(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023175832
(43)【公開日】2023-12-12
(54)【発明の名称】融合タンパク質、核酸、細胞及び動物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/62 20060101AFI20231205BHJP
C07K 19/00 20060101ALI20231205BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20231205BHJP
A01K 67/027 20060101ALI20231205BHJP
C12N 15/09 20060101ALI20231205BHJP
C07K 14/47 20060101ALI20231205BHJP
C12N 5/073 20100101ALI20231205BHJP
C12N 9/14 20060101ALI20231205BHJP
C12N 15/12 20060101ALI20231205BHJP
C12N 15/55 20060101ALI20231205BHJP
【FI】
C12N15/62 Z
C07K19/00 ZNA
C12N5/10
A01K67/027
C12N15/09 110
C07K14/47
C12N5/073
C12N9/14
C12N15/12
C12N15/55
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023150328
(22)【出願日】2023-09-15
(62)【分割の表示】P 2020521276の分割
【原出願日】2019-05-22
(31)【優先権主張番号】P 2018101060
(32)【優先日】2018-05-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「再生医療・遺伝子治療の産業化に向けた基盤技術開発事業」「新規高該局在性Cas9による高効率in vivoゲノム編集法の開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】水野 聖哉
(72)【発明者】
【氏名】杉山 文博
(72)【発明者】
【氏名】高橋 智
(72)【発明者】
【氏名】水野 沙織
(57)【要約】 (修正有)
【課題】特定の遺伝子だけを無効化したノックアウト効率やマウスや特定の遺伝子座に外来性の遺伝子を導入したノックイン効率を向上させる修飾型Cas9を提供する。
【解決手段】Cas9タンパク質と、前記Cas9タンパク質を修飾する修飾ペプチドとを含む融合タンパク質であって、前記修飾ペプチドは、特定のアミノ酸配列からなるペプチド、又は前記特定のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ前記Cas9タンパク質との融合タンパク質を形成することにより前記Cas9タンパク質を核に局在させる活性を有するペプチド、を含む、融合タンパク質。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cas9タンパク質と、前記Cas9タンパク質を修飾する修飾ペプチドとを含む融合タンパク質であって、
前記修飾ペプチドは、配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチド、又は配列番号1に記載のアミノ酸配列において1~10個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ前記Cas9タンパク質のC末端に配置した融合タンパク質を受精卵に導入した場合に、前記Cas9タンパク質をいずれの細胞周期においても核に局在させる活性を有するペプチド、を含み、
前記修飾ペプチドが、前記Cas9タンパク質のC末端に配置されている、融合タンパク質。
【請求項2】
前記修飾ペプチドは、配列番号1に記載のアミノ酸配列において1~3個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ前記Cas9タンパク質のC末端に配置した融合タンパク質を受精卵に導入した場合に、前記Cas9タンパク質をいずれの細胞周期においても核に局在させる活性を有するペプチド、を含む、請求項1に記載の融合タンパク質。
【請求項3】
前記修飾ペプチドは、配列番号1の第1~52番目のアミノ酸配列からなるペプチド、又は配列番号1の第1~52番目のアミノ酸配列において1~5個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ前記Cas9タンパク質のC末端に配置した融合タンパク質を受精卵に導入した場合に、前記Cas9タンパク質をいずれの細胞周期においても核に局在させる活性を有するペプチド、を含む、請求項1に記載の融合タンパク質。
【請求項4】
前記修飾ペプチドは、配列番号1の第1~52番目のアミノ酸配列において1~3個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ前記Cas9タンパク質のC末端に配置した融合タンパク質を受精卵に導入した場合に、前記Cas9タンパク質をいずれの細胞周期においても核に局在させる活性を有するペプチド、を含む、請求項3に記載の融合タンパク質。
【請求項5】
前記修飾ペプチドが、配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるペプチド、又は配列番号2に記載のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ前記Cas9タンパク質との融合タンパク質を形成することにより前記Cas9タンパク質をG1期に分解させる活性を有するペプチド、を更に含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の融合タンパク質。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の融合タンパク質をコードする核酸。
【請求項7】
請求項1~5のいずれか一項に記載の融合タンパク質を細胞(但し、ヒト受精卵を除く。)中のゲノムDNAに接触させることを含む、ゲノムDNAが編集された細胞の製造方法。
【請求項8】
前記細胞が受精卵である、請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
請求項1~5のいずれか一項に記載の融合タンパク質を受精卵(但し、ヒト受精卵を除く。)中のゲノムDNAに接触させ、ゲノムDNAが編集された受精卵を得ることと、
前記ゲノムDNAが編集された受精卵を個体に成長させ、ゲノムDNAが編集された動物を得ることと、
を含む、ゲノムDNAが編集された動物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、融合タンパク質、核酸、細胞及び動物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特定の遺伝子だけを無効化したノックアウト(以下、「KO」という場合がある。)マウスや特定の遺伝子座に外来性の遺伝子を導入したノックイン(以下、「KI」という場合がある。)マウスは、遺伝子の機能を生体内で直接的に評価することができるため、多くの医学・生命科学研究で使用されている。
【0003】
従来、KOマウスやKIマウスは、胚性幹(Embryonic Stem、以下、「ES」という場合がある。)細胞を用いた遺伝子ターゲティング法により作製されてきた。しかしながら、その作製には多額の費用と年単位の時間がかかる点が問題であった。この問題を解決したのが、ゲノム編集技術である。
【0004】
ゲノム編集では、特定のDNA配列だけを認識し、その部位だけを切断する人工制限酵素を細胞に導入することで、標的遺伝子をKOすることができる。また、導入したい外来性遺伝子を切断部位の近傍配列で挟み込んだドナーDNAを、人工制限酵素と同時に細胞に導入することで、その標的遺伝子座に外来性遺伝子をKIすることも可能である。
【0005】
ゲノム編集に利用できる人工制限酵素として、現時点で最も有力なものがClustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats-CRISPR Associated Protein 9(以下「CRISPR-Cas9」という場合がある。)システムである。
【0006】
