(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023179327
(43)【公開日】2023-12-19
(54)【発明の名称】肺がんを治療するための併用薬、肺がん治療用医薬組成物および併用薬の適応患者を選択するための情報提供方法
(51)【国際特許分類】
A61K 45/06 20060101AFI20231212BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20231212BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20231212BHJP
A61K 31/4965 20060101ALI20231212BHJP
A61K 31/502 20060101ALI20231212BHJP
A61K 31/4184 20060101ALI20231212BHJP
【FI】
A61K45/06 ZNA
A61P35/00
A61P43/00 111
A61P43/00 121
A61K31/4965
A61K31/502
A61K31/4184
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022092598
(22)【出願日】2022-06-07
(71)【出願人】
【識別番号】000125381
【氏名又は名称】学校法人藤田学園
(74)【代理人】
【識別番号】100167689
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 征二
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 元
(72)【発明者】
【氏名】新美 敦子
【テーマコード(参考)】
4C084
4C086
【Fターム(参考)】
4C084AA20
4C084MA02
4C084ZB261
4C084ZB262
4C086AA01
4C086AA02
4C086BC39
4C086BC48
4C086BC50
4C086BC69
4C086GA07
4C086GA09
4C086GA12
4C086MA02
4C086MA04
4C086NA05
4C086ZB26
4C086ZC41
4C086ZC75
(57)【要約】 (修正有)
【課題】新たな作用機序による、肺がんを治療するための併用薬、肺がん治療用医薬組成物および併用薬の適応患者を選択するための情報提供方法を提供する。
【解決手段】肺がんを治療するための併用薬であって、該併用薬は、PARP阻害剤を有効成分として含む第1医薬と、ATR阻害剤を有効成分として含む第2医薬と、を含む併用薬。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
肺がんを治療するための併用薬であって、該併用薬は、
PARP阻害剤を有効成分として含む第1医薬と、
ATR阻害剤を有効成分として含む第2医薬と、
を含む
併用薬。
【請求項2】
PARP阻害剤が、オラパリブまたはべリパリブである
請求項1に記載の併用薬。
【請求項3】
ATR阻害剤が、VE-821またはVE-822である
請求項1に記載の併用薬。
【請求項4】
ATR阻害剤が、VE-821またはVE-822である
請求項2に記載の併用薬。
【請求項5】
プラチナ製剤による治療効果が認められない、または、プラチナ製剤による治療効果が低いもしくは、低いことが予測される患者に処方される
請求項1~4の何れか一項に記載の併用薬。
【請求項6】
PARP阻害剤を有効成分として含む肺がん治療用医薬組成物との併用療法に使用するための、ATR阻害剤を有効成分として含む肺がん治療用医薬組成物。
【請求項7】
ATR阻害剤を有効成分として含む肺がん治療用医薬組成物との併用療法に使用するための、PARP阻害剤を有効成分として含む肺がん治療用医薬組成物。
【請求項8】
PARP阻害剤を有効成分として含む第1医薬と、ATR阻害剤を有効成分として含む第2医薬と、を含む肺がんを治療するための併用薬の適応患者を選択するための情報提供方法であって、該情報提供方法は、
被検体から肺がん細胞または組織を取得する取得工程と、
取得工程で得られた肺がん細胞中または取得工程で得られた組織に含まれる肺がん細胞中で発現しているPOLD4の発現量、またはRPAまたはCHK1またはCHK2またはH2AXの活性化レベル、またはそれらの組み合わせを測定する工程と、
