(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023176372
(43)【公開日】2023-12-13
(54)【発明の名称】応力発光計測方法および応力発光計測システム
(51)【国際特許分類】
G01L 1/00 20060101AFI20231206BHJP
G01L 25/00 20060101ALI20231206BHJP
G01L 5/00 20060101ALI20231206BHJP
【FI】
G01L1/00 B
G01L25/00 Z
G01L5/00 101Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022088622
(22)【出願日】2022-05-31
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(71)【出願人】
【識別番号】522217223
【氏名又は名称】宇都宮 裕
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】金丸 訓明
(72)【発明者】
【氏名】宇都宮 裕
【テーマコード(参考)】
2F051
【Fターム(参考)】
2F051AB03
(57)【要約】
【課題】対象物に生じる応力およびひずみを同時に計測することが可能な応力発光計測方法および応力発光計測システムを提供する。
【解決手段】応力発光計測方法は、対象物2の表面に、二次元パターンに配列された複数の応力発光体を有する応力発光膜1を形成するステップと、応力発光膜1を励起するステップと、対象物2に荷重を加えるステップと、荷重が加えられているときの応力発光膜1を撮影するステップと、応力発光膜1の発光画像に基づいて対象物2に生じる応力およびひずみを計測するステップとを備える。応力およびひずみを計測するステップは、応力発光膜1の発光強度に基づいて対象物2に生じる応力を計測するステップと、荷重が加えられる前後における複数の応力発光体の変位量に基づいて、対象物2のひずみを計測するステップとを含む。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象物の表面に、二次元パターンに配列された複数の応力発光体を有する応力発光膜を形成するステップと、
光源から励起光を照射して前記応力発光膜を励起するステップと、
前記対象物に荷重を加えるステップと、
撮影装置が、前記荷重が加えられているときの前記応力発光膜を撮影するステップと、
撮影された前記応力発光膜の発光画像に基づいて、前記対象物に生じる応力およびひずみを計測するステップとを備え、
前記応力およびひずみを計測するステップは、
前記応力発光膜の発光強度に基づいて前記対象物に生じる応力を計測するステップと、
前記荷重が加えられる前後における前記複数の応力発光体の変位量に基づいて、前記対象物に生じるひずみを計測するステップとを含む、応力発光計測方法。
【請求項2】
前記応力を計測するステップは、
前記複数の応力発光体の各々の発光強度を検出するステップと、
前記応力発光体の発光強度と応力との関係を示す検量線を用いて、検出された発光強度から前記対象物に生じる応力を算出するステップとを含む、請求項1に記載の応力発光計測方法。
【請求項3】
前記ひずみを計測するステップは、
隣接して配置された2つの前記応力発光体の間隔の変化量から前記応力発光膜の各部分の変位量を算出するステップと、
算出された前記各部分の変位量の総和に基づいて、前記対象物全体に生じるひずみを計測するステップとを含む、請求項2に記載の応力発光計測方法。
【請求項4】
前記ひずみを計測するステップは、
算出された前記各部分の変位量に基づいて、前記対象物の前記表面におけるひずみ分布を計測するステップをさらに含む、請求項3に記載の応力発光計測方法。
【請求項5】
前記荷重が加えられている各タイミングで撮影された前記発光画像に、当該発光画像から求められた応力およびひずみの計測値を対応付けて記憶装置に記憶するステップをさらに備える、請求項1から4のいずれか1項に記載の応力発光計測方法。
【請求項6】
前記荷重が加えられている各タイミングで撮影された前記発光画像を表示するステップをさらに備え、
前記表示するステップは、前記発光画像に、当該発光画像から求められた応力およびひずみの計測値を重畳して表示するステップを含む、請求項5に記載の応力発光計測方法。
【請求項7】
前記光源が、前記荷重が加えられているときの前記応力発光膜に励起光を照射して前記応力発光膜を再び励起するステップをさらに備え、
前記応力を計測するステップは、再び励起された前記応力発光膜の発光強度に基づいて、前記対象物の前記表面における応力分布を計測するステップを含む、請求項1から4のいずれか1項に記載の応力発光計測方法。
【請求項8】
前記応力発光膜を形成するステップは、
前記対象物の表面に、第1の波長域で発光する複数の第1の応力発光体と、前記第1の波長域とは異なる第2の波長域で発光する複数の第2の応力発光体とが交互に配列された前記二次元パターンを有する前記応力発光膜を形成するステップを含む、請求項1に記載の応力発光計測方法。
【請求項9】
前記応力発光膜を形成するステップは、
前記対象物の表面に、前記複数の第1の応力発光体および前記複数の第2の応力発光体を、前記対象物の表面に垂直な方向における位置が互いに異なり、かつ、前記垂直な方向から見た場合に前記二次元パターンを形成するように配列するステップをさらに含む、請求項8に記載の応力発光計測方法。
【請求項10】
前記応力を計測するステップは、
前記複数の第1の応力発光体および前記複数の第2の応力発光体の各々の発光強度を検出するステップと、
前記第1の応力発光体の発光強度と応力との関係を示す第1の検量線、および、前記第2の応力発光体の発光強度と応力との関係を示す第2の検量線を用いて、検出された発光強度から前記対象物に生じる応力を算出するステップとを含む、請求項8または9に記載の応力発光計測方法。
【請求項11】
前記ひずみを計測するステップは、
前記対象物の表面に垂直な方向から見て隣接して配置された前記第1の応力発光体および前記第2の応力発光体の間隔の変化量から前記応力発光膜の各部分の変位量を算出するステップと、
算出された前記各部分の変位量に基づいて、前記対象物の前記表面に生じるひずみ分布を計測するステップとを含む、請求項8または9に記載の応力発光計測方法。
【請求項12】
光源による励起光の照射を停止して、応力発光膜を安定化させるステップをさらに備える、請求項1に記載の応力発光計測方法。
【請求項13】
前記応力発光膜を形成するステップは、
単斜晶系の粒子を有する応力発光材料を、粒子の結晶構造を維持したまま細粒化するステップと、
細粒化された前記応力発光材料と溶媒とを混合するステップと、
前記応力発光材料と前記溶媒との混合物を前記対象物の前記表面に塗布することにより、前記対象物の前記表面に前記二次元パターンを印刷するステップと、
前記塗布された前記混合物を乾燥するステップとを含む、請求項1に記載の応力発光計測方法。
【請求項14】
対象物に荷重を加えたときに前記対象物に生じる応力およびひずみを計測する応力計測システムであって、
前記対象物の表面には、二次元パターンに配列された複数の応力発光体を有する応力発光膜が形成されており、
前記対象物に荷重を加えるための試験機と、
前記応力発光膜を励起するための光源と、
前記荷重が加えられているときの前記応力発光膜を撮影する撮影装置と、
撮影された前記応力発光膜の発光画像に基づいて、前記対象物に生じる応力およびひずみを計測する制御装置とを備え、
前記制御装置は、
前記応力発光膜の発光強度に基づいて、前記対象物に生じる応力を計測するとともに、
前記荷重が加えられる前後における前記複数の応力発光体の変位量に基づいて、前記対象物に生じるひずみを計測する、応力発光計測システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、応力発光測定方法および応力発光測定システムに関する。
【背景技術】
【0002】
応力発光体は、エネルギー状態が高められるとエネルギーを放出して発光する部材であり、外部から荷重が付与されると、内部に生じる応力に応じて発光する。応力発光体の発光強度と応力とには相関があることから、応力発光体の発光現象に基づいて、応力発光体が塗布された対象物に生じる応力を計測する技術が実用化されている(例えば、特開2015-75477号公報(特許文献1)参照)。
【0003】
一方、外部からの荷重に対する対象物のひずみを計測する技術としては、ひずみゲージを使用するのが一般的である。ただし、ひずみゲージは局所的なひずみの計測となるため、広範囲のひずみ分布を計測することが困難である。そこで、近年、ひずみゲージに代わる手法として、デジタル画像相関法(DIC:Digital Image Correlation)やモアレ法などが実用化されている。DIC法とは、対象物の表面にスプレーなどで塗布したランダムパターンと呼ばれる模様の変化を画像解析することで、対象物の変位およびひずみ分布を計測する手法である。モアレ法とは、幾何学的な模様を2つ重ね合わせたときに元の模様と異なる模様が現れる現象(モアレ)を用いて、対象物の変形や形状を計測する手法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
DIC法およびモアレ法は何れも、対象物の表面に描かれた模様の変化を撮影するために、明るい環境下で行われる。一方、応力発光は、応力発光体が放出する光を撮影するため、その撮影は暗い環境下で行われる。そのため、対象物の表面に応力発光体と模様とを形成しても、これらを同時に撮影することができず、対象物に発生した応力およびひずみを同時に計測することが困難となっていた。
