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特開2023-178881ナノディスクに対する高親和性抗MSPモノクローナル抗体
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023178881
(43)【公開日】2023-12-18
(54)【発明の名称】ナノディスクに対する高親和性抗MSPモノクローナル抗体
(51)【国際特許分類】
   C07K 16/12 20060101AFI20231211BHJP
   C12P 21/08 20060101ALI20231211BHJP
   C07K 17/00 20060101ALI20231211BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20231211BHJP
   C12N 15/13 20060101ALN20231211BHJP
   C12N 15/31 20060101ALN20231211BHJP
【FI】
C07K16/12
C12P21/08 ZNA
C07K17/00
G01N33/53 D
C12N15/13
C12N15/31
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022091842
(22)【出願日】2022-06-06
(71)【出願人】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(72)【発明者】
【氏名】村田 武士
(72)【発明者】
【氏名】小笠原 諭
(72)【発明者】
【氏名】中川 史
【テーマコード(参考)】
4B064
4H045
【Fターム(参考)】
4B064AG26
4B064CA10
4B064CA19
4B064CC15
4B064CC24
4B064CE02
4B064CE03
4B064CE06
4B064CE12
4B064DA13
4H045AA11
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA40
4H045DA76
4H045EA50
4H045FA74
4H045GA10
4H045GA15
4H045GA26
(57)【要約】      (修正有)
【課題】ナノディスクを構成しているMSPに対して高い親和性を示す抗MSP抗体またはその抗原結合断片を提供する。
【解決手段】膜骨格タンパク質(MSP)に対するモノクローナル抗体またはその抗原結合断片であって、MSPがナノディスクを構成しているMSPであり、特定のアミノ酸配列に示すアミノ酸配列のうち第83位のプロリン残基からまでの配列と90%以上の相同性を示すアミノ酸配列を含むポリペプチドをエピトープとして認識する、モノクローナル抗体またはその抗原結合断片。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
膜骨格タンパク質(MSP)に対するモノクローナル抗体またはその抗原結合断片であって、MSPがナノディスクを構成しているMSPであり、配列番号1に示すアミノ酸配列のうち第83位のプロリン残基から第94位のグルタミン酸残基までの配列と90%以上の相同性を示すアミノ酸配列を含むポリペプチドをエピトープとして認識する、モノクローナル抗体またはその抗原結合断片。
【請求項2】
膜骨格タンパク質(MSP)に対するモノクローナル抗体またはその抗原結合断片であって、MSPがナノディスクを構成しているMSPであり、配列番号1に示すアミノ酸配列のうち第83位のプロリン残基から第94位のグルタミン酸残基までのアミノ酸配列を含むポリペプチドをエピトープとして認識する、モノクローナル抗体またはその抗原結合断片。
【請求項3】
MSPが、配列番号1で表されるアミノ酸配列を有するMSP1D1、配列番号2で表されるアミノ酸配列を有するMSP1、配列番号3で表されるアミノ酸配列を有するMSP1E3D1、または配列番号4で表されるアミノ酸配列を有するMSP2N2である、請求項1または2に記載のモノクローナル抗体またはその抗原結合断片。
【請求項4】
ナノディスクを構成しているMSPとの相互作用の平衡解離定数(KD)が7.00nM以下である、請求項1または2に記載のモノクローナル抗体またはその抗原結合断片。
【請求項5】
2022年4月27日に独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)に寄託された、受領番号NITE AP-03636を有するハイブリドーマ細胞により産生される、モノクローナル抗体またはその抗原結合断片。
【請求項6】
請求項5に記載のモノクローナル抗体が結合するエピトープに結合する抗体またはその抗原結合断片。
【請求項7】
請求項1または2に記載の抗体またはその抗原結合断片が固体支持体に固定化されてなる、固定化抗体。
【請求項8】
膜タンパク質と測定対象物の相互作用を評価する方法であって、
(a)固体支持体表面に、請求項1または2に記載の抗体またはその抗原結合断片を固定化する工程、
(b)以下の成分を含んでなり、かつ少なくとも以下の成分により構成される、ナノディスクを、工程(a)により固定化した固体支持体に接触させる工程、
(i)MSP
(ii)脂質、および
(iii)膜タンパク質、
(c)工程(b)により得られたナノディスクと固体支持体の複合体に測定対象物を接触させる工程、ならびに
(d)膜タンパク質と測定対象物の相互作用を測定する工程
を含んでなる、方法。
【請求項9】
膜タンパク質と相互作用する物質をスクリーニングする方法であって、
(a)固体支持体表面に、請求項1または2に記載の抗体またはその抗原結合断片を固定化する工程、
(b)以下の成分を含んでなり、かつ少なくとも以下の成分により構成される、ナノディスクを、工程(a)により固定化した固体支持体に接触させる工程、
(i)MSP
(ii)脂質、および
(iii)前記膜タンパク質、
(c)工程(b)により得られたナノディスクと固体支持体の複合体に候補物質を接触させる工程、ならびに、
(d)前記膜タンパク質と相互作用を示した候補物質を、膜タンパク質と相互作用する物質と評価する工程、
を含んでなる、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノディスクに対する高親和性抗MSPモノクローナル抗体に関する。
