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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023175852
(43)【公開日】2023-12-12
(54)【発明の名称】旋削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20231205BHJP
   B23B 27/20 20060101ALI20231205BHJP
   B23B 27/00 20060101ALI20231205BHJP
   B23B 1/00 20060101ALI20231205BHJP
   C30B 29/04 20060101ALI20231205BHJP
   C23C 16/27 20060101ALI20231205BHJP
【FI】
B23B27/14 B
B23B27/20
B23B27/00 A
B23B1/00 Z
C30B29/04 W
C23C16/27
【審査請求】有
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023158730
(22)【出願日】2023-09-22
(62)【分割の表示】P 2020535722の分割
【原出願日】2019-08-02
(31)【優先権主張番号】P 2018147806
(32)【優先日】2018-08-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】503212652
【氏名又は名称】住友電工ハードメタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】植田 暁彦
(72)【発明者】
【氏名】野原 拓也
(72)【発明者】
【氏名】小林 豊
(57)【要約】      (修正有)
【課題】耐摩耗性を有し、かつ被削材の加工面を平滑に仕上げることが可能な旋削工具を提供する。
【解決手段】旋削工具は、ホルダ部と、前記ホルダ部に固定された切れ刃部とを備え、前記切れ刃部は、合成単結晶ダイヤモンドからなり、前記切れ刃部は、すくい面と、逃げ面と、前記すくい面および前記逃げ面が交差する交差部に配置された切れ刃とを含み、かつ曲率半径が0.1mm以上1.2mm以下となるノーズRを有し、前記ノーズRは、その頂角の二等分断面と前記すくい面との交線方向が、前記合成単結晶ダイヤモンドの<110>方向から±10°以内および<100>方向から±10°以内という条件のうち少なくとも一方を満たす。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
旋削加工に用いられる旋削工具であって、
前記旋削工具は、ホルダ部と、前記ホルダ部に固定された切れ刃部とを備え、
前記切れ刃部は、合成単結晶ダイヤモンドからなり、
前記切れ刃部は、すくい面と、逃げ面と、前記すくい面および前記逃げ面が交差する交差部に配置された切れ刃とを含み、かつ曲率半径が0.1mm以上1.2mm以下となるノーズRを有し、
前記ノーズRは、その頂角の二等分断面と前記すくい面との交線方向が、前記合成単結晶ダイヤモンドの<110>方向から±10°以内および<100>方向から±10°以内という条件のうち少なくとも一方を満たす、旋削工具。
【請求項2】
前記交線方向は、前記合成単結晶ダイヤモンドの<110>方向から±5°以内である、請求項1に記載の旋削工具。
【請求項3】
前記交線方向は、前記合成単結晶ダイヤモンドの<100>方向から±5°以内である、請求項1に記載の旋削工具。
【請求項4】
前記合成単結晶ダイヤモンドは、窒素原子を1ppm以上100ppm以下含む、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の旋削工具。
【請求項5】
前記頂角は、55°以上90°以下である、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の旋削工具。
【請求項6】
前記旋削加工は、逃げ角が7°以上15°以下という条件で実行される、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の旋削工具。
【請求項7】
前記旋削加工は、送りfが0.01mm/rev以上0.7mm/rev未満という条件で実行される、請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の旋削工具。
【請求項8】
前記合成単結晶ダイヤモンドは、CVD単結晶ダイヤモンドである、請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の旋削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、旋削工具に関する。本出願は、2018年8月6日に出願した日本特許出願である特願2018-147806号に基づく優先権を主張する。当該日本特許出願に記載された全ての記載内容は、参照によって本明細書に援用される。
【背景技術】
【0002】
従来から、少なくとも切れ刃に単結晶ダイヤモンドを用いた切削工具(以下、「単結晶ダイヤモンド切削工具」とも記す)が、非鉄金属の加工、プラスチックなどの鏡面加工および精密加工に利用されている。切削工具の切れ刃に単結晶ダイヤモンドを用いた場合、切削工具の耐摩耗性、耐欠損性などの特性は、たとえば国際公開第2014/003110号(特許文献1)に開示されているように、単結晶ダイヤモンドのどの結晶面および結晶方位を切削工具のすくい面、逃げ面に用いるのかによって大きく異なる。
【0003】
このため単結晶ダイヤモンド切削工具は、使用者の要望、使用条件などに応じ、単結晶ダイヤモンドのより適切な結晶面および結晶方位を選択した上で作製される。たとえば特許文献1の単結晶ダイヤモンド切削工具は、切れ刃のすくい面が単結晶ダイヤモンドの(100)面で構成され、かつ刃先先端が<100>方向となるように製造されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2014/003110号
【発明の概要】
【0005】
本開示の一態様に係る旋削工具は、旋削加工に用いられる旋削工具であって、上記旋削工具は、ホルダ部と、上記ホルダ部に固定された切れ刃部とを備え、上記切れ刃部は、合成単結晶ダイヤモンドからなり、上記切れ刃部は、すくい面と、逃げ面と、上記すくい面および上記逃げ面が交差する交差部に配置された切れ刃とを含み、かつ曲率半径が0.1mm以上1.2mm以下となるノーズRを有し、上記ノーズRは、その頂角の二等分断面と上記すくい面との交線方向が、上記合成単結晶ダイヤモンドの<110>方向から±10°以内および<100>方向から±10°以内という条件のうち少なくとも一方を満たす。
