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特開2023-176421ディスク式電磁ブレーキの制動力検査方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023176421
(43)【公開日】2023-12-13
(54)【発明の名称】ディスク式電磁ブレーキの制動力検査方法
(51)【国際特許分類】
   B66B 5/00 20060101AFI20231206BHJP
【FI】
B66B5/00 G
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022088695
(22)【出願日】2022-05-31
(71)【出願人】
【識別番号】307043120
【氏名又は名称】サノシーテック株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】516172042
【氏名又は名称】佐野 達広
(71)【出願人】
【識別番号】522216329
【氏名又は名称】株式会社OMCテクニカ
(71)【出願人】
【識別番号】522216330
【氏名又は名称】大道 俊幸
(74)【代理人】
【識別番号】100101432
【弁理士】
【氏名又は名称】花村 太
(72)【発明者】
【氏名】佐野 達広
(72)【発明者】
【氏名】大道 俊幸
【テーマコード(参考)】
3F304
【Fターム(参考)】
3F304BA06
3F304BA14
(57)【要約】
【課題】簡便に測定できるブレーキ制動力に影響する要素の測定値を用いて、検査時に評価可能な制動トルク予測値を得られるディスク式電磁ブレーキの制動力検査方法の提供。
【解決手段】予め、検査対象となる装置に設けられるディスク式電磁ブレーキに対して、後の検査時にその制動トルクの予測値を取得する計算式として、制動トルク(Nm)が目的変数であると共に少なくとも静摩擦トルク(Nm)が説明変数である回帰式を設定する計算式設定工程を備え、該計算式設定工程は、制動トルク計測工程と少なくとも前記モータの停止状態からモータ回転軸に対するトルクレンチによる手動回転開始時の静摩擦トルクを測定する工程を含む説明変数の測定工程とを複数回繰り返す実測工程と、実測工程によって得られた全測定値について、回帰分析を行うことによって前記説明変数の回帰係数および切片とを決定して前記回帰式を得る回帰分析工程と、を備えるものとした。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータの回転軸の同軸上に固定されたブレーキディスクに対して可動部によって摩擦材を押し付けることによって前記モータの回転軸に制動力を発生するディスク式電磁ブレーキの制動力検査方法において、
予め、検査対象となる装置に設けられるディスク式電磁ブレーキに対して、後の検査時にその制動トルクの予測値を取得する計算式として、制動トルク(Nm)が目的変数であると共に少なくとも静摩擦トルク(Nm)が説明変数である回帰式を設定する計算式設定工程を備えており、
前記計算式設定工程は、
前記ディスク式電磁ブレーキについて、前記モータの回転を停止させる制動トルクとして、前記モータの回転状態にて通電遮断によりブレーキを作動させた際のブレーキが効き始める実制動開始から停止までの実制動時間Tab(s)と制動開始時のブレーキ軸の実回転速度n(min-1 )との測定値とモータ軸換算全慣性モーメントΣJ(kg・m)とに基づいて制動トルク(Nm)=(ΣJ/9.55)×(n/Tab)を求める制動トルク計測工程と、少なくとも前記モータの停止状態からモータ回転軸に対するトルクレンチによる手動回転開始時の静摩擦トルクを測定する工程を含む前記説明変数の測定工程と、を複数回繰り返す実測工程と、
前記実測工程によって得られた全測定値について、前記目的変数とした前記制動トルクの計測値と、前記静摩擦トルクを含む1つ以上の説明変数の測定値との回帰分析を行うことによって前記説明変数の回帰係数および切片とを決定して前記回帰式を得る回帰分析工程と、を備えていることを特徴とするディスク式電磁ブレーキの制動力検査方法。
【請求項2】
前記説明変数は、前記静摩擦トルクの他に、前記静摩擦トルクの測定後の前記ブレーキデイスクの温度或いは該ブレーキディスク近傍の前記可動部におけるブレーキ表面温度と、締結状態にあるブレーキの可動域としての前記ブレーキディスクと前記摩擦材との間隙であるブレーキエアギャップとのいずれか又は全部を含むことを特徴とする請求項1に記載のディスク式電磁ブレーキの制動力検査方法。
【請求項3】
予め前記計算式が設定された前記ディスク式電磁ブレーキと同一型式のディスク式電磁ブレーキを備えた対象装置が使用箇所へ設置された後の使用経過に伴うブレーキ定期検査として行われる定期検査工程が、
少なくとも前記モータの停止状態からモータ回転軸に対するトルクレンチによる手動回転開始時の静摩擦トルクを測定する工程を含む前記説明変数の測定を行う検査用実測工程と、
少なくとも前記静摩擦トルクを含む説明変数の測定値を、予め設定された前記計算式に適用して制動トルクを予測する計算工程と、
前記計算工程で予測された制動トルクと予め定められた基準値とに基づいてブレーキ性能を判定する判定工程と、を備えていることを特徴とする請求項1又は2に記載のディスク式電磁ブレーキの制動力検査方法。
【請求項4】
前記検査対象の装置が、ロープ式エレベータ用の巻上機であり、互いに独立した2つの前記ディスク式電磁ブレーキを備えたものであるとき、
前記計算式設定工程は、前記2つのブレーキに対してそれぞれの前記制動トルクを測定して前記計算式を設定するものであり、
前記2つのブレーキと同一型式の2つのブレーキを備えた巻上機がエレベータに設置された後の使用経過に伴うブレーキ定期検査として行われる前記定期検査工程が、前記2つのブレーキのそれぞれに対して前記検査用実測工程を行うものであり、
