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特開2023-181738ポリペプチド、外来遺伝子発現方法、導入キャリア及びキット
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023181738
(43)【公開日】2023-12-25
(54)【発明の名称】ポリペプチド、外来遺伝子発現方法、導入キャリア及びキット
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/63 20060101AFI20231218BHJP
   C07K 14/025 20060101ALI20231218BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20231218BHJP
   C12P 21/02 20060101ALI20231218BHJP
   C12N 15/37 20060101ALN20231218BHJP
   C12N 15/88 20060101ALN20231218BHJP
【FI】
C12N15/63 Z
C07K14/025
C12N5/10
C12P21/02 C
C12N15/37 ZNA
C12N15/88 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】27
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022095044
(22)【出願日】2022-06-13
(71)【出願人】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(74)【代理人】
【識別番号】110001737
【氏名又は名称】弁理士法人スズエ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】赤星 英一
(72)【発明者】
【氏名】石原 美津子
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
4B064AG01
4B064CA10
4B064CA19
4B064CC24
4B064DA01
4B064DA10
4B065AA94X
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA05
4B065CA24
4B065CA41
4B065CA44
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA01
4H045EA01
4H045EA20
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】 非分裂細胞での外来遺伝子発現量を向上することが可能な、ポリペプチド、外来遺伝子発現方法、導入キャリア及びキットを提供する。
【解決手段】 実施形態によれば、HSC70結合ドメインと、pRb結合ドメインと、核移行シグナルドメインとを含み、細胞周期を停止状態(G0期)からDNA合成準備期(G1期)へと移行させるポリペプチドが提供される。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
HSC70結合ドメインと、pRb結合ドメインと、核移行シグナルドメインとを含むポリペプチド。
【請求項2】
前記HSC70結合ドメインのアミノ酸配列は、シミアンウイルス40、JCウイルス及びBKウイルスからなる群から選択される何れかのウイルスのラージT抗原タンパク質のHSC結合ドメインのアミノ酸配列、又は、DnaJ様タンパク質のHSC結合ドメインのアミノ酸配列を含む、請求項1に記載のポリペプチド。
【請求項3】
前記HSC70結合ドメインのアミノ酸配列は、前記群から選択される少なくとも何れか1つのウイルスのラージT抗原タンパク質のHSC70結合ドメインのアミノ酸配列の反復配列を含む、請求項2に記載のポリペプチド。
【請求項4】
前記HSC70結合ドメインのアミノ酸配列は、下記表1に示すアミノ酸配列(配列番号1)である、請求項2に記載のポリペプチド。
【表1】
【請求項5】
前記pRb結合ドメインのアミノ酸配列が、シミアンウイルス40、JCウイルス及びBKウイルスからなる群から選択される、何れかの1つのウイルスのラージT抗原タンパク質のpRb結合ドメインのアミノ酸配列を含む、請求項1に記載のポリペプチド。
【請求項6】
前記pRb結合ドメインのアミノ酸配列が、前記群から選択される少なくとも何れか1つのウイルスのラージT抗原タンパク質のpRb結合ドメインのアミノ酸配列の反復配列を含む、請求項5に記載のポリペプチド。
【請求項7】
前記pRb結合ドメインのアミノ酸配列は、下記表2に示すアミノ酸配列(配列番号2)である、請求項5に記載のポリペプチド。
【表2】
【請求項8】
前記核移行シグナルドメインは、シミアンウイルス40のラージT抗原タンパク質の核移行シグナル、又は、HIVウイルスのTATタンパク質の核移行シグナルを含む、請求項1に記載のポリペプチド。
【請求項9】
前記核移行シグナルドメインは、シミアンウイルス40のラージT抗原タンパク質の核移行シグナルの反復配列、及び/又は、HIVウイルスのTATタンパク質の核移行シグナルの反復配列を含む、請求項8に記載のポリペプチド。
【請求項10】
前記核移行シグナルドメインが、下記表3に示すアミノ酸配列(配列番号3)である請求項1に記載のポリペプチド。
【表3】
【請求項11】
前記核移行シグナルドメインが、下記表4に示すアミノ酸配列(配列番号4)である請求項1に記載のポリペプチド。
【表4】
【請求項12】
前記ポリペプチドの塩基配列は、下記表に示すアミノ酸配列(配列番号5)である、請求項1に記載のポリペプチド。
【表5】
【請求項13】
請求項1に記載のポリペプチドであって、非分裂細胞に導入される、ポリペプチド。
【請求項14】
前記非分裂細胞は、筋細胞又は神経細胞である、請求項13に記載のポリペプチド。
【請求項15】
pRb結合ドメイン、HSC70結合ドメイン及び核移行シグナルドメインを含むポリペプチドと、
前記ポリペプチドを内包する脂質粒子とを備える導入キャリア。
【請求項16】
請求項15に記載の導入キャリアであって、
前記脂質粒子は、細胞に導入するための核酸をさらに内包し、
前記核酸は、前記細胞内で外来遺伝子として発現する塩基配列を含む、導入キャリア。
【請求項17】
前記脂質粒子は、その構成成分として下記式(1-01)及び/又は(1-02)に示す脂質化合物を含む、請求項15又は請求項16に記載の導入キャリア。
