(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023177344
(43)【公開日】2023-12-13
(54)【発明の名称】細胞判定構造体、細胞判定装置、細胞判定方法、及びプログラム
(51)【国際特許分類】
C12M 1/34 20060101AFI20231206BHJP
C12Q 1/04 20060101ALI20231206BHJP
【FI】
C12M1/34 B
C12Q1/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023090303
(22)【出願日】2023-05-31
(31)【優先権主張番号】P 2022088960
(32)【優先日】2022-05-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】305027401
【氏名又は名称】東京都公立大学法人
(71)【出願人】
【識別番号】506209422
【氏名又は名称】地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】三好 洋美
(72)【発明者】
【氏名】小宮 一毅
(72)【発明者】
【氏名】永田 晃基
【テーマコード(参考)】
4B029
4B063
【Fターム(参考)】
4B029AA07
4B029BB11
4B029CC02
4B029FA03
4B029GA01
4B029GB06
4B029GB10
4B063QA01
4B063QA18
4B063QA19
4B063QQ08
4B063QS39
4B063QX01
(57)【要約】
【課題】細胞の行動パターンに基づいてがん細胞を判定することができる細胞判定構造体、細胞判定装置、細胞判定方法、及びプログラムを提供する。
【解決手段】細胞判定構造体は、平面部2と、前記平面部2から溝状に窪んで形成された少なくとも1つの溝部5と、を備え、前記溝部5は、所定の幅に離間して対向する一対の壁面部6と、前記平面部2と前記壁面部6とが交差する部分において所定の曲率半径に形成された少なくとも1つの角部3を備え、前記溝部5における前記幅、及び前記曲率半径を含むパラメータは、前記平面部2に存在する細胞が前記溝部5に接近した際の行動パターンに有意性が生じるように調整されている。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
平面部と、前記平面部から溝状に窪んで形成された少なくとも1つの溝部と、を備え、
前記溝部は、所定の幅に離間して対向する一対の壁面部と、前記平面部と前記壁面部とが交差する部分において所定の曲率半径に形成された少なくとも1つの角部を備え、
前記溝部における前記幅、及び前記曲率半径を含むパラメータは、前記平面部に存在する細胞が前記溝部に接近した際の行動パターンに有意性が生じるように調整されている、
細胞判定構造体。
【請求項2】
前記行動パターンは、前記細胞が前記溝部に侵入する浸潤と、前記細胞が前記溝部を跨ぐ横断と、前記細胞が前記溝部に接近してから離間する方向転換とに予め分類され、
前記パラメータは、前記細胞に含まれるがん細胞が前記浸潤の前記行動パターンを生じるように調整されている、
請求項1に記載の細胞判定構造体。
【請求項3】
前記パラメータは、前記がん細胞が前記浸潤の前記行動パターンを所定時間以上に生じるように調整されている、
請求項2に記載の細胞判定構造体。
【請求項4】
前記平面部及び前記溝部は、表面を粗面に形成する表面ナノ構造を有する、
請求項1から3のうちいずれか1項に記載の細胞判定構造体。
【請求項5】
平面部と、前記平面部から溝状に窪んで形成された少なくとも1つの溝部と、を備え、
前記溝部は、所定の幅に離間して対向する一対の壁面部と、前記平面部と前記壁面部とが交差する部分において所定の曲率半径に形成された少なくとも1つの角部を備え、
前記溝部における前記幅、及び前記曲率半径を含むパラメータは、前記平面部に存在する細胞が前記溝部に接近した際の行動パターンに有意性が生じるように調整されている、細胞判定構造体と、
