(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023178884
(43)【公開日】2023-12-18
(54)【発明の名称】膜タンパク質のC末端に付加したHis-tagに対する高親和性モノクローナル抗体
(51)【国際特許分類】
C07K 16/00 20060101AFI20231211BHJP
C07K 1/22 20060101ALI20231211BHJP
C07K 17/02 20060101ALI20231211BHJP
C12N 5/18 20060101ALN20231211BHJP
C12N 15/13 20060101ALN20231211BHJP
【FI】
C07K16/00 ZNA
C07K1/22
C07K17/02
C12N5/18
C12N15/13
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022091863
(22)【出願日】2022-06-06
(71)【出願人】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(72)【発明者】
【氏名】村田 武士
(72)【発明者】
【氏名】小笠原 諭
【テーマコード(参考)】
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AB05
4B065CA25
4B065CA46
4H045AA11
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA10
4H045DA75
4H045EA50
4H045FA72
4H045FA74
4H045GA26
(57)【要約】
【課題】膜タンパク質のC末端に付加したHis-tagに対する高親和性モノクローナル抗体またはその抗原結合断片を提供する。
【解決手段】ヒスチジンタグ(His-tag)に対するモノクローナル抗体またはその抗原結合断片であって、膜タンパク質のC末端に付加したHis-tagをエピトープとして認識する、モノクローナル抗体またはその抗原結合断片。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒスチジンタグ(His-tag)に対するモノクローナル抗体またはその抗原結合断片であって、膜タンパク質のC末端に付加したHis-tagをエピトープとして認識する、モノクローナル抗体またはその抗原結合断片。
【請求項2】
His-tagが6個以上の連続するヒスチジン残基からなる、請求項1に記載のモノクローナル抗体またはその抗原結合断片。
【請求項3】
His-tagが6~12個の連続するヒスチジン残基からなる、請求項1に記載のモノクローナル抗体またはその抗原結合断片。
【請求項4】
膜タンパク質がナノディスクを構成している、請求項1に記載のモノクローナル抗体またはその抗原結合断片。
【請求項5】
His-tagとの相互作用の平衡解離定数(KD)が450nM以下である、請求項1に記載のモノクローナル抗体またはその抗原結合断片。
【請求項6】
His-tagとの相互作用の平衡解離定数(KD)が35nM以下である、請求項1に記載のモノクローナル抗体またはその抗原結合断片。
【請求項7】
2022年4月27日に独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)に寄託された、受領番号NITE AP-03635を有するハイブリドーマ細胞により産生される、モノクローナル抗体またはその抗原結合断片。
【請求項8】
請求項7に記載のモノクローナル抗体が結合するエピトープに結合する、抗体またはその抗原結合断片。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか一項に記載の抗体またはその抗原結合断片が固体支持体に固定化されてなる、固定化抗体。
【請求項10】
C末端にHis-tagを付加した膜タンパク質を含む溶液から前記膜タンパク質を精製する方法であって、
(a)前記膜タンパク質を請求項1~8のいずれか一項に記載の抗体またはその抗原結合断片と接触させ、前記膜タンパク質と、前記抗体またはその抗原結合断片とから構成される複合体を形成させる工程
(b)工程(a)で形成させた複合体を単離する工程、および
(c)工程(b)で単離した複合体から前記膜タンパク質を単離し、前記膜タンパク質を含むろ過物を得る工程
