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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023179643
(43)【公開日】2023-12-19
(54)【発明の名称】被覆工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20231212BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20231212BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C14/06 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023175169
(22)【出願日】2023-10-10
(62)【分割の表示】P 2022501088の分割
【原出願日】2021-02-19
(31)【優先権主張番号】P 2020028679
(32)【優先日】2020-02-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000233066
【氏名又は名称】株式会社MOLDINO
(71)【出願人】
【識別番号】598051691
【氏名又は名称】エリコン・サーフェス・ソリューションズ・アクチェンゲゼルシャフト,プフェフィコーン
【氏名又は名称原語表記】OERLIKON SURFACE SOLUTIONS AG, PFAEFFIKON
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100142424
【弁理士】
【氏名又は名称】細川 文広
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 智也
(72)【発明者】
【氏名】久保田 和幸
(72)【発明者】
【氏名】ヤラマンチリ クマール
(72)【発明者】
【氏名】クラポフ デニス
(72)【発明者】
【氏名】カルス ボルフガング
(57)【要約】
【課題】被覆工具の耐久性を高める。
【解決手段】本発明の被覆工具は、基材と、基材の上に硬質皮膜を有する。前記硬質皮膜はスパッタリング皮膜である。硬質皮膜は、アルミニウム(Al)を65原子%以上90原子%以下、チタン(Ti)を10原子%以上35原子%以下、アルミニウム(Al)とチタン(Ti)の合計を85原子%以上、アルゴン(Ar)を0.20原子%以下で含有している窒化物または炭窒化物である。硬質皮膜は、透過型電子顕微鏡の制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルにおいて、六方最密充填構造のAlNの(010)面のピーク強度Ihと、TiNおよびAlNの所定の9つの結晶面に起因するピーク強度の合計Isとが、Ih×100/Is≦12の関係を満たす。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材の上に硬質皮膜を有する被覆工具であって、
前記硬質皮膜はスパッタリング皮膜であり、
前記硬質皮膜は、金属(半金属を含む)元素の総量に対して、アルミニウム(Al)を65原子%以上90原子%以下で含有しており、チタン(Ti)を10原子%以上35原子%以下で含有しており、かつ、アルミニウム(Al)とチタン(Ti)の合計を85原子%以上で含有しており、
金属元素(半金属を含む)と非金属元素の総量に対して、アルゴン(Ar)を0.20原子%以下で含有している窒化物または炭窒化物であり、
前記硬質皮膜は、透過型電子顕微鏡の制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルにおいて、六方最密充墳構造のAlN(010)面に起因するピーク強度をIhとし、面心立方格子構造の、AlNの(111)面、TiNの(111)面、AlNの(200)面、TiNの(200)面、AlNの(220)面、TiNの(220)面に起因するピーク強度と、六方最密充填構造の、AlNの(010)面、AlNの(011)面、およびAlNの(110)面に起因するピーク強度と、の合計をIsとした場合、Ih×100/Is≦12の関係を満たすことを特徴とする被覆工具。
【請求項2】
前記硬質皮膜は、相対的に粗大な粒子が主体となる領域と相対的に微細な粒子が主体となる領域とを有する組織であることを特徴とする請求項1に記載の被覆工具。
【請求項3】
前記相対的に粗大な粒子が主体となる領域の平均結晶粒径は、前記相対的に微細な粒子が主体となる領域の平均結晶粒径の1.2倍以上4.0倍以下であることを特徴とする請求項2に記載の被覆工具。
【請求項4】
前記相対的に粗大な粒子が主体となる領域では、Ih×100/Isの値は0以上8以下であり、前記相対的に微細な粒子が主体となる領域では、Ih×100/Isの値は4以上12以下であることを特徴とする請求項3に記載の被覆工具。
【請求項5】
前記硬質皮膜は、前記基材の直上に設けられていることを特徴とする請求項1~4の何れか1項に記載の被覆工具。
【請求項6】
前記硬質皮膜は、ナノインデンテーション硬度が30GPa以上、弾性係数が500GPa以上であることを特徴とする請求項1~5の何れか1項に記載の被覆工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金型や切削工具等の工具に適用する被覆工具に関する。
