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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023175500
(43)【公開日】2023-12-12
(54)【発明の名称】糸,布および衣服
(51)【国際特許分類】
   D02G 3/02 20060101AFI20231205BHJP
   D02G 3/28 20060101ALI20231205BHJP
   D04B 1/16 20060101ALI20231205BHJP
   D04B 1/00 20060101ALI20231205BHJP
   D03D 15/283 20210101ALI20231205BHJP
   D03D 15/50 20210101ALI20231205BHJP
   D03D 15/47 20210101ALI20231205BHJP
   D03D 15/49 20210101ALI20231205BHJP
   D04B 21/16 20060101ALI20231205BHJP
   A41D 31/00 20190101ALI20231205BHJP
   A41D 31/30 20190101ALI20231205BHJP
【FI】
D02G3/02
D02G3/28
D04B1/16
D04B1/00 B
D03D15/283
D03D15/50
D03D15/47
D03D15/49
D04B21/16
A41D31/00 503M
A41D31/30
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022087970
(22)【出願日】2022-05-30
(71)【出願人】
【識別番号】501270287
【氏名又は名称】帝人フロンティア株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000006231
【氏名又は名称】株式会社村田製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100132263
【弁理士】
【氏名又は名称】江間 晴彦
(74)【代理人】
【識別番号】100187584
【弁理士】
【氏名又は名称】村石 桂一
(72)【発明者】
【氏名】海老名 亮祐
(72)【発明者】
【氏名】宅見 健一郎
(72)【発明者】
【氏名】添田 剛
(72)【発明者】
【氏名】辻 雅之
【テーマコード(参考)】
4L002
4L036
4L048
【Fターム(参考)】
4L002AA06
4L002AA07
4L002AB02
4L002AB04
4L002AC00
4L002AC07
4L002BA00
4L002BA01
4L002BB01
4L002BB02
4L002CA00
4L002CA01
4L002DA00
4L002EA00
4L002FA01
4L036MA05
4L036MA33
4L036PA05
4L036PA21
4L036PA46
4L036UA25
4L048AA20
4L048AA24
4L048AA34
4L048AB07
4L048AB11
4L048AB12
4L048AB18
4L048AB21
4L048AC00
4L048BA01
4L048CA00
4L048DA01
(57)【要約】      (修正有)
【課題】伸度が低い布および衣服に対し効果的に表面電位を発生させることができる糸、布および衣服を提供する。
【解決手段】本開示の糸は、トータル繊度が90dtex以上の大径であり、外部からのエネルギーを受けて電位を発生させる電位発生フィラメント10を含んで成る。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
トータル繊度が90dtex以上の大径であり、外部からのエネルギーを受けて電位を発生させる電位発生フィラメントを含んで成る糸。
【請求項2】
前記トータル繊度が350dtex以下である、請求項1に記載の糸。
【請求項3】
前記電位発生フィラメントの数が20本以上である、請求項1に記載の糸。
【請求項4】
前記電位発生フィラメントの数が600本以下である、請求項1に記載の糸。
【請求項5】
前記電位発生フィラメントが圧電材料を含んで成る、請求項1に記載の糸。
【請求項6】
前記圧電材料がポリ乳酸を含んで成る、請求項5に記載の糸。
【請求項7】
前記圧電材料は、添加剤を含有していない、請求項6に記載の糸。
【請求項8】
前記圧電材料は、加水分解防止剤を含有する、請求項6に記載の糸。
【請求項9】
複数の前記電位発生フィラメントが一方向に撚られた糸を仮撚した第1仮撚糸と、
複数の前記電位発生フィラメントが前記一方向と反対側に撚られた糸を仮撚した第2仮撚糸と、を合糸させて成る、請求項1に記載の糸。
【請求項10】
0.1Vより大きい表面電位を発生させる、請求項1に記載の糸。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか1項に記載の糸を備えた布。
【請求項12】
前記糸が編まれることにより編物生地を構成する請求項11に記載の布。
【請求項13】
前記糸が織られることにより織物生地を構成する請求項11に記載の布。
【請求項14】
抗菌活性値が1.5以上である請求項11に記載の布。
【請求項15】
伸長率が10%未満である請求項11に記載の布。
【請求項16】
請求項11に記載の布を用いた衣服。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、糸,布および衣服に関する。
【背景技術】
【0002】
外部からのエネルギーにより表面電位を発生する繊維を備えた糸が特許文献1に開示されている。さらに、特許文献1には、糸の太さが0.005~10dtexである点(特許文献1の請求項3参照)および特許文献2には、布の伸度が10%である点(特許文献2の請求項1参照)について開示がある。
【0003】
そして、特許文献1に記載の糸によれば、所定条件で規定された電位を発生することより、抗菌、帯電、または吸着等の所望の効果を発揮することが可能である(特許文献1の段落[0008]参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2020/241432号
【特許文献2】特開2022-056409号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、ゆったり気味の着心地が得られる衣服(アウター等の外衣)が流行しており、当該衣服は、衣服自体がゆったりしているため、着衣による伸度の要求が低いものである。上述の特許文献2に記載の布は、布の伸度が10%であり、電位発生フィラメントを含んで成る糸を含む布であるため伸度に応じて電位を発生することができる。しかしながら、ゆったり気味の着心地の衣服の伸度が10%未満である場合、表面電位を効果的に発生させるためには、従来技術の延長線上で対応するのではなく、新たな方向で対処することを要していた。
