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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023177624
(43)【公開日】2023-12-14
(54)【発明の名称】歯周病リスク推定方法及びキット
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/689 20180101AFI20231207BHJP
   C12Q 1/6851 20180101ALI20231207BHJP
   C12N 15/31 20060101ALN20231207BHJP
【FI】
C12Q1/689 Z
C12Q1/6851 Z ZNA
C12N15/31
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022090382
(22)【出願日】2022-06-02
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (その1) ウェブサイトの掲載日 2022年3月30日 ウェブサイトのアドレス https://web.apollon.nta.co.jp/jsps65/index.html https://web.apollon.nta.co.jp/jsps65/shoroku.html (その2) 頒布日 2022年4月15日 刊行物 第65回春季日本歯周病学会学術大会 抄録集
(71)【出願人】
【識別番号】503109640
【氏名又は名称】サンスター スイス エスエー
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】赤瀬 貴憲
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QQ03
4B063QQ06
4B063QR08
4B063QR55
4B063QR62
4B063QS25
4B063QS28
4B063QS32
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】歯周病のリスク(進行度合い)を簡便に推定可能な手法の提供。
【解決手段】口腔内細菌におけるFusobacterium nucleatum(フゾバクテリウム ヌクレアタム)存在割合とレッドコンプレックス菌存在割合とを測定するための試薬を備えたキットであって、
前記レッドコンプレックス菌が、Porphyromonas gingivalis(ポルフィロモナス ジンジバリス)、Tannerella forsythia(タンネレラ フォーサイシア)、及びTreponema denticola(トレポネーマ デンティコラ)である、
歯周炎のリスクを推定するためのキット。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
口腔内細菌におけるFusobacterium nucleatum(フゾバクテリウム ヌクレアタム)の存在割合とレッドコンプレックス菌存在割合とを測定するための試薬を備えたキットであって、
前記レッドコンプレックス菌が、Porphyromonas gingivalis(ポルフィロモナス ジンジバリス)、Tannerella forsythia(タンネレラ フォーサイシア)、及びTreponema denticola(トレポネーマ デンティコラ)である、
歯周炎のリスクを推定するためのキット。
【請求項2】
Fusobacterium nucleatum(フゾバクテリウム ヌクレアタム)特異的増幅のためのプライマーセット、レッドコンプレックス菌特異的増幅のためのプライマーセット、及び16SリボソームRNA特異的増幅のためのプライマーセット、を備えた、
前記レッドコンプレックス菌が、Porphyromonas gingivalis(ポルフィロモナス ジンジバリス)、Tannerella forsythia(タンネレラ フォーサイシア)、及びTreponema denticola(トレポネーマ デンティコラ)である、
歯周炎のリスクを推定するためのキット。
【請求項3】
口腔内細菌におけるFusobacterium nucleatum(フゾバクテリウム ヌクレアタム)存在割合が1%以上若しくは0.2%未満の人のためのキットであって、
口腔内細菌におけるレッドコンプレックス菌存在割合を測定するための試薬を備え、
前記レッドコンプレックス菌が、Porphyromonas gingivalis(ポルフィロモナス ジンジバリス)、Tannerella forsythia(タンネレラ フォーサイシア)、及びTreponema denticola(トレポネーマ デンティコラ)である、
歯周炎のリスクを推定するためのキット。
【請求項4】
口腔内細菌におけるFusobacterium nucleatum(フゾバクテリウム ヌクレアタム)存在割合が1%以上若しくは0.2%未満の人のためのキットであって、
