(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023176071
(43)【公開日】2023-12-13
(54)【発明の名称】筆記具用水性インキ組成物及びそれを用いた水性インキ製品並びに筆記具
(51)【国際特許分類】
C09D 11/16 20140101AFI20231206BHJP
B43K 7/01 20060101ALI20231206BHJP
【FI】
C09D11/16
B43K7/01
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022088152
(22)【出願日】2022-05-31
(71)【出願人】
【識別番号】303022891
【氏名又は名称】株式会社パイロットコーポレーション
(72)【発明者】
【氏名】西川 知明
【テーマコード(参考)】
2C350
4J039
【Fターム(参考)】
2C350GA03
2C350GA04
4J039BC09
4J039BC33
4J039BC35
4J039BE03
4J039BE19
4J039BE22
4J039CA03
4J039EA42
4J039EA45
4J039GA28
(57)【要約】
【課題】本発明は、人体や環境への影響が少なく、微生物が繁殖しにくく、インキが外気に触れる機会の多い筆記具や種々のインキ供給機構を利用した筆記具にも使用可能な、安全性および保存安定性に優れた筆記具用水性インキ組成物及びそれを用いた水性インキ製品並びに筆記具を提供すること。
【解決手段】 水と、着色剤と、炭素数5以上のアルカンジオールと、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールとを含んでなることを特徴とする、筆記具用水性インキ組成物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水と、着色剤と、炭素数5以上のアルカンジオールと、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールとを含んでなることを特徴とする、筆記具用水性インキ組成物。
【請求項2】
前記炭素数5以上のアルカンジオールに対する、前記3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールとの含有比が、質量基準で1未満である、請求項1に記載の筆記具用水性インキ組成物。
【請求項3】
イソチアゾリン系化合物を更に含んでなる、請求項1または請求項2に記載の筆記具用水性インキ組成物。
【請求項3】
請求項1に記載の筆記具用水性インキ組成物をインキ保管容器に収容してなることを特徴とする、水性インキ製品。
【請求項4】
請求項1に記載の筆記具用水性インキ組成物を収容してなることを特徴とする、筆記具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、筆記具用水性インキ組成物及びそれを用いた水性インキ製品並びに筆記具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
水性インキ組成物は、水を主溶剤として含んでなるため、細菌、カビ、または酵母などの微生物が繁殖しやすい。微生物が繁殖するとインキ組成物の腐敗などが起こり、粘度などインキ組成物の物性に変化が生じたり、インキ組成物中に析出物や凝集物などの異物が発生したり、インキ組成物の変色が起きたりするなど、水性インキ組成物としての機能が損なわれることがあった。そこで、抗菌性物質を水性インキ組成物に添加し、微生物などの繁殖を抑制することが盛んに行われている(特許文献1~3参照)。
【0003】
しかしながら、インキ組成物に同一の抗菌性物質を使用し続けた場合には、抗菌性物質に耐性を持つ微生物(以下、耐性菌という)が発生して繁殖する可能性があり、保存安定性に改良の余地がある。
【0004】
また、使用する抗菌性物質によっては、抗菌効果は得られるものの、インキ組成物の表面張力や粘度などを適切に調整し難く、にじみ、裏抜け、カスレが発生したり、インキ組成物を長期保管した場合、インキ組成物の物性が変化して経時安定性や筆記性に課題が生じてしまうなど、各種課題を有している。
【0005】
また、筆記具用インキ組成物は、近年、人体や環境における安全性が重要視されている。
抗菌性物質は、抗菌効果を有するものの、皮膚刺激性や皮膚感作性が強く、安全性に課題を有するものも多い。特に、筆記具用水性インキ組成物は、インキ保管容器に収容され、該インキ保管容器から分取して筆記具に充填して使用する場合や、筆記具用水性インキ組成物がカートリッジに収容され、該カートリッジを付け替えてインキを補充して使用する場合など、使用者の皮膚などの体の一部にインキ組成物が直接触れる可能性が高い。このため、上記のような筆記具に用いられるインキ組成物においては、特に、抗菌性能と安全性の両立を図る必要がある。
【0006】
さらに、インキの使用状況および抗菌性物質の種類や添加量によっては、その抗菌効果が十分に発揮されず、筆記具用水性インキ組成物としての機能が損なわれてしまうという課題も有している。例えば、開閉口を備えるインキ保管容器にインキ組成物が収容され、該インキ組成物を、分取して筆記具に繰り返し充填して用いる場合には、該インキは、外気に触れる機会が多い。このため、抗菌性能が十分でない場合、微生物の繁殖などに起因する析出物や凝集物などの異物がインキ中に発生しやすく、このため、生じた異物がインキ供給機構内に堆積し、インキの供給量が少なくなって筆跡がかすれたり、更には、発生した異物によりインキ供給流路が塞がれて、インキが供給できなくなって筆記不能になってしまうことがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平8-48929号公報
【特許文献2】特開2004-175851号公報
【特許文献3】特開2010-280762号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、上記のような課題を解決するもので、良好な筆記性能を十分に維持しながら、高い抗菌性能による優れた保存安定性と、優れた安全性を有する筆記具用水性インキ組成物およびそれを用いた筆記具、ならびに水性インキ製品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明による筆記具用水性インキ組成物は、水と、着色剤と、炭素数5以上のアルカンジオールと、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールとを含んでなることを特徴とするものである。
【0010】
また、本発明による水性インキ製品は、上記した筆記具用水性インキ組成物をインキ保管容器に収容してなることを特徴とするものである。
【0011】
さらに、本発明による筆記具は、上記した筆記具用水性インキ組成物を収容してなることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、カスレの少ない筆跡が得られるなど、筆記性能を良好に維持しながら、高い抗菌性能を示して保存安定性に優れるほか、皮膚感作性や皮膚刺激性が抑えられ、安全性にも優れた、インキ組成物およびそれを用いた筆記具、ならびに水性インキ製品を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。なお、本明細書において、配合を示す「部」、「%」、「比」などは特に断らない限り質量基準であり、含有率、含有量および添加量とは、水性インキ組成物の質量を基準としたときの構成成分の質量%である。