を含む、方法。
【請求項11】
膜タンパク質が組換えタンパク質である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
工程(a)において、界面活性剤を用いて膜タンパク質を精製する工程をさらに含む、請求項10に記載の方法。
【請求項13】
膜タンパク質がナノディスクを構成している、請求項10に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膜タンパク質のC末端に付加したHis-tagに対する高親和性モノクローナル抗体に関する。
【背景技術】
【0002】
タグ(tag)は研究対象とするタンパク質の構造・機能等を検証する実験において、タンパク質の精製・検出等をするために非常に重要である。特に、組換えタンパク質を精製する実験においてタグ付加は不可欠である。
【0003】
ヒスチジンタグ(His-tag)は6~10個の連続したヒスチジン残基から構成されることを特徴とするタグであり、タンパク質の精製において最も使用されるタグの1つである。二価遷移金属イオンと配位結合するため、ニッケルやコバルトを固定化したカラムによる金属アフィニティー精製が可能である。
【0004】
しかし、金属アフィニティー精製は、精製対象とするタンパク質以外に発現している宿主由来のタンパク質に起因する非特異的吸着が多い、精製対象とするタンパク質が金属配位により変性する等の問題がしばしば生じる。
【0005】
一方、精製におけるポリペプチドタグ抗体システムは、抗体の特徴である高い特異性で結合する性質を利用して、抗体およびそのエピトープペプチドを結合させることにより温和な条件で目的タンパク質の溶出を可能とする。さらに、抗体タンパク質が安定であり、酸性溶液によりエピトープペプチドの遊離および中和が可能なため、抗体タンパク質の再生(再利用)も可能である。このポリペプチドタグ抗体システムにおいては、例えば、FLAG、HA、Myc等が代表的なタグとして知られ、これらに対する抗体を用いた、目的タンパク質の溶出も行われている。
【0006】
His-tagに対する抗体も、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体を含め、複数種類が市販されている。
【0007】
非特許文献1においては、市販されている4種類のHis-tagに対するモノクローナル抗体の、表面プラズモン共鳴(SPR)測定における有用性を検討している。測定基盤上に、前述の4種類の抗体をアミンカップリングにより固定した後、6個のヒスチジン残基から構成されるHis-tagを付加した12種類のヒト由来タンパク質に対する結合親和性を測定し、特に、解離定数について検討がされている。しかし、これらの抗体は、His-tagを付加したタンパク質の検出に用いられているのみで、抗体の詳細な性質は明らかにされていない。
【0008】
非特許文献2においては、抗His-tag抗体を用いた精製が検討されている。しかし、一度、金属アフィニティー精製した画分に対して、抗体を用いた精製がなされており、精製する場合に問題となっている、細胞(菌体)破砕液に由来するタンパク質に起因する非特異的結合については検証がなされていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】doi:10.1007/978-3-642-011-44-3_42
【非特許文献2】doi:10.1006/abio.1998.2606.
【発明の概要】
【0010】
本発明は、膜タンパク質のC末端に付加したHis-tagに対する高親和性モノクローナル抗体またはその抗原結合断片を提供する。
【0011】
本発明者らは、膜タンパク質のC末端に付加したHis-tagに対して高い親和性を示すモノクローナル抗体を見出した。本発明はこれらの知見に基づくものである。
【0012】
本発明によれば、以下の発明が提供される。
(1)ヒスチジンタグ(His-tag)に対するモノクローナル抗体またはその抗原結合断片であって、膜タンパク質のC末端に付加したHis-tagをエピトープとして認識する、モノクローナル抗体またはその抗原結合断片。
(2)His-tagが6個以上の連続するヒスチジン残基からなる、(1)に記載のモノクローナル抗体またはその抗原結合断片。