を含む情報提供方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本出願における開示は、肺がんを治療するための併用薬、肺がん治療用医薬組成物および併用薬の適応患者を選択するための情報提供方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、がん治療においては、ドライバー遺伝子変異を有する患者に対する分子標的治療薬(免疫チェックポイント阻害剤を含む)開発により有効な選択肢が増えている。一方、分子標的治療薬適応のない患者、および、耐性が認められた患者には、細胞傷害性抗がん薬(以下抗がん剤)が選択される。
【0003】
プラチナ製剤は最も代表的抗がん剤であり、保険適応がん腫は睾丸腫瘍、膀胱がん、腎盂・尿管腫瘍、前立腺がん、卵巣がん、頭頚部がん、非小細胞肺がん、食道がん、子宮頸がん、神経芽細胞腫、胃がん、小細胞肺がん、骨肉腫、胚細胞腫瘍(精巣腫瘍、卵巣腫瘍、性腺外腫瘍)、悪性胸膜中皮腫、胆道がん、悪性骨肉腫、子宮体がん、再発・難治性悪性リンパ腫、小児性固形腫瘍(横紋筋肉腫、神経芽腫、肝芽腫その他肝原発悪性腫瘍、髄芽腫等)となっている。
【0004】
しかしながら、プラチナ製剤が全ての患者に対して高い治療効果を示すわけではない。例えば、非特許文献1には、肺がん培養細胞において、DNA修復たんぱく質であるPOLD4の発現が低い場合はプラチナ製剤であるシスプラチンは有用であるが、POLD4の発現が高いとシスプラチンに耐性を示すことが開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】鈴木元、他1名、平成30年度新潟大学脳研究所「脳神経病理資源活用の疾患病態共同研究拠点」共同利用・共同研究報告書、「DNA 複製因子 polD4と発がん」、[令和4年4月1日検索]、インターネット<https://www.bri.niigata-u.ac.jp/about/prbook/report2018/04_53.suzuki.pdf>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記非特許文献1には、POLD4(DNA polymerase delta 4)活性とシスプラチン感受性との間に強い相関関係があることから、POLD4およびそれらを含む遺伝子群(POLD4モジュール)活性がプラチナ製剤の代表であるシスプラチンの感受性予測に使用できることが記載されている。また、非特許文献1には、シスプラチン抵抗性肺がんにおいても、シスプラチン感受性を向上させる分子標的候補を特定したことが記載されている。
【0007】
抗腫瘍効果を発揮する薬剤としては、細胞障害性物質、抗体、抗体断片、ホルモン療法剤、低分子化合物、免疫チェックポイント阻害薬等が知られている。また、それら薬剤ががん細胞に作用する機序は様々であるにもかかわらず、がん撲滅はできていない。がん治療を促進するためには、新たな作用機序による治療薬の開発が望まれている。
【0008】
本出願における開示は、上記問題点を解決するためになされたものである。本発明者らは鋭意研究を行ったところ、PARP阻害剤およびATR阻害剤を併用することで、POLD4の発現が高くシスプラチンに耐性を有する肺がん細胞に対して細胞増殖の抑制効果を示すことを新たに見出した。
【0009】
すなわち、本出願における開示の目的は、肺がんを治療するための併用薬、肺がん治療用医薬組成物および併用薬の適応患者を選択するための情報提供方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本出願における開示は、以下に示す肺がんを治療するための併用薬、肺がん治療用医薬組成物および併用薬の適応患者を選択するための情報提供方法に関する。
【0011】
(1)肺がんを治療するための併用薬であって、該併用薬は、
PARP阻害剤を有効成分として含む第1医薬と、
ATR阻害剤を有効成分として含む第2医薬と、
を含む
併用薬。
(2)PARP阻害剤が、オラパリブまたはべリパリブである
上記(1)に記載の併用薬。
(3)ATR阻害剤が、VE-821またはVE-822である
上記(1)に記載の併用薬。
(4)ATR阻害剤が、VE-821またはVE-822である
上記(2)に記載の併用薬。
(5)プラチナ製剤による治療効果が認められない、または、プラチナ製剤による治療効果が低いもしくは、低いことが予測される患者に処方される
上記(1)~(4)の何れか一つに記載の併用薬。
(6)PARP阻害剤を有効成分として含む肺がん治療用医薬組成物との併用療法に使用するための、ATR阻害剤を有効成分として含む肺がん治療用医薬組成物。
(7)ATR阻害剤を有効成分として含む肺がん治療用医薬組成物との併用療法に使用するための、PARP阻害剤を有効成分として含む肺がん治療用医薬組成物。
(8)PARP阻害剤を有効成分として含む第1医薬と、ATR阻害剤を有効成分として含む第2医薬と、を含む肺がんを治療するための併用薬の適応患者を選択するための情報提供方法であって、該情報提供方法は、