前記計算工程は、前記2つのブレーキに対してそれぞれ行われた前記検査用実測工程で得られた測定値を前記計算式に適用することによって、前記2つのブレーキの各制動トルクを予測するものであることを特徴とする請求項3に記載のディスク式電磁ブレーキの制動力検査方法。
【請求項5】
前記計算式設定工程は、前記回帰分析によって得られる信頼性係数と標準誤差と予測誤差とから、前記制動トルクの予測値の予測区間の上限値と下限値を取得するための予測区間計算式である予測区間下限値(又は上限値)Nm=予測値-(又は+)信頼性係数×標準誤差×予測誤差、を設定する予測区間計算式設定工程を備えており、
前記判定工程は、前記制動トルクの予測値を前記予測区間計算式に適用して取得した予測区間の少なくとも下限値を前記ブレーキ性能の判定に用いることを特徴とする請求項4に記載のディスク式電磁ブレーキの制動力検査方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばエレベータ巻上機などのディスク式電磁ブレーキの制動力を検査する方法に関し、詳しくは、ブレーキ制動力の検査時に、比較的簡便な作業で測定できるトルクレンチによる静摩擦トルクの測定値、或いは静摩擦トルクの測定値及びブレーキ表面温度とブレーキエアギャップの測定値を適用するだけで制動トルクの予測値を求められる計算式を予め設定するものである。また本発明は、実際の検査時に、この計算式に各測定値を適用して簡便に制動トルクの予測値と、好ましくはその予測区間の下限値に基づいてブレーキ性能を評価するディスク式電磁ブレーキの制動力検査方法である。
【背景技術】
【0002】
現在、各種建造物や施設の乗用、荷物用エレベータとして広く普及しているのはロープ式である。ロープ式エレベータは、かご室とつり合いおもり(カウンターウエイト)を連結するワイヤーロープがつるべ式に綱車(シーブ)にかけられ、 ロープとシーブとの間の摩擦力(トラクション)を利用して電動式の巻上機で効率よく昇降させる方式である。また、巻上機は、モータの加速・減速、停止を供給電力の周波数の可変制御によって行うインバーター制御方式とすることで、省エネルギー効果を図ったものも増えている。
【0003】
いずれのエレベータにおいても、定期検査は必要であり、多くの検査項目が設定されている。なかでもブレーキの検査は重要である。定期検査においては、通常、基準値に対する性能低下分としての変化量が規定値以内であることが確認される。
【0004】
一方、現在の乗用・荷物用エレベータの巻上機においては、ドラム式およびディスク式の電磁ブレーキの使用が広く普及している。ドラム式は、回転軸と共に回転するブレーキドラムの側面に一対のブレーキアームを介してブレーキパッド等の摩擦材を押し付けて制動動作を行うものである。ディスク式は、モータ回転軸の同軸上に固定された円盤状のブレーキディスクの両面に対してブレーキパッドあるいはライニング等の摩擦材で挟み込んで押圧する制動動作を行うものである。いずれも、制動動作および解除動作を、ばねの付勢力とこれに抗する電磁駆動部の吸引力とを利用して行うものである。特に、装置の緊急時の制動・保持用には、主に、無励磁作動型、即ち、通電遮断時にブレーキとして機能するものが採用されている。ディスク式は、ドラム式に比較して可動部分が小型であり、動作が早い点でより望ましいとされている。
【0005】
無励磁作動型の場合、通電時には励磁された可動部が永久磁石からなる固定部に吸引されて、ブレーキディスクに対してばね付勢力に抗する開放方向に移動されているが、通電遮断による無励磁状態となった可動部は、ばねの付勢力によって摩擦材をブレーキディスクに押し付けその回転を抑えて停止させる構成となっている。
【0006】
このようなディスク式電磁ブレーキの定期検査においては、摩擦材の厚みを確認してその摩耗量の判定を行うなどの構造的検査だけでなく、ブレーキ力の検査が重要項目として行われている。通常運転においては、モータの回転制御によってシーブ回転が停止されるが、その停止状態を維持する保持力が、いわゆる静トルク(静摩擦トルク)であり、この静摩擦トルクが測定され、ブレーキ力の判定に用いられていた。
【0007】
従来の具体的な検査方法としては、例えば、まずブレーキをかけた停止状態において、かごに規定のウエイトを載せてかごが動かないことを確認する方法、次にかごに一定の荷重を載せてかごをバランス状態にしてトルクレンチを用いてモータの回転軸でトルク値を測定し、該トルク値が規定トルク値より低い値でないことを確認する方法がある。またエレベータのかごを低速度で動かし急制動した際の制止距離を検査する方法、電動機においてかごでブレーキをかけた停止状態から、モータに電気的に規定のトルク値をかけてかごが動かないことを確認する方法もある。しかし、これら従来の方法は、いずれも現在の認定では認められない方法となった。
【0008】
一方、かごを緊急停止させる場合など、シーブ回転を直ちに止めるためにモータ回転軸に対してブレーキに制動力を発生させなければならない。したがって、ブレーキ性能としてこの制動力を検査対象にして判定することも必要と思われる。この制動トルクは静摩擦トルクとは本来異なるものであるが、定説として制動トルクは静摩擦トルクと近似していると考えられてきたため、定期検査では静摩擦トルクの測定のみで済んでいた。
【0009】
なお、近年では、新設のエレベーターに関して戸開走行保護装置(UCMP)の設置が義務化されている。この戸開走行保護装置とは、エレベータの駆動部や制御部の故障によってかご戸及び乗場戸が全て閉じる前にかごが動いてしまうことを回避して事故発生を防止するためのものであり、2つの独立したブレーキと通常運転用とは別の独立した安全制御回路を備え、いずれかの戸が開いた状態でかごが乗場から一定距離以上動くと直ちに巻上機のモータを停止させる機構である。
【0010】
この機構においては、2つの独立したブレーキの一方のブレーキが何らかの原因で制動力が無くなってしまった場合でも、もう1つのブレーキでかごを保持できると共に、通常の運転制御プログラムが故障してしまった場合でも、UCMP用の制御回路で安全にかごを停止させることができる。即ち、戸開走行保護装置は、ブレーキと制御に対して二重の安全を備えた装置である。
