(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023178766
(43)【公開日】2023-12-18
(54)【発明の名称】内燃機関用ピストンの製造方法
(51)【国際特許分類】
F02F 3/00 20060101AFI20231211BHJP
F02F 3/10 20060101ALI20231211BHJP
F16J 1/01 20060101ALI20231211BHJP
F16J 9/00 20060101ALI20231211BHJP
【FI】
F02F3/00 G
F02F3/00 B
F02F3/10 B
F16J1/01
F16J9/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022091649
(22)【出願日】2022-06-06
(71)【出願人】
【識別番号】000002082
【氏名又は名称】スズキ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 祐
(74)【代理人】
【識別番号】100217076
【弁理士】
【氏名又は名称】宅間 邦俊
(74)【代理人】
【識別番号】100169018
【弁理士】
【氏名又は名称】網屋 美湖
(74)【代理人】
【氏名又は名称】有原 幸一
(72)【発明者】
【氏名】増原 真也
【テーマコード(参考)】
3J044
【Fターム(参考)】
3J044AA20
3J044BA04
3J044BB07
3J044BB11
3J044BB34
3J044BC03
3J044CA06
3J044DA09
3J044EA10
(57)【要約】
【課題】 高強度材をピストン母材に用いても、トップリング溝の内面に形成される陽極酸化皮膜とピストンリングとの良好なシール性を維持することができる内燃機関用ピストンの製造方法を提供する。
【解決手段】 5.0~20.0質量%のSi、1.3質量%を超えて5.0質量%以下のCu、及び1.5質量%を超えて3.5質量%以下のNiを含有するアルミニウム合金を母材とし、外周面にトップリング溝13を有するピストン本体10Aについて、トップランド12の部分を保持部材55で保持した状態で、ピストン本体をその軸を中心に回転させながら、噴射ノズル51から水52を噴射して、トップリング溝の内面のトップリングが接する領域をウォータージェット処理して、この領域に露出するシリコンを除去し、その後、この領域に陽極酸化皮膜を形成することで、内燃機関用ピストンを製造する。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関用ピストンの製造方法であって、
5.0~20.0質量%のSi、1.3質量%を超えて5.0質量%以下のCu、及び1.5質量%を超えて3.5質量%以下のNiを含有するアルミニウム合金を母材とし、外周面にトップリング溝を有する内燃機関用ピストン本体について、前記トップリング溝とピストン冠面との間の外周面の部分を保持部材で保持した状態で、前記内燃機関用ピストン本体をその軸を中心に回転させながら、前記トップリング溝の内面の少なくともトップリングが接する領域をウォータージェット処理して、前記領域に露出するシリコンを除去する工程と、
少なくとも前記ウォータージェット処理をした領域に陽極酸化皮膜を形成する工程と
を含む、内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項2】
前記陽極酸化皮膜を交直重畳電解法で形成する、請求項1に記載の内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項3】
前記ウォータージェット処理における噴射ノズルの水の噴射方向を、前記トップリング溝の内面のうちのピストン冠面側内面またはその反対側であるスカート部側内面のいずれか一方の内面の平行面に対して、ピストン冠面側方向またはその反対側であるスカート部側方向に傾斜させて、前記ウォータージェット処理を行う、請求項1又は2に記載の内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項4】
前記ウォータージェット処理における噴射ノズルの水の噴射方向を、ピストン本体の半径方向に対して、ピストン本体の回転方向に対向する向きにずらして、前記ウォータージェット処理を行う、請求項3に記載の内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項5】
前記噴射ノズルの水の噴射方向が、略円筒形状である前記ピストン本体の外周の接線方向を含むように前記噴射ノズルの水の噴射方向を移動させて、前記ウォータージェット処理を行う、請求項4に記載の内燃機関用ピストンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関用ピストンの製造方法に関し、より詳しくは、トップリング溝の内面に陽極酸化皮膜を備える内燃機関用ピストンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境規制対応に伴い、自動車用エンジン等の内燃機関の高効率化や高圧縮比化の要望や、過給エンジンの要望が高まってきており、内燃機関の最高燃焼圧力が上昇している。このような背景に伴って、内燃機関用ピストンのピストンリング溝(特に、トップリング溝)やランド部(特に、トップランド、セカンドランド)の温度が、従来の同排気量の内燃機関のものよりも高くなってきている。ピストンのトップリング溝には、耐摩耗性を付与するために陽極酸化皮膜が成膜される場合がある。これは、陽極酸化皮膜が、ピストンの母材であるアルミニウム合金に対して2倍以上の硬さを有しており、耐摩耗性に優れた特性を有するためである。
