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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023178523
(43)【公開日】2023-12-15
(54)【発明の名称】アトピー性皮膚炎の診断方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/02 20060101AFI20231207BHJP
   C12Q 1/18 20060101ALI20231207BHJP
   C12N 15/31 20060101ALN20231207BHJP
   C12Q 1/68 20180101ALN20231207BHJP
【FI】
C12Q1/02
C12Q1/18 ZNA
C12N15/31
C12Q1/68
【審査請求】有
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023182223
(22)【出願日】2023-10-24
(62)【分割の表示】P 2019115814の分割
【原出願日】2019-06-21
(31)【優先権主張番号】62/844,255
(32)【優先日】2019-05-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
【新規性喪失の例外の表示】新規性喪失の例外適用申請有り
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、免疫アレルギー疾患等実用化研究事業(免疫アレルギー疾患実用化研究分野)「皮膚・腸内微生物叢解析によるアトピー性皮膚炎発症機序の解明」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願 平成30年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、革新的先端研究開発支援事業ユニットタイプ(CREST)「微生物叢と宿主の相互作用・共生の理解と、それに基づく疾患発症のメカニズム解明」「皮膚細菌叢と宿主の相互作用理解に基づく炎症性疾患制御法の開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(71)【出願人】
【識別番号】591222245
【氏名又は名称】国立感染症研究所長
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】天谷 雅行
(72)【発明者】
【氏名】川崎 洋
(72)【発明者】
【氏名】久恒 順三
(72)【発明者】
【氏名】菅井 基行
(57)【要約】
【課題】 日本人等のアジア人におけるアトピー性皮膚炎患者から特有に検出される黄色ブドウ球菌のCC型を見出し、アトピー性皮膚炎との関連を明らかにする。そして、当該CC型黄色ブドウ球菌を指標とすることで、アトピー性皮膚炎の発症リスクを検出又は予後(重症化)を予測することを可能とする。また、前記CC型黄色ブドウ球菌を新たな治療標的とする、アトピー性皮膚炎の予防薬又は治療薬の候補化合物のスクリーニング方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 日本人アトピー性皮膚炎患者の病変部位皮膚では、欧米人アトピー性皮膚炎患者とは別のCC型(CC188型、CC8型、CC97型、CC20型、CC12型)を有する黄色ブドウ球菌が優位であることを見出した。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アトピー性皮膚炎の発症リスクを判定する方法であって、
アジア人被検体から単離された試料中の黄色ブドウ球菌を検出する工程と、
前記工程において、CC188型、CC8型、CC97型、CC20型及びCC12型からなる群から選択される少なくとも1のCC型の黄色ブドウ球菌の存在が検出された場合に、前記被検体はアトピー性皮膚炎を発症するリスクがあると判定する工程と
を含む方法。
【請求項2】
アトピー性皮膚炎の予後を判定する方法であって、
アジア人被検体から単離された試料中の黄色ブドウ球菌を検出する工程と、
前記工程において、CC188型及びCC20型からなる群から選択される少なくとも1のCC型の黄色ブドウ球菌の存在が検出された場合に、前記被検体のアトピー性皮膚炎は重症化するリスクがあると判定する工程と
を含む方法。
【請求項3】
アトピー性皮膚炎の予防薬又は治療薬の候補化合物のスクリーニング方法であって、
被験化合物の存在下及び非存在下において、CC188型、CC8型、CC97型、CC20型及びCC12型からなる群から選択される少なくとも1のCC型の黄色ブドウ球菌を培養し、当該黄色ブドウ球菌の数を測定する工程と、
前記工程において検出された被験化合物存在下での培養後の黄色ブドウ球菌の数が、被験化合物非存在下での培養後の黄色ブドウ球菌の数と比較して低減している場合に、前記被験化合物はアトピー性皮膚炎の予防薬又は治療薬の候補化合物であると判定する工程と
を含む方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アトピー性皮膚炎の診断方法に関し、より詳しくは、アジア人におけるアトピー性皮膚炎の発症リスク又は予後を判定する方法に関する。また、本発明は、アトピー性皮膚炎の予防薬又は治療薬の候補化合物のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アトピー性皮膚炎(atopic dermatitis;AD)は、患者ごとに多彩な臨床像を呈する多因子疾患である。古くは免疫学的側面から研究されることが多かったが、2010年頃より皮膚バリアの重要性が広く認識されはじめ、近年は皮膚細菌叢のアトピー性皮膚炎病態への関与が注目されている。
【0003】
ヒトの皮膚の表面には多種多様な細菌叢が存在しており、皮膚の部位や生育環境に応じて異なる細菌叢を形成する。皮膚細菌叢は、有害な微生物の皮膚への定着を防ぐとともに皮膚免疫システムの調節に影響するなど、私たちの皮膚の恒常性維持に寄与している。近年のシークエンス技術の発展により、マイクロバイオーム(microbiome:細菌叢を構成する細菌種の集合ゲノム)を網羅的に解析することが可能となり、各種疾患病態と細菌叢との関わりが急速に解き明かされつつある。
【0004】
アトピー性皮膚炎では、病変部で黄色ブドウ球菌が多く検出されることが知られていたが、黄色ブドウ球菌を含む皮膚細菌叢の病態への関与は不明だった。近年のマイクロバイオーム研究では、アトピー性皮膚炎の病変部皮膚において黄色ブドウ球菌の割合が増加し、細菌種の構成異常(dysbiosis)が生じていることが報告されている。Dysbiosisが炎症の原因なのか、炎症の結果なのかは議論があるが、臨床の場においても、次亜塩素酸ナトリウム入浴療法(Bleach bath療法)に代表される抗菌治療の有効性が示されつつあり、現在、皮膚細菌叢はアトピー性皮膚炎の治療標的として注目されている。
