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特開2023-180555錯体生成と結晶化とによるネオジムとジスプロシウムとの分離方法
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  • 特開-錯体生成と結晶化とによるネオジムとジスプロシウムとの分離方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023180555
(43)【公開日】2023-12-21
(54)【発明の名称】錯体生成と結晶化とによるネオジムとジスプロシウムとの分離方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 59/00 20060101AFI20231214BHJP
   C22B 3/22 20060101ALI20231214BHJP
   C22B 3/44 20060101ALI20231214BHJP
【FI】
C22B59/00
C22B3/22
C22B3/44 101Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022093944
(22)【出願日】2022-06-09
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (1)令和3年6月10日に「第18回ホスト-ゲスト・超分子化学シンポジウム」のウェブサイトにて公開 (2)令和3年6月26日に「第18回ホスト-ゲスト・超分子化学シンポジウム」の口頭発表(ZOOMオンライン)にて公開 (3)令和3年9月8日に「日本分析化学会第70年会」のウェブサイトにて公開 (4)令和3年9月22日に「日本分析化学会第70年会」の口頭発表(ZOOMオンライン)にて公開 (5)令和3年12月29日に「Chemical Communications」のウェブサイトにて公開
(71)【出願人】
【識別番号】304020177
【氏名又は名称】国立大学法人山口大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107984
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 雅紀
(74)【代理人】
【識別番号】100182305
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 鉄平
(74)【代理人】
【識別番号】100096482
【弁理士】
【氏名又は名称】東海 裕作
(74)【代理人】
【識別番号】100131093
【弁理士】
【氏名又は名称】堀内 真
(74)【代理人】
【識別番号】100150902
【弁理士】
【氏名又は名称】山内 正子
(74)【代理人】
【識別番号】100141391
【弁理士】
【氏名又は名称】園元 修一
(74)【代理人】
【識別番号】100221958
【弁理士】
【氏名又は名称】篠田 真希恵
(74)【代理人】
【識別番号】100192441
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 仁
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 敦子
(72)【発明者】
【氏名】壹岐 伸彦
(72)【発明者】
【氏名】細堀 浩司
【テーマコード(参考)】
4K001
【Fターム(参考)】
4K001AA39
4K001BA19
4K001DB22
(57)【要約】
【課題】簡便な分離が困難であるネオジムイオンとジスプロシウムイオンとを含む溶液中から、高純度なジスプロシウムを簡便かつ選択的に分離回収する方法を提供する。
【解決手段】非プロトン性極性溶媒とプロトン性極性溶媒との混合溶媒中でネオジムイオンとジスプロシウムイオンとに三脚型シッフ配位子を反応させることでジスプロシウム錯体を生成させ、前記ジスプロシウム錯体を分別沈殿することにより、ジスプロシウム錯体を結晶として1段階で析出させる分離条件を決定し、ジスプロシウムを純度99%以上で分離した。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ネオジムイオンとジスプロシウムイオンとを含む溶液から、ジスプロシウムを1段階で分離回収する方法において、非プロトン性極性溶媒とプロトン性極性溶媒との混合溶媒中でネオジムイオンとジスプロシウムイオンとに三脚型シッフ配位子を反応させることでジスプロシウム錯体を生成させ、前記ジスプロシウム錯体を分別沈殿することを特徴とする分離回収方法。
【請求項2】
混合溶媒中の、非プロトン性極性溶媒がジメチルスルホキシドであり、プロトン性極性溶媒がイソプロパノールであることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
