IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人 東京大学の特許一覧 ▶ 株式会社日本触媒の特許一覧

<>
  • 特開-塩及びそれを含む固体電解質 図1
  • 特開-塩及びそれを含む固体電解質 図2
  • 特開-塩及びそれを含む固体電解質 図3
  • 特開-塩及びそれを含む固体電解質 図4
  • 特開-塩及びそれを含む固体電解質 図5
  • 特開-塩及びそれを含む固体電解質 図6
  • 特開-塩及びそれを含む固体電解質 図7
  • 特開-塩及びそれを含む固体電解質 図8
  • 特開-塩及びそれを含む固体電解質 図9
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023181901
(43)【公開日】2023-12-25
(54)【発明の名称】塩及びそれを含む固体電解質
(51)【国際特許分類】
   C07D 207/04 20060101AFI20231218BHJP
   H01B 1/06 20060101ALI20231218BHJP
【FI】
C07D207/04
H01B1/06 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022095284
(22)【出願日】2022-06-13
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(71)【出願人】
【識別番号】000004628
【氏名又は名称】株式会社日本触媒
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】弁理士法人アスフィ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 駿
(72)【発明者】
【氏名】周 泓遥
(72)【発明者】
【氏名】山田 鉄兵
(72)【発明者】
【氏名】浅子 佳延
(72)【発明者】
【氏名】田尻 浩三
(72)【発明者】
【氏名】白石 寛治
【テーマコード(参考)】
5G301
【Fターム(参考)】
5G301CA30
5G301CD01
5G301CE02
(57)【要約】
【課題】従来提案されていた柔粘性イオン結晶とは異なる組成の柔粘性イオン結晶を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、アニオン成分としてのテトラシアノボレートと、カチオン成分とから構成され、融点未満のいずれかの温度で柔粘性イオン結晶相を示し、融点と、固相から柔粘性イオン結晶相への転移温度との差が10℃以上である塩である。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アニオン成分としてのテトラシアノボレートと、カチオン成分とから構成され、融点未満のいずれかの温度で柔粘性イオン結晶相を示し、融点と、固相から柔粘性イオン結晶相への転移温度との差が10℃以上であることを特徴とする塩。
【請求項2】
柔粘性イオン結晶相から液相への相転移温度が50℃以上である請求項1に記載の塩。
【請求項3】
固相から柔粘性イオン結晶相への相転移温度が0℃以下である請求項1に記載の塩。
【請求項4】
柔粘性イオン結晶相から液相への相転移温度が50℃以上であり、固相から柔粘性イオン結晶相への相転移温度が0℃以下である請求項1に記載の塩。
【請求項5】
前記カチオン成分は2種以上のカチオンを含む請求項1または4に記載の塩。
【請求項6】
前記カチオン成分は、2種以上の有機カチオンを含む請求項5に記載の塩。
【請求項7】
前記カチオン成分は、有機カチオンと無機カチオンを含む請求項5に記載の塩。
【請求項8】
前記無機カチオンは、リチウムカチオン、ナトリウムカチオン及びマグネシウムカチオンよりなる群から選択される少なくとも一種である請求項7に記載の塩。
【請求項9】
前記無機カチオンに対する有機カチオンのモル比(有機カチオン/無機カチオン)が、50/50~99.9/0.1である請求項7に記載の塩。
【請求項10】
前記カチオン成分は、下記式(1)で表される含窒素環状化合物を含む請求項1または4に記載の塩。
【化1】
上記式(1)中、環は炭素原子と1つの窒素原子とから構成される4~8員の飽和環であり、R1及びR2はそれぞれ独立して炭素数が1~12のアルキル基である。
【請求項11】
前記R1とR2とが互いに異なる請求項10に記載の塩。
【請求項12】
上記式(1)で表される含窒素環状化合物は、1-エチル-1-メチルピロリジニウムである請求項11に記載の塩。
