(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023176862
(43)【公開日】2023-12-13
(54)【発明の名称】濃度推定キット及び濃度推定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/542 20060101AFI20231206BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20231206BHJP
【FI】
G01N33/542 A
G01N33/53 J
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022089389
(22)【出願日】2022-06-01
(71)【出願人】
【識別番号】303018827
【氏名又は名称】Tianma Japan株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100183955
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 悟郎
(74)【代理人】
【識別番号】100132883
【弁理士】
【氏名又は名称】森川 泰司
(74)【代理人】
【識別番号】100180334
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 洋美
(74)【代理人】
【識別番号】100177149
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 浩義
(74)【代理人】
【識別番号】100174067
【弁理士】
【氏名又は名称】湯浅 夏樹
(74)【代理人】
【識別番号】100136342
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 成美
(72)【発明者】
【氏名】今井 阿由子
(72)【発明者】
【氏名】住吉 研
(57)【要約】
【課題】推定可能な測定対象物質の濃度の範囲を拡張することができる濃度推定キット及び濃度推定方法を提供する。
【解決手段】濃度推定キットは、混合された検体に含まれる抗原の少なくとも一部を誘導体化し、検体に含まれる抗原に対する誘導体化された抗原の割合である誘導体化率が異なる複数の試料を得るための誘導体化試薬と、抗原に対する抗体と、色素で修飾された抗原と、を備える。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
混合された検体に含まれる抗原の少なくとも一部を誘導体化し、前記検体に含まれる抗原に対する誘導体化された抗原の割合である誘導体化率が異なる複数の試料を得るための誘導体化試薬と、
前記抗原に対する抗体と、
色素で修飾された前記抗原と、
を備える、濃度推定キット。
【請求項2】
前記抗原は、ハプテンであって、
前記抗体は、リンカーを介して免疫原性物質が前記ハプテンに結合したハプテン誘導体を免疫原とする抗体であって、
前記誘導体化試薬は、前記リンカーの少なくとも一部と同じ構造を前記検体中の前記ハプテンに付与し、
前記色素は、前記リンカーの少なくとも一部と同じ構造を介して前記ハプテンに結合している、
請求項1に記載の濃度推定キット。
【請求項3】
前記ハプテンは、
ヒスタミンである、
請求項2に記載の濃度推定キット。
【請求項4】
前記誘導体化試薬は、
同じ濃度で前記誘導体化試薬を含み、体積が異なる複数の溶液である、
請求項1から3のいずれか一項に記載の濃度推定キット。
【請求項5】
前記誘導体化試薬は、
濃度が異なる前記誘導体化試薬を含み、体積が同じである複数の溶液である、
請求項1から3のいずれか一項に記載の濃度推定キット。
【請求項6】
抗原を含む検体と前記検体に含まれる抗原の少なくとも一部を誘導体化する誘導体化試薬とを混合し、前記検体に含まれる抗原に対する誘導体化された抗原の割合である誘導体化率が異なる複数の試料を得る試料調製ステップと、
前記試料それぞれと、前記抗原に対する抗体と、色素で修飾された前記抗原とを混合し、複数の測定対象溶液を得る混合ステップと、
前記測定対象溶液それぞれの偏光度を測定する測定ステップと、
を含む、濃度推定方法。
【請求項7】
前記抗原は、ハプテンであって、
前記抗体は、リンカーを介して免疫原性物質が前記ハプテンに結合したハプテン誘導体を免疫原とする抗体であって、
