(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023179205
(43)【公開日】2023-12-19
(54)【発明の名称】ワイヤロープ探傷装置およびワイヤロープ診断方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/82 20060101AFI20231212BHJP
【FI】
G01N27/82
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022092368
(22)【出願日】2022-06-07
(71)【出願人】
【識別番号】000232955
【氏名又は名称】株式会社日立ビルシステム
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】溝口 崇子
(72)【発明者】
【氏名】小平 法美
(72)【発明者】
【氏名】松本 俊昭
(72)【発明者】
【氏名】大西 友治
【テーマコード(参考)】
2G053
【Fターム(参考)】
2G053AA11
2G053AB01
2G053BA14
2G053BB11
2G053CA03
2G053CA18
2G053DA01
2G053DB02
2G053DB04
(57)【要約】
【課題】
本発明の目的は、ワイヤロープの長さ方向(長手方向)における磁気センサの配置に関わらず、ワイヤロープのストランドノイズ信号を低減化できるワイヤロープ探傷装置および診断方法を提供することにある。
【解決手段】
本発明のワイヤロープ探傷装置1は、ワイヤロープの所定区間に磁路を形成する磁化器30と、ワイヤロープの素線から発生する漏洩磁束に由来する磁気信号を検出可能な複数の磁気センサ3と、磁気センサ3から出力される磁気信号の収集を行う信号収集器17と、信号収集部17から出力される磁気信号の加算処理を行う信号処理器18と、を含んで構成される信号解析部7を備える。信号解析部7は、複数の磁気センサ3で検出される複数の磁気信号の位相調整を実行し、位相調整を行った複数の磁気信号の加算データを取得して、加算データに基づいてワイヤロープ2の損傷を検出する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワイヤロープの所定区間に磁路を形成する磁化器と、ワイヤロープの素線から発生する漏洩磁束に由来する磁気信号を検出可能な複数の磁気センサと、を備え、ワイヤロープの損傷を検出するワイヤロープ探傷装置において、
前記磁気センサから出力される磁気信号の収集を行う信号収集器と、前記信号収集器から出力される前記磁気信号の加算処理を行う信号処理器と、を含んで構成される信号解析部を備え、
前記信号解析部は、前記複数の磁気センサで検出される複数の磁気信号の位相調整を実行し、位相調整を行った前記複数の磁気信号の加算データを取得して、前記加算データに基づいてワイヤロープの損傷を検出することを特徴とするワイヤロープ探傷装置。
【請求項2】
請求項1において、
前記複数の磁気信号の位相調整は、当該複数の磁気信号に含まれるストランドに由来する波形の山谷の位置を調整することを特徴とするワイヤロープ探傷装置。
【請求項3】
請求項2において、
前記信号解析部は、前記加算データと第1閾値とを比較し、前記加算データが前記第1閾値に対して大きい場合に、ワイヤロープに損傷があるものと判定することを特徴とするワイヤロープ探傷装置。
【請求項4】
請求項3において、
前記信号解析部は、ワイヤロープに損傷があるものと判定された場合に、前記複数の磁気センサの個別の磁気信号と第2閾値とを比較し、前記第2閾値に対して大きい個別の磁気信号を検出した第1磁気センサを特定することを特徴とするワイヤロープ探傷装置。
【請求項5】
請求項4において、
前記第1磁気センサに隣接する第2磁気センサの個別の磁気信号と第3閾値とを比較し、
前記第2磁気センサの前記磁気信号が前記第3閾値に対して大きい場合に、ワイヤロープに素線の谷切れが生じているものと判定し、
