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特開2023-176709グルコサミノグルカンの製造方法及びアミノ化セルロースの製造方法
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  • 特開-グルコサミノグルカンの製造方法及びアミノ化セルロースの製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023176709
(43)【公開日】2023-12-13
(54)【発明の名称】グルコサミノグルカンの製造方法及びアミノ化セルロースの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08B 15/06 20060101AFI20231206BHJP
【FI】
C08B15/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022089141
(22)【出願日】2022-05-31
(71)【出願人】
【識別番号】504182255
【氏名又は名称】国立大学法人横浜国立大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】武田 穣
【テーマコード(参考)】
4C090
【Fターム(参考)】
4C090AA03
4C090BA62
4C090BB02
4C090BB36
4C090BB53
4C090BB62
4C090BC20
4C090CA41
4C090DA22
4C090DA26
4C090DA28
4C090DA31
(57)【要約】      (修正有)
【課題】グルコサミノグルカンを良好な収率で製造することが可能なグルコサミノグルカンの製造方法及びアミノ化セルロースの製造方法を提供する。
【解決手段】チオスリックス属の硫黄酸化細菌に炭素源及び窒素源を添加し、且つ、硫化水素または硫化ナトリウムを連続的に添加しながら通気培養する工程と、通気培養で得られた培養液からグルコサミノグルカンを回収する工程と、を含み、通気培養する工程において、培養系の排気中の硫化水素の濃度が0.1ppm未満となるように硫化水素または硫化ナトリウムを連続的に添加し、且つ、培養液のpHを7~9に維持する、グルコサミノグルカンの製造方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で示される繰返し単位からなるグルコサミノグルカンの製造方法であって、
チオスリックス属の硫黄酸化細菌に炭素源及び窒素源を添加し、且つ、硫化水素または硫化ナトリウムを連続的に添加しながら通気培養する工程と、
前記通気培養で得られた培養液から前記グルコサミノグルカンを回収する工程と、
を含み、
前記通気培養する工程において、培養系の排気中の硫化水素の濃度が0.1ppm未満となるように前記硫化水素または硫化ナトリウムを連続的に添加し、且つ、前記培養液のpHを7~9に維持する、グルコサミノグルカンの製造方法。
【化1】
(式(1)中、nは平均重合度を示し、300~10000である。)
【請求項2】
前記炭素源が酢酸または酢酸アンモニウムである、請求項1に記載のグルコサミノグルカンの製造方法。
【請求項3】
前記炭素源が二酸化炭素である、請求項1に記載のグルコサミノグルカンの製造方法。
【請求項4】
前記窒素源が酢酸アンモニウムまたは硫酸アンモニウムである、請求項1に記載のグルコサミノグルカンの製造方法。
【請求項5】
前記通気培養する工程において、前記培養液の溶存酸素濃度を酸素分圧として5~15%に維持する、請求項1に記載のグルコサミノグルカンの製造方法。
【請求項6】
下記式(2)で示される繰返し単位からなるセルロースを、請求項1~5のいずれか一項に記載のグルコサミノグルカンの製造方法で得られたグルコサミノグルカンの溶液に浸漬する工程を含む、アミノ化セルロースの製造方法。
【化2】
(式(2)中、mは平均重合度を示し、300~10000である。)
【請求項7】
下記式(2)で示される繰返し単位からなるセルロースに、請求項1~5のいずれか一項に記載のグルコサミノグルカンの製造方法で得られたグルコサミノグルカンの溶液を滴下、または、塗布する工程を含む、アミノ化セルロースの製造方法。
【化3】
(式(2)中、mは平均重合度を示し、300~10000である。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グルコサミノグルカンの製造方法及びアミノ化セルロースの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
セルロースのアミノ化剤として、D-グルコース・D-グルコサミンβ-1,4交互共重合体であるグルコサミノグルカンが用いられている。グルコサミノグルカンを用いることで、化学反応を用いず環境負荷の少ないセルロースのアミノ化が可能となる。
【0003】
従来、チオスリックス(Thiothrix)属の硫黄酸化細菌を原料として、グルコサミノグルカンをフラスコ内で発酵生産する方法が知られている。非特許文献1には、硫化水素発生源である硫化ナトリウムと炭素源である酢酸ナトリウムを培養開始時点で培地に加えて培養する回分培養によってグルコサミノグルカンを製造する方法が開示されている。また、非特許文献2には培養途中で硫化ナトリウムの代替硫黄源であるチオ硫酸ナトリウムを添加する非連続流加培養によってグルコサミノグルカンを製造する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Takeda M, Kondo Kら、Presence of alternating glucosaminoglucan in the sheath of Thiothrix nivea. Int J Biol Macromol. 2012 50(1):236-244.
