(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023178146
(43)【公開日】2023-12-14
(54)【発明の名称】スクロールコンプレッサの環状シール部材
(51)【国際特許分類】
F04C 18/02 20060101AFI20231207BHJP
F04C 27/00 20060101ALI20231207BHJP
【FI】
F04C18/02 311P
F04C27/00 311
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022091236
(22)【出願日】2022-06-03
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】柳川 洋志
【テーマコード(参考)】
3H039
3H129
【Fターム(参考)】
3H039AA02
3H039AA12
3H039BB15
3H039CC31
3H129AA03
3H129AA16
3H129AB03
3H129BB16
3H129CC19
(57)【要約】
【課題】耐久性やシール機能の低下を損なうことなく、安定した低トルク性を発揮できるコンプレッサの環状シール部材を提供する。
【解決手段】環状シール部材16は、固定スクロール体3と、可動スクロール体4と、シャフト7と、主軸受9と、主軸受部材12とを備え、可動スクロール体4を固定スクロール体3の軸線の周りで公転させて流体を圧縮室5にて圧縮するとともに、流体が可動スクロール体4の背面側の背圧室15aに供給されるスクロールコンプレッサにおいて、可動スクロール体4の底板部4aの背面に形成された少なくとも1個の環状溝4dに装着され、背圧室15aをシールするシール部材であり、リング側面において少なくとも公転摺動する摺動面に、リング外径側およびリング内径側の少なくともいずれか一方のエッジ部にリング周方向全域にわたり傾斜面が設けられており、傾斜面は摺動面に対する角度が0.1°~15°である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
底板部とその表面に立設する渦巻壁を有する固定スクロール体と、底板部とその表面に立設する渦巻壁を有する可動スクロール体と、シャフトと、該シャフトを回転可能に支持する主軸受と、該主軸受を固定する主軸受部材とを備え、
前記シャフトの回転により、前記可動スクロール体を前記固定スクロール体の軸線の周りで公転させて流体を圧縮室にて圧縮するとともに、前記流体が前記可動スクロール体の背面側の背圧室に供給されるスクロールコンプレッサにおいて、
前記可動スクロール体の前記底板部の背面と、前記主軸受部材の前記可動スクロール体に向く端面のいずれか一方の面に形成された少なくとも1個の環状溝に装着され、前記背圧室をシールする環状シール部材であって、
前記環状シール部材は、リング側面において少なくとも公転摺動する摺動面に、リング外径側およびリング内径側の少なくともいずれか一方のエッジ部にリング周方向全域にわたり傾斜面が設けられており、前記傾斜面は前記摺動面に対する角度が0.1°~15°であることを特徴とする環状シール部材。
【請求項2】
前記傾斜面の面積は前記リング側面の全体の面積に対して5%~75%であることを特徴とする請求項1記載の環状シール部材。
【請求項3】
前記傾斜面は平面状であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の環状シール部材。
【請求項4】
リング周方向の任意の位置における軸方向断面が同形状であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の環状シール部材。
【請求項5】
前記傾斜面は、リング外径側およびリング内径側の両方に設けられていることを特徴とする請求項1または請求項2記載の環状シール部材。
【請求項6】
前記環状シール部材を側面方向から見た時の前記傾斜面の径方向厚みは、リング外径側とリング内径側が同じ、またはリング外径側よりもリング内径側の方が大きいことを特徴とする請求項5記載の環状シール部材。
