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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023177223
(43)【公開日】2023-12-13
(54)【発明の名称】半導体光変調器
(51)【国際特許分類】
   G02F 1/017 20060101AFI20231206BHJP
【FI】
G02F1/017 506
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023012540
(22)【出願日】2023-01-31
(62)【分割の表示】P 2022560465の分割
【原出願日】2022-06-01
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2023-12-04
(71)【出願人】
【識別番号】000006013
【氏名又は名称】三菱電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002941
【氏名又は名称】弁理士法人ぱるも特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石村 栄太郎
(72)【発明者】
【氏名】山口 晴央
(72)【発明者】
【氏名】丹羽 顕嗣
【テーマコード(参考)】
2K102
【Fターム(参考)】
2K102AA20
2K102BA02
2K102BB01
2K102BB04
2K102BC04
2K102BD01
2K102CA11
2K102CA30
2K102DA04
2K102DA08
2K102DA11
2K102DB04
2K102DD03
(57)【要約】
【課題】吸収係数または屈折率の変化を大きくし、光の伝搬損失を低減した半導体光変調器を得ることを目的とする。
【解決手段】光変調層を含む複数の半導体層を半導体基板上(InP基板2)に積層して構成し、光変調層に入射した光の強度または位相を変調させて出射する半導体光変調器であって、光変調層は量子井戸を構成せず、2原子層以上の層厚を有し構成元素または組成比が異なる半導体層を交互に繰り返して積層したデジタルアロイを用いて構成していることを特徴とする。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
光変調層を含む複数の半導体層を半導体基板上に積層して構成し、前記光変調層に入射した光の強度または位相を変調させて出射する半導体光変調器であって、
前記光変調層は、量子井戸を構成しない半導体層であり、2原子層以上の層厚を有し構成元素または組成比が異なる半導体層を交互に繰り返して積層したデジタルアロイを用いて構成していることを特徴とする半導体光変調器。
【請求項2】
前記光変調層は、前記デジタルアロイとランダムアロイを積層して構成していることを特徴とする請求項1に記載の半導体光変調器。
【請求項3】
前記デジタルアロイは、前記繰り返しの周期が異なる複数種の層を積層して構成していることを特徴とする請求項1または2に記載の半導体光変調器。
【請求項4】
電界吸収型またはマッハツェンダー型であることを特徴とする請求項1または2に記載の半導体光変調器。
【請求項5】
電界吸収型またはマッハツェンダー型であることを特徴とする請求項3に記載の半導体光変調器。
【請求項6】
前記光変調層は、20nm以上かつ500nm以下の厚みを有することを特徴とする請求項1または2に記載の半導体光変調器。
【請求項7】
前記光変調層は、20nm以上かつ500nm以下の厚みを有することを特徴とする請求項3に記載の半導体光変調器。
【請求項8】
前記複数の半導体層のうち、積層方向における端部よりも前記光変調層に近い半導体層を、前記デジタルアロイで構成していることを特徴とする請求項1または2に記載の半導体光変調器。
【請求項9】
前記複数の半導体層のうち、積層方向における端部よりも前記光変調層に近い半導体層を、前記デジタルアロイで構成していることを特徴とする請求項3に記載の半導体光変調器。
【請求項10】
前記デジタルアロイの前記層厚は8原子層以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の半導体光変調器。
【請求項11】
前記デジタルアロイの前記層厚は8原子層以下であることを特徴とする請求項3に記載の半導体光変調器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、半導体光変調器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
デジタル情報を活用するデジタルトランスフォーメーションの進展とともに、デジタル情報をやりとりする通信ネットワークとデータの蓄積処理を行うデータセンタの発展が著しい。通信ネットワーク、およびデータセンタ内通信には光通信が用いられ、高速化と大容量化が近年目覚ましい進展を遂げている。その中で光通信の送信側では高速性能に優れる電界吸収型(EA:Electro-Absorption)変調器、マッハツェンダー(MZ:Mach-Zehnder)変調器のような半導体光変調器(例えば、特許文献1参照。)が使用されている。
【0003】
EA変調器は、半導体レーザ(LD:Laser Diode)から放出されたレーザ光を、デジタル信号の0と1に対応して、消光(吸収)したり透過したりして光の強度変調を行う。EA変調器で変調されたレーザ光は、LDを直接電流変調する方式に比べて高速での変調が可能で、また光変調時の波長スペクトル広がりが小さいために、長距離伝送することが可能である。近年では25Gbit/sec以上の高速通信ではもっとも重要な光デバイスとなっている。また、MZ変調器は、位相変調が可能なためデジタルコヒーレント通信などの多値変調、および長距離通信の送信光源に用いられている。
【0004】
ここで、EA変調器に代表される強度変調器またはMZ変調器に代表される位相変調器において、光の吸収係数または屈折率が変化することで光を強度または位相変調する層(光変調層)には、多重量子井戸層(MQW:multi quantum well)が主に用いられる。量子井戸とは、バンドギャップが小さい半導体層(量子井戸層)を量子井戸層よりもバンドギャップの大きい障壁層で挟んだ構造であり、量子井戸を複数積層したものが多重量子井戸層である。量子井戸層では、正孔と電子の準位が離散的に形成され、正孔と電子はクーロン力で引き寄せ合ってエキシトン(励起子)を形成しており、正孔と電子の準位のエネルギー差ΔEは、励起子形成前より小さくなる。
【0005】
