温度に応じたランダム力を作用させて粒子の位置及び速度を時間発展させるシミュレーション装置。
【請求項4】
前記シミュレーション条件は、前記複数の粒子のくりこみを行うくりこみ条件を含み、
前記流体は一方向に流れ、
前記流体の流れの方向をx方向とするxyz直交座標系を定義したとき、前記くりこみ条件は、x方向、y方向、及びz方向へのくりこみ回数n
x、n
y、n
zを指定する情報を含み、
くりこみの程度を表すくりこみ因子λ
x、λ
y、λ
zを、
【数3】
と標記し、
前記減衰力のくりこみ前の減衰係数をγ、くりこみ後の減衰係数をγ
Rと標記したとき、前記処理部は、変換則
【数4】
を適用してくりこみ後の減衰係数γ
Rを計算し、
前記運動方程式を解く際に、くりこみ後の減衰係数γ
Rを用いる請求項3に記載のシミュレーション装置。
【請求項5】
壁面に沿って流れる流体の流れを解析する手順をコンピュータに実行させるプログラムであって、
シミュレーション条件を取得する手順と、
取得された前記シミュレーション条件に基づいて、前記流体の流れを解析する手順と
を実行させ、
前記流体の流れを解析する手順は、
取得された前記シミュレーション条件に基づいて前記流体を前記複数の粒子で表す手順と、
前記複数の粒子のそれぞれについて、前記複数の粒子の運動を支配する運動方程式を解くことにより、前記複数の粒子の位置及び速度を時間発展させる手順と
を含み、
前記運動方程式を解く際に、
前記複数の粒子のうち前記壁面までの距離が、前記シミュレーション条件で設定される第1距離以下の粒子について、前記シミュレーション条件で設定された粒子間相互作用及び粒子壁面間相互作用による力、前記壁面から受ける減衰力、及び前記壁面の温度に応じたランダム力を作用させて粒子の位置及び速度を時間発展させるプログラム。
【請求項6】
前記シミュレーション条件は、前記複数の粒子のくりこみを行うくりこみ条件を含み、
前記流体は一方向に流れ、
前記流体の流れの方向をx方向とするxyz直交座標系を定義したとき、前記くりこみ条件は、x方向、y方向、及びz方向へのくりこみ回数n
x、n
y、n
zを指定する情報を含み、
くりこみの程度を表すくりこみ因子λ
x、λ
y、λ
zを、
【数5】
と標記し、
前記減衰力のくりこみ前の減衰係数をγ、くりこみ後の減衰係数をγ
Rと標記したとき、
前記流体の流れを解析する手順は、
変換則
【数6】
を適用してくりこみ後の減衰係数γ
Rを計算する手順を含み、
前記運動方程式を解く際に、くりこみ後の減衰係数γ
Rを用いる請求項5に記載のプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シミュレーション方法、シミュレーション装置、及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
壁面に接する流体の流れを、分子動力学法を用いて解析する従来の方法では、壁面を複数の壁粒子で表して、壁粒子と流体粒子との間の相互作用を考慮する(特許文献1参照)。壁粒子の温度制御を行うことにより、壁面近傍の流体粒子の温度が再現される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来のシミュレーション方法では、流体粒子の他に壁粒子を配置する必要があるため、計算対象の粒子数が多くなる。また、壁面形状の空間分解能が、壁粒子の粒子サイズによって制限される。
【0005】
本発明の目的は、壁面を再現するための壁粒子を配置することなく、壁面に接触する流体の流れを解析することができるシミュレーション方法、シミュレーション装置、及びプログラムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一観点によると、
壁面に接して流れる流体を複数の粒子で表し、
前記複数の粒子と前記壁面との間の粒子壁面間相互作用、及び前記複数の粒子の間の粒子間相互作用を決定し、
前記複数の粒子のそれぞれについて、前記複数の粒子の運動を支配する運動方程式を解くことにより、前記複数の粒子の位置及び速度を時間発展させるシミュレーション方法であって、
前記運動方程式を解く際に、
前記複数の粒子のうち前記壁面までの距離が、シミュレーション条件として設定された第1距離以下の粒子について、前記粒子間相互作用及び前記粒子壁面間相互作用による力の他に、前記壁面から受ける減衰力、及び前記壁面の温度に応じたランダム力を作用させて粒子の位置及び速度を時間発展させるシミュレーション方法が提供される。
【0007】
本発明の他の観点によると、
壁面に沿って流れる流体の流れを解析するシミュレーション装置であって、
シミュレーション条件が入力される入力部と、
前記入力部に入力された前記シミュレーション条件に基づいて、前記流体の流れを解析する処理部と、
前記処理部による解析結果が出力される出力部と
を備え、
前記処理部は、前記入力部に入力された前記シミュレーション条件に基づいて前記流体を前記複数の粒子で表し、
前記複数の粒子のそれぞれについて、前記複数の粒子の運動を支配する運動方程式を解くことにより、前記複数の粒子の位置及び速度を時間発展させ、
前記運動方程式を解く際に、
前記複数の粒子のうち前記壁面までの距離が、前記シミュレーション条件で設定された第1距離以下の粒子について、前記シミュレーション条件で設定された粒子間相互作用及び粒子壁面間相互作用による力、前記壁面から受ける減衰力、及び前記壁面の温度に応じたランダム力を作用させて粒子の位置及び速度を時間発展させるシミュレーション装置が提供される。
【0008】
本発明のさらに他の観点によると、
壁面に沿って流れる流体の流れを解析する手順をコンピュータに実行させるプログラムであって、
シミュレーション条件を取得する手順と、
取得された前記シミュレーション条件に基づいて、前記流体の流れを解析する手順と
を実行させ、
前記流体の流れを解析する手順は、
取得された前記シミュレーション条件に基づいて前記流体を前記複数の粒子で表す手順と、
前記複数の粒子のそれぞれについて、前記複数の粒子の運動を支配する運動方程式を解くことにより、前記複数の粒子の位置及び速度を時間発展させる手順と
を含み、
前記運動方程式を解く際に、