【請求項7】
前記傾斜面は、少なくともリング内径側に設けられていることを特徴とする請求項1または請求項2記載の環状シール部材。
【請求項8】
前記環状シール部材は合成樹脂製であり、該合成樹脂がポリフェニレンサルファイド樹脂またはポリエーテルエーテルケトン樹脂であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の環状シール部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スクロールコンプレッサを構成する可動スクロール体の底板部などに装着される環状シール部材に関する。
【背景技術】
【0002】
スクロールコンプレッサは、固定スクロール体と、該固定スクロール体に対し旋回運動される可動スクロール体とからなるスクロール型の圧縮機構部を備える。固定スクロール体と可動スクロール体はそれぞれ、底板部と該底板部の表面に立設する渦巻壁とを有しており、それぞれ渦巻壁において互いに噛み合わされて、それらの間に圧縮室が形成されている。この圧縮室が固定スクロール体の軸線の周りを公転する可動スクロール体の作用により渦巻中心側に移動して冷媒などの圧縮が行なわれる。
【0003】
可動スクロール体の底板部の背面側には環状シール部材が設けられている。このようなスクロールコンプレッサにおいて、冷媒などが圧縮されると、その圧縮反力によって可動スクロール体にスラスト荷重が発生する。このスラスト荷重に起因して、可動スクロール体の背面側に設けられた環状シール部材とそれと摺動する主軸受部材との間で摩擦力が大きくなり、環状シール部材の摩耗などが発生するおそれがある。
【0004】
このような環状シール部材の摩擦摩耗の対策として、オイルなどの潤滑剤を使用して摩擦摩耗の低減を図る方法が知られている(特許文献1参照)。
【0005】
また、別の方法として、可動スクロール体から主軸受部材へ一方的にかかるスラスト荷重を低減させる目的として、吐出圧領域と背圧室とを圧力導入孔を介して接続する方法が知られている。さらにこの方法において、環状シール部材の側面に、径方向に連通した溝を設けることで、背圧室と吸入圧領域を連通させることも知られている(特許文献2参照)。しかし、この特許文献2は、背圧室および吸入圧領域の雰囲気が一様ではない場合において、背圧室で意図する背圧を設定しやすくするという技術である。
【0006】
さらに、別の方法として、上記の環状シール部材とは別の部材として、可動スクロール体の底板部側から主軸受部材側へのスラスト力を受けるスラスト受け部材を介装することで、荷重を低減する手段も知られている(特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平8-121366号公報
【特許文献2】特開2007-211702号公報
【特許文献3】特開2012-17656号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
環状シール部材の摩擦摩耗の対策として、例えば潤滑剤などを使用することで、摩擦摩耗の低減が図れるものの、この方法では摺動面を常に良い潤滑状態とする必要がある。そのため、局所的に潤滑剤切れが発生した場合などはトルクが安定しないことから、コンプレッサ自体の安定した性能を維持させることに懸念がある。一方、環状シール部材とは別の部材として、スラスト受け部材を介装する場合は、その分、部品点数が多くなり、ユニット全体のコストアップに繋がるおそれがある。
【0009】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、耐久性やシール機能の低下を損なうことなく、安定した低トルク性を発揮できるコンプレッサの環状シール部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の環状シール部材は、底板部とその表面に立設する渦巻壁を有する固定スクロール体と、底板部とその表面に立設する渦巻壁を有する可動スクロール体と、シャフトと、該シャフトを回転可能に支持する主軸受と、該主軸受を固定する主軸受部材とを備え、上記シャフトの回転