前記誘導体化試薬は、前記リンカーの少なくとも一部と同じ構造を前記検体中の前記ハプテンに付与し、
前記色素は、前記リンカーの少なくとも一部と同じ構造を介して前記ハプテンに結合している、
請求項6に記載の濃度推定方法。
【請求項8】
前記ハプテンは、
ヒスタミンである、
請求項7に記載の濃度推定方法。
【請求項9】
前記試料調製ステップでは、
同じ濃度で前記誘導体化試薬を含み、体積が異なる複数の溶液それぞれと前記検体とを混合することで、前記複数の試料を得る、
請求項6から8のいずれか一項に記載の濃度推定方法。
【請求項10】
前記試料調製ステップでは、
濃度が異なる前記誘導体化試薬を含み、体積が同じである複数の溶液それぞれと前記検体とを混合することで、前記複数の試料を得る、
請求項6から8のいずれか一項に記載の濃度推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、濃度推定キット及び濃度推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
蛍光を用いた免疫分析法として蛍光偏光免疫分析法(fluorescence polarization immunoassay;FPIA)がある。FPIAで測定される蛍光偏光度は、測定対象物質の実効体積に比例する。特許文献1には、抗体と比較して分子量の大きな物質に抗体を固定化した試薬と蛍光標識された抗原との特異的抗原抗体反応によって蛍光偏光度が変化することを利用するFPIAが記載されている。
【0003】
FPIAは、抗原としての測定対象物質に特異的に結合する抗体を使用する。このような抗体を取得するには、測定対象物質が抗体産生を誘起する活性である免疫原性を有していなければならない。抗体と結合するものの、分子量が小さいため単独では免疫原性を示さないハプテンを測定対象物質とする場合、ハプテンに免疫原性を付与して抗体を取得しなければならない。例えば、特許文献2では、アンチピリンを定量するために、アンチピリンを血清アルブミンに結合させたアンチピリン誘導体を抗原として作製した抗体を用いた抗原抗体反応によるアッセイが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平3-103765号公報
【特許文献2】特開昭51-104029号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
FPIAでは抗原と抗体との結合に応じた蛍光偏光度の変化を検出するが、抗体に結合する抗原、すなわち測定対象物質の濃度の範囲は限られている。このため、FPIAにおいて蛍光偏光度の測定値から検量線に基づいて推定可能な測定対象物質の濃度の範囲は測定対象物質と抗体との親和性に依存する。測定対象物質に対する親和性が相違する複数の抗体がない場合には、推定可能な測定対象物質の濃度の範囲が限定されてしまう。
【0006】
本開示は、上記実情に鑑みてなされたものであり、推定可能な測定対象物質の濃度の範囲を拡張することができる濃度推定キット及び濃度推定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の第1の観点に係る濃度推定キットは、
混合された検体に含まれる抗原の少なくとも一部を誘導体化し、前記検体に含まれる抗原に対する誘導体化された抗原の割合である誘導体化率が異なる複数の試料を得るための誘導体化試薬と、
前記抗原に対する抗体と、
色素で修飾された前記抗原と、
を備える。
【0008】
本開示の第2の観点に係る濃度推定方法は、
抗原を含む検体と前記検体に含まれる抗原の少なくとも一部を誘導体化する誘導体化試薬とを混合し、前記検体に含まれる抗原に対する誘導体化された抗原の割合である誘導体化率が異なる複数の試料を得る試料調製ステップと、
前記試料それぞれと、前記抗原に対する抗体と、色素で修飾された前記抗原とを混合し、複数の測定対象溶液を得る混合ステップと、
前記測定対象溶液それぞれの偏光度を測定する測定ステップと、
を含む。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、推定可能な測定対象物質の濃度の範囲を拡張することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】誘導体化率及び抗体の濃度を変化させたときの抗原に対する抗体に結合した抗原の割合を示す図である。
