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特開2023-176316セラミックス基複合材料とその製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023176316
(43)【公開日】2023-12-13
(54)【発明の名称】セラミックス基複合材料とその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/80 20060101AFI20231206BHJP
   C04B 35/653 20060101ALI20231206BHJP
【FI】
C04B35/80
C04B35/653
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022088542
(22)【出願日】2022-05-31
(71)【出願人】
【識別番号】500302552
【氏名又は名称】株式会社IHIエアロスペース
(71)【出願人】
【識別番号】503361400
【氏名又は名称】国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】100097515
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 実
(74)【代理人】
【識別番号】100136700
【弁理士】
【氏名又は名称】野村 俊博
(72)【発明者】
【氏名】久保田 勇希
(72)【発明者】
【氏名】宇田 道正
(72)【発明者】
【氏名】高田 卓弥
(72)【発明者】
【氏名】青木 卓哉
(57)【要約】
【課題】セラミックス基複合材料において、耐熱性を有しつつクラックの発生が抑えられたマトックスを得るための新たな技術を提供する。
【解決手段】マトリックスと、マトリックス内に設けられた強化繊維とを備えるセラミックス基複合材料の製造方法では、マトリックスの液体原料内に強化繊維を配置し(ステップS2)、液体原料内の強化繊維をマトリックス形成温度に加熱し(ステップS31)、液体原料内の強化繊維を耐熱性付与温度に加熱する(ステップS32)。耐熱性付与温度は、マトリックス形成温度を超える温度であり、ステップS31とステップS32を繰り返し行う。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
マトリックスと、前記マトリックス内に設けられた強化繊維とを備えるセラミックス基複合材料の製造方法であって、
(A)前記マトリックスの液体原料内に強化繊維を配置し、
(B)前記液体原料内の前記強化繊維をマトリックス形成温度に加熱し、
(C)前記液体原料内の前記強化繊維を耐熱性付与温度に加熱し、
耐熱性付与温度は、マトリックス形成温度を超える温度であり、前記(B)と前記(C)を繰り返し行う、セラミックス基複合材料の製造方法。
【請求項2】
前記(B)において、
(B1)前記強化繊維の温度が、前記強化繊維に対してマトリックスが堆積する第1温度範囲内のマトリックス形成温度になるように、前記強化繊維の温度を上昇させ、
(B2)前記強化繊維の温度が、前記強化繊維に対してマトリックスが堆積しない第2温度範囲内の温度になるように、前記強化繊維の温度を下降させ、
各回の前記(B)において、前記(B1)と前記(B2)を繰り返す、請求項1に記載のセラミックス基複合材料の製造方法。
【請求項3】
前記(C)において、前記強化繊維の温度が、前記セラミックス基複合材料の使用環境に対する耐熱性を付与するための第3温度範囲内の耐熱性付与温度になるように、前記強化繊維の温度を上昇させる、請求項1又は2に記載のセラミックス基複合材料の製造方法。
【請求項4】
第2温度範囲の下限は、前記液体原料の沸点以上であり、あるいは、第2温度範囲の上限は、液体原料の沸点よりも低い、請求項2に記載のセラミックス基複合材料の製造方法。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載のセラミックス基複合材料の製造方法により製造されたセラミックス基複合材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セラミックスで形成されたマトリックスと、マトリックス内に設けられた強化繊維とを備えるセラミックス基複合材料に関する。また、本発明は、セラミックス基複合材料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セラミックス基複合材料は、ロケットのエンジンや航空機のジェットエンジンなどにおいて高温構造部材として使用されている。セラミックス基複合材料は、セラミックスをマトリックスとし、マトリックス内に強化繊維が設けられた材料である。セラミックスとして例えば炭化ケイ素が用いられている。
【0003】
セラミックス基複合材料のマトリックス生成方法の1つとして膜沸騰法(FB:Film Boiling)がある。膜沸騰法では、例えば次のようにマトリックスを形成することができる。強化繊維を、マトリックスの液体原料(例えばLPCS:Liquid Polycarbosilane)内に配置し、この状態で、強化繊維を加熱する。これにより、LPCSによるマトリックスが強化繊維に析出して形成される。その後、マトリックスが形成された強化繊維を、例えば加熱炉において、更に高い温度(例えば1200℃以上の高温)で熱処理することにより、マトリックスの耐熱性を向上させる。膜沸騰法は、例えば下記の非特許文献1に記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Min Mei et al. 「Preparation of C/SiC composites by pulse chemical liquid-vapor deposition process」,Materials Letters 82 (2012) 36-38
【非特許文献2】C. Besnarda et al. 「Synthesis of hexacelsian barium aluminosilicate by film boiling chemical vapour process」,Journal of the European Ceramic Society 40 (2020) 3494-3497
【非特許文献3】Masanori SHIMIZU et al. 「Crystallization Behavior and Change in Surface Area of Alkoxide-Derived Mullite Precursor Powders with Different Compositions」,Journal of the Ceramic Society of Japan 105 [2] 131-135 (1997)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
膜沸騰法によりマトリックスが形成された強化繊維を上述のように高温で熱処理すると、マトリックスの耐熱性は向上するが、マトリックスの体積が収縮し、その結果、マトリックスにクラックが生じてしまう。
また、膜沸騰法によりセラミックス基複合材料を製造する場合には、上述のように、膜沸騰法によるマトリックス形成の後に、例えば加熱炉において、マトリックスに耐熱性を向上させるための熱処理を追加で行うことになる。
【0006】
そこで、本発明の目的は、膜沸騰法によりセラミックス基複合材料を製造する場合に、膜沸騰法の処理の後に追加の熱処理を行わなくても耐熱性を有するマトリックスを備えたセラミックス基複合材料の製造方法を提供することにある。
また、本発明の目的は、耐熱性を有しつつクラックの発生が抑えられたマトックスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述の目的を達成するため、本発明によると、マトリックスと、前記マトリックス内に設けられた強化繊維とを備えるセラミックス基複合材料の製造方法であって、
(A)前記マトリックスの液体原料内に強化繊維を配置し、
(B)前記液体原料内の前記強化繊維をマトリックス形成温度に加熱し、
(C)前記液体原料内の前記強化繊維を耐熱性付与温度に加熱し、
耐熱性付与温度は、マトリックス形成温度を超える温度であり、前記(B)と前記(C)を繰り返し行う、セラミックス基複合材料の製造方法が提供される。
【0008】
また、本発明によると、この製造方法により製造されたセラミックス基複合材料が提供される。
【発明の効果】
【0009】
本発明の製造方法によると、膜沸騰法の処理の後に追加の熱処理を行わなくても耐熱性を有するマトリックスを備えたセラミックス基複合材料を製造できる。
また、本発明のセラミックス基複合材料は、耐熱性を有しつつクラックの発生が抑えられたマトックスを有する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の実施形態によるセラミックス基複合材料の断面を示す拡大概略構成図である。
図2A図1の2A-2A断面図である。
図2B】本実施形態の場合を示す図2Aの断面において単位領域を示した図である。
図2C図2Bに対応するが、参考例の場合を示す。
図3図1の部分拡大図に相当する。
