(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023001813
(43)【公開日】2023-01-06
(54)【発明の名称】オタネニンジンの養液栽培方法及び養液栽培用養液
(51)【国際特許分類】
A01G 22/25 20180101AFI20221226BHJP
A01G 7/00 20060101ALI20221226BHJP
A01G 7/06 20060101ALI20221226BHJP
A01G 31/00 20180101ALI20221226BHJP
【FI】
A01G22/25 Z
A01G7/00 602A
A01G7/06 A
A01G31/00 601B
A01G31/00 601A
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021102767
(22)【出願日】2021-06-21
(71)【出願人】
【識別番号】521089498
【氏名又は名称】株式会社エコタイプ次世代植物工場
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】竹葉 剛
【テーマコード(参考)】
2B022
2B314
【Fターム(参考)】
2B022AA01
2B022AB13
2B022DA01
2B022EA10
2B314MA15
2B314MA38
2B314MA46
2B314PA13
2B314PB15
2B314PD63
(57)【要約】 (修正有)
【課題】オタネニンジンの地下部の肥大と薬用成分量の増加の両方を実現可能な養液栽培方法及び養液栽培用養液を提供する。
【解決手段】本発明は、播種から収穫までの期間のうち少なくとも、地下部が所定の大きさに成長した苗を収穫するまで栽培する期間である生育期間において、地上部に光が照射される明期と該地上部に光が照射されないか前記明期よりも少ない光量の光が地上部に照射される暗期とを交互に繰り返す明暗サイクルで該地下部の成長に必要な肥料成分を含む養液を用い、オタネニンジンを栽培する、オタネニンジンの養液栽培方法であって、前記生育期間において、明暗1サイクルの間に、前記地下部の8割以上が前記養液に浸漬している第1状態と該地下部の半分以上が空気中に露出している第2状態とを交互に繰り返すように前記養液の液位を上下動させるエアレーション工程が少なくとも1回行われる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
播種から収穫までの期間のうち少なくとも、地下部が所定の大きさに成長した苗を収穫するまで栽培する期間である生育期間において、地上部に光が照射される明期と該地上部に光が照射されないか前記明期よりも少ない光量の光が地上部に照射される暗期とを交互に繰り返す明暗サイクルで該地下部の成長に必要な肥料成分を含む養液を用い、オタネニンジンを栽培する、オタネニンジンの養液栽培方法であって、
前記生育期間において、明暗1サイクルの間に、前記地下部の8割以上が前記養液に浸漬している第1状態と該地下部の半分以上が空気中に露出している第2状態とを交互に繰り返すように前記養液の液位を上下動させるエアレーション工程が少なくとも1回行われ、該明暗1サイクルの前記エアレーション工程以外の時間では、前記養液の液位を、前記地下部の8割以上が該養液に浸漬するような高さに維持する浸漬処理工程が行われる、養液栽培方法。
【請求項2】
前記エアレーション工程の前記第2状態は、15分~45分の時間範囲に設定されている、請求項1に記載のオタネニンジンの養液栽培方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の養液栽培方法において、
3時間~12時間の周期で前記浸漬処理工程と前記エアレーション工程を交互に行う、オタネニンジンの養液栽培方法。
【請求項4】
播種から収穫までの栽培期間のうち、播種から発芽するまで栽培する期間である発芽期間、発芽した苗の地下部が所定の大きさに成長するまで栽培する期間である育苗期間を、オタネニンジンの地下部の成長に必要な肥料成分を含む養液を用いて栽培し、
前記育苗期間において、明暗1サイクルの間に前記エアレーション工程が少なくも1回行われ、該明暗1サイクルの前記エアレーション工程以外の時間では前記浸漬処理工程が行われる、請求項1~3のいずれかに記載のオタネニンジンの養液栽培方法。
