(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023017556
(43)【公開日】2023-02-07
(54)【発明の名称】機能性ペプチドを有効成分とする筋萎縮抑制剤
(51)【国際特許分類】
A61K 38/22 20060101AFI20230131BHJP
A61K 35/761 20150101ALI20230131BHJP
A61P 21/00 20060101ALI20230131BHJP
C07K 14/48 20060101ALN20230131BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20230131BHJP
C12N 15/861 20060101ALN20230131BHJP
【FI】
A61K38/22 ZNA
A61K35/761
A61P21/00
C07K14/48
C12N15/12
C12N15/861 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021121899
(22)【出願日】2021-07-26
(71)【出願人】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(71)【出願人】
【識別番号】000163006
【氏名又は名称】興和株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100189131
【弁理士】
【氏名又は名称】佐伯 拓郎
(74)【代理人】
【識別番号】100182486
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 正展
(74)【代理人】
【識別番号】100147289
【弁理士】
【氏名又は名称】佐伯 裕子
(72)【発明者】
【氏名】大内 乗有
(72)【発明者】
【氏名】大橋 浩二
(72)【発明者】
【氏名】室原 豊明
(72)【発明者】
【氏名】榎本 敬
【テーマコード(参考)】
4C084
4C087
4H045
【Fターム(参考)】
4C084AA02
4C084BA01
4C084BA08
4C084BA22
4C084BA23
4C084DB01
4C084NA14
4C084ZA94
4C087AA01
4C087AA02
4C087BB65
4C087BC83
4C087CA12
4C087NA14
4C087ZA94
4H045AA30
4H045CA40
4H045DA21
4H045EA20
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】筋萎縮により減少した骨格筋量を回復し、サルコペニアの予防又は治療に利用することのできる医薬を提供すること。
【解決手段】NDNFペプチド又はその誘導体を有効成分とする筋萎縮抑制及び/又は回復剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
神経由来神経栄養因子(NDNF)ペプチド又はその誘導体を有効成分とする筋萎縮抑制及び/又は回復剤。
【請求項2】
NDNFペプチドが配列番号1のアミノ酸配列を含むポリペプチドである、請求項1に記載の筋萎縮抑制及び/又は回復剤。
【請求項3】
NDNFペプチドが配列番号1又は5のアミノ酸配列からなるポリペプチドである、請求項1又は2に記載の筋萎縮抑制及び/又は回復剤。
【請求項4】
NDNFペプチドの誘導体が、配列番号1と少なくとも90%以上同一のアミノ酸配列を有するポリペプチドであって、筋萎縮抑制作用及び/又は回復作用を有するポリペプチドである、請求項1~3のいずれか一項に記載の筋萎縮抑制及び/又は回復剤。
【請求項5】
配列番号1又は5のアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする、又は配列番号1と少なくとも90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチドであって、筋萎縮抑制作用及び/又は回復作用を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含むベクターを有効成分とする筋萎縮抑制及び/又は回復剤。
【請求項6】
ベクターがアデノウイルスベクターである請求項5に記載の筋萎縮抑制及び/又は回復剤。
【請求項7】
NDNFペプチド又はその誘導体を有効成分とするサルコペニアの予防及び/又は治療剤。
【請求項8】
NDNFペプチドが配列番号1のアミノ酸配列を含むポリペプチドである、請求項7に記載のサルコペニアの予防及び/又は治療剤。
【請求項9】
NDNFペプチドが配列番号1又は5のアミノ酸配列からなるポリペプチドである、前記請求項7又は8に記載のサルコペニアの予防及び/又は治療剤。
【請求項10】
NDNFペプチドの誘導体が、配列番号1と少なくとも90%以上同一のアミノ酸配列を有するポリペプチドであって、筋萎縮抑制作用及び/又は回復作用を有するポリペプチドである、請求項7~9のいずれか一項にサルコペニアの予防及び/又は治療剤。
【請求項11】
配列番号1又は5のアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする、又は配列番号1と少なくとも90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチドであって、筋萎縮抑制作用及び/又は回復作用を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含むベクターを有効成分とするサルコペニアの予防及び/又は治療剤。
【請求項12】
ベクターがアデノウイルスベクターである請求項11に記載のサルコペニアの予防及び/又は治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は神経由来神経栄養因子を有効成分とする筋萎縮抑制剤に関する。より詳細には本発明は、神経由来神経栄養因子を有効成分とするサルコペニア(加齢性筋肉減少症)の予防及び/又は治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高齢化の進む諸国では高齢者の抱える問題が社会全体に大きな影響を及ぼすようになった。平均寿命が伸びた一方で、今後はいかに健康寿命を延ばすかが課題となっており、加齢に伴う恒常性の低下を意味するフレイルや、その原因となるサルコペニアに注目が集まっている。
【0003】