前記第2磁気センサの前記磁気信号が前記第3閾値に対して大きい場合に、ワイヤロープに素線の山切れが生じているものと判定することを特徴とするワイヤロープ探傷装置。
【請求項6】
請求項3において、
前記複数の磁気センサのうち1つの磁気センサの磁気信号が第2閾値に対して大きい場合に、ワイヤロープに素線の山切れが生じているものと判定することを特徴とするワイヤロープ探傷装置。
【請求項7】
請求項6において、
前記1つの磁気センサに隣り合う磁気センサの磁気信号が第3閾値に対して大きい場合に、ワイヤロープに素線の谷切れが生じているものと判定することを特徴とするワイヤロープ探傷装置。
【請求項8】
請求項3において、
隣り合う複数の磁気センサの磁気信号が所定値に対して大きい場合に、ワイヤロープに素線の谷切れが生じているものと判定することを特徴とするワイヤロープ探傷装置。
【請求項9】
ワイヤロープの所定区間に磁路を形成する磁化器と、ワイヤロープの素線から発生する漏洩磁束に由来する磁気信号を検出可能な複数の磁気センサと、を備え、ワイヤロープの損傷を検出するワイヤロープ探傷装置を用いたワイヤロープの診断方法において、
前記複数の磁気センサで検出される複数の磁気信号の位相調整を実行するステップと、
位相調整を行った前記複数の磁気信号の加算データを取得するステップと、
前記加算データに基づいてワイヤロープの損傷を検出するステップと、
を含むことを特徴とするワイヤロープの診断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は磁性金属材の状態を測定する探傷に係わり、特にワイヤロープの素線切れ探傷に適用して好適なワイヤロープ探傷装置およびワイヤロープ診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、長手方向に移動するワイヤロープを励磁して磁気飽和状態にし、ワイヤロープの周囲に配置した磁気センサが漏洩磁束を検知することによってワイヤロープの損傷を検出する磁気探傷装置が記載されている。磁気センサはワイヤロープの長手方向に2列設けられており、各列の磁気センサは円周方向に等間隔に同数設けられている。また、各列の対応する磁気センサは一方の磁気センサがワイヤロープの山部と対峙している瞬間に、他方の磁気センサがワイヤロープの谷部と対峙するように配置されている(要約参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
例えば昇降機に用いるワイヤロープは、実稼働時にかごの重さが加わり伸展することで、ストランドピッチ長は変化する。また、ストランドピッチ長は実稼働時間に応じて変化する。すなわち、ストランドピッチ長は経時変化する。ストランドピッチ長は経時変化するワイヤロープは、ストランドの山谷に正確にセンサを配置することが出来ず、ストランドの山谷によって生じるストランドノイズ信号の位相は必ずしも90度の差にはならない。従って、ストランドノイズ信号を加算してもほぼ一定の値にはならず、ストランドノイズの低減化は困難である。
【0005】
本発明の目的は、ワイヤロープの長さ方向(長手方向)における磁気センサの配置に関わらず、ワイヤロープのストランドノイズ信号を低減化できるワイヤロープ探傷装置および診断方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために本発明のワイヤロープ探傷装置は、
ワイヤロープの所定区間に磁路を形成する磁化器と、ワイヤロープの素線から発生する漏洩磁束に由来する磁気信号を検出可能な複数の磁気センサと、を備え、ワイヤロープの損傷を検出するワイヤロープ探傷装置において、
前記磁気センサから出力される磁気信号の収集を行う信号収集器と、前記信号収集部から出力される前記磁気信号の加算処理を行う信号処理器と、を含んで構成される信号解析部を備え、