【請求項13】
請求項1または4に記載の塩を含む固体電解質。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塩及びそれを含む固体電解質に関する。
【背景技術】
【0002】
柔粘性結晶(プラスチッククリスタル)は、結晶状態を取りながら柔軟性を有する固体(結晶)と液体の中間状態を示す物質である。結晶とは、結晶を構成する分子の配向と重心位置に規則性がある状態であり、液体は構成分子の配向及び重心位置のいずれも規則性が失われた状態である一方で、柔粘性結晶相は、構成分子の重心位置には規則性があるものの、構成分子の配向には規則性のない状態である。柔軟性結晶は高温にすると通常の結晶と同様に融解し、結晶が柔軟性を示し始める固体-固体転移温度(Ts-s)以下では通常の結晶状態となる。
【0003】
柔粘性結晶の代表的な化合物として、四塩化炭素、シクロヘキサン、フラーレンなどの柔粘性分子結晶の他、有機カチオン成分とアニオン成分からなるイオン性化合物(柔粘性イオン結晶)が知られている。柔粘性イオン結晶は、リチウム二次電池、色素増感太陽電池燃料電池などの電気化学デバイスに用いられる電解質の固体化を実現する材料としての可能性を有するため注目されている材料である。
【0004】
従来の柔粘性イオン結晶化合物では、アニオンの主成分が、ヨウ化物イオン(I-)であるもの(特許文献1)、ビスフルオロスルホニルイミドアニオンであるもの(特許文献2)、[BF3(CF3)]-であるもの(特許文献3)、[C(SO2F)3-であるもの(特許文献4)などが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2012-89465号公報
【特許文献2】特開2017-91813号公報
【特許文献3】WO2008/081811号
【特許文献4】WO2016/031961号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、従来提案されていた柔粘性イオン結晶とは異なる組成の柔粘性イオン結晶を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を達成した本発明は以下の通りである。
[1]アニオン成分としてのテトラシアノボレートと、カチオン成分とから構成され、融点未満のいずれかの温度で柔粘性イオン結晶相を示し、融点と、固相から柔粘性イオン結晶相への転移温度との差が10℃以上であることを特徴とする塩。
[2]柔粘性イオン結晶相から液相への相転移温度が50℃以上である[1]に記載の塩。
[3]固相から柔粘性イオン結晶相への相転移温度が0℃以下である[1]に記載の塩。
[4]柔粘性イオン結晶相から液相への相転移温度が50℃以上であり、固相から柔粘性イオン結晶相への相転移温度が0℃以下である[1]に記載の塩。
[5]前記カチオン成分は2種以上のカチオンを含む[1]~[4]のいずれかに記載の塩。
[6]前記カチオン成分は、2種以上の有機カチオンを含む[5]に記載の塩。
[7]前記カチオン成分は、有機カチオンと無機カチオンを含む[5]に記載の塩。
[8]前記無機カチオンは、リチウムカチオン、ナトリウムカチオン及びマグネシウムカチオンよりなる群から選択される少なくとも一種である[7]に記載の塩。
[9]前記無機カチオンに対する有機カチオンのモル比(有機カチオン/無機カチオン)が、50/50~99.9/0.1である[7]または[8]に記載の塩。
[10]前記カチオン成分は、下記式(1)で表される含窒素環状化合物を含む[1]~[9]のいずれかに記載の塩。
【化1】
上記式(1)中、環は炭素原子と1つの窒素原子とから構成される4~8員の飽和環であり、R1及びR2はそれぞれ独立して炭素数が1~12のアルキル基である。
[11]前記R1とR2とが互いに異なる[10]に記載の塩。
[12]上記式(1)で表される含窒素環状化合物は、1-エチル-1-メチルピロリジニウムである[11]に記載の塩。
[13][1]~[12]のいずれかに記載の塩を含む固体電解質。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、従来とは異なる組成で柔粘性イオン結晶相を有する塩が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、実施例1-1で得られた塩の示差走査熱量測定の結果を表すグラフである。
図2図2は、実施例1-2で得られた塩の示差走査熱量測定の結果を表すグラフである。
図3図3は、実施例1-3で得られた塩の示差走査熱量測定の結果を表すグラフである。
