(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023177417
(43)【公開日】2023-12-14
(54)【発明の名称】抵抗スポット溶接継手の製造方法、及び自動車部品の製造方法
(51)【国際特許分類】
B23K 11/24 20060101AFI20231207BHJP
B23K 11/11 20060101ALI20231207BHJP
【FI】
B23K11/24 315
B23K11/11 540
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022090062
(22)【出願日】2022-06-02
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】古迫 誠司
(72)【発明者】
【氏名】児玉 真二
【テーマコード(参考)】
4E165
【Fターム(参考)】
4E165AA01
4E165AB03
4E165AB13
4E165AC01
4E165BB02
4E165BB12
4E165CA05
4E165EA12
(57)【要約】
【課題】板厚比が4.5以上であり、さらに表面に最薄鋼板が配される板組において接合不良を簡便に回避することができる抵抗スポット溶接継手及び自動車部品の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明の一態様に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法では、第1の加圧工程の加圧力P1、加圧解放工程の加圧力Pr及び第2の加圧工程の加圧力P2は、P1≦P2、2<P1、及びPr≦2を満たし、第1の通電工程の電流値I1及び第2の通電工程の電流値I2は、I1≦I2及び4≦I1を満たし、第1の通電工程の通電時間T1は、50×tsum/2<T1<200×tsum/2を満たし、第2の通電工程の通電時間T2は、50×tsum/2<T2を満たし、第1の加圧工程が保持工程を含む場合は、保持工程の保持時間Th1は、Th1<300を満たし、加圧解放工程の時間Trは、20<Trを満たす。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
2枚以上の鋼板を重ねて構成した板組をスポット溶接する抵抗スポット溶接継手の製造方法であって、
前記板組に含まれる前記鋼板のうち、最も薄い鋼板の板厚をtmin(mm)とし、前記板組に含まれる前記鋼板の総板厚をtsum(mm)としたときに、tsum/tminが4.5以上であり、
前記板組の少なくとも一方の表面に、前記最も薄い鋼板が配置され、
前記製造方法が、
前記板組を一対の電極の先端で挟み、加圧する第1の加圧工程と、
一対の前記電極の加圧力を低下させる加圧解放工程と、
前記板組を一対の前記電極の前記先端で挟み、加圧する第2の加圧工程と、
を順に含み、
前記第1の加圧工程の加圧力P1(kN)、前記加圧解放工程の加圧力Pr(kN)、及び前記第2の加圧工程の加圧力P2(kN)は、(1)式~(3)式を満たし、
前記第1の加圧工程は、一対の前記電極間を通電する第1の通電工程を含み、
前記加圧解放工程における電流値は0であり、
前記第2の加圧工程は、一対の前記電極間を通電する第2の通電工程を含み、
前記第1の通電工程の電流値I1(kA)、及び前記第2の通電工程の電流値I2(kA)は、(4)式及び(5)式を満たし、
前記第1の通電工程の通電時間T1(msec)は、(6)式を満たし、
前記第2の通電工程の通電時間T2(msec)は、(7)式を満たし、
前記第1の加圧工程において、前記第1の通電工程の後に、電流値を0とした状態で(2)式を満たす加圧力を維持する第1の保持工程を有する場合は、前記第1の保持工程の保持時間Th1(msec)は、(8)式を満たし、
前記加圧解放工程の時間Tr(msec)は、(9)式を満たす
抵抗スポット溶接継手の製造方法。
P1≦P2・・・(1)
2<P1・・・(2)
Pr≦2・・・(3)
I1≦I2・・・(4)
4≦I1・・・(5)
50×tsum/2<T1<200×tsum/2・・・(6)
50×tsum/2<T2・・・(7)
Th1<300・・・(8)
20<Tr・・・(9)
【請求項2】
前記第1の加圧工程の加圧力P1(kN)がさらに(10)式を満たすことを特徴とする請求項1に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法。
P1<2.0×tsum/2・・・(10)
【請求項3】
前記第1の加圧工程の加圧力P1(kN)がさらに(11)式を満たすことを特徴とする請求項1に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法。
P1≦5・・・(11)
【請求項4】
前記第2の加圧工程の加圧力P2(kN)がさらに(12)式を満たすことを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法。
1.2×P1≦P2・・・(12)
【請求項5】
前記第2の加圧工程の後に、さらに、ナゲットの改質を目的とした第3の通電工程を含む第3の加圧工程を備えることを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法。
【請求項6】
請求項1~3のいずれかに記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法を備える、自動車部品の製造方法。
【請求項7】
請求項4に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法を備える、自動車部品の製造方法。
【請求項8】
請求項5に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法を備える、自動車部品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抵抗スポット溶接継手の製造方法、及び自動車部品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の骨格部品、例えばセンターピラー等には、比較的板厚の厚い高強度鋼板が採用される場合がある。これは、車体の衝突安全性確保や部品統合による軽量化を達成するためである。一方、自動車の最も外側には、例えば0.6~0.8mmの薄い鋼板を用いて成形された、意匠性の高いサイドメンバといった部品が配置される。自動車の外側の薄鋼板は、加工性を確保するために軟鋼とされることが多い。
【0003】
