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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023179318
(43)【公開日】2023-12-19
(54)【発明の名称】鋼矢板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20231212BHJP
   C22C 38/04 20060101ALI20231212BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20231212BHJP
   C21D 8/00 20060101ALI20231212BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/04
C22C38/58
C21D8/00 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022092574
(22)【出願日】2022-06-07
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】朝日 健太
(72)【発明者】
【氏名】安藤 佳祐
(72)【発明者】
【氏名】大坪 浩文
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA04
4K032AA05
4K032AA08
4K032AA11
4K032AA14
4K032AA19
4K032AA20
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA26
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA35
4K032AA36
4K032BA00
4K032CA03
4K032CB01
4K032CC01
4K032CC02
4K032CD01
4K032CD02
(57)【要約】
【課題】従来の鋼矢板に比べ、同等の機械的特性を有しつつ、穴あけ加工時の被削性を向上させた鋼矢板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.05~0.18%、Si:0.05~0.55%および Mn:1.00~1.65%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であり、該不可避的不純物としてのPおよびSは、P:0.025%以下およびS:0.020%以下である成分組成を有し、ウェブにおけるミクロ組織がフェライトおよびパーライトの合計面積率:95%以上の組織であり、前記ウェブにおける平均ビッカース硬度Hvが150以上250以下かつ標準偏差σHvが10以下とする。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.05~0.18%、
Si:0.05~0.55%および
Mn:1.00~1.65%
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であり、該不可避的不純物としてのPおよびSは、P:0.025%以下およびS:0.020%以下である成分組成を有し、
ウェブにおけるミクロ組織がフェライトおよびパーライトの合計面積率:95%以上の組織であり、前記ウェブにおける平均ビッカース硬度Hvが150以上250以下かつ標準偏差σHvが10以下である鋼矢板。
【請求項2】
前記成分組成は、さらに質量%で、
Cu:0.50%以下、
Ni:0.50%以下、
Cr:0.50%以下、
Mo:0.30%以下、
Al:0.10%以下、
Ca:0.0050%以下、
V:0.50%以下、
Nb:0.50%以下、
Ti : 0.50%以下
B:0.0010%以下および
REM:0.010%以下
のうちの1種以上を含有する請求項1に記載の鋼矢板。
【請求項3】
質量%で、
C:0.05~0.18%、
Si:0.05~0.55%および
Mn:1.00~1.65%