【0003】
このような陽極酸化皮膜としては、例えば、特許文献1に、トップリング溝の内面のうち、少なくともセカンドリング溝側の内面であって、トップリングが接する領域の内面に、陽極酸化皮膜を備え、この陽極酸化皮膜のJIS B0671-2に準拠する表面粗さRpkが1.00μm以下である内燃機関用ピストンが記載されており、このような表面粗さの陽極酸化皮膜によって、トップリングとの気密性を向上することができ、ブローバイガス流量および排出微粒子の粒子数を低減することができると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、近年採用が増加している高強度材と呼ばれる、高温域までの機械的特性(疲労強度、引っ張り強さなど)を向上させたアルミニウム合金においては、AC8A(Al-Si-Cu-Ni-Mg系)合金に代表される従来のアルミニウム合金よりも、銅(Cu)やニッケル(Ni)等の添加元素が多く含まれている場合がある。このような高強度材には、従来よりも粒状の粗大な初晶シリコン(Si)が多く析出しており(Si粒径が30~40μm程度)、このような粒状のSiは陽極酸化皮膜の成膜に強い影響を及ぼし、凹凸の大きな皮膜が形成されやすい。本願発明者は、このような高強度材を用いた場合には、特許文献1に記載されている陽極酸化処理を行っても、陽極酸化皮膜の膜厚10μmのときに表面粗さRpkが1.0μmを超える皮膜となってしまうという新たな知見を得た。
【0006】
陽極酸化皮膜の表面粗さが悪化すると、トップリングとのシール性が低下し、これに伴うブローバイガスの増大や燃費の悪化が発生する。また、エンジン部品の潤滑に用いられるエンジンオイルが燃焼室側へ流入する現象(オイル上り)が発生しやすくなり、燃焼室内でエンジンオイルが燃焼することで、PM(Particulate Matter)やPN(Particle Number)といった欧州環境規制対象物質またはその数が増加する要因となるため、陽極酸化皮膜の表面には平滑性が求められている。
【0007】
そこで本発明は、上記の問題点に鑑み、高強度材をピストン母材に用いても、トップリング溝の内面に形成される陽極酸化皮膜とピストンリングとの良好なシール性を維持することができる内燃機関用ピストンの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するために、本発明は、内燃機関用ピストンの製造方法であって、5.0~20.0質量%のSi、1.3質量%を超えて5.0質量%以下のCu、及び1.5質量%を超えて3.5質量%以下のNiを含有するアルミニウム合金を母材とし、外周面にトップリング溝を有する内燃機関用ピストン本体について、前記トップリング溝とピストン冠面との間の外周面の部分を保持部材で保持した状態で、前記内燃機関用ピストン本体をその軸を中心に回転させながら、前記トップリング溝の内面の少なくともトップリングが接する領域をウォータージェット処理して、前記領域に露出するシリコンを除去する工程と、少なくとも前記ウォータージェット処理をした領域に陽極酸化皮膜を形成する工程とを含む。
【発明の効果】
【0009】
このように本発明によれば、トップリング溝の内面に、陽極酸化処理を行う前にウォータージェット処理を行うことで、表面に露出するシリコンが除去されることから、平滑な表面の陽極酸化皮膜が形成され、ピストンリングとの良好なシール性を維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】内燃機関用ピストンの一例を模式的に示す正面図である。
【
図2】
図1に示す内燃機関用ピストンのトップリング溝の周辺を模式的に示す拡大断面図である。
【
図3】従来のアルミニウム合金を内燃機関用ピストンの母材として用いた場合の金属組織の一例を示す光学顕微鏡写真である。
【
図4】本発明に係る内燃機関用ピストンの母材として使用されるアルミニウム合金(高強度材)を用いた場合の金属組織の一例を示す光学顕微鏡写真である。
【
図5】本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法の一実施の形態を示すフロー図である。
【
図6】本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法におけるウォータージェット処理工程の一例を模式的に示す正面図である。
【
図7】
図6に示すウォータージェット処理工程の噴射ノズルの水の噴射方向(傾斜角度α)を説明する拡大模式図である。
【
図8】
図6に示すウォータージェット処理工程の噴射ノズルの水の噴射方向(方向ずれ角度β)を説明する模式図である。
【
図9】
図6に示すウォータージェット処理工程の噴射ノズルの水の噴射方向(接線方向T)を説明する拡大模式図である。
【