細胞判定構造体に存在する前記細胞を撮像した撮像画像に基づいて前記細胞の前記行動パターンを分類し、前記溝部に侵入する浸潤に分類される前記行動パターンを示した前記細胞が存在する場合、前記細胞をがん細胞であると判定する判定部と、を備える、細胞判定装置。
【請求項6】
平面部と、前記平面部から溝状に窪んで形成された少なくとも1つの溝部と、を備え、前記溝部は、所定の幅に離間して対向する一対の壁面部と、前記平面部と前記壁面部とが交差する部分において所定の曲率半径に形成された少なくとも1つの角部を備え、前記溝部における前記幅、及び前記曲率半径を含むパラメータは、前記平面部に存在する細胞が前記溝部に接近した際の行動パターンに有意性が生じるように調整されている細胞判定構造体上において正常細胞とがん細胞とを含む細胞を載置し、
前記平面部上に存在する前記細胞が前記溝部に接近した際の動きを観察し、
前記細胞の動きを予め設定された複数の行動パターンに分類し、
前記溝部に侵入する浸潤に分類される前記行動パターンを示した前記細胞が存在する場合、前記細胞を前記がん細胞であると判定する、細胞判定方法。
【請求項7】
平面部と、前記平面部から溝状に窪んで形成された少なくとも1つの溝部と、を備え、前記溝部は、所定の幅に離間して対向する一対の壁面部と、前記平面部と前記壁面部とが交差する部分において所定の曲率半径に形成された少なくとも1つの角部を備え、前記溝部における前記幅、及び前記曲率半径を含むパラメータは、前記平面部に存在する細胞が前記溝部に接近した際の行動パターンに有意性が生じるように調整されている細胞判定構造体上に存在する細胞を撮像した撮像画像に基づいて、前記平面部上に存在する前記細胞が前記溝部に接近した際の動きを観察させ、
前記細胞の動きを予め設定された複数の行動パターンに分類させ、
前記溝部に侵入する浸潤に分類される前記行動パターンを示した前記細胞が存在する場合、前記細胞をがん細胞であると判定させる、処理をコンピュータに実行させるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞判定構造体、細胞判定装置、細胞判定方法、及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
一般的な抗がん剤は、がん細胞の異常な増殖性に関わる標的分子を特定し、標的分子に作用するように設計された化合物の候補をスクリーニングするという創薬プロセスに従って開発されている。抗がん剤の探索研究においては、がん細胞を培養する培養容器が用いられ、がん細胞の異常な増殖性を標的として、培養したがん細胞に薬剤を投与し細胞数の減少を評価することで候補化合物のスクリーニングが行われている。しかしながら、細胞の転移性を標的とした薬剤は細胞の増殖抑制効果や殺細胞効果を持たないために,細胞数の増減を指標とした既存の候補化合物の評価系が適用できない。がん転移は患者の予後に深刻な影響を与える臨床上の重要な問題で、転移巣をもった進行がん患者では腫瘍を手術で摘出しても根治の見通しは低く、がんによる死亡の要因の90%にのぼるとされる。そこで、抗転移薬としての効果を判定するために、がん細胞の転移性を顕在化させることで正常細胞はじめ非転移性細胞と転移性がん細胞とを区別し、がん細胞をハイスループットで識別することが望ましい。
【0003】
例えば、非特許文献1には、培養面のナノレベルの表面粗さをパターン化するとがん細胞が集合して微小腫瘍へ進行する過程が再現されることが報告されている。非特許文献2には、基板上に形成された微小壁における細胞の運動特性に基づいて正常細胞とがん細胞とを比較する手法が示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Visualising the dynamics of live pancreatic microtumours self-organised through cell-in-cell invasion, Miyatake Y, Kuribayashi-Shigetomi K, Ohta Y, Ikeshita S, Subagyo A, Sueoka K, Kakugo A, Amano M, Takahashi T, Okajima T, Kasahara M, Scientific Reports, 8, Article number: 14054 2018年9月
