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特開2023-180580材料組織の相の抽出方法、材料組織の相の抽出装置及び顕微鏡装置
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  • 特開-材料組織の相の抽出方法、材料組織の相の抽出装置及び顕微鏡装置 図1
  • 特開-材料組織の相の抽出方法、材料組織の相の抽出装置及び顕微鏡装置 図2A
  • 特開-材料組織の相の抽出方法、材料組織の相の抽出装置及び顕微鏡装置 図2B
  • 特開-材料組織の相の抽出方法、材料組織の相の抽出装置及び顕微鏡装置 図3
  • 特開-材料組織の相の抽出方法、材料組織の相の抽出装置及び顕微鏡装置 図4
  • 特開-材料組織の相の抽出方法、材料組織の相の抽出装置及び顕微鏡装置 図5
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023180580
(43)【公開日】2023-12-21
(54)【発明の名称】材料組織の相の抽出方法、材料組織の相の抽出装置及び顕微鏡装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/204 20190101AFI20231214BHJP
   G02B 21/00 20060101ALI20231214BHJP
【FI】
G01N33/204
G02B21/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022093983
(22)【出願日】2022-06-09
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100180655
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 俊樹
(72)【発明者】
【氏名】山田 泰徳
(72)【発明者】
【氏名】山下 孝子
(72)【発明者】
【氏名】石川 伸
【テーマコード(参考)】
2G055
2H052
【Fターム(参考)】
2G055AA01
2G055BA01
2G055BA04
2G055EA08
2G055FA02
2H052AF25
(57)【要約】
【課題】ノイズへの頑健性を有しかつ相の事前情報を考慮した材料組織の相の抽出方法、材料組織の相の抽出装置及び顕微鏡装置が提供される。
【解決手段】材料組織の相の抽出方法は、材料組織からマッピング情報を取得する第1入力工程(S1)と、材料組織の相の情報を取得する第2入力工程(S2)と、マッピング情報及び相の情報に基づく評価関数を定義する評価関数定義工程(S3)と、評価関数に基づいて材料組織の相を抽出する相抽出工程(S5)と、を備える。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
材料組織からマッピング情報を取得する第1入力工程と、
前記材料組織の相の情報を取得する第2入力工程と、
前記マッピング情報及び前記相の情報に基づく評価関数を定義する評価関数定義工程と、
前記評価関数に基づいて前記材料組織の相を抽出する相抽出工程と、
を備える、材料組織の相の抽出方法。
【請求項2】
前記マッピング情報が、前記材料組織の成分分布と相関のある分布情報である、請求項1に記載の材料組織の相の抽出方法。
【請求項3】
前記分布情報が、成分の濃度分布である、請求項2に記載の材料組織の相の抽出方法。
【請求項4】
前記材料組織の相の情報が、熱力学計算、数値解析又は分析装置で得られる情報である、請求項1に記載の材料組織の相の抽出方法。
【請求項5】
前記材料組織の相の情報が、分率又は成分濃度である、請求項4に記載の材料組織の相の抽出方法。
【請求項6】
前記評価関数が、前記マッピング情報の統計的な分布に基づいて前記材料組織の相を分離する項とノイズを抑制し界面を平滑化する項とを含む、請求項1に記載の材料組織の相の抽出方法。
【請求項7】
前記材料組織の相を分離する項が事後確率の対数である、請求項6に記載の材料組織の相の抽出方法。
【請求項8】
材料組織からマッピング情報を取得し、前記材料組織の相の情報を取得する入力部と、
前記マッピング情報及び前記相の情報に基づく評価関数を定義する評価関数定義部と、
前記評価関数に基づいて前記材料組織の相を抽出する相抽出部と、
を備える、材料組織の相の抽出装置。
【請求項9】
請求項8に記載の材料組織の相の抽出装置によって取得される前記マッピング情報を得る、顕微鏡装置。
