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特開2023-179045循環動態評価装置、透析後水分量評価装置及び循環動態を評価するためのコンピュータプログラム
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  • 特開-循環動態評価装置、透析後水分量評価装置及び循環動態を評価するためのコンピュータプログラム 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023179045
(43)【公開日】2023-12-19
(54)【発明の名称】循環動態評価装置、透析後水分量評価装置及び循環動態を評価するためのコンピュータプログラム
(51)【国際特許分類】
   A61M 1/16 20060101AFI20231212BHJP
   A61B 5/022 20060101ALI20231212BHJP
【FI】
A61M1/16 111
A61B5/022 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022092088
(22)【出願日】2022-06-07
(71)【出願人】
【識別番号】000135036
【氏名又は名称】ニプロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000110
【氏名又は名称】弁理士法人 快友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】新里 徹
(72)【発明者】
【氏名】三輪 真幹
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 正富
(72)【発明者】
【氏名】水野 亘
(72)【発明者】
【氏名】上田 満隆
【テーマコード(参考)】
4C017
4C077
【Fターム(参考)】
4C017AA08
4C017BC11
4C077AA05
4C077BB01
4C077EE01
4C077EE03
4C077HH10
4C077HH18
4C077JJ04
4C077JJ05
4C077JJ09
4C077JJ16
(57)【要約】
【課題】透析患者のドライウエイトが適正であるか否かを好適に評価する技術を提供する。
【解決手段】循環動態評価装置は、透析後の透析患者の体内の血液の循環動態を評価する。循環動態評価装置は、透析後であってダイアライザ及び血液回路内の血液を透析患者の体内に返血する前の透析患者の脈圧である第1脈圧と、返血終了時の透析患者の脈圧である第2脈圧と、を取得する脈圧取得部と、第1脈圧及び第2脈圧に基づく透析患者の脈圧の増加率である第1増加率を算出算出する算出部を備える。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
透析後の透析患者の体内の血液の循環動態を評価する装置であって、
透析後であってダイアライザ及び血液回路内の血液を透析患者の体内に返血する前の透析患者の脈圧である第1脈圧と、返血終了時の透析患者の脈圧である第2脈圧と、を取得する脈圧取得部と、
前記第1脈圧及び前記第2脈圧に基づいて、透析患者の脈圧の増加率を算出する演算部と、
を備える、循環動態評価装置。
【請求項2】
前記脈圧取得部は、返血終了から一定時間が経過した後の透析患者の脈圧である第3脈圧をさらに取得し、
前記演算部は、前記第2脈圧と前記第3脈圧を比較する、請求項1に記載の循環動態評価装置。
【請求項3】
前記脈圧取得部は、血圧計によって計測された前記第1脈圧、前記第2脈圧及び第3脈圧を取得する、請求項2に記載の循環動態評価装置。
【請求項4】
前記血圧計は、拡張期血圧を取得した後に収縮期血圧を取得するマンシェット型血圧計であり、
前記脈圧取得部は、前記マンシェット型血圧計によって計測された前記第1脈圧、前記第2脈圧及び第3脈圧を取得する、請求項3に記載の循環動態評価装置。
【請求項5】
前記脈圧取得部は、パルスオキシメータによって計測された前記第1脈圧、前記第2脈圧及び第3脈圧を取得する、請求項2に記載の循環動態評価装置。
【請求項6】
前記脈圧取得部は、指尖容積脈波計によって計測された前記第1脈圧、前記第2脈圧及び第3脈圧を取得する、請求項1及び請求項2に記載の循環動態評価装置。
【請求項7】
前記増加率を表示する表示部をさらに備える、請求項1~6のいずれか一項に記載の循環動態評価装置。
【請求項8】
透析低血圧が発生するときの増加率の範囲の下限値と、血圧が安定するときの増加率の範囲の上限値を記憶する記憶部をさらに備えている、請求項7に記載の循環動態評価装置。
【請求項9】
透析後の透析患者の水分量の状態が溢水状態か正常状態か脱水状態かを評価する透析後水分量評価装置であって、
請求項2に記載の循環動態評価装置と、
透析低血圧が発生するときの増加率の範囲の下限値と、血圧が安定するときの増加率の範囲の上限値と、を記憶する記憶部と、
前記増加率、及び、前記第2脈圧と前記3脈圧との差に基づいて、透析後の透析患者の水分量の状態が溢水状態か正常状態か脱水状態かを判断する判断部と、を備え、
前記判断部は、
前記増加率が、前記下限値以下であるときに、透析患者の水分量の状態は溢水状態又は正常状態であると判断し、
前記増加率が、前記上限値以上であるときに、透析患者の水分量の状態は脱水状態であると判断し、
前記増加率が、前記下限値よりも高く、かつ、前記上限値よりも低いときに、前記第2脈圧よりも前記3脈圧が高い場合には、患者の水分量の状態は脱水状態であると判断し、前記第2脈圧よりも前記3脈圧が低い場合には、患者の水分量の状態は正常状態であると判断する、透析後水分量評価装置。
【請求項10】
透析後の透析患者の体内の血液の循環動態を評価するためのコンピュータプログラムであって、
コンピュータを、
透析後であってダイアライザ及び血液回路内の血液を透析患者の体内に返血する前の透析患者の脈圧である第1脈圧と、返血終了時の透析患者の脈圧である第2脈圧と、を取得する脈圧取得部と、
前記第1脈圧及び前記第2脈圧に基づいて、透析患者の脈圧の増加率を算出する算出部として機能させる、コンピュータプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書は、透析後の透析患者の体内の血液の循環動態及び水分量の状態を評価する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