【非特許文献2】Takeda M, Kondo Kら、Aggregability of beta(14)-linked glucosaminoglucan originating from a sulfur-oxidizing bacterium Thiothrix nivea. Biosci Biotechnol Biochem. 2020 84(10):2085-2095.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来のグルコサミノグルカンの製造方法では、培養液1L当たりのグルコサミノグルカンの収量は最高でも40mgに過ぎなかった。
【0006】
本発明はこのような問題に鑑み、グルコサミノグルカンを良好な収率で製造することが可能なグルコサミノグルカンの製造方法及びアミノ化セルロースの製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は研究を重ねたところ、チオスリックス属の硫黄酸化細菌に硫化水素または硫化ナトリウムを連続的に添加して通気培養する工程において、培養系の排気中の硫化水素の濃度を所定値未満に維持し、且つ、培養液のpHを所定範囲に維持することで、グルコサミノグルカンを良好な収率で製造することが可能となることを見出した。
【0008】
上記知見を基礎にして完成した本発明は以下の1~7のように規定される。
1.下記式(1)で示される繰返し単位からなるグルコサミノグルカンの製造方法であって、
チオスリックス属の硫黄酸化細菌に炭素源及び窒素源を添加し、且つ、硫化水素または硫化ナトリウムを連続的に添加しながら通気培養する工程と、
前記通気培養で得られた培養液から前記グルコサミノグルカンを回収する工程と、
を含み、
前記通気培養する工程において、培養系の排気中の硫化水素の濃度が0.1ppm未満となるように前記硫化水素または硫化ナトリウムを連続的に添加し、且つ、前記培養液のpHを7~9に維持する、グルコサミノグルカンの製造方法。
【化1】
(式(1)中、nは平均重合度を示し、300~10000である。)
2.前記炭素源が酢酸または酢酸アンモニウムである、前記1に記載のグルコサミノグルカンの製造方法。
3.前記炭素源が二酸化炭素である、前記1に記載のグルコサミノグルカンの製造方法。
4.前記窒素源が酢酸アンモニウムまたは硫酸アンモニウムである、前記1~3のいずれかに記載のグルコサミノグルカンの製造方法。
5.前記通気培養する工程において、前記培養液の溶存酸素濃度を酸素分圧として5~15%に維持する、前記1~4のいずれかに記載のグルコサミノグルカンの製造方法。
6.下記式(2)で示される繰返し単位からなるセルロースを、前記1~5のいずれかに記載のグルコサミノグルカンの製造方法で得られたグルコサミノグルカンの溶液に浸漬する工程を含む、アミノ化セルロースの製造方法。
【化2】
(式(2)中、mは平均重合度を示し、300~10000である。)
7.前記式(2)で示される繰返し単位からなるセルロースに、前記1~5のいずれかに記載のグルコサミノグルカンの製造方法で得られたグルコサミノグルカンの溶液を滴下、または、塗布する工程を含む、アミノ化セルロースの製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、グルコサミノグルカンを良好な収率で製造することが可能なグルコサミノグルカンの製造方法及びアミノ化セルロースの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】チオスリックスニベア及びマイクロチューブの観察写真、マイクロチューブ形成多糖及びグルコサミノグルカンの製造フローを示す図である。
図2】セルロース及びグルコサミノグルカンの立体構造を示す図である。
図3】実施例1に係る経時酢酸濃度変化を示すグラフである。
図4】実施例に係る蛍光評価試験の外観写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態について説明するが、本発明は、これに限定されて解釈されるものではなく、本発明の範囲を逸脱しない限りにおいて、当業者の知識に基づいて、種々の変更、修正、改良を加え得るものである。