正孔には重い正孔の準位と軽い正孔の準位が形成され、電圧を印加すると、量子井戸層内で電子と正孔がそれぞれエネルギーの低い側と高い側に移動する。そのため、電圧印加時は、電圧を印加しない場合よりも励起子による光吸収エネルギーが小さくなり、光吸収端波長が長波長側へシフトする。これは量子閉じ込めシュタルク効果と呼ばれ、吸収端波長のシフトによって、光吸収係数、あるいは屈折率が変化することを利用して光を変調する(例えば、非特許文献1参照。)。光変調層として光吸収係数を変化させるようにMQWを機能させるのがEA変調器であり、光変調層として屈折率を変化させるようにMQWを機能させるのがMZ変調器である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平3-290614号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】JOURNAL OF LIGHTWAVE TECHNOLOGY,(米),1988, VOL 6, NO 6, pp.743
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上述した光変調層の量子井戸層部分には、一般的に単一の半導体層、つまりバルク(ランダムアロイ)が用いられている。そのため、吸収端波長付近で、重い正孔の励起子吸収に加えて、軽い正孔の励起子吸収が発生することと、重い正孔と軽い正孔の電気的相互作用とによって、励起子吸収の波長半値幅が広がってしまう。その結果、吸収端波長付近での損失が大きくなり、吸収係数または屈折率の変化が小さくなり、光の伝搬損失が増大するという問題点があった。
【0009】
本願は、上記のような課題を解決するための技術を開示するものであり、吸収係数または屈折率の変化を大きくし、光の伝搬損失を低減した半導体光変調器を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願に開示される半導体光変調器は、光変調層を含む複数の半導体層を半導体基板上に積層して構成し、前記光変調層に入射した光の強度または位相を変調させて出射する半導体光変調器であって、前記光変調層は、量子井戸を構成しない半導体層であり、2原子層以上の層厚を有し構成元素または組成比が異なる半導体層を交互に繰り返して積層したデジタルアロイを用いて構成していることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本願に開示される半導体光変調器によれば、光変調層にデジタルアロイを適用することで、励起子吸収の波長半値幅を狭くできるため、吸収係数または屈折率の変化を大きくし、光の伝搬損失を低減した半導体光変調器を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1Aと、図1Bは、それぞれ実施の形態1にかかる半導体光変調器の構成を示す模式的な断面図と多重量子井戸光変調層の一部を拡大した断面図である。
図2図2Aと、図2Bは、それぞれ実施の形態1にかかる半導体光変調器を構成する井戸層のバンド図と、光吸収係数と屈折率変化量の波長依存性を示す折れ線グラフ形式の図である。
図3図3Aと、図3Bは、それぞれ比較例にかかる半導体光変調器を構成する井戸層のバンド図と、光吸収係数と屈折率変化量の波長依存性を示す折れ線グラフ形式の図である。
図4】実施の形態2にかかる半導体光変調器の多重量子井戸光変調層の一部を拡大した断面図である。
図5図5A図5Bは、それぞれ実施の形態2にかかる半導体光変調器を構成する井戸層のバンド図と光吸収係数の波長依存性を示す折れ線グラフ形式の図である。
図6】実施の形態3にかかる半導体光変調器の多重量子井戸光変調層の一部を拡大した断面図である。
図7図7A図7Bは、それぞれ実施の形態3にかかる半導体光変調器を構成する井戸層のバンド図と光吸収係数の波長依存性を示す折れ線グラフ形式の図である。
図8】実施の形態4にかかる半導体光変調器の多重量子井戸光変調層の一部を拡大した断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
実施の形態1.
図1A図1Bおよび図2A図2Bは、実施の形態1にかかる半導体光変調器の構成について説明するためのものであり、図1Aは半導体光変調器としてEA変調器の構成を示す模式的な断面図、図1Bは半導体光変調器を構成する層のうち、多重量子井戸光変調層の一部を拡大した断面図である。そして、図2Aは半導体光変調器の多重量子井戸光変調層を構成する量子井戸層の電圧印加がない場合とある場合のバンド図、図2Bは光吸収係数と屈折率変化の波長依存性を示す折れ線グラフ形式の図である。
【0014】
また、図3A図3Bは比較例として一般的な構造の多重量子井戸光変調層を有する半導体光変調器の性質について説明するためのもので、図3Aは半導体光変調器の多重量子井戸光変調層を構成する量子井戸層の電圧印加がない場合とある場合のバンド図、図3Bは光吸収係数と屈折率変化の波長依存性を示す折れ線グラフ形式の図である。
【0015】
本願の半導体光変調器は多重量子井戸光変調層を備えるように基板に複数の半導体層を積層し、EA変調器、あるいはMZ変調器を構成するものであり、多重量子井戸光変調層にデジタルアロイを適用したことを特徴とする。デジタルアロイの定義については後述するとして、半導体光変調器としての基本構成と動作特性について説明する。
【0016】
実施の形態1にかかる半導体光変調器は、有機金属気相成長法(MOVPE:Metal Organic Vapor Phase Epitaxy)、分子線エピタキシャル成長法(MBE:Molecular Beam Epitaxy)などの一般的な半導体層の形成方法が適用できる。
【0017】
半導体光変調器1としてEA変調器を構成する場合について図1Aを用いて説明する。MOVPE法、あるいはMBE法を用いて、InP基板2上に、おおよそのキャリア濃度1~5×1018cm―3のn型InPまたはAlInAsなどのn型クラッド層3(あるいはバッファ層)を厚み0.1~1μm程度形成する。
【0018】
その上にInGaAsP、InAlAs、InGaAlAsなどの単層もしくは積層で構成したn型光閉込層4を成長させた後、多重量子井戸光変調層5を形成する。多重量子井戸光変調層5は多重量子井戸層であって、光変調層として機能する。その上に、InGaAsP、InAlAs、InGaAlAsなどの単層もしくは積層で構成したp型光閉込層6、おおよそのキャリア濃度1~5×1018cm―3のp型InPまたはAlInAsなどのp型クラッド層7を成長させる。そして、n型InP基板2側にn電極8N、p型クラッド層7側に図示しないp型InGaAsコンタクト層とp電極8Pが形成されている。