【非特許文献2】Unique cancer migratory behaviors in confined spaces of microgroove topography with acute wall angles, Tomohiro Yaginuma, Keiichiro Kushiro, Madoka Takai, Scientific Reports, 10, Article number: 6110, 2020年4月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
がん細胞は、患者の体内において周囲の細胞組織に浸み込むように増殖する「浸潤」という増殖方法により血管内やリンパ管内に入り込む。がん細胞が浸潤により、血液やリンパ液の流れに乗ると、違う臓器に転移し増殖する。がん治療において、投薬によりがん細胞の浸潤及び転移を阻止できれば手術によりがん細胞を切除し、がんを完治させることが可能となる。
【0006】
がん細胞の浸潤・転移のメカニズムは非常に複雑であり、がん治療の創薬においてがん細胞の浸潤及び転移を阻止するための治療薬は、未だに開発されていないのが現状である。しかしながら、従来のがん細胞の判定手法では、がん細胞の浸潤を再現することについては詳細に提案されていなかった。
【0007】
本発明は、上記事情を鑑みてなされたものであり、細胞の行動パターンに基づいてがん細胞を判定することができる細胞判定構造体、細胞判定装置、細胞判定方法、及びプログラムを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、平面部と、前記平面部から溝状に窪んで形成された少なくとも1つの溝部と、を備え、前記溝部は、所定の幅に離間して対向する一対の壁面部と、前記平面部と前記壁面部とが交差する部分において所定の曲率半径に形成された少なくとも1つの角部を備え、前記溝部における前記幅、及び前記曲率半径を含むパラメータは、前記平面部に存在する細胞が前記溝部に接近した際の行動パターンに有意性が生じるように調整されている、細胞判定構造体である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、細胞の行動パターンに基づいてがん細胞を判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の実施形態に係る細胞判定構造体1の使用方法を示す図である。
【
図3】細胞判定構造体の溝部に接近した際の細胞の行動パターンを示す図である。
【
図4】細胞判定構造体の試験体のパターンを示す図である。
【
図11】試験体を用いた細胞の行動パターンの観察結果を示す図である。
【
図12】試験体を用いた細胞の判定結果を示す図である。
【
図13】試験体を用いた細胞の判定結果を示す図である。
【
図14】試験体を用いた細胞の判定結果を示す図である。
【
図15】がん細胞の判定精度が高い細胞判定構造体のパラメータを示す図である。
【
図16】Curveの試験体について、開口部から1mm深さの溝幅と細胞の到達深さとの関係を示す図である。
【
図17】開口部から10μm深さの溝幅の位置を示す図面である。
【
図18】開口部から10μm深さの溝幅と、細胞が浸潤の行動パターンをとる割合との関係を示す図面である。
【
図19】開口部から10μm深さの溝幅を含めた、がん細胞の判定精度が高い細胞判定構造体のパラメータを示す図である。
【
図20】細胞培養方法の処理の流れを示すフローチャートである。
【