図10】本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法における陽極酸化処理工程によるトップリング溝の内面の状態の変化を説明する模式図である。
【
図11】比較例としてウォータージェット処理工程を行わずに陽極酸化処理工程を行った場合のトップリング溝の内面の状態の変化を説明する模式図である。
【
図12】比較例1のウォータージェット処理を施す前の高強度材の表面を示すSEM写真である。
【
図13】実施例1のウォータージェット処理を施した後の高強度材の表面を示すSEM写真である。
【
図14】比較例2の陽極酸化皮膜の断面を示す光学顕微鏡写真である。
【
図15】実施例2の陽極酸化皮膜の断面を示す光学顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、添付図面を参照して、本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法の一実施の形態について説明する。なお、図面は、理解のし易さを優先にして描かれており、縮尺通りに描かれたものではない。
【0012】
先ず、本実施の形態の方法によって製造される内燃機関用ピストンについて説明する。
図1に示すように、内燃機関用ピストン10は、シリンダブロックのボア内周面21に面する外周面に、ピストン冠面11側から順に、ピストンリング溝として、トップリング溝13、セカンドリング溝15、オイルリング溝17の3つのリング溝が形成されている。トップリング溝13にはトップリング(図示省略)が嵌め込まれ、セカンドリング溝15にはセカンドリング(図示省略)、オイルリング溝17にはオイルリング(図示省略)が嵌め込まれる。また、ピストン10の外周面は、ピストン冠面11とトップリング溝13との間をトップランド12と呼び、トップリング溝13とセカンドリング溝15との間をセカンドランド14と呼び、セカンドリング溝15とオイルリング溝17との間をサードランド16と呼び、オイルリング溝17以降をスカート部18と呼ぶ。
【0013】
トップリング溝13について更に詳しく説明すると、
図2に示す通り、トップリング溝13に嵌め込まれたトップリング22は、シリンダブロック20内に内燃機関用ピストン10が挿入された状態では、トップリング22の外周面が、ピストン外周面であるトップランド12及びセカンドランド14よりも外側に突出する。トップリング22はその弾性力によってシリンダブロック20のボア内周面21に押し付けられた状態となり、トップリング22は燃焼室の気密性を保持する機能を果たす。
【0014】
セカンドリング(図示省略)も同様の構成および機能を有するが、ピストンの圧縮工程及び膨張工程によってピストン冠面11側の燃焼室内が高圧となり、特にトップリング溝13の内面がトップリング22と強く密着するため、トップリング溝13の内面に摩耗が発生し易い。よって、トップリング溝13の内面に陽極酸化皮膜(図示省略)を形成して、トップリング溝13の内面の耐摩耗性を向上させている。トップリング溝13の内面のうち、ピストン冠面11側の内面を上面13aと呼び、その反対側(セカンドリング側)の内面を下面13cと呼び、その間の溝の底の側の内面を底面13bと呼ぶ。
図2に示すように、トップリング22は、トップリング溝13の内面全体と必ず接するものではないことから、陽極酸化皮膜は、トップリング溝13の内面のうちのトップリング22が接する領域に形成されていればよい。この領域は、ピストンの設計によって異なるものの、例えば、トップリング溝13の上面13a又は下面13cのうち、トップランド12又はセカンドランド14側の端から底面13b側の端までの長さ(すなわち、溝の深さ)を100%とすると、トップランド12又はセカンドランド14側の端から少なくとも90%までの領域が好ましく、少なくとも80%までの領域がより好ましく、少なくとも70%までの領域が更に好ましい。もちろん、トップリング溝13の内面全体に陽極酸化皮膜が形成されていてもよい。トップリング溝13の内面のうち、上面13aのみ、下面13cのみ、又は上面13a及び下面13cの両面とするか、また、どの程度の領域とするかは、燃焼ガスに対するシール性、ブローバイガス量の低減、オイル上りの起因となるPMやPNの抑制などの要件を鑑みて決定することが望ましい。
【0015】
陽極酸化皮膜が形成される内燃機関用ピストン本体は、5.0~20.0質量%のシリコン(Si)、1.3質量%を超えて5.0質量%以下の銅(Cu)、及び1.5質量%を超えて3.5質量%以下のニッケル(Ni)を含有するアルミニウム合金(以下、高強度材ともいう)を母材として形成されている。
【0016】
高強度材において、Siは、初晶シリコンや共晶シリコンとして晶出し、耐熱性及び耐摩耗性を改善する成分である。また、Siは熱膨張率を低下させる。Si含有量が5.0質量%以上であれば、熱膨張率が低く、耐摩耗性や高温域での強度を向上することができ、20.0質量%以下であれば、初晶シリコンが小さくなり、合金の伸びを良好にすることができる。Si含有量は、10.0~13.0質量%がより好ましい。
【0017】