【0006】
ここで、対象物が荷重に応じて直線的かつ弾性的に変形する弾性変形領域では、応力とひずみとの間に比例関係が成り立つため、たとえ応力およびひずみを同時に計測することができなくても、応力およびひずみのいずれか一方を計測することができれば、その計測値から他方を知ることができる。
【0007】
これに対して、荷重を取り除いても元の状態に戻らず、変形したままの状態を維持する塑性変形領域では、応力とひずみとの間に比例関係が成り立たないため、応力およびひずみの一方から他方を知ることができず、応力およびひずみを別々に計測することが必要となる。そのため、上述した応力およびひずみを同時に計測することができないという課題は、塑性変形領域において懸念点となり得る。
【0008】
本開示は、対象物に生じる応力およびひずみを同時に計測することが可能な応力発光計測方法および応力発光計測システムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示の第1の態様に係る応力発光計測方法は、対象物の表面に、二次元パターンに配列された複数の応力発光体を有する応力発光膜を形成するステップと、光源から励起光を照射して応力発光膜を励起するステップと、対象物に荷重を加えるステップと、撮影装置が、荷重が加えられているときの応力発光膜を撮影するステップと、撮影された応力発光膜の発光画像に基づいて、対象物に生じる応力およびひずみを計測するステップとを備える。応力およびひずみを計測するステップは、応力発光膜の発光強度に基づいて対象物に生じる応力を計測するステップと、荷重が加えられる前後における複数の応力発光体の変位量に基づいて、対象物に生じるひずみを計測するステップとを含む。
【0010】
本開示の第2の態様に係る応力発光計測システムは、対象物に荷重を加えたときに対象物に生じる応力およびひずみを計測するシステムである。対象物の表面には、二次元パターンに配列された複数の応力発光体を有する応力発光膜が形成されている。応力発光計測システムは、対象物に荷重を加えるための試験機と、応力発光膜を励起するための光源と、荷重が加えられているときの応力発光膜を撮影する撮影装置と、撮影された応力発光膜の発光画像に基づいて、対象物に生じる応力およびひずみを計測する制御装置とを備える。制御装置は、応力発光膜の発光強度に基づいて、対象物に生じる応力を計測するとともに、荷重が加えられる前後における複数の応力発光体の変位量に基づいて、対象物に生じるひずみを計測する。
【発明の効果】
【0011】
本開示によれば、荷重が付与されている対象物に生じる応力およびひずみを同時に計測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施の形態に係る応力発光計測システムの構成例を示すブロック図である。
【
図3】応力発光膜の一部分を拡大して示す拡大図である。
【
図4】制御装置のハードウェア構成の一例を示す模式図である。
【
図5】供試体に付与される試験力の時間遷移の一例を示す図である。
【
図6】弾性域における原子の状態を模式的に示す図である。
【
図7】塑性域における原子の状態を模式的に示す図である。
【
図9】応力発光膜の一部分を拡大して示す拡大図である。
【
図10】本実施の形態に係る応力発光計測方法の処理手順を説明するフローチャートである。
【
図11】本実施の形態の第1変形例に係る応力発光計測方法を説明するための図である。
【
図12】本実施の形態の第2変形例に係る応力発光計測方法の処理手順を説明するフローチャートである。
【
図16】応力発光膜の一部分を拡大して示す拡大図である。
【
図18】応力発光膜の一部分を拡大して示す拡大図である。
【
図19】応力発光膜形成工程(
図10のS20)の処理手順の一例を説明するフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本開示の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中の同一または相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0014】
<応力発光計測システム>
最初に、本実施の形態に係る応力発光計測システムの構成について説明する。
【0015】
図1は、実施の形態に係る応力発光計測システムの構成例を示すブロック図である。本実施の形態に係る応力発光計測システム100は、応力発光体の発光現象を利用して、対象物に荷重を付与したときに対象物に生じる応力およびひずみを計測するシステムである。応力発光計測システム100は、以下に説明するように、供試体2に引張荷重を付与したときの応力およびひずみを計測するために用いることができる。
【0016】
図1に示すように、応力発光計測システム100は、引張試験機4、制御装置6、撮影装置8、光源10、駆動装置12、制御装置14、および記憶装置16を備える。応力発光計測システム100のうち少なくとも引張試験機4、撮影装置8および光源10は、暗室内に設置される。
【0017】
引張試験機4は、供試体2に引張荷重を加えて、供試体2の引張強度、降伏点、伸び、絞りなどの機械的性質を計測するための装置である。供試体2は対象物の一実施例に対応する。
図1の例では、引張試験機4には、精密万能試験機(製品名:オートグラフAG-Xplus、株式会社島津製作所製)が用いられる。引張試験機4は「試験機」の一実施例に対応する。
【0018】
引張試験機4は、テーブル40、クロスヘッド42、一対のねじ棹44,46、上掴み具48、下掴み具50、およびロードセル52を有する。一対のねじ棹44,46は、テーブル40の上に鉛直方向を向く状態で回転可能に立設されている。一対のねじ棹44,46は、ボールねじからなる。
【0019】
クロスヘッド42は、図示しないナットを介して各ねじ棹44,46に連結されている。クロスヘッド42は、一対のねじ棹44,46に沿って鉛直方向に移動可能に構成されている。テーブル40内には、クロスヘッド42を昇降させるための負荷機構(図示せず)が搭載されている。
【0020】
上掴み具48は、クロスヘッド42に接続されており、供試体2の上端部を把持する。下掴み具50は、テーブル40に接続されており、供試体2の下端部を把持する。上掴み具48と下掴み具50との間隔L1=120mmである。引張試験機4は、引張試験の際、供試体2の両端部を上掴み具48および下掴み具50により把持した状態で、制御装置14の制御に従って、クロスヘッド42を上昇させることにより、供試体2に引張力を加える。
【0021】
ロードセル52は、供試体2に与えられた引張荷重である試験力を検出するためのセンサである。ロードセル52は、検出された試験力を示す信号を制御装置6に出力する。
【0022】
制御装置6は、引張試験機4と通信接続され、引張試験機4による引張動作を制御する。制御装置6は、引張試験の試験条件を含む各種パラメータの設定操作および実行指示操作などのユーザ操作を受け付け、その受け付けたユーザ操作に従って負荷機構を制御する。制御装置6はさらに、引張試験機4からロードセル52の出力信号およびクロスヘッド42の変位量を示す信号を含む各種信号を受信し、試験力の検出値などのデータを解析する。
【0023】
制御装置6は、CPU(Central Processing Unit)などのプロセッサと、ROM(Read Only Memory)およびRAM(Random Access Memory)などのメモリと、周辺機器を接続するためのインターフェイス回路と、表示部62とを有する。プロセッサがメモリに記憶された引張試験プログラムを実行することにより、上述した各種機能が実現される。
【0024】
表示部62は、制御装置6に入力される信号に基づいて各種情報を表示する。例えば、表示部62は、引張試験の実行中、ロードセル52により検出される試験力を表示する。また表示部は、クロスヘッド42の変位(ストローク)を示す変位量を表示する。
【0025】
光源10は、供試体2に対向して配置されており、供試体2上の応力発光膜1に対して励起光を照射するように構成される。光源10は、例えば、青色LED(Light Emitting Diode)である。光源10から照射される励起光を受けて、応力発光膜1は励起状態に遷移する。光源10の数は限定されない。例えば、複数の光源10を配置し、複数の方向から供試体2に向けて励起光を照射する構成としてもよい。
【0026】
駆動装置12は、光源10を駆動するための電力を供給するとともに、光源10のオン/オフを制御する。駆動装置12は、光源10から照射される励起光の光量および励起光の照射時間などを制御することができる。
【0027】
撮影装置8は、供試体2の少なくとも所定領域を撮影視野に含むように配置される。撮影装置8は、レンズなどの光学系および撮像素子を含む。撮像素子は、例えば、CCD(Charge Coupled Device)センサ、CMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)センサなどにより実現される。撮像素子は、光学系を介して供試体2から入射される光を電気信号に変換することによって撮影画像を生成する。
図4の例では、撮影装置8は、供試体2から約30cm離れた位置に設置されている。
【0028】
制御装置14は、撮影装置8による撮影動作および駆動装置12による光源10の駆動を制御する。制御装置14は、引張試験機4の制御装置6と通信線15により接続されている。制御装置14は、通信線15を介して制御装置6との間でデータを遣り取りすることにより、引張試験機4、撮影装置8および光源10を統括的に制御することができる。制御装置14および制御装置6間の通信は、無線通信で実現されてもよい。
【0029】