【請求項10】
前記材料組織の元素分析を行う、請求項9に記載の顕微鏡装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は材料組織の相の抽出方法、材料組織の相の抽出装置及び顕微鏡装置に関する。
【背景技術】
【0002】
材料において、内部組織の構造はその特性に大きな影響を与える。例えば、鉄鋼材料のTransformation Induced Plasticity(TRIP)鋼はマルテンサイト又はベイナイトと残留オーステナイト(残留γ)からなる複合組織を有し、残留γの加工誘起マルテンサイト変態によって優れた強度と延性のバランスを示す。延性は残留γの分率に強く依存することが知られており、焼戻し過程におけるオーステナイトの分布及び形態が残留γの形成に寄与することが指摘されている。材料の特性を理解する上で、材料組織の相の分率、分布及び形態を高精度に分析することが極めて重要となる。
【0003】
近年の種々の画像解析技術及び機械学習の発展によって、金属材料の組織画像、金属材料成分の濃度分布などのマッピング情報から自動又は半自動的に材料組織の相をクラスタリング・抽出する手法が開示されている。例えば、パーセプトロン、ディープランニング、ランダムフォレスト、サポートベクターマシンを用いた材料組織の相の抽出方法がある。これらの手法を活用することにより、従来は熟練の技術者によって時間をかけて行われていた材料組織の相の抽出が、省力かつ高速で処理できるようになりつつある。
【0004】
一方で、金属材料中の組織の形成過程を精度良くシミュレーションする手法として、熱力学と自由エネルギーの変分原理に基づいたPhase Field(PF)法がある。PF法では、自由エネルギーを適切に選択することで様々な組織の形成過程をシミュレーション可能となる。また、PF法は、ノイズに頑健なセグメンテーション手法の一つであるMumford-Shah segmentationモデル(非特許文献1)と類似した数学的な構造を有しており、材料組織の相の抽出への応用が可能と考えられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】J. Lie et al., “A binary level set model and some applications to Mumford-Shah image segmentation” IEEE Transactions on Image Processing 15 (2006), p.1171-1181
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、材料組織の教師画像に基づき作成された機械学習モデルは、高い精度で材料組織の相を抽出できるが、教師画像と測定条件の異なる画像に対しては適切な材料組織の相の抽出を行えない場合が多い。これは教師画像で示された材料組織の相と測定条件の異なる材料組織の相を異なる相と識別するためである。熟練の技術者であれば、このような測定条件の変化に対しても材料組織の相を識別し、抽出を行うことができる。これは熟練の技術者が分析装置及び材料に関する知識、他の分析装置で得られた材料組織の画像などに基づき総合的に材料組織の相を識別するためである。このような多角的な情報に基づき、材料組織の相を識別し、抽出できれば、コンピュータによる材料組織の相の抽出精度が向上すると考えられる。
【0007】
かかる事情に鑑みてなされた本開示の目的は、ノイズへの頑健性を有しかつ相の事前情報を考慮した材料組織の相の抽出方法、材料組織の相の抽出装置及び顕微鏡装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示者らは、上記課題を解決する方途について鋭意検討した。その結果、本開示者らは、材料組織の相に関し、熱力学計算又は数値解析により算出した相の分率、相に含まれる成分の濃度、例えばXRD(X-ray Diffraction)、EPMA(Electron Probe Micro Analyzer)などの分析装置で測定又は解析して得られた情報を事前情報として用いることによって、材料組織の相を高精度に抽出できることを見出した。
【0009】
より具体的に述べると、本開示の一実施形態に係る材料組織の相の抽出方法は、
材料組織からマッピング情報を取得する第1入力工程と、
前記材料組織の相の情報を取得する第2入力工程と、
前記マッピング情報及び前記相の情報に基づく評価関数を定義する評価関数定義工程と、
前記評価関数に基づいて前記材料組織の相を抽出する相抽出工程と、