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であり、該不可避的不純物としてのPおよびSは、P:0.025%以下およびS:0.020%以下である成分組成を有する、鋼素材を1200~1350℃に加熱し、900℃~Ar点における累積圧下率が10%以上、Ar点以下における1パス当たりの圧下率が10%以下および累積圧下率が20%以下である熱間圧延を施し、ウェブ部に対して、(Ar点あるいは圧延終了後)~500℃の平均冷却速度が0.2~1.5℃/sの条件での冷却を行う、ウェブにおけるミクロ組織がフェライトおよびパーライトの合計面積率:95%以上の組織であり、前記ウェブにおける平均ビッカース硬度Hvが150以上250以下かつ標準偏差σHvが10以下である鋼矢板の製造方法。
【請求項4】
前記成分組成は、さらに質量%で、
Cu:0.50%以下、
Ni:0.50%以下、
Cr:0.50%以下、
Mo:0.30%以下、
Al:0.10%以下、
Ca:0.0050%以下、
V:0.50%以下、
Nb:0.50%以下、
Ti : 0.50%以下
B:0.0010%以下および
REM:0.010%以下
のうちの1種以上を含有する請求項3に記載の鋼矢板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、土木・建築分野において、永久構造物あるいは仮設構造物として適用される鋼矢板及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼矢板は、岸壁や土留めに用いられる場合に高い負荷を受けることから、強度や靭性が要求される。例えば、降伏強度(以下、YPとする)が290MPa以上、あるいは390MPa以上の鋼矢板が用いられる。
【0003】
鋼矢板はハット形、U形および直線形など様々な断面形状があり、一般的な工法例としてタイロッド式が挙げられる。
【0004】
タイロッド式は、鋼矢板と控え工をタイロッドで連結し壁体を安定させる工法であり、鋼矢板自体の弾性変形がタイロッドによって拘束されるため、環境によってはYP430MPa以上の強度を有する鋼矢板が必須となる場合がある。
【0005】
以上の背景の下、高強度かつ高靭性である鋼矢板の研究開発が行われている。
すなわち、特許文献1には、Nbを添加した成分組成とすることにより、YP440MPa以上でありかつ高靭性とした、鋼矢板の提案がなされている。
【0006】
また、特許文献2では、NbとVをともに添加する成分組成とし、1000℃以下での圧下率を制御することによって、フェライトの平均粒径や島状マルテンサイトの面積率および析出物の個数密度を適正化してYP440MPa以上でありかつ高靭性とした、鋼矢板について提案をしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2018-83963号公報
【特許文献2】特開2018-90845号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
一方で、上記の従来技術では以下に示すような解決すべき課題があった。タイロッド式に用いられる鋼矢板は、鋼矢板と控え工をタイロッドで連結する際にあらかじめウェブ部に穴あけ加工を施し、その穴にタイロッドを通す構造形式を取る場合がある。そのため、上記で述べた強度および靭性に加えて、穴開け加工時の優れた被削性が求められる。上記の特許文献1および特許文献2に提案の技術では、NbやVを含む成分組成とし、NbやVを炭窒化物として析出させることで高強度と靭性の両立を図っているが、ウェブ部のミクロ組織制御が十分でなく、ウェブ部の被削性に乏しいために穴開け加工時の工具寿命が低下してしまうことが問題であった。
【0009】
本発明は、上述の課題を解決するものであり、従来の鋼矢板に比べ、同等の機械的特性を有しつつ、穴あけ加工時の被削性を向上させた鋼矢板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、特に穴あけ加工時の被削性に優れた鋼矢板を得るべく、C、Si、Mn、P、Sの含有量を変化させた鋼素材を用意し、さらに熱間圧延時の温度制御や累積圧下率の管理に注目し、鋭意検討を行った。その結果、圧延条件を適正化することでウェブ部の組織を均一に微細化するとともに、マルテンサイトやベイナイトなどの硬質相を抑制することにより、被削性に優れた鋼矢板を提供するための方途を見出し、本発明を完成するに到った。本発明の要旨は以下のとおりである。
【0011】
1.質量%で、
C:0.05~0.18%、
Si:0.05~0.55%および
Mn:1.00~1.65%
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であり、該不可避的不純物としてのPおよびSは、P:0.025%以下およびS:0.020%以下である成分組成を有し、