混合溶媒中の、ジメチルスルホキシドとイソプロパノールとの容積比が、1:3であることを特徴とする請求項2に記載の方法。
【請求項4】
三脚型シッフ塩基が、トリス[2-(5-メチルサリチリデンイミノ)エチル]アミンであることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項5】
混合溶媒中に、さらに強塩基を加えることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項6】
強塩基が、ジイソプロピルアミンであることを特徴とする請求項5に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、錯体生成と結晶化とによるネオジム(Nd)とジスプロシウム(Dy)との分離方法に関し、特に、ジスプロシウムの高純度での分離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
永久磁石のうちで最も強力で、大量製造可能であるネオジム磁石は、先端技術製品や、風力発電機や電気自動車などのエコエネルギー技術の具現化に中核的かつ不可欠な材料として使われている。ネオジム磁石には、資源として比較的豊富なネオジムと共に、希少なジスプロシウムが保磁力を高めるために含まれている。近年、産業分野におけるネオジム磁石の広範な利用が増加する一方、ジスプロシウムの生産国は偏っており、供給リスクが懸念されている。そこで、ネオジム磁石スクラップに含まれるジスプロシウムを簡易かつ高選択的に分離回収する技術を開発することができれば、ジスプロシウムの供給リスクを回避し、安定的供給に貢献できるものと期待されている。
【0003】
現在、使用済みネオジム磁石に含まれるジスプロシウムを回収してリサイクルする方法として、ネオジムとジスプロシウムとを分離せず混合したままでリサイクルする方法と、ネオジムとジスプロシウムとを分離した上で、それぞれの金属塩を原料としてネオジム磁石製造工程にリサイクルする方法とが検討されている。しかしながら、使用済み電子製品からネオジム磁石を回収した上で、ネオジム磁石に含まれるジスプロシウムを分離回収してリサイクルする工程は、今のところ、確立されていない。ネオジム磁石に含まれるジスプロシウムを分離回収してリサイクルする方法としては、技術的容易性に加えて、経済的な観点、環境負荷などを考慮しながら、検討していく必要がある段階にある。
【0004】
ネオジムとジスプロシウムとは共にランタニド系列に属する元素である。ランタニドは溶液中で3価の価数をとりやすく、さらに、原子番号の増加に伴い電子が充填されていくf軌道は、遮蔽されていて化学結合に関与しない。そのため、ランタニド同士の化学的性質は類似しており、混在するランタニドを簡便な方法により分離することは困難である。例えば、ランタニド金属塩の溶解度の差異を利用してランタニドを分離する分別結晶法は、ランタニド金属塩の溶解度の差がわずかであるため、結晶生成と溶解のサイクルを繰り返す必要がある。また、もう一つのランタニドの代表的な分離法である溶媒抽出法は、抽出剤とランタニドとの錯体生成定数の差異を利用して分離するものであるが、溶媒抽出法の場合、ランタニドによる錯体生成定数の差が小さいため、多段階分離プロセスを設計する必要がある。以上のように、既に実用化されている混在するランタニドからのランタニドを分離する方法にあっては、多段階の分離手順が必要となっている。
【0005】
上記した分別結晶法と溶媒抽出法とは異なる分離方法として、最近、ランタニド錯体の結晶化に基づきランタニドを分離する方法が報告されている。例えば、特許文献1は、アミンをランタニドに配位させ、その錯体にサリチルアルデヒドを反応させて錯体を生成させ、これらの結晶の溶解度が異なることを利用し、二種類のランタニドから一方だけを結晶化させる方法を開示している。また、Zhaoらは、ランタニドのイオン半径に応じて異なる構造の配位高分子が生成することに基づき、二種類のランタニドから一方だけを結晶化させることを報告している(非特許文献1)。しかしながら、これらの文献においては、ネオジムとジスプロシウムとの相互分離に関する検討がなされていないだけでなく、結晶化収率や分離係数などの分離方法としての評価指標も示されていない。
【0006】