【図面の簡単な説明】
【0006】
図1図1は、「ノーズR」、ならびにその「曲率半径」、「頂角」および「頂角の二等分断面」の各用語を説明するため、本開示の一実施形態に係る旋削工具における切れ刃部を平面視して説明する切れ刃部の平面視説明図である。
図2図2は、本開示の一実施形態に係る旋削工具において平面視した切れ刃部およびホルダ部を拡大して示す拡大平面図である。
図3図3は、本開示の一実施形態に係る旋削工具の切れ刃部を拡大して示す拡大斜視図である。
図4図4は、本開示の一実施形態に係る旋削工具の使用状態を説明する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0007】
[本開示が解決しようとする課題]
上述の単結晶ダイヤモンド切削工具は、非鉄金属加工市場のうち自動車部品の加工にほとんど用いられていない。自動車部品において汎用される高速切削、高送り、深い切込みといった過酷な条件の加工を、単結晶ダイヤモンド切削工具を用いて行なった場合、欠損が多発するとともに、容易に摩耗するからである。したがって単結晶ダイヤモンド切削工具に対し、過酷な条件での加工が可能となるように優れた耐摩耗性を付与することが求められている。さらに自動車部品などの加工品の表面を平滑に仕上げることに対して強い要請がある。
【0008】
上記実情に鑑み、本開示は、耐摩耗性を有し、かつ被削材の加工面を平滑に仕上げることが可能な旋削工具を提供することを目的とする。
【0009】
[本開示の効果]
上記によれば、耐摩耗性を有し、かつ被削材の加工面を平滑に仕上げることが可能な旋削工具を提供することができる。
【0010】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
【0011】
[1]本開示の一態様に係る旋削工具は、旋削加工に用いられる旋削工具であって、上記旋削工具は、ホルダ部と、上記ホルダ部に固定された切れ刃部とを備え、上記切れ刃部は、合成単結晶ダイヤモンドからなり、上記切れ刃部は、すくい面と、逃げ面と、上記すくい面および上記逃げ面が交差する交差部に配置された切れ刃とを含み、かつ曲率半径が0.1mm以上1.2mm以下となるノーズRを有し、上記ノーズRは、その頂角の二等分断面と上記すくい面との交線方向が、上記合成単結晶ダイヤモンドの<110>方向から±10°以内および<100>方向から±10°以内という条件のうち少なくとも一方を満たす。このような特徴を備えた旋削工具は、耐摩耗性を有し、かつ被削材の加工面を平滑に仕上げることができる。
【0012】
[2]上記交線方向は、上記合成単結晶ダイヤモンドの<110>方向から±5°以内であることが好ましい。これにより旋削工具は、より耐摩耗性を有し、かつ被削材の加工面を平滑に仕上げることができる。
【0013】
[3]上記交線方向は、上記合成単結晶ダイヤモンドの<100>方向から±5°以内であることが好ましい。これにより旋削工具は、より耐摩耗性を有し、かつ被削材の加工面を平滑に仕上げることができる。
【0014】
[4]上記合成単結晶ダイヤモンドは、窒素原子を1ppm以上100ppm以下含むことが好ましい。これにより旋削工具は、耐欠損性にも優れることができる。
【0015】
[5]上記頂角は、55°以上90°以下であることが好ましい。これにより旋削工具は、切削抵抗と刃先強度とのバランスが良くなるので、耐摩耗性および耐欠損性を向上させることができる。
【0016】
[6]上記旋削加工は、逃げ角が7°以上15°以下という条件で実行されることが好ましい。これにより旋削工具は、被削材の加工面をさらに平滑に仕上げることができる。
【0017】
[7]上記旋削加工は、送りfが0.01mm/rev以上0.7mm/rev未満という条件で実行されることが好ましい。これにより旋削工具は、被削材の加工面をさらに平滑に仕上げることができる。
【0018】
[8]上記合成単結晶ダイヤモンドは、CVD単結晶ダイヤモンドである好ましい。これにより旋削工具は、より十分に耐摩耗性を有し、かつ被削材の加工面を平滑に仕上げることができる。
【0019】
[本開示の実施形態の詳細]
以下、本開示の実施形態(以下、「本実施形態」とも記す)についてさらに詳細に説明するが、本実施形態はこれらに限定されるものではない。以下では図面を参照しながら説明する。
【0020】
ここで、本明細書において「A~B」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上B以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。本明細書において化合物などを化学式で表す場合、原子比を特に限定しないときは従来公知のあらゆる原子比を含むものとし、必ずしも化学量論的範囲のもののみに限定されるものではない。本明細書において「機械的強度」とは、耐摩耗性、耐欠損性および曲げ強さなどの諸特性を含む機械的な強さを意味する。
【0021】
さらに本明細書において「ノーズR」とは、切れ刃部において切削に直接関与することにより被削材の切屑と接触することとなる部位をいう。具体的には、図1に示す仮想の半円(実線)に含まれる切れ刃部3の部分をいう。この仮想の半円は、その半径として、切れ刃部3のすくい面と逃げ面とが交差する交差部をなす2本の対向する稜線を延長させた仮想線(破線)が交わる交点oから、上記稜線に向けて所定の距離dを有する。
【0022】
ノーズRの「曲率半径」とは、ノーズRの曲面が有する「曲率」の逆数をいう。具体的には、ノーズRの曲面は、たとえば図1に示す破線の仮想円に含まれる弧として与えられる。この場合において、破線の仮想円の半径rをノーズRの「曲率半径」といい、その逆数(1/r)をノーズRの曲面が有する「曲率」という。ここで図1において、ノーズRの曲率半径(破線の仮想円の半径)rと、交点oから稜線に向けた距離dとは、その大きさが同じ(d=r)である。
【0023】
ノーズRの「頂角」とは、図1において上述した2本の仮想線(破線)がなす角度αをいう。その「頂角」の角度αを二等分する仮想の断面をノーズRの頂角の「二等分断面」という。さらに「逃げ角」とは、被削材と切れ刃部における逃げ面とがなす角度をいう。
【0024】