【0005】
また、近年は黄色ブドウ球菌の菌株レベルでの多様性の解析が可能となり、菌株毎の機能の違いがアトピー性皮膚炎の発症や多様な病態の形成に寄与している可能性が示唆されている。黄色ブドウ球菌株は、MLST(multilocus sequence typing)により系統型が決められている。7つのハウスキーピング遺伝子のうち5つ以上を共有する系統を同じ遺伝子群;Clonal Complex(CC)と定義する菌の分類方法を用いた解析によると、健常人ではCC30型がよくみられるのに対し、アトピー性皮膚炎患者皮膚ではCC1型が検出される頻度が高いと欧米の患者を用いた解析では報告されていた(非特許文献1、2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Fleury,O.M.ら、Infect.Immun.2017年、85,e00994-16
【非特許文献2】Clausen,M.L.ら、BrJ Dermatol.、2017年、177,1394-1400
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明において、日本人等のアジア人におけるアトピー性皮膚炎患者から特有に検出される黄色ブドウ球菌のCC型を見出し、アトピー性皮膚炎との関連を明らかにする。そして、当該CC型黄色ブドウ球菌を指標とすることで、アトピー性皮膚炎の発症リスクを検出又は予後(重症化)を予測することを可能とする。また、前記CC型黄色ブドウ球菌を新たな治療標的とする、アトピー性皮膚炎の予防薬又は治療薬の候補化合物のスクリーニング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、日本人アトピー性皮膚炎(AD)患者の病変部位皮膚では、欧米人AD患者とは別の系統型(CC188型、CC8型、CC97型、CC20型、CC12型)を有する黄色ブドウ球菌が優位であることを明らかにした。このことから、これらのCC型を持つ菌を指標として、ADの発症リスクを判定することが可能となること、またこれらの菌がAD患者の新たな治療標的になることを見出した。
【0009】
さらに、これらのCC型のうち、特に、CC188型が検出されたAD患者では、当該菌が検出されなかった患者に比べて症状が重症で、LDH,TARC,totalIgE等のADバイオマーカーとして知られる血液検査値が高い傾向にあった。また、CC20型がADの重症化に伴い優位となる症例も見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、アジア人におけるアトピー性皮膚炎の発症リスク又は予後を判定する方法に関する。また、本発明は、アトピー性皮膚炎の予防薬又は治療薬の候補化合物のスクリーニング方法に関し、より詳しくは、以下を提供するものである。
<1> アトピー性皮膚炎の発症リスクを判定する方法であって、
アジア人被検体から単離された試料中の黄色ブドウ球菌を検出する工程と、
前記工程において、CC188型、CC8型、CC97型、CC20型及びCC12型からなる群から選択される少なくとも1のCC型の黄色ブドウ球菌の存在が検出された場合に、前記被検体はアトピー性皮膚炎を発症するリスクがあると判定する工程と
を含む方法。
<2> アトピー性皮膚炎の予後を判定する方法であって、
アジア人被検体から単離された試料中の黄色ブドウ球菌を検出する工程と、
前記工程において、CC188型及びCC20型からなる群から選択される少なくとも1のCC型の黄色ブドウ球菌の存在が検出された場合に、前記被検体のアトピー性皮膚炎は重症化するリスクがあると判定する工程と
を含む方法。
<3> アトピー性皮膚炎の予防薬又は治療薬の候補化合物のスクリーニング方法であって、
被験化合物の存在下及び非存在下において、CC188型、CC8型、CC97型、CC20型及びCC12型からなる群から選択される少なくとも1のCC型の黄色ブドウ球菌を培養し、当該黄色ブドウ球菌の数を測定する工程と、
前記工程において検出された被験化合物存在下での培養後の黄色ブドウ球菌の数が、被験化合物非存在下での培養後の黄色ブドウ球菌の数と比較して低減している場合に、前記被験化合物はアトピー性皮膚炎の予防薬又は治療薬の候補化合物であると判定する工程と
を含む方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、アジア人におけるアトピー性皮膚炎の発症リスク又は予後(重症化リスク)を判定することが可能となる。アトピー性皮膚炎を発症するリスク、又はアトピー性皮膚炎が重症化するリスクが高いと判断された場合、その被検体に対して、適切な治療を施すことができ、あるいはアトピー性皮膚炎の発症や重症化を抑制する日常のケアを提供することが可能となる。
【0012】
また、本発明によれば、スクリーニングを通して、アトピー性皮膚炎の予防薬又は治療薬の候補化合物を提供すること、ひいてはアトピー性皮膚炎の新たな治療方法を提供することも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】解析用のサンプル採取部位を示す、概略図である。
図2】アトピー性皮膚炎患者(図中「AD」)と健常人からの黄色ブドウ球菌検出率を示したグラフである。図中「〈2×2cm)」及び「〈5×5cm)」は、各サンプル採取部位の大きさを示す。なお、検出率の分母は人数である。
図3】アトピー性皮膚炎(AD)患者(病変部、非病変部)と健常人それぞれで部位別に黄色ブドウ球菌検出率を比較したグラフである。図中「B」、「G」、「C」及び「V」は、サンプル採取部位が各々、上背部正中、眉間、肘窩及び前腕掌側であったことを示す。なお、検出率の分母はスワブ数である。またアトピー性皮膚炎患者におけるサンプル採取部位の大きさは2×2cmであり、健常人におけるそれは5×5cmであり、異なる。
図4】アトピー性皮膚炎患者から検出された黄色ブドウ球菌の系統型とその割合を示したグラフである。なお、アトピー性皮膚炎患者におけるサンプル採取部位の大きさは2×2cmである。
図5】アトピー性皮膚炎患者に代表的な黄色ブドウ球菌系統型の、一般採血検査結果/疾患バイオマーカーや症状スコアとの関連解析結果を示す、ヒートマップである。
図6】アトピー性皮膚炎患者(K042患者)における、優位な黄色ブドウ球菌系統型と重症度(SCORAD値)との経時的変化を示す、概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<アトピー性皮膚炎の診断方法>