【請求項5】
前記発芽期間において低温で発芽させる、請求項4に記載のオタネニンジンの養液栽培方法。
【請求項6】
前記養液に含まれるマグネシウムイオンの濃度が40ppm~56ppmの範囲にあり、亜鉛イオンの濃度が10~26ppmの範囲にある、請求項1~5のいずれかに記載の養液栽培方法。
【請求項7】
請求項1に記載の養液栽培方法において、
播種から収穫までの期間のうち、播種から発芽するまで栽培する期間である発芽期間、及び発芽した苗の地下部が所定の大きさに成長するまで栽培する期間である育苗期間を露地栽培により行い、前記生育期間を所定の養液栽培装置を使って養液栽培を行うものであり、
前記育苗期間が終了した苗を露地から前記養液栽培装置に移植する際に、前記苗の地下部を高濃度の次亜塩素酸ソーダ水で殺菌し、前記養液栽培装置に移植した後の前記苗の地下部を、低濃度の次亜塩素酸ソーダ水で定期的に殺菌する、オタネニンジンの養液栽培方法。
【請求項8】
前記生育期間におけるオタネニンジンの地下部の伸長を妨げない深さの栽培容器に、前記地下部と、該地下部を取り囲むように配置された吸水性部材とを収容して養液栽培を行う、請求項1~7のいずれかに記載のオタネニンジンの養液栽培方法。
【請求項9】
請求項1~8のいずれかに記載のオタネニンジンの養液栽培方法に用いられる養液であって、
マグネシウムイオンの濃度が40ppm~56ppmの範囲にあり、亜鉛イオンの濃度が10~26ppmの範囲にある、養液栽培用養液。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オタネニンジンの養液栽培方法及び養液栽培用養液に関する。
【背景技術】
【0002】
ウコギ科の多年生植物であるオタネニンジンは高麗人参、朝鮮人参とも呼ばれ、滋養強壮作用を有するジンセノサイド(Ginsenoside)類を含むことから、古くから薬用に利用されている。
【0003】
従来、オタネニンジンは露地栽培が行われてきたが、生育が遅く、播種から収穫まで4年~6年もかかる上に、薬用成分が多く含まれる根部を肥大させるためには栽培土壌を柔らかい状態に維持する必要があり、手間がかかる。また、オタネニンジンは強い連作障害を起こすため、オタネニンジンを収穫した後、次に作付けを行うまでに10年以上の間隔をあける必要があり、栽培土壌の利用効率が悪い。
【0004】
さらに、オタネニンジンはカビ(真菌)による病害や害虫による食害が発生し易く、病害や食害の予防や発生を抑えるために土壌を消毒したり殺菌剤や殺虫剤を散布したりする必要がある。したがって、収穫後のオタネニンジンを生薬にしたり、オタネニンジンから薬用成分を抽出したりするためには、露地栽培時にオタネニンジンに付着した消毒剤、殺菌剤、殺虫剤等を十分に洗い流さなければならない。
【0005】
このように、オタネニンジンの露地栽培は手間やコストがかかることから、オタネニンジンを養液栽培することが検討されている。ところが、従来一般的に行われている養液栽培方法の多くは葉物野菜やトマト、イチゴのように養液に浸かっていない地上部を収穫物とする植物の成長を早めることを目的としており、従来の方法をオタネニンジンの養液栽培に適用しても、根部を肥大させることは難しい。
【0006】
根部の成長には大量の酸素が必要であることから、ダイコン、ゴボウ、ニンジン等の根菜類の養液栽培方法として、栽培容器から定期的に養液を排出して、通常は養液に浸漬した状態にある根部に空気中に露出させる、或いは、空気中に露出した根部に空気を送り込む、エアレーションと呼ばれる処理を行う方法が知られている(特許文献1)。そこで、オタネニンジンの養液栽培においてエアレーションの手法を取り入れた方法が提案されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2012-100573号公報
【特許文献2】特開2016-34243号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
オタネニンジンの場合、地下部を肥大させるだけでなく、地下部に含まれる薬用成分であるジンセノサイド類の含有量を増加させることが要求される。ジンセノサイド類の生合成には養液に含まれる成分が必要となるが、エアレーションを行っている間は養液中の成分が根部に吸収されない。そのため、特許文献2の方法では、オタネニンジンの地下部の肥大に見合った量の薬用成分が得られないという問題があった。