ウェブにおけるミクロ組織がフェライトおよびパーライトの合計面積率:95%以上の組織であり、前記ウェブにおける平均ビッカース硬度Hvが150以上250以下かつ標準偏差σHvが10以下である鋼矢板。
【0012】
2.前記成分組成は、さらに質量%で、
Cu:0.50%以下、
Ni:0.50%以下、
Cr:0.50%以下、
Mo:0.30%以下、
Al:0.10%以下、
Ca:0.0050%以下、
V:0.50%以下、
Nb:0.50%以下、
Ti: 0.50%以下
B:0.0010%以下および
REM:0.010%以下
のうちの1種以上を含有する前記1に記載の鋼矢板。
【0013】
3.質量%で、
C:0.05~0.18%、
Si:0.05~0.55%および
Mn:1.00~1.65%
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であり、該不可避的不純物としてのPおよびSは、P:0.025%以下およびS:0.020%以下である成分組成を有する、鋼素材を1200~1350℃に加熱し、900℃~Ar点における累積圧下率が10%以上、Ar点以下における1パス当たりの圧下率が10%以下および累積圧下率が20%以下である熱間圧延を施し、ウェブ部に対して、(Ar点あるいは圧延終了後)~500℃の平均冷却速度が0.2~1.5℃/sの条件での冷却を行う、ウェブにおけるミクロ組織がフェライトおよびパーライトの合計面積率:95%以上の組織であり、前記ウェブにおける平均ビッカース硬度Hvが150以上250以下かつ標準偏差σHvが10以下である鋼矢板の製造方法。
【0014】
4.前記成分組成は、さらに質量%で、
Cu:0.50%以下、
Ni:0.50%以下、
Cr:0.50%以下、
Mo:0.30%以下、
Al:0.10%以下、
Ca:0.0050%以下、
V:0.50%以下、
Nb:0.50%以下、
Ti : 0.50%以下
B:0.0010%以下および
REM:0.010%以下
のうちの1種または2種以上を含有する前記3に記載の鋼矢板の製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、被削性に優れ、かつ従来と同等の機械的特性を有する鋼矢板を安定的にかつ高い生産性を以て提供できる。従って、この鋼矢板を使用する施工の高速化が図られるため、産業上非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】鋼矢板の断面形状の一例を示す図である。
図2】ハット形鋼矢板の熱間圧延工程における代表的な孔型を示す図である。
図3】平均ビッカース硬度およびその標準偏差と、被削性の関係を示す図である。
図4】Ar点から500℃、あるいは圧延終了温度がAr点未満の場合には圧延終了後から500℃における平均冷却速度と被削性の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[化学組成]
先ず、本発明の鋼矢板の成分組成についての限定理由を述べる。なお、以下の説明にお いて各元素の含有量の「%」表示は、特に断らない限り、全て「質量%」を意味する。
【0018】
C:0.05~0.18%
Cは、母材強度を確保するため必須な元素であり、0.05%以上で添加する必要がある。一方で、C含有量が0.18%を超えると、島状マルテンサイトを含むベイナイトが生成し、ウェブ部の厚み方向の硬度ばらつきが増加する結果、切削時の工具寿命を低下させ、また靭性低下の原因となる。そのため、C含有量を0.05~0.18%とする。さらに、C含有量は0.10%以上とすることが好ましい。また、C含有量は0.16%以下とすることが好ましい。
【0019】
Si:0.05~0.55%
Siは、固溶強化により母材の強度を高める元素であり、そのためには0.05%以上で含有される必要がある。一方で、Si含有量が過剰であると、酸素と結合しSiOを生成する。SiOは切削時に摩擦面間に硬質粒子として介在することでアグレシブ摩耗を生じ、工具寿命を低下させる。そのため、Si含有量を0.55%以下とする。さらに、Si含有量は0.10%以上とすることが好ましい。また、Si含有量は0.50%以下とすることが好ましい。
【0020】
Mn:1.00~1.65%