サルコペニアは、加齢に伴う骨格筋量の減少と筋力低下を兼ね備えた状態と定義される。European Working Group on Sarcopenia for Older People(EWGSOP)による診断基準によると、筋肉量の減少を診断の中核とし、それに加えて筋力低下あるいは筋肉機能の低下を伴う場合にサルコペニアと診断することを提唱している(非特許文献1)。本邦のコホート研究である「国立長寿医療センター・老化に関する長期縦断疫学研究(NILS-LSA)」のデータによると、日本人高齢者におけるサルコペニア有病者は男性132万人、女性139万人と推計されている(非特許文献2)。
【0004】
骨格筋細胞はさまざまな理由で萎縮するため、加齢による筋肉の減少(いわゆる筋肉枯れ)を防ぐことがサルコペニアを予防治療する上で重要であるといわれている。骨格筋量はタンパク質の合成と分解のバランスによって制御されていて、タンパク質合成を促進する代表的な経路としてPI3K-Akt-mTORがあり、またタンパク質分解を制御する代表としてユビキチン-プロテアソーム経路やオートファジー経路がある。Atrogin-1(muscle atrophy F-box)やMuRF1(muscle ring finger 1)はさまざまなタンパク質に結合するユビキチンリガーゼであり、結合されたタンパク質はユビキチンとプロテアソームの働きで分解される。たとえば加齢ラットの骨格筋においてはAtrogin-1とMuRF1mRNAのレベルが顕著に上方制御されており、サルコペニアを含む筋萎縮との関係が報告されている(非特許文献3)。現在の日本は4人に一人が65歳以上の高齢者であり、今後も高齢化率の上昇とそれに伴うサルコペニア患者の増加が見込まれる。しかしながら、サルコペニアに対する有用な薬物療法は未だ確立されていないのが現状である。
【0005】
神経由来神経栄養因子(Neuron-derived neurotrophic factor、以下NDNFと称すことがある。)はフィブロネクチンIII型領域を持つ分泌タンパクで、神経細胞で産生され、神経の遊走、成長、生存を促進する神経栄養因子として同定された(非特許文献4)。さらにNDNFは、内皮細胞の生存や血管形成を促進すること(非特許文献5)、心筋梗塞後の心臓リモデリングを改善すること(非特許文献6)が報告された。最近になって、NDNF発現を回復させるとヒト腎細胞癌細胞の増殖、遊走、浸潤を有意に阻害することが報告され、進行性腎細胞癌の治療標的としても注目されている(非特許文献7)。しかしながら、NDNFの骨格筋に対する作用やNDNFがサルコペニアの治療標的であることを示唆する報告はこれまでなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Cruz-Jentoft AJ et al., Age and Ageing 39 412-423(2010)
【非特許文献2】Yuki A et al., Clinical Calcium 28(9) 1183-1189(2018)
【非特許文献3】Clavel S et al., Mech. Ageing Dev. 127(10) 794-801(2006)
【非特許文献4】Kuang XL et al., BMC Neurosci. 11:137(2010)
【非特許文献5】Ohashi K et al., J. Biol. Chem. 289 14132-14144(2014)
【非特許文献6】Joki Y et al., Circ. Heart Fail. 8 342-351(2015)
【非特許文献7】Xia L et al., Oncology Letters 17(3) 2969-2975(2019)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、筋萎縮により減少した骨格筋量を回復し、サルコペニアの予防又は治療に利用することのできる医薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、このような解題を解決するために鋭意検討する中で、デキサメタゾン(DEX)投与筋萎縮モデルマウスに対してアデノウイルスを用いて筋組織にNDNFを過剰発現させたところ、筋萎縮抑制作用、及び筋萎縮回復作用を示すことを見出した。更に、NDNFペプチドを作成してDEX誘導性筋萎縮モデルマウスに投与したところ、筋萎縮抑制と筋萎縮関連遺伝子の発現抑制を確認した。本発明はかかる実験データに基づいて完成されたものである。
【0009】
すなわち本発明は、以下の発明に関する。
[1]神経由来神経栄養因子(NDNF)ペプチド又はその誘導体を有効成分とする筋萎縮抑制及び/又は回復剤。
[2]NDNFペプチドが配列番号1のアミノ酸配列を含むポリペプチドである、前記[1]に記載の筋萎縮抑制及び/又は回復剤。
[3]NDNFペプチドが配列番号1又は5のアミノ酸配列からなるポリペプチドである、前記[1]又は[2]に記載の筋萎縮抑制及び/又は回復剤。
[4]NDNFペプチドの誘導体が、配列番号1と少なくとも90%以上同一のアミノ酸配列を有するポリペプチドであって、筋萎縮抑制作用及び/又は回復作用を有するポリペプチドである、前記[1]~[3]のいずれか一に記載の筋萎縮抑制及び/又は回復剤。
[5]配列番号1又は5のアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする、又は配列番号1と少なくとも90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチドであって、筋萎縮抑制作用及び/又は回復作用を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含むベクターを有効成分とする筋萎縮抑制及び/又は回復剤。
[6]前記ポリヌクレオチドが、配列番号2の塩基配列からなるポリヌクレオチド又は配列番号2と少なくとも90%以上の同一性を有する塩基配列を含むポリヌクレオチドである、前記[5]に記載の筋萎縮抑制及び/又は回復剤。
[7]前記ポリヌクレオチドが骨格筋での発現を可能にするプロモーターと機能的に連結されたものである、前記[5]又は[6]に記載の筋萎縮抑制及び/又は回復剤。
[8]ベクターがアデノウイルスベクターである前記[5]~[7]のいずれか一に記載の筋萎縮抑制及び/又は回復剤。
【0010】
[9]神経由来神経栄養因子(NDNF)ペプチド又はその誘導体を有効成分とするサルコペニアの予防及び/又は治療剤。
[10]NDNFペプチドが配列番号1のアミノ酸配列を含むポリペプチドである、前記[9]に記載のサルコペニアの予防及び/又は治療剤。
