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特開2023-181775アトピー性皮膚炎に関連する因子の検査方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023181775
(43)【公開日】2023-12-25
(54)【発明の名称】アトピー性皮膚炎に関連する因子の検査方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6851 20180101AFI20231218BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALI20231218BHJP
   A61K 8/64 20060101ALI20231218BHJP
   A61Q 19/00 20060101ALI20231218BHJP
   A61P 17/00 20060101ALI20231218BHJP
   A61P 37/08 20060101ALI20231218BHJP
   A61K 38/18 20060101ALI20231218BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20231218BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20231218BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20231218BHJP
【FI】
C12Q1/6851 Z
C12Q1/686 Z
A61K8/64
A61Q19/00
A61P17/00
A61P37/08
A61K38/18
G01N33/53 D
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022095109
(22)【出願日】2022-06-13
(71)【出願人】
【識別番号】502285457
【氏名又は名称】学校法人順天堂
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ニヨンサバ フランソワ
(72)【発明者】
【氏名】ペン グ
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
4C083
4C084
【Fターム(参考)】
2G045BB24
2G045CB09
2G045FA16
4B063QA01
4B063QA18
4B063QA19
4B063QQ02
4B063QQ08
4B063QQ42
4B063QQ52
4B063QR06
4B063QR08
4B063QR32
4B063QR55
4B063QR62
4B063QS25
4B063QS34
4B063QX02
4C083AD411
4C083AD412
4C083CC01
4C083EE12
4C083EE13
4C084AA02
4C084BA44
4C084DB53
4C084NA14
4C084ZA891
4C084ZB131
(57)【要約】
【課題】アトピー性皮膚炎に関連する因子を検査する新たな手段を提供すること。
【解決手段】アトピー性皮膚炎に関連する因子の検査方法であって、被検者由来の生体試料中のベータセルリン発現レベルを測定する測定工程、及び前記測定工程で測定されたベータセルリン発現レベルと、対照レベルとを対比する対比工程を含む、方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アトピー性皮膚炎に関連する因子の検査方法であって、
被検者由来の生体試料中のベータセルリン発現レベルを測定する測定工程、及び
前記測定工程で測定されたベータセルリン発現レベルと、対照レベルとを対比する対比工程を含む、方法。
【請求項2】
被検者がアトピー性皮膚炎を発症しているか否かを判定するための検査方法であり、且つ前記対照レベルが、健常皮膚由来の生体試料中のベータセルリン発現レベルである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