レッドコンプレックス菌特異的増幅のためのプライマーセット、及び16SリボソームRNA特異的増幅のためのプライマーセット、を備えた、
前記レッドコンプレックス菌が、Porphyromonas gingivalis(ポルフィロモナス ジンジバリス)、Tannerella forsythia(タンネレラ フォーサイシア)、及びTreponema denticola(トレポネーマ デンティコラ)である、
歯周炎のリスクを推定するためのキット。
【請求項5】
BMIが25以上の人のための、請求項1~4のいずれかに記載のキット。
【請求項6】
歯周炎の進行度合いを推定するための、請求項1~4のいずれかに記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、歯周病のリスクを推定する方法、及び当該方法に用いるキット、等に関する。なお、本明細書に記載される全ての文献の内容は参照により本明細書に組み込まれる。
【背景技術】
【0002】
歯周病では、まず歯肉炎が起き、その後歯周炎へと進行する。歯肉に限局した炎症が歯肉炎であり、他の歯周組織に及ぶ炎症と組織破壊が生じている症状が歯周炎である。
【0003】
歯周病のリスク、予防、及び治療等については、これまでも多くの検討がなされてきている(例えば特許文献1)。しかし、特許文献1では、歯肉炎と歯周炎とを区別して進行リスクを検討してはいない。なお、歯肉炎の段階で歯周炎への進行リスクを測定できる手段の開発が試みられている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2017-023093号公報
【特許文献2】特開2021-009040号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】J Family Med Prim Care. 2019 Nov; 8(11): 3480-3486
【非特許文献2】Therapeutics and Clinical Risk Management 201713 307-314
【非特許文献3】Oral Diseases. 2020;26, 122-130
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
歯肉炎の段階であれば、歯周病菌を殺菌するなどすることで元の健康な状態へと回復することも可能である。歯周炎にまで進行した場合は、歯周炎とは異なる処置を行うことが好ましい場合も多い。このため、適切な処置を行うためには、歯周病に罹患しているのか、罹患しているとしても、そのステージが歯肉炎であるのか歯周炎であるのか、を推定若しくは確認することが求められる。そこで、本発明者らは、歯周病罹患の有無や、罹患者のステージ(歯肉炎か歯周炎か)、いうなれば歯周病のリスク、を簡便に推定可能な手法を開発すべく検討を行った。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、口腔内細菌におけるFusobacterium nucleatum(フゾバクテリウム ヌクレアタム:Fn菌)の存在割合と、レッドコンプレックス菌存在割合とを指標とすることで、歯周病の進行度合いの推定が簡便に行い得る可能性を見いだし、さらに検討を重ねた。なお、レッドコンプレックス菌とは、非特許文献1において提唱される概念であり、具体的にはPorphyromonas gingivalis(ポルフィロモナス ジンジバリス)、Tannerella forsythia(タンネレラ フォーサイシア)、及びTreponema denticola(トレポネーマ デンティコラ)をまとめた呼称である。本明細書においては、特に断らない限り、Fn菌とはFusobacterium nucleatum(フゾバクテリウム ヌクレアタム)を指し、また、レッドコンプレックス菌とは、Porphyromonas gingivalis(ポルフィロモナス ジンジバリス)、Tannerella forsythia(タンネレラ フォーサイシア)、及びTreponema denticola(トレポネーマ デンティコラ)を指す。
【0008】
なお、歯周病と口腔内細菌叢の関係については、例えば、プラーク(歯垢)が歯周病の原因になり得ることが知られている。プラーク(歯垢)は、口腔内細菌が凝集したバイオフィルムである。大まかに言えば、次のようにしてプラークは形成される。すなわち、まず歯の表面に「ペリクル」という唾液や生理的歯肉溝浸出液由来のタンパクの薄い膜が形成され、当該ペリクルを介して連鎖球菌などの通性嫌気性菌(初期付着菌)が歯面に付着する。この初期付着菌にさまざまな口腔細菌と共凝集するFusobacterium(フゾバクテリウム)等の媒介細菌が付着し、さらに当該媒介細菌を介して嫌気性菌であるPorphyromonas gingivalis(ポルフィロモナス・ジンジバリス)等の後期付着菌(特にレッドコンプレックス菌)が付着・凝集し、プラークは成熟する。特に、後期付着菌は歯周病の原因となり、歯周組織の破壊に直接的、間接的に関係することが知られている。
【0009】
本開示は例えば以下の項に記載の主題を包含する。
項1.