Cuは、室温及び高温域における機械的強度及び耐摩耗性を改善する成分である。Cu含有量が1.3質量%超であれば、強度や耐摩耗性を改善する効果を発現することができ、5.0質量%以下であれば、合金の著しい伸び低下はなく、合金の比重が小さい。一方、5.0質量%を超えると、伸びが著しく低下し、合金の比重が大きくなる。Cu含有量は、2.5~5.0質量%がより好ましい。
【0018】
Niは、主に高温域での強度及び耐摩耗性を向上させ、熱膨張率を低下させる成分であり、Ni含有量が1.5質量%超であれば、その効果が好適に発現し、3.5質量%以下であれば、良好な伸びが得られる。
【0019】
また、本実施の形態では、母材に用いるアルミニウム合金は、上記したSi、Cu、及びNiに加えて、クロム(Cr)、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、リン(P)、鉄(Fe)、マンガン(Mn)及びマグネシウム(Mg)からなる群より選択される少なくとも一以上の元素を含み、残部が実質的にAl及び不可避的不純物からなる合金としてもよい。好ましくは、アルミニウム合金の母材は、上記したSi、Cu、Niの各含有量の範囲に加えて、0.05~0.15質量%のCr、0.05~0.20質量%のTi、0.05~0.30質量%のZr、0.10~0.31質量%のFe、0.05質量%以下のMn及び0.5~1.1質量%のMgを含み、残部が実質的にAl及び不可避的不純物からなる。Si、Cu、Niについては既に説明したので、その他の各成分とその含有量等について説明する。
【0020】
Crは、主に合金中に晶出した金属間化合物、初晶シリコン、針状シリコン等の結晶粒の間にある結晶粒界を強化させ、高温域での強度を向上させる成分であり、Cr含有量が0.05質量%以上であれば、結晶粒界を好適に強化させて高温域での強度を向上させ、0.15質量%以下であれば、良好な靱性及び切削性が得られる。
【0021】
Tiは、主に結晶粒を微細化させて、耐熱性、鋳造性、強度を向上させる成分であり、Ti含有量が0.05~0.20質量%の範囲であれば、その効果が好適に発現する。Ti含有量は、好ましくは0.05~0.15wt%である。
【0022】
Zrは、主に合金中の結晶粒を微細化する効果を有し、耐熱性、鋳造性及び強度の向上に寄与する成分であり、Zr含有量が0.05~0.30質量%の範囲であれば、その効果が好適に発現する。Zr含有量は、好ましくは0.05~0.15wt%である。
【0023】
Feは、主に金属間化合物を晶出し、耐摩耗性及び高温域での強度を向上させる成分である。なお、この金属間化合物の大きさが粗大であると、強度の低下が起こる。Fe含有量が0.10~0.31質量%の範囲であれば、Fe-Mn系金属間化合物の大きさを小さくできる。
【0024】
Mnは、主に金属間化合物を晶出し、耐摩耗性及び高温域での強度を向上させる成分である。なお、この金属間化合物の大きさが粗大であると、強度の低下が起こる。Mn含有量が0.05質量%以下であれば、Fe-Mn系金属間化合物の大きさを小さくできる。Mn含有量の下限値は、全く含有しなくてもよく、又は不純物程度に極少量で含有していてもよく、例えば0.001質量%である。
【0025】
Mgは、主に強度及び靱性を向上させる成分であり、Mg含有量が0.5質量%以上であれば、強度を向上させる効果が発現し、1.1質量%以下であれば、良好な靱性が得られる。
【0026】
このような高強度材と呼ばれるアルミニウム合金を母材として用いてピストン素材を製造すると、従来から使用されているアルミニウム合金を用いて製造した場合と比べて、その製造過程で粒状の粗大な初晶シリコンが多く析出してしまう。
図3は、従来のアルミニウム合金(AC8A)を用いた場合のピストン母材の金属組織の光学顕微鏡写真であり、
図4は、本発明で用いる高強度材のアルミニウム合金(AC8AよりもCu、Niを多く含む組成)を用いた場合のピストン母材の金属組織の光学顕微鏡写真である。
図3に示すように、従来のアルミニウム合金30Aも、マトリックス31中に粒状の初晶シリコン32が析出しているものの、
図4に示すように、高強度材のアルミニウム合金30Bは、これよりもマトリックス31中に析出している粒状の初晶シリコン32が顕著に大きいことがわかる。
【0027】
粒状の初晶シリコンが析出しているアルミニウム合金に対して、直流電解法により陽極酸化処理を行うと、処理対象の表面に対して陽極酸化皮膜を構成するセルが一方向に成長することから、シリコンにより陽極酸化皮膜の成長が阻害されて、表面の凹凸が大きい皮膜が形成されてしまう。一方、交直重畳電解法は、処理対象の表面に対してランダムな方向にセルが成長し、配向性を持たないことから、マトリックス中に析出する粒状の初晶シリコン粒子であってもランダムな方向に枝分かれした状態で内包しながら成長することから、平滑な表面の陽極酸化皮膜を得ることができる。しかしながら、高強度材の初晶シリコンの粒径は30~40μm程度と非常に大きく、交直重畳電解法を用いても、得られる陽極酸化皮膜の表面粗さRpkが1.0μmを超え、ピストンリングとの良好なシール性を維持できないという問題がある。
【0028】
このような問題を解決するため、本実施の形態の内燃機関用ピストンの製造方法40では、
図5に示すように、ピストン本体を鋳造する工程41と、鋳造したピストン本体を熱処理する工程42と、熱処理したピストン本体を機械加工する工程43と、ピストン本体のトップリング溝の内面にウォータージェット処理を行う工程44と、トップリング溝の内面に陽極酸化処理を行う工程45と、ピストンのスカート部に樹脂コートを被膜する樹脂コート処理を行う工程46とを順次行う。各工程について、以下に説明する。