CRISPR-Cas9の中でも、化膿連鎖球菌(Streptococcus pyogenes、以下、「Sp」という場合がある。)に由来するCRISPR-Cas9(以下、「SpCas9」という場合がある。)が単純かつ効率的にDNAを切断する能力を持つために、多くの研究で利用されている。
【0007】
Sp-CRISPR-Cas9システムは、主に、標的配列を認識する機能を持つsingle guide RNA(以下、「sgRNA」という場合がある。)と、その標的配列を切断する機能を主に持つCas9タンパク質からなるRNA-タンパク複合体である。これらのsgRNAとCas9タンパク質を同時にマウス受精卵に導入することにより、KOマウスを得ることができる。
【0008】
また、異なる2つのsgRNAを用いて、標的遺伝子領域の上流及び下流を同時に切断することで、当該領域を染色体から切除すること(切除型KO)ができる。この過程では、エラーを起こしやすい非相同末端結合(non-homologous end-joining、以下、「NHEJ」という場合がある。)が利用される。この方法により、従来の遺伝子ターゲティング法で困難であった、数百万塩基対を切除することも可能となった。
【0009】
また、sgRNAとCas9タンパク質とドナーDNAを同時に受精卵に導入することで、切断部位がドナーDNAを鋳型とした相同組換え修復(Homology-directed Repair、以下「HDR」という場合がある。)により修復され、KIマウスを得ることができる。
【0010】
従来の研究から、HDR活性はG1期では認められず、S期で急激に上昇し、G2/M期で減少することが明らかにされている。また、NHEJ活性は、細胞周期全体で認められることが明らかにされている。そこで、Cas9タンパク質の存在を細胞周期特異的に制御し、NHEJにより目的外の挿入又は欠失変異(Indel)が導入されるのを抑制する検討がなされている。
【0011】
例えば、ヒトGemininタンパク質はG1期に分解されることが知られている。また、ヒトCdt1タンパク質はS/G2期に分解されることが知られている。そして、非特許文献1には、Cas9にヒトGemininタンパク質の一部を連結した融合タンパク質(以下、「SpCas9-hGem」という場合がある。)、及び、Cas9にヒトCdt1タンパク質の一部を連結した融合タンパク質(以下、「SpCas9-hCdt1」という場合がある。)を作製したことが記載されている。
【0012】
非特許文献1にはまた、SpCas9-hGemはG1期に分解され、SpCas9-hCdt1はS/G2期に分解されたことが記載されている(非特許文献1、Fig.1C等)。
【0013】
非特許文献1にはまた、DNMT3B遺伝子座における、通常のSpCas9によるKI効率は17.1%であり、SpCas9-hGemによるKI効率は16.5%であり、SpCas9-hCdt1によるKI効率は9.9%であったことが記載されている(非特許文献1、Fig.2C等)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】Howden S. E., et, al., A Cas9 Variant for Efficient Generation of Indel-Free Knockin or Gene-Corrected Human Pluripotent Stem Cells, Stem Cell Reports, Vol. 7, 508-517, 2016.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
受精卵のゲノム編集によるKOマウス、KIマウスの作製は、ES細胞を利用する方法と比較して、費用と時間が大幅に削減されることから、多くの研究施設で利用されている。しかしながら、切除型KOマウスの作出効率や、HDRに依存したKIマウスの作出効率は高くない。そこで、本発明は、KO効率やKI効率を向上させる修飾型Cas9を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は以下の態様を含む。
[1]Cas9タンパク質と、前記Cas9タンパク質を修飾する修飾ペプチドとを含む融合タンパク質であって、前記修飾ペプチドは、配列番号29に記載のアミノ酸配列からなるペプチド、又は配列番号29に記載のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ前記Cas9タンパク質との融合タンパク質を形成することにより前記Cas9タンパク質を核に局在させる活性を有するペプチド、を含む、融合タンパク質。
[2]前記修飾ペプチドは、配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチド、又は配列番号1に記載のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ前記Cas9タンパク質との融合タンパク質を形成することにより前記Cas9タンパク質を核に局在させる活性を有するペプチド、を含む、[1]に記載の融合タンパク質。
[3]前記修飾ペプチドが、配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるペプチド、又は配列番号2に記載のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ前記Cas9タンパク質との融合タンパク質を形成することにより前記Cas9タンパク質をG1期に分解させる活性を有するペプチド、を更に含む、[1]又は[2]に記載の融合タンパク質。
[4]前記修飾ペプチドが、前記Cas9タンパク質のN末端、C末端又はN末端若しくはC末端以外の部位に配置されている、[1]~[3]のいずれかに記載の融合タンパク質。
[5][1]~[4]のいずれかに記載の融合タンパク質をコードする核酸。
[6][1]~[4]のいずれかに記載の融合タンパク質を細胞中のゲノムDNAに接触させることを含む、ゲノムDNAが編集された細胞の製造方法。
[7]前記細胞が受精卵である、[6]に記載の製造方法。
[8][1]~[4]のいずれかに記載の融合タンパク質を受精卵中のゲノムDNAに接触させ、ゲノムDNAが編集された受精卵を得ることと、前記ゲノムDNAが編集された受精卵を個体に成長させ、ゲノムDNAが編集された動物を得ることと、を含む、ゲノムDNAが編集された動物の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、KO効率やKI効率を向上させる修飾型Cas9を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】(a)は、ヒトGemininタンパク質の第1~110番目のアミノ酸配列とマウスGemininタンパク質の第1~107番目のアミノ酸配列とを並べた図である。(b)は、ヒトCdt1タンパク質の第30~120番目のアミノ酸配列とマウスCdt1タンパク質の第29~132番目のアミノ酸配列とを並べた図である。(c)の上段は、pX330ベクターの構造を示す模式図であり、中段はpX330-mGベクターの構造を示す模式図であり、下段はpX330-mCベクターの構造を示す模式図である。
【
図2】(a)~(d)は、実験例2における免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【
図3】(a)は、実験例3におけるTyr遺伝子の切除方法を説明する模式図である。(b)及び(c)は、実験例3で得られた代表的なマウスを示す写真である。
【
図4】実験例4におけるDmd遺伝子の切除方法を説明する模式図である。
【
図5】(a)は、野生型のROSA26遺伝子座の構造を示す模式図である。(b)は、実験例5で用いたpRosa-CAG-fEGFP-Cables1ドナーDNAプラスミドの構造を示す模式図である。(c)は、実験例5において、目的のノックインが生じた場合のROSA26遺伝子座の構造を示す模式図である。
【
図6】(a)は、野生型のPrdm14遺伝子座の構造を示す模式図である。(b)は、実験例6で用いたpflox-Prdm14ドナーDNAプラスミドの構造を示す模式図である。(c)は、実験例6において、目的のノックインが生じた場合のPrdm14遺伝子座の構造を示す模式図である。
【
図7】(a)~(c)は、実験例7における免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【