被検者のアトピー性皮膚炎治療後の予後を判定するための検査方法であり、前記被検者由来の生体試料中のベータセルリン発現レベルが、治療後の被検者由来の生体試料中のベータセルリン発現レベルであり、且つ前記対照レベルが、治療前の被検者由来の生体試料中のベータセルリン発現レベルである、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
被検者のアトピー性皮膚炎の重症度を判定するための検査方法である、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
アトピー性皮膚炎予防及び/又は治療剤の薬効評価方法であって、
ベータセルリン発現レベルを指標として被験物質を評価する評価工程を含み、
前記評価工程で被験物質によってベータセルリン発現レベルが増大すると認められた場合に、被験物質がアトピー性皮膚炎予防及び/又は治療剤として薬効を示す可能性が高いと判定する、方法。
【請求項6】
ベータセルリンからなるアトピー性皮膚炎のバイオマーカー。
【請求項7】
ベータセルリンを有効成分とする、皮膚バリア機能改善剤。
【請求項8】
ベータセルリンを有効成分とする、アトピー性皮膚炎予防及び/又は治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アトピー性皮膚炎に関連する因子の検査方法に関する。より詳細には、アトピー性皮膚炎に関連する因子の検査方法、アトピー性皮膚炎予防及び/又は治療剤の薬効評価方法、バイオマーカー、皮膚バリア機能改善剤、並びにアトピー性皮膚炎予防及び/又は治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
アトピー性皮膚炎は、増悪と軽快を繰り返す掻痒のある湿疹を主病変とする最も一般的な炎症性皮膚疾患である。また、その初期に皮膚バリア機能障害がみられることがわかっている。
また、日本におけるアトピー性皮膚炎の有症率は若年層で10%超であり、その治療には、ステロイドやタクロリムスが用いられるのが一般的である。近年、アトピー性皮膚炎改善剤としてJAK阻害剤が提案されているが適用年齢に制限があり、新たなアトピー性皮膚炎予防及び/又は治療剤の開発が望まれている。
【0003】
また、アトピー性皮膚炎を発症しているか否かの判定や、アトピー性皮膚炎治療後の予後の判定、アトピー性皮膚炎の重症度の判定は、一般的に肉眼による所見を頼りに行われているのが現状である。
近年では、アトピー性皮膚炎のバイオマーカーとして、例えば、スフィンゴシン-1-リン酸が報告されているが(非特許文献1)、精度等の向上が要求されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Berdyshev E, Goleva E, Bronova I, Bronoff AS, Streib JE, Vang KA, Richers BN, Taylor P, Beck L, Villarreal M, Johnson K, David G, Slifka MK, Hanifin J, Leung DYM. Signaling sphingolipids are biomarkers for atopic dermatitis prone to disseminated viral infections. J Allergy Clin Immunol. 2022:S0091-6749(22)00296-2.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一方、ベータセルリンは、上皮成長因子ファミリーに属する細胞成長因子であり、皮膚の形態形成と恒常性に重要な役割を果たしているが、ベータセルリン発現レベルの変化と、アトピー性皮膚炎の状態との間に相関関係があるか否かはこれまでに検討されていない。
本発明の課題は、アトピー性皮膚炎に関連する因子を検査する新たな手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは鋭意検討した結果、ベータセルリン発現レベルの変化と、アトピー性皮膚炎の状態との間に相関関係があり、アトピー性皮膚炎が発症した場合やアトピー性皮膚炎が重症化した場合にその病変部位におけるベータセルリン発現レベルが弱くなることを見出した。そして、この知見に基づいて、被検者由来の生体試料中のベータセルリン発現レベルを測定することでアトピー性皮膚炎関連因子を検査できること、並びにベータセルリン発現レベルを指標とすることでアトピー性皮膚炎予防及び/又は治療剤の薬効を評価できることを見出した。
