(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023179255
(43)【公開日】2023-12-19
(54)【発明の名称】牛の生産方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/53 20060101AFI20231212BHJP
C12Q 1/06 20060101ALI20231212BHJP
C12Q 1/6851 20180101ALI20231212BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20231212BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20231212BHJP
C07K 16/08 20060101ALN20231212BHJP
【FI】
G01N33/53 N
C12Q1/06
C12Q1/6851 Z
C12Q1/686 Z
G01N33/53 M
C12N15/09 Z
C07K16/08
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022092465
(22)【出願日】2022-06-07
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2023-04-07
(71)【出願人】
【識別番号】522226845
【氏名又は名称】塚本 健司
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】デロイトトーマツ弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】塚本 健司
【テーマコード(参考)】
4B063
4H045
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA13
4B063QQ03
4B063QQ10
4B063QQ42
4B063QR08
4B063QR32
4B063QR62
4B063QR66
4B063QS10
4B063QS14
4B063QS25
4B063QX01
4H045AA11
4H045AA30
4H045CA40
4H045DA75
4H045EA20
(57)【要約】
【課題】各農場において収益性を保ちながらBLV感染牛が排除されている清浄化を実現できる牛の生産方法を提供する。
【解決手段】牛白血病ウィルス非感染の清浄雌子牛を育てる牛の生産方法が、母牛の牛白血病ウィルスの抗体の有無及びウィルス遺伝子量を測定し、牛白血病ウィルス遺伝子量の少ない順に母牛の順位付けを行う母牛順位付け工程と、農場において1年間に必要とされる清浄雌子牛の生産頭数、牛白血病ウィルス遺伝子量に基づく清浄雌子牛の生産確率、及び性判別された雌用精子を用いて人工授精された母牛から雌子牛が生まれる確率を含む条件に基づいて、後継母牛となる清浄雌子牛の頭数分を生産するのに利用される、雌用精子で人工授精する母牛を決定する母牛決定工程、決定した母牛に雌用精子を人工授精する人工授精工程を含む。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
牛白血病ウィルス非感染の清浄雌子牛を育てる牛の生産方法であって、
管理すべき母牛に対して牛白血病ウィルスの抗体の有無及びウィルス遺伝子量を測定し、牛白血病ウィルス遺伝子量の少ない順に母牛の順位付けを行う母牛順位付け工程と、
ウィルス遺伝子量の少ない順に前記母牛を選択することとして、前記農場において1年間に必要とされる清浄雌子牛の生産頭数、前記牛白血病ウィルス遺伝子量に基づく清浄雌子牛の生産確率、及び性判別された雌用精子を用いて人工授精された母牛から雌子牛が生まれる確率を含む条件に基づいて、後継母牛となる前記清浄雌子牛の頭数分を生産するのに利用される、雌用精子で人工授精する母牛を決定する母牛決定工程と、
決定した前記母牛に雌用精子を人工授精する人工授精工程を含むことを特徴とする牛の生産方法。
【請求項2】
下記式(1)に基づいて、前記順位をnとしたとき、順位付けされた各母牛のそれぞれについて清浄雌子牛が生まれる確率Anを求め、順位順に前記確率Anを加算したとき、その合計が前記清浄雌子牛の1年間に必要な生産頭数に達する母牛の順位Xを求め、順位1~Xの母牛を清浄な後継雌子牛の生産に充てる、請求項1に記載の牛の生産方法。
