(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023178242
(43)【公開日】2023-12-14
(54)【発明の名称】蒸気圧縮サイクルの動作を監視するためのシステムおよび方法
(51)【国際特許分類】
F25B 49/02 20060101AFI20231207BHJP
G05B 23/02 20060101ALI20231207BHJP
F24F 11/63 20180101ALI20231207BHJP
F24F 11/36 20180101ALI20231207BHJP
F24F 140/12 20180101ALN20231207BHJP
F24F 140/00 20180101ALN20231207BHJP
【FI】
F25B49/02 520A
G05B23/02 Z ZAB
F24F11/63
F24F11/36
F24F140:12
F24F140:00
【審査請求】未請求
【請求項の数】23
【出願形態】OL
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2023088392
(22)【出願日】2023-05-30
(31)【優先権主張番号】63/348,923
(32)【優先日】2022-06-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(31)【優先権主張番号】18/063,974
(32)【優先日】2022-12-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(71)【出願人】
【識別番号】000006013
【氏名又は名称】三菱電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ラフマン,クリストファー
(72)【発明者】
【氏名】デシュパンデ,ベダング・モーハンラオ
【テーマコード(参考)】
3C223
3L260
【Fターム(参考)】
3C223AA17
3C223BA03
3C223CC02
3C223DD03
3C223EB01
3C223FF04
3C223FF05
3C223FF16
3C223FF22
3C223GG01
3L260AB01
3L260BA31
3L260BA52
3L260CB13
3L260CB17
3L260EA03
3L260EA07
3L260EA21
3L260FB01
3L260GA17
3L260JA01
(57)【要約】 (修正有)
【課題】本開示は、蒸気圧縮サイクルの動作を監視するためのシステムおよび方法を提供する。
【解決手段】この方法は、複数の時間インスタンスにわたる蒸気圧縮サイクルの動作の観測変数のデジタル表現を収集するステップと、各時間インスタンスごとに制約付きアンサンブルカルマンスムーザを実行することにより、各時間インスタンスごとに蒸気圧縮サイクルの状態変数を推定するステップとを含む。制約付きアンサンブルカルマンスムーザは、平滑化ウィンドウ内の一連の時間インスタンスにわたる状態変数を、共分散範囲内の一連の制約付き最適化問題を解くことによって更新し、制約は、制約付き最適化問題のすべてのインスタンスについて平滑化ウィンドウ内のすべての変数に対して課される。この方法はさらに、状態変数の推定値に基づいて、各時間インスタンスにおける蒸気圧縮サイクルの変数の推定値を出力するステップを含む。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
蒸気圧縮サイクルの動作を監視するための監視システムであって、前記監視システムは、プロセッサと、命令が格納されたメモリとを備え、前記命令は、前記プロセッサによって実行されると、前記監視システムに、
複数の時間インスタンスにわたる前記蒸気圧縮サイクルの動作の観測変数のデジタル表現を収集することと、
各時間インスタンスごとに制約付きアンサンブルカルマンスムーザを実行することにより、各時間インスタンスごとに前記蒸気圧縮サイクルの状態変数を推定することとを実行させ、前記制約付きアンサンブルカルマンスムーザは、平滑化ウィンドウ内の一連の時間インスタンスにわたる前記状態変数を、共分散範囲内の一連の制約付き最適化問題を解くことによって更新し、制約は、前記制約付き最適化問題のすべてのインスタンスについて前記平滑化ウィンドウ内のすべての変数に対して課され、前記命令はさらに、前記プロセッサによって実行されると、前記監視システムに、
前記状態変数の推定値に基づいて、各時間インスタンスにおける前記蒸気圧縮サイクルの変数の推定値を出力することを実行させる、監視システム。
【請求項2】
前記制約は、流れの方向における冷媒圧力の減少を含む、請求項1に記載の監視システム。
【請求項3】
前記状態変数は観測変数と未観測変数とを含む、請求項1に記載の監視システム。
【請求項4】
前記観測変数は、前記蒸気圧縮サイクル内の異なる場所における温度および圧力のうちの1つ以上の測定値を含む、請求項3に記載の監視システム。
【請求項5】
前記蒸気圧縮サイクルの前記未観測変数は、前記蒸気圧縮サイクル内の冷媒の量を含む、請求項3に記載の監視システム。
【請求項6】
前記プロセッサはさらに、前記蒸気圧縮サイクル内の推定された冷媒の量に基づいて前記冷媒の漏洩を検出するように構成される、請求項5に記載の監視システム。
【請求項7】
前記蒸気圧縮サイクル内の推定された冷媒の量に基づいて前記冷媒の漏洩を検出するために、前記プロセッサはさらに、
前記蒸気圧縮サイクル内の推定された冷媒の量としきい値とを比較し、
前記比較に基づいて前記冷媒の漏洩を検出するように、構成される、請求項6に記載の監視システム。
【請求項8】
前記制約は、前記蒸気圧縮サイクルのゆっくりと変化する変数に対応する少なくとも1つの等式制約を含む、請求項1に記載の監視システム。
【請求項9】
前記少なくとも1つの等式制約は、合成測定値を使用する、前記制約付きアンサンブルカルマンスムーザに含まれる、請求項8に記載の監視システム。
【請求項10】
前記蒸気圧縮サイクルの前記未観測変数は、前記蒸気圧縮サイクルの1つ以上の熱交換器によって送られる熱エネルギを含む、請求項3に記載の監視システム。
【請求項11】
前記蒸気圧縮サイクルの前記未観測変数は、前記蒸気圧縮サイクルの1つ以上の熱交換器の入口または出口における前記冷媒の流れの熱力学的品質を含む、請求項3に記載の監視システム。
【請求項12】
前記プロセッサはさらに、前記蒸気圧縮サイクルの動作の観測変数のデジタル表現を、格納のためにリモートサーバに送信するように構成される、請求項1に記載の監視システム。
【請求項13】
前記リモートサーバは、
各時間インスタンスごとに前記制約付きアンサンブルカルマンスムーザを実行することにより、各時間インスタンスごとに前記蒸気圧縮サイクルの前記状態変数を推定し、
前記蒸気圧縮サイクルの前記変数の推定値を遠隔オペレータに送信するように、構成される、請求項12に記載の監視システム。
【請求項14】
前記プロセッサはさらに、前記蒸気圧縮サイクルの前記変数の推定値を受信するように構成される、請求項13に記載の監視システム。
【請求項15】
前記プロセッサはさらに、前記蒸気圧縮サイクルの前記変数の推定値に基づいて、前記蒸気圧縮サイクルのためのメンテナンスサービスをスケジューリングするように構成される、請求項1に記載の監視システム。
【請求項16】
蒸気圧縮サイクルの動作を監視するための方法であって、前記方法は、
複数の時間インスタンスにわたる前記蒸気圧縮サイクルの動作の観測変数のデジタル表現を収集するステップと、
各時間インスタンスごとに制約付きアンサンブルカルマンスムーザを実行することにより、各時間インスタンスごとに前記蒸気圧縮サイクルの状態変数を推定するステップとを含み、前記制約付きアンサンブルカルマンスムーザは、平滑化ウィンドウ内の一連の時間インスタンスにわたる前記状態変数を、共分散範囲内の一連の制約付き最適化問題を解くことによって更新し、制約は、前記制約付き最適化問題のすべてのインスタンスについて前記平滑化ウィンドウ内のすべての変数に対して課され、前記方法はさらに、
前記状態変数の推定値に基づいて、各時間インスタンスにおける前記蒸気圧縮サイクルの変数の推定値を出力するステップを含む、方法。
【請求項17】
前記状態変数は、前記観測変数と未観測変数とを含む、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
前記観測変数は、前記蒸気圧縮サイクル内の異なる場所における温度および圧力のうちの1つ以上の測定値を含む、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
前記蒸気圧縮サイクルの前記未観測変数は、前記蒸気圧縮サイクル内の冷媒の量を含む、請求項17に記載の方法。
【請求項20】
前記方法はさらに、前記蒸気圧縮サイクル内の推定された冷媒の量に基づいて前記冷媒の漏洩を検出するステップを含む、請求項19に記載の方法。
【請求項21】