透析患者は、腎機能が廃絶しているため、摂取した水はすべて体内に蓄積する。水が分布する体内の区画のうち、摂取した水を貯留するのは、細胞外区画である。細胞外区画に過剰に貯留した水は、透析によって除去される。透析によって細胞外区画に貯留している水を除去すると、細胞外液の一部である血管内の水も減少する。その結果、血管内に分布する水と血球とからなる血液は濃縮し、血液量は減少する。血液量が減少すると、血圧が低下する。血圧が低下したために、諸臓器への血液供給量と酸素供給量が過度に減少すると、腹部不快、あくび、ため息、悪心、嘔吐、筋肉のつり、不穏、めまい、意識消失、不安など、血液供給量と酸素供給量が過度に減少した、それぞれの臓器に特有の症状が出現する。
【0003】
透析の際には、ドライウエイトを設定し、ドライウエイトになるまで除水する。ドライウエイトは、諸臓器が必要とする血液供給量が保たれているという条件を満たしたうえでの可能な限り低い体重と定義される(非特許文献1)。一方、血圧の低下が原因で、諸臓器への血液供給量が過度に減少し、それに伴ってそれぞれの臓器への酸素供給量も減少し、その結果として、それぞれの臓器の酸素欠乏の症状が出現した場合、このような血圧低下を透析低血圧と呼ぶ。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Christopher W, et al: Diagnosis and treatment of intradialytic hypotension in maintenance hemodialysis patients. Clin J Am Soc Nephrol 13: 486-489, 2018.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述したように、透析の際には、ドライウエイトになるまで除水する。このため、ドライウエイトを適正に設定する必要がある。しかしながら、ドライウエイトが適正であるか否かを知る方法は、透析中、血圧の推移を観察しつつ、上述した臨床症状が出現するか否かを検知する以外にはなかった。
【0006】
本明細書は、透析患者のドライウエイトが適正であるか否かを好適に評価する技術を開示する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本明細書に開示する技術の第1の態様では、循環動態評価装置は、透析後の透析患者の体内の血液の循環動態を評価する。循環動態評価装置は、透析後であってダイアライザ及び血液回路内の血液を透析患者の体内に返血する前の透析患者の脈圧である第1脈圧と、返血終了時の透析患者の脈圧である第2脈圧と、を取得する脈圧取得部と、第1脈圧及び第2脈圧に基づいて、透析患者の脈圧の増加率を算出する演算部と、を備える。
【0008】
上記の循環動態評価装置では、返血に伴う心臓からの血液の一回拍出量(stroke volume)の変化の程度が、返血前における体内の血液量により異なるという知見に基づいて、返血前における透析患者の体内の血液の循環動態を評価する。透析が終了すると、ダイアライザ及び血液回路内の血液が透析患者の体内に戻される。透析後に透析患者の体内に血液が戻されると、透析患者の体内の血液量が増加する。返血前における体内の血液量が過剰である場合には、返血をおこなっても、stroke volumeはほとんど増加しないか、むしろ低下する。一方、返血前における体内の血液量が適正量である場合には、返血をおこなうと、stroke volumeはある程度上昇するが、返血が終了すると低下する。これに対し、返血前における体内の血液量が少なく、そのために諸臓器への血液の供給量が過度に減少している場合には、返血に伴うstroke volumeの増加はより大きくなると共に、虚血が原因で肝臓に貯留していた血液が、返血開始後、主循環に戻るため(Grant CJ, et al: Effect of ultrafiltration during hemodialysis on hepatic and total-body water: an observational study. BMC Nephrol 19: 356, 2018.及びShinzato T, et al: Role of adenosine in dialysis-induced hypotension. J Am Soc Nephrol 4: 1987-1994,1994.)、返血終了後もstroke volumeは増加し続ける。
【0009】
stroke volumeは、脈圧と比例することが知られている(Bighamian R, Hahn JO: Relationship between stroke volume and pulse pressure during blood volume perturbation: A mathematical analysis. Biomed Res Int. 2014; 2014: 459269.)。このため、返血前からの返血終了時までの脈圧の増加率から、返血前のstroke volumeを基準とした返血終了時のstroke volumeの増加率を算出することができる。そして、これにより、透析後における患者の血液量が適正であるか否か、すなわち、ドライウエイトが適正であるか否かを評価することができる。なお、以後においては、透析後とは返血前を意味する。
【0010】
また、本明細書に開示する透析後水分量評価装置は、透析後の透析患者の水分量の状態が溢水状態か正常状態か脱水状態かを評価する。透析後水分量評価装置は、循環動態評価装置と、記憶部と、判断部と、を備えている。循環動態評価装置は、第1脈圧と、第2脈圧と、返血終了から一定時間が経過した後の透析患者の脈圧である第3脈圧と、を取得する脈圧取得部と、第1脈圧及び第2脈圧に基づいて、透析患者の脈圧の増加率を算出すると共に、前記第2脈圧と前記第3脈圧を比較する演算部と、を備える。記憶部は、透析低血圧が発生するときの増加率の範囲の下限値と、血圧が安定するときの増加率の範囲の上限値を記憶する。判断部は、増加率が、下限値以下であるときに、透析患者の水分量の状態は溢水状態又は正常状態であると判断し、増加率が、上限値以上であるときに、透析患者の水分量の状態は脱水状態であると判断する。また、判断部は、増加率が、下限値よりも高く、かつ、上限値よりも低いときに、第2脈圧よりも3脈圧が高い場合には、患者の水分量の状態は脱水状態であると判断し、第2脈圧よりも3脈圧が低い場合には、患者の水分量の状態は正常状態であると判断する。