(3)His-tagが6~12個の連続するヒスチジン残基からなる、(1)または(2)に記載のモノクローナル抗体またはその抗原結合断片。
(4)膜タンパク質がナノディスクを構成している、(1)~(3)のいずれかに記載のモノクローナル抗体またはその抗原結合断片。
(5)His-tagとの相互作用の平衡解離定数(KD)が450nM以下である 、(1)~(4)のいずれかに記載のモノクローナル抗体またはその抗原結合断片。
(6)His-tagとの相互作用の平衡解離定数(KD)が35nM以下である、(1)~(5)のいずれかに記載のモノクローナル抗体またはその抗原結合断片。
(7)2022年4月27日に独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)に寄託された、受領番号NITE AP-03635を有するハイブリドーマ細胞により産生される、モノクローナル抗体またはその抗原結合断片。
(8)(7)に記載のモノクローナル抗体が結合するエピトープに結合する抗体またはその抗原結合断片。
(9)(1)~(8)のいずれかに記載の抗体またはその抗原結合断片が固体支持体に固定化されてなる、固定化抗体。
(10)C末端にHis-tagを付加した膜タンパク質を含む溶液から前記膜タンパク質を精製する方法であって、
(a)前記膜タンパク質を(1)~(8)のいずれかに記載の抗体またはその抗原結合断片と接触させ、前記膜タンパク質と、前記抗体またはその抗原結合断片とから構成される複合体を形成させる工程
(b)工程(a)で形成させた複合体を単離する工程、および
(c)工程(b)で単離した複合体から前記膜タンパク質を単離し、前記膜タンパク質を含むろ過物を得る工程
を含む、方法。
(11)膜タンパク質が組換えタンパク質である、(10)に記載の方法。
(12)工程(a)において、界面活性剤を用いて膜タンパク質を精製する工程をさらに含む、(10)または(11)に記載の方法。
(13)膜タンパク質がナノディスクを構成している、(10)~(12)のいずれかに記載の方法。
【0013】
本発明によれば、膜タンパク質のC末端に付加したHis-tagに対する高親和性モノクローナル抗体またはその抗原結合断片を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、His-tagを付加したT4Lタンパク質の精製の確認試験の結果およびcHis8を一次抗体として用いたウェスタンブロッティングの結果を表す。
【
図2】
図2は、BLItzを用いてcHis8の結合親和性を測定した結果を表す。
【
図3】
図3は、A2a(GPCR)を、cHis8レジンを用いて界面活性剤精製/ナノディスク精製した結果を表す。
【
図4】
図4は、hERG(イオンチャネル)を、cHis8レジンを用いて界面活性剤精製/ナノディスク精製した結果を表す。
【
図5】
図5は、P-糖タンパク質(ABCトランスポーター)を、cHis8レジンを用いて界面活性剤精製/ナノディスク精製した結果を表す。
【発明の具体的説明】
【0015】
本発明の一つの態様によれば、His-tagに対するモノクローナル抗体またはその抗原結合断片が提供され、該モノクローナル抗体またはその抗原結合断片は膜タンパク質のC末端に付加したHis-tagをエピトープとして認識する。
【0016】
本発明のモノクローナル抗体は、公知の方法により得ることができる。本発明のモノクローナル抗体は、例えば、His-tagをC末端に付加した抗原膜タンパク質、または前記抗原膜タンパク質のHis-tagを含む部分ペプチドを用いて非ヒト哺乳動物を免疫し、免疫させた非ヒト哺乳動物から抗体産生細胞(例えば、B細胞)を採取し、この抗体産生細胞とミエローマ細胞とを融合させ、ハイブリドーマ(融合細胞株)を作製し、このハイブリドーマから産生される抗体を採取することにより得ることができる。膜タンパク質に付加するHis-tagとしては、限定されるわけではないが、例えば、6~10個の連続するヒスチジン残基からなるHis-tagを用いることができる。
【0017】
本発明のモノクローナル抗体を得るため、His-tagをC末端に付加した膜タンパク質の全長タンパク質を免疫抗原として用いることができる。His-tagをC末端に付加した膜タンパク質の全長タンパク質は、限定されるわけではないが、公知の方法により得てもよい。このような方法としては、限定されるわけではないが、例えば、大腸菌等を用いて目的とするHis-tagをC末端に付加した膜タンパク質を細胞内で発現させ、精製すること等により得ることができ、また、市販品を用いても良い。また、本発明のモノクローナル抗体を得るため、His-tagをC末端に付加した膜タンパク質の、His-tagを含む部分ペプチドを合成し、これを免疫抗原として用いても良い。
