(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023179907
(43)【公開日】2023-12-20
(54)【発明の名称】樹脂シートの評価方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/552 20140101AFI20231213BHJP
G01N 21/3563 20140101ALI20231213BHJP
G01N 21/65 20060101ALI20231213BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20231213BHJP
G01N 17/00 20060101ALI20231213BHJP
【FI】
G01N21/552
G01N21/3563
G01N21/65
G01N27/62 V
G01N17/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022092825
(22)【出願日】2022-06-08
(71)【出願人】
【識別番号】000223403
【氏名又は名称】住ベシート防水株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】512307000
【氏名又は名称】住ベリサーチ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000002141
【氏名又は名称】住友ベークライト株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091292
【弁理士】
【氏名又は名称】増田 達哉
(74)【代理人】
【識別番号】100173428
【弁理士】
【氏名又は名称】藤谷 泰之
(74)【代理人】
【識別番号】100091627
【弁理士】
【氏名又は名称】朝比 一夫
(72)【発明者】
【氏名】別宮 浩之
(72)【発明者】
【氏名】池田 延之
【テーマコード(参考)】
2G041
2G043
2G050
2G059
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA16
2G041EA01
2G041EA06
2G041FA09
2G041GA06
2G041LA08
2G043AA01
2G043BA17
2G043CA03
2G043EA03
2G043EA13
2G043FA02
2G043JA01
2G043KA01
2G043KA09
2G043NA01
2G050AA02
2G050CA10
2G050EB10
2G050EC06
2G059AA01
2G059BB08
2G059CC20
2G059DD04
2G059EE01
2G059EE03
2G059GG01
2G059HH01
2G059MM01
2G059MM03
2G059MM04
(57)【要約】
【課題】劣化の程度を精度よく評価することができる樹脂シートの評価方法を提供すること。
【解決手段】本発明の樹脂シートの評価方法は、可塑剤を含む樹脂シートの劣化の程度を評価する方法であって、前記樹脂シートを切削して得られるサンプルの切削面について、前記可塑剤の濃度を求める工程と、求めた前記可塑剤の濃度に基づいて、前記樹脂シートの劣化の程度を推定する工程と、を有することを特徴とする。また、前記サンプルは、前記樹脂シートを厚さ方向に貫通することなく切削して得られた切削片であることが好ましい。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
可塑剤を含む樹脂シートの劣化の程度を評価する方法であって、
前記樹脂シートを切削して得られるサンプルの切削面について、前記可塑剤の濃度を求める工程と、
求めた前記可塑剤の濃度に基づいて、前記樹脂シートの劣化の程度を推定する工程と、
を有することを特徴とする樹脂シートの評価方法。
【請求項2】
前記サンプルは、前記樹脂シートを厚さ方向に貫通することなく切削して得られたものである請求項1に記載の樹脂シートの評価方法。
【請求項3】
前記可塑剤の濃度を求める工程は、前記切削面について局所分析を行い、前記可塑剤の濃度を測定するステップを含む請求項1または2に記載の樹脂シートの評価方法。
【請求項4】
前記可塑剤の濃度を求める工程は、前記切削面に含まれる複数の測定点で前記局所分析を行い、複数の前記測定点について得られた分析結果に基づいて、前記可塑剤の濃度を算出するステップを含む請求項3に記載の樹脂シートの評価方法。
【請求項5】
前記切削面は、前記樹脂シートの主面と略平行な領域を含み、
前記領域について前記局所分析を行う請求項3に記載の樹脂シートの評価方法。
【請求項6】
前記局所分析は、赤外線吸収スペクトルを取得する分析、ラマンスペクトルを取得する分析、または、飛行時間型二次イオン質量スペクトルを取得する分析である請求項3に記載の樹脂シートの評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂シートの評価方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えばポリ塩化ビニル系樹脂を成形した樹脂シートは、建築物の屋上やベランダに施工される防水シート、電線やケーブルの被覆材等に用いられている。このような樹脂シートが経年劣化した場合、破損する前に交換や補修を行うことが求められる。このため、樹脂シートについて、劣化の程度を適切に評価する必要がある。
【0003】
特許文献1には、可塑剤および充填剤を含有する合成樹脂の赤外線吸収スペクトルまたはラマンスペクトルを測定し、これらの赤外線吸収スペクトルまたはラマンスペクトル中の可塑剤と充填剤に基づくピークの比を、予め求めておいた標準試料のそれと比較して劣化の程度を診断する合成樹脂成形品の劣化診断方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の方法は、敷設された電線やケーブルから試料を切り出すことなく、非破壊的に劣化を診断できる方法として提案されている。このため、特許文献1からは、試料表面を測定対象としていることが読み取れる。
【0006】
しかしながら、試料表面では経年劣化が大きく進んでいると考えられるため、取得される赤外線吸収スペクトルでは、可塑剤や充填剤に基づくピークが、それらに隣り合う合成樹脂に基づくピークに埋もれてしまうおそれがある。そうすると、ピークの比の算出精度が低下し、劣化の程度を正しく診断することができない。
【0007】
また、充填剤は、例えば炭酸カルシウムのような無機物であり、粉末として分散している。このため、充填剤の分布状態によっては、ピークの比の算出結果が大きくバラつくおそれがある。これも、劣化の診断精度を低下させる原因となる。
【0008】
本発明の目的は、劣化の程度を精度よく評価することができる樹脂シートの評価方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