【0006】
そこで、本開示は、伸度が低い衣服に対し効果的に表面電位を発生させることができる糸、布および衣服を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者は、「電位発生フィラメントを含んで成る糸」が外部からのエネルギー(例えば張力や応力など)を受けて電場を形成することで電位を発生し、例えば、このような電位によって抗菌作用などが奏されることに着目した。
【0008】
そこで、本開示の糸は、トータル繊度が90dtex以上の大径であり、外部からのエネルギーを受けて電位を発生させる電位発生フィラメントを含んで成る。
【0009】
本開示の布は、上記糸を備えている。
【0010】
本開示の衣服は、上記布を備えている。
【発明の効果】
【0011】
本開示によれば、伸度が低い糸に対し効果的に表面電位を発生させることができる。なお、本明細書に記載された効果はあくまで例示であって限定されるものでなく、また、付加的な効果があってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1(A)は、糸1s(S糸)の構成を示す図であり、図1(B)は、図1(A)のA-A線における断面図であり、図1(C)は、図1(A)のB-B線における断面図である。
図2図2(A)および図2(B)は、ポリ乳酸の一軸延伸方向と、電位方向と、電位発生フィラメント10の変形との関係を示す図である。
図3図3(A)は、糸1z(Z糸)の構成を示す図であり、図3(B)は、図3(A)のA-A線における断面図であり、図3(C)は、図3(A)のB-B線における断面図である。
図4図4は、電位発生フィラメント10の周りに誘電体100を備える糸の断面を模式的に示す断面図である。
図5図5は、仮撚合糸製造装置の模式図である。
図6図6(a)は、加撚状態の糸の模式図、図6(b)は、エアジェット装置による交絡処理前の状態の糸の模式図、図6(c)は、交絡処理後の状態の糸の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本開示の糸,布および衣服について説明する。必要に応じて図面を参照して説明を行うものの、図示する内容は、本開示の理解のために模式的かつ例示的に示したにすぎず、外観や寸法比などは実物と異なり得る。なお、本明細書で言及する各種の数値範囲は、特に明記しない限り、下限および/または上限の数値そのものも含むことを意図している。つまり、例えば1~10といった数値範囲を例にとれば、下限値の“1”を含むと共に、上限値の“10”をも含むものとして解釈され得る。また、各種数値に“約”または“程度”が付されている場合もあるが、この“約”および“程度”といった用語は、数パーセント、例えば±10パーセント、±5パーセント、±3パーセント、±2パーセント、±1パーセントの変動を含み得ることを意味する。
【0014】
-本開示の糸の説明-
本開示の糸について説明する。糸は、「トータル繊度が90dtex以上の大径」であって、「電位発生フィラメント10」(又は表面電荷により電場を形成することのできる繊維)を含んで成る。電位発生フィラメント10の数に特に制限はなく、例えば、1本のみ、2本以上、2~1000本、好ましくは10~800本、より好ましくは20~600本程度の電位発生フィラメントが本開示の糸に含まれてよい。
【0015】
[電位発生フィラメントについて]
まず、本開示の糸を構成する電位発生フィラメントについて説明する。本開示において、「電位発生フィラメント」とは、基本的には、上述の通り、「外部からのエネルギー(例えば、張力および/または応力等)により電荷を発生して電位(具体的には、表面電位)および/または電場を形成することができる繊維(フィラメント)」を意味する(以下、「電位発生繊維」、「電場形成フィラメント」、「電場形成繊維」、「電荷発生繊維」または「電荷発生フィラメント」と称する場合もある)。電位発生フィラメントとして、例えば、特許第6428979号公報に記載の電荷発生繊維などを使用してよい。
【0016】
「外部からのエネルギー」として、例えば、外部からの力(以下、「外力」と称する場合もある)、具体的には糸もしくは電位発生フィラメントに変形もしくは歪みを生じさせるような力および/または糸もしくは電位発生フィラメントの軸方向にかかる力、より具体的には、張力(例えば糸もしくは電位発生フィラメントの軸方向の引張力)および/または応力もしくは歪力(糸もしくは電位発生フィラメントにかかる引張応力もしくは引張歪み)および/または糸もしくは電位発生フィラメントの横断方向にかかる力などの外力が挙げられる。
【0017】
電位発生フィラメントは、例えば、圧電効果(外力による分極現象)または圧電性(機械的ひずみを与えたときに電圧を発生する、あるいは逆に電圧を加えると機械的ひずみを発生する性質)を有する材料(以下、「圧電材料」又は「圧電体」と称する場合もある)を含んで成ることが好ましい。なかでも、圧電材料を含んで成る繊維(以下、「圧電繊維」と称する場合もある)を使用することが特に好ましい。圧電繊維は、圧電気により電位を形成することができるため、電源が不要であるし、感電のおそれもない。なお、圧電繊維に含まれる圧電材料の寿命は、例えば、薬剤等による抗菌効果よりも長く持続する。また、このような圧電繊維では、アレルギー反応を引き起こす可能性も低い。
【0018】
「圧電材料」は、圧電効果または圧電性を有する材料であれば特に制限なく使用することができ、圧電セラミックスなどの無機材料であっても、ポリマーなどの有機材料であってもよい。
【0019】
「圧電材料」(又は「圧電繊維」)は、「圧電性ポリマー」を含んで成ることが好ましい。 「圧電性ポリマー」として、「焦電性を有する圧電性ポリマー」や、「焦電性を有していない圧電性ポリマー」などが挙げられる。
【0020】
「焦電性を有する圧電性ポリマー」とは、概して、焦電性を有し、温度変化を与えるだけで、その表面に電荷(又は電位)を発生させることもできるポリマー材料から成る圧電材料を意味する。このような圧電性ポリマーとして、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)などが挙げられる。特に、人体の熱エネルギーによって、その表面に電荷(又は電位)を発生させることができるものが好ましい。
【0021】
「焦電性を有していない圧電性ポリマー」とは、概して、ポリマー材料から成り、上記の「焦電性を有する圧電性ポリマー」を除く圧電性ポリマーを意味する。このような圧電性ポリマーとして、例えば、ポリ乳酸(PLA)などが挙げられる。ポリ乳酸としては、L体モノマーが重合したポリ-L-乳酸(PLLA)や、D体モノマーが重合したポリ-D-乳酸(PDLA)などが知られている。