後述の実施例に示すとおり、日本人アトピー性皮膚炎(AD)患者から分離培養された黄色ブドウ球菌の系統型を同定した結果、CC188型、CC8型、CC20型、CC97型、CC12型の黄色ブドウ球菌が優位に検出された。すなわち、これらが日本人等のアジア人AD患者特有の黄色ブドウ球菌の系統型であることが明らかとなり、これらCC型の黄色ブドウ球菌が、アジア人AD発症等に関与していることが示された。
【0015】
したがって、本発明は、アトピー性皮膚炎の発症リスクを判定する方法であって、
アジア人被検体から単離された試料中の黄色ブドウ球菌を検出する工程と、
前記工程において、CC188型、CC8型、CC97型、CC20型及びCC12型からなる群から選択される少なくとも1のCC型の黄色ブドウ球菌の存在が検出された場合に、前記被検体はアトピー性皮膚炎を発症するリスクがあると判定する工程と
を含む方法を、提供する。
【0016】
また、後述の実施例に示すとおり、前記CC型のうち、特に、CC188型が検出されたAD患者では、当該菌が検出されなかった患者に比べて症状が重症で、LDH,TARC,totalIgE等のADバイオマーカーとして知られる血液検査値が高い傾向にあることを、本発明者らは見出した。また、CC20型がADの重症化に伴い優位となる症例も見出した。
【0017】
したがって、アトピー性皮膚炎の予後を判定する方法であって、
アジア人被検体から単離された試料中の黄色ブドウ球菌を検出する工程と、
前記工程において、CC188型及びCC20型からなる群から選択される少なくとも1のCC型の黄色ブドウ球菌の存在が検出された場合に、前記被検体のアトピー性皮膚炎は重症化するリスクがあると判定する工程と
を含む方法を、提供する。
【0018】
本発明において、「アトピー性皮膚炎」とは、アレルギー反応と関連する、皮膚の炎症を伴う疾患を意味する。アトピー性疾患の「発症のリスク」又は「重症化のリスク」とは、症状が発症すること、あるいは前記の症状が重症化することをいう。
【0019】
アトピー性皮膚炎の症状としては、例えば、皮疹、皮膚炎、発赤、落屑、湿疹、紅斑、丘疹、結節、苔癬、浸潤(oozing)、痂皮(瘡蓋)、そう痒、びらんが挙げられる。
【0020】
アトピー性皮膚炎の重症化は、例えば、アトピー性皮膚炎重症度分類、Severity Scoring of Atopic Dermatitis(SCORAD)Eczema Area and Severity Index(EASI)に準じて規定することができる。より具体的に、SCORADの場合、皮膚症状のスコアは、皮疹の面積(体表面積に占める割合)及び紅斑、浸潤/丘疹、滲出液/痂皮、掻破痕、苔癬化、乾燥の各皮疹につき、その程度(0=なし、1=軽度、2=中程度、3=重度)の合計を求め、更に被検者による自覚症状を加味し、算出したSCORAD値に基づき、アトピー性皮膚炎の症状を評価することができる。例えば、25~50点は中等症であり、50点超は重症と評価し得る(最高点数は103点)。
【0021】
また、アトピー性皮膚炎の重症化は、バイオマーカーを基準として評価され得る。かかるバイオマーカーとしては、例えば、血清LDH、血清TARC(Thymus and activation regulated chemokine)、総IgE(total IgE、血清IgE)、特異的IgE、、末梢血好酸球数(WBC)、血清クレアチニン(CRTNN)、血清SCCA2が挙げられる。
【0022】
また、前記スコアやバイオマーカーに依らず、例えば、「厚生労働科学研究班アトピー性皮膚炎治療ガイドライン2008」に準じて、アトピー性皮膚炎の症状及び重症化は規定することもできる。すなわち、当該ガイドラインに記載された重症度の目安の基準に従い、軽症(面積に関わらず、軽度の皮疹のみみられる)、中等症(強い炎症を伴う皮疹が体表面積の10%未満にみられる)、重症(強い炎症を伴う皮疹が体表面積の10%以上30%未満にみられる)、最重症(強い炎症を伴う皮疹が体表面積の30%以上にみられる)が判断され、症状が重くなるに従い、アトピー性皮膚炎が重症化したと判定される。なお、ここで「軽度の皮疹」とは、軽度の紅斑、乾燥、落屑主体の病変をいい、「強い炎症を伴う皮疹」とは、紅斑、丘疹、びらん、浸潤、苔癬化等を伴う病変をいう。
【0023】
本発明において、「被検体」は、アジア人であれば特に制限はなく、通常、アトピー性皮膚炎に罹患している恐れのあるアジア人が挙げられる。かかる罹患の恐れがあるアジア人とは、アトピー性皮膚炎に過去に罹患しており、症状が再燃する恐れのあるアジア人であってもよく、また、アトピー性皮膚炎に罹患しているとの診断又は決定が医師等に下される前の、アトピー性皮膚炎を発症していると疑われているアジア人であってもよい。また、本発明の方法が予後の判定法である場合には、アトピー性皮膚炎を罹患しているアジア人も更に含まれる。
【0024】
本発明において「アジア人」とは、アジアに住む民族及びアジアに住む民族出身者を意味する。例えば、東アジアに住む民族及び東アジアに住む民族出身の者(所謂、北方モンゴロイド、東洋人)が挙げられ、より具体的には、日本人(大和民族、琉球民族)、アイヌ民族、朝鮮民族、中華民族(漢民族等)、モンゴル系民族、ウィルタ民族、ニヴフ民族が挙げられる。また、「アジア人」には、東南アジアに住む民族及び東南アジアに住む民族出身の者(ビルマ民族、モン族、タイ族、ミャオ族、マレー人等)、南アジアに住む民族及び南アジアに住む民族出身の者、中央アジアに住む民族及び中央アジアに住む民族出身の者、西アジアに住む民族及び西アジアに住む民族出身の者も含まれる。
【0025】
アジア人被検体から単離された「試料」とは、黄色ブドウ球菌が存在し得るものであればよく、通常、皮膚(皮膚組織、皮膚細胞)が対象となる。また「試料」は、皮膚からの分泌物(汗、皮脂、化膿、滲出物等)、皮膚からの拭き取り物、皮膚の洗浄物であってもよく、更には、皮膚又はこれら派生物の培養物であってもよい。試料を採取する皮膚の部位としては、特に制限はないが、例えば、眉間、上背部(上背部正中)、肘窩、前腕掌側が挙げられる。これらの中で、アトピー性皮膚炎の病変部、非病変部に依らず、黄色ブドウ球菌をより検出し易いという観点から、眉間が好ましい。また、試料を採取する皮膚の範囲としては特に制限はないが、後述の実施例において示すとおり、健常人においては黄色ブドウ球菌が検出され難い条件であるという観点から、好ましくは15cm以下(例えば、14cm、13cm、12cm、11cm)、より好ましくは10cm以下(例えば、9cm、8cm、7cm、6cm)、さらに好ましくは5cm以下(例えば、4cm、3cm、2cm、1cm)である。
【0026】