【0012】
<グルコサミノグルカンの製造方法>
本発明の実施形態に係るグルコサミノグルカンの製造方法で製造されるグルコサミノグルカンは、下記式(1)で示される繰返し単位からなる。
【化3】
(式(1)中、nは平均重合度を示し、300~10000である。)
【0013】
グルコサミノグルカンは、セルロースとキトサンの性質を併せ持つ複合多糖である。当該グルコサミノグルカンは、チオスリックス(Thiothrix)属の硫黄酸化細菌を原料として製造される。チオスリックス(Thiothrix)属は、硫化水素を酸化する硫黄酸化細菌の一種であり、チオスリックスニベア(Thiothrix nivea)等が挙げられる。
【0014】
チオスリックスニベアはマイクロチューブを形成する糸状硫黄酸化細菌であり、水圏に広く分布する無害の環境微生物である。チオスリックスニベアのマイクロチューブは、未同定のデオキシ糖で修飾されたグルコース・グルコサミン交互共重合体(グルコサミノグルカン)の凝集体である。図1にチオスリックスニベアの外観観察写真(SEM像:左写真)及びチオスリックスニベアのマイクロチューブの断面観察写真(TEM像:右写真)を示す。図1に示すように、チオスリックスニベアのマイクロチューブを希塩酸処理してデオキシ糖を除去することで、前記式(1)で示される繰返し単位からなるグルコサミノグルカンが得られる。
【0015】
本発明の実施形態に係るグルコサミノグルカンの製造方法は、まず、上述のチオスリックス属の硫黄酸化細菌を培養するための培地を準備する。当該培地は、チオスリックス属の硫黄酸化細菌の増殖をもたらす炭素源及び窒素源が添加されている。当該培地は、さらに、リン酸塩、金属塩、キレート剤等を含んでもよい。
【0016】
本発明の実施形態で使用する培地に含まれる炭素源と、または、後述のように培地に添加する炭素源としては、公知の炭素源を用いることができ、例えば、二酸化炭素、酢酸、酢酸アンモニウム、ピルビン酸、リンゴ酸、オキサロ酢酸等が挙げられる。上述の窒素源としては、公知の窒素源を用いることができ、例えば、アンモニア、酢酸アンモニウム、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸ナトリウム、硝酸アンモニウム等が挙げられる。
【0017】
続いて、当該培地を、ジャーファーメンターまたはエアリフト型ファーメンター等の培養装置に入れる。ジャーファーメンターまたはエアリフト型ファーメンターは、微生物の大量培養に用いる装置であり、温度、通気量、攪拌速度、pHなどといった微生物の培養に必要な条件を一定に保つことができる。培養装置の中には溶存酸素をモニタリングしながら通気量を制御することができるものもある。
【0018】
次に、培養装置内の培地に、硫化水素または硫化ナトリウムを連続的に添加しながら通気培養する。従来、硫化水素は通気培養のエネルギー源であると考えられていたため、硫化水素は大量に添加されていた。これに対し、本発明者は、通気培養には硫化水素または硫化ナトリウムの添加は必須ながら、増殖の大半は炭素源の消費によってもたらされるものであり、硫化水素は単にエネルギー源ではなく増殖因子であること、そのため硫化水素または硫化ナトリウムは増殖のきっかけとなるように最小限添加すればよいこと、また、通気培養における硫化水素の濃度が高くなればなるほど、硫化水素が消費されて炭素源が消費されず、増殖が抑制されてしまうことを見出した。このため、硫化水素または硫化ナトリウムの添加は、培地において最小限の一定濃度となるように制御することが好ましい。このような観点から、通気培養する工程において、培養系の排気中の硫化水素の濃度が0.1ppm未満となるように硫化水素または硫化ナトリウムを連続的に添加する。このような構成によれば、通気培養における硫化水素の濃度を最小限に制御することができる。なお、培養初期は、培養系の排気中の硫化水素の濃度は5ppm未満となるように制御し、20~24時間経過後に0.1ppm未満となるように制御することが好ましい。
【0019】