なお、本実施の形態では、光源10および撮影装置8の制御装置14と、引張試験機4の制御装置6とが別体に設けられているが、制御装置14および制御装置6が一体であってもよい。
【0030】
表示部142は、制御装置14に入力される信号に基づいて各種情報を表示する。例えば、表示部142は、制御装置6から通信線15を介して入力されるデータ(ロードセル52により検出される試験力、およびクロスヘッド42の変位(ストローク)を示す変位量など)を表示することができる。
【0031】
また、表示部142は、撮影装置8によって撮影された応力発光膜1の画像(発光画像)を表示することができる。具体的には、表示部142は、撮影装置8によって撮影された発光画像をリアルタイムに表示することができる。
【0032】
<供試体>
図2は、供試体2の一例を模式的に示す図である。供試体2は、金属材料からなる。供試体2には、例えば、日本工業規格(JIS)Z-2201「金属材料引張試験片」に規定されているものを使用することができる。本実施の形態では、引張荷重による破断に至るまでのひずみを供試体2に与えることにより、金属材料の機械的性質を計測する。
【0033】
図2の例では、供試体2は、JIS13B号の板状試験片であり、全長L=220mm、標点間距離Lo=50mm、平行部の長さLc=75m、幅W=25mm、平行部の幅D=12.5±0.04mm、肩部の半径R=25mm、板厚t=1mmである。
【0034】
供試体2の表面の所定領域には、応力発光膜1が形成される。所定領域は、供試体2の平行部を覆うように位置しており、幅80mm、長さ12.5mmの矩形形状を有している。応力発光膜1の膜厚は数μmである。なお、本明細書において応力発光膜の膜厚とは、供試体の表面に垂直な方向における応力発光膜の高さをいう。
【0035】
応力発光膜1は、応力発光材料を単独、または別の素材(樹脂など)を組み合わせた後、成形して得られる。応力発光材料とは、外部から加えられた力(引張、圧縮、変位、摩擦、衝撃など)の機械的な刺激によって発光する材料である。
【0036】
応力発光材料は、無機結晶(母材)の骨格中に発光中心となる元素を固溶したものであり、代表的なものに、ユーロピウムをドープしたアルミン酸ストロンチウムがある。その他、遷移金属または希土類をドープした硫化亜鉛、チタン酸バリウム・カルシウム、アルミン酸カルシウム・イットリウムなどがある。応力発光材料は公知のものを用いることができる。
【0037】
応力発光膜1の発光強度は、加えられる力の大きさに比例して増加する。また、応力発光膜1は供試体2の表面に強く接着しているため、応力発光膜1と供試体2とは等しく変形する。したがって、変形により供試体2の表面に生じる応力の分布を、応力発光膜1の発光によって画像化(可視化)することができる。
【0038】
図3は、応力発光膜1の一部分を拡大して示す拡大図である。
図3に示すように、応力発光膜1は、複数の応力発光体3から構成されている。複数の応力発光体3は、供試体2の表面の所定領域(平行部)において二次元パターンに配列されている。本明細書において二次元パターンとは、複数の応力発光体3の配列構造を意味する。
図3の例では、各応力発光体3は、正方形状の外形を有しており、供試体2の長さ方向および幅方向の各々において、所定間隔d0ごとに周期的に配置されている。すなわち、複数の応力発光体3は、二次元パターンとして市松模様を構成するように配列されている。
【0039】
正方形状である各応力発光体3の一辺の長さは数~数十μmであり、所定間隔d0は数~数十μmである。各応力発光体3のサイズおよび所定間隔d0は、撮影装置8の解像度などに応じて、任意の値に設定することができる。なお、各応力発光体3の外形は正方形状に限定されるものではなく、例えば円状であってもよい。
【0040】
このように応力発光膜1が二次元パターンを有することにより、応力発光計測システム100は、供試体2の変形に伴い各応力発光体3が発する光の強度および各応力発光体3の変位量から、供試体2に生じる応力およびひずみを同時に計測することが可能となる。なお、供試体2の各部分に生じる応力およびひずみを定量化するためには、
図3に示したように、応力発光膜1の全体において二次元パターンは一様であることが望ましい。
【0041】
<制御装置のハードウェア構成>
図4は、制御装置14のハードウェア構成の一例を示す模式図である。
図5を参照して、制御装置14は、CPUなどのプロセッサ140と、ROMおよびRAMなどのメモリ141と、通信I/F(インターフェイス)146と、入出力I/F145と、表示I/F143と、不揮発性の記憶装置16とを有する。これらのコンポーネントは、内部バス147を介して互いに通信可能に接続されている。
【0042】
プロセッサ140が記憶装置16に格納されている応力計測プログラム160をメモリ141に展開して実行することによることにより、上述した各種機能が実現される。記憶装置16は、応力計測プログラム160の他にも、制御装置6との間で遣り取りされるデータ(試験力の検出値などのデータ)、撮影装置8によって撮影された画像データを格納する。記憶装置16はさらに、予め作成された検量線データ162を格納する。
【0043】
通信I/F146は、他の機器との間でデータを遣り取りする。他の機器は、制御装置6および図示しない外部機器を含む。通信I/F146は、当該外部機器から応力計測プログラム160および検量線データ162などの各種データをダウンロード可能なように構成されてもよい。
【0044】
入出力I/F145は、操作部144に接続され、操作部144からのユーザ操作を示す信号を取り込む。操作部144は、典型的には、キーボード、マウス、タッチパネル、タッチパッドなどからなり、ユーザ操作を受け付ける。操作部144は、制御装置14と一体的に構成されてもよいし、制御装置14とは別に構成されてもよい。
【0045】
表示I/F143は、表示部142と接続され、プロセッサ140などからの指令に従って、表示部142に対して、画像を表示するための画像信号を出力する。表示部142は、LCD(Liquid Crystal Display)や有機EL(Electro Luminescence)ディスプレイなどによって構成され、ユーザに対して各種情報を表示する。
【0046】
なお、
図4には、プロセッサ140がプログラムを実行することで必要な機能が提供される構成例を示したが、これらの提供される機能の一部または全部を、専用のハードウェア回路(例えば、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)またはFPGA(Field-Programmable Gate Array)など)を用いて実装してもよい。
【0047】
<試験機>
図1に戻って、引張試験機4を駆動することにより供試体2に引張荷重が加えられる。
図5は、供試体2に付与される試験力の時間遷移の一例を示す図である。
図5には、試験力(引張荷重に相当)およびストローク(クロスヘッド42の変位量に相当)の時間推移が示されている。試験力はロードセル52の検出値である。
【0048】
図5に示すように、時刻0(秒)にて試験力の付与が開始されると、ストロークは、予め設定された引張速度(
図5では10mm/min)に従って単調に増加する。
【0049】
試験力は、試験開始直後は直線的に増加する。この領域は、供試体2が直線的かつ弾性的に変形する弾性変形領域(以下、「弾性域」ともいう)に対応している。試験開始から4~6(秒)後にて試験力の増加が停止し、その後、試験力はほぼ一定に保たれている。この領域は、供試体2の塑性変形領域(以下、「塑性域」ともいう)に対応している。
図5の例では、塑性域において、試験力は、ストロークの増加に対して最大荷重1500Nよりも小さい値を維持している。そして、試験開始から約80(秒)後にて供試体2に破断が生じている。
【0050】
図6は、弾性域における原子の状態を模式的に示す図である。2つの原子の間には引力と斥力とが働いている。
図6(A)に示すように、通常、2つの金属原子は、引力と斥力とが釣り合う距離を保って静止している。この原子に引張荷重が加わると、
図6(B)に示すように、原子間距離が引き伸ばされて、引力が優勢となるため、フックの法則に従って、原子間距離の伸びに比例した応力が発生する。この原子間距離の伸びの比率は、供試体2に生じるひずみに相当する。ひずみとは、供試体2に引張荷重を与える前の長さLに対する、供試体2の伸びΔLの比率であり、ε=ΔL/Lと表される。
【0051】
引張荷重によって原子間に生じる応力σとひずみεとの間には、σ=Eεの式で表される関係が成り立つ(Eはヤング率)。このひずみに対して応力が比例する領域は「弾性変形領域(弾性域)」と呼ばれる。弾性域では、引張荷重を取り除くと、原子間距離は元の状態に戻る。
【0052】
しかしながら、引張荷重がある閾値を超えると、ひずみに対して応力が比例しなくなるとともに、引張荷重を取り除いても元の状態に戻らず、変形したままの状態を維持する領域に移行する。この領域は「塑性変形領域(塑性域)」と呼ばれる。
図7は、塑性域における原子の状態を模式的に示す図である。
【0053】
図7に示すように、塑性変形は、原子間の結合は維持したままで、転位と呼ばれる線欠陥がある特定のすべり面上において特定のすべり方向へ移動することによって生じる。塑性域では、元に戻らないひずみ(永久ひずみ)が進展する。本開示の観点で言うと、塑性域では、供試体2には、原子間距離の伸びに由来する応力と、主に転位の移動に基づいたひずみとが生じている状態となっている。
【0054】