前記蒸気圧縮サイクル内の推定された冷媒の量に基づいて前記冷媒の漏洩を検出するために、前記方法はさらに、
前記蒸気圧縮サイクル内の推定された冷媒の量としきい値とを比較するステップと、
前記比較に基づいて前記冷媒の漏洩を検出するステップとを含む、請求項20に記載の方法。
【請求項22】
前記蒸気圧縮サイクルの前記未観測変数は、前記蒸気圧縮サイクルの1つ以上の熱交換器によって送られる熱エネルギを含む、請求項17に記載の方法。
【請求項23】
蒸気圧縮サイクルの動作を監視するための方法を実施するためにプロセッサが実行可能なプログラムが実装された非一時的なコンピュータ読取可能記憶媒体であって、前記方法は、
複数の時間インスタンスにわたる前記蒸気圧縮サイクルの動作の観測変数のデジタル表現を収集するステップと、
各時間インスタンスごとに制約付きアンサンブルカルマンスムーザを実行することにより、各時間インスタンスごとに前記蒸気圧縮サイクルの状態変数を推定するステップとを含み、前記制約付きアンサンブルカルマンスムーザは、平滑化ウィンドウ内の一連の時間インスタンスにわたる前記状態変数を、共分散範囲内の一連の制約付き最適化問題を解くことによって更新し、制約は、前記制約付き最適化問題のすべてのインスタンスについて前記平滑化ウィンドウ内のすべての変数に対して課され、前記方法はさらに、
前記状態変数の推定値に基づいて、各時間インスタンスにおける前記蒸気圧縮サイクルの変数の推定値を出力するステップを含む、非一時的なコンピュータ読取可能記憶媒体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、蒸気圧縮サイクルに関し、より具体的には蒸気圧縮サイクルの動作を監視するためのシステムおよび方法に関する。
【背景技術】
【0002】
蒸気圧縮サイクルは、空調および暖房の用途において幅広く使用されていることから、現代社会における基本的な技術の典型例である。これらのサイクルは、暖房システムを脱炭素化し太陽光または風力等の再生可能資源から生成される電気エネルギを利用するための有効な手段を提供するので、その役割は将来大きくなることが予想される。そのため、エネルギ効率が高くなるように、かつユーザの健康および建築物内での快適性に関する性能要件を満たすように、蒸気圧縮サイクル技術をさらに発展させることに対し、幅広い関心が寄せられている。
【0003】
蒸気圧縮サイクルの挙動を理解し予測するための、測定に基づく方法は、蒸気圧縮サイクルの効率的な動作の実現への道筋を提供する。これらのサイクルは地球温暖化に寄与し得る冷媒を利用するので、気候に基づいた懸念が、監視方法、すなわち冷媒が漏洩するとシステム保守管理者に警告することで大気中への冷媒の排出を回避するとともにそのような冷媒漏洩に伴うエネルギ効率の低下を緩和する監視方法の、開発の動機となる。そのため、蒸気圧縮サイクルの挙動を、確実かつ費用対効果の高いやり方で効果的に監視するために使用することができる技術は、設備の所有者にとっても社会全体にとっても重要な価値のあるものになる可能性がある。
【0004】
しかしながら、蒸気圧縮サイクルは、監視方法の開発の際に明確な課題を提示する特徴を有する。たとえば、質量流量または圧力等のいくつかの種類のセンサは、高コストなので、有益な内部システム変数の測定値の取得が難しくなる可能性がある。加えて、普及しているまたは信頼できる測定方法が存在しない、蒸気圧縮サイクルの内部変数が存在する。たとえば、熱交換器内の特定の場所における蒸発中の冷媒流の総質量に対する蒸気冷媒の質量の比率は、熱伝達の有効性または機器の耐久性に関する有用な情報を提供するが、この情報を直接測定するための信頼できるセンサは市販されていない。
【0005】
そのため、直接測定することが難しい蒸気圧縮サイクルの変数を推定するためのシステムおよび方法が必要である。
【発明の概要】
【0006】
いくつかの実施形態の目的は、蒸気圧縮サイクルの性能を示す、蒸気圧縮サイクルのモデルの状態変数のすべてまたは少なくとも大部分を推定することが可能な状態推定方法を提供することである。状態変数は、蒸気圧縮サイクルの未観測変数を含み得る。未観測変数は、測定が困難であるまたは直接測定することができない変数、たとえば蒸気圧縮サイクル内の冷媒の量に対応する。これに加えてまたはこれに代えて、いくつかの実施形態の目的は、現代の商用、オフィス、および住宅用建築物に存在する複雑な蒸気圧縮サイクルを監視するために長期間にわたって使用することが可能な、そのような状態推定方法を提供することである。
【0007】
いくつかの実施形態は、蒸気圧縮サイクルについて対象となる量の多くが局所的なものではなく空間的に分布している、という認識に基づく。ヒートポンプの挙動は一組の非線形偏微分方程式によって記述されるので、ある空間領域にわたる挙動を記述する量は、その空間の範囲にわたって積分される。たとえば、蒸気圧縮サイクルにおける冷媒の総質量は、配管およびサイクル構成要素のすべてに分布するので、冷媒の総質量を推定するのに空間の一点の測定では不十分である。むしろ、蒸気圧縮サイクルの空間の範囲にわたって分布する場所の一連の質量推定値が、蒸気圧縮サイクル全体の質量の分布を特徴付けるために必要である。同様の懸念が、所与の熱交換器によって送られる熱エネルギの推定値にも影響するが、この場合、対象となる量は、蒸気圧縮サイクル全体ではなく、より小さな空間範囲(1つの熱交換器)にわたって分布する。結果として、蒸気圧縮サイクルにわたる多数の位置における局所的な量の推定値を取得して合成することにより、対象となる、空間的に分布する出力にする必要がある。
【0008】
これに加えてまたはこれに代えて、いくつかの実施形態の目的は、蒸気圧縮サイクルのモデルの状態変数のすべてまたは少なくとも大部分を所定の精度で推定することが可能な状態推定方法を提供することである。状態推定値の精度は、性能監視または設計等の、蒸気圧縮サイクルのための多くの用途において重要である。たとえば、世界中で毎年多数のヒートポンプが頻繁に設置されているので、冷媒漏洩評価における小さな誤りであっても、環境に入り込む冷媒の量の推定値の大きな総誤差を表すことになる可能性がある。加えて、設計プロセスにおいて状態推定値を使用することは、市販の多数の空調機の動作に直接的な影響を及ぼす可能性がある。
【0009】
いくつかの実施形態は、カルマンフィルタまたはカルマンスムーザ(smoother)のようなカルマンベースの推定器等の確率的推定器は、蒸気圧縮サイクルの未観測変数の状態推定の精度を高めることができる、という認識に基づく。カルマンベースの推定器は、統計的ノイズおよびその他の誤りを含む、ある時間にわたって観測された一連の測定値を使用して、各時間フレームごとに状態変数の共同確率分布を推定することにより、観測変数および未観測変数の推定値を生成する。理論上、カルマンベースの推定器を使用することにより、蒸気圧縮サイクルの性能を示す状態変数のすべてまたは少なくとも大部分を推定することができる。
【0010】
いくつかの実施形態は、カルマンスムーザは、非因果的であり、対象の変数の空間分布をより正確に記述することができるので、カルマンフィルタよりも正確な状態変数の予測を生成することができる、という認識に基づく。カルマンフィルタは、状態予測が純粋に過去のデータに基づいて生成される用途を対象とするが、カルマンスムーザは、所与の時点についての状態推定値を、その時点の前後両方のデータを使用して生成する。このより高い精度は、たとえば冷媒質量または送られる熱エネルギの推定のために、蒸気圧縮サイクルの工業性能水準を達成するのに重要である。
【0011】
しかしながら、カルマンスムーザを含むカルマンベースの推定器の標準的な実装形態は、多くの状態変数に対して十分に機能しない。蒸気圧縮サイクルの動的モデルは、蒸気圧縮サイクルにおける流体および熱の相互作用を記述する質量、運動量、およびエネルギバランスについての偏微分方程式を離散化することによって定式化されるので、多数の変数および状態を有する。より精密な離散化は多くの場合、より正確な性能予測をもたらし、複雑な蒸気圧縮サイクルは多くの場合、多数の熱交換器を有するので、蒸気圧縮サイクルのモデルは、相応に多数の方程式および状態変数を有する。状態推定方法は、計算処理の容易さを残しつつ、そのような複雑な蒸気圧縮サイクルに合わせてスケーリングできなければならない。
【0012】
したがって、いくつかの実施形態は、蒸気圧縮サイクルのためのカルマンベースの推定器の構造が、多数の状態変数の推定の要件を反映しなければならない、という認識に基づく。たとえば、アンサンブルカルマンフィルタは、多数の状態変数を伴う問題に適した再帰的フィルタである。アンサンブルカルマンフィルタは、共分散行列がサンプル共分散に置き換えられた大きな問題のためのカルマンフィルタのバージョンとして発生した。アンサンブルカルマンフィルタは、粒子フィルタに関連するが、関与するすべての確率分布がガウス分布であるとさらに仮定し、適用できる場合は粒子フィルタよりも効率的である。
【0013】
