(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023180215
(43)【公開日】2023-12-20
(54)【発明の名称】転がり軸受、回転機器、および転がり軸受の製造方法
(51)【国際特許分類】
C10M 135/10 20060101AFI20231213BHJP
C10M 159/24 20060101ALI20231213BHJP
F16C 19/06 20060101ALI20231213BHJP
F16C 33/58 20060101ALI20231213BHJP
F16C 33/64 20060101ALI20231213BHJP
H02K 5/173 20060101ALI20231213BHJP
C23C 26/00 20060101ALI20231213BHJP
C10M 169/06 20060101ALI20231213BHJP
C10M 117/00 20060101ALN20231213BHJP
C10N 10/04 20060101ALN20231213BHJP
C10N 30/00 20060101ALN20231213BHJP
C10N 40/02 20060101ALN20231213BHJP
C10N 50/10 20060101ALN20231213BHJP
【FI】
C10M135/10
C10M159/24
F16C19/06
F16C33/58
F16C33/64
H02K5/173 A
C23C26/00 A
C10M169/06
C10M117/00
C10N10:04
C10N30:00 Z
C10N40:02
C10N50:10
【審査請求】有
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023073816
(22)【出願日】2023-04-27
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2023-10-02
(31)【優先権主張番号】P 2022092902
(32)【優先日】2022-06-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000002325
【氏名又は名称】セイコーインスツル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100126664
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 慎吾
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(72)【発明者】
【氏名】飯野 朗弘
(72)【発明者】
【氏名】小坂 貴之
(72)【発明者】
【氏名】安保 佳祐
【テーマコード(参考)】
3J701
4H104
4K044
5H605
【Fターム(参考)】
3J701AA02
3J701AA32
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4H104AA13C
4H104BA04A
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5H605AA05
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5H605BB10
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5H605BB19
5H605CC04
5H605EB10
5H605EB23
5H605GG09
(57)【要約】
【課題】クリープ等による不具合を抑制できる転がり軸受、回転機器、および転がり軸受の製造方法を提供する。
【解決手段】転がり軸受1は、互いに同軸に配置された内輪10および外輪20と、内輪10と外輪20との間に配置された転動体30と、を備える。内輪10の内周面10aと外輪20の外周面20bのうち少なくとも一方に、カルシウムスルフォネートと炭酸カルシウムとの混合物、または、カルシウムスルフォネートと炭酸カルシウムとから得られた化合物を含む被覆膜81,82が形成されている。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに同軸に配置された内輪および外輪と、
前記内輪と前記外輪との間に配置された転動体と、を備え、
前記内輪の内周面と前記外輪の外周面のうち少なくとも一方に、カルシウムスルフォネートと炭酸カルシウムとの混合物、または、カルシウムスルフォネートと炭酸カルシウムとから得られた化合物を含む被覆膜が形成されている、転がり軸受。
【請求項2】
前記被覆膜は、前記内輪の前記内周面と前記内輪の外周面のうち前記内周面のみに形成されている、請求項1記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記被覆膜は、前記外輪の前記外周面と前記外輪の内周面のうち前記外周面のみに形成されている、請求項1記載の転がり軸受。
【請求項4】
前記被覆膜は、前記内輪の軸方向の端面と前記外輪の軸方向の端面とのうち少なくとも一方に形成されている、請求項1記載の転がり軸受。
【請求項5】
前記被覆膜は、カルシウム石けん、カルシウム複合石けんおよびカルシウム塩のうち少なくとも一つを含む、請求項1記載の転がり軸受。
【請求項6】
前記被覆膜は、基油を含む、請求項1記載の転がり軸受。
【請求項7】
前記内輪の全表面および前記外輪の全表面に、防錆層が形成され、
前記被覆膜は、前記防錆層の上に形成されている、請求項1記載の転がり軸受。
【請求項8】
前記被覆膜は、固体潤滑剤を含む、請求項1記載の転がり軸受。
【請求項9】
請求項1~8のうちいずれか1項に記載の転がり軸受と、
軸部を有する回転体と、
前記回転体を支持する基部と、を備え、
前記転がり軸受は、前記基部に装着されて前記軸部を回転可能に支持する、回転機器。
【請求項10】
軸部を有する回転体と、前記回転体を支持する基部と、前記基部に装着されて前記軸部を回転可能に支持する転がり軸受と、を備え、
前記転がり軸受は、互いに同軸に配置された内輪および外輪と、前記内輪と前記外輪との間に配置された転動体と、を有し、
前記軸部の外周面のうち前記転がり軸受が接触する領域と、前記基部の内周面のうち前記転がり軸受が接触する領域と、の少なくとも一方に、カルシウムスルフォネートと炭酸カルシウムとの混合物、または、カルシウムスルフォネートと炭酸カルシウムとから得られた化合物を含む被覆膜が形成されている、回転機器。
【請求項11】
互いに同軸に配置された内輪および外輪の間に転動体が配置された転がり軸受の製造方法であって、
前記内輪の内周面と前記外輪の外周面のうち少なくとも一方に、カルシウムスルフォネートと炭酸カルシウムとの混合物、または、カルシウムスルフォネートと炭酸カルシウムとから得られた化合物を含むグリース組成物を塗布することによって被覆膜を形成する工程を有し、