図8】(a)はpX330-mCベクターの構造を示す模式図である。(b)はpX330-pFmCベクターの構造を示す模式図である。(c)はpX330-pCmCベクターの構造を示す模式図である。(d)はpX330-pMmCベクターの構造を示す模式図である。(e)はpX330-pNmCベクターの構造を示す模式図である。(f)はpX330-pNNmCベクターの構造を示す模式図である。(g)はpX330-pNCmCベクターの構造を示す模式図である。
【
図9】実験例9における免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【
図10】(a)は、実験例10において、抗FLAG抗体で各Cas9融合タンパク質を検出した結果を示す写真である。(b)は、実験例10において、抗Cas9抗体で各Cas9融合タンパク質を検出した結果を示す写真である。(c)は、実験例10において、核タンパク質であるPARP1を抗PARP1抗体で検出した結果を示す写真である。(d)は、実験例10において、細胞質タンパク質であるGAPDHを抗GAPDH抗体で検出した結果を示す写真である。
【
図11】実験例9及び10の結果に基づいて、各Cas9融合タンパク質の構造と核移行性をまとめた図である。
【
図12】実験例11における免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
[融合タンパク質]
1実施形態において、本発明は、Cas9タンパク質と、前記Cas9タンパク質を修飾する修飾ペプチドとを含む融合タンパク質であって、前記修飾ペプチドは、配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチド、又は配列番号1に記載のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ前記Cas9タンパク質との融合タンパク質を形成することにより前記Cas9タンパク質を核に局在させる活性を有するペプチド、を含む、融合タンパク質を提供する。
【0020】
Cas9タンパク質としては、例えば、化膿連鎖球菌、黄色ブドウ球菌、ストレプトコッカス・サーモフィルス、ゲオバチルス・ステアロサーモフィルス等に由来するものが挙げられる。中でも、化膿連鎖球菌に由来するCas9(SpCas9)を好適に利用することができる。
【0021】
Cas9タンパク質を修飾する修飾ペプチドとしては、配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチドが挙げられる。配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチドは、マウスCdt1タンパク質の第29~132番目のアミノ酸配列からなるペプチドである。
【0022】
Cdt1は、細胞周期において、染色体の複製が正確に1回だけ行われることを保証するライセンス化制御因子の1つである。Cdt1の発現はG1期に高く、S期ではユビキチン依存的分解により低くなることが知られている。
【0023】
非特許文献1に記載されているように、Cas9とヒトCdt1タンパク質の一部を連結した融合タンパク質(SpCas9-Cdt1)の存在量は細胞周期依存性を示し、S/G2期に分解されることが知られている。
【0024】
しかしながら、実施例において後述するように、Cas9とマウスCdt1タンパク質の一部を融合した本実施形態の融合タンパク質(以下、「Cas9-mC」という場合がある。)は、予想に反して細胞周期依存性が確認されず、いずれの細胞周期においても核に局在することが明らかとなった。核への局在性は、マウス細胞のみならず、ヒト細胞においても確認された。
【0025】
更に、実施例において後述するように、Cas9-mCを用いたゲノム編集により、数十キロ塩基対から数メガ塩基対の大規模ゲノム欠損マウスを高効率で作製することができること、作製が困難なノックインマウスやfloxマウスを高効率で作製することができることが明らかとなった。
【0026】
修飾ペプチドは、配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチドに限定されず、Cas9タンパク質との融合タンパク質を形成することによりCas9タンパク質を核に局在させる活性を有する限り、変異を有していてもよい。
【0027】
具体的には、配列番号1に記載のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなるペプチドであってもよい。ここで、1若しくは数個とは、例えば1~20個であってもよく、1~15個であってもよく、1~10個であってもよく、1~5個であってもよく、1~3個であってもよい。
【0028】
実施例において後述するように、発明者らはCas9タンパク質を修飾する修飾ペプチドとして、配列番号29に記載のアミノ酸配列からなるペプチドも、Cas9タンパク質を核に局在させる活性を維持していることを明らかにした。配列番号29に記載のアミノ酸配列からなるペプチドは、マウスCdt1タンパク質の第29~80番目のアミノ酸配列からなるペプチドである。
【0029】
配列番号29に記載のアミノ酸配列からなるペプチドは、配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチドよりも短い。このため、融合タンパク質の分子量を小さくすることができる。また、融合タンパク質の発現ベクターのサイズを小さくすることもできる。このため、より使いやすい融合タンパク質又は当該融合タンパク質をコードする核酸を提供することができる。
【0030】
修飾ペプチドは、配列番号29に記載のアミノ酸配列からなるペプチドに限定されず、Cas9タンパク質との融合タンパク質を形成することによりCas9タンパク質を核に局在させる活性を有する限り、変異を有していてもよい。
【0031】
具体的には、配列番号29に記載のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなるペプチドであってもよい。ここで、1若しくは数個とは、例えば1~20個であってもよく、1~15個であってもよく、1~10個であってもよく、1~5個であってもよく、1~3個であってもよい。
【0032】
以下、配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチド、配列番号1に記載のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなるペプチド、配列番号29に記載のアミノ酸配列からなるペプチド、配列番号29に記載のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなるペプチドのことを「マウスCdt1由来ペプチド」という場合がある。
【0033】
本実施形態の融合タンパク質において、修飾ペプチドは、配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるペプチドを更に含んでいてもよい。配列番号2に記載のアミノ酸配列はマウスGemininタンパク質の第1~107番目のアミノ酸配列からなるペプチドである。
【0034】
Gemininは、S期に一度複製が開始されたゲノムの複製開始地点へのライセンス化因子の結合を阻害するライセンス化阻害因子である。Gemininの発現は、S/G2/M期では高いが、G1期に入るとユビキチン依存的分解により低くなることが知られている。
【0035】
実施例において後述するように、Cas9とマウスGemininタンパク質の一部を融合した融合タンパク質(以下、「Cas9-mG」という場合がある。)は、細胞周期依存性を示し、S期からG2期初期には細胞質中に存在し、G1期後期からS期初期では分解される。
【0036】
したがって、修飾ペプチドが、配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるペプチドを更に含んでいると、ユビキチン依存的分解により、G1期に分解させることができる。この結果、G1期におけるNHEJ活性を抑制し、ゲノム編集によるノックイン時に、意図しないIndel変異が導入されることを抑制することができる。
【0037】
修飾ペプチドに更に含ませるペプチドは、配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるペプチドに限定されず、Cas9タンパク質との融合タンパク質を形成することによりCas9タンパク質をG1期に分解させる活性を有する限り、変異を有していてもよい。
【0038】
具体的には、配列番号2に記載のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなるペプチドであってもよい。ここで、1若しくは数個とは、例えば1~20個であってもよく、1~15個であってもよく、1~10個であってもよく、1~5個であってもよく、1~3個であってもよい。