【0007】
すなわち、本発明は、以下の<1>~<8>を提供するものである。
<1> アトピー性皮膚炎に関連する因子の検査方法であって、
被検者由来の生体試料中のベータセルリン発現レベルを測定する測定工程、及び
前記測定工程で測定されたベータセルリン発現レベルと、対照レベルとを対比する対比工程を含む、方法。
<2> 被検者がアトピー性皮膚炎を発症しているか否かを判定するための検査方法であり、且つ前記対照レベルが、健常皮膚由来の生体試料中のベータセルリン発現レベルである、<1>に記載の方法。
<3> 被検者のアトピー性皮膚炎治療後の予後を判定するための検査方法であり、前記被検者由来の生体試料中のベータセルリン発現レベルが、治療後の被検者由来の生体試料中のベータセルリン発現レベルであり、且つ前記対照レベルが、治療前の被検者由来の生体試料中のベータセルリン発現レベルである、<1>に記載の方法。
<4> 被検者のアトピー性皮膚炎の重症度を判定するための検査方法である、<1>に記載の方法。
【0008】
<5> アトピー性皮膚炎予防及び/又は治療剤の薬効評価方法であって、
ベータセルリン発現レベルを指標として被験物質を評価する評価工程を含み、
前記評価工程で被験物質によってベータセルリン発現レベルが増大すると認められた場合に、被験物質がアトピー性皮膚炎予防及び/又は治療剤として薬効を示す可能性が高いと判定する、方法。
<6> ベータセルリンからなるアトピー性皮膚炎のバイオマーカー。
<7> ベータセルリンを有効成分とする、皮膚バリア機能改善剤。
<8> ベータセルリンを有効成分とする、アトピー性皮膚炎予防及び/又は治療剤。
【発明の効果】
【0009】
本発明の検査方法は、アトピー性皮膚炎に関連する因子の検査方法として有用であり、アトピー性皮膚炎の発症、予後及び重症度の判定のための検査方法として特に有用である。
本発明の薬効評価方法によれば、アトピー性皮膚炎予防及び/又は治療剤の薬効を簡便に評価できる。
本発明の皮膚バリア機能改善剤は、皮膚バリア機能の改善に有用である。
本発明のアトピー性皮膚炎予防及び/又は治療剤は、アトピー性皮膚炎の予防及び/又は治療に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】アトピー性皮膚炎の病変部皮膚及び非病変部皮膚におけるベータセルリンの発現を示す図。
図2】健常皮膚及びアトピー性皮膚炎患者皮膚におけるベータセルリンの発現を示す図。
図3】ベータセルリンの発現とアトピー性皮膚炎の重症度(SCORAD値)との関連性を示す図。
図4】アトピー性皮膚炎の治療前後におけるベータセルリンの発現を示す図。
図5】健常皮膚とアトピー性皮膚炎患者皮膚との間におけるROC曲線解析によるベータセルリン発現の比較を示す図。
図6】中等症~重症アトピー性皮膚炎患者皮膚と軽症アトピー性皮膚炎患者皮膚との間におけるROC曲線解析によるベータセルリン発現の比較を示す図。
図7】ROC曲線解析によるアトピー性皮膚炎治療前後におけるベータセルリン発現の比較を示す図。
図8】健常者皮膚におけるベータセルリン発現を示す図。
図9】正常ヒト表皮角化細胞におけるベータセルリン発現を示す図。
図10】ベータセルリンsiRNAで処理した表皮角化細胞における皮膚バリア関連遺伝子の発現を示す図。
図11】ヒト表皮角化細胞における皮膚バリア関連因子の発現を示す図。
図12】ヒト表皮角化細胞における経上皮電気抵抗を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
〔検査方法、バイオマーカー〕
本発明の検査方法は、アトピー性皮膚炎に関連する因子の検査方法であって、被検者由来の生体試料中のベータセルリン発現レベルを測定する測定工程、及び前記測定工程で測定されたベータセルリン発現レベルと、対照レベルとを対比する対比工程を含むことを特徴とする。本発明の検査方法は、ベータセルリンの発現レベルを測定すること以外は、常法に従って行えばよい。
本発明のバイオマーカーは、アトピー性皮膚炎のバイオマーカーであって、ベータセルリンからなるものである。
【0012】
ベータセルリンは、上皮成長因子ファミリーに属する細胞成長因子であり、皮膚の形態形成と恒常性に重要な役割を果たすものである。
【0013】