Mnは、Siと同様、鋼の強度を高める効果のある比較的安価な元素であり、高強度化には必要な元素である。しかし、Mn含有量が1.00%未満となると、その効果は小さくなる。一方で、Mn含有量が1.65%を超えると、島状マルテンサイトを含む上部ベイナイトの生成を助長し、切削時の工具寿命を低下させるだけでなく靭性低下の原因となる。そのため、Mn含有量を1.00~1.65%とする。さらに、Mn含有量は1.10%以上とすることが好ましい。また、Mn含有量は1.60%以下とすることが好ましい。
【0021】
以上が本発明の一実施形態に従う鋼矢板において基本となる成分組成であり、残部は不可避不純物およびFeである。また、以上の基本成分組成に、必要に応じて以下の元素を1種以上含有してもよい。
Cu:0.50%以下
Cuは、固溶強化により母相を強化させる効果を有する元素である。このような効果を得るためには、Cuが0.01%以上含有されていることが好ましい。一方で、Cu含有量が過剰であると、母材の硬度が過剰に増加し、切削時の工具寿命を低下させる。そのため、Cu含有量は0.50%以下とすることが好ましい。
【0022】
Ni:0.50%以下
Niは、Cuと同様に固溶強化により母相を強化させる効果を有する元素である。このような効果を得るためには、Niが0.01%以上含有されていることが好ましい。一方で、Ni含有量が過剰であると、母材の硬度が過剰に増加し、切削時の工具寿命を低下させる。そのため、Ni含有量は0.50%以下とすることが好ましい。
【0023】
Cr:0.50%以下
Crは、固溶強化により母相を強化させる効果を有する元素である。このような効果を得るためには、Crが0.01%以上含有されていることが好ましい。一方で、Cr含有量が過剰であると、焼き入れ性を増加させ島状マルテンサイトを含むベイナイトが生成し、ウェブ部の厚み方向の硬度ばらつきが増加することで切削時の工具寿命を低下させる。そのため、Cr含有量は0.50%以下とすることが好ましい。
【0024】
Mo:0.30%以下
Moは、固溶強化により母相を強化させる効果を有する元素である。このような効果を得るためには、Moが0.01%以上含有されていることが好ましい。一方で、Mo含有量が過剰であると、焼き入れ性を増加させ島状マルテンサイトを含むベイナイトが生成し、ウェブ部の厚み方向の硬度ばらつきが増加することで切削時の工具寿命を低下させる。そのため、Mo含有量は0.30%以下とすることが好ましい。
【0025】
Al:0.10%以下
Alは、脱酸剤として添加される元素である。Al含有量が0.10%を超えると多量の酸化物介在物を生成し、被削性が低下することで工具寿命が低下する。従って、Alは、0.10%以下で含有することが好ましい。さらに、Alは、0.060%以下であることがより好ましい。一方、Alの下限については特に限定されないが、脱酸のためにはAlを0.001%以上で含有させることが好ましい。Alは、0.003%以上で含有させることがより好ましい。
【0026】
Ca:0.0050%以下
Caは、硫化物系介在物中の酸化物および硫化物の安定性を向上させ、工具寿命を長寿命化させる効果がある。このような効果を得るためには、Caが0.0010%以上含有されていることが好ましい。一方で、Ca含有量が過剰であると、粗大な酸化物を形成し、靭性を低下させる。そのため、Ca含有量は0.0050%以下とすることが好ましい。
【0027】
V:0.50%以下
Vは、圧延中または冷却中にV(C,N)としてオーステナイト中に析出し母材を強化する。このような効果を得るためには、Vが0.01%以上含有されていることが好ましい。一方で、V含有量が過剰であると、V(C,N)が過剰析出し硬度が増加することで、切削時の工具寿命を低下させる。そのため、V含有量は0.50%以下とすることが好ましい。
【0028】
Nb:0.50%以下
Nbは、圧延中または冷却中にNb(C,N)としてオーステナイト中に析出し母材を強化する。このような効果を得るためには、Nbが0.01%以上含有されていることが好ましい。一方で、Nb含有量が過剰であると、Nb(C,N)が過剰析出し硬度が増加するだけでなく、島状マルテンサイトを含むベイナイトの生成量増加を助長し、切削時の工具寿命を低下させる。そのため、Nb含有量は0.50%以下とすることが好ましい。
【0029】
Ti:0.50%以下
Tiは、Ti(C,N)としてオーステナイト中に析出し母材を強化する。このような効果を得るためには、Tiが0.001%以上含有されていることが好ましい。一方で、Ti含有量が過剰であると、Ti(C,N)が過剰析出し硬度が増加することで、切削時の工具寿命を低下させる。そのため、Ti含有量は0.50%以下とすることが好ましい。