ネオジムとジスプロシウムとの相互分離に関しては、特許文献2は、ジ-2-エチルヘキシルリン酸エステルを配位子とし、ネオジムイオン(Nd3+)とジスプロシウムイオン(Dy3+)との混合溶液から、Dy3+を選択的に配位高分子として沈殿させる方法を開示している。また、Schelterらは、トリス(2-tert-ブチルヒドロキシルアミナト)ベンジルアミンを配位子とし、Nd3+とDy3+との混合溶液からDy3+を選択的に錯体として結晶化させる方法を報告している(非特許文献2)。さらに、Yinらは、特定のホウ酸塩を配位子とし、Nd3+とDy3+との混合溶液からDy3+を選択的に錯体として結晶化させる方法を報告している(非特許文献3)。これらの文献では、ネオジムとジスプロシウムとの相互分離に係る1段階からなる分離方法を開示しており、分離されたジスプロシウムの純度は90%以上であると考えられる。しかしながら、特許文献2に記載の方法では、化学量論的に反応は不安定とならざるを得ず、また、非特許文献3に記載の方法では200℃で3日間の加熱が必要であるなど、経済的観点、環境負荷から見て、ネオジム磁石に含まれるジスプロシウムを分離回収してリサイクルする方法として必ずしも満足のいくものではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平7-315836号公報
【特許文献2】特開2015-078396号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Size-Selective Crystallization of Homochiral Camphorate Metal-Organic Frameworks for Lanthanide Separation, J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 12572-12575. (2014. 8. 28)
【非特許文献2】An Operationally Simple Method for Separating the Rare-Earth Elements Neodymium and Dysprosium. Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 8222. (2015.5.26)
【非特許文献3】Rare earth separations by selective borate crystallization. Nat. Chem. 2017, 8, 14438. (2017.3.14)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記のとおり、ネオジムとジスプロシウムとの相互分離に関して、特定の化合物を配位子として用い、ジスプロシウムイオンを選択的に配位高分子として沈殿させる1段階の方法は知られているものの、得られるジスプロシウムについては、その純度だけではなく、経済的観点、化学量論的安定性の観点、環境負荷的観点などから、必ずしも満足するジスプロシウムの分離回収方法が得られていない。
本発明は、こうした現状を踏まえて、簡便な分離が困難であるネオジムイオンとジスプロシウムイオンとが混在する溶液中から、高純度なジスプロシウムを簡便かつ選択的に分離回収する方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記目的を達成するべく鋭意研究を重ねた結果、図1で示されるトリス[2-(5-メチルサリチリデンイミノ)エチル]アミン(以下、「H3L」と記載する場合がある。)を配位子として用いることで、上記の目的を達成し得ることを見出した。さらに、Nd3+とDy3+との錯体の溶解度と安定度定数とを評価することにより、Dy3+錯体を結晶として1段階で析出させる分離条件を決定した。結晶中に含まれるDy3+の純度を評価したところ、最適条件下でのジスプロシウムの純度が99%以上であり、従来技術と比較して高い選択性を示した。
【0011】
本発明は、以下の事項により特定されるとおりのものである。
[1]ネオジムイオンとジスプロシウムイオンとを含む溶液から、ジスプロシウムを1段階で分離回収する方法において、非プロトン性極性溶媒とプロトン性極性溶媒との混合溶媒中でネオジムイオンとジスプロシウムイオンとに三脚型シッフ配位子を反応させることでジスプロシウム錯体を生成させ、前記ジスプロシウム錯体を分別沈殿することを特徴とする分離回収方法。
[2]混合溶媒中の、非プロトン性極性溶媒がジメチルスルホキシドであり、プロトン性極性溶媒がイソプロパノールであることを特徴とする[1]に記載の方法。
[3]混合溶媒中の、ジメチルスルホキシドとイソプロパノールとの容積比が、1:3であることを特徴とする[2]に記載の方法。
[4]三脚型シッフ塩基が、トリス[2-(5-メチルサリチリデンイミノ)エチル]アミンであることを特徴とする[1]に記載の方法。
「5」混合溶媒中に、さらに強塩基を加えることを特徴とする[1]に記載の方法。
[6]強塩基が、ジイソプロピルアミンであることを特徴とする[5]に記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、簡便な分離が困難である、ネオジムイオンとジスプロシウムイオンとを含む溶液中からの高純度なジスプロシウムの1段階の方法による分離回収を可能にするものであり、高い選択性のみならず、簡便な方法を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】三脚型シッフ配位子(HL)の構造