本願は、2020年2月21日に、日本に出願された特願2020-028679号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
AlとTiの窒化物または炭窒化物(以下、AlTiNやAlTiCNと記載する場合もある。)は耐摩耗性と耐熱性に優れる膜種であり、被覆金型や被覆切削工具として広く適用されている。一般的に、AlTiNおよびAlTiCNは、Alの含有比率が大きくなると、脆弱な六方最密充填構造(以下、hcp構造と称する場合もある。)のAlNが増加する。hcp構造のAlNが増加すると、硬質皮膜の硬度が低下し、工具性能が低下する(特許文献1)。
【0003】
AlTiNまたはAlTiCNにおいて、X線回折で面心立方格子構造(以下、fcc構造と称する場合もある。)のピーク強度しか測定されない場合であっても、ミクロ組織にはhcp構造のAlNを含有する場合がある。そして、被加工材の高硬度化や高速切削等の過酷な使用環境下においては、硬質皮膜のミクロ組織に含まれるhcp構造のAlNが増加することで工具性能が低下する傾向にある。このような課題に対して、本願出願人は、高硬度鋼の切削加工に好適な被覆切削工具として、チタンボンバードによって形成される中間皮膜上に、ミクロ組織に含有するhcp構造のAlNを低減したAlリッチなAlTiNまたはAlTiCNを設けた被覆切削工具を提案している(特許文献2)。
【0004】
特許文献1、2の具体的な実施例では、物理蒸着法の中でもアークイオンプレーティング法が適用されている。物理蒸着法は硬質皮膜に残留圧縮応力を付与して耐欠損性を高めるため、主にミーリング加工を行う被覆切削工具において適用されている。物理蒸着法の中でもアークイオンプレーティング法はターゲットのイオン化率が高く、基材との密着性に優れる硬質皮膜が得られるため広く利用されている。アークイオンプレーティング法ではターゲット成分をアーク放電によって蒸発させて被覆するため、硬質皮膜は不可避的に数マイクロメートルのドロップレットを多く含有する。
【0005】
一方、物理蒸着法の中でもターゲット成分をアルゴンガスでスパッタリングして被覆するスパッタリング法はドロップレットが発生し難いため平滑な硬質皮膜が得られる。但し、スパッタリング法は、アークイオンプレーティング法に比べてターゲットのイオン化率が低いため、硬質皮膜の内部に空隙を形成し易く、硬質皮膜と基材との密着性にも乏しい。そのため、一般的にスパッタリング法で被覆した硬質皮膜は、アークイオンプレーティング法で被覆した硬質皮膜に比べて耐久性が低い傾向にある。
小径工具では、工具径に対して硬質皮膜の表面に存在するドロップレットの影響が大きくなる。そのため、スパッタリング法で耐久性が優れる硬質皮膜を被覆することができれば、工具径が3mm以下、更には2mm以下の小径エンドミル等の小径工具において、工具性能の更なる改善が見込まれる。
【0006】
近年では、ターゲットのイオン化率を高めるために、ターゲットに印加する電力を瞬間的に高くした高出力スパッタリング法でAlTiNを被覆した被覆切削工具が提案され始めている(特許文献3~5)。引用文献6では、高出力スパッタリング法で被覆したAlリッチのAlTiNについて、X線回折でfcc構造であることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平8-209333号公報
【特許文献2】国際公開第2014/157688号
【特許文献3】特開2011-189419号公報
【特許文献4】特開2013-202700号公報
【特許文献5】国際公開第2017/170536号
【特許文献6】国際公開第2019/48507号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
スパッタリング法で被覆したAlリッチのAlTiNについて、不可避的に含有されるアルゴンとミクロ組織に含まれるhcp構造のAlNを低減することは十分に検討されておらず、被覆工具の耐久性に改善の余地があった。
本発明は上記の事情に鑑み、スパッタリング法で被覆したAlリッチのAlTiNまたはAlTiCNを主体とする硬質皮膜の内部に含まれる欠陥を低減して、被覆工具の耐久性を高めることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、基材と、前記基材の上に硬質皮膜を有する被覆工具であって、
前記硬質皮膜はスパッタリング皮膜であり、
前記硬質皮膜は、金属(半金属を含む)元素の総量に対して、アルミニウム(Al)を65原子%以上90原子%以下で含有しており、チタン(Ti)を10原子%以上35原子%以下で含有しており、かつ、アルミニウム(Al)とチタン(Ti)の合計を85原子%以上で含有しており、
金属元素(半金属を含む)と非金属元素の総量に対して、アルゴン(Ar)を0.20原子%以下で含有している窒化物または炭窒化物であり、
前記硬質皮膜は、透過型電子顕微鏡の制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルにおいて、六方最密充墳構造のAlN(010)面に起因するピーク強度をIhとし、面心立方格子構造の、AlNの(111)面、TiNの(111)面、AlNの(200)面、TiNの(200)面、AlNの(220)面、TiNの(220)面に起因するピーク強度と、六方最密充填構造の、AlNの(010)面、AlNの(011)面、およびAlNの(110)面に起因するピーク強度と、の合計をIsとした場合、Ih×100/Is≦12の関係を満たす被覆工具。
