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特開2023-18215気相中物質捕捉材及び気相中物質捕捉方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023018215
(43)【公開日】2023-02-08
(54)【発明の名称】気相中物質捕捉材及び気相中物質捕捉方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 20/24 20060101AFI20230201BHJP
   B01J 20/28 20060101ALI20230201BHJP
   B01D 53/04 20060101ALI20230201BHJP
   G01N 1/22 20060101ALI20230201BHJP
   G01N 33/98 20060101ALI20230201BHJP
   C12N 11/084 20200101ALN20230201BHJP
   C12N 11/087 20200101ALN20230201BHJP
【FI】
B01J20/24 A
B01J20/28 A
B01D53/04
G01N1/22 L
G01N33/98
C12N11/084
C12N11/087
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021122143
(22)【出願日】2021-07-27
(71)【出願人】
【識別番号】899000068
【氏名又は名称】学校法人早稲田大学
(71)【出願人】
【識別番号】504179255
【氏名又は名称】国立大学法人 東京医科歯科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003063
【氏名又は名称】弁理士法人牛木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】武田 直也
(72)【発明者】
【氏名】中谷 美沙
(72)【発明者】
【氏名】友野 つぼみ
(72)【発明者】
【氏名】土戸 優志
(72)【発明者】
【氏名】三林 浩二
(72)【発明者】
【氏名】飯谷 健太
(72)【発明者】
【氏名】荒川 貴博
(72)【発明者】
【氏名】當麻 浩司
【テーマコード(参考)】
2G045
2G052
4B033
4D012
4G066
【Fターム(参考)】
2G045CB22
2G045DA74
2G045FB01
2G052AA01
2G052AA34
2G052AB12
2G052AB13
2G052AC02
2G052AD02
2G052ED05
2G052GA11
4B033NA23
4B033NB33
4B033NB35
4B033NB36
4B033NB63
4B033ND04
4B033ND16
4D012BA01
4D012CA20
4D012CG01
4D012CG02
4D012CG04
4G066AC01C
4G066AC03B
4G066AC12C
4G066AC22C
4G066BA03
4G066BA16
4G066CA56
4G066DA01
(57)【要約】
【課題】気相中の物質、好ましくは揮発性有機化合物(VOCs)を捕捉するための、生産工程及び利用工程の大幅な簡便化がなされ、短時間で製造可能で、用事調製の必要がなく、短時間で製造可能で、長期間保存可能な気相中物質捕捉材を提供する。
【解決手段】高分子材料と機能性分子(例えば酵素)を混和した溶液を適切な方法で固化ならびに加工し、高分子材料に機能性分子を内在させることで、通常、気相中で活性を示さない機能性分子固有の機能を発現させることができるとの知見を見出し、高分子材料に機能性分子を内在させた複合材料としての気相中物質捕捉材を創製した。具体的には、気相中の物質を捕捉するための気相中物質捕捉材であって、前記物質に対する結合能が保持された機能性タンパク質を内在する水溶性ポリマーで形成され、前記機能性タンパク質が、前記物質との結合能を発揮することにより前記物質を捕捉する気相中物質捕捉材を提供する。
【選択図】図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
気相中の物質を捕捉するための気相中物質捕捉材であって、前記物質に対する結合能が保持された機能性タンパク質を内在する水溶性ポリマーで形成され、前記機能性タンパク質が、前記物質との結合能を発揮することにより前記物質を捕捉することを特徴とする気相中物質捕捉材。
【請求項2】
前記水溶性ポリマー中の前記機能性タンパク質の機能が保持されていることを特徴とする、請求項1に記載の気相中物質捕捉材。
【請求項3】
前記機能性タンパク質が、酵素又は抗体であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の気相中物質捕捉材。
【請求項4】