【0022】
電位発生フィラメントに含まれる圧電材料の一例として、「ポリ乳酸」が挙げられる。 圧電材料として使用することができるポリ乳酸(PLA)は、キラル高分子であり、主鎖が螺旋構造を有する。ポリ乳酸は、一軸延伸されて分子が配向すると、圧電性を発現することができる。さらに熱処理を加えて結晶化度を高めると圧電定数が高くなる。このように結晶化度を高めることで表面電位の値を向上させることができる。
【0023】
ポリ乳酸(PLA)の光学純度(エナンチオマー過剰量(e.e.))は、下記式にて算出することができる。
光学純度(%)={|L体量-D体量|/(L体量+D体量)}×100
例えば、D体およびL体のいずれにおいても、光学純度は、90重量%以上、好ましくは95重量%以上、より好ましくは98重量%以上100重量%以下、さらにより好ましくは99.0重量%以上100重量%以下、特に好ましくは99.0重量%以上99.8重量%以下である。ポリ乳酸(PLA)のL体量とD体量は、例えば、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いた方法により得られる値を用いることができる。
【0024】
ポリ乳酸の数平均分子量(Mn)は、例えば6.2×10であり、重量平均分子量(Mw)は、例えば1.5×10である。なお、分子量は、これらの値に限定されるものではない。
【0025】
ポリ乳酸は、延伸による分子の配向処理で圧電性が生じ得るため、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)等の他の圧電性ポリマーまたは圧電セラミックスのように、ポーリング処理を行う必要がない。一軸延伸されたポリ乳酸の圧電定数は、5~30pC/N程度であり、ポリマーの中では非常に高い圧電定数を有する。さらに、ポリ乳酸の圧電定数は経時的に変動することがなく、極めて安定している。
【0026】
電位発生フィラメントは、断面が円形状の繊維であることが好ましい。電位発生フィラメントは、例えば、圧電性ポリマーを押し出し成型して繊維化する手法、圧電性ポリマーを溶融紡糸して繊維化する手法(例えば、紡糸工程と延伸工程とを分けて行う紡糸・延伸法、紡糸工程と延伸工程とを連結した直延伸法、仮撚り工程も同時に行うことのできるPOY-DTY法、または高速化を図った超高速紡糸法などを含む)、圧電性ポリマーを乾式あるいは湿式紡糸(例えば、溶媒に原料となるポリマーを溶解してノズルから押し出して繊維化するような相分離法もしくは乾湿紡糸法、溶媒を含んだままゲル状に均一に繊維化するようなゲル紡糸法、または液晶溶液もしくは融体を用いて繊維化する液晶紡糸法などを含む)により繊維化する手法、または圧電性ポリマーを静電紡糸により繊維化する手法等により製造され得る。なお、電位発生フィラメントの断面形状は、円形に限るものではない。例えば円形、楕円形、矩形、異形の断面を有していてよい。
【0027】
電位発生フィラメントは、長繊維であっても、短繊維であってもよい。電位発生フィラメントは、例えば0.01mm以上の長さ(寸法)を有してよい。長さは、所望の用途に応じて、適宜、選択すればよい。
【0028】
[第1実施形態の糸について(いわゆるS糸の実施形態)]
本開示の糸は、複数の電位発生フィラメントを単に引きそろえただけの糸(引きそろえ糸または無撚糸)であってよく、撚りをかけた糸(撚り合わせ糸または撚糸)であってもよく、捲縮をかけた糸(捲縮加工糸または仮撚糸)であってもよく、紡いだ糸(紡績糸)であってもよい。また、電位発生フィラメントとして、芯糸に導電体を用いて、当該導電体に絶縁体を巻き(カバリング)、該導電体に電圧を加えて電荷を発生させる構成を有するものであってもよい。
【0029】
図1(A)に示す通り、糸1sは、複数の電位発生フィラメント10を撚り合わせることによって構成してもよい。図1(A)に示す態様では、糸1sは、電位発生フィラメント10を左旋回して撚られた左旋回糸(以下、「S糸」と称する)であるが、電位発生フィラメント10を右旋回して撚られた右旋回糸(以下、「Z糸」と称する)であってもよい(例えば、図3(A)の糸1zを参照のこと)。このように、糸は、撚り合わせ糸の場合、「S糸」、「Z糸」のいずれであってもよい。
【0030】
糸において、電位発生フィラメント10の間隔は、約0μm~約10μm、一般的には5μm程度である。尚、電位発生フィラメント10の間隔が0μmである場合、電位発生フィラメント同士が互いに接触していることを意味する。
【0031】
糸において、「トータル繊度が90dtex以上の大径」である。本明細書でいる「トータル繊度」とは、一本または複数本の電位発生フィラメント10によって構成された糸のトータルの繊度を意図している。また、「dtex」との単位は、長さ10,000mで1gの糸の太さの単位を意図している。当該トータル繊度を実現するように、電位発生フィラメント10の本数が設定されている。トータル繊度が90dtex以上であれば、電位発生フィラメント10の本数は1本でもよいし、2本以上であってもよい。一例として、20本以上600本以下とされている。また、本明細書でいう「大径」とは、通常のフィラメントよりも大きい径を有していることを意図しており、より具体的には、上述のとおり、トータル繊度が90dtex以上の径を有しているフィラメントを意図している。
【0032】
以下、糸を詳述するために、電位発生フィラメント10として圧電材料を含んで成り、かかる圧電材料が「ポリ乳酸」である態様を一例として挙げて、詳細に説明する。
【0033】
図1(A)に示す通り、一軸延伸されたポリ乳酸を含んで成る電位発生フィラメント10は、厚み方向を第1軸、延伸方向900を第3軸、第1軸および第3軸の両方に直交する方向を第2軸と定義したとき、圧電歪み定数としてd14およびd25のテンソル成分を有する。
【0034】
したがって、ポリ乳酸は、一軸延伸された方向に対して45度の方向に歪みが生じた場合に最も効率よく電荷(又は電位)を発生することができる。
【0035】
図2(A)および図2(B)は、ポリ乳酸の一軸延伸方向と、電位方向と、電位発生フィラメント10および/または糸1を含む繊維の変形との関係を示す図である。
【0036】
図2(A)に示すように、電位発生フィラメント10は、第1対角線910Aの方向に縮み、第1対角線910Aに直交する第2対角線910Bの方向に伸びると、紙面の裏側から表側に向く方向に電位を生じさせることができる。すなわち、電位発生フィラメント10は、紙面表側では、負の電荷を発生させることができる。電位発生フィラメント10は、図2(B)に示すように、第1対角線910Aの方向に伸び、第2対角線910Bの方向に縮む場合も電荷(又は電位)を発生することができるが、極性が逆になり、紙面の表面から裏側に向く方向に電位を生じさせることができる。すなわち、電位発生フィラメント10は、紙面表側では、正の電荷を発生させることができる。