【0029】
上記の鋳造、熱処理、機械加工の各工程41、42、43は、一般的な内燃機関用ピストンを製造する際に用いられる工程と同様である。例えば、鋳造工程41は、ピストン形状に空洞を有した金型に、溶融させた高強度材(アルミ溶湯)を流し込んで鋳造を行う重力鋳造法などが一般的である。熱処理工程42としては、例えば、T5処理、T6処理などがあり、T5処理は、鋳造後、人工時効硬化処理のみ行うもの(強度増大、寸法の安定化等が目的)、T6処理は、鋳造後、溶体化処理、人工時効硬化処理(強度・硬さの増大等が目的)を行うものである。機械加工工程43では、例えば、切削によってトップリング溝などのリング溝が作製される。トップリング溝の幅および深さは、一般的な内燃機関用ピストンのトップリング溝の寸法と同様である。
【0030】
ウォータージェット処理工程44は、機械加工工程43で作製されたトップリング溝の内面には、陽極酸化皮膜の成膜に強い影響を及ぼす粗大なシリコン粒子が露出していることから、これを除去することを目的とするものである。例えば、
図6に示すように、ウォータージェット処理装置50の保持部材55に、ピストン本体10Aのトップランド12をチャック54で把持させて、ピストン本体10Aをその軸を中心に回転させながら、噴射ノズル51からトップリング溝13に対して水52を噴射させる。このようにトップリング溝13に隣接するトップランド12を保持することで、トップリング溝13がウォータージェット処理によって高圧負荷を受けた状態でも、ピストン本体10Aを良好に保持することができる。
【0031】
なお、露出したシリコンを除去する方法として、混酸で表面処理する方法や、レーザ照射も考えられるが、混酸処理では、条件によってはシリコンの溶解と共にアルミニウム素地も溶解してトップリング溝等の形状が変形するおそれがある。レーザ照射は、レーザ照射を受けたアルミニウム合金の成膜速度が顕著に遅くなるなど、その後の陽極酸化処理に影響を及ぼし、また、エネルギーの消費量が大きく、設備コストも高い。これに対し、ウォータージェット処理によれば、トップリング溝等の形状変化を抑制でき、また、その後の陽極酸化工程に影響を及ぼさず、低エネルギー、低設備コストで、露出したシリコンを除去することができる。更には、ウォータージェット処理を行うことで、陽極酸化処理の前に必要な脱脂を不要にすることもできる。
【0032】
ウォータージェット処理では、トップリング溝13に対して、ピストン本体10Aの中心軸に対して垂直方向から水を噴射させてもよいが、水が直接吹き付けられるのは主にトップリング溝13の底面となり、噴射方向と平行の位置関係にあるトップリング溝13の上面や下面には、ほとんど直接吹き付けられない。そこで、例えば、
図7に示すように、噴射ノズル51aの水52aの噴射方向A1を、トップリング溝13の下面13cの平行面Xに対してスカート部側の方向Yに傾斜させることが好ましい。これにより、トップリング溝13の内面のうち、トップリング22が接する領域である下面13cに、噴射ノズル51aから水52aが直接吹き付けられることから、陽極酸化皮膜の成膜に影響を及ぼすシリコンを効率的に除去することができる。
【0033】
下面13cの平行面Xに対する噴射ノズル51aの水52aの噴射方向A1の傾斜角度αは、0°超から90°未満の範囲で適宜設定できるが、トップリング溝13の幅(
図7における底面13bの長さ)をa、トップリング溝13の深さ(
図7における下面13cの長さ)をbとした時に、以下の関係式となる角度とすることが好ましい。
【0034】
【0035】
上記の関係式が成立している時、トップリング溝13の下面13c全体に噴射ノズル51aから水52aが直接吹き付けられ、シリコンを効率的に除去できる。具体例として、トップリング溝の幅が1mm、深さが3mmの場合、上記の関係式はtanα≦1/3となる。つまり、傾斜角度αは、0°より大きく18°以下となる。
【0036】
なお、トップリング溝13の下面13cをウォータージェット処理する場合について説明してきたが、トップリング溝13の上面13aもトップリング22が接する領域であることから、
図7に示すように、上記とは反対方向に噴射ノズル51bの水52bの噴射方向を傾斜させることで、上面13aに噴射ノズル51bから水52bを直接吹き付けることができる。この場合の傾斜角度αは、噴射ノズル51bの水52bの噴射方向を、トップリング溝13の上面13aの平行面に対してピストン冠面11側の方向に傾斜させる角度である。また、上記の関係式は、上面13aの場合も同様に成立し、上面13a全体に噴射ノズル51bから水52bを直接吹き付けることができる。
【0037】
なお、このようにウォータージェット処理でトップリング溝13の上面13aまたは下面13cに直接吹き付けられた水は、ウォータージェット処理の噴射圧力や、噴射ノズル51からトップリング溝13までの距離(吹き付け距離)によるものの、反射して他の内面に露出しているシリコンも除去することができる。また、このように吹き付けられた水は反射することから、噴射ノズル51の水52の噴射方向をトップリング溝13の上面13aまたは下面13cに対して平行な方向とした場合でも、トップリング溝13の底面13bに直接吹き付けられた水が反射して、上面13a及び下面13cの表面に露出しているシリコンを除去することは可能である。