前記信号解析部は、前記複数の磁気センサで検出される複数の磁気信号の位相調整を実行し、位相調整を行った前記複数の磁気信号の加算データを取得して、前記加算データに基づいてワイヤロープの損傷を検出する。
【0007】
また上記目的を達成するために本発明のワイヤロープの診断方法は、
ワイヤロープの所定区間に磁路を形成する磁化器と、ワイヤロープの素線から発生する漏洩磁束に由来する磁気信号を検出可能な複数の磁気センサと、を備え、ワイヤロープの損傷を検出するワイヤロープ探傷装置を用いたワイヤロープの診断方法において、
前記複数の磁気センサで検出される複数の磁気信号の位相調整を実行するステップと、
位相調整を行った前記複数の磁気信号の加算データを取得するステップと、
前記加算データに基づいてワイヤロープの損傷を検出するステップと、
を含む。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、ワイヤロープの長さ方向(長手方向)における磁気センサの配置に関わらず、ワイヤロープのストランドノイズ信号を低減化できるワイヤロープ探傷装置および診断方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の一実施例に係るワイヤロープ探傷装置のセンサ部における構成を示す概略図(断面図)である。
【
図2】
図1のセンサ部を接続して構成される本発明の一実施例に係るワイヤロープ探傷装置の信号処理部等の構成を示す機能ブロック図である。
【
図3】本発明の一実施例に係るストランドノイズ信号の位相調整の模式図である。
【
図4】本発明の一実施例に係る加算判定処理のフローチャートである。
【
図5】本発明の一実施例に係る素線切れ判定処理のフローチャートである。
【
図6】本発明の一実施例に係る素線切れ由来の検出信号の一例を示した図である。
【
図7】本発明の一実施例に係る判定結果の表示の一例を示した図である。
【
図8】本発明との比較例に係るセンサ部とワイヤロープの位置関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
ワイヤロープとは、複数本の細い素線を撚ることでストランドを形成し、芯綱を中心にストランドを撚って1本の束にしたものである。磁性金属材の素線を撚り合わせたワイヤロープは、昇降機の乗りカゴの巻上索として利用されている。動索としての用途である昇降機のワイヤロープは、曲げ疲労や摩耗、腐食などの劣化等の経時変化が使用期間の経過とともに生じるため、定期的な点検や検査が必要である。錆や腐食といった外観の明らかな変化がみられる劣化に対しては目視検査が有効であるが、検査員による検査精度のバラつきや、ワイヤロープ内部に生じる異常を見分けることは困難である。
【0011】
そのため、ワイヤロープの安全監視技術には、ワイヤロープから発生する漏洩磁束に基づいてワイヤロープの劣化状態を検出する漏洩磁束探傷法を用いることが有効である。漏洩磁束探傷法はワイヤロープを励磁し、発生する漏洩磁束を磁気センサで検知する方法である。漏洩磁束探傷法に基づく測定装置(以下、漏洩磁束探傷装置という)にはワイヤロープを磁化するための磁化器が設けられており、磁化器の両端には極性を反転する方向で磁石が取り付けられている。ワイヤロープ探傷装置はワイヤロープが磁化器に接着すると、磁石から発する磁場によってワイヤロープと磁化器との間で磁束が還流し、磁路が形成される仕組みである。
【0012】
磁路が形成されたワイヤロープに素線切れなどの損傷が発生すると、磁束の流れが妨げられてワイヤロープ表面に磁束が漏洩する。この漏洩磁束を磁気センサで検知することで、ワイヤロープの素線切れの状態を検出することができる。このとき、磁気センサが漏洩磁束として捉えるのは素線切れ由来の信号のみではなく、ワイヤロープのストランド由来の周期的な信号も同様に検出される。これは管のように表面が一様な部材とは異なり、ワイヤロープはストランドを撚った構造であるために表面に凹凸があり、磁束の変化が常に発生しているからである。ストランドの凸部(山部)は磁気センサに近接するために信号が大きく、ストランドの凹部(谷部)はセンサから離れるために信号が減衰し、ストランド構成に従った周期的な信号が発生する。これはストランドノイズまたはストランドノイズ信号と呼ばれ、ワイヤロープの素線切れを検出する際に、S/N比が低下する原因の一つになる。