「黄色ブドウ球菌」は、Staphylococcus aureus(スタフィロコッカス・アウレウス)、S.aureusとも称される、通性嫌気性のグラム陽性球菌(ブドウ球菌)である。「CC188型、CC8型、CC20型、CC97型、CC12型」は各々、MLST(multilocus sequence typing)により決定される系統型(clonal complex、クローン複合体)のことであり、より具体的には、7つのハウスキーピング遺伝子(arcC,aroE,glpF,gmk,pta,tpi,yqiL)のうち、少なくとも5つ(好ましくは6つ、より好ましくは7つ)が完全に同じ配列である場合、同一の系統型に属すると判断される。各CC型の基準となる7つの遺伝子の配列パターンを下記表1に示す。
【0027】
【表1】
【0028】
なお、7つの遺伝子において、arcC(ARCC)はカルバメートキナーゼ遺伝子であり、aroE(AROE)はシキメートデヒドロゲナーゼ遺伝子であり、glpF(GLPF)はグリセロキナーゼ遺伝子であり、gmk(GMK)はグアニレートキナーゼ遺伝子であり、pta(PTA)はホスフェートアセチルトランスフェラーゼ遺伝子であり、tpi(TPI)はトリオースリン酸イソメラーゼ遺伝子であり、yqiL(YQIL)はアセチル―CoA アセチルトランスフェラーゼ遺伝子である。
【0029】
また、表1において示される「アレル番号」は、インターネット上のMLSTウェブサイト(http://www.mlst.net)において登録されている、各遺伝子の配列に応じて付された番号を意味する(各アレル番号によって特定されるヌクレオチド配列を、配列表の各配列番号において示す)。「シークエンス型(ST)」は、前記ウェブサイトにおいて登録されている、アレル番号のパターンが7つ全て一致する同一遺伝子型を示す。
【0030】
「黄色ブドウ球菌の検出」は、前記試料中に存在する、CC188型、CC8型、CC97型、CC20型又はCC12型に特異的なヌクレオチド配列を解析することによって行なうことができる。当業者であれば、常法に従い、前記試料からヌクレオチド(ゲノムDNA、cDNA、mRNA等)を調製して、それらの配列を解析することができる。
【0031】
系統型間特異的なヌクレオチド配列を検出するためには、通常、遺伝子多型解析方法が用いられる。多型の解析は、例えば、ジデオキシ法やMaxam-Gilbert法等の公知の方法により直接配列決定するシークエンス解析による解析法によって行なうことができる。
【0032】
また、当業者であれば、決定した配列情報を前記MLSTウェブサイトに入力し、黄色ブドウ球菌の系統型を同定することができる。さらに、eBURST(http://eburst.mlst.net/)を利用しても、試料中に存在する黄色ブドウ球菌が属する系統型を決定することができる。
【0033】
また、多型の解析は、遺伝子多型に特異的なプローブを用いるハイブリダイゼーション法、遺伝子多型に特異的なプライマーを用いる種々の方法によっても行なうことができる。
【0034】
遺伝子多型解析方法として、より具体的には、次世代シークエンシング法(合成シークエンシング法(sequencing-by-synthesis、例えば、イルミナ社製Solexaゲノムアナライザー又はHiseq(登録商標)2000によるシークエンシング)、パイロシークエンシング法(例えば、ロッシュ・ダイアグノステックス(454)社製のシークエンサーGSLX又はFLXによるシークエンシング(所謂454シークエンシング))、リガーゼ反応シークエンシング法(例えば、ライフテクノロジー社製のSoliD(登録商標)又は5500xlによるシークエンシング)、PCR法、NASBA法、LCR法、SDA法、LAMP法、制限断片長多型(RFLP)を利用する方法、変性勾配ゲル電気泳動法(DGGE)、ミスマッチ部位の化学的切断を利用した方法(CCM)、プライマー伸長法(TaqMan(登録商標)法)、PCR-SSCP法、一本鎖コンフォメーション多型解析(SSCP;single strand conformation polymorphism)、Invader法、シングルヌクレオチドプライマー法、SNaPshot法、MassArray法、SNP-IT法、BeadArray法、Scorpion法、MADI-TOF/MS法、DNAマイクロアレイ解析法、ノーザンブロッティング、サザンブロッティングが挙げられる。
【0035】
また、「黄色ブドウ球菌の検出」は、前記試料中に存在する、CC188型、CC8型、CC97型、CC20型又はCC12型に特異的なアミノ酸配列等を認識する抗体を用い、公知の免疫学的手法に沿って行なうことができる。
【0036】
かかる免疫学的手法としては、例えば、ELISA法、イムノブロッティング、抗体アレイ解析法、フローサイトメトリー、イメージングサイトメトリー、ラジオイムノアッセイ、免疫沈降法、免疫組織化学的染色法が挙げられる。
【0037】
また、本発明において検出されるCC20型等の黄色ブドウ球菌は、バイオフィルム形成能を有するものであってもよい。バイオフィルム形成能は、当業者であれば、後述の実施例に示すような方法にて評価することができる。
【0038】
また、上述のようなアトピー性皮膚炎の診断は、通常、医師(医師の指示を受けた者も含む)によって行われるが、上述のタンパク質量等に関するデータは、医師による治療のタイミング等の判断も含めた診断に役立つものである。よって、本発明の方法は、医師による診断のために上述の黄色ブドウ球菌の検出の有無に関するデータを収集する方法、当該データを医師に提示する方法、医師による診断を補助するための方法とも表現し得る。
【0039】
<アトピー性皮膚炎を診断するための薬剤>
後述の実施例に示すとおり、CC188型、CC8型、CC97型、CC20型及びCC12型からなる群から選択される少なくとも1のCC型の黄色ブドウ球菌が、アジア人のアトピー性皮膚炎に関与していることが示された。特に、CC188型及びCC20型からなる群から選択される少なくとも1のCC型の黄色ブドウ球菌が、アジア人のアトピー性皮膚炎重症化に寄与していることが示された。
【0040】
したがって、本発明は、以下のアトピー性皮膚炎の検査用組成物を提供する。
【0041】
CC188型、CC8型、CC97型、CC20型及びCC12型からなる群から選択される少なくとも1のCC型の黄色ブドウ球菌に特異的なヌクレオチド配列を検出するためのポリヌクレオチドを含む、アジア人アトピー性皮膚炎の発症リスクを検出するための組成物。
【0042】
CC188型及びCC20型からなる群から選択される少なくとも1のCC型の黄色ブドウ球菌に特異的なヌクレオチド配列を検出するためのポリヌクレオチドを含む、アジア人アトピー性皮膚炎の重症化リスクを検出するための組成物。
【0043】
CC188型、CC8型、CC97型、CC20型及びCC12型からなる群から選択される少なくとも1のCC型の黄色ブドウ球菌を特異的に認識する抗体を含む、アジア人アトピー性皮膚炎の発症リスクを検出するための組成物。