被検体から肺がん細胞または組織を取得する取得工程と、
取得工程で得られた肺がん細胞中または取得工程で得られた組織に含まれる肺がん細胞中で発現しているPOLD4の発現量、またはRPAまたはCHK1またはCHK2またはH2AXの活性化レベル、またはそれらの組み合わせを測定する工程と、
を含む情報提供方法。
【発明の効果】
【0012】
PARP阻害剤およびATR阻害剤を併用することで、プラチナ製剤に耐性を有する肺がん細胞の増殖を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】siCtrlおよびsiPOLD4処理したA549に対し、ATR阻害剤(VE-821)と、PARP阻害剤(オラパリブ)と、を単独投与した結果を示すグラフである。
【
図2】siCtrlおよびsiPOLD4処理したA549に対し、ATR阻害剤(VE-821)およびPARP阻害剤(オラパリブ)を併用した結果を示すグラフである。
【
図3】siCtrlおよびsiPOLD4処理したA549に対し、ATR阻害剤(VE-822)およびPARP阻害剤(オラパリブ)を併用した結果を示すグラフである。
【
図4】siCtrlおよびsiPOLD4処理したA549に対し、ATR阻害剤(VE-821)およびPARP阻害剤(ベリパリブ)を併用した結果を示すグラフである。
【
図5】siCtrlおよびsiPOLD4処理したPC-9に対し、ATR阻害剤(VE-821)およびPARP阻害剤(オラパリブ)を併用した結果を示すグラフである。
【
図6】siCtrlおよびsiPOLD4処理したPC-10に対し、ATR阻害剤(VE-821)およびPARP阻害剤(オラパリブ)を併用した結果を示すグラフである。
【
図7】siCtrlおよびsiPOLD4処理したNCI-H1975に対し、ATR阻害剤(VE-821)およびPARP阻害剤(オラパリブ)を併用した結果を示すグラフである。
【
図8】A549、NCI-H1975、PC-10、PC-9のmRNA発現量と、ATR阻害剤(VE-821)およびPARP阻害剤(オラパリブ)の併用投与の感受性の関係について調べたグラフである。
【
図9】ATR阻害剤(VE-821)およびPARP阻害剤(オラパリブ)の併用が正常細胞(FB227)へ与える影響について調べたグラフである。
【
図10】図面代用写真で、siCtrlおよびsiPOLD4処理したA549細胞における、RPA、CHK1、CHK2の活性化レベル(RPA、CHK1、CHK2のリン酸化レベル)を調べた写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本出願において開示する肺がんを治療するための併用薬(以下、単に「併用薬」と記載することがある。)、肺がん治療用医薬組成物および併用薬の適応患者を選択するための情報提供方法(以下、単に「情報提供方法」と記載することがある。)について説明する。
【0015】
(併用薬の実施形態)
先ず、併用薬の実施形態について説明する。併用薬の実施形態は、PARP阻害剤を有効成分として含む第1医薬と、ATR阻害剤を有効成分として含む第2医薬と、を含んでいる。
【0016】
第1医薬に含まれるPARP(poly ADP-ribose polymerase;ポリアデノシン5’二リン酸リボースポリメラーゼ)阻害剤は、DNA修復たんぱく質であるPARPを阻害することで、DNA修復を妨げがん細胞の細胞死を誘導することで抗腫瘍効果を奏する。細胞の増殖には遺伝情報が刻まれたDNAの複製が必要で、通常DNAは日々、紫外線などの刺激によって損傷を受けるが、正常な細胞では修復される。DNAの損傷のタイプが一本鎖切断の場合にはPARPが働いて塩基除去修復による修復が行われる。一方、DNAの損傷タイプが二本鎖切断の場合にはBRCA(breast cancer susceptibility gene:乳がんや卵巣がんなどの発生抑制に関与する遺伝子)などが働いて、相同組換え修復による修復が行われる。卵巣がん患者のおよそ半数にはBRCAなどが関わる修復経路に異常があり、二本鎖切断の修復を十分に行えないとされる。DNA損傷が適切に修復されないと細胞が不安定になり細胞のがん化へつながる可能性が高くなる。
【0017】
PARP阻害剤は、PARPの機能を阻害できる物質であれば特に制限はない。限定されるものではないが、例えば、以下に例示する阻害剤が挙げられる。なお、阻害剤が有効成分として含有する化合物の構造式はまとめて記載する。阻害剤名の後ろの()内に記載の数値が、化合物一覧の数値に対応する。
【0018】