前記物質が揮発性有機化合物(volatile organic compounds: VOCs)であることを特徴とする、請求項1~3のいずれか一項に記載の気相中物質捕捉材。
【請求項5】
前記機能性タンパク質が酵素であり、前記水溶性ポリマーは、補因子がさらに混合されていることを特徴とする、請求項1~4のいずれか一項に記載の気相中物質捕捉材。
【請求項6】
前記水溶性ポリマーが、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリエチレンオキシド(PEO)、ポリアクリルアミド(PAAm)、ポリビニルピロリドン(PVP)、デキストラン又はポリエチレングリコール(PEG)から選択されることを特徴とする、請求項1~5のいずれか一項に記載の気相中物質捕捉材。
【請求項7】
前記水溶性ポリマーの形態が、マイクロファイバー又は薄膜であることを特徴とする、請求項1~6のいずれか一項に記載の気相中物質捕捉材。
【請求項8】
前記揮発性有機化合物がエタノールであり、前記酵素がアルコール脱水素酵素であり、前記補因子がNAD+(酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)であることを特徴とする、請求項5~8のいずれか一項に記載の気相中物質捕捉材。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか一項に記載の気相中物質捕捉材を用いた、気相中の物質を捕捉し、計測するためのバイオセンサー。
【請求項10】
気相中の物質を捕捉する方法であって、機能性タンパク質を内在する水溶性ポリマーで形成され、前記機能性タンパク質が前記物質との結合能を発揮することにより前記物質を捕捉することを特徴とする、気相中物質捕捉方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機能性タンパク質を混合している高分子ポリマーで形成された、気相中の標的とする物質を捕捉するための気相中物質捕捉材、及び、該気相中物質捕捉材を用いて気相中の標的物質を捕捉する気相中物質捕捉方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体は生命活動に伴って様々な揮発性有機化合物 (VOCs) を生体ガスとして放出する。生体ガスは、広義では植物等が発するガスも含むが、狭義ではヒトが発するガスのことを指す。この狭義の生体ガスは、大別すると皮膚由来・呼気由来・腸内由来・血液由来・尿由来ガスに分けられる。
【0003】
こういった生体ガスのうち呼気ガスは臨床的に応用されることが多い。その理由としては、呼気には200~300種類の様々な成分が含まれていること、血液成分とは異なる生体情報として有用であること、非侵襲的なサンプリングを行うことができること、医療の知識がない患者本人でも測定を容易に行うことができること等が挙げられる。実用化されている呼気測定器の例としては、飲酒検問としてのEtOH (エタノール)、胃のピロリ菌感染検査としての13CO2 (安定同位体) 、喘息の治療用モニターとしてのNO (一酸化窒素)、乳糖不耐症のモニターとしてのH2(水素) 、喫煙モニターとしてのCO (一酸化炭素) 等が挙げられる。
【0004】
そこで、呼気中のEtOHを計測する装置が開発されている(特許文献1)。この装置では、アルコール脱水素酵素 (alcohol dehydrogenase, ADH) が物理吸着によりコットンメッシュに固定化され、そこに補酵素であるニコチンアミドアデニンジヌクレオチド (nicotinamide adenine dinucleotide, NAD+)が添加されて可視化される気相中物質捕捉材が使用されている。そして、このコットンメッシュが皮膚ガス等に含まれるエタノール (EtOH) ガスに曝露されると、ADHの酵素活性反応により基質であるEtOHがアセトアルデヒドに分解され、それに伴ってNAD+が還元されてNADHに変換される。このNADHが波長340 nmの紫外光により励起されて波長490 nmの蛍光を放射することを利用して該蛍光をモニターすることによりEtOHガスの測定が行われる。
【0005】
しかし、このコットンメッシュを用いた呼気中のEtOH計測装置は、(1)その製造には、多工程で数時間スケールの酵素固定化プロセスが必要であり、大量生産ライン化が困難である、(2)使用直前に酵素膜へ利用者が補酵素溶液を滴下する必要、即ち用事調製の必要がある、等の欠点を有するため、生産工程・利用工程の大幅な簡便化がなされ、用事調製の必要がなく、短時間で製造可能で、長期間保存可能な気相中物質捕捉材の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開パンフレットWO2019/103130A1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、気相中の物質、好ましくは揮発性有機化合物(volatile organic compounds: VOCs)を捕捉するための、生産工程及び利用工程の大幅な簡便化がなされ、短時間で製造可能で、用事調製の必要がなく、短時間で製造可能で、長期間保存可能な気相中物質捕捉材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意研究した結果、水溶性高分子材料とタンパク質などの機能性分子(例えば酵素)を混和した溶液を適切な方法で固化並びに加工し、水溶性高分子材料に機能性分子を内在させることで、通常、気相中で活性を示さない機能性分子固有の機能を発現させることができるとの知見を見出し、水溶性高分子材料に機能性分子を内在させた複合材料としての気相中物質捕捉材を創製した。
