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特開2023-178796ニドウイルス目のウイルス由来の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドおよび医薬組成物、並びに、ニドウイルス目のウイルスのスパイクタンパク質の膜融合活性の阻害剤及びウイルスRNA合成の阻害剤
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023178796
(43)【公開日】2023-12-18
(54)【発明の名称】ニドウイルス目のウイルス由来の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドおよび医薬組成物、並びに、ニドウイルス目のウイルスのスパイクタンパク質の膜融合活性の阻害剤及びウイルスRNA合成の阻害剤
(51)【国際特許分類】
   C07K 14/08 20060101AFI20231211BHJP
   C07K 14/165 20060101ALI20231211BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20231211BHJP
   A61P 31/14 20060101ALI20231211BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20231211BHJP
   A61K 38/16 20060101ALI20231211BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20231211BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20231211BHJP
   C12N 15/50 20060101ALN20231211BHJP
   C12N 15/40 20060101ALN20231211BHJP
   C12N 15/113 20100101ALN20231211BHJP
【FI】
C07K14/08
C07K14/165 ZNA
C12Q1/02
A61P31/14
A61P43/00 111
A61K38/16
G01N33/15 Z
G01N33/50 Z
C12N15/50
C12N15/40
C12N15/113 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022091704
(22)【出願日】2022-06-06
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)2020年度、厚生労働科学研究費補助金 新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業「新型コロナウイルス感染症等の感染症サーベイランス体制の抜本的拡充に向けた人材育成と感染症疫学的手法の開発研究」研究代表者鈴木基、及び2021年度厚生労働科学研究費補助金 新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業「新型及び季節性インフルエンザに係る流行株の予測等に資するサーベイランス及びゲノム解析に関する研究」研究代表者長谷川秀樹、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】591222245
【氏名又は名称】国立感染症研究所長
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107870
【弁理士】
【氏名又は名称】野村 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100098121
【弁理士】
【氏名又は名称】間山 世津子
(72)【発明者】
【氏名】竹田 誠
(72)【発明者】
【氏名】大倉 喬
(72)【発明者】
【氏名】白戸 憲也
(72)【発明者】
【氏名】前仲 勝実
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
4C084
4H045
【Fターム(参考)】
2G045AA40
2G045DA14
2G045FB02
4B063QA18
4B063QR80
4B063QS28
4B063QS38
4C084AA02
4C084AA03
4C084AA07
4C084BA01
4C084BA08
4C084BA20
4C084BA23
4C084CA01
4C084DC50
4C084NA14
4C084ZB331
4C084ZB332
4C084ZC411
4C084ZC412
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA05
4H045BA21
4H045CA01
4H045EA29
4H045FA30
4H045FA33
4H045FA72
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】 ウイルスの薬剤耐性の獲得や変異により、治療効果の低下が生じないニドウイルス目のウイルスに対する新規の抗ウイルス剤(治療薬)を提供すること。
【解決手段】 ニドウイルス目のウイルス由来の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドを含有する、ニドウイルス目のウイルスの治療薬。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニドウイルス目のウイルス由来の疎水性αヘリックス領域を有するペプチド。