培養系の排気中の硫化水素の濃度の制御は、硫化水素センサーを用いて、連続的に排気中の硫化水素濃度をモニターし、培養系の排気中の硫化水素の濃度が0.1ppm未満となるように、培地への硫化水素または硫化ナトリウムの添加量を調節することで行うことができる。
【0020】
また、当該通気培養する工程において、培養液のpHは7~9に維持する。培養液のpHを7以上に維持することで、増殖速度を向上させることができる。また、培養液のpHを9以下に維持することで、増殖速度の低下を抑制することができる。培養液のpHは7.0~8.5に維持することが好ましい。
【0021】
培養液のpHの低下は、公知の酸(塩酸、硝酸、有機酸など)またはアルカリ(水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸カリウムなど)で行うことができるが、培養に用いられる炭素源または窒素源となり得る酸またはアルカリを用いてpHを制御することで、pH制御と原料の補給とを同時に行うことができ、製造効率が向上する。このような観点から、通気培養に用いる炭素源としては、酢酸または酢酸アンモニウムが好ましい。酢酸または酢酸アンモニウムは、炭素源となる他、pH制御剤ともなり得る。また、通気培養に用いる窒素源としては、酢酸アンモニウムまたは硫酸アンモニウムが好ましい。酢酸アンモニウムまたは硫酸アンモニウムは、窒素源となる他、pH制御剤ともなり得る。また、炭素源は二酸化炭素であってもよい。二酸化炭素は大気雰囲気中に存在するため、通気培養に別途炭素源を添加する必要がなく、コストの面で良好であるが、酢酸または酢酸アンモニウムを炭素源として添加する場合と比較すると、増殖速度は緩和になる。
【0022】
通気培養は、培養液の温度を25~30℃に制御することが好ましい。このような温度領域では、増殖がより良好に行われる。また、通気培養の期間としては、特に限定されないが、例えば、7~12日間行うことが好ましい。
【0023】
上述の実施形態では、硫黄源(硫化水素または硫化ナトリウム)の酸化による硫酸の生成量はわずかであり、培養液中のpH変化は主として有機酸の消費による上昇の傾向となる。したがって、pH制御のため有機酸を自動添加する機構を培養装置に組み込むことで、通気培養の自動制御が実現する。また、有機酸のアンモニウム塩、無機アンモニウム塩またはアンモニアを所定の比率で混合して添加すれば窒素源の自動添加も可能である。
【0024】
炭素源及び窒素源は、培地中で減少した分だけ補給することが好ましい。培地中の減少量のモニター及び減少分の補給は、流加培養の公知技術に基づいて、適宜行うことができる。本発明の実施形態において、当該培地中の減少量のモニター及び減少分の補給に関し、以下に自動制御で行う場合の具体例を示す。まず、培養液の一部を回収し、クロマトグラフィーまたは呈色定量等で炭素源および窒素源の濃度を定量し、pHを指標とする添加量の自動制御が適正に行われていることを確認する。炭素源と窒素源の添加は自動制御で行うため、別途加える必要はない。特に注意すべきは窒素源(アンモニアなど)濃度である。炭素源供給ポンプと窒素源供給ポンプはpH上昇時に連動して作動する。窒素源濃度が初発濃度(100%とした場合)の30~80%になるように窒素源ポンプの流速を調整する。このとき、炭素源ポンプの流量設定は変えない。
【0025】
通気培養する工程において、培養液の溶存酸素濃度を酸素分圧として5~15%に維持することが好ましい。培養液の溶存酸素濃度が15%以上であると、炭素源(酢酸など)の濃度が低くなり増殖速度が低下する。培養液の溶存酸素濃度が5%以下であると炭素源(酢酸など)の濃度が過剰となり増殖速度が低下する。培養液の溶存酸素濃度を酸素分圧として8~12%に維持することがより好ましい。
【0026】
培養液の溶存酸素濃度は、培養装置に備え付けられた溶存酸素濃度制御部によって制御することができる。例えば、溶存酸素濃度制御部で培養液中の酸素濃度を測定しながら、必要であれば酸素を培養液中に放出する等によって、培養液の溶存酸素濃度を所定の数値範囲に維持することができる。
【0027】