図4】本発明の実施形態によるセラミックス基複合材料の製造方法を示すフローチャートである。
図5A】本発明の実施形態による製造方法で用いられる取付具の構成例を示す。
図5B図5Aの5B-5B矢視図である。
図5C図5Aの5C-5C矢視図である。
図6図5Aの取付具を、液体原料を保持する処理容器内に配置した状態を示す。
図7】実施例における膜沸騰法での温度変化を示すグラフである。
図8A-8E】実施例で得られたセラミックス基複合材料の、走査電子顕微鏡による画像である。
図9】比較例1における膜沸騰法での温度変化を示すグラフである。
図10A-10E】比較例1で得られたセラミックス基複合材料の、走査電子顕微鏡による画像である。
図11】比較例2における膜沸騰法での温度変化を示すグラフである。
図12A-12E】比較例2で得られたセラミックス基複合材料の、走査電子顕微鏡による画像である。
図13A】熱暴露試験を行う前の実施例のセラミックス基複合材料の、走査電子顕微鏡による画像である。
図13B】熱暴露試験を行った後の実施例のセラミックス基複合材料の、走査電子顕微鏡による画像である。
図14】熱暴露試験を行った後の実施例のセラミックス基複合材料の、走査電子顕微鏡による別の画像である。
図15A】熱暴露試験を行う前の比較例1のセラミックス基複合材料の、走査電子顕微鏡による画像である。
図15B】熱暴露試験を行った後の比較例1のセラミックス基複合材料の、走査電子顕微鏡による画像である。
図16】実施例と比較例2のセラミックス基複合材料の質量と温度との関係を示すグラフである。
図17】実施例と比較例によりそれぞれ製造されたセラミックス基複合材料についての貫通型クラック率の計測値を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。なお、各図において共通する部分には同一の符号を付し、重複した説明を省略する。
【0012】
図1は、本発明の実施形態によるセラミックス基複合材料10の断面における外表面付近を示す拡大概略構成図である。図2Aは、図1の2A-2A断面図である。セラミックス基複合材料10は、ロケットのエンジンや航空機のジェットエンジンなどにおいて高温構造部材として使用されるものであってよい。セラミックス基複合材料10は、マトリックス3と、マトリックス3内に設けられた強化繊維5とを備える。
【0013】
マトリックス3は、セラミックスで形成されており、セラミックス基複合材料10の母材である。マトリックス3は、主に炭化ケイ素(SiC)により形成されたものであってよいが、他のセラミックスで形成されていてもよい。
【0014】
強化繊維5は、糸状に延びるものであり、複数本(例えば多数本)の強化繊維5が、マトリックス3の内部に配置されている。例えば、多数本の強化繊維5により形成された(織られた又は編まれた)繊維体がマトリックス3の内部に配置されていてよい。強化繊維5は、セラミックスの繊維であってよい。強化繊維5は、例えば炭素繊維又は炭化ケイ素繊維であってよい。ただし、強化繊維5は、これらに限定されず、例えば、アルミナ繊維、ムライト繊維、ジルコニア繊維などの耐熱性酸化物繊維であってもよい。
【0015】
マトリックス3は、図1図2Aに示すように、複数(多数)の層7が積み重なった層構造を有していてよい。層構造については後述する。
【0016】
本実施形態によるセラミックス基複合材料10のマトックス3は、セラミックス基複合材料10の使用環境における想定上限温度に対して耐熱性を有しつつ、クラックの発生が抑えられている(すなわち、マトリックス内に生じているクラックの大きさと数が抑えられている)。想定上限温度は、例えば1400℃以上であり1600℃以下の範囲内の温度(例えば1400℃)であってよいが、この範囲内の温度に限定されない。
【0017】
以下において、セラミックス基複合材料10の一例を、マトリックス3における貫通型クラック2aと貫通型クラック率に基づいて説明する。しかし、本実施形態によるセラミックス基複合材料10(すなわち、後述の製造方法により製造されるセラミックス基複合材料10)は、貫通型クラック率に関して以下で説明する構成に限定されず、その使用環境における想定上限温度に対して耐熱性を有しつつ、クラック(貫通型クラック2aと途中停止型クラック2b)の発生が抑えられているものであればよい。
【0018】
貫通型クラック2aは、マトリックス3の外表面3aと強化繊維5の両方に達しているクラックである。すなわち、貫通型クラック2aは、外表面3aに開口しており、当該開口からマトリックス3内の強化繊維5まで延びているクラックである。途中停止型クラック2bは、マトリックス3の外表面3aと強化繊維5の両方に達していないクラックである。すなわち、途中停止型クラック2bとして、マトリックス3の外表面3aと強化繊維5の一方にのみ達しているクラックと、マトリックス3の外表面3aと強化繊維5のいずれにも達していないクラックがある。
【0019】
一例では、セラミックス基複合材料10の使用環境での想定上限温度に加熱される前と後のいずれにおいても、セラミックス基複合材料10の任意の断面(以下で単に材料断面ともいう)における貫通型クラック率が上限値以下に保たれるように、セラミックス基複合材料10は構成されていてよい。この上限値は、例えば0.5%以下であるが、これに限定されない。
【0020】
貫通型クラック率は、材料断面において外表面3aに沿った任意の単位領域(後述の図2Bを参照)の長さに対する、当該単位領域内における貫通型クラック2aの幅の合計値の割合である。どの材料断面におけるどの単位領域についても、セラミックス基複合材料10の使用環境での想定上限温度に加熱される前と後のいずれにおいても、セラミックス基複合材料10の貫通型クラック率の上限値は、一例では0.5%以下、0.1%以下、又はゼロ%であってよい。
【0021】
材料断面において、貫通型クラック2aが外表面3aに沿う方向に長く延びている場合には、単位領域内における当該貫通型クラック2aの幅は、当該材料断面に直交する方向の幅である。なお、材料断面は、セラミックス基複合材料10を、外表面3aと垂直な平面で仮に切断した場合の断面である。
【0022】
貫通型クラック率は、次の式(1)で表すことができる。すなわち、式(1)により算出される値が、貫通型クラック率(%)である。
【0023】
【数1】
【0024】
ここで、Nは、単位領域内に存在する貫通型クラック2aの数であり、mは、貫通型クラック2aの識別番号であり、wは、識別番号がmである貫通型クラック2aの幅であり、Σはm=1からm=Nまでのwの合計を示し、Lは、マトリックス3の外表面3aに沿う方向における単位領域の長さである。
【0025】
マトリックス3の外表面3aに沿った単位領域の長さとは、材料断面における長さであって、100μm以上であって1000μm以下の範囲内の長さ(例えば300μm又は700μm)であってよいが、この範囲内の長さに限定されない。
【0026】
図2Bは、本実施形態の場合を示す図2Aの断面において、単位領域を示した図である。図2Cは、図2Bに対応するが、参考例(例えば後述の比較例1又は2)の場合を示す。図2B図2Cにおいて互いに連続する2つの単位領域(破線で囲んだ領域)を図示している。また、外表面3aに沿った単位領域の長さ(直線的な長さ)を両方向矢印で示している。
【0027】
本実施形態の場合の一例を示す図2Bにおいて、貫通型クラック2aが存在していないので、貫通型クラック率はゼロである。
【0028】
参考例の場合を示す図2Cの場合には、いずれの単位領域においても、貫通型クラック2aが2つ存在する。したがって、貫通型クラック率の上記計算式(1)は、次の式(2)となる。
【0029】
【数2】
【0030】
ここで、wは、単位領域内の一方の貫通型クラック2aの幅(図2Cの左右方向の寸法)であり、wは、当該単位領域内の他方の貫通型クラック2aの幅(図2Cの左右方向の寸法)である。参考例の場合、貫通型クラック率は、例えば1%よりも大きくなる。
【0031】
マトリックス3は、図1図2Aに示すように、複数(多数)の層7が積み重なった層構造を有していてよい。この場合、マトリックス3の全体が当該層構造となっていてもよい。すなわち、マトリックス3の全体が、互いに積層された多数の層7により形成されていてもよい。あるいは、マトリックス3において、層構造になっている領域(例えば、外表面3aから強化繊維5に達するまでの領域)と、層構造になっていない領域(例えば、一部の隣接する強化繊維5同士の間の領域)とが存在していてもよい。層構造になっていない領域は、例えば後述の後述の製造方法において、熱分解ガスの濃度や温度条件などの影響により、セラミックス(マトリックス3)の析出速度が速くなり過ぎてしまった領域である。層構造の各層7の厚みは、1μm以上であり10μm以下であってもよいし、又は、2μm以上であり8μm以下であってもよいが、これらの範囲内の厚みに限定されない。
【0032】
