(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023181121
(43)【公開日】2023-12-21
(54)【発明の名称】混合型薬物性肝障害の鑑別バイオマーカー
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20231214BHJP
【FI】
G01N33/68
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023092115
(22)【出願日】2023-06-05
(31)【優先権主張番号】P 2022093485
(32)【優先日】2022-06-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「医薬品等規制調和・評価研究事業」「官民共同による重篤副作用バイオマーカー開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】597128004
【氏名又は名称】国立医薬品食品衛生研究所長
(74)【代理人】
【識別番号】100098121
【弁理士】
【氏名又は名称】間山 世津子
(74)【代理人】
【識別番号】100107870
【弁理士】
【氏名又は名称】野村 健一
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 公亮
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 嘉朗
(72)【発明者】
【氏名】大野 泰雄
(72)【発明者】
【氏名】泉 高司
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 元信
(72)【発明者】
【氏名】西矢 剛淑
(72)【発明者】
【氏名】滝川 一
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045DA35
(57)【要約】
【課題】混合型薬物性肝障害とその他の急性肝障害との鑑別診断するためのバイオマーカーの開発を行うこと。
【解決手段】ピログルタミルグリシン、フェニルアラニン及びフェニルアラニルトリプトファンからなる群より選択される少なくとも1個の分子について、被験者由来の試料におけるレベルを測定することを含む、混合型薬物性肝障害の鑑別検査方法。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピログルタミルグリシン、フェニルアラニン及びフェニルアラニルトリプトファンからなる群より選択される少なくとも1個の分子について、被験者由来の試料におけるレベルを測定することを含む、混合型薬物性肝障害とその他の急性肝障害との鑑別検査方法。
【請求項2】
混合型薬物性肝障害の鑑別診断方法であって、
a1. 被験者から試料を得ること、
b1. ピログルタミルグリシン、フェニルアラニン及びフェニルアラニルトリプトファンからなる群より選択される少なくとも1個の分子について、被験者由来の試料におけるレベルを測定すること
c1. b1の測定値及び/又は3つの分子のb1の測定値から構築する診断モデルに基づき、混合型薬物性肝障害を鑑別判定すること
を含む前記方法。
【請求項3】
混合型薬物性肝障害の鑑別診断及び治療方法であって、
a1. 被験者から試料を得ること、
b1. ピログルタミルグリシン、フェニルアラニン及びフェニルアラニルトリプトファンからなる群より選択される少なくとも1個の分子について、被験者由来の試料におけるレベルを測定すること
c1. b1の測定値及び/又は3つの分子のb1の測定値から構築する診断モデルに基づき、混合型薬物性肝障害の発症の有無を判定すること
d1. 混合型薬物性肝障害を発症している可能性が高いと判定された被験者に混合型薬物性肝障害の治療を施すこと
を含む前記方法。
【請求項4】
ピログルタミルグリシン、フェニルアラニン及びフェニルアラニルトリプトファンからなる群より選択される少なくとも1個の分子について、被験者由来の試料におけるレベルを測定することができる試薬を含む、混合型薬物性肝障害の鑑別検査のためのキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、混合型薬物性肝障害とその他の急性肝障害(急性ウイルス肝炎、アルコール性肝障害、自己免疫性肝炎等)との鑑別診断を補助するための方法に関する。混合型薬物性肝障害は、薬物性肝障害の病型の一つであり、肝実質細胞が障害される細胞障害型、及び胆汁の排泄障害を伴う胆汁うっ滞型、両者を有する病型である。薬物性肝障害の発症件数のうち約20%が混合型を呈する(非特許文献1)。