【0030】
B:0.0010%以下
Bは、粒界上に偏析し母相を強化させる。このような効果を得るためには、Bが0.0001%以上含有されていることが好ましい。一方で、B含有量が過剰であると、島状マルテンサイトを含むベイナイト生成を助長し、ウェブ部の厚み方向の硬度ばらつきが増加することで切削時の工具寿命を低下させるとともに、粒界脆化により靭性を低下させる。そのため、B含有量は0.0010%以下とすることが好ましい。
【0031】
REM:0.010%以下
REM(希土類元素)は、硫化物系介在物中の酸化物および硫化物の安定性を向上させ、工具寿命を長寿命化させる効果がある。このような効果を得るためには、REMが0.001%以上含有されていることが好ましい。一方で、REM含有量が過剰であると、粗大な酸化物を形成し、靭性を低下させる。そのため、REM含有量は0.010%以下とすることが好ましい。
【0032】
本発明の一実施形態に従う鋼矢板の成分組成について、以上の元素以外の残部はFeおよび不可避的不純物である。なお、上記した任意添加成分に係る元素について、その含有量が各好適下限値未満の場合には、当該元素を不可避的不純物として扱う(不可避的不純物として含まれている)ものとする。不可避的不純物のうち、P、S、NおよびОについては以下に示す含有量の上限を設ける。
【0033】
P:0.025%以下
Pは、鋼中に不可避的不純物として存在する。しかし、P含有量が過剰であるとフェライト中に固溶しフェライトの硬度が増加することで被削性を損ね工具寿命を低下させるとともに、鋼の靭性を低下するため、P含有量は0.025%以下とする。P含有量は、好ましくは0.020%以下であり、より好ましくは0.015%以下である。一方、P含有量の下限は特に限定されず、0%であってよいが、通常、Pは不純物として鋼中に不可避的に含有される元素であるため、工業的には0%超であってよい。なお、過度の低P化は精錬時間の増加やコストの上昇を招くため、P含有量は、好ましくは0.001%以上である。
【0034】
S:0.020%以下
Sは、Pと同様に鋼中に不可避的不純物として含有されるとともに、A系介在物として存在する。A系介在物は鋼材の被削性を高める。しかし、S含有量が過剰であるとフェライト中に固溶しフェライトの硬度が増加することで被削性を損ね工具寿命を低下させるとともに、鋼の靭性を低下するため、S含有量は0.020%以下とする。一方、S含有量の下限は特に限定されず、0%であってよいが、通常、Sは不純物として鋼中に不可避的に含有される元素であるため、工業的には0%超であってよい。なお、過度の低S化は精錬時間の増加やコストの上昇を招くため、S含有量は、好ましくは0.001%以上である。
【0035】
N:0.0100%以下
Nは鋼中に不可避的不純物として存在する。しかし、N含有量が過剰であると炭窒化物の生成量が増加し、母材の硬度が増加することで被削性を損ね工具寿命とともに、鋼の靭性を低下させるため、N含有量は0.0100%以下とすることが好ましい。また、N含有量は、より好ましくは0.0080%以下であり、さらに好ましくは0.0060%以下である。
【0036】
О:0.0050%以下
Оは鋼中に不可避的不純物として存在する。しかし、О含有量が過剰であると酸化物の量が増加し、鋼の靭性を低下させるため、О含有量は0.0050%以下とすることが好ましい。また、О含有量は、より好ましくは0.0040%以下であり、さらに好ましくは0.0020%以下である。
【0037】
次に、本発明の一実施形態に従う鋼矢板のウェブのミクロ組織について説明する。
なお、ウェブのミクロ組織が後述の条件を満たしていれば本発明で目標とする特性が得られるので、本発明の一実施形態に従う鋼矢板では、ウェブ以外の部位のミクロ組織については特に限定されない。
【0038】
ウェブのミクロ組織は、フェライトとパーライトの面積率が以下の条件を満たすことが肝要である。
[フェライトとパーライトの面積率:95%以上]
鋼矢板のウェブのミクロ組織において、ベイナイトやマルテンサイトといった硬質相を抑制することによって、後述する平均ビッカース硬度Hvあるいはその標準偏差σHvを満たすことが可能となる。フェライトとパーライトの面積率の内訳は特に限定されない。また、フェライトとパーライトを除いた組織の面積率は5%未満であれば、その組織は特に限定されない。フェライトとパーライトを除いた組織はベイナイトやマルテンサイトなどが挙げられる。面積率は、後述の実施例に記載の測定方法に従って測定することができる。