上述の理由により、自動車部品の組み立てにおいては、厚い鋼板と薄い鋼板とから構成される板組がスポット溶接される場合がある。また、スポット溶接される板組が、例えば薄鋼板-厚板-厚板といった、3枚重ねの構成となる場合もある。このような板組の板厚比は、例えば4.5以上となる場合がある。ここで板厚比とは、最も薄い鋼板、即ち最薄鋼板の板厚をtmin(mm)とし、板組に含まれる鋼板の総板厚をtsum(mm)としたときに、tsum/tminと定義される値である。
【0004】
しかし、板厚比が4.5以上であり、さらに最薄鋼板が表面に配される板組をスポット溶接する場合、接合不良が生じやすい。板組の内部に形成されるナゲット(本来、溶融凝固した部分を指すが、本明細書では、溶融部と、溶融凝固した部分との両方をナゲットと呼称する)が、板組の最表面に配された最薄鋼板まで成長せず、これにより、最薄鋼板とこれに接する隣接する鋼板との間で接合不良が生じる。
【0005】
上述のような板組において、ナゲットが最薄鋼板まで成長しない理由の一つは、最薄鋼板がスポット溶接用の電極に接していることである。スポット溶接用の電極は、内部に冷媒が流通する構成を有しており、鋼板を冷却する。従って、電極に接する最薄鋼板の温度は、板組内部の鋼板の温度よりも上昇しづらい。
【0006】
ナゲットが最薄鋼板まで成長しないもう一つの理由は、温度上昇が板組の中央から開始することである。板組の中央から離れた位置ほど、温度が上昇しづらい。
【0007】
さらに、最薄鋼板が軟鋼である場合、ナゲットが最薄鋼板まで成長することが一層妨げられる。何故なら、薄い軟鋼が変形しやすいからである。板組表面に薄い軟鋼が配される場合は、加圧・通電により軟鋼が容易に変形し、軟鋼と、これに隣接する鋼板との間の接触面積が大きくなりやすい。接触面積が大きいほど、電流経路の断面積が大きくなり、電流密度が低くなる。加えて、軟鋼と電極との接触面積が大きいほど、軟鋼から電極への抜熱が著しくなる。
【0008】
以上の理由により、板組表面の最薄鋼板は温度が上昇し難く、従って最薄鋼板では溶融凝固が生じにくい。ナゲットが最薄鋼板まで成長しない場合、継手強度が確保できない。このことが、板厚が大きい(1.6mm以上)高強度鋼板を自動車骨格部品へ採用することを妨げたり、板組を構成する鋼板の板厚の選択の余地を狭めたりする。従って、このような問題を解決可能なスポット溶接技術が待望されている。
【0009】
特許文献1には、複数枚の金属板を重ね合わせた板組みを抵抗スポット溶接により溶接接合し抵抗スポット溶接継手を製造するにあたり、前記抵抗スポット溶接を第一段及び第二段の二段階からなる溶接とし、該第二段の溶接が前記第一段の溶接に比べ、高加圧力、低電流又は同じ電流、長通電時間又は同じ通電時間の溶接とすることを特徴とする抵抗スポット溶接継手の製造方法が開示されている。
【0010】
特許文献2には、重ね合わせた2枚以上の厚板の少なくとも一方に薄鋼板を重ね合わせた板組みを一対の電極によって挟み加圧力を加えながら抵抗スポット溶接をするにあたり、加圧力が設定した値Pまで達した時点で前記一対の電極の位置を固定し、その電極位置の固定によって通電開始後の板組みの熱膨張を抑制することで加圧力を増加させ、その始めの設定加圧力P及び加圧力の最大値Pmが、
Pm≧1.5×P
P≦4kN
となるようにすることを特徴とする抵抗スポット溶接方法が開示されている。
【0011】
特許文献3には、重ね合わせた2枚以上の鋼板の少なくとも一方の鋼板に板厚の薄い鋼板を重ねた板組みでかつ前記板厚の薄い鋼板とその鋼板と重なる鋼板の少なくともどちらか一方がめっき鋼板である板組みを、一対の電極によって挟み加圧力を加えながら抵抗スポット溶接を行なう抵抗スポット溶接方法において、溶接施工の工程を第1段階と第2段階とに分割し、前記第1段階を開始するにあたって前記電極が前記板厚の薄い鋼板に接触するときの加圧力がオーバーシュートを生じても2.5kNを超えないように制御し、前記第1段階では低加圧力かつ短時間で抵抗スポット溶接を行ない、前記第2段階では高加圧力かつ長時間で抵抗スポット溶接を行ない、さらに第1段階の通電開始前における前記板厚の薄い鋼板と前記電極との接触部位の半径d(mm)と前記板厚の薄い鋼板の板厚t(mm)がd<7tを満足する範囲で抵抗スポット溶接を行なうことを特徴とする抵抗スポット溶接方法が開示されている。
【0012】
特許文献4には、複数の鋼板を重ねて接合するスポット溶接方法であって、徐々に電流を負荷する予備通電工程と、電流値I1で一定通電を行う第1の通電工程と、その後、電流値I2で通電を行う第2通電工程と、さらにその後、電流値I3で通電を行う第3通電工程を有し、I1>I2、及びI2<I3の関係であることを特徴とするスポット溶接方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2005-262259号公報
【特許文献2】特開2007-203319号公報
【特許文献3】特開2007-268604号公報
【特許文献4】国際公開第WO2015/170687号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、特許文献1~4の技術は、通電工程の加圧力や電流値が大きく制限されたり、複雑な制御をされたりする必要があり、板厚比が4.5以上であり、さらに表面に最薄鋼板が配される板組のスポット溶接において、接合不良を簡便に回避することはできない。
【0015】
以上の事情に鑑みて、本発明は、板厚比が4.5以上であり、さらに表面に最薄鋼板が配される板組において接合不良を簡便に回避することができる抵抗スポット溶接継手の製造方法、及び自動車部品の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の要旨は以下の通りである。
【0017】
〔1〕本発明の一態様に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法は、2枚以上の鋼板を重ねて構成した板組をスポット溶接する抵抗スポット溶接継手の製造方法であって、前記板組に含まれる前記鋼板のうち、最も薄い鋼板の板厚をtmin(mm)とし、前記板組に含まれる前記鋼板の総板厚をtsum(mm)としたときに、tsum/tminが4.5以上であり、前記板組の少なくとも一方の表面に、前記最も薄い鋼板が配置され、前記製造方法が、前記板組を一対の電極の先端で挟み、加圧する第1の加圧工程と、一対の前記電極の加圧力を低下させる加圧解放工程と、前記板組を一対の前記電極の前記先端で挟み、加圧する第2の加圧工程と、を順に含み、前記第1の加圧工程の加圧力P1(kN)、前記加圧解放工程の加圧力Pr(kN)、及び前記第2の加圧工程の加圧力P2(kN)は、(1)式~(3)式を満たし、前記第1の加圧工程は、一対の前記電極間を通電する第1の通電工程を含み、前記加圧解放工程における電流値は0であり、前記第2の加圧工程は、一対の前記電極間を通電する第2の通電工程を含み、前記第1の通電工程の電流値I1(kA)、及び前記第2の通電工程の電流値I2(kA)は、(4)式及び(5)式を満たし、前記第1の通電工程の通電時間T1(msec)は、(6)式を満たし、前記第2の通電工程の通電時間T2(msec)は、(7)式を満たし、前記第1の加圧工程において、前記第1の通電工程の後に、電流値を0とした状態で(2)式を満たす加圧力を維持する第1の保持工程を有する場合は、前記第1の保持工程の保持時間Th1(msec)は、(8)式を満たし、前記加圧解放工程の時間Tr(msec)は、(9)式を満たす。