【0018】
本発明のモノクローナル抗体を得るため、免疫する非ヒト哺乳動物の種類は、限定されるわけではないが、例えば、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、イヌ、ヤギ等が挙げられ、好ましくはマウスである。また、免疫する非ヒト哺乳動物は自己免疫疾患動物であってもよい。免疫は、限定されるわけではないが、例えば、静脈内、皮下、腹腔内、筋中、足蹠皮下等に注入することにより行ってもよい。免疫の間隔は、限定されるわけではないが、数日から数週間間隔、好ましくは1~2週間間隔で、1~10回程度免疫を行ってもよい。
【0019】
本発明のモノクローナル抗体を得るための抗体産生細胞は、特に限定されるわけではないが、免疫した非ヒト哺乳動物の脾臓細胞等または所属リンパ節等から調製してもよく、好ましくは脾臓細胞から調製する。採取した細胞集団から特に抗体産生細胞の分離操作を行わなくてもよいが、好ましくは細胞集団の中から抗体産生細胞のみを分離する。
【0020】
上記の抗体産生細胞と骨髄腫細胞(ミエローマ細胞)とを融合させることにより、本発明の、His-tagに対するモノクローナル抗体を産生しながら半永久的に増え続ける細胞(ハイブリドーマ)を作製することができる。この融合は、公知の細胞融合方法により行ってもよく、限定されるわけではないが、例えば、細胞融合促進剤存在下での融合、電気刺激(例えば、エレクトロポレーション)を利用した市販の細胞融合装置を用いた融合等により行うことができる。抗体産生細胞と融合させるミエローマ細胞としては、マウス等の動物の一般に入手可能な細胞株を使用することができる。使用する細胞株としては、限定されるわけではないが、HAT選択培地(ヒポキサンチン、チミジン、アミノプテリンを含む培地)で生存できず、抗体産生細胞と融合した状態でのみ生存できる性質を有するものを用いてもよい。ミエローマ細胞としては、限定されるわけではないが、例えばSP2/0、P3U1、NSI、P3-X63-Ag8.653等が挙げられ、好ましくはP3U1である。
【0021】
細胞融合処理後の細胞から本発明のモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを選別することができる。ハイブリドーマを選別する方法は、公知の方法により行ってもよく、限定されるわけではないが、例えば、細胞融合処理後の細胞を一定期間、例えば、HAT培地等の適切な培地で培養して、コロニーを形成させ、そのコロニー陽性培養プレートの各ウェルの培養上清を採取して、膜タンパク質のC末端側に付加されているHis-tagに対する抗体価を確認することにより行ってもよい。膜タンパク質のC末端側に付加されているHis-tagに対する抗体価の確認方法としては、限定されるわけではないが、酵素免疫測定法(ELISA)や放射性免疫測定法(RIA)等が挙げられ、好ましくはELISAである。
【0022】
選別された、ウェルにおける細胞に対して、単一の細胞にするためにクローニングを行ってもよい。クローニングは、公知の方法により行ってもよく、限定されるわけではないが、例えば、細胞懸濁液を適当な培地(例えば、10~20%のFCS含有RPMI1640培地)で適当に希釈後、培養プレートの各ウェルに細胞を播き(培養プレートの各ウェルに入れる細胞の数は、1つのウェルに入る細胞が1個である確率が高くするため、好ましくは各ウェルに1個入るように細胞を播く)、一定期間(例えば、7~10日。この間に、好ましくはシングルコロニーであることを確認する)後にコロニー陽性ウェルの培養上清を回収し、回収した培養上清の抗体価を確認することにより行ってもよく、膜タンパク質のC末端側に付加されているHis-tagに対して高い親和性を示す抗体を産生する細胞を選択してもよく、さらに選択したウェルの細胞をある程度増やしてハイブリドーマ株を樹立してもよい。また、クローニングは必要に応じて数回行ってもよい。これらの操作により、例えば、2022年4月27日に独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)に寄託された、受領番号NITE AP-03635を有するハイブリドーマ等が得られた。このハイブリドーマは、cHis8と呼ばれる抗His-tagモノクローナル抗体を産生する。