[11]NDNFペプチドが配列番号1又は5のアミノ酸配列からなるポリペプチドである、前記[9]又は[10]に記載のサルコペニアの予防及び/又は治療剤。
[12]NDNFペプチドの誘導体が、配列番号1と少なくとも90%以上同一のアミノ酸配列を有するポリペプチドであって、筋萎縮抑制作用及び/又は回復作用を有するポリペプチドである、前記[9]~[11]のいずれか一に記載のサルコペニアの予防及び/又は治療剤。
[13]配列番号1又は5のアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする、又は配列番号1と少なくとも90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチドであって、筋萎縮抑制作用及び/又は回復作用を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含むベクターを有効成分とするサルコペニアの予防及び/又は治療剤。
[14]前記ポリヌクレオチドが、配列番号2の塩基配列からなるポリヌクレオチド又は配列番号2と少なくとも90%以上の同一性を有する塩基配列を含むポリヌクレオチドである、前記[13]に記載のサルコペニアの予防及び/又は治療剤。
[15]前記ポリヌクレオチドが骨格筋での発現を可能にするプロモーターと機能的に連結されたものである、前記[13]又は[14]に記載のサルコペニアの予防及び/又は治療剤。
[16]ベクターがアデノウイルスベクターである前記[13]~[15]のいずれか一に記載のサルコペニアの予防及び/又は治療剤。
【0011】
[17]筋萎縮抑制及び/又は回復方法における使用のための、NDNFペプチド又はその誘導体。
[18]サルコペニアの予防及び/又は治療における使用のための、NDNFペプチド又はその誘導体。
【0012】
[19]筋萎縮抑制及び/又は回復方法における使用のための、NDNFペプチド又はその誘導体をコードするポリヌクレオチド。
[20]サルコペニアの予防及び/又は治療における使用のための、NDNFペプチド又はその誘導体をコードするポリヌクレオチド。
【0013】
[21]治療を必要とする対象に有効量のNDNFペプチド又はその誘導体を投与する工程を含む、筋萎縮抑制及び/又は回復方法。
[22]治療を必要とする対象に有効量のNDNFペプチド又はその誘導体を投与する工程を含む、サルコペニアの予防及び/又は治療方法。
【0014】
[23]治療を必要とする対象に有効量のNDNFペプチド又はその誘導体をコードするポリヌクレオチドを含むベクターを投与する工程を含む、筋萎縮抑制及び/又は回復方法。
[24]治療を必要とする対象に有効量のNDNFペプチド又はその誘導体をコードするポリヌクレオチドを含むベクターを投与する工程を含む、サルコペニアの予防及び/又は治療方法。
【0015】
[25]筋萎縮抑制及び/又は回復剤の製造のための、NDNFペプチド又はその誘導体の使用。
[26]サルコペニアの予防及び/又は治療剤の製造のための、NDNFペプチド又はその誘導体の使用。
【0016】
[27]筋萎縮抑制及び/又は回復剤の製造のための、NDNFペプチド又はその誘導体をコードするポリヌクレオチドの使用。
[28]サルコペニアの予防及び/又は治療剤の製造のための、NDNFペプチド又はその誘導体をコードするポリヌクレオチドの使用。
【発明の効果】
【0017】
本発明のNDNFペプチド、又はその誘導体は、筋萎縮モデルに対して筋萎縮の抑制作用及び回復作用を有することから、筋肉の減少を特徴とする疾患に対する予防及び/又は治療剤として適用が可能である。より詳細には、NDNFペプチド、NDNFペプチドの配列変異体、それらのフラグメントペプチド、又はそれらの誘導体を有効成分とするサルコペニアの予防及び/又は治療剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】
図1はデキサメタゾン(DEX)投与筋萎縮モデルマウスにおいて、DEX投与3日前にNDNF遺伝子を含むアデノウイルスベクターを用いて筋組織にNDNFを過剰発現させ、DEX投与14日後に腓腹筋重量(mg/gBW)(A図)、及び筋繊維面積(μm
2)(B図)を測定したときの、筋萎縮抑制作用を示す図である。図中、Shamは偽手術群(DEX投与無、ベクター投与無)、DEX+b-galは対照群(DEX投与有、β-ガラクトシダーゼ遺伝子を含むコントロールベクター投与)、DEX+Ad-NDNFはNDNF投与群(DEX投与有、NDNF過剰発現用アデノウイルスベクター投与)を、それぞれ示す。また、図において、p<0.01は比較した群間でp<0.01の有意差が認められたことを、p<0.05は比較した群間でp<0.05の有意差が認められたことを、それぞれ示す。
【
図2】
図2はデキサメタゾン(DEX)投与筋萎縮モデルマウスにおいて、DEX投与3日前にNDNF遺伝子を含むアデノウイルスベクターを用いて筋組織にNDNFを過剰発現させ、DEX投与14日後に遺伝子発現量を測定した結果を示す。より具体的には、A図は、NDNF遺伝子の発現量を測定した結果を示す。また、B、C及びD図は、ぞれぞれ、筋萎縮関連遺伝子(Atrogin-1、MuRF-1遺伝子、Myostatin遺伝子)の発現量を測定したときの、筋委縮関連遺伝子の発現抑制作用を示す図である。各図において、各群の遺伝子発現量は、mRNA蓄積レベルについて、Sham(偽手術群)の発現レベルを1とした相対値として示される。図中、Sham、DEX+b-gal、DEX+Ad-NDNFは、それぞれ
図1と同じ意味を示す。また、図において、p<0.01は比較した群間でp<0.01の有意差が認められたことを、p<0.05は比較した群間でp<0.05の有意差が認められたことを、NSは、比較した群間で有意差が認められなかったことを、それぞれ示す。
【
図3】
図3は、DEXを投与して作成したデキサメタゾン(DEX)投与筋萎縮モデルマウスの筋組織に対して、アデノウイルスを用いて筋組織にNDNFを過剰発現させ、腓腹筋重量(mg/gBW)を測定したときの、萎縮筋回復作用(治療的効果)を示す図である。図中、Sham、DEX+b-gal、DEX+Ad-NDNFは、それぞれ
図1と同じ意味を示す。また、図において、p<0.05は比較した群間でp<0.05の有意差が認められたことを示す。
【
図4】