An=Bn×C…(1)
(ただし、Bnは順位nの母牛のウィルス遺伝子量に基づく清浄子牛の生産確率、Cは性判別された雌用精子を用いて人工授精を行う際の雌子牛が生まれる確率である。)
【請求項3】
請求項2に記載の牛の生産方法で、清浄雌子牛の生産に活用する母牛を決定して、雌用精子を用いた前記人工授精によって、生産される清浄雌子牛の予想頭数と、実際に生産された清浄雌子牛の実績頭数の差を比べて、清浄雌子牛の生産に関する農場固有の難易度を分析して、それを踏まえて、母牛から清浄雌子牛が生まれる確率Anを下記式(2)によって補正する、請求項2に記載の牛の生産方法。
An=Bn補正×C…(2)
(ただし、Bn補正は性判別された雌用精子を用いて生まれた清浄子牛の実績数を基に判定される農場毎の清浄化の難易度を踏まえて補正された、清浄子牛の生産確率、Cは性判別された雌用精子を用いて人工授精を行う際の雌子牛が生まれる確率である。)
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の牛の生産方法であって、清浄後継雌子牛の生産に用いる母牛を除く母牛を、性判別された雄用精子を用いて人工授精を行う、請求項1~3のいずれか1項に記載の牛の生産方法。
【請求項5】
請求項1~3のいずれか1項に記載の牛の生産方法であって、前記農場において1年間に必要とされる清浄雌子牛の生産頭数は、前記農場の清浄化を達成するために必要な清浄雌子牛の総頭数を、清浄雌子牛の生産を行う年数で割って算出された頭数とする、請求項1~3のいずれか1項に記載の牛の生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、牛の生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
牛白血病は、牛白血病ウィルス(BLV)の感染により引き起こされるリンパ腫で、体表、体腔内等、全身のリンパ節の腫大を特徴とする伝染病で、牛伝染性リンパ腫とも呼ばれる。牛白血病は、家畜伝染病予防法に基づく届出伝染病に指定されている疾病で、BLV感染牛は長期間、症状を示さず、不顕性に推移する。BLV感染牛の約30%が、リンパ細胞の多い状態が長期間維持される持続性リンパ球増多症となり、BLV感染牛の約1~5%がリンパ腫を発症し、様々な症状を示した後で死亡する。BLV感染による農場の被害はリンパ腫だけではない。BLV発症牛が確認された農場においては、乳量の低下、受胎率の低下、免疫抑制による一般病の重症化、早期廃用化による生産低下も起こる。
【0003】
一度、牛がBLVに感染すると、BLVの遺伝子がリンパ球のゲノム上に挿入された状態で終生、存在し続け、体内から消失しない。このBLV感染牛のリンパ球を含む血液、体液、及び生乳が感染源となり、農場でBLV感染が起こる。夏場、アブ、及びサシバエを介して感染が広まることもある。また、BLV感染牛が妊娠牛であれば、胎仔感染が起こり、分娩時の出血による新生子牛の感染、更にBLV感染リンパ球を含む生乳を飲むことで子牛のBLV感染が起こる。特に、胎仔期にBLV感染した牛は大きな被害をもたらす可能性があり、自身も胎仔感染した子牛を分娩し易く、被害が更に増大する。このように、1頭のBLV感染牛が導入された農場では、BLV感染防止対策を取らなければ、BLV感染は徐々に広まり、やがて多くの牛がBLV感染するようになり、胎仔感染率も増加する。様々なルートで感染するBLVに対して、汚染農場では様々なBLV感染防止対策を常に取り続けなければならず、衛生対策の負担は増大する。
【0004】
このように、BLV感染は、認識され易いリンパ腫の被害と、認識され難い、様々な生産低下を牛にもたらすことに加えて、農家にとって感染防止対策の負担も大きい。2015年、農林水産省は「牛白血病に関する衛生対策ガイドライン」(非特許文献1)を導入して、BLV感染牛とBLV感染していない牛(清浄牛)の分離飼育、吸血昆虫対策、汚染血液の消毒、1頭1針等のBLV感染防止対策を取ることを推奨している。しかし、BLV感染率の低下に繋がった農場は一部にすぎず、BLV感染率は2007年に調べられて以降、調査されていないので、正確なことは解らないが、現在の感染率はかなり高い可能性がある。