次に、炭素源濃度(酢酸濃度など)が初発炭素源濃度(初発酢酸濃度など)を上回る状態が続くようになった時点で通気培養を終了し、通気培養で得られた培養液から培養された菌体を回収する。具体的には、まず、培養液に塩酸などを添加してpH3程度に制御することで、菌体の凝集を促すことができる。菌体を凝集することで、遠心分離またはフィルターろ過による回収が容易になる。回収した菌体を希塩酸等に懸濁し、加熱(80~90℃)しながら撹拌(3~4時間)することで、グルコサミノグルカンを抽出することができる。ここで得られた抽出液(粗グルコサミノグルカン溶液)はセルロースのアミノ化に用いることができる。グルコサミノグルカンを回収する際、抽出液に1~3倍量のエタノール、プロパノール、メタノール、アセトン等を添加してグルコサミノグルカンを不溶化させ、遠心分離またはフィルターろ過を行う。グルコサミノグルカンは、エタノール、プロパノール等の溶媒での洗浄を行うと純度が向上し、続いて水に対する透析を行うとさらに純度が向上する。得られたグルコサミノグルカンは、溶液状態でも乾燥状態でも保管可能である。
【0028】
本発明の実施形態に係るグルコサミノグルカンの製造方法によれば、初発培養液1L当たり100~250mgのグルコサミノグルカンを安定して生産することが可能である。これは、非特許文献1等に示される従来のフラスコでの培養に比べて5倍以上の収率である。また、通気培養において添加する硫化水素として、火山、温泉、廃水処理装置、メタン発酵プラント等から発生する有害ガスからの硫化水素を供給することで、生物脱硫を兼ねた発酵生産システムが構築でき、環境浄化と物質生産の両立が実現する。さらに、他のプロセスで硫化水素を硫化ナトリウムとして除去した際に、当該硫化ナトリウムを本発明の実施形態の通気培養において添加する硫化ナトリウムとして用いることで、間接的生物脱硫を兼ねた発酵生産システムが構築できる。
【0029】
<アミノ化セルロース>
本発明の実施形態に係るアミノ化セルロースは、セルロースとグルコサミノグルカンとが分子間力で相互作用した下記式(3)で示される繰返し単位からなる。ここで、式(3)中、m及びnはそれぞれ平均重合度を示し、それぞれ300~10000である。
【化4】
【0030】
本発明の実施形態に係るアミノ化セルロースは、式(3)において、mとnとがそれぞれ異なる数値である場合には、セルロースとグルコサミノグルカンのいずれか一方の繰返し単位が過剰となっており、当該過剰部分では対応する他方の繰返し単位を有さない構造となっている。
【0031】
図2はセルロース及びグルコサミノグルカンの立体構造を示す。また、セルロースの繰返し単位は前記式(2)で示され、グルコサミノグルカンの繰返し単位は前記式(1)で示される。ここで、化学式(1)及び(2)中、m及びnはそれぞれ平均重合度を示し、それぞれ300~10000である。
【0032】
図2から理解されるように、セルロース及びグルコサミノグルカンは互いに骨格構造が同一であって立体構造は非常に似ており、この立体構造類似性による分子間力を本発明のアミノ化セルロースは利用している。すなわち、後述の製造方法によって、セルロースとグルコサミノグルカンとが近付くと、その立体構造類似性に基づく親和性から、セルロース及びグルコサミノグルカンの一繰返し単位が互いに対応する位置に配置(図2では上下に配置)され、全体として互いに分子間力で相互作用することで、上記式(3)で示される繰返し単位からなる構造を有するアミノ化セルロースが得られる。
【0033】
また、このとき、セルロースと接近するグルコサミノグルカンのアミノ基は通常水和しており、嵩高く、障害となっている。このため、グルコサミノグルカンはアミノ基がある側の反対側からセルロースに近づくことになる。これにより、本発明の実施形態に係るアミノ化セルロースは、グルコサミノグルカンのアミノ基が全てセルロースに対し外側に位置している。このような構造により、アミノ基がセルロース繊維の表面にのみ導入されることとなり、セルロース繊維の形状、例えば多孔質体としての紙本来の形状、素材感をアミノ基導入後にも維持することができるという効果を有する。また、アミノ化セルロースのアミノ基が全て外側を向いているため、当該アミノ基を用いて種々の化学修飾を容易に行うことができる。さらに、本発明の実施形態に係るアミノ化セルロースは、セルロースにアミノ基を導入する際に、アミノ基以外のリンカー部分の導入が不要であるという効果を有している。さらに、本発明の実施形態に係るアミノ化セルロースのアミノ基はキトサン同様、グルコサミン残基として存在するために、キトサンに対して開発された様々な誘導体化が適用できる。例えば、本発明の実施形態に係るアミノ化セルロースにN-アセチル化を施せば、キチン類似の表面を有するアミノ化セルロース(アセトアミド化セルロース)となる。また、これにより、最も豊富に存在する再生産可能な高分子物質であるセルロースのさらなる活用が期待される。