【化1】
【請求項18】
ポリペプチド及び前記ポリペプチドを内包する脂質粒子を備える導入キャリアと、前記導入キャリアの保管安定性を向上させる物質とを具備するキットであって、
前記ポリペプチドは、pRb結合ドメイン、HSC70結合ドメイン、及び、核移行シグナルドメインを含む
キット。
【請求項19】
請求項18に記載のキットであって、
前記脂質粒子は、細胞に導入するための核酸をさらに内包し、
前記核酸は、前記細胞において外来遺伝子として発現する塩基配列を含む、キット。
【請求項20】
前記脂質粒子は、その構成成分として下記式(1-01)及び/又は(1-02)に示す脂質化合物を含む、請求項18又は請求項19に記載のキット。
【化2】
【請求項21】
前記外来遺伝子は、前記細胞で産生させるタンパク質をコードする、請求項19に記載のキット。
【請求項22】
遺伝子治療に用いられる、請求項18又は19に記載のキット。
【請求項23】
細胞周期が停止状態(G0期)である細胞において外来遺伝子を発現させる方法であって、
(S1)細胞と、pRb結合ドメイン、HSC70結合ドメイン及び核移行シグナルドメインを含むポリペプチドと、前記外来遺伝子として発現する塩基配列を含む核酸とを用意すること;
(S2)前記細胞に前記ポリペプチド及び前記核酸を導入すること;及び
(S3)前記ポリペプチド及び前記核酸が導入された前記細胞を生育すること
を含む方法。
【請求項24】
前記(S2)は、前記ポリペプチド及び前記核酸のうち少なくとも一方を内包した脂質粒子を用いて行われる、請求項23に記載の方法。
【請求項25】
前記脂質粒子が、その構成成分として下記式(1-01)及び/又は下記式(1-02)に示す脂質化合物を含む、請求項24に記載の方法。
【化3】
【請求項26】
前記細胞は、非分裂細胞である請求項23に記載の方法。
【請求項27】
前記非分裂細胞は、筋細胞、又は神経細胞である、請求項26に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、ポリペプチド、外来遺伝子発現方法、導入キャリア及びキットに関する。
【背景技術】
【0002】
非分裂細胞での外来遺伝子発現量を向上することが可能な、ポリペプチド、外来遺伝子発現方法、導入キャリア及びキットが求められている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明が解決しようとする課題は、非分裂細胞での外来遺伝子発現量を向上することが可能な、ポリペプチド、外来遺伝子発現方法、導入キャリア及びキットを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
実施形態によれば、HSC70結合ドメインと、pRb結合ドメインと、核移行シグナルドメインとを含むポリペプチドが提供される。このポリペプチドは細胞の周期を停止状態(G0期)からDNA合成準備期(G1期)へと移行させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0005】
図1図1は、第1実施形態に係るG1期移行促進ポリペプチドを示す概略図である。
図2図2は、第2実施形態に係る遺伝子発現方法を示すフローチャートである。
図3図3は、第3実施形態に係るキットが具備する導入キャリアの構造を示す概略図であり、(a)は、G1期移行促進ポリペプチドと導入用核酸とがともに内包される脂質粒子を示し、(b)は、G1期移行促進ポリペプチドと導入用核酸とを別々内包する脂質粒子を示す。
図4図4は、例5の実験結果を示すグラフである。
図5図5は、例6の実験結果を示すグラフであり、(a)はコントロール系の実験結果を示し、(b)はG1期移行促進ポリペプチドを投与した系の実験結果を示す。
図6図6は、例7の実験結果を示すグラフである。
図7図7は、例8の実験結果を示すグラフであり、(a)は、G1期移行促進ポリペプチドのGFP-mRNAの発現量増強効果の評価を示し、(b)はG1期移行促進ポリペプチドのGFP-DNAの発現量増強効果の評価を示す。
【発明を実施するための形態】
【0006】
以下、実施形態について、添付の図面を参照して説明する。なお、各実施形態において、実質的に同一の構成部位には同一の符号を付し、その説明を一部省略する場合がある。図面は模式的なものであり、各部の厚さと平面寸法との関係、各部の厚さの比率等は現実のものとは異なる場合がある。
【0007】
(第1実施形態)
・G1期移行促進ポリペプチド
第1実施形態によれば、非分裂細胞へと導入するための、G1期移行促進ポリペプチドが提供される。図1に示す通り、G1期移行促進ポリペプチド1は、HSC70結合ドメイン2と、pRb結合ドメイン3と、核移行シグナルドメイン4とを少なくとも含む。
【0008】
HSC70結合ドメイン2は、70kDaヒートショックコグネイトタンパク質(70kDa Heat Shock Cognate:HSC70)に結合するアミノ酸配列(以下、「HSC70結合配列」と称する)を含む。HSC70は、Heat Shock Protein(HSP)70ファミリーの一つであり、HSP70のアミノ酸配列と高い相同性を示すタンパク質である。
【0009】
HSP70は、その補因子であるHSP40ファミリーと結合して機能するものであり、HSP70とHSP40は、HSP40のJドメインを介して結合する。このため、HSC70結合配列は、例えばHSP40ファミリーのJドメインを構成するアミノ酸配列又はその一部を含んでいてもよい。具体的には、HSC70結合配列は、HSP40ファミリータンパク質のJドメインと相同性を有する、シミアンウイルス40(SV40)、JCウイルス及びBKウイルスからなる群から選択される何れかのウイルスのラージT抗原タンパク質を構成するDnaJ様タンパク質のJドメインのアミノ酸配列又はその一部の配列が好ましい。
【0010】
例えばHSC70結合ドメイン2は、表1に示すように、SV40のラージT抗原タンパク質のJドメインを構成するアミノ酸配列(配列番号1)からなる配列である。
【0011】
【表1】
【0012】
また、HSC70結合配列は、例えばヒスチジン-プロリン-アスパラギン酸からなるHPDモチーフを含む配列であることが好ましい。しかしながら、HSC70結合配列はこれらに限定されるものではなく、HSC70に結合する機能を有する限りにおいて、列挙したアミノ酸配列の一部を改変したもの等を使用することができる。
【0013】