【0038】
また、ウォータージェット処理工程44では、上記の傾斜角度αの傾斜に加えて、
図8に示すように、噴射ノズル51eの水52eの噴射方向A2を、ピストン本体10Aの半径方向Rに対して、保持部材(図示省略)によるピストン本体10Aの回転方向に対向する向きにずらすことが好ましい。これにより、トップリング溝13の上面13aまたは下面13cに水を直接吹き付けることができるとともに、同一の噴射圧力でピストン本体10Aの半径方向Rに噴射ノズル51dから水52dを噴射した場合と比べて、ピストン本体10Aの回転により上面13aまたは下面13cへの噴射圧力が増して、シリコンの除去効果を高めることができる。
【0039】
ピストン本体10Aの半径方向Rに対する噴射ノズル51eの水52eの噴射方向A2の方向ずれ角度βは、0°超から90°未満の範囲で適宜設定できるが、特に
図9に示すように、噴射ノズルの水52fの噴射方向が、略円筒形状のピストン本体10Aの外周の接線方向T(すなわち、半径方向R2に対して垂直方向)となる角度とすることが好ましい。
【0040】
これについて説明すると、先ず、
図9に示すように、円筒形状の噴射ノズルから上記の傾斜角度αで水52d、52e、52fを噴霧すると、ピストン本体10Aのトップリング溝の下面13cにおけるウォータージェット処理の施工面53d、53e、53fは楕円形状になる。この施工面における圧力は、楕円形状の中心が最も強く、外周に向って徐々に弱くなっていくため、下面13cのトップリングが接する領域に露出しているシリコンを確実に除去するためには、この楕円形状の施工面53d、53e、53fの中心を、下面13cのトップリングが接する領域の端から端へと移るように噴射ノズルを移動させることが好ましい。よって、噴射ノズルの水52dの噴霧方向をピストン本体10Aの半径方向R1とした場合、楕円形状の施工面53dの中心を下面13cの外縁付近に移動させると、施工面53dの半分近くの面積がウォータージェット処理の不要なセカンドランドに当たってしまう。これに対し、噴射ノズルの水52fの噴射方向A2を上記の接線方向Tとした場合、楕円形の施工面53fの中心を下面13cの外縁付近に移動させても、施工面53fのほぼ全ての面積が下面13cに当たる。よって、効率的にウォータージェット処理を行うことができる。
【0041】
噴射ノズルの水の噴霧方向A2の方向ずれ角度βの好ましい範囲は、吹き付け距離によるものの、例えば、ピストン本体10Aの外周の接線方向Tとなる角度から、±10°とすること好ましく、±5°とすることがより好ましい。
【0042】
なお、トップリング溝13の下面13cを処理する場合について説明してきたが、上面13aを処理する際も同様に噴射ノズルの水の噴射方向をピストン本体10Aの回転方向に対向する向きに、方向ずれ角度βずらすことで同様の効果を得ることができる。また、ウォータージェット処理は、トップリング溝13の内面に限らず、必要により、セカンドリング溝15の内面、オイルリング溝17の内面、スカート部18の表面に対して行ってもよい。
【0043】
ウォータージェット処理の条件は、トップリング溝13の内面に露出するシリコンの除去状態を確認して決定することが望ましい。例えば、噴射圧力は50~200MPa、吹き付け距離は10~50mm、ピストン本体の回転数は500~2000rpm、噴射ノズルの移動速度は10~200mm/minの範囲とすることが好ましい。また、ノズル径については、例えば、0.1~2.0mmの範囲が好ましいが、トップリング溝13の幅を考慮して設定することが望ましい。噴射ノズルからの超高圧の水がトップリング溝13内に効率よく吹き付けられるように、ノズル径は溝の幅以下(溝の幅が1mmであればノズル径は1mm以下)とすることが好ましく、噴射ノズルからトップリング溝までの間に、噴射された水は完全に直線状ではなく扇状に若干広がることも考慮すると、ノズル径は溝の幅の半分以下(溝の幅が1mmであればノズル径は0.5mm以下)とすることがより好ましい。
【0044】
陽極酸化処理工程45は、硫酸、リン酸、シュウ酸などの汎用的に使用されている電解液に、アルミニウム合金製のピストン本体10Aを浸漬し、ピストン本体10Aを陽極、チタンやカーボンなどの電極板を陰極として電気を流すことで、ピストン本体10Aの表面を酸化させて陽極酸化皮膜を形成する工程である。電解方法としては、直流電解法、交流電解法、交直重畳電解法などのいずれの電解方法を用いてもよいが、より平滑な陽極酸化皮膜を得ることができ、また成膜速度が速く、製造効率を高めることができるため、交直重畳電解法で処理することが好ましい。
【0045】
図10に、本実施の形態であるウォータージェット処理工程44を行った後に陽極酸化処理工程45を行う場合のトップリング溝の内面の状態の変化を示す。
図10(a)に示すように、ウォータージェット処理工程44前のトップリング溝の下面13cは母材の高強度材30Bであり、マトリックス31中の粒状の初晶シリコン32などのシリコン粒子が下面13cに露出した状態である。このような状態の下面13cにウォータージェット処理工程44を施すと、