【0010】
前記硬質皮膜は、相対的に粗大な粒子が主体となる領域と相対的に微細な粒子が主体となる領域とを有する組織であることが好ましい。
前記相対的に粗大な粒子が主体となる領域の平均結晶粒径は、前記相対的に微細な粒子が主体となる領域の平均結晶粒径の1.2倍以上4.0倍以下であることが好ましい。
前記相対的に粗大な粒子が主体となる領域では、Ih×100/Isの値は0~8であり、前記相対的に微細な粒子が主体となる領域では、Ih×100/Isの値は4~12であることが好ましい。
前記硬質皮膜は、前記基材の直上に設けられていることが好ましい。
前記硬質皮膜は、ナノインデンテーション硬度が30GPa以上、弾性係数が500GPa以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、耐久性に優れる被覆工具を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】相対的に粗大な粒子が主体となる領域と相対的に微細な粒子が主体となる領域とを有する硬質皮膜の透過型電子顕微鏡による断面観察写真の一例である。
図2図1における相対的に粗大な粒子が主体となる領域の拡大写真である。
図3図2における制限視野回折パターンを示す図である。
図4図3に示す制限視野回折パターンの強度プロファイルを示す図である。
図5図1における相対的に微細な粒子が主体となる領域の拡大写真である。
図6図5における制限視野回折パターンを示す図である。
図7図6に示す制限視野回折パターンの強度プロファイルを示す図である。
図8】比較例の透過型電子顕微鏡による断面観察写真の一例である。
図9図8における制限視野回折パターンを示す図である。
図10図9に示す制限視野回折パターンの強度プロファイルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者は、スパッタリング法でAlリッチのAlとTiの窒化物または炭窒化物を被覆した被覆工具について、金属元素と非金属元素の総量に対するアルゴン(Ar)の含有比率を制御し、かつ、ミクロレベルでhcp構造のAlNを低減することで、耐久性が向上することを知見した。以下、本発明の実施形態の詳細について説明をする。
本実施形態の被覆工具は、基材の表面にAlとTiの窒化物または炭窒化物を有する被覆工具である。本実施形態の被覆工具は、金型や切削工具に適用することができる。特に、工具径が3mm以下、更には2mm以下の小径エンドミルに適用することが好ましい。
【0014】
<基材>
本実施例において、基材は特段限定されるものではない。冷間工具鋼、熱間工具鋼、高速度鋼、超硬合金等を用途に応じて適宜適用すればよい。基材は予め窒化処理やメタルボンバード処理等をしても良い。また、ラッピング等により鏡面加工をしてもよい。
【0015】
<アルミニウム(Al)、チタン(Ti)>
本実施形態に係る硬質皮膜は、窒化物または炭窒化物であり、金属(半金属を含む)元素の総量に対して、アルミニウム(Al)を65原子%以上90原子%以下で含有しており、チタン(Ti)を10原子%以上35原子%以下で含有しており、かつ、アルミニウム(Al)とチタン(Ti)の合計を85原子%以上で含有している。AlとTiを主体とする窒化物または炭窒化物は耐摩耗性と耐熱性のバランスに優れる膜種であり、基材との密着性にも優れ、特にAlの含有比率を大きくすることで硬質皮膜の耐熱性がより向上する。また、Alの含有比率を大きくすることで、工具表面に酸化保護皮膜が形成され易くなるとともに、皮膜組織が微細になるため、溶着による硬質皮膜の摩耗が抑制され易くなる。
【0016】
本実施形態に係る硬質皮膜は、Alの添加効果を十分に発揮するために、金属(半金属を含む。以下、同様)元素全体を100原子%とした場合、Alの含有比率を65原子%以上とする。より好ましくは、Alの含有比率は70原子%以上である。より好ましくは、Alの含有比率は75原子%以上である。一方、Alの含有比率が大きくなり過ぎるとhcp構造のAlNが増加して硬質皮膜の靭性が低下する。そのため、本実施形態に係る硬質皮膜は、金属元素全体を100原子%とした場合、Alの含有比率を90原子%以下とする。より好ましくは、Alの含有比率は85原子%以下である。
【0017】
本実施形態に係る硬質皮膜は、金属元素全体を100原子%とした場合、Tiの含有比率を10原子%以上とする。より好ましくは、Tiの含有比率は15原子%以上である。これにより、硬質皮膜に優れた耐摩耗性を付与することができる。一方、硬質皮膜に含有されるTiの含有比率が大きくなり過ぎると、上述したAlの含有比率を大きくすることによる効果が得られ難い。そのため、本実施形態に係る硬質皮膜は、金属元素全体を100原子%とした場合、Tiの含有比率を35原子%以下とする。より好ましくは、Tiの含有比率は30原子%以下である。より好ましくは、Tiの含有比率は25原子%以下である。
【0018】
本実施形態に係る硬質皮膜は、被覆工具に優れた耐久性を付与するために、金属元素全体を100原子%とした場合、AlとTiの合計を85原子%以上とする。より好ましくはAlとTiの合計は90原子%以上である。また、本実施形態に係る硬質皮膜は、AlとTiの窒化物または炭窒化物であってもよい。耐熱性がより優れる膜種である窒化物であることが好ましい。
