(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023177962
(43)【公開日】2023-12-14
(54)【発明の名称】手術用縫合具
(51)【国際特許分類】
A61B 17/06 20060101AFI20231207BHJP
【FI】
A61B17/06 510
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022090945
(22)【出願日】2022-06-03
(71)【出願人】
【識別番号】593041066
【氏名又は名称】株式会社三鈴
(71)【出願人】
【識別番号】300021013
【氏名又は名称】オルバヘルスケアホールディングス株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】391037799
【氏名又は名称】株式会社ゴーシュー
(74)【代理人】
【識別番号】100177264
【弁理士】
【氏名又は名称】柳野 嘉秀
(74)【代理人】
【識別番号】100074561
【弁理士】
【氏名又は名称】柳野 隆生
(74)【代理人】
【識別番号】100124925
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 則夫
(74)【代理人】
【識別番号】100141874
【弁理士】
【氏名又は名称】関口 久由
(74)【代理人】
【識別番号】100163577
【弁理士】
【氏名又は名称】中川 正人
(72)【発明者】
【氏名】森安 健
(72)【発明者】
【氏名】本田 佳範
(72)【発明者】
【氏名】樋口 高志
(72)【発明者】
【氏名】山本 晋平
(72)【発明者】
【氏名】宮田 利信
【テーマコード(参考)】
4C160
【Fターム(参考)】
4C160BB18
(57)【要約】
【課題】手術針と縫合糸の手術中における予期しない分離が従来より抑制され、かつ、手術針により形成された穿通孔から体液の漏出が従来より抑制された手術用縫合具を提供すること。
【解決手段】金属製の針部と金属製の縫合糸部とが継目なく一体に形成されており、前記針部の最大幅が前記縫合糸部の最大幅以下である、手術用縫合具。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属製の針部と金属製の縫合糸部とが継目なく一体に形成されており、前記針部の最大幅が前記縫合糸部の最大幅以下である、手術用縫合具。
【請求項2】
前記針部の引張強度が前記縫合糸部の引張強度以上であり、前記縫合糸部の引張強度が100MPa以上である、請求項1記載の手術用縫合具。
【請求項3】
前記縫合糸部の最大幅が0.001~1.299mmである、請求項1又は2に記載の手術用縫合具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、手術用縫合具に関し、特に、針部と縫合糸部とを有する手術用縫合具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、この種の手術用縫合具は、手術針と縫合糸とを有しており、一般に手術針と縫合糸はそれぞれ別個の部材が物理的手段等により固定されている。例えば、手術針を金属製とし、縫合糸を樹脂製とし、手術針の尖端とは反対側の端部(根元部)に縫合糸の一方端部をかしめること等で手術針に縫合糸が物理的に固定されている手術用縫合具が知られている。
【0003】
例えば、特許文献1には、手術針の根元部の元端面に形成された止まり穴に縫合糸の端部を挿入した後、元端部をかしめることで結合して完成するアイレス針が記載されている。このアイレス針は、止まり穴の周縁の径を安定した状態で大きくでき、止まり穴の周縁から内部にかけての面取面を滑らかな面とすることができ、その結果、止まり穴に縫合糸を挿入する作業を確実に且つ容易に行うことができるとされている。
【0004】