なおノーズRの頂角の二等分断面とすくい面との「交線方向」は、切れ刃部3において上記すくい面が曲面を有する場合、切れ刃部3における台金側の面あるいは台金の上面をすくい面と擬制し、この擬制されたすくい面とノーズRの頂角の二等分断面との交線方向を意味するものとする。
【0025】
本明細書において「合成単結晶ダイヤモンド」とは、天然のダイヤモンドとは異なり、高温高圧合成(HPHT:High Pressure and High Temperature)法により製造された単結晶ダイヤモンド、および化学気相合成(CVD:Chemical Vapor Deposition)法により製造された単結晶ダイヤモンドなどの人工的に製造されたダイヤモンドをいう。特に、「CVD単結晶ダイヤモンド」とは、CVD法を用い、ダイヤモンドの単結晶基板上にダイヤモンドの単結晶をエピタキシャル成長させることにより作製した単結晶ダイヤモンドをいう。このCVD単結晶ダイヤモンドの<110>方向とは、CVD単結晶ダイヤモンドの[01-1]を含む等価な4方向の結晶方位を意味し、具体的には、CVD単結晶ダイヤモンドの[01-1]、[0-1-1]、[0-11]および[011]からなる結晶方位をいう。CVD単結晶ダイヤモンドの<100>方向とは、CVD単結晶ダイヤモンドの[010]を含む等価な4方向の結晶方位を意味し、具体的には、CVD単結晶ダイヤモンドの[010]、[00-1]、[0-10]および[001]からなる結晶方位をいう。ここで結晶方位を表記する際に表わす「-」は本来、数字の頭上に表わされるもので「バー」と読まれる。たとえば[01-1]は、「ゼロ・イチ・イチ・バー」と読まれる。
【0026】
≪旋削工具≫
本実施形態に係る旋削工具は、旋削加工に用いられる旋削工具である。旋削工具は、ホルダ部と、上記ホルダ部に固定された切れ刃部とを備える。上記切れ刃部は、合成単結晶ダイヤモンドからなる。さらに上記切れ刃部は、すくい面と、逃げ面と、上記すくい面および上記逃げ面が交差する交差部に配置された切れ刃とを含み、かつ曲率半径が0.1mm以上1.2mm以下となるノーズRを有する。上記ノーズRは、その頂角の二等分断面と上記すくい面との交線方向が、上記合成単結晶ダイヤモンドの<110>方向から±10°以内および<100>方向から±10°以内という条件のうち少なくとも一方を満たす。このような特徴を備えた旋削工具は、耐摩耗性を有し、かつ被削材の加工面を平滑に仕上げることができる。
【0027】
上記旋削加工は、送りfが0.01mm/rev以上0.7mm/rev未満という条件で実行されることが好ましい。さらに上記合成単結晶ダイヤモンドは、CVD単結晶ダイヤモンドであることが好ましい。これにより旋削工具は、より十分に耐摩耗性を有し、かつ被削材の加工面を平滑に仕上げることができる。
【0028】
以下、本実施形態に係る旋削工具に関し、説明の便宜のため、まず第1実施形態に係る旋削工具としてノーズRの頂角の二等分断面とすくい面との交線方向が、合成単結晶ダイヤモンドの<110>方向から±10°以内である形態を説明する。次に、第2実施形態に係る旋削工具としてノーズRの頂角の二等分断面とすくい面との交線方向が、合成単結晶ダイヤモンドの<100>方向から±10°以内である形態を説明する。
【0029】
さらに以下の説明においては、上記旋削工具による旋削加工が送りfが0.01mm/rev以上0.7mm/rev未満という条件で実行され、かつ合成単結晶ダイヤモンドがCVD単結晶ダイヤモンドである態様を例示する。
【0030】
<第1実施形態>
第1実施形態に係る旋削工具は、旋削加工に用いられる旋削工具である。上記旋削加工は、送りfが0.01mm/rev以上0.7mm/rev未満という条件で実行されることが好ましい。送りfは、旋削加工に用いられる旋削工具が有する切れ刃部(ノーズR)の曲率半径との関係で決まる。このため第1実施形態に係る旋削工具は、送りfが上述の範囲となる条件の旋削加工に用いられる場合において、特に優れた耐摩耗性を有し、かつ被削材の加工面を平滑に仕上げることができる。本実施形態において、送りfが0.01mm/rev未満となる条件の旋削加工に旋削工具を用いることは、加工時間が著しく長くなるため現実的ではない傾向がある。本実施形態において、送りfが0.7mm/rev以上となる条件の旋削加工に旋削工具を用いることは、切れ刃が欠損しやすく、被削材の加工面を平滑に仕上げることが困難となる傾向がある。
【0031】
図2に示すように、旋削工具1は、ホルダ部10と、上記ホルダ部10に固定された切れ刃部3とを備える。ホルダ部10は、その材料について特に制限されるべきではないが、たとえば鋼、超硬合金などからなることが好ましい。ホルダ部10の形状は、旋削加工に用いることができる形状であれば、特に制限されるべきではないが、たとえば図3に示す台金2を収容するコーナを含む形状とすることができる。ホルダ部10のコーナは、ホルダ部10の上面の一部を部分的に落ち込ませることにより形成される。このホルダ部10のコーナに対して切れ刃部3が、上記台金2を介して固定される。具体的には、台金2が穴付きである場合、穴をクランプする方式(レバーロック方式)または穴をネジ止めする方式(スクリューオン方式)を用いることにより切れ刃部3が台金2を介してホルダ部10に固定される。台金2が穴無しである場合、台金2の上面を抑えて把持する方式(クランプオン方式)などのクランプ手段を用いることにより切れ刃部3が台金2を介してホルダ部10に固定される。台金2は、その材料について特に制限されるべきではないが、たとえば超硬合金などからなることが好ましい。
【0032】
(切れ刃部)
切れ刃部3は、合成単結晶ダイヤモンドからなる。具体的には、第1実施形態において切れ刃部3は、CVD単結晶ダイヤモンドからなる。このCVD単結晶ダイヤモンドについては後述する。図3に示すように切れ刃部3は、すくい面4と、逃げ面5と、上記すくい面4および上記逃げ面5が交差する交差部に配置された切れ刃6とを含み、かつ曲率半径が0.1mm以上1.2mm以下となるノーズRを有する。すくい面4および逃げ面5は、CVD単結晶ダイヤモンドを研削加工あるいは研磨加工することにより形成される。切れ刃6は、すくい面4および逃げ面5が交差する交差部としての稜線に相当する。すくい面4および逃げ面5が交差する交差部には、不等幅のチャンファー8が配置されてもよい。この場合、切れ刃6は、逃げ面5とチャンファー8とが交差した位置の稜線に形成される。チャンファー8も、CVD単結晶ダイヤモンドを研削加工あるいは研磨加工することにより形成することができる。切れ刃部3のすくい面4は、CVD単結晶ダイヤモンドの(100)面であることが好ましい。
【0033】
(CVD単結晶ダイヤモンド)