【0039】
以下、配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるペプチド、配列番号2に記載のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなるペプチドのことを「Geminin由来ペプチド」という場合がある。Geminin由来ペプチドは、ヒトGemininタンパク質の一部のアミノ酸配列を有するものであってもよい。
【0040】
本実施形態の融合タンパク質において、修飾ペプチドの位置は特に限定されない。例えば、修飾ペプチドの位置は、Cas9タンパク質のN末端であってもよいし、C末端であってもよいし、N末端又はC末端以外の部位であってもよい。
【0041】
また、本実施形態の融合タンパク質において、マウスCdt1由来ペプチド及びGeminin由来ペプチドは、互いに隣接していてもよいし、離れていてもよい。また、マウスCdt1由来ペプチド及びGeminin由来ペプチドは、いずれがN末端側に配置されていてもよい。すなわち、マウスCdt1由来ペプチドのC末端側にGeminin由来ペプチドが配置されていてもよいし、Geminin由来ペプチドのC末端側にマウスCdt1由来ペプチドが配置されていてもよい。
【0042】
また、マウスCdt1由来ペプチド及びGeminin由来ペプチドが離れて配置されている場合、マウスCdt1由来ペプチド及びGeminin由来ペプチドの位置は、それぞれ独立に、Cas9タンパク質のN末端であってもよいし、C末端であってもよいし、N末端又はC末端以外の部位であってもよい。
【0043】
例えば、Geminin由来ペプチドがCas9タンパク質のN末端に配置されており、マウスCdt1由来ペプチドがCas9タンパク質のC末端に配置されていてもよい。あるいは、マウスCdt1由来ペプチドがCas9タンパク質のN末端に配置されており、Geminin由来ペプチドがCas9タンパク質のC末端に配置されていてもよい。
【0044】
あるいは、マウスCdt1由来ペプチド及びGeminin由来ペプチドの一方がCas9タンパク質のN末端又はC末端に配置されており、他方が中央部分に配置されていてもよい。
【0045】
本明細書において、N末端とはN末端の近傍を含む場合がある。また、C末端とはC末端の近傍を含む場合がある。つまり、Cas9タンパク質のN末端側から第1番目のアミノ酸に修飾ペプチドが隣接していない場合であっても、Cas9タンパク質のN末端の近傍に修飾ペプチドが位置している場合、修飾ペプチドの位置は、Cas9タンパク質のN末端であるという場合がある。
【0046】
同様に、Cas9タンパク質のC末端側から第1番目のアミノ酸に修飾ペプチドが隣接していない場合であっても、Cas9タンパク質のC末端の近傍に修飾ペプチドが位置している場合、修飾ペプチドの位置は、Cas9タンパク質のC末端であるという場合がある。
【0047】
ここで、近傍とは、例えば1~100個のアミノ酸の距離であってもよく、1~50個のアミノ酸の距離であってもよく、1~30個のアミノ酸の距離であってもよく、1~20個のアミノ酸の距離であってもよい。
【0048】
修飾ペプチドの位置は、Cas9タンパク質のN末端又はC末端以外の部位であってもよく、例えば、Cas9タンパク質の中央部分であってもよい。
【0049】
本実施形態の融合タンパク質は、本発明の効果が得られる限り、Cas9タンパク質と修飾ペプチドの他に付加的なペプチドを有していてもよい。付加的なペプチドとしては、例えば、FLAGタグ、His×6タグ、MYCタグ、HAタグ、V5タグ等のタグペプチド;緑色蛍光タンパク質(GFP)、GFP誘導体等の蛍光タンパク質;ベクターのマルチクローニングサイトに由来するペプチド、プライマーの一部に由来するペプチド等の遺伝子組換えの過程で導入されたペプチド;ベクターに本来組み込まれていた核移行シグナル(NLS)等が挙げられる。
【0050】
なお、本明細書において、「タンパク質」、「ペプチド」の用語は厳密な区別なく用いられ、アミノ酸の数の多少によりペプチドという場合やタンパク質という場合がある。
【0051】
[核酸]
1実施形態において、本発明は、上述した融合タンパク質をコードする核酸を提供する。本実施形態の核酸を細胞内に導入することにより、上述した融合タンパク質を発現させることができる。また、本実施形態の核酸を試験管内転写反応系で転写することにより、上述した融合タンパク質をコードするmRNAを得ることができる。
【0052】
本実施形態の核酸は発現ベクターであってもよい。発現ベクターとしては、特に限定されず、例えば、トランスポゾンベクター、ウイルスベクター、エピソーマルベクター、プラスミドベクター等が挙げられる。
【0053】
[ゲノムDNAが編集された細胞の製造方法]
1実施形態において、本発明は、上述した融合タンパク質を細胞中のゲノムDNAに接触させることを含む、ゲノムDNAが編集された細胞の製造方法を提供する。
【0054】
上述した融合タンパク質は、標的配列に対応したgRNAと共にゲノムDNAに接触させる。より具体的には、上述した融合タンパク質をgRNAと共に細胞に導入することにより、細胞中のゲノムDNAに接触させることができる。この結果、標的配列部分にDNA二本鎖切断(DSB)を形成させることができる。
【0055】
細胞としては、ES細胞、iPS細胞、受精卵、培養細胞等が挙げられる。培養細胞としては、例えば、動物細胞、昆虫細胞、植物細胞、酵母細胞等が挙げられる。
【0056】
細胞が受精卵である場合、ゲノムDNAが編集された受精卵が得られる。この受精卵を個体に成長させることにより、ゲノムDNAが編集された動物を得ることができる。動物としては特に限定されず、マウス、ラット、ヒツジ、ブタ、サル、ヒト等の哺乳動物、ニワトリ等の鳥類、アフリカツメガエル等の両生類、ヤモリ等の爬虫類、ゼブラフィッシュ、メダカ等の魚類、カイコ等の昆虫等が挙げられる。
【0057】
融合タンパク質及びgRNAの細胞への導入は、リポフェクション、マイクロインジェクション、エレクトロポレーション等により行うことができる。
【0058】
gRNAは、CRISPR RNA(crRNA)とトランス活性化型CRISPR RNA(tracrRNA)との複合体であってもよいし、tracrRNAとcrRNAを組み合わせた単一のgRNA(sgRNA)であってもよい。
【0059】
gRNAは、RNAの形態で細胞に導入してもよいし、発現ベクターの形態で細胞に導入してもよい。gRNAをRNAの形態で調製する方法としては、gRNAをコードする核酸断片の上流にT7等のプロモーターを付加したコンストラクトを作製して試験管内転写反応で合成する方法、化学合成する方法等が挙げられる。gRNAを化学合成する場合、化学修飾されたRNAを用いてもよい。
【0060】
gRNAを発現ベクターの形態で調製する場合、発現ベクターとしては、H1プロモーター又はU6プロモーター等のPol IIIプロモーターからgRNAを転写するプラスミドベクターやウイルスベクターを用いることができる。発現ベクターを用いてgRNAを発現させる場合には、gRNAを恒常的に発現させてもよいし、発現誘導型プロモーターの制御下で発現させてもよい。
【0061】
融合タンパク質は、Pol IIプロモーターから発現する発現ベクターの形態でドナー細胞に導入してもよいし、精製タンパク質の形態でドナー細胞に導入してもよい。融合タンパク質の発現ベクターとしては、トランスポゾンベクター、ウイルスベクター、エピソーマルベクター、プラスミドベクター等が挙げられる。
【0062】
形成されたDSBがNHEJにより修復される過程で、Indel変異を導入することができる。あるいは、異なる2つのsgRNAを用いて、標的遺伝子領域の上流及び下流を同時に切断することで、当該領域を染色体から切除することができる。
【0063】
また、融合タンパク質及びgRNAと共に、ドナーDNAを細胞に導入してもよい。ドナーDNAは、5’相同アーム領域、目的塩基配列領域、及び3’相同アーム領域を有することが好ましい。この場合、DSBがドナーDNAを鋳型とした相同組換え修復(HDR)により修復され、ドナーDNA中の目的塩基配列領域をノックインさせることができる。あるいは、PITCh法やHITI法等のHDRに依存しない方法によってドナーDNAをノックインさせることもできる。
【0064】
[ゲノムDNAが編集された動物の製造方法]