【背景技術】
【0002】
薬物性肝障害は医薬品による肝臓の炎症性有害反応などの総称である。肝障害は、医薬品の他に、ウイルス感染、アルコールの過剰摂取、自己免疫等によって引き起こされるが、肝障害の原因ごとにそれぞれ治療法や予後が異なるため、これらを鑑別することは臨床上重要である。
【0003】
薬物性肝障害は、薬剤投与と肝障害の出現と消退の時間的関係、他の原因の除外診断によって診断される(非特許文献1,2)。典型例は、急性肝障害の症状(全身倦怠感や食欲不振など)もしくは肝内胆汁うっ滞(黄疸やかゆみ)を呈するが、症状がなく、血液生化学検査値の異常により発見されることも多い。除外診断としては、急性ウイルス肝炎、アルコール性肝障害、非アルコール性脂肪性肝疾患、自己免疫性肝炎、原発性胆汁性胆管炎、胆石症、閉塞性黄疸、ショック肝などがあげられる。
【0004】
薬物性肝障害の診断は、医薬品によるもの以外の要因を否定する必要があり、確定に時間を要することも多く、画像診断、病理診断及び既存の生化学検査だけでは経済的にも体力的にも患者に大きな負担を強いるため、バイオマーカーの利用が有用とされる。
【0005】
薬物性肝障害のバイオマーカーとしては、現在、アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)、アルカリホスファターゼ(ALP)、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)、総ビリルビン(T-Bil)、ガンマグルタミルトランスフェラーゼ(GGT)が、主に診断の補助に利用されている(非特許文献1,2)。これらのうちALT、ALP及びT-Bilは専門医の国際会議において、薬物性肝障害の診断基準として提唱されている(非特許文献3)。また、ALTは細胞障害型に、ALPは胆汁うっ滞型において選択的に変動するため、病型の分類にも用いられており、規制当局においても薬物性肝障害の安全性バイオマーカーとして認められている(非特許文献1,2,3)。しかしながら、いずれのバイオマーカーも他の肝障害との鑑別は不十分であり、バイオマーカーによる有効な除外診断は困難である。新たなマーカー候補として、サイトケラチン18、マイクロRNA122、high mobility group box-1、グルタミン酸デヒドロゲナーゼ、macrophage colony stimulating factor receptor 1、オステオポンチン等が提案されているが、いずれも他の肝障害との鑑別における有用性を示されていない(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】滝川一 薬物性肝障害の診断と治療 日内会誌 104:991-997, 2015
【非特許文献2】滝川一, 他 肝臓 46(2), 85-90, 2005
【非特許文献3】CIOMS Working Group Drug-induced liver injury (DILI): Current status and future directions for drug development and the post-market setting. Council for International Organizations of Medical Sciences (CIOMS) 2020.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、混合型薬物性肝障害をその他の急性肝障害と鑑別するバイオマーカーの開発を行うことを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