【
図2】誘導体化率から算出した偏光度を示す図である。
【
図3】抗体、色素で修飾された抗原であるトレーサー及び一列ごとに異なる物質量の誘導体化試薬を有するマルチウェルプレートを模式的に示す図である。
【
図4】実施例に係る蛍光偏光度測定装置の構成を示す図である。
【
図6】アシル化試薬の添加量が異なる試料のヒスタミン濃度に対する偏光度を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本開示に係る実施の形態について図面を参照して説明する。なお、本開示は下記の実施の形態及び図面によって限定されるものではない。なお、下記の実施の形態において、“有する”、“含む”又は“含有する”といった表現は、“からなる”又は“から構成される”という意味も包含する。
【0012】
本実施の形態に係る濃度推定キットは、検体中の測定対象物質である抗原の濃度を、抗体による特異的な抗原への結合を利用して推定するFPIAのためのキットである。説明の便宜のため、以下では検体中の抗原を“測定対象物質”と称する。検体は、検査又は分析の対象とする物体であれば特に限定されない。例えば、検体は、細胞、組織、細胞培養上清、細胞抽出物、組織抽出物、ヒト又は非ヒト動物から得られる血液、唾液、尿及びリンパ液等の体液、及び鼻腔又は鼻咽頭のぬぐい液等の生物試料、飲料、食品並びに物体の洗浄液等である。
【0013】
本実施の形態に係る濃度推定キットは、誘導体化試薬と、測定対象物質に対する抗体と、色素で修飾された抗原と、を備える。誘導体化試薬は、混合された検体に含まれる測定対象物質の少なくとも一部を誘導体化する。ここでの誘導体化は、測定対象物質を構成する水素原子の他、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、メルカプト基、カルボニル基及びチオール基等の官能基を利用して、測定対象物質に置換基を付加することを意味する。誘導体化としては、例えば、シリル化、アシル化、エステル化及びオキシム化等が挙げられる。誘導体化は、公知の架橋剤を用いて測定対象物質に置換基を付加する態様であってもよい。置換基は、測定対象物質を構成する原子に公知の方法で置換しうる任意の置換基である。置換基は例えばアシル基及びアルキル基等であって、好ましくはアシル基である。測定対象物質にアシル基を付与する場合、誘導体化試薬として、例えば、測定対象物質の水酸基、アミノ基及びメルカプト基等の水素原子をアシル基(RCO-)で置換するアシル化試薬(アシル化剤)が挙げられる。例えば、アシル化試薬は、酸塩化物、酸無水物、ケテン及びカルボン酸等であって、アシル化試薬として、具体的には、無水トリフロロ酢酸、トリフロロ酢酸イミダゾール及び4-クロロブチリルクロリド等が挙げられる。シリル化試薬としては、ヘキサメチルジシラザン(HMDS)及びN-トリメチルシリルイミダゾール等が挙げられる。エステル化試薬としては、酸-アルコール、N,N-ジメチルホルムアミド、ジメチルアセタール、オンカラムメチル化剤及びジアゾメタン等が挙げられる。オキシム化試薬としては、ペンタフルオロベンジル及びヒドロキシアミン塩酸塩等が挙げられる。架橋剤としては、アルデヒド及びケトン等が挙げられ、例えば架橋剤はグルタルアルデヒドである。
【0014】
誘導体化試薬は、検体に含まれる測定対象物質に対する誘導体化された測定対象物質の割合である誘導体化率が異なる複数の試料を得るために使用される。誘導体化率は、検体に含まれる測定対象物質の量(物質量)に対する誘導体化試薬の量(物質量)に依存する。誘導体化試薬が誘導体化試薬の物質量が異なる複数の溶液の態様であれば、同一の検体における測定対象物質の濃度を推定する場合に、同じ体積の検体それぞれと、誘導体化試薬の物質量が異なる複数の溶液とを混合することで、誘導体化率が異なる複数の試料を得ることができる。例えば、誘導体化試薬の物質量が異なる複数の溶液は、物質量が最小値Mの溶液と、誘導体化試薬の物質量がMの正の実数倍であって、異なる物質量である複数の溶液と、で構成されてもよい。誘導体化試薬は、濃度が同じで体積が異なる複数の誘導体化試薬を含む溶液であってもよいし、濃度が異なり体積が同じである複数の誘導体化試薬を含む溶液であってもよい。
【0015】