P1≦P2・・・(1)
2<P1・・・(2)
Pr≦2・・・(3)
I1≦I2・・・(4)
4≦I1・・・(5)
50×tsum/2<T1<200×tsum/2・・・(6)
50×tsum/2<T2・・・(7)
Th1<300・・・(8)
20<Tr・・・(9)
〔2〕上記〔1〕に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法では、前記第1の加圧工程の加圧力P1(kN)がさらに(10)式を満たしてもよい。
P1<2.0×tsum/2・・・(10)
〔3〕上記〔1〕に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法では、前記第1の加圧工程の加圧力P1(kN)がさらに(11)式を満たしてもよい。
P1≦5・・・(11)
〔4〕上記〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法では、前記第2の加圧工程の加圧力P2(kN)がさらに(12)式を満たしてもよい。
1.2×P1≦P2・・・(12)
〔5〕上記〔1〕~〔4〕のいずれかに記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法では、前記第2の加圧工程の後に、さらに、ナゲットの改質を目的とした第3の通電工程を含む第3の加圧工程を備えてもよい。
〔6〕本発明の別の態様に係る自動車部品の製造方法は、上記〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法を備える。
〔7〕本発明の別の態様に係る自動車部品の製造方法は、上記〔4〕に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法を備える。
〔8〕本発明の別の態様に係る自動車部品の製造方法は、上記〔5〕に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法を備える。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、板厚比が4.5以上であり、さらに表面に最薄鋼板が配される板組において接合不良を簡便に回避することができる抵抗スポット溶接継手の製造方法、及び自動車部品の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の一態様に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法における、加圧力及び電流値の経時変化の一例を示すグラフである。
【
図2】本発明の一態様に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法の概略図である。
【
図3】第1の通電工程における通電時間の影響の概念図である。
【
図4】第1の通電工程における通電時間の影響の実験結果を示す断面写真である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の一態様に係る抵抗スポット溶接継手1の製造方法は、例えば
図1及び
図2に示されるように、2枚以上の鋼板111を重ねて構成した板組11をスポット溶接する抵抗スポット溶接継手1の製造方法であって、板組11に含まれる鋼板111のうち、最も薄い鋼板111minの板厚をtmin(mm)とし、板組に含まれる鋼板の総板厚をtsum(mm)としたときに、tsum/tminが4.5以上であり、板組11の少なくとも一方の表面に、最も薄い鋼板111minが配置される。ここで、抵抗スポット溶接継手1の製造方法が、板組11を一対の電極Eの先端で挟み、加圧する第1の加圧工程S1と、一対の電極Eの加圧力を低下させる加圧解放工程S2と、板組11を一対の電極Eの先端で挟み、加圧する第2の加圧工程S3と、を順に含み、第1の加圧工程の加圧力P1(kN)、加圧解放工程の加圧力Pr(kN)、第2の加圧工程の加圧力P2(kN)は、(1)式~(3)式を満たし、第1の加圧工程S1は、一対の電極間を通電する第1の通電工程を含み、加圧解放工程S2における電流値は0であり、第2の加圧工程S3は、一対の電極間を通電する第2の通電工程を含み、第1の通電工程の電流値I1(kA)、第2の通電工程の電流値I2(kA)は、(4)式及び(5)式を満たし、第1の通電工程の通電時間T1(msec)は、(6)式を満たし、第2の通電工程の通電時間T2(msec)は、(7)式を満たし、第1の加圧工程S1において、第1の通電工程の後に、電流値を0とした状態で(2)式を満たす加圧力を維持する第1の保持工程を有する場合は、第1の保持工程の保持時間Th1(msec)は、(8)式を満たし、加圧解放工程の時間Tr(msec)は、(9)式を満たす。
P1≦P2・・・(1)
2<P1・・・(2)
Pr≦2・・・(3)
I1≦I2・・・(4)
4≦I1・・・(5)
50×tsum/2<T1<200×tsum/2・・・(6)
50×tsum/2<T2・・・(7)
Th1<300・・・(8)
20<Tr・・・(9)
以下、詳細について説明する。なお、「最も薄い鋼板111min」を、以下、「最薄鋼板111min」と称する場合がある。
【0021】
まず、本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法の技術思想について説明する。本発明者らは、板厚比が4.5以上であり、さらに表面に最薄の鋼板が配される板組において接合不良を回避することができる抵抗スポット溶接継手の製造方法について鋭意検討を重ねた。
【0022】
本発明者らはまず、通電時間を長くして、入熱量を増大させることを試みた。しかしながら、実験の結果、通電時間の延長によるナゲット径の拡大効果は、ある程度の水準で飽和することが明らかになった。
【0023】
図4に、様々な通電条件を適用して製造された抵抗スポット溶接継手の断面写真を示す。全てのスポット溶接において、加圧力は3.5kNとし、電流値は8kAとし、板組の板厚比は7とし、最薄鋼板を板組の表面に配置した。通電時間だけを、40~400msecの範囲内の異なる値とした。その結果、通電時間が40~200msecの範囲内では、通電時間が長いほどナゲットが大きくなり、板組の表面に配された最薄鋼板とこれに接する鋼板との界面におけるナゲット径も増大する傾向が見られた。しかしながら、通電時間が200msec超になった場合は、この傾向が見られなくなった。通電時間200msecの抵抗スポット溶接継手よりも、通電時間400msecの抵抗スポット溶接継手の方が、板組の表面に配された最薄鋼板とこれに接する鋼板との界面におけるナゲット径が小さかった。