【0037】
図1に示す糸1sは、このようなポリ乳酸を含んで成る電位発生フィラメント10を複数本で撚ってなる糸(マルチフィラメント糸)(S糸)において(撚り方に特に制限はない)、各電位発生フィラメント10の延伸方向900は、それぞれの電位発生フィラメント10の軸方向に一致している。したがって、電位発生フィラメント10の延伸方向900は、糸1の軸方向に対して、左に傾いた状態となる。なお、その角度は、撚り回数に依存する。
【0038】
このようなS糸である糸1sに「外力」として例えば張力(好ましくは軸方向の張力)または応力(好ましくは軸方向の引張応力)をかけた場合、糸1sの表面には負(-)の電荷(又は電位)が発生し、その内側には正(+)の電荷(又は電位)を発生させることができる。
【0039】
糸1sは、この電荷により生じ得る電位差によって電位を形成することができる。この電位は近傍の空間にも漏れて他の部分と結合電位を形成することができる。また、糸1sに生じる電位は、近接する所定の電位、例えば人体等の所定の電位(グランド電位を含む)を有する物体に近接した場合に、糸1と該物体との間に電位を生じさせることもできる。
【0040】
また、糸1sは、トータル繊度が90dtex以上であるため、比較的太い糸となっている。それゆえ、糸1sが伸びにくくても比較的に太い糸であるため、電位発生フィラメント10によって菌の増殖を抑制することができる程度の表面電位を発生させることができる。具体的には、外力の適用により発生する表面電位は、例えば0.1V以上、好ましくは1.0V以上とすることができる。表面電位は、正負いずれの電位も発生させることができる。具体的には、糸1sの場合、伸度0の初期状態を0Vとして引張したときの表面電位は負の電位が発生し、引張状態を0Vとし、収縮したときの表面電位は正の電位が発生する。ここで、表面電位の測定方法に特に制限はなく、例えば走査型プローブ顕微鏡などを用いて測定することができる。
【0041】
なお、表面電位によって菌の増殖を抑制することのみならず、直接的な殺菌・殺ウイルス作用を有していてもよく、細菌や真菌などの菌やウイルスが有する電位とは反対の電位を発生させることで菌やウイルスを寄せ付けないことに起因する作用であってもよい。
【0042】
[第2実施形態の糸について(いわゆるZ糸の実施形態)]
図3(A)に示す態様では、糸1zは、電位発生フィラメント10を右旋回して撚られた右旋回糸(以下、「Z糸」と称する)としてよい。ここで、糸1zは、Z糸であるため、電位発生フィラメント(又は圧電繊維)10の延伸方向900は、糸1zの軸方向に対して、右に傾いた状態となってよい。なお、その角度は、糸の撚り回数に依存する。また、糸1sと糸1zとで生じる電荷(又は電位)の極性は互いに異なるものとなる。
【0043】
糸1zにおいて、「トータル繊度が90dtex以上」である。当該トータル繊度を実現するように、電位発生フィラメント10の本数が設定されている。トータル繊度が90dtex以上であれば、電位発生フィラメント10の本数は1本でもよいし、2本以上であってもよい。一例として、20本以上600本以下とされている。このような繊度を有する糸1zの伸長率は10%未満となっていることが好ましい。
【0044】
このようなZ糸である糸1zに「外力」として例えば張力(好ましくは軸方向の張力)または応力(好ましくは軸方向の引張応力)をかけた場合、糸1zの表面には正(+)の電荷(又は電位)が発生し、その内側には負(-)の電荷(又は電位)を発生させることができる。
【0045】
糸1zも、この電荷により生じ得る電位差によって電位を形成することができる。この電位は近傍の空間にも漏れて他の部分と結合電位を形成することができる。また、糸1zに生じる電位は、近接する所定の電位、例えば人体等の所定の電位(グランド電位を含む)を有する物体に近接した場合に、糸1zと該物体との間に電位を生じさせることもできる。
【0046】
なお、S糸である糸1sおよびZ糸である糸1zについては、特許第6428979号公報を読むとより深く理解することができる。また、特許第6428979号公報は、本明細書中に参照することで組み込まれる。
【0047】
[第3実施形態の糸について(いわゆる誘電体が設けられた糸の実施形態)]
さらに、糸は、電位発生フィラメント10の周りに「誘電体」が設けられてよい。例えば、図4の断面図で模式的に示すとおり、電位発生フィラメント10の周りには誘電体100を設けることができる。
【0048】
本開示において「誘電体」とは、「誘電性」(電位により電気的に正負に分極(又は誘電分極又は電気分極)する性質)を有する材料または物質を含んで成るものを意味し、その表面には電荷を溜めることができる。
【0049】
誘電体100は、電位発生フィラメント10の長手軸方向および周方向に存在してよく、電位発生フィラメントを完全に被覆していても、部分的に被覆していてもよい。なお、誘電体100が電位発生フィラメント10を部分的に被覆する場合、被覆されていない部分は、電位発生フィラメント10自体がそのまま露出していてよい。
【0050】
従って、誘電体100は、電位発生フィラメント10の長手軸方向において、全体的に設けられていても、部分的に設けられていてよい。また、誘電体100は、電位発生フィラメント10の周方向において、全体的に設けられていても、部分的に設けられていてもよい。
【0051】
また、誘電体100は、その厚みが均一であっても、不均一であってもよい(例えば、図4を参照)。
【0052】
誘電体100は、複数の電位発生フィラメント10の間に存在していてもよく、この場合、複数の電位発生フィラメント10の間に誘電体100が存在しない部分があってもよい。また、誘電体100の中に気泡や空洞が存在していてもよい。
【0053】
誘電体100は、誘電性を有する材料または物質を含む限り特に制限はない。誘電体100として、主に繊維産業において表面処理剤(又は繊維処理剤)として使用できることが知られている誘電性の材料(例えば、油剤、帯電防止剤など)を用いてもよい。
【0054】
糸1において、誘電体100は、油剤を含んで成ることが好ましい。油剤として、電位発生フィラメント10の製造で使用され得る表面処理剤(又は繊維処理剤)として用いられる油剤(製糸油剤)などを使用することができる(例えば、アニオン性、カチオン性またはノニオン性の界面活性剤など)。また、製布(たとえば製編、製織など)の工程で使用され得る表面処理剤(又は繊維処理剤)として用いられる油剤(例えば、アニオン性、カチオン性またはノニオン性の界面活性剤など)や、仕上工程で使用され得る表面処理剤(又は繊維処理剤)として用いられる油剤(例えば、アニオン性、カチオン性またはノニオン性の界面活性剤など)も使用することができる。ここでは代表例として、フィラメント製造工程、製布工程、仕上げ工程などを挙げたが、これらの工程に限定されるものではない。油剤として、特に電位発生フィラメント10の摩擦を低減するために用いられる油剤などを使用することが好ましい。