液体クロマトグラフィーと質量分析計(LC/MS)を用いて1,000種以上のアミノ酸・アミノ酸誘導体・脂質等の代謝物分子を網羅的に解析するメタボロミクス法にて、薬物性肝障害患者の血液試料を対象に解析を行った。各代謝物分子のイオン強度から、回復期群に対して薬物性肝障害の急性期で大きく変動する代謝物分子を、統計的有意差と効果量(Hedge’s g値)を指標に探索した。その結果、混合型薬物性肝障害に対して既存のバイオマーカーと同等の性能を有する代謝物バイオマーカーを得た。次に得られた代謝物バイオマーカーについて、混合型薬物性肝障害及びその他の急性肝障害患者の血液試料を用いてLC/MS法による測定を行い、混合型薬物性肝障害とその他の急性肝障害(急性ウイルス肝炎、アルコール性肝障害、及び自己免疫性肝炎)を鑑別する代謝物として、ピログルタミルグリシン、フェニルアラニン、及びフェニルアラニルトリプトファンを見いだした。
【0009】
ROC曲線(receiver operating characteristic curve)解析の結果、混合型薬物性肝障害に対して、ピログルタミルグリシン、フェニルアラニン、及びフェニルアラニルトリプトファンは、急性ウイルス肝炎、アルコール性肝障害、及び自己免疫性肝炎を高い精度で鑑別した。それぞれのarea under the curve(AUC)は、ピログルタミルグリシン、フェニルアラニン、及びフェニルアラニルトリプトファンの順に、対急性ウイルス肝炎(0.87, 0.73, 0.55)、対アルコール性肝障害(0.87, 0.91, 0.91)、対自己免疫性肝炎(0.96, 0.82, 0.84)であった。さらに、上記3種の代謝物を同時に用いてロジスティック回帰により診断モデルを構築したところ、急性ウイルス肝炎、アルコール性肝障害、及び自己免疫性肝炎に対してそれぞれAUC値は、0.91, 0.97, 0.97を示した。以上より、混合型薬物性肝障害をその他の急性肝障害と鑑別する有用なバイオマーカーとなりうることが示された。
【0010】
本発明は、これらの知見に基づいて、完成されたものであり、その要旨は以下のとおりである。
(1)ピログルタミルグリシン、フェニルアラニン及びフェニルアラニルトリプトファンからなる群より選択される少なくとも1個の分子について、被験者由来の試料におけるレベルを測定することを含む、混合型薬物性肝障害の他の急性肝障害との鑑別診断を補助する検査方法。
(2)混合型薬物性肝障害の診断方法であって、
a1. 被験者から試料を得ること、
b1. ピログルタミルグリシン、フェニルアラニン及びフェニルアラニルトリプトファンからなる群より選択される少なくとも1個の分子について、被験者由来の試料におけるレベルを測定すること、及び
c1. b1の測定値及び/又は3つの分子のb1の測定値から構築する診断モデルに基づき、混合型薬物性肝障害を他の急性肝障害と鑑別判定すること
を含む前記方法。
(3)混合型薬物性肝障害の診断及び治療方法であって、
a1. 被験者から試料を得ること、
b1. ピログルタミルグリシン、フェニルアラニン及びフェニルアラニルトリプトファンからなる群より選択される少なくとも1個の分子について、被験者由来の試料におけるレベルを測定すること、
c1. b1の測定値及び/又は3つの分子のb1の測定値から構築する診断モデルに基づき、混合型薬物性肝障害を他の急性肝障害と鑑別判定すること、及び
d1. 混合型薬物性肝障害を発症している可能性が高いと判定された被験者に混合型薬物性肝障害の治療を施すこと
を含む前記方法。
(4)ピログルタミルグリシン、フェニルアラニン及びフェニルアラニルトリプトファンからなる群より選択される少なくとも1個の分子について、被験者由来の試料におけるレベルを測定することができる試薬を含む、混合型薬物性肝障害の検査のためのキット。
【発明の効果】
【0011】
今回見いだした代謝物の血液中濃度を、単独、あるいは複数項目を測定することにより、混合型薬物性肝障害疑いの患者から、その他の急性肝障害の除外について、高い確度で鑑別診断することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】混合型薬物性肝障害発症例(急性期と回復期)、急性ウイルス肝炎発症例、アルコール性肝障害発症例、自己免疫性肝炎発症例におけるピログルタミルグリシン、フェニルアラニン、フェニルアラニルトリプトファンの血清中濃度。*, p < 0.05; **, p < 0.01; ***, p < 0.001; ****, p < 0.0001 for comparison with A. One-way ANOVA and Tukey’s post-hoc. A, 混合型薬物性肝障害発症例(急性期)、B, 混合型薬物性肝障害発症例(回復期)、C, 急性ウイルス肝炎発症例、D, アルコール性肝障害発症例、E, 自己免疫性肝炎発症例。
【
