(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023181670
(43)【公開日】2023-12-25
(54)【発明の名称】水クラスター、水クラスターの製造方法、及び水クラスターの利用方法
(51)【国際特許分類】
G01N 23/22 20180101AFI20231218BHJP
G01T 1/172 20060101ALN20231218BHJP
【FI】
G01N23/22
G01T1/172
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022094929
(22)【出願日】2022-06-13
(71)【出願人】
【識別番号】505374783
【氏名又は名称】国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】平出 哲也
【テーマコード(参考)】
2G001
2G188
【Fターム(参考)】
2G001AA08
2G001BA01
2G001CA02
2G001FA18
2G001GA03
2G001MA02
2G001NA01
2G188AA27
2G188BB07
2G188EE16
2G188EE29
(57)【要約】
【課題】高温でも秩序構造を保持可能な水クラスターを提供することを課題とする。
【解決手段】水分子が水素結合で結びついた集合体の表面に、Hイオン及び/又はOHイオンが結合した構造を有する水クラスターであって、前記水クラスターは、前記水クラスターを含む水は、陽電子消滅ガンマ線寿命-運動量相関測定(AMOC)法によって8℃で計測される陽電子齢2ナノ秒以降のSパラメータをS1とし、10℃で計測されるSパラメータをS2としたとき、S1≦S2の関係を満たす、水クラスターにより、課題を解決する。
【選択図】
図13
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水分子が水素結合で結びついた集合体の表面に、Hイオン及び/又はOHイオンが結合した構造を有する水クラスターであって、
前記水クラスターを含む水は、陽電子消滅ガンマ線寿命-運動量相関測定(AMOC)法によって8℃で計測される陽電子齢2ナノ秒以降のSパラメータをS1とし、10℃で計測されるSパラメータをS2としたとき、S1≦S2の関係を満たす、水クラスター。
【請求項2】
水素結合によりイオン及び/又はイオン化合物を捕捉可能な、請求項1に記載の水クラスター。
【請求項3】
前記水クラスターの構造が、式(A)で表される、請求項1に記載の水クラスター。
【化1】
[式(A)中、m、n及びlは、それぞれ0~30の整数であり、
m+nは1以上の整数であり、
m+n+lは10~30の整数であり、
【化2】
は水素結合を示す。]
【請求項4】
前記水クラスターの構造が、式(B)で表される、請求項2に記載の水クラスター。
【化3】
[式(B)中、o、p及びrは、それぞれ0~30の整数であり、
qは1~30の整数であり、
o+pは1以上の整数であり、
o+p+q+rは10~30の整数であり、
【化4】
は水素結合を示す。]
【請求項5】
請求項1又は3に記載の水クラスターの製造方法であって、下記工程(i)~(iii)を含む、製造方法。
(i)前記陽電子消滅ガンマ線寿命-運動量相関測定(AMOC)法により計測される水中における前記Sパラメータ[-]と、該水の温度[℃]と、該水の温度での保管時間[day]との予め求められた対応関係に基づいて、降温冷却温度[℃]と該降温冷却温度に対応する保管時間[day]とを特定する特定工程と、
(ii)水を前記降温冷却温度[℃]以下に降温冷却する降温冷却工程と、
(iii)該水を、前記降温冷却工程の後、前記降温冷却温度[℃]以下で前記保管時間[day]以上保管する保管工程。
【請求項6】
請求項2又は4に記載の水クラスターの製造方法であって、下記工程(i)~(iv)を含む、製造方法。
(i)前記陽電子消滅ガンマ線寿命-運動量相関測定(AMOC)法により計測される前記Sパラメータ[-]と、水の温度[℃]と、該水の温度での保管時間[day]との予め求められた対応関係に基づいて、降温冷却温度[℃]と該降温冷却温度に対応する保管時間[day]とを特定する特定工程と、
(ii)水を前記降温冷却温度[℃]以下に降温冷却する降温冷却工程と、
(iii)該水を、前記降温冷却工程の後、前記降温冷却温度[℃]以下で前記保管時間[day]以上保管する保管工程と、
(iv)該水を、前記保管工程の後、5℃以上に昇温加熱する昇温加熱工程。
【請求項7】
請求項1~4のいずれか一項に記載の水クラスターの利用方法であって、
工業用途及び/又は医療用途で該水クラスターを利用する、利用方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水クラスター、水クラスターの製造方法、及び水クラスターの利用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン液体など、環境を考慮した溶媒の研究が盛んに行われているが、環境負荷が最も少ない溶媒は水であり、水の利用は工業分野も含め多くの分野で極めて重要である。
【0003】
水には、氷によく似た秩序構造(
図1)と乱雑な構造(
図2)という二つの液体構造が存在することが提唱されている(非特許文献1)。その後、水の液体構造の観察と計算科学による研究が行われてきた(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】W.C.Rontgen,Ann.Phys.45(1892)91.