本実施形態に係る硬質皮膜の金属元素の含有比率は、鏡面加工した硬質皮膜について、電子プローブマイクロアナライザー装置(EPMA)を用いて測定することができる。この場合、例えば、硬質皮膜表面の鏡面加工後、直径が約1μmの分析範囲を5点分析した平均から求めることができる。
【0019】
<アルミニウム(Al)、チタン(Ti)以外の金属元素>
本実施形態に係る硬質皮膜には、AlとTi以外の金属元素を含有しても良い。例えば、本実施形態に係る硬質皮膜は、耐摩耗性や耐熱性などの向上を目的として、周期律表の4a族、5a族、6a族の元素およびSi、B、Yから選択される1種または2種以上の元素を含有することもできる。これらの元素は被覆工具の皮膜特性を向上させるために一般的に含有されている。AlとTi以外の金属元素は被覆工具の耐久性を著しく低下させない範囲で添加可能である。但し、アルミニウム(Al)、チタン(Ti)以外の金属元素の含有比率が大きくなり過ぎると、被覆工具の耐久性が低下する場合がある。そのため、本実施形態に係る硬質皮膜が、アルミニウム(Al)、チタン(Ti)以外の金属元素を含有する場合、その合計の含有比率は12原子%以下であることが好ましい。
【0020】
<アルゴン(Ar)>
本実施形態に係る硬質皮膜は、金属元素と非金属元素の総量に対して、アルゴン(Ar)を0.20原子%以下で含有する。
硬質皮膜の欠陥となるドロップレットは、スパッタリング法を適用することで発生頻度を低減させることができる。一方、スパッタリング法ではアルゴンイオンを用いてターゲット成分をスパッタリングするため、スパッタリング法で被覆した硬質皮膜はアルゴンを少なからず含有する。とりわけ、アルゴンは結晶粒界に濃化し易く、結晶粒径が微粒になるとアルゴンの含有比率が大きくなる傾向になる。本実施形態に係る硬質皮膜のように、Alの含有比率を大きくすると硬質皮膜の組織が微細化する傾向にあり、結晶粒界が増加することでアルゴンを多く含有し易くなる。アルゴンの含有比率が大きくなると、結晶粒界において粒子同士の結合力が低下するため、被覆工具に優れた耐久性を付与するためには、硬質皮膜のAlの含有比率を大きくしつつ、アルゴンの含有比率を一定以下にすることが有効である。具体的には、本実施形態に係る硬質皮膜は、金属元素と非金属元素の総量に対して、アルゴンを0.20原子%以下で含有させる。より好ましくは、本実施形態の硬質皮膜は、アルゴンを0.10原子%以下で含有させる。
なお、本実施形態に係る硬質皮膜は、アルゴン以外に他の希ガスを含有した混合ガスを用いてスパッタリングすれば、アルゴン以外の希ガスも含有しうる。
【0021】
スパッタリング法において、硬質皮膜に含まれるアルゴンの含有比率を限りなく0原子%に近づけようとすると、アルゴンの流量が小さくなり過ぎてスパッタリングが安定しない。また、仮にアルゴンの含有比率が0原子%に近づくとしても、靭性、耐熱性、耐摩耗性といった工具に適用する硬質皮膜としての基本的な特性が損なわれうる。本実施形態に係る硬質皮膜は、アルゴンの含有比率の下限は特段限定されないが、スパッタリング法を安定させて、被覆工具に適用する硬質皮膜としての基本的な皮膜特性を確保するために、アルゴンを0.02原子%以上で含有させることが好ましい。
【0022】
<窒素(N)>
本実施形態に係る硬質皮膜は、金属(半金属を含む)元素と窒素、酸素、炭素、アルゴンの含有比率を100原子%とした場合、窒素元素の含有比率Nと金属(半金属を含む)元素の含有比率Meの比率N/Meの値が1.0以上であることが好ましい。これにより、硬質皮膜に窒化物が十分に形成されて耐久性が優れる傾向にある。但し、窒素の含有比率が大きくなり過ぎると、硬質皮膜が自己破壊を起こし易くなるので、比率N/Meの値は1.1以下にすることが好ましい。
【0023】
本実施形態に係る硬質皮膜の窒素およびアルゴンの含有比率は、上述した金属元素の含有比率の測定と同様に、鏡面加工した硬質皮膜について、電子プローブマイクロアナライザー装置(EPMA)を用いて測定することができる。上述した金属元素の含有比率の測定と同様に、鏡面加工後、直径が約1μmの分析範囲を5点分析した平均から求めることができる。
本実施形態に係る硬質皮膜は、非金属元素としては窒素以外に微量のアルゴン、酸素、炭素が含まれうる。
【0024】
<酸素(O)、炭素(C)>
本実施形態に係る硬質皮膜は窒化物または炭窒化物であるが、微量の酸素を含有しうる。酸素は硬質皮膜の中に微量な酸化物を形成するため、靭性を低下させうる。硬質皮膜に不避的に含有される酸素を低減することができれば、硬質皮膜の靭性を高めることができる。また、窒化物の場合でも微量の炭素を含有しうる。
【0025】
本実施形態に係る硬質皮膜では、硬質皮膜に含有される微量な酸化物を極力少なくするため、酸素の含有比率を5.0原子%以下とすることが好ましい。より好ましくは、酸素の含有比率を4.0原子%以下とする。また、硬質皮膜に含有される炭化物が多くなり過ぎると被覆工具の耐久性が低下する傾向にあるので、炭素の含有比率を5.0原子%以下とすることが好ましい。より好ましくは、炭素の含有比率を3.0原子%以下とする。
【0026】
<結晶構造>
本実施形態に係る硬質皮膜は、ミクロ組織に含まれるhcp構造のAlNが少ない。ミクロ組織に含まれるhcp構造のAlNが少ないことでAlの含有比率が大きい被覆工具の耐久性が向上する。