【背景技術】
【0002】
膜タンパク質とそのリガンドの相互作用に関する研究は、例えば、薬のシーズ探索への活用等が期待されることから、特に創薬の分野において中心的であり、重要な役割を担っている。
【0003】
膜タンパク質は、その活性を通じて、例えば、シナプス伝達調節、酵素触媒作用、シグナル伝達、免疫応答等の制御に関与しており、多くの細胞プロセスにおいて中心的な役割を果たしている。
【0004】
膜タンパク質を研究等に用いるために、従来より、界面活性剤を用いた膜タンパク質の単離・精製が行われていたが、この手法によると界面活性剤の存在により、膜タンパク質を取り囲んでいる界面活性剤と界面活性剤ミセルの間で絶えず交換される動的な環境が形成される。この動的な環境は天然環境とは大きく異なることから、膜タンパク質が同じであっても、その置かれた環境によって異なる性質を示し得る。したがって、界面活性剤の存在下では、生体内の環境を反映した測定の実施が困難であるという問題があった。
【0005】
この問題を解消するため、近年では、膜タンパク質の構造・機能解析を飛躍的に進歩させたモデルであるナノディスクを用いた研究が注目され、盛んに行われている。ナノディスクとはMSP(membrane scaffold protein:膜骨格タンパク質)によって脂質二重層と膜タンパク質を取り囲むことで構成される自己組織化粒子である。膜タンパク質によって膜貫通ヘリックスの数が異なるため、それに合わせて異なるサイズのMSPを使う必要があるが、MSPはその配列をリピートさせた変異体が数多く知られており長さの異なるMSPを必要に応じて調製することが可能であるため、あらゆるサイズの膜タンパク質をナノディスクへ再構成することが可能である。
【0006】
ナノディスクを使用することで、生体内における膜タンパク質が置かれた環境を模倣可能である。また、ナノディスクへ再構成された膜タンパク質は一般的に界面活性剤で精製されたタンパク質よりも安定であり、界面活性剤を含まない方法で調製可能である。このナノディスク技術によって、SPR法(表面プラズモン共鳴法)やBLI法(バイオレイヤー干渉法)等による分子間相互作用の測定が可能になった。
【0007】
SPR法やBLI法によると、膜タンパク質に対するリガンドの結合様式を特徴づけることが可能である。SPR法やBLI法による、ナノディスクへ再構成された膜タンパク質の対リガンドの評価は、一般にナノディスクを測定機器におけるセンサーチップ表面に固定化することにより行われる。
【0008】
センサーチップへの固定化としては、一般的に、タグを媒介して抗タグ抗体を用いた固定化、ヒスチジンタグに対してNi-NTAを用いた固定化、ビオチン-アビジンを用いた固定化、抗膜タンパク抗体を用いた固定化等が知られている(非特許文献1)が、それらはコストや汎用性等において欠点を有している。
【0009】
タグを媒介する固定化は膜タンパク質の固定に配向性をもたらすため、膜タンパク質の細胞外領域または細胞内領域と低分子との結合を阻害する可能性があるという問題がある。
【0010】
Ni-NTAを用いた固定化はヒスチジンタグ(His-tag)を介して固定化できる簡便な手法であるが、非特異結合が多い、親和性が低く結合が不安定であるという問題がある。
【0011】
センサーチップ表面に固定化するために、EDC/NHS処理によるアミンカップリング反応を用いて、膜タンパク質/MSP内のリジン残基と共有結合させるといった手法も知られているが、この手法にはセンサーチップの再生が不可能になるという問題や、膜タンパク質内のリガンド結合に関与する残基に影響する可能性があるという問題がある。
【0012】
ビオチン-アビジンを用いた固定化は特異性が高く、ナノディスクを強力に捕捉できるが、ビオチン化に工数を要するという問題に加えて、センサーチップの再生が不可能であり実験ごとに新しいセンサーチップを購入して使用する必要があることから、測定に莫大なコストがかかるという問題もある。
【0013】
膜タンパク抗体を用いた固定化は、特異的かつ強固にナノディスクを補足することが可能で、再生も容易であるが、それぞれの膜タンパク質に対する抗体を作製する必要があることから多数の膜タンパク質を標的とすると、測定に莫大な時間やコストがかかるという問題がある。
【0014】
一方で、ナノディスクに対する抗体を用いた固定化であれば、標的となる膜タンパク質によらず様々なナノディスクの固定化が可能であるという利点があり、抗体を用いるためセンサーチップの再生も容易であり、ハイスループットな測定を可能にするという利点もある。したがって、ナノディスクを構成するMSPに対する抗体を用いることにより、従来より簡便かつ効率的に膜タンパク質の分子間相互作用を解析できる可能性がある。そのため、MSPに対して高い親和性を示す抗体、特にナノディスクを構成しているMSPに対して高い親和性を示す抗体が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】https://doi.org/10.1002/0471140864.ps2913s81
【発明の概要】
【0016】
本発明者らは、特定のアミノ酸配列を含むポリペプチドをエピトープとして認識するモノクローナル抗体が、ナノディスクを構成しているMSPに対して高い親和性を示すことを見出した。本発明はこれらの知見に基づくものである。
【0017】
したがって、本発明は、ナノディスクを構成しているMSPに対して高い親和性を示す抗MSP抗体またはその抗原結合断片を提供する。
【0018】
本発明によれば、以下の発明が提供される。
(1)膜骨格タンパク質(MSP)に対するモノクローナル抗体またはその抗原結合断片であって、MSPがナノディスクを構成しているMSPであり、配列番号1に示すアミノ酸配列のうち第83位のプロリン残基から第94位のグルタミン酸残基までの配列と90%以上の相同性を示すアミノ酸配列を含むポリペプチドをエピトープとして認識する、モノクローナル抗体またはその抗原結合断片。
(2)膜骨格タンパク質(MSP)に対するモノクローナル抗体またはその抗原結合断片であって、MSPがナノディスクを構成しているMSPであり、配列番号1に示すアミノ酸配列のうち第83位のプロリン残基から第94位のグルタミン酸残基までのアミノ酸配列を含むポリペプチドをエピトープとして認識する、モノクローナル抗体またはその抗原結合断片。