いくつかの実施形態は、平滑化問題に対してアンサンブルカルマンという手法を適用すると、蒸気圧縮サイクルのような大規模システムについて、長い平滑化ウィンドウに適用された場合に、スケールの問題が発生する、という認識に基づく。そのような場合、平滑化問題のサイズは、状態変数の数nと平滑化ウィンドウ内のデータポイント数lとの積nlとして増大する。
【0014】
そのため、本開示の一実施形態は、元の状態変数の空間ではなく共分散範囲において更新が行われるように座標変換を実施するアンサンブルカルマンスムーザを使用する状態推定方法を定義する。この座標変換は、推定問題における変数のサイズが、アンサンブルのメンバーの数のみに依存し、状態変数の数nおよび平滑化ウィンドウの長さlとは無関係であることを保証する。そのため、この座標変換を実施するアンサンブルカルマンスムーザは、計算処理が容易な方法で長い時系列のデータにわたり状態推定値を生成し、平滑化ウィンドウの継続時間全体からの情報を使用することによって正確な状態推定値を提供することができる。
【0015】
アンサンブルカルマンスムーザのようなこれらの状態推定器は、ソルバー(solver)を使用して、測定データが存在する時点間で動的モデルを積分する。動的モデルがある時間間隔にわたって前方に向かって積分されると、予測された挙動と測定されたデータとの間の偏差の結果として計算される状態補正が、動的モデルの制約を満たすことで、将来の時間インスタンスにわたる動的モデルの正しい動作を保証する必要がある。たとえば、熱交換器内の冷媒圧力は、流れの方向に低下することで、蒸気圧縮サイクルにおける基本的な物理的関係を満たさなければならない。状態補正が所与の時点で適用された後に冷媒圧力に対するそのような制約が満たされない場合、ソルバーは、次の時間間隔にわたって動的モデルを正しく前方に向かって積分できない場合があり、その理由は、摂動された圧力が非物理的な変化を流れの方向に引き起こし、動的モデルの基本的な仮定に違反する可能性があることにある。
【0016】
そのような問題に対処するために、いくつかの実施形態は、アンサンブルカルマンスムーザが、動的モデルを時間的に前方に正しく伝搬させるために一組の制約を満たす必要がある、という認識に基づく。したがって、蒸気圧縮サイクルの未観測変数を推定するために、制約付きアンサンブルカルマンスムーザを定式化する必要がある。いくつかの実施形態は、アンサンブルカルマンスムーザは最適化問題として記述することができ、このことが制約を課すことを可能にする、という認識に基づく。そのような最適化問題は、制約付きアンサンブルカルマンスムーザを表す。
【0017】
さらに、いくつかの実施形態は、ある時点に対して制約を課すと、他の時点の制約に違反する状態更新が発生し得るので、制約はすべての時点における状態更新に課される必要がある、という認識に基づく。現時点のみではなくすべての時点における状態更新に制約を課すことは、制約のすべてが状態変数のすべてについて満たされることを保証する。
【0018】
蒸気圧縮サイクルにおける冷媒質量を含むいくつかの変数は、時間とともにゆっくりと変化し、カルマンスムーザを使用して状態推定方法を実行する比較的短い期間では一定であると仮定することができる。ゆっくりと変化する変数に関するこの情報は、線形および/または非線形等式制約で表すことができる。等式制約は、ゆっくりと変化する変数が観測されると仮定される合成測定値によって状態推定方法に組み込まれる。
【0019】
したがって、一実施形態は、蒸気圧縮サイクルの動作を監視するための監視システムを開示する。監視システムは、プロセッサと、命令が格納されたメモリとを備え、命令は、プロセッサによって実行されると、監視システムに、複数の時間インスタンスにわたる蒸気圧縮サイクルの動作の観測変数のデジタル表現を収集することと、各時間インスタンスごとに制約付きアンサンブルカルマンスムーザを実行することにより、各時間インスタンスごとに蒸気圧縮サイクルの状態変数を推定することとを実行させ、制約付きアンサンブルカルマンスムーザは、平滑化ウィンドウ内の一連の時間インスタンスにわたる状態変数を、共分散範囲内で定式化された一連の制約付き最適化問題を解くことによって更新し、制約は、制約付き最適化問題のすべてのインスタンスについて平滑化ウィンドウ内のすべての変数に対して課され、さらに、状態変数の推定値に基づいて、各時間インスタンスにおける蒸気圧縮サイクルの変数の推定値を出力することを、実行させる。
【0020】
したがって、もう1つの実施形態は、蒸気圧縮サイクルの動作を監視するための方法を開示する。この方法は、複数の時間インスタンスにわたる蒸気圧縮サイクルの動作の観測変数のデジタル表現を収集するステップと、各時間インスタンスごとに制約付きアンサンブルカルマンスムーザを実行することにより、各時間インスタンスごとに蒸気圧縮サイクルの状態変数を推定するステップとを含み、制約付きアンサンブルカルマンスムーザは、平滑化ウィンドウ内の一連の時間インスタンスにわたる状態変数を、共分散範囲内の一連の制約付き最適化問題を解くことによって更新し、制約は、制約付き最適化問題のすべてのインスタンスについて平滑化ウィンドウ内のすべての変数に対して課され、方法はさらに、状態変数の推定値に基づいて、各時間インスタンスにおける蒸気圧縮サイクルの変数の推定値を出力するステップを含む。
【0021】
したがって、さらにもう1つの実施形態は、蒸気圧縮サイクルの動作を監視するための方法を実施するためにプロセッサが実行可能なプログラムが実装された非一時的なコンピュータ読取可能記憶媒体を開示する。この方法は、複数の時間インスタンスにわたる蒸気圧縮サイクルの動作の観測変数のデジタル表現を収集するステップと、各時間インスタンスごとに制約付きアンサンブルカルマンスムーザを実行することにより、各時間インスタンスごとに蒸気圧縮サイクルの状態変数を推定するステップとを含み、制約付きアンサンブルカルマンスムーザは、平滑化ウィンドウ内の一連の時間インスタンスにわたる状態変数を、共分散範囲内の一連の制約付き最適化問題を解くことによって更新し、制約は、制約付き最適化問題のすべてのインスタンスについて平滑化ウィンドウ内のすべての変数に対して課され、方法はさらに、状態変数の推定値に基づいて、各時間インスタンスにおける蒸気圧縮サイクルの変数の推定値を出力するステップを含む。
【0022】
ここに開示する実施形態について、添付の図面を参照しながらさらに説明する。示されている図面は、必ずしも正しい縮尺ではなく、代わりに、ここに開示する実施形態の原理を説明するにあたり強調を全体的に加えている。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本開示のある実施形態に係る蒸気圧縮サイクルを示す図である。
【
図2】本開示のいくつかの実施形態に係る、未観測変数を推定し蒸気圧縮サイクルの動作を監視するための監視システムを含むシステムアーキテクチャの概略図を示す。
【
図3】本開示のいくつかの実施形態に係る、システムモデルが満たさなければならない制約を示す図である。
【
図4】本開示のいくつかの実施形態に係る、時系列のデータについての状態推定プロセスの概略図を示す。
【
図5】本開示のいくつかの実施形態に係る、制約なしアンサンブルカルマンスムーザを使用して状態変数を推定するための方法のブロック図を示す。
【
図6】本開示のいくつかの実施形態に係る、制約付きアンサンブルカルマンスムーザを使用して状態変数を推定するための方法のブロック図を示す。
【
図7】本開示のいくつかの実施形態に係る、監視システムによる冷媒の漏洩の検出についての概略図を示す。
【
図8】本開示のいくつかの実施形態に係る、蒸気圧縮サイクルの1つ以上の熱交換器によって送られる熱エネルギを推定し蒸気圧縮サイクルの動作を制御することについての概略図を示す。
【
図9】本開示のいくつかの実施形態に係る、監視システムがリモートサーバ上で実現されるクラウドベースのアーキテクチャの概略図を示す。
【
図10】本開示のいくつかの実施形態に係る監視システムのブロック図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下の記載では、説明のために、本開示が十分に理解されるよう多数の具体的な詳細事項を述べる。しかしながら、本開示はこれらの具体的な詳細事項なしで実施し得ることが当業者には明らかであろう。その他の場合では、本開示を不明瞭にするのを回避することだけのために装置および方法をブロック図の形式で示す。
【0025】
本明細書および請求項で使用される、「たとえば(for example)」、「例として(for instance)」、および「~のような(such as)」という用語、ならびに「備える(comprising)」、「有する(having)」、「含む(including)」、およびこれらの動詞の他の形態は、1つ以上の構成要素またはその他のアイテムの列挙とともに使用される場合、その列挙がさらに他の構成要素またはアイテムを除外するとみなされてはならないことを意味する、オープンエンドと解釈されねばならない。「~に基づく」という用語は、少なくとも部分的に基づくことを意味する。さらに、本明細書で使用される文体および術語は、説明のためのものであって限定とみなされてはならないことが理解されるはずである。本明細書で使用されるいかなる見出しも、便宜的なものにすぎず、法的または限定効果を持つものではない。