このように塑性域では、応力とひずみとの間に比例関係が成り立たないため、応力およびひずみを別々に計測することが必要となる。ここで、ひずみの計測方法としては、デジタル画像相関法(DIC法)やモアレ法などが実用化されている。DIC法とは、対象物の表面にスプレーなどで塗布したランダムパターンと呼ばれる模様の変化を画像解析することで、対象物の変位およびひずみ分布を計測する手法である。モアレ法とは、幾何学的な模様を2つ重ね合わせたときに元の模様と異なる模様が現れる現象(モアレ)を用いて、対象物の変形や形状を計測する手法である。
【0055】
DIC法およびモアレ法は何れも、供試体の表面に描かれた模様の変化を撮影するために、明るい環境下で行われる。一方、応力発光は、応力発光材料が放出する光を撮影するため、その撮影は暗い環境下で行われる。そのため、供試体の表面に応力発光膜と模様とを形成しても、これらを同時に撮影することは困難である。
【0056】
本実施の形態に係る応力発光計測システム100では、供試体2の表面に二次元パターンを有する応力発光膜1を形成し、応力発光膜1の応力発光を撮影するように構成されている。これによると、暗い環境下であっても、応力発光膜1の二次元パターンが発する光の強度から応力を計測することができるとともに、発光している二次元パターンの変形からひずみを計測することができる。その結果、塑性域においても、供試体2に生じる応力およびひずみを同時に計測することが可能となる。
【0057】
<応力発光計測方法>
次に、本実施の形態に係る応力発光計測方法の計測原理について説明する。
【0058】
(1)検量線データ
応力発光計測システム100において、供試体2に生じる応力の計測には、記憶装置16に格納されている検量線データ162が用いられる。「検量線」とは、応力発光膜の発光強度と応力との関係を示す関数である。検量線は、表面に応力発光膜が形成された標準試験片に対して引張試験機4が引張力を加えたときに、撮影装置8により撮影される発光画像を用いて作成することができる。
【0059】
具体的には、標準試験片の表面には、応力発光膜1と少なくとも厚みおよび組成が等しい応力発光膜が形成される。なお、「応力発光膜の組成が等しい」とは、少なくとも、応力発光膜に含有される応力発光材料の組成および密度が等しいことを意味する。
【0060】
これは、応力発光膜の厚みおよび組成が、応力発光膜の発光強度に影響を与えることに基づいている。詳細には、応力発光膜の組成が同じであっても応力発光膜の厚みが厚くなるに従って、同じ応力に対する発光強度が大きくなる。また、応力発光材料の組成によって発光の色や強度が異なる。さらに、応力発光材料の組成が同じであっても、応力発光材料の密度が大きくなるに従って、同じ応力に対する発光強度が大きくなる。
【0061】
応力発光膜の発光画像およびロードセル52による引張力の検出値を用いて、応力発光膜の発光強度と応力との関係をプロットした発光強度-応力曲線(
図7参照)が作成される。なお、標準試験片が金属材料からなる場合には、標準試験片の弾性域に対応する画像データが用いられる。具体的には、弾性域に対応する画像データ(動画像データ)のフレームごとに、発光画像の関心領域(ROI:Region Of Interest)内の発光強度と、応力発光膜に生じる応力とが算出される。応力は、ロードセル52による引張力の検出値を、標準試験片の断面積で除することにより求めることができる。そして、フレームごとの発光強度および応力を、発光強度を横軸とし、応力を縦軸とする二次元座標にプロットすることにより、発光強度-応力曲線が作成される。
【0062】
図8は、発光強度-応力曲線の一例を示す図である。
図8に示す発光強度-応力曲線に対する単回帰分析を行うことにより、回帰方程式が求められる。単回帰分析には、線形回帰または多項式回帰を用いることができる。求められた回帰方程式は、検量線データ162として記憶装置16に保存される。検量線データ162には、回帰方程式のデータとともに、応力発光膜の組成および厚みに関する情報が含まれる。
【0063】
(2)応力計測
供試体2に生じる応力は、供試体2上の応力発光膜1の発光画像と、検量線データ162とを用いて計測することができる。具体的には、撮影装置8によって撮影された画像データ(動画像データ)がフレーム単位で切り出される。そして、1フレームの発光画像について、予め設定されたROI内の発光強度が算出される。ROI内の発光強度は、ROI内の発光強度を統計的に処理にすることにより算出することができる。例えば、ROI内の平均発光強度が算出される。なお、応力発光による発光強度の増し分である応力発光量は応力発光膜1の膜厚に依存するため、応力発光膜1の膜厚に対応した補正係数で除することによって応力発光量を規格化する必要がある。
【0064】
次に、ROI内の発光強度の算出値と、検量線データ162とを用いて、ROIに生じる応力が算出される。検量線である回帰方程式の独立変数にROI内の発光強度の算出値を代入することにより、従属変数である応力が算出される。
【0065】
なお、供試体2の表面に複数のROIが設定されている場合には、ROIごとに応力を算出することにより、各ROIの位置情報および応力の算出値に基づいて、供試体2の表面の応力分布を計測することができる。
【0066】
(3)ひずみ計測
供試体2に生じるひずみは、引張荷重が加えられる前後における応力発光膜1を構成する複数の応力発光体3の変位量に基づいて計測することができる。
【0067】
図9は、応力発光膜1の一部分を拡大して示す拡大図である。
図9(A)は、
図3と同じであり、供試体2に引張荷重が加えられていないときの応力発光膜1を示している。複数の応力発光体3は、供試体2の長さ方向および幅方向の各々において、所定間隔d0ごとに周期的に配置されている。すなわち、複数の応力発光体3は、二次元パターンとして市松模様を構成するように配列されている。
【0068】
供試体2に引張荷重が加えられると、供試体2の伸びに追随して応力発光膜1が変形する。
図9(B)は、供試体2に対して図中矢印の方向に沿って引張荷重が加えられているときの応力発光膜1を示している。各応力発光体3は、元の位置から移動している。そのため、応力発光膜1の一部分(図中の領域RGN)においては、隣接する2つの応力発光体3の間隔d1が元の間隔d0よりも大きくなっている。この間隔d1と間隔d0との差(d1-d0)は、当該部分における局所的な伸びを表している。
【0069】
したがって、1フレームの発光画像を複数のROIに分割して、ROIごとに、引張荷重による応力発光体3の間隔の変化量(d1-d0)を算出することにより、供試体2の各部分における局所的なひずみを計測することができる。そして、ROIごとに算出された変化量から、供試体2の表面に生じるひずみ分布を計測することができる。
【0070】
また、供試体2の長さ方向において、ROIごとに算出された変化量(d1-d0)の総和を算出することにより、その算出結果に基づいて、引張荷重による供試体2全体のひずみを計測することができる。
【0071】
このように1フレームの発光画像から、供試体2の各部分に生じる応力と、当該部分に生じるひずみとを同時に計測することができる。制御装置14は、1フレームの発光画像に、当該発光画像から求められた応力およびひずみの計測値を対応付けて記憶装置16に保存する。これによると、引張荷重に対する応力およびひずみの時間的変化を観察することが可能となる。
【0072】
(4)処理フロー
図10は、本実施の形態に係る応力発光計測方法の処理手順を説明するフローチャートである。
図10に示すように、応力発光計測方法は、供試体準備工程(S10)と、応力発光膜形成工程(S20)と、測定工程(S30)と、演算工程(S40)とを主に有している。
【0073】
まず、供試体準備工程(S10)が実施される。本実施の形態では、金属材料からなる供試体2(
図2参照)が準備される。
【0074】
次に、応力発光膜形成工程(S20)が実施される。この工程(S20)では、供試体2の表面の所定領域(平行部)に応力発光膜1が形成される。
図3に示したように、応力発光膜1は、二次元パターンに配列された複数の応力発光体3を有している。
【0075】
応力発光膜1を形成する方法には、応力発光材料を含有する塗料(応力発光塗料)を供試体2の表面に塗布することにより、当該表面に二次元パターンを印刷する方法などがある。二次元パターンの印刷には、スクリーン印刷またはインクジェット印刷などを用いることができる。
【0076】
次に、測定工程(S30)が実施される。この工程(S30)では、供試体2に引張荷重を加えたときの応力発光膜1の発光現象を利用して、供試体2に生じる応力およびひずみを計測する。応力発光膜1の発光は、撮影装置8を用いて撮影することができる。
【0077】
測定工程(S30)は、励起光を照射する工程(S31)と、消光する工程(S32)と、引張荷重を付与する工程(S33)、応力発光を撮影する工程(S34)とを有している。
【0078】
励起光を照射する工程(S31)では、供試体2の表面に対して、光源10から励起光が照射される。供試体2の所定領域(平行部)に配置された応力発光膜1に励起光を照射することにより、応力発光膜1が励起状態とされる。
【0079】
消光する工程(S32)では、光源10を停止させ、励起後の応力発光膜1の発光強度が安定化するまで待機する。例えば、光源10の照射時間(励起時間)は1分間に設定され、照射後の待機時間(消光時間)は2分間に設定される。
【0080】
次に、引張荷重を付与する工程(S33)が実施される。この工程(S33)では、引張試験機4を駆動することにより、供試体2に引張荷重が加えられる。引張試験の条件として、引張速度および最大荷重が設定される。
【0081】
応力発光を撮影する工程(S34)では、撮影装置8により、供試体2の所定領域が撮影される。すなわち、撮影装置8により応力発光膜1の発光が撮影される。撮影装置8には、例えば、産業用カメラを用いており、フレームレートを1fpsに設定して応力発光膜1の撮影が行われる。