図4は、DEX誘導性筋萎縮モデルマウスに対して、DEX投与開始と同時に左側腓腹筋皮下にNDNFタンパクを投与し、左側腓腹筋(NDNF投与側;A図)及び右側腓腹筋(NDNF非投与側;B図)の腓腹筋重量を測定したときの、筋萎縮抑制作用を示す図である。図は、いずれも、DEX投与14日後の腓腹筋重量(mg/gBW)を示す。図中、Vehは対照群(Medgelのみ投与)、NDNFはMedgelに浸透したNDNFを投与した群を、それぞれ示す。また、図において、p<0.01は比較した群間でp<0.01の有意差が認められたことを、p<0.05は比較した群間でp<0.05の有意差が認められたことを、それぞれ示す。
【
図5】
図5は、DEX誘導性筋萎縮モデルマウスに対して、DEX投与開始と同時にNDNFタンパクを左側腓腹筋皮下に投与し、DEX投与14日後の左側腓腹筋からRNAを採取してAtrogin-1遺伝子の遺伝子発現量を測定したときの筋萎縮関連遺伝子の発現抑制作用を示す図である。縦軸は筋萎縮関連遺伝子であるAtrogin-1遺伝子の相対発現量(Vehの場合を1とする)を示す。図中、Veh、及びNDNFはそれぞれ
図4と同じ意味を示す。また、図において、p<0.05は比較した群間でp<0.05の有意差が認められたことを示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本明細書において「神経由来神経栄養因子」又は「NDNF」は、フィブロネクチンIII型領域を持つ分泌タンパクである。ヒト由来のNDNFは、N末端に19アミノ酸からなるシグナルペプチドを含んだ568aa、65KDaからなる前駆体ペプチドとして神経細胞で産生され、プロセシングを受けた後に549アミノ酸配列からなるNDNFペプチドとなって神経の遊走、成長、生存を促進する神経栄養因子として機能する。配列番号1はヒトNDNFペプチドのアミノ酸配列を、配列番号3はマウスNDNFペプチドのアミノ酸配列を、配列番号5はヒトNDNF前駆体ペプチドのアミノ酸配列をそれぞれ示している。マウス以外の高等脊椎動物NDNFタンパクアミノ酸配列についても非特許文献4に記載があり、脊椎動物においてその配列は高度に保存されている。本発明において、NDNFは、所望の生理学的機能を備える限り、どのような動物種に由来するポリペプチドであっても良いが、ヒト由来のNDNFが好ましい。好ましいNDNFペプチドの代表的な例は、配列番号1又は配列番号5のアミノ酸配列からなるポリペプチドであるが、所望の生理学的機能を備える限り、これらの機能的フラグメントであっても良い。ここで、所望の生理学的機能を備えるとは、例えば、本発明の実施例に示されるDEX誘導性筋萎縮モデルマウスにおいて、筋萎縮抑制効果、萎縮筋回復効果、筋委縮関連遺伝子の発現誘導(発現上昇)抑制効果、及び筋委縮関連遺伝子の発現抑制効果から選択される少なくとも一の効果が、対照と比して有意に認められることを言う。別の例として、所望の生理学的機能を備えるとは、本発明の実施例に示されるDEX誘導性筋萎縮モデルマウスにおいて、筋萎縮抑制効果、萎縮筋回復効果、筋委縮関連遺伝子の発現誘導(発現上昇)抑制効果、及び筋委縮関連遺伝子の発現抑制効果から選択される少なくとも一の効果が、配列番号1のアミノ酸配列を有するヒトNDNFペプチドが投与された場合の効果と比して、少なくとも50%、好ましくは60%超、より好ましくは70%超、さらに好ましくは80%超、最も好ましくは90%超のレベルで認められることを言う。
【0020】
前記の「機能的フラグメント」とは、より具体的には、全長ペプチドの部分断片配列を有するタンパクを意味する。すなわち、NDNFペプチドの全長アミノ酸配列のN末端若しくはC末端のいずれか又は両側からアミノ酸が欠失した末端切断型のものである。このような機能的フラグメントであるNDNFタンパクの具体例としては、例えば、NDNF前駆体ペプチドのN末端から数えて20番目から274番目のアミノ酸配列からなるフラグメントタンパク、NDNFタンパクのN末端から数えて275番目から568番目のアミノ酸配列からなるフラグメントタンパクが挙げられる。ここで、「機能的」は、前記の「所望の生理学的機能を備える」と同様に理解されるものである。
【0021】
本明細書において「ペプチドの誘導体」とは、NDNFペプチドと実質的に同じ生物学的機能又は活性を有するポリペプチドを意味する。ここで、「実質的に同じ生物学的機能又は活性を有する」とは、前記「所望の生理学的機能を備える」と同様に理解されるものである。また、「実質的に同じ生物学的機能又は活性を有する」と、後述の「機能的に同等な」との表現は、本発明において同義である。本発明において、「ペプチドの誘導体」には、天然のNDNFペプチドのアミノ酸配列上の変異体、及び/又は、天然のNDNFペプチドに対して修飾基で修飾されたポリペプチドが含まれる。
【0022】
天然のNDNFペプチドのアミノ酸配列上の変異体の例は、配列番号1と少なくとも85%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチドであって、筋萎縮抑制作用を有するポリペプチドである。また別の例は、配列番号1と少なくとも80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、最も好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチドであって、サルコペニアの予防及び/又は治療活性を有するポリペプチドである。ここで言う筋萎縮抑制作用及び/又は萎縮筋回復作用、又はサルコペニアの予防及び/又は治療活性とは、筋萎縮抑制作用及び/又は萎縮筋回復作用、又はサルコペニアの予防及び/又は治療活性において、前記の「実質的に同じ生物学的機能又は活性を有する」や、前記「所望の生理学的機能を備える」範囲と同様の作用又は活性を有するものである。
【0023】
ここで、基準アミノ酸配列に対する、対象アミノ酸配列の配列同一性は、例えば次のようにして求めることができる。まず、基準アミノ酸配列及び対象アミノ酸配列をアラインメントする。ここで、各アミノ酸配列には、配列同一性が最大となるようにギャップを含めてもよい。続いて、基準アミノ酸配列及び対象アミノ酸配列において、一致したアミノ酸の数を算出し、下記式(1)にしたがって、配列同一性を求めることができる。例えば、ヒト-マウス間のNDNFペプチドの配列同一性は約90%、ヒト-ウシ間のNDNFペプチドの配列同一性は約94%となる。
【0024】
配列同一性(%)=一致したアミノ酸の数/対象アミノ酸配列のアミノ酸の総数×100 (1)
【0025】