濃度推定キットは、誘導体化率が0の試料を得るために使用される非誘導化用試薬を備えてもよい。濃度推定キットが、濃度が同じで体積が異なる複数の誘導体化試薬を含む溶液を備える場合、濃度推定キットは、誘導体化試薬を含む溶液と溶媒が共通で、かつ誘導体化試薬を含まない非誘導化用試薬を備えてもよい。濃度推定キットが、濃度が異なり体積が同じである複数の誘導体化試薬を含む溶液を備える場合、濃度推定キットは、誘導体化試薬を含む溶液と溶媒が共通で、かつ体積が同じで誘導体化試薬を含まない非誘導化用試薬を備えてもよい。
【0016】
抗体は、測定対象物質に特異的に結合する限りにおいて限定されず、例えば、モノクローナル抗体、多重特異性抗体、二機能性抗体、ヒト抗体、ヒト化抗体、ニワトリ等の鳥類、ラクダ等の非霊長類、ヒト以外の哺乳類、及びその他の動物由来の抗体、組換え抗体、キメラ抗体、単鎖Fv、一本鎖抗体、単一ドメイン抗体、Fab断片、F(ab’)断片、F(ab’)2断片、ジスルフィド結合Fv、抗イディオタイプ抗体、二重ドメイン抗体、並びに二重可変ドメイン抗体等であってもよい。
【0017】
測定対象物質は、誘導体化試薬による誘導体化によって抗体との親和性を変化させることができるものであれば、特に限定されない。誘導体化の効率を考慮すると、測定対象物質はタンパク質等の高分子よりは、低分子であることが好ましい。好適には、測定対象物質はハプテンである。ハプテンは、抗体と結合するものの、分子量が小さいために抗体産生を誘起する活性である免疫原性を単独では示さない物質である。ハプテンとしては、ヒスタミン、γ-アミノ酪酸(GABA)、ドーパミン、甲状腺ホルモン及びステロイドホルモン等が例示される。より具体的には、甲状腺ホルモンは、トリヨードサイロニン、チロキシン及び3,5-ジヨード-L-チロニン等である。ステロイドホルモンは、エストロン、エストラジオール、エストリオール、プロゲステロン、コルチゾール、テストステロン及びデヒドロエピアンドロステロンサルフェート等である。ハプテンは、低分子ペプチドホルモン、カテコールアミン、補題酵素ビタミン、薬剤、抗生物質類及びこれらの代謝物質等であってもよい。
【0018】
ハプテンは、タンパク質等の免疫原性物質と結合することによって免疫原性を有する完全抗原となる。免疫原性物質としては、免疫原性を有するタンパク質、ポリペプチド、炭水化物、ポリサッカライド、リポポリサッカライド及び核酸等が挙げられる。免疫原性物質は、好ましくは、タンパク質又はポリペプチドであって、ウシ血清アルブミン(BSA)、キーホールリンペット・ヘモシアニン(KLH)及びチログロブリンが免疫原性物質として例示される。
【0019】
測定対象物質がハプテンである場合、好ましくは、抗体はリンカーを介して免疫原性物質がハプテンに結合したハプテン誘導体を免疫原とする抗体である。リンカーは、免疫原性物質とハプテンとの間に導入される原子団である。リンカーとしては、アミド、ジスルフィド、チオエーテル、ヒドラゾン、ヒドラジド、イミン、オキシム、尿素、チオ尿素、アミジン、アミン及びスルホンアミド等を含むリンカーが例示される。
【0020】
ハプテン誘導体((ハプテン)-(リンカー)-(免疫原性物質))を免疫原とする抗体は、公知の方法で取得できる。抗体の取得では、通常、ウサギ、ヤギ、マウス、モルモット又はウマ等の宿主動物に免疫原を注射すればよい。好ましくは免疫原性を高めるために、免疫原とアジュバントとの混合物が注射される。宿主動物の同じ部位又は異なる部位に規則的又は不規則な間隔でさらに免疫原を注射してもよい。適宜、抗体力価を評価し、宿主動物からの採血等によりハプテン誘導体に特異的に結合する抗体を回収することができる。
【0021】
測定対象物質がハプテンであって、ハプテン誘導体を免疫原とする抗体を用いる場合、好ましくは、誘導体化試薬は、リンカーの少なくとも一部と同じ構造を検体中のハプテンに付与する。例えば、リンカーがアシル基を含む場合、ハプテンにアシル基を付与する誘導体化試薬を採用すればよい。
【0022】
本実施の形態に係る濃度推定キットが備える抗原は色素で修飾されており、イムノアッセイにおいてトレーサーとしての機能を担う。以下では、濃度推定キットが備える、色素で修飾された抗原を“トレーサー”ともいう。色素としては、蛍光を発光する蛍光色素が好ましい。蛍光色素それぞれは蛍光寿命を有する。測定対象物質の分子量等に応じて、蛍光寿命が1~10ナノ秒の蛍光色素、蛍光寿命が10ナノ秒超から200ナノ秒の蛍光色素、蛍光寿命が200ナノ秒超から3000ナノ秒の蛍光色素を適宜選択すればよい。