【0011】
このような戸開走行保護装置の定期検査において、検査項目の中には、当然、巻上機のブレーキ制動力を確認することが挙げられている。その方法としては、例えば、かごを検査用低速度で走行させてブレーキ制動時の制動距離を確認するものがある。これは、かご走行状態にて制動信号の出力時点でのかご位置と実際に停止した時点のかご位置との間の距離を制動距離として算出し、その制動距離が基準値以下であることを確認して判定を行うものである(例えば、特許文献1~3を参照)。ただし、この方法では、ロープのすべり距離を考慮されないという問題がある。
【0012】
また、最近の戸開走行保護装置の点検用に規定されているブレーキ制動力の確認方法として、無積載のかごを二つのブレーキのうち一方を締結・他方を開放した状態で、上昇方向へモータトルクを印加し、回転開始時のモータ電流値を測定し、続いて二つのブレーキのうち一方を開放・他方を締結した状態で、同様にモータ電流値を測定し、これら電流値から制動トルクを推測する方法がある。この検査時の制動トルクと基準値との比較又は変化量を確認して判定が行われる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開平8-108983号公報
【特許文献2】特開2010-52875号公報
【特許文献3】特開2018-135197号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上記の如く、従来のエレベータの定期検査におけるブレーキ制動力の確認として、慣性制動法により制動トルクを実測することはほとんどなかった。これは、定期検査のたびに行うのは大がかりすぎ、また慣性モーメントが現場毎に異なるため、計測機器の設定が繁雑でヒューマンエラーが起こり易いため、実際的でないためである。したがって、定期検査時に判定に用いるのに有効なブレーキ制動力を簡便に取得できる方法は確立されていなかった。
【0015】
本発明の目的は、大がかりな設定を必要とすることなく、比較的簡便に測定できるブレーキ制動トルクに影響する各要素の測定値を用いるだけで、検査時に実際のブレーキ制動力を評価できる制動トルク予測値を求めることができるディスク式電磁ブレーキの制動力検査方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
請求項1に記載の発明に係るディスク式電磁ブレーキの制動力検査方法は、モータの回転軸の同軸上に固定されたブレーキディスクに対して可動部によって摩擦材を押し付けることによって前記モータの回転軸に制動力を発生するディスク式電磁ブレーキの制動力検査方法において、
予め、検査対象となる装置に設けられるディスク式電磁ブレーキに対して、後の検査時にその制動トルクの予測値を取得する計算式として、制動トルク(Nm)が目的変数であると共に少なくとも静摩擦トルク(Nm)が説明変数である回帰式を設定する計算式設定工程を備えており、
前記計算式設定工程は、
前記ディスク式電磁ブレーキについて、前記モータの回転を停止させる制動トルクとして、前記モータの回転状態にて通電遮断によりブレーキを作動させた際のブレーキが効き始める実制動開始から停止までの実制動時間Tab(s)と制動開始時のブレーキ軸の実回転速度n(min-1 )との測定値とモータ軸換算全慣性モーメントΣJ(kg・m)とに基づいて制動トルク(Nm)=(ΣJ/9.55)×(n/Tab)を求める制動トルク計測工程と、少なくとも前記モータの停止状態からモータ回転軸に対するトルクレンチによる手動回転開始時の静摩擦トルクを測定する工程を含む前記説明変数の測定工程と、を複数回繰り返す実測工程と、
前記実測工程によって得られた全測定値について、前記目的変数とした前記制動トルクの計測値と、前記静摩擦トルクを含む1つ以上の説明変数の測定値との回帰分析を行うことによって前記説明変数の回帰係数および切片とを決定して前記回帰式を得る回帰分析工程と、を備えているを特徴とするものである。
【0017】
請求項2に記載の発明に係るディスク式電磁ブレーキの制動力検査方法は、請求項1に記載のディスク式電磁ブレーキの制動力検査方法において、前記説明変数は、前記静摩擦トルクの他に、前記静摩擦トルクの測定後の前記ブレーキデイスクの温度或いは該ブレーキディスク近傍の前記可動部におけるブレーキ表面温度と、締結状態にあるブレーキの可動域としての前記ブレーキディスクと前記摩擦材との間隙であるブレーキエアギャップとのいずれか又は全部を含むことを特徴とするものである。
【0018】
請求項3に記載の発明に係るディスク式電磁ブレーキの制動力検査方法は、請求項1又は2に記載のディスク式電磁ブレーキの制動力検査方法において、予め前記計算式が設定された前記ディスク式電磁ブレーキと同一型式のディスク式電磁ブレーキを備えた対象装置が使用箇所へ設置された後の使用経過に伴うブレーキ定期検査として行われる定期検査工程が、
少なくとも前記モータの停止状態からモータ回転軸に対するトルクレンチによる手動回転開始時の静摩擦トルクを測定する工程を含む前記説明変数の測定を行う検査用実測工程と、
少なくとも前記静摩擦トルクを含む説明変数の測定値を、予め設定された前記計算式に適用して制動トルクを予測する計算工程と、
前記計算工程で予測された制動トルクと予め定められた基準値とに基づいてブレーキ性能を判定する判定工程と、を備えていることを特徴とする。
【0019】
請求項4に記載の発明に係るディスク式電磁ブレーキの制動力検査方法は、請求項3に記載のディスク式電磁ブレーキの制動力検査方法において、前記検査対象の装置が、ロープ式エレベータ用の巻上機であり、互いに独立した2つの前記ディスク式電磁ブレーキを備えたものであるとき、
前記計算式設定工程は、前記2つのブレーキに対してそれぞれの前記制動トルクを測定して前記計算式を設定するものであり、