図4図4は、実施例2-1で得られたLi+がドープされた塩のX線回折測定の結果を示すグラフである。
図5図5は、実施例2-1で得られたLi+がドープされる前後の塩で、示差走査熱量測定を行った結果を表すグラフである。
図6図6は、実施例2-2で得られたLi+がドープされた塩のX線回折測定の結果を示すグラフである。
図7図7は、実施例2-1で得られたLi+がドープされる前後の塩について、Li+ドープ量と融点との関係を示すグラフである。
図8図8は、実施例2-2で得られたLi+がドープされた塩について、温度とリチウム伝導度との関係を示すグラフである。
図9】比較例1で得られた塩の示差走査熱量測定の結果を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
上述の通り、上記特許文献1~4で開示されるイオン性柔粘性結晶化合物は、アニオンの主成分がヨウ化物イオン(I-)、ビスフルオロスルホニルイミドアニオン、[BF3(CF3)]-、または[C(SO2F)3-であったが、本発明者らはアニオン成分としてのテトラシアノボレートと、カチオン成分とから構成される柔粘性イオン結晶相を示す塩を見出した。柔粘性イオン結晶相は、上述の通り、固体(結晶)と液体の中間状態であり、融点未満のいずれかの温度で発現する。
【0011】
1.相転移温度
柔粘性イオン結晶相から液相への相転移温度、すなわち融点(以下、Tmと表す場合がある)は、50℃以上であることが好ましく、より好ましくは100℃以上であり、更に好ましくは150℃以上であり、特に好ましくは200℃以上である。柔粘性イオン結晶相から液相への相転移温度が所定以上であることによって、柔粘性イオン結晶相の柔軟性を生かした使用の温度域が広がるため好ましい。融点の上限は特に限定されないが、例えば350℃以下であってもよいし、300℃以下であってもよい。
【0012】
また、固相から柔粘性イオン結晶相への転移温度(以下、Ts-sと表す場合がある)は0℃以下であることが好ましく、より好ましくは-10℃以下であり、更に好ましくは-20℃以下である。Ts-sが所定以下であることによって、柔粘性イオン結晶相の柔軟性を生かした使用の温度域が広がるため好ましい。下限は特に限定されないが、-40℃以上であってもよいし、-35℃以上であってもよい。なお、前記「固相」とは柔粘性イオン結晶相とは区別される相であり、柔粘性イオン結晶相よりも低温に表れる固相(低温固相)を意味する。
【0013】
本発明の塩において、幅広い温度範囲で柔粘性イオン結晶相を示すことが好ましく、例えば融点Tmと、固相から柔粘性イオン結晶相への転移温度Ts-sとの差異、すなわちTm-Ts-sは、10℃以上であることが好ましく、より好ましくは70℃以上であり、さらに好ましくは100℃以上であり、特に200℃以上が好ましく、上限は特に限定されないが350℃以下であってもよいし、300℃以下であってもよい。
【0014】
2.アニオン成分
本発明の塩は、アニオン成分としてテトラシアノボレート、すなわち[B(CN)4-を含む。アニオン成分としてテトラシアノボレートを含む塩は酸化されにくく、化学的に安定であるという利点を有する。アニオン成分は、テトラシアノボレートのみから構成されていてもよいし、テトラシアノボレートとその他の成分で構成されていてもよい。テトラシアノボレートのモル比率は、アニオン成分100%中、80%以上が好ましく、90%以上がより好ましく、95%以上が更に好ましい。
【0015】
3.カチオン成分
カチオン成分は1種から構成されていてもよいし、2種以上で構成されていてもよく、カチオン成分は少なくとも1種の有機カチオンを含むことが好ましい。カチオン成分が2種以上のカチオンから構成される場合、具体的には1種以上の有機カチオンと1種以上の無機カチオンを含んでいること、又は2種以上の有機カチオンを含んでいることが好ましい。
【0016】
3-1.有機カチオン
有機カチオンとしては、テトラC1-3アルキルホスホニウム([P(C2m+14+、mは1~3の整数であり、2であることが好ましい)、テトラC1-3アルキルアンモニウム([N(Cn2n+14+、nは1~3の整数であり、2であることが好ましい)、又は下記式(1)で表される含窒素環状化合物が挙げられ、中でも下記式(1)で表される含窒素環状化合物であることが好ましい。
【0017】
【化2】
【0018】
上記式(1)中、環は炭素原子と1つの窒素原子とから構成される4~8員の飽和環であり、R1及びR2はそれぞれ独立して炭素数が1~12のアルキル基である。
【0019】