【0014】
<筆記具用水性インキ組成物>
本発明による筆記具用水性インキ組成物(以下、場合により、「インキ組成物」)は、水と、着色剤と、炭素数5以上のアルカンジオールと、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールと、を含んでなることを特徴とするものである。
本発明のインキ組成物は、炭素数5以上のアルカンジオールと3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールを併用することが重要である。
炭素数5以上のアルカンジオールと3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールを併用することで、優れた抗菌効果が得られ、インキ組成物の優れた保存安定性を得ることができる。さらに、炭素数5以上のアルカンジオールと3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールを併用することは、高い安全性も示すことができる。よって、本発明のインキ組成物は、優れた抗菌性能による保存安定性と優れた安全性の両立を図ることができる。
さらには、炭素数5以上のアルカンジオールと3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールを併用することで、抗菌性を十分に維持しながら、インキ組成物の表面張力や粘度を適正に維持することができる。このため、カスレの少ない良好な筆跡も得られ、優れた筆記性能を維持できる。
【0015】
また、インキ組成物は、同一の抗菌効果を有する化合物を使用し続けた場合、抗菌効果を有する化合物に耐性をもつ微生物(以下、耐性菌という)が発生して繁殖することがある。しかしながら、本発明のインキ組成物は、炭素数が5以上のアルカンジオールと3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールを併用していることから、微生物が一方の化合物に耐性を持ったとしても、併用したもう一方の化合物により、該微生物の繁殖を抑制することができる。よって、本発明のインキ組成物は耐性菌に対しても効果的である。
【0016】
以上のことから、本発明のインキ組成物は、各種筆記具に好適に用いられる。
特に、本発明のインキ組成物は、インキ保管容器に収容され、該容器からインキを分取して筆記具に充填して使用する筆記具や、カートリッジなどに収容され、該カートリッジを付け替えてインキを補充する筆記具のような、インキが使用者の皮膚などに付着してしまう可能性が高く、安全面に特に配慮が必要な筆記具に、有効に用いることができる。
【0017】
また、開閉口を備えるインキ保管容器にインキ組成物が収容され、該インキ組成物を分取して筆記具に繰り返し充填して用いる場合には、インキが外気に触れる機会が多く、微生物の繁殖などに起因する析出物や凝集物などの異物がインキ中に発生しやすい。しかし、本発明のインキ組成物は、抗菌性能に優れているため、この異物の発生を抑制でき、よって、生じた異物がインキ供給機構内に堆積し、インキの供給量が少なくなって筆跡がかすれたり、更には、発生した異物によりインキ供給流路が塞がれて、インキが供給できなくなり筆記不能になってしまうことを十分に抑制できる。従って、この観点からも、上記筆記具に効果的に用いることができる。
【0018】
また、本発明のインキ組成物は、ペン芯を備えた筆記具にも好適に用いることができる。
ペン芯は、一時的にインキを貯留するくし溝とインキ流通路と空気通路を有するもので、インキ貯蔵体の内圧が変化した場合に、余剰のインキがペン芯のくし溝間に流入、保持することができ、ペン先からのインキのボタ落ちを抑制し、さらに、インキの吐出性を調整し、良好な筆跡をもたらす機能を有する。
本発明のインキ組成物は、上述の通り、抗菌性能に優れ、微生物由来の異物の発生を抑制できるものであるから、異物によって、くし溝間にインキが流入し難くなることを抑制でき、さらに、インキの表面張力や粘度を適正に維持することができるものであるから、ペン芯に対する濡れ性を良好に保つことができる。このため、本発明のインキ組成物は、ペン芯のくし溝間におけるインキ流入性とインキ貯留性が良好に維持でき、ペン先からのボタ落ちを抑制し、かつ、良好な筆跡を得ることができる。
【0019】
以下、本発明によるインキ組成物を構成する各成分について説明する。
【0020】
<炭素数5以上のアルカンジオール>
本発明によるインキ組成物は、炭素数5以上のアルカンジオールを含んでなる。
炭素数が5以上のアルカンジオールとしては、アルキル基が直鎖や分岐のいずれのものも用いることができ、2つの水酸基が置換する炭素原子もいずれの位置のものであってもよい。
【0021】
炭素数5以上のアルカンジオールとしては、例えば、1,2-ペンタンジオール、1,5-ペンタンジオール、1,2-ヘキサンジオール、1,6-ヘキサンジオール、1,2-ヘプタンジオール、2-エチル-1,3-ヘキサンジオール、2,2-ジメチル-1,3-プロパンジオール、2,2-ジメチル-1,3-ヘキサンジオール、3-メチル-1,5-ペンタンジオール等が挙げられる。
【0022】
炭素数5以上のアルカンジオールは、単独でも抗菌効果を示すが、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールと併用することで、抗菌効果を増強することができる。
炭素数5以上のアルカンジオールは、抗菌効果に優れるものの、一定以上の添加量を用いると、皮膚刺激性を示してしまう可能性を有する。しかしながら、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールを併用することで、炭素数5以上のアルカンジオールの添加量を、安全性が保たれる添加量に留めながらも、抗菌効果を十分に得ることができるようになる。
よって、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールと、炭素数5以上のアルカンジオールを併用した本発明のインキ組成物は、高い抗菌性能による優れた保存安定性と、優れた安全性の二つを兼ね備えることができる。
【0023】
抗菌性能と安全性の両立をより考慮すると、炭素数が5~10であるアルカンジオールであることがより好ましく、炭素数が5~8であるアルカンジオールであることがさらに好ましく、炭素数が5のアルカンジオールまたは炭素数6のアルカンジオールが特に好ましい。
また、抗菌効果とともに、溶解性、安定性、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールとの相乗効果向上なども考慮すると、炭素数5以上のアルカンジオールは、1,2-アルカンジオールであることが好しい。
また、炭素数5以上のアルカンジオールは、アルキル基が直鎖状であるものが好ましい。
よって、本発明においては、1,2-ペンタンジオールまたは1,2-ヘキサンジオールを用いることが好ましい。