図10(b)に示すように、露出したシリコンが除去され、窪み部34が多数された下面13cの状態になる。この状態の下面13cに陽極酸化処理工程45を施すと、下面13cに陽極酸化皮膜の成膜に影響を及ぼすシリコンが除去されていることから、
図10(c)に示すように、下面13cには表面が平滑な陽極酸化皮膜35aが形成される。
【0046】
これに対し、
図11に、比較例としてウォータージェット処理工程44を行わずに陽極酸化処理工程45を行った場合のトップリング溝の内面の状態の変化を示す。
図11(a)に示すように、陽極酸化処理工程45を施す前のトップリング溝の下面13cにはマトリックス31中に析出した粒状の初晶シリコン32などのシリコン粒子が露出している。この状態の下面13cに陽極酸化処理工程45を施すと、下面13cに露出している粒状の初晶シリコン32などのシリコン粒子によってアルミニウムの酸化および皮膜の成長が阻害され、特に粗大な初晶シリコン32のある箇所では皮膜表面に凹部が発生することから、下面13cには表面粗さの大きい陽極酸化皮膜35bが形成される。
【0047】
従来のアルミニウム合金組成であれば、上述したように交直重畳電解法による陽極酸化処理によって、粒状の初晶シリコンが露出していても平滑な表面の陽極酸化皮膜を得ることが可能であるが、高強度材のようなアルミニウム合金組成では従来よりも粗大な初晶シリコンが析出するため、交直重畳電解法であっても充分な平滑性を得ることはできない。本実施の形態では、粗大な初晶シリコンが処理対象面に露出していても、
図10に示すようにウォータージェット処理工程44でシリコンを除去するため、表面が平滑な陽極酸化皮膜を形成することができる。
【0048】
樹脂コート処理工程46は、ピストン本体10Aのスカート部18の外表面に、樹脂コートを成膜する任意の工程である。例えば、スプレー法やスクリーン印刷法などによって、スカート部18の外表面に樹脂コート薬剤を塗布し、焼成を行うことで、樹脂コートを成膜することができる。樹脂コート薬剤としては、内燃機関用ピストンのスカート部18に用いられている公知の薬剤を用いることができ、例えば、近年、樹脂コートの耐摩耗性とフリクション低減を両立することを目的に開発された樹脂コート薬剤(ベース樹脂を従来広く用いられてきたポリアミドイミドから変更したものや、微小硬質粒子を添加したものなど)を使用してもよい。なお、樹脂コートがなくても耐焼付き性、フリクション低減を両立できる場合は、樹脂コート処理工程46を行わなくてもよい。
【0049】
このように本実施の形態の内燃機関用ピストンの製造方法40によれば、ピストンリング溝13の内面に形成された陽極酸化皮膜35aは、ピストン本体10Aが高強度材のアルミニウム合金を母材とするものであっても、例えば、表面粗さRpkが1.0μm以下、又は表面粗さRa及び表面粗さRpkがともに1.0μm以下のような平滑な表面とすることができる。なお、表面粗さRaは、JIS B0601-2001に準拠し、輪郭曲線の算術平均粗さの特性に関する指標である。表面粗さRpkは、JIS B0671-2000に準拠し、粗さ曲線のコア部の上にある突出山部の平均高さの特性に関する指標であり、陽極酸化皮膜の気密性を評価することができる。このような表面粗さの陽極酸化皮膜を形成することで、ピストンリングとのシール性が向上し、ブローバイガスの低減や燃費を向上させることができる。また、オイル上りに起因する環境規制対象物質であるPMおよびその数であるPNを抑制することができる。
【0050】
なお、本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法は、上記の実施形態に限定されず、工程を入れ替えたり、工程を省いたり、その他の工程を含むことができる。例えば、機械加工工程43の後に、樹脂コート処理工程46、ウォータージェット処理工程45、陽極酸化処理工程46の順に行ってもよいし、又は、ウォータージェット処理工程45をリング溝の他にスカート部まで行い、その後、樹脂コート処理工程46、陽極酸化処理工程45の順に行ってもよい。また、上述したように、樹脂コート処理工程46を省略してもよい。
【実施例0051】
ウォータージェット処理によるシリコンの除去効果を確認するために、ピストンリング溝を模擬して、ピストン本体のスカート部にウォータージェット処理を行った。ピストン本体は、表1に示す組成を有するAl-Si-Cu-Ni系のアルミニウム合金(以下、高強度材ともいう)を母材として作製した。
【0052】
【0053】
そして、ピストン本体のスカート部に対して、噴射圧力160MPaにてウォータージェット処理を行い、処理を施した表面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察(300倍)するととも、エネルギー分散型X線分光装置(EDS)によるシリコン分布の分析を行った(実施例1)。なお、これらを評価するために、ウォータージェット処理前のスカート部についても同様の観察および分析を行った(比較例1)。観察結果であるSEM写真を
図12、
図13に示す。
【0054】
図12は、比較例1のウォータージェット処理前の高強度材の表面を示すSEM写真であり、平らな表面であり、特に凹凸は確認できなかった。これに対し、