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、オタネニンジンの地下部の肥大と薬用成分量の増加の両方を実現可能な養液栽培方法及び養液栽培用養液を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明に係るオタネニンジンの養液栽培方法は、
播種から収穫までの期間のうち少なくとも、地下部が所定の大きさに成長した苗を収穫するまで栽培する期間である生育期間において、地上部に光が照射される明期と該地上部に光が照射されないか前記明期よりも少ない光量の光が地上部に照射される暗期とを交互に繰り返す明暗サイクルで該地下部の成長に必要な肥料成分を含む養液を用い、オタネニンジンを栽培する、オタネニンジンの養液栽培方法であって、
前記生育期間において、明暗1サイクルの間に、前記地下部の8割以上が前記養液に浸漬している第1状態と該地下部の半分以上が空気中に露出している第2状態とを交互に繰り返すように前記養液の液位を上下動させるエアレーション工程が少なくとも1回行われ、該明暗1サイクルの前記エアレーション工程以外の時間では、前記養液の液位を、前記地下部の8割以上が該養液に浸漬するような高さに維持する浸漬処理工程が行われることを特徴とする。
【0011】
本発明の養液栽培方法において、地下部が所定の大きさに成長した苗とは、地下部の長さが、収穫するオタネニンジンの8割程度からほぼ同程度の長さに達した苗をいい、そのような苗は発芽から2~3年程度で得られる。この苗は、その後の栽培、つまり、生育期間の栽培により地下部が肥大する。したがって、生育期間の栽培は、主に地下部の肥大を目的として行われる。生育期間のオタネニンジンの栽培を養液栽培にすることにより、地下部を早く肥大させることができる。
【0012】
本発明の養液栽培方法において、「明暗1サイクル」は、一般的には24時間であるが、24時間よりも短くても良く、長くても良い。例えば明期が12時間、暗期が12時間の場合の明暗1サイクルは24時間となり、明期が10時間、暗期が10時間の場合の明暗1サイクルは20時間となる。また、明期と暗期は同じ時間でなくても良く、例えば明期が12時間、暗期が13時間の場合の明暗1サイクルは25時間となる。
【0013】
本発明の養液栽培方法において、浸漬処理工程では、オタネニンジンの地下部の8割以上が養液に浸漬した状態となり、養液に含まれる成分が継続的に地下部に吸収される。このため、オタネニンジンの細胞内における薬用成分の生合成が安定的にかつ効率的に進む。一方、エアレーション工程では第1状態と第2状態とが交互に繰り返され、第2状態において地下部の半分以上が空気中に露出されることで大量の酸素が地下部に取り込まれて地下部の肥大が進む。
【0014】
エアレーション工程の第2状態では、地下部が空気中に露出されることで大量の酸素が地下部に供給される反面、地下部が乾燥する。長時間、地下部が空気中に露出されると該地下部の乾燥が進み、ダメージを受けるため、エアレーション工程の第2状態は、15~45分の時間範囲に設定することが好ましい。
【0015】
また、本発明に係る養液栽培用養液は、上述したオタネニンジンの養液栽培方法に用いられるものであって、 マグネシウムイオンの濃度が40ppm~56ppm(好ましくは48ppm)の範囲にあり、亜鉛イオンの濃度が10~26ppm(好ましくは18ppm)の範囲にあることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明では、オタネニンジンの少なくとも生育期間は養液栽培がおこなわれ、該生育期間においては、明暗1サイクルの間に、エアレーション工程が少なくとも1回行われ、残りの時間は浸漬処理工程が行われる。エアレーション工程では、第2状態において地下部の大量の酸素が供給されるため、地下部の肥大が進むが、その分、地下部における養液中の成分の吸収量が低下する。一方、浸漬処理工程では、養液中の成分が継続的に地下部に吸収され、地下部における薬用成分の生合成が安定的にかつ効率的に行われる。つまり本発明では、エアレーション工程を行うことで地下部における薬用成分の生合成量が減少する分が、浸漬処理工程で補われるため、オタネニンジンの地下部の肥大と薬用成分量の増加の両方を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明に係る養液栽培方法に用いられる養液栽培装置の一実施例を示す概略図。
