(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023177839
(43)【公開日】2023-12-14
(54)【発明の名称】鉄製の調理器具
(51)【国際特許分類】
C23C 8/26 20060101AFI20231207BHJP
C23C 8/02 20060101ALI20231207BHJP
A47J 27/00 20060101ALI20231207BHJP
A47J 37/12 20060101ALN20231207BHJP
【FI】
C23C8/26
C23C8/02
A47J27/00 101B
A47J37/12 301
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022090746
(22)【出願日】2022-06-03
(71)【出願人】
【識別番号】392017325
【氏名又は名称】株式会社極東窒化研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100099357
【弁理士】
【氏名又は名称】日高 一樹
(74)【代理人】
【識別番号】100105418
【弁理士】
【氏名又は名称】平野 聖
(72)【発明者】
【氏名】武田 康秀
【テーマコード(参考)】
4B055
4B059
4K028
【Fターム(参考)】
4B055AA50
4B055BA15
4B055CA02
4B055CB30
4B055FA02
4B055FB04
4B059AA02
4B059BB01
4B059CA12
4K028AA02
(57)【要約】
【課題】窒化処理により耐久性に優れながら、食材の焦げ付きを効果的に防止できる鉄製の調理器具を提供する。
【解決手段】鉄製の調理器具1の調理面2には、表面加工処理による凹凸面部3が形成され、かつ凹凸面部3が形成された調理面2に窒化処理による窒化層4が形成されている。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄製の調理器具の調理面には、表面加工処理による凹凸面部が形成され、かつ前記凹凸面部が形成された前記調理面に窒化処理による窒化層が形成されていることを特徴とする鉄製の調理器具。
【請求項2】
前記窒化層の表層には、レーザーマーキング処理により、前記調理面の表面より低位の凹条部と、該凹条部の幅方向両縁にて隆起した前記調理面の表面より高位の凸条部とを有する溝部が形成されていることを特徴とする請求項1に記載の鉄製の調理器具。
【請求項3】
前記溝部は、前記調理面に渡るハニカム形状のパターンを成すことを特徴とする請求項2に記載の鉄製の調理器具。
【請求項4】
前記溝部は、その溝幅が50μm以下であることを特徴とする請求項2に記載の鉄製の調理器具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、窒化処理により調理面の強度が高められた鉄製の調理器具に関する。
【背景技術】
【0002】
例えばフライパンに代表される鉄製の調理器具には、調理中の焦げ付きを防止するために、調理面に窒化処理を施したものがある(例えば、特許文献1参照)。窒化処理では、アンモニアガスなどに晒すことで鉄製の調理面に窒素を浸透させ、化学変化により調理面が化合されて表層が硬化される。これにより、調理面の耐磨耗性、耐疲労性、耐腐食性、耐熱性が向上されるとともに、化学変化により調理面の表層には多孔質の窒素拡散層が形成され、食材側の油分が保持され、油馴染みがよく食材のこびりつきを効果的に防止できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2013-70751号公報(第3頁、第3図)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1の調理器具は、窒化処理に加えてブラスト処理等の表面加工処理が行われ、凹凸面が形成されている。これは、窒化処理による窒素拡散層のみならず、微細な凹凸面でも食材側の油分を保持するための加工処理だが、特許文献1の調理器具は、窒化処理の後にブラスト処理等の表面加工処理が行われるため、先に形成された窒素拡散層がブラスト処理により潰れ、食材側の油分を保持しにくくなる虞があり、食材の焦げ付きを効果的に防止できない可能性があった。
【0005】
本発明は、このような問題点に着目してなされたもので、窒化処理により耐久性に優れながら、食材の焦げ付きを効果的に防止できる鉄製の調理器具を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決するために、本発明の鉄製の調理器具は、
鉄製の調理器具の調理面には、表面加工処理による凹凸面部が形成され、かつ前記凹凸面部が形成された前記調理面に窒化処理による窒化層が形成されていることを特徴としている。