【請求項2】
前記疎水性αヘリックス領域を有するペプチドが、疎水性アミノ酸からなる請求項1に記載の疎水性αヘリックス領域を有するペプチド。
【請求項3】
前記疎水性アミノ酸が、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、メチオニン、フェニルアラニン、およびトリプトファンから選ばれる少なくとも1種である請求項2に記載の疎水性αヘリックス領域を有するペプチド。
【請求項4】
配列番号1~4のいずれかに示されるアミノ酸配列、または、該アミノ酸配列について、1個、2個もしくは3個のアミノ酸残基が欠失、置換もしくは付加されて形成される改変アミノ酸配列を有する請求項1~3のいずれか1項に記載の疎水性αヘリックス領域を有するペプチド。
【請求項5】
前記ニドウイルス目のウイルスは、アルテリウイルス科、コロナウイルス科、またはオルソコロナウイルス亜科のウイルスである、請求項1~3のいずれか1項に記載の疎水性αヘリックス領域を有するペプチド。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドを含有する、ニドウイルスのスパイクタンパク質の膜融合活性阻害剤。
【請求項7】
請求項1~5のいずれか1項に記載の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドを含有する、ウイルスRNA合成阻害剤。
【請求項8】
請求項1~5のいずれか1項に記載の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドを含有する、医薬組成物。
【請求項9】
ニドウイルス目のウイルス由来の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドの配列情報を用いた、前記疎水性αヘリックス領域の発現の制御による、前記ウイルスのスパイクタンパク質の膜融合活性阻害剤のスクリーニング方法。
【請求項10】
ニドウイルス目のウイルス由来の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドの配列情報を用いた、前記疎水性αヘリックス領域の発現の制御による、前記ウイルスのRNA合成阻害剤のスクリーニング方法。
【請求項11】
ニドウイルス目のウイルス由来の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドの配列情報を用いた、前記疎水性αヘリックス領域の発現の制御による、前記ウイルス産生を制御する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニドウイルス目のウイルスのスパイクタンパク質の膜融合活性を阻害する活性、または、ウイルスRNA合成の阻害活性を有する新規のペプチド、およびその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
ウイルス性疾患は、有効な抗ウイルス剤が完成した場合であっても、ウイルスが薬剤耐性を獲得することや変異を繰り返すことで、完成した抗ウイルス剤の効果が低くなり、十分な治療が行えないことがある。我々の周りには脅威となるウイルス感染症が多く存在しており、現在も猛威を振るっているニドウイルス目に分類される新型コロナウイルス感染症は、その一例である。そのため、ウイルス性疾患に対して、作用機序や化学的特性の異なる抗ウイルス剤(治療薬)の研究開発が積極的に進められている。
【0003】
抗ウイルス剤としては、例えば、ウイルスの感染・増殖を阻止、または抑制させる作用機序を有する天然由来あるいは人為的に作製された抗ウイルス性ペプチドの開発が行われている(特許文献1、2参照)。
【0004】
しかしながら、これらの治療薬もウイルスの薬剤耐性の獲得や変異により治療効果が低くなり、迅速に十分な治療が行えない恐れがあり、新規の有効成分や作用機序を有する治療薬が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2021-187810号公報
【特許文献2】特開2020-059662号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明の課題は、ウイルスの薬剤耐性の獲得や変異により治療効果の低下が生じないニドウイルス目のウイルスに対する新規の抗ウイルス剤(治療薬)を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、これらの課題を解決するために、エンベロープを有するニドウイルス目のウイルスを対象として、ニドウイルス目のウイルスのオープンリーディングフレーム(ORF)内のアミノ酸配列からなるペプチドを用いて、スクリーニングと抗ウイルス性の評価を鋭意検討した。その結果、特定のペプチドが、ウイルスが細胞内への侵入に用いるスパイクタンパク質の膜融合活性を著しく低下させることや、ウイルスRNAの合成阻害活性を有することを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
本発明の構成は以下の通りである。
[1] ニドウイルス目のウイルス由来の疎水性αヘリックス領域を有するペプチド。
[2] 前記疎水性αヘリックス領域を有するペプチドが、疎水性アミノ酸からなる前記[1]に記載の疎水性αヘリックス領域を有するペプチド。
[3] 前記疎水性アミノ酸が、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、メチオニン、フェニルアラニン、およびトリプトファンから選ばれる少なくとも1種である前記[2]に記載の疎水性αヘリックス領域を有するペプチド。