を備える。
【0010】
本開示の一実施形態に係る材料組織の相の抽出装置は、
材料組織からマッピング情報を取得し、前記材料組織の相の情報を取得する入力部と、
前記マッピング情報及び前記相の情報に基づく評価関数を定義する評価関数定義部と、
前記評価関数に基づいて前記材料組織の相を抽出する相抽出部と、
を備える。
【0011】
本開示の一実施形態に係る顕微鏡装置は、
上記の材料組織の相の抽出装置によって取得される前記マッピング情報を得る。
【発明の効果】
【0012】
本開示によれば、ノイズへの頑健性を有しかつ相の事前情報を考慮した材料組織の相の抽出方法、材料組織の相の抽出装置及び顕微鏡装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、本開示の一実施形態に係る材料組織の相の抽出方法の処理を例示するフローチャートである。
図2A図2Aは、図1の材料組織の相の抽出方法の一部工程の詳細な計算手順を示すフローチャートである。
図2B図2Bは、図1の材料組織の相の抽出方法の一部工程の詳細な計算手順を示すフローチャートである。
図3図3は、本開示の一実施例と他の方法による材料組織の相の抽出結果を比較した図である。
図4図4は、本開示の一実施例と他の方法による材料組織の相の抽出結果を比較した図である。
図5図5は、本開示の一実施形態に係る材料組織の相の抽出装置を備える材料組織の相の抽出システムの構成例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照して本開示の実施形態に係る材料組織の相の抽出方法、材料組織の相の抽出装置及び顕微鏡装置が説明される。以下に説明する実施形態は、本開示の例示的な実施形態であって、本開示の内容を限定するものでない。
【0015】
[材料組織の相の抽出方法]
図1は、本実施形態に係る材料組織の相の抽出方法を示すフローチャートである。材料組織の相の抽出方法は、材料組織からマッピング情報を取得する工程(第1入力工程、ステップS1)と、材料組織の相の情報を取得する工程(第2入力工程、ステップS2)と、マッピング情報及び相の情報に基づく評価関数を定義する工程(評価関数定義工程、ステップS3)と、評価関数に基づいて材料組織の相を抽出する工程(相抽出工程、ステップS5)を含む。ここで、本実施形態のように、予備計算によって初期条件を決定する工程(初期条件決定工程、ステップS4)が相を抽出する工程の前に挿入されてよい。また、本実施形態のように、抽出した相の情報を出力する工程(出力工程、ステップS6)が含まれてよい。
【0016】
また、図2A及び図2Bは、初期条件決定工程及び相抽出工程の詳細な計算手順を示すフローチャートである。以下に、各工程を説明し、図2A及び図2Bについては初期条件決定工程及び相抽出工程の説明において参照する。
【0017】
(材料組織からマッピング情報を取得する工程)
マッピング情報は、材料組織の成分分布と相関のある分布情報である。分布情報は、例えば成分の濃度分布であってよい。マッピング情報Xob=(X ob,…,X ob)は、1つ以上であるN個の測定点から構成される。また、ある測定点nにおける測定値X ob=(Xn,1 ob,…,Xn,M ob)は、1以上M成分のベクトルによって構成される。以下において、測定点を示すパラメータのnは1からNまでの値をとり得る。また、同様に1以上であるKを用いて、相を示すパラメータのkは1からKまでの値を取り得るとする。例えばΣはパラメータのkを1からKまで変化させた場合の和を意味する。
【0018】
マッピング情報Xobは、EPMA、SEM(Scanning Electron Microscope)など様々な分析装置で測定又は解析して得られた組織に含まれる成分の濃度分布などの物理情報、組織画像などである。また、マッピング情報Xobは、物理情報、組織画像などを、さらに機械学習又は数値解析によって加工した情報であってよい。
【0019】
(材料組織の相の情報を取得する工程)
材料組織の相の情報は、熱力学計算、数値解析又は分析装置で得られる情報である。材料組織の相の情報は、具体例として、分率又は成分濃度であってよい。材料組織の相の情報は、任意の個数N個の相の平均情報Aob=(A ob,…,ANA ob)であり得る。また、材料組織の相の情報は、熱力学データベース、数値解析又はXRD若しくは中性子回折などの実験から予測した、以下の式(1)で表される物理情報Xrefの確率密度関数であり得る。
【0020】
【数1】
【0021】