【0044】
CC188型及びCC20型からなる群から選択される少なくとも1のCC型の黄色ブドウ球菌を特異的に認識する抗体を含む、アジア人アトピー性皮膚炎の重症化リスクを検出するための組成物。
【0045】
本発明において、「CC188型等の黄色ブドウ球菌に特異的なヌクレオチド配列を検出するためのポリヌクレオチド」としては、該細菌に特異的な配列を検出する限り、特に制限はなく、例えば、少なくとも15ヌクレオチドの鎖長を有する、下記(a)~(b)に記載のいずれかであるポリヌクレオチドが、挙げられる。
(a)前記特異的なヌクレオチド配列を挟み込むように設計された一対のプライマーであるポリヌクレオチド
(b)前記特異的なヌクレオチド配列を含むヌクレオチド配列にハイブリダイズするプライマー又はプローブであるポリヌクレオチド。
【0046】
かかる本発明のポリヌクレオチドは、CC188型等の黄色ブドウ球菌のヌクレオチド配列に相補的な塩基配列を有する。ここで「相補的」とは、ハイブリダイズする限り、完全に相補的でなくともよい。これらポリヌクレオチドは、前記ヌクレオチド配列に対して、通常、80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、特に好ましくは100%の相同性を有する。
【0047】
本発明のポリヌクレオチドにおける「鎖長」として、プライマーとして用いる場合は、通常15~100ヌクレオチドであり、好ましくは17~30ヌクレオチドであり、より好ましくは20~25ヌクレオチドである。また、プローブとして用いる場合には、通常15~1000ヌクレオチドであり、好ましくは20~100ヌクレオチドである。
【0048】
本発明のポリヌクレオチドは、DNAであってもRNAであってもよく、またその一部又は全部において、LNA(登録商標、架橋化核酸)、ENA(登録商標、2’-O,4’-C-Ethylene-bridged nucleic acids)、GNA(グリセロール核酸)、TNA(トレオ―ス核酸)、PNA(ペプチド核酸)等の人工核酸によって、ヌクレオチドが置換されているものであってもよい。なお、本発明のポリヌクレオチドは、市販のヌクレオチド自動合成機等を用いて化学的に合成することができる。
【0049】
また、本発明の検査に用いるポリヌクレオチドとしては、標識物質を結合させたポリヌクレオチドを使用することができる。標識物質としては、ポリヌクレオチドに結合することができ、化学的又は光学的方法に検出できるものであれば特に制限されることはなく、例えば、蛍光色素(DEAC、FITC、R6G、TexRed、Cy5等)、蛍光色素以外にDAB等の色素(chromogen)、酵素、放射性物質が挙げられる。
【0050】
本発明の検査用組成物には、前述のポリヌクレオチドの他、薬理学上許容される他の成分を含むことができる。このような他の成分としては、例えば、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、安定剤、防腐剤、生理食塩等が挙げられる。
【0051】
また、上記検査用組成物の他、ポリヌクレオチドに付加した標識物質の検出に必要な基質、陽性対照や陰性対照、試料採取用ツール(スワブ等)、試料の希釈や洗浄に用いる緩衝液、黄色ブドウ球菌培養用の培地、ポリヌクレオチド抽出用試薬、試料と本発明のポリヌクレオチドとの反応に用いるチューブ又はプレート等の標品を組み合わせることができ、アトピー性皮膚炎の検査用キットとすることもできる。さらに、かかるアトピー性皮膚炎の検査用キットには、当該キットの使用説明書を含めることができる。
【0052】
さらに、本発明の検査用組成物には、CC188型等の黄色ブドウ球菌に特異的なヌクレオチド配列を検出するための装置を組み合わせることもできる。かかる装置としては、例えば、PCR装置、シークエンサー、マイクロアレイが挙げられる。
【0053】
本発明において、「CC188型等のCC型の黄色ブドウ球菌を特異的に認識する抗体」は、該細菌を特異的に認識し得る限り、ポリクローナル抗体であっても、モノクローナル抗体であってもよく、また抗体の機能的断片(例えば、Fab、Fab’、F(ab’)2、可変領域断片(Fv)、ジスルフィド結合Fv、一本鎖Fv(scFv)、sc(Fv)2、ダイアボディー、多特異性抗体、又はこれらの重合体)であってもよい。本発明の抗体は、ポリクローナル抗体であれば、抗原(CC188型等の黄色ブドウ球菌、該細菌に由来するポリペプチド、ポリヌクレオチド、糖鎖、脂質等)で免疫動物を免疫し、その抗血清から、従来の手段(例えば、塩析、遠心分離、透析、カラムクロマトグラフィーなど)によって、精製して取得することができる。また、モノクローナル抗体は、ハイブリドーマ法や組換えDNA法によって作製することができる。
【0054】
また、本発明の検査に用いる抗体としては、標識物質を結合させた抗体を使用することができる。当該標識物質を検出することにより、前記細菌又は該細菌に由来する物質に結合した抗体量を直接測定することが可能である。標識物質としては、抗体に結合することができ、化学的又は光学的方法に検出できるものであれば特に制限されることはなく、例えば、蛍光色素(GFP等)、酵素(HRP等)、放射性物質が挙げられる。
【0055】
本発明の検査用組成物には、抗体成分の他、組成物として許容される他の成分を含むことができる。このような他の成分としては、例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩、標識物質、二次抗体が挙げられる。また、上記検査用組成物の他、標識物質の検出に必要な基質、陽性対照や陰性対照、あるいは試料採取用ツール(スワブ等)、試料の希釈や洗浄に用いる緩衝液、黄色ブドウ球菌培養用の培地、試料と本発明の抗体との反応に用いるチューブ又はプレート等を組み合わせることができ、アトピー性皮膚炎の検査用キットとすることもできる。また、標識されていない抗体を抗体標品とした場合には、当該抗体に結合する物質(例えば、二次抗体、プロテインG、プロテインA等)を標識化したものを組み合わせることができる。また、かかるアトピー性皮膚炎の検査用キットには、当該キットの使用説明書を含めることができる。
【0056】
さらに、本発明の検査用組成物には、本発明の抗体を検出するための装置を組み合わせることもできる。かかる装置としては、例えば、フローサイトメトリー装置、マイクロプレートリーダーが挙げられる。
【0057】
<アトピー性皮膚炎の治療方法>
上述のとおり、本発明によれば、アジア人におけるアトピー性皮膚炎の発症リスク又は予後(重症化リスク)を判定することが可能となる。アトピー性皮膚炎を発症するリスク、又はアトピー性皮膚炎が重症化するリスクが高いと判断された場合、その被検体に対して、アトピー性皮膚炎の発症や重症化を抑制する治療を早期に施すことが可能となる。