【0039】
次に、鋼矢板のウェブにおける、平均ビッカース硬度Hvおよびその標準偏差σHvについて述べる。
ここで、図3に、平均ビッカース硬度Hvおよびその標準偏差σHvと被削性との関係を示す。この被削性は、穴あけ切削加工によってドリルが切削不能となるまでの総穴数を指標として評価している。図3において、被削性に優れているもの(総穴数≧350個)は○、劣るもの(総穴数<350個)は×で表記している。なお、被削性の評価つまり優劣については、後述の実施例に記載の測定方法に従ってドリル加工可能の総穴数を測定して評価している。図3に示すように、ウェブ部のミクロ組織については、フェライトとパーライトの面積率の規定に加えて、平均ビッカース硬度Hvおよびその標準偏差σHvが以下の条件を満たすことが肝要である。
【0040】
[平均ビッカース硬度Hv:150以上250以下]
ウェブのミクロ組織において、平均ビッカース硬度Hvを150以上250以下とする。平均ビッカース硬度Hvが150未満となると、軟質部が増加し切削時の加工発熱が大きくなるため、工具寿命が低下する。好ましくは160以上である。一方、平均ビッカース硬度Hvが250を超えると、切削時の摩耗量が増加し工具寿命が低下する。なお、平均ビッカース硬度Hvは、後述の実施例に記載の測定方法に従って測定することができる。
【0041】
[ビッカース硬度の標準偏差σHv:10以下]
ウェブのミクロ組織において、ビッカース硬度の標準偏差σHvを10以下とする。ウェブ部の厚み方向に対してビッカース硬度にばらつきがある、ということは、切削時、軟質部および硬質部が繰り返し摩耗界面(切削面)に現出することを意味する。この軟質部および硬質部の繰り返しが工具への負荷を増加させ工具寿命を低下させる原因になる。
【0042】
次に、本発明の一実施形態に従う鋼矢板の製造方法について述べる。
鋼矢板は、上記した組成成分を有する、スラブ等の鋼素材を加熱炉で加熱後、粗圧延、中間圧延および仕上圧延を含む、熱間圧延によって製造される。
図1(a)に、鋼矢板の典型例であるハット形鋼矢板1を示す。ハット形鋼矢板1は、ウェブ2と、該ウェブ2の両端から傾斜して延在する一対のフランジ3および4と、両フランジ3および4のウェブ2とは反対側からウェブ2と平行に延在する腕部5および6と、腕部5および6の両端部にある爪部7および8と、を有する。
【0043】
このハット形鋼矢板の製造を一例にとると、鋼素材を加熱後に、粗圧延、中間圧延および仕上圧延のそれぞれにおいて、図2に示すような孔型を最終的に通過して成形される。具体的には、最初の粗圧延において鋼素材を複数回圧延したのち、最終的に孔型13を通過し鋼矢板の概形が作られる。引き続く中間圧延では、ウェブ2、フランジ3および4、腕部5および6、爪部7および8となる部分の厚みの調整が行われつつ、最終的に孔型14を通過する。さらに、仕上圧延では、主に爪曲げ成形を含んだ形状制御が行われ、最終的に孔型15を通過し最終製品形状となる。
【0044】
このように、熱間圧延は、粗圧延、中間圧延および仕上圧延を含む。このうち、粗圧延では、鋼矢板の概形を与える。中間圧延は、粗圧延の後から仕上圧延(上記の例では、爪曲げ成形(圧延))の前までの圧延を指し、中間圧延では、主にウェブとなる部分を厚さ方向に圧下して厚みの調整を行う。仕上圧延では、最終的な形状制御を行い、上記の例では、爪曲げ成形が仕上圧延に含まれる。
【0045】
なお、上記に示したハット形鋼矢板以外の鋼矢板、例えば、図1(b)に示す直線形鋼矢板9のように、ウェブ厚や爪部を含む製品形状に違いがある鋼矢板では、熱間圧延における圧延パス数や圧延温度に差のある場合があるが、粗圧延、中間圧延および仕上圧延(爪曲げ成形を含む)によって製造されることに根本的な差異はなく、いずれも本発明の一実施形態に従う鋼矢板の製造方法に含まれる。ここで、図1(b)に示す直線形鋼矢板9では、左右爪部11および12間に位置する直線の部分をウェブ10とする。
【0046】
そして、熱間圧延では、鋼素材を1200℃~1350℃に加熱し、900℃~Ar点における累積圧下率が10%以上、Ar点以下における1パス当たりの圧下率が10%以下および累積圧下率が20%以下である、熱間圧延を施すことが肝要である。なお、以下の各温度規定は、全て鋼素材や被圧延材における表面温度を基準にしている。鋼素材や被圧延材の温度は放射温度計によって測定可能である。
【0047】
[鋼素材の加熱温度:1200℃~1350℃]