【0082】
次に、演算工程(S40)が実施される。この工程(S40)では、測定工程(S30)において撮影装置8により撮影された発光画像を用いて、供試体2に生じる応力およびひずみが計測される。
【0083】
具体的には、演算工程(S40)は、ROIの発光強度を取得する工程(S41)と、ROIに生じる応力を算出する工程(S42)と、ROIに生じる変位量を算出する工程(S43)と、ひずみを算出する工程(S44)と、計測値を保存する工程(S45)とを有している。
【0084】
ROIの発光強度を取得する工程(S41)では、撮影装置8によって撮影された画像データ(動画像データ)がフレーム単位で切り出される。そして、1フレームの発光画像について、ROI内の発光強度が算出される。例えば、ROI内には2以上の応力発光体3が発する光が含まれている。2以上の応力発光体3の発光強度を統計的に処理することにより、ROI内の発光強度が算出される。
【0085】
ROIに生じる応力を算出する工程(S42)では、工程(S41)で取得されたROI内の発光強度の算出値と、記憶装置16に保存されている検量線データ162(回帰方程式)とを用いて、ROIに生じる応力が算出される。供試体2の表面に複数のROIが設定されている場合には、ROIごとに工程(S41)および工程(S42)が実施されることにより、各ROI内に生じる応力が算出される。そして、各ROIの位置情報と応力の算出値とに基づいて、供試体2の表面における応力分布が算出される。
【0086】
ROIに生じる変位量を算出する工程(S43)では、1フレームの発光画像について、各ROI内の変位量が算出される。具体的には、ROIごとに、供試体2の長さ方向および幅方向の各々に沿って隣接する応力発光体3の間隔d1が算出される。そして、算出された間隔d1から、所定間隔d0を減算することにより、長さ方向および幅方向における変位量が算出される。
【0087】
ひずみを算出する工程(S44)では、工程(S43)で算出された各ROI内の変位量を用いて、供試体2に生じるひずみが算出される。具体的には、供試体2の長さ方向に配置された複数のROIの変位量の総和を算出することにより、供試体2全体のひずみが算出される。また、各ROIの位置情報および変位量の算出値に基づいて、供試体2の表面のひずみ分布を算出することができる。
【0088】
計測値を保存する工程(S45)では、1フレームの発光画像に対し、工程(S42)で算出されたROI内の応力の算出値、および工程(S44)で算出されたROI内のひずみの算出値が紐付けられて記憶装置16に保存される。すなわち、記憶装置16には、1フレームの発光画像が得られたタイミングにおいて、引張荷重によって供試体2に生じる応力およびひずみを示すデータが保存される。各タイミングのデータを得られた順序に従って観察することにより、引張荷重による応力およびひずみの時間的変化を評価することができる。
【0089】
以上説明したように、本実施の形態に係る応力発光計測方法によれば、供試体の表面に二次元パターンを有する応力発光膜を形成し、応力発光膜の応力発光を撮影する構成とすることにより、応力発光膜1の二次元パターンが発する光の強度から応力を計測することができるとともに、発光している二次元パターンの変形からひずみを計測することができる。これによると、塑性域においても、供試体に生じる応力およびひずみを同時に計測することが可能となる。
【0090】
[その他の構成例]
(1)応力発光計測方法の第1変形例
応力発光膜は、励起光の照射が終了すると、発光することでエネルギーを放出する。そのため、発光強度(残光量)が時間の経過とともに徐々に低下する。引張荷重が付与されたことに応じて、発光強度はある時点でピークを示す。このピークは、引張荷重を受けて応力が生じたことによる発光(応力発光)を表している。
【0091】
応力発光による発光強度の増し分である応力発光量は、ピークの高さに相当する。応力発光量は、全発光強度から残光量を差し引くことによって求めることができる。なお、応力発光膜の膜厚が薄くなるほど、エネルギーの蓄積量が少なくなるため、応力発光量は小さくなる。
【0092】
このように励起光の照射を終了して引張荷重を付与している間、応力発光膜の発光強度(残光量)が徐々に低下する。この間も引張荷重を受けて、供試体2の伸びは継続して進展している。複数の応力発光体3が発する残光から複数の応力発光体3の変位を追跡することができるため、ひずみの時間的変化を観察することができる。
【0093】
その一方で、複数の応力発光体3の残光量が徐々に低下するに従って、応力発光量も小さくなるため、発光強度のダイナミックレンジが狭くなる。そのため、発光強度に基づいた応力分布を観察することが困難となることが懸念される。応力発光膜の膜厚が薄くなるほど、蓄積できるエネルギー量が少なくなるため、この懸念点は顕著となり得る。
【0094】
そこで、引張荷重を付与している間に応力発光膜1に励起光を照射することによって、応力発光膜1を再び励起する構成としてもよい。
図11は、本実施の形態の第1変形例に係る応力発光計測方法を説明するための図である。
【0095】
図11には、供試体2に付与する試験力の時間遷移に合わせた励起光の照射タイミングの一例が示されている。時刻t0~t1の時間は、試験力(引張荷重)を付与する前に応力発光膜1に励起光を照射する時間に相当する。時刻t2にて引張試験が開始され、供試体2に試験力が付与されると、応力発光膜1において、引張荷重を受けて応力が生じたことによる発光(応力発光)が生じる。
図12の例では、供試体2の弾性限度(供試体2が弾性変形する限界の応力)において、発光強度がピークを示す(時刻t3)。
【0096】
時刻t1以降、発光によるエネルギーの放出によって応力発光膜1のエネルギーの蓄積量が徐々に減少するため、発光強度(残光量)も徐々に低下する。引張荷重を付与している間の時刻t4~t5の時間にて、応力発光膜1に再び励起光を照射する。これにより、応力発光膜1が再び励起状態とされるため、発光強度(残光量)が増加する。励起光の照射を終了した時刻t5以降、発光強度(残光量)は再び低下する。
【0097】
このように引張荷重を付与している間に応力発光膜1のエネルギーの蓄積量を回復させたことによって、応力発光量が大きくなるため、発光強度のダイナミックレンジが広くなる。これによると、応力発光膜1の発光強度に基づいて、供試体2の表面に生じる応力の分布を高い感度で観察することが可能となる。
【0098】
なお、応力発光膜1に再び励起光を照射する時間(時刻t4~t5の時間)は、応力の分布を観察したいタイミングに合わせて任意に設定することができる。例えば、塑性域において、供試体2が破断に至る直前のタイミングに生じる応力の分布を観察したい場合には、同タイミングに合わせて励起光を照射すればよい。通常、供試体2に引張荷重を付与し続けると、供試体2の一部にくびれが生じ、変形がくびれ部に集中する。そして最終的に、供試体2はくびれ部から破断する。くびれが生じたタイミングに合わせて励起光を照射すれば、くびれが成長する過程の応力分布を高い感度で観察することができる。
【0099】
また、励起光を照射する時間(時刻t4~t5の時間)中は、クロスヘッド42の移動を停止して引張動作を一時的に停止させてもよいし、クロスヘッド42の移動を継続して引張動作を継続させてもよい。
【0100】
励起光の照射中に引張動作を一時的に停止させる構成とすることで、励起光の照射時間中は、応力が一定値に保たれて供試体2が破断に至るプロセスが中断されるため、中断されたタイミングにおける応力の分布を確実に観察することができる。これに対して、励起光の照射中にクロスヘッド42を移動させ続けることによって、破断に至るプロセスにおける応力分布の時間的変化を観察することができる。
【0101】
(2)応力発光計測方法の第2変形例
図12は、本実施の形態の第2変形例に係る応力発光計測方法の処理手順を説明するフローチャートである。第2変形例に係る応力発光計測方法は、
図10に示したフローチャートに対して、表示工程(S50)を追加したものである。
【0102】
図12に示すように、表示工程(S50)は、演算工程(S40)よりも後に実施される。表示工程(S50)は、記憶装置16に保存されている発光画像を読み出す工程(S51)と、記憶装置16に保存されている応力およびひずみの計測値を読み出す工程(S52)と、発光画像に計測値を重畳表示する工程(S53)とを有している。
【0103】
発光画像を読み出す工程(S51)では、測定工程(S30)において撮影装置8により撮影されて記憶装置16に保存されている動画像データから、1フレームの発光画像が切り出されて読み出される。
【0104】
計測値を読み出す工程(S52)では、工程(S51)で読み出された1フレームの発光画像について、演算工程(S40)で算出された応力およびひずみを示すデータが記憶装置16から読み出される。上述したように、演算工程(S40)では、1フレームの発光画像に対し、工程(S42)および工程(S44)で算出された応力およびひずみの算出値が紐付けられて記憶装置16に保存される。したがって、工程(S51)において1フレームの発光画像を記憶装置16から読み出すことにより、当該発光画像に紐付けられた応力およびひずみの算出値も同時に読み出すことができる。
【0105】
重畳表示する工程(S53)では、工程(S51)で読み出された1フレームの発光画像が制御装置14の表示部142に表示される。このとき、工程(S52)で読み出された応力およびひずみの算出値は、当該発光画像に重畳して表示される。
図13は、工程(S53)にて制御装置14の表示部142に表示される発光画像の一例を示す図である。
【0106】