【0019】
ここで、本願の発明者は、背景技術で説明したように励起子吸収の波長半値幅の増大問題に鑑み、波長半値幅を狭くするために、量子井戸層内での正孔の準位の広がり、あるいは準位の複数発生を防止することに着目した。そして、例えば、量子井戸層を構成する材料自体がもつ価電子帯、あるいは伝導帯の準位を制限するようにすればよいと考え、準位をミニギャップにより制限できる材料を検討したところ、デジタルアロイという材料を見出した。
【0020】
そこで、実施の形態1にかかる半導体光変調器1では、図1Bに示すように、多重量子井戸光変調層5において、障壁層52を挟む複数の量子井戸層51に、デジタルアロイを適用している。具体的には、層厚みが2原子層で組成比zのi型InAlGa(1-z)Asによる第一組成層511と、層厚みが2原子層で組成比xのi型InAlGa(1-x)Asによる第二組成層512を交互に成長させ、合計で数nm程度の厚みにまで積層している。組成比zと組成比xは異なり、両者の平均組成比(=(z+x)/2)が一般的なランダムアロイのInAlGaAsとほぼ同じになるように設定している。
【0021】
障壁層52それぞれは数nmの厚みを有し、量子井戸層51の平均組成比のInAlGaAsよりもバンドギャップが大きいi型のInAlAsまたはInAlGaAsにより形成している。多重量子井戸光変調層5全体の厚みは概ね0.1μm程度である。量子井戸層51の幅と組成は、変調する光の波長よりも数nmから数十nm程度短い波長が、光吸収端となるように設定している。
【0022】
ここで、多重量子井戸光変調層5はi型と記載したが、p型またはn型であっても、キャリア濃度が低く、多重量子井戸光変調層5の一部にでも電界がかかればよい。また、ミニギャップが大きくなりすぎずに効果を発揮するために、2~6原子層程度の厚みが望ましい。さらに、臨界膜厚に対して余裕があるため各層の格子不整合度が原因の結晶転位が発生しにくくミニギャップが重い正孔の準位に影響を与えない2~4原子層の厚みがさらに望ましい。またさらに、臨界膜厚に対してもっとも余裕があるため長期動作時に転位増殖が生じず、かつミニギャップが発生する最小限の厚みである2原子層がもっとも望ましい。
【0023】
上記構成を前提として、本願の半導体光変調器1(実施例1)の特性と、ランダムアロイで量子井戸層を構成した比較例にかかる半導体光変調器の特性について、量子井戸層のバンド図と、光吸収係数αと屈折率変化量Δnの波長依存性を用いて説明する。
【0024】
バンド底から測った量子準位ΔEnは近似的に式(1)で表される。
ΔEn≒((h・h))/(2m))・((π・n)/Lz) (1)
ここで、hはプランク定数、mは正孔または電子の有効質量、nは準位に対応した正の整数、Lzは実効的な量子井戸幅である。
【0025】
図3Aに示すように、比較例にかかる半導体光変調器のランダムアロイで形成した量子井戸層51R内の価電子帯には、有効質量mが重い正孔による量子準位(実線)と有効質量mが軽い正孔による量子準位(破線)が形成される。それぞれの正孔は、電子とクーロン力で引き合い励起子を形成するため、実際の量子準位ΔEnは、式(1)から算出される値より若干小さくなる。
【0026】
一方、量子井戸層51にデジタルアロイ層を用いる実施例1の半導体光変調器1では、図2Aに示すように、量子井戸層51内にミニギャップが発生するため、軽い正孔による量子準位が形成されなくなったり弱まったりする。その結果、比較例では、図3Bに示すように、光吸収係数αの波長依存性に、励起子による二つの吸収ピークが現れるのに対して、実施例1では、図2Bに示すように、一つの吸収ピークとなるか、2つであっても軽い正孔によるピークは小さくなる。なお、図中、αnvは電圧無の場合の光吸収係数、αavは電圧有の場合の光吸収係数を示す。その結果、励起子吸収の波長半値幅が狭くなる。
【0027】
EA変調器では、励起子の吸収ピーク波長よりも長い波長の光を入射して変調を行う。量子井戸層に電圧が印加されると、背景技術で説明した量子閉じ込めシュタル効果により、励起子の吸収ピークが長波長側へシフトし入射光を吸収する。そのため、図2Bに示す光吸収係数αの変化量(吸収係数変化量Δα)のように、励起子吸収の波長半値幅が狭いと電圧印加有無での吸収係数変化量Δαが、比較例(図3B)よりも大きくなる。その結果、EA変調器への印加電圧が低くても十分な光吸収係数αの変化を得ることができる。また、励起子吸収の波長半値幅が狭いため、図2Bに示す損失LEAのように、電圧を印加していない状態での光吸収が小さくなる。
【0028】
MZ変調器では、EA変調器よりもさらに波長の長い光を入射して、光はあまり吸収させずに光の位相を変調するように光変調層を形成する。光の位相が変化するのは、光の吸収スペクトルの変化に伴い、Kramers-Kronigの関係より、屈折率の変化(屈折率変化量Δn)が生じるためで、吸収係数変化量Δαが大きいほど屈折率変化量Δnも大きくなる。図2B図3Bの破線に屈折率変化量Δnの曲線を示す。実施例1(図2B)のほうが、比較例(図3B)よりも吸収係数変化量Δαが大きいため、屈折率変化量Δnも大きくなり、MZ変調器への印加電圧が低くても十分な屈折率変化量Δnが得られる。また、励起子吸収の波長半値幅が狭いため、図2Bに示す損失LMZのように、電圧を印加していない状態での光吸収が小さくなる。MZ型の変調器以外の位相変調器にも適用可能である。
【0029】
つまり、デジタルアロイでは、価電子帯、あるいは伝導帯内にミニギャップが形成され、量子準位が制限される。量子井戸層51に通常のランダムアロイに代えてデジタルアロイを用いることで、量子井戸層51に形成される励起子の準位幅が制限されて励起子吸収の波長半値幅が狭くなる。また、ランダムアロイで形成した量子井戸層51R(比較例)では、重い正孔の励起子吸収に加えて、軽い正孔の励起子吸収が発生して、励起子吸収の波長スペクトルが二山になり、励起子吸収の波長半値幅が広くなるが、デジタルアロイ(実施例)では一山とすることで波長半値幅を狭くすることが可能となる。
【0030】
上述したように、ミニギャップを発生させてランダムアロイとは異なる特性を示し、本願の半導体光変調器1に用いるデジタルアロイの定義について、具体例として、説明が容易な三元のInAlAsを用いて説明する。通常のInAlAsは、アルミニウム(Al)、インジウム(In)、砒素(As)が一定の構成比率を保ちながらAlInがランダムに配列しており、バルク、あるいはランダムアロイなどと呼ばれる。一方、2元のAlAsとInAsを数原子層(2~6原子層)厚みで交互に積層してInAlAsを形成したものがデジタルアロイ(例えば、Digital Alloy:JOURNAL OF LIGHTWAVE TECHNOLOGY,(米),2018, VOL. 36, NO. 17, pp.3580-3585参照。)と称される。