このような目的は、下記(1)~(6)の本発明により達成される。
(1) 可塑剤を含む樹脂シートの劣化の程度を評価する方法であって、
前記樹脂シートを切削して得られるサンプルの切削面について、前記可塑剤の濃度を求める工程と、
求めた前記可塑剤の濃度に基づいて、前記樹脂シートの劣化の程度を推定する工程と、
を有することを特徴とする樹脂シートの評価方法。
【0010】
(2) 前記サンプルは、前記樹脂シートを厚さ方向に貫通することなく切削して得られたものである上記(1)に記載の樹脂シートの評価方法。
【0011】
(3) 前記可塑剤の濃度を求める工程は、前記切削面について局所分析を行い、前記可塑剤の濃度を測定するステップを含む上記(1)または(2)に記載の樹脂シートの評価方法。
【0012】
(4) 前記可塑剤の濃度を求める工程は、前記切削面に含まれる複数の測定点で前記局所分析を行い、複数の前記測定点について得られた分析結果に基づいて、前記可塑剤の濃度を算出するステップを含む上記(3)に記載の樹脂シートの評価方法。
【0013】
(5) 前記切削面は、前記樹脂シートの主面と略平行な領域を含み、
前記領域について前記局所分析を行う上記(3)または(4)に記載の樹脂シートの評価方法。
【0014】
(6) 前記局所分析は、赤外線吸収スペクトルを取得する分析、ラマンスペクトルを取得する分析、または、飛行時間型二次イオン質量スペクトルを取得する分析である上記(3)ないし(5)のいずれかに記載の樹脂シートの評価方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、樹脂シートの劣化の程度を精度よく評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】実施形態に係る樹脂シートの評価方法を説明するための工程図である。
【
図2】
図1に示すサンプル取得工程において樹脂シートからサンプルを取得する方法の一例を説明するための図である。
【
図3】建築物の屋上に施工されている防水シートを示す斜視図である。
【
図6】サンプルからATR法で取得された赤外線吸収スペクトルの一例である。
【
図7】ポリ塩化ビニル樹脂、フタル酸系可塑剤、エチレン・酢酸ビニル系共重合体(EVA)、および、その他の添加物についての赤外線吸収スペクトルを列挙した図である。
【
図8】可塑剤の濃度が異なる3つの試料から取得した赤外線吸収スペクトルである。
【
図9】防水シートを厚さ方向に切断した後、その切断面上に並ぶ複数の測定点から赤外線吸収スペクトルを取得し、所定の赤外線吸収ピークのピーク面積によって測定点を色分けした図である。
【
図10】防水シートを厚さ方向に切断した後、その切断面上に並ぶ複数の測定点から赤外線吸収スペクトルを取得し、所定の赤外線吸収ピークのピーク面積によって測定点を色分けした図である。
【
図11】
図8に示す赤外線吸収スペクトルの取得に用いられた試料の可塑剤の濃度と、ピーク面積と、の関係を示す検量線である。
【
図12】サンプルから取得されたラマンスペクトルの一例である。
【
図13】サンプルから取得されたTOF-SIMSスペクトルの一例である。
【
図14】可塑剤に含まれるジイソノニルフタレート(DINP)の単体から取得されたTOF-SIMSスペクトルの一例である。
【
図15】可塑剤に含まれるフタル酸ジオクチル(DOP)を含む試料から取得されたGC/MSスペクトルの一例である。
【
図16】防水シートの構造の一例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の樹脂シートの評価方法について添付図面に示す好適実施形態に基づいて詳細に説明する。
【0018】
図1は、実施形態に係る樹脂シートの評価方法を説明するための工程図である。
実施形態に係る樹脂シートの評価方法は、可塑剤を含む樹脂シートの劣化の程度を評価する方法である。樹脂シートは、防水シートや被覆材等として用いられ、特に屋外で使用された場合には経年劣化が課題となる。この劣化の程度を精度よく評価することで、樹脂シートの交換や補修を適切なタイミングで行うことができる。これにより性能が低下した樹脂シートを使用し続けたり、それほど劣化していない樹脂シートに交換や補修を行ったりすることを防止することができる。
【0019】
図1に示す樹脂シートの評価方法は、サンプル取得工程S102と、可塑剤濃度測定工程S104と、劣化度推定工程S106と、を有する。
【0020】
サンプル取得工程S102では、可塑剤を含む樹脂シートを切削してサンプルを得る。具体的には、実際に施工されている樹脂シートから一部を切断してサンプルとする。可塑剤濃度測定工程S104では、サンプルの切断面について、可塑剤の濃度を求める。劣化度推定工程S106では、求めた可塑剤の濃度に基づいて、樹脂シートの劣化の程度を推定する。以下、各工程について順次説明する。
【0021】
1.サンプル取得工程
図2は、
図1に示すサンプル取得工程S102において樹脂シート1からサンプル2を取得する方法の一例を説明するための図である。
【0022】
サンプル取得工程S102では、可塑剤を含む樹脂シート1を切削し、樹脂シート1の切削片としてサンプル2を取得する。本明細書において「切削」とは、樹脂シート1の断面が露出するように加工することをいう。したがって、本明細書における「切削」には、樹脂シート1を厚さ方向に貫通するように切断し、一部を切り出してサンプル2とする操作と、樹脂シート1を厚さ方向に貫通することなく削り取り、得られた切削片をサンプル2とする操作の双方が含まれる。いずれの操作でも、断面が露出したサンプル2が得られる。
【0023】
このうち、樹脂シート1を厚さ方向に貫通することなく得られた切削片をサンプル2とすることが好ましい。このようにしてサンプル2を取得することにより、施工済みの樹脂シート1の機能に大きな影響を与えることなく、サンプル2を取得することができる。具体的には、樹脂シート1は、防水や電気的絶縁、外部環境との隔離等を目的として施工される。このため、厚さ方向に貫通させないようにして切削することで、これらの目的を阻害することなく、サンプル2を取得することができる。
【0024】
この場合、削り取られるサンプル2の厚さは、特に限定されないが、樹脂シート1の厚さの1%以上50%以下であることが好ましく、2%以上30%以下であることがより好ましく、3%以上10%以下であることがさらに好ましい。これにより、表面から十分な深さに位置する切削面24を持つサンプル2を取得することができるとともに、施工済みの樹脂シート1に対する損傷を少なく抑えることができる。サンプル2の厚さは、具体的に、300μm以下であることが好ましく、50μm以上200μm以下であることがより好ましい。
【0025】
また、樹脂シート1の面内方向におけるサンプル2の面積は、1mm2以上であることが好ましく、4mm2以上であることがより好ましい。