[4] 配列番号1~4のいずれかに示されるアミノ酸配列、または、該アミノ酸配列について、1個、2個もしくは3個のアミノ酸残基が欠失、置換もしくは付加されて形成される改変アミノ酸配列を有する前記[1]~[3]のいずれか1に記載の疎水性αヘリックス領域を有するペプチド。
[5] 前記ニドウイルス目のウイルスは、アルテリウイルス科、コロナウイルス科 、またはオルソコロナウイルス亜科のウイルスである、前記[1]~[3]のいずれか1に記載の疎水性αヘリックス領域を有するペプチド。
[6] 前記[1]~[5]のいずれか1に記載の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドを含有する、ニドウイルスのスパイクタンパク質の膜融合活性阻害剤。
[7] 前記[1]~[5]のいずれか1に記載の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドを含有する、ウイルスRNA合成阻害剤。
[8] 前記[1]~[5]のいずれか1に記載の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドを含有する、医薬組成物。
[9] ニドウイルス目のウイルス由来の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドの配列情報を用いた、前記疎水性αヘリックス領域の発現の制御による、前記ウイルスのスパイクタンパク質の膜融合活性阻害剤のスクリーニング方法。
[10] ニドウイルス目のウイルス由来の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドの配列情報を用いた、前記疎水性αヘリックス領域の発現の制御による、前記ウイルスのRNA合成阻害剤のスクリーニング方法。
[11] ニドウイルス目のウイルス由来の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドの配列情報を用いた、前記疎水性αヘリックス領域の発現の制御による、前記ウイルス産生を制御する方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドは、ニドウイルス目のウイルスの脂質膜と融合することを抑制できる。また、本発明のニドウイルス目のスパイクタンパク質の膜融合活性の阻害剤を用いることで、変異を繰り返したウイルスであっても、細胞内に侵入することを阻害できるため、該阻害剤を含有する予防剤、治療薬等の医薬品は、薬効の低下がみられない。さらに本発明の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドは、ウイルスRNA合成の阻害活性を有することから、ウイルスRNA合成の阻害剤等の抗ウイルス剤として利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】コロナウイルスのSEM写真および模式図である。
図2】SARS-CoV-2遺伝子と2cペプチドの模式図である。
図3】SARS-CoV-2(Wuhan株、Omicron株)、近縁コウモリコロナウイルス(RaTG13株、BANAL52株)の「2cペプチド」のアミノ酸配列を比較した図である。
図4】SARS-CoV-2(Wuhan株、Omicron株)、近縁コウモリコロナウイルス(RaTG13株、BANAL52株)の2cペプチドの予測構造を比較した図である。
図5】GFPとスパイクタンパク質とを発現させることで形成された巨大な合胞体の光学写真である。
図6】2cペプチドとスパイクタンパク質とを発現させることで合胞体の形成が阻害された結果を示す光学写真である。
図7】2cペプチドによる膜融合阻害活性を示す光学写真である。
図8】2cペプチドと麻疹ウイルスFとHを発現させることで形成された巨大な合胞体の光学写真である。
図9】2cペプチドとセンダイウイルスFとHNを発現させることで形成された巨大な合胞体の光学写真である。
図10】SARS-CoV-2 S遺伝子のHAHP(2c、2d、2e、2f、および2gペプチド)のS遺伝子上の位置を示した図である。
図11】SARS-CoV-2 S遺伝子のHAHP(2c、2d、2e、2f、および2gペプチド)のアミノ酸配列である。
図12】SARS-CoV-2 S遺伝子の2c以外のペプチドの膜融合阻害活性を示す光学写真である。
図13】SARS-CoV-2 S遺伝子の2gペプチドの膜融合阻害活性を示す光学写真である。
図14】MERS-CoV S遺伝子のHAHP(MERS-2c、-2d、-2e、-2f、-2g、2hペプチド)のS遺伝子上の位置を示す図である。
図15】MERS-CoV S遺伝子のHAHP(MERS-2c、-2d、-2e、-2f、-2g、2hペプチド)のアミノ酸配列を示す図である。
図16】MERS-CoVのスパイクタンパク質を用いた膜融合阻害活性実験の結果を示す光学写真である。
図17】膜融合阻害活性のあるMERS-2c、-2d、-2e、-2fおよびMERS-CoV-Sとの免疫染色像の光学写真である。
図18】MERS-CoV-HAHPが麻疹ウイルスの膜融合を阻害しないことを示す光学写真である。
図19】MERS-CoV-HAHPがSARS-CoV-2の膜融合を阻害することを示す光学写真である。
図20】SARS-CoV-2-HAHP(2c, 2g)によるMERS-CoVの膜融合阻害を示す光学写真である。
図21】脂質二重膜のOuter membraneと相互作用する領域のアミノ酸配列を示す模式図である。
図22】レプリコン細胞内にRNA複製(合成)過程に生じるdouble strand RNA(dsRNA)のドットが検出され、RNA合成が確認できた結果を示す光学写真である。