この工程において、前記内輪の内周面と前記外輪の外周面のうち少なくとも一方に、塗布部材を用いて前記グリース組成物を擦りつけることによって前記被覆膜を形成する、
転がり軸受の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受、回転機器、および転がり軸受の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受は、例えば、同軸上に配置された外輪および内輪と、内輪と外輪との間に配設された複数の転動体と、転動体を転動可能に保持する保持器と、を備えている。この種の転がり軸受は、ファンモータなどの回転機器に組み込まれて使用される。転動体としてボールを用いる玉軸受は、高速回転する回転体の軸部を有する回転機器に好適に用いられる。
【0003】
近年では、回転機器に高速回転が求められることが多くなっている。回転機器の回転が高速となると、転がり軸受の内輪と外輪のうち固定輪が回転してクリープが起きる可能性がある。また、固定輪が振動的に動作することによってフレッチングが起きる可能性もある。クリープおよびフレッチングは、摩耗粉による転がり軸受の損傷、異常発熱、錆の発生などの不具合の原因となる場合がある。
クリープ等による不具合の対策としては、転がり軸受の摩擦が大きくなる面にウレアグリースを塗布し、この面の摩擦を低減させることが提案されている(例えば、特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、ウレアグリース等の潤滑剤を塗布した転がり軸受では、長時間の使用による潤滑剤の枯渇などを原因として、クリープ等による不具合の抑制が不十分となる場合があった。
【0006】
本発明の一態様は、クリープ等による不具合を抑制できる転がり軸受、回転機器、および転がり軸受の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様に係る転がり軸受は、互いに同軸に配置された内輪および外輪と、前記内輪と前記外輪との間に配置された転動体と、を備え、前記内輪の内周面と前記外輪の外周面のうち少なくとも一方に、カルシウムスルフォネートと炭酸カルシウムとの混合物、または、カルシウムスルフォネートと炭酸カルシウムとから得られた化合物を含む被覆膜が形成されている。
【0008】
この構成によれば、被覆膜は硬質膜であり摩擦特性に優れる。そのため、クリープまたはフレッチングの発生時に、金属接触による凝着摩耗を抑制し、発熱や摩耗粉の発生を抑えることができる。特に、当接相手が鉄を含む材料(鋼、ステンレス鋼など)で形成されている場合には、当接相手との間で摩擦が起こると摺動面に膜ができ、耐摩耗や防錆効果はさらに向上する。被覆膜は、防錆効果が高いため、高温・高湿度環境においても錆発生を抑制できる。
【0009】
前記被覆膜は、前記内輪の前記内周面と前記内輪の外周面のうち前記内周面のみに形成されていることが好ましい。
【0010】
この構成によれば、転がり軸受の動作時のトルク平滑性を良好とするとともに、ノイズを抑制できる。
【0011】
前記被覆膜は、前記外輪の前記外周面と前記外輪の内周面のうち前記外周面のみに形成されていることが好ましい。
【0012】
この構成によれば、転がり軸受の動作時のトルク平滑性を良好とするとともに、ノイズを抑制できる。
【0013】
前記被覆膜は、前記内輪の軸方向の端面と前記外輪の軸方向の端面とのうち少なくとも一方に形成されていてもよい。
【0014】
この構成によれば、端面が他の部材と当接した場合でも、摩耗抑制、発熱抑制などの効果を奏する。
【0015】
前記被覆膜は、カルシウム石けん、カルシウム複合石けんおよびカルシウム塩のうち少なくとも一つを含むことが好ましい。
【0016】
この構成によれば、防錆性能および耐摩耗性能がさらに向上する。
【0017】
前記被覆膜は、基油を含むことが好ましい。
【0018】
この構成によれば、基油により被覆膜の潤滑性が高められる。
【0019】
前記内輪の全表面および前記外輪の全表面に、防錆層が形成され、前記被覆膜は、前記防錆層の上に形成されていてもよい。
【0020】
この構成によれば、被覆膜が形成されていない領域においても防錆効果が得られる。
【0021】
前記被覆膜は、固体潤滑剤を含むことが好ましい。
【0022】
この構成によれば、転がり軸受と軸部等との接触箇所における摩耗を抑えることができる。
【0023】
本発明の一態様に係る回転機器は、前記転がり軸受と、軸部を有する回転体と、前記回転体を支持する基部と、を備え、前記転がり軸受は、前記基部に装着されて前記軸部を回転可能に支持する。
【0024】
この構成によれば、被覆膜は硬質膜であり摩擦特性に優れる。そのため、クリープまたはフレッチングの発生時に、金属接触による凝着摩耗を抑制し、発熱や摩耗粉の発生を抑えることができる。特に、当接相手が鉄を含む材料(鋼、ステンレス鋼など)で形成されている場合には、当接相手との間で摩擦が起こると摺動面に膜ができ、耐摩耗や防錆効果はさらに向上する。被覆膜は、防錆効果が高いため、高温・高湿度環境においても錆発生を抑制できる。
【0025】
本発明の一態様に係る回転機器は、軸部を有する回転体と、前記回転体を支持する基部と、前記基部に装着されて前記軸部を回転可能に支持する転がり軸受と、を備え、前記転がり軸受は、互いに同軸に配置された内輪および外輪と、前記内輪と前記外輪との間に配置された転動体と、を有し、前記軸部の外周面のうち前記転がり軸受が接触する領域と、前記基部の内周面のうち前記転がり軸受が接触する領域と、の少なくとも一方に、カルシウムスルフォネートと炭酸カルシウムとの混合物、または、カルシウムスルフォネートと炭酸カルシウムとから得られた化合物を含む被覆膜が形成されている。
【0026】
この構成によれば、クリープまたはフレッチングの発生時に、金属接触による凝着摩耗を抑制し、発熱や摩耗粉の発生を抑えることができる。高温・高湿度環境においても錆発生を抑制できる。
【0027】
本発明の一態様に係る転がり軸受の製造方法は、互いに同軸に配置された内輪および外輪の間に転動体が配置された転がり軸受の製造方法であって、前記内輪の内周面と前記外輪の外周面のうち少なくとも一方に、カルシウムスルフォネートと炭酸カルシウムとの混合物、または、カルシウムスルフォネートと炭酸カルシウムとから得られた化合物を含むグリース組成物を塗布することによって被覆膜を形成する工程を有し、この工程において、前記内輪の内周面と前記外輪の外周面のうち少なくとも一方に、塗布部材を用いて前記グリース組成物を擦りつけることによって前記被覆膜を形成する。
【0028】
この方法によれば、前記内輪の内周面と前記外輪の外周面のうち少なくとも一方に対する前記被覆膜の接合強度を高めることができる。
【発明の効果】
【0029】
本発明の一態様によれば、クリープ等による不具合を抑制できる転がり軸受および回転機器を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】実施形態のファンモータを示す縦断面図である。
【
図2】第1実施形態の第1転がり軸受の縦断面図である。