【非特許文献2】吉田亨次、山口敏男、日本中性子科学会誌「波紋」Vol.29,No.2,(2019)86-90
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、水の液体構造の制御方法については未だ解明されておらず、さらに水クラスターの秩序構造は、高温条件において乱雑な構造に変化してしまうという問題がある。
本発明は、高温でも秩序構造を保持可能な水クラスターを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記課題を解決すべく検討を重ね、表面にHイオン及び/又はOHイオンが結合した水クラスターであって、さらに陽電子消滅ガンマ線寿命-運動量相関測定(AMOC)法によって8℃で計測される陽電子齢2ナノ秒以降のSパラメータをS1とし、10℃で計測されるSパラメータをS2としたとき、S1≦S2の関係を満たす、水クラスターを用いることにより、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
すなわち、本発明は、以下の[1]~[7]に関する。
[1]水分子が水素結合で結びついた集合体の表面に、Hイオン及び/又はOHイオンが結合した構造を有する水クラスターであって、
前記水クラスターを含む水は、陽電子消滅ガンマ線寿命-運動量相関測定(AMOC)法によって8℃で計測される陽電子齢2ナノ秒以降のSパラメータをS1とし、10℃で計測されるSパラメータをS2としたとき、S1≦S2の関係を満たす、水クラスター。[2]水素結合によりイオン及び/又はイオン化合物を捕捉可能な、[1]に記載の水クラスター。
[3]前記水クラスターの構造が、式(A)で表される、[1]に記載の水クラスター。
【化1】
[式(A)中、m、n及びlは、それぞれ0~30の整数であり、
m+nは1以上の整数であり、
m+n+lは10~30の整数であり、
【化2】
は水素結合を示す。]
[4]前記水クラスターの構造が、式(B)で表される、[2]に記載の水クラスター。
【化3】
[式(B)中、o、p及びrは、それぞれ0~30の整数であり、
qは1~30の整数であり、
o+pは1以上の整数であり、
o+p+q+rは10~30の整数であり、
【化4】
は水素結合を示す。]
[5][1]又は[3]に記載の水クラスターの製造方法であって、下記工程(i)~(iii)を含む、製造方法。
(i)前記陽電子消滅ガンマ線寿命-運動量相関測定(AMOC)法により計測される水中における前記Sパラメータ[-]と、該水の温度[℃]と、該水の温度での保管時間[day]との予め求められた対応関係に基づいて、降温冷却温度[℃]と該降温冷却温度に対応する保管時間[day]とを特定する特定工程と、
(ii)水を前記降温冷却温度[℃]以下に降温冷却する降温冷却工程と、
(iii)該水を、前記降温冷却工程の後、前記降温冷却温度[℃]以下で前記保管時間[day]以上保管する保管工程。
[6][2]又は[4]に記載の水クラスターの製造方法であって、下記工程(i)~(iv)を含む、製造方法。
(i)前記陽電子消滅ガンマ線寿命-運動量相関測定(AMOC)法により計測される前記Sパラメータ[-]と、水の温度[℃]と、該水の温度での保管時間[day]との予め求められた対応関係に基づいて、降温冷却温度[℃]と該降温冷却温度に対応する保管
時間[day]とを特定する特定工程と、
(ii)水を前記降温冷却温度[℃]以下に降温冷却する降温冷却工程と、
(iii)該水を、前記降温冷却工程の後、前記降温冷却温度[℃]以下で前記保管時間[day]以上保管する保管工程と、
(iv)該水を、前記保管工程の後、5℃以上に昇温加熱する昇温加熱工程。
[7][1]~[4]のいずれかに記載の水クラスターの利用方法であって、
工業用途及び/又は医療用途で該水クラスターを利用する、利用方法。
【発明の効果】
【0008】
本開示により、高温でも秩序構造を保持可能な水クラスターを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図2】非対称性の水クラスター構造を示す図である。
【
図3】本実施形態の水クラスターの昇温速度に対するpH変化を示す図である。
【
図4】本実施形態の水クラスター形成を示す降温速度-0.5℃/時間の際のpH変化を示す図である。45℃において十分にクラスター構造を消滅させたのちに測定している。
【
図5】2.5℃において、本実施形態の水クラスター形成によるpH変化を示す図である。
【
図6】回転方向が分からない、2ナノ秒の速度で回転する電子スピンと10ピコ秒で回転する電子スピンによるジェミネート・ラジカル対の一重項状態の存在確率の時間依存性を示す図である。
【
図7】一重項状態と三重項状態の概念図を挿入した反応フロー図である。
【
図8】AMOC測定法に用いる装置のブロック図である。
【
図9】Ge半導体検出器で測定した陽電子・電子2光子対消滅ガンマ線のエネルギースペクトル(全吸収ピーク)である。
【
図10】18℃でのAMOCにより得られた、水中の陽電子消滅ガンマ線エネルギー分布の陽電子齢依存性を示す図である。