【0031】
つまり、デジタルアロイとは、数原子層レベルの層厚で、構成元素または組成比が異なる複数の半導体を交互に積層したものであり、「疑似アロイ(Pseudoalloy:例えば、米国特許第6326650号明細書参照。)」、「超短周期超格子」などと称されるものも同じである。なお、類似構造に一般的な多重量子井戸層あるいは超格子があるが、それらは各層の中では一定の構成比率を保ちながらランダムに元素が配列しているため、デジタルアロイとは本質的に異なる。
【0032】
デジタルアロイでは、一般的な多重量子井戸層あるいは超格子とは異なり、数原子層ずつの積層であるため、AlAsとInAsの各層それぞれの性質は発現せず、平均化された組成比率のバルクのInAlAsに近いバンド構造を有する。しかし、デジタルアロイでは、元素が規則正しく積層されてランダムアロイにはない原子の周期性を有しているため、価電子帯、あるいは伝導帯内にミニギャップが形成されるという特徴を有している。つまり、デジタルアロイはミニギャップが生じるように材料を選定し、積層周期を数原子層単位で設計調整し交互に積層したエピ層構造である。本願の半導体光変調器1では、デジタルアロイ特有のミニギャップを利用することを特徴とする。
【0033】
デジタルアロイは、前記のような2元のAlAsとInAsなどの積層に限ることはなく、同じく2元でInAsとGaAsを積層したものでもよい。また、3元のInAlAsとInGaAsなどを数原子層で交互に積層したInAlGaAsをはじめ、実施の形態1で示した4元のInAlGa(1-z)AsとInAlGa(1-x)Asなどを数原子層で交互に積層したInAlGaAsなどが可能である。また、2元(AlAs)と3元(InAlGa(1-z)As)を積層したInAlGaAs、3元(InGa(1-z)As)と4元(InAlGa(1-x)As)を積層したものも可能である。
【0034】
さらには、2元(GaAs、またはInAs等)と3元(InGa(1-z)As)を積層したInGaAs、2元(InAs、GaAs、またはAlAs)と4元(InAlGa(1-x)As)を積層したものも可能である。ここで、上記の材料のAlをリン(P)に置き換えた場合も可能である。また、アンチモン(Sb)を加えた材料系(InAlAsSb)などでも可能である。さらには、4元のInAlGaAsとInGaAsPを積層した5元InAlGaAsPでも可能であるなど、材料の組み合わせで、後述するミニギャップが生じるように選択可能である。ここで、結晶歪の問題が懸念されるが、各層は数原子層厚みなので、各層の格子不整合度がプラス数%とマイナス数%であっても、積算した格子不整合度が小さければ結晶成長が可能である。
【0035】
このように、実施の形態1にかかる半導体光変調器1では、量子井戸層51にデジタルアロイ構造を適用、つまり積層周期を数原子層単位で設定した構造を適用することでミニギャップを発生させて軽い正孔による吸収を抑制している。これにより、ランダムアロイを用いた一般的なEA変調器、MZ変調器に比べて、動作電圧が低減でき、かつ、光の伝搬損失も低減可能である。
【0036】
なお、本願で定義するデジタルアロイと類似しているものとの区別と特性上の差異について追記する。例えば、特許文献1には、InAsとGaAsを1原子層ずつ交互に積層して量子井戸層を形成し、励起子のエネルギー揺らぎを低減する案が示されている。しかしながら、1原子層ずつ交互に積層した量子井戸層では、ランダムアロイとほぼ同じバンド構造となり、本願のデジタルアロイのようなミニギャップは出現しない。
【0037】
ミニギャップの幅は層ごとの厚み(原子数)を2原子から8原子の範囲にしたときに大きくなる。ミニギャップが出現しなければ軽い正孔のエキシトン吸収が抑制されないため波長スペクトルが二山になりエキシトン吸収の波長半値幅を狭くすることができない。つまり、層ごとの厚みが1原子の場合は、本願が定義するデジタルアロイとは異なる。
【0038】
また、短周期超格子列で構成され、その量子閉じ込めポテンシャルが等価的な2次曲線になる単一量子井戸の構造例(例えば、特開平04―250428号公報参照。)が示されている。しかしながらこのように徐々にポテンシャルが変化する構造では、本願のデジタルアロイのような一定のエネルギーレベルのミニギャップは出現しない。
【0039】
ミニギャップが出現するためには同じ周期で繰り返される積層の合計厚みとして数nmは必要であり、かつ、周期は徐々に変化せず、階段状に変化している必要がある。ミニギャップが出現しなければ軽い正孔の励起子吸収が抑制されないため波長スペクトルが二山になり、励起子吸収の波長半値幅を狭くすることができない。
【0040】
また、基本単位の量子井戸で、厚みが38原子層のGaAs層から成る矩形ポテンシャルの個別量子井戸の両脇に、厚みが3原子層のAl0.3Ga0.7As層から成る一対の量子障壁層を設けた構成(例えば、特開平07―261133号公報参照。)も開示されている。しかし、3原子層厚みの層は両脇のみであって、繰り返し構成ではない。そのため、本願のデジタルアロイとは異なり、ミニギャップは出現せず、軽い正孔の励起子吸収の抑制はない。
【0041】
さらには、井戸層内で歪量を徐々に変化させる構造も考えられるが、この場合も、徐々にポテンシャルが変化する構造と同様に、周期的な繰り返し構造とはならないためミニギャップは出現せず、本願のデジタルアロイとは異なる構造である。
【0042】
実施の形態2.
実施の形態1においては、量子井戸層それぞれをすべてデジタルアロイのみで構成した例について説明した。本実施の形態2では、量子井戸層それぞれをデジタルアロイ層とランダムアロイ層とを合わせた2層で構成した例について説明する。
【0043】
図4、および図5A図5Bは、実施の形態2にかかる半導体光変調器の構成について説明するためのものであり、図4は半導体光変調器を構成する層のうち、多重量子井戸光変調層の一部を拡大した断面図である。そして、図5Aは半導体光変調器の多重量子井戸光変調層を構成する量子井戸層の電圧印加がない場合とある場合のバンド図、図5Bは光吸収係数の波長依存性を示す折れ線グラフ形式の図である。なお、実施の形態1と同様の部分については同じ符号を付するとともに、同様部分の説明は省略する。
【0044】
実施の形態2にかかるEA変調器としての半導体光変調器1は、実施の形態1で説明した半導体光変調器1の構造(図1A)とほぼ同様であるが、光を吸収する多重量子井戸光変調層5の構造が異なる。実施の形態2にかかる半導体光変調器1は、図4に示すように、量子井戸層51すべてがデジタルアロイではなく、デジタルアロイ層51aとランダムアロイ層51bとの2層構造としている。