前記2つのブレーキと同一型式の2つのブレーキを備えた巻上機がエレベータに設置された後の使用経過に伴うブレーキ定期検査として行われる前記定期検査工程が、前記2つのブレーキのそれぞれに対して前記検査用実測工程を行うものであり、
前記計算工程は、前記2つのブレーキに対してそれぞれ行われた前記検査用実測工程で得られた測定値を前記計算式に適用することによって、前記2つのブレーキの各制動トルクを予測するものであること特徴する。
【0020】
請求項5に記載の発明に係るディスク式電磁ブレーキの制動力検査方法は、請求項4に記載のディスク式電磁ブレーキの制動力検査方法において、前記計算式設定工程は、前記回帰分析によって得られる信頼性係数と標準誤差と予測誤差とから、前記制動トルクの予測値の予測区間の上限値と下限値を取得するための予測区間計算式である予測区間上限値(又は下限値)Nm=予測値+(又は-)信頼性係数×標準誤差×予測誤差、を設定する予測区間計算式設定工程を備えており、
前記判定工程は、前記制動トルクの予測値を前記予測区間計算式に適用して取得した予測区間の上限値及び下限値を前記ブレーキ性能の判定に用いることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0021】
本発明は、以上説明した通り、ディスク式電磁ブレーキの制動力検査方法において、実際の検査時に、比較的簡便に測定できる少なくとも静摩擦トルクを含む1つ以上の制動トルクに影響する要素の測定値を適用するだけで、実際のブレーキ制動力に相当する制動トルクを精度良く予測できる計算式を予め設定するものであるため、ブレーキ制動力の検査においては、この予測値に基づいて、大がかりな設定や煩雑な装置を利用することなく簡便にブレーキ性能を判定できるという効果がある。また、制動ブレーキの予測値に基づいて予測区間を取得してその下限値をブレーキ性能の判定に採用することによって安全性を担保できるという効果もある。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本発明によるディスク式電磁ブレーキの制動力検査を行う巻上機の概略部分図であり、静摩擦トルクを測定するための検査軸を示す説明図である。
図2】本発明の実施例における実証試験の結果を示す単回帰散布図(横軸:静摩擦トルクNm、縦軸:制動トルクNm)である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明は、予め、検査対象となる装置に設けられるディスク式電磁ブレーキに対して、後の検査時にその制動トルクの予測値を取得する計算式として、制動トルク(Nm)が目的変数であると共に少なくとも静摩擦トルク(Nm)が説明変数である回帰式を設定する計算式設定工程を備えており、前記計算式設定工程は、前記ディスク式電磁ブレーキについて、前記モータの回転を停止させる制動トルクとして、前記モータの回転状態にて通電遮断によりブレーキを作動させた際のブレーキが効き始める実制動開始から停止までの実制動時間Tab(s)と制動開始時のブレーキ軸の実回転速度n(min-1 )との測定値とモータ軸換算全慣性モーメントΣJ(kg・m)とに基づいて制動トルク(Nm)=(ΣJ/9.55)×(n/Tab)を求める制動トルク計測工程と、少なくとも前記モータの停止状態からモータ回転軸に対するトルクレンチによる手動回転開始時の静摩擦トルクを測定する工程を含む前記説明変数の測定工程と、を複数回繰り返す実測工程と、前記実測工程によって得られた全測定値について、前記目的変数とした前記制動トルクの計測値と、前記静摩擦トルクを含む1つ以上の説明変数の測定値との回帰分析を行うことによって前記説明変数の回帰係数および切片とを決定して前記回帰式を得る回帰分析工程と、を備えているものである。
【0024】
本発明は、本発明者がまず制動トルクと静摩擦トルクとの相関性に着目し、後述の実施例で示すように、種々検討を重ねた結果、検査対象となるディスク式電磁ブレーキについて、制動トルクを目的変数とし、少なくとも静摩擦トルクを説明変数とした回帰分析によって得られる回帰式が、制動トルクを精度良く予測できる計算式として設定できることを初めて見いだし、本発明に至ったものである。また、説明変数を、静摩擦トルクに加え、静摩擦トルクの測定後のブレーキディスクの温度或いは該ブレーキディスク近傍の可動部におけるブレーキ表面温度と、締結状態にあるブレーキにおけるその可動域としてのブレーキディスクと摩擦材との間隙であるブレーキエアギャップとのいずれか又は全部の組み合わせとした重回帰分析による回帰式を高精度に制動トルクを予測できる計算式として設定できることも確認できた。
【0025】
したがって、例えばエレベータ巻上機等の駆動装置に設けられるディスク式電磁ブレーキに関して、予め、装置の販売・出荷前に、上記計算式設定工程に従って、ディスク式電磁ブレーキの制動力を予測できる計算式を設定しておくことで、当該ブレーキと同一型式のディスク式電磁ブレーキを備えた装置の設置後の使用経過に伴う定期検査の際に、この計算式に比較的簡便に測定できる静摩擦トルクの測定値を適用する、或いは静摩擦トルクと他の説明変数とされた要素の各測定値を適用するだけで制動トルクを高精度に予測でこでき、該制動トルクの予測値に基づいて簡便にブレーキ性能の判定を行うことが可能となる。このように、予め設定された計算式は同一型式のディスク式電磁ブレーキに対して共通に用いることができる。
【0026】
なお、本発明の計算機設定工程に制動トルクを計測する際に用いる慣性モーメントJは、装置の慣性モーメントの合計を用いればよい。エレベータに設置された巻上機ではエレベータの効率を考慮する。また、実回転速度および実制動時間は、例えばブレーキ軸に直結するモータ軸端部にタコジェネレータ等の電圧式回転計を取付け、メモリハイコーダ(メモリ式レコーダ)等のオシロスコープにてブレーキの電圧信号を観測することで測定できる。
【0027】