【0034】
また、本発明の実施形態に係るアミノ化セルロースは、前述のようにセルロース及びグルコサミノグルカンの立体構造類似性に基づく親和性により、導入されたアミノ基がセルロースに強固に定着する。例えば、従来のシランカップリング剤を用いたアミノ化セルロースの製造方法では、シランコーティングのアルカリ感受性ゆえにアルカリ性条件下(例えば1M程度のNaOH)で置換基が脱離する懸念がある。これに対して本発明の実施形態に係るアミノ化セルロースのアミノ基はグルコサミノグルカン中のグルコサミンにより供給され、グルコサミノグルカンは強固にセルロース繊維の表面に吸着するので酸処理や塩基処理を行っても脱離しにくい。また、グルコサミノグルカンは安全且つ安定な多糖であり、従来法で用いられる反応性の高い試薬類とは異なり、保管が容易で使用にあたっても特別な設備や安全への特段の配慮を必要としない。
【0035】
本発明の実施形態に係るアミノ化セルロースを構成するセルロースとしては、特に限定されないが、例えば、綿や麻・ジュート等の植物繊維、レーヨン、ポリノジック、キュプラ、リヨセル等の再生繊維等が挙げられる。セルロースの形状についても特に限定されないが、例えば、一本の単繊維で構成されるモノフィラメント、複数本の単繊維を撚り合わせて1本の糸としたマルチフィラメント、ステープル(短繊維)、短繊維の紡績糸等が挙げられ、また、これらを織物状もしくは編物状に製織又は製編した布帛としてもよく、不織布としてもよい。さらに、2種以上の繊維を複合又は混紡した繊維や織・編物、不織布であってもよい。
【0036】
<アミノ化セルロースの製造方法>
次に、本発明の実施形態に係るアミノ化セルロースの製造方法について説明する。まず、前記式(1)で示される繰返し単位からなるグルコサミノグルカンを準備する。当該グルコサミノグルカンは前述のチオスリックスニベアを原料として製造したものであってもよく、他の方法で製造したものであってもよい。チオスリックスニベアから調製するとき、培養に用いる培地には、有機酸や糖類等の炭素源、無機硫黄源、有機又は無機窒素源、及び、無機塩類を主として添加することができる。また、別途、前記式(2)で示される繰返し単位からなるセルロースを準備する。
【0037】
次に、グルコサミノグルカンを塩酸添加等によって酸性にした状態で水に溶解してグルコサミノグルカンの弱酸性水溶液を作製し、これにセルロースを浸漬する。浸漬の際には加熱してもよい。ここで、グルコサミノグルカンのグリコシド結合の切断を防ぐために、上記塩酸で処理する場合には塩酸濃度を0.1M程度とするのが好ましい。次に、水洗及び乾燥を行うことで、上記前記式(3)で示される繰返し単位からなるアミノ化セルロースが得られる。
【0038】
前述のグルコサミノグルカン溶液は、塩酸を用いた弱酸性溶液としているが、これはグルコサミノグルカンが溶けやすく、また、揮発性溶液であるという利点等があるため用いたものであるが、これに限定されず、その他の酸で溶解させてもよく、中性溶液としてもよい。また、グルコサミノグルカン溶液におけるグルコサミノグルカン濃度は典型的には0.5~1.0mg/mLであるが、特に限定されず、セルロースにどの程度アミノ化したいかによって適宜調製することができる。
【0039】
また、例えばセルロースをシート状として設置し、当該セルロースの上からグルコサミノグルカンの溶液を滴下して乾燥させることによってもアミノ化が生じ、前記式(3)で示される繰返し単位からなるアミノ化セルロースが得られる。このとき、グルコサミノグルカンの溶液を滴下した部分のみセルロースをアミノ化することができる。例えば、グルコサミノグルカンの溶液を微小な液滴として滴下することで、セルロース表面において所定の微小範囲がアミノ化される。