図2】ピログルタミルグリシン、フェニルアラニン、フェニルアラニルトリプトファン、及び3つの分子による診断モデルの血清中濃度による混合型薬物性肝障害とその他の急性肝障害の鑑別性能評価。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
本発明は、ピログルタミルグリシン、フェニルアラニン、及びフェニルアラニルトリプトファンより選択される少なくとも1個の分子について、被験者由来の試料におけるレベルを測定することを含む、混合型薬物性肝障害の鑑別検査方法を提供する。
【0014】
混合型薬物性肝障害は、薬剤を投与中に起きた肝障害のなかで,薬剤と関連があり、細胞障害と胆汁うっ滞両方の病変のあるものと定義される。その発症機序は少数の薬剤を除いてほとんど不詳であるが、基本的には、薬剤の直接的な毒性、及び薬剤に対する免疫反応等に基づく特異体質が原因と考えられている。薬物性肝障害の重症化は生命の危機につながるため、その回避のためには速やかな診断と医薬品服用の停止が必要不可欠であるが、診断にはその他の急性肝障害の除外が必要であり、その鑑別の臨床的意義が大きい。
【0015】
ピログルタミルグリシンは、ピログルタミン酸とグリシンのジペプチドである。ピログルタミルグリシンの生理機能は今のところ明らかにされていないが、肝がん及び肝硬変で血中レベルが減少することが報告されている。また、ピログルタミルジペプチドは、グルタミンをN末端に持つジペプチドから水溶液中で非酵素的に産生され、一部のピログルタミルジペプチドは肝保護作用があることが報告されている。
【0016】
フェニルアラニンは、タンパクを構成する20種のアミノ酸の1つである。肝臓で主に代謝されるため、肝硬変や劇症肝炎等肝臓の機能低下やアミノ酸代謝異常が起きると血中濃度が増加することが良く知られている。
【0017】
フェニルアラニルトリプトファンは、フェニルアラニンとトリプトファンのジペプチドである。フェニルアラニルトリプトファンの生理機能は今のところ明らかにされていないが、肝がんで血中濃度が減少することが報告されている。また、ペプチダーゼによって上記フェニルアラニンとトリプトファンに分解される。
【0018】
本発明において、被験者は、薬物性肝障害の発症が疑われる哺乳動物であるが、発症の危険性が考えられるすべての哺乳動物を対象としてもよい。典型的にはヒトである。被験者由来の試料としては、被験者から得た細胞、組織、体液など、具体的には、被験者の血液(例えば、全血、血清、血漿、血漿交換外液など)などを例示することができる。通常の血液検査(臨床検査)で得られる全血、血清あるいは血漿を血液サンプルとして使用するとよい。ピログルタミルグリシン、フェニルアラニン、及びフェニルアラニルトリプトファン分子を測定する場合には、被験者由来の試料は血清であるとよい。
【0019】
本発明の方法において、ピログルタミルグリシン、フェニルアラニン、及びフェニルアラニルトリプトファンより選択される少なくとも1個の分子について、被験者由来の試料におけるレベルを測定する。さらに、3つの分子の測定値から構築する診断モデルを用いてもよい。測定する手段としては、特に限定されることなく公知の方法を用いることができ、LC法、MS法、LC/MS法、リガンド結合法、核磁気共鳴スペクトル法、薄層クロマググラフィー法、比色定量法、それらの組み合わせなどを例示することができる。
【0020】
後述の実施例では、LC/MSを用いて、発明者らが独自に開発した分析法を用いた。その方法を簡単に説明すると、生体に存在しない内部標準物質と抽出液を血液検体と混和することで対象とするバイオマーカーを抽出し、2液グラジエントと順相あるいは逆相カラムを用いて分離したのち、HESI(heated electrospray ionization)法でイオン化したバイオマーカー分子をpositive ion modeで各バイオマーカーイオンに対するprecursor ionとproduct ionによるselected reaction monitoring (SRM) あるいは精密質量によるFull scan測定を行った。
【0021】
被験者由来の試料におけるレベルを測定する分子は1種類でもよいし、複数種類であってもよい。複数の分子の測定データを参照することにより、より正確な評価が可能となりうる。また、3つの分子の測定値から構築する診断モデルを用いることで、正確な評価が可能となりうる。
【0022】