【0009】
具体的には、本発明は、気相中の物質を捕捉するための気相中物質捕捉材であって、前記物質に対する結合能が保持された機能性タンパク質を内在する水溶性ポリマーで形成され、前記機能性タンパク質が前記物質との結合能を発揮することにより前記物質を捕捉する気相中物質捕捉材を提供する。
【0010】
本発明の気相中物質捕捉材において、前記水溶性ポリマー中の前記機能性タンパク質の機能が保持されている場合がある。
【0011】
本発明の気相中物質捕捉材において、前記機能性タンパク質が、酵素又は抗体である場合がある。
【0012】
本発明の気相中物質捕捉材において、前記物質が揮発性有機化合物(volatile organic compounds: VOCs)である場合がある。
【0013】
本発明の気相中物質捕捉材において、前記機能性タンパク質が酵素であり、前記水溶性ポリマーは、補因子がさらに混合されている場合がある。
【0014】
本発明の気相中物質捕捉材において、前記水溶性ポリマーが、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリエチレンオキシド(PEO)、ポリアクリルアミド(PAAm)、ポリビニルピロリドン(PVP)、デキストラン又はポリエチレングリコール(PEG)から選択される場合がある。
【0015】
本発明の気相中物質捕捉材において、前記水溶性ポリマーの形態が、マイクロファイバー又は薄膜である場合がある。
【0016】
本発明の気相中物質捕捉材において、前記揮発性有機化合物がエタノールであり、前記酵素がアルコール脱水素酵素であり、前記補因子がNAD+(酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)である場合がある。
【0017】
また、本発明は、前記気相中物質捕捉材を用いた気相中の物質を捕捉し、計測するためのバイオセンサーを提供する。
【0018】
本発明のバイオセンサーにおいて、前記物質は揮発性有機化合物である場合がある。
【0019】
また、本発明は、気相中の物質を捕捉する方法であって、機能性タンパク質を内在する水溶性ポリマーで形成され、前記機能性タンパク質が前記物質との結合能を発揮することにより前記物質を捕捉する気相中物質捕捉方法を提供する。
【0020】
本発明の方法において、前記物質は揮発性有機化合物である場合がある。
【発明の効果】
【0021】
本発明により、気相中の揮発性有機化合物(volatile organic compounds: VOCs)等の物質を捕捉するための、生産工程及び利用工程の大幅な簡便化がなされ、短時間で製造可能で、用事調製の必要がなく、短時間で製造可能で、長期間保存可能な気相中物質捕捉材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】気相中のEtOHを捕捉して検出するためのアルコール脱水素酵素(ADH)を用いた気相中物質捕捉材でのEtOHとADHとの反応によるEtOHガスの検出原理を表した図。
図2】気相中のEtOHを捕捉するための気相中物質捕捉材の製造方法の概略を示した図。
図3】EtOHガス測定の実験系(上)と励起光源-励起対象物(すなわち気相中物質捕捉材)間距離およびパスツール(ガス放出口)-酵素膜(すなわち気相中物質捕捉材)間距離の設定(下)を表した図。
図4】ADHとNAD+とを混合したポリビニルアルコール(PVA)のマイクロファイバーメッシュにEtOHが混在する空気を負荷したときの蛍光(励起光波長:340nm、放射光波長:490nm)を表す蛍光写真図。
図5】(1) ADHとNAD+とを混合したポリビニルアルコール(PVA)で形成されたマイクロファイバーメッシュ(PVA/ADH/NAD+メッシュ)にEtOHを200 ppm含む空気を負荷した場合、並びに、ネガティブコントロールとして、(2) PVA/ADH/NAD+メッシュにEtOHを含まない空気を負荷した場合、及び、(3) ADHを混合せずにNAD+を混合したポリビニルアルコールのマイクロファイバーメッシュ(PVA/NAD+メッシュ)にEtOHを含む空気を負荷した場合における、蛍光強度(励起光波長:340 nm、放射光波長:490 nm)の経時変化を示した図。