【
図3】大塚A処方養液で養液栽培を行ったオタネニンジンの地上部の写真。
【
図4】高Mg・Zn養液で3か月間養液栽培を行ったオタネニンジンの地下部(右側)、2年間露地栽培したオタネニンジンの地下部(左側)の写真。
【
図5】光強度と薬用成分の含有量との関係を表すグラフ。
【
図6】露地2年生苗を3か月間養液栽培した苗と、露地2年生苗の生重量を比較したグラフ。
【
図7】露地2年生苗を3か月間養液栽培した苗の地下部をヨード液処理した結果を示す写真。
【
図8】露地2年生苗を3か月間養液栽培した苗の地下部に含まれる多量元素濃度。
【
図9】露地2年生苗を3か月間養液栽培した苗の地下部に含まれる微量元素濃度。
【
図10】高Mg・Zn養液、大塚A処方養液のそれぞれで露地2年生苗を3か月間養液栽培した苗に含まれる薬用成分の量を比較したグラフ。
【
図11】本発明の実施例3の養液栽培方法に用いられる養液栽培装置の概略図であって、育苗期間の様子を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明に係るオタネニンジンの養液栽培方法は、播種から収穫までの期間のうち少なくとも、地下部が所定の大きさに成長した苗を収穫するまで栽培する期間である生育期間におけるオタネニンジンの栽培に使用される。本発明の養液栽培方法では、明暗1サイクルの間に、前記地下部が前記養液に浸漬している第1状態と該地下部が空気中に露出している第2状態とを交互に繰り返すように前記養液の液位を上下動させるエアレーション工程を少なくとも1回行い、残りの時間において、前記養液の液位を、前記地下部が該養液に浸漬するような高さに維持する浸漬処理工程を行うことを特徴とする。
【0019】
エアレーション工程の第1状態、浸漬処理工程において、より多くの養液中の肥料成分を地下部が吸収できるようにする点では該地下部の全体が養液に浸漬した状態にすることが好ましいが、地下部の8割以上が養液に浸漬していれば必要量の肥料成分を地下部から吸収することができる。
【0020】
また、エアレーション工程の第2状態において、より多くの酸素を地下部から取り込むようにする点では該地下部の全体を空気中に露出させることが好ましいが、半分以上が露出していれば、地下部の肥大に十分な量の酸素を該地下部から取り込むことができる。特に、第2状態に維持する時間が長いとその分、地下部の乾燥が進むため、地下部の一部を養液に浸漬させると良い。特に地下部の下部は上部よりも細く、乾燥によるダメージを受けやすいため、養液に浸漬しておくことが好ましい。
【0021】
地下部が長時間空気中に露出すると該地下部の乾燥が進んでダメージを受けるため、エアレーション工程の第2状態は、15分~45分の時間範囲に設定することが好ましい。このような時間範囲であれば、地下部がダメージを受けることなく該地下部から大量の酸素を取り込むことができる。
【0022】
前記浸漬処理工程と前記エアレーション工程は、3時間~12時間の周期で交互に行うことが好ましい。3時間の周期で交互に行うことは、前記浸漬処理工程と前記エアレーション工程をそれぞれ3時間ずつ交互に行うことであり、明暗1サイクルが24時間の場合、明暗1サイクル内に、浸漬処理工程とエアレーション工程をそれぞれ4回ずつ行うことになる。このような周期に設定することにより、浸漬処理工程において地下部に取り込まれた養液中の肥料成分が薬用成分の生合成に安定的に且つ効率よく利用され、一方、エアレーション工程において地下部から大量の酸素を取り込ませて地下部の肥大を進めることができる。
【0023】
オタネニンジンの薬用成分の生合成に寄与する肥料成分としてマグネシウム(Mg2+)、亜鉛(Zn2+)が挙げられることから、本発明の養液栽培方法で用いられる養液は、一般的な養液栽培用養液の処方よりもマグネシウム、亜鉛の量を多くすると良い。
【0024】
以下、具体的な実施例を参照しつつ本発明に係る養液栽培方法を説明する。
[実施例1]