また、重回帰分析は、既存の各種計算ソフトを用いることができ、例えばマイクロソフト社の表計算ソフトであるエクセル:Excel(登録商標)の「分析ツール」の中の「回帰分析」や汎用設計ソフト「R」がある。これらのソフトによる回帰分析においては、切片と各回帰係数とによる回帰式だけでなく、補正R2(自由度調整済み決定係数)や標準誤差等の各種分析数値が回帰分析結果として出力される。重回帰分析においては、補正R2の値は、説明変数の要素について目的変数を計算するために使用することが妥当かどうか(当てはまりが良いか)を示すものであり、一般的に0.5以上あればモデルとして評価が妥当とされる。また、説明変数のP値が0.1%未満であれば、帰無仮説「それぞれの母集団における回帰係数が0である(本発明の場合は各回帰係数はたまたま制動トルクに影響を与える)」が棄却されてその説明変数の有意性が示される。したがって、得られた回帰式について、検査時の制動トルクを精度良く予測するための計算式としての妥当性は、回帰分析の際に得られる補正R2の値とP値を目安として確認できる。
【0028】
本発明においては、上記計算機設定工程によって得られた測定値の重回帰分析によって得られた回帰式は、後述するように高精度なものであることが確認され、対象の装置が使用箇所へ設置された後の使用経過に伴うブレーキ定期検査において、ブレーキ制動力を確認判定するための制動トルクを予測する計算式として用いることができる。
【0029】
ブレーキの制動力を確認するための定期検査工程としては、まず検査用実測工程において、モータの停止状態からモータ回転軸に対する検査読み取り用のトルクレンチによる手動回転開始時の静摩擦トルクを測定する。また、制動トルクの予測に用いるために予め前記計算式設定工程にて設定された計算式(回帰式)が、設定時の説明変数として他の要素が静摩擦トルクの他にも組み合わされている場合は、それに応じて、各要素に関して測定を行う。例えば、ブレーキディスクあるいはその近傍の可動部のブレーキ表面温度や、締結状態にあるブレーキにおけるその可動域としてのブレーキディスクと摩擦材との間隙であるブレーキエアギャップを測定する。そして計算工程にて、静摩擦トルクまたは静摩擦トルクとブレーキ表面温度及びまたはブレーキギャップとの各測定値を、予め設定された計算式に適用して制動トルクの予測値を得る。判定工程では、この制動トルクの予測値に基づいてブレーキ性能を判定することができる。
【0030】
通常、ブレーキ制動力の判定は、検査時の制動トルクと予め定められた基準値との比較又は、基準値との変化量を確認して合否が判定される。したがって、本発明においては、上記のように予め設定された計算式に検査時に測定された静摩擦トルクまたは静摩擦トルクと組み合わされた説明変数とされる要素、例えばブレーキ表面温度とブレーキエアギャップの測定値を適用して求めた制動トルクを判定に用いればよい。なお、その他の要素の測定値にかかわらず、まず静摩擦トルクの測定値がブレーキ機能不全である可能性を示す所定の水準値以上であることを確認しておく。当該水準値を超えていなければ、ブレーキ機能不全の可能性があると判定して直ちに対処できる。
【0031】
ただし、前記計算式で得られた制動トルクは予測値であるので、実際の検査判定においては、誤差を考慮して予測値に幅を設けることが望ましい。即ち、予測値に基づいて予測区間(上限値及び下限値)を推定し、少なくともその下限値を判定に採用することによって安全を担保できる。予測区間は、予測区間下限値(又は上限値)=予測値-(又は+)信頼性係数(標本の大きさにおける係数)×標準誤差×予測誤差、の計算式によって算出できるが、通常、回帰分析で用いる分析ソフトで計算されるものである。即ち、これら信頼性係数、標準誤差及び予測誤差は、計算式(回帰式)を取得する際の回帰分析時に算出され、予測区間も同時に取得することができる。
【0032】
本発明のディスク式電磁ブレーキの制動力検査方法は、ディスク式電磁ブレーキを備えた駆動装置に対して広く適用可能である。例えば、具体的な検査対象としは、ロープ式エレベータ用巻上機のモータに対して制動力を作用するディスク式電磁ブレーキが挙げられる。特に、近年の戸開走行保護装置を備えたエレベータ巻上機の互いに独立して設けられた2つのブレーキ(ダブルブレーキ)であるときも有効である。
【0033】
この場合、予め行われる前記計算式設定工程では、2つのブレーキに対してそれぞれ制動トルクを測定して前記計算式を設定するものである。そして予め前記計算式が設定されたダブルブレーキと同一型式のダブルブレーキを備えたエレベータ巻上機が実際にエレベータに設置された後の使用経過に伴うブレーキ定期検査として行われる定期検査工程においては、2つのブレーキのそれぞれに対して前記検査用実測工程を行う。即ち、前記計算工程は、2つのブレーキのそれぞれに対して行われた前記検査用実測工程で得られた測定値をそれぞれ前記計算式に適用することによって、2つのブレーキのそれぞれについて制動トルクを求めるものである。前記判定工程としては、計算工程で得られた各ブレーキの制動トルクと各ブレーキに関する基準値との比較あるいは基準値に対する変化量が予め定められた規定量以内であるかを確認して判定することができる。なお、このとき、予測値に基づいて推定された予測区間を利用することが望ましい。
【実施例0034】
以下に、本発明による、検査時に制動トルクを高精度に予測できる計算式を確立するに至った経過を説明する。
【0035】
-従来法による対照試験:モータ電流値に基づく静摩擦トルクの算出-
まず、戸開走行保護装置を供えたロープ式エレベータ用のインバータ制御式巻上機を試験装置として、従来法による対照試験を行い、その実用性を検証した。具体的には、2つの無励磁作動型の電磁ブレーキが同軸上の上段位置と下段位置の各ブレーキディスクに対して配置され、それぞれ個別に制動力を発生するダブルブレーキにおいて、片側ずつ、即ち、一方のブレーキを開放し他方のブレーキを締結した状態で上昇方向にモータにトルクを印加し、回転開始時のモータ電流値をインバータ電流値で測定して制動トルクを推定した。
【0036】