【
図11】2.5℃でのAMOCにより得られた、従来のクラスター構造を有する水中の陽電子消滅ガンマ線エネルギー分布の陽電子齢依存性を示す図である。S-パラメータは陽電子齢-0.1~0.2ナノ秒のS-パラメータで規格化されている。
【
図12】0.6℃でのAMOCにより得られた、本発明のクラスター構造を有する水中の陽電子消滅ガンマ線エネルギー分布の陽電子齢依存性を示す図である。S-パラメータは陽電子齢-0.1~0.2ナノ秒のS-パラメータで規格化されている。
【
図13】実施例(条件1~3)における、AMOC法により計測される水中におけるSパラメータ[-]の測定結果を示す図である。S-パラメータは陽電子齢-0.1~0.2ナノ秒のS-パラメータで規格化されている。AMOC法の時間分解能は半値幅で230ピコ秒である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、具体的な実施形態を示し説明するが、各実施形態は本発明の一例として示されるものであり、必ずしも請求項に係る発明を特定するものではなく、また、実施形態の中で説明する特徴の全てが、本発明の課題を解決する手段に必須であるとは限らない。
【0011】
数値範囲を表す「XX以上YY以下」や「XX~YY」の記載は、特に断りのない限り、端点である下限及び上限を含む数値範囲を意味する。数値範囲が段階的に記載されている場合、各数値範囲の上限及び下限は任意に組み合わせることができる。
【0012】
[水クラスター]
本発明の一実施形態である水クラスターは、
図1に示される通り対称性の水クラスター構造、すなわち普通の氷(氷Ih相)によく似た秩序構造を有する。通常の水クラスターは10℃程度以上でクラスター構造が大きく変化し、秩序構造を保持できなくなる(H Okajima, M Ando, H Hamaguchi. Formation of “Nano-Ice” and Density Maximum Anomaly of Water. Bull. Chem. Soc. Jpn.2018, 91, 991-997)。一方、本実施形態の水クラスターは、40℃程度まで秩序構造を保持することができる。本実施形態の水クラスターは、後述する水クラスターの製造方法により得ることが好ましい。
【0013】
本実施形態の水クラスターは、水分子が水素結合で結びついた集合体の表面に、Hイオン及び/又はOHイオンが結合した構造を有する水クラスターである。Hイオン及び/又はOHイオンが表面に結合することで、10℃以上でも秩序構造を保持することができる。
【0014】
本実施形態の水クラスターの表面に、Hイオン及び/又はOHイオンが結合していることは、水クラスターの温度を変化させた場合のpHメーター(堀場製作所製未補充型pHセンサー300-P-C使用時)による数値の変化から確認できる。
図3は、本実施形態の水クラスターの存在する水のpH表示値(以下pH)の変化を示す。
【0015】
一定の昇温速度0.4℃/時間で昇温させると、最初はpHが低下した。これは通常のpHの温度依存性を示す変化であるが、30℃で逆にpHが上昇した。これは温度上昇に伴い、分子運動性が大きくなること、および一部のイオンが脱離することでプロトン伝導度が低下するために起こる。
40℃以降、昇温速度を1.8℃/時間まで上げて昇温すると、pHは著しく低下した。これは水クラスター表面に結合していたHイオンが脱離している、つまり、昇温速度に呼応して脱離速度が増大したことを示す。43℃以降でpHが再度上昇するが、これはプロトンの脱離等によって水クラスターの構造の崩壊が起こったことにより、プロトン伝導度が低下したことを示す。
【0016】
また、本実施形態の水クラスターは、陽電子消滅ガンマ線寿命-運動量相関測定(AMOC)法によって8℃で計測される陽電子齢2ナノ秒以降のSパラメータをS1とし、10℃で計測されるSパラメータをS2としたとき、S1≦S2の関係を満たす。
【0017】
陽電子消滅ガンマ線寿命-運動量相関測定(AMOC:age-moment
um correlation)法とは、陽電子消滅相手の電子の運動量の陽電子齢依存性の測定法であり、ここでは陽電子と電子の結合状態であるポジトロニウムと周囲のフリーラジカルとの反応に関する情報を得るために用いる。
初めに、陽電子によるフリーラジカルの生成機構に関して説明する。分子内の電子は、対を作り、同じ軌道には二つの電子が占有する。電子はスピンを有しており、この状態ではこの電子対のスピンは一重項状態にある。
【0018】
水に陽電子が入射した場合の反応を以下の式(1)~(5)を説明する。入射陽電子は電子と同様にその飛程にそって分子にエネルギーを付与し、このエネルギーが水分子に吸収されると、式(1)の反応が起こる。水分子が反応式(1)のようにイオン化すると、その際に形成された陽イオンラジカル(親イオンラジカル)内の不対電子とはじき出された電子(娘電子)は一重項であり、その後もスピンの記憶がある。その後、ピコ秒程度の時間領域で式(1)から式(3)のようないろいろな反応が起こり、親イオンラジカル内の不対電子のスピンの記憶を保ったまま、異なるラジカル(ここでは親ラジカルと呼ぶ)へと変化することもある。水の場合では式(3)のように短寿命のOHラジカル(・OH)に変化している。
