(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023178240
(43)【公開日】2023-12-14
(54)【発明の名称】自己免疫疾患の抑制用医薬組成物、自己抗体の産生抑制剤、及び異常免疫の調節剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/4178 20060101AFI20231207BHJP
A61P 37/06 20060101ALI20231207BHJP
A61P 19/02 20060101ALI20231207BHJP
【FI】
A61K31/4178
A61P37/06
A61P19/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023088004
(22)【出願日】2023-05-29
(31)【優先権主張番号】P 2022091055
(32)【優先日】2022-06-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】304020177
【氏名又は名称】国立大学法人山口大学
(74)【代理人】
【識別番号】100177714
【弁理士】
【氏名又は名称】藤本 昌平
(72)【発明者】
【氏名】名和田 隆司
(72)【発明者】
【氏名】矢野 雅文
(72)【発明者】
【氏名】小林 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】内海 仁志
(72)【発明者】
【氏名】朝霧 成挙
(72)【発明者】
【氏名】本田 健
(72)【発明者】
【氏名】酒井 大樹
(72)【発明者】
【氏名】大塚 まりな
(72)【発明者】
【氏名】山本 健
【テーマコード(参考)】
4C086
【Fターム(参考)】
4C086AA01
4C086AA02
4C086BC38
4C086GA13
4C086MA13
4C086MA17
4C086MA31
4C086MA52
4C086MA60
4C086MA65
4C086MA66
4C086ZA96
4C086ZB08
(57)【要約】
【課題】従来の関節炎治療薬では、過度の免疫抑制作用による副作用が問題となる。そのため、免疫抑制作用が少なく、関節炎をはじめとする自己免疫疾患を抑制可能な薬剤が求められていた。そこで、本発明の課題は、自己免疫疾患、特に自己免疫性関節炎を抑制可能な医薬組成物を提供することにある。
【解決手段】ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物を有効成分とし、剤形が注射剤、点滴剤、内服剤、吸引剤、又は坐剤であることを特徴とする、自己免疫疾患の抑制用医薬組成物を調製する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物を有効成分とし、剤形が注射剤、点滴剤、内服剤、吸引剤、又は坐剤であることを特徴とする、自己抗体が産生される自己免疫疾患の抑制用医薬組成物。
【請求項2】
自己抗体が産生される自己免疫疾患が、自己免疫性関節炎であることを特徴とする、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
薬学上許容される塩がナトリウム塩であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
自己抗体が所定の閾値以上産生されている対象に投与するための、請求項1又は2に記載の医薬組成物。
【請求項5】
ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物を有効成分とする、自己抗体の産生抑制剤。
【請求項6】
ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物を有効成分とする、異常免疫の調節剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は自己免疫疾患の抑制用医薬組成物や、自己抗体の産生抑制剤や、異常免疫の調節剤に関する。
【背景技術】
【0002】
関節リウマチは、関節炎を生じる自己免疫疾患であり、発症頻度の高い身体症状の1つである。日本での関節リウマチの有病率は約0.5%であり、患者数は約70万人である。生活習慣、遺伝的要因や感染症などによる免疫系の働きが関与しているが、詳しい発症メカニズムは不明である。現在、関節リウマチの治療はメトトレキサート(MTX)や生物学的製剤などの免疫抑制作用を有する薬剤を投与する方法が広く行われている。しかしながら、免疫抑制に伴って、肺炎、尿路感染症などの易感染性感染症を発症してしまうことがある。
【0003】