試験装置の仕様は以下の通りである。巻上機(CDH50型)は5トン(ローディングC2対応)積載用、減速比1/38.5、シーブ径660mm、ブレーキ軸慣性モーメント0.84kg/m である。モータは富士電機株式会社製IE3で容量30kw4P、定格トルク194Nm、定格電流115A、トルク定数1.68Nm/Aである。ブレーキはケーイービー・ジャパン株式会社製08型で制動トルク150Nm~300Nmである。インバータは株式会社安川電機製G7-37kwである。試験エレベータ仕様は、昇降行程12.2m・CW(カウンターウエイト)50%(軸アンバランストルク88Nm)、ロストルク:[(無負荷上方自電流50A-無負荷加工時電流107A)×トルク定数194Nm/A]÷2=-43.6Nm、である。
【0037】
以上の条件において、確認すべきトルク定数=制動トルク(ブレーキ片側)150Nm-(アンバランストルク88Nm-ロストルク43.6Nm)=105.6Nm、および確認すべき電流値=105.6Nm÷1.68Nm/A=62.9A、を設定し、かご速度1m/minの無負荷上昇において、ブレーキ片側ずつの試験を4回ずつ行った。
【0038】
各ブレーキ(上段、下段)について、始動時から4秒後の回転時のモータ電流値(A)を測定した結果を表1に、各電流値から示すトルク定数を用いて得た静摩擦トルク(Nm)を表2に示す。
【0039】
【表1】
【0040】
【表2】
【0041】
表1及び2の結果から、上段ブレーキと下段ブレーキとで測定電流値およびトルク値の平均値で互いに異なっていることが分かる。これは、上段と下段とでブレーキストロークが異なり、ばね押し付け力に違いがあることと、試験時のブレーキディスク温度の違いに起因するものと思われる。本試験では、上段側から先に試験を行ったため、下段試験時には上段試験時よりもブレーキディスク温度が高く、ブレーキは100℃まで温度に比例して摩擦係数が高くなる特性があるためである。なお、実際の巻上機では、上段と下段とでブレーキストロークは一致させられる。
【0042】
以上の対照試験における複数の問題点から、この従来方法をエレベータの定期検査におけるブレーキ制動力の確認に採用することは実用的ではないことがわかった。問題点としては、まず、試験前に安全制御(UCMP)回路の一部を短絡する作業が必要であるため、この作業を定期検査時に行うとき、ヒューマンエラーが起こる可能性があることが挙げられる。また、このタイプのブレーキ特性として、ブレーキを閉じたままモータを回転させると温度上昇およびすりあわせ効果によって摩擦係数が瞬時に高くなり、ブレーキライニング等の摩擦材の損傷に至る危険性がある。さらに、本試験では、インバータの電流値を確認しながら、モータのトルク定数を用いて制動トルクを推定したが、表示される電流値は測定器内で行われる移動平均法によってまるめられた値であって、実際には10msec単位で電流は大きく変動していた。静摩擦トルクは制動トルクより大きいため、動き出しに大きな電流が必要となるが、動いた後も電流が落ち着くまでに一定の時間がかかる。この安定までの時間について2,3秒内に収まるかどうかはブレーキの固体差があり、わかりにくい。
【0043】
また、同様の試験を別の巻上機(CDH35型3.5トン用,シーブ径660mm、ブレーキ軸慣性モーメント0.275kg/m )、同一型のブレーキ(ケーイービー・ジャパン株式会社製08型,制動トルク150Nm~300Nm)において、モータ:株式会社日立産機システム製18.5kw,定格電流70A,定格トルク119.4Nm,トルク定数1.7Nm/A、インバータ:株式会社日立産機システム製SJ700-22kw)で複数回行ったが、上記と同様の問題があり、電流が安定せずデータを取得できなかった。また数回目でブレーキディスクの温度上昇により煙が発生した。
【0044】
以上の点から、この従来の方法では、電流値自体が正確に計測できるかどうか疑問であり、定期検査においてこの電流値に基づいてブレーキ制動力を確認、評価することは適切であるとは言い難い。
【0045】
そこで、本発明者は、エレベータ巻上機の分野では、経験的に制動(動摩擦)トルクは静摩擦トルクと相関関係があると考えられていたことから、まず静摩擦トルクと制動トルクとの間で両者の関係を関数の形で数値化して表すことの可能性に思い至った。即ち、制動トルクを目的変数とし、静摩擦トルクを説明変数として回帰分析を行い、精度の高い回帰式が得られれば、実際の定期検査等のブレーキ性能判定時には、比較的簡便に測定できる静摩擦トルクの数値をこの回帰式に適用することで、判定に利用できる制動トルクを予測値として求めることができる。また、静摩擦トルクに加え、他の制動トルクに影響を与える要因を説明変数として組み合わせることによって、より高精度に制動トルクを予測できる回帰式が得られる可能性もあることから、制動トルクと静摩擦トルクを測定すると共にその他の説明変数の検討も以下の実証試験で行った。
【0046】
-実証試験-
まず、図1の部分図に示したインバータ制御式のエレベータ巻上機1において、上記対照試験の場合と同タイプ(ケーイービー・ジャパン株式会社製08型,制動トルク150Nm~300Nm)のダブルブレーキ(上段ブレーキ10、下段ブレーキ20)を対象として、各ブレーキに対して制動(動摩擦)トルクと静摩擦トルクとの計測を行い、測定データを用いた回帰分析よって両者の相関関係を確認する試験を以下のとおり行った。また静摩擦トルクに加え、他の説明変数となり得る要因に関しても測定を行い、重回帰分析を行った。制動トルクに直接影響を与えるのは、摩擦材(ブレーキパッド)の摩擦面形状(摩擦係数)と、押し付け力(ばね荷重等)であることから、ブレーキパッドの摩擦係数に間接的に影響を与えるブレーキディスクの温度変動を示す制動トルク測定直後のブレーキディスク温度或いはその近傍のブレーキパッドをブレーキディスクに押し付ける可動部のブレーキ表面温度と、押し付け力に直接関係する締結状態にあるブレーキの可動域:ブレーキディスクとブレーキパッドとの間隙であるブレーキエアギャップとを制動トルクに影響を与える説明変数として測定し、回帰分析を行った。