【0058】
したがって、本発明は、本発明の方法により、アトピー性皮膚炎の発症リスクがある又は予後は不良である(重症化する)と判定された被検体に対して、アトピー性皮膚炎の治療を施す方法を提供することもできる。
【0059】
アトピー性皮膚炎の治療方法としては、特に制限はなく、公知の方法を適宜採用することができる。かかる治療方法としては、例えば、薬物療法、紫外線療法、次亜塩素酸ナトリウム入浴療法が挙げられる。
【0060】
薬物療法に用いられる治療薬としては、例えば、保湿外用剤(ヘパリン類似物質含有製剤、尿素製剤、白色ワセリン、亜鉛華軟膏等)、外用消毒剤(ポピドンヨード液等)、ステロイド剤(糖質コルチコイド又はその誘導体等)、カルシニューリン阻害剤(タクロリムス、ピメクロリムス等)、シクロスポリン、メトトレキサート(MTX)、アザチオプリン(AZA)、抗ヒスタミン薬(フェキソフェナジン等)が挙げられる。
【0061】
ステロイド剤に関しては、より具体的に、薬効の強さ及び症状の程度に応じた以下の例も挙げられる。
【0062】
ストロンゲスト:クロベタゾールプロピオン酸エステル、ジフロラゾン酢酸エステル等
ベリーストロング:ベタメタゾンジプロピオン酸エステル、ベタメタゾン酪酸エステルプロピオン酸エステル、ジフルコルトロン吉草酸エステル、フルオシノニド、アムシノニド、モメタゾンフランカルボン酸エステル、ジフルプレドナート、酪酸プロピオン酸ヒドロコルチゾン等
ストロング:ハルシノニド、ベタメタゾン吉草酸エステル、フルオシノロンアセトニド、ベクロメタゾンプロピオン酸エステル、デキサメタゾンプロピオン酸エステル、デキサメタゾン吉草酸エステル、デプロドンプロピオン酸エステル等
ミディアム:クロベタゾン酪酸エステル、ヒドロコルチゾン酪酸エステル、トリアムシノロンアセトニド、アルクロメタゾンプロピオン酸エステル、デキサメタゾン、プレドニゾロン吉草酸エステル酢酸エステル等
ウィーク:プレドニゾロン、ヒドロコルチゾン酢酸エステル等
日本皮膚科学会アトピー性皮膚炎治療ガイドライン (2009) より。
【0063】
治療薬の投与方法は、治療薬の種類及びその剤型、投与される被検体の年齢、体重、性別等により異なるが、経口投与、非経口投与(例えば、局所投与(皮膚への塗布等)、静脈投与、動脈投与)のいずれかの投与経路で投与することができる。投与量は、当業者であれば、治療薬の種類及びその剤型、投与される被検体の年齢、体重、性別、健康状態等に応じ適宜調整し得る。
【0064】
また、本発明によれば、かかる治療薬の用法(投与対象、投与時期)が特定される。したがって、本発明は、本発明の方法によりアトピー性皮膚炎の発症リスクがある又は予後は不良である(重症化する)と判定された被検体に投与される、アトピー性皮膚炎の治療薬をも提供する。
【0065】
<スクリーニング方法>
ヒトの皮膚の表面には多種多様な細菌叢が存在しており、皮膚の部位や生育環境に応じて異なる細菌叢を形成する。皮膚細菌叢は、有害な微生物の皮膚への定着を防ぐとともに皮膚免疫システムの調節に影響する等、皮膚の恒常性維持に寄与している。
【0066】
そのため、アトピー性皮膚炎において、皮膚細菌叢による免疫システム等に影響を与えることなく、その疾患に関与する有害菌のみを排除することができれば、副作用の少ないアトピー性皮膚炎の予防薬、治療薬、予防方法、治療方法の開発に大きく貢献するものである。
【0067】
上述のとおり、本発明において、CC188型、CC8型、CC97型、CC20型及びCC12型からなる群から選択される少なくとも1のCC型の黄色ブドウ球菌が、アジア人のアトピー性皮膚炎に関与していることが示された。すなわち、これら特定の系統型の黄色ブドウ球菌は、アトピー性皮膚炎の有効な治療標的になり得ることが示された。
【0068】
したがって、本発明は、
アトピー性皮膚炎の予防薬又は治療薬の候補化合物のスクリーニング方法であって、
被験化合物の存在下及び非存在下において、CC188型、CC8型、CC97型、CC20型及びCC12型からなる群から選択される少なくとも1のCC型の黄色ブドウ球菌を培養し、当該黄色ブドウ球菌の数を測定する工程と、
前記工程において検出された被験化合物存在下での培養後での黄色ブドウ球菌の数が、被験化合物非存在下でのそれと比較して低減している場合に、前記被験化合物はアトピー性皮膚炎の予防薬又は治療薬の候補化合物であると判定する工程と
を含む方法
をも、提供する。
【0069】
前記方法に供される「被験物質」としては特に制限はなく、例えば、合成低分子化合物、抗体、ポリペプチド、ポリヌクレオチド、脂質、糖類(単糖、二糖、オリゴ糖、糖鎖等)、ファージ及びこれら物質等から構成されるライブラリー、細胞(細菌、植物細胞、動物細胞)の抽出液及び培養物(培養上清等)、細菌の分泌産物、細菌による代謝産物、海洋生物、植物又は動物由来の抽出物、土壌、ファージディスプレイ挙げられる。
【0070】
「CC188型、CC8型、CC97型、CC20型及びCC12型からなる群から選択される少なくとも1のCC型の黄色ブドウ球菌」は上述のとおりであるが、黄色ブドウ球菌 CC188型、CC8型及びCC20型に関し、各々についての好適な細菌株(寄託株)を表1に示す。これらの株はいずれも、本発明者らによって日本人アトピー性皮膚炎患者の病変部より単離培養された黄色ブドウ球菌株である。なお、いずれの寄託菌株のアレル番号のパターンは、各々対応するCC(ST)の7つの遺伝子において全て一致している。また、いずれの細菌株も、2019年5月29日付で独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE、〒292-0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に寄託されている。具体的には以下のとおりである。
【0071】
(1)識別の表示:SA0041
(2)受領番号:NITE ABP-02959
(受託番号:NITE BP-02959)
(3)受領日:2019年5月29日
(4)受領機関:独立行政法人製品評価技術基盤機構。
【0072】
(1)識別の表示:SA0079
(2)受領番号:NITE ABP-02962
(受託番号:NITE BP-02962)
(3)受領日:2019年5月29日
(4)受領機関:独立行政法人製品評価技術基盤機構。
【0073】
(1)識別の表示:SA0080
(2)受領番号:NITE ABP-02960
(受託番号:NITE BP-02960)
(3)受領日:2019年5月29日
(4)受領機関:独立行政法人製品評価技術基盤機構。
【0074】
(1)識別の表示:SA0338
(2)受領番号:NITE ABP-02963
(受託番号:NITE BP-02963)
(3)受領日:2019年5月29日