【
図3】第2実施形態の第1転がり軸受の縦断面図である。
【
図4】第3実施形態の第1転がり軸受の縦断面図である。
【
図5】他の実施形態のファンモータの一部の縦断面を示す分解図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。なお以下の説明では、同一または類似の機能を有する構成に同一の符号を付す。そして、それら構成の重複する説明は省略する場合がある。
【0032】
図1は、実施形態のファンモータを示す縦断面図である。
図1に示すファンモータ100は、回転機器の一例である。ファンモータ100は、回転体110と、基部120と、駆動部130と、第1転がり軸受1および第2転がり軸受2と、を備える。回転体110は、軸部111を有する。基部120は、回転体110を支持する。駆動部130は、基部120に対して回転体110を回転させる。駆動部130と、第1転がり軸受1および第2転がり軸受2は、基部120に装着されている。第1転がり軸受1および第2転がり軸受2は、軸部111を回転可能に支持する。第1転がり軸受1および第2転がり軸受2は「転がり軸受」の例である。
【0033】
以下の説明では、転がり軸受を単に軸受と称する場合がある。本実施形態では、回転体110の軸部111の中心軸線Oの延びる方向を軸方向という。中心軸線Oに直交して中心軸線Oから放射状に延びる方向を径方向という。中心軸線O回りに周回する方向を周方向という。軸方向に平行、かつ互いに反対方向を指向する方向のうち一方を上方(第1方向)と定義する。軸方向に平行、かつ互いに反対方向を指向する方向のうち他方を下方(第2方向)と定義する。
【0034】
基部120は、軸方向に延びる筒部121を有する。筒部121には、回転体110の軸部111が挿入されている。筒部121は、例えば、金属で構成される。筒部121は、鉄を含む金属(鋼、ステンレス鋼など)で形成されることが好ましい。筒部121の構成材料は特に限定されない。筒部121は、例えば、鉄を含まない金属(真鍮など)、樹脂などによって形成されていてもよい。
【0035】
回転体110は、基部120の上方に配置されている。回転体110は、軸部111と、ファン112とを備える。軸部111は、例えば、金属で構成される。軸部111は、鉄を含む金属(鋼、ステンレス鋼など)で形成されることが好ましい。軸部111の構成材料は特に限定されない。軸部111は、例えば、鉄を含まない金属(真鍮など)、樹脂などによって形成されていてもよい。
ファン112は、筒部121の外で軸部111に接続されている。ファン112は、軸部111の上端部に固定されている。
【0036】
ファン112は、フランジ113と、周壁部114と、複数のブレード115とを備える。フランジ113は、軸部111の上端部から径方向の外側に張り出している。フランジ113は、軸部111の周方向の全体にわたって形成されている。周壁部114は、フランジ113の外周縁全体から下方に延びる。周壁部114は、筒部121に対して径方向に間隔をあけて、筒部121を全周にわたって囲んでいる。複数のブレード115は、周壁部114の径方向の外側で周方向に間隔をあけて配列されている。
【0037】
駆動部130は、モータである。駆動部130は、コイルを有するステータ131と、磁石を有するロータ132と、を備える。ステータ131は、軸部111の外側で基部120に固定されている。ロータ132は、ステータ131の径方向外側でファン112の周壁部114に固定されている。
【0038】
第1軸受1および第2軸受2は、筒部121の内周面と軸部111の外周面との間に介在している。第1軸受1および第2軸受2は、玉軸受である。第1軸受1および第2軸受2は、互いに同軸に配置されている。第1軸受1および第2軸受2は、軸方向に間隔をあけて並んでいる。第1軸受1は、第2軸受2よりも回転体110の重心寄りに配置されている。第1軸受1は、第2軸受2よりも上方に配置されている。
【0039】
第1軸受1は、筒部121に上方から挿入されている。第1軸受1の下端部は、筒部121の内周面の段差によって下方の変位を規制されている。第1軸受1は、付勢部材102に接触している。付勢部材102は、コイルばねである。付勢部材102は、回転体110の軸部111に外挿され、中心軸線Oと同軸に配置されている。
【0040】
付勢部材102は、第1軸受1とファン112のフランジ113との間に圧縮状態で介在している。付勢部材102の上端部は、フランジ113に下方から接触している。付勢部材102の下端部は、第1軸受1の内輪に上方から接触している。これにより、付勢部材102は、回転体110に対して第1軸受1を下方に付勢している。
【0041】
第2軸受2は、筒部121に下方から挿入されている。第2軸受2の外輪は、筒部121の内周面の段差によって上方の変位を規制されている。第2軸受2の内輪は、軸部111の下端部に装着されたCリング103に上方から接触している。これにより、第2軸受2は、軸部111に対する下方の変位を規制されている。
【0042】
[第1実施形態]
図2は、第1実施形態の第1転がり軸受の縦断面図である。
図2に示すように、第1軸受1は、軌道輪である内輪10および外輪20と、複数の転動体30と、保持器40と、一対のシール部材50と、を備える。内輪10および外輪20は、中心軸線Oを共通軸線とする。第2軸受2(
図1参照)は、第1軸受1と同一の構成を有する。
【0043】
内輪10は、回転輪として設けられている。内輪10は、軸部111に外挿されている。外輪20は、固定輪として設けられている。外輪20は、内輪10との間に環状の空間を設けた状態で、内輪10を径方向の外側から囲んでいる。複数の転動体30は、内輪10と外輪20との間に配置されるとともに、保持器40によって転動可能に保持されている。保持器40は、複数の転動体30を周方向に均等配列させた状態で、各転動体30を回転可能に保持している。シール部材50は、内輪10と外輪20との間の環状の空間を軸方向の外側から覆っている。
【0044】
外輪20は、ステンレス鋼や軸受鋼等の金属材料により円環状に形成されている。外輪20は金属製に限定されず、その他の材料によって形成されていてもよい。
外輪20は、外輪本体21と、突出部22とを備える。外輪本体21の幅(軸方向の寸法)は、内輪10の幅(軸方向の寸法)と同等である。突出部22は、外輪本体21の内周面から径方向の内側に向かって突出する。突出部22は、外輪本体21の周方向の全体にわたって形成されている。突出部22は、外輪本体21における軸方向の中央を含む部分に形成されている。突出部22の幅(軸方向の寸法)は、外輪本体21の幅(軸方向の寸法)よりも小さい。突出部22の幅(軸方向の寸法)は、転動体30の外径よりも大きい。
【0045】