Olaparib(AZD2281)(1);Rucaparib(2);Niraparib(MK-4827)(3);Veliparib(ABT-888)(4);Talazoparib(BMN 673)(5);Minocycline(6);Cilostazol(7);PJ34 HCl(8);3-Aminobenzamide(9);DPQ(10);XAV-939(11);Iniparib (BSI-201)(12);AG-14361(13);A-966492(14);UPF 1069(15);AZD2461(16);ME0328(17);Licochalcone D(18);MN 64(19);4′,5,7-Trimethoxyflavon(20);Rucaparib(AG-014699) phosphate(21);GeA-69(22);BYK204165(23);BGP-15 2HCl(24);Atamparib(RBN-2397)(25);Venadaparib(IDX-1197)(26);Niraparib(MK-4827) tosylate(27);NU1025(28);Rucaparib Camsylate(29);Berberine chloride(NSC 646666)(30);Pamiparib(BGB-290)(31);Fluzoparib(SHR-3162)(32);G007-LK(33);NVP-TNKS656(34);Berberine chloride hydrate(35);HI-TOPK-032(36);Stenoparib(E7449)(37);4-Hydroxyquinazoline(38);NMS-P118(39);WIKI4(40);RBN012759(41);AZD5305(42);RK-287107(43);Benzamide(44);JW55(45);Picolinamide(46);CEP-9722(47);E-7016(48)。
【化1】
【0019】
第2医薬に含まれるATR阻害剤は、血管拡張性失調症及びRad3関連たんぱく質(ataxia-telangiectasia and Rad3-related protein;ATR)を阻害する化合物である。ATRキナーゼは、細胞DNA損傷修復プロセスおよび細胞周期シグナル伝達に関与すると考えられるセリン/スレオニンプロテインキナーゼである。ATRキナーゼは、ATM(「血管拡張性失調症変異」)キナーゼおよび他のたんぱく質とともに作用し、一般的にDNA損傷応答(「DDR」)と呼ばれるDNA損傷に対する細胞の応答を調節する。DDRは、修復のための時間を提供する細胞周期チェックポイントを活性化することによって、DNA修復を刺激し、生存を促進し、細胞周期の進行を停止させると考えられている。
【0020】
ATR阻害剤は、ATRの機能を阻害できる物質であれば特に制限はない。限定されるものではないが、例えば、以下に例示する阻害剤が挙げられる。なお、阻害剤が有効成分として含有する化合物の構造式はまとめて記載する。阻害剤名の後ろの()内に記載の数値が、化合物一覧の数値に対応する。
【0021】
AZ20(49);VE-821(50);Berzosertib(VE-822)(51);Dactolisib(BEZ235)(52);ETP-46464(53);CGK 733(54);Ceralasertib(AZD6738)(55);Elimusertib(BAY-1895344)(56);HAMNO(57);VX-803(M4344)(58);Torin 2(59);ETP-46464(60)等が挙げられる。
【化2】
【0022】
第1医薬および第2医薬は、局所投与または全身投与することができる。投与形態は特に限定されず、経口投与および非経口投与の何れでもよい。また、第1医薬および第2医薬は、上記有効成分の他に、投与形態に応じて、薬理学的に許容しうる担体を含ませることができる。担体としては、例えば、賦形剤、崩壊剤若しくは崩壊補助剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、色素、希釈剤、基剤、溶解剤若しくは溶解補助剤、等張化剤、pH調節剤、安定化剤、噴射剤、および粘着剤等が挙げられる。
【0023】
第1医薬および第2医薬は、同時に使用してもよいし、時間差を設けて使用してもよい。両医薬について投与スケジュールを独立して設定し、前記スケジュールに従ってそれぞれの医薬を対象に対して投与することもできる。なお、時間差を設ける場合は、併用による効果を損なわない範囲内で、時間差を設定すればよい。両医薬とも投与回数は任意に設定することができ、単回もしくは複数回の投与を行うことができる。
【0024】