層構造では、例えば、強化繊維5毎に、当該強化繊維5を中心に、当該強化繊維5を覆うように対応する複数の層7が形成されていてよい。このように各強化繊維5について、その断面において、当該強化繊維5の外周面を囲むように当該外周面の側から順に複数(多数)の層7が積層されている。この場合、任意の1本の強化繊維5を中心に形成された層7(又は後述の副層7a,7b又は7c)が、他の1本の強化繊維5を中心に又は他の複数本の各々の強化繊維5を中心に形成された層7(又は副層7a,7b又は7c)と接触するようになる箇所では、互いに接触するこれらの層7(又は副層7a,7b又は7c)は、これらの強化繊維5を囲む1つの共通層(又は共通副層)をなすように形成されている。共通層7よりも内側に位置し共通層7ではない各層7は、対応する1つの強化繊維5のみを囲むように形成されていてよい。共通層7は、複数又は多数形成されていてよい。
【0033】
マトリックス3の層構造は、次の(A)~(C)の特徴を有していてよい。
【0034】
(A)互いに隣接する層7同士の境界においてマトリックス3の弾性率が急激に(例えば不連続に)変化している。すなわち、互いに隣接する層7について、当該両層7の一方から当該両層7の他方へ移行すると、マトリックス3の弾性率が急激に変化する。互いに隣接する層7同士の各対について、当該層7同士の境界においてマトリックス3の弾性率が急激に変化していてよい。
【0035】
(B)互いに隣接する層7同士の境界においてマトリックス3の結晶化度が急激に(例えば不連続に)変化している。すなわち、互いに隣接する層7について、当該両層7の一方から当該両層7の他方へ移行すると、マトリックス3の結晶化度が急激に変化する。互いに隣接する層7同士の各対について、当該層7同士の境界においてマトリックス3の結晶化度が急激に変化していてよい。結晶化度は、層7において当該層7の全体積に対して結晶が占める体積の割合、層7における結晶粒子サイズ(例えば平均結晶粒子サイズ)、又は、これらの両方を考慮した結晶化度であってもよい。なお、これらの両方を考慮した結晶化度は、例えば、上記体積の割合に所定の係数k1を乗算した値と、上記結晶粒子サイズに所定の係数k2を乗算した値との和であってよい。
【0036】
(C)互いに隣接する層7同士の境界においてマトリックス3の組成が急激に(例えば不連続に)変化している。すなわち、互いに隣接する層7について、当該両層7の一方から当該両層7の他方へ移行すると、マトリックス3の組成が急激に変化する。互いに隣接する層7同士の各対について、当該層7同士の境界においてマトリックス3の組成が急激に変化していてよい。ここで、組成とは、マトリックス3を構成している主な複数の元素同士(例えば特定の2つの元素)の原子数の比率であってよい。マトリックス3が主に炭化ケイ素により形成されている場合には、上記組成は、ケイ素に対する炭素の原子数比率であってよい。すなわち、上記組成は、Si原子の数に対するC原子の数の比率(以下でC/Si比率という)であってよい。
【0037】
マトリックス3が主に炭化ケイ素により形成されている場合に、マトリックス3において、炭化ケイ素を構成していない炭素Cが隣接する二つの結晶粒の間(例えば結晶粒界)に存在し、もしくは、炭素Cの原子数が多めとなり結晶構造が歪んだSiCが存在していてよい。また、この場合、一例では、C/Si比率は1より大きく、マトリックス3において全てのケイ素Siは炭化ケイ素を構成していてよい。
【0038】
上記(A)は、上記(B)により得られてよく、上記(B)は、上記(C)により得られてよい。例えば、結晶化度が相対的に高い層7は、弾性率が相対的に高い層7であり、結晶化度が相対的に低い層7は、弾性率が相対的に低い層7であってよい。また、上述のC/Si比率は、上述の結晶化度および弾性率を表わしていてよい。この場合、C/Si比率が低いことは、結晶化度が高く、その結果、弾性率が高いことを示している。したがって、C/Si比率が低い層7ほど、結晶の割合が大きく、又は、結晶粒子サイズが大きいので、当該層7は、結晶化度が高く、弾性率が高い。一方、C/Si比率が高い層7ほど、炭素Cの割合が多いので、当該層7は、相対的に非晶質に近く、又は、結晶粒子サイズが小さく、したがって、弾性率が低い。
【0039】
なお、マトリックス3の層構造は、必ずしも上記(A)~(C)の全ての特徴を有していなくてもよく、上記(A)~(C)のいずれか1つ又は2つの特徴を有していてもよい。例えば、互いに隣接する層7同士の境界において、マトリックス3の弾性率が変化していればよく、マトリックス3の結晶化度と組成の一方又は両方は変化していなくてもよい。なお、上記(A)、(B)又は(C)について、マトリックス3の弾性率、結晶化度、又は組成は、互いに隣接する層7同士の境界において、変化していればよく、必ずしも上述のように急激に変化している必要はない。
【0040】
図3は、図1の部分拡大図に相当する。マトリックス3において、各層7、又は一部の層7は、図3のように、当該層7に対応する強化繊維5に近い順で複数の副層7a,7b,7cを含んでいてよい。図3において、隣接する副層同士の境界を破線で示し、隣接する層7同士の境界を実線で示している。複数の副層を有する各層7は、次の(a)~(c)の特徴を有していてよい。上記(A)の場合に、層7は、下記(a)の特徴を有していてよく、上記(B)の場合に、層7は、下記(b)の特徴を有していてよく、上記(C)の場合に、層7は、下記(c)の特徴を有していてよい。
【0041】
(a)層7を構成する複数(図3の例では3つ)の副層7a,7b,7cは、上述の弾性率が互いに異なっており、相対的に弾性率が高い副層7cと相対的に弾性率が低い副層7aとを含む。この場合、副層7bの弾性率は、副層7cの弾性率と副層7aの弾性率との間の値を有していてよい。また、複数の副層7a,7b,7cについて、互いに隣接する副層同士は、マトリックス3の弾性率が両者の境界で急激に(例えば不連続に)変化していてよい。また、各副層7a,7b,7cにおいて、マトリックス3の弾性率が実質的に均一であってよい。なお、層7において、対応する強化繊維5から離れた副層ほど、弾性率が高くなっていてよい。
【0042】
(b)層7を構成する複数(図3の例では3つ)の副層7a,7b,7cは、上述の結晶化度が互いに異なっており、相対的に結晶化度が高い副層7cと相対的に結晶化度が低い副層7aとを含む。この場合、副層7bの結晶化度は、副層7cの結晶化度と副層7aの結晶化度との間の値を有していてよい。また、複数の副層7a,7b,7cについて、互いに隣接する副層同士は、マトリックス3の結晶化度が両者の境界で急激に(例えば不連続に)変化していてよい。また、各副層7a,7b,7cにおいて、マトリックス3の結晶化度が実質的に均一であってよい。なお、層7において、対応する強化繊維5から離れた副層ほど、結晶化度が高くなっていてよい。
【0043】
(c)層7を構成する複数(図3の例では3つ)の副層7a,7b,7cは、上述の原子数の比率(上記組成)が互いに異なっており、原子数の当該比率が相対的に高い副層7c又は7aと原子数の当該比率が相対的に低い副層7a又は7cとを含む。この場合、副層7bの当該比率は、副層7cの当該比率と副層7aの当該比率との間の値を有していてよい。また、複数の副層7a,7b,7cについて、互いに隣接する副層同士は、マトリックス3の当該比率が両者の境界で急激に(例えば不連続に)変化していてよい。また、各副層7a,7b,7cにおいて、マトリックス3の当該比率が実質的に均一であってよい。なお、マトリックス3が主に炭化ケイ素により形成されている場合には、層7において、対応する強化繊維5から離れた副層ほど、C/Si比率が低くなっていてよい。
【0044】
上記(a)は、上記(b)により得られてよく、上記(b)は、上記(c)により得られてよい。例えば、結晶化度が相対的に高い副層は、弾性率が相対的に高い副層であり、結晶化度が相対的に低い副層は、弾性率が相対的に低い副層であってよい。なお、層7は、必ずしも上記(a)~(c)の全ての特徴を有していなくてもよく、上記(a)~(c)のいずれか1つ又は2つの特徴を有していてもよい。例えば、互いに隣接する副層同士の境界において、マトリックス3の弾性率が変化していればよく、マトリックス3の結晶化度と組成の一方又は両方は変化していなくてもよい。特に、互いに隣接する層7のそれぞれに属し両層7同士の境界を跨いで互いに隣接する副層同士は、弾性率、結晶化度、および組成のうち、少なくとも弾性率が互いに異なっている。また、1つの層7において、互いに隣接する副層同士は、弾性率、結晶化度、および組成のうち、少なくとも弾性率が互いに異なっている。なお、上記(a)、(b)、又は(c)について、マトリックス3の弾性率、結晶化度、又は組成は、互いに隣接する副層同士の境界において、変化していればよく、必ずしも上述のように急激に変化している必要はない。
【0045】
なお、1つの層7に存在する副層の数は、マトリックス3を形成する時の条件(例えば後述の昇温速度や後述の第1目標温度など)に影響され得るので、3つに限定されず、2つであってもよいし、4つ以上であってもよい。また、副層7a,7b,7c同士の境界が明確でない層7が存在していてもよい。この場合、1つの層7において、2つの副層が存在していてもよいし、副層が存在していなくてもよい。
【0046】
各副層7a,7b,7cの厚みは、0.1μm以上であり10.0μm以下であってもよいし、0.3μm以上であり10.0μm以下であってもよいし、又は、0.3μm以上であり8.0μm以下であってもよいが、他の数値範囲内の値であってもよい。
【0047】