G1期移行促進ポリペプチド1が細胞に導入された場合、HSC70結合ドメイン2は、細胞内のHSC70と結合することによって、その細胞周期のうちの分裂期(M期)におけるタンパク質合成を活性化することができる。
【0014】
また、HSC70結合ドメイン2はHSC70と結合する部位を複数備えていてもよい。換言すれば、HSC70結合ドメイン2は、HSC70結合配列が複数連結されてなる配列であってもよい。複数連結されるHSC70結合配列は、互いに異なる配列であってもよいし、同一の配列であってもよい。例えば、HSC70結合ドメイン2は、SV40、JCウイルス及びBKウイルスからなる群から選択される何れかのウイルスのラージT抗原タンパク質のHSC70結合ドメインを構成するアミノ酸配列の反復配列を含んでいてもよい。
【0015】
複数のHSC70結合配列は、後述するリンカー配列を介して連結されていてもよい。HSC70と結合する部位を複数備えている場合、HSC70結合ドメイン2がHSC70と結合しやすくなり、分裂期(M期)の細胞におけるタンパク質合成をさらに活性化することができるため、好ましい。
【0016】
pRb結合ドメイン3は、レチノブラストーマタンパク質(Retinoblastoma Protein:Rbタンパク質)に結合するアミノ酸配列(以下、「pRb結合配列」と称する)を含む。pRb結合配列は、例えばSV40、JCウイルス及びBKウイルスからなる群から選択される何れかのウイルスのラージT抗原タンパク質のpRb結合ドメインを構成するアミノ酸配列又はその一部の配列とし得る。例えばpRb結合配列3は、表2に示すように、SV40のラージT抗原タンパク質のpRb結合ドメインを構成するアミノ酸配列(配列番号2)であり得る。
【0017】
【表2】
【0018】
しかしながら、pRb結合配列はこれらに限定されるものではなく、Rbタンパク質と結合する限りにおいて、上述のように列挙したアミノ酸配列の一部を改変したものを使用することができる。
【0019】
Rbタンパク質は、遺伝子発現調整因子であるE2F1-DPヘテロ二量体に核内において結合することで、G1期からS期への移行を抑制する機能を有する。G1期移行促進ポリペプチド1が細胞に導入された場合、pRb結合ドメイン3は、導入細胞内のRbタンパク質に競合結合することでG1期からS期への移行を抑制する機能を阻害し、細胞周期のG1期からS期への移行を促進できる。さらに、今般、発明者らは、pRb結合ドメイン3が、細胞を停止状態(G0期)からDNA合成期(G1期)へと移行することを促進する機能を有していることを明らかにした。従って、G1期移行促進ポリペプチド1のpRb結合ドメイン3は、細胞分裂に係る期間を短縮することが可能である。
【0020】
また、pRb結合ドメイン3は、Rbタンパク質と結合する部位を複数含んでいてもよい。換言すれば、pRb結合ドメイン3は、pRb結合配列が複数連結されてなる配列であってもよい。複数連結されるpRb結合配列は、互いに異なる配列であってもよいし、同一の配列であってもよい。例えば、pRb結合ドメイン3は、SV40、JCウイルス及びBKウイルスからなる群から選択される何れかのウイルスのラージT抗原タンパク質のpRb結合ドメインを構成するアミノ酸配列の反復配列を含んでいてもよい。
【0021】
複数のpRb結合配列は、後述するリンカー配列を介して連結されていてもよい。pRb結合配列が複数連結されている場合、pRb結合ドメイン3とRbタンパク質とが結合しやすくなり、停止状態(G0期)からDNA合成準備期(G1期)への移行、及び、DNA合成準備期(G1期)からDNA合成期(S期)への移行をさらに促進可能であるため、好ましい。
【0022】
核移行シグナルドメイン4は、核移行シグナル(Nuclea localization signal:NLS)を含む。NLSは、典型的な(classical)NLSであってもよいし、非典型的な(non-classical)NLSであってもよい。
【0023】
典型的なNLSとして、例えば表3に示す、シミアンウイルス40(SV40)のラージT抗原タンパク質のNLSを用いてもよい。
【0024】
【表3】
【0025】
さらなる典型的なNLSとして、ヌクレオプラスミン又はSex-determining Region Y(SRY)を構成するアミノ酸配列を用いてもよい。
【0026】
一方、非典型的なNLSとして、例えば表4に示すように、ヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus:HIV)のTrans-Activator of Transcription(TAT)タンパク質のNLS(配列番号4)を用いてもよい。
【0027】
【表4】
【0028】
ただし、NLSはこれらに限定されるものではなく、NLSとしての機能を有する限りにおいて、上で列挙したアミノ酸配列の一部を改変したものを使用することができる。ここで、NLS(ひいては、NLSを含む核移行シグナルドメイン4)の機能とは、細胞内に導入したG1期移行促進ポリペプチド1を核内に移行させることを指す。
【0029】
前述したとおり、Rbタンパク質は、核内において、遺伝子発現調整因子であるE2F1-DPヘテロ二量体に結合することでG1期からS期への移行を抑制している。従って、G1期移行促進ポリペプチド1を構成する核移行シグナルドメイン2の機能によって、pRb結合ドメイン3も核内に移行させることで、より効率的にG1期からS期への移行の抑制を解消することができる。
【0030】
また、核移行シグナルドメイン4は、NLSが複数連結されてなる配列であってもよい。複数連結したNLSから構成されるアミノ酸配列は、例えば互いに異なる特定の配列のNLSを繰り返し含むアミノ酸配列である。例えば核移行シグナルドメイン4として、HIVのTATタンパク質のNLS(配列番号3)とSV40ラージT抗原タンパク質のNLS(配列番号4)とをN末端からこの順番で連結したアミノ酸配列を含有する、タンパク質を用いることも可能である。また、複数のNLSは後述のリンカー配列5を介して連結されていてもよい。
【0031】
以上、G1期移行促進ポリペプチド1を構成するHSC70結合ドメイン2、pRb結合ドメイン3及び核移行シグナルドメイン4を説明したが、これらの配列は任意の順番で連結していてもよい。例えば、N末端からHSC70結合ドメイン2、核移行シグナルドメイン4、pRb結合ドメイン3の順番で連結されていてもよいし、pRb結合ドメイン3、HSC70結合ドメイン2、核移行シグナルドメイン4の順番、pRb結合ドメイン3、核移行シグナルドメイン4、HSC70結合ドメイン2の順番、核移行シグナルドメイン4、HSC70結合ドメイン2、pRb結合ドメイン3の順番、又は核移行シグナルドメイン4、pRb結合ドメイン3、HSC70結合ドメイン2の順番で連結していてもよい。