【0047】
試験装置仕様は以下の通りである。巻上機として前述の対照試験で用いたCDH35型(3.5トン用)について行った。モータは株式会社日立産機システム製18.5kw、インバータは株式会社日立産機システム製SJ700である。制動トルクは慣性制動法で測定を行った。図1に示すように、巻上機のブレーキ軸2に直結するモータ3の軸端部30に電圧式回転計(株式会社産機製7V/1000rpm出力)を取付け、ブレーキ電圧を記録するオシロスコープ(日置電機株式会社製メモリハイコーダHIOKI-MR8870)を設定した。
【0048】
以上の設定において、2つのブレーキのうちの一方を締結状態のまま、他方を機械的又は電気的に開放し、ブレーキ電圧とブレーキ軸回転数をオシロスコープで観測しながらモータの回転状態にて通電遮断によりブレーキを作動させる。オシロスコープでは、ブレーキ電圧がフリーランを経て減少すると共にブレーキの実トルクが立ち上がり、ブレーキが効き始めることがブレーキ軸の回転数の減少を示す波形によって確認される。このブレーキ効き始めの実制動開始から完全停止までの時間が実制動時間として測定される。同時に制動開始時のブレーキ軸の実回転速度も測定される。これらの測定値と機械設計値の慣性モーメントとを制動トルク算出式に適用して制動トルク(Nm)を求める。
【0049】
次に、他方の解放状態を保ったまま、一方のブレーキに関して、ブレーキトルク測定用のモータ軸端部に検査用読み取りトルクレンチ(株式会社東日本製作所製 DBE560N)を使用して動き始めた時点の静摩擦トルクを計測する。また、静摩擦トルクの測定直後にブレーキディスク温度と、その近傍のブレーキ表面温度、ここでブレーキパッドをブレーキディスクに押し付ける可動部の表面温度、を接触式温度計により測定した。また、各ブレーキのブレーキエアギャップは、ブレーキディスクの120度の等角度間隔で離れた3カ所をスキマゲージを用いて実測しておき、それらの平均値を測定値とした。以上の実測工程で行った試験を表3にまとめた。
【0050】
【表3】
【0051】
表3にまとめたとおり、本実証試験は、一度の試験で上段ブレーキと下段ブレーキについてそれぞれ測定工程を30回あるいは40回繰り返し、これを9試験(第1試験~第9試験)、総計604回の測定工程を行った。ここでは全ての測定データの開示は省き、表3には、試験1~9毎に上段と下段で制動トルクと各説明変数を平均値で示した。
【0052】
まず、以上の試験の計測データから、制動トルクを目的変数とし、静摩擦トルクを説明変数とした単回帰分析をエクセルで行った。分析結果は表4に示す。また、単回帰散布図を図2に示す。図2には、回帰分析による切片と回帰係数によって決定される回帰線も示した。
【0053】
【表4】
【0054】
上記単回帰分析によって、静摩擦トルクの回帰係数が0.2684、切片が194.93であることから、制動トルクY(Nm)=0.2684X1+194.93(Nm)、(X1=静摩擦トルク値(Nm))という回帰式が得られた。また、表4中の回帰統計に示された自由度調整済み決定係数を示す補正R2の値が0.61という、0.5以上の1寄りの数値であることから、この回帰式における説明変数の当てはまりが良いことがわかる。即ち、静摩擦トルクという説明変数を使用し、制動トルクという目的変数を返す分析モデルは十分に妥当性があると言え、この回帰式を用いて静摩擦トルクの測定値から得られる制動トルクの予測値をブレーキ性能評価に利用できることが確認できた。
【0055】
次に、制動トルクに影響を与える要因として考えられるブレーキエアギャップを第2の説明変数として第1の説明変数である静摩擦トルクと組み合わせた場合について、上記測定データのうち、目的変数である制動トルクの実測値に対して2つの説明変数、静摩擦トルクとブレーキエアギャップとの測定値を用いて重回帰分析をエクセルで行った。その結果を表5に示す。
【0056】
表5の重回帰分析の結果、静摩擦トルクの回帰係数が0.2437、ブレーキエアギャップの回帰係数が-48.07、切片が228.1であることから、制動トルクY(Nm)=0.2437X1-48.07X2+228.1(Nm)、(X1=静摩擦トルク値(Nm)、X2=ブレーキエアギャップ値(mm))という回帰式が得られた。表5中の回帰統計に示された補正R2は0.68という、0.5以上の1寄りの数値であったことから、この回帰式における説明変数の当てはまりがより良く、静摩擦トルクにブレーキエアギャップという2つの説明変数の組み合わせを使用し、制動トルクという目的変数を返す分析モデルは十分に妥当性があると言える。しかも、2つの説明変数のP値が0.1%未満のため、その有意性も確認できた。よってこの回帰式を用いて静摩擦トルクとブレーキエアギャップとの測定値とから得られる制動トルクの予測値をブレーキ性能評価に利用できることが確認できた。
【0057】
【表5】
【0058】
さらに、制動トルクに影響を与える要因として考えられるブレーキディスク温度とその近傍の可動部としてのブレーキ表面温度とを検討した。なお、ブレーキディスク温度とブレーキ表面温度とは、本試験で得られた測定データに基づいて両者の相関関係を確認したところ、表6の相関係数からわかるとおり、相関係数0.99と近似していた。これは、説明変数としてはいずれか一方のみで良いことを示す。これによって、検査時に測定を行う対象の数を抑えられ、検査作業の容易性と時間単出かによる効率化が図れる。従って、より測定作業が容易なブレーキ表面温度を説明変数の候補とした。
【0059】
【表6】
【0060】
一般的に摩擦係数は温度上昇に比例して一定の値まで高くなることから、ブレーキ表面温度として測定されるブレーキ温度が制動トルクに影響を与える説明変数として妥当であると考えられる。そこで、ブレーキ温度が制動トルクに影響を与えるかどうかをブレーキ表面温度の測定データで一元配置分散分析により行った。なお、この検討は、試験時の測定温度が20度から30度の間で推移していたため、表7に示すように5段階のグループ(G1,G2,G3,G4,G5)分けて行った。その分散分析の結果は、表8に示す。