【0045】
デジタルアロイ層51aは、層厚みが2原子層で組成比zのi型InAlGa(1-z)Asによる第一組成層511と、層厚みが2原子層で組成比xのi型InAlGa(1-x)Asによる第二組成層512を交互に成長させて井戸層厚みの概ね半分の厚み(2~7nm程度)を有する。そして、残りの厚みを一般的なInAlGa(1-y)のランダムアロイで形成している。組成比zと組成比xは異なり、デジタルアロイ層51aとしての平均組成比(=(z+x)/2)がランダムアロイ層51b(InAlGa(1-y))部分とほぼ同じになるように設定している。つまり、(z+x)/2≒yである。
【0046】
障壁層52それぞれは、実施の形態1と同様に、数nmの厚みを有し、量子井戸層51の平均組成比のInAlGaAsよりもバンドギャップが大きいi型のInAlAsまたはInAlGaAsにより形成している。多重量子井戸光変調層5全体の厚みは概ね0.1μm程度である。量子井戸層51の幅と組成は、変調する光の波長よりも数nmから数十nm程度短い波長が、光吸収端となるように設定している。
【0047】
本実施の形態2においても、多重量子井戸光変調層5はi型と記載したが、p型またはn型であっても、キャリア濃度が低く、多重量子井戸光変調層5の一部にでも電界がかかればよい。また、デジタルアロイ層51aにおける各層(第一組成層511、第二組成層512)は、それぞれ2原子層としたが、2~8原子層程度の厚みであればよい。
【0048】
また、ミニギャップが大きくなりすぎずに効果を発揮するために、2~6原子層程度の厚みが望ましい。さらに、臨界膜厚に対して余裕があるため各層の格子不整合度が原因の結晶転位が発生しにくくミニギャップが重い正孔の準位に影響を与えない2~4原子層の厚みがさらに望ましい。またさらに、臨界膜厚に対してもっとも余裕があるため長期動作時に転位増殖が生じず、かつミニギャップが発生する最小限の厚みである2原子層がもっとも望ましい。
【0049】
本実施の形態2にように、量子井戸層51にデジタルアロイ層51aとランダムアロイ層51bによる2層構造を用いた半導体光変調器1(実施例2)でも、図5Aに示すように、量子井戸層51内にミニギャップが発生する。そのため、軽い正孔による量子準位が形成されなくなったり弱まったりする。
【0050】
さらに、重い正孔による準位が、バンド図における電圧無の場合のように量子井戸層51内のランダムアロイ層51bの方へ偏る。デジタルアロイ層51aの側がマイナスとなるように電圧を印加すると、バンド図における電圧有の場合のように、重い正孔の準位はデジタルアロイ層51aの方へ偏る。デジタルアロイ層51a部分ではミニギャップがあるため、比較例(図3B)と比べて上方(伝導帯側)へ準位エネルギーがシフトする。つまり、電圧印加による重い正孔のエネルギーシフト量ΔEhが比較例より大きくなる。
【0051】
一方、電圧印加による電子のエネルギーシフト量ΔEeは変化しない。その結果、図5Bに示すように、光吸収係数αの波長依存性において、重い正孔による励起子吸収のピーク波長のシフト量ΔE(=ΔEh+ΔEe)は、比較例よりも大きくなる。
【0052】
EA変調器では、励起子の吸収ピーク波長よりも長い波長の光を入射して変調を行う。量子井戸層に電圧が印加されると、背景技術で説明した量子閉じ込めシュタル効果により、励起子の吸収ピークが長波長側へシフトし入射光を吸収する。励起子吸収のピーク波長のシフト量ΔEが大きいと吸収係数変化量Δαが大きくなる。その結果、EA変調器への印加電圧が低くても十分な吸収係数の変化が得られる。また、励起子吸収のピーク波長のシフト量ΔEが大きいと、EA変調器へ入射する光の波長を従来よりも長く設定することができるため、図5Bに示す損失Lのように電圧を印加していない状態での光吸収が小さくなる。
【0053】
MZ変調器では、EA変調器よりもさらに波長の長い光を入射して、光はあまり吸収させずに光の位相を変調する。光の位相が変化するのは、光の吸収スペクトルの変化に伴い、Kramers-Kronigの関係より、屈折率変化量Δnが生じるためで、吸収係数変化量Δαが大きいほど屈折率変化量Δnも大きくなる。実施例2(図5B)の方が、比較例(図3B)よりも吸収係数変化量Δαが大きいため、屈折率変化量Δnも大きくなり、MZ変調器への印加電圧が低くても十分な屈折率変化量Δnが得られる。また、EA変調器と同様に、励起子吸収のピーク波長のシフト量ΔEが大きいと、MZ変調器へ入射する光の波長を比較例よりも長く設定することができるため、電圧を印加していない状態での光吸収が小さくなる。
【0054】
このように、ランダムアロイのみで量子井戸層51Rを構成した比較例にかかるEA変調器、あるいはMZ変調器に比べて、あるいは、量子井戸層51内のすべてをデジタルアロイで構成した実施例1と比べて、実施例2では、上述した作用により、動作電圧が低減でき、かつ、光の伝搬損失も低減可能である。また、デジタルアロイのエピ成長では、数原子層ごとにエピ装置のシャッター開閉とガスの切り替えなどが必要になるためエピ成長時間が長くなってしまう。しかし、本実施の形態2のように量子井戸層51の一部のみをデジタルアロイ層51aとしているため、量子井戸層51内のすべてをデジタルアロイで構成した実施例1と比べてエピ成長時間の大幅な低減が可能である。さらには、エピ成長装置の消耗も抑制できる。
【0055】
実施の形態3.
実施の形態1または実施の形態2においては、デジタルアロイ層における第一組成層と第二組成層を同じ繰り返し厚みで積層する例を示した。本実施の形態3では、繰り返し厚みの異なる2種類のデジタルアロイ層で量子井戸層を構成した例について説明する。
【0056】
図6、および図7A図7Bは、実施の形態3にかかる半導体光変調器の構成について説明するためのものであり、図6は半導体光変調器を構成する層のうち、多重量子井戸光変調層の一部を拡大した断面図である。そして、図7Aは半導体光変調器の多重量子井戸光変調層を構成する量子井戸層の電圧印加がない場合とある場合のバンド図、図7Bは光吸収係数の波長依存性を示す折れ線グラフ形式の図である。なお、実施の形態1と同様の部分については同じ符号を付するとともに、同様部分の説明は省略する。
【0057】
実施の形態3にかかるEA変調器としての半導体光変調器1も、実施の形態1で説明した半導体光変調器1の構造(図1A)とほぼ同様であるが、光を吸収する多重量子井戸光変調層5の構造が異なる。実施の形態3にかかる半導体光変調器1は、図6に示すように、量子井戸層51すべてをデジタルアロイで構成しているが、繰り返し厚み、つまり周期の長い長周期層51cと周期の短い短周期層51dとの2層構造としている。