また、抗菌性能と安全性の両立をより一層、考慮すると、2種以上の異なる炭素数5以上のアルカンジオールを併用することが特に好ましい。
【0024】
本発明における、炭素数5以上のアルカンジオールの含有率は、インキ組成物の総質量を基準として、0.01質量%~10質量%であることが好ましい。これは、0.01質量%以上であれば、十分な抗菌効果を得ることができ、また、10質量%以下であれば、皮膚刺激性を示す可能性を抑えられ、かつ、カスレなどの発生を抑制でき、優れた筆跡が得られやすいためである。
さらに、抗菌効果と安全性の両立を考慮すると、0.01質量%~5質量%であることがより好ましく、0.01質量%~3質量%であることがさらに好ましい。
なお、1,2-ペンタンジオールを用いる場合には、1,2-ペンタンジオールの添加量は、2.5質量%以下であることが好ましく、1,2-ヘキサンジオールを用いる場合には、1.5質量%以下であることがより好ましい。
【0025】
<3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオール>
本発明によるインキ組成物は、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールを含んでなる。
3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールは、グリセリンのもつヒドロキシ基に2-エチルヘキサノールが結合したグリセリルアルキルエーテルであり、以下の式で表される化合物である。
【0026】
【0027】
3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールは、皮膚感作性や皮膚刺激性の低い、安全性の高い成分である。3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオール単独では、抗菌効果は有するものの、その効果は小さい。しかしながら、炭素数5以上のアルカンジオールの抗菌効果を増強できる効果を有する。
このため、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールと炭素数5以上のアルカンジオールを用いた本発明のインキ組成物は、高い抗菌性能が得られ、さらに、炭素数5以上のアルカンジオールの添加量を抑えながらも十分な抗菌効果を得ることができるため、高い安全性も兼ね備えることができる。
さらに、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールは、構造的に安定であり、pHや温度などの変化を受けにくいため、抗菌効果を維持しやすい。また、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールは、保湿効果も有するため、本発明のインキ組成物は、良好な耐ドライアップ性能も得ることができる。
【0028】
本発明における、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールの含有率は、インキ組成物の総質量を基準として、0.01質量%~1質量%であることが好ましく、0.01質量%~0.5質量%であることが好ましい。
また、皮膚刺激性の抑制を特段に考慮する場合には、0.2質量%以下であることが好ましく、0.15質量%以下であることが好ましく、0.1質量%以下であることが好ましく、0.08質量%以下であることがより好ましい。
よって、抗菌効果を十分に得るとともに、優れた安全性を確保することを考慮すると、0.01質量%~0.2質量%であることがより好ましく、0.01質量%~0.15質量%であることがより好ましく、0.01質量%~0.1質量%であることがより好ましく、0.02質量%~0.08質量%であることがより好ましい。
【0029】
また、本発明において、炭素数5以上のアルカンジオールに対する、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールとの含有比(3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオール/炭素数5以上のアルカンジオール)は、質量基準で、1未満であることが好ましい。さらには、0.005~0.5であることが好ましく、0.01~0.3であることがより好ましく、0.01~0.2であることがさらに好ましく、0.02~0.2であることがより好ましい。
含有比が上記数値の範囲であれば、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールの増強効果をえて、抗菌効果を十分に得ながら、安全性を十分に得ることができる。さらに、インキ組成物の表面張力や粘度を適正に保ちやすく、ペン先からのボタ落ちも十分に抑制でき、また、良好なインキ吐出性が得られやすく、カスレなどが抑制された良好な筆跡を得ることができる。
【0030】
また、本発明のインキ組成物は、イソチアゾリン系化合物を更に含んでなることが好ましい。
イソチアゾリン系化合物としては、2-(n-オクチル)-4-イソチアゾリン-3-オン(以下、場合によりOITと表す。)、2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン(以下、場合によりMITと表す。)、1,2-ベンズイソチアゾリン-3-オン(以下、場合によりBITと表す。)、4,5-ジクロロ-2-n-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オン、2-メチル-4,5-トリメチレン-4-イソチアゾリン-3オン、N-(n-ブチル)-1,2-ベンズイソチアゾリン-3-オンなどが挙げられる。
イソチアゾリン系化合物を更に含んでなることで、多種多様な微生物の繁殖を顕著に抑えることができる。筆記具用インキ組成物は、様々な状況下で用いられる可能性が高く、多種多様な微生物に晒される可能性が高い。よって、イソチアゾリン系化合物を更に含んでなることは、効果的である。
また、イソチアゾリン系化合物を併用することで、微生物が、炭素数5以上のアルカンジオールや3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールに耐性を持ったとしても、イソチアゾリン系化合物により、該微生物の繁殖を抑制することができる。よって、イソチアゾリン系化合物をさらに含んでなることは、耐性菌に対しても効果的である。
【0031】
一方で、イソチアゾリン系化合物は、抗菌効果が極めて高い反面、添加量によっては、皮膚感作性や皮膚刺激性が認められる抗菌性物質である。
イソチアゾリン系化合物と3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールを併用することにより、イソチアゾリン系化合物の添加量を、安全性が十分に保たれる添加量に留めながら、イソチアゾリン系化合物の優れた抗菌効果を得ることができる。さらに、炭素数5以上のアルカンジオールとの併用効果によって、より一層、抗菌効果を向上させることができる。よって、さらに、イソチアゾリン系化合物の添加量を、安全性が十分に保たれる添加量に留めながら、イソチアゾリン系化合物の優れた抗菌効果を得ることができる。