ピログルタミルグリシン分子について、混合型薬物性肝障害が疑われる被験者由来の試料中のレベル(例えば、濃度)を測定し、そのレベルが高い場合に、急性ウイルス肝炎、アルコール性肝障害、及び自己免疫性肝炎を発症している可能性が低いと判定し、前記レベルが低い場合に、急性ウイルス肝炎、アルコール性肝障害、及び自己免疫性肝炎を発症している可能性が高いと判定することができる。
フェニルアラニン分子について、混合型薬物性肝障害が疑われる被験者由来の試料中のレベル(例えば、濃度)を測定し、そのレベルが高い場合に、急性ウイルス肝炎、アルコール性肝障害、及び自己免疫性肝炎を発症している可能性が低いと判定し、前記レベルが低い場合に、急性ウイルス肝炎、アルコール性肝障害、及び自己免疫性肝炎を発症している可能性が高いと判定することができる。
フェニルアラニルトリプトファン分子について、混合型薬物性肝障害が疑われる被験者由来の試料中のレベル(例えば、濃度)を測定し、そのレベルが低い場合に、アルコール性肝障害、及び自己免疫性肝炎を発症している可能性が低いと判定し、前記レベルが高い場合に、アルコール性肝障害、及び自己免疫性肝炎を発症している可能性が高いと判定することができる。
【0023】
ピログルタミルグリシン、フェニルアラニン、及びフェニルアラニルトリプトファンについて、混合型薬物性肝障害が疑われる被験者由来の試料中のレベル(例えば、濃度)を測定し、3つの分子の測定値から診断モデルを構築し、そのレベルが高い場合に、急性ウイルス肝炎、アルコール性肝障害、及び自己免疫性肝炎を発症している可能性が低いと判定し、前記レベルが低い場合に、急性ウイルス肝炎、アルコール性肝障害、及び自己免疫性肝炎を発症している可能性が高いと判定することができる。
【0024】
よって、本発明の方法は、混合型薬物性肝障害の鑑別診断(その他の急性肝障害の除外)を補助することができる。本発明は、混合型薬物性肝障害の鑑別診断方法であって、
a1. 被験者から試料を得ること、
b1. ピログルタミルグリシン、フェニルアラニン、及びフェニルアラニルトリプトファン分子より選択される少なくとも1個の分子について、被験者由来の試料におけるレベルを測定すること、及び
c1. b1の測定値及び/又は3つの分子のb1の測定値から構築する診断モデルに基づき、混合型薬物性肝障害を他の急性肝障害と鑑別判定すること
を含む前記方法を提供する。
【0025】
本発明の一つの例として、混合型薬物性肝障害の鑑別診断は、以下のような基準で行うことができる。被験者から採取した試料における上記分子の少なくとも1個のレベル(例えば、濃度)を測定し、また診断モデルを構築し、予め設定されたカットオフ値や基準値よりも高い(あるいは低い)値が得られた場合、被験者は混合型薬物性肝障害を発症し、その他の急性肝障害を発症していないと評価する。この予め設定するカットオフ値や基準値は、当業者が適宜設定することができる。例えば、その他の急性肝障害(急性ウイルス肝炎、アルコール性肝障害、及び自己免疫性肝炎)発症患者の定量値の95%信頼区間を基準値としたり、ROC曲線からカットオフ値を設定したりすることができる。一実施態様として、血漿あるいは血清試料を用いた混合型薬物性肝障害の鑑別診断のために、後述の実施例の混合型薬物性肝障害急性期症例(A)と急性ウイルス肝炎(C)、アルコール性肝障害(D)、及び自己免疫性肝炎(E)の鑑別に関するROC曲線解析から、代謝物のカットオフ値をYouden’s Index[感度-(100-特異度)]が最大となる濃度(感度と特異度が最も高くなる値)を指標にして、以下のカットオフ値を設定することができる。
上記の±15%は、分析系などのばらつきなどを考慮した変動値であり、上記のカットオフ値の数値範囲の上限及び下限のそれぞれについて、また好ましい値についても、±15%の変動がありうる。
後述の実施例では、ピログルタミルグリシン分子は、混合型薬物性肝障害急性期症例(A)において、急性ウイルス肝炎(C)、アルコール性肝障害(D)、及び自己免疫性肝炎(E)と比べ、有意な増加が認められた(
図1)。フェニルアラニン分子は、混合型薬物性肝障害急性期症例(A)において、急性ウイルス肝炎(C)、アルコール性肝障害(D)、及び自己免疫性肝炎(E)と比べ、有意な増加が認められた(
図1)。フェニルアラニルトリプトファン分子は、混合型薬物性肝障害急性期症例(A)において、アルコール性肝障害(D)、及び自己免疫性肝炎(E)と比べ、有意な減少が認められた(
図1)。
【0026】