リンパ腫の発生数は、ガイドラインの導入後も増加傾向にあり、2017年~2021年のリンパ腫の発生数は、それぞれ3453頭、3859頭、4113頭、4187頭、4371頭で推移した。
したがって、ガイドライン対策だけでは被害を減らすためには不十分で、効果的な対策が求められている。
【0005】
牛白血病に対して最も有効な対策は、農場からBLV感染牛を除いて、清浄牛だけにすること、いわゆる農場の清浄化である。農場を清浄化できれば、全ての被害を根絶できる。
非特許文献1によれば、牛白血病の原因はBLVに感染したリンパ球であり、当該リンパ球を含む血液、体液、及び生乳が汚染源となる。農場においてBLV感染が起こる場面は、BLV感染牛との同居飼育、除角、去勢、削蹄、耳標/鼻環の装着の際の出血、注射針の共用、直腸検査用手袋の共用、アブ、サシバエ等の吸血昆虫による吸血、BLV感染牛の生乳の子牛への給与、胎盤における胎仔感染、分娩時の出血等であり、これらに対する衛生対策は農家の負担となっているが、清浄化を達成すれば、不要となる。
【0006】
非特許文献1では、農場のBLV感染率を低下させる3つの方法が推奨されている。すなわち、1)農場の全ての母牛を検査して、BLVに感染していない清浄母牛と、BLVに感染している感染母牛の飼育区画を分けることによって、当該清浄母牛の新たな感染を防止する方法、2)防虫ネットを両区画の境界に設置して、吸血昆虫によるウィルスの伝播を防止する方法、3)感染源となるリスクが高い高BLV感染母牛を早期出荷して、群全体の感染リスクを低下させる方法である。非特許文献2には、このガイドライン対策の成功事例が紹介されている。しかし、このガイドライン対策には清浄な後継子牛を確保する、具体的な方法が示されていない。
BLV汚染農場を清浄化するには、清浄な次世代後継子牛を確保する方法と、得られた清浄子牛を感染させない子牛の感染防止対策をセットにした清浄化計画が必要である。
【0007】
しかし、非特許文献1に示される対策は牛同士の伝播防止対策であって、汚染農場の母牛から、清浄な次世代後継子牛を生産する方法が欠落しているため、非特許文献1に示される対策をどの程度の期間繰り返せば、BLV感染率がどの程度低下するのか、本当に清浄化が達成されるのかを推定できず、清浄化の目途を立てられない。このことが、汚染農場の清浄化を農家が真剣に検討しない理由の一つとなっている。清浄化計画は感染率がどの程度低下し、いつ頃に清浄化を達成できるかを見通せるものであることが望ましい。
また、非特許文献1では、ウィルス遺伝子量が多い高ウィルス母牛は主要な感染源となるから、早期出荷を推奨しているが、この対策は農場の収益低下を招くのみで、採用できるケースは限られることから、農家は対策を取らずに、結果として農場の汚染を進行させている可能性がある。汚染農場の清浄化を力強く推進するには、この高ウィルス母牛を有効に活用できる清浄化計画が求められる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】牛白血病に関する衛生対策ガイドライン(2015年)
【非特許文献2】地方病性牛白血病(EBL)と清浄化に向けた取り組み事例、公益社団法人中央畜産会(平成31年2月)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
汚染農場の母牛から清浄な次世代後継子牛を生産する、実用的で確度が高い方法の確立が求められている。
農場で生まれる子牛には、次世代の後継子牛と、市場へ出荷される肉用素牛がある。BLVの清浄農場を確立するには、次世代の後継子牛は清浄子牛でなければならないが、市場へ出荷される肉用素牛は清浄でなくてもよい。なぜなら、肉用牛は3歳で出荷されるのに対して、牛白血病の多くが5歳以上の牛であるから、肉用素牛の清浄性はあまり重要ではないからである。
また、次世代の後継子牛は雌でなければならないのに対して、肉用素牛は、雌子牛より市場価格が高い(5万円ほど)雄子牛であることが好ましい。
【0010】
以上を踏まえれば、次世代の後継子牛として、清浄な雌子牛を生産すれば、農場を清浄化できることになる。一方で、肉用素牛として、雄子牛を生産すれば、高収益を実現できる。すなわち、汚染農場の母牛を、清浄な後継雌子牛の生産用母牛と、高収益な雄子牛の生産用母牛に、最適な比率で分配できれば、清浄化の達成と高収益を両立させることが可能になる。