【0019】
一方、入射陽電子が式(2)のように、娘電子とピコ秒領域にポジトロニウムを形成することが可能で、ポジトロニウム内の電子のスピンの記憶も保たれる。ポジトロニウム内の電子は対を作る陽電子のスピンとの超微細結合により、スピンが回転するが、その周期は10ピコ秒程度であり、通常の陽電子消滅の測定に用いられる装置の時間分解能(おおよそ200ピコ秒)より速い為観測できない。一方、親ラジカル内の電子も親ラジカル内部の核スピンとの超微細結合により回転する。この周期は核スピンとの超微細結合定数に依存し、超微細結合定数が大きい場合、ナノ秒領域になる。これは陽電子消滅法で用いられる装置の時間分解能で変化が追える。
【0020】
式(2)のように、ポジトロニウムは1/4がパラ-ポジトロニウムとして形成され、これは125ピコ秒で消滅する。残りの3/4はオルト-ポジトロニウムであり、通常の液体や固体中では1ナノ秒から10ナノ秒程度の寿命をもつ。この長寿命のオルト-ポジトロニウムは、式(4)や、式(5)のように親ラジカルと反応することが可能である。ポジトロニウムはひとつの陽電子とひとつの電子で構成されており、フリーラジカルの一種であり、親ラジカルと娘電子を含むポジトロニウムのペア(ジェミネート・ラジカル対)の反応はラジカル反応や電子移動となる。式(4)のようなラジカル反応(電子移動も含む)などは、パウリの原理によって、二つのラジカル内の不対電子が一重項の時に可能である。また、親ラジカルとポジトロニウムの間では、式(5)のようなスピン交換反応も可能であり、これはスピンの依存性は現れない。通常、このような活性種同士の反応は拡散によって反応速度が決まり、式(4)のラジカル反応と式(5)を含むスピン交換反応の速度の総和はほぼ一定になる。つまり、OHラジカルとオルト-ポジトロニウムが出会うと、式(5)のスピン交換反応は常に可能であり、式(4)のラジカル反応にはスピン依存性が現れる。
【0021】
【0022】
ここでo-Psはオルト-ポジトロニウム、p-Psはパラ-ポジトロニウム、PsOHはポジトロニウムとOHラジカルの結合状態を示している。式5の(↑)(↓)はフリーラジカル中の不対電子のスピン1/2と-1/2をそれぞれ表している。親ラジカル内の電子とオルト-ポジトロニウム内の娘電子はイオン化の時、一重項であり、その後、親ラジカル内の電子のスピンがナノ秒程度の周期で回転し、オルト-ポジトロニウム内の電子は10ピコ秒程度で回転する。この状態での電子スピンの回転方向は超微細結合している相手の原子核、あるいは陽電子のスピン方向に依存するため、このジェミネート・ラジカル対は一重項と三重項の間をこれらの2つの電子スピンの回転速度の差、あるいは和で振動することとなり、どちらが起きているかを知ることが出来ないため、その重ね合わせが観測される。その結果、一重項状態の存在確率の時間依存性は10ピコ秒の短い周期にフリーラジカルの超微細結合によって起こる遅い回転がうねりとなって現れる。その様子を
図6及び
図7に示す。
【0023】
例えば
図6で500、1500ピコ秒では一重項の存在確率は0.5であり、ジェミネート・ラジカル対のオルト-ポジトロニウムとラジカルが出会うと半分はラジカル反応し、残りの半分はラジカル反応を起こすことが出来ず、スピン交換反応のみ起こることとなる。また、0、あるいは1000ピコ秒では一重項の存在確率は0と1の間に10ピコ秒の周期で振動することとなり、全てのジェミネート・ラジカル対が一重項の存在確率1のところを10ピコ秒間隔で通ることとなり、その結果、多くのジェミネート・ラジカル対がラジカル反応を起こすことが可能となる。
【0024】
まとめると、0や1000ピコ秒ではジェミネート・ラジカル対を作るオルト-ポジトロニウムの多くがラジカル反応により式(4)のように結合状態や酸化が起こり、500、1500ピコ秒では半分が式(4)の反応に進み、残りの半分はスピン交換反応のみ起こり、パラ-ポジトロニウムとして消滅していくこととなる。つまり、パラ-ポジトロニウムからの消滅は500ピコ秒、1500ピコ秒で最大を示すこととなり、これは実際のラジカルの超微細結合による電子スピンの回転の周期の半分となる。
【0025】
液体や固体中で陽電子が消滅する場合は、消滅する電子と陽電子の質量に相当するエネルギーが、E=mc2に従って放出される。その際、エネルギーと運動量を保存するために、ほぼ全ての場合に二つのガンマ線が反対方向に放出される。そのエネルギーはほぼ511keVとなるが、消滅直前の電子と陽電子の運動量に依存してずれ(ドップラーシフト)が生じる。このずれの大きさはパラ-ポジトロニウムの場合には小さく、オルト-ポジトロニウムの場合は大きくなる。このずれは、実際には消滅ガンマ線エネルギーによるピークの広がりの変化となって観測される。上で述べたように、ある周期でパラ-ポジトロニウムからの消滅が増大すると、この消滅ガンマ線エネルギーの広がりには周期性が観測されることとなる。実際のラジカルのスピンの振動の倍の周期で振動することになる。