口腔内細菌におけるFusobacterium nucleatum(フゾバクテリウム ヌクレアタム)の存在割合とレッドコンプレックス菌存在割合とを測定するための試薬を備えたキットであって、
前記レッドコンプレックス菌が、Porphyromonas gingivalis(ポルフィロモナス ジンジバリス)、Tannerella forsythia(タンネレラ フォーサイシア)、及びTreponema denticola(トレポネーマ デンティコラ)である、
歯周炎のリスクを推定するためのキット。
項2.
Fusobacterium nucleatum(フゾバクテリウム ヌクレアタム)特異的増幅のためのプライマーセット、レッドコンプレックス菌特異的増幅のためのプライマーセット、及び16SリボソームRNA特異的増幅のためのプライマーセット、を備えた、
前記レッドコンプレックス菌が、Porphyromonas gingivalis(ポルフィロモナス ジンジバリス)、Tannerella forsythia(タンネレラ フォーサイシア)、及びTreponema denticola(トレポネーマ デンティコラ)である、
歯周炎のリスクを推定するためのキット。
項3.
口腔内細菌におけるFusobacterium nucleatum(フゾバクテリウム ヌクレアタム)存在割合が1%以上若しくは0.2%未満の人のためのキットであって、
口腔内細菌におけるレッドコンプレックス菌存在割合を測定するための試薬を備え、
前記レッドコンプレックス菌が、Porphyromonas gingivalis(ポルフィロモナス ジンジバリス)、Tannerella forsythia(タンネレラ フォーサイシア)、及びTreponema denticola(トレポネーマ デンティコラ)である、
歯周炎のリスクを推定するためのキット。
項4.
口腔内細菌におけるFusobacterium nucleatum(フゾバクテリウム ヌクレアタム)存在割合が1%以上若しくは0.2%未満の人のためのキットであって、
レッドコンプレックス菌特異的増幅のためのプライマーセット、及び16SリボソームRNA特異的増幅のためのプライマーセット、を備えた、
前記レッドコンプレックス菌が、Porphyromonas gingivalis(ポルフィロモナス ジンジバリス)、Tannerella forsythia(タンネレラ フォーサイシア)、及びTreponema denticola(トレポネーマ デンティコラ)である、
歯周炎のリスクを推定するためのキット。
項5.
BMIが25以上の人のための、項1~4のいずれかに記載のキット。
項6.
歯周炎の進行度合いを推定するための、項1~4のいずれかに記載のキット。
【発明の効果】
【0010】
歯周病罹患の有無や、罹患者のステージ(歯肉炎か歯周炎か)を簡便に推定可能な手法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本開示に包含される各実施形態について、さらに詳細に説明する。本開示は、歯周病のリスクを推定する方法、及び当該方法に用いるキット、等を好ましく包含するが、これらに限定されるわけではなく、本開示は本明細書に開示され当業者が認識できる全てを包含する。
【0012】
本発明に包含される歯周病リスク推定方法は、歯周病の進行度合いを推定する方法ということもできる。当該方法により、歯周病罹患の有無や、罹患者のステージ(歯肉炎か歯周炎か)を簡便に推定することができる。
【0013】
当該方法では、口腔内細菌におけるFn菌の存在割合及びレッドコンプレックス菌存在割合を解析することにより、歯周病進行度合いを推定することができる。当該方法を、本開示の方法ということがある。より具体的には、被験者の口腔内細菌におけるFn菌の存在割合が三段階(≧1%、0.2%~1%未満、又は<0.2%)のいずれに該当するか区分けし、さらに当該各段階においてレッドコンプレックス菌存在割合を三段階(≧1%、0.2%~1%未満、又は<0.2%)で区分けする(すなわち、合計9群に分類する)ことによって、歯周病の進行度合いを推定することができる。どの区に分けられたかで、歯周病の進行度合いをある程度正確に推定できる。