【0013】
このようなストランドノイズを低減する漏洩磁束探傷装置として、例えば
図8に示すような漏洩磁束探傷装置がある。
図8は、本発明との比較例に係るセンサ部4a,4bとワイヤロープ1の位置関係を示す図である。
図8は、特許文献1に記載されたワイヤロープの磁気探傷装置の図であり、特許文献1の磁気探傷装置は漏洩磁束探傷装置の一種である。特許文献1に開示された磁気探傷装置は、長手方向に移動するワイヤロープを励磁して、ワイヤロープの周方向に配置した複数の磁気センサを用いてワイヤロープから発生する漏洩磁束を検知する。
【0014】
図8の磁気探傷装置では、ワイヤロープ1を長手方向に移動した場合に、磁気センサ4aと4bはそれぞれストランドの谷部1bと山部1aとの信号を検出し、これらの信号は位相が90度異なっている。従って、ストランドの谷部1bと山部1aとに由来する各々の磁気センサの信号を加算することで、ストランドノイズを低減することが可能である。
【0015】
更に特許文献1には、複数の磁気センサの全加算値からワイヤロープの有効断面積を算出する技術が開示されている。加算値から求められる漏洩磁束量は有効断面積に反比例するため、漏洩磁束量の上昇はワイヤロープの損傷を示す。従って漏洩磁束量の変化からワイヤロープの外部または内部の損傷状態を判定することが出来る。
【0016】
特許文献1の磁気探傷装置では、予めワイヤロープのストランドの山谷に合わせて磁気センサを配置している。またワイヤロープのストランドピッチとセンサの個数とを調整することで加算を行っている。しかし、昇降機に用いるワイヤロープは、実稼働時にかごの重さが加わり伸展することで、ストランドピッチ長は変化する。そのため、ストランドの山谷に正確に磁気センサを配置することが出来ず、ストランドノイズ信号の位相は必ずしも90度の差にはならない。従って、ストランドノイズ信号を加算してもほぼ一定の値にはならず、ノイズの低減化は困難である。
【0017】
また特許文献1においては、磁気センサの加算値からワイヤロープの有効断面積当たりの全漏洩磁束量を算出するが、実稼働時のワイヤロープではストランドピッチ長の変化によって、全体の漏洩磁束量のバラつきが大きくなる。そのため、特に変化率の小さい内部の素線切れの正確な判定は困難である。
【0018】
さらに特許文献1では複数の磁気センサを一括で加算処理しており、個々の磁気センサの情報は取得できないため、素線切れの本数を特定することが出来ない。
【0019】
以下で説明する本実施例の漏洩磁束探傷装置は、磁気センサの配置に関わらずにワイヤロープのストランドノイズを低減化でき、素線切れの発生頻度および素線切れの種類を検知することができる。なお本実施例では、漏洩磁束探傷装置をワイヤロープ探傷装置と呼んで説明する。
【0020】
以下、図面を参照して、本発明の実施例を説明する。
図1は、本発明の一実施例に係るワイヤロープ探傷装置のセンサ部における構成を示す概略図(断面図)である。
【0021】
図1に例示するワイヤロープ2は8本のストランド23を有し、これら8本のストランド23を含めた全体が1本に撚り合わされている。このような組成のワイヤロープ2は、本実施例のワイヤロープ探傷装置1が検査対象とする一例に過ぎず、ストランド数の異なるワイヤロープに対しても同様に本実施例のワイヤロープ探傷装置1で診断することが可能である。
【0022】
ワイヤロープ2およびストランド23は更に多数の素線24で構成されており、その素線24の断線箇所があれば、それを確実に検出することがワイヤロープ探傷装置1に求められる。また素線の断線は部位によって異なり、ストランド23の外周側に発生する場合は素線の山切れ25、隣接するストランドとの中間に発生する場合を素線の谷切れ26と呼ぶ。すなわち谷切れ26は、ストランド23の周方向において、ストランド23の最外周部と最内周部との中間部における素線の断線のことである。