(3)MSPが、配列番号1で表されるアミノ酸配列を有するMSP1D1、配列番号2で表されるアミノ酸配列を有するMSP1、配列番号3で表されるアミノ酸配列を有するMSP1E3D1、または配列番号4で表されるアミノ酸配列を有するMSP2N2である、(1)または(2)に記載のモノクローナル抗体またはその抗原結合断片。
(4)ナノディスクを構成しているMSPとの相互作用の平衡解離定数(KD)が7.00nM以下である、(1)~(3)のいずれかに記載のモノクローナル抗体またはその抗原結合断片。
(5)2022年4月27日に独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)に寄託された、受領番号NITE AP-03636を有するハイブリドーマ細胞により産生される、モノクローナル抗体またはその抗原結合断片。
(6)(5)に記載のモノクローナル抗体が結合するエピトープに結合する抗体またはその抗原結合断片。
(7)(1)~(6)のいずれかに記載の抗体またはその抗原結合断片が固体支持体に固定化されてなる、固定化抗体。
(8)膜タンパク質と測定対象物の相互作用を評価する方法であって、
(a)固体支持体表面に、(1)~(6)のいずれかに記載の抗体またはその抗原結合断片を固定化する工程、
(b)以下の成分を含んでなり、かつ少なくとも以下の成分により構成される、ナノディスクを、工程(a)により固定化した固体支持体に接触させる工程、
(i)MSP
(ii)脂質、および
(iii)膜タンパク質、
(c)工程(b)により得られたナノディスクと固体支持体の複合体に測定対象物を接触させる工程、ならびに
(d)膜タンパク質と測定対象物の相互作用を測定する工程
を含んでなる、方法。
(9)膜タンパク質と相互作用する物質をスクリーニングする方法であって、
(a)固体支持体表面に、(1)~(6)のいずれかに記載の抗体またはその抗原結合断片を固定化する工程、
(b)以下の成分を含んでなり、かつ少なくとも以下の成分により構成される、ナノディスクを、工程(a)により固定化した固体支持体に接触させる工程、
(i)MSP
(ii)脂質、および
(iii)前記膜タンパク質、
(c)工程(b)により得られたナノディスクと固体支持体の複合体に候補物質を接触させる工程、ならびに、
(d)前記膜タンパク質と相互作用を示した候補物質を、膜タンパク質と相互作用する物質と評価する工程、
を含んでなる、方法。
【0019】
本発明によれば、ナノディスクを構成しているMSPに対して高い親和性を示す抗MSP抗体またはその抗原結合断片を提供することが可能である。また、本発明の抗MSP抗体またはその抗原結合断片が固体支持体に固定化された、固定化抗体を提供することも可能である。加えて、本発明の抗MSP抗体またはその抗原結合断片を用いた、膜タンパク質と測定対象物の相互作用を評価する方法を提供することも可能である。さらに、本発明の抗MSP抗体またはその抗原結合断片を用いた、膜タンパク質と相互作用する物質をスクリーニングする方法を提供することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1図1は、MSPタンパク質(MSP1D1、MSP1、MSP1E3D1、およびMSP2N2)の2次構造を表す。
図2図2は、抗MSPタンパク質モノクローナル抗体の各クローンの、エピトープの各部位に対する親和性についての評価した結果を表す。
図3図3は、抗MSPタンパク質モノクローナル抗体の各クローンのエピトープの最小単位について評価した結果を表す。
図4図4は、抗MSPタンパク質モノクローナル抗体の各クローンのエピトープの最小単位について評価した結果を表す。
図5図5は、抗MSPタンパク質モノクローナル抗体を用いた、各膜タンパク質とそのリガンドの分子間相互作用の評価結果を表す。
【発明の具体的説明】
【0021】
本発明によれば、膜骨格タンパク質(MSP)に対するモノクローナル抗体またはその抗原結合断片が提供される。このMSPはナノディスクを構成しているMSPである。本発明のモノクローナル抗体またはその抗原結合断片は、配列番号1に示すアミノ酸配列のうち第83位のプロリン残基から第94位のグルタミン酸残基までの配列と90%以上の相同性を示すアミノ酸配列を含むポリペプチドをエピトープとして認識するものとされる。
【0022】
本発明の好ましい実施態様によれば、本発明のモノクローナル抗体またはその抗原結合断片は、配列番号1に示すアミノ酸配列のうち第83位のプロリン残基から第94位のグルタミン酸残基までのアミノ酸配列を含むポリペプチドをエピトープとして認識するものとされる。
【0023】
本発明のモノクローナル抗体は、公知の方法により得ることができる。このような方法としては、限定されるわけではないが、例えば、MSP抗原タンパク質またはMSPタンパク質の部分ペプチドを用いて非ヒト哺乳動物を免疫し、免疫させた非ヒト哺乳動物から抗体産生細胞(例えば、B細胞)を採取し、この抗体産生細胞とミエローマ細胞とを融合させ、ハイブリドーマ(融合細胞株)を作製し、このハイブリドーマから産生される抗体を採取することにより、目的のモノクローナル抗体を得る方法等が挙げられる。なお、本明細書において単にMSPと記載されている場合、特に断りがない限り、MSPタンパク質のことを指す。
【0024】
本発明のモノクローナル抗体を得るため、MSPの全長タンパク質を免疫抗原として用いることができる。MSPの全長タンパク質は、限定されるわけではないが、公知の方法により得てもよい。このような方法としては、限定されるわけではないが、例えば、大腸菌等を用いて目的とするMSPを細胞内で発現させ、精製すること等により得ることができ、また、市販品を用いても良い。また、本発明のモノクローナル抗体を得るため、MSPの部分ペプチドを合成し免疫抗原として用いても良い。免疫抗原として用いるMSPタンパク質としては、限定されるわけではないが、好ましくはMSP1D1である。また、免疫抗原として用いるMSPタンパク質は、抗原として使用可能な範囲であれば、アビジンタグ(Avi-タグ)やヒスチジンタク(His-タグ)を付加する等の修飾がなされていてもよい。
【0025】
本発明のモノクローナル抗体を得るため、免疫する非ヒト哺乳動物の種類は、限定されるわけではないが、例えば、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、イヌ、ヤギ等が挙げられ、好ましくはマウスである。また、免疫する非ヒト哺乳動物は自己免疫疾患動物であってもよい。免疫は、限定されるわけではないが、例えば、静脈内、皮下、腹腔内、筋中、足蹠皮下等に注入することにより行ってもよい。免疫の間隔は、限定されるわけではないが、数日から数週間間隔、好ましくは1~2週間間隔で、1~10回程度免疫を行ってもよい。