【0014】
当該方法による区分けによれば、具体的には以下の9区に分けられる。
(1A)Fn菌存在割合が≧1%、レッドコンプレックス菌存在割合が≧1%
(1B)Fn菌存在割合が≧1%、レッドコンプレックス菌存在割合が0.2%以上1%未満
(1C)Fn菌存在割合が≧1%、レッドコンプレックス菌存在割合が<0.2%
(2A)Fn菌存在割合が0.2%以上1%未満、レッドコンプレックス菌存在割合が≧1%
(2B)Fn菌存在割合が0.2%以上1%未満、レッドコンプレックス菌存在割合が0.2%以上1%未満
(2C)Fn菌存在割合が0.2%以上1%未満、レッドコンプレックス菌存在割合が<0.2%
(3A)Fn菌存在割合が<0.2%、レッドコンプレックス菌存在割合が≧1%
(3B)Fn菌存在割合が<0.2%、レッドコンプレックス菌存在割合が0.2%以上1%未満
(3C)Fn菌存在割合が<0.2%、レッドコンプレックス菌存在割合が<0.2%
この区分けにおいて、Fn菌存在割合が高い程、またレッドコンプレックス菌存在割合が高い程、歯周病の進行度合いが高いと推定することができる。最も歯周病進行度合いが高いのは(1A)であり、最も歯周病進行度合いが低いのは(3C)である。
【0015】
例えば、Fn菌存在割合による区分けに、レッドコンプレックス菌存在割合ではなくPorphyromonas gingivalis(ポルフィロモナス ジンジバリス)の存在割合による区分けを組み合わせても、本開示の方法ほどの正確な推定は難しく、Fn菌存在割合による区分けにレッドコンプレックス菌存在割合による区分けを組み合わせることが本開示の方法の特徴の一つと言うことができる。
【0016】
また、本開示の方法においては、上記フゾ菌存在割合による区分け及びレッドコンプレックス菌存在割合による区分けの組み合わせ(「基本区分け組み合わせ」ということがある)に、さらに別要因による区分けを組み合わせることもできる。このような別要因としては、BMI(Body Mass Index)、デンタルフロス使用有無、歯間ブラシ使用有無、食事を食べる速さ、等が挙げられる。
【0017】
BMIについては、25以上か25未満かで区分けして、これを基本区分け組み合わせに更に組み合わせることが好ましい。また、デンタルフロス使用有無や、歯間ブラシ使用有無についても、これらの有り無しで区分けして、これを基本区分け組み合わせに更に組み合わせることが好ましい。また、食事を食べる速さについては、自己申告により、速いかそうでない(遅い若しくは普通)かで区分けして、これを基本区分け組み合わせに更に組み合わせることが好ましい。
【0018】
本開示には、口腔内細菌におけるFn菌存在割合とレッドコンプレックス菌存在割合とを測定するためのキットも包含される。当該キットを、本開示のキットということがある。
【0019】
本開示のキットは、口腔内細菌におけるFn菌存在割合とレッドコンプレックス菌存在割合とを測定するための試薬を備える。これは、本開示のキットには、口腔内細菌におけるFn菌存在割合とレッドコンプレックス菌存在割合とを測定する際に必要となる少なくとも1種の試薬が備わっているという意味であり、特に断らない限り、当該キットに備えられた試薬のみで口腔内細菌におけるFn菌存在割合とレッドコンプレックス菌存在割合とを測定できるという意味ではない。但し、本開示のキットは、(α)Fn菌存在割合を測定する際に必要となる試薬を少なくとも1種、及び(β)レッドコンプレックス菌存在割合を測定する際に必要となる試薬を少なくとも1種、備える。(α)試薬と(β)試薬は同一試薬であっても異なる試薬であってもよい。
【0020】