【0055】
油剤として、例えば、竹本油脂株式会社製デリオン・シリーズ、松本油脂製薬株式会社製マーポゾール・シリーズ、マーポサイズ・シリーズ、丸菱油化工業株式会社製パラテックス・シリーズなどが挙げられる。
【0056】
油剤は、電位発生フィラメント10に沿って、全体的に存在していても、少なくとも一部に存在していてもよい。また、電位発生フィラメント10を糸1に加工した後、洗濯によって油剤の少なくとも一部または全部が電位発生フィラメント10から脱落していてもよい。
【0057】
また、電位発生フィラメント10の摩擦を低減するために用いられる誘電体100は、洗濯時に使用される洗剤や柔軟剤などの界面活性剤であってもよい。
【0058】
洗剤として、例えば、花王株式会社製アタック(登録商標)・シリーズ、ライオン株式会社製トップ(登録商標)・シリーズ、プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン株式会社製アリエール(登録商標)・シリーズなどが挙げられる。
【0059】
柔軟剤として、例えば、花王株式会社製ハミング(登録商標)・シリーズ、ライオン株式会社製ソフラン(登録商標)・シリーズ、プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン株式会社製レノア(登録商標)・シリーズなどが挙げられる。
【0060】
誘電体100は、導電性(電気を通す性質)を有していてよく、その場合、誘電体100は、帯電防止剤を含んで成ることが好ましい。帯電防止剤として、電位発生フィラメント10の製造で使用され得る表面処理剤(又は繊維処理剤)として用いられる帯電防止剤などを使用することができる。帯電防止剤として、特に電位発生フィラメント10のほぐれを低減するために用いられる帯電防止剤を使用することが好ましい。
【0061】
帯電防止剤として、例えば、株式会社日新化学研究所製カプロン・シリーズ、日華化学株式会社製ナイスポール・シリーズ、デートロン・シリーズなどが挙げられる。
【0062】
帯電防止剤は、電位発生フィラメント10に沿って、全体的に存在していても、少なくとも一部に存在していてもよい。また、電位発生フィラメント10を糸1に加工した後、洗濯によって帯電防止剤の少なくとも一部または全部が電位発生フィラメント10から脱落していてもよい。
【0063】
また、上述の油剤や帯電防止剤などの表面処理剤(又は繊維処理剤)や、洗剤、柔軟剤などは、電位発生フィラメント10の周りに存在していなくてもよい。すなわち、電位発生フィラメント10または糸は、上述の油剤や帯電防止剤などの表面処理剤(又は繊維処理剤)や、洗剤、柔軟剤などを含まない場合もある。その場合、電位発生フィラメント10の間に存在する空気(又は空気層)が誘電体として機能し得る。従って、この場合、誘電体は空気を含んで成る。
【0064】
例えば、電位発生フィラメント10の周りに上述の油剤や帯電防止剤などの表面処理剤(又は繊維処理剤)や、洗剤、柔軟剤などが付着した糸を洗濯や溶剤浸漬によって処理することで上述の表面処理剤(又は繊維処理剤)や、洗剤、柔軟剤などを含まない糸を使用してもよい。その場合、無垢の電位発生フィラメント10が露出することになる。あるいは、本開示において、無垢の電位発生フィラメント10のみを含んで成る糸を使用してもよい。
【0065】
また、本開示では、例えば洗濯や溶剤浸漬などの処理によって、上述の油剤や帯電防止剤などの表面処理剤(又は繊維処理剤)や、洗剤、柔軟剤などが部分的に除去されて無垢の電位発生フィラメント10が部分的に露出した糸を使用してもよい。
【0066】
誘電体100の厚み(又は電位発生フィラメント10の間隔)は、約0μm~約10μm、好ましくは約0.5μm~約10μm、より好ましくは約2.0μm~約10μm、一般的には5μm程度である。
【0067】
[第4実施形態の糸について(いわゆる仮撚合糸の実施形態)]
好ましい実施形態として、糸を仮撚合糸の形態としてもよい。本明細書でいう「仮撚糸」とは、熱を加えながら撚りをかけた糸に対し、さらに反対方向の撚りをかけることにより撚りを解いた糸を意図し、「仮撚合糸」とは、複数の仮撚糸を合糸させることによって比較的に糸径を太くした糸を意図している。さらに、「仮撚合糸」はフィラメントにループ、渦巻、コイル等が発生している糸形態であってよい。
【0068】
本実施形態の糸は、複数の電位発生フィラメントが一方向に撚られた糸を仮撚した第1仮撚糸と、複数の電位発生フィラメントが一方向と反対側に撚られた糸を仮撚した第2仮撚糸と、を合糸させてよい。具体的に、上述の第1実施形態で説明したS糸1sを仮撚りした糸と、上述の第2実施形態で説明したZ糸1zを仮撚りした糸とを合糸させた形態を意図している。
【0069】
本実施形態の糸(仮撚合糸)について、図5および図6を参照しながら説明する。図5は、仮撚合糸製造装置の模式図、図6(a)は、加撚状態の糸の模式図、図6(b)は、エアジェット装置による交絡処理前の状態の糸の模式図、図6(c)は、交絡処理後の状態の糸の模式図である。
【0070】
本実施形態の糸(仮撚合糸)の説明として、当該糸の製造方法を説明する。まず、電位発生フィラメントを含むS糸1sを仮撚合糸製造装置の一方側にセットし、電位発生フィラメントを含むZ糸1zを仮撚合糸製造装置の他方側にセットする。各糸は、加撚状態(図6(a))のままヒーターHに通される。ヒーターHから出てきた各糸は、撚りが解かれた仮撚り状態(図6(b))とされている。これらの仮撚り状態の糸がエアジェット装置AJによって空気交絡処理されることによって、図6(c)のような仮撚合糸の形態の糸1が得られる。
【0071】
仮撚合糸の形態の糸は、トータル繊度が90dtex以上であるため、比較的太い糸となっている。それゆえ、糸1の伸長率が低くても比較的に太い糸であるため、電位発生フィラメント10によって菌の増殖を抑制することができる程度の表面電位を発生させることができる。具体的には、外力の適用により発生する表面電位は、例えば0.1V以上、好ましくは1.0V以上とすることができる。
【0072】
また、仮撚合糸の形態の糸1は、エアジェットノズルによって合糸されているため、バルキー性のある捲縮加工糸が得られる。言い換えると、ループ状毛羽の存在によって紡績糸風の膨らみや柔らかい風合いを与えるスパンライクヤーンが得られる。
【0073】