ここで、式(1)のパラメータθrefの構成は確率密度関数の種類によって決まる。相の平均情報Aob又は確率密度関数のパラメータθrefで表される相の情報は、マッピング情報Xobと相関関係を有する物理量である。相の情報は、例えばXRDで測定又は解析して得られた材料組織の相の分率、EPMA、SEM-EDSでの測定又は解析で得られた相に含まれる成分の濃度、熱力学データベースを用いた熱力学計算、数値解析で算出した相の分率、相に含まれる成分の濃度など、相に関する物理量を用いることが好ましい。
【0022】
本開示の方法は、適切な材料組織の相の情報を、材料組織から取得したマッピング情報Xobに統合することでより精度の高い材料組織の相の抽出が可能となる。
【0023】
(評価関数を定義する工程)
評価関数Fは、マッピング情報Xobの統計的な分布に基づいて材料組織の相を分離する項Lとノイズを抑制し界面を平滑化する項Fintの2つの項を含み、以下の式(2)で表される。
【0024】
【数2】
【0025】
材料組織の相を分離する項Lは、対数尤度、事後確率の対数、相互情報量、カルバック・ライブラー情報量などを用いて与えることができるが、事後確率の対数を用いることが好ましい。以下に、材料組織の相を分離する項Lが事後確率の対数である場合を例に説明する。
【0026】
マッピング情報Xobは測定誤差及びノイズを含むと考えられ、実際には観測できない真の分布がX=(X ,…,X )で表される。
【0027】
ここで、X は、測定点nにおける真の値を表す。また、真の分布Xは確率密度関数p[X|θ]によって与えられる。ここで、組織中にK種類の相があると仮定したとき、θ=(θ ,…,θ )は真の確率密度関数のパラメータの集合であり、確率密度関数のパラメータで表される相kの相の情報がθ で表される。また、測定点nにk相が存在する確率をhn,kとすると、その集合はH=(hn,1,…,hn,K)で表される。
【0028】
ここで、真の分布Xとなる確率密度関数は、相の存在確率hn,kと各相の確率密度関数p[X |θ ]の積の和で表され、以下の式(3)で近似的に与えられる。
【0029】
【数3】
【0030】
実際に測定されるマッピング情報Xobは、真の分布Xに対して誤差及びノイズを含む。そのため、実際に測定されるマッピング情報Xobが測定される確率は、以下の式(4)で記述される。
【0031】
【数4】
【0032】
ここで、θnoiseは実際に測定されるマッピング情報Xobと真の分布Xの誤差を示す確率密度分布関数のパラメータであり、測定装置の精度と確度に依存する。
【0033】
ベイズの定理によって、パラメータθnoise、θ、Hの事後確率は、以下の式(5)で近似的に表される。
【0034】
【数5】
【0035】
ここで、パラメータθnoise、θ及びHの事前確率であるp[θnoise]、p[θ]及びp[H]は、それぞれ、測定誤差の特徴及び真の分布Xの確率密度関数の形状、相の分布を記述する。式(5)の対数を取ることで、相を分離する項Lは以下の式(6)で容易に定められる。
【0036】
【数6】
【0037】
次に、ノイズを抑制し界面を平滑化する項Fintが説明される。これはPF法における界面エネルギー項に対応する。PF法における界面エネルギー項の定義はdouble-well potential又はdouble obstacle potentialを用いたモデルが存在するが、ここではSteinbachのMulti-Phase Field(MPF)法を例に説明する。SteinbachのMPF法において項Fintは、以下の式(7)で定義される。
【0038】
【数7】
カッコ内の第一項はmulti-obstacle potentialであり相を分ける働きをし、第二項は勾配エネルギー項であり秩序変数Φn,kの勾配を小さくする働きをする。このとき、ηは界面幅であり、σは単位面積当たりの界面エネルギーとなる。本開示の方法においては、ηとσは界面の平滑さの程度を決めるためのパラメータとなる。測定点n上のk相の確率密度関数が以下の式(8)を満たす場合に、測定点nがk相であると正しく推定されるようにパラメータが設定されればよい。これにより、評価関数が導出される。
【0039】
【数8】
【0040】
次に、本開示の特徴の1つである、材料組織の相の情報を評価関数の中に導入する方法が説明される。具体的には、式(6)の右辺の第3項と第4項の事前確率に対して、種々の熱力学計算、数値解析、分析装置で得た相の情報(物理量)である確率密度関数のパラメータθref、若しくは、相の平均情報Aobを取り込むことにより、材料組織の相の情報を評価関数の中に導入することができる。ここで、式(6)の右辺の第2項については、例えば過去の実績データなどから推定可能である場合に、入力されればよい。