近年、関節リウマチの発症の要因の一つに小胞体ストレスが関与するということが報告されている。小胞体の多くの分子シャペロンはCa2+依存性であり、小胞体内のCa2+濃度が維持されない場合は小胞体の機能が著しく低下し、小胞体ストレスを生じることが知られている。しかしながら、小胞体ストレスによる関節リウマチの発症のメカニズムは十分に解明されていない。
【0004】
ところで、ダントロレンはヒダントイン誘導体に属する化合物であり、リアノジン受容体を遮断して横行小管から筋小胞体への興奮の伝達過程を遮断することにより筋小胞体からのCa2+の遊離を抑制することが知られている。かかるダントロレンは筋弛緩薬として広く用いられているほか、特許文献1に示されるように肝臓の繊維化の抑制効果があることや、特許文献2に示されるようにRas活性阻害効果若しくはがん細胞の増殖阻害効果があることや、特許文献3に示されるように神経障害後の攣縮に効果があることが知られている。
【0005】
本発明者らは、ダントロレンを疾患モデルマウスに経口投与することで、高脂肪食負荷時の肝細胞における小胞体ストレスやアルツハイマー病における神経細胞の筋小胞体が著明に低下することを報告してきた(非特許文献1参照)。
【0006】
また、ダントロレン等の筋弛緩作用を有する薬剤を有効成分として含有する皮膚外用剤が開示されている(特許文献4参照)。この文献では、関節リウマチという言葉が用いられ、関節リウマチへの適用についても触れられている。しかしながら、ここでの関節リウマチは「様々なことに起因して慢性的な骨格筋の緊張による局所リンパ流が引き起こす浮腫や局所の関節組織の炎症」という意味で用いられており、近年の関節リウマチの一般的な発症原因とは異なるほか、自己抗体産生の有無や免疫細胞の異常の有無が不明である。また、この文献ではあくまで皮膚外用剤としての薬剤であることや、骨格筋にのみ作用を持つ薬剤としてダントロレンを選択していること、局所組織をターゲットとすること、さらには、筋弛緩作用を有する他の経口薬物との併用について記載していることから、この文献における皮膚外用剤はあくまで骨格筋の収縮や緊張に基づく局所的な炎症のみを対象としており、全身性の病態は全く考慮されていない。加えて、ダントロレンなどのリアノジン受容体阻害剤により多発性硬化症等のT細胞を介した自己免疫疾患の治療又は進行を抑制する方法が開示されている(特許文献5参照)。しかしながら、活性化したT細胞におけるリアノジン受容体の過剰発現、カルシウムシグナルの制御及び活性化T細胞の増殖に着目しており、自己抗体の産生に関しては何ら考慮されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2020-7237号公報
【特許文献2】国際公開第2015/182625号パンフレット
【特許文献3】特開2016-539167号公報
【特許文献4】特開2007-308403号公報
【特許文献5】米国公開第2014/0135385号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Tamitani Masaki et.al., Biochem Biophys Rep.2020;23:100787
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来の関節炎治療薬では、過度の免疫抑制作用による副作用が問題となる。そのため、過度の免疫抑制作用が少なく、自己抗体が産生される自己免疫性関節炎をはじめとする自己免疫疾患を抑制可能な薬剤が求められていた。そこで、本発明の課題は、自己抗体が産生される自己免疫疾患、特に自己免疫性関節炎を抑制可能な新たな医薬組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討するなかで、自己免疫疾患の抑制効果を有する薬剤として、筋弛緩などの作用を有するダントロレンに着目した。そして、ダントロレンは、意外にも関節リウマチの代表的なモデルマウスであるコラーゲン誘導性関節炎において、その関節炎の抑制効果があることを見出した。さらに、ダントロレンは、自己抗体の産生抑制効果や、免疫細胞全体に作用する免疫抑制効果ではなく、異常な免疫細胞のみに働く免疫調節効果もあることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
〔1〕ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物を有効成分とし、剤形が注射剤、点滴剤、内服剤、吸引剤、又は坐剤であることを特徴とする、自己抗体が産生される自己免疫疾患の抑制用医薬組成物。
〔2〕自己抗体が産生される自己免疫疾患が、自己免疫性関節炎であることを特徴とする、上記〔1〕に記載の医薬組成物。
〔3〕薬学上許容される塩がナトリウム塩であることを特徴とする、上記〔1〕又は〔2〕に記載の医薬組成物。
〔4〕自己抗体が所定の閾値以上産生されている対象に投与するための、上記〔1〕又は〔2〕に記載の医薬組成物。
〔5〕ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物を有効成分とする、自己抗体の産生抑制剤。