【0023】
樹立したハイブリドーマ株からは、適切な方法により、本発明の、His-tagに対するモノクローナル抗体を精製および採取することができる。これは、公知の方法により行ってもよく、限定されるわけではないが、例えば、血清の濃度を抑えた培地で培養した培養上清から抗体を調製する方法、市販の無血清培地で培養した培養上清から抗体を調製する方法、動物の腹腔内にハイブリドーマを注入して、腹水を採取し、その腹水から抗体を調製する方法等により行ってもよい。
【0024】
樹立したハイブリドーマ株の培養方法としては、限定されるわけではないが、例えば、培養フラスコを用いる方法、スピナーフラスコを用いる方法、シェーカーフラスコを用いる方法、バイオリアクターを使用する方法等が挙げられる。
【0025】
本発明のモノクローナル抗体の精製は、公知の方法で行ってもよく、限定されるわけではないが、例えば、His-tagアフィニティカラムで精製する方法、イオン交換クロマトグラフィーで精製する方法、プロテインAまたはプロテインG等のイムノグロブリン結合性タンパク質のアフィニティカラムで精製する方法等が挙げられる。これら公知の方法を適宜選択し、または組み合わせることにより本発明のモノクローナル抗体を精製することができる。
【0026】
本発明のモノクローナル抗体のエピトープ(抗原決定基)は、本発明のモノクローナル抗体が高い親和性を示す、膜タンパク質のC末端側に付加されているHis-tagであり、具体的には、限定されるわけではないが、好ましくは6個以上の連続するヒスチジン残基からなり、より好ましくは6~15個の連続するヒスチジン残基からなり、より好ましくは6~12個の連続するヒスチジン残基からなり、より好ましくは7~10個の連続するヒスチジン残基からなり、より好ましくは8個の連続するヒスチジン残基からなる。また、本発明における膜タンパク質は、限定されるわけではないが、ナノディスクを形成していることが好ましく、前記のナノディスクは、限定されるわけではないが、少なくとも以下の成分、MSP、脂質、および膜タンパク質により構成されていてもよい。前記脂質は、限定されるわけではないが、例えば、リン脂質、脂質二重膜、天然物由来抽出脂質、合成脂質、およびこれらの混合物等であってもよい。
【0027】
本発明のモノクローナル抗体と、His-tagをC末端に付加した膜タンパク質の相互作用の平衡解離定数(KD)は、限定されるわけではないが、好ましくは450nM以下であり、より好ましくは35nM以下であり、より好ましくは30nM以下であり、より好ましくは25nM以下である。
【0028】
本発明のモノクローナル抗体の抗原結合断片とは、本発明のモノクローナル抗体の一部分の領域を意味し、限定されるわけではないが、例えば、Fab、Fab’、F(ab’)2、Fv、diabody(dibodies)、dsFv、scFv(single chain Fv)等が挙げられる。上記抗原結合断片は、限定されるわけではないが、例えば、本発明のモノクローナル抗体を目的に応じて各種タンパク質分解酵素で切断すること、本発明のモノクローナル抗体のVHおよびVLをコードするcDNAから遺伝子組換え体を作製すること等により、得ることができる。本発明のモノクローナル抗体の抗原結合断片は、本発明のモノクローナル抗体が結合する抗原(特にエピトープ)と同じ抗原に結合するものである。
【0029】
上記の、Fabは、例えば、抗体分子をパパインで処理することにより、F(ab’)2は、例えば、抗体分子をペプシンで処理することによりそれぞれ得ることができる。また、上記のFab’は、例えば、上記F(ab’)2のヒンジ領域のジスルフィド結合を切断することで得ることができる。
【0030】
上記のscFvは、例えば、抗体のVHおよびVLをコードするcDNAを取得し、scFvをコードするDNAを構築し、このDNAを発現ベクターに挿入し、前記発現ベクターを宿主生物に導入して発現させることで得ることができる。
【0031】
上記のdiabodyは、例えば、抗体のVHおよびVLをコードするcDNAを取得し、ペプチドリンカーのアミノ酸配列の長さが8残基以下となるようにscFvをコードするDNAを構築し、このDNAを発現ベクターに挿入し、前記発現ベクターを宿主生物に導入して発現させることで得ることができる。