【0041】
熱力学計算、数値解析又は分析装置を用いた分析によって確率密度関数p[X ref|θ ref]が推測可能である。ここで、確率密度関数のパラメータθ refと真のパラメータθ の誤差及び分散を推定することが可能であり、p[θ]は以下の式(9)で定義できる。
【0042】
【数9】
【0043】
Σrefはθ refとθ の間の誤差及びθ refの予測モデルの精度によって定まる。θrefの導出方法の一例として、熱力学データベースの活用が挙げられる。熱力学データベースは、温度又は組成が与えられたときの自由エネルギー又は活量などのデータを蓄積したデータベースである。仮に対象の系が熱平衡状態近傍にある場合、統計熱力学に従い状態Xの出現確率p[X]は測定領域の体積Δvにおける自由エネルギーf[X]を用いて、以下の式(10)で表される。
【0044】
【数10】
【0045】
ここで、kはボルツマン係数である。Tは組織形成時の温度である。自由エネルギーfに対し二次の近似を適用した場合、p[X|θ]はXの平衡状態を期待値として、以下の式(11)を分散共分散行列とするガウス分布となる。
【0046】
【数11】
【0047】
この場合において、系の非平衡性又は熱力学データベースの精度に基づいてΣrefを定めることができる。より強い非平衡性を持つ場合に、Scheilモデル、反応拡散系の数値解析又はPhase Field法などを用いて、真の分布Xの確率密度を予測することが可能である。
【0048】
一方で、材料組織の相の平均情報Aobが既知の場合、式(6)のp[H]によって平均情報Aobの影響を取り込むことができる。ここで、適切な関数A ref[Xob,H]によってk相の平均情報AobをXobとHから推測することができる。このときの各相に関数A preを定義することで、平均情報Apreは、以下の式(12)と予測される。
【0049】
【数12】
【0050】
したがって、A pre[Xob,H]の予測精度と測定誤差のパラメータΣ preを用いてp[H]を以下の式(13)で表すことができる。
【0051】
【数13】
【0052】
これにp[θ]及びp[H]の定義によって、真の分布Xの確率密度、相の平均情報などの事前知識を考慮した関数Lを導出し、評価関数Fが定義できる。
【0053】
(予備計算によって初期条件を決定する工程)
効率性の観点から、予備計算として、パラメータθnoise及びθの初期値の計算が行われてよい。ここで、取得可能な初期値があれば、初期値が取得されてよい(図2AのステップS11)。予備計算では、パラメータHの空間分布は考慮せず、相の割合π=(π,…,π)を用いてhn,k=πとする。予備計算では、上記の評価関数Fに基づいて、本工程での評価関数F´が決定される(図2AのステップS12)。例えば評価関数F´は、式(2)の第一項を用いてθnoise、θ及びπの関数として以下の式(14)で決定される。
【0054】
【数14】
【0055】
評価関数F´を拘束条件としてΣπ=1の下で最小化することによってθnoise、θ及びπが決定される(図2AのステップS13)。最小化の計算手法は、例えばニュートン法、共役勾配法などが適宜選択され得る。そして、評価関数F´の値が収束したと判定される場合に初期値が決定される(図2AのステップS14)。ただし、最小値である必要はなく、準最適解であってもかまわない。
【0056】
(材料組織の相を抽出する工程)
次に、本計算として、組織の空間分布を考慮した計算が行われる。本計算では、0から1まで連続的に変化する内挿関数q[Φn,k]を用いて、hn,kを以下の式(15)とする。
【0057】
【数15】
【0058】
秩序変数Φ=(Φ,…,Φ,…,Φ)、Φ=(Φn,1,…,Φn,k,…,Φn,K)は、相の種類を抽出するためのパラメータであり、ΣΦn,k=1を満たす。また、Φn,kは以下の式(16)を満たす。
【0059】
【数16】
【0060】
秩序変数Φの初期値は、予備計算で導出されたθnoise、θ及びπによって、以下の式(17)で定義すると効率的である(図2BのステップS21)。また、本工程における評価関数Fは秩序変数Φの関数として、以下の式(18)で決定される(図2BのステップS22)。
【0061】
【数17】
【0062】
ここで、ΣΦn,k=1の拘束条件を与えるためラグラジアンLが、以下の式(19)のように定義される。
【0063】
【数18】
【0064】