本発明の検査方法は、被検者由来の生体試料中のベータセルリン発現レベルを測定する測定工程を含む。
生体試料としては、アトピー性皮膚炎の重症度に応じてベータセルリンの発現レベルが変化する被検者から採取した生体試料であればよいが、皮膚、角層、皮膚表上脂質、臓器、血液、尿、唾液、汗、組織浸出液等の体液、血液から調製された血清、血漿等が挙げられる。上記皮膚、角層、皮膚表上脂質を採取する皮膚としては検査対象部位の皮膚が好ましい。
【0014】
被検者の性別、年齢及び人種等は特に限定されず、乳児から老人までを包含する概念である。被検者は、アトピー性皮膚炎の発症、予後及び重症度の判定を必要とするか又は希望するヒトである。例えば、アトピー性皮膚炎を発症しているヒト、アトピー性皮膚炎の発症が疑われるヒト又は遺伝的にアトピー性皮膚炎の素因を有するヒトである。
ベータセルリン発現レベルの測定手段としては、ベータセルリンの遺伝子分析及びベータセルリンのタンパク質発現・産生量測定等が挙げられる。
ベータセルリン発現レベルを測定する具体的な手法としては、例えば、リアルタイムPCRによるベータセルリンの遺伝子発現レベルの分析、酵素結合免疫吸着検定法(ELISA法)やウェスタンブロット、免疫蛍光染色法、免疫組織染色法を用いたベータセルリンのタンパク質発現及び産生レベルの測定が挙げられる。より具体的には、血液細胞や皮膚常在細胞、皮膚組織のベータセルリン遺伝子発現レベルをリアルタイムPCRで測定する手法、血清や培養した皮膚常在細胞、皮膚組織からのベータセルリンタンパク産生量を酵素結合免疫吸着検定法(ELISA法)で測定し、その発現レベルをウェスタンブロット法や免疫蛍光染色法で測定する手法、皮膚組織からのベータセルリンタンパク質発現を免疫組織染色法で検出する手法が挙げられる。
【0015】
本発明の検査方法は、測定工程で測定されたベータセルリン発現レベルと、対照レベルとを対比する対比工程を含む。
ここで、被検者がアトピー性皮膚炎を発症しているか否かを判定するために検査する場合、及び被検者のアトピー性皮膚炎の重症度を判定するために検査する場合には、健常皮膚由来の生体試料中のベータセルリン発現レベルを対照レベルとすればよい。
また、被検者のアトピー性皮膚炎治療後の予後を判定するために検査する場合には、治療前の被検者由来の生体試料中のベータセルリン発現レベルを対照レベルとし、且つ治療後の被検者由来の生体試料中のベータセルリン発現レベルを被検者由来の生体試料中のベータセルリン発現レベルとすればよい。
対比工程においては、例えば、被検者由来の生体試料中のベータセルリン発現レベルを、ベータセルリンのカットオフ値(参照値)と比較してもよい。カットオフ値は、健常皮膚や治療前の被検者における発現レベルを基準データとして取得しておき、その平均値や標準偏差等の統計的数値に基づき、適宜決定すればよい。カットオフ値は、例えば、ROC(Receiver Operating Characteristic Curve)曲線より求めることができる。
【0016】
アトピー性皮膚炎の重症度は、アトピー性皮膚炎の進行の程度を意味し、皮膚の状態によって、例えば症状なし、軽症(軽度)、中等症(中等度)、重症(重度)、最重症というように分類される。アトピー性皮膚炎の重症度分類としては、例えば、Severity Scoring of Atopic Dermatitis(「SCORAD」<Dermatology, 1993; 186: 23-31.>、Eczema Area and Severity Index (EASI) <Experimental Dermatology, 2001; 10: 11-18. >、Investigator’s Global Assessment (IGA)<Journal of the American Academy of Dermatology, 2016;74(2):288-94.>、The Patient Oriented Eczema Measure (RECAP) <Archives of dermatology, 2004;140:1513-19.>、Recap of Atopic Eczema (POEM) <British Journal of Dermatology, 2020;183:524-36.