【0026】
このように、水中で形成されるOHラジカルのような、ナノ秒で反応が起こる短寿命フリーラジカルを直接観測することで、短寿命フリーラジカルの構造、短寿命フリーラジカルと周囲分子のナノ秒領域における相互作用、反応などの現象を解明し、また、その拡散の様子、フリーラジカル周辺の分子運動性などを評価できる。
【0027】
分子・原子内の電子は一つの軌道に二つの電子が占有している。その二つの電子は
図7のように一重項になっている。矢印は電子のスピンを示しており、同じ軌道内の電子は同じ環境にあるので同じ周波数で回転している。イオン化でひとつの電子がはじき出されると、その瞬間には一重項であった電子の対がそれぞれ異なる環境に置かれ、その結果、異なる周期で回転することになり、その周期のずれで
図6及び
図7に示したように、三重項と一重項の間で振動することになる。
【0028】
フリーラジカルには、対を作っていない電子(不対電子と呼ぶ)が存在し、その結果、反応性が高くなる。このフリーラジカル同士の反応や、フリーラジカル間の電子移動の場合、パウリの原理より、一重項状態でないと同じ軌道に入ることができないため、反応が進まない。陽電子を用いた本測定法では、陽電子源から入射した陽電子が分子・原子のイオン化を起こし、その際に放出された電子を捕まえてポジトロニウムを形成する。つまり、ポジトロニウムは不対電子を有し、フリーラジカルである。イオン化で電子の放出の後に残されたイオンにも不対電子が存在し、このイオン、あるいはイオンから形成された活性種はフリーラジカルであり、ポジトロニウムと反応、あるいは電子移動を起こす場合は一重項である必要がある。一方、フリーラジカル内の不対電子の電子スピンはスピン交換反応によってそれぞれの状態を交換することが可能であり、拡散律速で進むフリーラジカルとポジトロニウムの反応は出会ったときに三重項の場合はスピン交換反応のみが起こり、一重項であればラジカル反応や電子移動なども可能となる。
【0029】
図8に、陽電子消滅ガンマ線寿命-運動量相関測定(AMOC:age-momentumcorrelation)法に用いる装置100を示す。AMOCとは、陽電子消滅の寿命測定(PAL)と、消滅γ線ドップラー幅測定(DBPA:Doppler broadening of positron annihilation radiation)と、を組み合わせた測定手法である。用いる陽電子源としては放射性同位元素を用いたものと陽電子ビームによるものがある。
図8で寿命測定のスタート信号を得る方法としては、(1)陽電子源である
22Naをそのまま用いる初期のAMOCのように、陽電子放出と同時に放出される1.27MeVのγ線を検出するもの、(2)低速陽電子ビーム等を用いる場合はビームラインのパルス化信号を利用するものなどがある。
【0030】
図8において、装置100は、陽電子が入射する試料を保持する容器10と、陽電子と試料との反応により容器10内で発生したγ線を検出するシンチレーション検出器(SD)20と、SD20に接続される寿命測定システム(PAL)30と、二次元多重波高分析器(2D-MCA)であるAMOCシステム40と、消滅γ線を検出するGe半導体γ線検出器(SSD)60と、SSD60に接続されるドップラー幅広がり測定システム(DBPA)50と、から構成される。PAL30及びSSD60は、AMOCシステム40に接続されている。
【0031】
図8に示すように、陽電子e
+は試料中の電子と消滅して2つの消滅γ線になるが、その一方は寿命測定システムPAL30のストップ信号として使い、他方の消滅γ線は、エネルギー分解能の高いGe半導体検出器(SSD)60で検出してDBPAを得る。寿命情報とDBPA情報とを二次元の多重波高分析器(2D-MCA)で同時計数による相関測定すると、AMOCスペクトルが得られる。即ち、相関測定により、寿命が測定された陽電子と同じ陽電子からの消滅γ線のエネルギー情報が計測される。最近は、これら検出器からの信号波形をすべて記録し、これら計測と同じことをコンピュータープログラムで行うことも可能になっている。
【0032】
図9に示すスペクトルはGe半導体検出器(SSD)60で測定した電子・陽電子対の2光子消滅によって放出される、おおよそ511keVのガンマ線のスペクトルである。
【0033】
放射性同位元素から放出されるガンマ線はエネルギーが揃っており、測定されるガンマ線のピーク形状は、装置のエネルギー分解能を示すが、消滅ガンマ線は消滅時の電子・陽電子の運動量に依存してドップラー効果によってエネルギーに広がりが出来る。このドップラー広がりの違いから、例えばパラ-ポジトロニウム状態からの消滅成分が多いか少ないかを定性的に議論することが出来る。定性的に議論する際には、Sパラメータが良く用いられる。Sパラメータとは、ピーク全体の面積に対する決められた中央部の面積の比率と定義される。パラ-ポジトロニウムからの消滅が増えるとピークは鋭くなり、結果としてSパラメータは大きくなる。
図9において、幅W
1及びW
2がSパラメータ導出のための範囲を示している。Sパラメータは、幅W