被験者が薬物性肝障害を発症している可能性が高いと判断された場合には、被疑薬はすみやかに中止する。次いで、詳細な病歴調査、他の肝障害との鑑別のための生化学検査、及び腹部超音波検査などの各種検査を組み合わせて行い、薬物性肝障害の診断を確定させる。全身倦怠感や食欲不振などの症状が強い場合、黄疸が認められる場合、ALT高値、プロトロンビン時間延長例では入院加療が望ましいが、多くの場合は薬物中止により軽快し、薬物療法は必要ない場合が多い。肝細胞障害型では、グリチルリチン注射薬やウルソデオキシコール酸経口投与が行われることが多いが、きちんとしたエビデンスはないのが現状である。胆汁うっ滞型では、ウルソデオキシコール酸、プレドニンゾロン、フェノバルビタールが投与される。劇症化例では血液透析と持続的血液濾過透析を行い、無効の場合は肝移植が唯一の救命法になる。
本発明においては、肝細胞傷害型の肝障害に対する上記の治療法と胆汁うっ滞型の肝障害に対する上記の治療法を組み合わせて用いればよい。
【0027】
本発明は、混合型薬物性肝障害とその他の急性肝障害との鑑別診断及び治療方法であって、
a1. 被験者から試料を得ること、
b1. ピログルタミルグリシン、フェニルアラニン、及びフェニルアラニルトリプトファン分子より選択される少なくとも1個の分子について、被験者由来の試料におけるレベルを測定すること、
c1. b1の測定値及び/又は3つの分子のb1の測定値から構築する診断モデルに基づき、混合型薬物性肝障害を他の急性肝障害と鑑別判定すること、及び
d1. 混合型薬物性肝障害を発症している可能性が高いと判定された被験者に混合型薬物性肝障害の治療を施すこと
を含む前記方法を提供する。
【0028】
本発明は、ピログルタミルグリシン、フェニルアラニン、及びフェニルアラニルトリプトファン分子より選択される少なくとも1個の分子について、被験者由来の試料におけるレベルを測定することができる試薬を含む、混合型薬物性肝障害とその他の急性肝障害との鑑別検査のためのキットも提供する。
【0029】
一つの例として、本発明のキットは、ピログルタミルグリシン、フェニルアラニン、及びフェニルアラニルトリプトファン分子より選択される少なくとも1個の分子を被験者由来の試料から抽出するための試薬(例えば、メタノール、アセトニトリル、イソプロパノール、クロロホルム、及びこれらの混合液など)、内標準物質(例えば、ピログルタミルグリシン‐d2、フェニルアラニン‐d2、及びフェニルアラニルトリプトファン‐d4)、誘導体化するための試薬(例えば、3-アミノピリジル-N-ヒドロキシスクシンイミジルカルバメート(APDS)など))、取扱説明書などが含まれるとよい。取扱説明書には、キットの使用方法の他、混合型薬物性肝障害とその他の急性肝障害との鑑別基準なども記載しておくとよい。その他、キットには、標準物質に加え、LC/MS分析の場合には、カラムや前処理フィルター、リガンド結合法であれば、抗体や発色等の試薬などが含まれるとよい。
【0030】
本発明のキットは、疾病を診断するための医薬品として用いることができる。
【実施例0031】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。
〔実施例1〕
(1)検体
解析に用いたヒト薬物性肝障害試料については、7箇所の拠点病院(帝京大学、東海大学、広島赤十字・原爆病院、北里大学、群馬大学、福岡大学、北海道大学)、国立医薬品食品衛生研究所、木原財団、アステラス製薬、及び第一三共において、各研究倫理委員会の承認を得て収集・解析した。
【0032】
医薬品による薬物性肝障害の発症が疑われた患者に対して薬物性肝障害の急性期(最悪期付近)及び回復期に採血を上記の拠点病院にて行った。入院時は早朝空腹時に、外来時は随時、採血した。血液検体は、各拠点病院において、患者の同意の下、血清採取用の凝固促進用シリカ微粒子採血管を用いて採血を行い、速やかに混和、室温で60分静置後、1,300 g×10分(15℃~20℃)遠心分離を行った。採取した血清は-80℃にて凍結保存した。
【0033】
血清検体は、薬物性肝障害の患者検体において、ALT値とALP値により肝障害の病型分類を行い、混合型薬物性肝障害患者の急性期に採取された17例、混合型薬物性肝障害患者の回復期に採取された16例、急性ウイルス肝炎患者から採取された42例、アルコール性肝障害患者から採取された35例、自己免疫性肝炎患者から採取された34例、が存在し、ピログルタミルグリシン、フェニルアラニン、及びフェニルアラニルトリプトファン分子の解析に供した。