1実施形態において、本発明は、上述した融合タンパク質を受精卵中のゲノムDNAに接触させ、ゲノムDNAが編集された受精卵を得ることと、前記ゲノムDNAが編集された受精卵を個体に成長させ、ゲノムDNAが編集された動物を得ることと、を含む、ゲノムDNAが編集された動物の製造方法を提供する。
【0065】
ゲノムDNAが編集された受精卵を得る工程は、上述したゲノムDNAが編集された細胞の製造方法において、細胞として受精卵を用いる場合と同様である。この受精卵を個体に成長させることにより、ゲノムDNAが編集された動物を得ることができる。動物としては上述したものが挙げられる。
【0066】
ゲノムDNAが編集された受精卵を個体に成長させる方法は、動物種によって適宜選択することができる。例えば、哺乳動物である場合には、ゲノムDNAが編集された受精卵を仮親の卵管や子宮に移植して発生させることにより、個体に成長させることができる。また、鳥類、両生類、爬虫類、魚類、昆虫等である場合には、ゲノムDNAが編集された受精卵を適切な環境下で培養して発生させることにより、個体に成長させることができる。
【実施例0067】
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0068】
[材料及び方法]
(マウス)
C57BL/Jマウスは日本チャールスリバー社より購入した。マウス作製に使用した偽妊娠マウスとしてはICRマウス(日本チャールスリバー社)を用いた。マウスは、室温23.5℃±2.5℃、湿度52.5°±12.5%、明期14時間:暗期10時間の明暗周期の環境下で飼育した。
【0069】
(マウスの作製)
12~20週齢の雌のC57BL/6Jマウスに5unitの妊馬血清性性腺刺激ホルモンを皮下投与し、その48時間後に5unitのヒト絨毛性ゴナドトロピンを腹腔内投与し、雄のオスC57BL/6Jマウスと交配させた。膣栓の存在により交配を確認し、卵管より受精卵(前核期)を採取した。なお、凍結受精卵や体外受精卵は使用しなかった。pX330ベクター、pX330-mGベクター、pX330-mCベクターは滅菌蒸留水で5ng/μLに希釈し、ポアサイズ0.22μmのPVDF膜で濾過して使用した。各種ドナーベクターは滅菌蒸留水で10ng/μLに希釈し、ポアサイズ0.22μmのPVDF膜で濾過して使用した。各ベクターは前核期胚の雄性前核に顕微注入(マイクロインジェクション)した。顕微注入の15分から2時間後に生存していた受精卵を偽妊娠マウスの卵管に移植し、個体へと発生させた。
【0070】
(遺伝型の解析)
0.5mm以下のマウスの尾の先端からゲノム抽出機器のPI-200を用いてゲノムDNAを抽出・精製し、遺伝型の解析に用いた。KIアレル及びfloxアレルの確認は、PrimeSTAR GXL DNA Polymerase(TAKARA社)を用いたPCRにより行なった。KOアレルの確認は、AmpliTaq Gold 360 Master Mix(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いたPCRにより行なった。
【0071】
[実験例1]
(Cas9融合タンパク質発現ベクターの作製1)
pX330(Plasmid #42230、Addgene社)は、sgRNAとCas9の双方を発現させることができるベクターである。
図1(c)の上段にpX330ベクターの構造を示す。pX330ベクターでは、U6プロモーターによりsgRNAが発現する。また、CBhプロモーターによりSpCas9タンパク質が発現する。SpCas9タンパク質のN末端及びC末端にはSV40ウイルス由来の核移行シグナル(NLS)が連結されている。また、N末端側のNLSの更にN末端側に3×FLAGタグペプチドが連結されている。
【0072】
pX330ベクターに基づいて、Cas9融合タンパク質の発現ベクターを作製した。より具体的には、SpCas9タンパク質のC末端に、ヒトではなくマウス由来のGemininタンパク質の第1~107番目からなるペプチドを連結した融合タンパク質(以下、「Cas9-mG」という場合がある。)を発現するベクター(配列番号5、以下、「pX330-mG」という場合がある。)を作製した。
【0073】
図1(a)に、ヒトGemininタンパク質の第1~110番目のアミノ酸配列(配列番号4)とマウスGemininタンパク質の第1~107番目のアミノ酸配列(配列番号2)とを並べた図を示す。また、
図1(c)の中段にpX330-mGベクターの構造を示す。
【0074】
また、SpCas9タンパク質のC末端に、ヒトではなくマウス由来のCdt1タンパク質の第29~132番目からなるペプチドを連結した融合タンパク質(以下、「Cas9-mC」という場合がある。)を発現するベクター(配列番号6、以下、「pX330-mC」という場合がある。)を作製した。
【0075】
図1(b)に、ヒトCdt1タンパク質の第30~120番目のアミノ酸配列(配列番号3)とマウスCdt1タンパク質の第29~132番目のアミノ酸配列(配列番号1)とを並べた図を示す。また、
図1(c)の下段にpX330-mCベクターの構造を示す。
【0076】
[実験例2]
(Cas9、Cas9-mG、Cas9-mCの細胞周期依存性と細胞内局在の検討)
マウス受精卵を用いて、実験例1で作製した発現ベクターの導入により発現するCas9-mGタンパク質及びCas9-mCタンパク質の細胞周期依存性と細胞内局在を検討した。
【0077】
まず、実験例1で作製した各発現ベクターを試験管内転写反応系で転写することにより、Cas9-mG mRNA、Cas9-mC mRNA、Cas9 mRNAをそれぞれ調製した。
【0078】
続いて、顕微授精で得たマウス受精卵の細胞質に、Cas9-mG mRNA及びCas9-mC mRNAをそれぞれ注入した。また、比較のために通常のCas9 mRNAを注入したマウス受精卵及び何も注入していないマウス受精卵についても同様の検討を行った。
【0079】
上述したように、実験例1で作製した各ベクターにコードされるCas9-mGタンパク質、Cas9-mCタンパク質及び通常のCas9タンパク質には、3×FLAGタグペプチドが連結されている。このため、本実験例でマウス受精卵に注入したCas9-mG mRNA、Cas9-mC mRNA及びCas9 mRNAから翻訳されるCas9-mGタンパク質、Cas9-mCタンパク質及び通常のCas9タンパク質にも、それぞれ3×FLAGタグペプチドが連結される。そこで、抗FLAG抗体を用いた免疫染色により、各Cas9タンパク質を検出することができる。
【0080】
続いて、受精卵を体外で培養し、G1期後期からS期初期の2細胞期胚、及びS期後期からG2期初期の2細胞期胚を抗FLAG抗体を用いて免疫染色し、蛍光顕微鏡で観察した。
【0081】
図2(a)~(d)は、免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
図2(a)はCas9-mGタンパク質の結果であり、
図2(b)はCas9-mCタンパク質の結果であり、
図2(c)は通常のCas9タンパク質の結果であり、
図2(d)は何も導入していない対照である。
【0082】
その結果、通常のCas9タンパク質は、いずれの細胞周期においても細胞質中にドット状のシグナルとして検出された。上述したように、本実験例で用いたCas9タンパク質のN末端及びC末端にはSV40ウイルスの核移行シグナルが結合されているが、Cas9タンパク質の核への移行性は認められなかった。
【0083】
一方、Cas9-mGタンパク質は、G1期後期からS期初期では検出されず、分解されたことが確認された。また、Cas9-mGタンパク質は、S期からG2期初期には細胞質中でドット状のシグナルとして検出された。上述したように、本実験例で用いたCas9-mGタンパク質のN末端及びC末端にはSV40ウイルスの核移行シグナルが結合されているが、Cas9タンパク質の核への移行性は認められなかった。
【0084】
また、Cas9-mCタンパク質は、予想に反して細胞周期依存性が確認されず、いずれの細胞周期においてもシグナルが検出された。更に、いずれの細胞周期においても核が強く染色された。この結果から、Cas9-mCタンパク質が核への高い局在性を示すことが明らかとなった。
【0085】
[実験例3]
(Cas9-mCを用いた大規模ゲノム欠損マウスの作製1)
Cas9-mCにより、大規模なゲノム領域の切除効率が上昇するか否かについて検討した。
【0086】
具体的には、Cas9-mCを用いてTyr遺伝子の完全切除マウス(切除型KOマウス)の作製を行った。また、比較のために、通常のCas9を用いた以外は同様の方法によりTyr遺伝子の完全切除マウスの作製を行った。Tyr遺伝子はマウスの毛色を支配する遺伝子であり、Tyr遺伝子を両アレルで欠損したマウスはアルビノ形質を示す。なお、片アレル欠損マウスはアルビノ形質を示さない。