(α)試薬としては、例えば、Fn菌特異的増幅のためのプライマーセット(「(α)プライマーセット」ということがある)が挙げられる。また、(β)試薬としては、例えば、レッドコンプレックス菌特異的増幅のためのプライマーセット(「(β)プライマーセット」ということがある)が挙げられる。なお、レッドコンプレックス菌特異的増幅のためのプライマーセットとは、Porphyromonas gingivalis(ポルフィロモナス ジンジバリス)、Tannerella forsythia(タンネレラ フォーサイシア)、及びTreponema denticola(トレポネーマ デンティコラ)のそれぞれを特異的に増幅可能な3組のプライマーセットのことである。また、これに加えて、本開示のキットは、16SリボソームRNA特異的増幅のためのプライマーセットを備えることが好ましい。当該プライマーセットの増幅産物量は、口腔内細菌における総細菌量の指標となる。例えば、このようなプライマーセットを用いて、口腔内細菌叢を反映するサンプル(例えば唾液)中の核酸に対してPCR(好ましくリアルタイムPCR)を行い、得られる16SリボソームRNA由来増幅産物量、Fn菌核酸由来増幅産物量、及びレッドコンプレックス菌核酸由来増幅産物量、から、口腔内細菌におけるFn菌存在割合とレッドコンプレックス菌存在割合とを算出することができる。
【0021】
本開示のキットは、Fn菌及びレッドコンプレックス菌の特異的なDNA断片が結合したチップを備えてもよい。当該チップに口腔内細菌叢を反映するサンプル(例えば唾液)中の核酸(DNA)を適用することにより、Fn菌及びレッドコンプレックス菌由来のゲノムが、チップのDNA断片と結合することで、フゾ菌及びレッドコンプレックス菌の量を測定することができる。当該チップは、(α)試薬と(β)試薬とが同一試薬である場合の一例であるといえる。なお、口腔内細菌の総菌数としては、例えば口腔内細菌カウンタにより測定することができる。このようなカウンタとしては、例えば NP-BCM01-A(パナソニック株式会社)が挙げられる。
【0022】
本開示はまた、口腔内細菌におけるFn菌存在割合が1%以上、0.2%以上1%未満、若しくは0.2%未満の人のためのキットであって、口腔内細菌におけるレッドコンプレックス菌存在割合を測定するための試薬を備えたキットも包含する。当該キットも、歯周炎のリスク(歯周炎の進行度合い)を推定するために好ましく用いることができる。これは、上記の通り、Fn菌存在割合及びレッドコンプレックス菌存在割合によって区分けすることにより、より正確に歯周炎のリスクを推定することができるようになるためである。なお、当該キットを、本開示のレッドコンプレックス菌用キットということがある。
【0023】
本開示のレッドコンプレックス菌用キットは、上記(β)試薬を備える。よって、例えば、(β)プライマーセットや、レッドコンプレックス菌の特異的なDNA断片が結合したチップを備えていてもよい。また、当該チップは、前記フゾ菌及びレッドコンプレックス菌の特異的なDNA断片が結合したチップであってもよい。またあるいは、レッドコンプレックス菌が産生する酵素BANA分解酵素を利用して、コンプレックス菌の量を測定することができる歯周病原因菌酵素活性測定試薬を備えることも好ましい。このような試薬としては、市販品を利用することもでき、例えばアドチェック(アドテック株式会社製)に備わる試薬の1部又は全部を利用することもできる。
【0024】
本開示のキットや、本開示のレッドコンプレックス菌用キットは、上述の区分けについての説明における別要因で先に区分けされた人のためにも、好ましく用いることができる。例えば、BMIが25以上若しくは25未満の人のために、これらのキットを好ましく用いることができる。
【0025】
なお、本明細書において「含む」とは、「本質的にからなる」と、「からなる」をも包含する(The term "comprising" includes "consisting essentially of” and "consisting of.")。また、本開示は、本明細書に説明した構成要件の任意の組み合わせを全て包含する。
【0026】
また、上述した本開示の各実施形態について説明した各種特性(性質、構造、機能等)は、本開示に包含される主題を特定するにあたり、どのように組み合わせられてもよい。すなわち、本開示には、本明細書に記載される組み合わせ可能な各特性のあらゆる組み合わせからなる主題が全て包含される。