硬質皮膜のミクロ組織に存在するhcp構造のAlNを定量的に求めるには、硬質皮膜の加工断面について、透過型電子顕微鏡を用いて制限視野回折パターンを求め、制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルを用いる。具体的には、制限視野回折パターンの輝度を変換し、横軸を(000)面スポット中心からの距離(半径r)、縦軸を各半径rにおける円一周分の積算強度(任意単位)として、制限視野回折パターンから強度プロファイルを求める。そして、透過型電子顕微鏡の制限視野回折パターンの強度プロファイルにおいて、Ih×100/Isの関係を評価する。本評価では、強度プロファイルのバックグラウンド値を除去する。測定場所は膜厚方向における断面とする。IhおよびIsは以下のように定義される。
【0027】
Ih:hcp構造のAlNの(010)面に起因するピーク強度。
Is:fcc構造の、AlNの(111)面、TiNの(111)面、AlNの(200)面、TiNの(200)面、AlNの(220)面、およびTiNの(220)面に起因するピーク強度と、hcp構造の、AlNの(010)面、AlNの(011)面、およびAlNの(110)面に起因するピーク強度と、の合計。
【0028】
上記IhとIsの関係を評価することで、ミクロ組織に含まれるhcp構造のAlNを定量的に評価することができる。Ih×100/Isの値がより小さいことは、ミクロ組織に存在する脆弱なhcp構造のAlNがより少ないことを意味する。
本実施形態においては、硬質皮膜がIh×100/Is≦12を満たす構成とすることで、良好な耐久性を有する被覆切削工具を実現した。更には、硬質皮膜においてhcp構造のAlNの(010)面に起因するピーク強度が確認されない構成、すなわち、硬質皮膜がIh×100/Is=10以下を満たす構成であることが好ましい。なお、制限視野回折パターンにおいて、hcp構造のAlNの回折パターンが確認される場合でも、その量が微量であれば、強度プロファイルにはピークが現れずIh×100/Isの値は0になる場合がある。
【0029】
本実施形態に係る硬質皮膜は、Alの含有比率が78原子%未満の場合、概ね均一な組織となり易い。一方、本実施形態に係る硬質皮膜は、硬質皮膜に含まれるAlの含有比率が78原子%以上、更には80原子%以上になると、基材の表面状態の影響を受けて、相対的に粗大な粒子が主体となる領域と相対的に微細な粒子が主体となる領域とが混在する組織になり易い。平滑な基材の上には、相対的に粗大な粒子が主体となる領域が形成される傾向にある。凹凸の多い基材の上には、相対的に微細な粒子が主体となる領域が形成される傾向にある。本実施形態では、いずれの領域でもIh×100/Isの値は12以下とする。
相対的に粗大な粒子が主体となる領域では、ミクロ組織に存在するhcp構造のAlNが相対的に少ない傾向にある。相対的に粗大な粒子が主体となる領域では、Ih×100/Isの値は0~8であることが好ましい。相対的に粗大な粒子が主体となる領域は靭性に優れる傾向にある。一方、相対的に微細な粒子が主体となる領域では、ミクロ組織に存在するhcp構造のAlNが相対的に多い傾向にある。相対的に微細な粒子が主体となる領域では、Ih×100/Isの値は4~12であることが好ましい。相対的に微細な粒子が主体となる領域は耐摩耗性に優れる傾向にある。相対的に微粒な粒子が主体となる領域が多い方が好ましい。
【0030】
<平均結晶粒径>
本実施形態に係る硬質皮膜は、硬質皮膜の平均結晶粒径が5nm以上であることが好ましい。硬質皮膜のミクロ組織が微細になり過ぎると、硬質皮膜の組織が非晶質に近くなるため靭性が著しく低下する。硬質皮膜の結晶性を高めて脆弱な非晶質相を低減するには、硬質皮膜の平均結晶粒径を5nm以上とすることが好ましい。より好ましくは、硬質皮膜の平均結晶粒径は20nm以上である。また、硬質皮膜のミクロ組織が粗大になり過ぎると靭性が低下するとともに、硬質皮膜の破壊単位が大きくなるため工具の損傷が大きくなる。硬質皮膜の靭性を高め、かつ、破壊単位を小さくして工具損傷を抑制するには、硬質皮膜の平均結晶粒径を100nm以下とすることが好ましい。より好ましくは、硬質皮膜の平均結晶粒径は80nm以下である。
硬質皮膜の内部での組織差が大きいと強度が低下する。そのため、相対的に粗大な粒子が主体となる領域と相対的に微細な粒子が主体となる領域とが混在する組織となる場合でも、相対的に粗大な粒子が主体となる領域の平均結晶粒径は、相対的に微細な粒子が主体となる領域の平均結晶粒径の1.2倍以上4.0倍以下とすることが好ましい。更には、3.0倍以下とすることが好ましい。
本実施形態に係る硬質皮膜の平均結晶粒径は、透過型電子顕微鏡を用いて、膜厚方向に対して垂直方向に結晶粒子の幅を測定する。10個以上の結晶粒子の幅を測定し、それらの平均値を平均結晶粒径とすることが好ましい。
【0031】
<ドロップレット>
本実施形態に係る硬質皮膜は、断面観察において円相当径が1μm以上のドロップレットが100μm当たり5個以下であることが好ましい。物理蒸着法で被覆する硬質皮膜では、ドロップレットが主な物理的な欠陥となりうる。とりわけ、円相当径が1μm以上の粗大なドロップレットは硬質皮膜の内部で破壊の起点となりうるため、その発生頻度を低減することで、硬質皮膜の靭性を高めることができる。本実施形態においては、硬質皮膜の断面観察において、円相当径が1μm以上のドロップレットを100μm当たり5個以下にすることが好ましい。より好ましくは、100μm当たり3個以下である。更に好ましくは、100μm当たり1個以下である。更には、円相当径が5μm以上のドロップレットを含有しないことが好ましい。