図23】レプリコン細胞内にRNA複製(合成)過程に生じるdsRNAのドットが検出されず、RNA合成が阻害された結果を示す光学写真である。
図24】2c以外(2e,2f,2g)には、DMVへの取り込みや、RNA合成阻害活性が認められなかった結果を示す光学写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書において、ペプチドとは、複数のペプチド結合を有するアミノ酸のポリマーをいう。また、本明細書において、アミノ酸残基とは、ペプチド鎖のN末端アミノ酸およびC末端アミノ酸を包含する。
本明細書において、疎水性αヘリックス領域とは、疎水性アミノ酸残基(グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、メチオニン、フェニルアラニン、およびトリプトファン)に富み、その疎水性αヘリックス領域分子表面に親水性アミノ酸、分子内側に疎水性アミノ酸残基が配列されるらせん構造の領域をいう。膜貫通領域予測ツール等を用いると、Hydropathy & Charge plotのスコアピークがある領域が疎水性αヘリックス領域と特定される。
【0012】
本発明の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドは、ニドウイルス目のウイルス由来のペプチドである。本発明の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドは、ペプチド分子として、疎水性を示すペプチド鎖であれば、特に限定されないが、アミノ酸残基数が20以上、300未満の疎水性アミノ酸からなるペプチド鎖であることが好ましく、アミノ酸残基数が20以上、150以下の疎水性アミノ酸からなるペプチド鎖であることがより好ましい。
【0013】
ニドウイルス目(Nidovirales)は、エンベロープを有するウイルスであり、アルテリウイルス科(Arteriviridae)、コロナウイルス科(Coronaviridae)、およびオルソコロナウイルス亜科(Orthocoronavirinae)に分類される。
【0014】
例えば、コロナウイルスは、ウイルス学的には、ニドウイルス目・コロナウイルス亜科・コロナウイルス科に分類される。脂質二重膜のエンベロープの中にヌクレオカプシドタンパク質に巻き付いたプラス鎖の一本鎖RNAのゲノムがあり、エンベロープ表面には、スパイクタンパク質、エンベロープタンパク質、膜タンパク質が配置されている(図1右図。左図は、コロナウイルスのSEM写真)。
ウイルスゲノムの大きさは、RNAウイルスの中では最大サイズの30kbである。遺伝学的特徴からα、β、γ、δのグループに分類される。HCoV-229EとHCoV-NL63はαコロナウイルスに、MERS-CoV、SARS-CoV、SARS-CoV-2、HCoV-OC43、HCoV-HKU1はβコロナウイルスに分類されている。
【0015】
本発明の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドは、ニドウイルス目のウイルスのスパイクタンパク質と特異的に相互作用し、スパイクタンパク質と細胞膜との膜融合を阻害することから、ニドウイルス目のウイルスの膜融合活性の阻害剤として用いることができる。さらに本発明の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドを含有することで、ニドウイルス目のウイルス感染の予防薬や治療薬として利用することができる。
また、本発明の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドは、ウイルスRNAの合成阻害活性を有することから、ウイルスRNA合成の阻害剤等の抗ウイルス剤として用いることができる。
【0016】
本発明の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドは、ニドウイルス目のウイルスのゲノム上のオープンリーディングフレーム(ORF)と重複したフレーム(読み枠)に多数コードされている。ニドウイルス目のウイルスのゲノムのフレーム(読み枠)を+1シフトした部分には、既知の主要ウイルスタンパク質がコードされている。またフレームを+2シフトした部分および+3シフトした部分に疎水性αヘリックス領域を有するペプチドがコードされており、特にフレームを+2シフトした部分に、疎水性αヘリックス領域を有するペプチドが多数コードされている。
【0017】
本発明において、αヘリックス領域を有するとは、ペプチド鎖が右巻き螺旋構造をとる領域を有することをいい、通常、螺旋構造は、一巻き3.6個のアミノ酸単位からなり、4番目毎のアミノ酸単位のN-HとC=Oが水素結合することで非常に安定となる。
【0018】
本発明に用いられる疎水性アミノ酸としては、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、メチオニン、プロリン、フェニルアラニン、およびトリプトファンから選ばれる少なくとも1種である。αヘリックスを形成しやすい点から、アラニン、ロイシン、及びメチオニンが好ましい。また、プロリンは疎水性アミノ酸であるが、本発明のペプチドに含まれてもよいが、側鎖が主鎖と環状構造を形成しており、この環状構造が螺旋の回転を妨げることから、プロリンがある部分にはαヘリックスが形成されない。
【0019】
本発明の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドは、疎水性アミノ酸のみから構成されていてもよいが、本発明の効果を著しく低下しない範囲内であれば、親水性アミノ酸を含有させてもよい。
【0020】