熱間圧延を行うに際して、鋼素材を1200℃~1350℃に加熱する必要がある。加熱温度が1200℃未満であると、熱間の変形抵抗が上昇し圧延ロールが割損する、おそれがある。一方、加熱温度が1350℃を超えると、結晶粒が粗大となり、圧延および冷却後の組織が粗粒となってマクロ的な組織のばらつきが大きくなることで、ビッカース硬度にばらつきが生じ、工具寿命を低下させる。
【0048】
[900℃~Ar点における累積圧下率:10%以上]
900℃~Ar点のオーステナイトの未再結晶域における圧延を施すことで、オーステナイト中に変形帯を導入し、それを核としてフェライトが生成するため組織が微細化し、マクロ的な組織のばらつきが小さくなることで、ビッカース硬度にばらつきが小さくなり、工具寿命を長寿命化させる。このような効果を得るためには、900℃~Ar点における累積圧下率が10%以上である必要がある。900℃~Ar点における累積圧下率が10%未満になると、ビッカース硬度のばらつきが大きくなり標準偏差σHvを10以下とすることが困難となる。
【0049】
[Ar点以下における1パス当たりの圧下率:10%以下かつAr点以下における累積圧下率:20%以下]
Ar点以下のフェライトとオーステナイトの2相域あるいはオーステナイトより変態が完了したフェライトおよびパーライトの領域において、圧延を施すことにより、組織中に歪が生じるため、主に表面硬度が増加する。Ar点以下における1パス当たりの圧下率が10%を超えると、Ar点以下における累積圧下率が20%以下であっても、ウェブの板厚内部まで歪が導入されることで硬度が増加し、平均ビッカース硬度Hvを250以下とすることが困難となる。また、Ar点以下における1パス当たりの圧下率が10%以下であっても、Ar点以下における累積圧下率が20%を超えると、平均ビッカース硬度Hvを250以下とすることが困難となる。なお、Ar点以下における1パス当たりの圧下率は5%以下かつAr点以下における累積圧下率は10%以下であることが好ましい。より好ましくはいずれも0%である。
【0050】
図4に、Ar点から500℃、あるいは圧延終了温度がAr点未満の場合には圧延終了後から500℃における平均冷却速度と本発明の成分組成および上記圧延条件を満たす鋼矢板のウェブ部の被削性との関係を示す。上記の圧延条件のみならず、平均冷却速度が被削性に大きな影響を及ぼし、0.2~1.5℃/sでウェブの冷却を行うことが肝要であることがわかった。なお、以下の各温度規定は、全て鋼素材や被圧延材における表面温度を基準にしている。鋼素材や被圧延材の温度は放射温度計によって測定可能である。
【0051】
[(Ar点あるいは圧延終了後)~500℃の平均冷却速度が0.2~1.5℃/sでウェブの冷却]
オーステナイトの変態が進行および完了する温度域であるAr点から500℃、あるいは圧延終了温度がAr点未満の場合には圧延終了後から500℃における、ウェブの冷却速度を制御することが肝要である。Ar点あるいは圧延終了後~500℃の平均冷却速度が0.2℃/sを下回ると、組織が粗大となることでビッカース硬度の低下およびばらつきの増加を生じ、平均ビッカース硬度Hvを150以上、さらに標準偏差σHvを10以下とすることが困難となる。Ar点あるいは圧延終了後~500℃の平均冷却速度が1.5℃/sを超えるとベイナイトやマルテンサイトといった硬質相が増加し、平均ビッカース硬度Hvを250以下とすることが困難となる。冷却方法については、規定の平均冷却速度を満たす場合、その冷却方法は問わない。冷却方法としては、ミスト冷却や水冷などが挙げられる。
【0052】
上記した条件に従う、成分組成の調整、圧延および冷却を行うことにより、鋼矢板において、機械的特性が従来と同等であり優れたウェブ部の被削性を得ることができる。なお、上記以外の製造条件については特に限定されず、常法に従えばよい。例えば、粗圧延、中間圧延および仕上圧延の圧延パス数はそれぞれ、5~20パス、1~5パスおよび1~3パスとすることが好適である。仕上圧延終了温度は550~700℃とすることが好適である。また、本発明の一実施形態に従う鋼矢板は、その断面形状によらずハット形、U形、それらの組合せおよび直線形等を含むとともに、ウェブ厚や爪部の形状が特に限定されることはない。
【0053】
なお、上記のAr点は、次の式(1)に従って求めることができる。
Ar=910-310×[%C]+25×([%Si]+2×[%Al])-80×[Mneq] ・・・(1)
ここで、[Mneq]は、次の(2)式で算出される値である。
[Mneq]=[%Mn]+[%Cr]+[%Cu]+[%Mо]+[%Ni]/2・・・(2)