【0026】
ヒートポンプ、空気調和機および冷蔵庫は、1つ以上の物理的な場所からその他の場所に熱を移動させることによってこれらの場所のうちの1つ以上で所望の熱的状態を実現する装置の例である。いくつかの実施形態において、ヒートポンプは、蒸気圧縮サイクルを用いて熱を移動させる。蒸気圧縮サイクルのある動作は、温度、圧力、湿度、比エンタルピー、密度、粘度等の熱流体特性変数を用いて記述することができる。熱流体特性変数をそれぞれの最大限度未満に維持してヒートポンプの損傷を防止する等の、各種動作制約を満たす方法で、蒸気圧縮サイクルを動作させることが望ましい。加えて、蒸気圧縮サイクルに作用する可能性がある外乱に関係なく熱流体特性変数がそれらの望ましい設定点に留まるように蒸気圧縮サイクルを動作させることが望ましい。
【0027】
図1は、本開示のある実施形態に係る蒸気圧縮サイクル100を示す。蒸気圧縮サイクル100は、圧縮機101と、凝縮熱交換器103と、膨張弁105と、空間109に配置された蒸発熱交換器107とを含む。凝縮熱交換器103からの熱伝達はファン111の使用によって促進され、蒸発熱交換器107からの熱伝達はファン113の使用によって促進される。蒸気圧縮サイクル100は、可変圧縮機速度、可変膨張弁位置、および可変ファン速度等の可変アクチュエータを含み得る。複数の熱交換器、圧縮機、弁、およびアキュムレータまたはリザーバ、パイプなどの他の構成要素を備えた、本開示が関連する多数の他の代替機器アーキテクチャが存在し得るので、蒸気圧縮サイクル100の説明は、本開示の範囲または用途をいかなるシステムに限定することも意図しない。
【0028】
蒸気圧縮サイクル100において、圧縮機101は、低圧低温の蒸気相流体(冷媒)を圧縮して高圧高温の蒸気状態にし、これはその後凝縮熱交換器103に流入する。この冷媒が凝縮熱交換器103を通過する際、ファン111によって熱伝達が促進され、高温高圧の冷媒は、その熱を低温の周囲空気に伝達する。冷媒は、熱を周囲空気に伝達する際に、高圧低温の液体状態になるまで徐々に凝縮する。さらに、冷媒は、凝縮熱交換器103を出て膨張弁105を通過し、膨張して低圧沸騰状態になり、そこから蒸発熱交換器107に入る。蒸発熱交換器107を通過する空気は冷媒そのものよりも暖かいので、冷媒は蒸発熱交換器107を通過する際に徐々に蒸発する。蒸発熱交換器107から出る冷媒は、低圧低温状態である。低圧低温の冷媒は、再び圧縮機101に入り、同じサイクルが繰り返される。
【0029】
蒸気圧縮サイクル100は、アクチュエータの一組の公称入力値で、たとえば、圧縮機101の速度、ファン111の速度、膨張弁105の位置、ファン113の速度などで、動作する。蒸気圧縮サイクル100が、たとえば、空間109内の温度または湿度等の変数の調整、または蒸気圧縮サイクル100内の1つ以上のポイントにおける温度または圧力等のプロセス変数の調整等の、性能メトリクスを達成することが、望ましいまたは目的である。そのような目的を達成するために、1つ以上のセンサが、蒸気圧縮サイクル100内のさまざまな場所に設置されて、対象の変数を監視する。対象の変数は、温度、湿度、および/または圧力を含み得る。たとえば、センサ115、117、119、および121は、異なる場所に配置される。センサ115、117、119、および121は、それらのそれぞれの場所における温度および/または圧力を監視する。これに代えてまたは加えて、温度または湿度等の空間109内の変数の測定値は、センサ123等のセンサを介して取得されてもよい。
【0030】
センサ115、117、119、121、および123からの情報は、蒸気圧縮サイクル100に関連付けられたコントローラ125に入力される。コントローラ125は、センサ115、117、119、121、および123からの情報に基づいて、蒸気圧縮サイクル100の動作を制御することができる。たとえば、コントローラ125は、センサ115、117、119、121、および123からの情報に基づいて、アクチュエータの入力値、たとえば、圧縮機101の速度、ファン111の速度、膨張弁105の位置、およびファン113の速度を変更することにより、所望の性能メトリクスを達成することができる。
【0031】
しかしながら、蒸気圧縮サイクル100の動作のいくつかの変数は、測定するのが難しい。たとえば、蒸気圧縮サイクル100における冷媒の量、蒸気圧縮サイクル100によって空間109に供給される冷房エネルギまたは暖房エネルギの量などは、測定するのが難しい。これらの変数の推定値は、蒸気圧縮サイクル100の監視および制御に役立つ。例として、蒸気圧縮サイクル100内の冷媒の量に基づいて、冷媒の漏洩を監視することができる。
【0032】
さらに、コントローラ125は、空間109に供給される冷房エネルギまたは暖房エネルギの量の推定値に基づいて、空間109の温度をただ調節するのではなく、空間109に供給される熱エネルギの特定の値の実現等の、蒸気圧縮サイクル100の動作の調整を、行うことができる。
【0033】
加えて、いくつかの変数(たとえば質量流量)の測定は、ある種のセンサのコストが高いことおよびこれらのセンサの設置が困難であることから、費用対効果が高くない。1つ以上のセンサから観測または測定された蒸気圧縮サイクル100の動作の変数は、観測変数と呼ばれ、まだ観測されていないまたは測定が困難な変数は、未観測変数と呼ばれる。観測変数は、蒸気圧縮サイクル100内の異なる場所における温度および圧力のうちの1つ以上の測定値を含み得る。未観測変数は、蒸気圧縮サイクル100内の冷媒の量、蒸気圧縮サイクル100の1つ以上の熱交換器によって送られる熱エネルギ、および蒸気圧縮サイクル100の1つ以上の熱交換器の入口または出口における冷媒流の熱力学的品質を含み得る。
【0034】
いくつかの実施形態の目的は、蒸気圧縮サイクル100の状態変数のすべてまたは少なくとも大部分を推定することである。状態変数は、実際の蒸気圧縮システムの将来の挙動を予測するために使用することができる、蒸気圧縮サイクル100のシステムモデルの数学的状態を記述する一組の変数として定義される。状態変数は、蒸気圧縮サイクル100の未観測変数および/または観測変数を含み得る。蒸気圧縮サイクル100のシステムモデルに対応する状態変数は、圧力、温度、および比エンタルピー等の、冷媒の熱力学的特性を含み得る。加えて、状態変数は、推定されるべきシステムモデルのパラメータを含み得る。
【0035】
これに加えてまたはこれに代えて、いくつかの実施形態の目的は、状態変数のすべてまたは少なくとも大部分を所定の精度で推定することである。冷媒質量、暖房または冷房能力、および質量流量を含む、特定の未観測変数は、これらの変数間の物理的関係を使用して、蒸気圧縮サイクル100の状態変数から推定することができる。そのため、状態推定値の精度は、性能監視または設計等における、蒸気圧縮サイクル100のための多くの用途において、重要である。そのような目的を達成するために、いくつかの実施形態は、監視システムを提供する。監視システムは、対象の未観測変数を推定し蒸気圧縮サイクル100の動作を監視するように構成される。
【0036】
図2は、本開示のいくつかの実施形態に係る、未観測変数および/または観測変数を推定し、蒸気圧縮サイクル100の動作を監視するための監視システム201を含むシステムアーキテクチャ200の概略図を示す。システムアーキテクチャ200は、蒸気圧縮サイクル100と、コントローラ125と、監視システム201と、記憶媒体203とを含む。蒸気圧縮サイクル100に設置されたセンサ(たとえば、センサ115、117、119、121、および123)からの測定データ205、およびコントローラ125によって提供された制御入力207は、記憶媒体203に格納される。加えて、いくつかの実施形態において、内部コントローラ変数、制御論理からの離散変数、またはコントローラ125によって生成された他の情報等の、コントローラ125に関連付けられる他の内部情報が、記憶媒体203内に格納されてもよい。
【0037】
さらに、記憶媒体203からのデータ209は、定期的に、または、未観測変数および/または観測変数の推定を必要とするイベントがあるとき、たとえばユーザが蒸気圧縮サイクル100の動作に関する情報を要求するときの、いずれかで、監視システム201に定期的に提供される。ある実施形態において、データ209は、複数の時間インスタンスにわたる蒸気圧縮サイクルの動作の観測変数のデジタル表現を含み得る。監視システム201は、蒸気圧縮サイクル100が位置する地理的な場所と同じ場所に、または異なる場所に設置された、その計算ハードウェアを有し得る。
【0038】