【0058】
長周期層51cは、層厚みが4原子層で組成比zのi型InAlGa(1-z)Asによる第一組成層511と、層厚みが4原子層で組成比xのi型InAlGa(1-x)Asによる第二組成層512を交互に成長させて8原子周期(繰り返し厚み)とする。そして、短周期層51dは、層厚みが2原子層で組成比zのi型InAlGa(1-z)Asによる第一組成層511と、層厚みが2原子層で組成比xのi型InAlGa(1-x)Asによる第二組成層512を交互に成長させて4原子周期(繰り返し厚み)とする。8原子周期の長周期層51cの厚みは、井戸層厚みの概ね半分の厚み(2~7nm程度)を有し、残りの厚みを4原子周期の短周期層51dで構成する。
【0059】
第一組成層511の組成比zと第二組成層512の組成比xは異なり、デジタルアロイとしての平均組成比(=(z+x)/2)は、ランダムアロイで量子井戸層を構成した場合とほぼ同じになるように設定している。
【0060】
障壁層52それぞれは、実施の形態1と同様に、数nmの厚みを有し、量子井戸層51の平均組成比のInAlGaAsよりもバンドギャップが大きいi型のInAlAsまたはInAlGaAsにより形成している。多重量子井戸光変調層5全体の厚みは概ね0.1μm程度である。量子井戸層51の幅と組成は、変調する光の波長よりも数nmから数十nm程度短い波長が、光吸収端となるように設定している。
【0061】
本実施の形態3においても、多重量子井戸光変調層5はi型と記載したが、p型またはn型であっても、キャリア濃度が低く、多重量子井戸光変調層5の一部にでも電界がかかればよい。また、長周期層51cと短周期層51dにおける各層(第一組成層511、第二組成層512)は、それぞれ2原子層と4原子層としたが、2~8原子層程度の厚み範囲の中で組み合わせを選べばよい。また、より効果を発揮するために、2~6原子層程度の厚み範囲の中で振り分けるのが望ましく、2~4原子層の厚み範囲の中で振り分けるのがさらに望ましい。
【0062】
長周期層51cと短周期層51dにおける各層の繰り返し厚みは、量子井戸層51内で徐々に2原子層周期、4原子層周期、6原子層周期などように変化させてもよいが、ミニギャップができる必要があるため、各繰り返し厚みは少なくとも計1~2nm厚みは必要である。さらには確実にミニギャップを形成するためには同じ周期の繰り返し構造が厚み数nm程度必要である。また、周期が階段状に変化している必要がある。
【0063】
本実施の形態3にように、量子井戸層51にデジタルアロイの長周期層51cと短周期層51dによる2層構造を用いた半導体光変調器1(実施例3)でも、図7Aに示すように、量子井戸層51内にミニギャップが発生する。そのため、軽い正孔による量子準位が形成されなくなったり弱まったりする。
【0064】
また、ミニギャップの幅は、デジタルアロイとしての繰り返し周期が長くなると広がる。量子井戸層51内で周期が長い部分(長周期層51c)のミニギャップの幅に比べ、周期が短い部分(短周期層51d)のミニギャップの幅は狭くなる。
【0065】
さらに、重い正孔による準位が、バンド図における電圧無の場合のように周期が短い短周期層51dの方へ偏る。周期が長い長周期層51cの側がマイナスとなるように電圧を印加すると、バンド図における電圧有の場合のように、重い正孔の準位は長周期層51cの方へ偏る。周期が長い方がミニギャップの幅が広いために、比較例(図3B)と比べて上方(伝導帯側)へ準位エネルギーがシフトする。つまり、電圧印加による重い正孔のエネルギーシフト量ΔEhが比較例より大きくなる。
【0066】
その結果、図7Bに示すように、光吸収係数αの波長依存性において、重い正孔による励起子吸収のピーク波長のシフト量ΔEが大きくなる。
【0067】
EA変調器では、励起子の吸収ピーク波長よりも長い波長の光を入射して変調を行う。量子井戸層に電圧が印加されると、背景技術で説明した量子閉じ込めシュタル効果により、励起子の吸収ピークが長波長側へシフトし入射光を吸収する。励起子吸収のピーク波長のシフト量ΔEが大きいと吸収係数変化量Δαが大きくなる。その結果、EA変調器への印加電圧が低くても十分な吸収係数の変化が得られる。また、励起子吸収のピーク波長のシフト量ΔEが大きいと、EA変調器へ入射する光の波長を従来よりも長く設定することができるため、図7Bに示す損失Lのように電圧を印加していない状態での光吸収が小さくなる。
【0068】
MZ変調器では、EA変調器よりもさらに波長の長い光を入射して、光はあまり吸収させずに光の位相を変調する。光の位相が変化するのは、光の吸収スペクトルの変化に伴い、Kramers-Kronigの関係より、屈折率変化量Δnが生じるためで、吸収係数変化量Δαが大きいほど屈折率変化量Δnも大きくなる。実施例3(図7B)のほうが、比較例(図3B)よりも吸収係数変化量Δαが大きいため、屈折率変化量Δnも大きくなり、MZ変調器への印加電圧が低くても十分な屈折率変化量Δnが得られる。また、EA変調器と同様に、励起子吸収のピーク波長のシフト量ΔEが大きいと、MZ変調器へ入射する光の波長を比較例よりも長く設定することができるため、電圧を印加していない状態での光吸収が小さくなる。
【0069】
このように、ランダムアロイのみで量子井戸層51Rを構成した比較例にかかるEA変調器、あるいはMZ変調器に比べて、実施例3では、上述した作用により、動作電圧が低減でき、かつ、光の伝搬損失も低減可能である。さらに各原子層の繰り返し周期が量子井戸層内で均一なデジタルアロイで量子井戸層51を構成した実施例1にかかるEA変調器、あるいはMZ変調器に比べても、実施例3のEA変調器、あるいはMZ変調器は、上述した作用により、動作電圧が低減でき、かつ、光の伝搬損失も低減可能である。
【0070】
また、デジタルアロイでは、各原子層の繰り返し周期に依存して、ミニギャップのエネルギー準位が変わる。デジタルアロイのエピ成長では、数原子層ごとの繰り返し周期で正確に構成元素および組成比を切り替えて交互に積層する必要があるが、実際には構成元素あるいは組成比の切り替えにむら、あるいはばらつきが生じる。むら、あるいはばらつきが生じるとミニギャップのエネルギー準位が狙いどおり発現せず、軽い正孔のエネルギー準位に一致しない場合が発生する。
【0071】
しかし、本実施の形態3では、量子井戸層51内で繰り返し周期を変えているので、いずれかの繰り返し周期のミニギャップのエネルギー準位が軽い正孔のエネルギー準位に一致し、軽い正孔の吸収を抑制できるため、吸収スペクトルのばらつきが低減できる。このため特性が安定化し、歩留が向上し、生産性が向上する。
【0072】
実施の形態4.