上記(1)式、(2)式において、[%M]は鋼中の元素Mの含有量(質量%)を意味する。ここで、上記(1)式および(2)式でArを計算するにあたり、積極的に含有させていない元素Mの含有量については、不可避的不純物として含有されている元素Mの含有量(分析値)を用いて算出するものとする。
【実施例0054】
以下、実施例に従って本発明の構成および作用効果をより具体的に説明する。しかし、本発明は下記の実施例によって制限を受けるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲内において適宜変更することも可能であり、これらは何れも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0055】
連続鋳造機にて、表1に示す鋼組成の鋼素材(残部はFeおよび不可避的不純物)を用意し、表2に示す条件にて加熱および熱間圧延を行い、図1に示した、ウェブ2と、ウェブ2の両端から傾斜し延長される一対のフランジ3および4がウェブ2を平行に左右へ広がる方向へ延長される腕部5および6と、腕部5および6の両端部にある爪部7および8とを有する、ハット形鋼矢板を製造した。また、上記以外の条件については、常法に従うものとした。
【0056】
【表1】
【0057】
得られた鋼矢板について、鋼矢板のミクロ組織の観察、硬度測定、被削性評価および靭性試験を実施した。以下に、それぞれの評価方法について説明する。
【0058】
<ミクロ組織の観察>
鋼矢板のウェブのウェブ厚1/4位置より圧延方向に沿うL断面を観察面とする試験片を採取し、ミクロ組織の観察に供した。ここで採取した試験片は、観察に先立って表面を研磨し、ナイタールで腐食した。そして、光学顕微鏡を用いて、ウェブの厚み方向を100倍の断面観察により組織の種類を同定し、800μm×600μmの視野において、分水嶺アルゴリズムによる画像解析によりフェライト、パーライト、ならびに、ベイナイトおよびマルテンサイトをそれぞれ白(フェライト)、黒(パーライト)および灰(ベイナイトおよびマルテンサイト)の3階調に変換する処理を行って区別し、各組織の面積率を得た。
【0059】
<硬度測定>
図1におけるウェブ部2の断面幅中央位置における表面から裏面までの領域におけるビッカース硬度を98N、0.5mmピッチで測定した。得られた各ビッカース硬度より平均ビッカース硬度Hvとその標準偏差σHvを算出した。
【0060】
<被削性評価>
図1におけるウェブ部2の断面幅中央位置より100mm×100mmの領域にて全厚を含むよう板材を採取し、ドリル加工による被削性をドリル切削試験により評価した。切削試験は、JIS高速度工具鋼SKH51の6mmΦのストレートドリルで、送り0.25mm/rev、回転数700rpmの条件で貫通穴を開け、ドリルが切削不能になるまでの総穴数(個)で評価した。総穴数が350個以上であれば工具寿命に優れると判断される。
【0061】
<靭性試験>
鋼矢板のウェブのウェブ厚1/4位置より、JIS Z2202に規定された2mmVノッチシャルピー衝撃試験片を採取し、JIS Z2242に準じてシャルピー衝撃試験を行った。なお、衝撃試験は、0℃で行い0℃における吸収エネルギー(vE)を求めた。vEが43J以上であれば高い靭性を有すると判断される。
【0062】
表2に、上記調査の結果を併せて示す。所定の成分組成を満足する適合鋼を用いて、所定の製造条件で作製した発明例の鋼矢板の試験結果(表2中のNo.1~16)は何れも、被削性評価におけるドリルが切削不能になるまでの総穴数が350個以上を満足していた。また、発明例ではいずれも大きな曲がりや反りなどの形状変化が発生しておらず、安定的にかつ高い生産性を以て製造できることを確認した。
【0063】
一方で、所定の成分組成を満足しないか、あるいは、所定の製造条件を満足しないか、または、上記いずれも満足しなかった、比較例(表2中のNo.17~31)は被削性評価におけるドリルが切削不能になるまでの総穴数が350個以上を満足していない。
【0064】
【表2】
【符号の説明】
【0065】
1:ハット形鋼矢板
2:ウェブ
3:フランジ
4:フランジ
5:腕部
6:腕部
7:爪部
8:爪部
9:直線形鋼矢板
10:ウェブ
11:爪部
12:爪部
13:ハット形鋼矢板の粗圧延における最終パスの孔型
14:ハット形鋼矢板の中間圧延における最終パスの孔型
15:ハット形鋼矢板の仕上圧延における最終パスの孔型
図1
図2
図3
図4