【0011】
上記の透析後水分量評価装置では、判断部は、増加率が、血圧が安定するとき(すなわち、透析後の透析患者の水分量の状態が脱水状態であるとき)の増加率の下限値以下であるときに、透析患者の水分量の状態は溢水状態又は正常状態であると判断し、血圧が安定するとき(すなわち、透析後の透析患者の水分量の状態が正常状態あるいは溢水状態であるとき)の増加率の上限値以上であるときに、透析患者の水分量の状態は脱水状態であると判断する。上述したように、透析患者の水分量の状態が脱水状態のとき、増加率は大きくなる。このため、増加率に基づいて、透析患者の水分量の状態が、脱水状態であるのか、溢水状態又は正常状態であるのかを判断できる。また、判断部は、増加率が、上記の下限値と上記の上限値の間にあるときには、さらに、第3脈圧が第2脈圧よりも高いか、あるいは第3脈圧が第2脈圧よりも低いかを判断する。すなわち、第3脈圧が第2脈圧よりも高い場合には、返血による血液量の増加により、肝臓への血液供給量が増加し、これに伴って肝臓に貯留されていた血液が主循環に戻されたと判断する。すなわち、肝臓に代表される諸臓器への血液供給量が過度に減少していた脱水状態であると判断する。一方、第3脈圧が第2脈圧よりも低い場合には、単に、返血による血液量の増加だけによってstroke volumeは増加したのであって、返血が終了したらstroke volumeは減少し始めたと判断する。すなわち、透析後の透析患者の水分量は適正であると判断する。
【0012】
このように、上記の透析後水分量評価装置では、返血前からの返血終了時の脈圧の増加率と、返血終了時の脈圧と返血終了から一定時間が経過した時点における脈圧との比較に基づいて、透析後の透析患者の水分量の状態を適切に判断することができる。このため、ドライウエイトが適正に設定されているか否かを評価することができる。
【0013】
また、本明細書は、透析後の透析患者の体内の血液の循環動態を評価するためのコンピュータプログラムを開示する。コンピュータプログラムは、コンピュータを、透析後であってダイアライザ及び血液回路内の血液を透析患者の体内に返血する前の透析患者の脈圧である第1脈圧と、返血終了時の透析患者の脈圧である第2脈圧と、を取得する脈圧取得部と、第1脈圧及び第2脈圧に基づいて透析患者の脈圧の増加率を算出する算出部として機能させる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】stroke volumeと、心臓の直上流の圧力又は体内の血液量との関係を示す図であり、(a)は、心臓の直上流の圧力とstroke volumeとの関係を示しており、(b)は、体内の血液量とstroke volumeとの関係を示している。
図2】透析患者の返血開始時の脈圧に対する返血開始時から返血終了後にかけての脈圧の増加率の推移を示す図であり、(a)は、透析低血圧が発生した透析患者の脈圧の増加率の推移を示しており、(b)は、透析中に血圧が安定していた透析患者のうち、透析後の水分量の状態が正常状態である患者の脈圧の増加率の推移を示しており、(c)は、透析中に血圧が安定していた透析患者のうち、透析後の水分量の状態が溢水状態である患者の脈圧の増加率の推移を示している。
図3】透析低血圧群と非透析低血圧群の返血開始時の脈圧に対する返血終了時の脈圧の増加率を示す図。
図4】実施例に係る透析後水分量評価装置の概略構成を示すブロック図。
図5】透析後の透析患者の水分量の状態を判断する処理の一例を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に説明する実施例の主要な特徴を列記しておく。なお、以下に記載する技術要素は、それぞれ独立した技術要素であって、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。
【0016】
本明細書に開示する技術の第2の態様では、上記の第1の態様において、脈圧取得部は、返血終了から一定時間が経過した後の透析患者の脈圧である第3脈圧をさらに取得してもよい。演算部は、第2脈圧と第3脈圧を比較してもよい。
【0017】
本明細書に開示する技術の第3の態様では、上記の第2の態様において、脈圧取得部は、血圧計によって計測された第1脈圧、第2脈圧及び第3脈圧を取得してもよい。
【0018】
本明細書に開示する技術の第4の態様では、上記の第3の態様において、血圧計は、拡張期血圧を取得した後に収縮期血圧を取得するマンシェット型血圧計であってもよい。脈圧取得部は、上記のマンシェット型血圧計によって計測された第1脈圧、第2脈圧及び第3脈圧を取得してもよい。
【0019】
本明細書に開示する技術の第5の態様では、上記の第2の態様において、脈圧取得部は、パルスオキシメータによって計測された第1脈圧、第2脈圧及び第3脈圧を取得してもよい。
【0020】
本明細書に開示する技術の第6の態様では、上記の第2の態様において、脈圧取得部は、指尖容積脈波計によって計測された第1脈圧、第2脈圧及び第3脈圧を取得してもよい。
【0021】
本明細書に開示する技術の第7の態様では、上記の第1~第5の態様のいずれか1つにおいて、循環動態評価装置は、透析患者の返血開始時の脈圧に対する返血終了時の脈圧の増加率を表示する表示部をさらに備えていてもよい。また、表示部は、返血終了時の脈圧と、返血終了から一定時間が経過した後の脈圧との差をさらに表示してもよい。このような構成によると、返血開始時の脈圧に対する返血終了時の脈圧の増加率を表示することによって、医療従事者等が返血開始時の脈圧に対する返血終了時の脈圧の増加率を知得することができる。また、返血終了時の脈圧と、返血終了から一定時間が経過した後の脈圧との差を表示することによって、医療従事者等がと返血終了後の脈圧の変化の方向を知得することができる。
【0022】
本明細書に開示する技術の第8の態様では、上記の第7の態様において、循環動態評価装置は、透析低血圧が発生する(透析低血圧を起こす可能性がある)ときの脈圧増加率の下限値と、血圧が安定するとき(透析後の透析患者の水分量の状態が正常状態あるいは溢水状態であるとき)の脈圧増加率の上限値と、を記憶する記憶部をさらに備えていてもよい。表示部は、増加率が、上限値以上であるときに、透析患者の水分量の状態は脱水状態であると表示し、増加率が、下限値以下であるときに、透析患者の水分量の状態は溢水状態又は正常状態であると表示してもよい。このような構成によると、透析低血圧を起こす可能性があるか、あるいは溢水状態の可能性があるかを医療従事者等に報知できる。