【0040】
また、例えばセルロースをシート状として設置し、当該セルロースの上からグルコサミノグルカンの溶液を塗布して乾燥させることによってもアミノ化が生じ、前記式(3)で示される繰返し単位からなるアミノ化セルロースが得られる。このとき、グルコサミノグルカンの溶液を塗布した部分のみセルロースをアミノ化することができる。また、塗布する部分を所定パターンに設計し、パターニングによってセルロースをアミノ化してもよい。グルコサミノグルカンは安全且つ安定な多糖であり、溶液の粘性は低いことから、インクジェットプリンターでの塗布も可能である。
【0041】
また、セルロース懸濁液にグルコサミノグルカンを添加することでアミノ化セルロースを製造することもできる。このとき、セルロース繊維表面に陽性電荷が付与されることとなり、分散性が向上する。
【0042】
これらの製造方法によって、前述のように、セルロースとグルコサミノグルカンとは図2に示すように立体構造が非常に類似しているため、化学反応に依存せず、分子間力によって互いに相互作用する。また、グルコサミノグルカンのアミノ基が水和していることで障害となり、アミノ基の反対側からセルロースと相互作用することで、アミノ基が外側に配置されたアミノ化セルロースを製造することができる。
【0043】
<アミノ化セルロースの用途>
本発明の実施形態に係るアミノ化セルロースは、例えば、化粧品の素材、止血・創傷処置材をはじめとする医療用吸着材の素材、陰イオン性染料に対して良好な染色性を示す素材、紙力増強剤、金属イオン吸着材の構成成分として用いることができる。また、本発明の実施形態に係るアミノ化セルロースは、固定化塩基性触媒として機能し、キチン・キトサンを素材として培われた種々の誘導体化技術をアミノ化セルロース繊維の表面に展開できる。アミノ化によりセルラーゼ耐性が付与されることから、アミノ化セルロースは紙の風合いと質感を保持しつつカビ等による劣化を起こしにくい素材として用いることができる。セルロースナノファイバーにグルコサミノグルカンを定着させればアミノ化セルロースナノファイバーが得られ、セルロースナノファイバーの応用範囲が広がる。また、グルコサミノグルカンはセルロースに特異的に作用する分散剤として用いることができる。さらに、アミノ基蛍光標識化剤を作用させれば紫外光照射下での蛍光特性を利用して、蛍光識別材料等に用いることができる。アミノ基の反応性ゆえに酵素等の固定化担体としても用いることができる。このほか、クロマトグラフィー担体としても利用することができる。
【0044】
さらに、本発明の実施形態に係るアミノ化セルロースは、表面に正荷電を有するため、金属ナノクラスターを吸着させハイブリッド化することができる。これによって、導電性、抗菌性、触媒性が付与できる。特に導電性に関しては、グルコサミノグルカンによるアミノ化の特徴である局所的アミノ化を活用してセルロース素材表面上に電子回路を構築することが可能と考えられる。また、アミノ基の反応性に着目すると、種々のアルデヒドを還元アミノ化反応で導入することによってセルロース素材の物性を制御することが可能である。たとえば炭化水素系アルデヒドを導入すれば撥水性・疎水性が付与され従来のサイズ剤と同様の効果が得られると期待される。一方、親水処理には末端アルデヒド化ポリエチレングリコールなどによるグラフト化が有効となる。この手法をセルロースナノファイバーに適用すれば水中で高い分散安定性が期待され、セルロースナノファイバーの分散剤としての機能向上が見込まれる。
【実施例0045】
以下、本発明及びその利点をより良く理解するための実施例を提供するが、本発明はこれらの実施例に限られるものではない。
【0046】
<実施例1:グルコサミノグルカンの作製>
表1及び2に示す組成の培地を3.5L準備して、5L容ジャーファーメンターに入れ、滅菌後にチオスリックスニベアを植菌し、続いて、硫化ナトリウムを連続添加しながら、酢酸及び酢酸アンモニウムの自動添加を行い、ジャーファーメンターのpHモニターによって培養液のpHを測定し、酢酸の添加量を調節することで7.6~8.0に制御した。なお、酢酸及び酢酸アンモニウムは、6:1の一定モル比率で自動添加した。