しかし、これまでのところ、感染率が高い農場を短期間に清浄化できる、信頼性の高い、子牛の生産方法(清浄化方法)は開発されておらず、ましてや清浄化の達成と高収益を両立できる子牛の生産方法は存在していなかった。
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、農場の感染率が高くても、収益性を保ちながら、清浄化に必要な数の清浄後継子牛を確保できる、子牛の生産方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは上記課題に鑑み検討を重ね、特定のパラメーターに着目し、収益性を保ちながら所望の期間で各農場の清浄化を実現できることを見出した。本発明はこれらの知見に基づき完成されるに至ったものである。
【0013】
本発明は、管理すべき農場の母牛に対して牛白血病ウィルスの抗体の有無及びウィルス遺伝子量を測定し、牛白血病ウィルス遺伝子量の少ない順に母牛の順位付けを行う母牛順位付け工程と、ウィルス遺伝子量の少ない順に前記母牛を選択することとして、前記農場において1年間に必要とされる清浄雌子牛の生産頭数、前記牛白血病ウィルス遺伝子量に基づく清浄雌子牛の生産確率、及び性判別された雌用精子を用いて人工授精された母牛から雌子牛が生まれる確率を含む条件に基づいて、後継母牛となる前記清浄雌子牛の頭数分を生産するのに利用される、雌用精子で人工授精する母牛を決定する母牛決定工程、決定した前記母牛に雌用精子を人工授精する人工授精工程を含む牛の生産方法に関するものである。
【0014】
本発明では、好ましくは、下記式(1)に基づいて、前記順位をnとしたとき、順位付けされた各母牛のそれぞれについて清浄雌子牛が生まれる確率Anを求め、順位順に前記確率Anを加算したとき、その合計が前記清浄雌子牛の1年間に必要な生産頭数に達する母牛の順位Xを求め、順位1~Xの母牛を清浄な後継雌子牛の生産に充てる。
An=Bn×C…(1)
(ただし、Bnは順位nの母牛のウィルス遺伝子量に基づく清浄子牛の生産確率、Cは性判別された雌用精子を用いて人工授精を行う際の雌子牛が生まれる確率である。)
【0015】
本発明では、より好ましくは、清浄雌子牛の生産に活用する母牛を決定して、雌用精子を用いた前記人工授精によって、生産される清浄雌子牛の予想頭数と、実際に生産された清浄雌子牛の実績頭数の差を比べて、清浄雌子牛の生産に関する農場固有の難易度を判定し、それを踏まえて、母牛から清浄雌子牛が生まれる確率Anを下記式(2)によって補正する。
An=Bn補正×C…(2)
(ただし、Bn補正は性判別された雌用精子を用いて生まれた清浄子牛の実績数を基に判定される農場毎の清浄化の難易度を踏まえて補正された、清浄子牛の生産確率、Cは性判別された雌用精子を用いて人工授精を行う際の雌子牛が生まれる確率である。)
【0016】
本発明では、好ましくは、清浄後継雌子牛の生産に用いる母牛を除く母牛を、性判別された雄用精子を用いて人工授精を行う。
【0017】
本発明では、好ましくは、前記農場において1年間に必要とされる清浄雌子牛の生産頭数は、前記農場の清浄化を達成するために必要な清浄雌子牛の総頭数を、清浄雌子牛の生産を行う年数で割って算出された頭数とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明の牛の生産方法は、感染率が低い農場から高い農場まで、収益性を保ちながら所望の期間で各農場の清浄化を実現できる子牛の生産方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】清浄な後継雌子牛の生産に利用される母牛の選抜の1実施態様を示す模式図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明について更に詳細に説明する。
本発明の牛の生産方法は、BLV非感染の清浄雌子牛を育てる牛の生産方法であって、管理すべき農場の母牛に対してBLVの抗体の有無及びBLV遺伝子量を測定し、BLV遺伝子量の少ない順に母牛の順位付けを行う母牛付け工程を含む。
【0021】
<清浄牛とBLV感染牛の測定方法>
本発明において、BLV抗体の有無は、広く利用されている、高感度なELISA法で測定され、BLV遺伝子の有無は後述するリアルタイムPCR法(以下、PCR法と呼ぶ)で検出される。BLV遺伝子は血液中のリンパ細胞のゲノム中に挿入された状態で存在している。