第1医薬および第2医薬の投与量は、患者の体重、年齢、疾患の重篤度等に応じて変動するものであり、特に限定するものではない。投与量は、医師が適宜設定すればよい。なお、本出願で開示する併用薬は、がんと診断されたのちに投与することでがんを治療することに加え、例えば、術後や他の抗がん剤で処置した後に、がん再発予防を目的とした更なる処置にも適用することができる。本明細書において「治療」とは、予防も含むことを意味する。
【0025】
肺がんは、組織型によって、非小細胞肺がんと小細胞肺がんの2つに大きく分けられる。後述する実施例に示すとおり、発生頻度が高い非小細胞肺がんでの効果が期待できる。
【0026】
後述する実施例および比較例に示す通り、POLD4高発現細胞およびPOLD4サイレンシング細胞にPARP阻害剤を単独で投与した場合、POLD4高発現細胞およびPOLD4サイレンシング細胞との間に、PARP阻害剤感受性に特段の差異は見られなかった。また、ATR阻害剤を単独で投与した場合も同様に、POLD4高発現細胞およびPOLD4サイレンシング細胞との間に、ATR阻害剤感受性に特段の差異は見られなかった。しかしながら、PARP阻害剤およびATR阻害剤を併用した場合、POLD4高発現細胞において、濃度依存的に、顕著な細胞増殖の抑制効果が見られた。POLD4発現経路が活性化している細胞に対して、PARP阻害剤およびATR阻害剤を併用投与することで、従来知られていない機序で細胞に作用していると考えられる。
【0027】
なお、本明細書において「高発現」とは、絶対値を意味するのではなく、プラチナ製剤による治療効果が認められない(治療が有効ではない)程度にPOLD4発現経路が活性化していることを意味する。また、本明細書において「プラチナ製剤による治療効果が認められない」とは、プラチナ製剤による治療効果が低い、または、治療効果が低いことが予測されることを意味する。治療効果が低いとは、治療効果がゼロまたは期待される治療効果を下回ることを意味し、患者の治療状況に基づき医師が判断する。治療効果が低いことが予測されるとは、後述する情報提供方法により提供された情報から、例えば、医師が判断すればよい。
【0028】
(肺がん治療用医薬組成物の実施形態)
次に、肺がん治療用医薬組成物の実施形態について説明する。後述する実施例および比較例に示す通り、PARP阻害剤を有効成分として含む第1医薬、および、ATR阻害剤を有効成分として含む第2医薬は、併用することで、顕著な細胞増殖の抑制効果が得られる。したがって、PARP阻害剤を有効成分として含む肺がん治療用医薬組成物(第1医薬)は、ATR阻害剤を有効成分として含む肺がん治療用医薬組成物(第2医薬)との併用療法に使用するための肺がん治療用医薬組成物として提供できる。同様に、ATR阻害剤を有効成分として含む肺がん治療用医薬組成物(第2医薬)は、PARP阻害剤を有効成分として含む肺がん治療用医薬組成物(第1医薬)との併用療法に使用するための肺がん治療用医薬組成物として提供できる。つまり、第1医薬と第2医薬は、併用治療に使用する目的で別々に供与され、使用時に併用してもよい。PARP阻害剤を有効成分として含む肺がん治療用医薬組成物は、上記第1医薬として記載済みである。また、ATR阻害剤を有効成分として含む肺がん治療用医薬組成物は、上記第2医薬として記載済みである。したがって、詳しい記載は省略する。
【0029】
(情報提供方法の実施形態)
次に、情報提供方法の実施形態について説明する。上記のとおり、本出願で開示する併用薬は、POLD4を高発現している場合に有用である。したがって、(1)被検体から肺がん細胞または組織を取得する取得工程と、(2)取得工程で得られた肺がん細胞中または取得工程で得られた組織に含まれる肺がん細胞中で発現しているPOLD4の発現量、またはRPA(Replication Protein A)またはCHK1(Checkpoint kinase 1)またはCHK2(Checkpoint kinase 2)またはH2AX(form of H2A histone family member X)の活性化レベル、またはそれらの組み合わせを測定する工程と、を実施することで、被検者が併用薬の適応患者であるか否か選択するための情報を提供できる。
【0030】
被検体から肺がん細胞または組織を取得する工程は、公知の方法で実施すればよい。
【0031】