【0023】
本明細書に開示する技術の第9の態様では、上記の第7の態様において、演算部は、第2脈圧(返血終了時の脈圧)と第3脈圧(返血終了から一定時間が経過した後の脈圧)との差(第2脈圧と第3脈圧の比較結果)を算出してもよい。表示部は、第3脈圧が第2脈圧よりも高いときに、透析患者の水分量の状態は脱水状態であると表示し、第3脈圧が第2脈圧以下のときに、透析患者の水分量の状態は正常状態であると表示してもよい。このような構成によると、透析低血圧を起こす可能性があるか、あるいは適正な水分状態であるかを医療従事者等に報知できる。
【実施例0024】
図面を参照して、本実施例に係る透析後水分量評価装置10について説明する。透析後水分量評価装置10は、透析後の透析患者の体内の血液の循環動態に基づいて、透析後の透析患者の水分量の状態が溢水状態か正常状態か脱水状態かを評価するために用いられる。
【0025】
まず、透析後の透析患者の体内の血液の循環動態について説明する。透析の際には、ドライウエイトを設定して、設定したドライウエイトになるまで除水する。ドライウエイトは、透析患者の体内の水分量が適正量であるときの透析患者の体重である。例えば、透析低血圧が発生する直前の体重をドライウエイトとして設定することができる。透析による除水量が、体内の水分量が適正量となるときの除水量より多いと、体内の水分量が適正量より少なくなる。体内の水分量が適正量より少なくなると、体内の血液量も適正量より少なくなり、血圧が低下する。血圧が低下すると、血圧の低下が原因で、諸臓器への血液供給量が過度に減少し、それに伴ってそれぞれの臓器への酸素供給量も減少する。その結果として、それぞれの臓器の酸素欠乏の症状が出現する。このように血圧の低下と共に酸素欠乏の症状が出現した場合に、このような血圧低下を透析低血圧という。
【0026】
stroke volumeと血液量と関係について説明する。stroke volumeとは、一回の心拍において心臓から拍出される血液量(すなわち、1回拍出量)である。図1(a)に示すように、フランク・スターリングの法則として、心臓の直上流の圧力が増加すると、stroke volumeが増加することが知られている。心臓の直上流の圧力は、体内の血液量と関連している。すなわち、図1(b)に示すように、体内の血液量が多いと、stroke volumeは高く、体内の血液量が少ないと、stroke volumeは低い。すなわち、血液量が減少したために透析低血圧が発生したときには、stroke volumeは低下している。一方で、透析による除水量が十分ではない状態では、体内の血液量が多いため、stroke volumeは高い。
【0027】
図1(a)に示すグラフは、心臓の直上流の圧力とstroke volumeの関係を示す。心臓の直上流の圧力とstroke volumeの関係を示す曲線において、心臓の直上流の圧力が高いときには、stroke volumeの変化率、すなわち、stroke volumeの変化の傾きは小さい。一方、心臓の直上流の圧力が低いときには、stroke volumeの変化率、すなわち、stroke volumeの変化の傾きは大きい。したがって、心臓の直上流の圧力が低いときに心臓の直上流の圧力を増加させると、stroke volumeは大きく増大し、一方、心臓の直上流の圧力が高いときに心臓の直上流の圧力を増加させても、stroke volumeはさほどは増加しない。図1(a)に示すグラフの特徴は、図1(b)に示すグラフでも同様である。このため、図1(b)に示すように、体内の血液量が少ないときに体内の血液量を増加させると、stroke volumeは大きく増加する。一方、体内の血液量が多いときに体内の血液量を増加させると、stroke volumeはさほどは増加しない。
【0028】
透析が終了すると、体外において透析装置のダイアライザ及び血液回路内で循環していた血液を体内に戻す。以下では、ダイアライザ及び血液回路内で循環していた血液を体内に戻す操作を、返血という。返血すると、体内の血液量が増加する。このため、図1(b)に示すように、返血すると、stroke volumeが増加する。上述したように、体内の血液量が少ないほど、体内の血液量が増加したときのstroke volumeの増加率は大きい。このため、返血前に透析患者の体内の血液量が適正量より少なくなっている場合には、返血したときのstroke volumeの増加率は大きく、返血前に透析患者の体内の血液量が適正量以上となっている場合には、返血したときのstroke volumeの増加率は小さい。
【0029】
本発明者らは、返血前に透析患者の体内の血液量が適正量よりも少なくなっている場合には、stroke volumeの増加率は、フランク・スターリングの法則から予想されるstroke volumeの増加率よりも大きいという知見を得た。透析で除水量が多く、透析患者の体内の血液量が適正量より少なくなると、諸臓器への血液と酸素の供給量が減少する。その場合、肝臓に対しても、血液と酸素の供給量が減少する。肝臓への酸素の供給量が減少すると、アデノシン3リン酸の生成が阻害され、アデノシンが流離する。アデノシンは、血管拡張物質としても知られており、肝臓への酸素の供給量が減少すると、肝臓ではアデノシンが遊離することによって、血液が貯留する(Shinzato T, et al: Role of adenosine in dialysis-induced hypotension. J Am Soc Nephrol 4: 1987-1994,1994.)。このような状態で返血操作がおこなわれると、返血により肝臓への血液と酸素の供給量が増加し、アデノシンの遊離が抑制される。すると、肝臓に貯留されていた血液が肝臓から主循環へと放出され、心臓への血液の環流量が増加する。このため、stroke volumeはさらに増加する。stroke volumeが増加すると、肝臓への血液と酸素の供給がさらに増加し、肝臓ではアデノシンの遊離がさらに抑制され、肝臓から放出される血液量が増加し、その結果、stroke volumeがさらに増加する。このように、透析患者の体内の血液量が適正量より少なくなっている状態で返血すると、stroke volumeは大きく増加する。さらに、返血が終了しても、肝臓から主循環への血液の放出が続くため、返血が終了した後もstroke volumeの増加が続く。