親水性アミノ酸としては、極性非電荷側鎖アミノ酸、極性電荷側鎖アミノ酸(酸性)、および極性電荷側鎖アミノ酸(塩基性)が利用できる。極性非電荷側鎖アミノ酸としては、セリン、スレオニン、アスパラギン、グルタミン、チロシン、およびシステインが挙げられる。極性電荷側鎖アミノ酸(塩基性)としては、アルギニン、ヒスチジン、およびリジンが挙げられる。極性電荷側鎖アミノ酸(酸性)としては、アスパラギン酸、およびグルタミン酸が挙げられる。αヘリックスを形成しやすい点から、親水性アミノ酸としては、グルタミン、グルタミン酸、リジン、アルギニン、及びヒスチジンが好ましい。
【0021】
本発明の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドとしては、配列番号1~4のいずれかに示すアミノ酸配列、または、該アミノ酸配列について、1個、2個または3個のアミノ酸残基が欠失、置換または付加されて形成される改変アミノ酸配列を有するペプチドが利用できる。加えて、表1~11のいずれかに示すアミノ酸配列を有するペプチドも利用できる可能性がある。
【0022】
【表1】
【0023】
【表2】
【0024】
【表3】
【0025】
【表4】
【0026】
【表5】
【0027】
【表6】
【0028】
【表7】
【0029】
【表8】
【0030】
【表9】
【0031】
【表10】
【0032】
【表11】
【0033】
本発明の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドは、固相合成法、液相合成法などの公知の化学合成法で製造することができる。アミノ基の保護基としてBoc(t-butyloxycarbonyl)またはFmoc(9-fluorenylmethoxycarbonyl)を適用した固相合成法が特に好ましい。本発明の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドは、市販のペプチド合成機を用いた固相合成法により、所望するアミノ酸配列のペプチド鎖を合成することができる。
【0034】
また、本発明の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドは、遺伝子工学的手法によって生合成することができる。すなわち、所望する疎水性αヘリックス領域を有するペプチドのアミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列(ATG開始コドンを含む。)のポリヌクレオチドを合成する。そして、合成したポリヌクレオチドと前記アミノ酸配列を宿主細胞内で発現させるための種々の調節エレメント(プロモーター、リボゾーム結合部位、ターミネーター、エンハンサー、発現レベルを制御する種々のシスエレメントを包含する。)とからなる発現用遺伝子構築物を有する組換えベクターを、宿主細胞に応じて構築する。
【0035】
一般的な技法によって、この組換えベクターを所定の宿主細胞に導入し、最適な条件で宿主細胞または宿主細胞を含む組織や個体を培養することで、目的とするペプチドを細胞内で発現、生産させることができる。そして、宿主細胞(分泌された場合は培地中)からペプチドを単離し、必要に応じてリフォールディング、精製等を行うことによって、目的の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドを得ることができる。
【0036】
また、本発明の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドは、無細胞タンパク質合成システムによっても合成することができる。
【0037】
ウイルスのアミノ酸配列を元に、膜タンパク質であるかどうかの判別や、膜貫通領域を予測するツールとして、SOSUIまたはTMHMMを使用して膜タンパク質の膜貫通領域を予測した。
・SOSUI 1.11
SOSUIは、アミノ酸配列の疎水性や電荷性等の物理化学的性質に基づき、水溶性の膜タンパク質の識別、膜貫通へリックスの存在予測、膜貫通へリックス位置の識別の予測するためのプログラムである。
・TMHMM 2.0
TMHMMは、膜タンパク質の膜貫通ヘリックスを予測するためのプログラムである。
【0038】
Alphafold2を使用して立体構造を予測した。
・Alphafold2
AlphaFold(登録商標)2は DeepMind社が開発したタンパク質立体構造予測プログラムである。
【0039】
本発明の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドの配列情報を用いて、前記疎水性αヘリックス領域の発現の制御による、ニドウイルス目のスパイクタンパク質の膜融合活性阻害剤のスクリーニングを行うことが可能である。
【0040】
本発明の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドの配列情報を用いて、前記疎水性αヘリックス領域の発現の制御による、ニドウイルス目のウイルスのRNA合成阻害剤のスクリーニングを行うことが可能である。
【0041】
本発明の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドの配列情報を用いて、前記疎水性αヘリックス領域の発現の制御による、ニドウイルス目のウイルス産生を制御することが可能である。
【実施例0042】
以下に、実施例を用いて本発明を詳細に説明する。しかし本発明は、以下の実施例に記載された内容に限定されるものではない。
【0043】
<ニドウイルス目のウイルス>
・新型コロナウイルスの臨床株2種(SARS-CoV-2(Wuhan株)、SARS-CoV-2(Omicron株)
<TMPRSS2恒常発現アフリカミドリザル腎臓上皮細胞>