天然のNDNFペプチドのアミノ酸配列上の変異体の別の例は、配列番号1又は5に示されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸残基において、欠失、置換、付加又は挿入を含むアミノ酸配列からなるポリペプチドであって、筋萎縮抑制作用及び/又は萎縮筋回復作用、又はサルコペニアの予防及び/又は治療活性を有するポリペプチドである。ここで複数個とは、例えば50個以下、好ましくは40個以下、より好ましくは30個以下、さらに好ましくは20個を意味する。
【0026】
本発明において、NDNFペプチド又はそのアミノ酸配列上の誘導体の別の例は、配列番号2の塩基配列からなるポリヌクレオチド、又は、配列番号2と少なくとも80%、好ましくは85%、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、最も好ましくは99%以上の同一性を有する塩基配列を含むポリヌクレオチドによりコードされるポリペプチドであって、筋萎縮抑制作用及び/又は回復作用、又は、サルコペニアの予防及び/又は治療活性を有するポリペプチドである。
【0027】
続いて、天然のNDNFペプチドに対して修飾基で修飾されたポリペプチドであるNDNFペプチドの誘導体について述べる。該NDNFペプチドの誘導体には、NDNFペプチド(例えば、配列番号1のアミノ酸配列からなるポリペプチド、配列番号5のアミノ酸配列からなるポリペプチド、又はそれらの機能的フラグメント)において、ポリペプチド鎖のN末端のアミノ基をアセチル基などのアシル基やその他の修飾基で修飾した修飾ポリペプチド、C末端のカルボキシキル基をカルボキシレート、アミド又はエステルなどに変換したポリペプチドが本発明に包含される。また、タンパク質精製に用いられるアフィニティータグを末端に有するペプチドも本発明に包含される。アフィニティータグの例としてはフラグタグ(FLAG tag)やヒスチジンタグ、グルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)タグ、ヘマグルニチン(HA)タグなどが知られている。タグは、NDNFペプチドの生物学的機能又は活性を実質的に損なわない限りにおいて、どのような物であっても任意に用いることができる。さらに、血中半減期の延長を狙ってポリエチレングリコール付加(PEG化)されたポリペプチドや、糖鎖が付加されたポリペプチドも、NDNFペプチドの生物学的機能又は活性を実質的に損なわない限りにおいて、NDNFペプチドの誘導体の一態様として本発明に包含される。
【0028】
本発明において、NDNFペプチド、又はNDNFペプチドの誘導体であってNDNFペプチドと機能的に同等なペプチドは、L-アミノ酸、D-アミノ酸、又はこれらの組み合わせからなるものであってもよい。L-アミノ酸は、天然に存在するアミノ酸であり、D-アミノ酸は、L-アミノ酸残基のキラリティーが反転しているものである。また、筋萎縮抑制活性や萎縮筋回復活性を増加させるために、又は他の物性を最適化するために化学的修飾を受けていてもよい。即ち、本発明の筋萎縮抑制及び/又は回復剤は、NDNFペプチド、又はNDNFペプチドと機能的に同等なタンパク質に加え、NDNFタンパクと機能的に同等なタンパク質の誘導体を含んでいてもよい。
【0029】
本発明のNDNFペプチド又はその誘導体は、製薬上許容される塩と共に用いることができる。本明細書において「製薬上許容される塩」としては、酸又は塩基との生理学的に許容される塩が挙げられる。この様な塩としては、例えば、塩酸、リン酸、臭化水素酸、硫酸等の無機酸との塩;酢酸、ギ酸、プロピオン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、安息香酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸等の有機酸との塩;水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化アンモニウム、水酸化マグネシウム等の無機塩基との塩;カフェイン、ピペリジン、トリメチルアミン、ピリジン等の有機塩基との塩;アルカリ土類金属(例えば、カルシウム、マグネシウム等)、遷移金属(例えば、鉄、銅、亜鉛等)、アルミニウム、スズ等の2価、3価又は4価の金属との塩が挙げられる。前記の「製薬上許容される塩」の形態は、いずれも、周知の手法により当業者が適宜調製可能なものである。
【0030】
本発明のNDNFペプチド若しくはその誘導体、又はそれらの製薬上許容される塩は、いずれも、本発明において、溶媒和物の形態として使用しても良い。本明細書において「溶媒和物」としては、好ましくは水和物が挙げられる。溶媒は本発明のペプチドに対し、任意の数で配位していてもよい。前記の「溶媒和物」の形態は、いずれも、周知の手法により当業者が適宜調製可能なものである。
【0031】
本明細書において、筋萎縮抑制及び/又は回復剤、及びサルコペニアの予防及び/又は治療剤(これらを総称して、以下、「医薬組成物」と言うことがある。)は、少なくとも、本発明のNDNFペプチド若しくはその誘導体、又は、NDNFペプチド若しくはその誘導体をコードするポリヌクレオチドを含有したものであれば良く、任意にNDNFペプチド又はその誘導体の製薬上許容される塩又はそれらの溶媒和物を含有していてもよい。
【0032】
本明細書において、「NDNFペプチド」は天然由来のタンパクとして単離・精製されたものであってもよいし、遺伝子組換え産物として発現させ、単離・精製されたものであっても良いし、人工的に化学合成して得られたタンパクであってもよい。天然物由来のタンパクとしては、天然に存在するオリゴペプチド、ポリペプチド及びタンパク質、又はこれらを断片化した状態のもの等が挙げられる。天然物由来のタンパク質は、天然物から公知の回収法及び精製法により直接得ることができる。遺伝子組換え産物としてのNDNFペプチドは、公知の遺伝子組換え技術により、当該タンパク質をコードする遺伝子を各種発現ベクター等に組込んで宿主細胞に導入し、発現させた後、公知の回収法及び精製法により得てもよい。あるいは、市販のキット、例えば、試薬キットTNTTM System(プロメガ)、PUREfrex(ジーンフロンティア)、無細胞タンパク質合成キット(エヌユープロテイン)等を用いた無細胞タンパク質合成系により当該タンパク質を産生し、公知の回収法及び精製法により得てもよく、限定はされない。遺伝子組み換え技術を用いて製造する場合は、アミノ酸配列に対応するポリヌクレオチド(DNAあるいはRNA)を製造し、当該ポリヌクレオチドを用いた通常の遺伝子工学的手法を用いて単離する。そして、得られる遺伝子をベクターに導入して組換えベクターを作製し、さらに組換えベクターを適当な宿主に導入して形質転換体を得る。組換えベクターを宿主内で機能し得るように発現ベクターとして構築すると、形質転換体を培養することによりNDNFタンパクを単離精製することができる。また、化学合成タンパク質は、公知のタンパク質合成方法を用いて得ることができる。合成方法としては、例えば、アジド法、酸クロライド法、酸無水物法、混合酸無水物法、DCC法、活性エステル法、カルボイミダゾール法及び酸化還元法等が挙げられる。また、その合成は、固相合成法及び液相合成法のいずれをも適用することができる。市販のタンパク質合成装置を使用してもよい。合成反応後は、クロマトグラフィー等の公知の精製法を組み合わせてタンパク質を精製することができる。