【0030】
図1(b)に示すように、透析患者の体内の血液量が、適正量以上のdである状態から、返血により血液がX1だけ体内に戻され、透析患者の体内の血液量がeになったとする。このとき、stroke volumeは、DからEに変化する。このように、透析患者の体内の血液量が適正量以上である場合には、返血に伴うstroke volumeの変化は小さい。一方で、透析の際の除水量が多く、透析患者の体内の血液量が少ないaである状態から、返血により血液が体内に戻されたとする。返血により体内に戻される血液量は、上記と同量であるためX1となる。このため、返血により体内の血液量はaからbに変化し、stroke volumeは、AからBに増加する。しかしながら、上述したように、透析患者の体内の血液量が適正量より少なくなっている場合に返血をおこなうと、肝臓に貯留されていた血液が主循環に放出されるので、心臓への血液の環流量は返血量から予想されるよりも増加する。この肝臓に貯留されていた血液が主循環に放出される量をX2とすると、心臓への血液の還流量は、aからbではなく、aからcに変化する。このため、stroke volumeも、AからBではなく、AからCに変化する。このように、透析患者の体内の血液量が適正量より少なくなっている場合には、返血によりstroke volumeが大きく増加する。
【0031】
したがって、返血前に透析患者の体内の血液量が適正量より少なくなっている場合には、stroke volumeの増加率が大きく変化する一方で、返血前に透析患者の体内の血液量が適正量以上になっている場合には、stroke volumeの増加率は小さいか、あるいは増加しないという知見に基づいて、返血前からの返血終了時までの間のstroke volumeの増加率から、透析後の透析患者の体内の水分量が適正か否かを評価することができる。
【0032】
stroke volumeの増加率は、以下の数1で表す式で示される。なお、Raは、返血開始時に対する返血終了時のstroke volumeの増加率を示し、SV0は、返血前のstroke volumeを示し、SV1は、返血終了時のstroke volumeを示す。
【0033】
【数1】
【0034】
stroke volumeは、例えば熱希釈法等を用いて直接測定した心拍出量を心拍数で割ることにより算出することが可能である。しかしながら、熱希釈法等を用いて直接測定した心拍出量を心拍数で割ることによりstroke volumeを算出すると、熱希釈法等の測定作業を実行する医療従事者の手間や透析患者自身への負担が大きい。そこで、本実施例では、stroke volumeの代わりに、脈圧を用いる。脈圧は、血圧計で測定した場合には、収縮期血圧と拡張期血圧の差であり、パルスオキシメータ又は指尖容積脈波で測定した場合には、測定された波形の高さである。脈圧は、stroke volumeと比例する。このため、容易に測定可能であると共にstroke volumeと比例する測定値である脈圧を、stroke volumeの代わりに用いる。したがって、本実施例では、脈圧の増加率から、透析後の透析患者の体内の水分量が適正か否か評価する。
【0035】
上述したように、脈圧は、stroke volumeと比例する。このため、脈圧の増加率は、以下の数2で表す式で示すことができる。なお、Raは、返血開始時に対する返血終了時の脈圧の増加率を示し、PP0は、返血前の脈圧を示し、PP1は、返血後の脈圧を示す。
【0036】
【数2】
【0037】
以上から、返血前の脈圧と返血後の脈圧を取得することによって、返血開始時に対する返血終了時の脈圧の増加率を算出することができ、返血開始時に対する返血終了時の脈圧の増加率を取得することによって、透析後の透析患者の体内の水分量が適正か否かを評価することができる。
【0038】
脈圧は、血圧計で測定した場合には、収縮期血圧と拡張期血圧の差である。したがって、脈圧の増加率は、以下の数3で表す式で示すこともできる。なお、BPs0は、返血開始時の収縮期血圧を示し、BPd0は、返血開始時の拡張期血圧を示し、BPs1は、返血終了時の収縮期血圧を示し、BPd1は、返血終了時の拡張期血圧を示す。
【0039】
【数3】
【0040】
図2(a)は、透析低血圧を生じた透析患者における、返血前から返血後にかけての返血開始時に対する(返血開始時を0としたときの)脈圧増加率の推移を示しており、図2(b)は、体内水分量が適正である透析患者における、返血前から返血後にかけての脈圧増加率の推移を示しており、さらに図2(c)は、溢水状態にある透析患者における、返血前から返血後にかけての脈圧増加率の推移を示している。図2(a)、図2(b)及び図2(c)で、時間0分は、返血を開始した時点を示し、矢印は、返血されている期間を示す。図2(a)に示すように、透析低血圧が発生した透析患者では、返血が開始されると、脈圧の増加率は増大し始め、返血開始から約50秒までの間は急速に増大した。返血開始から約50秒を過ぎると、脈圧の増加率の増大速度は緩やかにはなったものの、返血が終了した後も、脈圧の増加率の増大速度はなお増大を続けた。一方で、図2(b)に示すように、体内水分量が適正である透析患者では、返血が開始されると、脈圧の増加率は増大し始めたが、その増大速度は、透析低血圧を生じた透析患者の返血開始後の脈圧の増加率の増大速度(図2(a)参照)より小さかった。また、返血開始から約50秒を過ぎると、脈圧の増加率はプラトーとなり、返血が終了すると、脈圧の増加率は徐々に低下した。さらに、図2(c)に示すように、溢水状態にある透析患者では、返血前、返血中及び返血後にわたり、脈圧の増加率はほとんど変化しなかった。
【0041】