(4)受領機関:独立行政法人製品評価技術基盤機構。
【0075】
(1)識別の表示:SA0475
(2)受領番号:NITE ABP-02961
(受託番号:NITE BP-02961)
(3)受領日:2019年5月29日
(4)受領機関:独立行政法人製品評価技術基盤機構。
【0076】
(1)識別の表示:SA0762
(2)受領番号:NITE ABP-02964
(受託番号:NITE BP-02964)
(3)受領日:2019年5月29日
(4)受領機関:独立行政法人製品評価技術基盤機構。
【0077】
(1)識別の表示:SA1353
(2)受領番号:NITE ABP-02965
(受託番号:NITE BP-02965)
(3)受領日:2019年5月29日
(4)受領機関:独立行政法人製品評価技術基盤機構。
【0078】
また、本発明のスクリーニングにおいて用いられるCC20型等の黄色ブドウ球菌は、バイオフィルム形成能を有するものであってもよい。バイオフィルム形成能は、当業者であれば、後述の実施例に示すような方法にて評価することができる。かかるバイオフィルム形成能を有する黄色ブドウ球菌としては、例えば、後述の実施例に示すとおり、SA1353株が挙げられる。
【0079】
黄色ブドウ球菌の「培養」は、当業者であれば適宜公知の培地を用いて行なうことができる。かかる培地としては、例えば、ブドウ球菌選択培地、マンニット食塩培地、卵黄加マンニット食塩培地、ブドウ球菌培地No.110、ベアードパーカー培地、緩衝ペプトン水、LB培地、ハートインフュージョン培地、ブレインハートインフュージョン培地、トリプチックソイ培地、標準寒天培地、普通寒天培地、血液寒天培地が挙げられる。培養条件(培養温度、培養時間)等も当業者であれば適宜設定することができる。
【0080】
また、培養は培地のみならず、非ヒト動物の皮膚等において行なうものであってもよい。かかる非ヒト動物としては、黄色ブドウ球菌を皮膚において維持できる動物であれば特に制限はなく、例えば、マウス、ラット、ウサギ、サル、チンパンジー、ブタ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコ、ハムスター、ニワトリが挙げられる。また、かかる非ヒト動物は、アトピー性皮膚炎のモデル動物であってもよい。
【0081】
本発明において、黄色ブドウ球菌の数の「測定」は、当業者であれば適宜公知の手法に基づき行なうことができる。例えば、培養後のシングルコロニー数、培養後の培地の濁度等を指標として行なうことができる。また、本発明において、黄色ブドウ球菌の「数」には、菌数のみならず、それを反映する該細菌由来のヌクレオチド、タンパク質等の量も含まれる。ヌクレオチド、タンパク質等の量は、当業者であれば、上述の遺伝子多型解析方法、免疫学的手法を用い分析することもできる。
【実施例0082】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。また、本実施例は、以下に示す方法を用いて行なった。
【0083】
(黄色ブドウ球菌株解析用ヒト皮膚スワブ採取)
下記表2に示す、アトピー性皮膚炎(AD)患者139人、健常人75人について、眉間、肘窩、前腕内側、上背部正中の4か所を基本採取部位とし、スワブ採取を行った(採取部位については図1参照のほど)。
【0084】
【表2】
【0085】
各部位の近傍に皮疹があれば(あるいは特徴的な皮疹があれば、)非病変部に加え同部からも採取をした(最低4箇所、最大8箇所)。採取範囲はAD患者139人、健常人29人からは一箇所につき2x2cm、健常人71人からは5x5cmのサイズでスワブしたが、健常人のうち25人については左右の採取部位から同時に2x2cm、5x5cmのサンプリングを実施した。スワブはPBSに浸した滅菌綿棒で30秒間擦過し、PBS 1mlを入れたエッペンドルフチューブに入れて保存し、PBS 50μlを黄色ブドウ球菌分離培養に使用した。
【0086】
(黄色ブドウ球菌の分離培養と菌種確認)
AD患者、AD以外の皮膚疾患患者、健常人の皮膚スワブをブドウ球菌選択培地に植菌し、37℃で48時間培養した。生えてきたシングルコロニーを各検体から最大10コロニーを選び、Tryptic soy agarにリプレートした。生えてきたコロニーについて、femA及びfemB遺伝子特異的プライマーを用いてPCRにより黄色ブドウ球菌であることを確認した。黄色ブドウ球菌と判定されたコロニーについて、グリセリンストックを作成した。
【0087】
(PCRによる病原因子関連遺伝子型の解析)
黄色ブドウ球菌と同定されたコロニーについて、Lysostaphin+DNase含有CS buffer(10mM Tris-HCl,10mM EDTA,pH8.0)100μlに菌を懸濁させ、37℃で1時間インキュベーションして、95℃で5分間処理して溶菌させた。これをDNA templateとして、coagulase typing,agr typing,enterotoxin genesの型別をPCRにて調査し、各株のゲノタイプを解析した。
【0088】
(黄色ブドウ球菌からゲノムDNAの抽出)
黄色ブドウ球菌の各株をTryptic soy broth(TSB)1mlにて37℃で24時間培養後、遠心して集菌し、Lysostaphin+DNase含有CS buffer(10mM Tris-HCl,10mM EDTA,pH8.0)400μlに懸濁させ、37℃で1時間インキュベーションして、10mg/ml Proteinase K10μl及び10% SDS 50μlを加え、55℃で3時間以上インキュベーションした。飽和フェノール400μlを加え、混和して遠心後、上清を移した。続いて、これにフェノール/クロロホルム400μlを加え、混和して遠心後、上清を移した。99%エタノール 1mlを加えて混和後、遠心してDNAを沈殿させた。70%エタノール400μlを入れ、遠心して除去した。沈殿したDNAを乾燥させ、滅菌ミリQ 50μlにて溶解させた。DNA濃度はnanodrop(Thermo Fisher Scientific)にて測定した。
【0089】
(黄色ブドウ球菌のゲノムシークエンスと情報解析)
精製したゲノムDNA 100ngをEnzymatics社のNGSライブラリ調製キットを用いて、各株のライブラリサンプルを調製した。プールしたライブラリサンプルはqPCRにて正確に濃度測定した。シーケンスはイルミナ社MiSeqシステムを用いて、MiSeq Sequence Reagent Kit v2(600cycles)(MS-102)にて配列データ(fastqファイル)を取得した。出力したfastqファイルを用いて、SPAdes v3.13.0にてアセンブルした。Prokka v1.11にてオートアノテーションした。SNP解析はCLC Genomics Workbench v9を用いて解析した。また、得られたゲノム配列から、webサイト上にあるMLSTデータベース(http://www.mlst.net)にfastaファイルをアップロードして、7つのハウスキーピング遺伝子のアレル番号を調べ、Sequence type(ST)番号を特定することで、各系統型(CC型)決定した。また、eBURST解析も行なった。