この特徴によれば、微細な凹凸面部が形成された状態の鉄製の調理器具の調理面に対して、更に窒化処理により窒化層が形成されるため、凹凸面部の表面側に窒化層が形成され、凹凸面部自体と、その表面側に形成された多孔質の化合物層に食材側の油分を十分に保持することができる、つまり油馴染みがよく食材の焦げ付きを効果的に防止できる。また、表面加工処理で凹凸面部が形成されたことで、鉄製の調理器具本体の調理面の表面積が増え、アンモニアガスなどによる窒化処理の効率が高く、確実に広範囲に窒素拡散層が形成されている。
【0007】
前記窒化層の表層には、レーザーマーキング処理により、前記調理面の表面より低位の凹条部と、該凹条部の幅方向両縁にて隆起した前記調理面の表面より高位の凸条部とを有する溝部が形成されていることを特徴としている。
この特徴によれば、溝部の凹条部に油が保持され焦げ付きを防止するとともに、調理面の表面より高位の凸条部により食材との接触面積が小さくなり、調理中の食材がはがれやすい。
【0008】
前記溝部は、前記調理面に渡るハニカム形状のパターンを成すことを特徴としている。
この特徴によれば、調理面全体における焦げ付きを防止できるとともに、調理面に形成された凹凸面部と窒化層はハニカム形状の各セルに囲われた部分において区画されて油の移動が抑制されるため、焦げ付きを防止する効果を維持できる。
【0009】
前記溝部は、その溝幅が50μm以下であることを特徴としている。
この特徴によれば、溝部の溝幅が50μm以下であるため油が過剰に保持されることがないばかりか、凹条部に食材が張り付きにくい。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明に係る実施例としての鉄製の調理器具を示す斜視図である。
【
図2】凹凸面部が形成された調理面を示す断面図である。
【
図3】窒化層が形成された調理面を示す断面画像である。
【
図4】窒化層が形成された調理面を示す表面画像である。
【
図5】レーザーマーキングにより形成される溝部のパターンを示す表面のイメージ図ある。
【
図6】レーザーマーキングにより形成される溝部の表面画像である。
【
図7】(a)は事前に表面加工処理を行わなかった状態で窒化処理を行った際の調理面の断面を撮影した画像であり、(b)は基材の調理面に窒化処理を施した後に表面加工処理を施した場合の調理面を示す表面画像である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明に係る鉄製の調理器具を実施するための形態を
図1から
図7を参照して以下に説明する。
【実施例0012】
調理器具は、その調理面に、加工処理工程、窒化処理工程、酸化処理工程、をそれぞれ施した表面処理が行われ、調理時の食材のこびりつきを防ぐようにしたものである。
【0013】
本実施例における調理器具1(鉄製の調理器具)はフライパン形状であり、表面処理対象となる調理面を構成する金属材は、本実施例では鉄(Fe)を主成分とした鋼板で構成されている。ここでは、いわゆるSPCC材である鋼板を基材とし、この基材がスピニング加工等により形状変形されることで、フライパンの形状に形成されている(
図1参照)。
【0014】
次に、本発明に係る調理器具の表面処理方法について説明する。
基材の調理面2には、まず表面加工処理が施される。本実施例において表面加工処理はブラスト処理であり、使用される投射材であるメディアは、スチールビーズであれば粒径としてΦ0.5mm以下が好ましく、ジルコンビーズであれば粒径としてΦ1.5mm以下が好ましく、本実施例では、スチールビーズΦ0.5mmを投射したのちジルコンビーズΦ0.6mmを投射した。
【0015】
この表面加工処理により、基材の調理面2にランダムに微細な凹凸面部が形成される。
図2に示されるように、この表面加工処理による凹部3bと、残った部分であり凹部3bに対して相対的に凸となる凸部3aとで凹凸面部3が形成される。凹凸面部3は、その厚み方向の凸部の最上端から凹部の最下端までの領域を指す。
【0016】
次いで、凹凸面部3が形成された基材に対して窒化処理を施す。本実施例における窒化処理は、窒化物形成元素を含む鋼材で形成された基材を、アンモニアを含んだ雰囲気中に暴露し、所定の温度域で加熱するガス窒化処理である。
【0017】
この窒化処理により、基材の調理面2の表層側に窒化層4が形成される(
図3参照)。窒化層4は大きく分けて化合物層4aと硬化層4bとを備える。詳しくは、調理面2の表層を成す凹凸面部3に窒素が浸透され、最表層にはおよそ20μmの化合物層4aが形成され、この化合物層4aの下方にはおよそ0.2mmの硬化層4bが形成される。
【0018】
図3は、窒化処理後の調理面2の断面を撮影した画像であり、これに示されるように、化合物層4aは多孔質構造であり、かつ凹凸面部3の表面付近では外部に開放されるポーラスを形成し、これらポーラスは化合物層4aの深部まで連続している。
【0019】
また、窒化処理後の調理面2の物的特性として、耐磨耗性に優れ、かつ窒化物を形成することで表面付近に圧縮残留応力が発生するため優れた疲労強度を有する。また、化合物層が形成されることで赤錆の発生を抑制することができる。
【0020】