監視システム201は、状態推定器201aとシステムモデル201bとを含む。状態推定器201aは、記憶媒体203からのデータ209をシステムモデル201bからの状態変数の予測211と比較するように構成される。この比較に基づいて、状態推定器201bは、データ209と予測211との間の差を補償する状態推定補正を計算する。補正された状態推定値213はその後システムモデル201bに提供され、これが対象の時間区間にわたる蒸気圧縮サイクル100の挙動の予測を生成する。さらに、生成された予測は状態推定器201aに提供され、これがさらなる状態補正を生成する。
【0039】
【0040】
いくつかの実施形態において、一組の出力215と、温度もしくは湿度設定点または消費電力を最小にするもしくは熱的快適性メトリクスを最大にするといった他の目的を含み得る一組のユーザ入力とが、コントローラ125に入力される。コントローラ125は、出力215および一組のユーザ入力に基づいて、圧縮機速度、膨張弁位置、およびファン速度のうちの1つ以上を含む、蒸気圧縮サイクル100のための制御入力217を計算する。
【0041】
いくつかの実施形態は、カルマンフィルタまたはカルマンスムーザのようなカルマンベースの推定器等の状態推定器は未観測変数の推定の精度を高めることができる、という認識に基づく。カルマンベースの推定器は、統計的ノイズおよびその他の誤りを含む、ある時間にわたって観測された一連の測定値を使用して、各時間フレームごとに状態変数の共同確率分布を推定することにより、未観測変数および/または観測変数の推定値を生成する。いくつかの実施形態は、カルマンスムーザは、非因果的であり、対象の変数の空間分布をより正確に記述することができるので、カルマンフィルタよりも正確な状態変数の予測を生成することができる、という認識に基づく。カルマンフィルタは、状態予測が純粋に過去のデータに基づいて生成される用途を対象とするが、カルマンスムーザは、所与の時点についての状態推定値を、その時点の前後両方のデータを使用して生成する。
【0042】
システムモデル201bは、蒸気圧縮サイクル100で行われる物理学に基づくプロセスの理解を含むがこれに限定されないさまざまな状況から、または機械学習等のデータ駆動アプローチから、定義することができる。いくつかの実施形態は、システムモデル201bが、将来の時間インスタンスにわたってシステムモデル201bの正しい動作を確実にするために蒸気圧縮サイクル100の挙動を支配する制約を満たさなければならない、という認識に基づく。
【0043】
図3は、本開示のいくつかの実施形態に係る、システムモデル201bが満たされなければならない制約を示す。蒸気圧縮サイクル100の特性は、冷媒圧力Pおよび冷媒比エンタルピーhの座標に示される。軸T
satは、冷媒圧力の一変数関数である冷媒の飽和温度を示す。飽和曲線301は、単相領域と2相領域との境界を示している。飽和曲線301の左の領域303は、冷媒の液体領域であり、液体/蒸気混合物を説明する領域、そうでなければ2相領域として知られている領域は、領域305によって特徴付けられ、蒸気領域は、領域307によって特徴付けられる。
【0044】
状態点309~315は、蒸気圧縮サイクル100の定常状態動作を説明する線で接続されている。状態点309は、圧縮機101から出るときの冷媒の高圧高温状態を示し、圧力は、冷媒が凝縮熱交換器103を通過する間に低下して高圧低温状態点311に到達する。等エンタルピー膨張プロセスの後、冷媒は、より低い圧力313で膨張弁105から出た後に、蒸発器熱交換器107を通過し、圧力は、冷媒が加熱される間にさらに低下し、状態点315に達する。その後、圧縮機101が冷媒を圧縮し、状態点309に戻る。
【0045】
図3のグラフでは、凝縮熱交換器および蒸発熱交換器の両方を通る空気流の入口温度と、同じこれらの熱交換器を通過する冷媒の飽和温度との関係を観測することができる。飽和温度は、凝縮または蒸発プロセスに、特に純粋な冷媒の場合、関連があるが、その理由は、これらのプロセスが、多くの一般的な冷媒に関して等温であることにある。凝縮温度(飽和温度軸上に投影された309と311を結ぶ線に対応する)と周囲温度(ambient temperature)317との間の差は、冷媒から周囲環境に伝達される熱量に大きな影響を及ぼし、蒸発温度(これも飽和温度軸上に投影された313と315を結ぶ線に対応する)と室温(room temperature)319との間の差は、室内から冷媒に伝達される熱量に大きな影響を及ぼす。
【0046】
図3を参照しながら説明したそのような動作サイクルは、蒸気圧縮サイクル100の任意のモデル(たとえばシステムモデル201b)が満たさなければならない多数の制約を示す。たとえば、冷媒圧力は流れの方向に低下しなければならない。これは
図3において明らかであり、圧力は、圧縮機出口321から、凝縮器出口323、蒸発器入口における325、圧縮機入口における327へと、低下する。冷媒は高圧から低圧に流れるので、圧力変化について物理学ベースの一組の不等式の関係を維持することは、蒸気圧縮サイクル100のモデル201の動作を修正するのに不可欠である。加えて、ある場所の凝縮(condensing)熱交換器を通過する際の冷媒温度T
condは周囲温度317よりも高くなければならず、ある場所の蒸発(evaporating)熱交換器を通過する際の冷媒温度T
evapは室温319よりも低くなければならない。
【0047】
いくつかの実施形態は、これらの制約の存在が状態推定器201aの動作に課題を課す可能性がある、という認識に基づく。状態推定器の標準的な定式化の下では、特に測定データ205における潜在的なノイズが与えられると、状態補正の構造に関する保証はない。補正された状態推定値213は、蒸気圧縮サイクル100の挙動を正確に表すために、制約を満たさなければならない。たとえば、状態変数のベクトルにおける一組の圧力は、流れの方向を支配する物理学ベースの不等式制約を満たさなければならない。加えて、観測関数への状態変数のマップは、このモデルについて、Tcond>TambientおよびTevap>Troomを保証しなければならない。そのような制約は、物理学ベースのモデルを含む蒸気圧縮サイクル100のモデルの構築および動作における基本的な仮定を表すので、制約を満たさない補正された状態推定213は、システムモデル201bの誤動作を引き起こす可能性がある。その結果、システムモデル201bは、補正された状態推定値213が適用された後の期間中に有効な予測を生成しない。そのため、補正された状態推定値が制約を満たす状態推定プロセスが必要である。
【0048】
図4は、本開示のいくつかの実施形態に係る、時系列のデータについての状態推定プロセスの概略図を示す。データ400は、(k-m+1)のサンプル時間において収集された測定値205を含み、状態推定器201aによって記憶媒体203から取得される。データ400は、最初の時間y
m401、第2の時間y
m+1403、第3の時間y
m+2405…において収集され、最後の時間y
k407まで収集された、データを含む。各サンプル時間において収集されたデータy
iは複数の測定値を含み得るものであり、y
iの各インスタンスがベクトルを表す。
【0049】
状態推定器201aは、第1のステップ409を、時間mにおける一組の状態変数xの初期値411と、蒸気圧縮サイクル100の挙動を記述する一組の微分方程式を含み得る蒸気圧縮サイクル100のモデルとを用いて、開始する。このモデルを、状態変数xm+1415の値およびモデル予測h(xm+1)の値を計算するために、前方に向かって時間mから時間m+1まで解く(413)。次に、状態推定器201aは、データym+1403およびモデル予測h(xm+1)を使用して、状態変数に対する一組の補正を計算することで、補正された状態推定値を得る。
【0050】
一実施形態において、カルマンフィルタまたはカルマンスムーザ等の確率的推定器を使用して、補正された状態推定値を取得する。たとえば、第2のステップ417において、カルマンフィルタおよびカルマンスムーザの両方が、最初に補正された状態推定値xm+1419を使用して、モデルを前方に向かって解く(421)ことにより、新たなモデル予測h(xm+2)を計算する。カルマンフィルタは、データym+2を用いて状態変数xm+2423を補正するだけであるが、カルマンスムーザは、データym+2を用いて状態変数xm+1419およびxm+2423を補正する。よって、測定データのすべてが状態推定値のすべてを更新するために使用されるので、カルマンスムーザはカルマンフィルタよりも徹底的に測定データ(たとえばデータym+2)を使用する。
【0051】
第3のステップ425において、状態推定器201aは、再びモデルを前方に向かって時間m+3まで解いて、状態変数xm+3433の値を算出し、次に、データym+3を用いて、状態変数xm427、xm+1429、xm+2431、およびxm+3433のすべてを補正する。このプロセスは、ストレージメモリから入手可能な最後のデータykまでのすべてのデータが処理されるまで、繰り返される。
【0052】