実施の形態1~3においては、ランダムアロイの障壁層とデジタルアロイを用いた量子井戸層とで多重量子井戸光変調層を構成した例を示した。本実施の形態4では、障壁層にデジタルアロイを適用した例について説明する。
【0073】
図8は、実施の形態4にかかる半導体光変調器の構成について説明するためのものであり、半導体光変調器を構成する層のうち、多重量子井戸光変調層の一部を拡大した断面図である。なお、実施の形態1と同様の部分については同じ符号を付するとともに、同様部分の説明は省略する。
【0074】
実施の形態4にかかるEA変調器としての半導体光変調器1も、実施の形態1で説明した半導体光変調器1の構造(図1A)とほぼ同様であるが、光を吸収する多重量子井戸光変調層5の構造が異なる。実施の形態4にかかる半導体光変調器1は、図8に示すように、量子井戸層51はデジタルアロイのInAlGaAsでもランダムアロイのInAlGaAsでもよいが、障壁層52をデジタルアロイで構成している。
【0075】
障壁層52は、量子井戸層51のInAlGaAsよりもバンドギャップが大きいi型のInAlAs、またはInAlGaAsである。図8に示すようにInAlAsのデジタルアロイの場合は、層厚みが2原子層のi型AlAsによる第一組成層521と、層厚みが2原子層のi型InAsによる第二組成層522を交互に積層している。
【0076】
InAlGaAsのデジタルアロイの場合は、層厚みが2原子層で組成比zのi型InAlGa(1-z)Asによる第一組成層521と、層厚みが2原子層で組成比xのi型InAlGa(1-x)Asによる第二組成層522を交互に成長させて形成する。組成比zと組成比xは異なり、デジタルアロイとしての平均組成比(=(z+x)/2)でランダムアロイ構成した場合のバンドギャップが、量子井戸層51のバンドギャップよりも大きくなるように設定する。
【0077】
多重量子井戸光変調層5全体の厚みは概ね0.1μm程度である。量子井戸層51の幅と組成は、変調する光の波長よりも数nmから数十nm程度短い波長が、光吸収端となるように設定している。なお、本実施の形態4においても、多重量子井戸光変調層5はi型と記載したが、多重量子井戸光変調層5の一部にでも電界がかかるのであれば、p型でもn型でもよい。また、障壁層52におけるデジタルアロイの各層(第一組成層521、第二組成層522)は、それぞれ2原子層としたが、2~8原子層程度の厚みであればよい。
【0078】
また、ミニギャップが大きくなりすぎずに効果を発揮するために、2~6原子層程度の厚みが望ましい。さらに、臨界膜厚に対して余裕があるため各層の格子不整合度が原因の結晶転位が発生しにくくミニギャップが重い正孔の準位に影響を与えない2~4原子層の厚みがさらに望ましい。またさらに、臨界膜厚に対してもっとも余裕があるため長期動作時に転位増殖が生じず、かつミニギャップが発生する最小限の厚みである2原子層がもっとも望ましい。
【0079】
EA変調器などでは、InGaAsコンタクト層あるいはInP基板2等に高濃度で存在する亜鉛(Zn)、硫黄(S)等のドーパントが多重量子井戸層内に拡散すると、多重量子井戸層がp型化、あるいはn型化する。そうなると、電圧を印加しても各量子井戸層に電界がかからなくなったり弱まったりする。電界がかからなくなると動作電圧が上昇するので、多重量子井戸層へのドーパントの拡散を防止することが重要である。
【0080】
図8で示したInAsとAlAsは、本来InP基板には格子整合していないため、数原子層周期での圧縮歪と引張歪を繰り返しているが、トータルの歪量は相殺されて結晶成長が可能である。しかし、InAsとAlAsの格子定数は6%以上異なるため、各層を局所的にみると大きな結晶歪がかかっている。Znなどのドーパントは歪の大きい層へ拡散しにくいという性質があるため、デジタルアロイを障壁層52に用いると拡散を防止することが可能である。また、光閉込層(n型光閉込層4、p型光閉込層6)、クラッド層(n型クラッド層3、p型クラッド層7)など、半導体層の中で亜鉛、硫黄等のドーパントが高濃度で存在するInGaAsコンタクト層あるいはInP基板2よりも多重量子井戸光変調層5に近接する層にデジタルアロイを適用してもよく、同様の作用が得られる。
【0081】
なお、障壁層に超格子層を適用した例(例えば、特開平04-088322号公報参照。)が示されているが、その場合は超格子層の各層ごとに異なるバンドギャップが発現している。一方、実施の形態4にかかる半導体光変調器1では、障壁層52を数原子層という非常に薄い層を積層したデジタルアロイで構成している。よって、各層ごとのバンドギャップは発現しないため、障壁層52に超格子層を適用した例とはバンド構造が異なり、また格子定数の差が数%の大きな歪量の層を交互に積層することが可能であるため、ドーパントの拡散防止効果が大きい。
【0082】
また、本願の半導体光変調器1で用いるデジタルアロイのようにミニギャップが存在すると電子、あるいは正孔の閉じ込め効果が拡大し、励起子の吸収半値幅を狭くする効果もある。さらに、実施の形態3の量子井戸層と同様に、障壁層52内でデジタルアロイの各原子層の繰り返し周期を変えると、ミニギャップが繰り返し周期に応じて複数できるため、電子、あるいは正孔の閉じ込め効果が拡大し、励起子の吸収半値幅を狭くする効果が増加する。
【0083】
このように、比較例に示すような一般的なEA変調器、あるいはMZ変調器に比べて、実施の形態4にかかる半導体光変調器1では、ドーパント拡散が抑制され動作電圧が低減できる。障壁層52にデジタルアロイ構造、つまり積層周期を数原子層単位で調整することでミニギャップを発生させて軽い正孔による吸収を抑制するように設計しているため、ミニギャップの作用により実効的な障壁層高さ(=エネルギー障壁高さ)が高くなる。その結果、励起子の閉じ込め効果が増すため、動作温度を高くしても励起子の半値幅が広がらず、高温での光吸収損失の上昇、および動作電圧の増加が抑制され、EA変調器、およびMZ変調器の動作可能な温度範囲が拡大する。
【0084】
なお、本願の実施の形態では、量子井戸層を複数積層した多重量子井戸層を光変調層として用いる場合を記載した。加えて、量子井戸層の数が一つのシングル量子井戸層を光変調層として用いる場合も、実施の形態1~4と同様に同じ効果が得られることは自明であり、本願の技術範囲に含まれるものとする。
【0085】
また、本願の各実施の形態では、数nm~20nm程度の厚みのデジタルアロイからなる井戸層を障壁層で挟んだ量子井戸層を光変調層としたが、量子井戸を構成しない20nm~500nm程度の厚みのデジタルアロイからなる半導体層を光変調層としてもよい。
【0086】
一般的なランダムアロイの半導体層の場合、光吸収係数の波長依存性を測定すると、バンドギャップエネルギーに相当する光の吸収端波長を境界に、それよりも波長が短くなると光吸収係数が増加する。一方、デジタルアロイの場合は、実施例1に記載したようにミニギャップが価電子帯に発生し、ミニギャップのエネルギー準位に相当する波長での吸収係数が減少する。その代わりに、光の吸収端付近での光吸収係数が増加する。これは吸収係数の総和が一定となる総和則から考えて明らかである。
【0087】
その結果、吸収端波長よりも波長が短くなると、ランダムアロイに比べて、デジタルアロイでは光吸収係数が急激に増加するようになる。従って、光変調層を量子井戸層でなく20nm~500nm程度の厚みの半導体層とした場合も、実施の形態1~4と同様に動作電圧の低減、および伝搬損失の低減効果が得られ、さらには量子井戸層とはしないため製造が容易である効果もあり、本願の技術範囲に含まれるものとする。
【0088】