本実施例では、播種から発芽までの栽培期間である発芽期間、発芽から地下部が所定の大きさに成長するまでの栽培期間である育苗期間はオタネニンジンを露地で栽培し、その後の栽培期間である生育期間は養液栽培を行い、養液栽培における栽培条件を検討した。
【0025】
(1)養液栽培装置
本実施例で用いた養液栽培装置の概略図を
図1に示す。養液栽培装置100は、載置台10と、該載置台10に設置された複数の栽培ポット11と、載置台10の下部に配置された養液槽12と、該養液槽12に貯留されている養液を栽培ポット11内に送給するための送液管13と、載置台10の下部に配置された送液ポンプ14と、複数本の支柱16を介して載置台10の上部に配置された天井部17と、該天井部17の下面に取り付けられた複数の照明器具であるLED18及び複数の給水管19とを備えている。送液管13の一端部は養液槽12に接続されており、そこから載置台10、支柱16に沿って天井部17まで延びており、天井部17において給水管19に接続されている。また、載置台10の下部に位置する送液管13の途中部には送液ポンプ14が繋がれている。
【0026】
送液ポンプ14は、養液槽12内の養液を送液管13を経て給水管19まで供給する。給水管19と栽培ポット11とは同数であり、該給水管19の下端部は栽培ポット11の上部開口付近に位置している。給水管19まで流れてきた養液は各栽培ポット11内に供給される。LED18及び送液ポンプ14は、コントローラ20によって制御される。
【0027】
図2は、栽培ポット11の概略的な拡大図である。栽培ポット11は、円筒状部材111と、該円筒状部材111の上部及び下部に嵌め込まれた多孔性の円板状部材112、113と、上下部の円板状部材112、113の間の円筒状部材111内の空間(以下、養液貯留空間という)に収容された吸水性を有する粒状部材114とを有している。
【0028】
本実施例では、円筒状部材111として、内径が8cm、長さが50cmの塩化ビニル製の管材が採用されている。また、円筒状部材111は透光性を有しない黒色の部材であり、LED18の光が円筒状部材111の内部には到達しないようになっている。円筒状部材111の上下部に嵌め込まれた円板状部材112、113は、いずれもウレタンスポンジから成り、粒状部材114は、約1cm角の立方体状のウレタンスポンジから成る。以下の説明では上部の円板状部材112、下部の円板状部材113をそれぞれウレタントップ、ウレタンボトムと呼び、粒状部材114をウレタン粒子と呼ぶこととする。本実施例ではウレタントップ112よりもウレタンボトム113の方が厚さが大きく構成されている(例えばウレタントップ112は厚さ1cm、ウレタンボトム113は厚さ1.8cm)。
【0029】
栽培ポット11内に供給された養液はウレタンボトム113を通して該ポット11から徐々に排出される。栽培ポット11内に対する養液の単位時間当たりの供給量を調整することで、栽培ポット11内の養液の液位が調整される。
【0030】
載置台10の上面には複数のポット載置孔101が形成されており、そこに栽培ポット11が挿入される。ウレタンボトム113を通して栽培ポット11から排出された養液は、載置台10内に形成された排水溝を通って回収管から養液回収槽(いずれも図示せず)に回収される。
【0031】
上記構成の栽培ポット11に対して、オタネニンジンの苗200はウレタントップ112に移植される。移植された苗200の地下部(根部)201は円柱状部材111内においてウレタン粒子114に取り囲まれた状態で成長する。また、地上部(茎および葉)202は上方に伸長する。円筒状部材111は、オタネニンジンを収穫するまでの地下部201の伸長を妨げないように、その長さが設定されている。言い換えると、地下部201の下端がウレタンボトム113に達する前にオタネニンジンは収穫されるように、収穫時期(生育期間の長さ)が設定される。
【0032】
(2)栽培条件の検討
次に、上記養液栽培装置100を用いてオタネニンジンを養液栽培する条件を検討した。ここでは、オタネニンジンの地下部の成長、肥大化を早めることができ、且つ、該地下部に含まれる薬用成分の量(濃度)が増加するような栽培条件を探索した。オタネニンジンは、地上部に成長部位(芽)がなく、光合成産物は全て地下部に流れるという特徴を有する。したがって、光合成を促進する条件が薬用成分が増加する条件になる。また、光合成産物が過剰に蓄積されると、二次代謝(トリテルペノイド生合成)が誘導されて薬用成分が地下部に蓄積される。