・VeroE6/TMPRSS2細胞(JCRB細胞バンクより細胞番号JCRB1819として細胞分譲することができる。)
【0044】
<フレーム+1、+2、+3>
・フレーム+1は、開始コドンからフレームを+1シフトしたことを示す。同様にフレーム+2は、開始コドンからフレームを+2シフトしたことを示し、フレーム+3は、開始コドンからフレームを+3シフトしたことを示す。
【0045】
[実施例1~4]
<コロナウイルスの全ゲノム配列解析>
上記新型コロナウイルスの臨床株2種は、TMPRSS2恒常発現アフリカミドリザル腎臓上皮細胞を用いて分離し、汎用の方法で全ゲノム配列解析を行ない、国際塩基配列データベースに登録した(Wuhan:GISAID accession No.EPI_ISL_408667、Omicron:GISAID accession No.EPI_ISL_7418017)。
【0046】
<ゲノム配列解析による疎水性αヘリックス領域を有するペプチドのコードの特定>
得られた新型コロナウイルスの臨床株2種(SARS-CoV-2(Wuhan株)、SARS-CoV-2(Omicron株)の全ゲノム配列の解析の結果と、データベースに登録されている近縁コウモリコロナウイルスの2種(RaTG13株、BANAL52株)のデータの全ゲノム配列から、選択した読み枠のタンパク質構造予測を行った。
その結果、主要なウイルスタンパク質のORFと重複した読み枠に、疎水性の短いαヘリックス領域を有するペプチドが多数コードされていることがわかった(図3)。
【0047】
図2において、フレーム+3中のボックスは、20アミノ酸以上のすべてのORFを示す。斜線で示したボックスは、それぞれSOSUI1.11によって予測された一次および二次膜貫通のαへリックスを示す。フレーム+2に示された灰色のボックスは、主要なウイルスタンパク質であるスパイクタンパク質を示す。
【0048】
図3において、Wuhanは、SARS-CoV-2、Omicronは、SARS-CoV-2、RaTG13は、近縁コウモリコロナウイルス(GenBank with accessions MN996532.2、BANAL5は、近縁コウモリコロナウイルス(GenBank with accessions MZ937000)である。
【0049】
上記の通り、疎水性αヘリックス領域を有するペプチドをコードすることが、SARS-CoV-2を含む他のコロナウイルスにも共通していることがわかった。同様の短い疎水性αヘリックス領域を有するペプチドは、ニドウイルス目のウイルスゲノムに共通して観察された(data not shown)。トランスクリプトーム解析(1)から、これらのペプチドの多くは非正規sgRNAの最初のORFにコードされており、したがって翻訳可能であった。
【0050】
このような重複読み枠にコードされる短いペプチドの中でも、S遺伝子に観察される最初のORF(図2の最も左側にある斜線の四角。2bまたはiORF1と呼ぶ。)から合成される39アミノ酸長のペプチドを発現させ、宿主T細胞免疫によって検出させた。
【0051】
[実施例5]
SARS-CoV-2 S遺伝子の塩基位置21933~22196(図2の2c)にコードされる比較的長いペプチド(87アミノ酸、配列番号1)を使用した。
このペプチドは、ごく僅かではあるが非正規sgRNAを用いて翻訳される可能性が示されており、SARS-CoV-2 S遺伝子がコードするものの中で最も大きく、そして、近縁のコウモリコロナウイルスで保存されている(図3)。
SOSUI1.11とTMHMM2.0の両プログラムは、2cが3つの膜貫通αヘリックスを有することを予測した(図2)。また、Alphafold(登録商標)2による立体構造予測もこの結果を支持した(図4)。
【0052】
<膜融合阻害効果>
SARS-CoV-2-2cペプチドによる膜融合阻害実験
コドン最適化をしたSARS-CoV-2 Wuhan株由来Spikeタンパク質遺伝子(S遺伝子と略記する場合あり。)をクローニングした(pCAGGS-SARS-CoV-2-Sと命名)。同様に、pCAGGSプラスミドに緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子(pCAGGS-GFPと命名)、およびHAエピトープタグをN末端側に付加したSARS-CoV-2 Delta株由来2cペプチド遺伝子(pCAGGS-SARS-CoV-2-2cと命名)をそれぞれ哺乳細胞発現プラスミドpCAGGSにクローニングした。麻しんウイルスのF遺伝子(pCA7-ICFと命名)およびH遺伝子(pCA7-ICHと命名)は、哺乳細胞発現プラスミドであるpCAGGSの派生物であるpCA7にそれぞれクローニングした。
VeroE6/TMPRSS2細胞を6×10cells/wellの濃度になるように調製し、カバーガラスを入れた6ウェルプレートに播種した。37℃、5%CO条件下にてオーバーナイトで培養した。Opti-MEM 100μlに対し、0.1μgのpCAGGS-SARS-CoV-2-Sおよび2μgのpCAGGS-GFPあるいは2μgのpCAGGS-SARS-CoV-2-2cをそれぞれ加え、別々に調製した。同様にOpti-MEM 100μlに対し、2μgのpCA7-ICF、2μgのpCA7-ICHおよび2μgのpCAGGS-SARS-CoV-2-2cを混和した。リポフェクション試薬であるTransIT-LT1を3μlそれぞれ添加し、15分間室温でインキュベートした。15分後、DNA-リポフェクション試薬の複合体を細胞へ滴下し、37℃、5%CO条件下にて2日間培養した。