【0032】
本明細書において「連結」とは、各ドメイン同士、又は、各ドメインを構成する複数のアミノ酸配列同士が、その機能を発揮することが可能な状態で結合されていることをいう。また、「連結」とは、直接結合されている状態や、他の配列を介して結合されている状態のことをいう。
【0033】
上述の他の配列とは、各ドメイン、又は、各ドメインが複数のアミノ酸配列から構成される場合は該アミノ酸配列が有する機能に悪影響を与えない、アミノ酸配列又はポリペプチドである。例えばこのようなアミノ酸配列又はポリペプチドとして、各アミノ酸配列の間に間隔を設ける以外の役割を持たない、リンカー配列5であってもよい。リンカー配列5は、例えば5アミノ酸~20アミノ酸の長さが好ましい。リンカー配列は、G1期移行促進ポリペプチドの機能を損なわない限り、例えばGSリンカーと呼ばれるアミノ酸配列(GGGGS)の1~6回の繰り返し配列からなる一般的なリンカー配列を用いてもよいし、他の既知のリンカー配列を用いてもよい。リンカー配列5を設けることで、各アミノ酸配列が両隣の配列から干渉されることを防止できる。
【0034】
実施形態に従うG1期移行促進ポリペプチドは、上述の作用を示す3つのドメインを含んでいるため、停止状態(G0期)の細胞に導入することで、その細胞周期のDNA合成準備期(G1期)への移行を促進できる。ひいてはDNA合成期(S期)への移行も促進することが可能であり、分裂期(M期)の細胞におけるタンパク質合成をさらに活性化することができる。加えて、分裂期(M期)には、核膜が消失することから、G0期には核膜によって阻害されていた外来遺伝子の核内への移動量が増加する。その結果、実施形態に従うG1期移行促進ポリペプチドは、導入した細胞における外来遺伝子の発現を活発化することが可能である。
【0035】
従来、例えば非分裂細胞のような遺伝子発現が不活発な細胞に外来遺伝子を導入する際には、ウイルスベクターが用いられていた。しかしながら同方法は、導入対象から排出されたウイルスベクターが環境中に拡散し得ること、宿主細胞ゲノムへウイルス遺伝子が挿入されること、及び、遺伝子発現量が十分ではないことが課題であった。
【0036】
一方、実施形態に従うG1期移行促進ポリペプチドによれば、外来遺伝子の導入と同時にG1期移行促進ポリペプチドを細胞に導入することで、外来遺伝子発現を活発化することが可能である。これにより、実施形態に従うG1期移行促進ポリペプチドは、対象のゲノムに遺伝子を組み込むことなく、外来遺伝子発現量を増大させることが可能であり、ゲノムの組み込み等で遺伝子を損傷させることなく、遺伝子発現量を向上させることができ、好ましい。
【0037】
また、実施形態に従うG1期移行促進ポリペプチドは、停止状態であった細胞周期を、一過的に分裂状態に誘導するものであり、従来のウイルスベクターよりも安全性が高いため好ましい。
【0038】
(第2実施形態)
・外来遺伝子発現方法
第2実施形態によれば、第1実施形態で説明したG1期移行促進ポリペプチドを使用して対象となる細胞に同細胞内で外来遺伝子を発現させる、外来遺伝子発現方法が提供される。
【0039】
第2実施形態に係る方法は、図2に示すように、
(S1)細胞と、G1期移行促進ポリペプチドと、導入用核酸とを用意すること、
(S2)導入用核酸及びG1期移行促進ポリペプチドを細胞に導入すること、及び
(S3)導入用核酸及びG1期移行促進ポリペプチドを導入した細胞を生育すること
を含む。
【0040】
以下、本方法の手順を例示し、詳細に説明する。
【0041】
用意工程(S1)では、導入の対象である細胞を用意する。細胞は例えば、ヒト、動物又は植物由来のもの、或いは細菌又は菌類等の微生物由来の細胞であり得る。細胞は、好ましくは動物細胞であり、より好ましくは哺乳類細胞であり、最も好ましくはヒト細胞である。細胞は、例えば生体外に取り出された細胞であってもよく、それは例えば、血液等の体液、組織又はバイオプシー等から分離された細胞であってもよい。細胞は、例えば、単離細胞、培養細胞又は株化された細胞であってもよい。或いは、細胞は生体内の細胞であってもよい。
【0042】
細胞は、例えば非分裂細胞のような遺伝子発現が不活発な細胞であり得る。非分裂細胞は、休止細胞とも呼ばれ、細胞周期が休止期(G0期)に入り分裂を停止している細胞及び分裂能力が低下した細胞のことを指す。例えば非分裂細胞は、筋細胞又は神経細胞等であり得る。
【0043】
用意工程(S1)では、さらに、細胞に導入するための核酸(以下、「導入用核酸」と称する)も用意する。導入用核酸は、細胞内で発現させたいタンパク質をコードする外来遺伝子の塩基配列を含む、核酸である。また、必要であれば、導入用核酸は、細胞のゲノムに組込まれることを目的とした遺伝子の塩基配列、及び/又は遺伝子をゲノムに組み込むための酵素をコードする塩基配列を含む核酸であってもよい。
【0044】
導入用核酸は、例えばDNA、RNA、PNA、LNA、又は塩基配列を構成できる他のヌクレオチドから構成される塩基配列であり、その構造は直鎖状、環状を問わず、一本鎖又は2本鎖のどちらでもよい。
【0045】
また、導入用核酸は、発現を所望するタンパク質をコードする外来遺伝子の塩基配列の他、必要であれば遺伝子の転写を調節するエンハンサー、プロモーター、及び/又は転写終結配列等を含んでもよく、ベクターの一部として組み込まれた形態であってもよい。
【0046】
導入用核酸は、所望のポリペプチド又はタンパク質をコードする塩基配列を含んでいてもよい。所望のポリペプチド又はタンパク質とは、例えば抗体製造に用いられる抗原タンパク質、抗原ペプチド、抗体、抗体断片、抗生物質等のタンパク質薬若しくはペプチド医薬、又は食品添加物のタンパク質若しくはペプチド等であり得るが、これらに限定されるものではない。例えば、導入用核酸を対象細胞における抗原タンパク質又はその断片にあたる抗原ペプチドをコードする核酸に設定することで、遺伝子治療の用途や、DNAワクチン又はRNAワクチン等の遺伝子ワクチンの用途として使用してもよい。
【0047】
次に導入工程(S2)として、対象となる細胞に、G1期移行促進ポリペプチドと導入用核酸とを導入する。導入工程(S2)は、例えば細胞が生体外に取り出された細胞である場合、リポソーム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法、パーティクルガン法、リン酸カルシウム共沈殿法、カチオン性ポリマー法、マイクロインジェクション法、又はソノポレーション法等の公知の方法で行うことができる。