上述のとおり第1実施形態において切れ刃部3は、CVD単結晶ダイヤモンドからなる。CVD単結晶ダイヤモンドは、後述するようにCVD法を用い、ダイヤモンドの単結晶基板上にダイヤモンドの単結晶をエピタキシャル成長させることにより作製することができる。上記合成単結晶ダイヤモンドは、窒素原子を1ppm以上100ppm以下含むことが好ましい。具体的には第1実施形態においてCVD単結晶ダイヤモンドは、窒素原子を1ppm以上100ppm以下含むことが好ましい。CVD単結晶ダイヤモンドは、窒素原子を上述の範囲で含む場合、切れ刃6の特定部位に強い応力がかかったときであっても欠けの伸展を抑制する効果が得られるため、靱性および硬度といった機械的強度を向上させることができる。これにより旋削工具は、耐欠損性にも優れることができる。上記窒素原子は、CVD単結晶ダイヤモンド中の不純物元素として存在する。ここで不純物元素とは、単結晶ダイヤモンドの主な構成元素である炭素以外の元素(異元素)をいう。
【0034】
CVD単結晶ダイヤモンドにおける窒素原子の含有量が1ppm未満となる場合、欠けの伸展を抑制する効果を十分に得ることができず、耐欠損性を向上することができない傾向がある。CVD単結晶ダイヤモンドにおける窒素原子の含有量が100ppmを超える場合、結晶欠陥が多くなり、切れ刃6の特定部位に強い応力がかかったときに、切れ刃6に大きな欠損が発生しやすい傾向がある。CVD単結晶ダイヤモンドにおける窒素原子の含有量は、20ppm以上80ppm以下であることが好ましい。
【0035】
CVD単結晶ダイヤモンドは、窒素原子以外の不純物元素を含んでいてもよい。CVD単結晶ダイヤモンドは、たとえば窒素原子以外の不純物元素として、ケイ素、ホウ素、水素などを含んでいてもよい。CVD単結晶ダイヤモンド中に窒素原子以外の不純物元素は、ケイ素およびホウ素については各元素単独で0.01ppm以上3ppm以下含んでいてもよく、水素については単独で1ppm以上100ppm以下含んでいてもよく、これらの元素の合計で1ppm以上100ppm以下含んでいてもよい。
【0036】
CVD単結晶ダイヤモンドにおける窒素原子、およびその他の不純物元素の含有量は、二次イオン質量分析(SIMS:Secondary Ion Mass Spectrometry)法により測定することができる。
【0037】
(ノーズR)
切れ刃部は、上述のとおり曲率半径が0.1mm以上1.2mm以下となるノーズRを有する。ノーズRの曲率半径が0.1mm以上1.2mm以下であることにより、切削抵抗と刃先強度とのバランスが良くなり、もって被削材の加工面を平滑に仕上げることができる。ノーズRの曲率半径が0.1mm未満である場合、切れ刃6が過度に鋭角となるので、加工面の平滑な仕上げが困難となる傾向がある。ノーズRの曲率半径が1.2mmを超える場合、切削抵抗が大きくなるため、切れ刃6が欠損しやすくなる傾向がある。ノーズRの曲率半径は、0.2mm以上0.8mm以下とすることが好ましい。ノーズRの曲率半径は、工具検査などで使用される投影機を用いてスクリーン上に拡大投影することにより測定することができる。
【0038】
ノーズRは、その頂角の二等分断面とすくい面4との交線方向が、合成単結晶ダイヤモンドの<110>方向から±10°以内である。特に、ノーズRの頂角の二等分断面とすくい面4との交線方向は、合成単結晶ダイヤモンドの<110>方向から±5°以内であることが好ましい。すなわち第1実施形態においてノーズRは、その頂角の二等分断面とすくい面4との交線方向が、CVD単結晶ダイヤモンドの<110>方向から±10°以内であることができ、特に、ノーズRの頂角の二等分断面とすくい面4との交線方向は、CVD単結晶ダイヤモンドの<110>方向から±5°以内であることが好ましい。さらにノーズRの頂角は、55°以上90°以下であることが好ましい。ノーズRの頂角は、35°以上90°以下とすることができる。
【0039】
ここでCVD単結晶ダイヤモンドを用いた本開示に係る旋削工具において、その<110>方向に垂直な(110)面が被削材と接触する面、すなわち切削時に摩耗する面となる場合、その(110)面内において摩耗の方向となる<100>方向は、摩耗容易方向となることが知られる。このためノーズRの頂角の二等分断面とすくい面4との交線方向がCVD単結晶ダイヤモンドの<110>方向から±10°以内、好ましくは±5°以内である場合、被削材の切込み量(ap)が大きい過酷な条件の切削加工を行なうことにより、被削材の切込みが最大となる位置に対応する切れ刃6の部位が大きく摩耗する傾向がある。
【0040】
一方、この場合において、被削材と接触する境界となる切れ刃6の前切れ刃境界部には、CVD単結晶ダイヤモンドの<100>方向を位置させることにより、この<100>方向に垂直な(100)面内において、上記の摩耗容易方向に対して比較的耐摩耗性を有する方向(以下、「耐摩耗方向」とも記す)となる<100>方向を配置することができる。特に、上記の場合において切れ刃6のCVD単結晶ダイヤモンドの<100>方向と、切れ刃6の前切れ刃境界部におけるCVD単結晶ダイヤモンドの方位とが交差する角度であるオフ角が、大きくなることがない。さらにノーズRの頂角が55°以上90°以下である場合、上記オフ角をより小さくした状態で、切れ刃6の前切れ刃境界部にCVD単結晶ダイヤモンドの(100)面内における<100>方向を位置させることができる。これにより切れ刃6の前切れ刃境界部は、上記の摩耗容易方向に対し比較的摩耗が進みにくいという効果が得られる。
【0041】
被削材の切込みが最大となる位置に対応する切れ刃6の部位に、CVD単結晶ダイヤモンドの(110)面内における<100>方向(摩耗容易方向)を配置し、前切れ刃境界部にCVD単結晶ダイヤモンドの(100)面内における<100>方向(耐摩耗方向)を配置すると、次のような効果が得られる。すなわち旋削加工が進行するほど、切れ刃6は、被削材の切込みが最大となる位置に対応する部位で摩耗が進む一方、前切れ刃境界部では摩耗がほとんど進まないという現象が起こる。すなわち旋削加工の進行とともに、被削材の切込みが最大となる位置に対応する切れ刃6の部位では切屑量が減るが、前切れ刃境界部では切屑量がほとんど変化しないこととなる。
【0042】
これを被削材の加工面の観点から述べれば、被削材の切込みが最大となる位置と、切れ刃6の前切れ刃境界部に対応する被削材の位置とにおいて切削される切屑量の差が、旋削加工が進行するほど小さくなる。これにより、被削材の加工面の表面粗さ(Ra)は小さくなる。もって本実施形態の旋削工具は、被削材の加工面を平滑に仕上げることができる。
【0043】