【0090】
(重症度スコアリング(SCORAD)、血液検査データ)
AD患者については、サンプリングと同日にSCORAD(SCORing Atopic Dermatitis)を記録した。一部のAD患者は、慶應義塾大学皮膚科外来に通院中、診療目的で血液検査を実施されており、そのうちTotal IgEはサンプリング時の前後28日間に実施された検査データを、total IgE以外の血液検査データ サンプリング時の前後14日間に採取された検査データを二次利用し、被検者から得られた黄色ブドウ球菌のCC型との相関を解析した。
【0091】
(黄色ブドウ球菌のバイオフィルム測定法)
黄色ブドウ球菌の各株をTSB 3mlにて37℃で24時間にわたり前培養した後、TSBで100倍希釈した。96ウェルプレートに、TSB、または、1%グルコース含有TSBを100μl入れ、これに100倍希釈した各菌液10μlずつ加え、37℃で24時間培養した。培養後の菌液を除去して、phosphate-buffered saline(PBS)300μlで3回washした。バイオフィルムを形成した菌を1%クリスタルバイオレットで15分間染色した。クリスタルバイオレットを除去後、水道水で10回水洗した。33%酢酸液200μlを加えて室温で15分間処理し、染色したバイオフィルム形成菌を抽出した。処理後、PBSで10倍希釈してO.D.590nmで測定した。
【0092】
以上の方法を用いて解析して得られた結果を、図2~6に示す。
【0093】
図2に示すとおり、139名のAD患者皮膚(2x2cm範囲)から採取した皮膚スワブサンプル(最低4箇所)より黄色ブドウ球菌を分離培養したところ、64.7%で黄色ブドウ球菌を検出した。一方、29名の健常者皮膚(2x2cm範囲)から採取したスワブサンプルの分離培養から黄色ブドウ球菌は殆ど検出できなかった(検出できたのは僅か3.4%だった)。
【0094】
なお、AD患者由来の黄色ブドウ球菌株と健常者由来の黄色ブドウ球菌株の特徴を比較するため、健常者からは5x5cmの皮膚範囲からの検体採取も実施した。5x5cm範囲に採取範囲を拡大して採取した健常人71名の分離培養からは45.1%から黄色ブドウ球菌が検出された。
【0095】
AD患者皮膚(2x2cm範囲)から採取した皮膚スワブサンプル(眉間、肘窩、前腕内側、上背部)より分離された部位ごとの黄色ブドウ球菌検出率を、図3に示すとおり、病変部データ、非病変部データに分けてグラフに示した。比較として、健常者皮膚(5x5cm範囲)から採取した皮膚スワブサンプル(眉間、肘窩、前腕内側、上背部)より分離された部位ごとの黄色ブドウ球菌検出率を右に記載した。
【0096】
その結果、AD患者では、病変部、非病変部によらず、眉間において黄色ブドウ球菌が検出される割合が高かった(図中「AD患者」の「G」参照のほど)。AD患者の病変部は非病変部よりも黄色ブドウ球菌の検出率が高かった。
【0097】
次に、AD患者から分離培養された黄色ブドウ球菌の系統型を同定した。その結果、図4に示すとおり、82名のAD患者から分離培養された黄色ブドウ球菌の系統型として、13種類が同定され、82名の患者中37.8%でCC188型の黄色ブドウ球菌が、29.2%でCC8型が、13.4%でCC20型が検出された。一方、欧米でADに最も特徴的と報告されているCC1型は82名のAD患者のうち7.3%から検出された。このように、CC188型、CC8型、CC20型、CC97型、CC12型が、日本人等のアジア人AD患者特有の黄色ブドウ球菌の系統型であることが明らかとなり、これらCC型の黄色ブドウ球菌が、アジア人AD発症等に関与していること、及び当該ブドウ球菌がアジア人ADの治療標的になることが示唆された。
【0098】
次に、AD患者より検出された前記代表的な黄色ブドウ球菌系統型に関して、黄色ブドウ球菌をこの度検出しなかった患者と比較した際の症状スコア(SCORAD)や一般採血検査結果/疾患病勢マーカーとの関連を重回帰分析により解析した。
【0099】
その結果、図5に示すとおり、CC188型が検出されたAD患者では、黄色ブドウ球菌が検出されなかった患者に比べ、症状が重症で、LDH,TARC,total IgE等のADバイオマーカーとして知られる血液検査値が高い傾向にあった。また、CC97型に関しても、同型が検出されたAD患者ではLDH,TARCが高い傾向にあった。このように、CC188やCC97型の黄色ブドウ球菌が、ADの疾患病態と特に関連していることが示唆された。
【0100】
次に、ある患者(以下、K042患者とも称する)における、その症例と黄色ブドウ球菌の系統型に着目し、解析を行なった。K042患者においては、図6に示すとおり、症状の重症化に伴って、CC20型が優位となっていることが明らかとなった。
【0101】
K042患者から分離された黄色ブドウ球菌について、string test(過粘稠性を見る試験)をすると、当該患者から分離されたSA1353株ではstring test陽性を示した。通常、黄色ブドウ球菌でstring test陰性のことが多いが、このSA1353株のようにこれほど強いstring test陽性が認められる株は極めて珍しい。なお、string testは、Fang CT.ら、J Exp Med.、2004年、199巻、697~705ページに記載の方法等を、黄色ブドウ球菌に合わせ改変して行った。加えて、このK042患者から分離されたSA1353を液体培養するとバイオフィルム様のペリクルが観察された。
【0102】
このように、CC20型の黄色ブドウ球菌が、ADの重症化に関与していることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0103】
以上説明したように、本発明によれば、アジア人のアトピー性皮膚炎の発症リスク又は予後(重症化リスク)を、当該AD特有の系統型の黄色ブドウ球菌を指標として判定することが可能となる。
【0104】
また、本発明によれば、アジア人アトピー性皮膚炎特有系統型の黄色ブドウ球菌を標的とする、アトピー性皮膚炎の予防薬又は治療薬の候補化合物のスクリーニング方法を提供することも可能となる。
【0105】
したがって、本発明は、アトピー性皮膚炎の診断方法及び治療方法の開発等において、極めて有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
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