【0048】
導入工程(S2)では、特にリポソーム法を用いることが好ましい。例えば、リポソーム法において、G1期移行促進ポリペプチド及び導入用核酸をリポソーム(脂質粒子)に内包させ、この脂質粒子を含む組成物等を細胞と接触させることで導入をおこなうことができる。このようなリポソーム法によれば、脂質粒子は例えばエンドサイトーシスにより細胞に取り込まれ、その内包物は細胞内に放出される。脂質粒子の詳細については、後述の実施形態において説明する。
【0049】
導入対象が生体内の細胞である場合、導入は、G1期移行促進ポリペプチド及び導入用核酸を含む組成物を生体へ注射又は点滴する等で、行うことができる。同組成物として、例えば、G1期移行促進ポリペプチド及び導入用核酸を内包する脂質粒子を含んでもよい。
【0050】
第2実施形態に係る方法によれば、導入工程(S2)でG1期移行促進ポリペプチドを導入することにより、細胞周期の、停止状態(G0期)からDNA合成準備期(G1期)への移行が促進され、かつ、G1期からDNA合成期(S期)への移行も促進される。
【0051】
なお、導入工程(S2)において、G1期移行促進ポリペプチド及び導入用核酸を、それぞれ互いに異なる方法を用いて異なるタイミングで細胞に導入させてもよい。すなわち、G1期移行促進ポリペプチドを細胞に導入する工程は、導入用核酸を細胞に導入する工程とは別の工程として行ってもよい。導入する細胞の種類によっては、G1期移行促進ポリペプチドと導入用核酸とで適切な導入方法が異なる場合があるが、それぞれに適した導入方法を採ることができるため、好ましい。
【0052】
次に、生育工程(S3)として、導入した遺伝子を発現させるために細胞を生育する。生育は、細胞の種類によって選択される、細胞の生存に適した公知の方法で行えばよい。生育は、細胞が生体外であれば同細胞を培養することによって、生体内の細胞であれば生体を維持することによって、実行できる。生育後、遺伝子発現によって所望のタンパク質が得られる場合には、培養上清及び/又は細胞から、公知の方法で精製され回収してもよい。培養上清からは、ろ過による濃縮及び精製、アフィニティー精製、イオン交換精製又はゲルろ過精製等によりタンパク質を精製することができる。細胞からタンパク質を取り出す場合は、細胞破砕を行って得られた細胞抽出液から細胞成分を除去し、その後上記生成を行うことでタンパク質を精製することができる。
【0053】
第2実施形態に係る方法によれば、工程(S2)によって遺伝子の発現を活発化させているため、導入した遺伝子を細胞内にて効率的に発現させることができる。特に非分裂細胞等、遺伝子発現が不活発な細胞においても効率的に遺伝子発現を活発化させることができるため好ましい。
【0054】
また、第2実施形態に係る方法が、遺伝子発現の産物として所望のタンパク質を産生させることを目的としていた場合には、タンパク質をコードする導入用核酸とG1期移行促進ポリペプチドをともに導入することにより、細胞においてタンパク質の発現量が向上し、ひいてはタンパク質製造効率を向上することが可能である。特に、非分裂細胞及び遺伝子発現が不活発な細胞を用いた場合には、タンパク質の製造量を大きく向上させることが可能である。また、産生したタンパク質を遺伝子治療に用いる場合には、第2実施形態に係る方法を用いることによってタンパク質収量が向上するため、治療の効果も向上し得る。
【0055】
(第3実施形態)
・キット
第3実施形態によれば、第2実施形態の方法に使用するためのキットが提供される。当該キットは、G1期移行促進ポリペプチドを少なくとも含む。また、当該キットは、さらに導入用核酸を含んでいてもよい。
【0056】
G1期移行促進ポリペプチド及び導入用核酸は、例えば、溶媒に含まれた組成物として提供される。溶媒は、例えば、エンドトキシンフリー水、PBS、TEバッファー又はHEPESバッファー等を用いることができる。組成物は、更に賦形剤、安定剤、希釈剤及び/又は補助剤等を含んでもよい。
【0057】
G1期移行促進ポリペプチド及び導入用核酸は、脂質粒子に内包された状態でキットに含まれていてもよい。そのような脂質粒子を含有する場合、キットは、脂質粒子の保管安定性を向上させる物質を具備していてもよい。以下、脂質粒子について図3を用いて説明する。なお、G1期移行促進ポリペプチド及び導入用核酸のような物質を内包する脂質粒子を「導入キャリア」とも称する。
【0058】
図3の(a)に示すように、脂質粒子20は中空で球状の脂質膜であり、G1期移行促進ポリペプチド1と導入用核酸10とがともに脂質粒子20に内包されている。脂質粒子20を構成する脂質膜は、単層、脂質二重層若しくは脂質三重層等の脂質膜である。また、脂質粒子20は脂質膜が更に複数の重なった多層構造であってもよい。
【0059】
脂質粒子20は、1種類の脂質材料からなるものであってもよいが、好ましくは複数種類の脂質材料を含んでいるものであってもよい。脂質材料は、例えば、下記に例示するベース脂質と、生分解性脂質である第1の脂質化合物及び第2の脂質化合物とを少なくとも含むことが好ましい。
【0060】
ベース脂質は、リン脂質又はスフィンゴ脂質、例えば、ジアシルホスファチジルコリン、ジアシルホスファチジルエタノールアミン、セラミド、スフィンゴミエリン、ジヒドロスフィンゴミエリン、ケファリン又はセレブロシド、或いはこれらの組み合わせ等であることが好ましい。ベース脂質は、例えば生体膜の主成分の脂質であってもよく、人工的に合成した脂質であってもよい。
【0061】
ベース脂質として、特にカチオン性脂質又は中性脂質の脂質を用いること好ましく、その含有量によって脂質粒子20の酸解離定数を調節することができる。カチオン性脂質として1,2-ジオレオイル-3-トリメチルアンモニウムプロパン(DOTAP)を用いることが好ましく、中性脂質として1,2-ジオレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン(DOPE)を用いることが好ましい。ベース脂質は、脂質材料の全体に対して30%~約80%(モル比)含まれることが好ましい。或いは、100%近くがベース脂質から構成されていてもよい。
【0062】
第1の脂質化合物は、Q-CHRの式で表される化合物である。
(式中、
Qは、3級窒素を2つ以上含み、酸素を含まない含窒素脂肪族基であり、
Rは、それぞれ独立に、C12~C24の脂肪族基であり、
少なくとも一つのRは、その主鎖中又は側鎖中に、-C(=O)-O-、-O-C(=O)-、-O-C(=O)-O-、-S-C(=O)-、-C(=O)-S-、-C(=O)-NH-、及び-NHC(=O)-からなる群から選択される連結基LRを含む)。