スパイクタンパク質発現による細胞の膜融合(合胞体)を倒立顕微鏡で確認した後、PBSで細胞を洗浄し、10%ホルマリン溶液を加えて室温にて10分間細胞を固定した。PBSで洗浄後、0.5%Triton X-100含有PBSを加えて、10分間透過処理を行った。PBSで洗浄して、Blocking Oneで室温にて30分間ブロッキングした。細胞内に発現しているスパイクタンパク質、2cペプチド、麻しんウイルスFタンパク質をウサギ抗SARS-CoV-2-スパイクタンパク質ポリクローナル抗体(1:300)、抗マウスHAモノクローナル抗体(1:100)あるいは抗ウサギHAポリクローナル抗体(1:100)、マウス抗麻しんFモノクローナル抗体(1:300)でそれぞれ一次抗体として反応させた後、マウスAlexa Fluor 488あるいはウサギAlexa Fluor 594蛍光標識二次抗体で染色した。二次抗体反応後、VECTASHIELD Mounting Mediumを用いて核を染色して、封入した。乾燥後、共焦点レーザー顕微鏡で蛍光観察した。
【0053】
[比較例1]
SARS-CoV-2のスパイクタンパク質をVeroE6/TMPRSS2細胞に発現させると、スパイクタンパク質の膜融合活性によって、細胞同士が融合し、多数の核を持った大きな細胞(多核巨細胞、または合胞体という。)が形成された。スパイクタンパク質を、膜融合活性に対する阻害能のない緑色蛍光タンパク(GFP)と一緒に発現させると、緑色の蛍光を持つ多核巨細胞が観察できた(図5)。
【0054】
[実施例6]
これに対して、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質と2cのペプチドとをVeroE6/TMPRSS2細胞内で発現させると、スパイクタンパク質と2cのペプチドとが相互作用し、スパイクタンパク質による膜融合活性を強く阻害するために、多核巨細胞のサイズが顕著に小さくなっていた(図6)。
【0055】
[実施例7~12]
初期に流行した武漢(Wuhan)株に加えて、SARS-CoV-2の様々な変異株(アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、オミクロン株)のスパイクタンパク質を用いて、同様の解析を行った。その結果、2cのペプチドがいずれのスパイクタンパク質による膜融合阻害活性を阻害することが観察できた(図7)。
【0056】
[比較例2]
類似の解析を、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質の代わりに、SARS-CoV-2とは無関係の麻疹ウイルス(図8)やセンダイウイルス(図9)の膜融合タンパク(Fタンパク)を用いて行った。その結果、2cペプチドによる膜融合阻害活性は全く見られないため、GFPを発現させた場合と同様に、大きな多核巨細胞が観察された。
すなわち、SARS-CoV-2の2cペプチドが、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質の膜融合を特異的に阻害する活性があることが示された。
【0057】
[実施例13]
<SARS-CoV-2 S遺伝子の2c以外のペプチドの解析>
SARS-CoV-2のS遺伝子の他のHAHP(2d、2e、2f、および2gペプチド)のS遺伝子上の位置を図10に示し、アミノ酸配列を図11に示した。2cペプチドと同様の膜融合阻害活性実験を行ったところ、2fならびに2gペプチドにもSARS-CoV-2のスパイクタンパク質の膜融合活性を阻害する機能があり、スパイクタンパク質による多核巨細胞の形成が著しく弱められることが確認できた(図12)。また、2gペプチドに関しては、麻疹ウイルスやセンダイウイルスの膜融合活性は抑えないことがわかった。すなわち、2cペプチドと同様に、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質を特異的に阻害することがわかった(図13)。
【0058】
[実施例14]
MERS-CoV S遺伝子のHAHP(MERS-2c、-2d、-2e、-2f、-2g、2hペプチド)のS遺伝子上の位置)を図14に、アミノ酸配列を図15に示す。MERS-CoVのスパイクタンパク質を用いた膜融合阻害活性実験を行ったところ、MERS-2c、-2d、-2e、-2fペプチドが、MERS-CoVのスパイクタンパク質の膜融合活性を阻害する機能があり、MERS-CoVのスパイクタンパク質による多核巨細胞の形成が著しく弱められることが確認できた(図16)。このうちMERS-2c、-2e、-2fペプチドは、MERS-CoV-Sと細胞内で共局在しており(図17)、直接的な相互作用が示唆された。すなわち、SARS-CoV-2のHAHPで観察された膜融合活性の抑制機能は、他のコロナウイルスでも同様であることがわかった。
【0059】
[比較例3]
一方、MERS-2c、-2d、-2e、および-2fのペプチドは、麻疹ウイルスの膜融合活性を阻害しないことがわかった(図18)。
【0060】
[実施例15]
<MERS-CoV-HAHPによるSARS-CoV-2膜融合阻害>
MERS-CoVのスパイクタンパク質の膜融合活性を阻害したMERS-CoV由来HAHP(MERS-2c、-2d、-2e、-2fペプチド)のうち、MERS-CoV-Sと共局在した3つ(MERS-2c、-2e、-2fペプチド)は、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質とも相互作用(共局在)し、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質による膜融合(多核巨細胞形成)を強く阻害した(図19)。
【0061】
[実施例16]
<SARS-CoV-2-HAHPによるMERS-CoV膜融合阻害>