上記環は、5~7員の飽和環であることが好ましい。R1及びR2を構成するアルキル基は、直鎖状アルキル基であってもよいし、分岐鎖状アルキル基であってもよく、直鎖状アルキル基であることが好ましい。R1及びR2はそれぞれ独立して炭素数が1~8のアルキル基であることが好ましく、炭素数が1~4であることがより好ましい。また、R1とR2とが互いに異なることが好ましい。特に、R1及びR2が炭素数1~4の直鎖状アルキル基であって、かつR1とR2とが互いに異なることが好ましい。
【0020】
上記式(1)で表される含窒素環状化合物は、1-エチル-1-メチルピロリジニウムであることが好ましい。
【0021】
本発明の好ましい態様において、カチオン成分が2種以上の有機カチオンを含むことも好ましい。カチオン成分が2種以上の有機カチオンを含む場合のTs-sは、例えば50~100℃であることが好ましく、例えばカチオン成分として上記したテトラC1-3アルキルホスホニウム及びテトラC1-3アルキルアンモニウムの2種の有機カチオンを含むことで50~100℃のTs-sを実現してもよい。
【0022】
3-2.無機カチオン
本発明の塩は、カチオン成分として有機カチオンと共に無機カチオンを含んでいることも好ましい。無機カチオンとしては、リチウムカチオン、ナトリウムカチオン、マグネシウムカチオンが挙げられ、これらの少なくとも1種を含んでいることが好ましく、特にリチウムカチオンを含んでいることが好ましい。
【0023】
無機カチオンに対する有機カチオンのモル比(有機カチオン/無機カチオン)は、50/50以上であることが好ましく、より好ましくは60/40以上であり、更に好ましくは70/30以上である。また、前記モル比は、99.9/0.1以下であることが好ましく、より好ましくは97/3以下であり、更に好ましくは90/10以下である。
【0024】
カチオン成分として、有機カチオンと無機カチオンを含んでいる本発明の好ましい態様における塩S2は、当該塩と無機カチオンを含まないこと以外は同じ構成の塩S1(つまり、塩S2及びS1において有機カチオンの構成が同じであり、かつアニオンの構成も同じ)と比べて、融点が低いことが好ましい。塩S1の融点と塩S2の融点の差は1℃以上が好ましい。
【0025】
4.製造方法
本発明の塩を製造する方法に特に制限はないが、塩を構成するカチオン成分のハロゲン化物(原料1)と、M[B(CN)4(但し、Mはアルカリ金属)で表されるアルカリ金属テトラシアノボレート(原料2)とを反応させることで製造できる。前記ハロゲン化物と、前記アルカリ金属テトラシアノボレートの反応は、これらを溶解する溶媒(以下、原料溶解用溶媒と呼ぶ)中で行うことが好ましい。
【0026】
前記ハロゲン化物(原料1)は、フッ化物、塩化物、臭化物、又はヨウ化物であることが好ましく、より好ましくは臭化物である。また、前記アルカリ金属テトラシアノボレート(原料2)のアルカリ金属は、リチウム、ナトリウム、カリウムであることが好ましく、より好ましくはカリウムである。
【0027】
前記原料溶解用溶媒としては、アルコール溶媒、水が挙げられ、特に炭素数1~5のアルコール溶媒又は水が好ましく、より好ましくは炭素数1~5の1価アルコール又は水であり、水が最も好ましい。
【0028】
具体的には、原料1及び原料2を原料溶解用溶媒と混合し、原料1と原料2を反応させることが好ましい。原料1と原料2の反応に際しては、原料1と原料2を別々に原料溶解用溶媒に溶解させて溶液を用意し、その後これら溶液を混合することで行ってもよい。反応生成物は濾別するなどして前記溶媒から分離したのち、精製することがより好ましい。
【0029】
カチオン成分のハロゲン化物及びアルカリ金属テトラシアノボレートの反応温度は特に限定されず、5~50℃程度であればよく、10~40℃であってもよいし、15~30℃であってもよい。また、前記反応は常圧下、大気雰囲気下で行うことができる。
【0030】
精製方法としては、アニオン成分としてのテトラシアノボレートと、カチオン成分で構成される塩(本発明の塩)を溶解可能なアセトン等の精製用溶媒に反応生成物を溶解させ、濾過して副生成物等の不純物を取り除いた後、精製用溶媒を除去する方法が挙げられる。また別の精製方法として、反応生成物を、加熱した水またはアルコール系溶媒(再結晶用溶媒)に溶解させ、放冷するなどして徐冷し、本発明の塩を再結晶させ、再結晶用溶媒から濾別などにより本発明の塩を分離する方法が挙げられる。再結晶用溶媒の加熱温度は、該溶媒の(沸点-10)℃以上が好ましく、より好ましくは(沸点-5)℃以上である
【0031】
