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特開2023-180559ピーク時間予測装置、ピーク時間予測方法及びプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023180559
(43)【公開日】2023-12-21
(54)【発明の名称】ピーク時間予測装置、ピーク時間予測方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   A61B 6/03 20060101AFI20231214BHJP
【FI】
A61B6/03 375
A61B6/03 330Z
A61B6/03 360E
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022093951
(22)【出願日】2022-06-09
(71)【出願人】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(74)【代理人】
【識別番号】100136180
【弁理士】
【氏名又は名称】羽立 章二
(72)【発明者】
【氏名】山川 俊貴
(72)【発明者】
【氏名】大槻 寿英
(72)【発明者】
【氏名】最所 誉
(72)【発明者】
【氏名】坂本 和翔
【テーマコード(参考)】
4C093
【Fターム(参考)】
4C093AA22
4C093CA34
4C093FD03
4C093FF24
(57)【要約】
【課題】 本願発明は、X線を使用せずに得られる患者の静的身体情報を利用して、CT造影検査におけるTECの造影ピーク時間を予測することに適したピーク時間予測装置等を提案する。
【解決手段】 ピーク時間予測装置1は、患者の静的身体情報を用いて、コンピュータ断層撮影(CT)造影検査における時間濃度曲線(TEC)の造影ピーク時間を予測する。ピーク時間予測装置1は、予測モデルを記憶する予測モデル記憶部13と、予測部7を備える。静的身体情報は、X線を利用せずに前記患者を測定して得られるものである。予測部7は、患者にX線を照射して得られた情報を用いずに、患者の静的身体情報及び予測モデルを用いて、造影ピーク時間を予測する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
患者の静的身体情報を用いて、コンピュータ断層撮影(CT)造影検査における時間濃度曲線(TEC)の造影ピーク時間を予測するピーク時間予測装置であって、
予測モデルを記憶する予測モデル記憶部と、予測部を備え、
前記静的身体情報は、X線を利用せずに前記患者を測定して得られるものであり、
前記予測部は、前記患者にX線を照射して得られた情報を用いずに、前記患者の静的身体情報及び前記予測モデルを用いて、前記造影ピーク時間を予測するピーク時間予測装置。
【請求項2】
前記静的身体情報は、第1静的身体情報と、第2静的身体情報群及び第3静的身体情報群を含み、
前記第2静的身体情報群及び前記第3静的身体情報群は、それぞれ、前記第1静的身体情報とは異なる一つ又は複数の静的身体情報を含み、前記第2静的身体情報群に含まれる静的身体情報と前記第3静的身体情報群に含まれる静的身体情報とは、少なくとも一部が異なり、
前記予測モデルを用いて予測される前記造影ピーク時間は、前記第1静的身体情報の値が大きくなると、前記第2静的身体情報群に含まれる静的身体情報の各値との関係で遅れ、前記第3静的身体情報群に含まれる静的身体情報の各値との関係で早くなり、
前記予測部は、コンピュータ断層撮影により前記患者を撮影して得られる情報を用いずに前記造影ピーク時間を予測する、請求項1記載のピーク時間予測装置。
【請求項3】
前記複数の静的身体情報は、年齢、体表面積(BSA)、体重、身長、心拍出量(CO)、脈圧(PP)、収縮期血圧(SBP)及びボディマス指数(BMI)を含み、
前記予測モデルにおいて、身長が高いことは、年齢及びボディマス指数(BMI)の各値との関係で前記造影ピーク時間を遅らせ、年齢、体表面積(BSA)、体重、心拍出量(CO)、脈圧(PP)及び収縮期血圧(SBP)の各値との関係で前記造影ピーク時間を早める、請求項1記載のピーク時間予測装置。
【請求項4】
前記予測モデル記憶部は、男性予測モデルと、前記男性予測モデルとは異なる女性予測モデルを記憶し、
前記予測部は、
前記患者が男性である場合に、前記患者の静的身体情報及び前記男性予測モデルを用いて前記造影ピーク時間を予測し、
前記患者が女性である場合に、前記患者の静的身体情報及び前記女性予測モデルを用いて前記造影ピーク時間を予測する、請求項1記載のピーク時間予測装置。