突出部22の内周面には、径方向の外側に向かって窪む外輪軌道面23が形成されている。外輪軌道面23は、転動体30の外表面に沿うように、断面視において円弧形状とされている。外輪軌道面23は、突出部22の内周面の全周にわたって周方向に延びる環状に形成されている。外輪軌道面23は、突出部22の内周面のうち、軸方向の中央を含む部分に形成されている。突出部22の内周面のうち外輪軌道面23を除く部分の内径は一定である。突出部22は、軸方向を向いた一対の端面22aを有する。端面22aは、突出部22と外輪本体21との内径差によって形成されている。端面22aは、径方向および周方向の両方に平行な面である。
【0046】
外輪本体21は、突出部22の各端面22aの外周縁から外輪20の開口縁まで延びる一対の内周面21aを有する。
【0047】
内輪10は、ステンレス鋼や軸受鋼等の金属材料により円環状に形成されている。内輪10は金属製に限定されず、その他の材料によって形成されていてもよい。
内輪10の外周面には、径方向の内側に向かって窪む内輪軌道面11が形成されている。内輪軌道面11は、転動体30の外表面に沿うように、断面視において円弧形状とされている。内輪軌道面11は、内輪10の外周面の全周にわたって周方向に延びる環状に形成されている。内輪軌道面11は、内輪10の外周面のうち、軸方向の中央を含む部分に形成されている。内輪軌道面11は、外輪軌道面23に対して径方向に向い合う。内輪10の外周面のうち内輪軌道面11を除く部分の外径は一定である。
【0048】
複数の転動体30は、球状に形成されている。転動体30の構成材料としては、金属(ステンレス鋼、軸受鋼等)、セラミック(ジルコニア等)などが挙げられる。転動体30は、外輪軌道面23と内輪軌道面11との間に配置されている。転動体30は、外輪軌道面23および内輪軌道面11によって転動可能に支持される。複数の転動体30は、保持器40によって周方向の間隔を保たれている。
【0049】
保持器40は、合成樹脂または金属材料により全体として円環状に形成されている。保持器40は、中心軸線Oと同軸に配置されている。保持器40は、環状部41と、複数の柱部42とを備える。環状部41は、円環状に形成されている。環状部41は、複数の転動体30に対して下方に配置されている。柱部42は、環状部41から上方に突設されている。複数の柱部42は、周方向に間隔をあけて設けられている。複数の柱部42は、周方向に均等に配列されている。周方向に隣り合う一対の柱部42は、互いの間にボールポケットを形成している。ボールポケットは、保持器40を径方向に貫通する。ボールポケットは、保持器40の上端面において上方に開口している。ボールポケットは、転動体30の数に対応して設けられ、転動体30を各別に転動可能に保持する。これにより、保持器40は、転動体30を周方向に間隔をあけて均等配列させる。
【0050】
シール部材50は、円環の板状に形成されている。シール部材50は、中心軸線Oと同軸に配置されている。シール部材50は、外輪20に装着されている。シール部材50は、複数の転動体30に対する軸方向の両側に1つずつ配置されている。シール部材50は、台座部51と、段差部52と、カバー部53と、係止部54と、を備える。台座部51は、外輪20の突出部22の端面22aに軸方向の外側から重なる。段差部52は、台座部51の内周縁から軸方向の外側に延びる。カバー部53は、段差部52における軸方向外側の端縁から径方向の内側に張り出している。係止部54は、台座部51の外周縁から径方向の外側かつ軸方向の外側に延びている。
【0051】
シール部材50は、平面視で少なくとも転動体30の中心を跨ぐように径方向に延びている。本実施形態では、カバー部53は、平面視で転動体30の中心に重なっている。ただし、段差部52が台座部51の内周縁から軸方向の外側かつ径方向の内側に延びて、平面視で転動体30の中心に重なっていてもよい。カバー部53の内周縁は、内輪10の外周面に隙間をあけて配置されている。係止部54の外周縁は、外輪本体21の内周面21aに軸方向の内側から係止されている。これにより、シール部材50は、外輪20に固定されている。
【0052】
第1軸受1は、グリース60を備える。グリース60は、基油および増ちょう剤を含む。増ちょう剤は、耐熱性に優れる点から、ウレア化合物であることが好ましい。グリース60は、内輪10と外輪20との間の環状の空間に配置されている。グリース60の塗布量、塗布位置などは、特に限定されない。グリース60は、例えば、外輪20の内周面20aに全周にわたって接触する。グリース60は、内輪10の外周面10bに接触していてもよい。グリース60は、転動体30に対する軸方向の片側のみに配置されていてもよいし、軸方向の両側に配置されていてもよい。グリース60は、転動体30に塗布されていてもよい。グリース60は、外輪20の内周面と、内輪10の外周面と、転動体30の表面との全ての領域を覆っていてもよい。
【0053】
第1軸受1の内輪10の内周面10aには、被覆膜81が形成されている。被覆膜81は、内輪10の内周面10aの少なくとも一部に形成されていればよいが、被覆膜81は、内輪10の内周面10aの全領域に形成されていることが望ましい。被覆膜81は、内輪10の外周面10bには形成されていない。すなわち、被覆膜81は、内周面10aと外周面10bのうち内周面10aのみに形成されている。
【0054】
本実施形態では、被覆膜81は、内輪10の軸方向の両方の端面10cには形成されていない。すなわち、被覆膜81は、内周面10aと外周面10bと端面10cのうち内周面10aのみに形成されているといえる。
【0055】
外輪20の外周面20bには、被覆膜82が形成されている。被覆膜82は、外輪20の外周面20bの少なくとも一部に形成されていればよいが、被覆膜82は、外輪20の外周面20bの全領域に形成されていることが望ましい。被覆膜82は、外輪20の内周面20aには形成されていない。すなわち、被覆膜82は、内周面20aと外周面20bのうち外周面20bのみに形成されている。
【0056】
本実施形態では、被覆膜82は、外輪20の軸方向の両方の端面20cには形成されていない。すなわち、被覆膜82は、内周面20aと外周面20bと端面20cのうち外周面20bのみに形成されているといえる。
【0057】
被覆膜81は、内周面10aと外周面10bのうち内周面10aのみに形成されている。被覆膜82は、内周面20aと外周面20bのうち外周面20bのみに形成されている。被覆膜81,82がこのように形成されていることにより、回転体110(
図1参照)が回転する際(すなわち、第1軸受1の動作時)のトルク平滑性(回転時にトルクが一様である性質)は良好となる。また、回転体110が回転する際のノイズを抑制できる。
【0058】
被覆膜81,82が前述のように形成されていることによってトルク平滑性およびノイズ特性が良好となる理由については、次の推測が可能である。被覆膜81,82に含まれるカルシウム化合物は、硬質粒子を形成する可能性がある。そのため、被覆膜81,82は、硬質粒子によって粗い凹凸を有する表面状態となる場合がある。粗大な表面凹凸が転動体30に接触すると、回転体110(
図1参照)が回転する際に、トルク平滑性の低下、およびノイズ増大が起きることが考えられる。
【0059】