【0026】
樹脂シート1の切削には、例えば、彫刻刀のような刃物が好ましく用いられる。彫刻刀で削り取ることで、
図2に示すように、樹脂シート1の面内方向に広く、厚さ方向に薄いサンプル2を効率よく得ることができる。したがって、サンプル2の切削面24は、樹脂シート1の主面22と略平行な領域25を含む。略平行とは、主面22に対する角度が20°以下の角度になっていることをいう。このような領域25を含む切削面24は、後述する工程において、より精度の高い測定結果を得ることに寄与する。
【0027】
なお、主面22と略平行な領域25とは、例えば、主面22側から切削面24が凸曲面になるように抉り取ったとき、その凸曲面の頂点を含む領域が挙げられる。このような領域25は、主面22から同じ深さに広がっている領域に対応していることから、後述する工程では、領域25に複数の測定点を設定することができる。領域25に設定された複数の測定点から得られた測定結果を用いて可塑剤の濃度を算出することにより、算出結果において空間バラつきを緩和することができる。
【0028】
なお、サンプル2を取得した場合、樹脂シート1には切削凹部26が形成される。切削凹部26には、必要に応じて、補修材を供給しておくのが好ましい。これにより、サンプル2を取得したことによる樹脂シート1への影響を最小限に抑えることができる。
【0029】
図3は、樹脂シート1の一例として、建築物の屋上に施工されている防水シート10を示す斜視図である。
図4は、
図3に示す防水シート10の断面図である。なお、
図3および
図4では、互いに直交する3つの軸として、X軸、Y軸およびZ軸を設定し、それぞれ矢印で示している。矢印の先端側を「プラス側」といい、基端側を「マイナス側」という。また、X-Y面が水平面であり、Z軸が鉛直軸である。Z軸プラス側が鉛直上側であり、Z軸マイナス側が鉛直下側である。
【0030】
図3および
図4に示すように、防水シート10は、屋上を支える鋼板90の表面に沿って接着されている。
図3および
図4に示す鋼板90は、水平に広がる床面91と、床面91から鉛直上側に向かって立ち上がる側面92と、を有している。防水シート10は、床面91から側面92にかけて連続的に敷設されている。防水シート10のうち、床面91から側面92に切り替わる部分では、Y軸方向に延びる線状の折れ曲がりが生じる。この折れ曲がり部分11では、経年によって鋼板90との間に隙間93が生じやすい。また、折れ曲がり部分11には応力が集中しやすい。このため、折れ曲がり部分11は、防水シート10全体でも劣化が進みやすい部位の1つである。
【0031】
そこで、防水シート10からサンプル2を取得する場合、折れ曲がり部分11から取得することが好ましい。これにより、防水シート10のうち、最も劣化が進んでいると考えられる部位のサンプル2を取得することができる。そして、このサンプル2を用いて劣化の程度を評価することにより、防水シート10の交換や補修のタイミングを逸してしまう確率を下げることができる。つまり、折れ曲がり部分11以外の部分からサンプル2を取得した場合、劣化の程度が小さいと評価する可能性があるため、交換や補修が未だ必要ないと診断するおそれがある。しかし、その時点では、折れ曲がり部分11において、すでに交換や補修が必要な劣化が進行している場合もある。したがって、折れ曲がり部分11からサンプル2を取得することで、劣化の過小評価を避けやすくなる。
【0032】
また、
図3では、Y軸方向に細長く延びる折れ曲がり部分11のうち、鋼板90との間に隙間93が生じている部分112と、隙間93が生じていない部分114と、が存在している様子を示している。一般的に、折れ曲がり部分11の全長にわたって隙間93が生じることは少なく、一部に留まる場合が多い。折れ曲がり部分11からサンプル2を取得する場合、隙間93が生じている部分112から取得してもよいが、隙間93が生じていない部分114から取得することが好ましい。これにより、防水シート10に貫通孔を開ける確率を下げつつ、評価対象として適当なサンプル2を取得することができる。
【0033】
この効果は、次のように説明できる。
図4は、隙間93が生じている部分112の断面図に相当する。
図4に示すように、折れ曲がり部分11と鋼板90との間に隙間93が生じている場合、折れ曲がり部分11からサンプル2を取得するときに、対象物の固定が不安定であるため、誤って折れ曲がり部分11に貫通孔を開けるおそれがある。一方、隙間93が生じていない部分114から取得する場合は、作業性が良好であるため、貫通孔を開けてしまう確率を下げることができる。
【0034】
2.可塑剤濃度測定工程
可塑剤濃度測定工程S104では、サンプル2の切削面24について、可塑剤の濃度を求める。可塑剤の濃度は、樹脂シート1の劣化の程度と相間がある。具体的には、劣化が進むと、樹脂シート1から可塑剤が揮散し、可塑剤の濃度が低下する傾向がある。このため、後述する工程では、可塑剤の濃度に基づいて、樹脂シート1の劣化の程度を推定することができる。
【0035】
また、可塑剤の濃度の取得対象である切削面24は、外光や大気に直接曝されていた面ではないことも重要である。樹脂シート1の表面のように、外光や大気に直接曝されていた面の場合、樹脂シート1の主成分である樹脂が紫外線等の影響を受けて変性している可能性が高い。そうすると、この面について可塑剤の濃度を求めたとしても、変性した樹脂が可塑剤の濃度の測定精度を低下させるおそれがある。つまり、樹脂が変性するとき、変性後の化学状態をあらかじめ予想することは困難であるため、変性した樹脂によって可塑剤の濃度の測定結果が影響を受けるおそれがある。
【0036】
これに対し、切削面24は、外光や大気に直接曝されていない面であるため、表面に比べて樹脂の変性が抑えられている。このため、可塑剤の濃度の測定において、樹脂に由来する検出信号は、あらかじめ予想できる。その結果、可塑剤の濃度を精度よく求めることができる。
【0037】
可塑剤の濃度の測定には、可塑剤の定性定量分析を行い得る方法であれば、各種の分析方法が用いられる。具体的には、赤外分光法、ラマン分光法、飛行時間型二次イオン質量分析(TOF-SIMS)法、熱分解ガスクロマトグラフ質量分析(GC/MS)法等の各種分析方法が挙げられる。以下、これらの分析方法について順次説明する。
【0038】
2.1.赤外分光法
赤外分光法では、試料に赤外線を照射し、透過または反射した光を検出することにより、赤外線吸収スペクトルを取得する。そして、取得した赤外線吸収スペクトルを解析することにより、試料の構造解析や定量を行う。
【0039】
赤外線吸収スペクトルの取得には、赤外分光光度計が用いられるが、顕微赤外分光光度計が好ましく用いられる。顕微赤外分光光度計は、ATR(全反射吸収分光)法を用いることにより、局所分析が可能であるため、サンプル2が薄く、かつ、切削面24が狭小であっても、精度の高い赤外線吸収スペクトルの取得が可能である。顕微赤外分光光度計としては、例えば、ブルカージャパン株式会社製、FT-IRスペクトロメータ VERTEX 70v、および、顕微FT-IRイメージングシステムHYPERION 2000が挙げられる。