前記複数の粒子のうち前記壁面までの距離が、前記シミュレーション条件で設定される第1距離以下の粒子について、前記シミュレーション条件で設定された粒子間相互作用及び粒子壁面間相互作用による力、前記壁面から受ける減衰力、及び前記壁面の温度に応じたランダム力を作用させて粒子の位置及び速度を時間発展させるプログラムが提供される。
【発明の効果】
【0009】
壁面を再現する壁面粒子を配置しないため、計算対象の粒子数の増大が抑制され、計算負荷を低減させることができる。流体の粒子に、壁面から受ける減衰力、及び壁面の温度に応じたランダム力を作用させることにより、壁面におけるノンスリップ条件を再現し、流体の粒子の温度を壁面の温度に維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1A及び
図1Bは、一実施例によるシミュレーション方法で解析対象となる解析モデルの一例を模式的に示す断面図である。
【
図2】
図2Aは、壁面からの距離が第1距離より遠い位置の粒子に作用する力を示す模式図であり、
図2Bは、壁面からの距離が第1距離以下の位置にある粒子に作用する力を示す模式図である。
【
図3】
図3は、本実施例によるシミュレーション装置のブロック図である。
【
図4】
図4は、本実施例によるシミュレーション方法の手順を示すフローチャートである。
【
図5】
図5Aは、解析対象の流体を複数の粒子で表した解析モデルの模式図であり、
図5Bは、
図5Aに示した粒子系に対して、等方的なくりこみを行った粒子系を示す模式図であり、
図5Cは、
図5Bに示した粒子系に対して、y方向にはくりこみを行わず、x方向及びzz方向にさらにくりこみを行った粒子系を示す模式図である。
【
図6】
図6は、くりこみを行わない解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図7】
図7は、x、y、z方向に1回のくりこみを行った解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図8】
図8は、x方向に1回のくりこみを行った解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図9】
図9は、y方向に1回のくりこみを行った解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図10】
図10は、z方向に1回のくりこみを行った解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図11】
図11は、x、y、z方向に2回のくりこみを行った解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図12】
図12は、x方向に2回のくりこみを行った解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図13】
図13は、y方向に2回のくりこみを行った解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図14】
図14は、z方向に2回のくりこみを行った解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図15】
図15は、x、y、z方向に3回のくりこみを行った解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図16】
図16は、x方向に3回のくりこみを行った解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図17】
図17は、y方向に3回のくりこみを行った解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図18】
図18は、z方向に3回のくりこみを行った解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図19】
図19は、x、y、z方向に3回のくりこみを行った解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図20】
図20は、x方向に3回のくりこみを行った解析モデルを用い、比較例による方法で解析を行った結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図21】
図21は、y方向に3回のくりこみを行った解析モデルを用い、比較例による方法で解析を行った結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図22】
図22は、z方向に3回のくりこみを行った解析モデルを用い、比較例による方法で解析を行った結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図23】
図23A及び
図23Bは、他の実施例によるシミュレーション方法の解析対象となる解析モデルの断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
図1Aから
図4までの図面を参照して、一実施例によるシミュレーション方法、シミュレーション装置、及びプログラムについて説明する。
【0012】
図1A及び
図1Bは、一実施例によるシミュレーション方法の解析対象となる解析モデルの一例を模式的に示す断面図である。
図1Aは、
図1Bの一点鎖線1A-1Aにおける断面図であり、
図1Bは、
図1Aの一点鎖線1B-1Bにおける断面図である。壁面40で画定される解析空間30内を流体が流れる。壁面40は、例えば相互に平行に配置された一対の面で構成される。壁面40に平行な面をxz面とし、流体の流れの方向をx方向とするxyz直交座標系を定義する。
【0013】
壁面40の間の解析空間30のx、y、z方向の寸法を、それぞれLx、Ly、Lzと標記する。z方向に垂直な境界、及びx方向に垂直な境界には、周期境界条件を適用する。解析空間30内の流体を複数の粒子31で表す。実施例においては、分子動力学法またはくりこみ群分子動力学法を用いて、複数の粒子31の挙動を解析する。具体的には、複数の粒子31の運動を支配する運動方程式を数値的に解いて、粒子31の位置及び速度を時間発展させる。
【0014】
粒子31の間に作用する相互作用ポテンシャルUとして、例えば以下のレナードジョーンズポテンシャルを用いる。
【数1】