【0026】
本発明のモノクローナル抗体を得るための抗体産生細胞は、特に限定されるわけではないが、免疫した非ヒト哺乳動物の脾臓細胞等または所属リンパ節等から調製してもよく、好ましくは脾臓細胞から調製する。採取した細胞集団から特に抗体産生細胞の分離操作を行わなくてもよいが、好ましくは細胞集団の中から抗体産生細胞のみを分離する。
【0027】
上記の抗体産生細胞と骨髄腫細胞(ミエローマ細胞)とを融合させることにより、本発明のモノクローナル抗体を産生しながら半永久的に増え続ける細胞(ハイブリドーマ)を作製することができる。この融合は、公知の細胞融合方法により行ってもよく、限定されるわけではないが、例えば、細胞融合促進剤存在下での融合、電気刺激(例えば、エレクトロポレーション)を利用した市販の細胞融合装置を用いた融合等により行うことができる。抗体産生細胞と融合させるミエローマ細胞としては、マウス等の動物の一般に入手可能な細胞株を使用することができる。使用する細胞株としては、限定されるわけではないが、HAT選択培地(ヒポキサンチン、アミノプテリン、チミジンを含む培地)で生存できず、抗体産生細胞と融合した状態でのみ生存できる性質を有するものを用いてもよい。ミエローマ細胞としては、限定されるわけではないが、例えばSP2/0、P3U1、NSI、P3-X63-Ag8.653等が挙げられ、好ましくはP3U1である。
【0028】
細胞融合処理後の細胞から本発明のモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを選別することができる。ハイブリドーマを選別する方法は、公知の方法により行ってもよく、限定されるわけではないが、例えば、細胞融合処理後の細胞を一定期間、例えば、HAT培地等の適切な培地で培養して、コロニーを形成させ、そのコロニー陽性培養プレートの各ウェルの培養上清を採取して、ナノディスクを構成しているMSPに対する抗体価を確認することにより行ってもよい。ナノディスクを構成しているMSPに対する抗体価の確認方法としては、限定されるわけではないが、酵素免疫測定法(ELISA)や放射性免疫測定法(RIA)等が挙げられ、好ましくはELISAである。
【0029】
選別された、ウェルにおける細胞に対して、単一の細胞にするためにクローニングを行ってもよい。クローニングは、公知の方法により行ってもよく、限定されるわけではないが、例えば、細胞懸濁液を適当な培地(例えば、10~20%のFCS含有RPMI1640培地)で適当に希釈後、培養プレートの各ウェルに細胞を播き(培養プレートの各ウェルに入れる細胞の数は、1つのウェルに入る細胞が1個である確率が高くするため、好ましくは各ウェルに1個入るように細胞を播く)、一定期間(例えば、7~10日。この間に、好ましくはシングルコロニーであることを確認する)後にコロニー陽性ウェルの培養上清を回収し、回収した培養上清の抗体価を確認することにより行ってもよく、ナノディスクを構成しているMSPに対して高い親和性を示す抗体を産生する細胞を選択してもよく、さらに選択したウェルの細胞をある程度増やしてハイブリドーマ株を樹立してもよい。また、クローニングは必要に応じて数回行ってもよい。これらの操作により得られる好ましいハイブリドーマとしては、例えば、2022年4月27日に独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)に寄託された、受領番号NITE AP-03636を有するハイブリドーマが挙げられる。このハイブリドーマは、biND5と呼ばれる抗MSPモノクローナル抗体を産生する。
【0030】
樹立したハイブリドーマ株からは、適切な方法により、本発明のモノクローナル抗体を精製および採取することができる。これは、公知の方法により行ってもよく、限定されるわけではないが、例えば、血清の濃度を抑えた培地で培養した培養上清から抗体を調製する方法、市販の無血清培地で培養した培養上清から抗体を調製する方法、動物の腹腔内にハイブリドーマを注入して、腹水を採取し、その腹水から抗体を調製する方法等により行ってもよい。
【0031】
樹立したハイブリドーマ株の培養方法としては、限定されるわけではないが、例えば、培養フラスコを用いる方法、スピナーフラスコを用いる方法、シェーカーフラスコを用いる方法、バイオリアクターを使用する方法等が挙げられる。
【0032】
本発明のモノクローナル抗体の精製は、公知の方法で行ってもよく、限定されるわけではないが、例えば、MSPアフィニティカラムで精製する方法、イオン交換クロマトグラフィーで精製する方法、プロテインAまたはG等のイムノグロブリン結合性タンパク質のアフィニティカラムで精製する方法等が挙げられる。これら公知の方法を適宜選択し、または組み合わせることにより本発明のモノクローナル抗体を精製することができる。
【0033】
本発明のモノクローナル抗体により認識されるエピトープ(抗原決定基)は、本発明のモノクローナル抗体が、ナノディスクを構成しているMSPに対して高い親和性を示すときに認識しているMSPポリペプチドの一部であり、具体的には、配列番号1に示すアミノ酸配列のうち第83位のプロリン残基から第94位のグルタミン酸残基までの配列と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上、より好ましくは100%の相同性を示すアミノ酸配列を含むポリペプチドである。ここで、相同性を示すとは、元のアミノ酸配列と比較した場合に、アミノ酸配列が同じであることを意味し、例えば、配列番号1に示すアミノ酸配列と90%以上の相同性を示すアミノ酸配列を含むポリペプチドとは、配列番号1に示すアミノ酸配列と90%以上同じアミノ酸配列を含むポリペプチドを指す。このようなアミノ酸配列同士の相同性は、公知の相同性検索プログラム、例えばBLAST等、により、デフォルトのパラメータを使用して決定することができる。
【0034】