【0032】
上記のdsFvは、例えば、抗体のVHおよびVLをコードするcDNAを取得し、dsFvをコードするDNAを構築し、このDNAを発現ベクターに挿入し、前記発現ベクターを宿主生物に導入して発現させることで得ることができる。
【0033】
本発明のモノクローナル抗体は、組換え手段により調製され、発現される遺伝子組換え抗体または抗原結合断片とすることもでき、例えば、キメラ抗体、ヒト化抗体、または完全ヒト抗体としてもよい。本発明におけるこれらの抗体は、限定されるわけではないが、公知の方法にしたがって調製してもよく、例えば、重鎖および軽鎖の組換え発現によって調製してもよい。
【0034】
また、本発明においては、ハイブリドーマまたは前記ハイブリドーマから抽出したDNAまたはRNA等を原料として、公知の方法にしたがってキメラ抗体、ヒト型化抗体、ヒト化抗体を調製してもよい。
【0035】
一般的に、抗体は、例えば、水不溶性基材からなる固体支持体に公知の方法を用いて固定化することが可能であり、この固定化した抗体と抗原の、特異的な分子間の親和力に基づいて、様々なタンパク質を含む溶液から目的の膜タンパク質を選択的に捕集する(結合させる)ことが可能である。
【0036】
したがって、本発明のHis-tag抗体を、例えば、固体支持体の表面に固定化し、前記固体支持体を充てんしたカラム上でHis-tagをC末端に付加した膜タンパク質を前記の固定化した抗His-tag抗体に捕捉させることにより、His-tagをC末端に付加した膜タンパク質を精製することが可能である。
【0037】
したがって、本発明の一つの態様によれば、本発明の抗体またはその抗原結合断片を固体支持体に固定化されてなる、固定化抗体が提供される。
【0038】
本発明における固体支持体とは、限定されるわけではないが、例えば、レジン等が挙げられる。本発明の抗体またはその抗原結合断片の固体支持体への固定化は、限定されるわけではないが、例えば、アミンカップリング法等により行ってもよい。
【0039】
また、本発明の一つの態様によれば、C末端にHis-tagを付加した膜タンパク質を含む溶液から前記膜タンパク質を精製する方法が提供され、前記方法は、(a)前記膜タンパク質を本発明の抗体またはその抗原結合断片と接触させ、前記膜タンパク質と、前記抗体またはその抗原結合断片とから構成される複合体を形成させる工程、(b)工程(a)で形成させた複合体を単離する工程、および(c)工程(b)で単離した複合体から前記膜タンパク質を単離し、前記膜タンパク質を含むろ過物を得る工程を含むことを特徴とする。本発明の方法は、工程(a)において、界面活性剤を用いて膜タンパク質を精製する工程をさらに含んでいてもよい。
【0040】
本発明における膜タンパク質は、限定されるわけではないが、例えば、GPCR(G-Protein Coupled Receptor)、イオンチャネル、トランスポーター等が挙げられ、好ましくは組換えタンパク質である。
【0041】
本発明における膜タンパク質は、ナノディスクを構成していてもよい。本発明の方法によれば、従来の方法と比較して、ナノディスクを構成している膜タンパク質の収率を向上させることが可能である。
【実施例0042】
以下の例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。含有量は特記しない限り、質量%で示す。
【0043】
精製タンパク質の調製
FLAG-mNeonGreen(mNG)-8xHis(配列番号1)、mNG-3xFLAG-8xHis(配列番号2)、MBP-TEVsite-tagRFP-8xHis(配列番号3)、HRV 3Cプロテアーゼ(配列番号4)、TEVプロテアーゼ(配列番号5)、FLAG-BRIL-6xHis(配列番号6)、ヒスチジンが6~10残基並んだHis-tagがN末端/C末端に付加したT4L(それぞれ配列番号7および8)、MSP1D1(配列番号9)、MSP2N2(配列番号10)を発現させるため、各タンパク質に対応する遺伝子を大腸菌用発現ベクターpET28に挿入し、FLAG-mNeonGreen(mNG)-8xHis、mNG-3xFLAG-8xHis、MBP-TEVsite-tagRFP-8xHis、HRV 3Cプロテアーゼ、TEVプロテアーゼ、FLAG-BRIL-6xHis、ヒスチジンが6~10残基並んだHis-tagがN末端/C末端に付加したT4Lは大腸菌BL21(DE3)を、MSP1D1、MSP2N2は大腸菌BL21(DE3)RILを形質転換して発現させ、付加してあるHis-tagをNi Sepharose 6 Fast Flow カラム(Cytiva社製)の金属アフィニティカラムにより精製した。MBP-TEVsite-tagRFP-8xHisは精製後、TEVプロテアーゼ消化して、MBPとtagRFP-8xHisとして使用した。