【0024】
この理由は、スポット溶接用の電極によって板組の表面が冷却されているからであると推定された。通電時間が長いほど、電流値と通電時間の積である入熱量は大きくなるが、その一方で、
図4に示されるように、通電時間が長いほどスポット溶接部の凹み、即ちインデンテーションの深さが大きくなる。これにより、鋼板と電極との接触面積が増大する。このことが、鋼板から電極への抜熱の促進、及び電流密度の低下を招き、板組表面の最薄鋼板の溶融を一層妨げていると考えられた。
【0025】
入熱量を増大させるためのもう一つの手段は、電流値を増大させることである。しかしながら、電流値が増大するほど、鋼板枚数が3枚以上になった場合に鋼板111の鋼板界面からの散りが発生しやすくなり、健全な溶接部を得ることが困難となる。加圧力を増大させると、散り発生を抑制することができるが、その一方で電流経路の断面積が拡大して電流密度が低下し、溶接部の温度が上昇し難くなる。また、加圧力が増大するほどインデンテーションが増大し、鋼板と電極との接触面積が増大すると推定される。これらの理由により、電流値の増大によっても最薄鋼板とこれに接する鋼板との界面のナゲット径の拡大を達成することができないと考えられる。
【0026】
以上の事情を考慮しながら、本発明者らはさらなる検討を重ねた。その結果、以下の条件を満たすスポット溶接によれば、接合不良が簡便に回避可能であることを見出した。
(1)第1の通電工程を含む第1の加圧工程S1の後で、一対の電極Eの加圧力を2kN以下に低下させる加圧解放工程S2を設けること。
(2)加圧解放工程S2の後で、第2の通電工程を含む第2の加圧工程S3を行うこと。
【0027】
加圧解放工程S2においては、一対の電極Eの加圧力を2kN以下に低下させる。この加圧力は、通常のスポット溶接の加圧力よりも極端に小さい。これは、最薄鋼板111minから電極Eへの抜熱を抑制するためである。上述のように、通常のスポット溶接用の電極Eは鋼板111を冷却する機能を有するが、電極Eによる加圧力を2kN以下にすることによって、鋼板111から電極Eへの抜熱量が大幅に低下する。さらに、板組11の中央部付近は第1の通電工程を含む第1の加圧工程S1の際に加熱されているので、加圧解放工程S2においては、板組11の中央部から最薄鋼板111minへの熱移動が生じ、最薄鋼板111minが加熱される。この現象を復熱と称する。復熱によって、最薄鋼板111minが溶融し、最薄鋼板111minとこれに隣接する鋼板111との間のナゲット径が増大する。
【0028】
さらに、加圧解放工程S2の後で、第2の通電工程を含む第2の加圧工程S3を実施する。加圧解放工程S2によって生じた、最薄鋼板111minの溶融部の幅が、第2の加圧工程S3によってさらに拡大される。これにより、接合不良を確実に回避することができる。
【0029】
次に、本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法の具体的な構成について説明する。
【0030】
(板組11)
本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法では、2枚以上の鋼板111を重ねて構成した板組11をスポット溶接する。板組11は、板厚比が4.5以上とされる。板厚比とは、最も薄い鋼板(最薄鋼板111min)の板厚をtmin(mm)とし、板組に含まれる鋼板111の総板厚をtsum(mm)としたときに、tsum/tminと定義される値である。本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法では、最薄鋼板111minが、板組11の一方又は両方の表面に配される。
【0031】
最薄鋼板111minが板組11の表面に配される場合において、板厚比を4.5以上にすると、最薄鋼板111minとこれに接する鋼板111との界面までナゲット12が及びにくくなる。従って、上述の要件を満たす板組11は、接合強度を確保する点では不利である。一方、上述の要件を満たす板組11は、例えば自動車部品などにおいて高い需要がある。例えば、厚鋼板から構成される骨格部品と、薄鋼板から構成される外装部品とをスポット溶接することにより製造される自動車部品においては、板厚比を4.5以上とすることが好適である。自動車車体の軽量化の観点からは、板厚比が大きい程好ましい。例えば板厚比を5.0以上、5.5以上、又は6.0以上としてもよい。
【0032】
板組11を構成する鋼板111の枚数は、2枚以上であれば特に限定されない。例えば鋼板111の枚数を3枚以上、又は4枚以上としてもよい。通常のスポット溶接においては、板組11を構成する鋼板111の枚数が3枚以上となり、tsumが増える場合は、加圧力や電流値を大きくすることによりナゲット径を確保する。しかしながら、電流値を大きくすることで、散りが鋼板111間に生じやすくなる。そのため、鋼板111の枚数が3枚以上となる場合の接合不良を抑制することが難しい。一方、本実施形態に係る製造方法によれば、加圧解放工程S2及び第2の加圧工程S3を用いて最薄鋼板111minとこれに隣接する鋼板111との界面における溶融領域を拡大している。このような工程を採用することで鋼板111にある鋼板界面の圧接部が拡大しつつ、ナゲットが緩やかに成長することとなる。そのため、鋼板111の枚数が3枚以上であっても、散りと接合不良を抑制可能である。
【0033】
板組11に含まれる鋼板111が3枚以上である場合、最薄鋼板111minの枚数が2枚以上であってもよい。この場合、複数の最薄鋼板111minのうち1枚又は2枚が、板組11の一方又は両方の表面に配されていればよい。板組11の内部においてはナゲット12が容易に形成されるので、板組11の内部に含まれる最薄鋼板111minは、接合不良を引き起こさない。また、上述した加圧解放工程S2及び第2の通電工程S3を用いたナゲット径の拡大現象は、一対の電極Eの両方で生じるので、板組11の両方の表面に最薄鋼板111minが配されていた場合には、両方の最薄鋼板111minにナゲット径の拡大効果が得られる。
【0034】
板組11を構成する鋼板111の枚数が2~4枚である場合は、当然ながら、これら鋼板111の板厚は互いに相違する必要がある。同じ板厚の鋼板111を2枚、3枚、又は4枚重ねた場合の板厚比は2、3、又は4であり、本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手1の製造方法が溶接対象とする板厚比の下限値「4.5」を下回るからである。一方、板組11を構成する鋼板111の枚数が5枚以上である場合は、板組11を構成する鋼板111の板厚は全て同一であってもよい。同一板厚の鋼板111を5枚重ねた板組11の板厚比は5となるからである。このような板組11においても、上述した加圧解放工程S2及び第2の加圧工程S3を用いたナゲット径の拡大効果を享受することができる。