したがって、返血開始時の脈圧と、返血終了時の脈圧と、返血終了時から一定の時間が経過した時点(例えば返血終了から1分後における脈圧)を用いることによって、透析後であって返血前の透析患者の体内の水分の状態が、脱水状態であったか、あるいは適正であったか、を評価することができる。詳細には、返血開始時の脈圧と、返血終了時の脈圧と、返血終了時から所定時間が経過した時点の脈圧を取得する。そして、上記の数2又は数3で表す式を用いて、返血開始時の脈圧と返血終了時の脈圧から、脈圧の変化率(増加率)を算出する。また、返血終了時の脈圧と返血終了時から一定の時間が経過した時点における脈圧を比較することによって、透析後であって返血前の透析患者の体内の水分の状態が、脱水状態であったか、あるいは適正であったか、を評価することができる。具体的には、返血開始時からの返血終了時までの脈圧の増加率が極めて高い場合には、体内水分量の状態は脱水状態である(図2(a)参照)。一方、返血開始時から返血終了時までの脈圧の増加率が極めて低い場合には、体内水分量の状態は溢水状態である(図2(c)参照)。しかし、もし返血開始時から返血終了時までの脈圧の増加率が高くもなく、低くもない場合には、増加率だけから、透析患者の体内の水分の状態が脱水状態であるのか、溢水状態であるのか、あるいは適正であるのかを判断することは難しい。そのような場合には、返血終了時における脈圧よりも返血終了時から一定の時間が経過した時点における脈圧の方が高いなら、その透析患者の体内の水分の状態は脱水状態であると判定し(図2(a)参照)、もし、返血終了時における脈圧よりも返血終了時から一定の時間が経過した時点における脈圧の方が低いなら、その透析患者の体内の水分の状態は適正であると判定することができる(図2(b)参照)。
【0042】
本実施例では、返血開始時からの返血終了時の脈圧の増加率、および返血終了時の脈圧と返血終了から一定時間が経過した時点における脈圧の差から、透析後の透析患者の体内の水分の状態が脱水状態か、あるいは適正か、あるいは溢水状態かを評価する。ここで、返血開始時における脈圧、返血終了時における脈圧および返血終了から一定時間が経過した時点における脈圧について説明する。例えば、パルスオキシメータ又は指尖容積脈波を用いる場合には、脈圧は返血前から返血後にかけて連続的に取得できる。
【0043】
一方、通常の血圧計(例えば、通常のマンシェット型の血圧計を)を用いる場合には、収縮期血圧を測定してから約20~30秒後に拡張期血圧が測定される。このため、返血終了時に通常の血圧計による血圧測定を開始すると、実際には返血終了時の収縮期血圧と返血終了から約20~30秒が経過した時点における拡張期血圧を取得することになる。上記の数3で表す式で示すように、脈圧は、収縮期血圧から拡張期血圧を引いた値となる。もしstroke volumeが上昇している過程にあれば、このようにして測定された収縮期血圧から拡張期血圧を引いた値を引いた値(脈圧)は過小評価され(すなわち、脈圧を連続的にモニターする場合より、脈圧が小さい値となり)、一方、もしstroke volumeが低下している過程にあれば、このようにして測定された収縮期血圧から拡張期血圧を引いた値を引いた値(脈圧)は過大評価される(すなわち、脈圧を連続的にモニターする場合より、脈圧が大きい値となる)こととなる。したがって、収縮期血圧の測定後に拡張期血圧が測定される通常のマンシェット型血圧計を使用して血圧を測定すると、脱水状態の場合には、返血終了時の脈圧が実際より小さい値とされることにより、返血開始時から返血終了時までの間の脈圧の増加率が小さいと判断され、脱水状態と判定されないことがある。一方、適正な体内の水分の状態である場合には、返血終了時の脈圧が実際より大きい値とされることにより、返血開始時から返血終了時までの間の脈圧の増加率が大きいと判断され、適正な水分量とは判定されないことがある。なお、このような判定は、透析患者の体格等の要因により発生することがあるが、ほとんどの透析患者では体内の水分の状態を正確に判定することができる。なお、stroke volumeが変化しない溢水状態では、このようにして測定された収縮期血圧から拡張期血圧を引いた値(脈圧)は過大評価も過小評価もされない。
【0044】
ところで、最初に拡張期血圧が測定され、次に収縮期血圧が測定されるマンシェット型血圧計を用いる場合には、拡張期期血圧を測定してから約10~20秒後に収縮期血圧が測定される。そのため、このような血圧計を使用して、返血終了時に血圧を測定すると、まず初めに拡張期期血圧が測定され、次に収縮期血圧が測定されることになる。したがって、もしstroke volumeが上昇している過程にあれば、このようにして測定した収縮期血圧と拡張期血圧との差(脈圧)は過大評価され(すなわち、脈圧を連続的にモニターする場合より、脈圧が大きい値となり)、もしstroke volumeが低下している過程にあれば、このようにして測定された収縮期血圧と拡張期血圧の差(脈圧)は過小評価される(すなわち、脈圧を連続的にモニターする場合より、脈圧が小さい値となる)こととなる。したがって、拡張期期血圧の測定後に収縮期血圧が測定されるマンシェット型血圧計を使用して血圧を測定すると、脱水状態の場合に、返血終了時の脈圧が実際より大きい値とされることにより、返血開始時から返血終了時までの間の脈圧の増加率が大きく判断される。このため、わずかな脱水状態も検出され易くなる。また、適正な体内の水分の状態である場合に、返血終了時の脈圧が実際より小さい値とされることにより、返血開始時から返血終了時までの間の脈圧の増加率が小さく判断される。このため、適正な体内の水分の状態が、脱水状態と誤って判定されることはない。なお、stroke volumeが変化しない溢水状態では、このようにして測定された拡張期血圧から収縮期血圧を引いた値(脈圧)は過大評価も過小評価もされない。したがって、拡張期血圧を測定した後で収縮期血圧が測定されるマンシェット型血圧計を用いると、すべての透析患者の体内の水分の状態を正確に判定することができる。
【0045】
次に、透析患者の体内の血液量が少なすぎる状態であると判定する脈圧増加率の下限値、および透析患者の体内の血液量が適正あるいは多すぎる状態であると判定する脈圧増加率の上限値について説明する。65名の透析患者を、K/DOQIガイドライン(米国腎臓財団提唱の腎臓病予後改善対策のガイドライン)の定義に基づく透析低血圧が発生した透析低血圧群と、日頃から透析中に血圧が安定している非透析低血圧群に分類した。非透析低血圧群には、体内の水分量が適正である透析患者と体内の水分の状態が溢水状態である透析患者が含まれる。K/DOQIガイドラインによる透析低血圧の定義は、「腹部不快、あくび、ため息、悪心、嘔吐、筋肉のつり、不穏、めまい、意識消失、不安のいずれかの症状の出現と共に、透析中に収縮期血圧が20mmHg以上低下、又は、平均血圧が10mmHg以上低下した場合」である。65名の透析患者のうち、25名が透析低血圧群に分類され、40名が非透析低血圧群に分類された。65名の透析患者全員について、通常のマンシェット型血圧計(初めに収縮期血圧を測定し、続いて拡張期血圧を測定する血圧計)を使用して、ブラッドアクセスのない方の腕で、返血開始時の収縮期血圧と拡張期血圧、および返血終了時の収縮期血圧と拡張期血圧を測定した。取得した返血開始時の収縮期血圧と拡張期血圧、および返血終了時の収縮期血圧と拡張期血圧を、上記の数3で表す式に代入して、脈圧の増加率を算出した。