【0040】
図5は、ATR法の概略を示す模式図である。
ATR法に対応する顕微赤外分光光度計は、赤外線が透過するプリズムを有している。そして、ATR法では、
図5に示すように、ATRプリズム3を、試料であるサンプル2の切削面24に押し付ける。ATRプリズム3は、赤外線IRを透過させる高屈折率の材料で構成されている。ATRプリズム3を介して切削面24に入射した赤外線IRは、切削面24近傍で全反射し、反射光として検出器に検出される。このとき、赤外線IRは、切削面24からわずかに内部に侵入する。ATRプリズム3の構成材料、波数、赤外線IRの入射角θ等に応じて若干異なるが、赤外線IRの侵入深さdpは、約3μm以下程度である。したがって、ATR法により得られる赤外線吸収スペクトルは、切削面24近傍の情報を含むものとみなすことができる。換言すれば、切削面24についてATR法により得られる赤外線吸収スペクトルは、樹脂シート1の表面由来の情報をほとんど含まず、可塑剤の濃度を精度よく求めるのに有用である。
【0041】
赤外線IRのスポットサイズは、例えば直径10~500μmであり、スペクトル取得時のサンプル2の温度は常温(23±5℃)である。また、ATRプリズム3の材質としては、例えばGe(ゲルマニウム)が挙げられる。
【0042】
図6は、サンプル2からATR法で取得された赤外線吸収スペクトルの一例である。なお、
図6では、サンプル2の表面(樹脂シート1の表面)から得られた赤外線吸収スペクトルSfと、切削面24内の2か所から得られた赤外線吸収スペクトルSc1、Sc2と、を併記している。
【0043】
図6に示す赤外線吸収スペクトルSc1、Sc2は、赤外線吸収スペクトルSfに比べて、各赤外線吸収ピークのベースラインが低いことがわかる。例えば、赤外線吸収スペクトルSc1、Sc2には、波数1100cm
-1を挟んで2つの赤外線吸収ピークP1、P2が認められる。一方、赤外線吸収スペクトルSfにも赤外線吸収ピークP1、P2が認められるものの、ベースラインが高いため、不明瞭になっている。このため、赤外線吸収スペクトルSfでは、赤外線吸収ピークP1、P2のピーク面積やピーク高さを精度よく求めることは困難である。これに対し、赤外線吸収スペクトルSc1、Sc2における赤外線吸収ピークP1、P2については、後述する工程において、ピーク面積やピーク高さを精度よく求めることができる。
【0044】
次に、取得した赤外線吸収スペクトルから、可塑剤に由来する赤外線吸収ピークのピーク面積やピーク高さを求める。赤外線吸収ピークのピーク面積やピーク高さは、サンプル2の切削面24に含まれる化学構造の濃度をより的確に反映している。このため、可塑剤の定量には、赤外線吸収ピークのピーク面積を求める方法または赤外線吸収ピークのピーク高さを求める方法が用いられる。このうち、ピーク面積を求める方法が好ましく用いられる。この方法を用いた場合、多数の成分を含有するサンプル2であっても、比較的高い精度で可塑剤の濃度を定量することができる。以下、代表として、ピーク面積を求める方法について説明する。
【0045】
まず、ピーク面積を求める対象の赤外線吸収ピークを選定する。この選定にあたっては、樹脂シート1の製造に用いた原料の赤外線吸収スペクトルを考慮する。
【0046】
図7は、一例として、ポリ塩化ビニル樹脂、フタル酸系可塑剤、エチレン・酢酸ビニル系共重合体(EVA)、および、その他の添加物についての赤外線吸収スペクトルを列挙した図である。
【0047】
図7では、5本の赤外線吸収スペクトルS1、S2、S3、S4、S5を示している。赤外線吸収スペクトルS1は、ポリ塩化ビニル樹脂から取得された赤外線吸収スペクトルである。赤外線吸収スペクトルS2は、フタル酸系可塑剤から取得された赤外線吸収スペクトルである。赤外線吸収スペクトルS3は、エチレン・酢酸ビニル系共重合体(EVA)から取得された赤外線吸収スペクトルである。赤外線吸収スペクトルS4は、充填材である酸化チタンから取得された赤外線吸収スペクトルである。赤外線吸収スペクトルS5は、充填材である炭酸カルシウムから取得された赤外線吸収スペクトルである。
【0048】
図7に示すように、赤外線吸収スペクトルS1~S5では、それぞれ、原料に含まれる化学構造に固有の波数において赤外線吸収ピークが存在している。これらの赤外線吸収ピークのうち、吸光度が大きいピークは、原料の同定、定量に用いることができる。本工程では、可塑剤に由来する赤外線吸収ピークの中から、原料の同定や定量に用いる特定のピークを選定する。このとき、
図7に示すように、複数種の可塑剤が樹脂シート1に含まれている場合には、いずれの可塑剤に由来する赤外線吸収ピークを選定してもよいが、例えば質量比での配合量が大きい可塑剤を選択するのが好ましい。
【0049】
フタル酸系可塑剤から取得される赤外線吸収スペクトルS2は、一例として、ピークトップの位置が波数1123±2[cm-1]である赤外線吸収ピークP21、ピークトップの位置が波数1275±2[cm-1]である赤外線吸収ピークP22、および、ピークトップの位置が波数1728±2[cm-1]である赤外線吸収ピークP23を持つ。
【0050】
これらの赤外線吸収ピークP21、P22、P23は、いずれも吸光度が十分に大きいため、本工程でピーク面積を精度よく求めることができる。そこで、他の原料から取得された赤外線吸収スペクトルS1、S3~S5が持つ赤外線吸収ピークとの関係から、特にピーク面積を精度よく求められる赤外線吸収ピークを選定する。
【0051】
例えば、赤外線吸収ピークP23は、赤外線吸収スペクトルS3が持つピークと重なっている。また、赤外線吸収ピークP22は、赤外線吸収スペクトルS1、S3が持つピークと重なっている。このため、実際のサンプル2から取得された赤外線吸収スペクトルでは、赤外線吸収ピークP22、P23と、他の原料に由来のピークと、が重なることが想定される。そうすると、赤外線吸収ピークP22、P23のピーク面積を求める精度が低下するおそれがある。
【0052】
これに対し、赤外線吸収ピークP21は、赤外線吸収スペクトルS1、S3~S5が持つピークとの重なりが少ない。このため、赤外線吸収ピークP21は、ピーク面積を求める対象として特に好適である。
【0053】
そこで、ここでは、赤外線吸収ピークP21のピーク面積を求める手順について説明する。
【0054】
図8は、可塑剤の濃度が異なる3つの試料から取得した赤外線吸収スペクトルS6、S7、S8である。
図8では、赤外線吸収スペクトルS6~S8のうち、前述した赤外線吸収ピークP21近傍の範囲を拡大して示している。
【0055】
後述するベースラインの決定やピーク面積の算出に先立ち、これらの赤外線吸収スペクトルS6、S7、S8に補正処理を施すようにしてもよい。補正処理としては、例えば、大気補正処理、ベースライン補正処理等が挙げられる。
【0056】