図21】細胞判定装置の構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照しつつ、本発明の実施形態に係る細胞判定構造体について説明する。発明者らは、過去の研究の下、微細な幅に形成されたマイクロ溝に遭遇した正常細胞とがん細胞とは行動パターンが異なるという知見を得ている。正常細胞は、マイクロ溝の溝幅を鋭敏に感知し、10μm程度の溝幅に形成された溝では方向転換し、溝幅が狭くなるにしたがって横断する細胞の割合が増加する。がん細胞は、幅1.5~10μmの溝幅に形成されたマイクロ溝においては、マイクロ溝に接触後、溝内部へ浸入する。また、がん細胞は正常細胞と比較してマイクロ溝の幅に応じた運動挙動の違いが明瞭ではない。正常細胞とがん細胞とを比較すると、マイクロ溝おける行動パターンに差異が生じる。
【0012】
このような行動パターンの差異は、細胞の浸潤性の違いを反映したものであると考えられ、組織浸潤と転移に対する指標として有用であることが想定される。実施形態の細胞判定構造体は、マイクロ溝に接近した際に正常細胞とがん細胞との行動パターンの差異に基づいて正常細胞とがん細胞とを判別可能とするものである。
【0013】
図1(A)に示されるように、細胞判定構造体1は、シート状に形成されている。細胞判定構造体1は、培養容器Sの底部に貼り付けられる(
図1(B)参照)。培養容器Sには、培養液Qが注入され(
図1(C)参照)、細胞が培養される。細胞判定構造体1は、生体内の組織を模して形成されている。細胞判定構造体1は、例えば、平面状に形成された平面部2と、平面部2に形成された複数の溝部5とを備えている。細胞判定構造体1は、例えば、シリコン(Si)により形成された溝部5の雄型(不図示)にポリジメチルシロキサン(PDMS)等のシリコン系素材を流し込み硬化させることで形成される。平面部2上には、細胞が付着している。細胞には、例えば、正常細胞とがん細胞とが含まれている。
【0014】
図2に示されるように、溝部5は、平面部2から溝状に窪んで形成されている。溝部5には、対向する一対の壁面部6と、平面部2から所定の深さdの位置に形成された底部7とが形成されている。平面部2と壁面部6とが交差する部分において角部3が形成されている。平面部2は、平面視して溝部5の両側に形成されている。平面部2は、溝部5の片側に少なくとも1つ形成されていればよい。角部3は、平面部2が形成されている側に少なくとも1つ形成されていればよい。一対の壁面部6は、所定の幅Wに離間して配置されている。角部3は、所定の曲率半径rに形成されている。溝部5における幅W、曲率半径r、及び平面部2から底部7までの深さdを含むパラメータは、平面部に存在する細胞が溝部5に接近した際の行動パターンに有意性が生じるように調整されている。
【0015】
図3に示されるように、細胞Cは、溝部5に接近した際に、概ね予め分類された所定の行動パターンを示す。行動パターンは、例えば、「浸潤」(
図3(A)参照)と、「方向転換」(
図3(B)参照)と、「横断」(
図3(C)参照)に分類される。浸潤は、細胞Cが移動中に溝部5に接近した後に、溝部5に侵入して所定時間以上の間において停留する行動パターンである。方向転換は、細胞Cが移動中に溝部5に接近した後に、溝部5から離間して移動する行動パターンである。横断は、細胞Cが移動中に溝部5に接近した後に、溝部5を跨いで移動する行動パターンである。細胞Cのうち、特にがん細胞C1は、溝部5に接近した後に、浸潤の行動パターンを生じることが多い。それに対し、細胞Cのうち、正常細胞C2は、溝部5に接近した後に、方向転換と横断の行動パターンを生じることが多い。そのため、細胞判定構造体1の平面部2上に存在する細胞Cを観察し、溝部5に接近した際に生じる行動パターンを分類することにより、細胞Cががん細胞C1であるか正常細胞C2であるかを判定することができる。
【0016】
溝部5は、細胞Cに含まれるがん細胞C1が浸潤の行動パターンを生じるようにパラメータが調整されている。溝部5は、がん細胞が浸潤の行動パターンを生じた場合に所定時間以上の間において停留するようにパラメータが調整されている。以下、溝部5のパラメータの調整に基づいて細胞Cの行動パターンに有意性が生じるか否かを観測する試験について説明する。
【0017】