により、上記可動スクロール体を上記固定スクロール体の軸線の周りで公転させて流体を圧縮室にて圧縮するとともに、上記流体が上記可動スクロール体の背面側の背圧室に供給されるスクロールコンプレッサにおいて、上記可動スクロール体の上記底板部の背面と、上記主軸受部材の上記可動スクロール体に向く端面のいずれか一方の面に形成された少なくとも1個の環状溝に装着され、上記背圧室をシールする環状シール部材であって、上記環状シール部材は、リング側面において少なくとも公転摺動する摺動面に、リング外径側およびリング内径側の少なくともいずれか一方のエッジ部にリング周方向全域にわたり傾斜面が設けられており、上記傾斜面は上記摺動面に対する角度が0.1°~15°であることを特徴とする。
【0011】
上記傾斜面の面積は上記リング側面の全体の面積に対して5%~75%であることを特徴とする。
【0012】
上記傾斜面は平面状であることを特徴とする。
【0013】
上記環状シール部材は、リング周方向の任意の位置における軸方向断面が同形状であることを特徴とする。
【0014】
上記傾斜面は、リング外径側およびリング内径側の両方に設けられていることを特徴とする。上記環状シール部材をリング側面から見た上記傾斜面のリング径方向の厚みは、リング外径側とリング内径側が同じか、リング外径側よりもリング内径側の方が大きいことを特徴とする。
【0015】
上記傾斜面は、少なくともリング内径側に設けられていることを特徴とする。
【0016】
上記環状シール部材は合成樹脂製であり、該合成樹脂がポリフェニレンサルファイド(以下、PPSと記す)樹脂またはポリエーテルエーテルケトン(以下、PEEKと記す)樹脂であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明の環状シール部材は、スクロールコンプレッサにおいて可動スクロール体の底板部の背面と、主軸受部材の可動スクロール体に向く端面のいずれか一方の面に形成された環状溝に装着され、背圧室をシールするシール部材であり、リング側面において少なくとも公転摺動する摺動面に、リング外径側およびリング内径側のいずれか一方のエッジ部に傾斜面が設けられているので、摺動面積を小さくすることができ、摺動面積が小さくなることで、摩擦係数の面圧依存性により、摺動トルクが低下する。さらに、傾斜面は摺動面に対する傾斜角度が0.1°~15°であるので、傾斜面に流入した流体により、くさび作用(動圧効果)が発生しやすくなり、一層の低トルク化に繋がる。また、傾斜面は、リング周方向全域にわたって設けられているので、旋回運動によってくさび作用発生部が常に変化する用途では、傾斜面に流体が流入しやすくなり、くさび作用がより発生しやすくなる。これにより、摩擦摩耗特性が向上し、スラスト受け部材を用いなくても、耐久性やシール機能の低下を損なうことなく、安定した低トルク性を発揮できる。
【0018】
傾斜面の面積はリング側面の全体の面積に対して5%~75%であるので、トルク低減効果を確保しつつ、摩耗の促進を抑えられる。
【0019】
1つの形態では、リング外径側およびリング内径側の両方のエッジ部に、かつ、リング周方向全域にわたって傾斜面が設けられているので、旋回運動する摺動面の全域において潤滑効果を得ることができる。また、旋回運動では動圧効果部分が周方向で常に変化するため、周方向全域にわたって傾斜面を設けることで、常に動圧効果が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の環状シール部材を備えるスクロール型コンプレッサの一例を示す一部断面図である。
【
図2】本発明の環状シール部材の一例を示す斜視図である。
【
図4】環状シール部材の他の例の傾斜面をリング内径側から見た図などである。
【
図5】環状シール部材の他の傾斜面を示す図である。
【
図6】環状シール部材の他の傾斜面を示す図である。
【
図7】
図4の環状シール部材を環状溝に組み込んだ状態を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の環状シール部材を備えるスクロール型コンプレッサの一例を
図1に基づいて説明する。