さらに切れ刃6の前切れ刃境界部は、CVD単結晶ダイヤモンドの(100)面内における<100>方向が位置しているため逃げ面摩耗幅が広がりにくい。このため前切れ刃境界部の逃げ面摩耗幅の広がりで評価される耐摩耗性は、良好となる。もって本実施形態の旋削工具は、耐摩耗性に優れることができる。
【0044】
ここで上述した旋削加工は、逃げ角が7°以上15°以下という条件で実行されることが好ましい。逃げ角が上記の範囲となる条件により旋削加工を実行することにより、切れ刃6の摩耗が進んだ場合においても、被削材と逃げ面との接触を極力低減し、かつ刃先強度を確保することができる。もって本実施形態の旋削工具が備える耐摩耗性および耐欠損性が、十分に発揮されることとなる。なお上述した旋削加工は、逃げ角が7°以上20°以下という条件で実行することができる。さらに参照として、図4に被削材Zを旋削している旋削工具1の使用状態を表した。
【0045】
ノーズRの頂角の二等分断面とすくい面4との交線方向におけるCVD単結晶ダイヤモンドの結晶方位は、たとえばX線回折を利用したラウエカメラ法を用いることにより求めることができる。
【0046】
(作用)
以上から、第1実施形態に係る旋削工具は、耐摩耗性を有し、かつ被削材の加工面を平滑に仕上げることが可能となる。特に、切込み量(ap)が大きい過酷な条件での切削加工に好適となる。
【0047】
<第2実施形態>
以下、第2実施形態に係る旋削工具について説明する。以下においては、第1実施形態に係る旋削工具と異なる点を主に説明し、重複することとなる説明は繰り返さない。
【0048】
第2実施形態に係る旋削工具においてノーズRは、その頂角の二等分断面とすくい面4との交線方向が、合成単結晶ダイヤモンドの<100>方向から±10°以内である。特に、ノーズRの頂角の二等分断面とすくい面4との交線方向は、合成単結晶ダイヤモンドの<100>方向から±5°以内であることが好ましい。すなわち第2実施形態においてノーズRは、その頂角の二等分断面とすくい面4との交線方向が、CVD単結晶ダイヤモンドの<100>方向から±10°以内であることができ、特に、ノーズRの頂角の二等分断面とすくい面4との交線方向は、CVD単結晶ダイヤモンドの<100>方向から±5°以内であることが好ましい。ノーズRの頂角は、第1実施形態に係る旋削工具と同様に55°以上90°以下であることが好ましい。第2実施形態に係る旋削工具を用いた旋削加工においても、第1実施形態と同様に逃げ角が7°以上15°以下という条件で実行されることが好ましい。第2実施形態においても、ノーズRの頂角は35°以上90°以下とすることができ、旋削加工における逃げ角は7°以上20°以下という条件で実行することができる。
【0049】
CVD単結晶ダイヤモンドの<100>方向は、上述のように耐摩耗方向である。すなわちCVD単結晶ダイヤモンドの<100>方向に垂直な(100)面が被削材と接触する面(切削時の摩耗面)となる場合、(100)面内における<100>方向は耐摩耗方向となることが知られる。このためノーズRの頂角の二等分断面とすくい面4との交線方向がCVD単結晶ダイヤモンドの<100>方向から±10°以内、好ましくは±5°以内である場合、被削材の切込みが最大となる位置に対応する切れ刃6の部位は、摩耗が進みにくい。
【0050】
この場合、切込み量(ap)が少ない切削加工であれば、被削材と接触する境界となる前切れ刃境界部にも、CVD単結晶ダイヤモンドの<100>方向(耐摩耗方向)と近い方位を位置させることが可能となる。これにより本実施形態の旋削工具は、耐摩耗性を有することができる。さらに、切込み量(ap)が少ない切削加工であれば、被削材の加工面の表面粗さ(Ra)を小さくすることが可能である。もって本実施形態の旋削工具は、被削材の加工面を平滑に仕上げることができる。
【0051】
(作用)
以上から、第2実施形態に係る旋削工具は、耐摩耗性を有し、かつ被削材の加工面を平滑に仕上げることができる。特に、切込み量(ap)が少ない条件での切削加工に好適となる。
【0052】
<旋削工具(切れ刃部)の製造方法>
本実施形態に係る旋削工具は、従来公知の手法を適宜用いることにより製造することができる。このため上記旋削工具の製造方法は、特に制限されるべきではない。しかしながら上記旋削工具において、CVD単結晶ダイヤモンドからなる切れ刃部を製造する点に関し、たとえば次の方法を用いることが好ましい。
【0053】
すなわち上記切れ刃部の製造方法として、ダイヤモンドからなる単結晶基板を準備する第1工程と、上記単結晶基板に対しイオン注入することにより、上記単結晶基板の表面に導電層を形成する第2工程と、上記導電層上にダイヤモンドからなる成長層をエピタキシャル成長させる第3工程と、上記成長層を単結晶基板から分離する第4工程と、分離した成長層を研削加工あるいは研磨加工することにより、CVD単結晶ダイヤモンドからなる切れ刃部を得る第5工程とを含む方法を挙げることができる。
【0054】
(第1工程)
まず第1工程では、ダイヤモンドからなる単結晶基板を準備する。ダイヤモンドからなる単結晶基板は従来公知のものを用いることができる。たとえば平板形状を有し、高温高圧合成法により製造されたダイヤモンドからなる単結晶基板(タイプ:Ib)を用いることにより、上記単結晶基板を準備することができる。
【0055】
上記単結晶基板は、単結晶ダイヤモンドの(100)面からなる表面と、表面に対して垂直な(001)面および(011)面などからなる側面とを有する平板である。単結晶基板は、その平板とした厚みのばらつきが10%以下であることが好ましい。さらに単結晶基板の表面は、表面粗さ(Ra)が30nm以下であることが好ましい。単結晶基板の表面(上面)の形状は、たとえば正方形、長方形などの矩形状であってもよく、六角形、八角形などの矩形状以外の多角形であってもよい。
【0056】
さらに上記単結晶基板の表面に対し、エッチングが実行されることが好ましい。たとえば酸素(O2)ガスおよび四フッ化炭素(CF4)ガスを用いた反応性イオンエッチング(RIE:Reactive Ion Etching)により、上記単結晶基板の表面をエッチングする。エッチングの方法は、上記RIEに限定されるべきではなく、たとえばアルゴン(Ar)ガスを主体としたガスによるスパッタリングであってもよい。
【0057】
(第2工程)
第2工程では、上記単結晶基板に対しイオン注入することにより、上記単結晶基板の表面に導電層を形成する。具体的には、上述のようにエッチングされた単結晶基板の表面へ向けて、カーボン(C)イオンを注入する。これにより、単結晶基板の表面を含む領域に導電層を形成することができる。注入イオンは、カーボンイオンに限定されるべきではなく、窒素イオンでもよいし、シリコンイオンでもよいし、リンイオンでもよいし、硫黄イオンでもよい。