本発明において、BLV抗体とBLV遺伝子が共に陰性の牛をBLVに感染していないと判断して、清浄牛と称する。一方、BLV感染牛は3群に分類される。BLV抗体とBLV遺伝子が共に陽性の牛、感染後3週間以内のため、抗体はまだ陰性だが、BLV遺伝子は陽性の牛、及び抗体は陽性だが、BLV遺伝子は検出限界以下の牛の3群をBLV感染牛と判断する。
【0022】
<感染リンパ球の割合を判定する方法>
本発明において、BLV抗体陽性の母牛のリンパ細胞中のBLV遺伝子量はPCR法で定性及び定量分析される。
1個の体細胞には2個の宿主遺伝子が存在するが、血液中のリンパ細胞においても同様である。血液中に5000個のリンパ細胞があると仮定すれば、10000個の宿主遺伝子が検出される。もし、ウィルスに感染しているリンパ細胞数が1000個であれば、宿主遺伝子量の1/10の割合でBLVが検出されることになる。
この原理に基づいて、血液0.2mlから抽出した細胞DNAについて、宿主遺伝子とBLV遺伝子をPCR法で同時に定量した場合、宿主遺伝子の検出から何サイクル遅れて、BLV遺伝子が検出されたかを調べることで、BLVに感染しているリンパ球の割合を知ることができる。もし、nサイクル遅れた場合は、1/2(n-1)個の割合でリンパ細胞がBLVに感染していると判定する。
【0023】
母牛の血液リンパ球DNA中の宿主遺伝子量に対して、BLV遺伝子量が64分の1未満の母牛を低ウィルス母牛、BLV遺伝子量が1/64~1/8未満の母牛を中ウィルス母牛、BLV遺伝子量が1/8以上の母牛を高ウィルス母牛に分類する。この分類基準は一例であり、適宜設定できる。
【0024】
<清浄雌子牛の生産のための母牛の特定>
BLV遺伝子量の前記測定方法で測定された各母牛のBLV遺伝子量と抗体の有無に基づき、先ずは清浄母牛を上位に置き、次に感染母牛をBLV遺伝子量の少ない順に並べることで、清浄子牛を得やすい順に全ての母牛を並べ、順位付けを行う。
【0025】
本発明の牛の生産方法は、母牛に雌用精子を人工授精する工程を含む。
最初に、母牛から清浄子牛が生まれる平均確率を母牛群毎(清浄母牛、低ウィルス母牛、中ウィルス母牛、高ウィルス母牛)に決めて、当該確率をそれぞれの母牛から清浄子牛が生産される確率とする。そして、人工授精によって種付けされた子牛が雌である確率(Sort90性判別精液では0.9、通常精液では0.5)と、前記清浄子牛が生産される確率の積を、各母牛から清浄雌子牛が生まれる確率とする。
次に、母牛の順位に従って、各母牛から清浄雌子牛が生まれる確率を順次、加算することで、順位付けされた母牛のうち、どの母牛までを使用すれば、何頭の清浄雌子牛を生産されるかを推定することが可能になり、これをまとめたものが清浄雌子牛生産表である。
最後に、汚染農場を清浄化するために1年間に確保しなければならない清浄雌子牛の頭数を決めて、その頭数を確保するために使用される母牛を、清浄雌子牛生産表から特定する。
なお、清浄子牛が生まれる確率が高い順に母牛の順位付けを行い、清浄雌子牛を効率的に生産することが清浄化の基本である。一方、農場には、効率的に清浄子牛を生産するだけではなく、乳量又は肉質などの遺伝的に優れた特定母牛から後継子牛を確保しながら、清浄化を実現したい要望がある。そこで、本発明に含まれない1つの実施態様として、順位付けの際に、当該特定母牛を上位の順番に繰り上げた上で、清浄雌子牛の累積生産頭数を計算し直して、清浄な後継雌子牛の生産に充てる母牛を決定することによって、農場が要望する雌子牛を確保した上で、農場の清浄化を達成することも可能である。
【0026】
前記雌用精子を用いた人工授精工程により、1年間に生産しなければならない頭数の清浄な後継雌子牛の生産が最小必要数の母牛を用いて実現できると考えられる。その結果として、残された全ての母牛を肉用雄子牛の生産に用いることで、その母牛数を最大化できる。後者の母牛を性判別された雄用精子で人工授精することで、市場価格がより高い肉用素牛である雄子牛の生産数を増やすことができ、高収益につながる。
【0027】
BLV遺伝子量の少ない順に母牛を順位付ける際の当該順位をnとしたとき、順位付けされた各母牛について、清浄雌子牛が生まれる確率Anは、例えば下記式(1)に基づいて求められる。
An=Bn×C…(1)