2に含まれるスペクトル中央部に入っている領域面積の、幅W
1に含まれるスペクトル全体の面積に対する比率として求められる。
【0034】
発生したジェミネート・ラジカル対が何かの理由により拡散せずに反応することを「かご効果」という。本実施形態の水クラスターは、40℃程度まで対称性のあるクラスター構造を保持可能である。クラスター形成によってラジカルの長距離拡散が抑制され、かご効果が出現する。すなわち、本実施形態の水クラスターは、温度上昇時においても、OHラジカルとo-Psとのスピン交換反応において、スピンの記憶のある、親OHラジカルと娘o-Psとの間のスピン交換反応が、クラスター形成によるかご効果によって顕著に
なることで、p-Ps形成の収率が増大しSパラメータが増大もしくは減少しない。
【0035】
一方で、通常の水クラスターは10℃程度まで昇温するとクラスター構造が変化し、消滅する。その結果、かご効果が消えるため、Sパラメータが減少する。
【0036】
図10に、水中におけるAMOC測定の結果を示す。
図10において、S(t)とは、
図7における、陽電子の試料中への入射時刻を示す前記スタート信号と陽電子消滅を示す消滅γ線を前記SDで検出するストップ信号との時間差によって測定される陽電子齢tに対するSパラメータを意味する。S(t)の値が大きいものは消滅ガンマ線エネルギー分布が狭いことを示す。矢印はピーク位置を示している。
【0037】
図10において、18℃の測定で2ナノ秒から10ナノ秒でS(t)に振動が見られている。これは消滅ガンマ線のエネルギー分布の広がりに振動が起きていることを示している。この時間領域は陽電子消滅過程の中で最も長い寿命を示すオルト-ポジトロニウムからの消滅である。水中では大体2ナノ秒程度の寿命を示す。18℃の測定結果では、例えば2.8ナノ秒付近でS(t)が増大している部分で、消滅ガンマ線のエネルギーの分布が狭くなっており、エネルギー分布の広がりが小さいことを示している。これはオルト-ポジトロニウムがパラ-ポジトロニウムに変換されて消滅している成分の増大を示しており、上記した親OHラジカルと娘o-Psとの間のスピン交換反応が起こっていることを示している。つまり、この時刻ではジェミネート・ラジカル対、つまり、オルト-ポジトロニウム中の不対電子とフリーラジカル(ここではOHラジカル)中の不対電子の一部は、一重項状態になれないことがわかる。その後、3.5ナノ秒付近ではS(t)が低下しており、これは消滅ガンマ線のエネルギー分布の広がりが大きいことを示しており、スピン交換反応が起こっていないことを示している。つまり、拡散で出会ったオルト-ポジトロニウムとOHラジカルはラジカル反応が起こっていることを示しており、この時刻では親OHラジカルと娘o-Psの不対電子が一重項状態になることが可能であることがわかる。
【0038】
このように、オルト-ポジトロニウムの消滅過程から見られるS(t)の変化は
図1に示すような、一重項状態の存在確率の変化に見られるうねりによって振動を示している。結果的にフリーラジカル内での電子スピンの回転周期の2倍の周期がAMOCの測定では観測される。つまり、
図10で見られるS(t)の振動から、フリーラジカル内の電子の超微細結合定数a[Hz]を得る事ができる。
【0039】
図11及び
図12に、それぞれ従来のクラスター構造及び本発明にかかるクラスター構造を有する水中での、2.5℃および0.6℃でのAMOC測定の結果を示す。なお、S-パラメータは陽電子齢-0.1~0.2ナノ秒のS-パラメータで規格化されている。
図10や
図11で見られるようなS(t)の振動を量子ビートという。水クラスターが、
図2に示されるような非対称性の構造を有する場合、OHラジカル中の不対電子が通常通り局在化し、S(t)の振動が観測される。
【0040】
一方で水クラスターが、
図1に示されるような対称性の構造を有する場合、OHラジカル中の不対電子の位置が定まらず(非局在化)、
図12に示されるようにS(t)の振動が観測されない。
【0041】
本実施形態の水クラスターの構造は、下記式(A)で表されることが好ましい。
【0042】
【化5】
[式(A)中、m、n及びlは、それぞれ0~30の整数であり、
m+nは1以上の整数であり、
m+n+lは10~30の整数であり、
【化6】
は水素結合を示す。]
【0043】
本実施形態の水クラスターは、水素結合によりイオン及び/又はイオン化合物を捕捉可能であることが好ましい。また、本実施形態の水クラスターが、水素結合によりイオン及び/又はイオン化合物を捕捉可能である場合、水クラスターの構造は、下記式(B)で表されることが好ましい。
【0044】
【化7】
[式(B)中、o、p及びrは、それぞれ0~30の整数であり、
qは1~30の整数であり、
o+pは1以上の整数であり、
o+p+q+rは10~30の整数であり、
【化8】
は水素結合を示す。]
【0045】
[水クラスターの製造方法]