これに対し、被覆膜81は、内周面10aと外周面10bのうち内周面10aのみに形成されている。被覆膜82は、内周面20aと外周面20bのうち外周面20bのみに形成されている。そのため、被覆膜81,82に粗大な表面凹凸が形成されたとしても、この表面凹凸は転動体30に接触しない。よって、回転体110(
図1参照)が回転する際のトルク平滑性は良好となる。また、回転体110が回転する際のノイズを抑制できる。
内輪10の外周面10bおよび外輪20の内周面20aには被覆膜はないが、内輪10と外輪20との間にグリース60が充てんされているため、外周面10bおよび内周面20aの防錆性は良好である。
【0060】
被覆膜81,82は、カルシウムスルフォネートと炭酸カルシウムとの混合物、または、カルシウムスルフォネートと炭酸カルシウムとから得られた化合物を含む。「カルシウムスルフォネートと炭酸カルシウムとの混合物、または、カルシウムスルフォネートと炭酸カルシウムとから得られた化合物」を、「カルシウムスルフォネート組成物」と略称する。カルシウムスルフォネート組成物は、カルシウムスルフォネートコンプレックスともいう。
【0061】
カルシウムスルフォネートは、例えば、次の一般式(1)で表される。
【0062】
[R1-SO3]2Ca ・・・(1)
R1は、アルキル基、アルケニル基、アルキルナフチル基、ジアルキルナフチル基、アルキルフェニル基、石油高沸点留分残基などが好ましい。R1の炭素数は、6~28が好ましい。R1は、例えば、炭素数6~28のアルキル基、または炭素数7~28のアルキルフェニル基である。
【0063】
カルシウムスルフォネートとしては、例えば、ドデシルベンゼンスルホン酸、オクタデシルベンゼンスルホン酸、ジラウリルセチルベンゼンスルホン酸、ジノニルナフタレンスルホン酸、パラフィンワックス置換ベンゼンスルホン酸、ポリオレフィン置換ベンゼンスルホン酸、ポリイソブチレン置換ベンゼンスルホン酸などのアルキル芳香族スルホン酸のカルシウム塩;芳香族スルホン酸のカルシウム塩;アルキルスルホン酸のカルシウム塩;石油スルホン酸のカルシウム塩、などが挙げられる。
【0064】
カルシウムスルフォネート組成物としては、次の一般式(2)で表される化合物が好ましい。
【0065】
[R2-SO3]2Ca・nCaCO3 ・・・(2)
(R2は、炭素数6~28のアルキル基、または炭素数7~28のアルキルフェニル基である。nは、6~50の整数である。)
【0066】
「R2」は、例えば、直鎖状または分岐を有する、炭素数6~28のアルキル基であってよい。「R2」は、例えば、直鎖状のアルキル基とフェニル基とが結合している、炭素数7~28のアルキルフェニル基であってもよい。「R2」は、例えば、分岐を有するアルキル基とフェニル基とが結合している、炭素数7~28のアルキルフェニル基であってもよい。なかでも、アルキルフェニル基、特に、直鎖状のアルキル基とフェニル基とが結合しているアルキルフェニル基が好ましい。アルキルフェニル基の炭素数は、12~24が好ましく、特に12、14、18または20が好ましい。アルキルフェニル基においてアルキル基が結合する位置は、フェニル基のパラ位が好ましい。
【0067】
カルシウムスルフォネート組成物は、カルシウムスルフォネートの分子が形成する集合体(ミセル)内に、炭酸カルシウムが配置される構造をとることが考えられる。
【0068】
被覆膜81,82は、カルシウムスルフォネート組成物に加え、カルシウム石けん、カルシウム複合石けんおよびカルシウム塩のうち少なくとも一つを含んでいてもよい。カルシウム石けん、カルシウム複合石けんおよびカルシウム塩は、これらのうち1つを用いてもよいし、2以上を併用してもよい。
【0069】
カルシウム石けんは、カルボン酸(例えば、脂肪酸)のカルシウム塩である。カルボン酸の炭素数は、例えば、10~36であってよい。カルボン酸としては、ステアリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、オレイン酸、およびベヘン酸などの長鎖脂肪酸が挙げられる。カルシウム石けんの具体例としては、ビス(ベヘン酸)カルシウム、ビス(ステアリン酸)カルシウム、ビス(12-ヒドロキシステアリン酸)カルシウムなどが挙げられる。これらは単独で用いてもよいし、2以上を併用してもよい。
【0070】
カルシウム複合石けんは、カルボン酸のカルシウム塩である。「複合」は、複数のカルボン酸を用いるという意味である。カルボン酸としては、長鎖脂肪酸を用いてもよいし、短鎖脂肪酸を用いてもよい。カルシウム複合石けんには、例えば、炭素数12以上(例えば、12~24)の長鎖脂肪酸と、炭素数10以下(例えば、2~6)の短鎖脂肪酸とを用いることができる。長鎖脂肪酸としては、例えば、ステアリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、オレイン酸、およびベヘン酸などが挙げられる。短鎖脂肪酸としては、例えば、酢酸、プロピオン酸、および酪酸などが挙げられる。カルシウム複合石けんの具体例としては、ステアリン酸カルシウムと酢酸カルシウムとの複合石けんが例示できる。
【0071】
カルシウム塩は、酸の水素原子をカルシウムイオンと置換した化合物である。カルシウム塩の具体例としては、酢酸カルシウム、ホウ酸カルシウム、およびリン酸カルシウムなどが挙げられる。これらは単独で用いてもよいし、2以上を併用してもよい。
【0072】
カルシウムスルフォネート組成物は、カルシウム石けん、カルシウム複合石けんおよびカルシウム塩のうち少なくとも一つを含むことによって、増ちょう能、滴点、耐摩耗性、極圧性などを調整することができる。従って、カルシウムスルフォネート組成物の増ちょう剤としての機能を高めることができる。
【0073】
カルシウムスルフォネート組成物は、基油と混合されることが好ましい。これにより、被覆膜81,82には基油が含まれる。
基油としては、鉱物油、合成油、これらの混合油が挙げられる。基油は、潤滑性を損なわない限り、脂肪油その他の油脂を含んでもよい。
【0074】
合成油としては、炭化水素系合成油、エステル系合成油、フェニルエーテル系合成油、グリコール系合成油、シリコーン系合成油、フッ素系合成油などが挙げられる。合成油としては、これらのうち1つを用いてもよいし、2以上の混合油を用いてもよい。なかでも特に、炭化水素系合成油が好ましい。
【0075】
炭化水素系合成油としては、例えば、ポリα-オレフィン(PAO)、エチレン-α-オレフィン共重合体、ポリブテン、アルキルベンゼン、アルキルナフタレンなどが挙げられる。なかでも特に、ポリα-オレフィンが好ましい。
【0076】
ポリα-オレフィンを形成するモノマーとしては、例えば、炭素数3~22のα-オレフィン、すなわち、プロピレン、1-ブテン、1-ペンテン、1-ヘキセン、1-ヘプテン、1-オクテン、1-ノネン、1-デセン、1-ウンデセン、1-ドデセン、1-トリデセン、1-テトラデセン、1-ペンタデセン、1-ヘキサデセン、1-ヘプタデセン、1-オクタデセン、1-ノナデセン、1-イコセン、1-エイコセン、1-ドコセンなどが挙げられる。なかでも特に、炭素数6~18のα-オレフィン、例えば、1-デセンが好ましい。