図1はスクロール型コンプレッサの一部断面図である。このスクロール型コンプレッサは、炭酸ガスなどの冷媒、ポリアルキレングリコール油(PAG油)などの冷凍機油、またはこれらの混合物など(以下、まとめて冷媒等と称す)の流体を圧縮する圧縮機である。
【0022】
図1において、コンプレッサ1は、ハウジング2の内部に圧縮機構部とモータ機構部とを有し、吸入口(図示省略)および吐出口(図示省略)によって外部と接続されている。圧縮機構部は、吸入口より吸入した冷媒等を圧縮して吐出口より吐出する部分であり、固定スクロール体3と可動スクロール体4とから構成されている。固定スクロール体3は、底板部3aと、この底板部3aから垂直に立設した渦巻壁3bとを備え、中心に開口部3cが設けられている。また、可動スクロール体4は、底板部4aと、この底板部4aから垂直に立設した渦巻壁4bとを備える。固定スクロール体3および可動スクロール体4は偏心状態にかみ合わされて配置され、各スクロール体の渦巻壁3b、4bの間に圧縮室5が形成されている。
【0023】
なお、図示は省略するが、各スクロール体の渦巻壁3b、4bの軸方向端面には渦巻き状のシール部材(チップシール)が装着されている。これにより、圧縮室内の冷媒等の漏洩を防止する。
【0024】
モータ機構部は、可動スクロール体4に旋回駆動力を与える部分であり、ステータ6aとロータ6bとから構成されている。ステータ6aは、ハウジング2の内側に固定されており、ロータ6bはシャフト7に結合している。ステータ6aおよびロータ6bは電動機を構成し、ステータ6aへの通電によりロータ6bおよびシャフト7が一体回転する。シャフト7は主軸受9および副軸受10を介して回転可能に支持されている。シャフト7の一端側には偏心軸7aが一体に形成され、これにバランスウェイト8が支持されている。シャフト7およびバランスウェイト8によって回転部材が構成されている。
【0025】
可動スクロール体4の底板部4aの背面側の略中央にはボス部4cが垂直に突出するように設けられ、このボス部4c内に旋回軸受11が圧入されている。旋回軸受11に偏心軸7aが支持されており、可動スクロール体4は、旋回軸受11により旋回運動する機構となっている。
【0026】
主軸受9は、主軸受部材12の中央側に形成された軸受支持部に固定されている。主軸受部材12は、ハウジング内に固定されており、主軸受部材12には固定スクロール体3がボルトなどによって結合されている。また、主軸受9の側方であって、シャフト7の外周面と主軸受部材12との間にはシャフトシール13が装着されている。このシャフトシール13によって、モータ室14と背圧室15aとの連通が遮断されている。
【0027】
ここで、主軸受部材12と、可動スクロール体4の底板部4aの背面との間には環状シール部材16が設けられている。
図1では、可動スクロール体4の底板部4aの背面に形成された環状溝4dに、環状シール部材16が装着されている。この構造では、環状シール部材16は、主軸受部材12の可動スクロール体に向く端面に対して公転摺動する。背圧室15aは、環状シール部材16とシャフトシール13とによってシールされ、これらシール部と、主軸受部材12と、可動スクロール体4の底板部4aとの間で密封空間を形成している。
【0028】
コンプレッサ1が運転を開始すると、ロータ6bの回転により可動スクロール体4が旋回運動を始める。吸入口より圧縮機構部に入った冷媒等は、旋回する渦巻壁の外周から中心に移動しながら圧縮され、固定スクロール体3の開口部3cより外部に吐出される。一方、背圧室15aには、圧縮機構部内から加圧された流体が、可動スクロール体4の底板部4aに設けられた圧力導入孔(図示省略)を通して供給されるようになっている。背圧室15aに加圧流体を導入することにより、圧縮反力によって可動スクロール体4に作用するスラスト荷重(可動スクロール体4を主軸受部材側に押し付けようとする力)を低減するように、または、可動スクロール体4を固定スクロール体側に押し付けるように、背圧室内の圧力が可動スクロール体4に作用することになる。
【0029】