xm+1415またはxm+2423等の補正された状態推定値は、後続の時点にわたって生成されることになるモデル予測のためのモデルに対する制約を満たさなければならない。現在の時点のみではなくすべての時点において補正された状態推定値に対して制約を課すことで、制約のすべてが状態変数のすべてについて満たされることを保証する。いくつかの実施形態は、すべてのポイントについて制約を課すアンサンブルカルマンスムーザを定式化することができる、という認識に基づく。
【0053】
【0054】
数学的観点から、等式1を参照すると、状態推定の目的は、データy(t)を考慮して確率密度関数p(x|y)を特徴付けることであり、これは、一組の測定データyを考慮して状態変数の最も可能性の高い軌道を求めることとして説明することができる。fおよびhが線形である場合、尤度を最大化するxの値は、線形二次推定器の解として計算することができ、これは、測定値がオンラインで収集されているときに状態推定値の更新を提供するために使用される場合の、線形カルマンフィルタとして、または、以前に収集されたデータを処理するために非因果的設定で使用される場合の、線形カルマンスムーザとして、知られている。
【0055】
いくつかの実施形態は、カルマンスムーザを含むカルマンベースの推定器の標準的な実装形態は、蒸気圧縮サイクルのモデルにおいて見出される多数の状態変数に対して十分に機能せず、カルマンベースの推定器の構造は、多数の状態変数の推定を処理するために調整されなければならない、という認識に基づく。たとえば、アンサンブルカルマンフィルタは、このような問題に適した再帰的フィルタである。さらに、いくつかの実施形態は、平滑化問題へのアンサンブルカルマンフィルタの適用が、大規模システムのための長い平滑化ウィンドウに適用されるときにスケールに関連する課題につながる、という認識に基づく。そのため、本開示の一実施形態は、推定問題のサイズがアンサンブルのメンバーの数のみに依存するよう、元の状態変数の空間ではなく共分散範囲において更新が行われるように座標変換を実施するアンサンブルカルマンスムーザを使用する状態推定方法を、定義する。これは、長い時系列データにわたる状態推定の生成の計算処理を容易にし、平滑化ウィンドウの期間全体からの情報を使用することによってこれらの推定の精度を改善することができる。
【0056】
【0057】
【0058】
【0059】
【0060】
カルマンフィルタリング問題を最適化問題として定式化することにより、最適化変数に対して制約を課すことを含む、現代の最適化方法の仕組みを利用することが可能になる。
【0061】
【0062】
【0063】
図5は、本開示のいくつかの実施形態に係る、制約なしのアンサンブルカルマンスムーザを使用して状態変数を推定するための方法500のブロック図を示す。方法500は、式11の最適化問題の解を表す閉じた形態の式を用いて定式化される。
【0064】
方法500は、蒸気圧縮サイクル100の動作からのデータ501および蒸気圧縮サイクル100のモデル503から始まる。データ501は、蒸気圧縮サイクル100に設置されたセンサからの一組の入力uおよび測定値yを含む。ある実施形態に従うと、蒸気圧縮サイクル100のモデル503は、関数fによる状態変数の進化と、場合によっては非線形関数の可能性がある第2の関数hによる状態変数の関数としての測定値との両方を記述する。方法500を説明するために、ブロック507において(5)に対応する線形測定関数が仮定される。
【0065】
【0066】
ブロック507において、状態推定値を、平滑化ウィンドウにわたり、平滑化ウィンドウ内のすべての測定値について更新することにより、補正された状態推定値を生成し、その後、状態変数を、平滑化ウィンドウ内の最初のデータポイントから始まり平滑化ウィンドウ内の最後のデータポイントまで進む測定時間まで、予想する。
【0067】
利用可能なN個のデータポイントが存在し得るが、平滑化ウィンドウにおいてN個のデータポイントすべてが使用されるかまたはより小さなセットが使用される可能性がある。たとえば、最初に、第1の測定時間k=1における補正された状態推定値が計算され、次に、ブロック509において、測定時間k=1が最後のデータポイントの時点であるか否かが確認されて、平滑化ウィンドウの終わりが判断される。測定時間k=1は平滑化ウィンドウの長さに等しくないので、ブロック511において、非線形モデルfを、前方に向かって第1の測定時間から第2の測定時間k=2まで解き、次に、状態変数を、時間k=2における測定を考慮するために再び補正(または更新)する。
【0068】
時間k=2において、状態補正が、時間k=1およびk=2における状態推定値の両方に適用される。これにより、時間k=1における状態推定値が時間k=2において提供される情報を説明することを、確実にする。このような繰り返しにおいて、N個のデータポイントのすべてが組み込まれるまで追加のデータが組み込まれるのに伴って状態推定データの長さは徐々に増加し、状態変数のすべてが継続的に更新されて、増大しつつある平滑化ウィンドウに追加されるデータポイントによって提供される新たな情報を反映する。より多くのデータポイントが組み込まれるのに伴って平滑化ウィンドウの長さが増すことで、法外なメモリ要件および計算時間等の深刻な計算上の課題が生じる可能性がある。
【0069】
そのため、いくつかの実施形態において、平滑化ウィンドウの長さ、すなわち平滑化ウィンドウ内のデータポイントの数l=k-m+1を、十分な数のデータポイントが補正された状態推定値に組み込まれた後に、一定になるように固定してもよく、そうすると、mよりも前の時間において利用可能なデータポイントは更新ステップ507では考慮されない。
【0070】
各データポイントが処理されると、ブロック513において、最終組の平滑化された状態推定値が出力される。最終組の平滑化された状態推定値は、蒸気圧縮サイクル100の動作の未観測変数を含む。
【0071】
【0072】
適切に定義された行列演算子Am:kにより、式(12b)は、補正された状態推定が満たされなければならない物理的制約を表す。これに代えて、またはこれに加えて、制約付き最適化問題(12)は、拡張された状態変数xm:kに対する非線形および/または等式制約を含み得る。
【0073】
【0074】
【0075】
【0076】
【0077】
【0078】
【0079】
【0080】
【0081】
有効な制約がない場合、最適化問題(19a)は問題(11a)と等価であるが、最適化問題(19a)は、長い平滑化ウィンドウに対して問題の計算を可能にする。結果として、蒸気圧縮サイクル100の性能を、他の場合において可能なものよりも長い平滑化ウィンドウにわたって分析することができる。
【0082】
式(19)および(20)は、共分散の範囲における制約付き最適化問題としての制約付きアンサンブルカルマンスムーザを表す。加えて、制約付きアンサンブルカルマンスムーザは、二次問題であり、二次問題を解くように設計された入手し易いソフトウェアで解くことができる。
【0083】
図6は、本開示のいくつかの実施形態に係る、共分散の範囲内で定式化された制約付きアンサンブルカルマンスムーザを使用して状態変数を推定するための方法600のブロック図を示す。
【0084】
方法600は、蒸気圧縮サイクル100の動作からのデータ601および蒸気圧縮サイクル100のモデル603から始まる。データ601は、蒸気圧縮サイクル100に設置されたセンサからの一組の入力uおよび測定値yを含む。ある実施形態に従うと、蒸気圧縮サイクル100のモデル603は、関数fによる状態変数の進化と、場合によっては非線形関数の可能性がある第2の関数hによる状態変数の関数としての測定値との両方を記述する。方法600を説明するために、ブロック607において(16)に対応する線形測定関数が仮定される。
【0085】
【0086】
ブロック607において、共分散の範囲r(i)*に変換された状態変数を、制約付き最適化問題を解くことにより、データ601内のすべての測定値について平滑化ウィンドウにわたって更新する。その後、変換された補正が、元の状態変数の座標系に戻るように変換されて、補正された拡張状態推定値を得る。制約付き平滑化方法600のこの実施形態は監視システム201におけるリアルタイムでの使用のために構築されている訳ではないが、ブロック607における利用可能な各データポイントのすべてのサンプルについての制約付き最適化問題の解は、計算コストが高くなる可能性がある。そのため、いくつかの実施形態において、ブロック607における更新ステップを2段階プロセスと置き換えてもよく、その場合、第1段階において、ブロック507と同様に更新は制約なしで実行される。この更新が適用された後、第2の段階において、ブロック607における制約付き最適化問題を、第1の段階で取得された補正された拡張状態推定値が制約に違反する場合にのみ、解く。第2の段階は、第1の段階における補正の後に制約が満たされる場合、スキップされる。
【0087】
利用可能なN個のデータポイントが存在し得るが、平滑化ウィンドウにおいて、N個のデータポイントのすべてが使用されてもよく、またはより小さなセットが使用されてもよい。たとえば、第1の測定時間k=1における共分散の範囲の座標系での状態更新は、制約を適用しながら計算され、その後、元の状態変数の座標系に戻るように変換される。