このため、本発明のインキ組成物において、イソチアゾリン系化合物を更に含んでなることは、安全性を十分に維持しながら、抗菌性能をより一層向上させることができ、保存安定性の向上を図ることができることから、筆記具用水性インキ組成物として、極めて有効なインキ組成物となる。
【0032】
イソチアゾリン系化合物の中でも、OIT、MIT、BITは、アルカリ性でも分解しにくく、耐熱性が良く、無臭のインキ組成物を得ることができるので好ましい。
OITの含有率は、インキ組成物の総質量を基準として、1ppm~500ppmであることが好ましく、1ppm~480ppmであることがより好ましく、1ppm~100ppmであることがより好ましく、1ppm~50ppmであることがより好ましく、1ppm~15ppmであることがより好ましく、最適には、1ppm~1.5ppmであることが好ましい。
また、MITの含有率は、インキ組成物の総質量を基準として、1ppm~500ppmであることが好ましく、1ppm~480ppmであることがより好ましく、1ppm~100ppmであることがより好ましく、1ppm~15ppmであることがより好ましく、最適には、1ppm~1.5ppmであることが好ましい。
また、BITの含有率は、インキ組成物の総質量を基準として、1ppm~500ppmであることが好ましく、1ppm~480ppmであることがより好ましく、1ppm~360ppmであることがより好ましく、1ppm~50ppmであることがより好ましく、最適には、1ppm~15ppmであることが好ましい。
イソチアゾリン系化合物の含有率が上記数値範囲であれば、抗菌効果を十分に得ることができ、かつ、インキ組成物の安全性を十分に確保することができる。
【0033】
また、本発明においては、複数のイソチアゾリン系化合物を併用すると、各々の耐性菌に対する抗菌性能に加えて、他方の耐性菌に対する抗菌性能が強化される他、イソチアゾリン系化合物の総添加量も減らすことができ、抗菌効果と安全性の両方を向上させることができるため、より効果的である。
【0034】
また、本発明において、炭素数5以上のアルカンジオールおよび3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールの総含有量に対する、イソチアゾリン系化合物との含有量の比(イソチアゾリン系化合物/(炭素数5以上のアルカンジオールおよび3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールの総含有量))は、質量基準で、0.0001~0.01であることが好ましく、0.00015~0.005であることがより好ましい。含有比が上記数値の範囲であれば、抗菌効果を十分に得ながら、安全性を十分に確保することができる。さらに、インキ組成物の表面張力や粘度を適正に保ちやすく、筆跡のカスレなどを抑制し、さらにはペン先からのボタ落ちも十分に抑制できる。
【0035】
また、本発明によるインキ組成物は、本発明の効果を損なわない範囲において、任意の抗菌性物質を更に含んでいても良い。
上記抗菌性物質の具体例としては、ブチルカバミン酸ヨウ化プロピニル、安息香酸ナトリウム、2-フェノキシエタノール、2-(ソジオチオ)ピリジン-1-オキシド、亜鉛ビス[1,2-ジヒドロ-2-チオキソピリジン-1-オラート]、ベンゾトリアゾール及びフェノールなどが挙げられる。
【0036】
<着色剤>
本発明のインキ組成物に用いる着色剤は、染料、顔料等、特に限定されるものではなく、適宜選択して使用することができる。
【0037】
染料としては、例えば、酸性染料、塩基性染料、反応性染料、直接染料、分散染料および食用色素等の各種の染料が挙げられる。
【0038】
酸性染料としては、例えば、C.I.アシッドレッド18、C.I.アシッドオレンジ10、C.I.アシッドイエロー3、C.I.アシッドイエロー7、C.I.アシッドイエロー23(タートラジン)、C.I.アシッドイエロー42、C.I.アシッドグリーン3、C.I.アシッドグリーン16、C.I.アシッドブルー1、C.I.アシッドブルー9、C.I.アシッドブルー22、C.I.アシッドブルー90、C.I.アシッドブルー239、C.I.アシッドブルー248、C.I.アシッドバオレット15、C.I.アシッドバイオレット49、C.I.アシッドブラック1、C.I.アシッドブラック2、C.I.アシッドレッド52、C.I.アシッドレッド289、C.I.アシッドレッド388、C.I.アシッドレッド87(エオシン)、C.I.アシッドレッド92(フロキシン)、C.I.アシッドレッド97、C.I.アシッドレッド51(エリスロシン)、C.I.アシッドレッド94(ローズベンガル)、アクリジンレッド(C.I.45000)、ローダミン110、ローダミン123、ローダミン6G(C.I.ベーシックレッド1)、ローダミン6Gエキストラ、ローダミン116、ローダミンB(C.I.45170)、テトラメチルローダミン過塩素酸塩、ローダミン3B、ローダミン19、スルホローダミン、ピロニンG(C.I.45005)、ローダミンS(C.I.45050)、ローダミンG(C.I.45150)、エチルローダミンB(C.I.45175)、ローダミン4G(C.I.45166)、ローダミン3GO(C.I.45215)、スルホローダミンG等が挙げられる。
【0039】
塩基性染料としては、例えば、C.I.ベーシックオレンジ2、C.I.ベーシックオレンジ14、C.I.ベーシックグリーン4、C.I.ベーシックブルー9、C.I.ベーシックブルー26、C.I.ベーシックバイオレット1、C.I.ベーシックバイオレット3、C.I.ベーシックバイオレット10、クリソイジン(C.I.11270)、メチルバイオレットFN(C.I.42535)、クリスタルバイオレット(C.I.42555)、マラカイトグリーン(C.I.42000)、ビクトリアブルーFB(C.I.44045)、アクリジンオレンジNS(C.I.46005)、メチレンブルーB(C.I.52015)等が挙げられる。
【0040】
直接染料としては、例えば、C.I.ダイレクトレッド28、C.I.ダイレクトイエロー44、C.I.ダイレクトブルー86、C.I.ダイレクトブルー87、C.I.ダイレクトバイオレット51、C.I.ダイレクトブラック19等が挙げられる。
【0041】
食用色素としては、例えば、C.I.フードイエロー3、C.I.フードブラック2、コンゴーレッド(C.I.22120)、ダイレクトスカイブルー5B(C.I.24400)、バイオレットBB(C.I.27905)、ダイレクトディープブラックEX(C.I.30235)、カヤラスブラックGコンク(C.I.35225)、ダイレクトファストブラックG(C.I.35255)、フタロシアニンブルー(C.I.74180)等が挙げられる。
【0042】
顔料としては、例えば、無機、有機、加工顔料等が挙げられる。具体的には、顔料としては、カーボンブラック、アニリンブラック、群青、黄鉛、酸化チタン、酸化鉄、フタロシアニン系、アゾ系、キナクリドン系、キノフタロン系、トリフェニルメタン系、ペリノン系、ペリレン系、ジオキサジン系、アルミ顔料、パール顔料、蛍光顔料、蓄光顔料、補色顔料等が挙げられる。その他、顔料として、マイクロカプセル顔料を用いてもよい。マイクロカプセル顔料は、顔料を媒体中に分散させてなる着色体を公知のマイクロカプセル化法等により樹脂壁膜形成物質からなる殻体に内包又は固溶化させたものである。更に、顔料としては、顔料を透明または半透明の樹脂等で覆った着色樹脂粒子や、無色樹脂粒子を顔料もしくは染料で着色したもの等を用いることもできる。また、自己分散型顔料も用いることができる。