つまり、本発明のモノクローナル抗体は、上記ハイブリドーマにより産生されるモノクローナル抗体そのものに限られず、上記ハイブリドーマにより産生されるモノクローナル抗体が認識するエピトープに結合する限り、本発明のモノクローナル抗体に含まれる。ここでいう「エピトープ」とは、具体的には、配列番号1に示すアミノ酸配列のうち第83位のプロリン残基から第94位のグルタミン酸残基までの配列と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上、より好ましくは100%の相同性を示すアミノ酸配列を含むポリペプチドである。
【0035】
本発明のモノクローナル抗体と、ナノディスクを構成しているMSPの相互作用の平衡解離定数(KD)は、限定されるわけではないが、好ましくは7.00nM以下であり、より好ましくは5.50nM以下である。
【0036】
本発明のモノクローナル抗体と、ナノディスクを構成していないフリー体のMSP1D1の相互作用の平衡解離定数(KD)は、限定されるわけではないが、好ましくは1500nM以下であり、より好ましくは1000nM以下である。
【0037】
本発明におけるナノディスクは、限定されるわけではないが、少なくとも以下の成分、MSP、脂質、および膜タンパク質により構成される。ナノディスクは、膜タンパク質を含めず、MSPおよび脂質により構成することも可能だが、本明細書ではこのようなナノディスクを空のナノディスクと称呼する。前記脂質としては、限定されるわけではないが、例えば、リン脂質、脂質二重膜天然物由来抽出脂質、合成脂質、およびこれらの混合物等が挙げられる。
【0038】
本発明におけるナノディスクを構成するMSPは、限定されるわけではないが、好ましくは、MSP1D1、MSP1、MSP1E3D1、またはMSP2N2であり、MSP1D1は配列番号1で表されるアミノ酸配列を、MSP1は配列番号2で表されるアミノ酸配列を、MSP1E3D1は配列番号3で表されるアミノ酸配列を、MSP2N2は配列番号4で表されるアミノ酸配列を、それぞれ有することが好ましい。また、各MSPの2次構造は図1に示す通りである。
【0039】
本発明のモノクローナル抗体の抗原結合断片とは、本発明のモノクローナル抗体の一部分の領域を意味し、限定されるわけではないが、例えば、Fab、Fab’、F(ab’)2、Fv、diabody(dibodies)、dsFv、scFv(single chain Fv)等が挙げられる。上記抗原結合断片は、限定されるわけではないが、例えば、本発明のモノクローナル抗体を目的に応じて各種タンパク質分解酵素で切断すること、本発明のモノクローナル抗体のVおよびVをコードするcDNAから遺伝子組換え体を作製すること等により、得ることができる。本発明のモノクローナル抗体の抗原結合断片は、本発明のモノクローナル抗体が結合する抗原(特にエピトープ)と同じ抗原に結合するものである。
【0040】
上記の、Fabは、例えば、抗体分子をパパインで処理することにより、F(ab’)2は、例えば、抗体分子をペプシンで処理することによりそれぞれ得ることができる。また、上記のFab’は、例えば、上記F(ab’)2のヒンジ領域のジスルフィド結合を切断することで得ることができる。
【0041】
上記のscFvは、例えば、抗体のVおよびVをコードするcDNAを取得し、scFvをコードするDNAを構築し、このDNAを発現ベクターに挿入し、前記発現ベクターを宿主生物に導入して発現させることで得ることができる。
【0042】
上記のdiabodyは、例えば、抗体のVおよびVをコードするcDNAを取得し、ペプチドリンカーのアミノ酸配列の長さが8残基以下となるようにscFvをコードするDNAを構築し、このDNAを発現ベクターに挿入し、前記発現ベクターを宿主生物に導入して発現させることで得ることができる。
【0043】
上記のdsFvは、例えば、抗体のVおよびVをコードするcDNAを取得し、dsFvをコードするDNAを構築し、このDNAを発現ベクターに挿入し、前記発現ベクターを宿主生物に導入して発現させることで得ることができる。
【0044】
本発明のモノクローナル抗体は、組換え手段により調製され、発現される遺伝子組換え抗体または抗原結合断片とすることもでき、例えば、キメラ抗体、ヒト化抗体、または完全ヒト抗体としてもよい。本発明におけるこれらの抗体は、限定されるわけではないが、公知の方法にしたがって調製してもよく、例えば、重鎖および軽鎖の組換え発現によって調製してもよい。
【0045】
また、本発明においては、ハイブリドーマまたは前記ハイブリドーマから抽出したDNAまたはRNA等を原料として、公知の方法にしたがってキメラ抗体、ヒト型化抗体、ヒト化抗体を調製してもよい。
【0046】
SPR法やBLI法等の分子間相互作用測定方法においては、まず、分子間相互作用に関与する一方の分子、例えばレセプター(受容体)として機能している膜タンパク質を、各測定方法に対応した測定部材(センサーチップ)の表面に固定化する。そして、分子間相互作用に関与するもう一方の分子、例えば前記レセプターとして機能している膜タンパク質に対応するリガンド(低分子化合物、タンパク質のホルモン等)、前記受容体に結合してリガンドとの結合能を阻害するための抗体、またはそのような機能を果たす候補物質を、前記固定化させた分子と接触させて、相互作用により特異的に結合させるようにする。このときに起きる変化が測定部材に与える影響の大きさによって、分子間の相互作用を定量し、評価することができる。
【0047】
したがって、本発明の抗MSP抗体を、例えば、上記の測定部材(センサーチップ)の表面に固定化し、所望の膜タンパク質が構成されたナノディスクを前記の固定化した抗MSP抗体に捕捉させ、さらに、前記膜タンパク質と相互作用する分子を添加し、このときに起きる変化が測定部材に与える影響を定量することにより、前記膜タンパク質とそのリガンド等の相互作用を評価、または前記膜タンパク質と相互作用する物質をスクリーニングすることが可能である。本発明の抗MSP抗体を用いた、これらの評価方法やスクリーニングの方法は、標的となる膜タンパク質によらない様々なナノディスクの固定化を可能とし、また、測定部材(センサーチップ)の再生も容易でハイスループットな測定を可能とするため、従来と比較して、より簡便に、かつ低コストで前記測定やスクリーニングを実施することが可能となる。
【0048】
したがって、本発明の他の態様によれば、本発明の抗体またはその抗原結合断片を固体支持体に固定化した固定化抗体が提供される。
【0049】
本発明における固体支持体とは、限定されるわけではないが、例えば、測定部材(センサーチップ)等が挙げられる。本発明の抗体またはその抗原結合断片を固体支持体に固定化する方法は、限定されるわけではないが、公知の方法にしたがって行ってもよい。