カチオン成分のハロゲン化物(原料1)と、アルカリ金属テトラシアノボレート(原料2)の合計100質量%に対するカチオン成分のハロゲン化物(原料1)量は、30質量%以上が好ましく、40質量%以上がより好ましく、45質量%以上が更に好ましく、また70質量%以下が好ましく、60質量%以下がより好ましく、55質量%以下が更に好ましい。
【0032】
本発明の塩のカチオン成分が、2種以上の有機カチオンを含む場合、各有機カチオンについてハロゲン化物を用意し、複数のハロゲン化物の混合物と、上記したアルカリ金属テトラシアノボレートとを反応させればよい。
【0033】
また、本発明の塩のカチオン成分が、有機カチオンと無機カチオンとを含む場合、上述の方法に従って、有機カチオンと、アニオン成分としてのテトラシアノボレートとから構成される塩を用意し、用意された塩と、無機カチオンドープ用原料を反応させればよい。前記無機カチオンドープ用原料は、無機カチオンと、テトラシアノボレートアニオンから構成される塩である。なお、無機カチオンドープ用の原料である塩は、無機カチオンのハロゲン化物と、アルカリ金属テトラシアノボレートを、アルコール系溶媒中で反応させることや、国際公開第2010/021391の合成例3-17に開示されるような方法で得ることができる。
【0034】
有機カチオンと、アニオン成分としてのテトラシアノボレートとから構成される塩と、無機カチオンドープ用原料の反応は、両者の混合物を、前記塩の融点以上の温度に加熱し、前記塩と無機カチオンドープ用原料を溶解させることによって行ってもよい。前記加熱温度は、前記塩の融点+30℃以上が好ましく、より好ましくは融点+50℃以上であり、また融点+100℃以下であってもよく、加熱時間は前記混合物が十分に溶解する程度であればよいが、例えば3分~30分程度である。
【0035】
5.用途
柔粘性イオン結晶相は、固体(結晶)状態を保ったまま柔らかい性質を示すため、取り扱いが良好で且つ隣接する部材等との接触面積を確保できるという利点を有し、本発明の塩は、擬似固体電解質、正極助剤、負極助剤、界面形成剤(負極表面に形成される被膜(SEI:Solid Electrolyte Interphase)を良好に形成させるための添加剤)等の電気化学用途;固体冷媒、蓄熱材等の熱マネジメント用途;電解コンデンサを含む各種コンデンサ、リチウムイオンキャパシタを含む各種キャパシタ等のエレクトロニクス用途;等に好適に用いられる。
【0036】
5-1.電気化学用途及び各種キャパシタ用途
本発明の塩において、特にカチオン成分が有機カチオンと無機カチオンを含む場合、本発明の塩が無機カチオン伝導性を発揮することができるため、擬似固体電解質、正極助剤、負極助剤、界面形成剤等の電気化学用途や、負極の反応にリチウムイオン電池の反応を利用したリチウムイオンキャパシタなどの各種キャパシタ用途に好適に用いることができる。
【0037】
5-2.熱マネジメント用途
本発明の塩において、特にカチオン成分が2種以上の有機カチオンを含む場合、有機カチオンの種類や量比などを調整することで、融点Tmや上記したTs-sを適切に調整することができるため、固体冷媒、蓄熱材等の熱マネジメント用途に好適に用いることができる。固相から柔粘性イオン結晶相への相転移は吸熱反応であり、特にTs-sを塩の使用温度範囲に含まれるように適切に調整することで、固体状態のまま塩に吸熱させることができる。
【実施例0038】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。本発明は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、前記、後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0039】
後述の実施例について、下記(1)~(3)の方法によって評価した。
【0040】
(1)示差走査熱量測定(DSC、Differential Scanning Calorimetry)
後述の実施例で得られた塩について、示差走査熱量計(METTLER TOLEDO社製)を用い、窒素ガスフロー(50ml/分)下、約3mgの試料を-150℃から280℃まで、10℃/分の昇温速度で昇温して、DSC曲線を得た。試料を入れていない状態のアルミパンをレファレンスとした。
【0041】
(2)X線回折(XRD、X-ray Diffraction)測定
XRD測定は、X線回折装置(Bruker社製、D2 PHASER)を用いて、以下の条件により行った。
CuKα1線:0.15406nm
走査範囲:5°-60°
X線出力設定:30kV-10mA
試料の回転速度:15rot/min.