【0043】
染料の種類によっては、染料が微生物の養分となり、微生物が増殖するものがある。しかし、炭素数5以上のアルカンジオールと3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールを含んでなる本発明のインキ組成物は、その繁殖を抑制することが可能となる。特に、C.I.アシッドブルー90、C.I.ダイレクトブルー87の染料を用いた場合、微生物の養分となり、微生物が増殖する傾向が強いが、炭素数5以上のアルカンジオールと3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールの併用により、その増殖を抑制することができる。このように、本発明の筆記具用水性インキ組成物では、従来用いることが制限されていた染料についても使用が可能となり、筆記具用水性インキ組成物としての材料の選択範囲が広がることとなる。
【0044】
<水>
本発明によるインキ組成物は、水を含んでなる。用いられる水としては、特に制限はなく、例えば、水道水、イオン交換水、限外ろ過水または蒸留水などが挙げられる。
【0045】
<その他の添加剤>
本発明のインキ組成物は、必要に応じて任意の添加剤を含むことができる。用いることができる添加剤について説明すると以下の通りである。
【0046】
<水溶性有機溶剤>
本発明においては、水溶性有機溶剤を更に含んでなることが好ましい。水溶性有機溶剤としては、従来の筆記具用水性インキ組成物に用いられるものを使用することができる。
【0047】
例えば、(i)エチレングリコール、ブチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、またはグリセリンなどのグリコール類、(ii)メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、イソプロパノール、イソブタノール、t-ブタノール、プロパギルアルコール、アリルアルコール、3-メチル-1-ブチン-3-オール、エチレングリコールモノメチルエーテルアセタートやその他の高級アルコールなどのアルコール類、および(iii)エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、3-メトキシブタノール、または3-メトキシ-3-メチルブタノールなどのグリコールエーテル類などが挙げられる。これらを2種類以上組み合わせた混合物として使用することが可能である。
【0048】
本発明のインキ組成物に水溶性有機溶剤を用いる場合、多価アルコール溶剤を用いることが好ましい。多価アルコール溶剤を用いることにより、多価アルコール溶剤の吸湿効果をインキ組成物に付与することができ、ペン先からのインキ中の水分蒸発を効果的に抑制し、ペン先の耐ドライアップ性能が改良できる。また、上述のように、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールは、保湿効果も有することから、多価アルコールと併用することで、より一層、耐ドライアップ性能を改良できる。これにより、長期間、さらには乾燥状態が特に強い環境においてペン先が大気に晒された状態にあっても、書き出しからスムーズにインキが吐出され、カスレの少ない均一な筆跡を残すことができる。また、出没式筆記具のような、特に、ペン先が乾燥し易い環境におかれる筆記具にも好適に用いることができる。
【0049】
また、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールは、多価アルコール溶剤に対して良好な溶解性を示すため、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールがインキ組成物中で安定して存在しやすくなる傾向にあり、この点からも、本発明において、多価アルコール溶剤を含んでなることは、効果的である。
【0050】
また、前記多価アルコール溶剤の中でも、エチレングリコール、ジエチレングリコール、ブチレングリコールまたはグリセリンが好ましく、エチレングリコール、ジエチレングリコールまたはグリセリンがより好ましく、エチレングリコール、ジエチレングリコールが特に好ましい。
【0051】
前記水溶性有機溶剤を用いる場合、その含有率は、インキ組成物の総質量を基準として、0.1質量%~40質量%であることが好ましい。また、耐ドライアップ性能と筆跡耐水性および筆跡定着性をバランス良く向上させることを考慮すると、0.5質量%~40質量%であることが好ましく、0.5質量%~10質量%であることがより好ましく、1質量%~5質量%であることがさらに好ましい。
【0052】
<pH調整剤>
本発明によるインキ組成物は、pH調整剤を含むことができる。pH調整剤としては、アンモニア、炭酸ナトリウム、リン酸ナトリウム、水酸化ナトリウムなどの塩基性無機化合物、酢酸ナトリウム、トリエタノールアミン、ジエタノールアミンを例示として挙げられるようなアルカノールアミンなどの塩基性有機化合物、乳酸およびクエン酸などが挙げられる。インキ組成物の経時安定性を考慮すれば、塩基性有機化合物を用いることが好ましく、さらに、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールと炭素数5以上のアルカンジオールの効果が得られやすく、また、紙面に対する浸透性やペン芯の濡れ性に影響を与え難い、アルカノールアミンを用いることが好ましい。
これらのpH調整剤は2種類以上を組み合わせた混合物として使用することもできる。
【0053】
また、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールは、アルカノールアミンに対して良好な溶解性を示すため、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールがインキ組成物中で安定して存在しやすくなる傾向にあり、この点からも、本発明において、アルカノールアミンを含んでなることは、効果的である。
【0054】
なお、本発明のインキ組成物のpH値は11以下であることが好ましい。これは、pH値が11以下であれば、炭素数5以上のアルカンジールと3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールの効果を十分に得られやすく、高い抗菌性能が得らやすいためである。また、インキ組成物の経時安定性、インキ組成物が接触する金属部材の腐食防止の観点から、pH値は6以上であることが好ましい。したがって、インキ組成物のpH値は、6~11であることがより好ましく、8~11であることがさらに好ましい。なお、本発明において、pH値は、HM-30R型pHメーターを用いて、20℃にて測定した値を示すものである。
【0055】
<防錆剤>
本発明によるインキ組成物は、防錆剤を含むことができる。防錆剤としては、ベンゾトリアゾールおよびその誘導体、トリルトリアゾール、ジシクロヘキシルアンモニウムナイトライト、ジイソプロピルアンモニウムナイトライト、チオ硫酸ナトリウム、サポニン、またはジアルキルチオ尿素などが挙げられる。