【0033】
製造した本発明のペプチドは、ペプチド化学の分野において一般に知られているタンパク質の単離、精製方法によって精製することができる。具体的には、例えば抽出、再結晶、硫酸アンモニウムや硫酸ナトリウムなどによる塩析、遠心分離、透析、限外濾過法、吸着クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、順相クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、ゲル濾過法、ゲル浸透クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、電気泳動法、向流分配などや、これらの組合せなどの処理操作が挙げられる。
【0034】
本発明の筋萎縮抑制及び/又は回復剤、又はサルコペニアの予防及び/又は治療剤は、NDNFペプチドまたはその誘導体ペプチドをコードするポリヌクレオチド、又は該ポリヌクレオチドを発現可能に組み込んだベクターを含む。NDNFペプチドをコードする核酸としては、配列番号2で表されるヒトNDNFペプチドをコードする塩基配列、配列番号4で表されるマウスNDNFペプチドをコードする塩基配列からなる核酸等が挙げられる。また、配列番号2と少なくとも80%、好ましくは85%、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、最も好ましくは99%以上の同一性を有する塩基配列を含むポリヌクレオチドであって、筋萎縮抑制作用及び/又は萎縮筋回復作用、又は、サルコペニアの予防及び/又は治療活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドも本発明において用いることができる。
【0035】
ここで、基準塩基配列に対する、対照塩基配列の配列同一性は、例えば次のようにして求めることができる。まず、基準塩基配列及び対象塩基配列をアラインメントする。ここで、各塩基配列には、配列同一性が最大となるようにギャップを含めてもよい。続いて、基準塩基配列及び対象塩基配列において、一致した塩基の塩基数を算出し、下記式(2)にしたがって、配列同一性を求めることができる。
【0036】
配列同一性(%)=一致した塩基数/対象塩基配列の総塩基数×100 (2)
【0037】
本発明の筋萎縮抑制及び/又は回復剤やサルコペニアの予防及び/又は治療剤は、NDNFペプチド又はその誘導体をコードする核酸のみを含むベクターからなるものであってもよいし、又は、当該核酸を含み、その他に遺伝子発現に寄与する公知の塩基配列(例えば、転写プロモーター、SD配列、Kozak配列、ターミネーター配列等)を発現制御領域として含むベクターであってもよい。ここで、前記の遺伝子発現に寄与する転写プロモーター等の配列は、いずれも、NDNFペプチド又はその誘導体をコードする核酸の配列と機能的に連結させて用いられる。これらの配列は前記核酸の配列と必ずしも直結させる必要はなく、前記核酸の5’又は3’側において、スペーサーとなる配列を介して連結されてもよく、前記核酸の遺伝子発現に寄与する限り「機能的に連結された」状態が達成される。所望の発現レベルを達成する目的において、プロモーターに加えて、エンハンサーなどのその他の発現制御領域をベクター内で適宜組み合わせて用いることができる。また、NDNFペプチド又はその誘導体をコードする領域の5’側に、分泌シグナルペプチドをコードする塩基配列を有していてもよい。
【0038】
上述の発現ベクターにおいて、転写プロモーターは、骨格筋での遺伝子発現を可能とするものが好ましく用いられ、骨格筋でのNDNFペプチド又はその誘導体の過剰発現を可能とするものがより好ましく用いられる。転写プロモーターは、骨格筋を含む諸組織で構成的な遺伝子発現を誘導する構成的なプロモーターであっても、骨格筋で特異的な遺伝子発現を誘導する組織特異的なプロモーターであっても良い。前者の発現用プロモーターとしては特に限定されず、例えば、EF1αプロモーター、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMV(サイトメガロウィルス)プロモーター、HSV-tkプロモーター、RSVプロモーター、CAGプロモーター等のプロモーターを挙げることができる。また、後者の例としてα-アクチンプロモーターが挙げられるが、これに限定されない。
【0039】
本発明の筋萎縮抑制及び/又は回復剤やサルコペニアの予防及び/又は治療剤である、NDNFペプチド又はその誘導体をコードする核酸を含むベクターは、発現ベクターとして調製される。発現ベクターとしては特に制限されず、例えば、大腸菌等の細菌由来のプラスミド;酵母等の真菌由来プラスミド;アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、レンチウイルス、ワクシニアウイルス、バキュロウイルス、センダイウイルス等のウイルスゲノム由来のウイルスベクター;及びこれらを改変したベクター等を用いることができる。中でも、高等脊椎動物の体内に直接投与する観点から、ベクターとしては、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス又はレンチウイルスベクターが好ましく、アデノウイルスベクターが特に好ましい。ここで、アデノウイルスベクターは、安全に使用できるよう、ウイルスの増殖に必須なE1遺伝子を欠損させたものが好ましく用いられる。アデノウイルスベクター等の発現用ベクターは、市販のベクターを利用することができる。
【0040】