>、Atopic Dermatitis Control Test (ADCT) <Current Medical Research and Opinion, 2019;12:1-10.>等が挙げられるが、本発明によれば、SCORAD、EASI、IGA、RECAP、POEM、ADCT のいずれの重症度評価も可能である。SCORADは、範囲、皮疹の強さ(紅斑、浮腫/丘疹、浸出液/痂皮、擦り傷、苔癬化、及び皮膚の乾燥)及び自覚症状(Itch、Sleep Loss)より算出される0~103のスコアである。実施例に記載のとおり、SCORADによるスコアが25超の病変部位においては、SCORADによるスコアが25未満の病変部位よりもベータセルリン発現レベルが有意に低い値を示した。例えば、被検者由来の生体試料中のベータセルリン発現レベルが、健常皮膚由来の生体試料中のベータセルリン発現レベルの70%以上90%未満の場合に軽症、30%以上70%未満の場合に中等症、0%以上30%未満の場合に重症~最重症と判定することができる。
【0017】
生体試料中のベータセルリン発現レベルは、アトピー性皮膚炎の病変部位において健常皮膚よりも有意に低い値を示し、また、アトピー性皮膚炎の重症度に対応して低い値を示す。また、ベータセルリン発現レベルは、アトピー性皮膚炎が治療された後に治療前より強くなる。
被検者がアトピー性皮膚炎を発症しているか否かを判定するために検査する場合に、生体試料中のベータセルリン発現レベルが、健常皮膚由来の生体試料中のベータセルリン発現レベルより弱いとき、アトピー性皮膚炎を発症していると判定し得る。
また、被検者のアトピー性皮膚炎の重症度を判定するために検査する場合に、生体試料中のベータセルリン発現レベルが、健常皮膚由来の生体試料中のベータセルリン発現レベルより弱いとき、アトピー性皮膚炎の重症度を判定し得る。
また、被検者のアトピー性皮膚炎治療後の予後を判定するために検査する場合に、治療後の被検者由来の生体試料中のベータセルリン発現レベルが、治療前の被検者由来の生体試料中のベータセルリン発現レベルより強いとき、予後良好と判定し得る。
【0018】
〔薬効評価方法〕
本発明の薬効評価方法は、アトピー性皮膚炎予防及び/又は治療剤の薬効評価方法であって、ベータセルリン発現レベルを指標として被験物質を評価する評価工程を含み、前記評価工程で被験物質によってベータセルリン発現レベルが増大すると認められた場合に、被験物質がアトピー性皮膚炎予防及び/又は治療剤として薬効を示す可能性が高いと判定することを特徴とする。
被験物質は、天然に存在する物質であっても化学的又は生物学的方法等で人工的に合成した物質であってもよい。また、組成物や混合物であってもよい。
【0019】
後記実施例に記載のとおり、本発明者らの検討によって、アトピー性皮膚炎患者やアトピー性皮膚炎マウスの皮膚に、アトピー性皮膚炎が発症した場合やアトピー性皮膚炎が重症化した場合にその病変部位におけるベータセルリン発現レベルが弱くなること、アトピー性皮膚炎治療後には、アトピー性皮膚炎治療前よりもベータセルリン発現レベルが強くなること、さらにベータセルリンが発現した健常表皮角化細胞では皮膚バリア機能が改善されることが判明した。
したがって、皮膚のベータセルリン発現の変化と、アトピー性皮膚炎の状態との間に相関関係があることがわかった。また、被験物質非存在下又は対象物質存在下と被験物質存在下とでベータセルリン発現レベルを測定し、被験物質存在下のベータセルリン発現レベルが、被験物質非存在下又は対象物質存在下のベータセルリン発現レベルより強いと認められる場合に、アトピー性皮膚炎予防及び/又は治療効果を示す可能性が高いことがわかる。
【0020】
本明細書において「アトピー性皮膚炎予防及び/又は治療」とは、アトピー性皮膚炎を予防及び/又は治療することをいい、具体的には、アトピー性皮膚炎の炎症やかゆみを抑制することをいう。アトピー性皮膚炎予防及び/又は治療は、好ましくは皮膚バリア機能改善によるアトピー性皮膚炎予防及び/又は治療である。
また、本明細書において「皮膚バリア機能改善」とは、皮膚バリア機能を改善させることをいい、具体的には、皮膚バリア機能関連タンパク質の発現を増強させることや経表皮水分蒸散量を減少させることをいう。
ベータセルリン発現レベルの評価手段としては、ベータセルリンの遺伝子分析及びベータセルリンのタンパク質発現・産生量測定等が挙げられ、具体的には、上記と同様の測定手法が挙げられる。
【0021】