以下の式(20)の条件を満たす解を数値解析することで、拘束条件下の評価関数Fの最小値が求まる(図2BのステップS23)。評価関数Fの値が収束したと判定される場合に秩序変数Φが決定される(図2BのステップS24)。ただし、最小値である必要はなく、準最適解であってもかまわない。
【0065】
【数19】
【0066】
最終的に得られた各座標の秩序変数より最大の秩序変数を抽出することで、以下の式(21)によって、測定点nにおける相の種類kを推定することができる(図2BのステップS25)。ここで、argmaxは秩序変数Φn,kを最大にするkを出力する関数を意味する。
【0067】
【数20】
【0068】
(抽出した相の情報を出力する工程)
推定された測定点nにおける相の種類kの情報はユーザが確認可能なように出力される。抽出した相の情報は、各種ディスプレイなどの表示装置に表示されてよい。
【0069】
[材料組織の相の抽出装置]
図5は、本開示の一実施形態に係る材料組織の相の抽出装置10を備える材料組織の相の抽出システム1(以下、単に「抽出システム1」と称することがある)の構成例を示す模式図である。上記の材料組織の相の抽出方法は、材料組織の相の抽出装置10(以下、単に「抽出装置10」と称することがある)によって実行される。
【0070】
抽出システム1は、抽出装置10と、顕微鏡装置30と、を備える。抽出装置10は、入力部11と、出力部12と、演算部13と、を備える。演算部13は、評価関数定義部14と、初期条件決定部15と、相抽出部16と、を備える。
【0071】
(顕微鏡装置)
顕微鏡装置30は、抽出装置10によって取得されるマッピング情報を得る。マッピング情報は、上記の通り、材料組織に含まれる成分の濃度分布などの物理情報、組織画像などである。顕微鏡装置30は、例えばEPMA又はSEMなどであるが、マッピング情報を測定又は解析する装置であれば、これらに限定されない。顕微鏡装置30は、例えばX線などを用いて材料組織の元素分析を行う装置であってよい。
【0072】
(入力部)
入力部11は、抽出装置10の入力インターフェースであって、第1入力工程及び第2入力工程を実行する。つまり、入力部11は、材料組織からマッピング情報を取得し、材料組織の相の情報を取得する。
【0073】
(出力部)
出力部12は、抽出装置10の出力インターフェースであって、出力工程を実行する。つまり、出力部12は、演算部13によって抽出された相の情報を、例えば各種ディスプレイなどの表示装置に表示させる。
【0074】
(演算部)
演算部13は、材料組織の相を抽出するための演算を行う。また、演算部13は、抽出装置10の全体を制御する制御部としての機能を備えてよい。演算部13は、1つ以上のプロセッサであってよい。プロセッサは、例えば汎用のプロセッサ又は特定の処理に特化した専用プロセッサであるが、これらに限られず任意のプロセッサとすることができる。
【0075】
上記のように、本実施形態において、演算部13は、評価関数定義部14と、初期条件決定部15と、相抽出部16と、を備える。評価関数定義部14、初期条件決定部15及び相抽出部16の機能はソフトウェアによって実現されてよい。例えば演算部13がアクセス可能な記憶装置に、1つ以上のプログラムが記憶されていてよい。記憶装置に記憶されたプログラムは、プロセッサである演算部13によって読み込まれると、演算部13を評価関数定義部14、初期条件決定部15及び相抽出部16として機能させてよい。
【0076】
(評価関数定義部)
評価関数定義部14は、評価関数定義工程を実行する。つまり、評価関数定義部14は、マッピング情報及び相の情報に基づく評価関数を定義する。
【0077】
(初期条件決定部)
初期条件決定部15は、初期条件決定工程を実行する。つまり、初期条件決定部15は、相抽出工程の前に、予備計算によって初期条件を決定する。
【0078】
(相抽出部)
相抽出部16は、相抽出工程を実行する。つまり、相抽出部16は、評価関数に基づいて材料組織の相を抽出する。
【0079】
ここで、抽出装置10は、特定の装置に限定されないが、一例としてコンピュータで実現され得る。コンピュータは、例えば市販されている汎用的なものを使用できる。コンピュータは、例えばメモリ及びハードディスクドライブなどの記憶装置、CPU及び入出力装置を備える。演算部13はCPUで実現されてよい。演算部13によって読み込まれるプログラムは記憶装置に記憶されていてよい。また、入力部11及び出力部12は入出力装置で実現されてよい。
【0080】
[実施例]