図2】ランタニドと三脚型シッフ配位子との7配位錯体(LnL)の概形
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、ネオジムイオンとジスプロシウムイオンとを含む溶液から、ジスプロシウム錯体を生成し、分別沈殿することで、ジスプロシウムを1段階で分離回収する方法であって、非プロトン性極性溶媒とプロトン性極性溶媒との混合溶媒中で三脚型シッフ配位子を用いることを特徴とするものである。
【0015】
本発明に用いられる非プロトン性極性溶媒とプロトン性極性溶媒との混合溶媒は、取り扱いが容易であり、沸点が高く、発がん性がないなどの観点から選択される非プロトン性極性溶媒とプロトン性極性溶媒とを混合することにより得られ、混合溶媒としてはジスプロシウム錯体の溶解度が小さく、ネオジム錯体の溶解度とジスプロシウム錯体の溶解度との差が大きいものが好ましい。非プロトン性極性溶媒としては、特に限定されないが、誘電率が高い溶媒が好ましく、例えば、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドなどが挙げられる。取り扱いが容易な点からは、ジメチルスルホキシドが好ましい。また、プロトン性極性溶媒としては、特に限定されないが、エタノール、イソプロパノールなどの低級アルコールが挙げられる。
【0016】
混合溶媒中の非プロトン性極性溶媒とプロトン性極性溶媒との混合比については、ジスプロシウム錯体の溶解度が小さく、ネオジム錯体の溶解度とジスプロシウム錯体の溶解度との差が大きくなる混合比が好ましい。例えば、非プロトン性極性溶媒としてジメチルスルホキシドを用い、プロトン性極性溶媒としてイソプロパノールを用いた混合溶媒の場合には、ジスプロシウム錯体の溶解度が小さく、ネオジム錯体の溶解度とジスプロシウム錯体の溶解度との差が大きくなることから、ジメチルスルホキシドとイソプロパノールとの容積比は1:3が好ましい。
【0017】
本発明に用いられる三脚型シッフ配位子としては、例えば、トリス[2-(5-メチルサリチリデンイミノ)エチル]アミン(HL)を挙げることができるが、HLの有する芳香族環としては、無置換であってもよく、置換基としては、メチル基以外にも、エチル基、プロピル基など嵩高くない置換基が置換していてもよく、置換位置については5位以外の任意の位置に置換していてもよい。
【0018】
本発明においては、HLの酸解離と錯体生成とが同時に起きる反応でジスプロシウム錯体がネオジム錯体より優先して生成すること、及び生成したジスプロシウム錯体の溶解度がネオジム錯体の溶解度より小さいことの2つの事象を組み合わせることにより、ジスプロシウムの分離選択性を相乗的に増幅するものである。錯体生成反応を進行させるためにネオジムイオン、ジスプロシウムイオン、及びHLが共存する溶液に、強塩基を添加することができ、Nd3+、Dy3+、HL、及び強塩基のモル比を調整することで、生成する結晶中に含まれるネオジム錯体とジスプロシウム錯体との比率を制御することができる。強塩基としては特に限定されないが、例えば、トリエチルアミン、トリプロピルアミン、ジイソプロピルエチルアミンなどを挙げることができ、特にジイソプロピルエチルアミンが好ましい。
【0019】
本発明においては、ネオジムイオン及びジスプロシウムイオンを含む溶液を、非プロトン性極性溶媒とプロトン性極性溶媒とからなる混合溶媒に混合し、三脚型シッフ配位子を添加する。こうして得られた溶液を25℃(室温)で3日間静置することで、ネオジム錯体及びジスプロシウム錯体を生成させ、混合溶媒中に沈殿した錯体を濾過することで、分離する。
【実施例0020】
以下に、本発明について実施例を用いて説明するが、本発明は、これらの実施例により何ら限定されるものではない。
【0021】
[7配位単核錯体の合成]
ネオジム及びジスプロシウムの7配位単核錯体(以下、ネオジムの7配位単核錯体を「NdL」と記載し、ジスプロシウムの7配位単核錯体を「DyL」と記載する。)を合成した。DyLは既知の方法 (Polyhedron, 2015, 85, 76-82) に従い合成した。また、NdLは、50℃に加熱したメタノール中でHLとNd(CF3SO33を5分間混合した後、塩基としてジイソプロピルエチルアミン(DIEA)を添加することで合成した。合成した錯体の概形を図2に示す。なお、結晶化による分離を可能にする条件を決定するために、合成した錯体の特性を評価した.以下の実験で用いる溶媒は、副反応を抑制して再現性を確保するために、モレキュラーシーブにより脱水して用いた。
【0022】
[混合溶媒の調製・溶解度の検討]