例えば、蛍光寿命が1~10ナノ秒の蛍光色素としては、インドレニン、クロロトリアジニルアミノフルオレセイン、4’-アミノメチルフルオレセイン、5-アミノメチルフルオレセイン、6-アミノメチルフルオレセイン、6-カルボキシフルオレセイン、5-カルボキシフルオレセイン、5-アミノフルオレセイン、6-アミノフルオレセイン、チオウレアフルオレセイン及びメトキシトリアジニルアミノフルオレセイン等のフルオレセイン化合物;ローダミンB、ローダミン6G及びローダミン6GP等のローダミン誘導体;登録商標又は商品名としてAlexa Fluor 488等のAlexa Fluorシリーズ、BODIPYシリーズ、DYシリーズ、ATTOシリーズ、Dy Lightシリーズ、Oysterシリーズ、HiLyte Fluorシリーズ、Pacific Blue、Marina Blue、Acridine、Edans、Coumarin、DANSYL、FAN、Oregon Green、Rhodamine Green-X、NBD-X、TET、JOE、Yakima Yellow、VIC、HEX、R6G、Cy3、TAMRA、Rhodamine Red-X、Redmond Red、ROX、Cal Red、Texas Red、LC Red 640、Cy5、Cy5.5及びLC Red 705がある。蛍光寿命が10ナノ秒超から200ナノ秒の蛍光色素としては、ジアルキルアミノナフタレンスルホニル等のナフタレン誘導体、並びにN-(1-ピレニル)マレイミド、アミノピレン、ピレンブタン酸及びアルキニルピレン等のピレン誘導体がある。蛍光寿命が200ナノ秒超から3000ナノ秒の蛍光色素としては、白金、レニウム、ルテニウム、オスミウム及びユーロピウム等の金属錯体がある。
【0023】
抗原を色素で修飾するには、例えば色素と抗原とを、直接共有結合させるか、オリゴエチレングリコール及びアルキル鎖等のリンカーを介して結合させればよい。抗原がハプテンであって、ハプテン誘導体を免疫原とする抗体を用いる場合、好ましくは、色素は、ハプテン誘導体においてハプテンと免疫原性物質との間に介在するリンカーの少なくとも一部と同じ構造を介してハプテンに結合している。例えば、ハプテン誘導体においてハプテンと免疫原性物質との間に介在するリンカーがアシル基を含む場合、色素と抗原との間に介在するリンカーがアシル基を含むのが好ましい。
【0024】
色素は、抗原のカルボキシル基、アミノ基、水酸基、チオール及びフェニル基等に結合し得る官能基を有する。色素及び抗原のそれぞれの官能基を、公知の条件下で反応させることで、抗原を色素で標識することができる。なお、抗原1分子を修飾する色素の分子の個数は、任意に選択することができる。好ましくは抗原1分子に対して1分子以上であり、2~5分子であってもよい。
【0025】
続いて、本実施の形態に係る濃度推定方法について、上記濃度推定キットを使用する場合を例に説明する。濃度推定方法は、試料調製ステップと、混合ステップと、測定ステップと、を含む。試料調製ステップでは、測定対象物質を含む検体と上記誘導体化試薬とを混合し、誘導体化率が異なる複数の試料を得る。当該複数の試料は、濃度が同じで体積が異なる複数の誘導体化試薬を含む溶液それぞれと検体とを混合して得てもよいし、濃度が異なり体積が同じである複数の誘導体化試薬を含む溶液それぞれと検体とを混合して得てもよい。例えば、マルチウェルプレートの各ウェルに検体を同量ずつ分注しておき、各ウェルに各溶液を加えればよい。
【0026】
混合ステップでは、試料それぞれと、抗体と、トレーサーとを混合し、複数の測定対象溶液を得る。上記のマルチウェルプレートを使用する場合であれば、各試料が入った各ウェルに、抗体とトレーサーとを添加すればよい。
【0027】
測定ステップでは、測定対象溶液それぞれの偏光度を測定する。FPIAは、トレーサーが抗体に結合してトレーサー-抗体複合体となることによるトレーサーの分子量変化に伴う偏光度変化を利用する。溶液中の色素が励起状態で定常状態を維持しているとき同一平面に偏光蛍光を発するが、励起状態中にブラウン運動で回転すると励起平面と異なる平面へ蛍光を発するため蛍光偏光が解消される。蛍光偏光度は、励起されてから蛍光を発するまでの間に蛍光性分子が回転する度合いを示す。分子量が小さい分子は溶液中でブラウン運動により激しく回転するため偏光度が低く、分子量が大きい分子はブラウン運動が弱いため偏光度が上昇する。例えば、測定対象物質A、測定対象物質Aに特異的に結合する抗体B、及び測定対象物質Aを蛍光色素で標識したトレーサーCを混合した溶液では、抗体Bに対して、測定対象物質AとトレーサーCとが溶液中で競合反応するため、測定対象物質Aの濃度が高いと抗体Bに結合した測定対象物質Aが増加し(抗体Bに結合したトレーサーCが減少)、抗体Bに結合していない遊離のトレーサーCが増加する。一方、測定対象物質Aの濃度が低いと抗体Bに結合した測定対象物質Aが減少し(抗体Bに結合したトレーサーCが増加)、抗体Bに結合していない遊離のトレーサーCが減少する。遊離のトレーサーCの質量と、抗体BにトレーサーCが結合して形成される複合体の質量との間に差があれば、偏光度の変化を指標として測定対象物質Aの濃度を測定することができる。