マトリックス3の内部に存在し、その外表面3aに開口していない複数(多数)の微小な閉気孔9が形成されていてよい。各閉気孔9は、マトリックス3により密閉された空隙である。各閉気孔9は、1つの層7又は副層7a,7b,7cの内部に含まれる程度の寸法を有するものであってよい。例えば、各閉気孔9の寸法(その各方向の寸法のうち最大寸法)は、2μm以上であり8μm以下の範囲内の値であってよい。ただし、当該範囲外の寸法を有する閉気孔9がマトリックス3の内部に存在してもよい。
【0048】
(セラミックス基複合材料の製造方法)
図4は、本発明の実施形態によるセラミックス基複合材料10の製造方法を示すフローチャートである。図5Aは、この製造方法に使用可能な取付具100の構成例を示す。本実施形態による製造方法により、上述した実施形態によるセラミックス基複合材料10が得られる。この製造方法は、ステップS1~S3を有する。
【0049】
<ステップS1>
ステップS1において、複数本(多数本)の強化繊維5を用意する。例えば、多数本の強化繊維5により形成された(織られた又は編まれた)繊維体を用意する。繊維体は、3次元の形状を有するものであってよい。ステップS1で用意する強化繊維5は、例えば炭素繊維又は炭化ケイ素繊維であってよいが、上述のように、これらに限定されない。
【0050】
<ステップS2>
ステップS2において、ステップS1で用意した複数本の強化繊維5(例えば上述の繊維体)を、マトリックス3の液体原料内に配置する。この液体原料は、マトリックス3の原料となる液体である。主に炭化ケイ素によりマトリックス3を形成する場合には、液体原料は、例えば炭化ケイ素の液体原料(LPCS:Liquid Polycarbosilane)であってよい。
【0051】
・取付具
ステップS2は、図5Aに示す取付具100を用いて行われてよい。図5Bは、図5Aの5B-5B矢視図である。取付具100は、加熱体12と、1対の断熱板14と、多孔体16と、作用機構17と、断熱材18と、吊り下げ部23を備える。
【0052】
加熱体12は、誘導加熱される。加熱体12は、例えばグラファイトで形成されている。
【0053】
1対の断熱板14は、加熱体12を挟むように配置される。断熱板14は、断熱性能を有する材料(例えばアルミナ)で形成されている。断熱板14は、板形状を有している。なお、断熱板14と加熱体12は、断熱板14の厚み方向から見た場合、例えば同じ半径の円形であってよい。
【0054】
多孔体16は、加熱体12と断熱板14との間に配置される。多孔体16は、流体が通過できる多数の孔が形成されたものであり、例えば複数枚の金網を積み重ねたものであってよい。取付具100は、図5Aのように、2つの多孔体16を有していてよい。すなわち、多孔体16は、加熱体12と一方の断熱板14との間、及び、加熱体12と他方の断熱板14との間に配置されてよい。
【0055】
作用機構17は、繊維体15が加熱体12と多孔体16との間に配置された状態で、加熱体12、多孔体16、及び繊維体15を1対の断熱板14で挟み込む力を作用させる。これにより、繊維体15が加熱体12と多孔体16に接触した状態で取付具100に保持される。2つの多孔体16が設けられる場合、繊維体15が、加熱体12と一方の多孔体16との間、及び、加熱体12と他方の多孔体16との間に配置された状態で、作用機構17は、加熱体12、2つの多孔体16、及び2つの繊維体15を1対の断熱板14で挟み込む力を作用させる。これにより、各繊維体15が加熱体12と対応する多孔体16とに接触した状態で取付具100に保持される。
【0056】
作用機構17は、例えば、ボルト17aとナット17bを有する。ボルト17aは、2枚の断熱板14および加熱体12を隙間をもって貫通しており、各ボルト17aの両端部には、ナット17bが螺合している。2枚の断熱板14を互いに近づける方向に、ボルト17aに対してナット17bを締め付けることにより、1対の断熱板14の間に多孔体16と加熱体12と繊維体15が保持される。ボルト17aは、誘導加熱されない材料(例えばアルミナ)で形成されていてよい。このような作用機構17が複数(図5Aの例では2つ)設けられてよい。
【0057】
断熱材18は、加熱体12と繊維体15(図5Aの例では2つの繊維体15)の外周12a、15aを覆う。すなわち、加熱体12と繊維体15は、それぞれ、断熱板14の厚み方向を向く中心軸を囲む外周12a,15aを有し、これらの外周12a,15aが図5Bのように断熱材18に覆われる。図5Aでは、断熱材18のうち、加熱体12と繊維体15の両側(この図の左右両側)に位置する部分のみ二点鎖線で図示している。断熱材18は、断熱性能を有する材料で形成されている。例えば、断熱材18は、ガラス製の断熱クロス(織物)であってよい。なお、断熱材18を加熱体12に対して固定するために、図5A図5Bの例では、断熱材18には、その外側から針金19が巻き付けられていてよいが、他の手段で、断熱材18を固定してもよい。
【0058】
繊維体15を取付具100に取り付けた状態(以下で単に取付状態という)では、図5Aのように、加熱体12、繊維体15(2つの繊維体15)、及び多孔体16(2つの多孔体16)が1対の断熱板14で挟み込まれ、上述のように断熱材18が、加熱体12と繊維体15の外周12a,15aを覆っている。この取付状態で、各多孔体16は、外周側に開放されている。すなわち、各多孔体16は、断熱板14の厚み方向を向く中心軸を囲む外周16aを有し、外周16aが、当該中心軸に対する径方向外側に外部に開放されている。なお、取付状態で、繊維体15は、図5Aの例では、加熱体12に接触しているが、必ずしも加熱体12に接触している必要はない。
【0059】
吊り下げ部23は、ステップ2で、繊維体15と加熱体12を吊り下げるためのものである。図5Cは、図5Aの5C-5C矢視図である。吊り下げ部23は、板状部材23aと棒状部材23bとを有する。板状部材23aは、上側の断熱板14の上面に沿って、図5A図5Cの左右方向に、細長く延びている。板状部材23aの両端部にボルト17aが隙間をもって貫通している。板状部材23aの両端部は、それぞれ、上側の断熱板14と上側のナット17bとの間に挟持されている。板状部材23aの中央部には、結合部23a1が設けられている。この結合部23a1には、棒状部材23bが結合されている。棒状部材23bは、結合部23a1から上方へ延びている。なお、図示を省略するが、例えば、結合部23a1の上面にボルトとしての突出部があり、棒状部材23bの下端面にボルト穴が形成されており、当該ボルトとボルト穴とが螺合することにより、結合部23a1と棒状部材23bとが結合されてもよい。
【0060】
ステップS2では、上記取付状態で、図6のように、繊維体15が、取付具100と共に処理容器11内に配置される。これにより、処理容器11の内部に保持されている液体原料13内に繊維体15の全体が位置する。また、この時、取付具100と加熱体12と繊維体15が、処理容器11の内面(底面と内周面)に接触しないように、繊維体15と加熱体12を吊り下げ部23により吊り下げる。また、この時、吊り下げ部23の棒状部材23bは、処理容器11の上面の開口を塞ぐ蓋部材11aの貫通穴11a1を貫通するように配置され、棒状部材23bの上端側部分は図示しない構造物に適宜の手段により結合されて支持されてよい。
【0061】
なお、ステップS2において、上述の吊り下げ部は、取付具100と加熱体12と繊維体15が処理容器11の内面に接触しないように(すなわち、処理容器の内面から離間するように)繊維体15と加熱体12を吊り下げることができれば、図5A図5C等に示す構成例に限定されない。また、取付具において各断熱板14を省略してもよい。
【0062】
処理容器11は、誘導加熱されない非導電性材料(例えばガラス)で形成されている。処理容器11には、後述のステップS3の時に処理容器11内の気相部分に窒素ガスを導入するガス導入穴11bや、ステップS3の時に処理容器11内の気相部分からガスを排出するガス排出穴11a2が形成されていてよい。
【0063】
<ステップS3>
ステップS3において、膜沸騰法(FB:Film Boiling)によりマトリックス3を形成する。すなわち、ステップS2において複数本の強化繊維5(例えば上述の繊維体15)が液体原料13内に配置された状態で、各強化繊維5と液体原料13を加熱する。この加熱により、液体原料13から生じるセラミックスをマトリックス3として各強化繊維5に堆積させていくことで、マトリックス3を形成する。すなわち、液体原料13は、加熱された強化繊維5により加熱されることで、当該強化繊維5と液体原料13との界面において膜沸騰ガスとなり、この膜沸騰ガスにより、各強化繊維5にセラミックス(すなわちセラミックスとしての熱分解析出物)が生じて堆積する。各強化繊維5に生じるセラミックスは、次の(1)と(2)の一方又は両方の方法によるものであってよい。
【0064】
(1)膜沸騰ガスが、加熱された強化繊維5に衝突することで、さらに熱エネルギーを受け取ることで、熱分解および無機化が進行して固体のセラミックスとして強化繊維5に析出する。
【0065】
(2)膜沸騰ガスの一部に含まれるガスが既に熱分解された熱分解ガスとなっており、この熱分解ガスが、加熱された強化繊維5に衝突することで、無機化が進行して固体のセラミックスとして強化繊維5に析出する。
【0066】