【0035】
板厚比以外の鋼板111の構成は特に限定されないが、以下に好適な例を示す。
【0036】
板組11に含まれる鋼板111の総板厚tsumは、例えば2mm~6mmの範囲内とすることが好ましい。これにより、抵抗スポット溶接継手の剛性を確保しながら、スポット溶接における散り発生を一層効果的に抑制することができる。また、板組11の表面に配される最薄鋼板111minの板厚tminは、例えば0.3mm~1.5mmの範囲内とすることが好ましい。
【0037】
鋼板111の引張強さは、例えば980MPa以上とすることが好ましい。複数の鋼板111のうち1枚以上を、引張強さ980MPa以上の高強度鋼板とすることにより、抵抗スポット溶接継手1の剛性を高めることができる。一方、鋼板111を引張強さ980MPa未満の軟鋼としてもよい。例えば抵抗スポット溶接継手1を自動車部品とする場合、板組11の表面に配される最薄鋼板111minを軟鋼とし、それ以外の鋼板111を高強度鋼板としてもよい。
【0038】
複数の鋼板111のうち1枚以上がめっき鋼板であってもよい。めっきの例として、溶融亜鉛めっき、合金化溶融亜鉛めっき、電気亜鉛めっき、及びアルミめっき等を挙げることができる。
【0039】
(第1の加圧工程S1、加圧解放工程S2、及び第2の加圧工程S3)
上述された板組11は、
図1及び
図2に示されるように、第1の通電工程を含む第1の加圧工程S1、加圧解放工程S2、及び第2の通電工程を含む第2の加圧工程S3を経て接合され、抵抗スポット溶接継手1となる。必要に応じて、第3の通電工程を含む第3の加圧工程S4がさらに実施されてもよい。なお、「第1の加圧工程が第1の通電工程を含む」とは、第1の加圧工程の開始から終了までの期間に、第1の通電工程の開始から終了までの期間が包含されていることを意味する。この事項は、第2の加圧工程及び第2の通電工程、並びに第3の加圧工程及び第3の通電工程に対しても適用される。
【0040】
第1の加圧工程S1、及び第2の加圧工程S3は、通常のスポット溶接と同様に、スポット溶接用の一対の電極Eの先端で板組11を挟み、加圧することによって実施される。また、第1の加圧工程S1に含まれる第1の通電工程、及び第2の加圧工程S3に含まれる第2の通電工程は、通常のスポット溶接と同様に、一対の電極Eの間を通電することによって実施される。第1の加圧工程S1、及び第2の加圧工程S3の間に行われる加圧解放工程S2では、一対の電極Eの加圧力を2kN以下に低下させる。これらの工程の実施条件は、その相互関係を考慮しながら決定される必要がある。以下に、これらの工程の実施条件について説明する。なお、以下に説明される加圧力、電流値、保持時間、及び加圧解放工程の時間は、全てスポット溶接機に入力される設定値である。
【0041】
(定義)
一般に、スポット溶接条件は、
図1に示されるような時間-加圧力グラフ及び時間-電流値グラフによってあらわされる。このグラフにおいて、加圧解放工程S2とは、スポット溶接の途中において、加圧力が2kN以下にされており、且つ電流値が0kAにされている期間のことである。即ち、下記(3)式が満たされ、通電工程が含まれない期間が加圧解放工程である。この加圧解放工程S2における条件値の定義は以下の通りである。
・加圧解放工程の時間Tr:加圧力が2kN以下にされている期間の長さのこと。
・加圧解放工程の加圧力Pr:加圧力が一定に設定されている場合はその加圧力のことであり、加圧力が変動するように設定されている場合は、加圧力が2kN以下とされている期間における加圧力の最小値のこと。
なお、スポット溶接の開始直後、又は終了直前に加圧力が0kN超2kN以下にされる場合があるが、このような開始直後又は終了直前に設けられた低加圧力期間は加圧解放工程S2には含まれず、加圧解放工程S2は、第1の加圧工程S1と第2の加圧工程S3の間に実施される工程である。
【0042】
第1の加圧工程S1とは、加圧解放工程S2の前に設けられた、ナゲット12の形成のための加圧期間のことである。なお、下記(2)式で規定されているように、第1の加圧工程S1における加圧力は2kN超とされるので、この点で第1の加圧工程S1と加圧解放工程S2とは区別される。この第1の加圧工程S1は、第1の通電工程を含み、第1の加圧工程S1及び第1の通電工程における条件値の定義は以下の通りである。
・第1の通電工程の通電時間T1:第1の通電工程において、電流値が4kA以上とされる期間の長さのこと。即ち、下記(5)式が満たされている期間がT1である。例えば第1の通電工程をアップスロープ通電とする場合は、電流値が4kA未満の期間は通電時間T1に算入しない。
・第1の通電工程の電流値I1:電流値が一定に設定されている場合はその電流値のことであり、電流値が変動するように設定されている場合は、直流であれば、下記(5)式が満たされて電流値が4kA以上とされている期間における電流値の最大値のことを指し、交流であれば、電流の実効値が4kA以上とされている期間における実効値の最大値のことを指す。
・第1の加圧工程の加圧力P1:加圧力が一定に設定されている場合はその加圧力のことであり、加圧力が変動するように設定されている場合は、下記式(2)式を満たす2kN超の加圧力が加えられている期間における加圧力の最大値のこと。
【0043】
また、第1の加圧工程S1において、第1の通電工程の後に、電流値を0とした状態で(2)式を満たす加圧力を維持する第1の保持工程を有する場合は、第1の保持工程の保持時間の定義は以下の通りである。
・第1の保持工程の保持時間Th1:第1の加圧工程S1において、第1の通電工程の後に、電流値を0とした状態で下記式(2)式を満たす2kN超の加圧力を維持する期間の長さのこと。なお通常、第1の通電工程の通電開始より前に加圧を開始するが、このような通電前の加圧期間はTh1に含まれない。
【0044】
第2の加圧工程S3とは、加圧解放工程S2の後に設けられた、ナゲット径の拡大のための加圧期間のことであり、第2の通電工程を含む。具体的には、第2の加圧工程S3とは、加圧解放工程S2の後に加圧力をP1以上にしてから、第2の通電工程を経て、加圧力がP1未満になるまでの期間のことを意味する。定義上の理由、及び後述する技術的理由から、少なくとも加圧解放工程S2の終了後において、第2の加圧工程S3の加圧力P2はP1以上とされなければならない。この第2の加圧工程S3は、第2の通電工程を含み、第2の加圧工程S3及び第2の通電工程における条件値の定義は以下の通りである。
・第2の通電工程の通電時間T2:第2の通電工程において、電流値がI1以上とされている期間の長さのこと。即ち、下記(4)式が満たされている期間がT2である。