【0058】
(第3工程)
第3工程では、上記導電層上にダイヤモンドからなる成長層をエピタキシャル成長させる。具体的には、水素(H2)ガス、メタン(CH4)ガスおよび窒素(N2)ガスを導入することにより雰囲気を形成したCVD炉に、上記導電層が形成された単結晶基板を配置し、上記CVD炉においてマイクロ波プラズマCVD法を実行する。これにより導電層を介して単結晶ダイヤモンドをエピタキシャル成長させ、もって導電層上にダイヤモンドからなる成長層を形成することができる。成長層の形成方法は、マイクロ波プラズマCVD法に限定されるべきではなく、たとえば熱フィラメントCVD法、DCプラズマ法などを用いることができる。CVD炉内の雰囲気において、窒素(N2)ガスの量を調整することにより、CVD単結晶ダイヤモンドにおける窒素原子の含有量を決定することができる。
【0059】
さらにCVD炉内の雰囲気に関し、メタンガスに代えてエタンガスなどの他の炭化水素を含むガスを用いることができる。成長層を形成するための単結晶基板の表面は、(100)面であることが好ましく、(100)面に対して0.5°以上0.7°以下のオフ角を有する面であることがより好ましい。
【0060】
(第4工程)
第4工程では、上記成長層を単結晶基板から分離する。具体的には、単結晶基板中の導電層に対し電気化学的なエッチングを実行することにより、単結晶基板と成長層とを分離することができる。これによりCVD単結晶ダイヤモンド(成長層)を得ることができる。成長層の分離方法は、上述した電気化学的なエッチングに限定されるべきではなく、たとえばレーザを用いたスライスであってもよい。
【0061】
(第5工程)
第5工程では、分離した成長層を研削加工あるいは研磨加工することにより、CVD単結晶ダイヤモンドからなる切れ刃部を得る。具体的には、上記CVD単結晶ダイヤモンド(成長層)に対して従来公知の研削加工あるいは研磨加工を実行することにより、すくい面と、逃げ面と、すくい面および逃げ面が交差する交差部に配置された切れ刃とを含む切れ刃部を得ることができる。このとき切れ刃部に関して、曲率半径が0.1mm以上1.2mm以下となるノーズRを有するように研削加工あるいは研磨加工する。併せて、ノーズRの頂角の二等分断面とすくい面との交線方向が、CVD単結晶ダイヤモンドの<110>方向から±10°以内および<100>方向から±10°以内という条件のうち少なくとも一方を満たすようにする。
【0062】
以上により、本実施形態におけるCVD単結晶ダイヤモンドからなる切れ刃部を製造することができる。本実施形態に係る旋削工具は、上記の切れ刃部を、たとえば公知のクランプ手段を用い、ホルダ部のコーナに台金を介して固定することにより製造することができる。
【0063】
(付記)
以上の説明は、以下に付記する実施形態を含む。
(付記1)
送りfが0.01mm/rev以上0.7mm/rev未満となる条件の旋削加工に用いられる旋削工具であって、
前記旋削工具は、ホルダ部と、前記ホルダ部に固定された切れ刃部とを備え、
前記切れ刃部は、CVD単結晶ダイヤモンドからなり、
前記切れ刃部は、すくい面と、逃げ面と、前記すくい面および前記逃げ面が交差する交差部に配置された切れ刃とを含み、かつ曲率半径が0.1mm以上1.2mm以下となるノーズRを有し、
前記ノーズRは、その頂角の二等分断面と前記すくい面との交線方向が、前記CVD単結晶ダイヤモンドの<110>方向から±10°以内または<100>方向から±10°以内である、旋削工具。
(付記2)
前記交線方向は、前記CVD単結晶ダイヤモンドの<110>方向から±5°以内である、付記1に記載の旋削工具。
(付記3)
前記交線方向は、前記CVD単結晶ダイヤモンドの<100>方向から±5°以内である、付記1に記載の旋削工具。
(付記4)
前記CVD単結晶ダイヤモンドは、窒素原子を1ppm以上100ppm以下含む、付記1から付記3のいずれか1つに記載の旋削工具。
(付記5)
前記頂角は、55°以上90°以下である、付記1から付記4のいずれか1つに記載の旋削工具。
(付記6)
前記旋削加工は、逃げ角が7°以上15°以下という条件で実行される、付記1から付記5のいずれか1つに記載の旋削工具。
【実施例0064】
以下、実施例を挙げて本開示をより詳細に説明するが、本開示はこれらに限定されるものではない。
【0065】
≪実施例1≫
<CVD単結晶ダイヤモンドからなる切れ刃部の作製>
上述した切れ刃部の製造方法を用いることにより、CVD単結晶ダイヤモンドからなる切れ刃部を製造した。実施例1では、後述する切削試験に対応するため、表1に示す試料1-1~試料1-21、および試料1-A~試料1-Eの合計26個の切れ刃部を作製した。
【0066】
まず厚みが0.7mmであり、側面間の距離(幅)が5mmである単結晶基板を26個準備した。これらの単結晶基板の表面に対し、RIEにより表面から0.3μmの深さ領域までエッチングした(第1工程)。
【0067】
次に、エネルギーを3MeV、ドーズ量を3.0×1016個/cm2としてカーボンイオンを注入し、上記単結晶基板の表面に導電層を形成した(第2工程)。さらにマイクロ波プラズマCVD法を実行し、上記単結晶基板の導電層上に厚みが0.7mmのダイヤモンドからなる成長層をエピタキシャル成長させた(第3工程)。このときCVD炉内の雰囲気として水素ガス、メタンガスおよび窒素ガスを使用し、水素ガスに対するメタンガスの濃度を10体積%とし、メタンガスに対する窒素ガスの濃度を1体積%とした。さらにCVD炉内の圧力を10kPaに設定し、基板温度を900℃に設定した。
【0068】
次に、上記単結晶基板中の導電層に対し電気化学的なエッチングを実行することにより、単結晶基板から成長層(CVD単結晶ダイヤモンド)を分離した(第4工程)。上記成長層(CVD単結晶ダイヤモンド)中の窒素原子の含有量をSIMSにより測定したところ、50ppmであった。さらに上述のラウエカメラ法を用い、上記成長層(CVD単結晶ダイヤモンド)の結晶面および結晶方向を特定した。
【0069】
最後に、上記成長層(CVD単結晶ダイヤモンド)を適宜、研削加工および研磨加工することにより、すくい面と、逃げ面と、すくい面および逃げ面が交差する交差部に配置された切れ刃とを含む切れ刃部を得た(第5工程)。上記の研削加工および研磨加工を実行するに際しては、試料1-1~試料1-21、および試料1-A~試料1-Eの切れ刃部に関し、ノーズRの曲率半径を表1のとおりとした。併せて、ノーズRの頂角の二等分断面とすくい面との交線方向と、上記切れ刃部におけるCVD単結晶ダイヤモンドの<110>方向とが交差する角度を、表1の「オフ角」で示すとおりとした。
