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特開2023-181076フェライト系ステンレス鋼溶接ワイヤおよび溶接部品
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  • 特開-フェライト系ステンレス鋼溶接ワイヤおよび溶接部品 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023181076
(43)【公開日】2023-12-21
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼溶接ワイヤおよび溶接部品
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/30 20060101AFI20231214BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20231214BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20231214BHJP
【FI】
B23K35/30 320B
C22C38/00 302Z
C22C38/58
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023025406
(22)【出願日】2023-02-21
(31)【優先権主張番号】P 2022094541
(32)【優先日】2022-06-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100076473
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 昭夫
(74)【代理人】
【識別番号】100112900
【弁理士】
【氏名又は名称】江間 路子
(74)【代理人】
【識別番号】100198247
【弁理士】
【氏名又は名称】並河 伊佐夫
(72)【発明者】
【氏名】内 真人
(72)【発明者】
【氏名】山下 正和
(72)【発明者】
【氏名】上仲 明郎
(72)【発明者】
【氏名】原 理
(57)【要約】
【課題】溶接金属の組織を微細化して溶接金属部における割れの発生を抑制するのに有効なフェライト系ステンレス鋼溶接ワイヤを提供する。
【解決手段】フェライト系ステンレス鋼溶接ワイヤは、質量%でC:≦0.050%、Si:≦1.00%、Mn:2.50~5.00%、P:≦0.040%、S:≦0.010%、Cu:≦0.50%、Ni:0.01~1.00%、Cr:12.0~20.0%、Mo:≦0.50%、Ti:0.20~2.00%、Nb:0.10~0.80%、Al:0.020~0.200%、Mg:≦0.020%(ゼロを含む)、O:≦0.020%、N:0.001~0.050%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、下記式(1)で表されるNi当量が1.0~3.0である。
Ni当量=Ni+0.5×Mn+30×C+30×(N-0.06) …式(1)
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で
C:≦0.050%
Si:≦1.00%
Mn:2.50~5.00%
P:≦0.040%
S:≦0.010%
Cu:≦0.50%
Ni:0.01~1.00%
Cr:12.0~20.0%
Mo:≦0.50%
Ti:0.20~2.00%
Nb:0.10~0.80%
Al:0.020~0.200%
Mg:≦0.020%(ゼロを含む)
O:≦0.020%
N:0.001~0.050%を含有し、
残部がFe及び不可避的不純物からなり、
下記式(1)で表されるNi当量が1.0~3.0であることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼溶接ワイヤ。
Ni当量=Ni+0.5×Mn+30×C+30×(N-0.06) …式(1)
【請求項2】
請求項1において、更に下記式(2)で表されるT値が12.0以上であることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼溶接ワイヤ。
T値=(Ti+Nb)/(C+N) …式(2)
【請求項3】
請求項1,2の何れかに記載のフェライト系ステンレス鋼溶接ワイヤを用いて形成された溶接金属部を備え、該溶接金属部における結晶粒度番号が3以上であることを特徴とする溶接部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、フェライト系ステンレス鋼溶接ワイヤおよび溶接部品に関する。
【背景技術】
【0002】