〔皮膚バリア機能改善剤、アトピー性皮膚炎予防及び/又は治療剤〕
本発明の皮膚バリア機能改善剤、アトピー性皮膚炎予防及び/又は治療剤は、ベータセルリンを有効成分とする。
本発明の皮膚バリア機能改善剤、アトピー性皮膚炎予防及び/又は治療剤は、皮膚バリア機能改善、アトピー性皮膚炎予防及び/又は治療に有効な医薬品、医薬部外品、化粧品若しくは食品として、又は医薬品、医薬部外品、化粧品若しくは食品に配合する素材として使用可能である。
なお、食品は、皮膚バリア機能改善、アトピー性皮膚炎予防及び/又は治療をコンセプトとし、必要に応じてその旨を表示した保健機能食品(例えば機能性表示食品、特定保健用食品、栄養機能食品等)とすることが可能である。
【0022】
本発明の皮膚バリア機能改善剤、アトピー性皮膚炎予防及び/又は治療剤の適用手段は、経口、注射、皮膚外用等のいずれでもよいが、皮膚外用又は注射が好ましく、皮膚外用がより好ましい。なお、このような皮膚を適用部位とする形態としては、例えば、皮膚外用剤、入浴剤、注射用製剤が挙げられる。なお、「皮膚」は、顔や身体、手足の皮膚、及び頭皮を包含する概念である。
【0023】
本発明の皮膚バリア機能改善剤、アトピー性皮膚炎予防及び/又は治療剤を経口投与する場合、その剤形としては、錠剤、顆粒剤、細粒剤、散剤、丸剤、カプセル剤、ドライシロップ剤等の固形製剤;半固形製剤;懸濁剤、シロップ剤等の液状製剤等が挙げられる。医薬品、医薬部外品、食品のいずれの場合においても、これらの剤形にしてよい。また、経口投与用組成物とする場合には、上記の有効成分に加えて、賦形剤、崩壊剤、結合剤、滑沢剤等の添加剤を含有せしめることができる。
また、上記食品の具体的な形態としては、錠剤等の上記剤形の保健機能食品やサプリメントの他、ウエハース、ビスケット、ガム等の各種食品が挙げられる。
【0024】
本発明の皮膚バリア機能改善剤、アトピー性皮膚炎予防及び/又は治療剤を経皮用(皮膚外用剤)とする場合、その剤形としては、軟膏剤、クリーム剤、乳液、ゲル剤、ペースト剤、ローション、スプレー剤、貼付剤等が挙げられる。また、皮膚外用剤は、例えば、化粧水、美容液、パック、乳液、クリーム、サンスクリーン、サンオイル等の形態にしてもよい。
皮膚を適用部位とする形態とする場合には、上記の有効成分に加えて、通常の外用剤や入浴剤において基材や添加剤として用いられる各種成分を含有せしめることができる。
【実施例0025】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0026】
〔試験例1〕
遺伝子発現情報データベース(Gene Expression Omnibus:GEO)よりアトピー性皮膚炎患者皮膚のデータを抽出し、Rソフトウェアlimmaパッケージを使用して解析を行った。P値0.05未満を統計学的に有意とした。
結果を図1に示す。図1に示すとおり、アトピー性皮膚炎の病変部皮膚(n=413)においては、非病変部皮膚(n=344)よりもベータセルリンの遺伝子発現の低下がみられた。
【0027】
〔試験例2〕
遺伝子発現情報データベースGEOより健常皮膚及びアトピー性皮膚炎患者皮膚のデータを抽出した。Tukeyの多重比較検定を使用して解析を行い、P値0.05未満を統計学的に有意とした。
結果を図2に示す。図2に示すとおり、アトピー性皮膚炎の病変部皮膚(LS)においては、健常人(N)及び非病変部皮膚(NL)よりもベータセルリンの遺伝子発現レベルが著しく低下していた。
【0028】
〔試験例3〕
遺伝子発現情報データベースGEOより健常皮膚及びアトピー性皮膚炎患者皮膚のデータを抽出した。さらに、アトピー性皮膚炎患者を2群に分類し、SCORAD値25未満を軽症、SCORAD値25以上を中等症~重症とした。健常者はSCORAD値0とした。Tukeyの多重比較検定を使用して解析を行い、P値0.05未満を統計学的に有意とした。
結果を図3に示す。図3に示すとおり、アトピー性皮膚炎 中等症~重症(SCORAD値25以上)においては、健常群(SCORAD値0)及び軽症(SCORAD値25未満)よりも、ベータセルリン発現が有意に低下していた。
【0029】
〔試験例4〕
遺伝子発現情報データベースGEOより生物学的製剤による治療を行ったアトピー性皮膚炎患者皮膚のデータを抽出し、治療前後での比較解析を行った。二標本t検定を行い、P値0.05未満を統計学的に有意とした。