【請求項5】
患者の静的身体情報を用いて、コンピュータ断層撮影(CT)造影検査における時間濃度曲線(TEC)の造影ピーク時間を予測するピーク時間予測方法であって、
ピーク時間予測装置が備える予測部が、前記造影ピーク時間を予測する予測ステップを含み、
前記静的身体情報は、X線を利用せずに前記患者を測定して得られるものであり、
前記予測ステップにおいて、前記予測部は、前記患者にX線を照射して得られた情報を用いずに、前記患者の静的身体情報及び前記予測モデルを用いて、前記造影ピーク時間を予測する、ピーク時間予測方法。
【請求項6】
コンピュータを、請求項1記載のピーク時間予測装置として機能させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、ピーク時間予測装置、ピーク時間予測方法及びプログラムに関し、特に、患者の静的身体情報を用いて、コンピュータ断層撮影(CT)検査における時間濃度曲線(TEC)の造影ピーク時間を予測するピーク時間予測装置等に関する。
【背景技術】
【0002】
コンピュータ断層撮影(Computed tomography(CT))検査は、物体を透過したX線の量を測定し、その断面画像を得る検査である。一般的に、造影剤を使用しない単純検査と、造影剤を使用するCT造影検査がある。CT造影検査では各臓器の血流状態や血管の情報を得ることができ、例えば、大腸癌の術前検査や急性腹症の患者の診断、冠状動脈瘻の発見など、さまざまな症例においてその有用性が報告されている。
【0003】
CT造影検査において、撮影タイミングは、十分な造影効果を得るための重要な要素である。例えば特許文献1、特許文献2に記載されているように、プリスキャンなどにより得られた画像群などを利用してプリスキャンからメインスキャンに移行するタイミングを決定することなどが知られている。
【0004】
また、テストスキャンによって得られる時間濃度曲線(time enhancement curve(TEC))から本スキャンの撮影タイミングを決定する手法として、test injection(TI)法、bolus tracking(BT)法、test-bolus tracking(TBT)法などが報告されている。さらに、患者間でのばらつきが問題となる造影効果を機械学習によって予測し安定化させる研究や、CT検査の被ばく線量を低減するために低管電圧撮像による造影効果の増強を応用した研究もなされてきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2020-103902号公報
【特許文献2】特開2019-000156号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、背景技術によっては、プリスキャンなどによる被ばくを避けることができない。
【0007】
そこで、本願発明は、X線を使用せずに得られる患者の静的身体情報を利用して、CT造影検査におけるTECの造影ピーク時間を予測することに適したピーク時間予測装置等を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明の第1の側面は、患者の静的身体情報を用いて、コンピュータ断層撮影(CT)造影検査における時間濃度曲線(TEC)の造影ピーク時間を予測するピーク時間予測装置であって、予測モデルを記憶する予測モデル記憶部と、予測部を備え、前記静的身体情報は、X線を利用せずに前記患者を測定して得られるものであり、前記予測部は、前記患者にX線を照射して得られた情報を用いずに、前記患者の静的身体情報及び前記予測モデルを用いて、前記造影ピーク時間を予測する。
【0009】
本願発明の第2の側面は、第1の側面のピーク時間予測装置であって、前記静的身体情報は、第1静的身体情報と、第2静的身体情報群及び第3静的身体情報群を含み、前記第2静的身体情報群及び前記第3静的身体情報群は、それぞれ、前記第1静的身体情報とは異なる一つ又は複数の静的身体情報を含み、前記第2静的身体情報群に含まれる静的身体情報と前記第3静的身体情報群に含まれる静的身体情報とは、少なくとも一部が異なり、前記予測モデルを用いて予測される前記造影ピーク時間は、前記第1静的身体情報の値が大きくなると、前記第2静的身体情報群に含まれる静的身体情報の各値との関係で遅れ、前記第3静的身体情報群に含まれる静的身体情報の各値との関係で早くなり、前記予測部は、コンピュータ断層撮影により前記患者を撮影して得られる情報を用いずに前記造影ピーク時間を予測する。
【0010】