ここで、rは粒子間の距離であり、ε及びσは、それぞれエネルギ及び長さの次元を持つフィッティングパラメータである。σは、粒子の衝突直径といわれる場合がある。
【0015】
図2Aは、壁面40からの距離L
iwが第1距離L
1より遠い位置の粒子31に作用する力を示す模式図である。ここで、添え字のiは、複数の粒子31に通し番号を付したときのi番目の粒子31を意味する。
【0016】
壁面40からの距離L
iwが第1距離L
1より遠い位置の粒子31の運動を支配する運動方程式として、以下の式を適用することができる。
【数2】
ここで、mは粒子31の質量であり、v
iは、i番目の粒子31の速度ベクトルである。F
ijは、i番目の粒子31がj番目の粒子31から受ける力であり、式(1)に示したレナードジョーンズポテンシャルから計算することができる。F
extは、粒子31が受ける重力等の外力である。式(2)の右辺のΣ記号は、i番目の粒子31の周囲の粒子31についての合計を意味する。
【0017】
壁面40を複数の壁粒子で表して、粒子31と壁粒子との間の相互作用を考慮することにより、壁面で流速がゼロになるノンスリップ条件が再現される。本実施例では、壁面を壁粒子で表さず、ノンスリップ条件を再現する。
【0018】
図2Bは、壁面40からの距離L
iwが第1距離L
1以下の位置にある粒子31(以下、単に、壁面近傍の粒子31という場合がある。)に作用する力を示す模式図である。ノンスリップ条件を再現するために、壁面近傍の粒子31を支配する運動方程式に減衰項を追加すると、時間の経過とともに壁面近傍の粒子31の温度が低下してしまう。本実施例では、ランジュバン(Langevin)法を用いて壁面近傍の粒子31の温度制御を行う。
【0019】
ランジュバン法による温度制御を適用した場合に、壁面近傍の粒子31の運動を支配する運動方程式は、以下の式で表される。
【数3】
ここで、F
iwは、i番目の粒子31が壁面40から受ける法線方向の力である。v
i、v
wは、それぞれi番目の粒子31の速度ベクトル、及びi番目の粒子31が接近している壁面40の速度ベクトルである。式(3)の右辺第4項は減衰力(粘性抵抗力)に相当する。減衰力の大きさは、壁面40に対する粒子31の相対速度に比例し、減衰力の向きは、相対速度と反対向きである。γを減衰係数ということとする。この減衰力により、壁面40におけるノンスリップ条件を再現することができる。
【0020】
R
iは、壁面40の近傍の粒子31の温度を、壁面温度に維持するために付与するランダム力である。ランダム力R
iの大きさは、平均がゼロ、標準偏差σ
sが以下の式で表される正規分布に従う。
【数4】
ここで、k
Bはボルツマン定数であり、T
wは壁面40の設定温度であり、Δt
sは運動方程式を数値的に解くときの時間刻み幅である。ランダム力R
iの向きは、ランダムである。
【0021】
ランジュバン法による温度制御は、減衰係数γによって制御の強さが変化する。減衰係数γを小さく設定すると温度制御が弱くなり、粒子31の温度の追従性が悪くなる。逆に減衰係数γを大きくすると、時間刻み幅Δtsとの兼ね合いで、設定温度Twからずれが生じたり、計算が破綻したりする場合がある。
【0022】
減衰係数γは、例えば以下の式で表される。
【数5】
ここで、ζは減衰比であり、kはバネ定数である。減衰比ζとして、例えば0.707を用いることができる。バネ定数kは、例えば、レナードジョーンズポテンシャル(式(1))を鞍点近傍でテイラー展開したときの2次の項の係数から求めることができる。この場合、バネ定数kは、以下の式で計算することができる。
【数6】
減衰係数γとして、例えば5.23×10-13kg/sを用いることができる。
【0023】
次に、i番目の粒子31が壁面40から受ける法線方向の力F
iwについて説明する。粒子31から壁面40までの距離L
iwが第1距離L
1以下になると、壁面40に関して面対称の位置に仮想的な粒子31Vを配置する。第1距離L
1として、例えば式(1)の衝突直径σの1/2を採用する。なお、
図2Bにおいて、粒子31を表す円形の直径は、粒子31の衝突直径σを表しているわけではない。
【0024】
壁面近傍のi番目の粒子31に、仮想的な粒子31Vから、式(1)で定義される粒子間相互作用ポテンシャルに基づく力Fiwを作用させる。すなわち、粒子31が衝突直径σの1/2以下となる距離まで壁面40に近づくと、壁面40から法線方向の斥力を受ける。
【0025】
次に、
図3を参照して、本実施例によるシミュレーション装置について説明する。
図3は、本実施例によるシミュレーション装置のブロック図である。実施例によるシミュレーション装置は、入力部50、処理部51、出力部52、及び記憶部53を含む。入力部50から処理部51にシミュレーション条件等が入力される。さらに、オペレータから入力部50に各種指令(コマンド)等が入力される。入力部50は、例えば通信装置、リムーバブルメディア読取装置、キーボード等で構成される。
【0026】
処理部51は、入力されたシミュレーション条件及び指令に基づいて分子動力学法またはくりこみ群分子動力学法(以下、単に分子動力学法という。)を用いたシミュレーションを行う。さらに、シミュレーション結果を出力部52に出力する。シミュレーション結果には、例えば、シミュレーション対象物である流体を再現した粒子31(
図1A、
図1B)の状態、流体の物理量の空間的変化、時間的変化等を表す情報が含まれる。処理部51は、例えばコンピュータの中央処理ユニット(CPU)を含む。分子動力学法によるシミュレーションをコンピュータに実行させるためのプログラムが、記憶部53に記憶されている。出力部52は、通信装置、リムーバブルメディア書込み装置、ディスプレイ等を含む。
【0027】
次に、
図4を参照して本実施例によるシミュレーション方法について説明する。
図4は、本実施例によるシミュレーション方法の手順を示すフローチャートである。フローチャートに示された各手順は、処理部51が記憶部53に記憶されているプログラムを実行することにより行われる。
【0028】
まず、処理部51が入力部50に入力されたシミュレーション条件を取得する(ステップS1)。シミュレーション条件には、解析対象の流体を定義する情報、壁面40(
図1A、
図1B)の形状を定義する情報、流体を複数の粒子31(
図1A、