(ただし、Bnは順位nの母牛のBLV遺伝子量に基づく清浄子牛の生産確率、すなわちBLV遺伝子量に基づいて分類された前記3つの群毎に定められる清浄子牛の生産確率、Cは性判別された雌用精子を用いて人工授精を行う際の雌子牛が生まれる確率である。)
【0028】
例えば、本発明の発明者は、清浄母牛からBLVに感染していない清浄子牛)が生まれる確率を100%、低ウィルス母牛から清浄子牛が生まれる確率を90%、中ウィルス母牛から清浄子牛が生まれる確率を70%、高ウィルス母牛から清浄子牛が生まれる確率を50%と想定することができる。そして、性判別された雌用精子であるSort90で人工授精することで、後継母牛となる雌用子牛の生産速度を約2倍にでき、短期間に清浄化を達成することが可能になる。この場合、母牛から生産される雌子牛の生産確率Cは90%であるから、上記式(1)より雌用精子で人工授精する清浄母牛から生産される、BLV遺伝子未検出の雌子牛(清浄雌子牛)の生産確率は90%(=100%×90%)、低ウィルス母牛から生産される清浄雌子牛の生産確率は81%(=90%×90%)、中ウィルス母牛から生産される清浄雌子牛の生産確率は63%(=70%×90%)、高ウィルス母牛から生産される清浄雌子牛の生産確率は45%(=50%×90%)と予想できる。なお、母牛のBLV遺伝子量に基づく清浄子牛の上記生産確率は一例であり、適宜設定できる。
【0029】
各母牛から清浄雌子牛が生まれる前記確率Anを前記順位順に加算した時、その合計が前記清浄雌子牛の1年間の生産頭数に達する順位にある母牛Xを求め、母牛1~母牛Xを清浄な後継雌子牛の生産に充てる。
【0030】
例えば、ある農場が20頭の清浄母牛(A
1~20)、20頭の低ウィルス母牛(A
21~40)、30頭の中ウィルス母牛(A
41~70)、及び30頭の高ウィルス母牛(A
71~100)(合計100頭の母牛)を所有し、1年間に40頭の後継母牛なる清浄雌子牛を生産する場合、雌用精子で人工授精する母牛を以下の通りに決定する(
図1参照)。
【0031】
順位付けられた各母牛から清浄雌子牛が得られる生産確率を順次、加算した累積生産頭数が、1年間に生産する清浄雌子牛の頭数40を超え、41未満で最大となるのは中ウィルス母牛50(40.5)である(表1参照)。したがって、順位1~50の母牛(N1~M50)を清浄な後継雌子牛の生産に充てれば、40頭の清浄雌子牛が生産されると予想される。内訳は以下の通りである。
清浄母牛20頭(N1~N20)を雌用精子で人工授精して、18頭(=20頭×清浄雌子牛の生産確率90%)の清浄雌子牛を生産する。低ウィルス母牛20頭(L21~L40)を雌用精子で人工授精して、16頭(=20頭×清浄雌子牛の生産確率81%)の清浄雌子牛を生産する。中ウィルス母牛10頭(M41~M50)を雌用精子で人工授精して、6頭(=10頭×清浄雌子牛の生産確率63%)の清浄雌子牛を生産する。
一方、清浄後継子牛の生産に充てる母牛数を最小にすることで、結果として肉用子牛の生産に充てる母牛数が最大になる。上記の例では、選抜されなかった母牛(中ウィルス母牛20頭(M51~M70)と高ウィルス母牛30頭(H71~H100))は51頭となる。これらの母牛は性判別された雄用精子を用いて人工授精して、51頭の肉用素牛が生産され、そのうちの90%が高価な雄子牛になるので、高収益につなげることができる。
【0032】
【0033】
農場の清浄化のために、1年間に生産する清浄雌子牛の頭数は、農場の清浄化のために新規に生産しなければならない清浄雌子牛の総数を、清浄化に要する年数で割った頭数である。
例えば、80%汚染農場の場合、最初から清浄母牛が20頭いるので、新規に生産しなければならない清浄雌子牛は80頭である。この80頭を2年間で生産する計画なら、1年間に生産する清浄雌子牛は40頭(=80頭/2年間)となる。
【0034】
なお、上述の通り、雄牛の肉量は一般的に雌牛の肉量より多いため、雄子牛の市場価格は雌子牛の市場価格より高い。このため、高収益を得るには肉用素牛の数を増やすと共に、その中に占める雄子牛の割合を高めることが有効である。
【0035】
汚染農場の中には、感染率が100%に近い農場や、清浄母牛と低ウィルス母牛の割合が少なく、中ウィルス母牛と高ウィルス母牛の割合が多い農場、いわゆる清浄化困難農場が想定される。雌用精子を使った人工授精と、清浄雌子牛の生産確率を基に、清浄な後継雌子牛の生産に充てる母牛を特定する本発明であれば、清浄化困難農場であっても、清浄母牛と低ウィルス母牛に加えて、中ウィルス母牛や、時に高ウィルス母牛の一部を後継子牛用の母牛として任意に追加できるので、より確実に清浄化を達成することができる。