図13の例では、表示部142には、供試体2の所定領域に形成された応力発光膜1の画像とともに、所定領域に設定された複数の点P1~P9における応力およびひずみの計測値を示したテーブル164が表示されている。
【0107】
発光画像では、発光強度の大きさが二次元平面上に明度で表現される。明度が大きい部部分は発光強度が大きい部分(すなわち、応力が大きい部分)を示し、明度が小さい部分は発光強度が小さい部分(すなわち、応力が小さい部分)を示す。したがって、発光画像から供試体2に生じる応力の分布を定性的に検出することができる。さらに、発光画像に応力およびひずみの計測値が重畳して表示されることによって、当該分布の各点における応力およびひずみの大きさを定量的に検出することが可能となる。
【0108】
(3)応力発光膜の二次元パターンの第1変形例
複数の応力発光体3によって形成される二次元パターンは、
図3に示した市松模様に限定されるものではない。
図14は、応力発光膜1の第1変形例を示す図である。
図14には、応力発光膜1の一部分が拡大して示されている。
【0109】
図14の例では、応力発光膜1は、格子模様からなる二次元パターンを有している。格子模様は、線状の応力発光体3を、供試体2の長さ方向および幅方向に交差させることにより形成することができる。
【0110】
図14の例においても、長さ方向または幅方向に隣接する2つの応力発光体3の間隔d0の変位量に基づいて、供試体2に生じるひずみを計測することができる。同時に、各応力発光体3の発光強度に基づいて、供試体2に生じる応力を計測することができる。
【0111】
(4)応力発光膜の二次元パターンの第2変形例
図15は、応力発光膜1の第2変形例を示す図である。
図15には、応力発光膜1の一部分が拡大して示されている。
図15に示すように、第2変形例に係る応力発光膜1は、複数の第1の応力発光体3Aと、複数の第2の応力発光体3Bとから構成されている。
【0112】
第1の応力発光体3Aは、第1の波長域で発光する応力発光材料により形成されている。第2の応力発光体3Bは、第1の波長域とは異なる第2の波長域で発光する応力発光材料により形成されている。応力発光材料は、無機母体材料や発光中心の元素を選択することによって、紫外~可視~赤外の様々な波長で発光する応力発光体を形成することができる。第1の応力発光体3Aおよび第2の応力発光体3Bの間で応力発光材料に含まれる無機母体材料および発光中心の元素の少なくとも一方を異ならせることにより、第1の応力発光体3Aの応力発光の波長と第2の応力発光体3Bの応力発光の波長とを異ならせることができる。
【0113】
第1の応力発光体3Aおよび第2の応力発光体3Bは、供試体2の表面の所定領域(平行部)において二次元パターンに配列されている。
図15の例では、第1の応力発光体3Aおよび第2の応力発光体3Bはともに、正方形状の外形を有しており、供試体2の長さ方向および幅方向の各々において、所定間隔d0を保って交互に配列されている。複数の第1の応力発光体3Aおよび複数の第2の応力発光体3Bは全体として、二次元パターンを形成している。
【0114】
第1の応力発光体3Aおよび第2の応力発光体3Bの各々の一辺の長さは数~数十μmであり、所定間隔d0は数~数十μmである。第1の応力発光体3Aと第2の応力発光体3Bとは同じ形状、同じサイズのものとは限らず、異なる形状、異なるサイズであってもよい。
【0115】
あるいは、
図14に示すように、第1の応力発光体3Aおよび第2の応力発光体3Bの各々を線状の形状とし、供試体2の長さ方向および幅方向の各々において、所定間隔d0を保って交互に配列することによって、全体として格子模様からなる二次元パターンを形成してもよい。
【0116】
本変形例では、応力発光計測システム100は、供試体2の変形に伴って第1の応力発光体3Aおよび第2の応力発光体3Bの各々が発する光の強度および、第1の応力発光体3Aおよび第2の応力発光体3Bの各々の変位量から、供試体2に生じる応力およびひずみを同時に計測することができる。
【0117】
具体的には、供試体2に引張荷重が加えられると、供試体2の伸びに追随して応力発光膜1が変形する。
図16(A)には、供試体2に対して図中矢印の方向に沿って引張荷重が加えられているときの応力発光膜1の一部分が拡大して示されている。第1の応力発光体3Aおよび第2の応力発光体3Bの各々は、元の位置から移動している。
【0118】
供試体2に生じる応力は、応力発光膜1の発光画像と、第1の応力発光体3Aについての発光強度と応力との関係を示す第1の検量線データと、第2の応力発光体3Bについての発光強度と応力との関係を示す第2の検量線データとを用いて計測することができる。
【0119】
具体的には、撮影装置8は、応力発光膜1の発光から第1の波長域の光を撮影して、第1の発光画像(
図16(B)参照)を取得するとともに、応力発光膜1の発光から第2の波長域の光を撮影して、第2の発光画像(
図16(C)参照)を取得する。なお、撮影装置8には、波長選択性を有するフィルタを搭載したカメラを用いることができる。
【0120】
取得された第1の発光画像(
図16(B)参照)について、各第1の応力発光体3Aの発光強度の算出値と、第1の検量線データとに基づいて、各第1の応力発光体3Aの位置に生じる応力が算出される。また、第2の発光画像(
図16(C)参照)について、各第2の応力発光体3Bの発光強度の算出値と、第2の検量線データとに基づいて、各第2の応力発光体3Bの位置に生じる応力が算出される。第1の応力発光体3Aおよび第2の応力発光体3Bの各々の位置情報と応力の算出値とに基づいて、供試体2の表面の応力分布を計測することができる。
【0121】
供試体2に生じるひずみは、引張荷重が加えられる前後における第1の応力発光体3Aおよび第2の応力発光体3Bの変位量に基づいて計測することができる。具体的には、応力発光膜1の一部分において、第1の応力発光体3Aおよび第2の応力発光体3Bの各々の位置情報に基づいて、隣接する第1の応力発光体3Aおよび第2の応力発光体3Bの間隔d1が算出される。この算出された間隔d1の元の間隔d0に対する変化量を算出することにより、当該部分における局所的なひずみを計測することができる。そして、ROIごとに算出された変化量から、供試体2の表面に生じるひずみ分布を計測することができる。
【0122】
供試体2の表面に生じる応力およびひずみの分布を高度に解析するためには、応力発光膜1の分解能を高める必要がある。これには、供試体2の表面に二次元パターンに配列された複数の応力発光体3(
図3参照)の各々のサイズを小さくして、隣接する応力発光体3の間隔d0を狭くすることが有効である。
【0123】
しかしながら、単一の種類の応力発光体3を密に配列して二次元パターンを形成した場合には、撮影装置8の解像度などに起因して、発光画像において、隣接する応力発光体3を見分けることが困難となることが懸念される。
【0124】
本変形例では、上述したように、応力発光の波長が異なる2つの応力発光体3A,3Bを交互に配列して二次元パターン(
図15参照)を形成し、各波長の応力発光を撮影する構成としたことにより、隣接する応力発光体3A,3Bを容易に見分けることができる。したがって、供試体2の表面に生じる応力およびひずみの分布を高度に解析することが可能となる。
【0125】
(5)応力発光膜の二次元パターンの第3変形例
上述した第2変形例では、第1の応力発光体3Aおよび第2の応力発光体3Bを、供試体2の表面に所定間隔d0を保って交互に配列する構成について説明したが、第1の応力発光体3Aおよび第2の応力発光体3Bを供試体2の表面に垂直な方向に互いにずらして配置する構成としてもよい。
【0126】
図17は、応力発光膜1の第3変形例を模式的に示す断面図である。
図17には、応力発光膜1の一部分が拡大して示されている。第3変形例に係る応力発光膜1の基本的構成は、上述した第2変形例に係る応力発光膜1と同じであるが、複数の第1の応力発光体3Aおよび複数の第2の応力発光体3Bの配置が異なる。
【0127】
なお、第3変形例に係る応力発光膜1は、供試体2の表面に垂直な方向から見た場合に、
図15に示した第2変形例に係る応力発光膜1と同じ構成を有している。すなわち、第3変形例に係る応力発光膜1において、複数の第1の応力発光体3Aおよび複数の応力発光体3Bは、供試体2の表面に垂直な方向から見た場合に、二次元パターンを形成するように配列されている。
図17は、その二次元パターンの、
図15におけるXVII-XVII線での断面図に相当する。
【0128】
複数の第2の応力発光体3Bは、供試体2の表面の所定領域において、供試体2の長さ方向および幅方向の各々に所定間隔を保って交互に配列されている。
【0129】
供試体2の表面の所定領域には、透光性を有する(好ましくは光学的に透明な)フィルム5が配置されている。フィルム5は、複数の応力発光体3Bが配列された、供試体2の表面に、粘着剤層(図示せず)を介して積層される。フィルム5は、例えば、可撓性を有する透明樹脂フィルムである。
【0130】
複数の応力発光体3Aは、フィルム5の表面の所定領域において、供試体2の長さ方向および幅方向の各々に所定間隔を保って交互に配列されている。なお、応力発光体3Aと応力発光体3Bとは、供試体2の長さ方向および幅方向において、所定間隔d0を保って交互に配列されている。
【0131】
本変形例においても、上述した第2変形例と同様に、応力発光計測システム100は、供試体2の変形に伴って第1の応力発光体3Aおよび第2の応力発光体3Bの各々が発する光の強度および、第1の応力発光体3Aおよび第2の応力発光体3Bの各々の変位量から、供試体2に生じる応力およびひずみを同時に計測することができる。
【0132】