図13は、実施例1のウォータージェット処理後の高強度材の表面であり、多数の窪み部が形成されていることが確認された。これらは、ウォータージェット処理によってシリコンが塊で除去された箇所であると考えられる。EDSの分析結果では、比較例1の平滑な表面には数十μmの大きさのシリコンの塊が検出されており、この箇所が初晶シリコンである。一方、実施例1のEDSの分析結果では、SEM写真で確認された窪み部の奥に相当する箇所でシリコンが検出された。このことから、窪み部の奥には、初晶シリコンの一部は残存しているものの、表面部分は除去されたと推測される。よって、ウォータージェット処理の条件(特に噴射ノズルの水の噴射方向、噴射圧力、ノズル径など)により、シリコンの除去量をコントロールできることが示唆された。
【0055】
次に、ウォータージェット処理後に形成した陽極酸化皮膜の平滑性を確認する試験を行った。先ず、上記と同様のピストン本体について、機械加工によってトップリング溝(溝の幅:1mm、溝の深さ:3mm)を作製し、トップリング溝の内面にウォータージェット処理を行った。ウォータージェット処理の条件は、噴射圧力を160MPa、ノズル径を0.25mm(溝の幅に対して1/4のノズル径)とした。そして、トップリング溝の内面に陽極酸化処理を実施した。陽極酸化処理の条件は、18vol%の硫酸を電解液として用い、陰極板にチタン系材料、陽極にピストン本体を取り付けた。電解方法は交直重畳電解法とし、プラス電圧が65V、マイナス電圧が-2V、周波数が12kHzで設定した定電圧電解で40秒間、陽極酸化処理を行った(実施例2)。
【0056】
実施例2により成膜された陽極酸化皮膜の断面膜厚、表面粗さRa、及び表面粗さRpkを測定した。なお、断面膜厚は、ピストンの内燃機関のフロント側とリア側の2方向で、トップリング溝の下面の断面を光学顕微鏡で観察(400倍)し、30μm間隔で各10点測定し、その20点の平均値とした。
【0057】
比較のため、ウォータージェット処理をしなかった点を除いて実施例2と同様にして陽極酸化処理を行った(比較例2)。そして、比較例2により成膜された陽極酸化皮膜の断面膜厚、表面粗さRa、及び表面粗さRpkを実施例2と同様に測定した。実施例2および比較例2の断面膜厚、表面粗さRa、及び表面粗さRpkの測定結果を表2に示す。なお、参考例として、市販されている他社製のピストンリング溝に形成された陽極酸化皮膜について同様に測定し、その結果を表2に示す。また、測定時に撮影したトップリング溝の下面の断面の光学顕微鏡写真を
図14、
図15に示す。
【0058】
【0059】
表2に示すように、比較例2と実施例2とでは陽極酸化皮膜の膜厚は同等であった。比較例2では、表面粗さRaが1.5μm、表面粗さRpkが1.8μmであったのに対し、実施例2では、表面粗さRaが1.2μm、表面粗さRpkが0.4μmであった。これは、ウォータージェット処理によって予め初晶シリコンの一部を除去しておいた結果、陽極酸化皮膜の表面がより突出部の少ない平滑な状態になったことを示している。また、参考例として、他社製のピストンのトップリング溝に形成された陽極酸化皮膜について同様に断面膜厚、表面粗さRa、及び表面粗さRpkを測定した。その結果を表2に示している。なお、断面膜厚は測定方法が異なるため括弧書きで示した。直流電解法で形成されたであろうこの陽極酸化皮膜の表面粗さRaは2.1μmで、表面粗さRpkは2.2μmであった。ウォータージェット処理後に交直重畳電解法で作製した実施例2の陽極酸化皮膜が大幅に平滑な表面になったことがわかる。
【0060】
このことは比較例2と実施例2の断面写真からもわかる。
図14が比較例2の断面写真であり、
図15が実施例2の断面写真である。なお、陽極酸化皮膜35a、35bの上に見えるのは、光学顕微鏡で観察するために使用した埋込樹脂36であり、その境界を点線で示している。
図14に示すように、比較例2では、高強度材のマトリックス31中の一部の初晶シリコン32の上では陽極酸化皮膜35bがほとんど成長しておらず、それにより表面に凹凸が発生している様相であった。これに対し、
図15に示すように、実施例2の陽極酸化皮膜35aは表面が比較例2より平滑であった。
【0061】
また、
図15では、高強度材のマトリックス31の陽極酸化皮膜35aとの界面にはウォータージェット処理によってシリコンが塊で除去されたと推測される窪み部34があり、その場所には陽極酸化皮膜が成長している様相が確認できた。これは、ウォータージェット処理によって初晶シリコンの表面部分が除去されて、シリコンとアルミニウムの間に隙間ができたところに、陽極酸化処理によってその隙間に電解液が染み込み、周囲のアルミニウムが陽極酸化される際に、交直重畳電解法ではシリコンを回り込むような形で陽極酸化皮膜を構成するセルが成長することにより発現した特徴部と推測される。
【0062】
なお、実施例1、2では、ウォータージェット処理の噴射ノズルの水の噴射方向を、ピストン本体の中心軸に対して垂直方向、すなわちトップリング溝の下面に対して平行方向としたが、上述した平行方向に対して傾斜角度αをつけたり、更にピストン本体の半径方向に対して方向ずれ角度βをつけて水を噴射させることで、初晶シリコンをより多く除去することが可能であり、より平滑な、例えば、表面粗さRaと表面粗さRpkがともに1.0μm以下の陽極酸化皮膜を得ることができると考えられる。