【0036】
また、普通の汚染農場であっても、清浄な後継雌子牛の生産に清浄母牛と低ウィルス母牛に加えて、中ウィルス母牛と、必要に応じて高ウィルス母牛の一部も追加することで、清浄化期間をより短縮することが可能になる。その結果、肉用雄子牛の生産数が減少し、子牛販売益が低下するが、清浄化期間が短縮されることで、高収益の経営体制へ早期に移行できる利点は大きい。
【0037】
感染率が低い農場(例えば、感染率60%以下)を清浄化する場合、雌用精子で人工授精する母牛を清浄母牛だけにすれば、生産される雌子牛は全て清浄子牛となるため、前記BLV抗体の有無の測定及び前記PCR法による1か月齢検査は不要で、6~10か月齢検査で清浄性を確認するだけでよく、子牛検体数と飼育管理の手間を減らしながら、農場の清浄化を達成することができる。この場合、清浄化期間はより長くなるが、年間に生産される肉用素牛の数は増加し、子牛販売益はより高額になる。
【0038】
また本発明に含まれないことであるが、母牛の感染状況だけでなく、農場の要望を加味して、母牛の遺伝的能力を重視した母牛の選定を組み入れたり、更には後継子牛の生産に清浄母牛だけを使用したりする実施態様によって、子牛の検査数と飼育管理の手間を最小化して農場を清浄化するなど、清浄雌子牛の生産確率の概念を用いることによって、清浄化計画をより確実且つ柔軟に設計することも可能になる。
【0039】
<清浄雌子牛の生産の補正>
(a)清浄雌子牛はBLV感染牛と分離され、両牛群の間に防虫ネットを設置して飼育する、(b)清浄雌子牛には加熱、凍結融解、ないし、加熱及び凍結融解した初乳を与えて育てる、(c)血液の流出を伴う作業に使用する用具は、1頭毎に変える、ないし、洗浄及び消毒する等の周知の感染防止対策が講じられる。しかしながら、農場毎の衛生状況が異なること、農場を汚染しているBLVの病原性の高低による胎仔感染率の違い、農場で飼育されている母牛の種の違いや個体差による遺伝的抵抗力の違い、夏と冬の気温差、地域差等も、母牛から清浄子牛が生産される確率に影響を及ぼす可能性が考えられる。このように、母牛から清浄子牛が生産される確率に影響する要因は、母牛のウィルス遺伝子量だけではなく、様々な要因が考えられるが、大きな視野で見れば、これらを一つにまとめて農場固有の要因と考えることができる。
【0040】
これらの農場固有の要因が清浄子牛の生産に影響すれば、清浄雌子牛の生産に充てる母牛を、雌用精子を用いた人工授精によって生産される清浄雌子牛の予想頭数と、実際に生産される清浄雌子牛の実績との間に大きな差が生まれる可能性がある。そこで、清浄雌子牛の生産に関する農場固有の難易度を踏まえて、前記群毎に母牛から清浄子牛が生まれる確率を補正した確率(Bn補正)で前記Anを補正できるように、下記式(2)を用いる。
【0041】
An=Bn補正×C…(2)
(ただし、Bn補正は性判別された雌用精子を用いて生まれた清浄子牛の実績数を踏まえて、農場毎の難易度を踏まえて補正した確率、Cは性判別された雌用精子を用いて人工授精を行う際の雌子牛が生まれる確率である。)
【0042】
例えば、選抜された母牛から生産された清浄雌子牛の数が予想より低い場合、前記清浄子牛の生産される確率Bnを小さくする必要がある。そこで本発明では、清浄化の難易度を農場毎に「容易」、「普通」、「困難」、「超困難」の4群に分けて、それぞれの群において、低ウィルス母牛、中ウィルス母牛、高ウィルス母牛から清浄子牛が生産される確率を、農場固有の要因を加味することによって、農場を幅広くカバーできるように設定することもできる。
前記補正により、農場固有の要因に起因する清浄雌子牛生産の難易度、即ち、清浄な後継雌子牛の生産に充てる母牛の選定基準となる、清浄雌子牛の生産確率を農場の実情により近付けることで、翌年以降の清浄な後継雌子牛の生産数を予測し易くなり、予定期間内に清浄化を達成できるようになる。
【0043】
農場固有の要因を加味した清浄化の難易度が異なる各農場において、ウィルス遺伝子量が異なる母牛から清浄子牛が生産される確率を表2に示し、また、前記母牛から清浄雌子牛の生産確率を表3に示す。前記<清浄雌子牛の生産のための母牛の特定>の説明は、清浄化の難易度が「普通」に分類される農場におけるものである。