配位子との間で生成する錯体の結晶化に基づきネオジムとジスプロシウムとを分離するために、NdLとDyLのうち一方の溶解度が小さく、もう一方の錯体との溶解度の差が大きくなる混合溶媒を調製した。非プロトン性極性溶媒としてジメチルスルホキシド(DMSO)を用い、プロトン性極性溶媒としてイソプロパノール(IPA)を用いた混合溶媒で調整した。結果を表1に示す。混合溶媒におけるジメチルスルホキシドとイソプロパノールとの容積比を1:1~1:6に変化させて調整した。混合溶媒に対するDyLの溶解度(sDyL)は、いずれの容積比においてもNdLの溶解度(sNdL)より低いことがわかり、この容積比の範囲でDyLの分離に使用できることがわかった。また、収率と純度のバランスからは、混合溶媒におけるジメチルスルホキシドとイソプロパノールとの容積比を1:3程度とすることが好ましいことがわかった。
【0023】
【表1】
【0024】
NdLとDyLとの溶解度の差を利用して、結晶中に取り込まれるNd3+とDy3+との比率の変化について検討した。NdLとDyLとをジメチルスルホキシドとイソプロパノールとの容積比を1:3とした混合溶媒に溶解させて結晶化させた。生成した結晶中のNd3+とDy3+との比率を走査型電子顕微鏡・エネルギー分散型X線元素分析装置で計測したところ、結晶中にはジスプロシウムイオン(Dy3+)が~80%、ネオジムイオン(Nd3+)が~20%含まれることがわかった。NdLとDyLとの溶解度の差のみでも、有意なジスプロシウムイオンへの選択性が得られることがわかった。
【0025】
[安定度定数の検討]
さらに、錯体の溶解度の差と錯体生成過程での反応性の差とを組み合わせることにより、ジスプロシウムイオンへの選択性をより向上させる可能性について検討した。ジメチルスルホキシドとイソプロパノールとの容積比を1:3とした混合溶媒におけるNdLとDyLとの生成平衡を検討した。LnL(Lnはネオジム又はジスプロシウム)の錯体生成平衡は下記の式(1)で表される。
【化1】
この平衡の安定度定数KLnLは下記の式(2)で表される。
【数1】
なお、有機溶媒中で[H+]を正確に決定することは難しいため、下記の式(3)に示すようにある濃度の塩基(ジイソプロピルエチルアミン:DIEA)の存在下での条件安定度定数K’LnLを分光光度法で決定した。
【数2】
Ln:H3L:DIEAが、1:1:1.5、1:1:3及び1:1:6の各混合比におけるK’LnLの値を表2に示す。いずれの混合比においてもK’DyL>K’NdLであることがわかり、ジメチルスルホキシドとイソプロパノールとの混合溶媒においては、ジスプロシウム錯体の方がネオジム錯体よりも生成しやすいことがわかった。
【0026】
【表2】
【0027】
[実施例]
以上の検討結果から、混合溶媒中でのDyLの溶解度の低さとDyLの生成しやすさとが相乗的に機能することで、DyLをより選択的に結晶化させる分離実験を行なった。
ジメチルスルホキシドとイソプロパノールとを1:3で混合した溶媒を用い、Nd(NO33、Dy(NO33、H3Lが共存する溶液に対してDIEAを添加した。試薬の混合比は、Nd3+:Dy3+:H3L:DIEAが、1:1:2:6、1:1:2:3及び1:1:2:2.5とし、調製した溶液を密閉した容器内で25℃、3日間静置した。生成した結晶を濾過し、DMSO:IPA=1:3の混合溶媒で洗浄した。回収した結晶を一晩減圧乾燥し、硝酸に溶解してネオジムイオン(Nd3+)とジスプロシウムイオン(Dy3+)との濃度を誘導結合プラズマ発光光度分析(ICP-AES)で定量した。濾液と洗浄液は全量を回収し、溶液に含まれるネオジムイオン(Nd3+)とジスプロシウムイオン(Dy3+)との濃度をICP-AESで定量した。以上の操作から得た値より、結晶中におけるネオジムイオン(Nd3+)とジスプロシウムイオン(Dy3+)との比、溶液中に含まれるネオジムイオン(Nd3+)とジスプロシウムイオン(Dy3+)との比を決定した。さらに、分離係数(S)を式(4)により算出した。
【数3】
NdとnDyとはそれぞれネオジムとジスプロシウムとの物質量について、下付きのcとsとはそれぞれ結晶中と溶液中での値であることを示す。分離した結果を表3に示す。
【0028】
【表3】
【0029】
表3に示すとおり、すべての混合比での分離実験において、結晶中に含まれるジスプロシウムイオン(Dy3+)の割合は96%以上となり、溶解度の差と錯体生成過程の差とを組み合わせて用いることにより、ジスプロシウムの選択性が著しく向上することがわかった。分離係数(S)の値は、1段階の溶媒抽出による分離係数より1桁大きく、選択性が高いことがわかった。特に、Nd3+:Dy3+:H3L:DIEA=1:1:2:2.5の場合には、生成する結晶中に含まれるジスポロシウムイオン(Dy3+)の純度は99.8±0.1%を示した。
【産業上の利用可能性】
【0030】
非プロトン性極性溶媒とプロトン性極性溶媒との混合溶媒中で三脚型シッフ配位子を用い、ジスプロシウムイオンを1段階の結晶化により高純度で選択的に分離することができたことから、ネオジムとジスプロシウムとの組み合わせに限らず、ネオジムとその他のランタニドとの組み合わせにおいても、容易に入手可能な溶媒を用い、加熱を必要とせず、経済定な、より環境負荷の少ないランタニドの分離技術を提供できる。
図1
図2