SARS-CoV-2のスパイクタンパク質の膜融合活性を阻害したSARS-CoV-2由来HAHP(2c、2f、2gペプチド)のうち、SARS-CoV-2-2c、-2gペプチドが、MERS-CoV-Sによる膜融合(多核巨細胞形成)を強く阻害することがわかった(SARS-CoV-2-2fについては未解析)(図10)。このうちの2cは、MERS-CoV-Sと細胞内で共局在した(図20)。
【0062】
上記の結果から、これらの膜融合阻害HAHPは、コロナウイルス全般に対して効果がある可能性が示された。これまでの予測では、HAHPは、膜貫通型疎水性アルファヘリックスを有すると考えられ、膜融合阻害はスパイクタンパク質の膜貫通領域に相互作用することによる可能性が高い。コロナウイルスのスパイクタンパク質の膜貫通領域の脂質二重膜のOuter membraneと相互作用する領域のアミノ酸配列は高度に保存されていることがアミノ酸配列比較からわかった(図21)。
【0063】
[実施例17]
<HAHPの他の機能(ウイルスRNA合成の阻害>
SARS-CoV-2のレプリコン細胞(細胞内でSARS-CoV-2のRNA合成だけが行われている細胞:山梨医大から分与)を用いて、ウイルスRNAの合成を行った。
【0064】
SARS-CoV-2の2cによるRNA合成阻害実験を以下の通りに行った。
HAエピトープタグをN末端側に付加したDelta株由来SARS-CoV-2-2c、2e、2f、2gペプチド遺伝子(pCAGGS-SARS-CoV-2-2c、-2e、-2f、-2gとそれぞれ命名)を哺乳細胞発現プラスミドpCAGGSにそれぞれクローニングした。
SARS-CoV-2のRNAを合成するレプリコン細胞であるVeroE6/Rep3細胞を6×10 cells/wellの濃度になるように調製し、カバーガラスを入れた6ウェルプレートに播種した。37℃、5%CO条件下にてオーバーナイトで培養した。Opti-MEM 100μlに対し、2μgのpCAGGS-SARS-CoV-2-2c、-2e、-2f、-2gをそれぞれ加え、別々に調製した。リポフェクション試薬であるTransIT-LT1を3μlそれぞれ添加し、15分間室温でインキュベートした。15分後、DNA-リポフェクション試薬の複合体を細胞へ滴下し、37℃、5%CO条件下にて2日間培養した。培養後、PBSで細胞を洗浄し、10%ホルマリン溶液を加えて室温にて10分間細胞を固定した。PBSで洗浄後、0.5%Triton X-100含有PBSを加えて、10分間透過処理を行った。PBSで洗浄して、Blocking Oneでブロッキングした。細胞内に発現しているウイルスRNA(dsRNA)および各種SARS-CoV-2ペプチドをマウス抗dsRNAモノクローナル抗体(1:200)および抗ウサギHAポリクローナル抗体(1:100)でそれぞれ一次抗体として反応させた後、マウスAlexa Fluor 594あるいはウサギAlexa Fluor 488蛍光標識二次抗体で染色した。二次抗体反応後、VECTASHIELD Mounting Mediumを用いて核を染色し、封入した。乾燥後、共焦点レーザー顕微鏡で蛍光観察した。
【0065】
本レプリコン細胞内に、RNA合成小胞(Double Membrane Vesicle [DMV])が形成され、その中にはRNA複製(合成)過程に生じるdouble strand RNA(dsRNA)のドットが検出された(図22)。
【0066】
SARS-CoV-2の2cペプチドは、このdsRNAドットと細胞内で共局在しており、2cが発現した細胞では、dsRNAの量が特異的に減少していることが確認できた(図23)。すなわち、2cペプチドが、DMVの膜に取り込まれており、その結果、SARS-CoV-2のRNA合成が抑制されていると考えられる。
このようなDMVへの取り込みや、ウイルスRNA合成の阻害作用は、他のペプチド(2e、2f、2g)では、観察されなかった(図24)。この結果は、2cで観察された所見が、単なる実験アーチファクトではなく、2cの特異的な作用であることを示唆している。
【産業上の利用可能性】
【0067】
このような重複読み枠内の短いORFの多くは、従来のコロナウイルス遺伝学では翻訳不可能と考えられていたが、非正規のsgRNAを用いて理論的に翻訳され、発現することが可能である。
少なくとも本明細書においては、重複読み枠にあるORFがコードする短いαヘリックス領域を有する短ペプチドの1つがスパイクタンパク質と特異的に相互作用し、細胞融合を阻害する能力、ウイルスRNA合成の阻害活性を有することを初めて明らかにした。このデータは、これら多数の疎水性αヘリックス領域を有する短ペプチドが、ウイルスの増殖に役割を果たしている可能性を示唆している。また、コロナウイルス対策として有効な抗ウイルスペプチドを発見するための基礎となる可能性がある。
本発明の疎水性αヘリックス領域を有するペプチドを用いることで、スパイクタンパク質の膜貫通領域と類似の配列を有するウイルスおよびウイルスゲノムの複製の場としてDMVを利用するウイルスに対しても、広範に膜融合およびウイルスRNAの合成を抑制できる可能性があることから、該ペプチドを含有する予防剤、治療薬の開発の可能性がある。
【符号の説明】
【0068】
E:エンベロープタンパク質
S:スパイクタンパク質
M:膜タンパク質
N:ヌクレオカプシドタンパク質
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
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図12
図13
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【配列表】
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