【0044】
【0045】
この分類基準は一例であり、当該分類基準を適宜設定できる。
【0046】
【0047】
この分類基準は一例であり、当該分類基準を適宜設定できる。
【0048】
例えば、清浄化の難易度がそれぞれ「容易」、「普通」、「困難」、「超困難」)の4農場において、各農場で飼育されている母牛の構成が清浄母牛10頭(N1~10)、低ウィルス母牛15頭(L11~25)、中ウィルス母牛15頭(M26~40)、高ウィルス母牛10頭(H41~50)(合計50頭)である場合、各農場から生産される清浄雌子牛の累積生産頭数を表4に示す。これらの農場において1年間に生産される清浄雌子牛の頭数を20頭とした場合、その生産には、「容易」農場ではN1~L23の23頭、「普通」農場ではN1~L24の24頭、「困難」農場ではN1~M27の27頭、「超困難」農場ではN1~M30の30頭を充てれば良いと試算される。なお、本発明において、これらの農場において1年間に生産される清浄雌子牛が更に必要である場合、高ウィルス母牛も雌用精子で人工授精する母牛と決定され、清浄雌子牛の生産に利用されてよい。
【0049】
【0050】
清浄雌子牛は、例えば生後1ヶ月齢及び6~10ヶ月齢に、前記BLV抗体の有無の測定及び前記PCR法によるBLVの有無を調べて、当該清浄雌子牛がBLV非感染の状態で維持されていることを確認する。
【手続補正書】
【提出日】2022-12-15
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
牛白血病ウィルス非感染の清浄雌子牛を育てる牛の生産方法であって、
管理すべき農場の母牛に対して牛白血病ウィルスの抗体の有無及びウィルス遺伝子量を測定し、牛白血病ウィルス遺伝子量の少ない順に母牛の順位付けを行う母牛順位付け工程と、
ウィルス遺伝子量の少ない順に前記母牛を選択することとして、前記農場において1年間に必要とされる清浄雌子牛の生産頭数、前記牛白血病ウィルス遺伝子量に基づく清浄雌子牛の生産確率、及び性判別された雌用精子を用いて人工授精された母牛から雌子牛が生まれる確率を含む条件に基づいて、後継母牛となる前記清浄雌子牛の頭数分を生産するのに利用される、雌用精子で人工授精する母牛を決定する母牛決定工程と、
決定した前記母牛に雌用精子を人工授精する人工授精工程を含むことを特徴とする牛の生産方法。
【請求項2】
下記式(1)に基づいて、前記順位をnとしたとき、順位付けされた各母牛のそれぞれについて清浄雌子牛が生まれる確率Anを求め、順位順に前記確率Anを加算したとき、その合計が前記清浄雌子牛の1年間に必要な生産頭数に達する母牛の順位Xを求め、順位1~Xの母牛を清浄な後継雌子牛の生産に充てる、請求項1に記載の牛の生産方法。
An=Bn×C…(1)
(ただし、Bnは順位nの母牛のウィルス遺伝子量に基づく清浄子牛の生産確率、Cは性判別された雌用精子を用いて人工授精を行う際の雌子牛が生まれる確率である。)
【請求項3】
請求項2に記載の牛の生産方法で、清浄雌子牛の生産に活用する母牛を決定して、雌用精子を用いた前記人工授精によって、生産される清浄雌子牛の予想頭数と、実際に生産された清浄雌子牛の実績頭数の差を比べて、清浄雌子牛の生産に関する農場固有の難易度を分析して、それを踏まえて、母牛から清浄雌子牛が生まれる確率Anを下記式(2)によって補正する、請求項2に記載の牛の生産方法。
An=Bn補正×C…(2)
(ただし、Bn補正は性判別された雌用精子を用いて生まれた清浄子牛の実績数を基に判定される農場毎の清浄化の難易度を踏まえて補正された、清浄子牛の生産確率、Cは性判別された雌用精子を用いて人工授精を行う際の雌子牛が生まれる確率である。)
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の牛の生産方法であって、清浄後継雌子牛の生産に用いる母牛を除く母牛を、性判別された雄用精子を用いて人工授精を行う、請求項1~3のいずれか1項に記載の牛の生産方法。
【請求項5】
請求項1~3のいずれか1項に記載の牛の生産方法であって、前記農場において1年間に必要とされる清浄雌子牛の生産頭数は、前記農場の清浄化を達成するために必要な清浄雌子牛の総頭数を、清浄雌子牛の生産を行う年数で割って算出された頭数とする、請求項1~3のいずれか1項に記載の牛の生産方法。