フェライト系ステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼に比べて低価格であるとともに、熱膨張係数が低いため熱歪が抑制でき、且つ、耐高温酸化特性にも優れることから、高温腐食ガス環境下で使用される自動車排気系部品に多く使用されている。例えば、エンジンからの排気ガスをまとめた上で排気管へ送るためのエキゾーストマニホールドや、触媒存在下で酸化還元反応を利用して排気ガスを浄化させるためのコンバータのケースなどが挙げられる。これら複雑形状を有する部品は、フェライト系ステンレス鋼からなる部材を溶接して組み立てられる。通常、フェライト系ステンレス鋼からなる部材の溶接には、これと同一もしくは類似の組成のフェライト系ステンレス鋼の溶接ワイヤが使用される。
【0003】
フェライト系ステンレス鋼溶接ワイヤを用いて形成された溶接金属では、結晶粒が粗大化して、溶接割れが生じ易いことが知られている。また溶接割れが避けられたとしても、溶接金属部に曲げ力が繰り返し加えられると割れが生じ易い。このためフェライト系ステンレス鋼溶接ワイヤにあっては、溶接金属部における耐食性の向上などとともに、溶接金属組織の微細化が望まれていた。
【0004】
溶接金属組織を微細化する技術としては、Ti、Al等の窒化物を晶出させ得る合金組成の溶接ワイヤを用い、溶接時においてこれら晶出物を溶融金属中に分散させ、フェライト生成時の核とすることが知られている(例えば下記特許文献1参照)。しかしながら特許文献1の実施例において具体的に開示されている溶接ワイヤは、Mnの含有量がいずれも2.5%未満と少ない点で、更には本発明の式(1)を満たしていない点で本発明とは異なっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006-231404号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は以上のような事情を背景とし、溶接金属の組織を微細化し溶接金属部における割れの発生を抑制するのに有効なフェライト系ステンレス鋼溶接ワイヤおよび溶接部品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、フェライト系ステンレス鋼溶接ワイヤ中に含まれるNi、Mn等のオーステナイト生成元素を所定範囲内に規定することで、溶融金属が凝固して略室温まで冷却される過程で相変態を生じさせ、かかる相変態を利用することで溶接金属組織の微細化を促進させることができる、との知見を得た。この発明はこのような知見に基づいてなされたものである。
【0008】
而してこの発明の第1の局面のフェライト系ステンレス鋼溶接ワイヤは次のように規定される。即ち、
質量%でC:≦0.050%、Si:≦1.00%、Mn:2.50~5.00%、P:≦0.040%、S:≦0.010%、Cu:≦0.50%、Ni:0.01~1.00%、Cr:12.0~20.0%、Mo:≦0.50%、Ti:0.20~2.00%、Nb:0.10~0.80%、Al:0.020~0.200%、Mg:≦0.020%(ゼロを含む)、O:≦0.020%、N:0.001~0.050%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、下記式(1)で表されるNi当量が1.0~3.0である。
Ni当量=Ni+0.5×Mn+30×C+30×(N-0.06) …式(1)
但し、上記式(1)中の各元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表している。
【0009】
このように規定された第1の局面の溶接ワイヤによれば、TiN等の晶出物を利用することで、またこれに加えて相変態を利用することで溶接金属の組織を微細化させることができる。
通常のフェライト系ステンレス鋼は冷却の過程でほとんど変態しないが、第1の局面の溶接ワイヤでは各オーステナイト生成元素(Ni、Mn、CおよびN)および式(1)で表されるNi当量をそれぞれ所定範囲内に規定して、溶融金属が凝固して略室温まで冷却する過程でδフェライト相の一部を一旦オーステナイトに変態(δ/γ変態)させ、更にαフェライトに変態(γ/α変態)させることで、溶接金属組織の微細化を図ることができる。ここで第1の局面の溶接ワイヤでは、オーステナイト生成元素のうち特にMnを多く含有させている。
【0010】
この発明の第2の局面は、第1の局面において、更に下記式(2)で表されるT値を12.0以上とする。このように規定された第2の局面の溶接ワイヤによれば、Cr欠乏層の生成が抑制されるため、溶接金属における組織の微細化に加えて溶接金属部の耐食性を高めることができる。
T値=(Ti+Nb)/(C+N) …式(2)
但し、上記式(2)中の各元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表している。
【0011】
またこの発明の第3の局面の溶接部品は次のように規定される。即ち、
第1又は第2の局面に記載のフェライト系ステンレス鋼溶接ワイヤを用いて形成された溶接金属部を備え、該溶接金属部における結晶粒度番号が3以上である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は結晶粒度の測定および耐食性試験ついての説明図である。