【0033】
さらに、オタネニンジンの薬用成分には窒素が含まれておらずメバロン酸経路で生合成されるため、養液に含まれる窒素を少なくして主要な代謝を炭素代謝にすることが、薬用成分が増加する条件となると予想される。つまり、代謝活性を盛んにする目的で、養液中のZn2+、Mg2+を多くすることが効果的である。
【0034】
(2-1)養液系の検討
発芽してから2年間、露地栽培したオタネニンジンの苗を養液栽培装置100に移植し、3か月間、養液栽培を行った。養液栽培を行った全ての期間において、蛍光灯型LED照明を用いて、明期12時間、暗期12時間のサイクルで養液栽培を行い、養液組成を検討した。LEDの光強度は、100~200μmol/m2/sに設定した。
【0035】
まず、果菜類、葉菜類、花卉類の養液栽培に広く使用されている標準的な養液である大塚A処方による養液(EC=1.0)(以下、大塚A処方養液という)を用いて、オタネニンジンの苗を育てたところ、クロロシスが起きた(
図3参照。
図3は、3か月間養液栽培を行ったオタネニンジンの地上部の写真である。)。クロロシスはマグネシウム不足を原因とする典型的な障害であることから、大塚A処方養液に含まれるマグネシウムイオンの濃度は、オタネニンジンの成長には不十分であることが分かった。
【0036】
DNAポリメラーゼの活性中心には2個のマグネシウムイオン(Mg+)が存在し、DNAポリメラーゼによる反応において重要な役割を果たしている。つまり、マグネシウムは細胞分裂に必須な成分である。したがって、マグネシウム不足は、オタネニンジンの地上部に障害を引き起こすだけでなく、地下部の成長、肥大化も阻害することが推測された。そこで、大塚A処方養液におけるマグネシウムイオン濃度を高めた養液を調製し、これを使ってオタネニンジンの養液栽培を行った。また、亜鉛(Zn)は、細胞分裂後のタンパク質合成に必要な成分であり、養液中の亜鉛イオン濃度を高めることによる地下部の成長促進が期待される。そこで、大塚A処方養液におけるマグネシウムイオン濃度及び亜鉛イオン濃度を高めた養液を調製し、この養液を使ったオタネニンジンの養液栽培を行うこととした。なお、大塚A処方による養液(EC=1.0)に含まれるマグネシウムイオン濃度は約23ppm、亜鉛イオン濃度は約0.03ppmである。
【0037】
その結果、大塚A処方養液におけるマグネシウムイオン濃度及び亜鉛イオン濃度の両方を高くした養液を使うことにより、オタネニンジンの地下部が大きく成長することが分かった。
図4は、大塚A処方養液におけるマグネシウムイオン濃度及び亜鉛イオン濃度をそれぞれ48ppm、18ppmに調製した養液(以下、高Mg・Zn養液と呼ぶ)を使って3か月間養液栽培したオタネニンジンの地下部(右側)と、2年間露地栽培したオタネニンジンの地下部(左側)の写真である。
図4から、3か月間という短期間の養液栽培でオタネニンジンの地下部が大きく肥大したことが分かる。なお、写真には現れていないが、高Mg・Zn養液で養液栽培したオタネニンジンは、地上部(葉部)にクロロシスも起きておらず、地下部及び地上部ともに良好に成長していた。
【0038】
(2-2)最適光強度
最適な光強度条件を調べるため、上述した高Mg・Zn養液を用い、5種類の光強度(50、80、120、180、240μmol/m
2/s)で3か月間養液栽培した。この実験でも、明期12時間、暗期12時間の明暗サイクルとした。3か月間の養液栽培が終了した後、地下部に含まれる薬用成分であるジンセノサイド(Ginsenoside)Rg1、Rb1の量(含有率%)を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて測定した。その結果を
図5に示す。
【0039】
図5から分かるように、光強度が大きくなるとジンセノサイドRg1、Rb1の含有率がいずれも増加した。ただし、光強度を250μmol/m
2/s以上にすると葉が枯死したことから、薬用成分を増加させるためには、光強度を250μmol/m
2/s未満に設定する必要がある。
【0040】
[実施例2]