本願発明の第3の側面は、第1の側面のピーク時間予測装置であって、前記複数の静的身体情報は、年齢、体表面積(BSA)、体重、身長、心拍出量(CO)、脈圧(PP)、収縮期血圧(SBP)及びボディマス指数(BMI)を含み、前記予測モデルにおいて、身長が高いことは、年齢及びボディマス指数(BMI)の各値との関係で前記造影ピーク時間を遅らせ、年齢、体表面積(BSA)、体重、心拍出量(CO)、脈圧(PP)及び収縮期血圧(SBP)の各値との関係で前記造影ピーク時間を早める。
【0011】
本願発明の第4の側面は、第1の側面のピーク時間予測装置であって、前記予測モデル記憶部は、男性予測モデルと、前記男性予測モデルとは異なる女性予測モデルを記憶し、前記予測部は、前記患者が男性である場合に、前記患者の静的身体情報及び前記男性予測モデルを用いて前記造影ピーク時間を予測し、前記患者が女性である場合に、前記患者の静的身体情報及び前記女性予測モデルを用いて前記造影ピーク時間を予測する。
【0012】
本願発明の第5の側面は、患者の静的身体情報を用いて、コンピュータ断層撮影(CT)造影検査における時間濃度曲線(TEC)の造影ピーク時間を予測するピーク時間予測方法であって、ピーク時間予測装置が備える予測部が、前記造影ピーク時間を予測する予測ステップを含み、前記静的身体情報は、X線を利用せずに前記患者を測定して得られるものであり、前記予測ステップにおいて、前記予測部は、前記患者にX線を照射して得られた情報を用いずに、前記患者の静的身体情報及び前記予測モデルを用いて、前記造影ピーク時間を予測する。
【0013】
本願発明の第6の側面は、コンピュータを、第1の側面のピーク時間予測装置として機能させるためのプログラムである。
【発明の効果】
【0014】
本願発明の各側面によれば、X線を照射せずに得られる患者の静的身体情報(例えば、身長、体重など)によって、CT造影検査におけるTECの造影ピーク時間を予測することができる。そのため、テストスキャンなどを行うことなく造影ピーク時間を予測して、撮影タイミングを決定することができる。これにより、CT造影検査における患者への被ばく線量を低減し、造影効果の安定化を図るとともに検査費用を削減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本願発明の実施の形態に係るピーク時間予測装置1の構成の一例を示すブロック図である。
図2図1の予測部7の処理の一例を示すフロー図である。
図3】ある被験者によって得られた離散CT値と、3次スプライン補間によって求めたTECを示すグラフである。
図4】発明者らが行った研究で用いた手法の流れを示す図である。
図5】作成したモデルによる造影ピーク時間の予測結果のうち、許容域内であったものを示す。
図6】作成したモデルによる造影ピーク時間の予測結果のうち、許容域外であったものを示す。
図7】被験者の静的身体情報を主成分分析することによって得られた累積寄与率を示す。
図8】予測における説明変数の重要度を示す。
図9】男女別の造影ピーク時間を示す箱ひげ図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下では、図面を参照して、本願発明の実施例について説明する。なお、本願発明は、この実施例に限定されるものではない。
【実施例0017】
図1は、本願発明の実施の形態に係るピーク時間予測装置1の構成の一例を示すブロック図である。ピーク時間予測装置1は、学習処理部3と、身体情報取得部5と、予測部7(本願請求項の「予測部」の一例)と、入出力部9と、学習データ記憶部11と、予測モデル記憶部13(本願請求項の「予測モデル記憶部」の一例)と、身体情報記憶部15と、予測結果記憶部17を備える。
【0018】
学習処理部3、身体情報取得部5及び予測部7は、例えば、プロセッサなど、情報処理を行うための処理装置を利用して実現することができる。入出力部9は、キーボード、マウス、ディスプレイ、タッチパネルなど、ピーク時間予測装置1の利用者との間で入出力処理を行うための装置である。各記憶部は、メモリなどの記憶装置を利用して実現することができる。
【0019】
学習データ記憶部11は、機械学習により予測モデルを得るための学習データを記憶する。学習データは、例えば、静的身体情報、時間濃度曲線などの組み合わせであり、過去に複数の被験者のCT造影検査において測定されたものを利用することができる。時間濃度曲線は、例えば、各被験者の複数回のテストスキャンなどによって得られた画像データなどを分析して得ることができる。
【0020】