・第2の通電工程の電流値I2:電流値が一定に設定されている場合はその電流値のことであり、電流値が変動するように設定されている場合は、直流であれば、下記(4)式が満たされて電流値がI1以上とされている期間における電流値の最大値のことを指し、交流であれば、電流の実効値がI1以上とされている期間における実効値の最大値のことを指す。
・第2の加圧工程の加圧力P2:加圧力が一定に設定されている場合はその加圧力のことであり、加圧力が変動するように設定されている場合は、下記式(1)式を満たすP1以上の加圧力が加えられている期間における加圧力の最大値のこと。
なお、第2の加圧工程S3は、ナゲット径の拡大のための加圧期間であり、第2の通電工程が含まれれば、第2の通電工程後の第2の保持工程は、含まれても含まれずともよい。
【0045】
第3の加圧工程S4とは、第2の加圧工程S3の後に設けられた、ナゲット12の改質のための通電期間である第3の通電工程を含む加圧期間のことである。第2の加圧工程S3と第3の加圧工程S4は、連続して設けられても、不連続に設けられてもよい。第2の加圧工程S3と第3の加圧工程S4とが不連続に設けられる場合、第2の加圧工程S3は、加圧解放工程S2の後に加圧力をP1以上にしてから、加圧力がP1未満になるまでの期間を意味し、第3の加圧工程S4は、その後の第3の通電工程を含む加圧された期間を意味する。一方、第2の加圧工程S3と第3の加圧工程S4が連続して設けられる場合、第2の加圧工程S3は、加圧解放工程S2の後に加圧力をP1以上にしてから、加圧力がP1未満になるか、電流値がI1未満になるまでの期間のうち、短い期間を意味し、第3の加圧工程S4は、第2の加圧工程S3に連続して続き、加圧力が0となるまでの期間を意味する。なお、第2の加圧工程S3と第3の加圧工程S4が連続にて設けられる場合、第2の通電工程と第3の通電工程も連続していてもよい。
なお、第3の加圧工程S4は、ナゲットの改質のための加圧期間であり、第3の通電工程が含まれれば、第3の通電工程後の第3の保持工程は、含まれても含まれずともよい。
【0046】
(加圧力)
第1の加圧工程S1における加圧力P1(kN)、加圧解放工程S2における加圧力Pr(kN)、及び第2の加圧工程S3における加圧力P2(kN)は、(1)式~(3)式を満たす。
P1≦P2・・・(1)
2<P1・・・(2)
Pr≦2・・・(3)
【0047】
(2)式は、P1の下限値を規定している。即ち、第1の加圧工程S1における加圧力P1は2kN超とされる必要がある。P1が不足する場合、電極Eと鋼板111との接触状態が不安定となり、スポット溶接を正常に実施することが難しい。P1を2.2kN以上、2.5kN以上、3.0kN以上、又は3.5kN以上としてもよい。
【0048】
なお、P1の上限値は特に規定されない。しかし、例えばP1がさらに(10)式を満たしてもよい。
P1<2.0×tsum/2・・・(10)
上述の通り、tsumは板組11に含まれる鋼板111の、単位mmでの総板厚である。(10)式は、板組11の総板厚に応じたP1の上限を定める式である。P1が(10)式を満たすことにより、第1の加圧工程S1において電極Eと鋼板111との接触面積や鋼板111同士の接触面積を減少させて、電流密度の一層の向上、及び抜熱の一層の抑制を達成することができる。
【0049】
P1の上限値を板組11の総板厚に基づいて定める代わりに、以下の(11)式のように定めてもよい。
P1≦5・・・(11)
(11)式が満たされる場合においても、第1の加圧工程S1において電極Eと鋼板111との接触面積や鋼板111同士の接触面積を減少させて、電流密度を向上させて、ナゲット12の径を一層拡大することができる。P1を4.8kN以下、4.5kN以下、又は4.2kN以下としてもよい。
【0050】
(1)式は、P2の下限値を規定している。即ち、第2の加圧工程S3における加圧力P2は、上記P1以上の値とされる必要がある。これは、散り発生を抑制するためである。散りを発生させない電流範囲を、本実施形態においては「適正電流範囲」と称する。加圧力が高い程、適正電流範囲は拡大する。後述するように、第2の加圧工程S3においては電流値I2を高くする必要がある。そのため、適正電流範囲を拡大するために、P2はP1以上とされる。
【0051】
好ましくは、P2は、P1の1.2倍以上である。即ち、P2が(11)式を満たしてもよい。
1.2×P1≦P2・・・(12)
P2が、P1の1.3倍以上、1.5倍以上、又は1.8倍以上であってもよい。
【0052】
(3)式は、Prの上限値を規定している。即ち、加圧解放工程S2における加圧力Prは2kN以下とされる必要がある。これにより、鋼板111から電極Eへの抜熱を抑制し、復熱によるナゲット成長を促進することができる。Prは小さいほど好ましく、0kNであってもよい。即ち、加圧解放工程S2において電極Eと鋼板111とが離隔されてもよい。また、Prを1.8kN以下、1.5kN以下、又は1.0kN以下としてもよい。
【0053】
(電流値)
第1の通電工程における電流値I1(kA)、及び第2の通電工程における電流値I2(kA)は、(4)式及び(5)式を満たす。
I1≦I2・・・(4)
4≦I1・・・(5)
【0054】
(5)式は、I1の下限値を規定している。即ち、第1の通電工程における電流値I1は4kA以上とされる必要がある。これにより、電流密度を上昇させて、ナゲット12の径を拡大することができる。I1を4.2kA以上、4.5kA以上、又は5.0kA以上としてもよい。また、第1の加圧工程S1において十分に発熱させることによって、続く加圧解放工程S2において復熱を生じさせることができる。なお、I1の上限値は特に限定されない。I1が過剰である場合、散り発生等によって溶接が不安定になる場合があるが、例えば予備試験を行うことによって散り発生限界電流値を求めることができる。I1を、この散り発生限界電流値以下の値とすればよい。また、I1を14.0kA以下、10.0kA以下、又は6.0kA以下としてもよい。
【0055】
(4)式は、I2の下限値を規定している。即ち、第2の通電工程における電流値I2は、第1の通電工程における電流値I1以上の値とされる必要がある。I2を高めることによって、第1の加圧工程S1及び加圧解放工程S2を経て形成されたナゲット12の径を、一層拡大することができる。I2を、I1の1.1倍以上、1.2倍以上、又は1.3倍以上としてもよい。
【0056】
第2の通電工程においては、電流経路となるナゲット12が予め形成されているので、通電は自ずと安定する。従って、I1より大きい電流値を第2の通電工程に適用したとしても、散り発生などの問題が生じる可能性は小さい。一方、溶接を一層安定化させるために、I2を14kA以下、12kA以下、又は10kA以下としてもよい。
【0057】
(第1の通電工程の通電時間T1)
第1の通電工程における通電時間T1(msec)は、(6)式を満たす。
50×tsum/2<T1<200×tsum/2・・・(6)