また、発現量または活性化レベルを測定する工程は、POLD4の発現量、RPA、CHK1、CHK2、H2AXの活性化レベルが測定できれば特に制限はない。例えば、POLD4の発現量は、リアルタイムPCR等、公知の方法でPOLD4のたんぱく質またはmRNAの発現量を測定すればよい。ところで、POLD4の発現量の低下は、複製ストレスにより誘導されるRPA及びCHK1の活性化レベル(リン酸化レベル)の低下をもたらすことが知られている(必要であれば、鈴木元、他1名、「新規複製ストレス応答因子を介した発がん制御機構の解明」、[令和4年5月13日検索]、インターネット<https://www.acrf.or.jp/joseikin/H31/018.pdf>参照)。また、臨床肺がん検体において、CHK1、CHK2、H2AXが常時活性化していることは既知である(Vassilis G. Gorgoulis et al.,“Activation of the DNA damage checkpoint and genomic instability in human precancerous lesions”,NATURE,VOL 434,2005,p907-912)。したがって、活性化レベルを測定する工程では、POLD4により誘導される、RPA、CHK1、CHK2、H2AXの活性化レベルを測定してもよい。RPA、CHK1、CHK2、H2AXの活性化レベルが高くなるほど、RPA、CHK1、CHK2、H2AXがリン酸化(phosphorylated)する。RPA、CHK1、CHK2、H2AXが、それぞれリン酸化した、pRPA、pCHK1、pCHK2、γH2AXはたんぱく質であることから、例えば、抗体を用いたWestern Blotting等の方法によりpRPA、pCHK1、pCHK2、γH2AXの発現量を測定することで、RPA、CHK1、CHK2、H2AXの活性化レベルを測定できる。なお、上記NATUREの「pTCHK2」は、「pCHK2」と同じ意味である。また、本技術分野において、「pRPA」、「pCHK1」は、それぞれ、「pSRPA」、「pSCHK1」と記載されることもある。
【0032】
情報提供方法により提供された情報は、併用薬の適応患者を選択するための情報として利用できる。患者にとって併用薬が有用であるか否かの判断は、提供された情報に基づき、医師が判断すればよい。
【0033】
以下に実施例を掲げ、本出願で開示する実施形態を具体的に説明するが、この実施例は単に実施形態の説明のためのものである。本出願で開示する技術的範囲を限定したり、あるいは制限することを表すものではない。
【実施例0034】
先ず、使用した細胞株、薬剤、siRNAによるPOLD4の発現抑制(サイレンシング)手順を以下に記載する。
(1)細胞株
非小細胞肺がん細胞株として、A549(肺非小細胞がん)、NCI-H1975(肺非小細胞がん)、PC-9(肺非小細胞がん)、PC-10(肺非小細胞がん)を用いた。なお、細胞は研究開発に先立って、National Institute of Biomedical Innovationにより細胞認証したものを使用した(Cell Authentication Report(KBN0546)およびCell Authentication Report(KBN0613))。なお、A549のATCC番号は「CCL-185TM」、NCI-H1975のATCC番号は「CRL-5908TM」である。また、PC-9のRIKEN BRCの番号は「RCB4455」、PC-10のCellosaurus(Expasy)の番号は「CVCL_7088」である。正常細胞株として用いたFB227(線維芽細胞)は発明者が樹立した(J Clin Mol Med,24:11949-11959,2020)。各細胞株は全て5%ウシ胎児血清を添加したRPMI1640液体培地(Merck,R8758)にて培養した。
【0035】
(2)薬剤
細胞の生存率測定には、PARP1およびPARP2阻害剤であるオラパリブ(ChemScene,CS-0075)およびべリパリブ(Selleck Bioteck,S1004)、並びに、ATR阻害剤であるVE-821(ChemScene,CS-0238)およびVE-822(Selleck Bioteck,S7102)を用いた。
【0036】
(3)siRNAによるPOLD4の発現抑制
POLD4サイレンシングのための細胞へのsiRNA導入にはNeon Transfection System(Invitrogen)を用いた。機器説明書に従ってsiRNAの終濃度20nMでエレクトロポレーションを行い、72時間培養後に実験に用いた。
サイレンシングの対照実験のためのsiCtrl(SIC002-10)、および、POLD4サイレンシングのためのsiPOLD4(SASI_Hs01_00122671)は、Merckより購入した。なお、以下の実験および図において、POLD4サイレンシング処理した細胞(POLD4の発現が抑制された細胞)を「siPOLD4」、サイレンシングの対照実験のためのsiCtrl処理した細胞(POLD4高発現)を「CTRL」と記載することがある。
【0037】
[コロニーフォーメーションアッセイによる生存率測定]
<ATR阻害剤、PARP阻害剤の単独投与(比較例1)>