学習処理部3は、学習データ記憶部11に記憶された学習データを利用して学習処理を行い、予測モデルを得る。予測モデル記憶部13は、予測モデルを記憶する。
【0021】
身体情報取得部5は、患者の静的身体情報を取得する。身体情報記憶部15は、患者の静的身体情報を記憶する。患者の静的身体情報は、例えば年齢、身長、体重のように、患者が静的な状態で、X線を用いることなく得られる身体に関する情報である。患者の静的身体情報は、通常、CT造影検査では測定されている。身体情報取得部5は、ピーク時間予測装置1の利用者が入出力部9を操作して入力したり、患者がCT造影検査を行っている間に測定したりすることなどによって、患者の静的身体情報を取得することができる。
【0022】
図2は、図1の予測部7の処理の一例を示すフロー図である。予測部7は、身体情報記憶部15に記憶された患者の静的身体情報を取得する(ステップST1)。予測部7は、患者にX線を照射して得られた情報を用いずに、患者の静的身体情報及び予測モデルを用いて、造影ピーク時間を予測する(ステップST2)。予測結果記憶部17は、予測された造影ピーク時間を記憶する。予測部7は、入出力部9において、予測した造影ピーク時間を表示する(ステップST3)。
【0023】
図3図9を参照して、発明者らが行った研究結果について説明する。
【0024】
この研究は、熊本大学大学院先端科学研究部等倫理審査委員会の承認のもと、福岡山王病院での通常診療において冠動脈造影を行った被験者の検査情報および身体情報のデータを用いた。被験者165名のうち、テストスキャンによって測定したCT値がピークを迎える前に測定を終了している被験者のデータを除外した、男性71名(平均年齢:62.61、標準偏差:14.07)、女性82名(平均年齢:66.84、標準偏差:12.72)を対象とした。
【0025】
予測モデルの構築に用いた被験者の静的身体情報は、身長[cm]、体重[kg]、体表面積(body surface area(BSA))[m2]、ボディマス指数(body mass index(BMI))、テストスキャン時の心拍数(heart rate(HR))[bpm]、収縮期血圧(systolic blood pressure(SBP))[mmHg]、拡張期血圧(diastolic blood pressure(DBP))[mmHg]、駆出率(ejection fraction(EF))[%]、脈圧(pulse pressure(PP))[mmHg]、心拍出量(cardiac output(CO))[ml/min]である。なお、BSAは、式(1)によって算出した。またBMIは式(2)、PPは式(3)、EFは式(4)、COは式(5)によってそれぞれ算出した。ここで、Hは身長、Wは体重、EDVは拡張末期容積(end-diastolic volume)、ESVは収縮末期容積(end-systolic volume)である。
【0026】
【数1】
【0027】
この研究における造影ピーク時間の定義について説明する。この研究では、3次スプライン補間によって離散CT値からTECを求め、それの最大値を造影ピーク時間と定義した。ここで、3次スプライン補間では離散値間の加速度の連続性が保たれるという特徴に着目し、この手法を選択した。なお、本願発明は、3次スプライン補間での最大値に限定されない。
【0028】
図3は、ある被験者によって得られた離散CT値(マーカー(丸印))と、3次スプライン補間によって求めたTEC(実線)を示すグラフである。離散CT値に対して3次スプライン補間を行うことで、CT値のピークが一意に決まる波形を求めることができる。ただし、図3のマーカーが示すように、離散CT値は、ノイズやアーチファクトが影響し、複数のピークが見られる場合がある。そこで3次スプライン補間を行うことにより、図3の実線が示すようにCT値のピークが一意に決まるTECを得ることができる。さらに、3次スプライン補間によって時間分解能の粗さによる影響も軽減することができる。また、先行研究によれば、ピークCT値から5%の範囲では、造影効果が十分に現れると考えられる。そのため、求めたTECの上位5%のCT値に対応する範囲を、予測結果の許容域とした。なお、本願発明では、例えば上位から所定の割合の範囲内(臨床においては予測補間曲線の上位20%内を予測できれば検査可能とされている。例えば上位20%など。)にあるか否かなどによって造影効果が十分に表れるものと判断してもよい。
【0029】
続いて、予測モデルについて説明する。この研究では、被験者の静的身体情報をもとに、機械学習を用いてTECの造影ピーク時間を予測する。図4は、この研究で用いた手法の流れを示す図である。予測モデルのアルゴリズムには重回帰分析を用いた。重回帰分析では、各説明変数が目的変数に与える影響について調べることができる。