【0070】
すなわち表1において「オフ角」の欄には、ノーズRの頂角の二等分断面とすくい面との交線方向と、CVD単結晶ダイヤモンドの<110>方向とが交差する角度が示されている。さらに表1においてノーズRの「曲率半径」の単位は、mmである。試料1-1~試料1-21、および試料1-A~試料1-Eの切れ刃部において、ノーズRの頂角は60°とした。
【0071】
<旋削工具の作製>
上記切れ刃部をホルダ部(材質:超硬合金)に、台金を介してスクリューオン方式により固定した。以上により、試料1-1~試料1-21、および試料1-A~試料1-Eの旋削工具を作製した。試料1-1~試料1-21の旋削工具が実施例であり、試料1-A~試料1-Eの旋削工具が比較例である。
【0072】
<切削試験>
試料1-1~試料1-21、および試料1-A~試料1-Eの旋削工具を用いることにより次の切削試験を行なった。具体的には、上記旋削工具をNC旋盤のタレットに取り付けた。一方、NC旋盤のチャックに円筒形状の被削材を固定し、この被削材に対して以下の切削条件により旋削加工を行なった。この旋削加工においては、逃げ角を7°に設定した。
【0073】
(切削条件)
被削材: アルミニウム合金ADC12(断続溝4か所)
切削速度(Vc): 200m/分
切込み量(ap): 0.3mm
送り(f): 0.005~0.7mm/revの範囲で変更(表1参照)
切削油材: 水溶性エマルジョン2質量%。
【0074】
<評価>
(表面粗さ(Ra))
試料1-1~試料1-21、および試料1-A~試料1-Eの旋削工具に対し、上記の旋削加工により切削距離が1km、30kmおよび60kmとなった時点での被削材の表面粗さ(Ra)を測定した。この表面粗さ(Ra)については、表面粗さ測定機を用いてJIS B 0601:2001に準拠して求めた。結果を表1の「表面粗さ[Ra]」の欄に示す。この「表面粗さ[Ra]」の欄において「-」という記載は、切れ刃の欠損により切削を完了できなかったことから値がないことを意味する。「表面粗さ[Ra]」の欄に示した数値が小さいほど、その試料が被削材の加工面を平滑に仕上げることができると理解される。
【0075】
(被削材の切込みが最大となる位置に対応する切れ刃部位の逃げ面摩耗幅)
試料1-1~試料1-21、および試料1-A~試料1-Eの旋削工具に対し、上記の旋削加工により切削距離が1km、30kmおよび60kmとなった時点において、被削材の切込みが最大となる位置に対応する切れ刃部位における逃げ面摩耗幅を測定した。結果を表1の「逃げ面摩耗幅(切込み最大点)」の欄に示す。この「逃げ面摩耗幅(切込み最大点)」の欄に記載された数値の単位は、mmである。さらに、この欄における「欠損」との記載は、被削材の切込みが最大となる位置に対応する切れ刃部位に欠け等の欠損が発生したことにより上記の旋削加工を中止したことを意味する。「逃げ面摩耗幅(切込み最大点)」の欄に示した数値が小さいほど、その試料が被削材の切込みが最大となる位置に対応する切れ刃部位において耐摩耗性に優れることが理解される。
【0076】
(前切れ刃境界部における逃げ面摩耗幅)
試料1-1~試料1-21、および試料1-A~試料1-Eの旋削工具に対し、上記の旋削加工により切削距離が1km、30kmおよび60kmとなった時点において、切れ刃の前切れ刃境界部における逃げ面摩耗幅を測定した。結果を表1の「逃げ面摩耗幅(前切れ刃境界部)」の欄に示す。この「逃げ面摩耗幅(前切れ刃境界部)」の欄に記載された数値の単位は、mmである。さらに、この欄における「欠損」との記載は、切れ刃の前切れ刃境界部に欠け等の欠損が発生したことにより上記の旋削加工を中止したことを意味する。「逃げ面摩耗幅(前切れ刃境界部)」の欄に示した数値が小さい値であるほど、その試料が切れ刃の前切れ刃境界部において耐摩耗性に優れることが理解される。
【0077】
(バリ発生距離)
試料1-1~試料1-21、および試料1-A~試料1-Eの旋削工具に対し、上記の旋削加工により断続部抜け際にバリ(高さ0.1mm)が発生した時点での切削距離(km)を測定した。結果を表1の「バリ発生」の欄に示す。この「バリ発生」の欄において「-」という記載は、切削距離60kmを超えた時点で高さ0.1mm以上のバリは発生しなかったことを意味する。「バリ発生」の欄に示した数値が大きいほど、その試料が被削材の加工面を平滑に仕上げることができると理解される。さらに「バリ発生」の欄において「-」が記載された試料も被削材の加工面を平滑に仕上げることができると理解される。
【0078】
【表1】
【0079】
表1によれば、試料1-1~試料1-21の旋削工具は、試料1-A~試料1-Eの旋削工具に比し、被削材の表面粗さ(Ra)の値が小さいことが分かる。すなわち試料1-1~試料1-21の旋削工具は、被削材の加工面を平滑に仕上げることができる。さらに試料1-1~試料1-21の旋削工具は、被削材の切込みが最大となる位置に対応する切れ刃部位における逃げ面摩耗幅、および前切れ刃境界部における逃げ面摩耗幅の値から、過酷な条件での旋削加工が可能な耐摩耗性を有することが理解される。
【0080】
≪実施例2≫
<CVD単結晶ダイヤモンドからなる切れ刃部の作製>
上記実施例1と同じ方法を用いることにより、CVD単結晶ダイヤモンドからなる切れ刃部を製造した。実施例2では、後述する切削試験に対応するため、表1に示す試料2-1~試料2-21、および試料2-A~試料2-Eの合計26個の切れ刃部を作製した。
【0081】
ただし実施例2では、成長層(CVD単結晶ダイヤモンド)から切れ刃部を得る研削加工および研磨加工において、試料2-1~試料2-21、および試料2-A~試料2-Eの切れ刃部に関し、ノーズRの曲率半径を表2のとおりとした。併せて、ノーズRの頂角の二等分断面とすくい面との交線方向と、上記切れ刃部におけるCVD単結晶ダイヤモンドの<100>方向とが交差する角度を、表2の「オフ角」で示すとおりとした。
【0082】
すなわち表2において「オフ角」の欄には、ノーズRの頂角の二等分断面とすくい面との交線方向と、CVD単結晶ダイヤモンドの<100>方向とが交差する角度が示されている。さらに表2においてノーズRの「曲率半径」の単位は、mmである。試料2-1~試料2-21、および試料2-A~試料2-Eの切れ刃部において、ノーズRの頂角は60°とした。
【0083】
<旋削工具の作製>
上記実施例1と同じ方法を用いることにより、試料2-1~試料2-21、および試料2-A~試料2-Eの旋削工具を作製した。試料2-1~試料2-21の旋削工具が実施例であり、試料2-A~試料2-Eの旋削工具が比較例である。