【0063】
第2の脂質化合物は、P-[X-W-Y-W’-Z]の式で表される化合物である。
(式中、
Pは、1つ以上のエーテル結合を主鎖に含むアルキレンオキシであり、
Xは、それぞれ独立に、三級アミン構造を含む2価連結基であり、
Wは、それぞれ独立に、C~Cアルキレンであり、
Yは、それぞれ独立に、単結合、エーテル結合、カルボン酸エステル結合、チオカルボン酸エステル結合、チオエステル結合、アミド結合、カルバメート結合及び尿素結合からなる群から選ばれる2価連結基であり、
W’は、それぞれ独立に、単結合又はC~Cアルキレンであり、
Zは、それぞれ独立に、脂溶性ビタミン残基、ステロール残基、又はC12~C22脂肪族炭化水素基である)。
【0064】
脂質粒子20が、第1の脂質化合物を含む場合、脂質粒子20の表面が非カチオン性となるため、細胞導入における障害が低減され、内包物の導入効率が高まり得る。また、脂質粒子20が、第2の脂質化合物を含む場合、脂質粒子20への核酸構築物の内包量が多くなり得る。
【0065】
特に、第1の脂質化合物として下記式(1-01)の脂質化合物を、第2の脂質化合物として下記式(1-02)の脂質化合物を用いることが好ましい。以下、下記式(1-01)の脂質化合物を「FFT-10」と、下記式(1-02)の脂質化合物を「FFT-20」と称する。
【0066】
【化1】
【0067】
以上に説明した第1及び第2の脂質化合物を含む脂質粒子20を用いた場合、G1期移行促進ポリペプチド及び導入用核酸の内包量を増加させ、且つ、G1期移行促進ポリペプチド及び導入用核酸の細胞への導入効率を高めることが可能である。さらには、導入した細胞の細胞死も低減することができる。
【0068】
第1及び第2の脂質化合物は、脂質材料の全体に対して約20%~約70%(モル比)で含まれることが好ましい。
【0069】
脂質材料は、脂質粒子20同士の凝集を防止する脂質、例えばポリエチレングリコール-ジミリストイルグリセロール(DMG-PEG)を含むこともまた、好ましい。このような脂質は、脂質粒子20の脂質材料全体に対して約1%~約5%(モル比)で含まれることが好ましい。
【0070】
脂質材料は、毒性を調整するための相対的に毒性の低い脂質;脂質粒子20に配位子を結合させる官能基を有する脂質;ステロール(例えばコレステロール)等の、内包物の漏出を抑制するための脂質等の脂質を更に含んでもよい。特に、コレステロールを含ませることが好ましい。
【0071】
用いられる脂質の種類及び組成は、それらが構成する脂質粒子が所望の性質を有するように、考慮して選択されるとよい。脂質粒子の性質とは、導入する細胞に適した酸解離定数(pKa)、サイズ、内包物の種類、或いは導入する細胞中での安定性等である。
【0072】
例えば、脂質粒子20は、FFT-10及び/又はFFT-20と、DOPE及び/又はDOTAPと、コレステロールと、DMG-PEGとを含むことが好ましい。
【0073】
脂質粒子20は、小分子を脂質粒子20に封入する際に用いられる公知の方法、例えば、バンガム法、有機溶媒抽出法、界面活性剤除去法又は凍結融解法等を用いて製造することができる。例えば、脂質粒子20の材料を所望の比率でアルコール等の有機溶媒に含ませて得られた脂質混合物と、ベクター等の内包するべき成分を含む水性緩衝液を用意し、脂質混合物に水性緩衝液を添加する。得られた混合物を撹拌して懸濁することによりベクター等を内包した脂質粒子20が形成される。
【0074】
さらなる実施形態として、図3の(b)に示すように、G1期移行促進ポリペプチド1と導入用核酸10は、別々の脂質粒子20に内包させてもよい。G1期移行促進ポリペプチド1と導入用核酸10を、それぞれ互いに異なるタイミングで導入することによって、導入用核酸10に内包した核酸からのタンパク質の発現量を最大化することができる。細胞の種類によっては、非分裂細胞にG1期移行促進ポリペプチド1を内包した脂質粒子を投与して細胞に分裂(G1期移行)を開始させてから、時が経過した後、例えば24時間後に、導入用核酸10を内包した脂質粒子で外来遺伝子を投与することにより、細胞への外来遺伝子の導入、及びタンパク質発現を最大化できる。このように、G1期移行促進ポリペプチド1と導入用核酸10を別々の脂質粒子20に内包させた場合には、導入する細胞の種類によって、G1期移行促進ポリペプチドと導入用核酸を、それぞれの細胞に適したタイミングで投与することができるため、好ましい。
【0075】
[例]
以下、実施形態に係るキットを製造して使用した例について説明する。
【0076】
例1 G1期移行促進ペプチドをコードするDNA配列の用意
G1期移行促進ペプチドをコードするDNA配列(配列番号1)を合成した。以下、G1期移行促進ペプチドは「LTJ」と、G1期移行促進ペプチドをコードするDNA配列を「LTJ配列」と称する。ここで、LTJは、表5に示すアミノ酸配列(配列番号5)から構成されるものとした。
【0077】
【表5】
【0078】
詳述すると、LTJのアミノ酸配列は、そのN末端から表4に示すアミノ酸配列(配列番号4)、表3に示すアミノ酸配列(配列番号3)、表1に示すアミノ酸配列(配列番号1)、表2に示すアミノ酸配列(配列番号2)、及び、表3に示すアミノ酸配列(配列番号3)がこの順番で連結してなるアミノ酸配列である。配列番号1及び配列番号2のアミノ酸配列は、SV40のLTタンパク質のN末端から133残基に亘る配列と同一のアミノ酸配列であり、LTタンパク質におけるJドメイン及びpRb結合ドメインを含むものである。配列番号4のアミノ酸配列は、HIVのTATタンパク質のNLSにあたるアミノ酸配列である。配列番号5のアミノ酸配列は、LTタンパク質のNLSにあたるアミノ酸配列である。
【0079】
例2 LTJ配列を備えるプラスミドベクターの用意
例1で得たLTJ配列に、表6に示す8×グリシンタグ(配列番号6)、及び、表7に示すStrep-tagII(配列番号7)の塩基配列を連結させるようにプラスミドpSROz1に組み込むことで、プラスミドベクターpSROz1-LTJを作成した。
【0080】
【表6】
【0081】
【表7】
【0082】
例3 LTJの合成及び精製
例2で得たpSROz1-LTJにin vitro transcription法を適用することで、8×グリシンタグ及びStrep-tagIIが付加されたLTJ配列を転写し、さらに転写産物をカイコ後部絹糸腺抽出液の無細胞タンパク質合成系に投入することで翻訳し、表8に示す、C末端に8×グリシンタグとStrep-tagIIが付加されたLTJ(配列番号8)を産生した。産生したLTJを含有する溶液にStrepTrap HPカラム(Global life science technology社製)を使用して精製、濃縮、及び、バッファー交換を行うことで、LTJ及びを含有する溶液を得た。