【実施例0027】
以下、例を示して本開示の実施形態をより具体的に説明するが、本開示の実施形態は下記の例に限定されるものではない。なお、特に断らない限り、Fn菌とは、Fusobacterium nucleatum(フゾバクテリウム ヌクレアタム)のことである。また、レッドコンプレックス菌とは、Porphyromonas gingivalis(ポルフィロモナス ジンジバリス)、Tannerella forsythia(タンネレラ フォーサイシア)、及びTreponema denticola(トレポネーマ デンティコラ)をまとめた呼称である。
【0028】
各被験者(成人男性及び女性、合計611人)から唾液を採取し、次世代シークエンサーにより口腔内細菌叢を解析した。具体的には、各唾液中に存在する口腔内細菌由来のDNAをシークエンスして、各口腔内細菌の存在割合を解析した。
【0029】
被験者から回収した唾液検体から、QIAamp DNA Mini Kit(キアゲン)を用いて、DNAの抽出を行った。シークエンスライブラリーは16S rDNAのV3-V4領域をターゲットとして2つのステップのPCR法により増幅されたDNA溶液を用いた。まず第1ステップは、DNA溶液に含まれる細菌の16S rRNA遺伝子のV3~V4可変領域を増幅させた。具体的な方法は、下記のプライマーセットと2×KAPA HiFi HotStart Ready Mix (Kapa Biosystems)を用いて、PCR法により、核酸増幅反応を行った。反応液の組成は、下記に示した。増幅反応は、95℃で3分間加温させ、95℃-30秒、62.3℃-30秒、72℃-30秒を1サイクルとし、これを25回繰り返し、その後72℃-5分間加温させた。
【0030】
[プライマーセット]
フォワードプライマー:TCGTCGGCAGCGTCAGATGTGTATAAGAGACAGCCTACGGGNGGCWGCAG
リバースプライマー:GTCTCGTGGGCTCGGAGATGTGTATAAGAGACAGGACTACHVGGGTATCTAATCC
【0031】
[反応液の組成]
・DNA抽出された検体 10.5 μL
・16S V3 Forward primer 5μM 1.0 μL
・16S V4 Reverse primer 5μM 1.0 μL
・2×KAPA HiFi HotStart Ready Mix 12.5 μL
25.0 μL
【0032】
増幅された検体を、遊離プライマーとプライマーダイマーを取り除くために、マグネットビーズAMPureXP (ベックマンコールター)を用いて精製した。
【0033】
第2ステップとして、各検体を識別するために、各検体にデュアルインデックスおよびイルミナシークエンスアダプターを付加した。
【0034】
精製して得られたPCR産物25μLを鋳型として、第2プライマーセット(Nextera XT Index Kit)を用いてデュアルインデックスおよびイルミナシークエンスアダプターを付加した。具体的な方法は、Nextera XT インデックスプライマー(イルミナ社)と2×KAPA HiFi HotStart Ready Mix(Kapa Biosystems)を用いて、PCR法により、核酸増幅反応を行った。反応液の組成は、下記に示した。増幅反応は、95℃で3分間加温させ、95℃-30秒、55℃-30秒、72℃-30秒を1サイクルとし、これを8回繰り返し、その後72℃-5分間加温させた。
【0035】
[反応液の組成]
・第1ステップで得られた検体 5.0 μL
・Nextera XT Index Primer 1 5.0 μL
・Nextera XT Index Primer 2 5.0 μL
・2×KAPA HiFi HotStart Ready Mix 25.0 μL
50.0 μL
【0036】