上述のステップS3において、強化繊維5(繊維体15)の加熱温度の上昇と下降を繰り返してよい。これにより、上述した層構造が形成される。すなわち、ステップS3において、強化繊維5の温度の昇降の繰り返しに応じて、セラミックスの堆積過程でセラミックスの弾性率、結晶化度、組成等が変化し、その結果、マトリックス3の層構造が得られる。なお、後述のステップS31a又はS32において、温度が高くなると、膜沸騰ガス中の熱分解ガスの比率が高くなっていき、その結果、マトリックス3の組成が変化する(例えばC/Si比率が下がる)と考えられる。
【0067】
ステップS3は、ステップS31とステップS32を有する。
【0068】
ステップS31では、液体原料13内の強化繊維5をマトリックス形成温度に加熱する。マトリックス形成温度は、強化繊維5(繊維体15)に対してマトリックスが堆積する温度である。マトリックス形成温度は、後述する第1温度範囲内の温度であってよい。ステップS31により、マトリックス3としてのセラミックスが強化繊維5に析出して堆積ことで、強化繊維5に対してマトリックス3が形成される。
【0069】
ステップS32では、液体原料13内の強化繊維5を耐熱性付与温度に加熱する。耐熱性付与温度は、マトリックス形成温度を超える温度である。耐熱性付与温度は、セラミックス基複合材料10の使用環境温度における想定上限温度であってよい。ステップS32により、直前のステップS31で形成されたマトリックス3が、耐熱性付与温度(想定上限温度)に対して耐熱性を有するようになる。
【0070】
ステップS31とステップS32が、この順で繰り返し行われる。これにより、マトリックス3の形成と、当該マトリックス3に対する耐熱性の付与とが繰り返し行われる。すなわち、新たなマトリックス3をステップS31で繰り返し形成しながら、新たなマトリックス3が形成される度に、当該新たなマトリックス3に耐熱性が付与される。
【0071】
ステップS31は、ステップS31a~S31cを有してよい。
【0072】
ステップS31aでは、強化繊維5の温度が、強化繊維5に対してマトリックス3が堆積する第1温度範囲内の温度になるように、強化繊維5の温度を上昇させる。これにより、マトリックス3としてのセラミックスが強化繊維5に析出させる。すなわち、強化繊維5に対してマトリックス3が堆積して形成される。
【0073】
強化繊維5の温度は、強化繊維5自体の温度を意味してもよいし、強化繊維5に接する加熱体12の温度を意味してもよい(以下同様)。強化繊維5の温度が第1温度範囲内の温度であることにより、上述のように強化繊維5にマトリックス3が堆積する。なお、第1温度範囲の下限は、強化繊維5に対するマトリックス3の堆積が開始する温度であってもよいし、当該温度よりも高い温度であってもよい。
【0074】
ステップS31aでは、例えば、図6のように、コイル21に交流電流を流すことでコイル21が発生する交流磁場により、加熱体12を誘導加熱する。これにより強化繊維5の温度が上昇する。なお、誘導加熱された加熱体12が発生する熱により各繊維体15と液体原料13が加熱される。
【0075】
ステップS31aの次にステップS31bを行ってよい。例えば、ステップS31aで、繊維体15(強化繊維5)の温度が第1温度範囲内の第1目標温度になったら、ステップS32へ移行してよい。一例では、加熱体12の表面に取り付けた温度センサの計測温度が、第1目標温度になったら、ステップS31bへ移行する。なお、第1目標温度は、第1温度範囲内の温度であればよく、後述のように繰り返される複数回のステップS31aの間で同じであってもよいし異なっていてもよい。
【0076】
ステップS31bでは、強化繊維5の温度が、強化繊維5に対してマトリックス3が堆積しない第2温度範囲内の温度になるように、強化繊維5の温度を下降させる。これにより、強化繊維5に対するマトリックス3の堆積が停止する。
【0077】
第2温度範囲の上限は、第1温度範囲の下限よりも低い。第2温度範囲の上限は、強化繊維5の温度が第1温度範囲内から下降した来た場合に、強化繊維5に対するマトリックス3の堆積が停止する温度であってもよいし、当該温度よりも低い温度であってもよい。この場合、第2温度範囲の下限は、液体原料13の沸点以上であってもよいし、あるいは、第2温度範囲の上限は、液体原料の沸点よりも低くてもよい。
【0078】
ステップS31bでは、例えば、強化繊維5の加熱を停止し、強化繊維5の温度が第2温度範囲内の第2目標温度になるまで、強化繊維5の加熱を停止した状態を維持する。なお、第2目標温度は、第2温度範囲内の温度であればよく、後述のように繰り返される複数回のステップS31bの間で同じであってもよいし異なっていてもよい。
【0079】
ステップS31bでは、強化繊維5の加熱の停止に加えて、処理容器11の内部を冷却してもよい。例えば、処理容器11内の液体原料13の一部を処理容器11の外部へ流し、当該液体原料13を熱交換器により冷却し、その後、冷却された液体原料13を処理容器11内に戻すように、液体原料13を循環させてもよい。この場合、このように液体原料13を循環させる配管やポンプ(図示せず)が設けられてよい。
【0080】
ステップS31bが完了した時点(例えば強化繊維5の温度が第2目標温度になった時点)でステップS31cの判断を経て次のステップS31a又はS32が行われる。
【0081】
ステップS31cにおいて、直前のステップS31bが完了した時点でステップS31aとステップS31bを繰り返した回数kが所定回数Nである場合には(すなわち、ステップS31aを所定回数N行っている場合には)、ステップS32へ進む。そうでない場合には、ステップS31aへ戻り再びステップS31a~S31cを行う。
【0082】
所定回数Nは、2回であってもよいし、3回以上の回数であってもよい。一例では、所定回数Nは、2回以上であって5回以下の回数であってよい。ステップS31cで判断される回数kは、ステップS2からステップS31aに進む時にはゼロであり、ステップS31cからステップS31aに戻る時に1が加算され、後述するようにステップS32からステップS31(ステップS31b)に戻る時にゼロに戻される。なお、所定回数Nは、ステップS31cからステップS32へ進む時に変更されてもよいし、ステップS3を通じて一定であってもよい。
【0083】
ステップS32では、強化繊維5の温度が、マトリックス3に耐熱性を付与する第3温度範囲内の温度になるように、強化繊維5の温度を上昇させる。第3温度範囲は、第1温度範囲よりも高い。すなわち、第3温度範囲の下限は、第1温度範囲の上限よりも高い温度である。また、第3温度範囲の下限は、この製造方法により製造されたセラミックス基複合材料10が使用される環境で想定される上限温度(上記想定上限温度)であってよい。強化繊維5の温度が第3温度範囲内の温度になることにより、ステップS32で、強化繊維5が、少なくとも想定上限温度に加熱される。
【0084】
ステップS32では、上述のステップ31の場合と同様に、コイル21に交流電流を流すことでコイル21が発生する交流磁場により、加熱体12を誘導加熱してよい。これにより、強化繊維5の温度が上昇する。
【0085】
ステップS32が完了したら、ステップS31とステップS32を設定回数だけ繰り返していない場合には、ステップS31(例えばステップS31b)に戻る。例えば、ステップS32で、繊維体15(強化繊維5)の温度が第3温度範囲内の第3目標温度になったら、ステップS31(例えばステップS31b)に戻ってよい。第3目標温度は、第3温度範囲内の温度であればよく、繰り返される複数回のステップS32の間で同じであってもよいし異なっていてもよい。
【0086】
上述に従ってステップS31とステップS32を、設定回数(設定された複数回数)、繰り返すことにより、セラミックス基複合材料10が製造される。すなわち、ステップS31とステップS32を繰り返すことで、各強化繊維5を中心にセラミックスが順に堆積していくことにより、セラミックスによるマトリックス3が次第に形成されていく。したがって、例えば、マトリックス3の厚みが、所望の厚みになるまで、ステップS31とステップS32を繰り返してよい。上記設定回数は、一例では3回以上であって30回以下の範囲内の回数であるが、この範囲に限定されない。なお、本実施形態では、ステップS3において、図4のように最後にステップS32が行われてよい。
【0087】
なお、ステップS31a又はステップS32を1回行うことで、上述した膜沸騰ガスによる各強化繊維5へのセラミックスにより、各強化繊維5に対して1つの層7が形成される。
【0088】
主に炭化ケイ素からなるマトリックス3を形成する場合には、一例では、上述の第1温度範囲は、800℃以上であり1200℃以下の範囲であり、上述の第2温度範囲は、200℃以上であり600℃以下の範囲であり、上述の第3温度範囲は、1300℃以上(又は1400℃以上)であり1600℃以下の範囲である。ただし、第1温度範囲、第2温度範囲、および第3温度範囲は、それぞれ他の範囲であってもよい。
【0089】
上述した第1温度範囲、第2温度範囲、および第3温度範囲は、液体材料3の種類や上述の想定上限温度に応じて定められてよい。なお、第1温度範囲の上限のレベルは、第3温度範囲の下限レベルよりも小さくてよい。例えば、第1温度範囲の上限と、第3温度範囲の下限との差は、100℃以上、200℃以上、又は300℃以上であってよい。
【0090】