図4に示されるように、細胞判定構造体1の試験体として幅W、曲率半径r、及び深さdを含むパラメータを変更した複数の溝部5が製作された。試験体は、溝部5のパラメータが細胞Cの行動パターンにどのように影響するかを評価するため、様々な数値に基づいて形成された。試験体は、例えば、溝部5の幅Wが1.5μm、3μm、7.5μm、10μmの異なる値にて個別に形成された。また、試験体は、異なる溝部5の幅Wに対して角部3の曲率半径rが、大きいものと小さいものとがそれぞれ製作された。
【0018】
また、試験体は、平面部2の表面の平滑性に基づいて細胞Cの行動パターンに有意性が生じるか否かを評価するため、平面部2の表面滑らかな滑面に形成されているものと、粗面に形成されているものとが製作された。平面部2の表面は、例えば、表面ナノ構造により粗面が形成された。表面ナノ構造は、例えば、微細な粒子が規則的に配列されて所定の物理特性を示すように形成されている。
【0019】
図5に示されるように、角部3の曲率を変更した試験体Tが形成された。試験体Tは、例えば、溝部5の異なる幅Wに対して曲率半径rを約4-6μmの範囲に調整されたもの(Curve)が作製された(
図5(A)参照)。また、試験体Tは、例えば、表面が滑らか(Smooth)であり、且つ、溝部5の異なる幅Wに対して曲率半径rを1μm程度に調整されたものが作製された(
図5(B)参照)。また、試験体Tは、例えば、表面が粗面(Rough)であり、且つ、溝部5の異なる幅Wに対して曲率半径rを1μm程度に調整されたものが作製された(
図5(C)参照)。
【0020】
図6に示されるように、試験体Tは、Curve、Smooth、Roughの各種類に対して溝部5の深さdを15μm以上に調整されたものが作製された(
図6(A)、
図6(B)、
図6(C)参照)。
【0021】
図7に示されるように、試験体Tは、Curve、Smooth、Roughの各種類に対して溝部5の開口部の開口幅W
topを2-20μm程度の範囲に調整されたものが作製された(
図7(A)、
図7(B)、
図7(C)参照)。溝部5の開口部の開口幅W
topとは、所定の曲率半径rに形成された角部3と平面部2との接続部分同士の幅である。
【0022】
図8に示されるように、試験体Tは、Curve、Smooth、Roughの各種類に対して溝部5の開口部から2μm深さの溝幅W
mid,2を2-15μm程度の範囲に調整されたものが作製された(
図8(A)、
図8(B)、
図8(C)参照)。溝部5の開口部から2μm深さの溝幅W
mid,2とは、溝部5の開口部から2μm深い位置における溝部5の溝幅である。
【0023】
図9に示されるように、試験体Tは、Curve、Smooth、Roughの各種類に対して溝部5の壁面部6同士の幅W
middleを2-16μm程度の範囲に調整されたものが作製された(
図9(A)、
図9(B)、
図9(C)参照)。溝部5の壁面部6同士の幅W
middleとは、所定の曲率半径rに形成された角部3と壁面部6との接続部分同士の幅である。
【0024】
図10に示されるように、試験体Tは、Curve、Smooth、Roughの各種類に対して溝部5の底部7の幅W
bottomを1-10μm程度の範囲に調整されたものが作製された(
図10(A)、
図10(B)、
図10(C)参照)。形成された試験体T上において正常細胞C2とがん細胞C1とを含む細胞Cが培養された。がん細胞C1は、例えば、線維肉腫細胞HT1080(ATCC)が用いられ、正常細胞C2は、例えば、線維芽細胞Swiss3T3(JCRB)が用いられた。試験体Tは、培養容器Sに貼付され、培養容器Sに培養液Qが満たされた。細胞Cは、試験体T上にて2500cells/cm
2で播種され、37℃,5%CO
2で24時間培養された。
【0025】