また、特許文献2には、(i)2つの端部を有する本体と、本体において2つの端部間に配置される縫合糸連結位置とを有する外科用縫合針、(ii)縫合糸、及び、(iii)前記連結部分の第一の端部が縫合糸連結位置にて針と連結され、反対側にある連結部分の第二の端部が縫合糸と連結される連結部分を含む針-縫合糸の組み合わせが記載されている。この針-縫合糸の組み合わせの実施形態では、連結部分と、外科用縫合針及び縫合糸との連結は、クランピング、グルーイング、メルティング、ウェルディング等により行うことができること、また、外科用縫合針の最大針直径は0.1~0.6mm、縫合糸の直径は0.01~0.6mmであることが例示され、連結部分の直径は縫合糸より小さいことが記載されている。また、具体例として、外科用縫合針の直径が0.3mm、連結部分の直径が0.05mm、縫合糸の直径が0.15mmの針-縫合糸の組み合わせが記載されている。そして、以上のような構成等を有することで、針と連結部分とを組み合わせた最大断面積、すなわち、組織開口部を通って引っ張られる最大断面積は、縫合糸と針とを組み合わせた断面積よりも小さくなり、組織開口部を介した出血を予防又は低下させるのに有利な効果を有するとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第5253045号公報
【特許文献2】特許第6691104号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
例えば特許文献1に記載のようなアイレス針を用いて物理的に手術針と縫合糸を固定する縫合具の場合、両者は通常は強固に固定されているものの、縫合作業中に手術針と縫合糸とが分離する場合がある。また、特許文献2に記載のように、連結部分と、外科用縫合針及び縫合糸との連結を前述の各種の方法で行う場合も同様に分離する場合がある。このような分離が生ずると、予定外の作業が必要になるため、手術時間が長くなり、その結果、患者の負担が増すことになる。加えて、このような分離は通常不意に発生するため、術者に予定外の作業を強いることになり、術者への負担も増すことになる。
【0007】
また、特許文献1に記載のようにかしめ等の物理的手段により、手術針と縫合糸を固定すると、手術針の根元部の太さが、縫合糸の太さより大きくなる。その結果、手術針で穿通することにより生じた穿通孔の大きさが、縫合糸の太さより大きくなり、穿通孔(組織開口部)と縫合糸との間に隙間が生じることになる。また、特許文献2に記載の発明では、針と連結部分とを組み合わせた最大断面積は、縫合糸と針とを組み合わせた断面積よりも小さくなるが、外科用縫合針のみの断面積より大きくなり、縫合糸との間に隙間が生じることになる。例えば、髄膜のような非常に薄い膜の縫合では、針と糸の太さの違いの影響が大きく、隙間が生じやすい傾向にある。そして、その隙間から体液が滲出した場合、縫合作業中に体液を拭き取ったり、組織接着剤を塗布して隙間を可能な限り封止したりする必要がある。この結果、縫合作業に時間を要し、患者及び術者への負担がかかることになる。また、良好な縫合と判断した場合でも、縫合部から徐々に体液が滲出する場合があるため、体液を体外へ排出するドレナージチューブを一定期間留置する場合があり、術後管理が必要となり、患者の感染症への対策が必要になる。
【0008】
そこで、本発明の目的は、手術針と縫合糸の手術中における予期しない分離が従来より抑制され、かつ、手術針により形成された穿通孔から体液の漏出が従来より抑制された手術用縫合具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、前述の課題解決のために、鋭意検討を行った。その結果、手術針と縫合糸とを継目なく一体に形成するとともに、手術針となる部分の最大幅を縫合糸となる部分の最大幅以下とすることで、前述の課題が解決可能であることを見出した。本発明の要旨は以下のとおりである。
【0010】
(1)金属製の針部と金属製の縫合糸部とが継目なく一体に形成されており、前記針部の最大幅が前記縫合糸部の最大幅以下である、手術用縫合具。
(2)前記針部の引張強度が前記縫合糸部の引張強度以上であり、前記縫合糸部の引張強度が100MPa以上である、項(1)記載の手術用縫合具。
(3)前記縫合糸部の最大幅が0.001~1.299mmである、項(1)又は(2)に記載の手術用縫合具。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、手術針と縫合糸の手術中における予期しない分離が従来より抑制され、かつ、手術針により形成された穿通孔から体液の漏出が従来より抑制された手術用縫合具を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の実施形態に係る手術用縫合具は、金属製の針部と金属製の縫合糸部とが継目なく一体に形成されている。また、前記針部の最大幅が前記縫合糸部の最大幅以下である。
【0013】
このように金属製の針部と縫合糸部が継目なく一体に形成されていることで、両部の分離を従来よりも低減することができ、また、針部の太さが縫合糸部の太さ以下となっており、縫合糸部の太さが針部により形成される穿通孔の大きさ以上であるため、穿通孔と縫合糸部との間の隙間の発生が抑制され、体液の滲出を従来よりも抑制することが可能になる。ここで、「継目なく」とは、外観上つなぎあわせた部分がないことを意味し、「一体」とは、全体が一つのものになっていること、或いは、一つにまとまっていて、分離できないものを意味する。