また、本実施形態で説明したS糸およびZ糸を仮撚合糸する場合は、左旋回したS糸と右旋回したZ糸とのトルクが相殺されるため、その後の布の染色工程等において編物生地の斜行を抑えることもできる。なお、仮撚合糸は、S糸とZ糸による態様に限定されず、S糸同士を合糸する態様、Z糸同士を合糸する態様としてもよい。
【0074】
上記説明では、図1に示す7本の電位発生フィラメント10が撚られたS糸1sと、図3に示す7本の電位発生フィラメント10が撚られたZ糸1zと、を仮撚合糸し、電位発生フィラメント10の本数を14本として、トータル繊度が90dtex以上の糸を製造する方法を説明したが、フィラメント数はこの例に限定されるものではない。例えば、フィラメント数は2本以上であってよい。好ましくは20本以上であることが好ましい。さらに、電位発生フィラメント10によって生じる表面電位を大きくするため、電位発生フィラメントの本数を多くすることが好ましいが、衣服用の編物生地の観点から、電位発生フィラメント10の本数は、600本以下とすることが好ましい。
【0075】
[その他の好ましい糸の実施形態について]
糸1において、電位発生フィラメント10がポリ乳酸(PLA)から構成されることが好ましい。電位発生フィラメント10がポリ乳酸などの圧電材料を含むことで表面電位をより適切に制御することができる。また、ポリ乳酸は疎水性であることから、さらりとした肌触りを提供することができ、これによって、編み物構造体に快適性を付与することもできる。また、ポリ乳酸は、生分解性プラスチックとして知られているため、最終的にCOと水に分解することができ、環境に対する負荷を低減することができる。
【0076】
「ポリ乳酸」の結晶化度は、例えば20%以上、好ましくは30%以上、より好ましくは40%以上、さらにより好ましくは、50%以上、特に好ましくは55%以上であることが好ましい。結晶化度は、例えば、示差走査熱量計(DSC:Differential Scanning Calorimetry)、X線回折法(XRD:X-ray diffraction)、広角X線回折測定(WAXD:Wide Angle X-ray Diffraction)などの測定方法により決定することができる。このような範囲内であると、ポリ乳酸結晶に由来する圧電性が高くなり、ポリ乳酸の圧電性による分極をより効果的に生じさせることができる。なお、本開示において、WAXDを用いて測定された結晶化度の測定値と、DSCを用いて測定された結晶化度の測定値は、約1.5倍異なる知見(DSC測定値/WAXD測定値≒1.5)が得られている。
【0077】
本開示の圧電材料は、ポリ乳酸系高分子以外にも、例えば、ポリペプチド系(例えば、ポリ(グルタル酸γ-ベンジル)、ポリ(グルタル酸γ-メチル)等)、セルロース系(例えば、酢酸セルロース、シアノエチルセルロース等)、ポリ酪酸系(例えば、ポリ(β-ヒドロキシ酪酸)等)、ポリプロピレンオキシド系などの光学活性を有する高分子およびその誘導体などを高分子圧電体として使用してもよい。
【0078】
本開示の糸(電位発生フィラメント)または布(衣服)において、好ましくは、可塑剤および/または滑剤等の添加剤は入っていない。一般的に、糸または布において添加剤が含有されていると、表面電位が発生し難い傾向にあることが分かっている。そこで、適切に表面電位を発生させるため、糸または布には添加剤を含有させないことが好ましい。本明細書でいう「可塑剤」とは、糸または布に柔軟性を与えるための材料であり、「滑剤」とは、圧電性の糸の分子の滑りを向上させる材料である。具体的には、ポリエチレングリコール、ヒマシ油系脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリエチレングリコール脂肪酸エステル、ステアリン酸アマイドおよび/またはグリセリン脂肪酸エステル等を意図している。これらの材料が本開示の糸または布に含有されていない。
【0079】
本開示の糸(電位発生フィラメント)または布(衣服)は、加水分解防止剤を含有してよい。特に、ポリ乳酸(PLA)に対する加水分解防止剤を含有してよい。加水分解防止剤の一例として、カルボジイミドを含有してよい。より好ましくは環状カルボジイミドを含有してよい。より具体的には、特許5475377号に記載の環状カルボジイミドとしてもよい。このような環状カルボジイミドによれば、高分子化合物の酸性基を有効に封止することができる。なお、環状カルボジイミド化合物に対し、高分子の酸性基を有効に封止できる程度にカルボキシル基封止剤を併用してもよい。かかるカルボキシル基封止剤としては、特開2005-2174号公報記載の剤、例えば、エポキシ化合物、オキサゾリン化合物および/またはオキサジン化合物、などが例示される。
【0080】
以下、加水分解防止剤の役割について説明する。従来から一般的に知られたPLAを含有する繊維またはフィラメント(表面電位を発生させない繊維またはフィラメント)は、PLAの加水分解によって酸が発生し、当該酸が菌に作用することによって抗菌効果を奏していた。そのため、PLAに加水分解が起きると繊維またはフィラメントの劣化が生じていた。しかしながら、本開示の電位発生繊維または電位発生フィラメントは、抗菌メカニズムが従来と異なり、上述したとおり表面電位を発生させることによって抗菌効果を奏するため、加水分解を起こす必要はない。さらに、本開示の電位発生繊維または電位発生フィラメントは加水分解防止剤を含有するため、繊維またはフィラメントに加水分解が起きることを防止して繊維またはフィラメントの劣化を抑えることが可能となる。
【0081】
本開示の糸は、上記の態様、特にポリ乳酸から構成され得る糸に限定して解釈されるべきではない。また、本開示の糸の製造方法についても特に制限はなく、上記の製造方法に限定されるものではない。
【0082】
-本開示の布および衣服の説明-
本開示の布は、トータル繊度が90dtex以上の大径であり、外部からのエネルギーを受けて電位を発生させる電位発生フィラメントを含んで成る糸を含んでいる。また、本開示の衣服は、当該糸を含む布が用いられている。当該布の伸度は、比較的伸びにくい状態となっている。言い換えると。伸長率が10%未満となっていることが好ましい。本開示の布には、織物、編物、不織布などが含まれる。また、本開示において「生地」との用語は、衣服を作る素材を意図して使用するものの、「布」と同義として用いている。
【0083】
ここで、布の一例として、上述した糸が編まれることによる編物を具体的に説明する。ここで、本明細書でいう「編物」とは、複数のループが互いに連結して成る組織を有する構造、すなわちニット構造を有するシート状の構造物を意味する。例えば、糸のループ(例えば輪状の部分)を作りそのループに次のループをひっかけることを連続して面または組織を形成することで編物を編成することができる。編物は、より具体的には、よこ編み、たて編み、丸編み、筒編み又は靴下編みなどの編み方により形成され得る組織を有していてよい。このような編物にはトリコットやラッセルなども含まれる。また、カットソーやニットソーなどの縫製品も本開示の編物に含まれる。さらにホールガーメントなどの無縫製品も本開示の編物に含まれる(WHOLEGARMENT(登録商標))。つまり、縦糸と横糸とが直角に交わることによって生地を形成する織物と明確に異なる概念である。