その後、位相差顕微鏡法により5分間隔計5時間タイムラプス観察が行われた。試験体T上において細胞Cの行動パターンを観察し、溝部5に接近後、15分以上溝に停留した細胞の行動パターンを「浸潤」、「方向転換」、「横断」、いずれにも属さない応答を「不明瞭」と分類した。観察された全ての行動パターンの数に対する浸潤の割合が算出された。細胞Cの行動パターンにおいて浸潤に分類されたた応答をがん細胞の属性(陽性)とし、それ以外の応答を正常細胞の属性(陰性)とした。細胞Cをがん細胞C1と認識する真陽性率(True positive rate: TPR)は、以下の式(1)に従って算出された。
【0026】
【0027】
細胞Cをがん細胞C1と誤って認識する偽陽性率(False positive rate: FPR)は、以下の式(2)に従って算出された。
【0028】
【0029】
図11には、溝部5の2μm深さの幅W
mid,2の値と細胞Cの行動パターンとの関係の観察結果が示されている。がん細胞C1は、溝部5の2μm深さの溝幅W
mid,2が7μm以下の場合、「浸潤」の行動パターンを示す割合が高くなった。正常細胞C2は、溝部5の2μm深さの幅W
mid,2によらず、全体的に「浸潤」の行動パターンを示す割合が低かった。
【0030】
図12に示されるように、浸潤の行動パターンが15分、30分、60分以上継続した場合、陽性と判定し、その他の行動パターンを陰性と判定し、curve,smooth,roughの各試験体Tにおいて溝部5の幅に関する各パラメータ(W
top、W
mid,2、W
middle、W
bottom)と真陽性率及び偽陽性率との関係がパラメータ毎にプロットされた。
【0031】
図13に示されるように、がん細胞C1が浸潤の行動パターンを示す再現性が高い条件は、curveの試験体Tにおいては、W
bottomが2μm付近であり、且つ、W
mid,2が4-6μm付近の場合であった。がん細胞C1が浸潤の行動パターンを示す再現性が高い条件は、roughの試験体Tにおいては、W
bottomが2μm付近であり、且つ、W
mid,2が5-8μm付近の場合であった。
【0032】
図14に示されるように、浸潤の行動パターンにおいて経過時間に対する真陽性率と偽陽性率とが観察された。細胞Cが溝部5において所定時間(15分、30分、60分)以上滞在した場合を浸潤と判定した場合、試験体Tがcurve,roughである場合、閾値を15分以上とすると判定精度が向上することが分かった。
【0033】
図15には、がん細胞C1の判定精度が高い試験体Tのパラメータが示されている。
図示するように、試験体Tがcurveである場合、角部3の曲率半径rが4.92μm、表面が平滑面、溝部5の開口部から2μm深さの溝幅W
mid,2が4-7μm、底部7の幅W
bottomが1-2μm、である場合、50%以上の高い真陽性率であり、且つ、10%以下の低い偽陽性率となった。試験体Tがcurveである場合、溝部5の開口部から2μm深さの溝幅W
mid,2及び角部3の曲率半径rががん細胞C1の判定精度に影響を与えることが分かった。
【0034】
試験体Tがroughである場合、曲率半径rが0.89μm、表面が粗面、溝部5の開口部から2μm深さの溝幅Wmid,2が4-7μm、底部7の幅Wbottomが2-3μm、である場合、30%以上の高い真陽性率であり、且つ、10%以上高い偽陽性率となった。試験体Tがrough である場合、溝部5の開口部から2μm深さの溝幅Wmid,2及び表面の粗さががん細胞C1の判定精度に影響を与えることが分かった。
【0035】
図16は、Curveの試験体Tについて、開口部から1μm深さの溝幅W1と細胞の到達深さとの関係を示す図である。
【0036】
図16に示すように、正常細胞C2は、破線で示される深さ10μmよりも浅い位置に位置する傾向が強く、がん細胞C1は深さ10μmよりも深い位置に位置する傾向が強いことが明らかになった。
以上の結果から、10μmの深さ位置のパラメータが重要であることが示唆されたため、開口部から10μm深さの溝幅と細胞の浸潤の行動パターンの割合との関係を調査した。
【0037】
図17は、開口部から10μm深さの溝幅W
10の位置を示す図面であり、
図18は、Curveの試験体Tについて、開口部から10μm深さの溝幅W
10と、細胞が浸潤の行動パターンをとる割合との関係を示す図面である。