図1B)で表すための情報、複数の粒子31と壁面40との間の粒子壁面間相互作用を定義する情報、複数の粒子31の間の粒子間相互作用を定義する情報、温度条件を定義する情報、壁面近傍の粒子31が壁面40から受ける減衰力を定義する情報、粒子に作用する外力を定義する情報、時間刻み幅、解析終了条件等が含まれる。
【0029】
処理部51は、入力されたシミュレーション条件に基づいて解析空間30(
図1A、
図1B)内に複数の粒子31を配置する。その後、ステップS4、ステップS5、ステップS6の手順を、すべての粒子31について繰り返す(ステップS3)。以下、ステップS3の繰返し処理を、i番目の粒子31に着目して説明する。
【0030】
まず、i番目の粒子31から壁面40までの距離L
iwが第1距離L
1以下か否かを判定する(ステップS4)。i番目の粒子31から壁面40までの距離L
iwが第1距離L
1より長い場合、
図2Aに示した粒子間相互作用による力F
ij及び外力F
extを考慮して、粒子31の運動を支配する運動方程式(式(2))を数値的に解く(ステップS5)。i番目の粒子31から壁面40までの距離L
iwが第1距離L
1以下の場合、
図2Bに示した粒子間相互作用による力F
ij、粒子壁面間相互作用による力F
iw、粒子31と壁面との相対速度に応じた減衰力-γ(v
i-v
w)、壁面40の設定温度に応じたランダム力R
i、及び外力F
extを考慮して、粒子31の運動を支配する運動方程式(式(3))を数値的に解く(ステップS6)。
【0031】
すべての粒子31について運動方程式を解いた後、粒子31のそれぞれの位置及び速度を時間発展させる(ステップS7)。ステップS3の繰返し処理、及びステップS7を、解析が終了するまで繰り返す(ステップS8)。解析終了の条件は、例えば、ステップS1で取得するシミュレーション条件で与えられている。解析が終了すると、解析結果を出力部52に出力する(ステップS9)。
【0032】
次に、
図1A~
図4に示した実施例の優れた効果について説明する。上記実施例では、壁面40(
図1A、
図1B)を複数の壁粒子で表すことなく解析を行う。このため、解析対象の粒子数が少なくなる。その結果、計算負荷を軽減することができる。
【0033】
また、壁面近傍の粒子31に壁面40からの減衰力-γ(v
i-v
w)を作用させる(ステップS6、
図2B)ことにより、壁面40の表面におけるノンスリップ条件を再現することができる。さらに、壁面近傍の粒子31に壁面40の温度に応じたランダム力R
iを作用させる(ステップS6、
図2B)ことにより、壁面近傍の粒子31の温度を設定温度に維持することができる。
【0034】
上記実施例では、平行に配置された2枚の壁面内を流れる流体の流れについて解析を行っているが、壁面が他の形状を有する場合でも、上記実施例によるシミュレーション方法及びシミュレーション装置を適用して、流体の流れを解析することができる。
【0035】
次に、
図5A~
図5Cを参照して他の実施例によるシミュレーション方法、シミュレーション装置、及びプログラムについて説明する。
図1A~
図4を参照して説明した実施例では、粒子31のくりこみを行っていない。以下に説明する実施例では、粒子31のくりこみを行って粒子数を削減し、くりこみ後の粒子系に対して、式(3)及び式(4)に示した運動方程式を適用する。
【0036】
まず、本実施例で適用されるくりこみの手法について説明する。
図5Aは、解析対象の流体を複数の粒子31で表した解析モデルの模式図である。平行に配置された一対の壁面40で挟まれた空間に、解析対象の流体が収容されている。流体は、複数の粒子31で表される。粒子31のそれぞれの形状は、粒子31によって発生する相互作用ポテンシャルの等ポテンシャル面に相当すると考えることができる。一般的に、相互作用ポテンシャルの等ポテンシャル面の形状は球面形状である。
図5Aでは、ある大きさの等ポテンシャル面で粒子31の各々を表している。壁面40が隔たる方向をy方向とするxyz直交座標系を定義する。流体が収容される空間のy方向の寸法が、x方向及びz方向の寸法に比べて十分小さい。
【0037】
図5Bは、
図5Aに示した粒子系に対して、等方的なくりこみを行った粒子系を示す模式図である。くりこみにより粒子数が減少する。相互作用ポテンシャルは、x方向、y方向、及びz方向に等方的に引き延ばされる。このため、
図5Bにおいて、くりこみ後の粒子32の各々を、
図5Aに示した粒子31より大きな球面で表している。
【0038】
図5Cは、
図5Bに示した粒子系に対して、y方向にはくりこみを行わず、x方向及びz方向にさらにくりこみを行った粒子系を示す模式図である。くりこみにより、粒子数がさらに減少する。また、相互作用ポテンシャルは、x方向及びz方向に引き延ばされ、y方向には引き延ばされない。このため、
図5Cにおいて、くりこみ後の粒子33の各々を、y方向を短軸方向とする扁平な回転楕円体で表している。
【0039】
[等方的なくりこみ]
次に、粒子系に対して等方的なくりこみを行う場合のくりこみ変換則、及び粒子系のエネルギについて説明する。くりこみ変換則は、以下の式で表される。
【数7】
ここで、Nは粒子数であり、mは粒子の質量であり、rは粒子の位置を示す位置ベクトルであり、Vは流体の流れ場の体積であり、Tは粒子系の温度である。下付きの添え字Rが付されたパラメータは、くりこみ後のパラメータであることを表している。λは、くりこみの程度を表すパラメータ(くりこみ因子)であり、λは1より大きい実数である。例えば、nを1以上の整数として、くりこみ因子λを以下の式で表した時、nはくりこみ回数と呼ばれる。
【数8】
【0040】
粒子間距離をrとして粒子間の相互作用ポテンシャルu(r)が与えられる。距離rが無限大に近づくとき、u(r)が十分速くゼロに近づく場合(例えば、レナードジョーンズポテンシャルの場合)、相互作用ポテンシャルu(r)のくりこみ変換則は、以下の式で表される。
【数9】
【0041】
上記の式(7)、式(9)のくりこみ変換則を用いてくりこみ処理を行った場合、くりこみの前後で粒子系のエネルギ、圧力等の巨視的な物理量は不変である。以下、くりこみの前後でエネルギが不変であることについて証明する。
【0042】
粒子系の分配関数Z
Nは以下の式で表される。
【数10】
ここで、hはプランク定数、k
Bはボルツマン定数、rは粒子の位置ベクトル、pは粒子の運動量、r