【0077】
ポリα-オレフィンとしては、例えば、α-オレフィンの2~7量体が挙げられる。例えば、α-オレフィンのダイマー、トリマーまたはテトラマーが好ましい。
炭化水素系合成油には、潤滑性を損なわない限り、エステル系合成油、フェニルエーテル系合成油等を混合してもよい。
【0078】
鉱物油としては、例えば、ナフテン系鉱物油、パラフィン系鉱物油、これらの混合油などが挙げられる。
【0079】
基油の動粘度および流動点は特に限定されない。基油の40℃における動粘度は、例えば、15mm2/s以上、80mm2/s以下であってよい。「40℃における動粘度」は、「JIS K2283:2000」の「5.動粘度試験方法」に規定された方法によって測定できる。基油の流動点は-30℃以下が好ましく、-40℃以下がより好ましい。
【0080】
被覆膜81,82における基油の比率は、40質量%以上、90質量%以下であってよい。被覆膜81,82におけるカルシウムスルフォネート組成物の比率は、10質量%以上、60質量%以下であってよい。
【0081】
カルシウムスルフォネート組成物には、酸化防止剤、腐食防止剤、防錆剤、極圧剤、固体潤滑剤、耐摩耗剤、増粘剤、油性剤、摩耗防止剤、構造安定剤、着色剤、洗浄分散剤、色相安定剤、金属不活性剤、粘度指数向上剤、流動点降下剤、界面活性剤などの添加剤を添加してもよい。添加剤は、例えば、カルシウムスルフォネート組成物と基油とを含むグリース組成物に添加することができる。これにより、添加剤は被覆膜81,82に含まれる。
【0082】
固体潤滑剤としては、二硫化モリブデン、黒鉛、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)のうち1または2以上を挙げることができる。固体潤滑剤を使用すると、軸部111(
図1参照)に対して内輪10が大きな負荷を受けながら回転した場合においても、軸部111と内輪10との接触箇所における摩耗をより抑えることができる。固体潤滑剤を使用すると、筒部121(
図1参照)に対して外輪20が大きな負荷を受けながら回転した場合においても、筒部121と外輪20との接触箇所における摩耗をより抑えることができる。
【0083】
第1軸受1および第2軸受2では、内輪10の内周面10aと外輪20の外周面20bの両方にそれぞれ被覆膜81,82が形成されているが、被覆膜は、内輪10の内周面10aと外輪20の外周面20bの少なくとも一方に形成されていればよい。例えば、被覆膜は、内周面10aと外周面20bのうち一方のみに形成されていてもよい。
【0084】
図1に示すように、第1軸受1および第2軸受2は、筒部121の内周面と軸部111の外周面との間に介在する。筒部121の内周面と軸部111の外周面は、被覆膜の当接相手となる。
【0085】
筒部121の内周面と軸部111の外周面の両方が鉄を含む金属(鋼、ステンレス鋼など)で形成されている場合、被覆膜は、内輪10の内周面10aと外輪20の外周面20bの両方に形成すればよい。しかし、筒部121の内周面と軸部111の外周面の一方が鉄を含む金属で形成されていない場合には、その当接相手と対面する周面(内周面10aまたは外周面20b)に、被覆膜を形成しなくてもよい。
【0086】
この構成によれば、鉄を含む金属以外の材料で形成された当接相手(筒部121の内周面または軸部111の外周面)が被覆膜によって摩耗するのを抑制できる。当接相手の摩耗を抑制できるのは、対面する被覆膜がないため、被覆膜に表面凹凸が形成されたとしても、この表面凹凸が当接相手に接触することはないからである。また、当接相手が鉄を含む金属以外の材料で形成されている場合には、凝着摩耗は発生しにくい。
【0087】
被覆膜81,82は、例えば、カルシウムスルフォネート組成物と基油とを含むグリース組成物を内輪10の内周面10aおよび外輪20の外周面20bに塗布することによって形成することができる。グリース組成物において、カルシウムスルフォネート組成物は増ちょう剤として機能する。
【0088】
グリース組成物を内周面10aおよび外周面20bに塗布する際には、例えば、布、紙などの柔らかい塗布部材を用いて、グリース組成物を内周面10aおよび外周面20bに擦りつけることが望ましい。グリース組成物を内周面10aおよび外周面20bに擦りつけて塗布することにより、内周面10aおよび外周面20bに対する被覆膜81,82の接合強度を高めることができる。グリース組成物を内周面10aおよび外周面20bに擦りつけて塗布することにより、硬い被覆膜81,82を確実に形成することができる。
【0089】
グリース組成物は、カルシウムスルフォネート組成物だけでなく、他の増ちょう剤成分を含んでいてもよい。この増ちょう剤成分としては、一般に用いられる増ちょう剤を使用することができる。増ちょう剤成分としては、例えば、金属石けん、非石けんなどが挙げられる。金属石けんとしては、例えば、リチウム石けん、リチウム複合石けん、アルミニウム石けん、およびアルミニウム複合石けんのうち1または2以上が挙げられる。非石けんとしては、例えば、ウレア化合物、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、有機化ベントナイト、およびシリカゲルのうち1または2以上が挙げられる。
【0090】
増ちょう剤成分(カルシウムスルフォネート組成物以外の増ちょう剤)と添加剤の合計添加量は、例えば、グリース組成物(希釈油を含まない)のうち30質量%以下とすることができる。増ちょう剤成分と添加剤の合計添加量は、グリース組成物(希釈油を含まない)のうち0.1質量%以上とすることができる。
【0091】
添加剤の添加量は、グリース組成物(希釈油を含まない)のうち0.1質量%以上とすることができる。添加剤の添加量は、グリース組成物(希釈油を含まない)のうち10質量%以下とすることができる。
【0092】
カルシウムスルフォネート組成物は、別に合成したものを基油に分散させてもよい。カルシウムスルフォネート組成物は、基油中で合成することによって基油に分散させてもよい。
【0093】
グリース組成物には、希釈油を添加してもよい。希釈油は基油より粘度が低い。希釈油としては、例えば、ヘキサンが挙げられる。希釈油を使用すると、グリース組成物の粘性を低くできるため、グリース組成物の塗布により被覆膜81,82を形成する作業を容易にすることができる。希釈油は、鉱物油、合成油、これらの混合油などでもよい。グリース組成物におけるカルシウムスルフォネート組成物は、希釈油中に分散していてもよい。
【0094】
グリース組成物に希釈油を添加する場合、グリース組成物の塗布後に希釈油は蒸発するが、他の成分(基油等)は塗布箇所に残って被覆膜81,82となる。粘度が高い基油は蒸発しにくく、かつ耐熱性が高い。そのため、粘度が高い基油を用いる場合、軸部111および筒部121に対して内輪10および外輪20が回転したとしても、良好な潤滑特性が得られやすい。良好な特性を得るためには、基油の40℃における動粘度は、80mm2/s以上とすることができる。グリース組成物の塗布し易さを考えると、基油の40℃における動粘度は、40mm2/s以上、150mm2/s以下が好ましい。