大気補正処理は、取得した赤外線吸収スペクトルから、大気中の水蒸気(H2O)および二酸化炭素(CO2)による吸収成分を差し引く処理である。また、ベースライン補正処理は、スペクトル全体についてベースラインを補正する処理である。複数の赤外線吸収スペクトルを取得した場合、スペクトルごとにベースラインが上下することがある。ベースライン補正処理では、このベースラインのバラつきを軽減させる。これらの補正処理を行うことにより、ピーク面積の算出精度をより高めることができる。
これらの補正処理は、赤外分光光度計に付属する処理ソフトウェア上で行うことができる。
【0057】
次に、赤外線吸収スペクトルS6~S8のうち、前述した赤外線吸収ピークP21に対応するピーク、すなわち、ピークトップの位置が波数1123±2[cm-1]であるピークを、赤外線吸収ピークP6~P8とする。これらの赤外線吸収ピークP6~P8にベースラインを引くことで、赤外線吸収ピークP6~P8の面積を求める対象範囲が決定される。
【0058】
ベースラインの決定方法には、いくつか知られており、いずれかの方法に限定されるものではない。ここでは、赤外線吸収スペクトルS6~S8のうち、赤外線吸収ピークP6~P8の両側の端にベースポイントB6~B8を設定する。次に、ベースポイントB6同士、B7同士およびB8同士をそれぞれ直線でつなぐ。これらの直線がベースラインL6、L7、L8となる。
【0059】
図8では、一例として、波数1109[cm
-1]の位置、および、波数1158[cm
-1]の位置に、それぞれ縦軸と平行の直線を引く。そして、これらの直線と赤外線吸収スペクトルS6~S8との交点が、ベースポイントB6~B8となる。
【0060】
なお、このようなベースラインの決定は、例えば、赤外分光光度計に付属する処理ソフトウェア上で行うことができる。
【0061】
次に、赤外線吸収ピークP6~P8のピーク面積を算出する。ピーク面積は、赤外線吸収ピークP6~P8とベースラインL6~L8とで囲まれた範囲の面積である。なお、ピーク面積ではなく、ピーク高さを算出する場合、ベースラインからピークトップまでの長さを算出すればよい。
【0062】
このようなピーク面積の算出は、通常、赤外分光光度計に付属する処理ソフトウェア上で行うことができる。
【0063】
なお、ピーク面積は、1つの赤外線吸収スペクトルから求めた面積の計算値であってもよいが、複数の赤外線吸収スペクトルから求めた面積の計算値の平均値であってもよい。また、平均値ではなく、平均以外の演算で求めた値であってもよい。なお、以下の説明では、代表として、平均値をピーク面積とみなす方法について説明する。
【0064】
図9および
図10は、それぞれ、防水シートを厚さ方向に切断した後、その切断面上に並ぶ複数の測定点から赤外線吸収スペクトルを取得し、所定の赤外線吸収ピークのピーク面積によって測定点を色分けした図である。複数の赤外線吸収スペクトルから赤外線吸収ピークの平均値を求め、これをピーク面積とする方法、ならびに、複数の赤外線吸収スペクトルから
図9および
図10を作成する方法は、次の通りである。まず、切断面上の複数の測定点から赤外線吸収スペクトルを取得する。
図9および
図10では、一例として、防水シートの表面側から裏面側にかけて、直線状に測定点が並んでいる。次に、各赤外線吸収スペクトルからピークトップの位置が波数1123±2[cm
-1]であるピークを特定し、その面積を算出する。次に、得られた複数の計算値から平均値を算出する。そして、求めた平均値を、切断面から求めたピーク面積とみなす。その後、作図が必要な場合は、求めたピーク面積に対応する測定点をピーク面積に応じて色分けする。
【0065】
なお、このような分析は、マッピング分析ともいう。また、測定点が直線状に並んでいる場合、特にライン分析ともいう。顕微赤外分光光度計では、切断面に対してATRプリズム3を相対的に移動させるか、または、ATRプリズム3は移動させずに入射する赤外線IRの入射位置を変更することにより、マッピング分析が可能になる。
【0066】
また、複数の測定点は、
図2に示すように、樹脂シート1を厚さ方向に貫通することなく得られたサンプル2の切削面24内に設定されていることが好ましい。このような切削面24は、前述したように、主面22から同じ深さに広がっている領域25を含んでいる。したがって、
図2に示すような切削面24に複数の測定点を設定することにより、樹脂シート1の表面からの情報が反映されるのを避けつつ、空間バラつきの影響が緩和された分析結果を得ることができる。
【0067】
なお、マッピング分析においてATRプリズム3を試料に押し付ける圧力は、1.0×107[N/m2]以上であることが好ましく、5.0×107[N/m2]以上1.0×109[N/m2]以下であることがより好ましく、5.0×107[N/m2]以上5.0×108[N/m2]以下であることがさらに好ましい。これにより、試料の測定面に凹凸がある場合でも、その凹凸による測定結果への影響を最小限に抑えることができる。その結果、凹凸に起因したピーク面積のバラつきを抑制し、ピーク面積のS/N比(信号対雑音比)を高めることができる。
【0068】
マッピング分析によって複数の計算値から平均値を算出し、これをピーク面積とみなすことにより、測定点の選択に伴うピーク面積のバラつきを抑制することができる。つまり、複数の測定点は、切断面上に並んでいるため、防水シート内における可塑剤の濃度のバラつきの幅を包含していると考えられる。したがって、複数の計算値の平均値からピーク面積を導出することにより、測定点の選択に伴うバラつきの影響を最小限に抑えることができる。なお、マッピング分析における測定点の数は、特に限定されないが、3以上であることが好ましく、5以上であることがより好ましい。
【0069】
図9は、製造直後の防水シートについて上述したライン分析を行って得られた図である。
図10は、建築物に6年間施工された防水シートについて上述したライン分析を行って得られた図である。なお、
図9および
図10では、それぞれの中央部に延びる細長い帯状の領域がライン分析の結果を示しており、各図の上方が裏面側、下方が表面側である。また、本願の各図では、前述した色の違いを濃淡の差で代替している。
【0070】
図9では、表面側と裏面側とで、濃淡がほとんど変わらない。つまり、製造直後の防水シートでは、ピーク面積にほとんど差が生じていない。このため、製造直後の防水シートでは、劣化の進度の差がほとんど生じていない。
【0071】
一方、
図10では、表面側と裏面側とで、濃淡に違いがある。このため、6年間の経年により、防水シートの表面側と裏面側とで、劣化の進度に差が生じていると考えられる。この場合、切断面上で測定点を選択するとき、選択位置によって赤外線吸収ピークの強度に差が生じることが懸念される。しかし、複数の測定点の赤外線吸収ピークから面積の平均値を算出し、これをピーク面積とみなすことにより、このような懸念を解消することができる。その結果、後述する工程において樹脂シート1の劣化の程度を推定するとき、より精度の高い推定が可能になる。