ijはi番目の粒子からj番目の粒子までの距離である。式(10)のうち3番目の式の右辺の第1項のシグマは、N個のすべての粒子について合計することを意味しており、第2項のシグマは、すべての粒子対について合計することを意味している。
【0043】
式(10)の分配関数Z
Nの運動項の部分Z
N:kは、以下の式で表される。
【数11】
【0044】
従って、運動エネルギE
kは、以下の式で表される。
【数12】
くりこみ因子λのくりこみを行うと、式(12)の右辺のN及びβが共に1/λ
3になるため、エネルギE
Kは、くりこみの前後で不変である。
【0045】
式(10)の分配関数Z
Nの相互作用項の部分Z
N:intは、以下の式で表される。
【数13】
距離r
ijが無限大に近づくと、u(r
ij)は十分速くゼロに近づくため、あるカットオフ距離r
cを用いて、r>r
cのとき相互作用ポテンシャルu(r)を以下のように近似することができる。
【数14】
【0046】
カットオフ距離rcが、流体を収容する空間のx、y、z方向の長さLx、Ly、Lzより十分小さく、かつ粒子数密度N/Vが十分小さい場合を考える。このとき、各粒子からの距離がカットオフ距離rc以下の範囲に他の粒子が存在する確率は極めて小さい。特に、各粒子からの距離がカットオフ距離rc以下の範囲に2個以上の他の粒子が存在する確率はゼロとみなしてよい。したがって、分配関数ZN:intの多重積分(式(13))は、以下のように近似することができる。
【0047】
【0048】
従って、相互作用エネルギE
intは、以下の式で記事することができる。
【数16】
【0049】
粒子系の全エネルギEは、以下の式で定義される。
【数17】
カットオフ距離r
cがL
x、L
y、L
zより十分小さく、粒子間距離rがカットオフ距離r
cより大きいときu(r)=0と近似できるため、式(16)の体積積分は、以下のように近似することができる。
【数18】
【0050】
くりこみ変換後の相互作用エネルギE
int,Rは、以下の式で近似される。
【数19】
【0051】
なお、式(18)の近似が成立するためには、くりこみ変換後のカットオフ距離rcRがLx、Ly、Lzより十分小さいという条件を満たす必要がある。式(9)から、くりこみ変換後のカットオフ距離rcRは、くりこみ変換前のカットオフ距離rcのλ倍である。くりこみ因子λを大きくすると、カットオフ距離rcRが長くなる。このため、くりこみ因子λの上限は、くりこみ変換後のカットオフ距離rcRがLx、Ly、Lzより十分小さいという条件によって制約を受ける。
【0052】
式(19)においてrをλrに変数変換すると、式(19)は、式(16)の右辺と同一になる。したがって、Eint,R=Eintが成立し、相互作用エネルギEintも、くりこみの前後で不変である。
【0053】
このように、式(7)に示したくりこみ変換則を用いて等方的なくりこみを行うと、くりこみの前後で系の運動エネルギ及び相互作用エネルギは不変である。したがって、式(17)に示した系全体のエネルギも、くりこみの前後で不変である。
【0054】
[二方向へのくりこみ]
次に、流れ場のx方向の寸法Lx及びz方向の寸法Lzと比べてカットオフ距離rcが十分短いが、y方向の寸法Lyと比べて十分短いとはいえない場合について説明する。例えば、流れ場が、y方向を厚さ方向とする薄板状の形状である場合に、この条件が満たされる。
【0055】
流れ場の形状がこのような条件を満たす場合、y方向にはくりこみを行わず、x方向及びz方向の二方向にのみくりこみを行う。くりこみ変換則は以下の式で表される。
【数20】
【0056】
相互作用ポテンシャルは、以下の変換則に従う。
【数21】
【0057】
式(20)のくりこみ変換を行う場合でも、式(12)で表される運動エネルギはくりこみの前後で不変である。
【0058】
式(16)の体積積分は、以下のように近似することができる。
【数22】
【0059】
くりこみ変換後の相互作用エネルギE
int,Rは、以下の式で近似される。
【数23】
ここで、rチルダは、式(21)のrチルダと同一である。式(23)においてxをλxに変数変換し、zをλzに変数変換すると、式(23)の右辺は、式(16)の右辺と同一になる。したがって、E
int,R=E
intが成立し、相互作用エネルギE
intも、くりこみの前後で不変である。
【0060】
このように、式(20)に示した二方向についてのくりこみ変換則に基づいて異方的なくりこみを行うことにより、くりこみの前後で粒子系のエネルギを不変にすることができる。
【0061】
[一方向へのくりこみ]
次に、流れ場のx方向の寸法Lxと比べてカットオフ距離rcが十分短いが、y方向の寸法Ly及びz方向の寸法Lzと比べてカットオフ距離rcが十分短いとはいえない場合について説明する。例えば、流れ場が、x方向を長さ方向とする細長い円柱形状である場合に、この条件が満たされる。
【0062】
流れ場の形状がこのような条件を満たす場合、y方向及びz方向にはくりこみを行わず、x方向にのみくりこみを行う。くりこみ変換則は以下の式で表される。
【数24】
【0063】
相互作用ポテンシャルは、以下の変換則に従う。
【数25】
【0064】
式(24)のくりこみ変換を行う場合でも、式(12)で表される運動エネルギはくりこみの前後で不変である。
【0065】
式(16)の体積積分は、以下のように近似することができる。
【数26】
【0066】
くりこみ変換後の相互作用エネルギE
int,Rは、以下の式で近似される。
【数27】
ここで、rチルダは、式(25)のrチルダと同一である。式(27)においてxをλxに変数変換すると、式(27)の右辺は、式(16)の右辺と同一になる。したがって、E
int,R=E
intが成立し、相互作用エネルギE
intも、くりこみの前後で不変である。
【0067】
このように、式(24)に示した一方向についてのくりこみ変換則に基づいて異方的なくりこみを行うことにより、くりこみの前後で粒子系のエネルギを不変にすることができる。
【0068】
[異方的なくりこみの一般化]
二方向にくりこみを行い、残り一方向にはくりこみを行わない場合のくりこみ変換則を式(20)に示し、二方向にはくりこみを行わず、残りの一方向にのみくりこみを行う場合のくりこみ変換則を式(24)に示している。次に、三方向のそれぞれの方向に対してくりこみの程度を決定し、異方的なくりこみを行う場合について説明する。