環状シール部材16は、内側の背圧室15aと外側の空間15bとを仕切っている。空間15bは、吸入圧に近い圧力値を有しているのに対して、背圧室15aには圧縮された冷媒等が導入されることから、空間15bよりも背圧室15aの方が高圧となる。その結果、環状シール部材16の一方のリング側面が主軸受部材12の端面に公転しながら摺動接触する。環状シール部材16は主に樹脂製であるのに対して、主軸受部材12は金属製(鉄製やアルミダイカスト製)であり、摺動接触によって環状シール部材16の摩耗などが懸念される。特に、流体の圧縮圧力が大きくなるほど、可動スクロール体4に作用するスラスト荷重も大きくなり、環状シール部材16が摩耗しやすくなる。
【0030】
本発明では、環状シール部材16のリング側面においてエッジ部に傾斜面を設けることで、摺動面積を低下させ、ひいては低トルク化を図っている。また、くさび作用により更なる低トルク化を図ることができる。
【0031】
以下に、本発明の環状シール部材について説明する。
【0032】
本発明の環状シール部材の一例を
図2に基づいて説明する。
図2は環状シール部材の斜視図を示す。コンプレッサの吐出量を確保する観点から、環状シール部材16の外径寸法φは例えば50mm以上であり、好ましい範囲としては50mm~100mm程度である。
【0033】
図2に示すように、環状シール部材16は、断面略矩形の全周にわたって繋がった環状体であり、合い口を有していない。
図2において、環状シール部材16には、リング側面17において、リング外径側およびリング内径側の両方のエッジ部に傾斜面が設けられている。すなわち、リング側面17において外径側のエッジ部に外径側傾斜面18(
図3参照)が設けられるとともに、リング側面17の内径側のエッジ部に内径側傾斜面19(
図3参照)が設けられている。本発明において、傾斜面は、リング周方向全域にわたって設けられることが好ましい。この場合、傾斜面は、リング側面側から見ると円環状である。
【0034】
図3は、
図2のA部拡大図であり、一方のリング側面の拡大図を示している。
図3に示すように、リング側面17は、摺動面17aと、該摺動面17aに接続された外径側傾斜面18および内径側傾斜面19とで構成されている。摺動面17aは、リング軸方向に対して直交する平面で形成されている。外径側傾斜面18は、摺動面17aからの深さが外径側に向かって深くなるように形成されている。また、内径側傾斜面19は、摺動面17aからの深さが内径側に向かって深くなるように形成されている。
【0035】
外径側傾斜面18は、リング外周面16aに接続されている。また、内径側傾斜面19は、リング内周面16bの軸方向端部に設けられた段部16cに接続されている。この段部16cは、摺動面17aと平行に全周に設けられており、環状シール部材16を射出成形で製造する場合、金型からの突出し部分となる。なお、環状シール部材16において、
図3に示すようにリング内周面16bと内径側傾斜面19との角部に段部16cを設けてもよく、また、段部16cを設けずに、リング内周面16bと内径側傾斜面19を直接接続してもよい。
【0036】
環状シール部材16は、一方のリング側面が主軸受部材の可動スクロール体に向く端面と摺動する側の面となり、このリング側面17に主軸受部材の端面との非接触部となる傾斜面(外径側傾斜面18および内径側傾斜面19)が形成されている。傾斜面を設けることで、傾斜面に流入した冷媒等が主軸受部材の端面と摺動する部分に適度に流出することで、低トルク化が図れる。また、上記傾斜面は動圧溝としても機能することができる。すなわち、傾斜面に流入した冷媒等が可動スクロール体の旋回運動によって傾斜面の奥側に絞られながら移動し摺動面に流出することでくさび作用が発生し、一層の低トルク化が図れ、低摩擦耐摩耗特性を向上させることができる。また、傾斜面はエッジ部周囲のみに形成され、リング径方向の中央部には形成されずリング内径側の傾斜面とリング外径側の傾斜面は非連通であることから、冷媒等の低オイルリーク性にも繋がる。
【0037】
図3において、摺動面17aは主軸受部材に対して摺動する部分となる。傾斜面は少なくとも公転摺動する摺動面側のリング側面に形成すればよいが、組み付け方向の依存性がなく、重量バランスにも優れることから、反摺動面側を含めた両側のリング側面に対称に形成することが好ましい。