〔6〕ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物を有効成分とする、異常免疫の調節剤。
【0012】
また、本発明の他の態様としては、(I)ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物の有効量を対象に投与することを含む、自己抗体が産生される自己免疫疾患の抑制方法や、(II)自己抗体が産生される自己免疫疾患の抑制用医薬組成物の製造のための、ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物の使用や、(III)自己抗体が産生される自己免疫疾患の抑制における使用のための、ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物を挙げることができる。なお、上記(I)における「有効量」とは、自己抗体が産生される自己免疫疾患の抑制のために有効な量を意味する。
【発明の効果】
【0013】
本発明の自己抗体が産生される自己免疫疾患の抑制用医薬組成物により、対象における自己抗体が産生される自己免疫疾患、特に自己免疫性関節炎を抑制することが可能となる。さらに、本発明の自己抗体の産生抑制剤により、対象において自己抗体の産生を抑制することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】実施例2において、関節炎モデルマウス(CIAマウス)の四肢の関節炎スコアを評価した結果である。
【
図2】実施例3において、ダントロレン投与CIAマウス又はCIAマウスにおける足関節の骨マイクロCT解析の結果である。
【
図3】実施例4において、ダントロレン投与CIAマウス又はCIAマウスにおける足関節のHE染色の結果である。
【
図4】実施例5において、ダントロレン投与CIAマウス又はCIAマウス(Day63)から採血した血清中の抗ウシII型コラーゲン抗体濃度を調べた結果を示す図である。
【
図5】実施例5において、ダントロレン投与CIAマウス又はCIAマウス(Day63)から採血した血清中の抗ウシII型コラーゲン抗体濃度と関節炎スコアの相関を示す図である。
【
図6】実施例5において、CIAマウス又はコントロールマウスにおいてダントロレン投与群又は非投与群におけるDay63から採血した血清中の総IgG濃度(mg/mL)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の自己抗体が産生される自己免疫疾患の抑制用医薬組成物は、ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物を有効成分とし、剤形が注射剤、点滴剤、内服剤、吸引剤、又は坐剤であることを特徴とする、自己免疫疾患の抑制用医薬組成物であれば特に制限されず、以下、「本件医薬組成物」ともいう。また、本発明の自己抗体の産生抑制剤は、ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物を有効成分とする、自己抗体の産生抑制剤であれば特に制限されず、以下、「本件自己抗体の産生抑制剤」ともいう。さらに、本発明の異常免疫の調節剤は、ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物を有効成分とする、異常免疫の調節剤であれば特に制限されず、以下、「本件異常免疫の調節剤」ともいう。
【0016】
本明細書におけるダントロレン(Dantrolene: 1‐[[[5‐(4‐Nitrophenyl)‐2‐furanyl]methylene]amino]‐2,4‐imidazolidinedione)は分子式C14H10N4O5、分子量314.257、CAS番号7261-97-4の化合物であり、以下の化学式(I)で示される。ダントロレンは公知の方法により製造できるほか、市販の化合物を用いることができる。
【0017】
【0018】
本明細書におけるダントロレン又はその薬学上許容される塩における「薬学上許容される塩」としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩や、カルシウム塩、マグネシウム塩等のアルカリ土類金属塩や、アンモニウム塩や、亜鉛塩等の遷移金属塩や、環状アミン塩や、モノ-、ジ-若しくはトリ-低級アルキルアミン塩や、モノ-、ジ-若しくはトリヒドロキシ-低級アルキルアミン塩や、ポリヒドロキシ-低級アルキルアミン塩等のヒドロキシ-低級アルキルアミン塩や、ヒドロキシ-低級アルキル-低級アルキルアミン塩を挙げることができ、ナトリウム塩を好適に挙げることができる。
【0019】