【0014】
針部及び縫合糸部は、金属製である。金属の種類は特に限定はなく、例えば、ピアノ線等の鋼、ステンレス鋼、タングステンとその合金、マグネシウムとその合金、チタンとその合金、コバルトとその合金、プラチナとその合金などが挙げられる。これらは1種でも良し、2種以上組み合わせたものであってもよい。針部と縫合糸部の金属材料の種類は、継目なく一体に形成可能であれば、同一でも異なってもよいが、針部と縫合糸部の継目のない形成の観点、引張強度の観点等から、同一であるのが好ましい。また、同様の理由で、金属の種類は1種であるのが好ましい。
【0015】
針部と糸部の引張強度は、それぞれの機能に応じた引張強度を有すればよいが、針部の引張強度が縫合糸部の引張強度以上であるのが好ましく、具体的な引張強度としては、例えば、縫合糸部の引張強度が100MPa以上であるのが好ましい。針部は、縫合糸部の引張強度以上のものを選択すればよい。引張強度は使用する金属材料の種類によって調整することができる。例えば、ステンレス鋼では610~2200MPa、タングステンでは2000~3000MPaとすることができる。引張強度は、例えば、JIS Z 2241金属材料引張試験方法に準拠して測定可能である。
【0016】
針部と縫合糸部は継目なく一体に形成されているが、針部と縫合糸部の隣接部分における引張強度の極端な変化が生じることを抑制する観点から、縫合糸部のうち、針部と隣接する部分には、遷移部分が形成されているのが好ましい。即ち、縫合糸部は、遷移部分と、遷移部分に隣接し、針部とは反対側の方向に延びる本体部分とを有するのが好ましい。そして、遷移部分は、針部と本体部分との間の引張強度又は硬さ(引張強度等)を有するのが好ましく、針部に隣接する部分から本体部分に隣接する部分に向かって、針部の引張強度等から本体部分の引張強度等になるように徐々に小さくなっていくのがより好ましい。ここで硬さとは、例えば、マイクロビッカース硬さ試験機により測定される値を採用することができる。尚、このような遷移部分は後述する方法で設けることが可能である。
【0017】
針部の全体形状は、一般的な手術針の全体形状等を採用可能であり、例えば、直線形状、1/4円、1/2円、3/8円、4/5円等の湾曲形状等を含む形状が挙げられる。湾曲形状を含む形状では、縫合糸部に連続する部分に例えば直線形状等が含まれていてもよい。また、直線形状の場合は、先端側に向かって細くなるテーパー部分のみで針部が形成されていてもよいし、幅が一定の直線部分(非テーパー部分)とテーパー部分とを含むように構成されていてもよい。針部の断面形状も、一般的な手術針の断面形状等を採用可能であり、例えば、多角形、円形等が挙げられる。
【0018】
縫合糸部は、単線でも良いし、撚線でもよいし、編糸でもよいが、針部と縫合糸部をつなぎ目なく一体に形成する観点、引張強度の観点等から、単線が好ましい。縫合糸部の断面形状は、特に限定はなく、例えば、円形、卵形、楕円、半楕円、鍵形、矩形、三日月、方形、凸リボン、凹リボン、星形、不変等辺形及び八角形、並びに、円弧及び楕円弧から選択される少なくとも一種以上が2つ以上連続する輪郭線を有する形状等が挙げられる。尚、円弧及び楕円弧から選択される少なくとも一種以上が2つ以上連続する輪郭線を有する形状は、撚線の場合の断面の輪郭線を示したものである。
【0019】
縫合糸部の最大幅は、医療用の縫合糸として一般的な直径と同じ大きさを有することができ、0.001~1.299mmが好ましい。また、適用箇所に応じて、最大幅を適宜決定することができる。例えば、頭蓋や脊髄の外科手術において髄膜を縫合する場合は、髄液の滲出を抑制する観点から、最大幅は0.001~0.199mmが好ましい。薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)の基準、平成11年3月3日厚生省告示医薬発第393号(以下、「薬機法基準」と称する場合がある。)に示される号数では、12-0に対応する縫合糸の最小直径の大きさが0.001mmで、同号数の10に対応する縫合糸の最大直径の大きさが1.299mmであるから、同号数の10から12-0の縫合糸を採用可能である。また、同号数の4-0に対応する縫合糸の最大直径の大きさが0.199mmであるから、髄膜を縫合する場合は、同号数では4-0から12-0の縫合糸が好ましい範囲である。尚、針部の最大幅は、縫合糸部の最大幅以下であるから、縫合糸部の最大幅に応じて決定することができる。