【0069】
x方向、y方向、及びz方向へのくりこみ因子λ
x、λ
y、及びλ
zと標記する。このときのくりこみ変換則は、以下の式で表される。
【数28】
【0070】
相互作用ポテンシャルは、以下の変換則に従う。
【数29】
【0071】
くりこみ変換後の相互作用ポテンシャルu
R(r)のx、y、z方向のカットオフ距離r
cxR、r
cyR、r
czRは、以下の式で表される。
【数30】
【0072】
このとき、式(18)、式(22)、式(26)の近似と同様の近似が成立するようにするために、以下の条件を満たすことが好ましい。
【数31】
【0073】
次に、くりこみ後の粒子系に対して式(3)及び式(4)に示した運動方程式を適用するためには、減衰係数γの変換則を定義しなければならない。くりこみ後の減衰係数をγ
Rと標記する。等方的なくりこみを行う場合、以下の変換則を適用すると、くりこみ前の粒子系とくりこみ後の粒子系との間で相似な結果が得られる。
【数32】
【0074】
異方的にくりこみを行う場合、式(32)から、以下の変換則を適用することが考えられる。
【数33】
【0075】
ところが、くりこみを行った粒子系について式(33)の変換則を用いて得られた減衰係数γ
Rを用いてシミュレーションを行ったところ、くりこみの前後の粒子系の間で相似な結果が得られなかった。本願の発明者らによる種々の解析により、流体の流れの方向がx方向である場合に以下の変換則を適用すると、くりこみの前後で相似な結果が得られることがわかった。
【数34】
【0076】
次に、本実施例の優れた効果について説明する。
本実施例では、くりこみを行うことにより、粒子数を削減し、計算負荷を低減させることができる。さらに、解析空間の形状に応じて異方的なくりこみを行うことにより、さらに粒子数を削減し、計算負荷を低減させることができる。
【0077】
次に、
図6~
図22を参照して、実際にシミュレーションを行った結果について説明する。
図1A、
図1Bに示したポアズイユ流れの解析モデルについて、くりこみを行わない方法、等方的なくりこみを行う方法、異方的なくりこみを行う方法で解析を行った。x方向とz方向とに、周期境界条件を適用した。x方向の寸法Lx及びz方向の寸法Lzをともに7.20nmとし、y方向の寸法Lyを6.29nmとした。
【0078】
くりこみ後も、無次元化された長さを同一に保つように解析モデルの作成を行った。解析対象の流体として水(H2O)を想定し、式(1)のフィッティングパラメータεを404.5Kとし、σを0.264nmとした。また、式(2)、式(3)の外力Fextとして、x方向の外力を作用させた。外力の大きさは、流速の最大値が約100m/sになるように設定した。壁面40の温度は、粒子系の温度の初期値と等しくした。
【0079】
流れが定常状態になるまで解析を行い、定常状態の粒子31の移動速度からx方向の流速を計算した。
図6~
図22は、解析結果から計算したx方向の流速の、y方向に関する分布を示すグラフである。横軸はy方向の位置、すなわち一方の壁面40からの距離を単位[nm]で表し、縦軸は流速のx方向成分を単位[m/s]で表す。各グラフの実線は理論値を示しており、丸記号は解析結果から求めた流速を示している。各グラフに付したn
x、n
y、n
zは、それぞれx方向、y方向、z方向のくりこみ回数を表す。すなわち、くりこみ回数は以下の式で定義される。
【数35】
【0080】
くりこみ回数n
x、n
y、n
z、またはくりこみ因子λ
x、λ
y、λ
z等で指定されるくりこみ条件は、例えば
図4のステップS1で取得するシミュレーション条件で与えられる。
【0081】
図6は、くりこみを行っていない場合の解析結果を示す。減衰係数γを、5.23×10
-13kg/sとした。理論値に対する解析結果の平均誤差は約3.8%であり、解析結果は理論値とよく一致していることがわかる。
図7は、等方的に1回ずつくりこみを行った場合の解析結果を示す。
図8、
図9、
図10は、それぞれx方向、y方向、z方向に1回のくりこみを行い、他の方向にはくりこみを行っていない場合の解析結果を示す。なお、
図7~
図10では、式(34)のくりこみ変換則を用いている。
図7、
図8、
図9、
図10に示した解析結果の理論値に対する平均誤差は、それぞれ約2.5%、約2.2%、約7.5%、約3.2%であり、解析結果は理論値とよく一致していることがわかる。
【0082】
図11は、等方的に2回ずつくりこみを行った場合の解析結果を示す。
図12、
図13、
図14は、それぞれx方向、y方向、z方向に2回のくりこみを行い、他の方向にはくりこみを行っていない場合の解析結果を示す。なお、
図11~
図14では、式(34)のくりこみ変換則を用いている。
図11、
図12、
図13、
図14に示した解析結果の理論値に対する平均誤差は、それぞれ約1.9%、約4.2%、約8.4%、約2.7%であり、解析結果は理論値とよく一致していることがわかる。
【0083】
図15は、等方的に3回ずつくりこみを行った場合の解析結果を示す。
図16、
図17、
図18は、それぞれx方向、y方向、z方向に3回のくりこみを行い、他の方向にはくりこみを行っていない場合の解析結果を示す。なお、
図15~
図18では、式(34)の変換則を用いている。
図15、
図16、
図17、
図18に示した解析結果の理論値に対する平均誤差は、それぞれ約2.7%、約4.4%、約10.0%、約7.2%であり、解析結果は理論値とよく一致していることがわかる。
【0084】
図19~
図22は、式(33)に示したくりこみ変換則を用いて解析を行った結果を示すグラフである。
図19は、等方的に3回ずつくりこみを行った場合の解析結果を示す。
図20、
図21、
図22は、それぞれx方向、y方向、z方向に3回のくりこみを行い、他の方向にはくりこみを行っていない場合の解析結果を示す。
図19、
図20、
図21、
図22に示した解析結果の理論値に対する平均誤差は、それぞれ約4.1%、約33.6%、約86.9%、約71.1%である。なお、
図15と
図19とでは、くりこみ条件は同一であるが、粒子31の初期の配置、式(3)のランダム力Riを発生させるときの乱数の違い等の影響により、解析結果に差が生じている。なお、長時間の時間アンサンブルをとれば、両者の違いは小さくなっていくと考えられる。