さらに、ダントロレン又はその薬学上許容される塩は、これらと水やアルコール等との溶媒和物でもよく、ダントロレンナトリウム(1‐[[[5‐(4‐Nitrophenyl)‐2‐furyl]methylene]amino]‐3‐sodio‐2,4‐imidazolidinedione)の水和物を挙げることができる。かかるダントロレンナトリウムの水和物は商品名「ダントリウム(登録商標)」として市販されている。上記ダントリウムは、リアノジン受容体を遮断して横行小管から筋小胞体への興奮の伝達過程を遮断することにより筋小胞体からのCa2+の遊離を抑制するため、筋弛緩薬として用いられている。
【0020】
本明細書において、自己抗体とは、自己の体の成分に対する抗体を意味する。
【0021】
本明細書における自己抗体が産生される自己免疫疾患としては、自己免疫異常に伴って自己抗体の異常によって発症する疾患を挙げることができる。この自己免疫疾患としては、自己抗体が産生される自己免疫性関節炎、具体的には、関節リウマチ;シェーグレン症候群;全身性エリテマトーデス;混合性結合組織病;皮膚筋炎/多発筋炎;全身性強皮症;血管炎症候群を挙げることができ、関節リウマチを好適に挙げることができるが、これらに限定されない。
【0022】
本明細書における自己抗体が産生される自己免疫疾患の抑制とは、自己抗体が産生される自己免疫疾患の発症及び再発を防止することのほか、既に発症した自己抗体が産生される自己免疫疾患の重症度を低減させること、進行を抑制すること、あるいは症状を軽減すること意味する。
【0023】
本件自己抗体の産生抑制剤における自己抗体の産生抑制とは、自己抗体産生細胞、たとえばB細胞によって上記自己抗体が産生されるのを抑制することを意味する。本件自己抗体の産生抑制剤は、特に、上記自己抗体が産生される自己免疫疾患に関わる自己抗体の産生が抑制される。具体的には、自己免疫性関節炎に関わる自己抗体として抗II型コラーゲン抗体の産生抑制や、全身性エリテマトーデスに関わる自己抗体として抗ds-DNA抗体の産生抑制を挙げることができる。
【0024】
本件異常免疫の調節剤は、正常な免疫機能には影響を与えず、異常な免疫機能の働きを調節して安定化する剤を意味する。ここでの「正常な免疫機能には影響を与えず、異常な免疫機能の働きを調節して安定化する」とは、たとえば、ウイルスや細菌等の抗原に対するIgG抗体等の抗体産生には影響を与えず、かつ自己免疫性関節炎での抗II型コラーゲン抗体の産生を抑制する等の自己免疫疾患に関与する抗体の産生を抑制することを挙げることができる。
【0025】
本件医薬組成物、本件自己抗体の産生抑制剤又は本件異常免疫の調節剤の剤形は、注射剤、点滴剤、内服剤、吸引剤、又は坐剤とすることができ、投与経路としては静脈内へ非経口的に投与、又は経口的に投与することができる。
【0026】
本件医薬組成物、本件自己抗体の産生抑制剤又は本件異常免疫の調節剤は、薬剤又は薬学的組成物の製造に通常用いる適宜な担体、賦形剤及び希釈剤を含むことができる。上記担体、賦形剤及び希釈剤としてはマンニトール、ポリビニルアルコール、ラクトース、デキストロース、スクロース、ソルビトール、キシリトール、エリスリトール、マルチトール、澱粉、アカシアゴム、アルギネート、ゼラチン、カルシウムホスフェート、カルシウムシリケート、セルロース、メチルセルロース、非晶質セルロース、ポリビニルピロリドン、水、メチルヒドロキシベンゾエート、プロピルヒドロキシベンゾエート、タルク、マグネシウムステアレート及び鉱物油を挙げることができる。
【0027】
本件医薬組成物、本件自己抗体の産生抑制剤又は本件異常免疫の調節剤の好ましい投与量は患者の年齢、性別及び体重、健康状態及び疾患の重症度などの多様な関連因子に照らし、当業者により適宜決定することができる。経口投与の場合には、ダントロレンナトリウム水和物換算で自己免疫疾患の抑制用医薬組成物、本件自己抗体の産生抑制剤又は本件異常免疫の調節剤として、成人(60kg)に対し投与する場合、有効成分として1日投与量は0.01ないし0.3g、好ましくは0.02ないし0.2gの範囲であり、1回又は数回分けて投与することもできる。投与間隔としては、1週間、6日、5日、4日、3日、2日、1日、12時間、8時間、4時間、2時間、1時間または30分を挙げることができる。具体的には、自己免疫疾患の抑制用医薬組成物、本件自己抗体の産生抑制剤又は本件異常免疫の調節剤として、成人(60kg)にはダントロレンナトリウム水和物として1日1回25mgより投与を始め、1週毎に25mgずつ増量し(1日2~3回に分割投与)、維持量を決定する方法を挙げることができる。一方、静脈内投与などの非経口投与の場合には、ダントロレンナトリウム水和物換算で自己免疫疾患の抑制用医薬組成物、本件自己抗体の産生抑制剤又は本件異常免疫の調節剤として、成人(60kg)に対し投与する場合、有効成分として1日投与量は0.01ないし0.3g、好ましくは0.1ないし0.2gの範囲であり、1回又は数回分けて投与することもできる。
【0028】