【0042】
(3)イオン伝導度測定
実施例2-2で作製したLiドープ1-エチル-1-メチルピロリジニウムテトラシアノボレート粉末について、金型を用いて直径10mm、厚み0.5mmのペレットを成形した。
これを恒温槽にセットしてポテンショガルバノスダットに接続し、測定周波数領域:1MHz~1Hzで交流インピーダンス測定することにより、60~100℃の各温度での焼結体のイオン伝導率(σT)を得た。
【0043】
実施例1-1:テトラエチルホスホニウムテトラシアノボレートの作製
[P(C254Br0.74gと、K[B(CN)4(東京化成工業製)0.50gとを各々20℃の純水1ml、10mlに溶解させた後に両者を混合し白沈殿を得た。この白沈殿をろ別した後に20℃のアセトン50mlに溶かし入れ、ろ過したのちにエバポレーションによって目的物0.58g(収率68%)を得た。
【0044】
実施例1-2:テトラエチルアンモニウムテトラシアノボレートの作製
[B(CN)0.40gと、[N(C254Br0.55gを各々20℃の純水10ml、5mlに溶解させたのちに両者を混合させ白沈殿を得た。この白沈殿をろ別した後に、この沈殿を沸点まで加熱したエタノール1mlに溶かし入れ、そのまま室温にて放置して再結晶をさせて目的物0.39g(収率62%)を得た。
【0045】
実施例1-3:1-エチル-1-メチルピロリジニウムテトラシアノボレートの作製
[B(CN)1.10gと、1-エチル-1-メチルピロリジニウムブロミド1.37gを各々20℃の純水20ml、2mlに溶解させたのちに両者を混合させ白沈殿を得た。この白沈殿をろ別した後に20℃のアセトン50mlに溶かし入れ、ろ過したのちにエバポレーションによって目的物1.14g(収率70%)を得た。
【0046】
上記実施例1-1~1-3の塩を加熱した際のDSC曲線を上記(1)の方法に従って得た。結果を図1図3に示す。
【0047】
図1図3に示される通り、アニオン成分としてテトラシアノボレートを含む実施例1-1~1-3の塩は、融点未満の温度で柔粘性イオン結晶相を示した。各塩について、柔粘性イオン結晶相を示す温度範囲は以下の通りであった。
テトラエチルホスホニウムテトラシアノボレート:50.5℃~169.4℃
テトラエチルアンモニウムテトラシアノボレート:154.5℃~233.2℃
1-エチル-1-メチルピロリジニウムテトラシアノボレート:-30.6℃~251.7℃
【0048】
なお、図1における-150℃、並びに図2及び図3における-40℃の温度は、測定開始温度である。
【0049】
実施例2-1:Li がドープされたテトラエチルアンモニウムテトラシアノボレートの作製
国際公開2010/021391の合成例3-17に記載される方法に従ってLi[B(CN)4を作製した。上記で得られたもののXRDパターンを上記(2)の方法に従って確認したところ、確かにLi[B(CN)4であることが確認できた。
【0050】
次に、得られたLi[B(CN)4と、テトラエチルアンモニウムテトラシアノボレートとを、両者の合計量100モル%に対して、Li[B(CN)4が4モル%になる比率で混合し、これら混合物をアルゴン雰囲気下で300℃に加熱した。混合物が融解し、全体が透明な溶液になったのを確認した後、自然冷却したところ、Liがドープされたテトラエチルアンモニウムテトラシアノボレートの白色粉末を得た。得られた白色粉末のXRDパターンを測定したところ、図4に示すXRDパターンが観察された。図4によれば、Liがドープされたテトラエチルアンモニウムテトラシアノボレートでは、テトラエチルアンモニウムテトラシアノボレート単独の回折ピークと一致し、Li[B(CN)4のピークは観察されなかった。