【0023】
磁化器30は、ワイヤロープ2の長手方向の所定区間に磁路を形成する。磁気センサ3は、ワイヤロープ2の保護カバー22の断面外周に沿って周設される。複数個の磁気センサ3はワイヤロープ2の外周に沿って等間隔に配置され、保護カバー22と共に環状のセンサ部20を構成する。ワイヤロープ2は、環状のセンサ部20の環内に挿通して検査されるが、運用中の昇降機におけるワイヤロープ2を挿通することは至難であるため、検査実態としては、環状又は筒状のセンサ部20を周方向に2分割して開いた内側にワイヤロープ2を挟持した後、元通りに環を閉じてから検査する。
【0024】
図1に例示する磁気センサ3の種類として、代表的には検出コイルおよびホール素子が挙げられるが、例えば、TMR(Tunnel Magneto Resistive)センサ、AMR(Anisotropic Magneto Resistive)センサ、又はGMR(Giant Magneto Resistive effect)センサも使用可能である。センサ部20を構成する磁気センサ3の配列は、磁気センサ3の種類別に異なる最善の形態が採用される。
【0025】
この配列は、最少個数の磁気センサ3によって、素線24の断線箇所を効率良く検出することを目的として、ワイヤロープ2の外周に対面する位置に複数個を所定の間隔(ピッチ)で周設することが好ましい。センサ部20を構成する磁気センサ3はワイヤロープ2の外周を周回する1列に複数個が等間隔に周設され、環状センサ群が形成される。複数の磁気センサ3で構成される環状センサ群は2列以上設けてもよく、複数の環状センサ群は軸方向(ワイヤロープの長手方向)にずらして配置される。この場合、複数の環状センサ群は同軸上に隣接させても良い。センサ部20を構成する磁気センサ3の数は、素線24の断線箇所を網羅できるように緻密で多いほど高精度に検出できるが、センサ部20は必要最小限の数の磁気センサ3を備えるよう、効率良く設計される。
【0026】
図2は、
図1のセンサ部20を接続して構成される本発明の一実施例に係るワイヤロープ探傷装置1の信号処理部等の構成を示す機能ブロック図である。
図2に示すように、ワイヤロープ探傷装置1は、センサ部20、磁気センサ回路(磁気センサ回路部)5、信号解析部7、データ表示部8、及びデータ入力部9を備えて構成される。データ入力部9およびデータ表示部8は、電源10及び制御回路11に繋がる汎用的なコンピュータ(以下「PC18」)を有し、それをユーザが操作してワイヤロープ探傷装置1を制御する。制御回路11は、磁気センサ回路5や信号解析部7の制御を行う。
【0027】
図2では、2個の磁気センサ3に対応する2経路(チャンネル、以下「ch」ともいう)分だけを代表して示している。しかし、実際のセンサ部20を構成する磁気センサ3は、基本的にストランド23の数(本実施例では8本)と同数か、または整数倍の数(ch)を設ける。これはストランド23に由来する山谷(ストランドノイズ)を検知し、後述する処理手順によってストランドノイズをキャンセルするためである。具体的には、ストランド23が8本の場合、磁気センサ3は8,16又は24chが設けられ、
図1では16chの場合を図示している。磁気センサ3で検出された磁気信号は、磁気センサ回路5でノイズを除去して増幅され、信号解析部7に出力される。
【0028】
磁気センサ回路5は、磁気信号アンプ(磁気信号アンプ部)12、及びフィルタ回路(フィルタ回路部)13を有する。磁気信号アンプ12は、磁気センサ3からの出力信号を増幅する。フィルタ回路13は、磁気信号アンプ12で増幅された出力信号に対して一般的なアナログ用フィルタ処理を施して、アナログ信号を出力する。アナログ用フィルタ処理では、商用周波数のノイズを含むノイズ成分を除去して、所望の周波数領域のみの信号を通過させる。
【0029】