【0087】
図3(a)は、Tyr遺伝子の切除方法を説明する模式図である。
図3(a)中、「Tyr-G5Fプライマー」(配列番号7)及び「Tyr-G3Rプライマー」(配列番号8)は、マウスの遺伝型の確認に用いたプライマーを表す。
【0088】
具体的には、まず、Tyr遺伝子の上流のゲノム配列(Left CRISPR Target、配列番号9)を標的とするsgRNA及びCas9-mCタンパク質を発現するpX330-mC-Tyr-Lベクターと、Tyr遺伝子の下流のゲノム配列(Right CRISPR Target、配列番号10)を標的とするsgRNA及びCas9-mCタンパク質を発現するpX330-mC-Tyr-Rベクターを作製した。
【0089】
また、Tyr遺伝子の上流のゲノム配列(Left CRISPR Target、配列番号9)を標的とするsgRNA及び通常のCas9タンパク質を発現するpX330-Tyr-Lベクターと、Tyr遺伝子の下流のゲノム配列(Right CRISPR Target、配列番号10)を標的とするsgRNA及び通常のCas9タンパク質を発現するpX330-Tyr-Rベクターを作製した。Left CRISPR Target(配列番号9)とRight CRISPR Target(配列番号10)の間の距離は72,172塩基対であった。
【0090】
続いて、自然交配より得た、黒色の毛をもつC57BL6/Jマウスの受精卵(前核期)の雄性前核に、マイクロインジェクション法により、pX330-mC-Tyr-Lベクター(5ng/μL)とpX330-mC-Tyr-Rベクター(5ng/μL)の混合液、及び、pX330-Tyr-Lベクター(5ng/μL)とpX330-Tyr-Rベクター(5ng/μL)の混合液をそれぞれ導入した。続いて、ベクターを導入した受精卵を、偽妊娠マウスの卵管に移植してマウスへと発生させ、毛色を観察した。
【0091】
図3(b)及び(c)は、得られた代表的なマウスを示す写真である。
図3(b)は、Cas9-mCを導入した受精卵から発生したマウスの写真であり、
図3(c)は、通常のCas9を導入した受精卵から発生したマウスの写真である。
図3(b)及び(c)中、「*」は完全なアルビノ形質を示すマウスを示し、「#」はモザイクアルビノ形質を示すマウスを示す。
【0092】
なお、完全なアルビノ形質は、受精卵のおそらく1細胞期に双方のアレルにおいてTyr遺伝子の全長が欠失した結果であり、モザイクアルビノ形質は、受精卵の2細胞期以降にいずれかの細胞の双方のアレルにおいてTyr遺伝子の全長が欠失した結果であると考えられる。
【0093】
その結果、Cas9-mCを導入した受精卵から全34匹のマウスが得られ、そのうち5匹が完全なアルビノ形質を示し、3匹がモザイクアルビノ形質を示した。また、PCRにより遺伝型を解析した結果、Cas9-mCを導入した受精卵から発生したマウス34匹中17匹(50.0%)が、Tyr遺伝子が完全に切除されたアレルを有することが明らかとなった。
【0094】
また、通常のCas9を導入した受精卵から全21匹のマウスが得られ、そのうち1匹がモザイクアルビノ形質を示し、完全なアルビノ形質を示すマウスは得られなかった。また、PCRにより遺伝型を解析した結果、通常のCas9を導入した受精卵から発生したマウス21匹中6匹(28.6%)が、Tyr遺伝子が完全に切除されたアレルを有することが明らかとなった。下記表1に、Tyr遺伝子大規模欠損マウスの作製結果を示す。
【0095】
以上の結果は、Cas9-mCを用いることにより、数十キロ塩基対の大規模ゲノム欠損マウスを高効率で作製することができることを示す。
【0096】
【表1】
a:大規模欠損アレルを有する新生仔の数/誕生した新生仔の総数×100
【0097】
[実験例4]
(Cas9-mCを用いた大規模ゲノム欠損マウスの作製2)
Cas9-mCにより、大規模なゲノム領域の切除効率が上昇するか否かについて検討した。
【0098】
具体的には、Cas9-mCを用いてDmd遺伝子の完全切除マウス(切除型KOマウス)の作製を行った。Dmd遺伝子は、タンパク質をコードする遺伝子としては最長であることが知られている。また、比較のために、通常のCas9を用いた以外は同様の方法によりDmd遺伝子の完全切除マウスの作製を行った。Dmd遺伝子はX染色体にあるため、雄は1コピーを有し、雌は2コピーを有する。
【0099】
図4は、Dmd遺伝子の切除方法を説明する模式図である。
図4中、「Dmd-G5F」(配列番号11)、「Dmd-GMF」(配列番号12)、「Dmd-GMR」(配列番号13)、及び「Dmd-G3R」(配列番号14)は、マウスの遺伝型の確認に用いたプライマーを表す。
【0100】
具体的には、まず、Dmd遺伝子の上流のゲノム配列(Left CRISPR Target、配列番号15)を標的とするsgRNA及びCas9-mCタンパク質を発現するpX330-mC-Dmd-Lベクターと、Dmd遺伝子の下流のゲノム配列(Right CRISPR Target、配列番号16)を標的とするsgRNA及びCas9-mCタンパク質を発現するpX330-mC-Dmd-Rベクターを作製した。
【0101】
また、Dmd遺伝子の上流のゲノム配列(Left CRISPR Target、配列番号15)を標的とするsgRNA及び通常のCas9タンパク質を発現するpX330-Dmd-Lベクターと、Dmd遺伝子の下流のゲノム配列(Right CRISPR Target、配列番号16)を標的とするsgRNA及び通常のCas9タンパク質を発現するpX330-Dmd-Rベクターを作製した。Left CRISPR Target(配列番号15)とRight CRISPR Target(配列番号16)の間の距離は2,265,855塩基対であった。
【0102】
続いて、自然交配より得たC57BL6/Jマウスの受精卵(前核期)の雄性前核に、マイクロインジェクション法により、pX330-mC-Dmd-Lベクター(5ng/μL)とpX330-mC-Dmd-Rベクター(5ng/μL)の混合液、及び、pX330-Dmd-Lベクター(5ng/μL)とpX330-Dmd-Rベクター(5ng/μL)の混合液をそれぞれ導入した。続いて、ベクターを導入した受精卵を、偽妊娠マウスの卵管に移植してマウスへと発生させ、PCRにより遺伝型を確認した。
【0103】
その結果、Cas9-mCを導入した受精卵から全68匹のマウスが得られた。また、PCRにより遺伝型を解析した結果、Cas9-mCを導入した受精卵から発生したマウス68匹中11匹(16.2%)が、Dmd遺伝子が完全に切除されたアレルを有することが明らかとなった。
【0104】
また、通常のCas9を導入した受精卵から全70匹のマウスが得られた。また、PCRにより遺伝型を解析した結果、通常のCas9を導入した受精卵から発生したマウス70匹中6匹(8.6%)が、Dmd遺伝子が完全に切除されたアレルを有することが明らかとなった。
【0105】
更に特筆すべきは、通常のCas9の導入により得られた、Dmd完全切除型KOアレルを有する6匹のマウスは、それ以外のDmdアレルも保持するモザイク又はヘテロ変異体だったのに対し、Cas9-mCの導入により得られた、Dmd完全切除型KOアレルを有する5匹の雄マウスと1匹の雌マウスは、Dmd完全切除型KOアレルのみを有するDmd遺伝子完全欠失個体であった。下記表2に、Dmd遺伝子大規模欠損マウスの作製結果を示す。
【0106】
以上の結果は、Cas9-mCを用いることにより、数メガ塩基対の大規模ゲノム欠損マウスを高効率で作製することができることを示す。
【0107】
【表2】
a:大規模欠損アレルを有する新生仔の数/誕生した新生仔の総数×100
【0108】
[実験例5]
(Cas9-mCを用いたノックインマウスの作製1)
受精卵のゲノム編集では、高いGC含量を有する塩基配列からなる遺伝子断片をノックインしたマウスの作出や、同時的に2箇所にLoxP配列を導入しなくてはいけないfloxマウスの作出は難しいことが知られている。これらの高難易度のノックインマウス又はfloxマウス作製にCas9-mCが有用かどうかを検討した。
【0109】
まず、高いGC含量の塩基配列を含むCAGプロモーター及び高いGC含量の塩基配列を含むCables1遺伝子cDNAを含む発現カセットCAG-flox EGFP-Cables1をノックインする実験を行った。ノックインする遺伝子座も、5’相同アーム領域が、高いGC含量の塩基配列を含むROSA26遺伝子座とした。
【0110】
図5(a)~(c)は、ROSA26遺伝子座へのCAG-flox EGFP-Cables1遺伝子断片をノックイン方法を説明する模式図である。