【0028】
FPIAでは、トレーサーと測定対象物質との結合に伴う分子量変化を、分子配向の時間的変化として測定する。偏光度の測定には、任意の偏光測定装置を用いればよい。偏光度は、反応終了後の所定の時間に測定すればよい。測定対象物質を定量するには、あらかじめ既知の濃度の測定対象物質を含む溶液を用いて上記と同様に操作して得た検量線を作成し、試料の測定値と比較すればよい。
【0029】
本実施の形態に係る濃度推定キット及び濃度推定方法では、誘導体化率が異なる複数の試料から調製された測定対象溶液それぞれの偏光度を測定して検体における測定対象物質の濃度を推定する。誘導体化後の測定対象物質をAg_A、誘導体化していない測定対象物質をAg_B、抗体をAb、Ag_Aと抗体との複合体をAg_A-Ab、Ag_Bと抗体との複合体をAg_B-Abとすると、Ag_AとAbとの結合定数KA及びAg_BとAbとの結合定数KBは、以下のように示される。
【0030】
【0031】
Ag_Aの結合型/遊離型の比及びAg_Bの結合型/遊離型の比をそれぞれBF_A及びBF_Bとすると次のようになる。
【0032】
【0033】
そして、Ag_Aの投入量(M)、Ag_Bの投入量(M)及びAbの投入量(M)をそれぞれpA、pB及びqとすると、BF_Aは以下のように三次方程式から求めることができる。
【0034】
【0035】
三次方程式に基づいて、誘導体化率及び抗体の濃度を変化させたときの抗原(誘導体化された抗原及び誘導体化されていない抗原の総量)に対する抗体に結合した抗原の割合を見積もったところ、
図1のように、誘導体化の割合を変えると抗原の抗体への親和性が変化することが示された(K
A:2E+9M
-1、K
B:2E+6M
-1及び総抗原量(p
A+p
B):1E-8M)。
【0036】
FPIAではトレーサーの偏光度を測定する。トレーサーと抗体との結合定数を誘導体化された抗原の結合定数K
Aと同じとする。トレーサーのB/Fの比は、誘導体化された抗原のB/Fの比(BF_A)と等しい。トレーサーが抗体に結合した場合の偏光度をFh、トレーサーが遊離している場合の偏光度をFlとすると、FPIA系中のトレーサーの偏光度Pは、P=(Fh×BF_A+Fl)/(1+BF_A)で表される。K
A、K
B、抗体濃度、トレーサー濃度、Fh及びFlをそれぞれ2E+9M
-1、2E+6M
-1、1E-7M、1E-8M、300mP及び100mPとして、誘導体化率から算出した偏光度を
図2に示す。
図2によれば、誘導体化率が異なると、偏光度が変化する抗原濃度の範囲が変化することが示された。
【0037】
本実施の形態に係る濃度推定キットによれば、誘導体化率が異なる測定対象物質を含む複数の試料の偏光度を測定することで、測定対象物質と抗体との親和性を変化させることができる。FPIAで測定可能な濃度の範囲は測定対象物質と抗体との親和性に依存するため、推定可能な測定対象物質の濃度の範囲を拡張することができる。
【0038】
なお、濃度推定キットは、マルチウェルプレートを備え、当該マルチウェルプレートの各ウェルに誘導体化試薬が異なる物質量で固定化されてもよい。誘導体化試薬は、公知の方法でウェルに固定化でき、例えば、誘導体化試薬を含む溶液をウェルに加え、乾燥等により溶媒を除去すればよい。
【0039】
上記マルチウェルプレートを
図3に模式的に例示する。当該マルチウェルプレートは、3×3に並ぶウェルを備える。各ウェルには、抗体、トレーサー及び誘導体化試薬が固定化されている。固定化された抗体及びトレーサーの物質量は、すべてのウェルで同じである。一方、固定化された誘導体化試薬の物質量は、行ごとに異なり、第1行、第2行及び第3行のウェルに固定化された誘導体化試薬の物質量はそれぞれM1、M2及びM3である。
【0040】