【0038】
また、
図3に示すように、外径側傾斜面18および内径側傾斜面19はそれぞれ、リング周方向で全域にわたって設けられている。この場合、外径側傾斜面18と内径側傾斜面19は、リング側面17側から見たリング径方向の厚みが同じであるか、外径側傾斜面18よりも内径側傾斜面19の方が大きいことが好ましい。傾斜面の面積(外径側傾斜面および内径側傾斜面を有する場合は合計の面積、以下同じ)は、特に限定されないが、リング側面に対する傾斜面の面積が小さくなりすぎるとトルク低減効果が小さくなり、大きくなりすぎると過剰面圧となり摩耗が促進されるおそれがある。このような観点から、傾斜面の面積は、リング側面の全体の面積に対して5%~75%であることが好ましく、20%~60%であることがより好ましい。なお、リング側面の全体の面積とは、環状シール部材の公転摺動する摺動面側(片側)のリング側面を正面から見た平面視における面積(傾斜面の面積も含む)であり、傾斜面の面積は同平面視における面積である。なお、リング側面の全体の面積には段部の面積は含まれない。
【0039】
傾斜面のリング径方向の厚み(外径側傾斜面および内径側傾斜面を有する場合は合計の厚み、以下同じ)は、リング側面のリング径方向の厚みの5%~75%とすることが好ましい。また、摺動特性を考慮して、内径側傾斜面と外径側傾斜面のリング径方向の厚みを異なるようにしてもよい。ただし、内径側傾斜面のリング径方向の厚みTi(
図4参照)が、外径側傾斜面のリング径方向の厚みよりも大きくなるようにすることが好ましい。また、各傾斜面のリング径方向の厚みは、リング周方向において一定であることが好ましい。なお、リング側面のリング径方向の厚みには段部の厚みは含まれない。
【0040】
以下では、内径側傾斜面のみを有する環状シール部材を用いて、内径側傾斜面について更に説明する。なお、外径側傾斜面についても同様の形状などを採用できる。
図4(a)は環状シール部材をリング内径側から見た図であり、
図4(b)はそのB-B線に沿って切断した切断面を表している。
【0041】
図4(a)に示すように、環状シール部材をリング内径側から見た場合、内径側傾斜面20の内径縁は直線状となる。内径側傾斜面20は、この内径縁を最深部20a(摺動面17aからの深さが最も深くなる部分)として、最深部20aから径方向外側に向かって摺動面17aからの深さが浅くなるように形成されている。
【0042】
図4(b)の軸方向断面において、内径側傾斜面20は、直線状に形成されている。なお、内径側傾斜面20は平面状(傾斜平面)でなくてもよい。例えば、
図5(a)に示すように、内径側傾斜面21は、上に凸状の曲面状(傾斜凸曲面)であってもよく、
図5(b)に示すように、内径側傾斜面22は、下に凸状の曲面状(傾斜凹曲面)であってもよい。
【0043】
内径側傾斜面の摺動面に対する傾斜角度θ(
図4(b)、
図5(a)、
図5(b)参照)は0.1°~15°の範囲であり、1°~10°の範囲であることが好ましい。これにより、主軸受部材の端面と摺動する部分に適度に冷媒等が流出しやすくなり、また、流入してきた流体によるくさび作用を効果的に発揮しやすくなる。傾斜角度θが0.1°未満であると流入した流体が摺動面に向かって流れにくくなり、また傾斜角度θが15°を超えるとくさび作用が効果的に得られにくくなるおそれがある。なお、内径側傾斜面が傾斜曲面の場合(
図5参照)、傾斜角度θは、該傾斜面と摺動面との接点と該傾斜面と内周面との接点の2点間の直線(つまり、内径側傾斜面のリング径方向の両端部を通る直線)と、摺動面とのなす角である。
【0044】
環状シール部材において、傾斜面の摺動面に対する傾斜角度θは、リング周方向において一定であることが好ましい。また、環状シール部材の軸方向断面は、リング周方向の任意の位置において同形状であることが好ましい。
【0045】
また、内径側傾斜面は、
図4に示すように傾斜平面だけで構成してもよく(つまり直線状で摺動面17aに接続されてもよく)、
図6に示すように傾斜平面と傾斜曲面を組み合わせて構成してもよい。