【0034】
(2)混合型薬物性肝障害鑑別バイオマーカー候補代謝物の選定
混合型薬物性肝障害の鑑別バイオマーカー候補代謝物は、親水性代謝物を網羅的に解析するメタボローム解析を用いた探索によって選定した。また、探索には混合型薬物性肝障害急性期症例15例、混合型薬物性肝障害回復期症例11症例を用いた。探索の結果、混合型薬物性肝障害で、有意確率p < 0.05以下、かつ、効果量の絶対値1.5以上を示す有望なバイオマーカー候補としてピログルタミルグリシン、フェニルアラニン、及びフェニルアラニルトリプトファンの3分子が同定された。そこで、これらの分子について定量し、急性ウイルス肝炎、アルコール性肝障害、及び自己免疫性肝炎との鑑別性能について評価を実施した。
【0035】
(3)バイオマーカーの定量手法
ピログルタミルグリシンの測定・解析は、Waters社のLC(ACQUITY UPLC I-Class)/MS(Xevo G2-S QTof)を用いて独自に開発した分析法を用いて行った。サンプル調製は、血清15 μlを水105 μlと混和し、内部標準物質 (測定対象としたピログルタミルグリシンの安定同位体(ピログルタミルグリシン-d2))を40 ng/mlで添加したアセトニトリルを混和し、0.22 umフィルタープレートを通液してタンパク成分を除去した。その後C18を充填剤とした除脂質フィルタープレートを通液して脂質成分を除去した。回収したサンプル液を等量のアセトニトリルで希釈し、2.5 μlをLC/MSへ導入した。LC条件は以下を用いた。移動相Aには0.1 %ギ酸アセトニトリル、移動相Bには0.1 %ギ酸水、分離カラムはWaters VanGuard Pre-Column (2.1 x 5 mm, Waters)を装着したWaters BEH amide(1.7 μm pore, 2.1 x 100 mm, Waters)を45℃に加温して使用した。初期条件はB 5%に設定し、0.1分から2分でB 35%まで上昇、続いて0.1分でB 80%まで上昇、3.3分までB 80%を維持、3.4分でB 5%まで下降、その後4.5分までB 5%を維持し平衡化を行った。分析時間中を通してMSに導入した。MS条件は以下を用いた。イオンソースタイプはHESI(heated electrospray ionization)、イオンモードはpositive ion mode、capillary voltageは1500 V、sampling coneは30 Arb、source offsetは50 Arb、source temperatureは120 ℃、desolvation temperatureは500 ℃、corn gas flowは50 L/h、desolvation gas flowは800 L/hに設定し、精密質量(ピログルタミルグリシン;m/z 187.072、ピログルタミルグリシン-d2;m/z 189.08)によるfull scan測定を用いた。
測定分子の検量線範囲は、40 ng/mL - 4000 ng/mLに設定し、分析単位ごとに4種類のquality control (QC)試料を用いて、その相対真度及び精度を算出し、それぞれ20%以下となった分析単位のデータを用いた。
【0036】
フェニルアラニン、及びフェニルアラニルトリプトファンの測定・解析は、ThermoFisher社のLC(U3000)/MS(TSQ Quantiva)を用いて独自に開発した分析法を用いて行った。サンプル調製は、血清20 μlを、内部標準物質(測定対象としたフェニルアラニン、及びフェニルアラニルトリプトファンの安定同位体(フェニルアラニン-d2及びフェニルアラニルトリプトファン-d4)を各50及び2 ng/mlで添加した80%MeOHと混和し、0.22 umフィルタープレートを通液してタンパク成分を除去した。その後C18を充填剤とした除脂質フィルタープレートを通液して脂質成分を除去した。回収したサンプル液を等量の水で希釈し、5 μlをLC/MSへ導入した。LC条件は以下を用いた。移動相Aには0.3 %ギ酸水、移動相Bには0.3 %ギ酸メタノール、分離カラムはTriart PFP(1.9 μm pore, 2.1 x 100 mm, YMC)を45℃に加温して使用した。初期条件はB 20%に設定し、0.1分まで維持後、1分でB 45%まで上昇、さらに4分でB 50%まで上昇、さらに4.1分でB 100%まで上昇、5分までB 100%を維持、5.1分でB 20%まで下降、その後6分までB 20%を維持し平衡化を行った。