【0095】
第1軸受1を製造する方法の例を説明する。
(第1工程:軸受の組み立て)
内輪10、外輪20、転動体30と、保持器40、およびシール部材50を有する第1軸受1を組み立てる(
図2参照)。
【0096】
(第2工程:被覆膜の形成)
グリース組成物を内輪10の内周面10aおよび外輪20の外周面20bに塗布する。この際、例えば、布、紙などの柔らかい塗布部材を用いて、グリース組成物を内周面10aおよび外周面20bに擦りつけることが望ましい。塗布部材は、被塗布面(内周面10aおよび外周面20b)より柔らかい部材であればよい。グリース組成物の塗膜における希釈油を乾燥させることによって、被覆膜81,82を形成することができる。
【0097】
グリース組成物を内周面10aおよび外周面20bに擦りつけて塗布することによって、内周面10aおよび外周面20bに対する被覆膜81,82の接合強度を高めることができる。グリース組成物を内周面10aおよび外周面20bに擦りつけて塗布することによって、硬い被覆膜81,82を確実に形成することができる。
第2軸受2は、第1軸受1と同様にして製造することができる。
【0098】
図1に示すファンモータ100は、予め被覆膜81,82を形成した軸受1,2を軸部111および筒部121に組み付けることによって組み立てることができる。
【0099】
本実施形態の第1軸受1および第2軸受2では、被覆膜81,82が形成されている。被覆膜81,82は硬質膜であり摩擦特性に優れるため、摩擦を低減し、クリープまたはフレッチングにより発生する現象を抑制できる。例えば、金属接触による凝着摩耗を抑制し、発熱や摩耗粉の発生を抑えることができる。特に、第1軸受1および第2軸受2の当接相手(筒部121の内周面、軸部111の外周面、付勢部材102など)が鉄を含む材料(鋼、ステンレス鋼など)で形成されている場合には、当接相手との間で摩擦が起こると摺動面に膜ができ、耐摩耗や防錆効果はさらに向上する。
被覆膜81,82は防錆効果が高いため、高温・高湿度環境においても、第1軸受1、第2軸受2、筒部121、軸部111(
図1参照)などにおける錆発生を抑制できる。
【0100】
被覆膜81,82がカルシウム石けん、カルシウム複合石けんおよびカルシウム塩のうち少なくとも一つを含む場合、防錆性能および耐摩耗性能がさらに向上する。
【0101】
被覆膜81,82が基油を含む場合、グリース組成物の塗布により被覆膜81,82を形成する際に、グリース組成物が塗布部に留まりやすくなり、被覆膜形成が容易となる。被覆膜81,82が基油を含む場合、基油により被覆膜81,82の潤滑性が高められる。
【0102】
本実施形態のファンモータ100では、第1軸受1および第2軸受2に被覆膜81,82が形成されているため、第1軸受1および第2軸受2の摩擦を低減し、クリープまたはフレッチングにより発生する現象を抑制できる。例えば、金属接触による凝着摩耗を抑制し、発熱や摩耗粉の発生を抑えることができる。また、高温・高湿度環境においても錆発生を抑制できる。
【0103】
[第2実施形態]
図3は、第2実施形態の第1転がり軸受の縦断面図である。
図3に示すように、第1軸受201の内輪10の内周面10aおよび端面10cには、被覆膜281が形成されている。被覆膜281は、内輪10の外周面10bには形成されていない。すなわち、被覆膜281は、内周面10aと外周面10bと端面10cのうち内周面10aおよび端面10cのみに形成されている。被覆膜281は、内周面10aから端面10cにかけて連続して形成されている。
【0104】
被覆膜281は、内輪10の端面10cの少なくとも一部に形成されていればよいが、被覆膜281は、端面10cの全領域に形成されていることが望ましい。
【0105】
第1軸受201の外輪20の外周面20bおよび端面20cには、被覆膜282が形成されている。被覆膜282は、外輪20の内周面20aには形成されていない。すなわち、被覆膜282は、内周面20aと外周面20bと端面20cのうち外周面20bおよび端面20cのみに形成されている。被覆膜282は、外周面20bから端面20cにかけて連続して形成されている。
【0106】
被覆膜282は、外輪20の端面20cの少なくとも一部に形成されていればよいが、被覆膜282は、端面20cの全領域に形成されていることが望ましい。
【0107】
被覆膜281,282は、端面10c,20cにも形成されていること以外は、第1実施形態の被覆膜81,82(
図2参照)と同じ構成である。
第2軸受は、第1軸受201と同一の構成を有する。
【0108】
本実施形態の第1軸受201は、第1実施形態の第1軸受1と同様に、被覆膜281,282によって摩擦を低減し、クリープまたはフレッチングにより発生する現象を抑制できる。例えば、金属接触による凝着摩耗を抑制し、発熱や摩耗粉の発生を抑えることができる。当接相手(筒部121の内周面、軸部111の外周面、付勢部材102など)が鉄を含む材料(鋼、ステンレス鋼など)で形成されている場合には、耐摩耗や防錆効果がさらに向上する。被覆膜281,282は防錆効果が高いため、高温・高湿度環境においても、第1軸受201、第2軸受、筒部121、軸部111(
図1参照)などにおける錆発生を抑制できる。
【0109】
本実施形態の第1軸受201は、内輪10の端面10cおよび外輪20の端面20cにも被覆膜281,282が形成されているため、端面10c,20cが他の部材(例えば、筒部121、付勢部材102など)と当接した場合でも、摩耗抑制、発熱抑制などの効果を奏する。
【0110】
図3に示す第1軸受201では、被覆膜281,282は、内輪10の端面10cと外輪20の端面20cとの両方に形成されているが、被覆膜は、内輪10の端面10cと外輪20の端面20cとのうち少なくとも一方に形成されていればよい。
第1軸受201では、被覆膜281は、内輪10の両方の端面10cに形成されているが、被覆膜281は、2つの端面10cのうち少なくとも一方に形成されていればよい。被覆膜282は、外輪20の両方の端面20cに形成されているが、被覆膜282は、2つの端面20cのうち少なくとも一方に形成されていればよい。
【0111】
[第3実施形態]
図4は、第3実施形態の第1転がり軸受の縦断面図である。
図4に示すように、第1軸受301では、内輪10の全表面(内周面10a、外周面10bおよび端面10c)に、防錆油の塗布により防錆層91が形成されている。外輪20の全表面(内周面20a、外周面20bおよび端面20c)には、防錆油の塗布により防錆層92が形成されている。防錆油は、例えば、鉱油、合成油などの基油に公知の防錆剤を配合して得られる。
【0112】
第1軸受301は、防錆層91,92が形成されていること以外は第1実施形態の第1軸受1(
図2参照)と同じ構成である。第2軸受は、第1軸受301と同一の構成を有する。
防錆剤は、グリース組成物が有する軸受け特性(ノイズ特性、トルク平滑性など)を悪化させる成分、例えば、固い粒子状の成分を含まないことが望ましい。
【0113】