【0072】
次に、求めたピーク面積から可塑剤の濃度を推定する。可塑剤の濃度の推定は、次のような手順で行う。
【0073】
まず、検量線を作成する。検量線とは、ピーク面積と可塑剤の濃度との関係を示す回帰線である。検量線は、通常、樹脂シート1の製造時に、可塑剤の濃度が異なる試料を作製しておき、その試料について求めたピーク面積と可塑剤の濃度との関係から作成することができる。試料の数は、3つ以上であることが好ましい。また、製造時の濃度がわからない場合、いくつかの試料を用意し、別の方法で可塑剤の濃度を測定した後、ピーク面積と測定した可塑剤の濃度との関係から検量線を作成してもよい。
【0074】
図8に示す赤外線吸収スペクトルS6~S8は、製造時の可塑剤の濃度が既知である試料から取得されている。赤外線吸収スペクトルS6~S8の取得に用いた試料は、可塑剤の濃度が互いに異なっている。赤外線吸収スペクトルS6の取得に用いた試料における可塑剤の濃度を1としたとき、赤外線吸収スペクトルS7、S8の取得に用いた試料における可塑剤の濃度は3/4、1/2になっている。赤外線吸収ピークP6~P8のピーク面積は、このような可塑剤の濃度を反映している。
【0075】
そこで、横軸に可塑剤の濃度をとり、縦軸にピーク面積をとった座標系に、赤外線吸収ピークP6~P8のピーク面積および可塑剤の濃度のデータセットをプロットする。次に、最小二乗法等により、複数のプロットマークを通過するように、回帰直線を引く。これにより、検量線が得られる。
【0076】
図11は、
図8に示す赤外線吸収スペクトルS6~S8の取得に用いられた試料の可塑剤の濃度と、赤外線吸収ピークP6~P8のピーク面積と、の関係を示す検量線CCである。なお、
図11におけるピーク面積は、複数の測定点の赤外線吸収ピークから算出した面積の平均値である。
【0077】
次に、ピーク面積と可塑剤の濃度との関係に基づいて、樹脂シート1における可塑剤の濃度を推定する。ピーク面積と可塑剤の濃度との関係の一例として、
図11に示す検量線CCが挙げられる。
図11に示す検量線CCは、原点付近を通過する直線性の高い直線である。このため、検量線CCに基づくことで、ピーク面積から可塑剤の濃度を精度よく推定することができる。
【0078】
例えば、
図9に示すマッピング分析の結果では、20箇所の測定点から赤外線吸収ピークの面積を算出し、その平均値をピーク面積とみなしている。
図9におけるピーク面積は、0.76である。
【0079】
一方、
図10に示すマッピング分析の結果では、20箇所の測定点から赤外線吸収ピークの面積を算出し、その平均値をピーク面積とみなしている。
図10におけるピーク面積は、0.54である。
【0080】
図11に示す検量線CCに基づいてピーク面積から可塑剤の濃度を推定すると、製造直後の防水シートにおける可塑剤の濃度は、約21質量%であり、6年経過後の防水シートにおける可塑剤の濃度は、約15質量%であると見積もられる。したがって、6年間で、約6質量%の可塑剤が揮散したと推定できる。
【0081】
2.2.ラマン分光法
ラマン分光法では、試料に光を照射し、ラマン散乱光を検出することにより、ラマンスペクトルを取得する。そして、取得したラマンスペクトルを解析することにより、試料の構造解析や定量を行う。
【0082】
ラマンスペクトルの取得には、ラマン分光器が用いられるが、顕微ラマン分光装置が好ましく用いられる。顕微ラマン分光装置は、レーザービームおよび顕微鏡を用いることにより、局所分析が可能であるため、サンプル2が薄く、かつ、切削面24が狭小であっても、精度の高いラマンスペクトルの取得が可能である。
【0083】
レーザービームは、例えば直径1~200μmであり、スペクトル取得時のサンプル2の温度は常温(23±5℃)である。また、レーザービームの波長は、500~900nmである。
【0084】
図12は、サンプル2から取得されたラマンスペクトルSRの一例である。
図12に示すラマンスペクトルSRでは、ピークトップの位置がラマンシフト1724±2[cm
-1]であるラマンピークP3が認められる。このラマンピークP3は、フタル酸系可塑剤に由来するピークの1つである。
【0085】
このようなラマンピークP3について、赤外分光法と同様にして、ピーク面積またはピーク高さを求めた後、検量線に基づいて可塑剤の濃度を推定する。
【0086】
なお、ラマン分光法でも、赤外分光法と同様、マッピング分析が可能である。マッピング分析により、複数の測定点からラマンスペクトルを取得し、そのラマンスペクトルから可塑剤に由来するラマンピークの面積または高さに任意の演算を行ってなる演算値を、前述したピーク面積またはピーク高さとみなすようにしてもよい。演算値としては、例えば、複数のラマンスペクトルから求めた、特定のラマンピークの面積または高さの平均値が挙げられる。このように複数のラマンスペクトルからピーク面積またはピーク高さを求めることにより、測定点の選択に伴うピーク面積やピーク高さのバラつきを抑制することができる。これにより、後述する工程において樹脂シート1の劣化の程度を推定するとき、より精度の高い推定が可能になる。
【0087】
なお、ラマンスペクトルの解析方法、例えばベースラインの決定、ピーク面積やピーク高さの算出、検量線の作成、可塑剤の濃度の推定、マッピング分析等は、赤外分光法と同様であるため、詳細の説明は省略する。
【0088】
2.3.飛行時間型二次イオン質量分析法
飛行時間型二次イオン質量分析(TOF-SIMS)法では、試料に一次イオンを照射し、スパッタリング現象で放出される二次イオンの質量分析を行うことにより、TOF-SIMSスペクトルを取得する。そして、取得したTOF-SIMSスペクトルを解析することにより、試料の構造解析や定量を行う。
【0089】
TOF-SIMSスペクトルの取得には、飛行時間型質量分析装置が用いられる。飛行時間型質量分析装置は、局所分析が可能であるため、サンプル2が薄く、かつ、切削面24が狭小であっても、精度の高いTOF-SIMSスペクトルの取得が可能である。
【0090】
一次イオンのビーム径は、例えば30nm以上200μm以下であり、スペクトル取得時のサンプル2の温度は常温(23±5℃)である。
【0091】
図13は、サンプル2から取得されたTOF-SIMSスペクトルST1の一例である。なお、
図13に示すTOF-SIMSスペクトルST1は、二次イオンが正のイオン(+イオン)であるときのスペクトルである。
【0092】
図13に示すTOF-SIMSスペクトルST1では、質量電荷比が149[m/z]の位置にTOF-SIMSピークP41が認められ、質量電荷比が447[m/z]の位置にTOF-SIMSピークP42が認められる。これらのTOF-SIMSピークP41、P42は、それぞれ、フタル酸系可塑剤に由来するピークである。
【0093】
このようなTOF-SIMSピークP41、P42について、ピーク高さを求めた後、検量線に基づいて可塑剤の濃度を推定する。