図4の窒化処理後の調理面2の表面を撮影した画像からも分かるように、表面全体にポーラスが万遍なく点在した状態(ポーラス面5)となる。
【0021】
次いで、窒化処理後の調理面2には、レーザーマーキング処理を行う。レーザーマーキング処理は、基材の調理面2にレーザーを照射することで、表層の照射された部分を溶融させて規則性のある模様を形成するものであり、本実施例では、
図5に示されるように、線状の溝部6がハニカム形状のパターンを成すように複数平行に並べて形成されている。
【0022】
図6は、レーザーマーキング処理のみを行った場合の基材の表面を撮影した画像であり、これに示されるように、溝部6は、溶融により掘り込まれた調理面2の表面より低位の凹条部6aと、凹条部6aの幅方向両縁にて隆起した調理面の表面より高位の凸条部6bとを有している。凹条部6aは、調理面2の表面(凹凸面部3の表面であり、窒化層4の化合物層4aの表面)から1μm以下の深さで形成され、凸条部6bの内側同士の間、すなわち溝幅は50μm以下である。
【0023】
上記したように、本発明の調理器具1は、基材の調理面2に微細な凹凸を形成する表面加工処理を施した後に窒化処理を施すものである。これによれば、表面加工処理により形成された凹凸面部3は加工前の調理面2と比較して、窒化処理の際にアンモニアを含んだ雰囲気に晒される表面積が増えるため、効果的に窒化層4を形成することができる。
【0024】
図7(a)は、事前に表面加工処理を行わなかった状態で窒化処理を行った際の調理面20の断面を撮影した画像であり、これと比較して、
図3に示される表面加工処理を施した後に窒化処理を施す本実施例では、化合物層4aと硬化層4bの厚みが増え、かつ化合物層4aにおけるポーラス面5(
図4参照)及び内部の細孔の発生量が増えるという結果が得られた。
【0025】
次いで、それぞれの処理による焦げ付きに対する効果を説明する。まず、表面加工処理で微細な凹凸を有する凹凸面部3が形成されることで、調理する食材側の油を面状に保持しやすく、かつ食材側との接触面積が小さくなるため、食材の焦げつきを防止する効果を奏する。
【0026】
窒化処理では、形成された化合物層4aの最表層に形成されたポーラス面5と、このポーラス面5を通じて広く化合物層4aの深部まで食材側の油が浸透し、油を保持することができる。つまり、調理面の油なじみがよく、食材の焦げつきを防止する効果を奏する。
【0027】
レーザーマーキング処理では、形成された溝部6の凹条部6aと、その幅方向両縁部の凸条部6bとが、表面加工処理による凹凸面部3よりも高低差の大きい凹凸を成すため、食材との接触面積を小さくすることができる。また、線状の溝部6は並んでハニカム形状のパターンを構成しているため、調理面において均一な熱を食材に伝えることができる。
【0028】
また、溝部6は凹条部6aの幅方向両縁にて隆起し、調理面2の表面(ここでは凹凸面部3の最表層)より高位の凸条部6bを有しているため、食材がはがれやすい。
【0029】
図7(b)は、基材の調理面に表面加工処理を施した後に窒化処理を施す本実施例における加工処理との比較のために用意したもので、基材の調理面に窒化処理を施した後にブラスト処理である表面加工処理を施した調理面の表面を撮影した画像である。
【0030】
本実施例における加工処理を行った
図4と
図7(b)とを比較してわかるように、
図7(b)のように、基材の調理面に窒化処理を施した後に表面加工処理を施した場合には、表面加工処理によるメディアの衝突により、窒化処理によって形成された化合物層のポーラス50の開口部が潰れ、開口面積が小さくなってしまう。そのため、調理する食材側の油を十分に保持できなくなり、窒化処理による焦げ付きにくさの効果を阻害してしまう虞がある。
【0031】
また、線状の溝部6の凹条部6aには、食材側の油が保持されるとともに、毛細管現象で長手方向に油が拡散される。なお、溝部6の凹条部6aの内側の幅寸法は50μm以下であるため、油が過剰に保持されることはなく、また凹条部6aまで食材が入り込みにくく、食材が調理面から剥がれやすい効果を維持できる。
【0032】
また、調理面2に形成された凹凸面部3と窒化層4は溝部6を構成するハニカム形状の各セル60(
図5参照)により区画されて、セル間での油の移動が抑制されるため、各セルに囲われた部分における焦げ付きを防止する効果をそれぞれ維持することができる。
【0033】
以上、本発明の実施例を図面により説明してきたが、具体的な構成はこれら実施例に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における変更や追加があっても本発明に含まれる。
【0034】
例えば、表面加工処理はブラスト処理のようなショットピーニングに限らず、エッチングや研磨によって微細な凹凸面部を形成する構成であってもよい。
【0035】
また、窒化処理は、アンモニアを用いたガス窒化に限らず、例えばガス軟窒化、塩浴窒化、イオン窒化などであってもよい。
【0036】
また、レーザーマーキング処理により溝部で構成されるパターンはハニカム構造に限らず、例えばダイヤパターンなどであってもよい。