図5(a)は野生型のROSA26遺伝子座の構造を示す模式図である。
図5(a)にはsgRNAの標的配列(配列番号17)、5’相同アーム領域及び3’相同アーム領域の位置も示す。
【0111】
図5(b)は、pRosa-CAG-fEGFP-Cables1ドナーDNAプラスミドの構造を示す模式図である。
図5(c)は、目的のノックインが生じた場合のROSA26遺伝子座の構造を示す模式図である。
図5(c)中、「ROSA-G5F」(配列番号18)、「CAG-G5R」(配列番号19)、「pA-G3F」(配列番号20)、「ROSA-G3R Nested」(配列番号21)、及び「ROSA-G3R 1st」(配列番号22)は、マウスの遺伝型の確認に用いたプライマーを表す。
【0112】
具体的には、まず、ROSA26遺伝子座の第一イントロン中を標的としたsgRNA及びCas9-mCタンパク質を発現するpX330-mC-ROSAベクターと、ROSA26遺伝子座の第一イントロン中を標的としたsgRNA及び通常のCas9タンパク質を発現するpX330-ROSAベクターを作製した。
【0113】
続いて、自然交配より得たC57BL6/Jマウスの受精卵(前核期)の雄性前核に、マイクロインジェクション法により、pX330-mC-ROSAベクター(5ng/μL)とpRosa-CAG-fEGFP-Cables1ベクター(10ng/μL)の混合液、及び、pX330-ROSAベクター(5ng/μL)とpRosa-CAG-fEGFP-Cables1ベクター(10ng/μL)の混合液をそれぞれ導入した。続いて、ベクターを導入した受精卵を、偽妊娠マウスの卵管に移植してマウスへと発生させ、PCRにより遺伝型を確認した。
【0114】
その結果、Cas9-mCを導入した受精卵から全19匹のマウスが得られた。また、PCRにより遺伝型を解析した結果、Cas9-mCを導入した受精卵から発生したマウス19匹中4匹(21.1%)が、目的のノックインアレルを有することが明らかとなった。
【0115】
また、通常のCas9を導入した受精卵から全44匹のマウスが得られたが、PCRにより遺伝型を解析した結果、目的のノックインアレルを有するマウスは得られなかったことが明らかとなった。下記表3に、ノックインマウスの作製結果を示す。
【0116】
以上の結果は、Cas9-mCを用いることにより、高難易度のKIマウスの作製やfloxマウスの作製が可能であることを示す。
【0117】
【表3】
a:ノックインアレルを有する新生仔又は胎仔の数/遺伝子型を解析した新生仔又は胎仔の総数×100
b:受精後18.5日胚
【0118】
[実験例6]
(Cas9-mCを用いたノックインマウスの作製2)
続いて、Prdm14遺伝子の第6エクソンの上流及び下流にLoxP配列を導入し、Prdm14 floxマウスを作製した。
【0119】
図6(a)~(c)は、Prdm14遺伝子座へのLoxP配列のノックイン方法を説明する模式図である。
図6(a)は野生型のPrdm14遺伝子座の構造を示す模式図である。
【0120】
図6(a)には、Prdm14遺伝子の第6エクソンの上流のゲノム配列(Left CRISPR Target、配列番号23)を標的とするsgRNA、Prdm14遺伝子の第6エクソンの下流のゲノム配列(Right CRISPR Target、配列番号24)を標的とするsgRNA、5’相同アーム領域及び3’相同アーム領域の位置も示す。
【0121】
図6(b)は、pflox-Prdm14ドナーDNAプラスミドの構造を示す模式図である。
図6(c)は、目的のノックインが生じた場合のPrdm14遺伝子座の構造を示す模式図である。
図6(c)中、「Prdm14-GF」(配列番号25)及び「Prdm14-GR」(配列番号26)は、マウスの遺伝型の確認に用いたプライマーを表し、「LoxP」はノックインしたLoxP配列を表す。
【0122】
具体的には、まず、Prdm14遺伝子の上流のゲノム配列(Left CRISPR Target、配列番号23)を標的とするsgRNA及びCas9-mCタンパク質を発現するpX330-mC-Prdm14-Lベクターと、Prdm14遺伝子の下流のゲノム配列(Right CRISPR Target、配列番号24)を標的とするsgRNA及びCas9-mCタンパク質を発現するpX330-mC-Prdm14-Rベクターを作製した。
【0123】
また、Prdm14遺伝子の上流のゲノム配列(Left CRISPR Target、配列番号23)を標的とするsgRNA及び通常のCas9タンパク質を発現するpX330-Prdm14-Lベクターと、Prdm14遺伝子の下流のゲノム配列(Right CRISPR Target、配列番号24)を標的とするsgRNA及び通常のCas9タンパク質を発現するpX330-Prdm14-Rベクターを作製した。
【0124】
続いて、自然交配より得たC57BL6/Jマウスの受精卵(前核期)の雄性前核に、マイクロインジェクション法により、pX330-mC-Prdm14-Lベクター(5ng/μL)、pX330-mC-Prdm14-Rベクター(5ng/μL)及びpflox-Prdm14ベクター(10ng/μL)の混合液、並びに、pX330-Prdm14-Lベクター(5ng/μL)、pX330-Prdm14-Rベクター(5ng/μL)及びpflox-Prdm14ベクター(10ng/μL)の混合液をそれぞれ導入した。続いて、ベクターを導入した受精卵を、偽妊娠マウスの卵管に移植してマウスへと発生させ、PCRにより遺伝型を確認した。
【0125】
その結果、Cas9-mCを導入した受精卵から全22匹のマウスが得られた。また、PCRにより遺伝型を解析した結果、Cas9-mCを導入した受精卵から発生したマウス22匹中4匹(18.2%)が、目的のノックインアレルを有することが明らかとなった。
【0126】
また、通常のCas9を導入した受精卵から全25匹のマウスが得られたが、PCRにより遺伝型を解析した結果、目的のノックインアレルを有するマウスは得られなかったことが明らかとなった。下記表4に、ノックインマウスの作製結果を示す。
【0127】
【表4】
a:ノックインアレルを有する新生仔の数/離乳まで成長した新生仔の総数×100
【0128】
[実験例7]
(Cas9、Cas9-mG、Cas9-mCの細胞内局在の検討)
ヒト胎児腎由来の細胞であるHEK293T細胞を用いて、実験例1で作製した発現ベクターの導入により発現するCas9-mGタンパク質及びCas9-mCタンパク質の細胞内局在を検討した。
【0129】
まず、HEK293T細胞に、pX330-mGベクター及びpX330-mCベクターをそれぞれ導入した。また、比較のためにpX330ベクターを導入したHEK293T細胞も用意した。
【0130】
上述したように、これらのベクターにコードされるCas9-mGタンパク質、Cas9-mCタンパク質及び通常のCas9タンパク質には、3×FLAGタグペプチドが連結されている。そこで、抗FLAG抗体を用いた免疫染色により、各Cas9タンパク質を検出することができる。
【0131】
続いて、各細胞をホルムアルデヒド固定し、抗FLAG抗体を用いて免疫染色した。また、4’,6-ジアミジノ-2-フェニルインドール(DAPI)で核を染色した。続いて、染色した各細胞を蛍光顕微鏡で観察した。
【0132】
図7(a)~(c)は、免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
図7(a)は通常のCas9タンパク質の結果であり、
図7(b)はCas9-mGタンパク質の結果であり、
図7(c)はCas9-mCタンパク質の結果である。
図7中、「Overlay」は、抗FLAG抗体による染色結果とDAPIによる染色結果を合成した結果であることを示す。
【0133】
その結果、通常のCas9タンパク質は、細胞質中に検出された。上述したように、本実験例で用いたCas9タンパク質のN末端及びC末端にはSV40ウイルスの核移行シグナルが結合されているが、Cas9タンパク質の核への移行性は認められなかった。
【0134】
一方、Cas9-mGタンパク質は、核に局在することが明らかとなった。また、Cas9-mCタンパク質も、核に局在することが明らかとなった。この結果から、Cas9-mCタンパク質は、ヒト細胞内においても、核への高い局在性を示すことが明らかとなった。
【0135】
[実験例8]
(Cas9融合タンパク質発現ベクターの作製2)
実験例1で作製したpX330-mCベクターから発現されるSpCas9タンパク質は、SpCas9タンパク質のN末端及びC末端にSV40ウイルス由来の核移行シグナル(NLS)を有していた。