【0094】
図14は、可塑剤に含まれるジイソノニルフタレート(DINP)の単体から取得されたTOF-SIMSスペクトルST2の一例である。なお、
図14に示すTOF-SIMSスペクトルST2は、二次イオンが正のイオン(+イオン)であるときのスペクトルである。
【0095】
図14に示すTOF-SIMSスペクトルST2では、質量電荷比が149[m/z]の位置にTOF-SIMSピークP43が認められる。このような原料単体から取得されたTOF-SIMSスペクトルST2に基づいて、可塑剤の濃度を推定するための検量線を作成することができる。
【0096】
なお、飛行時間型二次イオン質量分析法でも、赤外分光法やラマン分光法と同様、マッピング分析が可能である。マッピング分析により、複数の測定点からTOF-SIMSスペクトルを取得し、そのTOF-SIMSスペクトルから可塑剤に由来するTOF-SIMSピークの高さに任意の演算を行ってなる演算値を、前述したピーク高さとみなすようにしてもよい。演算値としては、例えば、複数のTOF-SIMSスペクトルから求めた、特定のTOF-SIMSピークの高さの平均値が挙げられる。このように複数のTOF-SIMSスペクトルからピーク高さを求めることにより、測定点の選択に伴うピーク高さのバラつきを抑制することができる。これにより、後述する工程において樹脂シート1の劣化の程度を推定するとき、より精度の高い推定が可能になる。
【0097】
なお、TOF-SIMSスペクトルの解析方法、例えば検量線の作成、可塑剤の濃度の推定、マッピング分析等は、赤外分光法やラマン分光法と同様であるため、詳細の説明は省略する。
【0098】
2.4.熱分解ガスクロマトグラフ質量分析法
熱分解ガスクロマトグラフ質量分析法では、試料を熱分解させ、その際に発生するガスの質量分析を行うことにより、GC/MSスペクトルを取得する。そして、取得したGC/MSスペクトルを解析することにより、試料の構造解析や定量を行う。
【0099】
GC/MSスペクトルの取得には、熱分解ガスクロマトグラフ質量分析装置が用いられる。熱分解ガスクロマトグラフ質量分析装置では、瞬間的な加熱によってサンプル2を加熱分解することができるので、切削面24由来の情報に基づくGC/MSスペクトルを精度よく取得することができる。
【0100】
図15は、可塑剤に含まれるフタル酸ジオクチル(DOP)を含む試料から取得されたGC/MSスペクトルSGの一例である。
【0101】
図15に示すGC/MSスペクトルSGでは、質量電荷比が149[m/z]の位置にGC/MSピークP5が認められる。このGC/MSピークP5は、フタル酸系可塑剤に由来するピークの1つである。
【0102】
このようなGC/MSピークP5について、ピーク高さを求めた後、検量線に基づいて可塑剤の濃度を推定する。
【0103】
なお、GC/MSスペクトルの解析方法、例えば検量線の作成、可塑剤の濃度の推定等は、赤外分光法やラマン分光法と同様であるため、詳細の説明は省略する。
【0104】
2.5.その他の分析方法
本工程では、上述した分析方法以外の分析方法が用いられてもよい。なお、切削面24近傍の情報を取得しやすいという観点では、赤外分光法が最も好ましく用いられ、次いで、ラマン分光法および飛行時間型二次イオン質量分析法がこの順で好ましく用いられる。これらは、非破壊分析方法であり、かつ、局所分析可能であるため、サンプル2の表面の影響を避けつつ、可塑剤の濃度を精度よく求められる点で有用である。
【0105】
一方、熱分解ガスクロマトグラフ質量分析法は、熱分解に伴って発生するガスについて質量分析を行う。このため、切削面24を有するサンプル2を分析対象とすることで、切削面24近傍の情報をより多く含む分析結果を得ることができる。したがって、非破壊分析方法ではないものの、このような熱分解ガスクロマトグラフ質量分析法においても、サンプル2の表面の影響を抑えつつ、可塑剤の濃度を求めることができる。
【0106】
3.劣化度推定工程
劣化度推定工程S106では、可塑剤濃度測定工程S104で求めた樹脂シート1の可塑剤の濃度に基づいて、樹脂シート1の劣化の程度を推定する。
【0107】
可塑剤の濃度は、劣化に伴って低下する。このため、可塑剤の濃度と劣化の程度との間には、負の相関関係がある。つまり、製造直後の樹脂シート1と比べたとき、経年後の可塑剤の濃度が低いほど、劣化の程度が大きいと推定できる。したがって、本工程では、この負の相関関係に基づいて、劣化の程度を推定する。
【0108】
例えば、可塑剤の濃度にしきい値を設定しておく。そして、求めた可塑剤の濃度がしきい値以下である場合には、樹脂シート1の交換または補修が必要な程度の劣化が進んでいると診断する。一方、推定した可塑剤の濃度がしきい値超である場合には、樹脂シート1の交換または補修は不要であると診断する。
【0109】
このようにして劣化の程度を評価することにより、裏付けを伴った精度の高い評価が可能になる。特に直射日光に曝される等して、表面の劣化が著しい樹脂シート1であっても、本実施形態によれば、表面の影響を避けながら劣化の程度を評価することができるため、評価の精度を高められる。これにより、劣化の程度を過小評価または過大評価してしまう確率を下げることができる。その結果、樹脂シート1の交換や補修のタイミングが遅れたり、必要以上に早期に行ったりすることがなく、交換や補修を効率的に行うことができる。
【0110】
4.樹脂シートの構成成分の例
樹脂シート1の一例として、前述した防水シート10について説明する。
【0111】
図16は、防水シート10の構造の一例を示す断面図である。
図16に示す防水シート10は、施工面側に裏面層12と、補強材層14と、表面層16と、をこの順で備える。裏面層12の厚さは0.1~2.0mm程度、表面層16の厚さは0.05~3.0mm程度である。補強材層14の厚さは、0.2~0.4μm程度である。また、防水シート10の全体の厚さは0.5~5.0mm程度である。
【0112】
裏面層12および表面層16は、構成成分が互いに同じであってもよいが、互いに異なっていてもよい。また、裏面層12および表面層16は、それぞれ2層以上の積層構造であってもよい。さらに、防水シート10は、単層であってもよい。
【0113】
前述したサンプル取得工程S102において、防水シート10の表面側からサンプル2を削り取る場合、表面層16の一部がサンプル2として取得される。以下では、表面層16の構成成分の例について説明する。
【0114】
表面層16は、
(A)ポリ塩化ビニル樹脂と、
(B)エチレン・酢酸ビニル共重合体と、
(C)可塑剤と、
(D)その他の成分と、
を含む。
【0115】
ポリ塩化ビニル樹脂(A)は、塩化ビニルのホモポリマーである。ポリ塩化ビニル樹脂(A)の平均重合度は700以上3000以下、好ましくは1000以上3000以下である。
【0116】
ポリ塩化ビニル樹脂(A)としては、例えば、S1003(カネカ社製)、TK-1300(信越化学工業社製)等が挙げられる。