増幅された検体を、遊離プライマーとプライマーダイマーを取り除くために、マグネットビーズAMPureXP (ベックマンコールター)を用いて精製した。精製後のPCR産物については、Quant-iT PicoGreen dsDNA Assay kit (Life Technologies社製)によりDNA濃度を測定した。それぞれの検体は、同じ濃度で希釈した後に、混合し、MiSeq v3 Reagent kit(イルミナ社)を用いて、MiSeqにてシークエンス解析を実施した。
【0037】
シークエンス解析によって得られたDNA配列は、QIIME(解析ソフト)を用いて、HOMD(Human Oral Microbial Database)データベースと97%以上相同性があった配列をピックアップして、相対的な細菌数として、検体毎に算出した。
【0038】
また、各被験者が歯科検診を受けて得られたCPI(Community Periodontal Index)を用いて、口腔細菌叢との関連性について解析を行った。
【0039】
なお、CPIは、歯周疾患の状態を示す指標として広く用いられており、歯と歯肉との間にできる隙間である歯周ポケットに、プローブ(探針)を差し込んで、歯肉出血・歯周ポケット・歯石の3指標により、コード0~4の5段階で評価される。
コード0:健全
コード1:出血
コード2:歯石沈着
コード3:浅い(4~5mm程度)歯周ポケット
コード4:深い(6mm以上)歯周ポケット
【0040】
口腔内細菌におけるFn菌存在割合(≧1%、0.2%~1%未満、又は<0.2%)及びレッドコンプレックス菌存在割合(≧1%、0.2%~1%未満、又は<0.2%)と、歯周病の状態(健康、歯肉炎、又は歯周炎)との関連性を解析した結果を、表1aを示す。また、レッドコンプレックス菌存在割合の代わりに、Porphyromonas gingivalis(ポルフィロモナス ジンジバリス)の存在割合を解析に使用した場合の結果を、表1bに示す。なお、以下の表において「0.2~1%」は特に断らない限り「0.2%以上1%未満」を示す。
【0041】
【表1a】
【0042】
【表1b】
【0043】
また、表1a及び表1bでは、解析結果を人数で示しているところ、割合(各群に振り分けられた人数を100%とした時の百分率)で示した結果を、表2a及び表2bに示す。
【0044】
【表2a】
【0045】
【表2b】
【0046】
これらの結果から明らかなように、まず口腔内細菌におけるFn菌存在割合を三段階(≧1%、0.2%~1%未満、又は<0.2%)で分類し、さらに、このそれぞれの段階において、レッドコンプレックス菌存在割合を三段階(≧1%、0.2%~1%未満、又は<0.2%)で分類すると、歯周病の状態(健康、歯肉炎、又は歯周炎)との関連性をよく表すことが分かった。つまり、Fn菌存在割合が高いほど、且つ、レッドコンプレックス菌割合が高いほど、歯周病の状態は悪くなる相関が得られた(表1a及び表2a)。一方で、レッドコンプレックス菌存在割合の代わりにPorphyromonas gingivalis(ポルフィロモナス ジンジバリス)の存在割合を解析に使用した場合には、前述したような相関は得られなかった(表2a及び表2b)。
【0047】
以上のことから、口腔内細菌におけるFn菌存在割合及びレッドコンプレックス菌存在割合を組み合わせて用いることで、被験者の歯周病リスクを推定することができると示唆された。
【0048】
またさらに、Fn菌存在割合の三段階(≧1%、0.2%~1%未満、又は<0.2%)のそれぞれの段階において、BMI(Body Mass Index)により更に分類(BMIが25以上又は25未満)して解析した。結果を表3a、3b、及び3cに示す。なお、表3a~3cについては、上側に人数での解析結果を、下側に当該結果を割合(各群に振り分けられた人数を100%とした時の百分率)で示した結果を、それぞれ示す。
【0049】
【表3a】
【0050】
【表3b】
【0051】
【表3c】
【0052】