図6において、内径側傾斜面23は、摺動面17aとの境界部を傾斜凸曲面に形成することで、曲線状(R状)で摺動面17aに接続される。例えば、
図4(b)に示す内径側傾斜面20は、摺動面17aに対して直角の断面から見た形状が直線であるため、流体が安定して流入することで動圧効果も安定し、更なる低トルク化を図ることができる。一方で、
図6に示す内径側傾斜面23は、摺動面17aとの境界部をR状に形成することで、くさび作用が上昇し冷媒等が摺動面17aにより流出しやすくなり、更なる低トルク化を図りやすくなる。
【0046】
内径側傾斜面の最深部の摺動面からの深さは、リング総幅の45%以下とすることが好ましく、30%以下とすることが更に好ましい。なお、ここでの「深さ」は、傾斜面をリングの両側面に形成する場合には、各側面の傾斜面の最深部の深さを合計したものであり、この場合の片面の傾斜面の最深部の深さはリング総幅の22.5%以下、好ましくは15%以下である。リング総幅の45%をこえる場合、環状シール部材が強度不足になり変形や破損するおそれがある。
【0047】
図7に示すように、環状シール部材16’は、可動スクロール体の底板部4aの背面に設けられた環状溝4dに装着される。図中左側が背圧室15a側であり、図中右側が空間15b側である。図中の矢印が冷媒等からの圧力が加わる方向である。このシール構造により、背圧室15aと空間15bとを仕切っている。そして、可動スクロール体の旋回運動に伴って、環状シール部材16’が連れ回りして、リング側面17で主軸受部材12の端面に公転摺動しながら摺動接触する。この際、連れ回りによって生じる冷媒等の流れによって、内径側傾斜面20に冷媒等が導入されることで動圧が発生する。この動圧によって、主軸受部材12から離れる方向の力が環状シール部材16’の摺動面に作用するため、主軸受部材12に対する環状シール部材16’の摺動抵抗が更に低減される。
【0048】
なお、環状溝は、可動スクロール体の底板部4a側ではなく、主軸受部材側に設けられてもよい。その場合、該環状溝に装着された環状シール部材はその環状溝内に固定される。その環状シール部材のリング側面は、旋回運動する可動スクロール体の底板部の背面に対して摺動接触する。このリング側面には、上述したような傾斜面が設けられる。
【0049】
冷媒等は用途に応じた種類が適宜用いられる。また、冷媒等の温度は、例えば-20℃~140℃程度である。可動スクロール体の旋回運動における回転数として5000~8000rpm程度を主に想定している。
【0050】
リング側面のエッジ部に傾斜面を形成する例としては、例えば、上述した図の例が挙げられる。なお、傾斜面は、摺動面となるリング側面の内径側エッジ部のみに形成してもよく、外径側エッジ部のみに形成してもよく、これら両方に形成してもよい。傾斜面は、少なくとも内径側エッジ部に形成することが好ましく、内径側エッジ部と外径側エッジ部の両方に形成することがより好ましい。
【0051】
なお、傾斜面を内径側エッジ部と外径側エッジ部の両方に形成する構成では、側面方向から見たリング径方向の厚みが外径側傾斜面と内径側傾斜面が同じ、または外径側傾斜面よりも内径側傾斜面の方が大きい方が好ましい。また、内径側傾斜面の摺動面に対する傾斜角度と、外径側傾斜面の摺動面に対する傾斜角度とが同じ角度であってもよく、異なる角度であってもよい。後者の場合、例えば、内径側傾斜面の摺動面に対する傾斜角度を、外径側傾斜面の摺動面に対する傾斜角度よりも小さくしてもよい。
【0052】
本発明の環状シール部材の材質は特に限定されないが、低摩擦特性の合成樹脂が好ましい。使用できる合成樹脂としては、例えば、熱硬化性ポリイミド樹脂、熱可塑性ポリイミド樹脂、ポリエーテルケトンエーテルケトンケトン樹脂、ポリエーテルケトン樹脂、PEEK樹脂、全芳香族ポリエステル樹脂、ポリテトラフルオロエチレン(以下、PTFEと記す)樹脂等のフッ素樹脂、PPS樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリアミド樹脂などが挙げられる。なお、これらの樹脂は単独で使用しても、2種類以上混合したポリマーアロイとしてもよい。
【0053】