【0046】
図3に示すように、透析低血圧群では、脈圧の増加率Raは、66.2±44.9%であり、非透析低血圧群では、脈圧の増加率Raは、9.4±13.9%であった。ノンパラメトリック検定で、透析低血圧群の脈圧の増加率と非透析低血圧群の脈圧の増加率との間には、p<0.0001と有意の差が認められた。また、非透析低血圧群における脈圧の増加率Raの上限は38.4%であり、透析低血圧群における脈圧の増加率Raの下限は16.9%であった。これらの結果は、もし透析患者の脈圧の増加率Raが38.4%以上なら、脱水状態と判定でき、もし透析患者の脈圧の増加率Raが16.9%以下なら、適正な体水分量の状態か、溢水状態と判定できることを示している。一方、もし透析患者の脈圧の増加率Raが38.4%よりも低く、かつ、16.9%よりも高ければ、その透析患者の体内の水分量の状態が、脱水状態か、適正状態かを判定することはできない。すなわち、透析患者の脈圧の増加率Raが16.9%ないし38.4%の範囲は、いわゆるグレイゾーンである。グレイゾーンに属する患者は19名(29%)であった。
【0047】
透析患者の脈圧の増加率Raが38.4%よりも低く、かつ、16.9%よりも高い場合には、返血終了時の脈圧と、返血終了から所定時間(例えば、1分)が経過した後の脈圧を比較することによって、透析患者の体内の水分量の状態が脱水状態であるか、あるいは適正状態であるかを判定できる。すなわち、もし返血終了時の脈圧よりも返血終了から所定時間経過後の脈圧の方が高ければ、その透析患者では、返血が終了しても、なお脈圧は上昇を続けていることになる。したがって、透析患者の脈圧の増加率Raが38.4%よりも低く、かつ、16.9%よりも高い場合であって、返血終了時の脈圧よりも返血終了から所定時間経過後の脈圧の方が高ければ、その患者の体内の水分量の状態は、脱水状態であると判定できる。一方、もし返血終了時の脈圧よりも返血終了から所定時間経過後の脈圧の方が低ければ、その透析患者では、返血が終了すると、脈圧は低下し始めたことになる。したがって、透析患者の脈圧の増加率Raが38.4%よりも低く、かつ、16.9%よりも高い場合であって、返血終了時の脈圧よりも返血終了から所定時間経過後の脈圧の方が低くければ、その透析患者の体内の水分量の状態は、適正であると判定する。なお、透析患者の脈圧の増加率Raが16.9%以下であって、かつ、ゼロ%よりも高い場合にも、その透析患者の体内の水分量の状態は、適正であると判定する。これは、透析患者の体内の水分量の状態が脱水状態ではなく、かつ、血液量が十分にある状態であるためである。また、透析患者の脈圧の増加率Raを算出すると、増加率Raがゼロ%以下になることがある。この場合には、臨床的には溢水状態になっていることが、本発明者らによって確認されている。このため、透析患者の脈圧の増加率Raがゼロ%以下である場合には、その透析患者の体内の水分の状態は、溢水状態であると判定する。
【0048】
次に、透析後水分量評価装置10の構成について説明する。透析後水分量評価装置10は、演算装置12と、インターフェース装置30を備えている。演算装置12は、例えば、CPU、ROM、RAM等を備えたコンピュータによって構成することができる。演算装置12は、インターフェース装置30と接続されており、インターフェース装置30に入力された情報を取得する。演算装置12は、循環動態評価部14と、判断部20を備えている。循環動態評価部14は、記憶部16と、算出部18とを備えている。記憶部16は、インターフェース装置30から取得した返血前の脈圧(以下、第1脈圧ともいう)と返血終了時の脈圧(以下、第2脈圧ともいう)と返血終了から所定時間経過後の脈圧(以下、第3脈圧ともいう)を記憶する。算出部18は、記憶部16に記憶された返血前の脈圧(第1脈圧)と返血終了時の脈圧(第2脈圧)から、返血前の脈圧に対する返血終了時の脈圧の増加率を算出すると共に、記憶部16に記憶された返血終了時の脈圧(第2脈圧)と返血終了から所定時間経過後の脈圧(第3脈圧)の差を算出する。判断部20は、算出部18で算出された返血前の脈圧(第1脈圧)に対する返血終了時の脈圧(第2脈圧)の増加率と、返血終了時の脈圧と返血返血終了から所定時間経過後の脈圧の差から、透析後の透析患者の水分量の状態を判断する。
【0049】
インターフェース装置30は、作業者に透析後水分量評価装置10で算出される各種の情報を提供(出力)する表示装置であると共に、作業者からの指示や情報を受け付ける入力装置である。例えば、インターフェース装置30は、返血前の脈圧(第1脈圧)と返血終了時の脈圧(第2脈圧)と返血終了から所定時間経過後の脈圧(第3脈圧)の入力を受け付けることができる。また、インターフェース装置30は、算出部18で算出された返血前の脈圧(第1脈圧)に対する返血終了時の脈圧(第2脈圧)の増加率や、返血終了時の脈圧(第2脈圧)と返血終了から所定時間経過後の脈圧(第3脈圧)の差や、判断部20で判断された判断結果(すなわち、透析後の透析患者の水分量の状態)を表示することができる。
【0050】
次に、透析後水分量評価装置10を用いて透析後の透析患者の水分量の状態を判断する処理について説明する。まず、演算装置12は、インターフェース装置30を介して返血前の脈圧(第1脈圧)を取得する(S12)。上述したように、第1脈圧は、透析後に返血される前に測定される。第1脈圧は、例えば、マンシェット型の血圧計やパルスオキシメータ等を用いて測定される。測定された第1脈圧は、作業者によってインターフェース装置30に入力され、インターフェース装置30は、入力された第1脈圧を記憶部16に出力する。記憶部16は、インターフェース装置30から取得した第1脈圧を記憶する。
【0051】
次いで、演算装置12は、インターフェース装置30を介して返血終了時の脈圧(第2脈圧)を取得する(S14)。第2脈圧は、第1脈圧と同様の測定方法で測定され、例えば、マンシェット型の血圧計やパルスオキシメータ等を用いて測定される。測定された第2脈圧は、作業者によってインターフェース装置30に入力され、インターフェース装置30は、入力された第2脈圧を記憶部16に出力する。記憶部16は、インターフェース装置30から取得した第2脈圧を記憶する。