【0117】
ポリ塩化ビニル樹脂(A)は、表面層16の主成分であり、配合量は、表面層16の30質量%以上であることが好ましく、40質量%以上70質量%以下であることがより好ましい。
【0118】
エチレン・酢酸ビニル共重合体(B)のエチレン含量は、例えば40~80重量%、酢酸ビニル含量は、例えば20~60重量%である。
【0119】
エチレン・酢酸ビニル共重合体(B)としては、例えば、エバフレックスEV40W、EV150、EV250(以上、三井・ダウポリケミカル社製)、UBEポリエチレンV322、VZ732(以上、宇部丸善ポリエチレン社製)等が挙げられる。
【0120】
エチレン・酢酸ビニル共重合体(B)は、ポリ塩化ビニル樹脂(A)100重量部に対して、10~80重量部、好ましくは30~60重量部含むことができる。
【0121】
可塑剤(C)としては、例えば、フタル酸系可塑剤、アジピン酸系可塑剤、リン酸系可塑剤、トリメリット酸系可塑剤、ポリエステル系可塑剤等が挙げられ、これらのうちの1種または2種以上の混合物が用いられる。
【0122】
可塑剤(C)は、ポリ塩化ビニル樹脂(A)100重量部に対して、10~100重量部、好ましくは20~70重量部含むことができる。
【0123】
その他の成分(D)としては、例えば、紫外線吸収剤、酸化防止剤、顔料、加工助剤、安定剤、充填材等が挙げられる。その他の成分(D)の含有率は、成分ごとに、重量比でA~Cの各成分よりも少なく設定されることが好ましい。
【0124】
5.実施形態が奏する効果
以上のように、本実施形態に係る樹脂シートの評価方法は、可塑剤を含む樹脂シート1の劣化の程度を評価する方法であって、可塑剤濃度測定工程S104と、劣化度推定工程S106と、を有する。可塑剤濃度測定工程S104では、樹脂シート1を切削して得られるサンプル2の切削面24について、可塑剤の濃度を求める。劣化度推定工程S106では、求めた可塑剤の濃度に基づいて、樹脂シート1の劣化の程度を推定する。
【0125】
このような評価方法によれば、樹脂シート1を切削して得られるサンプル2の切削面24について、それに基づいて可塑剤の濃度を推定することができる。そして、このようにして得られた可塑剤の濃度は、外光や大気に直接曝されていない部分の情報に基づくものであるため、樹脂シート1の劣化の程度を高い精度で評価することに寄与する。このため、劣化の程度を過小評価または過大評価してしまう確率を下げることができる。その結果、樹脂シート1の交換や補修のタイミングが遅れたり、必要以上に早期に行ったりすることが生じにくくなるため、樹脂シート1の交換や補修を効率的に行うことができる。
【0126】
また、本実施形態では、樹脂シート1を厚さ方向に貫通することなく切削して得られたサンプル2が好ましく用いられる。
【0127】
このような方法でサンプル2を取得することにより、施工済みの樹脂シート1の機能に大きな影響を与えることを防止できる。具体的には、樹脂シート1は、防水や電気的絶縁、外部環境との隔離等を目的として施工されることがあるが、上記方法であれば、これらの目的を阻害することなく、サンプル2を取得することができる。
【0128】
また、本実施形態では、可塑剤濃度測定工程S104が、切削面24について局所分析を行い、可塑剤の濃度を測定するステップを含む。
【0129】
局所分析としては、例えば、前述した赤外分光法、ラマン分光法、飛行時間型二次イオン質量分析(TOF-SIMS)法等が挙げられる。これらの分析方法によれば、サンプル2の表面の影響を避けつつ、可塑剤の濃度を精度よく求めることができる。
【0130】
また、本実施形態では、可塑剤濃度測定工程S104が、切削面24に含まれる複数の測定点で局所分析を行い、複数の測定点について得られた分析結果に基づいて、可塑剤の濃度を算出するステップを含む。
【0131】
このような構成によれば、測定点の選択に伴う可塑剤の測定濃度のバラつきを抑制することができる。つまり、複数の測定点は、切削面24上に並んでいるため、樹脂シート1内における可塑剤の濃度のバラつきの幅を包含していると考えられる。したがって、複数の測定点について得られた分析結果に基づいて可塑剤の濃度を算出することにより、測定点の選択に伴うバラつきの影響を最小限に抑えることができる。
【0132】
また、本実施形態では、切削面24が、樹脂シート1の主面22と略平行な領域25を含んでおり、領域25について局所分析を行う。
【0133】
領域25は、主面22から同じ深さに広がっている領域に対応していることから、領域25に複数の測定点を設定し、その測定結果を用いて可塑剤の濃度を算出することにより、算出結果における空間バラつきをより緩和することができる。
【0134】
また、本実施形態では、前述した局所分析が、赤外線吸収スペクトルを取得する分析(赤外分光法)、ラマンスペクトルを取得する分析(ラマン分光法)、または、飛行時間型二次イオン質量スペクトルを取得する分析(飛行時間型二次イオン質量分析法)である。
これらは、局所分析であり、かつ、非破壊分析方法であるため、サンプル2の表面の影響を避けつつ、可塑剤の濃度を精度よく求められる。
【0135】
以上、本発明の樹脂シートの評価方法を、図示の実施形態に基づいて説明したが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0136】
例えば、本発明の樹脂シートの評価方法は、前記実施形態に任意の目的の工程が付加されたものであってもよい。
【符号の説明】
【0137】
1 樹脂シート
2 サンプル
3 ATRプリズム
10 防水シート
11 折れ曲がり部分
12 裏面層
14 補強材層
16 表面層
22 主面
24 切削面
25 領域
26 切削凹部
90 鋼板
91 床面
92 側面
93 隙間
112 部分
114 部分
B6 ベースポイント
B7 ベースポイント
B8 ベースポイント
CC 検量線
IR 赤外線
L6 ベースライン
L7 ベースライン
L8 ベースライン
P1 赤外線吸収ピーク
P2 赤外線吸収ピーク
P21 赤外線吸収ピーク
P22 赤外線吸収ピーク
P23 赤外線吸収ピーク
P3 ラマンピーク
P41 TOF-SIMSピーク
P42 TOF-SIMSピーク
P43 TOF-SIMSピーク
P5 GC/MSピーク
P6 赤外線吸収ピーク
P7 赤外線吸収ピーク
P8 赤外線吸収ピーク
S102 サンプル取得工程
S104 可塑剤濃度測定工程
S106 劣化度推定工程
S1 赤外線吸収スペクトル
S2 赤外線吸収スペクトル
S3 赤外線吸収スペクトル
S4 赤外線吸収スペクトル
S5 赤外線吸収スペクトル
S6 赤外線吸収スペクトル
S7 赤外線吸収スペクトル
S8 赤外線吸収スペクトル
Sc1 赤外線吸収スペクトル
Sc2 赤外線吸収スペクトル
Sf 赤外線吸収スペクトル
SG GC/MSスペクトル
SR ラマンスペクトル
ST1 TOF-SIMSスペクトル
ST2 TOF-SIMSスペクトル
dp 侵入深さ
θ 入射角