【0084】
本開示の編物に含まれ得る組織として、例えば、天竺(平編み、メリヤス編みとも呼ばれる)、ベア天竺、プレーティング天竺、スムース(インターロックとも呼ばれる)、鹿の子(表鹿の子、裏鹿の子)、ニットミス(フロートとも呼ばれる)、ハニカム、サーマル(ワッフルとも呼ばれる)、フライスなどの組織が挙げられるが、これらに限定されるものではない。編物の表裏で組織が異なっていてよい。また、組織に「タック」が含まれていてもよい。つまり、タック編みが併用されてもよい。組織には「ミス」が含まれていてよい。編物は、裏パイルであっても、裏起毛であってもよい。組織に依存して、布の肌触り、通気性、伸縮性などを変更することができる。
【0085】
本開示において、「ニット」、必要に応じて「タック」および/または「ミス」の繰り返し最小単位を含む組織を「完全組織」と称する。
【0086】
このような組織は編機を用いて形成しても、手編みにより形成してもよい。編機を使用する場合、その種類に特に制限はなく、従来公知の編機を特に制限なく使用することができる。
【0087】
なお、上述の説明において、本開示の布を編物として説明したが、織物、組物、不織布、レースなどの繊維製品であってもよい。
【実施例0088】
本開示の糸を含む布を用いた衣服の実施例1~5および比較例1~5を製造した。
【0089】
-実施例1-
フィラメント1本当たりの繊度が1.15dtexの電位発生フィラメントを144本準備し、上述の実施形態1~4で説明した糸としてトータル繊度167dtexを実現した。
【0090】
当該電位発生フィラメントを含む糸およびナイロン糸を用いて編物生地を製造した。編物生地は、島精機製作所製コンピュータ横編機を用い、プレーティング天竺組織構造とした。この編物生地に対し通常の染色工程を行った後に、当該編物生地を用いて衣服(スウェット製品)を製造した。
【0091】
-実施例2-
フィラメント1本当たりの繊度が1.15dtexの電位発生フィラメントを144本準備し、上述の実施形態1~4で説明した糸としてトータル繊度167dtexを実現した。
【0092】
当該電位発生フィラメントを含む糸を用いて編物生地を製造した。編物生地は、ダブル28ゲージ編機(福原精機製LPJ25型編機)を用い、ハニカム組織構造とした。この編物生地に対し通常の染色工程を行った後に、当該編物生地を用いて衣服(パンツ製品)を製造した。
【0093】
-実施例3-
フィラメント1本当たりの繊度が0.573dtexの電位発生フィラメントを576本準備し、上述の実施形態1~4で説明した糸としてトータル繊度330dtexを実現した。
【0094】
当該電位発生フィラメントを含む糸、ナイロン糸およびポリエステル糸を用いて編物生地を製造した。編物生地は、ダブル28ゲージ編機(福原精機製LPJ25型編機)を用い、両側結接組織構造とした。この編物生地に対し通常の染色工程を行った後に、当該編物生地を用いて衣服(ジャージ製品)を製造した。
【0095】
-実施例4-
フィラメント1本当たりの繊度が2.29dtexの電位発生フィラメントを48本準備し、上述の実施形態1~4で説明した糸としてトータル繊度110dtexを実現した。
【0096】
当該電位発生フィラメントを含む糸およびナイロン糸(フィラメント数24本、トータル繊度78dtex)を用いて編物生地を製造した。編物生地は、経編28ゲージ編機(Karl MAYER社製 HKS型編機)を用い、バックハーフ組織構造とした。この編物生地に対し通常の染色工程を行った後に、当該編物生地を用いて衣服(医療用ユニフォーム製品)を製造した。
【0097】
-実施例5-
フィラメント1本当たりの繊度が4.58dtexの電位発生フィラメントを24本準備し、上述の実施形態1~4で説明した糸としてトータル繊度110dtexを実現した。
【0098】
当該電位発生フィラメントを含む糸およびポリエステル糸(フィラメント数24本、トータル繊度56dtex)を用いて織物生地を製造した。織物生地は、平織組織構造とした。この織物生地に対し通常の染色工程を行った後に、当該織物生地を用いて衣服(ジャケット製品)を製造した。
【0099】
-比較例1-
フィラメント1本当たりの繊度が1.17dtexの電位発生フィラメントを72本準備し、トータル繊度84dtexを実現した。言い換えると、フィラメント1本当たりの繊度は実施例1と同程度であるが、フィラメント本数が実施例1と比較して少ないため、トータル繊度は90dtex未満となっている。
【0100】
当該電位発生フィラメントを含む糸およびポリエステル糸を用いて編物生地を製造した。編物生地は、ダブル22ゲージ編機(福原精機製LPJH型編機)を用い、プレーティング天竺組織構造とした。この編物生地に対し通常の染色工程を行った後に、当該編物生地を用いて衣服(スウェット製品)を製造した。
【0101】
-比較例2-
フィラメント1本当たりの繊度が1.17dtexの電位発生フィラメントを72本準備し、トータル繊度84dtexを実現した。つまり、トータル繊度は90dtex未満となっている。
【0102】
当該電位発生フィラメントを含む糸、ポリエステル糸を用いて編物生地を製造した。編物生地は、ダブル28ゲージ編機(福原精機製LPJ25型編機)を用い、両側結接組織構造とした。この編物生地に対し通常の染色工程を行った後に、当該編物生地を用いて衣服(ジャージ製品)を製造した。
【0103】
-比較例3-
フィラメント1本当たりの繊度が1.56dtexの電位発生フィラメントを36本準備し、トータル繊度56dtexを実現した。つまり、トータル繊度は90dtex未満となっている。
【0104】
当該電位発生フィラメントを含む糸、ポリエステル糸を用いて編物生地を製造した。編物生地は、ダブル22ゲージ編機(福原精機製LPJH型編機)を用い、ハニカム組織構造とした。この編物生地に対し通常の染色工程を行った後に、当該編物生地を用いて衣服(ジャケット製品)を製造した。
【0105】
-比較例4-
フィラメント1本当たりの繊度が1.56dtexの電位発生フィラメントを36本準備し、トータル繊度56dtexを実現した。つまり、トータル繊度は90dtex未満となっている。
【0106】
当該電位発生フィラメントを含む糸、ナイロン糸を用いて編物生地を製造した。編物生地は、経編28ゲージ編機(Karl MAYER社製 HKS型編機)を用い、バックハーフ組織構造とした。この編物生地に対し通常の染色工程を行った後に、当該編物生地を用いて衣服(医療用ユニフォーム製品)を製造した。
【0107】
-比較例5-