【0052】
次いで、演算装置12は、インターフェース装置30を介して返血終了から所定時間経過後の脈圧(第3脈圧)を取得する(S16)。本実施例では、第3脈圧は、返血終了から1分経過したときの脈圧である。第3脈圧は、第1脈圧及び第2脈圧と同様の測定方法で測定され、例えば、マンシェット型の血圧計やパルスオキシメータ等を用いて測定される。測定された第3脈圧は、作業者によってインターフェース装置30に入力され、インターフェース装置30は、入力された第3脈圧を記憶部16に出力する。記憶部16は、インターフェース装置30から取得した第3脈圧を記憶する。
【0053】
次いで、算出部18は、ステップS12で取得した第1脈圧と、ステップS14で取得した第2脈圧から、脈圧の増加率を算出する(S18)。具体的には、算出部18は、上記の数2又は数3で表す式を用いて、脈圧の増加率を算出する。
【0054】
次いで、判断部20は、ステップS18で算出された脈圧の増加率が0%以下であるか否かを判断する(S20)。上述したように、第1脈圧に対する第2脈圧の増加率が0%以下の場合、透析患者の体内の水分の状態は、溢水状態であると判定することができる。脈圧の増加率が0%以下の場合(ステップS20でYES)、判断部20は、透析患者の体内の水分量が多いと判断する(S22)。そして、演算装置12は、インターフェース装置30に、透析患者の体内の水分量が多い旨を表示させる(S24)。
【0055】
一方、脈圧の増加率が0%より大きい場合(ステップS20でNO)、判断部20は、脈圧の増加率が16.9%以下であるか否かを判断する(S26)。上述したように、第1脈圧に対する第2脈圧の増加率が0%より大きく、かつ、16.9%以下の場合、透析患者の体内の水分量は適正であると判定することができる。脈圧の増加率が16.9%以下(すなわち、0%より大きく、かつ、16.9%以下)の場合(ステップS26でYES)、判断部20は、透析患者の体内の水分量が適正と判断する(S38)。そして、演算装置12は、インターフェース装置30に、透析患者の体内の水分量が適正である旨を表示させる(S40)。
【0056】
一方、脈圧の増加率が16.9%より大きい場合(ステップS26でNO)、判断部20は、脈圧の増加率が38.4%以上であるか否かを判断する(S28)。上述したように、第1脈圧に対する第2脈圧の増加率が38.4%以上の場合、透析患者の体内の水分の状態は、脱水状態であると判定することができる(図3参照)。脈圧の増加率が38.4%以上の場合(ステップS28でYES)、判断部20は、透析患者の体内の水分量が少ないと判断する(S34)。そして、演算装置12は、インターフェース装置30に、透析患者の体内の水分量が少ない旨を表示させる(S36)。
【0057】
一方、脈圧の増加率が38.4%より小さい場合(ステップS28でNO)、脈圧の増加率は、16.9%よりも大きく、かつ38.4%よりも小さくなっている。これは、図3のグレイゾーンに属することを意味する。そこで、算出部18は、ステップS14で取得した第2脈圧と、ステップS16で取得した第3脈圧の差を算出する(S30)。次いで、判断部20は、ステップS30で算出した第2脈圧と第3脈圧の差から、第2脈圧よりも第3脈圧の方が大きいか否か判断する(S32)。上述したように、第1脈圧に対する第2脈圧の増加率が16.9%~38.4%の間である場合に、第2脈圧よりも第3脈圧のほうが大きいと、透析患者の体内の水分の状態は、脱水状態であると判定することができる(図2(a)参照)。第2脈圧よりも第3脈圧の方が大きい場合(ステップS32でYES)、判断部20は、透析患者の体内の水分量が少ないと判断する(S34)。そして、演算装置12は、インターフェース装置30に、透析患者の体内の水分量が少ない旨を表示させる(S36)。なお、本実施例では、第2脈圧と第3脈圧の差を算出して、その差から第2脈圧と第3脈圧のどちらのほうが大きいのかを特定しているが、このような構成に限定されない。第2脈圧と第3脈圧を比較することによって、第2脈圧と第3脈圧のどちらのほうが大きいのかを特定してもよい。
【0058】
一方で、上述したように、第1脈圧に対する第2脈圧の増加率が16.9%~38.4%である場合に、第2脈圧が第3脈圧以下であると、透析患者の体内の水分量は適正であると判定することができる(図2(b)参照)。第2脈圧が第3脈圧以下の場合(ステップS32でNO)、判断部20は、透析患者の体内の水分量は適正と判断する(S38)。そして、演算装置12は、インターフェース装置30に、透析患者の体内の水分量が少ない旨を表示させる(S40)。このように、返血による脈圧の増加率を算出すると共に、返血終了時の脈圧と返血終了時から一定の時間が経過した時点における脈圧を比較することによって、透析後の透析患者の水分量の状態を適切に判断することができる。
【0059】
なお、本実施例では、透析後水分量評価装置10に循環動態評価部14が設けられていたが、このような構成に限定されない。例えば、循環動態評価部14は、判断部20が設けられるPCとは別のPCに設けられていてもよい。また、本実施例では、返血前からの返血終了時の脈圧の増加率に基づいて、透析後の透析患者の水分量の状態を判断したが、このような構成に限定されない。stroke volumeと相関関係がある測定値であれば、脈圧の代わりに用いることができる。例えば、収縮期血圧とstroke volumeとの間には、緩い相関関係があることが知られている。このため、脈圧の代わりに、収縮期血圧を用いてもよい。
【0060】
以上、本明細書に開示の技術の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。また、本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成するものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。
【符号の説明】
【0061】
10:透析後水分量評価装置10
12:演算装置
14:循環動態評価部
16:記憶部
18:算出部
20:判断部
30:インターフェース装置
図1
図2
図3
図4
図5