このように、磁気センサ回路5は、磁気センサ3から出力された磁気の検出信号に対してアナログ処理を行って、アナログの磁気信号を信号解析部7に出力する。信号解析部7は、A/D変換器(A/D変換部)16、信号収集器(信号収集部)17、及び信号処理器(信号処理)18により構成される。A/D変換器16は、磁気センサ回路5から出力されたアナログの磁気信号をデジタル信号に変換し、信号収集器17に出力する。信号処理器18は、ワンチップマイコン、又はシングルボードコンピュータ等を備える。
【0030】
信号処理器18は、メモリやストレージに記憶されたプログラムをCPU(Central Processing Unit)が読み出して実行することによって、A/D変換器16から出力されたデジタルの磁気信号を信号収集器17に格納する。また信号処理器18は信号加算とデジタルフィルタの機能を持ち、A/D変換後の信号処理を行う。さらに事前にワイヤロープの種類毎に定めた判定基準となる閾値を保持する。
【0031】
信号解析部7による処理は、信号処理器18におけるプログラム処理によって実現可能であり、データ表示部8及びデータ入力部9も、キーボードや液晶ディスプレイといった信号処理器18の関連機器とすることができる。
【0032】
次に、ワイヤロープ探傷装置1の信号解析部7において、ワイヤロープの素線切れを判定する解析処理について、概要を説明した後に、図面を参照しながら処理手順について詳しく説明する。
【0033】
ワイヤロープ2の漏洩磁束は磁気センサ3で検知され、前述の通り、信号解析部7のA/D変換器16でデジタル信号に変換される。ワイヤロープ2の損傷が発生した場合には、素線切れに由来する漏洩磁束信号がデジタル信号に変換される。またワイヤロープ2のストランド23から発生するストランドノイズ、および外部から混入した電磁波ノイズも重複して変換される。そこで信号処理器18ではデジタルフィルタを用いて主なノイズを低減可能であるが、ストランドノイズは素線切れの信号周波数と非常に近いため、デジタルフィルタのみでは除外が困難である。
【0034】
そこで、ストランドノイズを低減することを目的に、信号の位相調整および加算を行う。
図3は、本発明の一実施例に係るストランドノイズ信号の位相調整の模式図である。
【0035】
図3(A)上段と下段の信号はそれぞれ異なる磁気センサからの出力で、ストランド波形の位相の調節前の信号である。このまま加算すると、信号の山谷は打ち消し合えないため、ストランドノイズは増大する。そこで波形のピークを検出し、
図3(B)に示すように基準信号からの位相を調整することで信号の山谷を打ち消すことができ、
図3(C)に示すように加算後の信号はストランドノイズが低減した波形となる。本実施例では上段の信号を基準信号として下段の信号の位相を調整する。
【0036】
また信号解析部7においてロープ周方向の磁気センサ3の信号を加算することによって、ワイヤロープ断面の漏洩磁束の変化を捉えることができる。本実施の形態では、信号解析部7による判定処理のうち、上記の漏洩磁束の加算に対する処理を「加算判定処理」と呼び、後述する
図4にその処理フローを示す。
【0037】
図4は、本発明の一実施例に係る加算判定処理のフローチャートである。なお、
図4においては、磁気センサ3のチャンネル数を16個とした場合を想定している。
【0038】
図4によればまず、制御回路11による制御に従って、磁気センサ3による磁気信号の測定が開始される(ステップS11)。磁気センサ3はワイヤロープに設置され、ワイヤロープが長手方向に移動することで漏洩磁束の時系列データとして磁気信号を取得することができる。ステップS11で検出された各チャンネルの磁気センサ3から出力された磁気信号は、磁気センサ回路5でアナログ処理が施され、信号解析部7のA/D変換器16でデジタル変換された後、信号収集器17に格納される。
【0039】
次に、信号処理器18は、信号収集器17に格納された各チャンネルのデジタルの磁気信号に対して、ストランドノイズ信号の位相調整を実施する(ステップS12)。ステップS12における磁気信号の位相調整の結果、ストランドノイズ信号波形の山谷の位置調整が行われ、ステップS13の加算処置によって時系列の総和値(加算データ)を取得する。