図2図2は耐割れ性試験についての説明図である。
図3図3は曲げ試験についての説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼溶接ワイヤは、Cと、Siと、Mnと、Pと、Sと、Cuと、Niと、Crと、Moと、Tiと、Nbと、Alと、Oと、Nと、を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる。また、Mgを更に含有してもよい。
【0014】
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼溶接ワイヤにおける各化学成分の限定理由を以下に詳述する。尚、以降の説明では、特にことわりがない限り「%」は「質量%」を意味するものとする。
【0015】
C:≦0.050%
Cは、溶接金属部の強度確保のために添加される元素である。またCはオーステナイト生成元素であり、オーステナイト相の生成を促進させる作用を有する。ただし、過剰な添加はマルテンサイト形成による溶接割れが発生しやすくなる。またCr炭化物の析出により粒界においてCr欠乏層が形成され、耐食性の低下を招く。このため本実施形態では、Cの上限を0.050%とする。好ましいCの含有量は、0.010~0.030%である。
【0016】
Si:≦1.00%
Siは、脱酸剤として作用する元素で、溶接割れ防止にも有効である。ただし、過剰な添加は靭性劣化や機械強度の低下を招くため、その上限を1.00%とする。好ましいSiの含有量は0.30%以下である。更に好ましくは、0.17%以下である。
【0017】
Mn:2.50~5.00%
Mnは、オーステナイト生成元素である。オーステナイト相の生成を促進させるため、本実施形態ではMnを2.50%以上含有させる。ただし、過剰な添加は硫化物を生成し靭性を低下させるため、その上限を5.00%とする。好ましいMnの含有量は、3.50~4.50%である。
【0018】
P:≦0.040%、S:≦0.010%
P、Sが過剰になると溶接割れを引き起こし易くなり、また溶接金属部の靭性が低下する。このためPは0.040%以下、Sは0.010%以下である必要がある。
【0019】
Cu:≦0.50%
Cuは、引張強度および耐食性を向上させる元素である。但し、過剰な添加は靭延性の低下を招くため、その上限を0.50%とする。好ましいCuの含有量は0.10~0.40%である。
【0020】
Ni:0.01~1.00%
Niは、オーステナイト生成元素であり、Mn等とともにオーステナイト相の生成を促進させる作用を有する。またNiは延性および靭性を向上させる。但し、過剰な添加は耐溶接割れ性を低下させるため、本実施形態ではNiの含有量を0.01~1.00%とする。好ましいNiの含有量は0.30~0.80%である。
【0021】
Cr:12.0~20.0%
Crは、溶接金属の強度を高めるとともに、表面に緻密な酸化皮膜を形成して耐酸化性,耐食性を向上させる。このような効果を得るため、本実施形態ではCrを12.0%以上含有させる。但し、過剰な添加は耐食性の効果が飽和し、材料コスト上昇のデメリットが大きい。また硬化により製造性が悪化する。このため本実施形態では、Crの上限を20.0%とする。好ましいCrの含有量は、15.0~19.0%である。
【0022】
Mo:≦0.50%
Moは、高温強度向上および耐食性向上に有効な元素である。但し、過剰に添加しても特性が飽和し材料コストが上昇するだけであるため、Moの上限を0.50%とする。好ましいMoの含有量は0.10~0.40%である。
【0023】
Ti:0.20~2.00%
Tiは、溶接時にその窒化物が介在物として溶融金属中に微細に分散しフェライト生成核として機能し、溶接金属の結晶粒を微細化させる効果を有する。またTiの炭窒化物はCrの炭窒化物よりも優先的に形成されるため鋭敏化を抑制することができる。但し、過剰な添加は溶接性を損ない、酸化物がスラグ化しビードの外観が悪化する。このため本実施形態ではTi含有量を0.20~2.00%とする。好ましいTi含有量は0.40~0.70%である。
【0024】
Nb:0.10~0.80%
Nbは、その炭窒化物がCrの炭窒化物よりも優先的に形成されるため、Tiと同様に、鋭敏化を抑制することができる。またNb炭化物の結晶粒界でのピン止め効果は結晶粒の粗大化を抑制し、耐酸化性および高温強度を向上させる。但し、過剰な添加は耐溶接割れ性の低下を招く。このため本実施形態ではNb含有量を0.10~0.80%とする。好ましいNb含有量は0.30~0.70%である。
【0025】
Al:0.020~0.200%
Alは、酸化物を形成しTiNの晶出を促進する。また脱酸剤として作用し、Nbと同様に耐酸化性を向上させる効果を有する。但し、過剰な添加は靭性低下やスパッタの増大を招くため、本実施形態ではAl含有量を0.020~0.200%とする。好ましいAl含有量は0.030~0.100%である。