NDNFペプチド又はその誘導体をコードするポリヌクレオチドを含むベクターは、本発明の筋萎縮抑制及び/又は回復剤やサルコペニアの予防及び/又は治療剤の有効成分とするNDNFペプチド又はその誘導体を遺伝子組換え体として調製する目的でも使用される。ベクターは発現ベクターであることが好ましい。発現ベクターとしては特に制限されず、例えば、pcDNA3.4、pBR322、pBR325、pUC12、pUC13等の大腸菌由来のプラスミド;pUB110、pTP5、pC194等の枯草菌由来のプラスミド;pSH19、pSH15等の酵母由来プラスミド;λファージ等のバクテリオファージ;アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、レンチウイルス、ワクシニアウイルス、バキュロウイルス、センダイウイルス等のウイルスゲノム由来のウイルスベクター;及びこれらを改変したベクター等を用いることができる。
【0041】
上述の発現ベクターにおいて、NDNFペプチド、又はNDNFペプチドと機能的に同等なタンパク質の発現用プロモーターとしては特に限定されず、例えば、EF1αプロモーター、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMV(サイトメガロウィルス)プロモーター、HSV-tkプロモーター等の動物細胞を宿主とした発現用のプロモーター、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)の35Sプロモーター、REF(rubber elongation factor)プロモーター等の植物細胞を宿主とした発現用のプロモーター、ポリヘドリンプロモーター、p10プロモーター等の昆虫細胞を宿主とした発現用のプロモーター等を使用することができる。これらプロモーターは、NDNFタンパク、又はNDNFタンパクと機能的に同等なタンパク質を発現する宿主に応じて、適宜選択することができる。発現ベクターは、さらに、マルチクローニングサイト、エンハンサー、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、選択マーカー、複製起点等を有していてもよい。
【0042】
本発明のペプチドは、後記する実験例において確認されたように、筋萎縮の抑制作用及び回復作用を有することから、加齢による筋肉の減少を特徴とする疾患に対する予防及び/又は治療剤として使用することができる。このような疾患としては、上述の加齢による筋肉の減少を特徴とするサルコペニアの他、筋ジストロフィー等の筋原性筋萎縮症、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、脊髄性筋萎縮症(SMA)、球脊髄性筋萎縮症等の神経原性筋萎縮症等が挙げられる。
【0043】
本発明の医薬組成物の投与量及び投与回数は、投与形態、患者の年齢、体重、治療すべき症状の性質若しくは重篤度等を勘案して適宜選択される。NDNFタンパク質をコードする核酸を含むベクター、又はNDNFタンパクと機能的に同等なタンパク質をコードする核酸を含むベクターを注射剤により皮下注射する場合、成人一人当たりに対し、1回の投与において1μg以上のベクターDNAの量を投与することが好ましく、10μg~3mgのベクターDNAの量を投与することがより好ましく、25μg~1mgのベクターDNAの量を投与することが特に好ましい。
【0044】
また、NDNFペプチド又はNDNFペプチドと機能的に同等なタンパク質を注射剤により皮下注射する場合、成人一人当たりに対し、1回の投与において1kg体重当たり、100μg以上のペプチドの量を投与することが好ましく、200μg~3mg/kg体重のペプチドの量を投与することがより好ましく、400μg~1mg/kg体重のペプチドの量を投与することが特に好ましい。
【0045】
投与経路は、治療に際し最も効果的なものを使用するのが望ましく、経口製剤、注射剤又は経皮製剤などで投与可能であるが、例えば、動脈内注射、静脈内注射、皮下注射、筋肉内注射、腹腔内注射等の非経口的投与が好ましく、筋肉内注射及び皮下注射がより好ましい。投与回数としては、1週間平均当たり、1回~数回投与することが好ましい。
【0046】
これらの各種製剤は、製剤上通常用いられる賦形剤、増量剤、結合剤、湿潤剤、崩壊剤、潤滑剤、界面活性剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、溶解補助剤、防腐剤、矯味矯臭剤、無痛化剤、安定化剤、等張化剤等などを適宜選択し、常法により製造することができる。
【0047】
上記各種製剤は、医薬的に許容される担体又は添加物を共に含むものであってもよい。このような担体及び添加物の例として、水、医薬的に許容される有機溶剤、コラーゲン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、アルギン酸ナトリウム、水溶性デキストラン、カルボキシメチルスターチナトリウム、ペクチン、キサンタンガム、アラビアゴム、カゼイン、ゼラチン、寒天、グリセリン、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ワセリン、パラフィン、ステアリルアルコール、ステアリン酸、ヒト血清アルブミン、マンニトール、ソルビトール、ラクトースなどが挙げられる。使用される添加物は、本発明の剤型に応じて上記の中から適宜又は組み合わせて選択される。
【0048】
なお注射剤は、非水性の希釈剤(例えば、ポリエチレングリコール、オリーブ油等の植物油、エタノール等のアルコール類など)、懸濁剤、又は乳濁剤として調製することもできる。このような注射剤の無菌化は、フィルターによる濾過滅菌、殺菌剤等の配合により行うことができる。また、注射剤は、用事調製の形態として製造することができる。即ち、凍結乾燥法などによって、無菌の固体組成物とし、使用前に注射用蒸留水又は他の溶媒に溶解して使用することができる。
【実施例0049】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
【0050】
実施例1 筋萎縮抑制作用の検討(遺伝子治療、予防的効果)
8週齢のマウス(C57BL/6:オリエンタルバイオ社)を実験に使用した。体重をもとに3群(Sham N=6, DEX+b―gal N=7, DEX+Ad-NDNF N=7)に群分けした。Osmotic mini pump(Alzet 1002: Durect)を用いて、デキサメタゾン(DEX:Cayman,Cat.11015)0.23μg/dayを14日間持続投与することで、ステロイド誘導性の筋萎縮モデルマウスを作製した。NDNFのDEX誘導性筋萎縮に対する作用解析のため、DEX投与開始3日前にNDNFを発現するアデノウイルスベクター(Ad-NDNF)若しくはコントロールのβ-ガラクトシダーゼを発現するアデノウイルスベクター(b-gal)(いずれも、pAdEasy Adenoviral Vector Systems,Agilentを使用)を1.0×10