結果を図4に示す。図4に示すとおり、生物学的製剤によるアトピー性皮膚炎治療を行った後に、ベータセルリン発現レベルが治療前より強くなった。
【0030】
〔試験例5〕
ベータセルリン発現によるアトピー性皮膚炎診断評価法の有用性を検討するため、試験例2で検出されたベータセルリン発現レベルについて、receiver operating characteristic(ROC)曲線解析を行った。P値0.05未満を統計学的に有意とした。
結果を図5に示す。図5に示すとおり、アトピー性皮膚炎診断の最適なカットオフ値はベータセルリン2.515未満で、area under the ROC curve (AUC)は0.9628、感度91.65%、特異度91.23%であった。
【0031】
〔試験例6〕
ベータセルリン発現によるアトピー性皮膚炎重症度診断評価法の有用性を検討するため、試験例3で検出されたベータセルリン発現レベルについて、ROC曲線解析を行った。P値0.05未満を統計学的に有意とした。
結果を図6に示す。図6に示すとおり、ベータセルリンレベル2.770未満で中等症から重症アトピー性皮膚炎患者は有意に識別され、そのAUCは0.8687、感度77.88%、特異度85.71%であった。
【0032】
〔試験例7〕
ベータセルリン発現によるアトピー性皮膚炎治療効果評価法の有用性を検討するため、試験例4で検出されたベータセルリン発現レベルについて、ROC曲線解析を行った。P値0.05未満を統計学的に有意とした。
結果を図7に示す。図7に示すとおり、ベータセルリンレベル2.515未満で治療の有効性が示され、そのAUCは0.7186、感度60.58%、特異度75.27%であった。
【0033】
〔試験例8〕
健常者の皮膚を採取してパラフィン切片を作成し、抗ヒトベータセルリン抗体(sc-514061、Santa Cruz)を用いて免疫組織化学染色を行った。
結果を図8に示す。ヒト健常皮膚においてベータセルリンは表皮の上層部、特に顆粒層で発現が認められた。
【0034】
〔試験例9〕
ヒト表皮角化細胞を低濃度カルシウム条件(0.02μM)及び高濃度カルシウム条件(1.64μM)で培養し、ベータセルリンの遺伝子発現をリアルタイムPCRにより解析した。二標本t検定を行い、P値0.05未満を統計学的に有意とした。ベータセルリン発現は高濃度カルシウム条件下で低濃度カルシウム条件下と比較して増加した。
結果を図9に示す。
【0035】
〔試験例10〕
ベータセルリンに対するsiRNA及び対照siRNA(mock)をヒト表皮角化細胞に導入し、皮膚バリア関連因子であるフィラグリン(FLG)、ロリクリン(LOR)、クローディン(CLDN1)、タイトジャンクションタンパク質1(TJP1)の遺伝子発現をリアルタイムPCRで解析した。二標本t検定を行い、P値0.05未満を統計学的に有意とした。
結果を図10に示す(n=4,*:p<0.05,**:p<0.01,****:p<0.001)。siRNAによるベータセルリンの発現抑制に伴い、これらの遺伝子発現は低下した。
【0036】
〔試験例11〕
ヒト表皮角化細胞をリコンビナントヒトベータセルリン及び溶媒で刺激し、皮膚バリア関連因子であるフィラグリン(FLG)、ロリクリン(LOR)、クローディン(CLDN1)、タイトジャンクションタンパク質1(TJP1)の遺伝子発現をリアルタイムPCRで解析した。二標本t検定を行い、P値0.05未満を統計学的に有意とした。
結果を図11に示す(n=4,*:p<0.05,**:p<0.01,***:p<0.001)。遺伝子発現がベータセルリン処理により増加した。ベータセルリンが、Th2サイトカインであるIL-4とIL-13などによる3次元全層培養皮膚のバリア機能破壊を改善することがわかった。
【0037】
〔試験例12〕
ヒト表皮角化細胞を0.6 cmトランスウェルインサートに播種し、カルシウム濃度1.8 mMの培地で培養した。マルチウェルプレート及びインサートのコンパートメント内にコンビナントヒトベータセルリンまたは溶媒を加え、24時間後に経上皮電気抵抗(TER)をCellZscope (NanoAnalytics, Munster, Germany)で測定した。二標本t検定を行い、P値0.05未満を統計学的に有意とした。
結果を図12に示す。
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図12