【表8】
【0083】
例4 LTJ内包リポソームの用意
エタノールを溶媒とする脂質溶液を用意した。脂質溶液の組成は、FFT-10が0.35nmol/L,FFT-20が0.702nmol/L,DOPEが0.09nmol/L,DOTAPが0.21nmol/L,Cholesterolが0.875nmol/L,PEG-DMGが0.105nmol/Lである。
【0084】
用意した脂質溶液に、例3で用意したLTJを含有する溶液を添加し、さらに6.6倍量の10mM HEPES(pH7.3)を静かに添加することで、リポソームを形成させ、リポソームを含有する溶液を調製した。調製したリポソームを含有する溶液は、遠心式限外ろ過チューブ(Amicon(登録商標)Ultra-0.5,Ultracel-50membrane,50KDa,Merck Millipore社製)に移し、14,000×gで遠心分離操作を加えて濃縮した。
【0085】
濃縮したリポソーム材料溶液に、更に、10mM HEPES(pH7.3)を加え、同様の遠心式限外ろ過により、バッファー交換と濃縮操作で同時におこなうことで、LTJを内包するリポソームを含有する溶液(以下、「LTJ内包リポソーム溶液」と称する)を得た。
【0086】
例5 LTJのG1期移行促進効果の測定
ヒト末梢血単核球細胞群(Peripheral Blood Mononuclear Cell:PBMC)の試料(Lonza社製)に、例4で用意したLTJ内包リポソームを導入することで細胞周期に及ぼす影響を調べた。
【0087】
PBMCは、起眠させた後、サイトカイン(IL-7を10ng/mL、及び、IL-15を5ng/mL)を含有するTexMACS培地(Milteny Biotec社製)に懸濁させて、1.0×10(Cell/mL)の細胞懸濁液を調製した。細胞懸濁液は、CD3/CD28抗体でコーティングした96ウェル丸底プレート(Nunc Non-tissue culture treated,ThermoFisherSCIENTIFIC)に1ウェルあたり200μL播種した。細胞懸濁液を播種した後、24時間にわたって37℃、5%CO雰囲気下で培養することでT細胞を活性化させた。
【0088】
なお、プレートへのCD3/CD28抗体のコーティングは、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で100倍希釈したCD3/CD28抗体溶液を1ウェルあたり150μL添加し、37℃、5%CO雰囲気で2時間以上静置した後、抗体溶液を除去することでおこなった。
【0089】
PBMCの細胞周期測定の試料は次のように用意した。上述の通りに活性化させたT細胞を含む細胞懸濁液に、例4で得たLTJ内包リポソーム溶液を1ウェルあたり5μL投与して、37℃、5%CO雰囲気で48時間にわたって培養を継続した。その後、核染色用蛍光色素であるHoechst 33342を1.0mg/mL濃度、及び、mRNA染色用蛍光色素であるPyronin-Yを5.0mg/mL濃度となるようにさらに添加し、37℃、30分間のインキュベートを行った。インキュベート後の細胞懸濁液には遠心分離操作を適用して細胞を沈殿させ、かつ、上清を取除いてPBSで再度懸濁することでバッファー交換を行い、PBMCの細胞周期測定の試料とした。また、コントロールの実験系として、LTJ内包リポソーム溶液を投与しないこと以外は上記と同様の条件で活性化、培養、蛍光色素の導入を行った試料も用意し、PBMCの細胞周期測定の試料として供した。
【0090】
試料の細胞周期は、蛍光活性化セルソーティング(FACS)の手法を用いて測定した。FACSはフローサイトメーターであるFACSVerse(BDBiosciences社製)を使用し、Hoechst 33342で標識された細胞はV450フィルターセットで、Pyronin-Yで染色された細胞はPEフィルターセットで検出した。FACS測定で得られたデータはFACSuiteソフトウェア(BD Biosciences社製)で解析した。
【0091】
図4に、コントロールの実験系の解析結果、及び、LJTを投与した実験系の解析結果を示す。なお、図4中、グラフの縦軸は総細胞数あたりの各細胞周期の細胞の割合を表し、横軸は培養期間を表す。
【0092】
コントロール実験系の結果とLJT投与実験系の結果とを比較すると、PBMCにLJTを投入することでG0期の細胞が37%から17%に減少し、かつ、G1期の細胞が53%から78%に増加したことが分かる。従って、LTJが、G0期からG1期への移行を促進させる効果を発揮することが示された。
【0093】
例6 LTJによる細胞分裂促進効果の評価
例6では、例4で得たLTJ内包リポソームをPBMCに投与することで、LTJ内包リポソームが細胞分裂に及ぼす影響を調べた。
【0094】
例5と同じ方法で、活性化したT細胞を含む細胞懸濁液を収容する、96ウェル丸底プレートを用意した。ウェルに収容された細胞懸濁液に、例4で得たLTJ内包リポソーム溶液を1ウェルあたり5μL投与し、かつ、細胞分裂解析用蛍光試薬であるCellTrace Far Red(Gibco,ThermoFisher SCIENTIFIC社製)を1ウェルあたり0.2μL投与して、37℃、5%CO雰囲気下で6日間にわたって培養を継続した。培養終了後には細胞培養液に遠心分離操作を加え、細胞を沈殿させて上清を取除き、PBSへとバッファー交換をすることでPBMCの細胞分裂状態の分析に供した。また、コントロールとして、LTJ内包リポソーム溶液は投与しないこと以外は同様の条件に設定した実験系を用意し、同様にPBMCの細胞分裂状態の分析に供した。
【0095】
細胞分裂分析として、細胞分裂解析用蛍光色素であるCellTraceを指標としたFACSによる分析を行った。同分析は、細胞分裂を経るとCellTraceで染色した細胞の蛍光強度が半減することを利用して、分裂細胞の割合を測定する方法である。具体的には、CellTrace標識細胞をFACSのAPCフィルターセットで検出し、入手したデータをFACSuiteソフトウェア(BD Biosciences社製)で解析した。
【0096】
例6の結果を、図5の(a)及び(b)に示す。それぞれ、図5の(a)はコントロールの実験系、図5の(b)はLTJを添加した実験系における、CellTraceが導入された細胞に関するヒストグラムであり、縦軸は細胞数(%)を、横軸は細胞分裂解析用蛍光色素の相対的蛍光強度(-)を示す。1回以上分裂した細胞群は、グラフ中の破線よりも左側の領域にある、より蛍光強度の低い細胞群である。