また、主に炭化ケイ素からなるマトリックス3を形成する場合には、ステップS31aとステップS32において、強化繊維5(又は加熱体12)の昇温速度は、1000℃/hour以上であるのがよい。この場合、昇温速度は、3000℃/hour以下であってよいが、3000℃/hを超えてもよい。ただし、昇温速度は、他の値であってもよい。
【0091】
マトリックス3を主に炭化ケイ素で形成する場合だけでなく、マトリックス3を他の材料で形成する場合においても、ステップS31a(又はステップS31aとステップS32の各々)での昇温速度は、1つの層7(各層7)において複数の副層が形成される程度に遅い速度である。例えば、当該昇温速度は、3000℃/hour以下、2000℃/hour以下、又は1500℃/hour以下であるのがよい。この場合、当該昇温速度は、1000℃/hour以上であって(又は1000℃/hourよりも高くて)よい。
【0092】
別の観点から言い換えると、マトリックス3の層構造(例えば、1つの層7における複数の副層)を形成するために、適度の時間をかけて繊維体15を加熱するのがよい。例えば、1回のステップS31a(又は1回のステップS31aと1回のステップS32の各々)において、繊維体15を昇温させている時間(すなわち、繊維体15が昇温している合計時間)は、10分よりも長く、15分以上、20分以上、又は30分以上であってよい。この場合、繊維体15を昇温させている当該時間は、例えば、40分以内、50分以内、又は60分以内であってよいが、これに限定されず、60分よりも長い時間であってもよい。
【0093】
なお、ステップS3において、上述のセラミックスで形成された層7は、熱により組成変化(結晶化)が進行して、体積が収縮する。この収縮量は、副層7a,7b,7c毎に異なる。マトリックス3を主に炭化ケイ素で形成する場合には、例えば、副層7aでは、有機状態に近い半無機から無機状態になるため、収縮量が大きくなるとともに、C/Si比率が高くなる。このように収縮量に差があると、収縮量が大きい副層7a,7bでは引張応力が働き、収縮量が小さい副層7cでは圧縮応力が働く。この引張応力によってマトリックス3に微小な閉気孔9が発生する。セラミックスによる各副層7a,7b,7cが形成された状態で、上述の引張応力が働くので、多くの場合、特に副層7a,7b内に、閉じた空隙として閉気孔9が発生する。
【0094】
(実施形態の効果)
上述した実施形態による製造方法では、ステップS31において、液体原料13内の強化繊維5を、マトリックス堆積温度に加熱することにより、強化繊維5に対してマトリックス3が形成される。ステップS32において、液体原料13内の強化繊維5を、耐熱性付与温度(例えば、製造されるセラミックス基複合材料10の使用環境での想定上限温度)に加熱する。これにより、直前のステップS31で形成されたマトリックス3が、当該温度に対する耐熱性を有するようになる。このようなステップS31、S32を繰り返すことにより、マトリックス3を形成しながら、マトリックス3に耐熱性を付与することができる。以下、当該効果と追加の効果についてより詳しく説明する。
【0095】
ステップS32での膜沸騰法の処理温度を想定上限温度まで上昇させることにより、マトリックス3の結晶化度が上昇する。これにより、マトリックス3は、質量が減少し体積が収縮する。この体積収縮によりクラックが生じ易いが、ステップS32では、高結晶化に伴うクラック発生とマトリックス3の生成が同時に進行するため、クラック(貫通型クラック2aと途中停止型クラック2b)が発生し難いマトリックス3が得られる。
【0096】
ステップS32で発生したクラックが、当該ステップS32で生成されるマトリックス3で埋められなかった場合でも、このクラックは、次に行うステップS31で形成されるマトリックス3により埋められる。したがって、マトリックス3においてクラックの発生を更に抑えることができる。
【0097】
また、ステップS32により、上述のようにマトリックス3が高結晶化することで、その高温耐酸化性と耐放射線性が向上する。
【0098】
上述のように、貫通型クラック2aの発生を抑制できるので、外部から気体もしくは液体がマトリックス3内に進入する経路の発生を抑制できる。これにより、酸素が触れるマトリックス表面積を低減できるので、高温耐酸化性が向上する。
また、酸素の進入経路の発生を抑制できるので、外部から繊維表面に酸素がアクセスできる経路の発生を低減でき、その結果、高温耐酸化性が向上する。
【0099】
従来において、マトリックス空隙部の充填方法として、溶融金属を流し込むMI法(Melt Infiltration)法がある。この溶融金属は、繊維に触れると繊維と反応して、繊維の強度、剛性、高温耐酸化性、融点、および耐放射線性を低下させることがある。
これに対し、本実施形態では、上述のようにマトリックス3内への酸素進入経路となるクラックの発生を抑制できるので、MI法による繊維の上記劣化を回避できる。
【0100】
更に、途中停止型クラック2bの発生も抑制できるので、マトリックス3の破壊起点が減り、比例強度(クラックが発生又は進展しない弾性領域の最大応力)および強度(破断応力)の低下を抑制できる。
【0101】
ステップS31が上述のステップS31a、S31bを有する場合には、以下の効果が得られる。
【0102】
第2温度範囲の下限が液体原料13の沸点以上である場合、ステップS31bにおいて、強化繊維5の温度が第2温度範囲内の温度まで下がることにより、液体原料の沸騰が穏やかになる。これにより、ステップS31bにおいて、マトリックス3に生じたクラックに液体原料が進入し易くなる。したがって、次のステップS31aにおいて、当該クラック内にマトリックス3が形成され易くなる。
【0103】
第2温度範囲の上限は、液体原料の沸点よりも低い場合、ステップS31bにおいて、強化繊維5の温度が第2温度範囲内の温度まで下がることにより、液体材料の沸騰現象が停止する。これにより、新たな膜沸騰ガスが生成されなくなった状態で、既に生成されていた膜沸騰ガスと液体材料とが入れ替わることで、液体材料が、マトリックス3に生じたクラックに更に進入し易くなる。したがって、次のステップS31aにおいて、当該クラック内にマトリックス3が更に形成され易くなる。
【0104】
なお、上述した実施形態による製造方法において、繰り返されるステップS31のうち最後のステップS31より前のステップS31で形成されたマトリックス3は、最後のステップS31の時に耐熱性付与温度に既に加熱されている。したがって、最後のステップS31より前のステップS31で形成されたマトリックス3は、最後のステップS32によりクラックが発生し難い。よって、最後のステップS32によりマトリックス3にクラックが発生するとしても、当該クラックは、最後のステップS32の直前のステップS31で形成されたマトリックス3の薄い層の範囲でのクラックになる。
【0105】
また、上述した実施形態による製造方法で製造されたセラミックス基複合材料10では、貫通型クラック2aが無く又は抑えられている。したがって、貫通型クラック2aにマトリックス3を充填するための追加の処理を省くことが可能となる。
【0106】
更に、上述した実施形態による製造方法では、マトリックス3の形成過程で、マトリックス3に耐熱性を付与する処理(ステップS32)が既に行われている。したがって、マトリックス3に耐熱性を与える追加の熱処理を省くことが可能となる。
【0107】
上述した実施形態による製造方法で製造されたセラミックス基複合材料10は、その使用環境での想定上限温度耐熱性を有しつつクラックの発生が抑えられたマトックス3を有する。このようなセラミックス基複合材料10は、一例では、セラミックス基複合材料の使用環境での想定上限温度に加熱される前と後のいずれにおいても、貫通型クラック率が0.5%以下、0.1%以下、又はゼロ%であるように構成されてよいが、これに限定されない。
【0108】
また、上述した実施形態による製造方法で製造されたセラミックス基複合材料10では、セラミックス基複合材料10の使用環境での上限温度に加熱されても、後述の実施例の質量減少量のように重量の減少が僅かである。この点でも、本実施形態によるセラミックス基複合材料10は、高い耐熱性を有すると言える。
【0109】
本実施形態のセラミックス基複合材料10によると、以下の効果(i)~(iv)を得ることもできる。
【0110】
(i)上述のステップS3により、層構造の各層7において、相対的に弾性率が低い副層7aと、相対的に弾性率が高い副層7cとを形成することが可能となる。マトリックス3が主に炭化ケイ素により形成されている場合に、相対的に弾性率が低い副層7aは、C/Si比率が高い副層であり、相対的に弾性率が高い副層7cは、C/Si比率が低い副層である。低弾性率の副層7aは、セラミックス基複合材料10の湾曲などの変形に追従しやすい。これにより、セラミックス基複合材料10にクラックが発生することを抑制できる。一方、高弾性率の副層7cにおいて高弾性率が維持される。したがって、マトリックス3の層構造において、低弾性率の副層7aと高弾性率の副層7cが混在することにより、高い弾性率を維持しつつ、クラックの発生を抑制できる。
【0111】