本件医薬組成物、本件自己抗体の産生抑制剤又は本件異常免疫の調節剤は、自己抗体が産生される自己免疫疾患を発症していないが、将来的に発症する可能性のある対象や、既に自己免疫疾患を発症している対象に投与することが可能である。自己免疫疾患を発症していないが、将来的に発症する可能性があるか否か、及び、既に自己免疫疾患を発症しているか否かは、自己免疫疾患の有無を診断する公知の手法、たとえば対象から得られた生物試料において、自己抗体、マーカーとなるペプチドの有無を測定する方法等を挙げることができる。たとえば関節リウマチの場合には、対象において抗環状シトルリン化ぺプチド(CCP)抗体やリウマチ因子の有無を測定する方法を挙げることができる。
【0029】
本件医薬組成物、本件自己抗体の産生抑制剤又は本件異常免疫の調節剤は、自己抗体が所定の閾値以上産生されている患者に投与するためであることが好ましい。ここで、自己抗体の所定の閾値以上とは、所定の自己免疫疾患に罹患していない健常者において保有が確認される自己抗体については、前記健常者における自己抗体の平均値の+1標準偏差(SD)、+2SD、中央値の+1標準偏差(SD)、+2SD等とすることができる。また、自己抗体の所定の閾値以上として、所定の自己免疫疾患に罹患していない健常者において保有が確認されない自己抗体については、その自己抗体が検出された場合、若しくは所定の濃度の自己抗体が検出された場合とすることができる。
【0030】
本件医薬組成物、本件自己抗体の産生抑制剤又は本件異常免疫の調節剤には、ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物の投与により自己免疫疾患を抑制する旨の添付文書を含有してもよい。
【実施例0031】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの
例示に限定されるものではない。
【0032】
[実施例1]自己免疫性関節炎モデルマウスの作製
野生型のDBA1マウスを用いてコラーゲン誘発性関節炎(CIA)モデルマウスを以下に示す方法で作製した。まず、Day0に7-8週齢の野生型のDBA1(雄、雌)マウス1匹に対して、200μgの結核死菌を追加混入した完全フロイントアジュバント(Cat 231131:BD Biosciences社)50μL、及びウシII型コラーゲン(Catalog No. 2032:Condrex社)50μL(100μg)を混和した試薬(100μL/匹)をマウスの尾根部に皮下注射した。その後、Day21に、マウス1匹当たりに対して、200μgの結核死菌を混入した不完全フロイントアジュバント(Cat 263910: BD Biosciences社)50μL、及び上記ウシII型コラーゲン50μL(100μg)を混和した試薬(100μL/匹)をマウスの尾根部に再度皮下注射した。Day63までマウスを飼育し、Day63に安楽死を行い、後述の解析(マイクロCT・組織学的評価・抗体産生量測定)を行った。なお、ダントロレン群としては、上記コラーゲン誘発性関節炎(CIA)モデルマウスの作製において、Day-7(7日前)からDay63までダントロレンナトリウム(355-44503:富士フイルム和光純薬社)を100mg/kg/dayとなるように市販の実験マウス用の飼料に混合してDay63まで継続投与したCIAモデルマウスとした。コントロール群としては、ダントロレン投与無しの上記CIAモデルマウスとした。なお、II型コラーゲンをマウスに投与してII型コラーゲンに対する抗体産生をマウス体内で誘導することによってマウスに関節炎が惹起される。
【0033】
[実施例2]関節炎モデルマウスにおけるダントロレン投与による関節炎スコアの評価
実施例1で作製した関節炎モデルマウスの四肢の関節炎スコアを1週毎に記録した。関節炎スコアは、先行論文(Protection against peroxynitrite-induced fibroblast injury and arthritis development by inhibition of poly(ADP-ribose) synthase, Proc. Natl Acad. Sci. USA, 95 (1998) 3867-3872)に記載された以下の基準に基づいて各肢0-4点、1個体あたり両手足の合計で0-16点として評価した。1個体あたり両手足の評価点の合計を
図1に示す。各肢の評価基準は以下のとおりである。
スコア0:通常の手足
スコア1:1本の足先が腫脹
スコア2:2本の手足が腫脹
スコア3:3本以上の手足が腫脹
スコア4:手足全体が激しく腫脹
【0034】
図1より、雄マウス、雌マウスのいずれにおいても、コントロール群では関節炎スコアが35日目を経過すると上昇し、56日では平均2~2.5、63日では平均4となった。一方、ダントロレン群では、56日まで関節炎スコアが0を維持し、63日(Day63)でも平均で1未満であった。したがって、ダントロレンを投与することによって、関節炎の発症を抑制することができることが確認された。なお、小胞体ストレスには様々な因子が関与しているが、単にダントロレンのみで関節炎を制御可能であることは驚くべきことであった。