【0020】
前述の手術用縫合具は、例えば、以下のようにして製造することができる。
先ず、例えば、所定の最大幅の金属材料の原料線材を準備する。原料線材は、好ましくは1本の原料線材、より好ましくは1本の単線の原料線材である。そして、連続伸線加工によって、原料線材の最大幅を縮小させて、所望の最大幅を有する線材Aを作製する。線材Aの断面形状は、伸線ダイスによる絞り加工や圧延加工による成形加工により所望の形状にすることができる。連続伸線加工により塑性加工を施した線材Aは、所望の引張強度を有する。また、引張強度は熱加工により調整することが可能である。熱処理を施すことで、金属組織の結晶粒を粗大化して引張強度を低下させることができる。連続伸線加工及び熱処理の条件は、原料線材の材料の種類、原料線材の最大幅、線材Aの最大幅などを考慮して適宜決定することができる。
【0021】
次いで、熱処理装置を用いて、線材Aの長さ方向の所定範囲に対して熱処理を施す。熱処理を施して加熱された部分が縫合糸部となり、加熱されていない部分が針部となる。ここで、熱処理装置により直接加熱されていない部分のうち、直接加熱されている部分と隣接する部分も、輻射熱等によりある程度加熱されることになる。そして、熱処理装置から遠ざかるについて加熱温度が低下することになる。その結果、直接加熱される部分から熱処理装置に対して遠ざかる方向に向かう所定の範囲には、金属組織の結晶粒の粗大化がある程度進んだ部分とあまり進んでいない部分が、負荷された温度に応じて形成される。この部分が前述の遷移部分となる。また、直接加熱された部分が前述の本体部分となる。熱処理装置は、特に限定はなく、走間熱処理炉(パイプ焼鈍炉)、直接通電加熱装置等が挙げられる。熱処理方法は、バッチ式でも良いし、直接通電加熱装置を用いた電流焼鈍等の連続式でもよい。遷移部分の長さは、熱処理装置や熱処理方法に応じて、直接加熱されていない部分の冷却の程度、加熱時間、熱処理装置からの取出速度等により調整することができる。
【0022】
以上のようにして、連続伸線加工及び熱処理の諸条件を調整することで、所望の引張強度を有する針部と縫合糸部になり得る部分を備えた線材Aを形成することができる。尚、原料線材が長尺の連続線材の場合は、必要に応じて、熱処理後に所望の長さに裁断することができる。
【0023】
その後、線材Aのうち熱処理において加熱されていない部分(非加熱部分)の先端部分に対して針先を形成する。原料線材が単線の場合、例えば特許文献1に記載の方法等で針先を形成することができる。まず、針部となる非加熱部分の先端部分に対して、研削、研磨などの従来技術の方法で、概ね先端側に向かって細くなるように研削する。その後、電解研磨、化学研磨等を行うことで、先端側に向かって徐々に細くなり、鋭く尖った尖端を有するテーパー部分を形成することができる。テーパー部分の断面形状は、加工条件を適宜選択することで、多角形、円形等、従来の形状を付与することができる。針部の全体形状に湾曲形状が含まれる場合は、金型を用いたプレス加工、曲げ加工等により形成することができる。また、テーパー部分のテーパー角、長さ等も加工条件を適宜選択することで調整することができる。テーパー部分を形成していない幅が一定の非テーパー部分を縫合糸部に近接する部分に設けることもできる。
【0024】
前述のようにして非加熱部分に尖端を有するテーパー部分を形成することで、所定の縫合糸部と針部とが継目なく一体に形成されている手術用縫合糸が得られる。この手術用縫合糸は、針部と縫合糸部との分離が抑制されるとともに、針部の最大幅が縫合糸部の最大幅以下でもあることで、穿通孔からの体液の滲出が抑制される。また、従来の手術用縫合糸を用いると手術針による穿通孔が縫合糸より大きくなる結果、強く縫合しようとすると、穿通孔の側壁の一部分に縫合糸の締め付けによる応力が集中し、組織を切断して穿通孔が拡大し、体液漏れが悪化する可能性が高い。しかし、前述の手術用縫合具では、縫合糸部の太さが穿通孔と同等であるため、応力の集中が抑制されるため、従来の手術用縫合糸の場合より組織の切断とそれによる体液漏れの悪化を抑制できると考えられる。
【実施例0025】
以下、実施例に基づき、本発明の手術用縫合糸の実施形態についてより詳細に説明する。
【0026】
(実施例1)