ここで、(6)式に記載の「tsum」とは、板組11に含まれる鋼板111の総板厚(mm)である。
【0058】
(6)式は、通電時間T1の上下限値を、tsumに基づいて規定するものである。(6)式で規定される通電時間のT1の範囲は通常のスポット溶接よりも短い。本発明者らの実験から、T1が長すぎると、ナゲット12が板厚方向に沿って成長するのではなく、板面方向に沿って成長し、その結果、加圧解放工程S2による接合不良を回避する効果が得られなくなることがわかった。
【0059】
図3に、この現象の概念図を示す。第1の通電工程における通電時間T1を200×tsum/2未満とした上で加圧解放工程S2を実施すると、復熱によるナゲット12の成長が板厚方向に沿って生じる。その結果、最薄鋼板111minとこれに接する鋼板111との界面におけるナゲット径を拡大することができる。一方、第1の通電工程における通電時間T1を200×tsum/2以上とした場合、加圧解放工程S2によって復熱を生じさせたとしても、ナゲット12の板厚方向にそった成長が不十分になる。これは、
図4に示されるように、T1が長くなるほど鋼板111から電極Eへの抜熱の影響が大きくなり、板組11の表層付近においてナゲット12の凝固が促進されるからである。これにより、最薄鋼板111minとこれに接する鋼板111との界面におけるナゲット径が拡大されなくなる。以上の理由により、T1は200×tsum/2未満とされる。T1は180×tsum/2以下、150×tsum/2以下、又は135×tsum/2以下であってもよい。
【0060】
一方、T1が短すぎる場合、第1の通電工程における入熱量が不足し、十分な径のナゲット12を得ることができない。そのため、T1は50×tsum/2超とされる。T1は75×tsum/2以上、90×tsum/2以上、又は120×tsum/2以上であってもよい。
【0061】
(第2の通電工程の通電時間T2)
第2の通電工程の通電時間T2(msec)は、(7)式を満たす。
50×tsum/2<T2・・・(7)
ここで、(7)式に記載の「tsum」とは、板組に含まれる鋼板の総板厚(mm)である。
【0062】
(7)式は、通電時間T2の下限値を、tsumに基づいて規定するものである。T2が不足する場合、第2の通電工程によるナゲット径の拡大効果が十分に得られない。従って、T2は50×tsum/2超とされる。T2を60×tsum/2以上、70×tsum/2以上、又は80×tsum/2以上としてもよい。なお、T2の上限は特に限定されないが、生産性を考慮すると、例えばT2を150×tsum/2以下、130×tsum/2以下、又は100×tsum/2以下としてもよい。
【0063】
(第1の保持工程の保持時間Th1)
第1の加圧工程S1が、第1の通電工程の後に、電流値を0とした状態で(2)式を満たす加圧力を維持する第1の保持工程を有する場合、第1の保持工程の保持時間Th1(msec)は、(8)式を満たす。
Th1<300・・・(8)
なお、「第1の加圧工程が第1の保持工程を含む」とは、第1の加圧工程の開始から終了までの期間に、第1の保持工程の開始から終了までの期間が包含されていることを意味する。
【0064】
(8)式は、Th1の上限値を規定しており、具体的にはTh1は300msec未満とされる。一般的には、スポット溶接を安定化すること、及びナゲット12に焼入れ硬化を生じさせること等を目的として、保持時間Th1を設けることがある。しかし本実施形態に係る製造方法では、保持時間Th1は短いほど好ましい。Th1が長すぎると、圧力解放工程S2の開始前に抜熱が進行し、ナゲット12が凝固して、圧力解放工程S2におけるナゲット12の成長が妨げられる場合もある。Th1は200msec以下、150msec以下、又は100msec以下であってもよい。Th1の下限値は特に限定されず0msec、つまりは、第1の保持工程を設けなくてもよい。しかし、スポット溶接の安定性を考慮して、Th1を20msec以上、40msec以上、又は60msec以上としてもよい。
【0065】
(加圧解放工程S2の時間Tr)
加圧解放工程S2の時間Tr(msec)は、(9)式を満たす。
20<Tr・・・(9)
【0066】
(9)式は、Trの下限値を規定しており、具体的にはTrは20msec超とされる。Trが短すぎる場合、復熱によるナゲット12の径の拡大効果を十分に得ることができない。接合不良を抑制する観点からは、Trは長いほど好ましいので、例えばTrを50msec以上、80msec以上、又は100msec以上としてもよい。たとえ、加圧解放工程S2においてナゲット12の凝固が完了したとしても、後続の第2の加圧工程S3に含まれる第2の通電工程での通電によってナゲット径を拡大することができる。ただし、生産性を考慮して、例えばTrを400msec以下、300msec以下、又は250msec以下としてもよい。
【0067】
(その他)
第1の加圧工程S1と加圧解放工程S2とは、連続的に実施される必要がある。なぜなら、加圧解放工程S2は、第1の加圧工程S1に含まれる第1の通電工程において生じた熱を用いてナゲット12を成長させる工程であるので、当該熱が抵抗スポット溶接継手1の母材に拡散したり、電極Eに抜熱したりする前に、加圧解放工程S2を実施する必要がある。具体的には、上述した保持時間Th1を(8)式を満たすように第1の加圧工程S1及び加圧解放工程S2を連続的に実施する。一方、加圧解放工程S2と第2の加圧工程S3とを連続的に実施する必要はない。後続の第2の加圧工程S3に含まれる第2の通電工程によってナゲット径を拡大することができるからである。加圧解放工程S2と第2の通電工程S3との間に、別の通電工程を含む別の加圧工程を設けてもよい。
【0068】
また、第2の加圧工程S3の後に、ナゲット12の改質を目的とする第3の通電工程を含む第3の加圧工程S4を設けてもよい。第3の通電工程は、ナゲットを熱処理して改質することを目的とした、いわゆる後通電のことである。第3の通電工程は、例えば残留応力を低減させる通電であってもよいし、焼戻し通電であってもよい。ナゲット12の成分、板組11の構成、及び抵抗スポット溶接継手1の用途等に応じた種々の条件を、第3の通電工程に適用することができる。
【0069】
その他の溶接条件は特に限定されず、任意の条件を、本実施形態に係る製造方法に適用することができる。例えば、第1の加圧工程S1とは異なり、第2の加圧工程S3における、第2の通電工程後の第2の保持工程の保持時間は特に限定されない。第2の保持工程の保持時間は、ナゲット12の冷却速度、及び焼入れ硬化の程度等に影響しうるが、ナゲット12の径及び接合不良の発生頻度には影響しない。従って、第2の加圧工程S3における第2の保持工程の保持時間は、ナゲット12の成分、板組11の構成、及び抵抗スポット溶接継手1の用途等に応じて適宜設定することができる。他の溶接条件についても、公知の条件などを適宜採用することができる。また、電極Eの先端形状も特に限定されない。DR、CR、CF、R等の種々の形状の電極を、本実施形態に係る製造方法の電極Eとして用いることができる。