A列を例に説明すると、A列の3個のウェルそれぞれに、同体積の検体を添加することで、誘導体化試薬の物質量に応じて、検体に含まれる測定対象物を誘導体化することができる。当該マルチウェルプレートを使用することで、誘導体化率が異なる複数の試料を簡便に得ることができる。当該マルチウェルプレートは、A列と同様に誘導体化試薬の物質量が異なるB列及びC列を備えるため、異なる検体又はデュプリケート及びトリプリケート等の試験に有用である。なお、プレートのウェルの個数は9個より多くてもよく、ウェルの個数に応じて行及び列の数が適宜設定される。
【実施例0041】
以下の実施例により、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【0042】
ヒスタミン(富士フィルム和光純薬社製)を5/6-TAMRA(Rhodamine)で修飾し、ヒスタミントレーサーを得た。ヒスタミントレーサーを純水に溶解させ、2nMの溶液を調製した。抗ヒスタミン抗体(Progen Biotechnik社製)をリン酸緩衝液(PBS)で希釈し、21nMの溶液を調製した。ヒスタミン(富士フィルム和光純薬社製)を純水に溶解させ、33mg/mLの溶液を調整した。得られたヒスタミン溶液を4本の試験管に100μLずつ取り分け、各試験管にRIDAスクリーン ヒスタミン ELISAキット(R-Biopharm社製)に含まれるアシル化試薬を添加した。アシル化試薬の添加量は、25μL(試料1)、10μL(試料2)及び5μL(試料3)とし、1本の試験管にはアシル化試薬を添加しなかった(試料4)。
【0043】
試料1~4を純水で10倍希釈する操作を8回繰り返し、試料1~4について9水準の試料を得た。得られた9水準の試料各25μL、ヒスタミントレーサー溶液25μL、抗体溶液25μLを混合し、室温で60分間遮光静置後、混合溶液の蛍光偏光度を測定した。
【0044】
蛍光偏光度の測定では、9つのマイクロ流路を有する蛍光偏光度測定装置を使用した。使用した蛍光偏光度測定装置10の構成を
図4に示す。蛍光偏光度測定装置10は、LED光源部1、励起フィルタ2、対物レンズ3、試料発光部4、ダイクロイックフィルタ5、蛍光フィルタ6、デジタルイメージング素子(CMOS又はCCD)7、結像レンズ8及び液晶素子9を備える。中心波長565nmのLED光源部1からの励起光を励起フィルタ2及び対物レンズ3を介して試料発光部4内の試料に照射し、試料が発する蛍光を、ダイクロイックフィルタ5及び蛍光フィルタ6を透過させ、デジタルイメージング素子7により透過光を取得する。蛍光フィルタ6と結像レンズ8との間に配置された液晶素子9に印加して電圧を変調すると、透過する蛍光の偏光方向を変調することができる。この変調周波数とデジタルイメージング素子7の取り込み周波数を同期して画像を取得及び演算し、偏光度Pを二次元画像として抽出する。
【0045】
蛍光偏光度測定装置10の試料発光部4の光学観察部分の有効視野は約3mmφである。
図5に示すように、円形で示すφ3mmの有効視野内に、流路幅11と流路間スペース12とが等間隔に、流路幅200μm、流路間スペース100μmで設けられている。流路の深さは900μmである。試料発光部4内に複数のマイクロ流路を形成することで、複数のサンプルを同時に測定することができる。励起波長は546±11nm、検出波長は590±16.5nmとした。9つのマイクロ流路それぞれに9水準の試料から調製した混合溶液を注入し、同時に測定した。
【0046】
(結果)
アシル化試薬の添加量が異なる試料1~4について、抗原(ヒスタミン)濃度に対する偏光度を
図6に示す。アシル化試薬の添加量に応じて、偏光度が変化する抗原の濃度範囲が変化した。誘導体化率が異なる複数の試料を使用することで、推定可能なヒスタミンの濃度の範囲を拡張可能であることが示された。
【0047】
上述した実施の形態は、本発明を説明するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。すなわち、本発明の範囲は、実施の形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。そして、特許請求の範囲内及びそれと同等の発明の意義の範囲内で施される様々な変形が、本発明の範囲内とみなされる。
1 LED光源部、2 励起フィルタ、3 対物レンズ、4 試料発光部、5 ダイクロイックフィルタ、6 蛍光フィルタ、7 デジタルイメージング素子、8 結像レンズ、9 液晶素子、10 蛍光偏光度測定装置、11 流路幅、12 流路間スペース