また、硬質皮膜の表面についても、円相当径が1μm以上のドロップレットが、100μm当たり5個以下であることが好ましい。より好ましくは、硬質皮膜の表面のドロップレットは100μm当たり3個以下である。更に好ましくは、硬質皮膜の表面のドロップレットは100μm当たり1個以下である。
本明細書における「ドロップレット」は、ターゲットから突発的に飛散する1~数十μm程度の金属粒子に起因する硬質皮膜上の付着物である。
【0032】
硬質皮膜の断面観察においてドロップレットを評価するには、硬質皮膜を鏡面加工した後、収束イオンビーム法で加工して観察試料を作製する。透過型電子顕微鏡を用いて、観察試料の鏡面加工された面を5,000~10,000倍で複数の視野を観察する。また、硬質皮膜の表面のドロップレットの個数は、走査型電子顕微鏡(SEM)等を用いて硬質皮膜の表面を観察することで求めることができる。
【0033】
<中間皮膜>
本実施形態に係る硬質皮膜は、基材の直上に設けることが好ましい。硬質皮膜を基材の直上に設けることで硬質皮膜の結晶性が高まり、面心立方構造の結晶組織をより得やすい傾向にある。このメカニズムは不明であるが、基材の表面状態、基材上に到達した粒子の基材上での運動エネルギーおよびエピタキシャル成長が影響したと推定される。本実施形態の被覆工具は、基材の直上に設けることで、より安定してミクロレベルのhcp構造のAlNの発生を抑制できるので好ましい。製造条件によっては中間皮膜を設けてもhcp構造のAlNが増加するのを抑制することができる。そのため、本実施形態の被覆工具は、中間皮膜を設けてもよい。例えば、金属、窒化物、炭窒化物、炭化物のいずれかからなる層を工具の基材と硬質皮膜との間に設けてもよい。
【0034】
<硬度/弾性係数>
本実施形態に係る硬質皮膜は、ナノインデンテーション硬度が30GPa以上、弾性係数が500GPa以上であることが好ましい。これにより硬質皮膜の硬度と弾性率が向上して被覆工具の耐久性が向上する。更には、本実施形態に係る硬質皮膜は、ナノインデンテーション硬度が35GPa以上であることが好ましい。本実施形態に係る硬質皮膜は、弾性係数が550GPa以上であることが好ましい。
【0035】
<上層>
本実施形態の被覆工具は、本実施形態に係る硬質皮膜の上に、本実施形態に係る硬質皮膜と異なる成分比や異なる組成を有する他の硬質皮膜を別途形成してもよい。さらには、本実施形態に係る硬質皮膜と、別途本実施形態に係る硬質皮膜と異なる組成比や異なる組成を有する他の硬質皮膜とを相互積層してもよい。
【0036】
<製造方法>
本実施形態に係る硬質皮膜の被覆では、3個以上のAlTi系合金ターゲットを用いて、ターゲットに順次電力を印加して、電力が印加されるターゲットが切り替わる際に、電力の印加が終了するターゲットと電力の印加を開始するターゲットの両方のターゲットに同時に電力が印加されている時間を設けるスパッタリング法を適用する。このようなスパッタリング法はターゲットのイオン化率が高い状態が被覆中に維持されて、微粒でかつ、ミクロレベルで緻密な硬質皮膜が得られるとともに、不可避的に含有されるアルゴンや酸素が少ない傾向にある。そして、スパッタリング装置の炉内温度を200℃~400℃、基材に印加する負圧のバイアス電圧を-200V~-50V、ArガスおよびNガスを導入して炉内圧力を0.1Pa~0.4Paとすることが、ターゲット成分および窒素のイオン化を促進してミクロレベルでhcp構造のAlNを低減するのに好ましい。なお、硬質皮膜として炭窒化物を被覆する場合には、硬質皮膜形成用のターゲットに微量の炭素を添加するか、反応ガスの一部をメタンガスに置換すればよい。また、ミクロレベルでhcp構造のAlNを低減させるにはターゲットと基材の距離を適切に設定することが有効である。ターゲットと基材間の最短距離を50mm~100mmとすることで、被覆中に基材が晒されるプラズマの状態が一定となり、面心立方格子構造になり易い傾向にある。
【0037】
電力パルスの最大電力密度は、0.5kW/cm以上とすることが好ましい。但し、ターゲットに印加する電力密度が大きくなり過ぎると成膜が安定し難い。また、電力密度が大きくなり過ぎると、スパッタリング法であってもドロップレットの発生頻度が高くなる傾向にある。そのため、電力パルスの最大電力密度は、3.0kW/cm以下とすることが好ましく、更には、電力パルスの最大電力密度は、2.0kW/cm以下とすることが好ましい。電力パルスの平均電力密度は0.10~0.30kW/cmが好ましい。個々のターゲットに印加する電力パルスの時間は、20マイクロ秒以上とすることが好ましい。また、電力の印加が終了する合金ターゲットと電力の印加を開始する合金ターゲットの両方の合金ターゲットに同時に電力が印加されている時間は5マイクロ秒以上100マイクロ秒以下とすることが好ましい。
【実施例0038】
「実施例1」では皮膜特性を評価した。
<基材>
基材として、組成がWC(bal.)-Co(8.0質量%)-VC(0.3質量%)-Cr(0.5質量%)、硬度94.0HRA(ロックウェル硬さ、JIS G 0202に準じて測定した値)からなる超硬合金製の2枚刃ボールエンドミル(株式会社MOLDINO製)を準備した。
【0039】
実施例1~5、比較例1~4における硬質皮膜の成膜では、スパッタ蒸発源を6機搭載できるスパッタリング装置を使用した。これらの蒸着源のうち、硬質皮膜を被覆するためにAlTi系合金ターゲット3個を蒸着源として装置内に設置した。なお、寸法がΦ16cm、厚み12mmのターゲットを用いた。