【0070】
次に、本発明の別の態様に係る自動車部品の製造方法について説明する。本実施形態に係る自動車部品の製造方法は、上述された、本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法を備える。これにより、板厚比が4.5以上であり、さらに表面に最薄鋼板が配置されていながら、接合不良が抑制された自動車部品を簡便に製造することができる。自動車部品の製造にあたっては、外装材として用いられる薄板と、構造材として用いられる厚板とを接合する場合が多い。従って、板厚比が大きい抵抗スポット溶接継手を有する自動車部品の製造にあたり、本実施形態に係る自動車部品の製造方法は極めて好適である。
【0071】
もっとも、上述された本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法の用途は特に限定されない。例えば、家電製品の製造に、本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法を適用してもよい。
【実施例0072】
実施例により本発明の一態様の効果を更に具体的に説明する。ただし、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例に過ぎない。本発明は、この一条件例に限定されない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限り、種々の条件を採用し得る。
【0073】
(実施例1)
表1に示す引張強さ(TS)及び板厚を有する3種類の板組を準備した。なお、各板組においては、鋼板1、2、3、及び4の順で重ね合わせられている。いずれの板組においても、鋼板1が、板組の表面に配された最薄鋼板である。
【0074】
【0075】
これら板組に、以下に示すスポット溶接機及び電極を用いて、スポット溶接をした。
・溶接機:サーボ加圧定置式溶接機 直流(周波数50Hz)
・電極:ドームラジアス(DR)Cr-Cu
・電極先端の形状:φ6mm R40mm
【0076】
溶接条件は表2に示す通りとした。電流及び加圧力は、表2に記載の値に一定にした。発明範囲外の値には下線を付した。なお、表2に記載の値についての補足説明を以下に行う。
比較例1の圧力解放工程における加圧力は2kNを上回っているので、上述した定義上、圧力解放工程S2の時間Trは0である。しかし便宜上、加圧力が表2に記載の値とされた期間の長さをTrとして記載している。
比較例4の第1の通電工程では、電流値I1が(5)式を満たす期間が存在しないので、定義上、通電時間T1は0となる。しかし便宜上、電流値が表2に記載の値とされた期間の長さをT1として表2に記載している。
比較例7の第1の通電工程における加圧力は2kN以下であるが、便宜上、比較例7における第1段階を第1の通電工程として取り扱っている。また、加圧力を表2に記載の値とし、且つ通電を停止している時間を、保持時間Th1として記載している。
比較例9の第2の通電工程における加圧力はP1未満であるが、便宜上、比較例9における第2段階を第2の通電工程として取り扱っている。
比較例10の第2の通電工程における電流値はI1未満であるが、便宜上、比較例10における第2段階を第2の通電工程として取り扱っている。
【0077】
さらに、得られた抵抗スポット溶接継手を、ナゲットの中心を通り鋼板表面に垂直な面で切断し、断面を調製し、鋼板1と鋼板2の間のナゲット径を光学顕微鏡で確認した。ナゲット径も表3に示す。なお、表3に記載された記号の意味は以下の通りである。
・鋼板1と鋼板2の間のナゲット径が4√t=3.1(mm)以上:◎
・鋼板1と鋼板2の間のナゲット径が3√t=2.3(mm)以上:〇
・鋼板1と鋼板2の間のナゲット径が3√t=2.3(mm)未満:×
・鋼板1と鋼板2の間のナゲット径が3√t=2.3(mm)以上であっても散りが発生:△
ここで、tとは板組表面に配された最薄鋼板である鋼板1の厚さのことである。
【0078】
【0079】
比較例1においては、(3)式が満たされなかった。即ち、比較例1では圧力解放工程の加圧力Prが過剰であった。このため、比較例1ではナゲットが早期に凝固し、ナゲット径が確保されなかった。
【0080】
比較例2においては、(6)式が満たされなかった。具体的には、比較例2では第1の通電工程の通電時間T1が(6)式の上限値を超過した。比較例2では、入熱量は増大したが、鋼板1から電極への抜熱量も増大し、かつ電流密度の低下が進んだために、板組の表面においてナゲットが早期に凝固し、ナゲット径が確保されなかった。
【0081】
比較例3においては、(6)式が満たされなかった。具体的には、比較例3では第1の加圧工程の通電時間T1が(6)式の下限値に満たなかった。このため、比較例3では第1の通電工程の際に鋼板の溶融が十分に生じず、ナゲット径が確保されなかった。
【0082】
比較例4においては、(5)式が満たされなかった。即ち、比較例4では第1の加圧工程の電流値I1が不足した。このため、比較例3では第1の通電工程の際にナゲットが鋼板1まで成長せず、ナゲット径が確保されなかった。
【0083】
比較例5においては、(9)式が満たされなかった。即ち、比較例5では圧力解放工程の時間Trが不足した。このため、比較例5では圧力解放工程での復熱が不十分となり、ナゲット径が確保されなかった。
【0084】
比較例6においては、(8)式が満たされなかった。即ち、比較例6では第1の加圧工程における保持時間Th1が過剰であった。このため、比較例6ではナゲットが早期に凝固し、ナゲット径が確保されなかった。
【0085】
比較例7においては、(2)式が満たされなかった。即ち、比較例7では第1の加圧工程の加圧力P1が不足した。このため、比較例7では第1の加圧工程の際に散りが発生し、ナゲット径が確保されなかった。
【0086】
比較例8においては、(7)式が満たされなかった。即ち、比較例8では第2の加圧工程の通電時間T2が不足した。このため比較例8では、ナゲットの板面方向にそった成長が不足し、ナゲット径が確保されなかった。
【0087】
比較例9においては、(1)式が満たされなかった。即ち、比較例9では第2の加圧工程の加圧力P2がP1を下回った。このため比較例9では、ナゲット径は確保されたものの、第二加圧工程にて散りが発生した。
【0088】
比較例10においては、(4)式が満たされなかった。即ち、比較例10では第2の通電工程の電流I2が不足した。このため比較例10では、ナゲットの板面方向にそった成長が不足し、ナゲット径が確保されなかった。
【0089】
一方、(1)式~(9)式の全てが満たされたスポット溶接によって得られた実施例1~9の抵抗スポット溶接継手においては、十分なサイズのナゲット径が確保され、接合不良が抑制されていた。