【0026】
Mg:≦0.020%(ゼロを含む)
Mgは、スピネル(MgAl)を形成しTiNの晶出を促進する効果を有するため、必要に応じて含有させることができる。但し、過剰な添加は溶接性を悪化させるため、その上限を0.020%とする。
【0027】
O:≦0.020%
Oは、SiO,Al等の酸化物を形成し靭性を低下させる。このため、Oの含有量は0.020%以下である必要がある。
【0028】
N:0.001~0.050%
Nは、フェライト生成核として機能するTiNを形成する。また、Nはオーステナイト生成元素であり、オーステナイト相の生成を促進させる。但し、過剰な添加はCr窒化物を形成し耐食性を低下させる。このため本実施形態ではN含有量を0.001~0.050%とする。好ましいN含有量は0.020~0.040%である。
【0029】
式(1)で表されるNi当量:1.0~3.0
Ni当量=Ni+0.5×Mn+30×C+30×(N-0.06) …式(1)
Ni当量は、溶接金属が凝固し冷却する過程で生成されるオーステナイト相の量と関連する指標である。Ni当量が1.0以上となるように、Ni、Mn、C、Nの含有量を調整することで、δフェライト相の一部が一旦オーステナイトに変態する。本実施形態では、この相変態を利用することで結晶粒を微細化する効果を得ることができる。
但し、Ni当量が過度に多い場合には、オーステナイト単相組織となり微細化の効果が得られないため、本実施形態ではNi当量を1.0~3.0の範囲内とする。好ましいNi当量の範囲は1.5~2.5である。
【0030】
式(2)で表されるT値:12.0以上
T値=(Ti+Nb)/(C+N) …式(2)
フェライト系ステンレス鋼では、Crの炭化物や窒化物の生成によりCrが消費され、いわゆるCr欠乏層を生じることで耐食性が低下する。Cr欠乏層の生成を抑制するためには、低C化及び低N化とともに、Crよりも優先的に炭化物や窒化物を生成する炭窒化物生成元素(TiおよびNb)を添加することが有効である。本発明者の調査によれば(Ti+Nb)/(C+N)で表されるT値が12.0未満であるとCr欠乏層の生成を抑制する効果が不十分となってしまうため、本実施形態ではT値が12.0以上となるように成分調整する。より好ましいT値は14.0以上である。
【0031】
上記化学組成からなる本実施形態の溶接ワイヤは、主相がフェライト単相組織である。溶接ワイヤの直径や長さは、特に限定されるものではなく、目的に応じた値を選択することが可能である。また本実施形態の溶接ワイヤは、フェライト系ステンレス鋼のみからなるソリッドワイヤであっても良く、あるいはフラックスを含むフラックス入りワイヤであっても良い。
そして、本溶接ワイヤを用いてフェライト系ステンレス鋼からなる部材を溶接し、組み立てられた溶接部品にあっては、溶接金属部における結晶粒度番号を3以上とすることができる。
【実施例0032】
次に本発明の実施例を以下に説明する。ここでは、下記表1に示す実施例および比較例の化学組成を有する溶接ワイヤを用いて溶接された試験片(溶接部品)を作製し、溶接金属の結晶粒度測定、耐食性試験、耐割れ性試験および曲げ試験を行った。
【0033】
【表1】
【0034】
1.結晶粒度測定用および耐食性試験用の試験片の作製
上記表1に示す化学組成からなる合金を溶製し、得られた鋳塊に熱間加工及び冷間加工を行い、直径φ1.2mmの溶接ワイヤを作製した。
次に、図1(A)に示すように厚み1.5mm×長さ150mm×幅50mmの2枚のSUS430のステンレス板1,1を幅方向の端部が25mmで重なるように配置し、ビード2を形成するように、2枚のステンレス板1,1に跨ってガスシールドアーク溶接を行った。130Aの電流及び21Vの電圧にてAr+3.5%Oのシールドガスを15L/minの流速で流して、トーチ角度θを45°にして70cm/minの溶接速度で溶接を行った。その後、図1(B)において2点鎖線で示すように、溶接されたステンレス板を4等分して切断片3~6を形成し、中心の2つの試験片4,5を結晶粒度測定および耐食性試験に用いた。
【0035】
2.結晶粒度の測定
溶接金属の結晶粒度は、JIS-G-0552のフェライト結晶粒度測定試験方法に準拠して行った。その結果を表2に示している。目標とする結晶粒度番号は3以上である。
【0036】
3.耐食性試験
耐食性試験は、JIS-G-0571のステンレス鋼のしゅう酸エッチング試験方法に準拠して行った。切断片5(図1参照)の溶接金属部(ビード2)を10%しゅう酸溶液中に浸漬して一定電流密度で通電を行って耐食性を判定した。その結果を表2に示している。判定基準は以下の通りとした。
〇:段状組織が認められた
△:混合組織が認められた
×:溝状組織が認められた
ここで段状組織とは、結晶方位ごとに腐食速度が異なるために現れる、結晶粒界に溝のない段状の組織である。混合組織とは、結晶粒界に部分的に溝のある組織である(ただし、完全に溝で囲まれた結晶粒が一つもないもの)。溝状組織とは、完全に溝で囲まれた結晶粒が一つ以上ある組織である。