硬質皮膜の被覆では、実施例1は、Al85Ti15合金ターゲット(数値は原子比率。以下、同様。)を用いた。実施例2は、Al80Ti10Cr10合金ターゲットを用いた。実施例3~5、比較例2~4はAl80Ti20合金ターゲットを用いた。比較例1は、Al75Ti25合金ターゲットを用いた。
いずれの試料も、中間皮膜の被覆では、Al60Ti40合金ターゲットを用いた。
【0040】
基材である工具をスパッタリング装置内のサンプルホルダーに固定し、工具にバイアス電源を接続した。なお、バイアス電源は、ターゲットとは独立して工具に負のバイアス電圧を印加する構造となっている。工具は、毎分2回転で自転しかつ、固定治具とサンプルホルダーを介して公転する。
導入ガスは、Ar、およびNを用い、スパッタリング装置に設けられたガス供給ポートから導入した。
工具の設置方法について、設置方法1では各ターゲットと基材との最短距離が平均で100mmとした。設置方法2では、各ターゲットと基材との最短距離が平均で125mmとした。設置方法3では、各ターゲットと基材との最短距離が平均で170mmとした。
【0041】
<ボンバード処理>
まず工具に硬質皮膜を被覆する前に、以下の手順で工具にボンバード処理を行った。スパッタリング装置内のヒーターにより炉内温度が430℃になった状態で30分間の加熱を行った。その後、スパッタリング装置の炉内を真空排気し、炉内圧力を5.0×10-3Pa以下とした。そして、Arガスをスパッタリング装置の炉内に導入し、炉内圧力を0.8Paに調整した。そして、工具に-170Vの直流バイアス電圧を印加して、Arイオンによる工具のクリーニング(ボンバード処理)を実施した。
【0042】
<硬質皮膜の被覆>
次いで、炉内温度を設定温度にして、スパッタリング装置の炉内にArガスおよびNガスを導入して炉内圧力を調整した。その後、3個のAlTi系合金ターゲットに連続的に電力を印加して、fcc構造からなるAlとTiの窒化物からなる約0.2μmの中間皮膜を被覆した。次いで、基材に直流バイアス電圧を印加して、ターゲットに印加する電力がオーバーラップする時間は10マイクロ秒とし、ターゲットに印加される電力の1周期当りの放電時間を調整した。そして、3個のAlTi系合金ターゲットに連続的に電力を印加して、基材の表面に約3.0μmの硬質皮膜を被覆した。
【0043】
比較例5の硬質皮膜の成膜にはアークイオンプレーティング装置を使用した。AlTi系合金ターゲットを蒸着源として装置内に設置した。なお、寸法がΦ16cm、厚み12mmのターゲットを用いた。
実施例1の硬質皮膜の成膜工程と同様に、Arイオンによる工具のクリーニング(ボンバード処理)を実施した。次いで、アークイオンプレーティング装置の炉内圧力を5.0×10-3Pa以下に真空排気して、炉内温度を500℃とし、炉内圧力が4.0PaになるようにNガスを導入した。次いで、基材に直流バイアス電圧を印加して、AlTi系合金ターゲットに150Aの電流を投入して、工具の表面に約3.0μmの硬質皮膜を被覆した。各試料の成膜条件を表1に纏める。
【0044】
【表1】
【0045】
<皮膜組成>
硬質皮膜の皮膜組成は、電子プローブマイクロアナライザー装置(株式会社日本電子製 JXA-8500F)を用いて、付属の波長分散型電子プローブ微小分析(WDS-EPMA)で硬質皮膜の皮膜組成を測定した。物性評価用のボールエンドミルを鏡面加工して、加速電圧10kV、照射電流5×10-8A、取り込み時間10秒とし、分析領域が直径約1μmの範囲を5点測定してその平均値から硬質皮膜の金属含有比率および金属成分と非金属成分の合計におけるアルゴンの含有比率を求めた。
【0046】
<X線分析>
硬質皮膜の結晶構造は、X線回折装置(株式会社PaNalytical製 EMPYREA)を用い、管電圧45kV、管電流40mA、X線源Cukα(λ=0.15405nm)、2θが20~80度の測定条件で確認を行った。
【0047】
<皮膜硬さおよび弾性係数>
硬質皮膜の皮膜硬さおよび弾性係数は、ナノインデンテーションテスター(エリオニクス(株)製ENT-2100)を用いて分析した。分析は、皮膜の最表面に対し試験片を5度傾けた皮膜断面を鏡面研磨後、皮膜の研磨面内で最大押し込み深さが膜厚の略1/10未満となる領域を選定した。押し込み荷重9.8mN/秒の測定条件で10点測定し、値の大きい側の2点と値の小さい側の2点を除いた6点の平均値から求めた。
【0048】
<TEM解析>
硬質皮膜の制限視野回折パターンを、加速電圧200kV、制限視野領域φ1000nm~、カメラ長100cm、入射電子量5.0pA/cm(蛍光板上)の条件にて求めた。求めた制限視野回折パターンの輝度を変換し、強度プロファイルを求めた。分析箇所は、硬質皮膜の膜厚方向の中心付近とした。物性評価の結果を表2に纏める。
【0049】
【表2】
【0050】
図1に相対的に粗大な粒子が主体となる領域と相対的に微細な粒子が主体となる領域とを有する硬質皮膜のTEMによる断面観察写真の一例を示す。図1中の(a)付近が相対的に粗大な粒子が主体となる領域であり、(b)付近が相対的に微細な粒子が主体となる領域である。
図2図1における相対的に粗大な粒子が主体となる領域の拡大写真の一例を示す。図3は相対的に粗大な粒子が主体となる領域での制限視野回折パターンの一例である。図4図3に示す制限視野回折パターンの強度プロファイルを示す図の一例である。