【0044】
His-tagを付加した、A2a(配列番号11)、hERG(配列番号12)、P-糖タンパク質(配列番号13)の各タンパク質に対応する遺伝子は、3Cプロテアーゼsite-mNeonGreen-8xHisとなるように設計し、動物細胞用発現ベクターpEGに挿入した。発現宿主には浮遊細胞培養のできるExpi293F(サーモ社製)を用い、培地にはHE200CD培地(Gmep社製)を用いて震盪培養を行った。A2a、P-糖タンパク質についてはポリエチレンイミン(PEI)による一過性発現を、hERGについては公知文献(doi:10.1016/j.cell.2017.03.048.)に記載された方法に従い、バキュロウイルスを作製して感染発現を、それぞれ行った。
【0045】
抗His-tag抗体cHis8の樹立、産生、および精製
精製したFLAG-mNG-8xHisを7日おきに5回、自己免疫疾患マウス(MRL/MpJJmsSLC-lpr/lpr 日本SLC社製)へ免疫させた。免疫させたマウスから脾臓細胞を採取し、PEG法にてミエローマ細胞(P3U1)と細胞融合し、ハイブリドーマを作製した。ハイブリドーマ培養上清中に産生された抗体は原液のまま、または精製して使用した。精製は、ハイブリドーマ培養上清をProtein G Sepharose Fast Flow(Cytiva社製)に供することでIgG抗体をアフィニティー精製することにより行った。抗体の濃縮、およびバッファー置換はアミコンウルトラ50MWCO(メルクミリポア社製)を用いて行った。
【0046】
ハイブリドーマに産生された抗体の結合特異性を検証した。検証はELISA法により行った。イムノプレート(サーモ社製)へ精製した抗原タンパク質を1~10μg/mLの濃度で固相化した。続いて1%BSA/PBST溶液にてブロッキングを行った。一次抗体としてはハイブリドーマ培養上清の原液、または10μg/mLの精製抗体IgGを用いた。二次抗体としては抗マウスIgG(Fc特異的)のHRP標識抗体を10000倍希釈で使用した。各工程においては、37℃、1時間で反応させ、その後、プレートウォッシャーを用いて洗浄を行った。その後、1-step Ultra TMB ELISA(サーモ社製)を用いて発色させ、目的とするタンパク質の検出を行った。このELISA法によりmNG-8xHisに特異的に反応する抗体を選抜し、かつ抗mNG抗体の可能性を排除するため、抗原であるHis-tagを付加した複数のタンパク質への結合を確認することにより、抗His-tag抗体であるcHis8を樹立した。
【0047】
樹立したcHis8の結合特異性を検証した。検証はウェスタンブロット法により行った。まず、上述に記載した方法でヒスチジンが6~10残基並んだHis-tagがN末端/C末端に付加したT4Lを発現させ、精製した。精製標品のタンパク質が揃っていることを確認するために、His-tag特異的な染色液を用い、続いて、cHis8を一次抗体として用いたウェスタンブロット法を行った。SDS-PAGEしたポリアクリルアミドゲルをPVDF膜へトリスーグリシン系のバッファーを用いてトランスファーを行った。続いてBlocking One(ナカライテスク社製)にてブロッキングを行った。一次抗体は1μg/mLの精製抗体IgGを用いた。二次抗体としては抗マウスIgG(Fc特異的)のHRP標識抗体を5000倍希釈で使用した。各工程においては、37℃、1時間で反応させ、その後、PBSTで洗浄を行った。その後、Chemi-Lumi One Ultra(ナカライテスク社製)を用いて発色させ、目的とするタンパク質の検出を行った。結果、cHis8は、T4LのN末端に付加したHis-tagに対してはほとんど反応性を示さなかったが、C末端に付加したヒスチジン残基6~10個から構成されるHis-tagに対しては良好な反応性を示した(
図1)。
【0048】
BLItzを用いたcHis8の結合親和性の測定