【0030】
被験者の静的身体情報に対して主成分分析を行い、得られた主成分を説明変数として用いた。これにより、それぞれの身体的な特徴が造影ピーク時間の予測にどのように影響しているのかがわかる。
【0031】
また、テストスキャンにより測定したCT値に対して3次スプライン補間を行い、得られたTECの造影ピーク時間を目的変数として用いた。なお、目的変数には、データの誤差を正規分布させるためにBox-Cox変換を行なった。
【0032】
予測モデルの評価には、Leave-one-out法を用いて平均絶対誤差(mean absolute error(MAE))を算出した。式(6)は、MAEを示す。Leave-one-out法は、データ数が少なく、データ全体を有効活用する必要がある場合に用いられる。またMAEは、回帰モデルの評価に用いられ、真の値と予測値にどの程度の差が存在するかを示す。この研究では、Leave-one-out法によって求めたMAEの平均値を予測モデルの評価とした。解析やモデル作成は、Python3.7を用いた。
【0033】
【数2】
【0034】
造影ピーク時間の予測結果について説明する。予測モデルの性能評価は、153件のデータを、1件の検証用データと152件の学習用データに分け、Leave-one-out法によって行った。なお、予測モデルに対して検証用データと学習用データを用いて算出したMAEを評価基準とした。
【0035】
検証用データに対するMAEは1.281s、学習用データに対するMAEは1.209sであった。これらの差が0.072sであることから、予測にあたり問題視するほどの過学習は起きていないといえる。また、3次スプライン補間によって求めたTECの上位5%のCT値に対応する範囲を予測結果の許容域として、予測性能を検証した。検証の結果、予測結果の76.5%が許容域内であった。
【0036】
作成したモデルによる造影ピーク時間の予測結果のうち、許容域内であった被験者の予測結果を図5に、許容域外であった被験者の予測結果を図6にそれぞれ1名示す。図5において、ラインL1は許容域(上位5%)を示し、ラインL2は予測したピーク到達時間(造影ピーク時間)を示す。L2は、TECがL1よりも上にある時間帯に存在することから、許容域内といえる。図6において、ラインL3は許容域(上位5%)を示し、ラインL4は予測したピーク到達時間(造影ピーク時間)を示す。L4は、TECがL3よりも上にある時間帯に存在しないことから、許容域外といえる。
【0037】
予測モデルの構築に用いる特徴量の選択について説明する。図7は、被験者の静的身体情報を主成分分析することによって得られた累積寄与率を示す。この研究では、第7主成分まで使用した。また、表1は、各主成分の固有ベクトルを示す。表1より、各主成分が、以下のような被験者の身体的な傾向を表していることがわかった。
・第1主成分:若年者、高身長、大らかな体型、心機能が低い。
・第2主成分:小柄、血圧が低い、PPが低い、COが少ない。
・第3主成分:高齢者、血圧が低い。
・第4主成分:HRが高い。
・第5主成分:心機能が低い。
・第6主成分:高齢者、低身長、肥満。
・第7主成分:高齢者、高身長、痩せ型。
【0038】
【表1】
【0039】
特徴量による造影ピーク時間の傾向について説明する。図8は、予測における説明変数の重要度を示す。重回帰分析の結果、予測モデルに大きく影響を与えた説明変数として、主成分分析によって得られた第7主成分と第1主成分が挙げられた。そこで、作成した予測モデルと各主成分の固有ベクトルから、造影ピーク時間の傾向を考察する。
【0040】
第7主成分に大きく影響を与えた特徴量は、年齢(0.727)、身長(0.375)、BMI(-0.300)であった。なお、括弧内はその特徴量の固有ベクトルである。それぞれの固有ベクトルに着目すると、第7主成分は、高齢で、身長が高く、痩せ型の傾向であることを表している。また、作成した予測モデルにおいて、第7主成分の偏回帰係数は89.97であった。この係数が正であることより、第7主成分は予測造影ピーク時間を遅らせる結果に影響している。したがって、高齢で、身長が高く、痩せ型の人は、造影ピーク時間が遅い傾向にあると考えられる。先行研究により、加齢によりCOが減少するため、年齢とともに造影ピーク時間が遅くなることが明らかになっている。またCOは、心臓が収縮する力や血液量などが増すと増加する。一方で、血圧が高い場合、心臓が収縮する時に抵抗がかかるためCOは減少してしまう。さらに、血圧は身長に比例して上昇すること、COは体重に比例して増加することが明らかになっている。これらを踏まえると、第7主成分の傾向は先行研究と一致する結果となった。