本発明の一実施形態は、水クラスターの製造方法であり、下記工程(i)~(iii)を含む。本発明の一実施形態である水クラスターは、前述の通り表面にHイオン及び/又はOHイオンを結合させ、さらにAMOC法によって8℃で計測される陽電子齢2ナノ秒以降のSパラメータをS1とし、10℃で計測されるSパラメータをS2としたとき、S1≦S2の関係を満たすために、本形態の製造方法によって製造することが好ましい。
(i)AMOC法により計測される水中におけるSパラメータ[-]と、該水の温度[℃]と、該水の温度での保管時間[day]との予め求められた対応関係に基づいて、降温冷却温度[℃]と該降温冷却温度に対応する保管時間[day]とを特定する特定工程と、
(ii)水を前記降温冷却温度[℃]以下に降温冷却する降温冷却工程と、
(iii)該水を、前記降温冷却工程の後、前記降温冷却温度[℃]以下で前記保管時間[day]以上保管する保管工程。
【0046】
(i)降温冷却温度[℃]と該降温冷却温度に対応する保管時間[day]とを特定する特定工程
工程(i)は、降温冷却温度と該降温冷却温度に対応する保管時間を特定する工程である。本形態の製造方法では、水を所定温度で所定時間以上保管するが、最初に保管温度(降温冷却温度)と保管時間の特定を行う。降温冷却温度によって、必要な保管時間は異なる。冷却によって水クラスターの表面にHイオン及び/又はOHイオンが結合することは、pH変化からも確認できるが、一例として
図5に2.5℃で保管した場合のpH変化を示す。
図5から、2.5℃で保管した場合、水クラスター表面へのHイオン及び/又はOHイオンの結合が飽和状態に達するのに1週間程度要することがわかる。なお、
図4に、45℃で十分にクラスター構造を消滅させた水を、降温速度-0.5℃/時間で降温した場合のpH変化を示す。降温冷却温度は
図4からわかるように、5℃未満であることが好ましい。
【0047】
まず、予め10℃以上の温度でSパラメータを測定する。水を所定の降温冷却温度T1[℃]で所定期間(保管日数という)保管する。保管後、水の温度を昇温させながら、AMOC法により計測される水中におけるSパラメータ[-]を測定し、T1[℃]から10℃以上までの間でのSパラメータが予め測定しておいたSパラメータまで低下が起こるかどうかを確認する。T1[℃]から10℃以上までの間でのSパラメータの低下が起こらない保管日数を、降温冷却温度T1[℃]に対応する保管時間D1[day]と特定する。
【0048】
特定工程では、1条件のみ特定してもよく、2条件以上特定してもよい。すなわち、ある降温冷却温度T1[℃]と、該降温冷却温度に対応する保管時間D1[day]のみを特定してもよく、降温冷却温度T1[℃]とは異なる降温冷却温度T2[℃]と、該降温冷却温度に対応する保管時間D2[day]をさらに特定してもよい。
【0049】
(ii)水を前記降温冷却温度[℃]以下に降温冷却する降温冷却工程
工程(ii)は、工程(i)で特定した降温冷却温度[℃]以下に、水を降温冷却する工程である。降温冷却する方法は特に限定されない。
【0050】
(iii)該水を、前記降温冷却工程の後、前記降温冷却温度[℃]以下で前記保管時間[day]以上保管する保管工程。
工程(iii)は、工程(ii)で降温冷却温度[℃]以下まで降温冷却した水を、降温冷却温度[℃]以下で、工程(i)で特定した降温冷却温度に対応する保管時間[day]以上保管する工程である。
【0051】
降温冷却温度以下で保管する方法は特に限定されないが、降温冷却した方法と同じ方法で冷却しながら保管してもよく、異なる方法で冷却しながら保管してもよい。保管時の温度は降温冷却温度以下であればよく、一定温度であってもよく、温度変化があってもよい。
【0052】
本実施形態の水クラスターの製造方法が、水素結合によりイオン及び/又はイオン化合物を捕捉可能である水クラスターの製造方法である場合、さらに下記工程(iv)を含むことが好ましい。
【0053】
(iv)水を、前記保管工程の後、5℃以上に昇温加熱する昇温加熱工程。
工程(iv)は、工程(iii)で保管した水を、5℃以上に昇温加熱する工程である。5℃以上に昇温加熱する方法は特に限定されない。昇温加熱する際の昇温速度は特に限定されない。
【0054】
[水クラスターの利用方法]
本発明の一実施形態は水クラスターの利用方法である。本実施形態の利用方法は、工業用途及び/又は医療用途で、本発明の一実施形態である水クラスターを利用する利用方法であることが好ましい。
【0055】
本発明の一実施形態である水クラスターは、40℃程度で水クラスター構造からプロトンが脱離することにより、溶液中のプロトン濃度を高めることができる。また、同時にOH-イオン濃度も高めることができる。したがって、高いプロトン濃度又はOH-イオン濃度が求められる工業用途や、医療用途において有用に利用することができる。
【0056】
本発明の一実施形態である水クラスターは、40℃程度で水クラスター構造の変化が起こる。この構造変化は生体内の水分子でも起こると考えられる。工業用途や医療用途において、生体分子など水分子に囲まれた分子構造を有する分子の機能制御が可能になる。
【0057】