【0038】
図18に示すように、開口部から10μm深さの溝幅W
10が3.0μm以上4.5μm以下の範囲(とくに引き出し線Bで示される3.0μm以上3.5μm以下の範囲)で、転移性がん細胞の浸潤割合が非常に高かった。なお、細胞が10分以上溝部5に停留した場合に「浸潤」の行動パターンをとったと判定した。試験体Tの溝部5の深さdは約10μm超20μm以下、角部3の曲率半径rは約4-6μmの範囲であった。
図18に示された調査に基づき、がん細胞C1の判定精度が高かったcurveの試験体Tのパラメータを
図19に示す。
【0039】
図19に示すように、試験体Tがcurveである場合、角部3の曲率半径rが4.9μm以上5.4μm以下、表面が平滑面、溝部5の開口部から2μm深さの溝幅W
mid,2が6.7μm以上7.2μm以下、溝部5の開口部から10μm深さの溝幅W
10が3.1μm以上3.3μm以下、底部7の幅W
bottomが1.3μm以上1.4μm以下の範囲で、60%以上の真陽性率且つ10%以下の擬陽性率であった。
【0040】
また、角部3の曲率半径rが4.2μm以上4.5μm以下、表面が平滑面、溝部5の開口部から2μm深さの溝幅Wmid,2が6.3μm以上8.3μm以下、溝部5の開口部から10μm深さの溝幅W10が3.7μm以上4.4μm以下、底部7の幅Wbottomが1.9μm以上2.1μm以下の範囲で、55%以上の真陽性率且つ10%以下の擬陽性率であった。
【0041】
上述したように細胞判定構造体1によれば、溝部5が形成されていることにより、体内組織に生じるがん細胞C1の浸潤の行動パターンを再現することができる。細胞判定構造体1によれば、溝部5における幅、及び曲率半径を含むパラメータが、平面部に存在する細胞Cが溝部5に接近した際に浸潤の行動パターンが現れるように形成されているため、細胞Cに含まれるがん細胞C1を高い確率において判定することができる。細胞判定構造体1によれば、所定のパラメータに基づいて溝部5を形成することにより、がん細胞C1が溝部5に浸潤するため、培養容器S内において探索研究における薬剤スクリーニング及び投薬の効果を判定する臨床試験等に適用することができる。
【0042】
図20には、細胞判定構造体1を用いた細胞判定方法の各処理が示されている。作業者は、細胞判定構造体1上において正常細胞C2とがん細胞C1とを含む細胞Cを載置する(ステップS100)。細胞判定構造体1上においては、正常細胞C2とがん細胞C1とを含む細胞Cを培養してもよい。作業者は、平面部2上に存在する細胞Cが溝部5に接近した際の動きを観察する(ステップS102)。作業者は、細胞Cの動きを予め設定された複数の行動パターンに分類する(ステップS104)。作業者は、溝部5に侵入する浸潤に分類される行動パターンを示した細胞Cが存在する場合、細胞Cをがん細胞C1であると判定する(ステップS106)。上述した細胞判定方法は、コンピュータ装置を用いて自動的に判定処理が行われるようにしてもよい。
【0043】
図21に示されるように、細胞判定装置100は、例えば、細胞判定構造体1が設けられた培養容器Sと、培養容器S内の細胞判定構造体1を撮像する撮像部110と、撮像部110に接続された判定装置120とを備えている。撮像部110は、例えば、細胞Cの撮像画像を撮像可能な顕微鏡である。撮像部110は、所定のタイミング(例えば、5分間隔)において所定時間(例えば、数時間)において細胞判定構造体1上に存在する細胞Cを撮像する。撮像部110は、撮像画像を判定装置120に出力する。
【0044】
判定装置120は、例えば、パーソナルコンピュータ等の情報処理端末装置により構成されている。判定装置120は、例えば、撮像画像に基づいて細胞Cに含まれるがん細胞C1を判定する判定部122と、判定処理に必要なデータを記憶する記憶部124と、判定結果を表示する表示部126とを備えている。
【0045】