Fn菌存在割合の三段階(≧1%、0.2%~1%未満、又は<0.2%)のそれぞれの段階において、BMI(Body Mass Index)により更に分類(BMIが25以上又は25未満)して解析することにより、さらに好ましく被験者の歯周病リスクを推定することができるケースが得られた。例えば、Fn菌存在割合が0.2%~1%未満、又は<0.2%であって、且つBMIが25未満である場合には、健康又は歯肉炎であることが多く、歯周炎まで進行している可能性は低いことが分かった。
【0053】
またさらに、同様にして、Fn菌存在割合の三段階(≧1%、0.2%~1%未満、又は<0.2%)のそれぞれの段階において、デンタルフロスの使用有無、歯間ブラシの使用有無、あるいは、食事を食べる速さ(自己申告)、により、さらに分類して解析した。結果を表4a~4c、5a~5c、及び6a~6cに、それぞれに示す。
【0054】
【表4a】
【0055】
【表4b】
【0056】
【表4c】
【0057】
【表5a】
【0058】
【表5b】
【0059】
【表5c】
【0060】
【表6a】
【0061】
【表6b】
【0062】
【表6c】
【0063】
またさらに、Fn菌存在割合の三段階(≧1%、0.2%~1%未満、又は<0.2%)のそれぞれの段階において、BMI(Body Mass Index)により更に分類(BMIが25以上又は25未満)し、これ加えて、食事を食べる速さ(自己申告)、により、さらに分類して、解析した。結果を表7a~7cに示す。
【0064】
【表7a】
【0065】
【表7b】
【0066】
【表7c】
【0067】
上記の解析においては、唾液中に存在する口腔内細菌由来のDNAを次世代シークエンサーによりシークエンスして、各口腔内細菌の存在割合を解析したが、他の方法によっても唾液中に存在する各細菌の存在割合を解析することができる。
【0068】
フゾ菌及びレッドコンプレックス菌の量については、例えば、リアルタイムPCR法や、チェッカーボードDNA-DNAハイブリダイゼーション法を用いることができる。
【0069】
より具体的には、次のようにして、唾液中に存在する各細菌の存在割合を解析することができる。
【0070】
Real-time PCR法
Real-time PCR法の検出には、SYBR Green I(Applied Biosystems, Foster city, CA, USA)によるインターカレーター法を採用する。1ウェルごとに反応液は、2×Power SYBR Green PCR Master Mix (Applied Biosystems) を使用し、50℃2分、95℃10分の後、40サイクル(95℃15秒、60℃1分)の増幅反応を行う。
【0071】
【表8】
【0072】
なお、上記プライマーセットを用いて各種菌をリアルタイムPCRで解析可能であることは、既に報告されている(例えば上記非特許文献2「Therapeutics and Clinical Risk Management 201713 307-314」、非特許文献3「Oral Diseases. 2020;26, 122-130」等を参照)。
【0073】
Checkerboard DNA-DNA hybridization法
Fn菌及びレッドコンプレックス菌の特異的なDNA断片が結合したチップに、唾液検体200μLからQIAamp DNA Mini Kit(キアゲン)を用いてDNA抽出したサンプルを流し込み、サンプル中のFn菌及びレッドコンプレックス菌由来のゲノムが、チップのDNA断片と結合することで、フゾ菌及びレッドコンプレックス菌の量を測定する。
【0074】
酵素反応法
総菌数については、口腔内細菌カウンタ NP-BCM01-A(パナソニック株式会社)により測定することができる。
【0075】
また、歯周病原因菌酵素活性測定キットであるアドチェック(アドテック株式会社)などにより、レッドコンプレックス菌が産生する酵素BANA分解酵素を利用して、コンプレックス菌の量を測定することができる。総菌数との結果により、レッドコンプレックス菌の割合を算出することができる。
【配列表】
2023177624000001.app