siCtrlおよびsiPOLD4処理したA549(肺非小細胞がん細胞)に対し、ATR阻害剤(VE-821)と、PARP阻害剤(オラパリブ)と、を単独投与した時の効果について確認した。処理細胞に対してVE-821を終濃度0μM、0.2μM、0.5μMとなるよう調整した培地を用いてそれぞれ6ウェルプレートに播種した。また、処理細胞に対してオラパリブを終濃度0μM、2μM、5μM、10μMとなるよう調整した培地を用いてそれぞれ6ウェルプレートに播種した。36時間培養後に薬剤添加培地を除き、リン酸緩衝生理食塩水にて3回洗浄後に通常培地に置換して7~14日間培養した。その後、培地を染色液(0.025%クリスタルバイオレット、25%メタノール)に置換して室温で15分間反応させてコロニーを染色し、流水にて洗浄・風乾後にコロニー数の測定を行った。
図1に結果を示す。
図1から明らかなように、ATR阻害剤と、PARP阻害剤と、を単独で投与した場合、CTRLおよびsiPOLD4との間に特段の差異は見られなかった。
【0038】
<ATR阻害剤およびPARP阻害剤の併用投与>
次に、ATR阻害剤およびPARP阻害剤の種類を変えながら併用投与、更に、異なる細胞株を用いた実験を行った。
【0039】
(実施例1)
上記比較例1に記載のCTRLおよびsiPOLD4に対し、ATR阻害剤(VE-821)を終濃度0μM、0.2μM、0.5μMとなるよう調整した培地を用いてそれぞれ6ウェルプレートに播種した後、各ウェルにPARP阻害剤(オラパリブ)を終濃度0μM、2μM、5μM、10μMとなるよう添加した以外は、比較例1と同様の手順でコロニー数の測定を行った。
図2に結果を示す。
図2から明らかなように、ATR阻害剤(VE-821)およびPARP阻害剤(オラパリブ)を併用した場合、濃度依存的に、siPOLD4と比較してPOLD4高発現株であるCTRLの細胞増殖が顕著に抑制された。比較例1では、ATR阻害剤(VE-821)と、PARP阻害剤(オラパリブ)と、を単独で用いた場合には、siPOLD4とCTRLの間に特段の差異は見られなかったことから、ATR阻害剤(VE-821)およびPARP阻害剤(オラパリブ)の併用がPOLD4発現経路に新たな機序に基づき作用したことで、細胞増殖が抑制されたと推測できる。
【0040】
(実施例2)
実施例1のATR阻害剤であるVE-821に替え、VE-822を用いた。VE-822を終濃度0μM、0.05μMとなるよう調整した培地を用いてそれぞれ6ウェルプレートに播種した後、PARP阻害剤(オラパリブ)を終濃度0μM、1μM、2μM、5μMとなるよう添加した以外は、実施例1と同様の手順で実験を行った。
図3に結果を示す。
図3から明らかなように、ATR阻害剤として、VE-821に替えVE-822を用いた場合でも、実施例1と同様の効果が得られることを確認した。
【0041】
(実施例3)
実施例1のPARP阻害剤であるオラパリブに替え、ベリパリブを用いた。ATR阻害剤(VE-821)を終濃度0μM、1μMとなるよう調整した培地を用いてそれぞれ6ウェルプレートに播種した後、PARP阻害剤(ベリパリブ)を終濃度0μM、10μM、20μM、50μMとなるよう添加した以外は、実施例1と同様の手順で実験を行った。
図4に結果を示す。
図4から明らかなように、PARP阻害剤として、オラパリブに替えベリパリブを用いた場合でも、実施例1と同様の効果が得られることを確認した。
【0042】
(実施例4~6)
実施例1のA549(肺非小細胞がん)に替え、PC-9(肺非小細胞がん;実施例4)、PC-10(肺非小細胞がん;実施例5)、NCI-H1975(肺非小細胞がん;実施例6)を用いた。なお、NCI-H1975(肺非小細胞がん;実施例6)細胞については、ATR阻害剤(VE-821)を終濃度0μM、1μM、2μMとなるよう調整した培地を用いてそれぞれ6ウェルプレートに播種し、PARP阻害剤(オラパリブ)を終濃度0μM、1μM、2μM、5μMとなるよう添加した以外は、実施例1と同様の手順で実験を行った。
図5にPC-9(実施例4)、
図6にPC-10(実施例5)、
図7にNCI-H1975(実施例6)の結果を示す。
図5~
図7に示す結果から明らかなように、A549以外の肺非小細胞がん細胞NCI-H1975においても、ATR阻害剤(VE-821)およびPARP阻害剤(オラパリブ)の併用は、POLD4 mRNA発現量依存的に細胞の増殖を協調的に抑制できる効果が観察された。一方、A549、NCI-H1975に比してPOLD4発現量の低いPC-9(実施例4)、PC-10(実施例5)については、siPOLD4とCTRLの間に顕著な差異は見られなかった。
【0043】
[POLD4発現量と、ATR阻害剤およびPARP阻害剤の併用投与の感受性について]
(実施例7)