【0035】
[実施例3]関節炎モデルマウスにおけるダントロレン投与による微細構造評価
実施例1で作製したCIAマウス(ダントロレン投与CIAマウス及びダントロレン非投与のコントロールCIAマウス:いずれも雌マウス)のDay63の足関節を摘出後、軟部組織をできるだけ除去し、組織の10~25倍量の70%エタノールに浸漬して、骨マイクロCT解析を行った。結果を
図2に示す。
【0036】
図2より、コントロールのCIAマウスでは多くの部位で骨が破壊及び溶解していたが、ダントロレン投与CIAマウスでは骨の破壊及び溶解はみられなかった。したがって、ダントロレン投与によって骨の破壊及び溶解を抑制することが確認された。
【0037】
[実施例4]関節炎モデルマウスにおけるダントロレン投与による組織学的評価
実施例1で作製したCIAマウス(ダントロレン投与CIAマウス及びダントロレン非投与のコントロールCIAマウス:いずれも雌マウス)のDay63の足関節を摘出後、軟部組織をできるだけ除去し、組織の10~25倍量の70%エタノールに浸漬し、固定した。その後、樹脂包埋標本(非脱灰薄切標本)を作製し、ヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色)を行った。結果を
図3に示す。
【0038】
図3より、コントロールのCIAマウスでは軟骨の破壊や骨の溶解が見られたが、ダントロレン投与CIAマウスでは軟骨の破壊や骨の溶解はみられなかった。したがって、ダントロレン投与によって軟骨の破壊や骨の溶解を抑制することが確認された。
【0039】
[実施例5]抗体産生量の評価
実施例1で作製したCIAマウス及びコントロールのDay63時にマウスから採取した血清中の抗ウシII型コラーゲン抗体量を酵素結合免疫吸着検査法(mouse anti-bovine type II collagen IgG antibody assay kit, catalog Number 2032: Chondrex社)で測定した。結果を
図4に示す。
【0040】
図4から明らかなように、コントロール群に対してダントロレン投与群では血清中の抗II型コラーゲン抗体の濃度が統計学的に有意に低下していた。したがって、ダントロレンの投与によって血清中の抗II型コラーゲン抗体の産生が抑制されていることが確認された。なお、コラーゲンを投与していない野生型のDBA1マウスでは、血清中の抗II型コラーゲン抗体は産生されていなかった(図示無し)。
【0041】
また、実施例1で作製したCIAマウス及びコントロールのDay63時の血清中の抗ウシII型コラーゲン抗体濃度と関節炎スコアの相関を
図5に示す。
図5より、抗ウシII型コラーゲン抗体濃度と関節炎スコアは正の相関を示してした。
【0042】
さらに、関節炎モデルマウスCIAへのダントロレン投与による免疫抑制状態の有無の確認のため、総IgG抗体の産生量を測定した。この総IgG抗体の産生量の測定は、ダントロレンがII型コラーゲンを抗原としたIgG抗体の産生を抑制することと並行して、それ以外の抗原に対するIgG抗体産生が低下してしまうとII型コラーゲン以外の抗原、例えばウイルス等の抗原への抗体反応も抑制されてしまい、生体にとっては不利に作用してしまう懸念があるためである。
【0043】
実施例1で作製した関節炎モデルマウスCIA(CIA+)及びコントロールのマウスとして野生型のDBA1マウス(CIA-)(いずれも雌マウス)を、実施例1と同様にDay-7(7日前)からDay63までダントロレンナトリウムを投与した群と非投与群に分けた。それぞれのDay63時の血清中の総IgG濃度(mg/mL)をELISA法によって調べた。総IgG測定はMouse Total IgG Antibody Detection Kit(catalog. no. 3022:Chondrex社)を用いて行った。結果を
図6に示す。
【0044】
まず、
図4、
図5の結果より、作製したCIAマウスでは血清中の抗II型コラーゲン抗体の用量依存的に関節炎が生じていた。また、リアノジン受容体構造安定化薬としてのダントロレンが免疫細胞に作用し、関節炎の誘因となる病的な抗体産生を低下させ、結果として関節炎の発症を抑制させることと考えられた。さらに、
図6より、関節炎モデルマウス(CIA+)、コントロールのマウス(CIA-)ともに、ダントロレン投与による総IgG産生量への影響は認められなかった(“n.s”:有意差無し)。上記
図4-6より、従来の関節炎治療薬は免疫抑制作用を有していたが、ダントロレンを用いることで過度の免疫抑制が低減され、従来の関節炎治療薬で問題となっている易感染性を呈することなく関節炎を抑制することが期待される。すなわち、ダントロレンは免疫細胞全体に作用する免疫抑制剤ではなく、異常な免疫細胞のみに働く免疫調節剤としても用いることができる。