図18には、供試体2に図中白矢印の方向に沿って曲げ荷重が加えられているときの応力発光膜1の一部分が拡大して示されている。
図18に示すように、曲げ荷重が加えられると、供試体2およびフィルム5の各々は曲線状に変形する。第1の応力発光体3Aは、フィルム5の変形に応じて元の位置から移動している。第2の応力発光体3Bは、供試体2の変形に応じて元の位置から移動している。
【0133】
供試体2およびフィルム5の各々には、曲げ応力が生じる。具体的には、曲線の内側には圧縮応力が生じ、曲線の外側には引張応力が生じる。そのため、
図18に示すように、供試体2とフィルム5とには互いに反対向きの応力が生じる場合があり、結果的に供試体2とフィルム5との間で剥離が生じる可能性がある。
【0134】
供試体2に生じる応力は、第1の波長域の光を撮影した第1の発光画像と第1の検量線データとを用いて計測することができる。供試体2に生じるひずみは、曲げ荷重が加えられる前後における第1の応力発光体3Aの変位量に基づいて計測することができる。
【0135】
フィルム5に生じる応力は、第2の波長域の光を撮影した第2の発光画像と第2の検量線データとを用いて計測することができる。フィルム5に生じるひずみは、曲げ荷重が加えられる前後における第2の応力発光体3Bの変位量に基づいて計測することができる。
【0136】
これら取得された応力およびひずみの計測値によれば、例えば、曲げ荷重を受けたときの供試体2に対するフィルム5の耐密着性を評価することが可能となる。
【0137】
このように本変形例では、応力発光の波長が異なる2つの応力発光体3A,3Bを、供試体2の表面に垂直な方向における位置が互いに異なり、かつ、当該垂直な方向から見た場合に二次元パターンを形成するように配列することによって、応力発光体3A,3Bの各々の発光強度および変位量に基づいて、供試体2の表面に水平な方向および垂直な方向における応力およびひずみの分布を計測することができる。これによると、応力およびひずみの三次元分布を計測することが可能となる。
【0138】
なお、上述した第2変形例および第3変形例では何れも、応力発光の波長が異なる2つの応力発光体から応力発光膜を構成したが、3以上の応力発光体から応力発光膜を構成してもよい。例えば、
図17に示した応力発光膜1において、フィルム5の表面にさらに別のフィルムを積層し、当該フィルムの表面に、応力発光体3A,3Bとは応力発光の波長が異なる応力発光体をさらに配置する構成としてもよい。これによると、積層された複数のフィルム内に生じる応力およびひずみの三次元的な分布を計測することが可能となる。
【0139】
(6)応力発光膜形成工程(
図10のS20)
図19は、応力発光膜形成工程(
図10のS20)の処理手順の一例を説明するフローチャートである。
図19に示すように、応力発光膜形成工程(S20)は、応力発光塗料を生成する工程(S21)と、応力発光塗料を塗布する工程(S22)と、応力発光塗料を乾燥する工程(S23)とを主に有する。
【0140】
応力発光塗料を生成する工程(S21)では、応力発光材料を含有する塗料(応力発光塗料)が生成される。この工程では、最初に、応力発光材料を細粒化する工程(S211)が実施される。
【0141】
応力発光材料は、無機結晶(母材)の骨格中に発光中心となる元素を固溶したものである。応力発光材料は、粉末状であり、複数のセラミック粒子から構成されている。膜厚が数十μmの均一な応力発光膜を形成するためには、応力発光材料の粒子径は、理想的にはサブミクロンオーダーであることが好ましい。一方、一般的な応力発光材料を構成するセラミック粒子は、平均粒子径が2~3μmであり、かつ、粒子径分布が1~10μmの範囲を有している。これは、初めからサブミクロンオーダーの粒子径を狙って応力発光材料を生成すると、結晶構造が応力発光能を有する単斜晶ではなく、応力発光能を有さない立方晶になるためとされている。ただし、応力発光膜の膜厚を数十μmにすることが難しくなる。
【0142】
工程(S211)では、この粒子を粉砕することにより、サブミクロンオーダーの粒子径を有する応力発光材料を生成する。これは、単斜晶を有する粒子を粉砕しても、粒子の結晶構造が変化することなく、応力発光能が損なわれないという本発明者らの知見に基づいている。また、本発明者らは、粉砕後の粒子同士の凝集が抑制されるという知見も得ている。これによると、均質な応力発光膜を形成することが可能となる。
【0143】
応力発光材料の粉砕は、公知の粉砕装置を用いて行うことができる。ただし、応力発光材料は耐水性が低く、かつ、加熱により変質して応力発光能が低下する可能性がある。そのため、粒子同士を高速で衝突させて粉砕することができる粉砕装置を用いることが好ましい。粉砕の条件は特に限定されることなく、粉砕前の応力発光材料の粒子径および粒度分布などを考慮して設定すればよい。
【0144】
次に、粉砕後の応力発光材料と溶媒とを混合する工程(S212)により、応力発光塗料が生成される。この工程(S212)では、応力発光材料を溶媒に分散させたスラリー状態で解砕することにより、応力発光材料と溶媒とを混合する。溶媒は、被膜形成性樹脂を含有する。溶媒には、必要に応じて、溶剤、分散剤、充填剤、および増粘剤などの塗料添加剤を含有させることができる。解砕の方法は特に限定されないが、例えば、ローラミルまたはボールミルなどを用いることができる。
【0145】
次に、応力発光塗料を塗布する工程(S22)が実施される。この工程では、供試体2の所定領域に応力発光塗料が塗布される。応力発光塗料の塗布には、例えば、スクリーン板を用いた印刷技術を用いることができる。具体的には、工程(S22)は、スクリーン板に応力発光塗料を充填する工程(S221)と、応力発光塗料を供試体2に転写する工程(S222)と、スクリーン板を隔離する工程(S223)とを主に有している。
【0146】
工程(S221)では、供試体2の表面に接触してスクリーン板を配置した状態で、スクリーン板に応力発光塗料が供給される。スクリーン板は、二次元の網目状の構造を有しており、複数の貫通孔がマトリクス状に形成されている。各貫通孔の大きさは、二次元パターン(
図3参照)における応力発光体3の大きさに応じて設定することができる。また、隣接する貫通孔の間隔は、二次元パターンにおける応力発光体3同士の間隔に応じて設定することができる。
【0147】
この状態で、平板形状のスキージの下端部をスクリーン板に当接させて、スクリーン板上を水平方向にスキージを移動させることにより、スクリーン板の各貫通孔に応力発光塗料が充填される。この状態でスキージをさらに水平方向に繰り返し移動させることにより、各貫通孔に充填された応力発光塗料が供試体2の表面に転写される(S222)。そして、スクリーン板を供試体2の表面から隔離させることにより(S223)、応力発光と晶がスクリーン板から除去されて供試体2の表面上に転写される。これにより、二次元パターンを有する応力発光塗膜が形成される。
【0148】
次に、応力発光塗膜を乾燥する工程(S13)が実施される。この工程(S23)では、乾燥によって溶媒中の溶剤および水分が蒸発することにより、応力発光塗膜が硬化する。その結果、供試体2の表面に、複数の応力発光体3が二次元パターンに配列された応力発光膜1(
図3参照)が形成される。
【0149】
なお、乾燥後の各応力発光体3の膜厚は、スクリーン板の厚みおよび、応力発光塗料の沸点および粘度を変更することによって調整することができる。また、各応力発光体3の大きさおよび応力発光体3同士の間隔は、スクリーン板の厚み、ならびに、各貫通孔の大きさおよび貫通孔同士の間隔を変更することによって調整することができる。
【0150】
上述したDIC法では、一般的に、スプレー缶に充填された塗料を供試体の表面に吹き付けることによって、供試体の表面にランダムパターンが形成される。このように塗料をスプレー塗装する方法では、1回の吹き付けで形成される塗料の膜厚が20μm程度と小さいものの、その膜厚が不均一であるため、膜厚の均一性を確保するためには、同一箇所に対して複数回塗料を吹き付ける必要がある。そのため、応力発光膜をスプレー塗料で形成した場合には、応力発光膜の膜厚が厚くなってしまうことが懸念される。応力発光膜の膜厚が厚くなると、応力発光膜自体に加わる荷重が支配的となるため、供試体2よりも応力発光膜の応力を計測することになりかねない。
【0151】
これに対して、本実施の形態では、細粒化された応力発光材料を含有する応力発光塗料を、スクリーン板を用いた印刷によって供試体2に塗布して応力発光膜1を形成したことにより、薄膜であり、膜厚均一性に優れた応力発光膜1を形成することができる。これによると、供試体2の表面に生じる微小な応力およびひずみの変化を捉えることできるため、高感度な計測が可能となる。なお、スクリーン板を用いた印刷に代えて、インクジェット印刷を用いることによっても、薄膜かつ膜厚均一性に優れた応力発光膜1を形成することが可能である。
【0152】
[態様]
上述した複数の例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0153】
(第1項)一態様に係る応力発光計測方法は、対象物の表面に、二次元パターンに配列された複数の応力発光体を有する応力発光膜を形成するステップと、光源から励起光を照射して応力発光膜を励起するステップと、対象物に荷重を加えるステップと、撮影装置が、荷重が加えられているときの応力発光膜を撮影するステップと、撮影された応力発光膜の発光画像に基づいて、対象物に生じる応力およびひずみを計測するステップとを備える。応力およびひずみを計測するステップは、応力発光膜の発光強度に基づいて対象物に生じる応力を計測するステップと、荷重が加えられる前後における複数の応力発光体の変位量に基づいて、対象物に生じるひずみを計測するステップとを含む。
【0154】