【0050】
また、本発明の他の態様によれば、膜タンパク質と測定対象物の相互作用を評価する方法が提供され、前記方法は、(a)固体支持体表面に、本発明の抗体またはその抗原結合断片を固定化する工程、(b)以下の成分を含んでなり、かつ少なくとも以下の成分により構成される、ナノディスクを、工程(a)により固定化した固体支持体に接触させる工程、(i)MSP、(ii)脂質、および(iii)膜タンパク質、(c)工程(b)により得られたナノディスクと固体支持体の複合体に測定対象物を接触させる工程、ならびに(d)膜タンパク質と測定対象物の相互作用を測定する工程、を含んでなることを特徴とする。
【0051】
さらに、本発明の他の態様によれば、膜タンパク質と相互作用する物質をスクリーニングする方法が提供され、前記方法は、(a)固体支持体表面に、本発明の抗体またはその抗原結合断片を固定化する工程、(b)以下の成分を含んでなり、かつ少なくとも以下の成分により構成される、ナノディスクを、工程(a)により固定化した固体支持体に接触させる工程、(i)MSP、(ii)脂質、および(iii)前記膜タンパク質、(c)工程(b)により得られたナノディスクと固体支持体の複合体に候補物質を接触させる工程、ならびに、(d)前記膜タンパク質と相互作用を示した候補物質を、膜タンパク質と相互作用する物質と評価する工程、を含んでなることを特徴とする。
【0052】
本発明における測定対象物とは、標的とする膜タンパク質と相互作用することを期待して、前記膜タンパク質に直接的または間接的に作用させる物質のことを指す。本発明における物質とは、限定されるわけではないが、例えば、小分子、低分子化合物、高分子化合物、核酸分子、タンパク質、ペプチド(例えば、抗体またはその断片等)等が挙げられる。
【0053】
本発明における相互作用は、抗体またはその抗原結合断片を固定化するための固体支持体と一体化した反応器を用いて行われてもよく、抗体またはその抗原結合断片を固定化するための固体支持体とは別個に存在する反応器に、固体支持体を添加して行われてもよい。このような反応器としては、限定されるわけではないが、例えば、各種測定装置における測定槽、抗体をレジンに固定化してチューブ内で反応させる場合(例えば、免疫沈降実験)におけるチューブ、レジンを充填したカラムを用いて溶液を分離する場合(例えば、液体クロマトグラフィーによる分離)におけるカラム等が挙げられる。
【実施例0054】
以下の例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。含有量は特記しない限り、質量%で示す。
【0055】
MSPタンパク質の調製
MSPタンパク質(MSP1、MSP1D1、MSP1E3D1、および/またはMSP2N2)を大腸菌内で発現させるように調製した、大腸菌用発現ベクターpET28を大腸菌BL21(DE3)RILに組み入れ、MSPタンパク質を大腸菌内で発現させた後に回収し、付加してあるhisタグによってアフィニティー精製することにより、ナノディスク形成用のMSPタンパク質を得た。具体的な手順を以下に示す。
【0056】
付加したHisタグ、3Cプロテアーゼ切断部位、およびAviタグを含む、MSP1、MSP1D1、MSP1E3D1、および/またはMSP2N2を大腸菌内で発現させるように調製したpET28ベクター、を組み入れた大腸菌BL21(DE3)RILを用意し、37℃で、カナマイシンが50μg/mlになるように添加したTB培地において、OD600が2.5~3.0になるまで培養した。
【0057】
培養液に、イソプロピルβ-D-1-チオガラクトピラノシド(富士フィルム和光純薬社製)を0.5mMになるように添加し、2~3時間、大腸菌内でMSPタンパク質の発現を誘導した。
【0058】
誘導後、大腸菌を回収して細胞ペレットとし、細胞ペレットを40mMのTris-HCl(pH8.0)、300mMのNaCl、1%のTriton X-100、および1mMのPMSF(ナカライテスク社製)を含む溶液に再懸濁し、超音波処理により大腸菌の溶解を行った。溶解液における大腸菌の細胞の断片は、30分、18000gで遠心分離を行うことにより除去した。
【0059】
溶解液の上清をNi Sepharose6 Fast Flowカラム(GEヘルスケア社製)に流し、10カラム容量(CV)の、40mMのTris-HCl(pH8.0)、300mMのNaCl、1%のTritonX-100を含む溶液を流してカラムを洗浄した。
【0060】
次に、10CVの、40mMのTris-HCl(pH8.0)、300mMのNaCl、50mMのコール酸ナトリウム、10mMのイミダゾールを含む溶液を流してカラムを洗浄し、さらに、40mMのTris-HCl(pH8.0)、300mMのNaCl、0.05%のn-ドデシルβ-D-マルトシド(DDM、Anatrace社製)、20mMのイミダゾールを含む溶液を流してカラムを洗浄した。
【0061】
洗浄後、標的であるMSPタンパク質を、40mMのTris-HCl(pH8.0)、300mMのNaCl、0.05%のDDM、100mMのイミダゾールを含む溶液で希釈した。
【0062】
標的であるMSPタンパク質を含む溶液を、Amicon Ultra 10K(Merck-Millipore社製)を用いて濃縮し、バッファーを40mMのTris-HCl(pH8.0)、300mMのNaCl、0.05%のDDMを含む溶液に交換した。
【0063】
3Cプロテアーゼで一晩インキュベートすることにより、MSPタンパク質のN末端のhisタグを切断し、N末端のhisタグが切断されていないMSPタンパク質とプロテアーゼをNiアフィニティー精製で除去し、2度のNiアフィニティー精製後、ナノディスク形成用のMSPタンパク質を得た。
【0064】
TRナノディスクの調製
TRは配列番号5で表されるアミノ酸配列を有する膜タンパク質である。TRナノディスクは、TR:MSP:脂質を1:10:350の比率で混合し、Bio-beads(Bio-Rad社)で界面活性剤を除くことにより調製した。TRは公知の文献(例えば、Proteins.2021 Mar; 89(3): 301-310.)に記載の方法に準じて発現させ、精製したものを用いた。MSPタンパク質は上記に記載した方法により得たものを用いた。脂質は大腸菌から抽出したものを用いた。
【0065】