【0097】
図5(a)と図5(b)との結果を比較すると、LTJを投与したPBMCは、コントロールの実験系のPBMCに比べて、1回以上分裂した細胞の割合が増加していることが分かる。従って、LTJが細胞分裂を促進する効果を有することが示された。
【0098】
例7 LTJによる外来mRNAの発現の促進効果の評価
・mRNA内包リポソームの調製
LTJによる外来mRNAの発現の促進効果を評価するためのリポソームとして、緑色蛍光タンパク質遺伝子のmRNA(以下、「GFP-mRNA」と称する)を含有するリポソーム溶液を、下記に示す工程を以て調製した。GFP-mRNAは、OZ BIOSCIENCESから購入し、水溶液中に溶解させたものを使用した。
【0099】
また、例4と同一組成の脂質溶液及びLTJ溶液を用意した。用意した脂質溶液及びLTJ溶液を混合すると同時に上述のGFP-mRNAの水溶液を添加すること以外は、例4と同一の方法でGFP-mRNA及びLTJを内包するリポソーム溶液を調製し、LTJによるGFP-mRNAの発現促進効果の評価に供する試料とした。一方、LTJ溶液を混合しないこと以外は、上述のGFP-mRNA及びLTJを内包するリポソーム溶液の調製と同様に調製した、GFP-mRNAを内包するリポソーム溶液も同評価に供する試料とした。
・LTJによる外来mRNAの発現の促進効果
活性化したT細胞を含む、PBMCの細胞懸濁液を収容する96ウェル丸底プレートを、例5及び例6で説明した方法と同一の方法で用意した。このプレートが収容する細胞懸濁液にGFP-mRNAを内包するリポソーム溶液を投与する実験系と、GFP-mRNA及びLTJを内包するリポソーム溶液を投与する実験系と、を用意した。また、コントロール実験系として、GFP-mRNA及びLJTを内包しないリポソーム溶液を投与した系も用意した。
【0100】
・LTJによる外来mRNAの発現の促進効果の評価
3つの実験系においてリポソーム溶液を投与し、同条件で培養を開始してから5日後、PBMCを回収してPBSに懸濁し、FACSでGFPの発現量を分析した。FACSの分析は、GFP発現細胞をFITCフィルターセットで検出し、その他は例6と同じ方法で解析した。
【0101】
図6には、コントロールの実験系の解析結果と、GFP-mRNAを内包するリポソーム溶液を投与した系の解析結果と、GFP-mRNA及びLTJを内包するリポソーム溶液を投与した実験系の解析結果とを示した。なお、図6において、グラフの縦軸に示すGFP発現細胞の平均発光強度(MFI)は、導入したGFP-mRNAの発現量の指標であり、横軸は培養期間を表す。
【0102】
図6に示した3つの系の実験結果を比較すると、LTJを投与した系におけるPBMCに導入したGFP-mRNAの発現量は、LTJを投与しなかった系における同発現量の約1.5倍であった。従って、LTJが、細胞に導入したmRNAの発現量を増強する効果を有することが示された。
【0103】
例8 LTJによる外来遺伝子の発現の促進効果の評価
・外来遺伝子内包リポソームの調製
LTJによる外来遺伝子の発現の促進効果を評価するためのリポソームとして、例7で調整したGFP-mRNA内包リポソーム、或いは、緑色蛍光タンパク質遺伝子のDNA(以下、「GFP-DNA」と称する)を含有するリポソーム溶液を、下記に示す工程を以て調製した。なお、GFP-DNAとして、EGFP遺伝子の発現カセットを組み込んだプラスミドDNAを使用した。
【0104】
10%ウシ胎児血清を含むRPMI-1640培地(Gibco,ThermoFisher SCIENTIFIC社製)に、T細胞性白血病細胞Jurkat(ATCC)を1.0×10細胞/mLとなるように懸濁させた細胞懸濁液を調製した。このプレートが収容する細胞懸濁液にGFP-mRNAを内包するリポソーム溶液を投与する実験系と、GFP-mRNAを内包するリポソーム溶液及びLTJを内包するリポソーム溶液を投与する実験系と、を用意した。また、コントロール実験系として、GFP-mRNA及びLJTを内包しないリポソーム溶液を投与した系も用意した。
【0105】
さらに、細胞懸濁液にGFP-DNAを内包するリポソーム溶液を投与する実験系と、GFP-DNAを内包するリポソーム溶液及びLTJを内包するリポソーム溶液を投与する実験系と、を用意した。また、コントロール実験系として、GFP-DNA及びLJTを内包しないリポソーム溶液を投与した系も用意した。
【0106】
全ての実験系は37℃、5%CO雰囲気下で5日間にわたって培養し、それぞれ培養終了後にJurkatを回収してPBSに懸濁し、それぞれの懸濁液をLTJによる外来遺伝子の発現促進効果の評価に供した。
【0107】
・外来遺伝子発現促進効果の評価
LTJが外来遺伝子であるGFP-mRNA又はGFP-DNAの発現量に及ぼす影響は、FACSで分析した。FACSの分析及び解析は、例7と同じ方法でおこなった。
【0108】
例8の実験結果を図7に示す。図7の(a)はGFP-mRNAを内包するリポソーム溶液を投与した系とそのコントロールの実験系、図7の(b)はGFP-DNAを内包するリポソーム溶液を投与した系とそのコントロールの実験系、の解析結果を示す。なお、図7中のグラフの縦軸はGFP-DNAを発現した細胞の平均発光強度(MFI)であり、これは外来遺伝子であるGFP-mRNA又はGFP-DNAの発現量の指標となる。
【0109】
図7の(a)において、LTJを投与したJurkatにおけるGFP-mRNAの発現量は、LTJを投与しなかった系の約1.9倍であった。また、図7の(b)において、LTJを投与したJurkatにおけるGFP-DNAの発現量は、LTJを投与しなかった系の約2.2倍に増加した。
【0110】
従って、LTJが、Jurkatに対し、外来遺伝子の分子形状がDNAの場合もRNAの場合も、その発現を増強する効果を示すことが示された。
【0111】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0112】
1…G1期移行促進ポリペプチド、2…HSC70結合ドメイン、3…pRb結合ドメイン、4…核移行シグナルドメイン、5…リンカー配列、10…導入用核酸、20…脂質粒子
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【配列表】
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