さらに詳細な結合親和性解析を行うため、BLItz(ザルトリウス社製)を用いた結合親和性の測定を行った。BLItzのAMC(抗マウスIgG-Fc)センサーチップにcHis8の精製IgGを補足後、ヒスチジンが6~10残基並んだHis-tagがN末端/C末端に付加したT4Lをアナライトとして測定した(
図2)。
【0049】
結果を表1に示す。cHis8は、N末端に付加したHis-tagに対しては低い結合親和性を示す、または測定不可であったのに対し、C末端に付加したヒスチジン残基6個から構成されるHis-tagに対しては400nM程度、ヒスチジン残基7~10個から構成されるHis-tagに対しては30nM程度と高い親和性を示した。
【0050】
【0051】
cHis8固相化レジンを用いた膜タンパク質のオンカラム精製
まず、カラムに充填するcHis8固相化レジンを作製した。PBSにバッファー置換した精製抗体IgGをNHS-activated Sepharose Fast Flow(Cytiva社製)を用い、付属のプロトコールにしたがって、cHis8固相化レジンを作製した。各IgG固相化濃度で作製したレジン1mLあたりの膜タンパク質の結合量、および抗体稼働率を総合的に考慮し、条件は、5mg IgG/mLレジンとした。
【0052】
GPCRであるA2a、イオンチャネルであるhERG、ABCトランスポーターであるP-糖タンパク質をモデルタンパク質として、cHis8固相化レジンによるオンカラム精製を行った。HEK細胞にA2a、hERG、P-糖タンパク質をそれぞれ発現させ、直接、界面活性剤を添加することで可溶化した。可溶化以降の全ての操作は4℃または氷上で行った。A2aは終濃度1%(w/v)DDM/0.2%(w/v)CHSで、hERGは公知文献(doi:10.1016/j.cell.2017.03.048.)に記載された方法に従って、P-糖タンパク質は公知文献(doi:10.1116/science.aav7102.)に記載された方法に従って、それぞれ可溶化した。可溶化後、遠心により可溶化上清を分離し、cHis8固相化レジンを添加して2~4時間ゆっくりと転倒混和した。その後、空カラムに通して、10~30カラムボリューム(CV)のバッファーで洗浄後、2CV程度のバッファーで回収した。その後、オンカラム精製を、界面活性剤精製およびナノディスク精製の2通りの方法により行った。
【0053】
界面活性剤精製について、まず、回収したcHis8固相化レジン懸濁液にHRV3Cプロテアーゼを添加し、2~16時間ゆっくりと転倒混和した。続いて、空カラムに通した画分とその後1~3CVのバッファーで洗浄した画分を集め、これを界面活性剤精製画分とした。これを必要に応じてアミコンウルトラで濃縮し、Superdex 200 Increase 10/300 GL、またはSuperose 6 Increase 10/300 GL(Cytiva社製)でゲル濾過することにより、界面活性剤精製を行った。
【0054】
ナノディスク精製について、まず、回収したcHis8固相化レジン懸濁液に所望の精製MSP、および脂質混合液を添加し、1~3時間ゆっくりと転倒混和した。混和したcHis8固相化レジン懸濁液を空カラムに通して、10~20CV程度のバッファーで洗浄後、2CV程度で回収したcHis8固相化レジン懸濁液にBio-Beads SM2(Bio-Rad社製)を添加し、一晩ゆっくりと転倒混和した。その後、Bio-Beads SM2を回収後、2CV程度で回収したcHis8固相化レジン懸濁液にHRV3Cプロテアーゼを添加し、2~16時間ゆっくりと転倒混和した。続いて、空カラムに通した画分とその後1~3CVのバッファーで洗浄した画分を集め、これをナノディスク精製画分とした。これを必要に応じてアミコンウルトラで濃縮し、Superdex 200 Increase 10/300 GL、またはSuperrose 6 Increase 10/300 GL(Cytiva社製)でゲル濾過することにより、ナノディスク精製を行った。
【0055】
結果を
図3~5に示す。モデルタンパク質として使用した膜タンパク質(A2a、hERG、P-糖タンパク質)はいずれも、cHis8固相化レジンを用いることにより、高純度で界面活性剤精製およびナノディスク精製が可能であることが示された(
図3:A2aの結果、
図4:hERGの結果、
図5:P-糖タンパク質の結果)。特に、本発明のナノディスク精製は、従来のナノディスク精製と比較して、約2~5倍の収量が得られた。