また光変調層を、厚みが20nm~500nm程度のデジタルアロイを用いた井戸層と、その井戸層に接する障壁層とで構成されたシングル量子井戸としても良い。この場合にも上述した動作電圧の低減、および伝搬損失の低減効果、並びに量子井戸層数が少なく製造が容易である効果もあり、本願の技術範囲に含まれるものとする。
【0089】
さらに、本願は、様々な例示的な実施の形態及び実施例が記載されているが、1つ、または複数の実施の形態に記載された様々な特徴、態様、及び機能は特定の実施の形態の適用に限られるのではなく、単独で、または様々な組み合わせで実施の形態に適用可能である。従って、例示されていない無数の変形例が、本願明細書に開示される技術の範囲内において想定される。例えば、少なくとも1つの構成要素を変形する場合、追加する場合または省略する場合、さらには、少なくとも1つの構成要素を抽出し、他の実施の形態の構成要素と組み合わせる場合が含まれるものとする。
【0090】
以上のように、本願の半導体光変調器1によれば、光変調層(例えば、多重量子井戸光変調層5)を含む複数の半導体層を半導体基板上(InP基板2)に積層して構成し、光変調層(例えば、多重量子井戸光変調層5)に入射した光の強度または位相を変調させて出射する半導体光変調器1であって、光変調層(例えば、多重量子井戸光変調層5)は、2原子層以上の層厚を有し構成元素または組成比が異なる半導体層を交互に繰り返して積層したデジタルアロイを用いて構成している。これにより、励起子吸収の波長半値幅を狭くできるため、吸収係数または屈折率の変化を大きくし、光の伝搬損失を低減した半導体光変調器1を得ることができる。
【0091】
ここで、半導体光変調器1が電界吸収型またはマッハツェンダー型であれば、安定して信頼性の高い半導体光変調器1を確実に得ることができる。
【0092】
光変調層は、量子井戸層51と量子井戸層51よりもバンドギャップの大きな障壁層52を交互に積層した構成(多重量子井戸光変調層5)であって、量子井戸層51、および障壁層52のうち少なくともいずれかは、上述したデジタルアロイを用いて構成しているので、励起子吸収の波長半値幅を確実に狭くできるため、吸収係数または屈折率の変化を大きくし、光の伝搬損失を低減した半導体光変調器1を得ることができる。
【0093】
その際、量子井戸層51は、デジタルアロイ(デジタルアロイ層51a)とランダムアロイ(ランダムアロイ層51b)を積層して構成すれば、量子井戸層51のすべてをデジタルアロイで構成した場合と比べてエピ成長時間の大幅な低減が可能であり、エピ成長装置の消耗も抑制できる。
【0094】
光変調層は、20nm以上かつ500nm以下の厚みを有するデジタルアロイで構成された量子井戸層と、量子井戸層に接し量子井戸層よりもバンドギャップの大きな障壁層とで構成されたシングル量子井戸で構成してもよい。その場合も励起子吸収の波長半値幅を確実に狭くできるため、吸収係数または屈折率の変化を大きくし、光の伝搬損失を低減した半導体光変調器1を得ることができる。
【0095】
障壁層52を、デジタルアロイで構成している場合も、励起子吸収の波長半値幅を狭くできるため、吸収係数または屈折率の変化を大きくし、光の伝搬損失を低減した半導体光変調器1を得ることができる。
【0096】
あるいは、光変調層は、20nm以上かつ500nm以下の厚みを有するデジタルアロイで構成しても、励起子吸収の波長半値幅を狭くできるため、吸収係数または屈折率の変化を大きくし、光の伝搬損失を低減した半導体光変調器1を得ることができる。
【0097】
デジタルアロイは、構成元素または組成比が異なる半導体層による繰り返し厚みの異なる複数種の層(長周期層51c、短周期層51d)を積層して構成すれば、いずれかの周期のミニギャップ準位が軽い正孔の準位に一致し、軽い正孔の吸収を抑制できるため、吸収スペクトルのばらつきが低減でき歩留が向上し生産量が安定化する。
【0098】
複数の半導体層のうち、積層方向における端部(例えば、n電極8N、p電極8P)よりも光変調層(例えば、多重量子井戸光変調層5)に近い半導体層(例えば、光閉込層(n型光閉込層4、p型光閉込層6)、n型クラッド層3)を、デジタルアロイで構成すれば、亜鉛、硫黄などのドーパントの拡散を防止することができる。
【0099】
デジタルアロイの層厚が8原子層以下であれば、上述した効果をもたらすミニギャップの幅が大きくなる。
【符号の説明】
【0100】
1:半導体光変調器、 2:InP基板(半導体基板)、 3:n型クラッド層、 4:n型光閉込層、 5:多重量子井戸光変調層(光変調層)、 51:量子井戸層、 51a:デジタルアロイ層、 51b:ランダムアロイ層、 51c:長周期層(デジタルアロイ層)、 51d:短周期層(デジタルアロイ層)、 52:障壁層、 6:p型光閉込層、 7:p型クラッド層、 8:電極。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
【手続補正書】
【提出日】2023-09-05
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
光変調層を含む複数の半導体層を半導体基板上に積層して構成し、前記光変調層に入射した光の強度または位相を変調させて出射する半導体光変調器であって、
前記光変調層は、20nm以上かつ500nm以下の厚みを有する量子井戸を構成しない半導体層であり、2原子層以上の層厚を有し構成元素または組成比が異なる半導体層を交互に繰り返して積層したデジタルアロイを用いて構成していることを特徴とする半導体光変調器。
【請求項2】
前記光変調層は、前記デジタルアロイとランダムアロイを積層して構成していることを特徴とする請求項1に記載の半導体光変調器。
【請求項3】
前記デジタルアロイは、前記繰り返しの周期が異なる複数種の層を積層して構成していることを特徴とする請求項1または2に記載の半導体光変調器。
【請求項4】
電界吸収型またはマッハツェンダー型であることを特徴とする請求項1または2に記載の半導体光変調器。
【請求項5】
電界吸収型またはマッハツェンダー型であることを特徴とする請求項3に記載の半導体光変調器。
【請求項6】
前記複数の半導体層のうち、積層方向における端部よりも前記光変調層に近い半導体層を、前記デジタルアロイで構成していることを特徴とする請求項1または2に記載の半導体光変調器。
【請求項7】
前記複数の半導体層のうち、積層方向における端部よりも前記光変調層に近い半導体層を、前記デジタルアロイで構成していることを特徴とする請求項3に記載の半導体光変調器。
【請求項8】
前記デジタルアロイの前記層厚は8原子層以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の半導体光変調器。
【請求項9】
前記デジタルアロイの前記層厚は8原子層以下であることを特徴とする請求項3に記載の半導体光変調器。
【手続補正2】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0010
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0010】
本願に開示される半導体光変調器は、光変調層を含む複数の半導体層を半導体基板上に積層して構成し、前記光変調層に入射した光の強度または位相を変調させて出射する半導体光変調器であって、前記光変調層は、20nm以上かつ500nm以下の厚みを有する量子井戸を構成しない半導体層であり、2原子層以上の層厚を有し構成元素または組成比が異なる半導体層を交互に繰り返して積層したデジタルアロイを用いて構成していることを特徴とする。