【0041】
第1主成分に大きく影響を与えた特徴量は、年齢(-0.303)、BSA(0.410)、体重(0.398)、身長(0.366)、CO(-0.367)、PP(-0.346)、SBP(-0.303)であった。まず、BSA、体重、身長の固有ベクトルに着目すると、若年で、身長が高く、大らかな体型の傾向であることを表している。次に、CO、PP、SBPの固有ベクトルに着目すると、COが小さく、PP、SBPが低いことを表している。しかし、各特徴量の平均をみると、COは3007ml/min、PPは52.21mmHg、SBPは130.8mmHgであった。さらに、COの正常値が約5000ml/min、PPの正常値が40~60mmHg、SBPの正常値が120mmHg以下であることを考慮すると、第1主成分のCO、PP、SBPの固有ベクトルは、PPは正常値で、COが小さく、SBPが高い傾向にあることを表している。また、作成した予測モデルにおいて、第1主成分の偏回帰係数は-20.66であった。この係数が負であることより、第1主成分は予測造影ピーク時間を早める結果に影響している。したがって、若年で、身長が高く、大らかな体型で、COが小さく、SBPが高い人は、造影ピーク時間が早い傾向にあると考えられる。
【0042】
第1主成分は造影ピーク時間を早める結果に影響しているが、固有ベクトルの解釈によると、中には造影ピーク時間を遅らせる傾向にあるはずの要因も含まれている。このことから、ある身体情報の値の大小で、一概に造影ピーク時間の傾向を決めることはできないということが分かった。よって、血液循環の仕組みを踏まえた上で、これらの値の組み合わせによる傾向についても検討することができる。複数の特徴量にまたがった関係を予測に反映するために、例えば決定木ベースのアルゴリズムなどの使用も検討することができる。
【0043】
性別と造影ピーク時間の関係について説明する。重回帰分析によって得られた標準化偏回帰係数より、第7主成分と第1主成分に次いで、予測モデルに大きく影響を与えた特徴量として性別が挙げられた。そこで、離散を与えた特徴量としてCT値から3次スプライン補間によって求めたTECの造影ピーク時間において、性別間で差があるのか、Studentのt検定を用いて検証した。検証の結果、男女別の造影ピーク時間に有意差が認められ(p<0.05)、男性より女性の方が造影ピーク時間の平均値が有意に早いという結果となった。図9は、男女別の造影ピーク時間を示す箱ひげ図である。この結果は、造影ピーク時間は男性より女性の方が早いという先行研究の結果と一致している。これは、この研究で作成した予測モデルの妥当性を支持するものである。また、性別により造影ピーク時間に有意差があることや、四分位範囲が男性よりも女性の方が大きいことから、性別間で造影ピーク時間の予測における特徴量の扱いを分ける必要があることが示唆された。この研究の予測モデルでは、性別による予測への影響は単に一つの偏回帰係数の大きさでしか表すことができていない。そのため、性別によって予測に重要な要因が違うと仮定すると、性別によって予測モデルを分けて構築することで、性別による違いをより大きく予測に反映することができる。
【0044】
発明者らは、患者の身長、体重、体表面積などの静的身体情報を用いてTECの造影ピーク時間を予測することで、テストスキャンを省略し、造影検査における患者への被ばく線量を低減することを目的として、予測モデルの構築と性能の評価を行った。予測モデルに対して、検証用データと学習用データを用いて算出したMAEは、検証用データを用いた結果が1.281、学習用データを用いた結果が1.209であった。また、3次スプライン補間によって求めたTECにおいて、上位の5%のCT値に対応する範囲を予測結果の許容域とすると、予測結果の76.5%が許容域内であった。さらに、重回帰分析及び主成分分析の結果より、予測モデルに大きく貢献した特徴量と造影ピーク時間との関係は、先行研究の結果と一致した。許容域は、医学的な観点から考慮して設定することができる。また、性別により造影ピーク時間に有意差が見られたことより、男女別での予測モデルの構築を試みることができる。
【符号の説明】
【0045】
1 ピーク時間予測装置
3 学習処理部
5 身体情報取得部
7 予測部
9 入出力部
11 学習データ記憶部
13 予測モデル記憶部
15 身体情報記憶部
17 予測結果記憶部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9