【0040】
次に、信号処理器18は、事前に保存した基準値(閾値、第1閾値)とステップS13で算出した磁気信号の時系列総和値の全体とを照合し、両者の数値比較から異常の有無を判定する(ステップS14)。ステップS14において、時系列の総和値が閾値と同等あるいは数値が下回った場合にはワイヤロープは正常と判定される(ステップS15)。もし時系列の総和値が閾値を上回った場合(ステップS14のNO)、信号処理器18は、ワイヤロープの測定長において異常が発生していると診断してデータ表示部8に解析結果を表示し(ステップS16)、異常の詳細判定のステップS17に進む。
【0041】
以上説明したように、本実施例のワイヤロープ探傷装置1は、
ワイヤロープ2の所定区間に磁路を形成する磁化器30と、ワイヤロープ2の素線から発生する漏洩磁束に由来する磁気信号を検出可能な複数の磁気センサ3と、を備え、ワイヤロープ2の損傷を検出するワイヤロープ探傷装置1において、
磁気センサ3から出力される磁気信号の収集を行う信号収集器17と、信号収集部17から出力される磁気信号の加算処理を行う信号処理器18と、を含んで構成される信号解析部7を備え、
信号解析部7は、複数の磁気センサ3で検出される複数の磁気信号の位相調整を実行し、位相調整を行った複数の磁気信号の加算データを取得して、加算データに基づいてワイヤロープ2の損傷を検出する。
【0042】
なお、複数の磁気信号の位相調整は、当該複数の磁気信号に含まれる、ストランドに由来する波形の山谷の位置を調整する。
【0043】
そして信号解析部7は、加算データと第1閾値とを比較し、加算データが第1閾値に対して大きい場合に、ワイヤロープ2に損傷(素線切れ)があるものと判定する。
【0044】
また、本実施例のワイヤロープ2の診断方法は、
ワイヤロープ2の所定区間に磁路を形成する磁化器30と、ワイヤロープ2の素線から発生する漏洩磁束に由来する磁気信号を検出可能な複数の磁気センサ3と、を備え、ワイヤロープ2の損傷を検出するワイヤロープ探傷装置を用いたワイヤロープの診断方法において、
複数の磁気センサ3で検出される複数の磁気信号の位相調整を実行するステップS12と、
位相調整を行った複数の磁気信号の加算データを取得するステップS13と、
加算データに基づいてワイヤロープ2の損傷を検出するステップS14と、
を含む。
【0045】
図4に示す処理フローは、信号処理器18に保持された閾値(第1閾値)から、ワイヤロープ2の全長における異常発生(素線切れ)の有無及びその頻度を判定する処理フローであり、以下で説明する
図5の処理フローは、素線切れの種類を判定する処理フローである。
【0046】
図5は、本発明の一実施例に係る素線切れ判定処理のフローチャートである。
図5の処理手順例では、加算判定処理によって異常を示したワイヤロープに対して、更なる詳細解析を行う。更なる詳細解析は「素線切れ判定」と呼ぶ。
【0047】
素線切れ判定においては、信号収集器17に格納された各チャンネルの個別信号(素線判定データ)を取得する(ステップS21)。次に信号処理器18において、各チャンネルの個別信号に対して、事前に保存した閾値(第2閾値)に基づき数値の比較を行い(ステップS22)、数値が閾値以下となったチャンネルは異常なしと判定する(ステップS23)。
【0048】
閾値以上となったチャンネルの磁気センサ3の信号は異常(素線切れ有)と判定し(ステップS24)、さらに隣接するチャンネルの信号を比較する(ステップS25)。これは素線切れの種類によって漏洩磁束の広がりが異なり、内部断線である谷切れ(
図1の符号26)は磁気センサ3との距離が離れるために磁場分布が広がり、複数チャンネルの磁気センサ3で検知されるためである。そのため、隣接するチャンネルにおいて、閾値(第3閾値)による判定を行い、閾値以上のチャンネルが検出された場合には谷切れの素線判定となる(ステップS26)。一方、隣接するチャンネルの磁気センサ3の信号が第3閾値よりも小さい場合には、複数の磁気センサ3への磁束の漏れ込みが少なく、分布が急峻であることから、山切れ(