【0056】
<キレート剤>
本発明によるインキ組成物は、キレート剤を含むことができる。キレート剤としては、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、ヒドロキシエチレンジアミン三酢酸(HEDTA)、グリコールエーテルジアミン四酢酸(GEDTA)、ニトリロ三酢酸(NTA)、ヒドロキシエチルイミノ二酢酸(HIDA)、ジヒドロキシエチルグリシン(DHEG)、ジエチレントリアミン五酢酸(DTPA)、トリエチレンテトラミン六酢酸(TTHA)およびそれらのアルカリ金属塩、アンモニウム塩またはアミン塩などの塩、フィチン酸、クエン酸、乳酸などの酸が挙げられる。
【0057】
なお、金属塩が微生物の成育を進めるため、金属塩を捕捉することが可能であるキレート剤を用いることで、より一層、保存安定性を高めることができる。このため、本発明において、キレート剤をさらに用いることは、より効果的である。
中でも、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)およびその塩、またはフィチン酸が効果的である。
【0058】
また、本発明のインキ組成物は、抗菌性、安全性に優れているため、上述の通り、インキ瓶などの開閉口を備えるインキ保管容器にインキ組成物が収容され、該インキ組成物を、分取して筆記具に繰り返し充填して用いるインキ組成物として、好適に用いることができる。
インキ保管容器は、安価で成形が容易で、さらに所望の強度が得られやすいという観点から、ガラス瓶が用いられることが多い。しかし、その反面、ガラス瓶は、特に廉価で汎用性の高いソーダ石灰ガラスなどを用いた場合、インキ組成物を長期間収容していると、インキ組成物中にガラス中のアルカリ成分が溶出する可能性が高く、この溶出したアルカリ成分と水性インキ組成物の成分が反応して、析出物が形成される可能性がある。従って、本発明に用いられるインキ組成物においては、ガラス製のインキ保管容器から溶出するアルカリ成分を捕捉し、該アルカリ成分がインキ組成物中の成分と反応して水に不溶な析出物などが発生することを防ぎ、発生した析出物などによりインキ流路が塞がれて、筆跡がかすれたり、筆記不能になることを抑制することができる前記キレート剤を含んでなることが好ましい。
アルカリ成分を十分に捕捉できること、また、インキ組成物のキレート剤の配合前後の物性や性能に変化を与えにくいこと、さらには、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールと、炭素数5以上のアルカンジオールとの相性、また、上述の通り、微生物の発生抑制の向上を考慮すると、前記キレート剤の中でも、アミノカルボン酸およびその塩を用いることが好ましく、より考慮すれば、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)およびその塩を用いることが好ましい。
【0059】
<保湿剤>
本発明によるインキ組成物は、保湿剤を含むことができる。保湿剤としては、上記の多価アルコールの他、尿素、ソルビット、N,N,N-トリアルキルアミノ酸、またはヒアルロン酸類などが挙げられる。
【0060】
<界面活性剤>
本発明によるインキ組成物は、界面活性剤をさらに含むことができる。このような界面活性剤としては、非イオン性界面活性剤、アニオン系界面活性剤、カチオン系界面活性剤、また、アセチレン結合を構造中に有した界面活性剤、シリコーン系界面活性剤、リン酸エステル系界面活性剤、またはフッ素系界面活性剤などを挙げることができる。これらの界面活性剤は、インキ組成物の表面張力を適正な範囲に調整し、ペン芯に対する濡れ性を良好に保つ効果がある。このため、耐ボタ落ち性を改良でき、また、良好なインキ吐出性が得られやすく、カスレなどが抑制された良好な筆跡を得ることができる。
【0061】
このような界面活性剤として、非イオン性界面活性剤を用いることが好ましい。これは、非イオン性界面活性剤は、炭素数5以上のアルカンジオールや、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールの抗菌効果を阻害することなく、上記界面活性剤の効果が十分に得られるためである。また、非イオン性界面活性剤の中でも、ポリオキシアルキレン構造を有するもの、例えば、ポリエーテルアミンや、ポリオキシアルキレングリコールなどは、特に、上記効果が得られやすく、本発明において効果的である。さらに、ポリオキシアルキレン構造を有するものの中でも、ポリオキシエチレン構造を有する界面活性剤が好ましい。これは、水に対する溶解安定性に優れ、効果を一層得られやすいためである。
【0062】
また、脂肪酸などの潤滑剤やアクリル系樹脂、ウレタン系樹脂、スチレン-ブタジエン系樹脂、ポリエステル系樹脂、酢酸ビニル系樹脂などの各種樹脂なども、インキの物性や機能を向上させる目的で添加することができる。
【0063】
<インキ組成物の物性>
本発明によるインキ組成物は、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールと炭素数5以上のアルカンジオールを用いることで、インキの表面張力を適正に維持することができる。
インキ組成物の表面張力は、20℃環境下において、30mN/m~65mN/mであることが好ましい。
インキ組成物の表面張力が、上記数値の範囲内であれば、ペン芯を備える筆記具に用いた場合、ペン芯に対する濡れ性を適度に保つことができる。これにより、インキ貯蔵体の内圧が上昇した際にも、溢出したインキがペン芯内のインキ保留部に円滑に入るため、筆記先端からのインキのボタ落ちを効果的に抑制することが可能となり、さらに、インキの吐出性が良好に調整されるため、カスレなどの少ない良好な筆跡を得ることができる。さらに、上記効果の向上を考慮すると、35mN/m~65mN/mであることがより好ましく、40mN/m~60mN/mであることがさらに好ましく、45mN/m~55mN/mであることが特に好ましい。
本発明のインキ組成物は、上記のような表面張力にも、抗菌性と安全性を維持しながら、調整することが可能である。このため、本発明のインキ組成物は、ペン芯を備える筆記具に、好適に用いることができる。
なお、インキ組成物の表面張力は、表面張力計測器(機種:DY-200、協和界面科学株式会社製、20℃、白金プレート、垂直平板法)により測定することができる。
【0064】
また、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールと炭素数5以上のアルカンジオールは、抗菌効果を十分に得るために必要な量を添加しても、インキ粘度に影響を及ぼし難く、よって、インキ粘度を抑えることも十分可能である。
このため、B型回転粘度計を用いて、回転数60rpm、20℃で測定したインキ粘度が、50mPa・s以下に調整することも可能であり、さらには、10mPa・s以下に調整することも可能である。
特に、ペン芯を備えるとともに、万年筆形態のペン先を有する筆記具においては、そのペン芯の性能を十分に働かせ、ボタ落ちを抑制し、ペン先からのインキ吐出性も良好とする必要があるため、5mPa・s以下、さらには、2mPa・s以下に調整することが好ましい。本発明のインキ組成物はそのような低粘度にも、抗菌性と安全性を維持しながら、調整することが可能である。このため、本発明のインキ組成物は、ペン芯を備えるとともに、万年筆形態のペン先を有する筆記具に、特に好適に用いることができる。