材質がステンレス鋼(SUS304W1)で、直径0.4mmの単線である原料線材を準備して、連続伸線加工によって、直径0.05mm(薬機法基準の号数では7-0に対応する)の線材を作製した。得られた線材の引張強度は、株式会社東洋精機製作所製、引張試験機 VE905Dを用いて、JIS Z 2241 金属材料引張試験方法に準拠して測定したところ、2600MPaであった。次いで、走間熱処理炉(パイプ焼鈍炉)を用いて、得られた線材の長さ方向の所定範囲に熱処理を行った。温度は800℃とし、線材を炉内で15秒保持した後、炉外に取り出し、冷却した。炉内で直接加熱された部分の引張強度は、前述と同様にしてJIS Z 2241金属材料引張試験方法に準拠して測定したところ、970MPaであった。以上のようにして、1本の単線の金属製線材に、引張強度が2600MPaで針部となる部分、及び、引張強度が970MPaの部分(本体部分)を含む縫合糸部となる部分が形成された。また縫合糸部となる部分には、走間熱処理炉の外側でこれに近接してある程度加熱された部分である遷移部分が形成された。各部の組織を走査型電子顕微鏡(日本電子株式会社製、分析走査電子顕微鏡 JSM-6510LA)で確認したところ、以下の点が観察された。(a)針部となる部分の組織は、伸線加工により塑性加工が施され結晶粒が微細化されていた、(b)縫合糸部の本体部分となる部分は熱処理により、結晶粒が粗大化されていた、(c)縫合糸部の遷移部分となる部分は、加熱炉の輻射熱や加熱されている線材からの熱伝導等により針部と本体部分の組織の中間程度の結晶粒が存在していた。これらの結果から、遷移部分の引張強度は、針部と本体部分の間の値、即ち970~2600MPaとなることが推測される。また、熱処理後の線材は、針部及び縫合糸部となる部分の引張強度の値から、各部の強度は薬機法基準を満たす材質であることが分かる。
【0027】
また、直径0.4mmの原料線材を用いて、前述と同様にして、原料線材の長さ方向の所定範囲に熱処理を行った。熱処理後の原料線材にも同様に針部、本体部分、遷移部分が形成されており、それぞれの部分の硬さをマイクロビッカース硬さ試験機(株式会社ミツトヨ製、ビッカース硬さ試験機 HM-221)を用い、JIS Z 2244 ビッカース硬さ試験に準拠してビッカース硬さを測定し、平均値を算出した。その結果、(i)針部となる部分では、平均で550Hv、(ii)縫合糸部の本体部分となる部分では、平均で315Hv、(iii)縫合糸の遷移部分となる部分では、平均で450Hvであった。ビッカース硬さ測定において、直径0.4mmの原料線材を用いたのは、直径0.05mmの線材では、JIS Z 2244に準拠した測定が困難であったことによる。但し、直径0.4mmの原料線材の結果は、直径0.05mmの線材でも概ね同様の傾向を示すことは自明である。
【0028】
次いで、針部となる部分の先端部分に、全体形状が直線形状で、先端側に向かって漸次縮径し先の尖った断面円形のテーパー部分を形成した。先ず、針部となる部分の先端から所定範囲を研削して、概ね先端側に向かって細くなる形状とした。その後、電解研磨を行って、テーパー部分を形成し、手術用縫合具を得た。得られた手術用縫合具の特性を表1に示す。尚、各部の直径は、マイクロメーター(株式会社ミツトヨ製、MDC-25MX)により測定し、長さはデジタルマイクロスコープ(株式会社キーエンス製、デジタルマイクロスコープ VHX-7000)と金属製直尺(シンワ測定株式会社製、JIS1級30cm)により測定した。
【0029】
【0030】
(評価)
<穿通性試験>
市販のハムを1mmの厚さに切断した肉片を作製し、肉片に長さ約5cmの切れ目を入れて、実施例1で得られた手術用縫合具を用いて切れ目を縫合した。縫合操作は、一方の面(表面)側から穿通して切れ目を横切ってもう一方の面(裏面)側から表面側に穿通する操作を繰り返し行って、5cmの切れ目を縫合した。この1回の縫合操作で、2回肉片に穿通した。縫合操作1回終了毎に針部のテーパー部分の寸法を測定した。4回連続して縫合操作を行って、針部の寸法変化、針部の穿通孔と縫合糸部との間に隙間が形成されているか否か確認した。結果を表2に示す。
【0031】
【0032】
実施例1の手術用縫合糸は、同一金属材料の一本の単線のみから形成されており、したがって、針部と縫合糸部が継目なく一体に形成されている。そのため、複数回縫合処理を連続して行った場合でも針部と縫合糸部の分離は認められなかった。また、針部の直径は縫合糸部の直径以下であるため、穿通孔と縫合糸部との間の隙間も認められず、縫合部分からの体液の滲み出しを従来より抑制可能であることが期待できる。針部の引張強度は、縫合糸部以上であり、縫合糸部の本体部分より大きく、遷移部分以上であることで、針部と縫合糸部との連続部分で極端な強度の差がなく、その結果、針部と縫合糸部の分離がより抑制され、所定の引張強度を有することと相俟って繰り返しの縫合操作が可能であったと考えられる。