記憶部124は、ハードディスク、フラッシュメモリ等の記憶媒体により構成されている。記憶部124は、判定処理を実行するプログラム、撮像部110から取得した撮像画像を記憶する。記憶部124は、判定装置120に内蔵されていてもよいし、外部接続されていてもよい。記憶部124は、ネットワークを介して接続されるサーバ装置であってもよい。
【0046】
表示部126は、例えば、判定部122の判定結果を視認可能な情報として表示する液晶ディスプレイ等により構成された表示装置である。表示部126は、判定装置120と一体に構成されていてもよいし、別体に構成されていてもよい。
【0047】
判定部122は、細胞判定構造体1に存在する細胞Cを撮像した撮像画像に基づいて、細胞Cの行動パターンを分類する。判定部122は、例えば、細胞Cを撮像した撮像画像を教師データとして用い、ニューラルネットワークを用いた機械学習を行い、細胞Cの行動パターンを分類する。細胞判定構造体1は、溝部における幅、曲率半径、及び平面部から底部までの深さ等のパラメータが平面部に存在する細胞Cが溝部5に接近した際の行動パターンに有意性が生じるように調整されている。
【0048】
判定部122は、機械学習において、溝部5に接近した際の細胞Cの各行動パターンが撮像された撮像データとその行動パターンの分類結果をディープラーニングに基づく機械学習を行う。判定部122は、機械学習に基づいて撮像部110から取得した撮像画像を画像解析し、細胞Cと溝部5とを認識する。判定部122は、細胞Cが溝部5に接近した際に、細胞Cの動きを予め設定された行動パターンに分類する。判定部122は、撮像画像に基づいて細胞Cの行動パターンを分類し、溝部5に侵入する浸潤に分類される行動パターンを示した細胞Cが存在する場合、細胞Cをがん細胞C1であると判定する。判定部122は、撮像画像に基づいて細胞Cの行動パターンを分類し、方向転換や横断に分類される行動パターンを示した細胞Cが存在する場合、細胞Cを正常細胞C2であると判定する。
【0049】
判定部122は、例えば、判定結果に基づいて培養容器Sにおける真陽性率や偽陽性率を算出する。表示部126は、判定結果を出力する。判定部122は、例えば、投薬前の培養容器Sにおける真陽性率及び偽陽性率と、投薬後の真陽性率及び偽陽性率を表示する。これにより、作業者は、がん細胞C1に対する投薬効果を認識することができる。
【0050】
上述した判定部122は、CPU(Central Processing Unit)、GPU(Graphics Processing Unit)等のプロセッサがプログラム(ソフトウェア)を実行することで実現される。これらの各機能部のうち一部または全部は、LSI(Large Scale Integration)やASIC(Application Specific Integrated Circuit)、FPGA(Field-Programmable Gate Array)等のハードウェアによって実現されてもよいし、ソフトウェアとハードウェアの協働によって実現されてもよい。プログラムは、予めHDD(Hard Disk Drive)やフラッシュメモリなどの記憶装置に格納されていてもよいし、DVDやCD-ROMなどの着脱可能な記憶媒体に格納されており、記憶媒体がドライブ装置に装着されることで記憶装置にインストールされてもよい。
【0051】
プログラムは、細胞判定構造体1上に存在する細胞Cを撮像した撮像画像に基づいて、平面部2上に存在する細胞Cが溝部5に接近した際の動きを観察させ、細胞Cの動きを予め設定された複数の行動パターンに分類させ、溝部5に侵入する浸潤に分類される行動パターンを示した細胞Cが存在する場合、細胞Cをがん細胞C1であると判定させる処理をコンピュータに実行させる。
【0052】
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明は上記の一実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
【符号の説明】
【0053】
1 細胞判定構造体
2 平面部
3 角部
5 溝部
6 壁面部
100 細胞判定装置
120 判定装置
122 判定部
B 引き出し線
C 細胞
C1 がん細胞
C2 正常細胞