図1の符号25)の素線切れと判定する(ステップS27)。
【0049】
なお上述した第1閾値、第2閾値及び第3閾値の判定において、各閾値の値を含むかどうかは適宜選択することができる。
【0050】
上述した様に、本実施例では、信号解析部7は、ワイヤロープ2に損傷があるものと判定された場合に、複数の磁気センサ3の個別の磁気信号と第2閾値とを比較し、第2閾値に対して大きい個別の磁気信号を検出した磁気センサ(第1磁気センサ)3を特定する。
【0051】
さらに、第1磁気センサ3に隣接する第2磁気センサ3の個別の磁気信号と第3閾値とを比較し、第2磁気センサ3の磁気信号が第3閾値に対して大きい場合に、ワイヤロープ2に素線の谷切れ26が生じているものと判定し、第2磁気センサ3の磁気信号が第3閾値に対して大きい場合に、ワイヤロープ2に素線の山切れが生じているものと判定する。
【0052】
言い換えれば、隣り合う複数の磁気センサ3の磁気信号が所定値(第2閾値又は第3閾値)に対して大きい場合に、ワイヤロープ2に素線の谷切れが生じているものと判定する。
【0053】
この場合、複数の磁気センサ3のうち1つの磁気センサ(第1磁気センサ)3の磁気信号が第2閾値に対して大きい場合に、ワイヤロープ2に素線の山切れが生じているものと判定する。
【0054】
そして、1つの磁気センサ(第1磁気センサ)3に隣り合う磁気センサ(第2磁気センサ)の磁気信号が第3閾値に対して大きい場合に、ワイヤロープ2に素線の谷切れが生じているものと判定する。
【0055】
図6は、本発明の一実施例に係る素線切れ由来の検出信号の一例を示した図である。
図6(A)は16チャンネルの磁気センサ3の加算波形を示しており、ロープ全長の一部に閾値を超える信号範囲70が検出されている。
図6(B)は
図5のステップS24にて異常が検出されたチャンネルであり、素線切れの詳細を観察することが可能である。
図6において、縦軸は磁気センサ3で検出される信号の振幅であり、横軸はワイヤロープ2に対するセンサ部20の移動時間である。横軸の移動時間はワイヤロープ2の長手方向における位置に対応する。なお
図6(B)では、4本(4か所)の素線切れが検出されている例を示している。
【0056】
このように判定を行った結果はデータ表示部8において表示される。データ表示部8は、例えば出力インタフェースを介して接続された液晶ディスプレイ等であり、信号解析部7で実行された処理結果等を表示する(解析結果表示画面)。
【0057】
図7は、本発明の一実施例に係る判定結果の表示の一例を示した図である。
図7には、データ表示部8による解析結果表示画面の具体例が示される。解析結果表示画面には、例えば、加算判定における異常の有無、断線種類(谷切れ又は山切れ)、断線本数、型番、解析日時等が、ワイヤロープデータ(加算データ及び素線判定データ)と共に表示される。
【0058】
以上のように、本実施例に係るワイヤロープ探傷装置1は、磁気センサ3の配置に関わらず、ワイヤロープのストランドノイズを低減化してワイヤロープ2の素線破断から発生する漏洩磁束を検出することができると共に、信号の加算処理による異常の簡易判定や素線切れの詳細判定を行うことができる。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明は、昇降機の安全監視において、巻上索を検査するワイヤロープ探傷装置およびワイヤロープ診断方法として採用される可能性がある。
【符号の説明】
【0060】
1…ワイヤロープ探傷装置、2…ワイヤロープ、3…磁気センサ、5…磁気センサ回路、7…信号解析部、8…データ表示部、9…データ入力部、17…信号収集器、18…信号処理器、20…センサ部、23…ストランド、24…素線、25…ワイヤロープ2における素線24の断線(山切れ)、26…ワイヤロープ2における素線24の断線(谷切れ)。