【0088】
ブロック609において、利用可能なデータの最後に達した場合、測定時間k=1が最後のデータポイントの時点か否かが確認される。測定時間k=1はNに等しくないので、ブロック611において、非線形モデルfを、前方に向かって第1の測定時間から第2の測定時間k=2まで解き、その後、時間k=2における測定値を考慮するために状態変数を再び更新する。
【0089】
時間k=2において、状態補正が、時間k=1およびk=2の両方における状態推定値に適用され、制約が、時間k=1およびk=2の両方において課される。これにより、時間k=1における状態推定値が時間k=2における測定値を説明すること、および、制約が両方の時間において満たされることを、確実にする。このような繰り返しにおいて、N個のデータポイントのすべてが組み込まれるまで追加のデータが組み込まれるのに伴って状態推定データの長さは徐々に増加し、状態変数のすべてが継続的に更新されて、増大しつつある平滑化ウィンドウに順次追加されるデータポイントによって提供される新たな情報を反映する。より多くのデータポイントが組み込まれるのに伴って平滑化ウィンドウの長さが増すことで、法外なメモリ要件および計算時間等の深刻な計算上の課題が生じる可能性がある。
【0090】
そのため、いくつかの実施形態において、平滑化ウィンドウの長さ、すなわち平滑化ウィンドウ内のデータポイントの数l=k-m+1を、十分な数のデータポイントが補正された状態推定値に組み込まれた後に、一定になるように固定してもよく、そうすると、mよりも前の時間において利用可能なデータポイントは更新ステップ607では考慮されない。各データポイントが処理されると、ブロック613において、最終組の平滑化状態推定値が出力される。最終組の平滑化状態推定値は、蒸気圧縮サイクル100の動作の未観測変数の状態を含む。
【0091】
未観測変数の状態は、蒸気圧縮サイクル100の動作を監視するために使用されてもよい。たとえば、未観測変数は、蒸気圧縮サイクル100内の冷媒の量を含み得る。監視システム201は、
図7について後述するように、蒸気圧縮サイクル100内の冷媒の量に基づいて、冷媒の漏洩を監視または検出してもよい。
【0092】
図7は、本開示のいくつかの実施形態に係る、監視システム201による冷媒の漏洩の検出についての概略図を示す。監視システム201は、蒸気圧縮サイクル100に設置されたセンサから測定データを受信し、いくつかの実施形態に従うと、監視システム201は、制約付きアンサンブルカルマンスムーザを時間の各インスタンスごとに実行して蒸気圧縮サイクル100内の冷媒の量を推定する。
【0093】
さらに、監視システム201は、冷媒の推定量を、蒸気圧縮サイクル100内に存在しなければならない冷媒のしきい値または望ましい量と比較する。冷媒の推定量がしきい値未満である場合、冷媒の漏洩が存在すると推測される。監視システム201は、冷媒の漏洩を示す漏洩データをコントローラ125に送信する。さらに、コントローラ125は、漏洩データを受信すると、冷媒の漏洩をユーザに対して示す通知またはアラーム等のアラートを起動する。
【0094】
これに代わるものとしては、そのような漏洩検出の実施形態において、熱交換器の挙動を記述する偏微分方程式が有限体積に離散化され、そのような熱交換器モデルの状態変数は、各体積iごとの圧力Piおよび比エンタルピーhiを含む。加えて、サイクルモデルθのパラメータは、各有限体積ごとの体積Viを含む。そのようなモデルは、これらの体積の各々における冷媒の密度ρiを状態変数の関数ρi(Pi,hi)として計算することを可能にし、これらの体積の各々における質量も、監視システム201により、Mi=ρiViとして計算することができる。冷媒質量をサイクルモデル内の体積のすべてにわたって合計することにより、総冷媒質量を計算することができる。総冷媒質量またはその変動は、監視システム201を介してユーザに報告することができる。
【0095】
加えて、いくつかの実施形態において、未観測変数の状態は、コントローラ125に送られてもよい。コントローラ125は、未観測変数の状態に基づいて、蒸気圧縮サイクルの動作を制御する。たとえば、未観測変数は、蒸気圧縮サイクル100の1つ以上の熱交換器(凝縮熱交換器103および蒸発熱交換器107等)によって送られる熱エネルギを含み得る。コントローラ125は、
図8について後述するように、蒸気圧縮サイクル100の1つ以上の熱交換器によって送られる熱エネルギに基づいて、蒸気圧縮サイクル100の動作を変更してもよい。
【0096】
図8は、本開示のいくつかの実施形態に係る、蒸気圧縮サイクル100の1つ以上の熱交換器によって送られる熱エネルギを推定し蒸気圧縮サイクル100の動作を制御することについての概略図を示す。監視システム201は、蒸気圧縮サイクル100に設置されたセンサから測定データを受信し、いくつかの実施形態に従うと、監視システム201は、制約付きアンサンブルカルマンスムーザを実行することにより、蒸気圧縮サイクル100の1つ以上の熱交換器によって送られる熱エネルギを推定する。推定された熱エネルギはコントローラ125に入力される。コントローラ125は、推定された熱エネルギに基づいて、ユーザ仕様およびその他の機器ベースの考慮に従い、蒸気圧縮サイクル100の挙動を調整する。
【0097】
【0098】
いくつかの実施形態は、記憶媒体203に格納されたデータの一部または全体をクラウドコンピューティングリソースを使用して格納することができ、それに加えて、監視システム201をリモートサーバ上で実現できる、という認識に基づく。そのような実施形態を
図9で説明する。
【0099】
図9は、本開示のいくつかの実施形態に係る、監視システム201がリモートサーバ903上で実現されるクラウドベースのアーキテクチャ900の概略図を示す。蒸気圧縮サイクル100、コントローラ125、および記憶媒体203は、システム901とみなされる。システム901は、ネットワーク905を介してリモートサーバ903(クラウドコンピューティングシステムとも呼ばれる)と通信する。この場合、記憶媒体203のサイズは、蒸気圧縮サイクル100からのデータにアクセスするためのリモートサーバ903の能力および/または信頼性に応じて、変動してもよく、それに加えてまたはそれに代えて、存在してもよく、または存在しなくてもよい。
【0100】
システム901は、蒸気圧縮サイクル100と同じ場所にある記憶媒体203においてデータを保持するのではなく、データ(たとえば観測変数のデジタル表現)の一部または全体を、格納のためにリモートサーバ903に送信するように構成される。リモートサーバ903に格納されたデータは、その後、別個の一組の計算リソースによってダウンロードすることができる。さらに、監視システム201はリモートサーバ903上で実現されるので、リモートサーバ903は未観測変数の状態を推定することができる。その後、未観測変数の推定された状態は、システム901に、特にコントローラ125に送信されてもよい。コントローラ125は、未観測変数に基づいて蒸気圧縮サイクル100の動作を制御することができる。
【0101】
クラウドベースのアーキテクチャ900は有利である。たとえば、蒸気圧縮サイクル100と同じ場所に配置するのは限られた計算リソースのみでよく、適切な計算リソースを、リモートサーバ903すなわちクラウド内で、簡単に調整およびスケーリングすることができる。加えて、データと未観測変数の状態の推定値との両方を、機器サービスもしくはメンテナンススケジューリングまたは次世代システムの開発における使用を含むがそれらに限定されない、さまざまな異なる状況において、同時に使用することができる。いくつかの実施形態に従うと、未観測変数の状態の推定値は、測定されたデータから容易には明らかではない機器メンテナンスの必要性を示し得る。クラウドベースのアーキテクチャ900は、そのような情報をサービス会社が容易にかつ非同期的に利用できるようにして、サービス会社が自動的にユーザに対するフォローアップを実施しメンテナンスコールをスケジューリングすることを可能にする。加えて、サービス会社に提供される情報は、正確な診断およびサービスツールの使用を可能にする。さらに、推定未観測変数および/またはメンテナンス履歴に基づいて、リモートサーバ903上で実現されたシステムモデル201bのパラメータを、周期的に更新することにより、物理蒸気圧縮サイクル100を可能な限り厳密に模倣することができる。たとえば、蒸気圧縮サイクル100の故障した構成要素(たとえば圧縮機、ファン)は、メンテナンスサービス中に、独立請負業者によって交換されてもよい。新たに設置された構成要素の仕様情報を使用してリモートサーバ903上のモデル201bを更新することができる。
【0102】