実施例1と同様、発芽してから2年間、露地栽培したオタネニンジンの苗(以下、露地2年生苗という)を養液栽培装置100に移植し、3か月間、養液栽培を行い、成長速度、地下部に含まれる成分量を調べた。養液栽培には、高Mg・Zn養液を用いた。また、光強度を240μmol/m2/sにして、明期12時間、暗期12時間の明暗サイクルで養液栽培を行った。
【0041】
本実施例では、露地2年生苗を露地から養液栽培装置100に移植する際に、苗に付着していた土を流水で洗浄した後、地下部を高濃度の次亜塩素酸ソーダ(0.1%)に20~30分浸漬して殺菌処理を行った。また、養液栽培装置100に移植した後は、1~2週間ごとに生菌検査を行い、菌が検出された場合は、栽培ポット11内の養液を低濃度の次亜塩素酸ソーダ(0.01%)に置換して栽培ポット11及び苗を殺菌し、生菌検査で菌が検出されない条件で養液栽培を行った。
【0042】
図6は、露地2年生苗と、露地2年生苗を養液栽培装置100に移植した後、3か月間養液栽培を行った苗の各生重量(g)を比較した結果である。棒グラフは10個体の平均値、バーは標準誤差を表している。
図6から分かるように、養液栽培装置100に移植して3か月間養液栽培することで、移植時の約1.8倍に生重量が増大していた。
【0043】
図7の写真は、露地2年生苗を3か月間養液栽培した苗の地下部をヨード液で処理した結果を示している。
図7の左側の写真は地下部の先端部、真ん中の写真は地下部の上部(根上部)の写真である。また、右側の写真はヨード液処理を行わなかった根上部の写真である。地下部にデンプンが含まれている場合は、ヨード液処理により地下部が濃褐色になる。これらの写真から、地下部の全体にデンプンが蓄積されていることが分かる。
【0044】
図8は、露地2年生苗を3か月間養液栽培した苗の地下部の根上部、根中部、及び細根における多量元素の濃度を調べた結果である。
図8から分かるように、根上部、根中部、細根のいずれにおいてもカリウム(K
+)の濃度が最も高く、特に、細根に含まれるカリウムイオン濃度は、根上部及び根中部に含まれるカリウムイオン濃度の2倍以上であった。
【0045】
図9は、露地2年生苗を3か月間養液栽培した苗の地下部の根上部、根中部、及び細根における微量元素の濃度を調べた結果である。
図9から分かるように、根上部、根中部、細根のいずれにおいても鉄イオン(Fe
3+)濃度が最も高く、特に、細根に含まれる鉄イオン濃度は、根上部及び根中部に含まれる鉄イオン濃度の6倍以上であった。
【0046】
図10は、高Mg・Zn養液と大塚A処方養液を用いて露地2年生苗を3か月間、養液栽培した苗の地下部に含まれる薬用成分(ジンセノサイドRg1、Rb1)の含有量(含有率)を示している。
図10から分かるように、高Mg・Zn養液を用いて養液栽培した苗の方が、大塚A処方養液を用いて養液栽培した苗よりも、地下部に含まれる薬用成分の含有率が増大した。
【0047】
[実施例3]
上述した実施例1、2では、露地栽培した2年生苗を養液栽培装置100に移植して養液栽培を行ったが、露地栽培では苗に土壌微生物が侵入しており、養液栽培装置100に移植する際、及び移植後に殺菌処理を行っても途中で苗が腐敗することがある。そこで、本実施例では、生育期間だけでなく発芽期間及び育苗期間も養液栽培することを検討した。
【0048】
図11、
図12は、本実施例で用いた栽培容器の概略構成図である。栽培容器30は発芽期間及び育苗期間の養液栽培に用い、栽培容器40は生育期間の養液栽培に用いた。栽培容器30、40は、
図1の栽培ポット11に代えて用いられるものであり、その他の養液栽培装置100の構成は
図1に示されているものとほぼ同じである。
【0049】
栽培容器30は、不透明な板材から形成された立方体状の容器から成り、容器の内底面の寸法が2~3cm(タテ)×20cm(ヨコ)、容器30の高さ(深さ)が10cmに設定されている。容器30内には、栽培ポット11と同様のウレタン粒子114が収容されている。
図11では、ウレタン粒子114が容器30内に疎らに位置する様子が描かれているが、実際は、容器30内にはウレタン粒子114がほぼ充填された状態にある。
【0050】
栽培容器30の上部には不透光性部材から成るスペーサ31が配置されており、該スペーサ31には複数の播種用の孔が形成されている。スペーサ31の下部にはウレタン製の発芽ベッド(図示せず)が配置されており、上記の孔を通して発芽ベッドに種が蒔かれる。スペーサ31により、栽培容器30内にはLED18の光が入射しないようになっている。