【0037】
4.耐割れ性試験
耐割れ性試験は、JIS-Z-3153のT型溶接割れ試験に準拠して行った。図2に示すように、厚み15mm×長さ150mm×幅50mmの2枚のSUS430のステンレス板7,7をT型に配置し、2枚のステンレス鋼7,7に跨ってガスシールドアーク溶接を行ない、以下のように試験ビード8と拘束ビード9を形成した。
まず、210Aの電流及び23Vの電圧にてAr+3.5%Oのシールドガスを15L/minの流速で流して、40cm/minの溶接速度で拘束ビード9を形成した。次に、210Aの電流及び23Vの電圧にてAr+3.5%Oのシールドガスを15L/minの流速で流して、70cm/minの溶接速度で試験ビード8を形成した。そして、クレータ部を除く試験ビード8の表面割れ率[(割れ長さ/ビード長さ)×100]を求めて判定を行った。その結果を表2に示している。判定基準は以下の通りとした。
〇:割れ率0%
△:割れ率0%超、20%未満
×:割れ率20%以上
【0038】
5.曲げ試験
曲げ試験は図3(A)に示すように、厚み1.5mm×長さ150mm×幅50mmの2枚のSUS430のステンレス板10をギャップ0mmで配置し、ビード11を形成するように、2枚のステンレス板10,10に跨ってガスシールドアーク溶接を行った。130Aの電流及び21Vの電圧にてAr+3.5%Oのシールドガスを15L/minの流速で流して、70cm/minの溶接速度で行った。その後、図3(B)に示すように一方のステンレス板10を拘束し、他方のステンレス板10を繰り返し60度の角度内で曲げてビード11が何回の曲げに耐えられるかを数えた。その結果を表2に示している。
【0039】
【表2】
【0040】
表1,2の結果から以下のことが分かる。
比較例1は、本実施形態で規定する範囲よりもC、SおよびCrが過剰に添加された例で、溶接金属は微細化されているものの、耐食性および耐割れ性の評価が「×」で、曲げ試験の評価も低い。
【0041】
比較例2は、Ni当量が本実施形態で規定する上限値を上回っており、溶接金属の結晶粒度番号が1.5で微細化されていない。また、N、AlおよびCuが過剰に添加されており、耐食性の評価が「×」で、曲げ試験の評価も低い。
【0042】
比較例3は、微細化に寄与するTi、Alが本実施形態で規定する下限値を下回り、且つNi当量も本実施形態で規定する範囲から外れており、溶接金属の結晶粒度番号が1で微細化されていない。またTi量が少ないため耐食性の評価が「×」である。
【0043】
比較例4は、MnおよびNi当量が本実施形態で規定する下限値を下回っているため、溶接金属の結晶粒度番号が2で微細化されていない。また比較例4は、本実施形態で規定する範囲よりもP、Tiが過剰に添加されており、耐割れ性の評価が「×」である。また、Crが下限値を下回っており耐食性の評価が「×」である。
【0044】
比較例5は、Mnが本実施形態で規定する上限値を上回っており、曲げ試験の評価が低い。またNb量が少ないため耐食性の評価が「△」である。
比較例6は、MnおよびNi当量が本実施形態で規定する下限値を下回っており、溶接金属の結晶粒度番号が1で微細化されていない。またMo、Oが本実施形態で規定する上限値を上回っており曲げ試験の評価が低い。
【0045】
比較例7は、Ni当量が本実施形態で規定する上限値を上回っており、溶接金属の結晶粒度番号が2で微細化されていない。またNi、Nb、Siが上限値を超えて過剰に添加されており、耐割れ性および曲げ試験の評価も低い。
比較例8は、Ni当量が本実施形態で規定する下限値を下回っており、溶接金属の結晶粒度番号が2で微細化されていない。曲げ試験の評価も低い。
【0046】
これら比較例の結果によれば、Ni当量が本実施形態で規定する範囲の上限値を上回った場合、また下限値を下回った場合のいずれにおいても、目標とする溶接金属組織の微細化は達成されていないことが分かる。
また、T値が本実施形態で規定する値に届いていない比較例1,2,3,5では、Cr量が適正であっても、耐食性についての評価が低くなっている。
【0047】
これに対し、溶接ワイヤの化学組成(Ni当量を含む)が本実施形態で規定する範囲内である実施例1~12は、結晶粒度および耐割れ性試験、いずれの評価も良好である。即ち、実施例1~12の溶接ワイヤは、溶接金属の組織を微細化し溶接金属部における割れの発生を抑制するのに有効であることが分かる。
【0048】
ここで、実施例12は、各元素の添加量が本実施形態で規定する範囲内であるも、T値が低い例である。結晶粒度および耐割れ性の評価は良好であったが、耐食性の評価が「×」である。
これに対し、T値についても本実施形態の規定を満たしている実施例1~11は、耐食性の評価も良好である。
【0049】
以上本発明の実施形態および実施例について詳述したが、本発明はこれに限定されず、その趣旨を逸脱しない範囲内において種々変更して実施可能である。
図1
図2
図3