まず、抽出した大腸菌由来の極性脂質を含む界面活性剤可溶化TR溶液に、精製したMSPが1:10:350(TR:MSP:脂質)のモル比になるように添加し、混合溶液を得た。
【0066】
この混合溶液を4℃で1時間インキュベートした後、バイオビーズ(Bio-Rad社製)を用いて混合溶液中の界面活性剤を除去し、30分150000gで遠心分離することで、可溶化したナノディスクを含む溶液を得た。
【0067】
この溶液の上清をNiアフィニティークロマトグラフィーカラムに流して、TRを含むナノディスクを、過剰に存在する、TRを含まない空のナノディスクから分離した溶液を得た。この溶液をAmiconUltra30K(Merck-Millipore社製)で濃縮することにより、TRナノディスクを得た。
【0068】
A2aR(wt)ナノディスク、hERGナノディスク、Pgpナノディスクの調製
ヒトアデノシンA2a受容体(A2aR:配列番号6で表されるアミノ酸配列を有する)、ヒトether-a-go-go関連遺伝子(hERG)から発現されるタンパク質(配列番号7で表されるアミノ酸配列を有する)、およびp-糖タンパク質(Pgp:配列番号8で表されるアミノ酸配列を有する)再構成ナノディスクは、公知の文献に記載の方法に準じて調製および精製することにより得た。
【0069】
膜タンパク質を含まない、空のナノディスクの調製
空のナノディスクを調製するために、各膜タンパク質を含むナノディスクの調製に用いられるMSPと脂質を混合し、得られた混合溶液を4℃で1時間ローリングさせた後、バイオビーズを添加し、さらに4℃で16時間ローリングさせて界面活性剤を除去し、30分150000gで遠心分離することで、可溶化したナノディスクを含む溶液を得た。
【0070】
この溶液の上清をAmiconUltra30K(Merck-Millipore社製)で濃縮し、20mMのHEPES(pH7.5)、150mMのNaClを含む溶液で平衡化したSuperdex200Increase10/300GLカラム(GEヘルスケア社製)に流した。UV検出により最初に溶出したピーク画分をSDS-PAGEにより泳動して確認し、空のナノディスクを得た。
【0071】
MSPに対するモノクローナル抗体(抗MSPモノクローナル抗体)の調製
抗MSPモノクローナル抗体は、モノクローナル抗体の製造方法に関する公知の文献(例えば、KOHLER,G.,MILSTEIN,C. Continuous cultures of fused cells secreting antibody of predefined specificity. Nature 256, 495-497 (1975))に記載の方法に準じて調製した。MSPタンパク質はヘリックス配列をリピートした長さの異なる変異体が複数存在するため、どのMSPタンパク質にも反応する抗体を得るために、基本となるMSP1D1を、免疫させるMSPタンパク質として選定した。
【0072】
前記方法により調製し、精製したAvi-tagを付加したMSP1D1を7日おきに5回、自己免疫疾患マウスへ免疫させた。この免疫させたマウスから脾臓細胞を採取し、ミエローマ細胞(P3U1)と細胞融合し、ハイブリドーマを作成した。ハイブリドーマ培養上清中に産生される抗体のうち、ELISA法によりAvi-tagを付加したMSP1D1に反応するもののみを選別した。
【0073】
抗MSPモノクローナル抗体のMSPタンパク質に対する親和性評価
前記ハイブリドーマから産生された抗MSPモノクローナル抗体のいくつかのクローンのMSPタンパク質に対する親和性を、BLI法により評価した。
【0074】
各MSPタンパク質(フリー体)の精製試料に対して、測定用バッファー(40mMのTris-HCl(pH8.0)、300mMのNaCl、0.05%のDDMを含む溶液)を用いて1000nM、500nM、200nMおよび100nMとなるよう、親和性評価に供する試料を調整した。また、各MSPタンパク質を用いて構成されたTRナノディスクの精製試料に対して、測定用バッファー(50mMのTris-HCl(pH7.5)、1MのNaCl)を用いて500nM、200nM、100nMおよび50nMとなるよう、親和性評価に供する試料を調整した。
【0075】
バイオセンサー(Fortebio社製)に、前記抗MSPモノクローナル抗体のいくつかのクローンを固定化した。試料中の各MSPタンパク質(フリー体)または各MSPタンパク質を用いて構成されたTRナノディスクとモノクローナル抗体の各クローンとの親和性をBLIで測定した。BLIの測定はBLItz(Fortebio社製)を用い、反応温度22℃で、50mMのTris-HCl(pH7.5)、1MのNaClを含むバッファーを用いて行った。測定の各工程については、平衡化120秒、結合120秒、解離120秒の条件で行った。測定結果は、BLItz software(BLItz Pro1.2、ForteBio社製)を用いて、global fittingにより解析した。結果を表1~4に示す。
【0076】
【表1】
【0077】
【表2】
【0078】
【表3】
【0079】
【表4】
【0080】
以上の結果から、いずれのクローンも、MSPタンパク質のフリー体よりナノディスクに対して高い親和性を示し、6種のクローンの内、クローン80および90が良好な親和性を示し、クローン90がより良好な親和性を示した。
【0081】
抗MSPモノクローナル抗体のエピトープマッピング
抗MSPモノクローナル抗体の抗原結合部位の特定を行った。抗MSPモノクローナル抗体の抗原結合部位の特定は、ハイブリドーマ作製に用いたMSPタンパク質であるAvi-tagを付加したMSP1D1を用いて行った。
【0082】
まず、ペプチドアレイによるエピトープ検索を行った。ペプチドアレイシートを作成するために、Avi-tagを付加したMSP1D1の配列に基づいた22個のアミノ酸残基からなる62個のスポットを、公知の文献(例えば、Frank R (1992) Spot synthesis: an easy technique for the positionally addressable, parallel chemical synthesis on a membrane support. Tetrahedron 48: 9217-9232)に記載の方法に準じて、ResPep SL自動ペプチド合成装置(IntavisAG、Bioanalytical Instruments社製)を用いて、セルロース膜(IntavisAG、Bioanalytical Instruments社製)で合成した。62個のスポットは22個のアミノ酸残基を3残基ずつずらしていくことで作製した。