なお、粘度の測定は、B型回転粘度計(機種:BLII、ローター:BLアダプタ、東機産業株式会社製)を用いて行うことができる。
【0065】
<インキ組成物の製造方法>
本発明によるインキ組成物は、従来知られている任意の方法により製造することができる。具体的には、前記各成分を必要量配合し、マグネチックスターラー、プロペラ撹拌機、ホモジナイザー撹拌機、ホモディスパー、ホモミキサー、遊星式撹拌機などの各種撹拌機やビーズミルなどの各種分散機などにて混合し、製造することができる。
【0066】
<筆記具>
本発明の筆記具用水性インキ組成物は、繊維チップ、フェルトチップ、プラスチックチップまたはボールペンチップなどをペン先としたマーキングペンやボールペン、金属製の万年筆形態を有するペン先を用いた万年筆などの筆記具に用いることができる。
【0067】
また、本発明による筆記具は、筆記具本体内部をインキ貯蔵体とし、インキ組成物を直に充填する構成であってもよい。また、筆記具は、インキ組成物を充填するインキ貯蔵体を筆記具本体内部に具備した構成であってもよい。
【0068】
インキ貯蔵体としては、筆記具本体やペン芯などに着脱自在に交換可能であり、予めインキ組成物が充填されたカートリッジ式や、インキ瓶などのようなインキ保管容器からインキ組成物を充填することが可能な吸入機構を備えたインキ吸入式、などが挙げられる。
【0069】
吸入機構は、筆記具本体内に直に設ける構成であってもよく、コンバーターのように筆記具本体やペン芯などに着脱可能に装着する構成であってもよい。
【0070】
インキ貯蔵体が、筆記具本体やペン芯などに着脱自在に交換可能であり、予めインキ組成物が充填されたカートリッジ式である筆記具や、インキ保管容器からインキ組成物を充填することが可能な吸入機構を備えたインキ吸入式である筆記具では、使用者がインキを繰り返し、筆記具に補充することから、微生物が混入してしまい、これに起因する析出物や凝集物等の異物によって、筆記に悪影響を及ぼす可能性が高いため、優れた抗菌性能を有するインキ組成物を用いる必要がある。しかしその一方で、使用者が直接インキに触れる可能性も高く、安全性にも優れたインキ組成物である必要がある。本発明のインキ組成物は、抗菌性能に十分優れながらも、安全性にも優れているため、上述のような筆記具に、特に好適に用いることができる。
【0071】
また、本発明の筆記具におけるペン先の出没機構は、特に限定されず、ペン先を覆うキャップを備えたキャップ式、ノック式、回転式およびスライド式などが挙げられる。また、軸筒内にペン先を収容可能な出没式であってもよい。
【0072】
また、筆記具におけるインキ供給機構についても特に限定されるものではなく、インキ供給機構は、例えば、以下の機構1~機構4等であってもよい。
【0073】
(機構1)繊維束などからなるインキ誘導芯をインキ流量調節部材として備え、水性インキ組成物をペン先に供給する機構。
(機構2)一時的にインキを貯留するくし溝とインキ流通路と空気通路を有するペン芯を介して水性インキ組成物をペン先に供給する機構。
(機構3)弁機構によるインキ流量調節部材を備え、水性インキ組成物をペン先に供給する機構。
(機構4)ペン先を具備したインキ貯蔵体または軸筒より、水性インキ組成物を直接、ペン先に供給する機構。
【0074】
前述の通り、本発明のインキ組成物は、低粘度インキ組成物にも調整しやすいため、(1)(2)(3)のインキ供給機構を備える筆記具に好適に用いることができる。
また、中でも、(2)のインキ供給機構を備える筆記具は、微生物の増殖に起因する析出物や凝集物などの異物の影響を受けて、ペン芯の機能を十分に働かすことができなくなる可能性がある。よって、抗菌性能に十分に優れた本発明のインキ組成物は、特に(2)のインキ供給機構を備える筆記具用水性インキ組成物として、好適に用いることができる。
【0075】
なお、前記筆記具の具体的例としては、万年筆、ボールペン、カリグラフィー用ペンなどが挙げられるが、中でも、本発明のインキ組成物は、万年筆用のインキ組成物として特に好適に用いることができる。
【0076】
その他の実施形態において、筆記具は、マーキングペンであり、ペン先は、特に限定されず、例えば、繊維チップ、フェルトチップまたはプラスチックチップなどであってよく、さらに、その形状は、砲弾型、チゼル型または筆ペン型などであってよい。
【0077】
その他の実施形態において、筆記具は、ボールペンであり、(4)のインキ供給機構を備えるボールペンやインキ逆流防止体を備えたボールペンにも用いることができる。
【0078】
<水性インキ製品>
本発明のインキ組成物は、該インキ組成物をインキ保管容器に収容した水性インキ製品に用いることができる。保管容器に収容されたインキは、該保管容器から分取して使用するため、該インキは、外気に触れる機会が多くなり、その結果、微生物が繁殖する可能性が増加し、保存安定性を保つことが困難になる可能性がある。また、開閉口を有する保管容器に収容されたインキを分取して使用する場合には、該インキが、使用者の皮膚に触れる可能性もある。このため、抗菌性と安全性に優れた本発明のインキ組成物は、インキ保管容器にインキ組成物が収容されるような水性インキ製品に、好適に用いることができる。
さらに、インキ保管容器がインキを分取するための開閉口を有し、インキ保管容器から分取されたインキ組成物が、インキ流量調節体としてペン芯を備える筆記具に充填されて使用される、水性インキ製品に、特に効果的である。
このような水性インキ製品は、上述の通り、インキを分取するための開閉口を有しており、インキ組成物に微生物が混入し、増殖する可能性が高い上、ペン芯を備える筆記具に充填され使用されるために、前述のように、微生物の混入に起因する析出物や凝集物等の異物により、ペン芯の機能を十分に得ることができなくなる可能性が高く、使用者が直接インキに触れる可能性も高いためである。
【0079】
なお、本発明に用いるインキ保管容器には、通常のインキ保管用や詰め替え用インキに使用されるインキ保管容器を用いることができる。具体的には、ガラス製のインキ瓶や、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレートなど樹脂製の容器などが挙げられる。
【実施例0080】
以下、実施例により、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0081】
(実施例1)
・3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオール0.05質量%
・1,2-ペンタンジオール 2.0質量%
・着色剤(C.I.ダイレクトブルー87:青色染料) 2.0質量%
・水溶性有機溶剤(エチレングリコール) 2.0質量%
・pH調整剤(トリエタノールアミン) 2.0質量%
・キレート剤(エチレンジアミン四酢酸ナトリウム) 0.1質量%
・界面活性剤(ポリオキシエチレン構造を有する界面活性剤) 0.1質量%
・イオン交換水 残部