図5図1における相対的に微細な粒子が主体となる領域の拡大写真の一例を示す。図6は相対的に微細な粒子が主体となる領域での制限視野回折パターンの一例である。図7図6に示す制限視野回折パターンの強度プロファイルを示す図の一例である。
図4、7に示す強度プロファイルからIh×100/Isを算出した。その結果、相対的に粗大な粒子が主体となる領域では、相対的に微細な粒子が主体となる領域に比べてIh×100/Isの値が小さいことが確認された。
【0051】
実施例1の硬質皮膜は、相対的に粗大な粒子が主体となる領域と相対的に微細な粒子が主体となる領域とを有する組織であった。他の実施例の硬質皮膜については、粒子の粒径が概ね均一な組織であり、Ih×100/Isの値も10以下であった。何れの実施例の硬質皮膜も、X線回折ではhcp構造のAlNのピーク強度は確認されず、ミクロレベルで僅かにhcp構造のAlNが確認された。実施例1~5の硬質皮膜は何れもアルゴンの含有比率が0.10原子%以下であった。また、断面観察において円相当径が1.0μm以上のドロップレットが100μm当たり1個以下であり、円相当径が5.0μm以上のドロップレットは確認されなかった。
何れの実施例の硬質皮膜もAlリッチでありながら、hcp構造のAlN、ドロップレットおよびアルゴンといった欠陥が少ないことが確認された。
実施例1~5の硬質皮膜はナノインデンテーション硬度が30GPa以上、弾性係数が500GPa以上であることが確認された。
【0052】
図8に比較例1の硬質皮膜の透過型電子顕微鏡による断面観察写真の一例を示す。図9図8における制限視野回折パターンを示す図の一例である。図10図9に示す制限視野回折パターンの強度プロファイルを示す図の一例である。
比較例1~4の硬質皮膜については、X線回折においてもhcp構造のAlNのピーク強度が確認されており、Ih×100/Isの値も、実施例と比較して大きくなった。比較例2、4については、X線回折においてfcc(111)面のピーク強度は確認されなかった。また、アルゴンの含有比率も実施例と比較して多くなった。比較例4の硬質皮膜については、相対的に粗大な粒子が主体となる領域と相対的に微細な粒子が主体となる領域とを有する組織であり、相対的に粗大な粒子が主体となる領域では、Ih×100/Is=0であったが、相対的に微細な粒子が主体となる領域では、Ih×100/Is=24であった。
比較例1~4の硬質皮膜は、hcp構造のAlNおよび高濃度のアルゴンのいずれか一方または両方に起因する欠陥が実施例1~5の硬質皮膜に比べて多いことが確認された。
比較例1~4は実施例と比較して硬度および弾性係数が低いことが確認された。すなわち、バイアス電圧、成膜温度、および設置方法のいずれか1つまたは2つ以上が適切な範囲から外れる場合、得られる硬質皮膜の欠陥が増加する傾向にあり、その結果、硬質皮膜の硬度と弾性係数が低下し易くなることが確認された。
比較例5の硬質皮膜は、アークイオンプレーティング法で被覆したものであり、粗大なドロップレットを多く含有していた。
【実施例0053】
「実施例2」では、「実施例1」で用いた実施例1、実施例4および比較例5のエンドミルについて切削評価を実施した。加工条件は以下の通りである。評価結果を表3に纏める。
(条件)乾式加工
工具:2枚刃超硬ボールエンドミル
型番:EPDBE2010-6、ボール半径0.5mm
切削方法:底面切削
被削材:STAVAX(52HRC)(ボーラー・ウッデホルム株式会社製)
切り込み:軸方向、0.03mm、径方向、0.03mm
切削速度:67.8m/min
一刃送り量:0.0135mm/刃
切削距離:15m
評価方法:切削加工後、走査型電子顕微鏡を用いて倍率1000倍で観察し、工具と被削材が擦過した幅を測定し、そのうちの擦過幅が最も大きかった部分を最大摩耗幅とした。
【0054】
【表3】
【0055】
実施例1、4の硬質皮膜はAlリッチでかつ皮膜内部にhcp構造のAlN、ドロップレットおよびArといった欠陥が少ないため、従来のアークイオンプレーティング法の硬質皮膜である比較例5よりも工具摩耗が抑制されることが確認された。特に実施例1の硬質皮膜は、相対的に微細な粒子が主体となる領域を有するため逃げ面最大摩耗幅がより抑制されたと推定される。
【実施例0056】
「実施例3」では、中間皮膜について評価した。「実施例3」では、硬質皮膜の成膜にAl80Ti20合金ターゲットを用いた。実施例30の試料作製工程では、基材の直上に硬質皮膜を被覆した。比較例30の試料作製工程では、実施例1の試料作製工程と同様に、基材表面に中間皮膜を被覆した後に硬質皮膜を被覆した。各試料の成膜条件を表4に纏める。
【0057】
【表4】
【0058】
【表5】
【0059】
実施例30と比較例30は硬質皮膜の被覆条件は同じである。基材の直上に硬質皮膜を設けた実施例30では、ミクロレベルでhcp構造のAlNが少ない硬質皮膜が得られたが、中間皮膜を介して硬質皮膜を設けた比較例30では、硬質皮膜のX線回折において、hcp構造のAlNのピークが確認された。
実施例30と比較例30の比較により、同一条件で硬質皮膜を被覆した場合、中間皮膜を設けずに基材の直上に硬質皮膜を被覆した方が、硬質皮膜の結晶組織を面心立方構造にし易く、hcp構造のAlNが少なくなる傾向にあることが確認された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10