次に、複数種類の細胞を用い、RT-qPCRによるPOLD4 mRNA定量によるmRNA発現量と、ATR阻害剤およびPARP阻害剤の併用投与の感受性の関係について調べた。実施例7では、A549(肺非小細胞がん)、NCI-H1975(肺非小細胞がん)、PC-10(肺非小細胞がん)、PC-9(肺非小細胞がん)をそのまま用いた。細胞RNAは、miRNeasy kit(Qiagen,1038703)を用いて抽出した。SuperScript(登録商標) VILO(登録商標) cDNA Synthesis Kit(Invitrogen, 11754050)を用いてRNAからcDNAを合成し、QuantiTect SYBR(登録商標) Green PCR Kit(Qiagen,204143)およびRotor Gene 3000 system(Qiagen)によりリアルタイムPCRを行った。POLD4のプライマーはpolD4F1(配列番号1:5’-ACAGAAGCGAGAGCCCATTG)、polD4R1(配列番号2:5’-GATGGAGGAGTTGAGCCTCTGA)を、内在性コントロールである18Sのプライマーは18S FWD(配列番号3:5’-AATCAGGGTTCGATTCCGGA)、18S RV(配列番号4:5’-CCAAGATCCAACTACGAGCT)を用いた。POLD4と18SのCt値から、細胞間のΔΔCt値を求めることでPOLD4の相対的発現量を定量した。ATR阻害剤(VE-821)を終濃度0.5μMとなるよう調整した培地を用いてそれぞれ6ウェルプレートに播種した後、PARP阻害剤(オラパリブ)を終濃度が0μM~10μMとなるように濃度を変えながら添加することでオラパリブの半数阻害濃度(IC
50)を調べ、IC
50のPOLD4のmRNAを測定した。
図8に結果を示す。相関係数Rは0.95であり、POLD4の経路活性が高い細胞(A549およびNCI-H1975)は低い細胞(PC-10、PC-9)に比べて、ATR阻害剤およびPARP阻害剤の併用投与の感受性が高いことを確認した。
【0044】
[ATR阻害剤およびPARP阻害剤が正常細胞へ与える影響について]
(実施例8)
次に、MTTアッセイによる生存率測定方法を用い、ATR阻害剤およびPARP阻害剤が正常細胞に与える影響を調べた。細胞にはA549(肺非小細胞がん細胞)およびFB227(正常細胞)を用いた。ATR阻害剤(VE-821)を終濃度0M、0.5μMとなるように調整した培地を用いてそれぞれ96ウェルプレートに播種した後、各ウェルにPARP阻害剤(オラパリブ)を終濃度0~200μMとなるよう添加した。72時間培養後にCell Counting Kit-8(DOJINDO)を用いて発色させ、マイクロプレートリーダーにて吸光度を測定することで生細胞数を決定した。
図9に結果を示す。
図9から明らかなように、ATR阻害剤およびPARP阻害剤が正常細胞へ与える影響は、がん細胞より低いことを確認した。
【0045】
[RPA、CHK1、CHK2の活性化レベルの測定]
(実施例9)
次に、A549細胞を用いて、RPA、CHK1、CHK2の活性化レベルの測定を行った。具体的には、siCtrl及びsiPOLD4処理したA549細胞に対し、シスプラチン(FUJIFILM Wako,033-20091)を終濃度10μMとなるように添加した。24時間培養後にリン酸緩衝生理食塩水にて洗浄し、全細胞溶解液を抽出してLaemli法によるSDS電気泳動を行った。泳動後、たんぱく質はPVDF膜(Immobilon-P,Millipore)に転写し、抗RPA抗体(Abcam,ab2175)、抗pRPA(S4/S8)抗体(Bethyl,A300-245A)、抗pCHK1(S345)抗体(Cell Signaling,2348S)、抗pCHK2(T68)抗体(Cell Signaling,2197S)、抗Histone H3抗体(Abcam,ab1791)を用いてウエスタンブロッティングを行った。シグナルの検出には、ECL Western Blotting Detection Reagent(cytiva, RPN2106)及びLumino Graph I (ATTO)を用いた。
【0046】
図10に結果を示す。
図10から明らかなように、POLD4高発現株であるsiCtrlと比較して、POLD4の発現が抑制されたsiPOLD4では、pRPA、pCHK1、pCHK2の発現が抑制されたこと、つまり、RPA、CHK1、CHK2の活性化レベルが抑制されたことを確認した。実施例7に記載のとおり、POLD4の経路活性が高い細胞ほど、ATR阻害剤およびPARP阻害剤の併用投与の感受性が高い。したがって、肺がん細胞中または組織中で発現しているPOLD4の発現量、または、RPA、CHK1、CHK2、H2AXの活性化レベル、またはそれらの組み合わせの情報は、併用薬の適応患者を選択するための情報として利用できる。