これに加えてまたはこれに代えて、クラウドベースのアーキテクチャ900は、複数の蒸気圧縮サイクルの遠隔制御および協調において有用である。たとえば、所与の空間の調整のために複数の蒸気圧縮サイクルが使用されることがよくある。複数の蒸気圧縮サイクルは、これらのサイクルのすべてが空間の温度に影響を与えるので、相互作用する。個々の蒸気圧縮サイクルの各々によって送られる熱エネルギの量の推定値をその空間内の他の蒸気圧縮サイクルの各々に遠隔から提供することで、送られる総熱エネルギは空間を調整するための要件を満たすが、複数の蒸気圧縮サイクルの総消費電力を最小にするように各蒸気圧縮サイクルによって送られる熱エネルギの一部が割り当てられるようにしてもよい。
【0103】
図10は、本開示のいくつかの実施形態に係る監視システム201のブロック図を示す。蒸気圧縮システム1001は、センサ1003およびアクチュエータ1005を介して監視システム201に接続される。いくつかの実施形態において、監視システム201は、センサ1003およびアクチュエータ1005に接続された入力インターフェイス1007と、監視システム201の出力をコントローラ、オプティマイザ、障害検出システムまたは他のシステムに提供する出力インターフェイス1009と、プロセッサ1011と、記憶装置1013と、メモリユニット1015とを含む。記憶装置1013は、データ1017、コンピュータで実現されるモデルプログラム1019、および状態推定器1021を格納することができる。コンピュータで実現される状態推定器1021は、最適化問題(計画)のために共分散の範囲内で定式化される制約付きアンサンブルカルマンスムーザを含み得る。
【0104】
入力インターフェイス1007は、センサ1003から測定データを受信/取得するように構成され、出力インターフェイス1009は、用途に応じて異なる方法で構成することができる。出力インターフェイス1009は、制御信号/コマンドをアクチュエータ1005に送信してアクチュエータ1005を制御コマンドに従って動作させるように構成されてもよい。これに加えて、またはこれに代えて、出力インターフェイス1009は、推定状態変数を既存のしきい値または他の故障検出技術と比較することによって異常システム動作を特定する故障検出システムに、信号/コマンドを送信するように構成することができる。いくつかの実施形態において、入力インターフェイス1007および出力インターフェイス1009を統合して入出力インターフェイスにしてもよい。
【0105】
蒸気圧縮システム1001は、1つ以上の弁と、1つ以上の圧縮機と、2つ以上の熱交換器とを含む。場合によっては、蒸気圧縮システム1001は、可変アクチュエータを含みその挙動を調節するコントローラを組み込んでもよい。蒸気圧縮システム1001は、
図1において説明した蒸気圧縮サイクル(システム)100と同様の方法で構成することができ、最低でも、4つの構成要素、すなわち、圧縮機101、凝縮熱交換器103、膨張弁105、および蒸発熱交換器107からなる一組の構成要素を含む。
【0106】
入力インターフェイス1007および出力インターフェイス1009は、プロセッサ1011と、データ1017、モデル1019、および状態推定器1021を有する記憶装置1013と、メモリ1015とを含む監視システム201のさまざまな構成要素との間でのデータのやり取りを可能にする。入力インターフェイスおよび出力インターフェイスは、シリアルもしくはパラレル通信チャネル(たとえば銅、ワイヤ、光ファイバ、コンピュータバス、無線通信チャネルなど)を通してデータを物理的に転送することを可能にする、コントローラエリアネットワーク(CAN:controller area network)バスまたはその他の媒体等の、通信インフラストラクチャを含み得る。
【0107】
ある実施形態において、監視システム201は、入力インターフェイス1007を介して、複数の時間インスタンスにわたる蒸気圧縮サイクル(すなわち蒸気圧縮システム1001)の動作の観測変数のデジタル表現を収集する。プロセッサ1011は、各時間インスタンスごとに制約付きアンサンブルカルマンスムーザを実行することにより、各時間インスタンスごとに蒸気圧縮サイクルの状態変数を推定する。制約付きアンサンブルカルマンスムーザは、平滑化ウィンドウ内の一連の時間インスタンスにわたる推定状態変数を、共分散範囲内の一連の制約付き最適化問題を解くことによって更新し、制約は、制約付き最適化問題のすべてのインスタンスについて平滑化ウィンドウ内のすべての変数に対して課される。それに加えて、またはその代わりに、制約は、蒸気圧縮サイクルのゆっくりと変化する変数に対応する少なくとも1つの等式制約を含み得る。この場合、少なくとも1つの等式制約は、合成測定値を使用する、制約付きアンサンブルカルマンスムーザに含まれる。
【0108】
さらに、各時間インスタンスにおける蒸気圧縮サイクルの状態変数の推定値は、出力インターフェイス1009を介して出力される。ある実施形態において、状態変数のこれらの推定値は、蒸気圧縮サイクルに関連付けられたコントローラに入力される。コントローラは、状態変数の推定値に基づいて蒸気圧縮サイクルの動作を制御する。
【0109】
以下の説明は、具体例としての実施形態を提供するだけであって、本開示の範囲、適用可能性、または構成を限定することを意図していない。むしろ、具体例としての実施形態の以下の説明は、具体例としての1つ以上の実施形態の実現を可能にする説明を当業者に提供するであろう。添付の請求項に記載されている開示された主題の精神および範囲から逸脱することなく要素の機能および構成に対してなされ得る各種変更が意図されている。
【0110】
具体的な詳細事項は、以下の説明において、実施形態の十分な理解を得るために与えられている。しかしながら、これらの具体的な詳細事項がなくても実施形態を実行できることを、当業者は理解できる。たとえば、開示された主題におけるシステム、プロセス、および他の要素は、実施形態を不必要な詳細で不明瞭にしないために、ブロック図の形態で構成要素として示される場合がある。他の例において、実施形態を不明瞭にしないよう、周知のプロセス、構造、および技術は、不必要な詳細事項なしで示される場合がある。さらに、各種図面における同様の参照番号および名称は同様の要素を示す。
【0111】
また、個々の実施形態は、フローチャート、フロー図、データフロー図、構造図、またはブロック図として示されるプロセスとして説明される場合がある。フローチャートは動作を逐次プロセスとして説明する場合があるが、動作の多くは並行してまたは同時に実行することができる。加えて、動作の順序は並べ替えられてもよい。プロセスは、その動作が完了したときに終了されてもよいが、論じられていないかまたは図に含まれていない追加のステップを有する場合がある。さらに、具体的に記載されている何らかのプロセスにおけるすべての動作がすべての実施形態に起こり得る訳ではない。プロセスは、方法、関数、手順、サブルーチン、サブプログラムなどに対応し得る。プロセスが関数に対応する場合、関数の終了は、呼び出し関数または主関数に関数を戻すことに対応し得る。
【0112】
さらに、開示されている主題の実施形態は、少なくとも一部が、手作業または自動のいずれかで実装されてもよい。手作業または自動の実装は、マシン、ハードウェア、ソフトウェア、ファームウェア、ミドルウェア、マイクロコード、ハードウェア記述言語、またはその任意の組み合わせを通じて、実行されてもよく、または、少なくとも支援されてもよい。ソフトウェア、ファームウェア、ミドルウェアまたはマイクロコードで実装される場合、必要なタスクを実行するためのプログラムコードまたはコードセグメントは、マシン読取可能媒体に格納されてもよい。プロセッサ(複数のプロセッサ)が必要なタスクを実行してもよい。
【0113】
本明細書で概要を述べた各種方法またはプロセスは、さまざまなオペレーティングシステムまたはプラットフォームのうちのいずれか1つを採用した1つ以上のプロセッサ上で実行可能なソフトウェアとして符号化されてもよい。加えて、そのようなソフトウェアは、複数の好適なプログラミング言語および/またはプログラミングもしくはスクリプトツールのうちのいずれかを用いて記述されてもよく、また、フレームワークもしくは仮想マシン上で実行される、実行可能な機械言語コードまたは中間コードとしてコンパイルされてもよい。典型的に、プログラムモジュールの機能は、各種実施形態における要望に応じて組み合わせても分散させてもよい。
【0114】
本開示の実施形態は、方法として実現されてもよく、その一例が提供されている。この方法の一部として実行される動作の順序は任意の適切なやり方で決定されてもよい。したがって、実施形態は、例示されている順序と異なる順序で動作が実行されるように構成されてもよく、これは、いくつかの動作を、例示されている実施形態では一連の動作として示されていても、同時に実行することを含み得る。
【0115】
本開示をいくつかの好ましい実施形態を参照しながら説明してきたが、その他のさまざまな適合化および修正を本開示の精神および範囲の中で行い得ることが理解されるはずである。したがって、本開示の真の精神および範囲に含まれるそのような変形および修正のすべてをカバーすることが添付の請求項の態様である。
【外国語明細書】