図8(a)に、pX330-mCベクターの構造を示す。
【0136】
本実験例では、SpCas9タンパク質のN末端及びC末端に存在していたこれらのNLSを除去し、SpCas9タンパク質のC末端に、マウス由来のCdt1タンパク質の第29~132番目からなるペプチドを連結した融合タンパク質(以下、「Cas9-pFmC」という場合がある。)を発現するベクター(配列番号30、以下、「pX330-pFmC」という場合がある。)を作製した。
図8(b)に、pX330-pFmCベクターの構造を示す。
【0137】
本実験例では、更に、SpCas9タンパク質のC末端に連結させるマウスCdt1由来ペプチドの位置及び長さを様々に改変した融合タンパク質を作製した。具体的には、SV40ウイルス由来の核移行シグナルを有しておらず、SpCas9タンパク質のC末端に、マウス由来のCdt1タンパク質の第81~132番目からなるペプチドを連結した融合タンパク質(以下、「Cas9-pCmC」という場合がある。)を発現するベクター(配列番号31、以下、「pX330-pCmC」という場合がある。)を作製した。
図8(c)に、pX330-pCmCベクターの構造を示す。
【0138】
また、SV40ウイルス由来の核移行シグナルを有しておらず、SpCas9タンパク質のC末端に、マウス由来のCdt1タンパク質の第55~106番目からなるペプチドを連結した融合タンパク質(以下、「Cas9-pMmC」という場合がある。)を発現するベクター(配列番号32、以下、「pX330-pMmC」という場合がある。)を作製した。
図8(d)に、pX330-pMmCベクターの構造を示す。
【0139】
また、SV40ウイルス由来の核移行シグナルを有しておらず、SpCas9タンパク質のC末端に、マウス由来のCdt1タンパク質の第29~80番目からなるペプチドを連結した融合タンパク質(以下、「Cas9-pNmC」という場合がある。)を発現するベクター(配列番号33、以下、「pX330-pNmC」という場合がある。)を作製した。
図8(e)に、pX330-pNmCベクターの構造を示す。
【0140】
また、SV40ウイルス由来の核移行シグナルを有しておらず、SpCas9タンパク質のC末端に、マウス由来のCdt1タンパク質の第29~54番目からなるペプチドを連結した融合タンパク質(以下、「Cas9-pNNmC」という場合がある。)を発現するベクター(配列番号34、以下、「pX330-pNNmC」という場合がある。)を作製した。
図8(f)に、pX330-pNNmCベクターの構造を示す。
【0141】
また、SV40ウイルス由来の核移行シグナルを有しておらず、SpCas9タンパク質のC末端に、マウス由来のCdt1タンパク質の第54~80番目からなるペプチドを連結した融合タンパク質(以下、「Cas9-pNCmC」という場合がある。)を発現するベクター(配列番号35、以下、「pX330-pNCmC」という場合がある。)を作製した。
図8(g)に、pX330-pNCmCベクターの構造を示す。
【0142】
[実験例9]
(Cas9融合タンパク質の細胞内局在の検討1)
ヒト胎児腎由来の細胞であるHEK293T細胞を用いて、実験例8で作製した発現ベクターの導入により発現する各融合タンパク質の細胞内局在を検討した。
【0143】
まず、HEK293T細胞に、pX330-pFmCベクター、pX330-pCmCベクター、pX330-pMmCベクター、pX330-pNmCベクター、pX330-pNNmCベクター、pX330-pNCmCベクターをそれぞれ導入した。また、比較のためにpX330ベクターを導入したHEK293T細胞も用意した。
【0144】
これらのベクターにコードされる各融合タンパク質には、3×FLAGタグペプチドが連結されている。そこで、抗FLAG抗体を用いた免疫染色により、各Cas9タンパク質を検出することができる。
【0145】
続いて、各細胞をホルムアルデヒド固定し、抗FLAG抗体を用いて免疫染色した。また、DAPIで核を染色した。続いて、染色した各細胞を蛍光顕微鏡で観察した。
【0146】
図9は、免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
図9中、「pX330」は、pX330ベクターを導入した結果であることを示し、「pX330-pFmC」はpX330-pFmCベクターを導入した結果であることを示し、「pX330-pCmC」はpX330-pCmCベクターを導入した結果であることを示し、「pX330-pMmC」はpX330-pMmCベクターを導入した結果であることを示し、「pX330-pNmC」はpX330-pNmCベクターを導入した結果であることを示し、「pX330-pNNmC」はpX330-pNNmCベクターを導入した結果であることを示し、「pX330-pNCmC」はpX330-pNCmCベクターを導入した結果であることを示す。また、「DAPI」はDAPIで核を染色した結果であることを示し、「FLAG」は抗FLAG抗体を用いた免疫染色により、各Cas9タンパク質を検出した結果であることを示し、「Overlay」は、DAPIによる染色結果と抗FLAG抗体による染色結果を合成した結果であることを示す。
【0147】
その結果、Cas9-pFmC融合タンパク質及びCas9-pNmC融合タンパク質は、核に移行したことが明らかとなった。これに対し、pX330ベクターを導入して発現させたSpCas9タンパク質、Cas9-pCmC融合タンパク質、Cas9-pMmC融合タンパク質、Cas9-pNNmC融合タンパク質及びCas9-pNCmC融合タンパク質は、核への移行性が認められなかった。
【0148】
[実験例10]
(Cas9融合タンパク質の細胞内局在の検討2)
実験例9で各融合タンパク質を発現させたHEK293T細胞から、市販のキット(コード番号「295-73901」、和光純薬工業)を用いて可溶性核タンパク質画分及び細胞質タンパク質画分をそれぞれ抽出し、ウエスタンブロッティング法により各Cas9融合タンパク質を検出した。
【0149】
図10(a)は、抗FLAG抗体で各Cas9融合タンパク質を検出した結果を示す写真である。また、
図10(b)は、抗Cas9抗体で各Cas9融合タンパク質を検出した結果を示す写真である。その結果、実験例9の結果と同様に、Cas9-pFmC融合タンパク質及びCas9-pNmC融合タンパク質は、細胞質よりも核で多く検出され、核に移行したことが確認された。
【0150】
図10(c)は、対照として核タンパク質であるPARP1を抗PARP1抗体で検出した結果を示す写真である。また、
図10(d)は、対照として細胞質タンパク質であるGAPDHを抗GAPDH抗体で検出した結果を示す写真である。その結果、各タンパク質画分及び細胞質画分を抽出できていることが確認された。
【0151】
図11は、実験例9及び10の結果に基づいて、各Cas9融合タンパク質の構造と核移行性をまとめた図である。
図11中、「〇」は核移行性が高いことを示し、「×」は核移行性が認められなかったことを示す。
【0152】
[実験例11]
(Cas9融合タンパク質の分解性の検討)
ヒト胎児腎由来の細胞であるHEK293T細胞を用いて、実験例8で作製したCas9-pFmC融合タンパク質及びCas9-pNmC融合タンパク質の分解性を検討した。
【0153】
まず、HEK293T細胞に、pX330-pFmCベクター、pX330-pNmCベクターをそれぞれ導入した。また、比較のためにpX330ベクターを導入したHEK293T細胞も用意した。
【0154】
続いて、各細胞をホルムアルデヒド固定し、抗FLAG抗体を用いて免疫染色した。また、DAPIで核を染色した。続いて、染色した各細胞を蛍光顕微鏡で観察した。
【0155】
図12は、免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
図9中、「pX330」は、pX330ベクターを導入した結果であることを示し、「pX330-pFmC」はpX330-pFmCベクターを導入した結果であることを示し、「pX330-pNmC」はpX330-pNmCベクターを導入した結果であることを示しす。また、「DAPI」はDAPIで核を染色した結果であることを示し、「FLAG」は抗FLAG抗体を用いた免疫染色により、各Cas9タンパク質を検出した結果であることを示す。
【0156】
その結果、Cas9-pNmC融合タンパク質は、Cas9-pFmC融合タンパク質よりも抗FLAG抗体の蛍光強度が高く検出された。この結果は、Cas9-pNmC融合タンパク質がCas9-pFmC融合タンパク質よりも分解されにくいことを示す。