イオン交換水に、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールをpH調整剤に溶解させたものと、炭素数5以上のアルカンジオールと、水溶性有機溶剤と、キレート剤と、界面活性剤を添加し、プロペラ撹拌により混合してベース液を得た。その後、ベース液に着色剤を添加し、プロペラ撹拌により混合して、筆記具用水性インキ組成物を得た。得られた筆記具用水性インキ組成物の粘度を、JIS Z 8803:2011に従って、B型回転粘度計(機種:BLII、ローター:BLアダプタ、東機産業株式会社製、サンプル量20ml)により測定した。具体的には、20℃、回転速度60rpmにおけるインキ粘度は1.40mPa・sであった。また、得られた筆記具用水性インキ組成物の表面張力を、表面張力計測器(機種:DY-200、協和界面科学株式会社製、20℃環境下、白金プレート、垂直平板法)により測定したところ、38.6mN/mであった。さらに、IM-40S型pHメーター(東亜ディーケーケー株式会社製)を用いて、20℃において水性インキ組成物のpHを測定した結果、pHは9.27であった。
【0082】
(実施例2~9、比較例1~4)
原材料の種類および配合量を変更して、実施例1と同様の方法により、実施例および比較例のインキ組成物を得た。調製されたインキ組成物の組成は、表1、表2に示した通りである。
なお、実施例2の筆記具用水性インキ組成物のインキ粘度、表面張力およびpHを、実施例1のインキ組成物と同様に測定したところ、インキ粘度は1.40mPa・sであり、表面張力は35.5mN/mであり、pHは9.27であった。
【0083】
【0084】
【0085】
<試験および評価>
得られた実施例、比較例のインキ組成物について、以下の方法で評価を行い、結果を表に示した。
【0086】
<抗菌性能試験>
実施例、比較例のインキ組成物中に、大腸菌(細菌)、サッカロマイセス・セレビシエ(酵母)、アスペルギルスsp.(カビ:BIT耐性菌)をそれぞれインキ組成物1mlあたり約1.0×106個になるように接種し、3日間放置後の各インキ組成物を試験インキとした。この各試験インキをポテトデキストロース寒天培地による混釈平板法にて28℃で7日間培養し、検出した菌数から抗菌性能を評価した。
◎:検出した菌数が、1×100cfu/ml未満である。
○:検出した菌数が、1×100cfu/ml以上1×102cfu/ml未満である。
△:検出した菌数が、1×102cfu/ml以上1×106cfu/ml未満である。
×:検出した菌数が、1×106cfu/ml以上である。
【0087】
<安全性評価>
実施例、比較例のインキ組成物の安全性を、以下の評価基準に従い評価した。
◎:1,2-ペンタンジオールの含有率がインキ組成物の総質量を基準として2.5質量%以下であること、1,2-ヘキサンジオールの含有率がインキ組成物の総質量を基準として1.5質量%以下であること、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールの含有率がインキ組成物の総質量を基準として0.1質量%以下であることのすべてを満たす。
○:1,2-ペンタンジオールの含有率がインキ組成物の総質量を基準として2.5質量%以下であること、1,2-ヘキサンジオールの含有率がインキ組成物の総質量を基準として1.5質量%以下であること、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールの含有率がインキ組成物の総質量を基準として0.1質量%以下であることのいずれか二つを満たす。
△:1,2-ペンタンジオールの含有率がインキ組成物の総質量を基準として2.5質量%以下であること、1,2-ヘキサンジオールの含有率がインキ組成物の総質量を基準として1.5質量%以下であること、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールの含有率がインキ組成物の総質量を基準として0.1質量%以下であることのいずれか一つのみ満たす。
×:1,2-ペンタンジオールの含有率がインキ組成物の総質量を基準として2.5質量%以下であること、1,2-ヘキサンジオールの含有率がインキ組成物の総質量を基準として1.5質量%以下であること、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールの含有率がインキ組成物の総質量を基準として0.1質量%以下であることのすべてを満たさない。
【0088】
<筆記性試験>
実施例、比較例のインキ組成物をポリエチレン製のインキカートリッジに注入し、株式会社パイロットコーポレーション製万年筆(商品名;カスタム74(FKKN-12SR)、ペン種M)に装着し、筆記用紙Aに筆記を行った。その際の筆跡を目視により観察し、以下の評価基準に従い評価した。
○:筆跡にカスレのない、良好な筆跡が得られた。
△:筆跡にカスレが生じた。
×:筆跡に激しいカスレが生じた。
【0089】
<耐ボタ落ち性試験>
実施例、比較例のインキ組成物をポリエチレン製のインキカートリッジに注入し、株式会社パイロットコーポレーション製万年筆(商品名;キャップレス(FCN-1MR)、ペン種M)に装着し、万年筆を減圧下(70mmHg)に1分間静置して、ペン先からのインキの漏れ出しを観察し、以下の評価基準に従い評価した。
○:ペン先からのインキ組成物のボタ落ち発生なし。
×:ペン先からのインキ組成物のボタ落ち発生あり。
【0090】
また、インキ保管容器(開閉口を有するガラス瓶)に収容した実施例のインキ組成物を、万年筆に繰返し充填して筆記した際にも、その筆跡はカスレの少ない良好な筆跡が得られた。
【0091】
以上より、水と、着色剤と、炭素数5以上のアルカンジオールと、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールとを含んでなる筆記具用水性インキ組成物は、良好な筆記性能を十分に維持しながら、高い抗菌性能による優れた保存安定性を示し、また、安全性にも優れたものであることがわかった。
【0092】
以上のように、本発明の第1の実施態様は、
水と、着色剤と、炭素数5以上のアルカンジオールと、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールとを含んでなることを特徴とする、筆記具用水性インキ組成物である。
【0093】
本発明の第2の実施態様は、第1の実施態様において、炭素数5以上のアルカンジオールに対する、3-[2-(エチルヘキシル)オキシル]-1,2-プロパンジオールとの含有比が、質量基準で1未満である、筆記具用水性インキ組成物である。
【0094】
本発明の第3の実施態様は、第1または第2の実施態様において、イソチアゾリン系化合物を更に含んでなる、筆記具用水性インキ組成物である。
【0095】
本発明の第4の実施態様は、第1から第3の実施態様の何れかの筆記具用水性インキ組成物をインキ保管容器に収容してなる水性インキ製品である。
【0096】
本発明の第5の実施態様は、第1から第3の実施態様の何れかの筆記具用水性インキ組成物を収容してなる筆記具である。
本発明の筆記具用水性インキ組成物は、万年筆、ボールペン、筆ペン、カリグラフィーペン、各種マーカー類など、各種筆記具に用いることができる。特に、保存安定性および安全性の向上が図られていることから、万年筆やつけペンなどの、インキが外気に触れることが多い筆記具用のインキ組成物として好適に用いることができる。