(ii)材料に応力が生じた場合に、当該応力によるクラックが進展して材料が破壊することに対する抵抗は、破壊靭性値で表される。クラックの進展により材料が破壊するのに要するエネルギーが高いほど、材料の破壊靭性値は高くなる。一方、応力が生じる材料において、発生するエネルギーは、材料の断面積に比例する。したがって、層構造を形成することにより、断面積の小さい層7に生じる上記エネルギーは小さくなる。すなわち、マトリックス3が層構造を有することにより、応力によるエネルギーが層構造の各層7又は各副層7aに分散されるため、クラックが進展し難くなる。これにより、セラミックス基複合材料10において、クラックが進展し難くなる。
【0112】
(iii)マトリックス3において、閉気孔9は、上記ステップS3のマトリックス3の生成過程において、副層同士の収縮量の差や、体積が収縮するセラミックスと体積が収縮しない強化繊維5とのひずみ差によって生じる。この閉気孔9の発生によって、マトリックス3において、体積収縮による応力が緩和された状態となっている。このように、マトリックス3の残留応力が抑えられているので、マトリックス3において、クラックの発生を抑制できる。
また、層構造を有しないマトリックス3では、上述の体積収縮により大きなクラックが発生する可能性がある。これに対し、本実施形態によるマトリックス3は層構造を有するので、閉気孔9は、層7ごと又は副層7a,7b,7cごとに発生し、多くの場合、その寸法が層7又は副層の厚み以下程度に抑えられる。したがって、閉気孔9は、微細であり、層7又は副層内に存在して閉じているので、閉気孔9が大きなクラックに進展し難い。
【0113】
(iV)本実施形態のセラミックス基複合材料10によると、マトリックス3は、多数の層7が積み重なった層構造を有する。この層構造により、マトリックス3にクラックが生じるのを抑制できる。セラミックスにより一旦形成された各層7は、第1温度範囲内の高温で既に加熱されているので、当該各層7内の原子同士または分子同士は、イオン結合や共有結合などの原子間結合により強く結合されているといえる。したがって、一旦形成された各層7については、以降の加熱において、原子間の結合力が更に高まるような反応が起こり難い。そのため、層構造において、各層7内の原子同士または分子同士は、原子間結合により強く結合されているのに対し、隣接する層7同士は、原子間結合よりも弱い力(例えば分子間力)、又は、部分的な原子間力で結合していると考えられる。したがって、隣接する層7同士の結合力は、比較的小さいといえる。したがって、層7同士の界面において、ひずみが生じやすいので、セラミックス基複合材料10に外力が作用した場合に、当該外力が、層7同士の界面でのひずみにより吸収されやすい。これにより、マトリックス3にクラックが生じるのを抑制できる。
【0114】
なお、必ずしも上記の効果(i)~(iv)の全てが得られなくてもよく、すなわち、上記の効果(i)~(iv)のいずれか1つ又は複数が得られていてもよい。また、本発明によると、上記の効果(i)~(iv)のいずれもが得られていなくてもよい。
【0115】
昇降温過程(上述のステップS31a,S31b,S32)で析出するマトリックス3は、その析出開始温度によって状態が大きく異なると考えられる。例えば、800℃以下の低い温度での析出では有機に近い半無機物が固体として強化繊維5周りに堆積し、その後熱エネルギーを受け無機化する。一方で1000℃以上の高い温度では、膜沸騰ガス中の熱分解ガスの比率が高く、はじめから無機に近い半無機物が析出する。つまり、膜沸騰ガス中の熱分解ガスの比率と、熱分解ガスの無機化度合が温度によって異なる。このような違いによって、形成される無機物の材料状態(弾性率、結晶化度、組成)が異なり、その結果、層構造が形成されると考えられる。マトリックス3の材料が炭化ケイ素以外の場合も同様で、昇温過程(ステップS31a,S32)では、生じるセラミックス(熱分解析出物)が半無機物から無機物へ変化しながら層構造の一層が形成され、降温してから(ステップS31bの後)昇温することで形成された無機物の上に半無機物が堆積するため、層構造が形成される。このような原理から、マトリックス3の材料が炭化ケイ素以外の場合でも、層構造(各層7、又は各層7とその副層)を形成することができる。
【0116】
(実施例)
実施例では、上述のステップS1で用意する強化繊維5を炭素繊維とし、ステップS2,S3で用いる液体原料13をLPCS(Liquid Polycarbosilane)として、また、図5Aに示す構成を用いて、上述の図4のフローチャートに示す製造方法を行った。
【0117】
図7は、実施例における上述のステップS3での温度変化を示すグラフである。図7は、図5Aの上側の繊維体15の下面(すなわち加熱体12と接触する面)の温度を示す。図7において、横軸は経過時間(min)を示し、縦軸は温度を示す。
【0118】
図8A図8Eは、このような実施例で得られたセラミックス基複合材料10の、走査電子顕微鏡による画像である。図8B図8Aの部分拡大図であり、図8C図8Bの部分拡大図である。図8D図8Aの部分拡大図であり、図8E図8Dの部分拡大図である。特に、図8D図8Eでは、マトリックスの表面から5μm以上の深さまで延びている貫通型クラック2aは存在していない。
【0119】
(比較例1)
比較例1では、実施例と同じ強化繊維5を、上述のステップS2のように、図5Aに示す構成を用いて実施例と同じ液体原料13内に設置した。この状態で、膜沸騰法により、強化繊維5の温度をほとんど昇降させずにマトリックスを形成した。
【0120】
図9は、比較例1における膜沸騰法での温度変化を示すグラフである。図9は、図5Aの上側の繊維体15の下面(すなわち加熱体12と接触する面)の温度を示す。図9において、横軸は経過時間(min)を示し、縦軸は温度を示す。
【0121】
図10A図10Eは、このような比較例1で得られたセラミックス基複合材料の、走査電子顕微鏡による画像である。図10B図10Aの部分拡大図であり、図10C図10Bの部分拡大図である。図10D図10Aの部分拡大図であり、図10E図10Dの部分拡大図である。特に、図10D図10Eでは、マトリックスの表面から10μm以上の深さまで延びている貫通型クラック2aが多く存在している。また、図10A図10Eにおいて、マトリックスの内部にのみ存在するクラックも多数存在している。
【0122】
(比較例2)
比較例2では、実施例と同じ強化繊維5を、上述のステップS2のように、図5Aに示す構成を用いて実施例と同じ液体原料13内に設置した。この状態で、上述のステップS32を行わずに上述のステップS31を行った
【0123】
図11は、比較例2における上述のステップS31での温度変化を示すグラフである。図11は、図5Aの上側の繊維体15の下面(すなわち加熱体12と接触する面)の温度を示す。図11において、横軸は経過時間(min)を示し、縦軸は温度を示す。
【0124】
図12A図12Eは、このような比較例1で得られたセラミックス基複合材料の、走査電子顕微鏡による画像である。図12B図12Aの部分拡大図であり、図12C図12Bの部分拡大図である。図12D図12Aの部分拡大図であり、図12E図12Dの部分拡大図である。特に、図12D図12Eでは、マトリックスの表面から10μm以上の深さまで延びている貫通型クラック2aがある程度存在している。
【0125】
(実施例の熱暴露試験)
上述の実施例により製造されたセラミックス基複合材料10に対して熱暴露試験を行った。この試験では、セラミックス基複合材料10を1400℃の高温環境下に所定時間をおいた。
【0126】
図13Aは、熱暴露試験を行う前のセラミックス基複合材料10の、走査電子顕微鏡による画像である。図13B図14は、それぞれ図13Aと上述の図8Eに対応するが、熱暴露試験を行った後のセラミックス基複合材料10の、走査電子顕微鏡による画像である。
【0127】
図13A図13B、および図8E図14から分かるように、実施例のセラミックス基複合材料10のマトリックスにおけるクラックの大きさや数は、熱暴露試験を行っても、ほとんど増加しなかった。
【0128】
(比較例1の熱暴露試験)
上述の比較例1により製造されたセラミックス基複合材料に対して、実施例と場合と同じ熱暴露試験を行った。
【0129】
図15Aは、熱暴露試験を行う前のセラミックス基複合材料の、走査電子顕微鏡による画像である。図15Bは、熱暴露試験を行った後のセラミックス基複合材料の、走査電子顕微鏡による画像である。
【0130】
図15A図15Bから分かるように、セラミックス基複合材料のマトリックスにおけるクラックの大きさや数は、実施例の場合と違って、熱暴露試験により、顕著に増加した。
【0131】
(実施例と比較例2の質量減少量)
上述の実施例と比較例2によりそれぞれ製造されたセラミックス基複合材料を加熱して、その各温度での質量を計測した。
【0132】
図16は、この実験の結果を示す。図16において、実線は、実施例の場合を示し、破線は、比較例2の場合を示す。また、図16において、横軸は、セラミックス基複合材料の温度を示し、縦軸は、セラミックス基複合材料の質量を比率(%)で示している。すなわち、縦軸の比率は、実施例または比較例2により製造された直後のセラミックス基複合材料を加熱して得られた値であり、製造直後のセラミックス基複合材料の質量(100%)に対する、各温度での質量の割合(%)を示している。
【0133】