9 plaque-forming units (pfu)/mouseずつ左側腓腹筋に5箇所程度に分けて筋肉内注射により投与し、DEX投与後14日目に解剖し、腓腹筋重量及び筋繊維面積を測定した。偽手術(Sham)群は、アデノウイルスベクターを含まない緩衝液を左側腓腹筋に5箇所程度に分けて筋肉内注射し、その後Vehicle(PBS+DMSO)をOsmotic mini pumpで投与したものである(DEX非投与)。
図1は、腓腹筋重量(mg/gBW)(A図)、及び筋繊維面積(μm
2)(B図)を測定したときの結果を平均値±標準誤差で示す。なお、有意差検定は分散分析(ANOVA, Tukey-Kramer)を用いた。偽手術(Sham)群と比較して、コントロール群(DEX+b―gal)では腓腹筋重量(mg/gBW)が有意に(p<0.01)低下して筋委縮を示すのに対し、NDNF投与群(DEX+Ad-NDNF)ではDEX誘導性の腓腹筋重量低下が有意に(p<0.01)抑制され、NDNFによる筋委縮抑制作用(予防的効果)が認められた(A図)。また、腓腹筋の筋重量に代えて筋繊維面積(μm
2)を測定して筋萎縮抑制作用を評価した場合にも、同様のNDNFによる筋委縮抑制作用(予防的効果)が認められた(B図)。
さらに腓腹筋からRNAを採取し、定量的PCR法にて遺伝子発現を解析した。
図2は、NDNF遺伝子発現量(A図)、又は筋萎縮関連遺伝子の発現量(B~D図)の測定した結果を示す。各図において、各群の遺伝子発現量は、mRNA蓄積レベルについて、Sham(偽手術群)の発現レベルを1とした相対値として、標準誤差と共に示される。B図はAtrogin-1遺伝子発現量、C図はMuRF-1遺伝子発現量、D図はMyostatin遺伝子発現量を測定した結果をそれぞれ示す。なお、有意差検定は分散分析(ANOVA, Tukey-Kramer)を用いた。NDNF投与群において、NDNF遺伝子の発現レベルは8倍程度に増加した(A図)。これに対し、筋萎縮の際に上昇するAtrogin-1、MuRF-1、Myostatinの各遺伝子の発現レベルは、DEX投与にて約1.5倍~4倍に増加する(コントロール群(DEX+b―gal)と偽手術群(Sham)との対比;B~D図)ものの、NDNF投与群ではその増加が有意に抑制された(NDNF投与群(DEX+Ad-NDNF)とコントロール群(DEX+b―galの対比;B~D図)。
なお、筋萎縮関連遺伝子の定量的PCR法による遺伝子発現解析に用いた特異的プライマーの配列情報は、以下に示すとおりである。
Atrogin-1:
Fw:5’-GAGGCAGATTCGCAAGCGTTTGAT-3’;(配列番号6)
Rv:5’-TCCAGGAGAGAATGTGGCAGTGTT-3’;(配列番号7)
MuRF-1:
Fw:5’-AGTGTCCATGTCTGGAGGTCGTTT-3’;(配列番号8)
Rv:5’-ACTGGAGCACTCCTGCTTGTAGAT-3’;(配列番号9)
Myostatin:
Fw:5’-AAGTCTCTCCGGGACCTCTT-3’;(配列番号10)
Rv:5’-TGTAACCTTCCCAGGACCAG-3’;(配列番号11)
【0051】
実施例2 萎縮筋回復作用(遺伝子治療、治療的効果)
実施例1と同様の手法によりステロイド(DEX)誘導性の筋萎縮モデルマウスを作製した。体重をもとに3群(N=6)に群分けした。DEX投与開始翌日にAd-NDNF若しくはコントロールのb―galのアデノウイルスベクターを実施例1と同様の手法で腓腹筋に筋肉注射し、DEX投与14日後において、NDNFのDEX誘導性筋萎縮に対する治療効果を解析した。偽手術(Sham)群は、アデノウイルスベクターを含まない緩衝液を、左側腓腹筋に5箇所程度に分けて筋肉注射し、その後Vehicle(PBS+DMSO)をosmotic minipumpで投与したものである。腓腹筋重量(mg/gBW)を測定した結果を、平均値±標準誤差として
図3に示す。なお、有意差検定は分散分析(ANOVA, Tukey-Kramer)を用いた。コントロール群(DEX+b―gal)では偽手術群(Sham)に対して腓腹筋重量が有意に低下し、筋委縮作用が認められるのに対して、NDNF投与群(DEX+Ad-NDNF)はコントロール群に対して腓腹筋重量が有意に高く、NDNFをDEX開始後に上昇させた場合でも、ステロイド誘導性の筋萎縮に対する抑制効果(筋萎縮回復作用、治療的効果)が示された。
【0052】
実施例3 筋萎縮抑制作用(リコンビナントタンパク)
NDNFタンパクの筋萎縮抑制作用を検討するため、ゼラチン粒子を架橋したMedgel(Wako;PI5-95MS)によりNDNF蛋白を徐放化し投与する検討を行った。なお、本試験に用いるマウスNDNFタンパクは非特許文献5に記載の方法に従って調製した。8週齢のマウス(C57BL/6;オリエンタルバイオ社)を実験に使用した。体重をもとに2群(N=5)に群分けした。NDNF投与群(NDNF)では、DEX投与開始と同時に、左側腓腹筋に5箇所程度に分けて、Medgelに浸透したNDNFタンパク(4.86μg/mouse)を皮下投与し、DEX投与14日後の腓腹筋重量を評価した。DEX投与14日後の腓腹筋重量(mg/gBW)を測定した結果を平均値±標準誤差で
図4に示す。図において、Vehは対照群(Medgelのみ投与)、NDNFはMedgelに浸透したNDNFタンパクを投与した群の結果を、それぞれ示す。A図は皮下投与を行った左側腓腹筋の腓腹筋重量の測定結果を、B図は皮下投与を行っていない(投与側と反対側の)右側腓腹筋の腓腹筋重量の測定結果を、それぞれ示す。なお、有意差検定はt検定を用いた。NDNF投与により左側腓腹筋重量が有意に増加した。また投与側のみならず、対側の右側腓腹筋の重量も有意に増加し、NDNFタンパクは局所のみならず、全身性に作用する可能性が示唆された。さらにDEX投与14日後の左側腓腹筋からRNAを採取し、定量的PCR法にてAtrogin-1遺伝子の遺伝子発現を解析した。手法は実施例1と同様である。Atrogin-1遺伝子の相対発現量(Vehの場合を1とする)を
図5に示す。なお、有意差検定はt検定を用いた。Atrogin-1遺伝子発現はMedgelによるNDNFタンパクの投与により有意に低下した。
これにより、NDNF投与による筋委縮抑制作用は、NDNF遺伝子導入のみならず、組換え体NDNFタンパク質の投与によっても達成できることが確認された。
本発明の治療剤は、優れた筋萎縮抑制作用と萎縮筋回復作用を有しており、筋萎縮抑制及び/又は回復、サルコペニアの予防及び/又は治療に有用であることから、産業上利用可能性を有している。