本発明の一実施形態である水クラスターは、後述の実施例3に記載の通り、15~28℃程度でSパラメータのヒステリシスが見られることがある。このような可逆的な構造変化は、イオンの脱離及び吸着によるものと考えられるため、イオン吸着能の発現が求められる工業用途において有用に利用することができる。
【0058】
本発明の一実施形態である水クラスターは、クラスター構造に起因してプロトン伝導度が高くなる。クラスター構造は高温まで安定に保持されるため、高温でも高いプロトン伝導度を実現できることから、燃料電池などの工業用途において有用に利用することができる。
【0059】
本発明の一実施形態である水クラスターは、クラスター表面にイオンを吸着し安定に存在できる。通常、水溶液中のイオンは再結合して消えていくが、本発明の一実施形態である水クラスターを用いることで、安定にイオンを保管可能であり、そのまま輸送することも可能となる。例えば、生体内へ輸送することで、生体内でプロトンとOHイオン濃度を上昇させ得る。
【実施例0060】
以下、実施例及び比較例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0061】
[降温冷却温度[℃]と該降温冷却温度に対応する保管時間[day]とを特定する特定工程]
予め15℃で測定した水中におけるSパラメータ[-]は、0.935であった。下記の条件で水の温度を変化させながら、AMOC法により計測される水中におけるSパラメータ[-]を測定した。
<条件1>
25℃の水を5℃まで降温し、5℃以下で18日保管した。保管後の水を、25℃まで昇温した。
<条件2>
25℃の水を5℃まで降温し、5℃以下で64日保管した。保管後の水を、25℃まで
昇温した。
<条件3>
25℃の水を2.5℃まで降温し、2.5℃以下で10日保管した。保管後の水を、28℃まで昇温した後、15℃まで降温し、25℃まで昇温した。
【0062】
図13に、条件1~3におけるAMOC法により計測される水中におけるSパラメータ[-]の測定結果を示す。なお、S-パラメータは陽電子齢-0.1~0.2ナノ秒のS-パラメータで規格化されている。条件1では、5℃から15℃の昇温において、Sパラメータが、予め15℃で測定した水中におけるSパラメータと同程度まで低下した。これは温度上昇によって対称性のクラスター構造が変化し、消滅したことを示している。一方条件2では、5℃から15℃の昇温においてSパラメータの低下は起こらず、むしろ増大していた。これは対称性のクラスター構造が保持されていることを示している。条件1及び2から、降温冷却温度5℃に対応する保管時間は64日であることが特定された。
【0063】
図13に示される通り、条件3では、2.5℃から15℃の昇温においてSパラメータの低下は起こらず、むしろ増大していた。これは対称性のクラスター構造が保持されていることを示している。条件3から、降温冷却温度2.5℃に対応する保管時間は10日であることが特定された。
【0064】
さらに
図13に示される通り、条件3において、28℃まで昇温するとSパラメータは低下した。その後15℃まで降温させ、25℃まで昇温すると、Sパラメータが再度増大した。このように、15~28℃でSパラメータのヒステリシスが見られた。これはクラスター表面に結合していたイオンが28℃で一部外れ、その後降温することで再度クラスターに結合したことにより、クラスター構造の対称性が再形成されたことを示している。
【0065】
[比較例1]
条件1同様、25℃の水を5℃まで降温し、5℃以下で18日保管した。
図13に示される通り、比較例1ではS1>S2であり、昇温すると対称性の構造が変化する水クラスターが得られた。
【0066】
[実施例1]
条件2同様、25℃の水を5℃まで降温し、5℃以下で64日保管した。
図13に示される通り、実施例1ではS1≦S2であり、10℃以上に昇温しても対称性の構造が保持される水クラスターが得られた。
【0067】
[実施例2]
条件3同様、2.5℃の水を2.5℃まで降温し、2.5℃以下で10日保管した。
図13に示される通り、実施例2ではS1≦S2であり、10℃以上に昇温しても対称性の構造が保持される水クラスターが得られた。
【0068】
[pH測定]
実施例2で得られた水を45℃まで昇温させながら、pHを測定した所、
図3のpH変化が見られた。実施例2で得られた水は、クラスター構造の表面にはHイオン及び/又はOHイオンが構造を維持するのに十分結合していることが分かった。
【0069】
実施例1で得られた水も、実施例2と同様、温度上昇させても対称性のクラスター構造が保持されることから、クラスター構造の表面にはHイオン及び/又はOHイオンが構造を維持するのに十分結合していると考えられる。すなわち、実施例1で得られた水で実施例2と同様にpHを測定すると、
図3同様のpH変化が見られることが予想される。
【0070】
一方、比較例1で得られた水は、温度上昇によって対称性のクラスター構造が変化し、消滅することから、クラスター構造の表面には十分な量のHイオン及び/又はOHイオンは結合していないと考えられる。すなわち、比較例1で得られた水で実施例2と同様にpHを測定しても、
図3同様のpH変化は見られないことが予想される。