フィラメント1本当たりの繊度が1.56dtexの電位発生フィラメントを36本準備し、トータル繊度56dtexを実現した。つまり、トータル繊度は90dtex未満となっている。
【0108】
当該電位発生フィラメントを含む糸およびポリエステル糸を用いて織物生地を製造した。織物生地は、平織組織構造とした。この織物生地に対し通常の染色工程を行った後に、当該織物生地を用いて衣服(ジャケット製品)を製造した。
【0109】
上記実施例1~5および比較例1~5に対し、伸長率評価、表面電位評価および抗菌評価を行った。具体的な評価内容を以下、記載する。
【0110】
(伸長率評価)
実施例および比較例の製品を着用した後に、歩行動作を行って衣服として伸長する部位(例えば、脇部や股間部)に対し歪みを計測し、当該計測に基づいて伸長率を測定した。測定機器、測定範囲、測定条件は下記のとおりである。
測定機器:ARAMIS Adjustable Base 12M
測定範囲:1160×940×940mm2
測定条件:7Hz, f4.0
【0111】
(表面電位評価)
実施例および比較例の製品について、静電気力顕微鏡(Electric Force Microscope (EFM))(トレック社製、Model 1100TN)を用いて布の表面電位を測定した。なお、表面電位の評価は、接地電極としての導電性ブロック上に配置した実施例および比較例の製品を少なくとも1方向に引っ張ることが可能な引張機構を備えた電位測定装置(特願2021-065673号参照)を用いた手法を採用した。つまり、特許文献1(国際公開第2020/241432号)に記載の(a)糸を一軸方向に所定量伸張する。(b)導電繊維からなる芯材に繊維をカバリングする。(c)芯材を接地する。(d)電気力顕微鏡により糸の表面電位を測定する。との測定手法とは異なる手法を採用した。
【0112】
(抗菌評価)
抗菌試験の内容は、以下のとおりである。
(1)初期状態の比較例および実施例の製品について、生菌数を測定する。
(2)比較例および実施例の製品を18時間静置後の生菌数を測定する。
(3)18時間静置した比較例および実施例の製品に対し、18時間連続して製品を伸縮させて表面電位を発生させた後の生菌数を測定する。
つまり、本開示の「抗菌活性値」とは、以下より算出される値を意図している。
抗菌活性値=生菌数A-生菌数B
生菌数A:18時間静置後の生菌数
生菌数B:18時間連続して製品を伸縮させて表面電位を発生させた後の生菌数
なお、生菌数の評価は、特許6922546号公報および特許6292368号公報に記載されているように、JIS L1902の手法に基づいて行った。なお、生菌数の数値は、Colony Forming Unit(コロニー フォーミング ユニット)の対数値(1gあたりのコロニーの対数値)を示すものである。
【0113】
上記伸長率評価、表面電位評価および抗菌評価の結果を以下の表に示す。
【0114】
【表1】
【0115】
【表2】
【0116】
表1および表2の結果によれば、実施例1~5の衣服は、トータル繊度が90dtex以上の大径の糸であるため、表面電位が0.1Vより大きい値が得られた。また、抗菌活性値が1.5以上であるため抗菌性が良好である結果が得られた。
【0117】
実施例1~5の衣服では、トータル繊度が350dtex以下であるため、電位発生フィラメントに対し表面電位を発生できる程度の伸長を得ることができた。
【0118】
また、実施例3~5の結果によれば、電位発生フィラメントの本数を20本以上とすることで、トータル繊度として90dtex以上の大径の糸を実現することができ、当該糸によって所望の表面電位を発生できる結果が得られた。
【0119】
また、実施例1および実施例2の結果によれば、電位発生フィラメントの本数を600本以下としても、トータル繊度として90dtex以上の大径の糸を実現することができ、当該糸によって所望の表面電位を発生できる結果が得られた。
【0120】
一方で、比較例1~5の衣服は、トータル繊度が90dtex未満の糸であるため、表面電位が0.1V以下であった。そして、抗菌活性値が1.5未満であるため、実施例1~5の衣服と比較して抗菌性が悪い結果が得られた。
【0121】
本開示の糸,布および衣服の態様は、以下のとおりである。
<1>トータル繊度が90dtex以上の大径であり、外部からのエネルギーを受けて電位を発生させる電位発生フィラメントを含んで成る糸。
<2>前記トータル繊度が350dtex以下である、<1>に記載の糸。
<3>前記電位発生フィラメントの数が20本以上である、<1>または<2>に記載の糸。
<4>前記電位発生フィラメントの数が600本以下である、<1>~<3>のいずれか1つに記載の糸。
<5>前記電位発生フィラメントが圧電材料を含んで成る、<1>~<4>のいずれか1つに記載の糸。
<6>前記圧電材料がポリ乳酸を含んで成る、<1>~<5>のいずれか1つに記載の糸。
<7>前記圧電材料は、添加剤を含有していない、<1>~<6>のいずれか1つに記載の糸。
<8>前記圧電材料は、加水分解防止剤を含有する、<1>~<7>のいずれか1つに記載の糸。
<9>複数の前記電位発生フィラメントが一方向に撚られた糸を仮撚した第1仮撚糸と、 複数の前記電位発生フィラメントが前記一方向と反対側に撚られた糸を仮撚した第2仮撚糸と、を合糸させて成る、<1>~<8>のいずれか1つに記載の糸。
<10>0.1Vより大きい表面電位を発生させる、<1>~<9>のいずれか1つに記載の糸。
<11><1>~<10>のいずれか1項に記載の糸を備えた布。
<12>前記糸が編まれることにより編物生地を構成する<11>に記載の布。
<13>前記糸が織られることにより織物生地を構成する<11>に記載の布。
<14>抗菌活性値が1.5以上である<11>~<13>のいずれか1つに記載の布。
<15>伸長率が10%未満である<11>~<14>のいずれか1つに記載の布。
<16><11>~<15>のいずれか1つに記載の布を用いた衣服。
【0122】
なお、今回開示した実施態様は、すべての点で例示であって、限定的な解釈の根拠となるものではない。したがって、本発明の技術的範囲は、上記した実施態様のみによって解釈されるものではなく、特許請求の範囲の記載に基づいて画定される。また、本発明の技術的範囲には、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0123】
本開示は、例えば、伸度が低くても効果的に表面電位を発生させることができる糸,布および衣服に利用することができる。
【符号の説明】
【0124】
1,1s,1z 糸
10 電位発生フィラメント
100 誘電体
900 延伸方向
910A 第1対角線
910B 第2対角線
H ヒーター
AJ エアジェット装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6