分析時間中の1.2分から5.6分までをMSに導入し、それ以外の時間帯は廃液ラインにバルブを用いて切り替え廃液した。MS条件は以下を用いた。イオンソースタイプはHESI(heated electrospray ionization)、イオンモードはpositive ion mode、spray voltageは3500 V、sheath gasは40 Arb、aux gasは10 Arb、sweep gasは1 Arb、ion transfer tube tempは350 ℃、vaporizer tempは250 ℃に設定し、表1の各イオンに対するprecursor ionとproduct ionによるSRM測定を用いた。cycle timeは1sec、RF lensはcalibrateした値、Q1 resolutionは0.7 FWHM、Q3 resolutionは0.7 FWHM、CID gasは1.5 mTorr、chrom filterは3 secを用いた。
【表1】
測定分子の検量線範囲は、フェニルアラニンが 30 ng/mL - 30000 ng/mL、フェニルアラニルトリプトファンが 0.6 ng/mL - 600 ng/mLに設定し、分析単位ごとに3種類のquality control (QC)試料を用いて、その相対真度及び精度を算出し、それぞれ15%以下となった分析単位のデータを用いた。
【0037】
(4)混合型薬物性肝障害鑑別バイオマーカー候補の性能(急性肝障害との比較)
図1は、混合型薬物性肝障害鑑別バイオマーカー3種(ピログルタミルグリシン、フェニルアラニン、フェニルアラニルトリプトファン)の血清中濃度をドットプロットにて示したものである。血清中ピログルタミルグリシン分子は混合型薬物性肝障害急性期症例(A)において、急性ウイルス肝炎症例(C)、アルコール性肝障害症例(D)、及び自己免疫性肝炎症例(E)と比べ、有意に高値が認められた(
図1、A vs C、A vs D、及びA vs E)。血清中フェニルアラニン分子は混合型薬物性肝障害急性期症例(A)において、急性ウイルス肝炎症例(C)、アルコール性肝障害症例(D)、及び自己免疫性肝炎症例(E)と比べ、有意に高値が認められた(
図1、A vs C、A vs D、及びA vs E)。血清中フェニルアラニルトリプトファン分子は混合型薬物性肝障害急性期症例(A)において、アルコール性肝障害症例(D)、及び自己免疫性肝炎症例(E)と比べ、有意に低値が認められた(
図1、A vs D、及びA vs E)。
図2は、これらの混合型薬物性肝障害鑑別バイオマーカー及び3つの分子の測定結果から構築される診断モデルの性能を評価するために、血清中濃度を用いて、混合型薬物性肝障害急性期症例(A)と急性ウイルス肝炎症例(C)、アルコール性肝障害症例(D)、及び自己免疫性肝炎症例(E)の識別能をROC解析によって得られるAUC値をまとめた。急性ウイルス肝炎に対して、ピログルタミルグリシンは0.87、フェニルアラニンは0.73、フェニルアラニルトリプトファンは0.55、3つの分子の測定結果から構築される診断モデルは0.91を示し、ピログルタミルグリシン及び診断モデルは良好な識別性能を示した。アルコール性肝障害に対して、ピログルタミルグリシンは0.87、フェニルアラニンは0.91、フェニルアラニルトリプトファンは0.91、3つの分子の測定結果から構築される診断モデルは0.97を示し、良好な識別性能を示した。自己免疫性肝炎に対して、ピログルタミルグリシンは0.96、フェニルアラニンは0.82、フェニルアラニルトリプトファンは0.84、3つの分子の測定結果から構築される診断モデルは0.97を示し、良好な識別性能を示した。
ROC曲線解析から得られるAとC-Eとの鑑別のためのカットオフ値は、各ROC曲線解析の結果から、代謝物のカットオフ値をYouden’s Index[感度-(100-特異度)]が最大となる濃度(感度と特異度が最も高くなる値)を指標にして求める。 下記の表中の数値は、上段:適正な値、下段:好ましい値。表中の±15%は、分析系などのばらつきなどを考慮した変動値であり、適正な値の数値範囲の上限及び下限のそれぞれについて、また好ましい値についても、±15%の変動がありうる。
【0038】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。