【0051】
栽培容器40は、栽培容器30と同様、不透明な板材から形成された立方体状の容器から成り、容器の内底面の寸法が5~6cm(タテ)×60cm(ヨコ)、容器の高さ(深さ)が60cmに設定されている。容器40内には、栽培ポット11と同様、ウレタン粒子114が収容されている。
図12では、ウレタン粒子114が容器40内に疎らに位置する様子が描かれているが、実際は、容器40内にはウレタン粒子114がほぼ充填された状態にある。
【0052】
栽培容器40の上部には不透光性部材から成るスペーサ41が配置されており、該スペーサ31には複数の苗移植用の孔が形成されている。スペーサ41の孔を通して苗が移植される。スペーサ41により、栽培容器40内にはLED18の光が入射しないようになっている。
【0053】
栽培容器30,40の上部の一端部(
図11,12において左端部)には給水コック32、42が取り付けられ、下部の一端部(
図11,
図12において右端部)には排水コック33、43が取り付けられている。これら給水コック32、42、排水コック33、43を開閉することにより、栽培容器30、34内に養液が貯留された状態と養液が貯留されていない状態とに切り換えられる。給水コック32、42には、栽培装置100の給水管19が接続されている。また、排水コック33、43から排出された養液は、載置台10に設けられた排水溝を通って回収管から養液回収槽(いずれも図示せず)に回収される。
【0054】
本実施例では、発芽期間を播種から発芽後5日目までの期間とし、育苗期間を発芽後5日目から発芽後3年目までの期間とした。また、生育期間は発芽後3年目以降、収穫までの期間とし、本実施例では3か月間とした。発芽期間、育苗期間、生育期間の全ての期間において、高Mg・Zn養液を用いた。また、光強度を240μmol/m2/sにして、明期12時間、暗期12時間の明暗サイクルで養液栽培を行った。また、全ての期間において、明暗1サイクルの間に、オタネニンジンの苗の地下部の8割以上が養液に浸漬している第1状態と該地下部の8割以上が空気中に露出している第2状態とを交互に繰り返すように前記栽培容器30、40内の養液の液位を上下動させるエアレーション工程と、前記栽培容器30、40内の養液の液位を、苗の地下部の8割以上が該養液に浸漬するような高さに維持する浸漬処理工程とを交互に行った。
【0055】
まずは、エアレーション工程と浸漬処理工程を1時間ずつ交互に行い、エアレーション工程における第1状態と第2状態の時間比率を60分:0分、15分:45分、30分:30分、45分:15分に変化させたことによる生重量の変化を調べた。表1は、3か月間、育苗期間の養液栽培を行った後の10個体の平均生重量(g)を示している。表1においてエアレーションの時間は、第2状態の時間を表している。つまり、エアレーションの時間が「0分」とは、全ての栽培期間、地下部を養液に浸漬して養液栽培を行ったことを意味する。
【0056】
表1から分かるように、第2状態が0分であるときの生重量が最も低く、第2状態が30分のときの生重量が最も高かった。また、第2状態が15分、45分のときの生重量は略同じであった。
【表1】
【0057】
次に、エアレーション工程と浸漬処理工程を1時間ずつ、3時間ずつ、12時間ずつ交互に行い、そのときの生重量の変化を調べた。各エアレーション工程では、第1状態と第2状態の時間比率を30分:30分にした。そのときの10個体の平均生重量(g)を表2に示す。
【表2】
【0058】
表2においてエアレーションのサイクル時間は、エアレーション工程(浸漬処理工程)の実行時間を表す。表2において、エアレーション工程のサイクル時間が0時間とは、エアレーション工程を行わずに養液栽培を行ったことを意味する。表2から分かるように、エアレーション工程と浸漬処理工程を3時間ずつ行ったときの生重量が最も高く、エアレーション工程を行わなかったときの生重量が最も低かった。
【符号の説明】
【0059】
100…養液栽培装置
10…載置台
11…栽培ポット
12…養液槽
13…送液管
14…送液ポンプ
16…支柱
17…天井部
18…LED
19…給水管
20…コントローラ
30、40…栽培容器
31、41…スペーサ
32、42…給水コック
33、43…排水コック