第1項に記載の応力発光計測方法によれば、対象物の表面に二次元パターンを有する応力発光膜を形成し、この応力発光膜の応力発光を撮影するように構成されているため、暗い環境下であっても、応力発光膜の二次元パターンが発する光の強度から対象物に生じる応力を計測することができるとともに、発光している二次元パターンの変形から対象物に生じるひずみを計測することができる。その結果、応力とひずみとの比例関係が成り立たない塑性域においても、対象物に生じる応力およびひずみを同時に計測することが可能となる。
【0155】
(第2項)第1項に記載の応力発光計測方法において、応力を計測するステップは、複数の応力発光体の各々の発光強度を検出するステップと、応力発光体の発光強度と応力との関係を示す検量線を用いて、検出された発光強度から対象物に生じる応力を算出するステップとを含む。
【0156】
このようにすると、二次元パターンの各部分が発する光の強度から、対象物の各部分に生じる応力を計測することができる。
【0157】
(第3項)第1項または第2項に記載の応力発光計測方法において、ひずみを計測するステップは、隣接して配置された2つの応力発光体の間隔の変化量から応力発光膜の各部分の変位量を算出するステップと、算出された各部分の変位量の総和に基づいて、対象物全体に生じるひずみを計測するステップとを含む。
【0158】
このようにすると、発光している二次元パターンの変形から、対象物全体に生じるひずみを計測することができる。
【0159】
(第4項)第3項に記載の応力発光計測方法において、ひずみを計測するステップは、算出された各部分の変位量に基づいて、対象物の表面におけるひずみ分布を計測するステップをさらに含む。
【0160】
これによると、二次元パターンの各部分の変形から、対象物に生じる局所的なひずみを計測することができる。
【0161】
(第5項)第1項から第4項に記載の応力発光計測方法は、荷重が加えられている各タイミングで撮影された発光画像に、当該発光画像から求められた応力およびひずみの計測値を対応付けて記憶装置に記憶するステップをさらに備える。
【0162】
このようにすると、各タイミングの計測値を得られた順序に従って観察することにより、荷重に対する応力およびひずみの時間的変化を評価することができる。
【0163】
(第6項)第5項に記載の応力発光計測方法は、荷重が加えられている各タイミングで撮影された発光画像を表示するステップをさらに備える。表示するステップは、発光画像に、当該発光画像から求められた応力およびひずみの計測値を重畳して表示するステップを含む。
【0164】
このようにすると、発光画像から対象物に生じる応力の分布を定性的に検出することができると同時に、当該分布の各点における応力およびひずみの大きさを定量的に検出することが可能となる。
【0165】
(第7項)第1項から第4項に記載の応力発光計測方法は、光源が、荷重が加えられているときの応力発光膜に励起光を照射して応力発光膜を再び励起するステップをさらに備える。応力を計測するステップは、再び励起された応力発光膜の発光強度に基づいて、対象物の表面における応力分布を計測するステップを含む。
【0166】
これによると、荷重を付与している間に応力発光膜を再び励起して応力発光膜のエネルギーの蓄積量を回復させたことで、荷重を受けて応力が生じたことによる発光量(応力発光量)が大きくなるため、発光強度のダイナミックレンジが広くなる。したがって、応力発光膜の発光強度に基づいて、対象物の表面に生じる応力の分布を高い感度で観察することが可能となる。
【0167】
(第8項)第1項に記載の応力発光計測方法において、応力発光膜を形成するステップは、対象物の表面に、第1の波長域で発光する複数の第1の応力発光体と、第1の波長域とは異なる第2の波長域で発光する複数の第2の応力発光体とが交互に配列された二次元パターンを有する応力発光膜を形成するステップを含む。
【0168】
このようにすると、応力発光の波長域が互いに異なる第1および第2の応力発光体を密に配列して二次元パターンを形成した場合であっても、各波長の応力発光を撮影することにより、隣接する第1および第2の応力発光体を容易に見分けること可能となる。これによると、対象物の表面に生じる応力およびひずみの分布を高度に解析することが可能となる。
【0169】
(第9項)第8項に記載の応力発光計測方法において、応力発光膜を形成するステップは、対象物の表面に、複数の第1の応力発光体および複数の第2の応力発光体を、対象物の表面に垂直な方向における位置が互いに異なり、かつ、垂直な方向から見た場合に、二次元パターンを形成するように配列するステップをさらに含む。
【0170】
このようにすると、第1および第2の応力発光体の各々の発光強度および変位量に基づいて、対象物に生じる応力およびひずみの三次元分布を計測することが可能となる。
【0171】
(第10項)第8項または第9項に記載の応力発光計測方法において、応力を計測するステップは、複数の第1の応力発光体および複数の第2の応力発光体の各々の発光強度を検出するステップと、第1の応力発光体の発光強度と応力との関係を示す第1の検量線、および、第2の応力発光体の発光強度と応力との関係を示す第2の検量線を用いて、検出された発光強度から対象物に生じる応力を算出するステップとを含む。
【0172】
これによると、第1および第2の応力発光体が密に配列された二次元パターンから、対象物の表面に生じる応力の分布を高度に解析することができる。
【0173】
(第11項)第8項または第10項に記載の応力測方法において、ひずみを計測するステップは、対象物の表面に垂直な方向から見て隣接して配置された第1の応力発光体および第2の応力発光体の間隔の変化量から応力発光膜の各部分の変位量を算出するステップと、算出された各部分の変位量に基づいて、対象物の表面に生じるひずみ分布を計測するステップとを含む。
【0174】
これによると、第1および第2の応力発光体が密に配列された二次元パターンから、対象物の表面に生じるひずみの分布を高度に解析することができる。
【0175】
(第12項)第1項から第11項に記載の応力発光計測方法は、光源による励起光の照射を停止して、応力発光膜を安定化させるステップをさらに備える。
【0176】
これによると、発光強度が安定した状態の応力発光膜に対して荷重を与えることができるため、荷重を受けて応力が生じたことによる発光(応力発光)を正確に捉えることができる。
【0177】
(第13項)第1項から第12項に記載の応力発光計測方法において、応力発光膜を形成するステップは、単斜晶系の粒子を有する応力発光材料を、粒子の結晶構造を維持したまま細粒化するステップと、細粒化された応力発光材料と溶媒とを混合するステップと、応力発光材料と溶媒との混合物を対象物の表面に塗布することにより、対象物の表面に二次元パターンを印刷するステップと、塗布された混合物を乾燥するステップとを含む。
【0178】
このようにすると、細粒化された応力発光材料は応力発光能が損なわれておらず、粒子同士の凝集が抑制されている。この応力発光材料を含有する混合物を用いて、対象物の表面に二次元パターンを印刷することにより、応力発光材料が均一に分散された、薄膜の応力発光膜を形成することができる。その結果、荷重を受けて対象物の表面に生じる微小な応力およびひずみの変化を高い精度で計測することが可能となる。
【0179】
(第14項)一態様に係る応力発光計測システムは、対象物に荷重を加えたときに対象物に生じる応力およびひずみを計測するシステムである。対象物の表面には、二次元パターンに配列された複数の応力発光体を有する応力発光膜が形成されている。応力発光計測システムは、対象物に荷重を加えるための試験機と、応力発光膜を励起するための光源と、荷重が加えられているときの応力発光膜を撮影する撮影装置と、撮影された応力発光膜の発光画像に基づいて、対象物に生じる応力およびひずみを計測する制御装置とを備える。制御装置は、応力発光膜の発光強度に基づいて、対象物に生じる応力を計測する。制御装置はさらに、荷重が加えられる前後における複数の応力発光体の変位量に基づいて、対象物に生じるひずみを計測する。
【0180】
第14項に記載の応力発光計測システムによれば、対象物の表面に形成された、二次元パターンを有する応力発光膜の応力発光を撮影する構成としたことにより、暗い環境下であっても、応力発光膜の二次元パターンが発する光の強度から対象物に生じる応力を計測することができるとともに、発光している二次元パターンの変形から対象物に生じるひずみを計測することができる。その結果、応力とひずみとの比例関係が成り立たない塑性域においても、対象物に生じる応力およびひずみを同時に計測することが可能となる。
【0181】
なお、上述した実施の形態および変更例について、明細書内で言及されていない組み合わせを含めて、不都合または矛盾が生じない範囲内で、実施の形態で説明された構成を適宜組み合わせることは出願当初から予定されている。
【0182】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本開示の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0183】
1 応力発光膜、2 供試体、3 応力発光体、3A 第1の応力発光体、3B 第2の応力発光体、4 引張試験機、5 フィルム、6,14 制御装置、8 撮影装置、10 光源、12 駆動装置、15 通信線、16 記憶装置、40 テーブル、42 クロスヘッド、44,46 ねじ棹、48,50 掴み具、52 ロードセル、62,142 表示部、100 応力発光計測システム、140 プロセッサ、141 メモリ、143 表示I/F、144 操作部、145 入出力I/F、146 通信I/F、160 応力計測プログラム、162 検量線データ。