【0085】
等方的にくりこみを行う場合には、式(33)の変換則を用いても、解析結果は理論値とよく一致していることがわかる。ところが、異方的にくりこみを行う場合には、式(33)の変換則を適用すると、解析結果が理論値から大きくずれてしまう。異方的なくりこみを行う場合には、式(33)の変換則を適用できないことがわかる。
【0086】
図6に示した解析結果から、くりこみを行わない場合に、
図1A~
図4を参照して説明した実施例によるシミュレーション方法により、壁面40に接する流体の流れを精度よく解析できることが確認された。
図7~
図18に示した解析結果から、等方的または異方的にくりこみを行う場合に、式(34)の変換則を用いることにより、壁面40に接する流体の流れを精度よく解析できることが確認された。
図19に示した解析結果から、等方的にくりこみを行う場合に、式(33)の変換則を用いることにより、壁面40に接する流体の流れを精度よく解析できることが確認された。
【0087】
次に、
図23A及び
図23Bを参照して、さらに他の実施例によるシミュレーション方法及びシミュレーション装置について説明する。
【0088】
図5に示した実施例では、平行な2枚の壁面40の間を一方向に流れる流体を例にとって、くりこみ手法を説明した。式(34)に示した変換則は、回転する流れについても適用可能である。
【0089】
【0090】
直径の異なる2つの円筒状の壁面40A、40Bが同心円状に配置されている。壁面40A、40Bの間に、流体が周回する流路が形成される。円筒状の壁面40A、40Bの中心軸に平行な方向をy方向とするxyz直交座標系を定義する。x方向とz方向とは等価であるため、くりこみを行う際にx方向のくりこみ回数とz方向のくりこみ回数とは同一に設定される。このとき、x方向のくりこみ因子λ
xとz方向のくりこみ因子λ
zとは等しい。x方向及びz方向のくりこみ因子をλ
xzと標記すると、式(34)は以下のように変形される。
【数36】
【0091】
式(36)の変換則を用いることにより、回転流体の解析を行うことが可能である。この変換則は、例えば、外側の壁面40Bをケーシング、内側の壁面40Aを攪拌翼として、攪拌槽内の流体の流れの解析に応用することが可能である。
【0092】
上述の各実施例は例示であり、異なる実施例で示した構成の部分的な置換または組み合わせが可能であることは言うまでもない。複数の実施例の同様の構成による同様の作用効果については実施例ごとには逐次言及しない。さらに、本発明は上述の実施例に制限されるものではない。例えば、種々の変更、改良、組み合わせ等が可能なことは当業者に自明であろう。
【符号の説明】
【0093】
30 解析空間
31 粒子
31V 仮想的な粒子
32、33 くりこまれた粒子
40、40A、40B 壁面
50 入力部
51 処理部
52 出力部
53 記憶部
【手続補正書】
【提出日】2023-04-05
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】請求項3
【補正方法】変更
【補正の内容】
【請求項3】
壁面に沿って流れる流体の流れを解析するシミュレーション装置であって、
シミュレーション条件が入力される入力部と、
前記入力部に入力された前記シミュレーション条件に基づいて、前記流体の流れを解析する処理部と、
前記処理部による解析結果が出力される出力部と
を備え、
前記処理部は、前記入力部に入力された前記シミュレーション条件に基づいて前記流体を複数の粒子で表し、
前記複数の粒子のそれぞれについて、前記複数の粒子の運動を支配する運動方程式を解くことにより、前記複数の粒子の位置及び速度を時間発展させ、
前記運動方程式を解く際に、
前記複数の粒子のうち前記壁面までの距離が、前記シミュレーション条件で設定された第1距離以下の粒子について、前記シミュレーション条件で設定された粒子間相互作用及び粒子壁面間相互作用による力、前記壁面から受ける減衰力、及び前記壁面の温度に応じたランダム力を作用させて粒子の位置及び速度を時間発展させるシミュレーション装置。
【手続補正2】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】請求項5
【補正方法】変更
【補正の内容】
【請求項5】
壁面に沿って流れる流体の流れを解析する手順をコンピュータに実行させるプログラムであって、
シミュレーション条件を取得する手順と、
取得された前記シミュレーション条件に基づいて、前記流体の流れを解析する手順と
を実行させ、
前記流体の流れを解析する手順は、
取得された前記シミュレーション条件に基づいて前記流体を複数の粒子で表す手順と、
前記複数の粒子のそれぞれについて、前記複数の粒子の運動を支配する運動方程式を解くことにより、前記複数の粒子の位置及び速度を時間発展させる手順と
を含み、
前記運動方程式を解く際に、
前記複数の粒子のうち前記壁面までの距離が、前記シミュレーション条件で設定される第1距離以下の粒子について、前記シミュレーション条件で設定された粒子間相互作用及び粒子壁面間相互作用による力、前記壁面から受ける減衰力、及び前記壁面の温度に応じたランダム力を作用させて粒子の位置及び速度を時間発展させるプログラム。
【手続補正3】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0010
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0010】
【
図1】
図1A及び
図1Bは、一実施例によるシミュレーション方法で解析対象となる解析モデルの一例を模式的に示す断面図である。
【
図2】
図2Aは、壁面からの距離が第1距離より遠い位置の粒子に作用する力を示す模式図であり、
図2Bは、壁面からの距離が第1距離以下の位置にある粒子に作用する力を示す模式図である。
【
図3】
図3は、本実施例によるシミュレーション装置のブロック図である。
【
図4】
図4は、本実施例によるシミュレーション方法の手順を示すフローチャートである。
【
図5】
図5Aは、解析対象の流体を複数の粒子で表した解析モデルの模式図であり、
図5Bは、
図5Aに示した粒子系に対して、等方的なくりこみを行った粒子系を示す模式図であり、
図5Cは、