図16から分かるように、実施例のセラミックス基複合材料は、1400℃まで加熱されても、質量減少率はわずか0.1%程度であった。また、実施例のセラミックス基複合材料では、1300℃程度になるまで、質量が上昇した。これらのことは、クラック発生の要因となる堆積収縮が高温で小さいことを示唆している。
【0134】
一方、比較例2のセラミックス基複合材料では、実施例の場合と比べて、質量減少率が、実施例の場合と比べて大きく、0.5%程度であった。
【0135】
(実施例と比較例の貫通型クラック率)
以下において、上述の実施例における貫通型クラック率について説明するが、本実施形態によるセラミックス基複合材料10は、以下の貫通型クラック率を有する構成に限定されず、その使用環境における想定上限温度に対して耐熱性を有しつつ、クラックの発生が抑えられているものであればよい。
【0136】
図17は、実施例と比較例によりそれぞれ製造されたセラミックス基複合材料についての上述した貫通型クラック率の計測値を示す。図17において、横軸は、膜沸騰法での最大温度又はその後の熱暴露処理での加熱温度(℃)を示し、縦軸は、マトリックスの外表面から10μm以上の深さまで延びている貫通型クラック2aに関する上述の貫通型クラック率を示す。
【0137】
図17において、丸印A、Bは、上述の実施例により製造されたセラミックス基複合材料10の貫通型クラック率の計測値を示し、丸印Aは、当該製造直後の計測値を示し、丸印Bは、当該製造の後に熱暴露処理された後の計測値を示す。
図17において、四角印C、Dは、上述の比較例2により製造されたセラミックス基複合材料の貫通型クラック率の計測値を示し、四角印Cは、当該製造直後の計測値を示し、四角印Dは、当該製造の後に熱暴露処理された後の計測値を示す。
図17において、三角印E、F、Gは、比較例1での膜沸騰法での最大温度を900℃弱にして他の点は比較例1と同様に製造されたセラミックス基複合材料の貫通型クラック率の計測値を示す。三角印Eは、当該製造直後の計測値を示し、三角印F、Gは、それぞれ、当該製造の後に1200℃と1400℃で熱暴露処理された後の計測値を示す。
【0138】
図17から分かるように、実施例のセラミックス基複合材料10では、貫通型クラック率が、製造直後においてゼロであり、その後の熱暴露処理で1400℃に加熱された後でも増加することなくゼロであった。このように実施例では、マトリックス3には、酸素の進入経路となる貫通型クラック2aが実質的に存在せず、高い耐熱性を有することが分かる。
一方、比較例2のセラミックス基複合材料では、貫通型クラック率が、製造直後において1.6%程度であり、その後の熱暴露処理で1450℃に加熱されると3.8%程度に増加した。
比較例1のセラミックス基複合材料では、貫通型クラック率が、製造直後において4.1%であり、その後の熱暴露処理で1200℃に加熱されると5.1%程度に増加し、更に熱暴露処理で1400℃に加熱されると7.3%程度に増加した。
【0139】
本発明は上述した実施の形態に限定されず、本発明の技術的思想の範囲内で種々変更を加え得ることは勿論である。例えば、以下の変更例1~4のいずれかを採用してもよいし、変更例1~4の2つ以上を任意に組み合わせて採用してもよい。この場合、以下で説明しない点は上述と同じであってよい。
【0140】
(変更例1)
上述のステップS2の前に、各強化繊維5の外周面に界面層を形成する処理を行ってもよい。この処理は、公知の方法(例えば特開2003-321277号公報に記載の方法)で行われてよい。この場合、各強化繊維5とマトリックス3との境界に界面層が形成される。界面層は、窒化ホウ素を含む層であってよい。界面層を設けた場合、仮にクラックが発生して強化繊維5へ進展して来ても、このクラックが、界面層により強化繊維5に伝播することを防ぐことができる。
(変更例2)
【0141】
マトリックス3を形成する材料は、炭化ケイ素以外であってもよい。この場合、アルコキシド溶液を含むセラミックスの原料であって、液体状態となる程度に分子量が低い無機高分子材料を、上述の膜沸騰法における液体原料13として使用してもよい。また、他の材料を液体原料13として使用してもよい。このように、上述の膜沸騰法における液体原料13は、上述のLPCS以外の液体原料であってもよい。例えば、液体原料13は、ボラジン、メチルトリクロロシラン、シクロヘキサン、ケイ素アルコキシド溶液、アルミニウムアルコキシド溶液、ケイ素アルコキシド溶液とアルミニウムアルコキシド溶液の混合液、又は、ジルコニウムアルコキシド溶液であってもよい。
【0142】
液体原料13がボラジンの場合、上述のステップS3の加熱により生成されるセラミックスは、ボロンナイトライド(BN)となる。ボロンナイトライドは、炭化ケイ素との接着性が低い。したがって、強化繊維5が炭化ケイ素繊維である場合には、ボロンナイトライドのマトリックス3と炭化ケイ素の強化繊維5との界面で、クラックの伝播を抑制することができる。
【0143】
液体原料13がメチルトリクロロシランの場合、上述のステップS3の加熱により生成されるセラミックスは、液体原料13がポリカルボシラン(LPCS)の場合と同様に、セラミックスである炭化ケイ素(SiC)となる。
【0144】
液体原料13がシクロヘキサンの場合、上述のステップS3の加熱により生成されるセラミックスは、炭素となる。この炭素は、ボロンナイトライドの場合と同様の機能を有する。
【0145】
液体原料13がケイ素アルコキシド溶液の場合、上述のステップS3の加熱により生成されるセラミックスは、二酸化ケイ素となる。ケイ素アルコキシド溶液は、LPCSよりも安価である。
【0146】
液体原料13がアルミニウムアルコキシド溶液の場合、上述のステップS3の加熱により生成されるセラミックスは、アルミナとなる。アルミニウムアルコキシド溶液は、LPCSよりも安価である。
【0147】
液体原料13がケイ素アルコキシド溶液とアルミニウムアルコキシド溶液の混合液の場合、上述のステップS3の加熱により生成されるセラミックスは、ムライトとなる。
【0148】
液体原料13がジルコニウムアルコキシド溶液の場合、上述のステップS3の加熱により生成されるセラミックスは、ジルコニアとなる。ジルコニアは、炭化ケイ素よりも融点が高いセラミックスであるので、超高温環境でも、溶けずにマトリックスとして機能する。
【0149】
なお、本発明によると、ステップS3で用いる液体原料13は、上述の具体例に限定されず、他の液体原料であってもよい。例えば、他の金属アルコキシド溶液を、ステップS3で用いる液体原料13としてもよい。この場合、上述のステップ3の加熱により生成されるセラミックスは、酸化物セラミックスであってよい。この場合、ステップS3で生成されるセラミックスがbarium aluminosilicate(BaAlSi)となるように、ステップS3で用いる液体原料13は、例えば、非特許文献2に記載されているように、3つのアルコキシド溶液(alkoxydes)の混合液であってもよい。この液体原料13から形成されるマトリックス3は、少なくとも部分的に結晶化されていてよい。
【0150】
なお、マトリックス3をムライトで形成する場合、上述の膜沸騰法で用いる液体原料13は、上記の非特許文献3に記載されているような、複数のアルコキシド溶液(alkoxydes)の混合液であってよく、この液体原料13から形成されるマトリックス3は、少なくとも部分的に結晶化されていてよい。
【0151】
(変更例3)
上述した取付具は、上述の構成に限定されない。すなわち、上述した取付具は、セラミックス基複合材料の構成要素である繊維体が取り付けられ、当該繊維体に膜沸騰法を行うために、当該繊維体と共にマトリックスの液体原料内に配置される取付具であればよい。
【0152】
(変更例4)
上述した実施形態による製造方法において、強化繊維5の温度が上述の第2温度範囲内の温度になるように強化繊維5の温度を下降させるステップS31bを省略してもよい。この場合、ステップS31では、液体原料13内の強化繊維5をマトリックス形成温度(上述の第1温度範囲内の温度)に加熱した状態を所定時間継続させてよい。ステップS31での当該加熱を所定時間継続したら、ステップS32へ進む。この場合、他の点は、上述と同じであってよい。
【0153】
この変更例でも、ステップS31、S32を繰り返すことにより、マトリックス3を形成しながら、マトリックス3に耐熱性を付与することができる。
【符号の説明】
【0154】
2a 貫通型クラック
2b 途中停止型クラック
3 マトリックス
3a 外表面
5 強化繊維
6 界面層
7 層
7a,7b,7c 副層
9 閉気孔
10 セラミックス基複合材料
11 処理容器
11a 蓋部材
11a1 貫通穴
11a2 ガス排出穴
11b ガス導入穴
12 加熱体
12a 外周
13 マトリックスの液体原料
14 断熱板
15 繊維体
15a 外周
16 多孔体(金網)
17 作用機構
17a ボルト
17b ナット
18 断熱材
19 針金
21 コイル
23 吊り下げ部
23a 板状部材
23a1 結合部
23b 棒状部材
100 取付具
図1
図2A
図2B
図2C
図3
図4
図5A
図5B
図5C
図6
図7
図8A
図8B
図8C
図8D
図8E
図9
図10A
図10B
図10C
図10D
図10E
図11
図12A
図12B
図12C
図12D
図12E
図13A
図13B
図14
図15A
図15B
図16
図17