また、環状シール部材は、合成樹脂を射出成形してなる射出成形体にすることが好ましい。このため、合成樹脂としては、射出成形が可能である熱可塑性樹脂を用いることが好ましい。その中でも特に、摩擦摩耗特性、曲げ弾性率、耐熱性、摺動性などに優れることから、PEEK樹脂またはPPS樹脂を用いることが好ましい。これらの樹脂は高い弾性率を有し、シールする冷媒等の温度が高くなる場合でも使用でき、また、ソルベントクラックの心配もない。
【0054】
また、必要に応じて上記合成樹脂に、炭素繊維、ガラス繊維、アラミド繊維などの繊維状補強材、球状シリカや球状炭素などの球状充填材、マイカやタルクなどの鱗状補強材、チタン酸カリウムウィスカなどの微小繊維補強材を配合できる。また、PTFE樹脂、グラファイト、二硫化モリブデンなどの固体潤滑剤、リン酸カルシウム、硫酸カルシウムなどの摺動補強材、カーボンブラック、酸化チタンなどの顔料も配合できる。これらは単独で配合することも、組み合せて配合することもできる。特に、PEEK樹脂またはPPS樹脂に、繊維状補強材である炭素繊維と、固体潤滑剤であるPTFE樹脂とを含むものが、本発明の環状シール部材に要求される特性を得やすいので好ましい。炭素繊維を配合することで、曲げ弾性率等の機械的強度の向上が図れ、PTFE樹脂の配合により摺動特性の向上が図れる。
【0055】
合成樹脂製とする場合には、以上の諸原材料を溶融混練して成形用ペレットとし、これを用いて公知の射出成形法等により所定形状に成形する。射出成形により製造する場合、そのゲート位置は特に限定されないが、シール性の確保の観点および後加工が不要になることからリング内周面に設けることが好ましい。さらに、ゲート位置は、周方向に等間隔に配置した多点ゲート(例えば3点~6点)がより好ましい。
【実施例0056】
摺動面積の違いによる、動摩擦係数の面圧依存性を確認する目的として、摺動面積を変えて荷重を一定にしてスラスト試験を行った。
【0057】
実施例および比較例
PPS樹脂を主材料とし、PTFE樹脂および炭素繊維を配合した樹脂組成物(NTN社製:ベアリーAS5302)を用い、実施例および比較例の環状の試験片を射出成形により製造した。
比較例の試験片は、外径寸法φ21mm、内径寸法φ17mm、径方向長さ2mm、軸方向長さ1.6mmであり、リング側面に傾斜面が設けられていない。一方、実施例の試験片は、外径寸法φ21mm、内径寸法φ17mm、径方向長さ2mm、軸方向長さ1.6mmであり、リング側面の内径側エッジ部および外径側エッジ部に、
図3に示すように、リング周方向全域にわたってリング径方向で同じ厚みの傾斜面が設けられている。傾斜面の最深部の溝深さは、実施例1が0.075mm、実施例2が0.10mmであり、傾斜面の摺動面に対する傾斜角度は実施例1、実施例2ともに約14°である。なお、傾斜面の面積はリング側面の全体の面積に対して実施例1が30%、実施例2が40%である。
【0058】
スラスト試験機の概略図を
図8に示す。負荷軸31の先端に試験片33を取り付け、回転軸35に取り付けられた相手材34(ADC12、外径寸法φ33mm、厚さ10mm、試験片との摺動面は平面研磨によりRa0.8μm程度とした)に、所定の荷重Fで押し付け、オイル32中で下記の条件にてスラスト試験を行った。各試験において、試験終了直前の動摩擦係数を測定した。面圧と動摩擦係数の関係を
図9に示す。
【0059】
<試験条件>
速度 :2m/sec
面圧 :1MPa(比較例1)、1.4MPa(実施例1)、1.7MPa(実施例2)
雰囲気温度:室温
潤滑 :油中(PAG油、出光ダフニーハーメチックオイルPS)
試験時間 :各面圧30min
試験数 :n=1
【0060】
図9に示すように、動摩擦係数は、面圧(荷重)の増加とともに低下する傾向であることから、面圧依存性があり、摺動面の面積を減らすことで、動摩擦係数(トルク)が減少した。これにより、実施例のように傾斜面を形成することで、低トルク化を図ることができる。
本発明の環状シール部材は、耐久性やシール機能の低下を損なうことなく、安定した低トルク性を発揮できるので、スクロールコンプレッサの環状シール部材として広く利用できる。また、スラスト受け部材を除くことが可能となる。