【0051】
また、上記で得られたLiがドープされたテトラエチルアンモニウムテトラシアノボレート([NEt4]TCB+4mol%LiTCBと示す)について、上記(1)の方法で得たDSC曲線を図5に示す。なお、図5では、Liがドープされていないテトラエチルアンモニウムテトラシアノボレート([NEt4]TCBと示す)のDSC曲線も比較のために示す。図5によれば、テトラエチルアンモニウムテトラシアノボレートにLiをドープすることで、融点が1.6℃降下することが明らかとなった。
【0052】
実施例2-2:Li がドープされた1-エチル-1-メチルピロリジニウムテトラシアノボレートの作製
上記実施例2-1と同様にして得られたLi[B(CN)4と、1-エチル-1-メチルピロリジニウムテトラシアノボレートとを、両者の合計量100モル%に対して、Li[B(CN)4が10モル%、20モル%、30モル%、40モル%、50モル%となるよう混合した試料をそれぞれ用意した。
【0053】
これら5種の試料を、それぞれ窒素雰囲気下で280℃に加熱した。撹拌させながら、全体が均一な液体になるのを確認して自然冷却し、Liがドープされた1-エチル-1-メチルピロリジニウムテトラシアノボレートの粉末を得た。得られた粉末のXRDパターンを上記(2)の方法に従って得た。結果を図6に示す。なお、図6において、LiTCBは、Li[B(CN)4を表し、P12TCBは1-エチル-1-メチルピロリジニウムテトラシアノボレートを表す。
【0054】
また、Liがドープされた1-エチル-1-メチルピロリジニウムテトラシアノボレートの粉末のうち、Li[B(CN)4量が10モル%、20モル%、30モル%、40モル%及び50モル%のものについて、上記(1)に従ったDSCにより融点を測定し、横軸をLi[B(CN)4のモル量、縦軸を融点としたグラフを作成したところ、図7に示す通りの結果となった。すなわち、Li[B(CN)4量が30モル%程度までは、Li[B(CN)4量の増加に従って融点が低下する傾向を示し、Li[B(CN)4量が30モル%以上ではほぼ一定の融点を示した。
【0055】
更に、Liがドープされた1-エチル-1-メチルピロリジニウムテトラシアノボレートの粉末のうち、Li[B(CN)4量が10モル%及び30モル%のものについて、上記(3)の方法に従って、リチウムイオン伝導度を測定した。その結果を図8に示す。図8によれば、リチウムイオン伝導度がアレニウスプロットに従っていることが確認でき、リチウムイオンが伝導できることが分かった。また、アレニウスプロットから求められる活性化エネルギーの値は、Li[B(CN)4量が10モル%の場合には64.27kJ/molであり、30モル%の場合には67.28kJ/molであった。
【0056】
比較例1
実施例で原料として用いたK[B(CN)4を下記の条件で示差走査熱量測定した。結果を図9に示す。
示差走査熱量計:ネッチ製、DSC3500
サンプル量:5mg
窒素ガスフロー:20ml/分
測定温度:-80℃~480℃
昇温速度:10℃/分
【0057】
比較例1のK[B(CN)4は、ガラス転移点と固体融解のピークが観察されたのみで、柔粘性結晶相は観察されなかった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9