【0083】
ペプチド合成の完了後、トリフルオロ酢酸で処理することにより、側鎖保護基を除去した。セルロース膜(メンブレン)を切断し、切断したメンブレンをBlocking One(ナカライテスク社製)を用いて、1時間室温条件下でブロッキングした。ブロッキング後、抗MSPモノクローナル抗体を1μg/mlになるよう添加し、1時間室温条件下で反応させ、続いて、HRP接合ヤギ抗マウスFc特異的IgGを0.2μg/mlになるよう添加し、30分間室温条件下で反応させた。抗体反応後、HRP用発色基質(EzWestBlue、アトー社製)を用いて10分間酵素反応させ、染色した。その後、ImageJソフトウェア(https://imagej.nih.gov/ij/index.html)を用いて各スポットの反応強度を分析した。結果を図2に示す。
【0084】
図2の結果、クローン41はAvi-tagの領域、クローン80はH5付近の領域、クローン90はH4付近の領域に対してそれぞれ高い親和性を示した。なお、MSP1D1の各領域のアミノ酸配列は以下表5に示す通りである。
【0085】
【表5】
【0086】
前記モノクローナル抗体が反応した22残基ペプチドにおいて、1残基ずつアラニンに置換したペプチドを順次合成し、それぞれのペプチドに対する前記モノクローナル抗体の反応性を測定した。結果を図3に示す。
【0087】
また、前記モノクローナル抗体が反応した22残基ペプチドのC末端、N末端それぞれを削除したペプチドを順次合成し、それぞれのペプチドに対する前記モノクローナル抗体の反応性を測定した。結果を図4に示す。
【0088】
図3および4の結果、クローン41に対してはAvi-tagのアミノ酸配列のうち第5位のアスパラギン残基から第14位のグルタミン酸残基までの領域が、クローン80に対しては配列番号1に示すアミノ酸配列のうち第115位のアルギニン残基から第126位のセリン残基までの領域が、クローン90に対しては配列番号1に示すアミノ酸配列のうち第83位のプロリン残基から第94位のグルタミン酸残基までの領域が、親和性のために特に重要であることが示された。この3つのクローンの内、ナノディスクを構成しているMSPに対して特に良好な親和性を示したクローン90を「biND5」と命名した。
【0089】
抗MSPモノクローナル抗体およびナノディスクを用いた、膜タンパク質およびそのリガンドの分子間相互作用の評価
抗MSPモノクローナル抗体を、アミンカップリングにより、CM5 chip(Cytiva社製)上に12000~13000RU(response units)に達するまで固定化した。
【0090】
上記の方法にしたがって、ヒトアデノシンA2a受容体(A2aR)、ヒトether-a-go-go関連遺伝子(hERG)、およびp-糖タンパク質(Pgp)を膜タンパク質とするナノディスクを得た。膜タンパク質はいずれもHEK細胞で発現したもの用いた。A2aRを膜タンパク質とするナノディスクは、MSPタンパク質としてはMSP1D1を、脂質としてはPOPCを用いて、hERGを膜タンパク質とするナノディスクは、MSPタンパク質としてはMSP1D3E1を、脂質としてはPOPC/POPE/POPAを用いて、Pgpを膜タンパク質とするナノディスクは、MSPタンパク質としてはMSP1D1を、脂質としては脳の極性脂質を用いて、それぞれ調製した。調製したナノディスクを、ランニングバッファー(A2aRナノディスクの場合は20mMのHEPES(pH7.5)、150mMのNaCl、1%のDMSOを含む溶液、hERGの場合は20mMのHEPES(pH7.4)、300mMのKCl、1%のDMSOを含む溶液、Pgpの場合は20mMのHEPES(pH7.4)、300mMのKCl、1%のDMSOを含む溶液をそれぞれランニングバッファーとした)を用いて、抗MSPモノクローナル抗体を固定化したCM5 chipに、A2aRナノディスクの場合は1800RUに達するまで、hERGの場合は1800RUに達するまで、Pgpの場合は1000RUに達するまで、それぞれ捕捉させた。なお、ブランクとしては、膜タンパク質を含まない空のナノディスクを用い、膜タンパク質を含むナノディスクと同様の方法で調製したが、分子量の違いを考慮して、A2aR測定用の空のナノディスクの場合は1300RUに達するまで、hERG測定用の空のナノディスクの場合は900RUに達するまで、それぞれ抗MSPモノクローナル抗体を固定化したCM5 chipに捕捉させた。
【0091】
測定装置としてBiacore T200 instrument(GEヘルスケア社製)を用い、リガンド(A2aRに対しては拮抗剤のZM241385、hERGに対してはアステミゾール、Pgpに対しては抗P-gpモノクローナル抗体(UIC-2))を、ナノディスクを捕捉させたCM5 chipに連続的に添加して結合の様子を測定した後、ランニングバッファーに切り替え、解離の様子を測定した。この操作は5回、リガンドの濃度を変えて(ZM241385の濃度は3.125、6.25、12.5、25、50nM、アステミゾールの濃度は0.3125、0.625、1.25、2.5、5nM、UIC-2の濃度は3.125、6.25、12.5、25、50nM)繰り返した。各回の操作完了後にはグリシン-HCl(pH2.6)を注入し、チップを再生してから、次の回の操作を行った。A2aRおよびhERGはSCK(single cycle kinetics)、PgpはMCK(multi cycle kinetics)でそれぞれ測定した。
【0092】
得られたセンサーグラムに理論式によるフィッティングを行うことにより、反応速度定数および解離定数を算出した。結合フィッティング(Binding fitting)は1:1とし、解析はBiacore T200 Evaluation softwareのCurve fittingを用いて行った。結果を図5に示す。
【0093】
図5の結果、本発明の抗MSPモノクローナル抗体を用いることにより、様々な膜タンパク質およびそのリガンドの分子間相互作用が評価できることが示された。
図1
図2
図3-1】
図3-2】
図4-1】
図4-2】
図5-1】
図5-2】
図5-3】
【配列表】
2023178881000001.app