被覆膜381は、内輪10の内周面10aに形成された防錆層91の上に形成されている。被覆膜382は、外輪20の外周面20bに形成された防錆層92の上に形成されている。被覆膜381,382は、第1実施形態の被覆膜81,82(
図2参照)と同じ構成である。
【0114】
第1軸受301は、防錆層91,92を有するため、被覆膜381,382が形成されていない領域(内輪10の外周面10b、外輪20の内周面20aなど)においても防錆効果が得られる。
【0115】
[他の実施形態]
図1に示すファンモータ100は、第1軸受1および第2軸受2に被覆膜81,82が形成されているが、実施形態のファンモータ(回転機器)は、転がり軸受の当接相手に被覆膜が形成されていてもよい。例えば、転がり軸受と当接相手の両方に被覆膜が形成されていてもよいし、転がり軸受と当接相手のうち当接相手のみに被覆膜が形成されていてもよい。すなわち、被覆膜は、転がり軸受と当接相手のうち少なくとも一方に形成されていればよい。
【0116】
図5は、他の実施形態のファンモータ200の一部の縦断面を示す分解図である。
図5に示すように、ファンモータ200では、第1軸受1の当接相手は、軸部111の外周面、筒部121の内周面、および付勢部材102(
図1参照)の下端部である。
被覆膜は、例えば、次に示す(i)~(iii)のうち1または2以上に形成することができる。(i)軸部111の外周面のうち軸受1,2が接触する領域。(ii)筒部121の内周面のうち軸受1,2が接触する領域。(iii)付勢部材102(
図1参照)の下端面のうち第1軸受1が接触する領域。
【0117】
ファンモータ200は、第1軸受1および第2軸受2に被覆膜が形成されていない点と、軸部111および筒部121にそれぞれ被覆膜481,482が形成されている点で、ファンモータ100(
図1参照)と異なる。
【0118】
被覆膜481は、軸部111の外周面111bのうち、第1軸受1および第2軸受2の内輪10が接触する領域に形成されている。被覆膜482は、筒部121の内周面121aのうち、第1軸受1および第2軸受2の外輪20が接触する領域に形成されている。被覆膜481,482は、被覆膜81,82(
図2参照)と同じ構成である。
【0119】
本実施形態のファンモータ200では、軸部111および筒部121に被覆膜481,482が形成されているため、摩擦を低減し、クリープまたはフレッチングにより発生する現象を抑制できる。例えば、金属接触による凝着摩耗を抑制し、発熱や摩耗粉の発生を抑えることができる。また、高温・高湿度環境においても錆発生を抑制できる。
【0120】
なお、本発明は、図面を参照して説明した上述の実施形態に限定されるものではなく、その技術的範囲において様々な変形例が考えられる。
上記実施形態では、回転機器としてファンモータを例示したが、回転機器はこれに限定されない。例えば、回転機器として、歯科用ハンドピースや、ハードディスクドライブのスピンドルモータ等に本発明を適用してもよい。
【0121】
図5に示すファンモータ200では、第1軸受1には被覆膜が形成されていないが、第1軸受1に被覆膜(
図2参照)が形成されていてもよい。
図5に示すファンモータ200では、軸部111の外周面111bと筒部121の内周面121aとの両方に被覆膜が形成されているが、被覆膜は、外周面111bと内周面121aのうち少なくとも一方に形成されていればよい。
【符号の説明】
【0122】
1,201,301…第1転がり軸受(転がり軸受) 2…第2転がり軸受(転がり軸受) 10…内輪 10a…内周面 10b…外周面 10c…端面 20…外輪 20a…内周面 20b…外周面 20c…端面 30…転動体 81,82,281,282,381,382,481,482…被覆膜 91,92…防錆層 100,200…ファンモータ(回転機器) 110…回転体 111…軸部 120…基部
【手続補正書】
【提出日】2023-06-08
【手続補正1】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0076
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0076】
ポリα-オレフィンを形成するモノマーとしては、例えば、炭素数3~22のα-オレフィン、すなわち、プロピレン、1-ブテン、1-ペンテン、1-ヘキセン、1-ヘプテン、1-オクテン、1-ノネン、1-デセン、1-ウンデセン、1-ドデセン、1-トリデセン、1-テトラデセン、1-ペンタデセン、1-ヘキサデセン、1-ヘプタデセン、1-オクタデセン、1-ノナデセン、1-エイコセン、1-ヘンエイコセン、1-ドコセンなどが挙げられる。なかでも特に、炭素数6~18のα-オレフィン、例えば、1-デセンが好ましい。
【手続補正書】
【提出日】2023-07-20
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに同軸に配置された内輪および外輪と、
前記内輪と前記外輪との間に配置された転動体とグリースと、を備え、
カルシウムスルフォネートと炭酸カルシウムとの混合物、または、カルシウムスルフォネートと炭酸カルシウムとから得られた化合物を含む被覆膜が前記内輪の内周面と前記外輪の外周面と前記内輪の軸方向端面と前記外輪の軸方向端面に形成され、前記被覆膜は前記内輪の外周面と前記外輪の内周面には形成されていない、転がり軸受。
【請求項2】
前記被覆膜は、カルシウム石けん、カルシウム複合石けんおよびカルシウム塩のうち少なくとも一つを含む、請求項1記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記被覆膜は、基油を含む、請求項1記載の転がり軸受。
【請求項4】
前記内輪の全表面および前記外輪の全表面に、防錆層が形成され、
前記被覆膜は、前記防錆層の上に形成されている、請求項1記載の転がり軸受。
【請求項5】
前記被覆膜は、固体潤滑剤を含む、請求項1記載の転がり軸受。
【請求項6】
請求項1~5のうちいずれか1項に記載の転がり軸受と、
軸部を有する回転体と、
前記回転体を支持する基部と、を備え、
前記転がり軸受は、前記基部に装着されて前記軸部を回転可能に支持する、回転機器。
【請求項7】
互いに同軸に配置された内輪および外輪の間に転動体が配置された転がり軸受の製造方法であって、
前記内輪の内周面と前記外輪の外周面と前記内輪の軸方向端面と前記外輪の軸方向端面に、カルシウムスルフォネートと炭酸カルシウムとの混合物、または、カルシウムスルフォネートと炭酸カルシウムとから得られた化合物を含むグリース組成物を塗布することによって被覆膜を形成する工程を有し、
この工程において、前記内輪の内周面と前記外輪の外周面と前記内輪の軸方向端面と前記外輪の軸方向端面のうち少なくとも一か所に、塗布部材を用いて前記グリース組成物を擦りつけることによって前記被覆膜を形成する、
転がり軸受の製造方法。
【請求項8】
前記グリース組成物は、基油と、前記基油よりも粘度の低い希釈油とを含む、請求項7に記載の転がり軸受の製造方法。