図5Bに示した粒子系に対して、y方向にはくりこみを行わず、x方向及び
z方向にさらにくりこみを行った粒子系を示す模式図である。
【
図6】
図6は、くりこみを行わない解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図7】
図7は、x、y、z方向に1回のくりこみを行った解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図8】
図8は、x方向に1回のくりこみを行った解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図9】
図9は、y方向に1回のくりこみを行った解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図10】
図10は、z方向に1回のくりこみを行った解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図11】
図11は、x、y、z方向に2回のくりこみを行った解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図12】
図12は、x方向に2回のくりこみを行った解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図13】
図13は、y方向に2回のくりこみを行った解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図14】
図14は、z方向に2回のくりこみを行った解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図15】
図15は、x、y、z方向に3回のくりこみを行った解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図16】
図16は、x方向に3回のくりこみを行った解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図17】
図17は、y方向に3回のくりこみを行った解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図18】
図18は、z方向に3回のくりこみを行った解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図19】
図19は、x、y、z方向に3回のくりこみを行った解析モデルを用いた解析結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図20】
図20は、x方向に3回のくりこみを行った解析モデルを用い、比較例による方法で解析を行った結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図21】
図21は、y方向に3回のくりこみを行った解析モデルを用い、比較例による方法で解析を行った結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図22】
図22は、z方向に3回のくりこみを行った解析モデルを用い、比較例による方法で解析を行った結果から計算したx方向の流速のy方向の分布を示すグラフである。
【
図23】
図23A及び
図23Bは、他の実施例によるシミュレーション方法の解析対象となる解析モデルの断面図である。
【手続補正4】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0022
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0022】
減衰係数γは、例えば以下の式で表される。
【数5】
ここで、ζは減衰比であり、kはバネ定数である。減衰比ζとして、例えば0.707を用いることができる。バネ定数kは、例えば、レナードジョーンズポテンシャル(式(1))を鞍点近傍でテイラー展開したときの2次の項の係数から求めることができる。この場合、バネ定数kは、以下の式で計算することができる。
【数6】
減衰係数γとして、例えば5.23×
10
-13
kg/sを用いることができる。
【手続補正5】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0044
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0044】
従って、運動エネルギE
kは、以下の式で表される。
【数12】
くりこみ因子λのくりこみを行うと、式(12)の右辺のN及びβが共に1/λ
3になるため、
運動エネルギE
Kは、くりこみの前後で不変である。
【手続補正6】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0048
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0048】
従って、相互作用エネルギE
intは、以下の式で
近似することができる。
【数16】
【手続補正7】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0069
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0069】
x方向、y方向、及びz方向へのくりこみ因子
を、それぞれλ
x、λ
y、及びλ
zと標記する。このときのくりこみ変換則は、以下の式で表される。
【数28】
【手続補正8】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0077
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0077】
次に、
図6~
図22を参照して、実際にシミュレーションを行った結果について説明する。
図1A、
図1Bに示したポアズイユ流れの解析モデルについて、くりこみを行わない方法、等方的なくりこみを行う方法、異方的なくりこみを行う方法で解析を行った。x方向とz方向とに、周期境界条件を適用した。x方向の
寸法L
x
及びz方向の
寸法L
z
をともに7.20nmとし、y方向の
寸法L
y
を6.29nmとした。