【0061】
【表7】
【0062】
【表8】
【0063】
上記分散分析の結果から、ブレーキ温度は制動トルクに対してほぼ確実に影響していることがわかった。ただし、制動トルクとブレーキ温度の間に法則性は見いだせず、単回帰分析では、等分散性が無く、ブレーキ温度のみを説明変数とした場合には推定モデルが成立しないこともわかった。
【0064】
以上を踏まえて、表3にまとめた全604回の測定データにより、制動(動摩擦)トルクを目的変数とし、静摩擦トルクとブレーキ表面温度とブレーキエアギャップとを説明変数として重回帰分析を行った。その分析結果を表9に示す。
【0065】
【表9】
【0066】
上記分析の結果、静摩擦トルクの回帰係数が0.26、ブレーキ表面温度の回帰係数が-0.16、ブレーキエアギャップの回帰係数が-50.6、切片230であることから、制動トルクY(Nm)=0.26X1-0.16X2-50.6X3+230(Nm)、(X1=静摩擦トルク値(Nm)、X2=ブレーキ表面温度値(℃)、X3=ブレーキエアギャップ値(mm))、の回帰式が得られた。
【0067】
回帰統計の補正R2(自由度調整済も決定係数)が0.7であり、0.5を超えて1により近いことから、この回帰式における説明変数の当てはまりが良いことがわかる。即ち、静摩擦トルクとブレーキ表面温度とブレーキエアギャップとの3つの説明変数を使用して制動トルクという目的変数を返す分析モデルは十分に妥当性があると言える。さらに、3つの説明変数のP値が0.1%未満であるため、これらの有意性も確認できた。即ち、この回帰式については、「静摩擦トルクの値が1Nm増えると制動トルクは0.26Nm上がる(有意である)」こと、「ブレーキ表面温度が1℃上がると制動トルクは0.16Nm下がる(有意である)」こと、「ブレーキエアギャップが0.1mm」増えると制動トルクは5.06Nm下がる(有意である)」こと、が結論付けられる。
【0068】
従って、この回帰式は、同一型のディスク式電磁ブレーキに関して、静摩擦トルクとブレーキ表面温度とブレーキエアギャップとの測定値を適用すれば、その時点の制動トルクを一定の精度で予測することができるものである。従って、実際の定期検査において、この回帰式をブレーキ制動力判定のための制動トルクを予測するための計算式として利用できる。
【0069】
-回帰式を用いたエレベータ巻上機のブレーキ制動力検査-
上記のように3つの設定変数によって設定された検査用の計算式(回帰式)を用いて、エレベータ巻上機における同一型のディスク式電磁ブレーキを対象としたブレーキ制動力検査の例を以下に示す。ここでは、巻上機が検証試験2と同種のCDH35型で同一型のダブルブレーキ(ケーイービー・ジャパン株式会社製08型)の検査を行った場合を示す。検査工程は、回帰式を求める際に行った静摩擦トルクとブレーキ表面温度とブレーキエアギャップとの測定工程と同様の手順となる。
【0070】
まず、エレベータを条件1(かごにウエイトを積載し、ロープ重量の差分を考慮しつつ、カウンターウエイトとバランスを取った状態を保つ。つり合いバランスを確認するために昇降時のモータ電流値を計測し差分がゼロになるように調整する。その際ロストルクについて計算しておく)あるいは条件2(無積載の状態でカウンターウエイト荷重をピットに預け、シーブに伝わる荷重をゼロにする。)のいずれかの状態とする。
【0071】
次に、ダブルブレーキの一方を締結状態のまま、他方を電気的または機械的に解放状態にして保持し、ブレーキ軸と同軸上のモータ軸端部で検査用読み取り式トルクレンチを使い、静摩擦トルクX1を測定する。その後ブレーキディスク近傍のブレーキ表面温度X2を測定する。また、締結状態のブレークにおいてその可動域であるブレーキエアギャップX3としてのブレーキディスクと摩擦材との間隙をスキマゲージで測定する。測定場所はブレーキディスクで全種のうち120度の等角度間隔位置の3カ所で、これらの平均値を測定値とする。以上の測定工程を、上段ブレーキと下段ブレーキについてそれぞれ行う。
【0072】
以上により取得した測定値X1,X2,X3を、この型のブレーキに対して予め設定された当該計算式(回帰式):制動トルクY(Nm)=0.26×X1(静摩擦トルクNm)-0.16×X2(ブレーキ表面温度℃)-50.6×X3(ブレーキエアギャップmm)+230、に適用し、制動トルクYの予測値を求める。そしてその予測区間を算出して下限値を得る。以下の上段ブレーキの対する測定例1および下段ブレーキ測定例2の場合を示す。
【0073】
測定例1として、X1=245、X2=24.4、X3=0.8、であったとき、予測値は制動トルクY=245.73(Nm)であり、予測区間の下限値=219.98(Nm)となった。また、測定例2として、X1=265、X2=23.1、X3=0.6、であったとき、予測値は制動トルクY=264.32(Nm)であり、その予測区間の下限値=235.69となった。これらの下限値を判定用制動トルクとして判定に用いることができる。
【0074】
また、以上の検査工程を、定期検査のたびに行うことになるが、検査作業自体は、大がかりな環境設定や煩雑は装置を必要とすることなく、静摩擦トルクとブレーキ表面温度とブレーキエアギャップの測定という比較的簡便に作業できる測定工程のみで済むため、検査者の負担が軽く短時間になる方法でありながら、従来より高い精度でブレーキ制動力の検査が行える。
【産業上の利用可能性】
【0075】
以上の実施例では、エレベータ巻上機のブレーキに関して説明したが、本発明によるブレーキ制動力検査方法は、ディスク式電磁ブレーキを備えた駆動装置に対して広く適用可能である。例えば、自動車、自動二輪車、鉄道車両などが挙げられる。
【符号の説明】
【0076】
1:エレベータ巻上機
2:ブレーキ軸
3:モータ
10:上段ブレーキ
20:下段ブレーキ
30:モータの軸端部
図1
図2