この状態で、30℃で10日間の通気撹拌培養(通気量:0.85vvm、撹拌速度:撹拌機回転数100~150rpm)を行った。
通気培養中は、培養系の排気中の硫化水素の濃度を硫化水素センサーでモニターし、常に0.1ppm未満となるように硫化ナトリウムの添加量を調節した。
【0047】
【表1】
【0048】
【表2】
【0049】
次に、培養液から以下の手順でグルコサミノグルカンを調製した。
すなわち、まず培養液に塩酸を添加してpH3に調製し、菌体を凝集させて、遠心分離で回収した。
次に、回収した菌体を0.1MのHClに懸濁し、85℃で加熱しながら撹拌を4時間行うことによってグルコサミノグルカンを抽出した。
次に、抽出液の等倍量の2-プロパノールを添加してグルコサミノグルカンを不溶化させた後、遠心分離で回収した。
次に、回収したグルコサミノグルカンを90体積%エタノールで洗浄し、水に対する透析、及び、凍結乾燥を経て、0.96gのグルコサミノグルカンを得た。当該グルコサミノグルカンについて1D-1H-NMR測定を行い、得られたNMRスペクトルの評価によって、グルコサミノグルカンが作製されたことを確認した。
出発原料である培養液(L)に対するグルコサミノグルカン(g)の収量は、0.96g/3.5=0.27(g/L)であった。
また、実施例1における通気培養の硫化水素除去量は0.9g、酢酸消費量は63g、アンモニア消費量は1.9gであった。
実施例1に係る培養液の経時酢酸濃度変化を測定した。その結果について図3のグラフに示す。培養開始から10日目で酢酸消費速度の低下による酢酸濃度上昇が初発培地添加濃度を上回ったことがわかる(総酢酸消費量:1.052mol)。このため、実施例1では10日目で培養を終了した。
【0050】
<実施例2:グルコサミノグルカンの作製>
培養液のpHを7.7~8.2に制御し、11日間培養した以外は、実施例1と同様の条件によって、グルコサミノグルカンを作製した。
出発原料である培養液(L)に対するグルコサミノグルカン(g)の収量は、0.84g/3.5=0.24(g/L)であった。
また、通気培養の硫化水素除去量は0.7g、酢酸消費量は33g、アンモニア消費量は2gであった。
【0051】
<実施例3:グルコサミノグルカンの作製>
培養液のpHを7.9~8.4に制御した以外は、実施例1と同様の条件によって、グルコサミノグルカンを作製した。
出発原料である培養液(L)に対するグルコサミノグルカン(g)の収量は、0.35g/3.5=0.1(g/L)であった。
また、通気培養の硫化水素除去量は0.8g、酢酸消費量は19g、アンモニア消費量は1gであった。
【0052】
<実施例4:アミノ化セルロースの作製>
チオスリックスニベアから調製したグルコサミノグルカンを20mMの塩酸に溶解し1g/Lの溶液とした。この溶液100mLにろ紙(0.4g)を浸漬し、100℃で1時間加熱した。加熱後、放冷して室温まで温度を下げた。続いてろ紙を水洗して減圧乾燥することで、表面にアミノ基が導入されたろ紙(アミノ化セルロース)が得られた。以下、当該表面にアミノ基が導入されたろ紙(アミノ化セルロース)を「サンプル」と呼ぶ。
【0053】
(評価試験)
・蛍光評価試験
アミノ基がセルロースに導入されているかを確認する試験として、以下の蛍光評価試験を行った。まず、サンプルと、未処理のろ紙とを準備し、それぞれpH9のホウ酸緩衝液中に浸漬し、株式会社 同仁化学研究所製FITC-Iを添加して加温後、70%エタノールで洗浄した。ここで、FITC-Iは、アミノ基に対するもっとも一般的な蛍光標識剤(蛍光試薬Fluoresceinにアミノ基反応性のNCS基を結合させたもの、Fluorescein-4-isothiocyanate)である。続いて、図4に示すように可視光照射下での蛍光観察を行ったところ、両者に差は出なかったが、紫外光照射下での蛍光観察を行ったところ、サンプルのみ表面から強い蛍光を発していた。これによって、サンプルは表面にアミノ基が導入されていることが確認された。
図1
図2
図3
図4