本実施例では、混合ガウスモデルにより確率密度関数p[Xob|θnoise,θ,H]を定め、ガウス分布により確率密度関数p[θnoise]、p[θ]、p[H]を決定した。パラメータθnoise=(θ noise,θ noise,…)及びθ=(θ ,θ ,…)は平均値と分散の組み合わせによって与えられた。
【0081】
(実施例1)
実施例1において、熱力学データベースで得られた計算結果に基づく平均情報を用いて、マッピング情報から材料組織の相を抽出するための計算が実行された。α-γの二相域における鋼中の炭素濃度のマッピング情報(図3の(a-0))が用いられた。パラメータθを推定するため式(10)を使用し、自由エネルギー関数は二次の近似を使用した。推定されるパラメータθと熱力学データより計算したパラメータθpreはガウス分布に従うものとした。
【0082】
図3の(a-0)は基準となる元素マップであり、基準となる元素マップに、(a-1)としてノイズ、(a-2)としてキズ、(a-3)として数値シフトを加えたデータ(加工データ)が用意された。本開示の方法が測定条件の変化に対して頑健であることを示すため、ランダムフォレストとの比較計算を行った。ランダムフォレストは加工データでなく、無加工の実績データを用いて学習を行った。(c-0)から(c-3)はランダムフォレストの結果であり、ノイズ、傷、数値のシフトの影響を強く受けていることが分かる。これに対して(b-0)から(b-3)の実施例1の結果は、どの条件においてもおおよそ等しい結果が得られた。つまり、実施例1では、ノイズ及び測定条件の変化に対して頑健な組織抽出が行えることが示された。これは、本開示の方法においてパラメータθnoise及びFintが導入された効果と考えられる。ここで、図3の(b-0)から(b-3)及び(c-0)から(c-3)において、白色がオーステナイト相を示し、黒色がフェライト相を示す。
【0083】
(実施例2)
実施例2では、FE-EPMA(電界放出型電子線マイクロアナライザ)で得たC濃度のマッピング情報をXRD測定で得た組織の平均情報を組み合わせて、材料組織の相の抽出計算が実行された。図4の(a)はハイテン鋼板中の炭素元素の分布を示す。図4の(b-1)は比較例であって、平均情報を得ることなく、p[θnoise]、p[θ]及びp[Φ]のそれぞれを固定値として計算した場合の計算結果である。黒く塗られた領域はCが濃化している領域であり残留γ相に相当すると考えられる。しかしながら、XRDで測定された残留γ量が6.03%であるのに対し、図4の(b-1)で検出されたC濃化領域の分率は25.4%程度であった。つまり、C濃化領域(残留γ量)に関する情報に大きな差が生じており、情報の一貫性がない。
【0084】
そこで、上記の実施形態の材料組織の相の抽出方法の通りに、XRDで測定された残留γ量6.03%と残留γ中のC濃度0.63wt%が事前情報として取得された。上記の式(12)においてA pre[X ob]=1と置くことで、XRDにより測定された残留γ量の情報が与えられ、θrefにXRDで測定された残留γ中の平均濃度の情報が加えられた。図4の(b-2)はXRDの事前情報を用いて組織抽出を行った結果を示す。図4の(b-2)においても、黒色がC濃化領域(残留γ相に相当)を示す。図4の(b-2)において抽出されたC濃化領域の割合は6.1%であり、XRDで測定された残留γ量とほぼ一致しており、残留γの分布を予測する目的において適切な相の抽出が行われている。
【0085】
以上のように、本実施形態に係る材料組織の相の抽出方法、材料組織の相の抽出装置及び顕微鏡装置は、材料組織から取得したマッピング情報と材料組織の相の事前情報を統合することによって、マッピング情報と材料組織の相の情報とに一貫性があり、ノイズへの頑健性を有する。
【0086】
本開示の実施形態について、諸図面及び実施例に基づき説明してきたが、当業者であれば本開示に基づき種々の変形又は修正を行うことが容易であることに注意されたい。従って、これらの変形又は修正は本開示の範囲に含まれることに留意されたい。例えば、各構成部又は各工程などに含まれる機能などは論理的に矛盾しないように再配置可能であり、複数の構成部又は工程などを1つに組み合わせたり、或いは分割したりすることが可能である。本開示に係る実施形態は装置が備えるプロセッサにより実行されるプログラムを記録した記憶媒体としても実現し得るものである。本開示の範囲にはこれらも包含されるものと理解されたい。
【符号の説明】
【0087】
1 材料組織の相の抽出システム
10 材料組織の相の抽出装置
11 入力部
12 出力部
13 演算部
14 評価関数定義部
15 初期条件決定部
16 相抽出部
30 顕微鏡装置
図1
図2A
図2B
図3
図4
図5