【0084】
<切削試験>
試料2-1~試料2-21、および試料2-A~試料2-Eの旋削工具に対し、実施例1と同じ切削試験を行なった。その評価についても実施例1と同じとした。結果を表2に示す。
【0085】
【表2】
【0086】
表2によれば、試料2-1~試料2-21の旋削工具は、試料2-A~試料2-Eの旋削工具に比し、被削材の表面粗さ(Ra)の値が小さいことが分かる。すなわち試料2-1~試料2-21の旋削工具は、被削材の加工面を平滑に仕上げることができる。さらに試料2-1~試料2-21の旋削工具は、被削材の切込みが最大となる位置に対応する切れ刃部位における逃げ面摩耗幅、および前切れ刃境界部における逃げ面摩耗幅の値から、過酷な条件での旋削加工が可能な耐摩耗性を有することが理解される。
【0087】
≪実施例3≫
<CVD単結晶ダイヤモンドからなる切れ刃部の作製>
上記実施例1と同じ方法を用いることにより、CVD単結晶ダイヤモンドからなる切れ刃部を製造した。実施例3では、後述する切削試験に対応するため、試料3-1~試料3-8の合計8個の切れ刃部を作製した。
【0088】
ただし実施例3では、マイクロ波プラズマCVD法を行なうにあたり、雰囲気中の窒素(N2)ガスを調整することにより、試料3-1~試料3-8の切れ刃部(CVD単結晶ダイヤモンド)における窒素原子の含有量を、表3に示すとおりとなるようにした。この窒素原子の含有量は、SIMSにより測定した。
【0089】
併せて、成長層(CVD単結晶ダイヤモンド)から切れ刃部を得る研削加工および研磨加工において、試料3-1~試料3-2および試料3-5~試料3-6の切れ刃部に関し、ノーズRの頂角の二等分断面とすくい面との交線方向を、CVD単結晶ダイヤモンドの<110>方向と一致させた(オフ角は0°)。試料3-3~試料3-4および試料3-7~試料3-8の切れ刃部に関し、ノーズRの頂角の二等分断面とすくい面との交線方向を、CVD単結晶ダイヤモンドの<100>方向と一致させた(オフ角は0°)。CVD単結晶ダイヤモンドの結晶方向の特定には、上述のラウエカメラ法を用いた。さらに試料3-1~試料3-8の切れ刃部に関し、ノーズRの頂角は60°とした。
【0090】
<旋削工具の作製>
上記実施例1と同じ方法を用いることにより、試料3-1~試料3-8の旋削工具を作製した。
【0091】
<切削試験>
上記の試料3-1~試料3-8の旋削工具に対し、耐欠損性を評価する切削試験を行なった。具体的には、上記旋削工具をNC旋盤のタレットに取り付けた。一方、NC旋盤のチャックに円筒形状の被削材を固定し、この被削材に対して以下の切削条件により旋削加工を行なった。この旋削加工においては、逃げ角を7°に設定した。これにより後述する評価方法により耐欠損性を評価した。ここで実施例3において、後述する耐欠損性の評価を上述した試料1-1および試料2-1の旋削工具に対しても行なった。
【0092】
(切削条件)
被削材: アルミニウム合金A390(断続溝8か所)
切削速度(Vc): 800m/分
切込み量(ap): 0.3mm
送り(f): 0.3mm/rev
切削油材: 水溶性エマルジョン2質量%。
【0093】
<評価>
(耐欠損性)
耐欠損性の評価として、試料1-1、試料2-1および試料3-1~試料3-8の旋削工具の切れ刃部において、0.02mm以上の欠けが発生するまでに上記の旋削加工を行なうことができた加工距離(単位は、km)をそれぞれ測定した。加工距離が長い試料であるほど、耐欠損性に優れると理解される。結果を表3に示す。
【0094】
【表3】
【0095】
表3によれば、CVD単結晶ダイヤモンドに含まれる窒素原子の含有量が1ppm以上100ppm以下である試料1-1、試料2-1および試料3-1~試料3-4の旋削工具は、窒素原子の含有量が上記の範囲から外れる試料3-5~試料3-8の旋削工具に比し、耐欠損性においても優れた特性を示すことが理解される。
【0096】
≪実施例4≫
<CVD単結晶ダイヤモンドからなる切れ刃部の作製>
上記実施例1と同じ方法を用いることにより、CVD単結晶ダイヤモンドからなる切れ刃部を製造した。実施例4では、後述する切削試験に対応するため、試料4-1~試料4-2の合計2個の切れ刃部を作製した。
【0097】
ただし実施例4では、成長層(CVD単結晶ダイヤモンド)から切れ刃部を得る研削加工および研磨加工において、試料4-1~試料4-2の切れ刃部に関し、その頂角を表4のとおりとした。併せて、試料4-1~試料4-2の切れ刃部に関し、ノーズRの頂角の二等分断面とすくい面との交線方向を、CVD単結晶ダイヤモンドの<110>方向と一致させた(オフ角は0°)。CVD単結晶ダイヤモンドの結晶方向の特定には、上述のラウエカメラ法を用いた。
【0098】
<旋削工具の作製>
上記実施例1と同じ方法を用いることにより、試料4-1~試料4-2の旋削工具を作製した。
【0099】
<切削試験>
試料4-1~試料4-2の旋削工具に対し、表4に示す逃げ角により旋削加工を実行すること以外については、実施例1と同じ切削条件により切削試験を行なった。具体的には、試料4-1~試料4-2については、試料1-10と同じ曲率半径、送り、オフ角および切削条件とした。ただし、試料4-1~試料4-2の旋削工具の評価では、上記の旋削加工により切削距離が60kmとなった時点のみにおいて、表面粗さ(Ra)、被削材の切込みが最大となる位置に対応する切れ刃部位における逃げ面摩耗幅、および切れ刃の前切れ刃境界部における逃げ面摩耗幅を測定した。さらに、高さ0.1mm以上のバリが発生した時点の切削距離(km)も測定した。結果を表4に示す。
【0100】
【表4】
【0101】
表4によれば、試料4-1~試料4-2の旋削工具は、どちらも表面粗さ(Ra)の値が小さいことが分かる。すなわち試料4-1~試料4-2の旋削工具は、被削材の加工面を平滑に仕上げることができる。さらに試料4-1~試料4-2の旋削工具は、被削材の切込みが最大となる位置に対応する切れ刃部位における逃げ面摩耗幅、および前切れ刃境界部における逃げ面摩耗幅の値から、過酷な条件での旋削加工が可能な耐摩耗性を有することが理解される。
【0102】
以上のように本開示の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0103】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0104】
1 旋削工具、 2 台金、 3 切れ刃部、 4 すくい面、 5 逃げ面、 6 切れ刃、 8 チャンファー、10 ホルダ部、Z 被削材。
図1
図2
図3
図4