図6】PVA/ADH/NAD+メッシュに対して、200 ppmのEtOHを含む空気を各種流量で負荷した時の蛍光強度の経時変化の微分値の変化、すなわち、蛍光変化速度を表した図。
図7】PVA/ADH/NAD+メッシュに対して、EtOHを含む空気を各種流量で負荷した時の蛍光強度の経時変化の微分値の変化(蛍光変化速度)と、単位時間当たり負荷したEtOH量との関係を表した図。
図8A】PVA/ADH/NAD+メッシュの保存安定性を検討した実験における、作製日当日のPVA/ADH/NAD+メッシュの走査型電子顕微鏡写真図。
図8B】PVA/ADH/NAD+メッシュの保存安定性の検討実験における、作製後4℃で保存2週間後のPVA/ADH/NAD+メッシュの走査型電子顕微鏡写真図。
図9】PVA/ADH/NAD+メッシュの保存安定性の検討実験における、作製日当日と2週間4℃保存後の、EtOH負荷(20秒間負荷)に対する応答(蛍光強度の経時変化)を示した図。
図10】各種水溶性ポリマーにADHとNAD+とを混合したマイクロファイバーメッシュに、200 ppmのEtOHを含む空気を20秒間負荷した時の蛍光強度(励起光波長:340nm、放射光波長:490nm)の経時変化を示す図。PVAはポリビニルアルコールを、PAAmはポリアクリルアミドを、PEOはポリエチレンオキシドを、PVPはポリビニルピロリドンを表す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
1.気相中物質捕捉材、及び、該気相中物質捕捉材を用いたバイオセンサー
本発明の実施形態の1つは気相中物質捕捉材である。本気相中物質捕捉材は、水溶性高分子材料とタンパク質などの機能性分子(例えば酵素)とを混和した溶液を適切な方法で固化ならびに加工し、水溶性高分子材料に機能性分子を内在させることで製造できるものであって、通常、気相中で活性を示さない機能性分子固有の機能を発現させることができる複合材料としての気相中物質捕捉材である。
【0024】
通常、酵素や抗体等の機能性分子は液相中でその機能を発現する。本明細書において、「気相中物質捕捉材」とは、標的となる揮発性有機化合物分子を含む有機化合物分子やウイルス等の物質に対して、液相中ではなく固相中の機能性分子の固有の機能に基づいて、気相中の標的物質を該機能性分子に結合させて物質を捕捉することができる、水溶性高分子材料に機能性高分子を内在させた複合材料をいう。機能性分子が例えば酵素の場合、標的物質を酵素に結合し捕捉するのみならず、該酵素の触媒活性を発現する場合も本発明の気相中物質捕捉材に含まれる。
【0025】
気相の例としては、標的分子を含む一般的な空気に加えて、生体より放出される呼気や皮膚ガス等の生体ガスが挙げられるが、これに限定されない。
【0026】
本明細書において、機能を保持するとは、定性的な意味で使用され、比較する前後において同質の機能を有するとの意味で用いられる。すなわち、同質の機能が同程度以上維持されることのみならず、量的には低下した機能であっても失活せずに同質の機能を発揮することができる限り、機能を保持することを意味する。
【0027】
一般に高分子材料にタンパク質などの機能性分子を混在させると該機能性分子の固有の機能は消失若しくは著しく減弱する。本発明者らは、高分子材料として水溶性ポリマーを使用することにより、タンパク質などの機能性分子の機能が保持されるとの知見を得、この機能性高分子を混在させた水溶性高分子材料を用いると、気相中の標的物質を良好に捕捉できるということを見出した。本発明はこの知見に基づく。
【0028】
本発明の気相中物質捕捉材は、より具体的には、気相中の物質を捕捉するための気相中物質捕捉材であって、前記物質に対する結合能が保持された機能性タンパク質を内在する水溶性ポリマーで形成され、前記機能性タンパク質が、前記物質との結合能を発揮することにより前記物質を捕捉する気相中物質捕捉材である。
【0029】
そして、この気相中物質捕捉材は、標的とする気相中の物質を捕捉し、計測するためのガスセンサー、特に、バイオセンサーとして使用することができるが、これに限定されない。
【0030】
ここで、本明細書において「バイオセンサー」とは、酵素・微生物・抗体といった生体に関連する物質が有する分子識別機能を利用して、検出対象物質の検出や計測を行うセンサーのことを言う。
【0031】
本発明の気相中物質捕捉材は、捕捉の標的とする物質の例として揮発性有機化合物(volatile organic compounds: VOCs)が挙げられる。例えば、生体から放出される呼気や皮膚ガス等の生体ガス中のVOCsを本発明の気相中物質捕捉材を用いて捕捉し、補足されたVOCsの量を計測するバイオセンサーとして使用することにより、生体の生理状態や疾病の診断等に使用することができる。
【0032】
例えば、呼気中のEtOH濃度は70~2000 ppb、アセトアルデヒドは3~90 ppb、メタノールは100~2300 ppb、アセトンは200~900 ppb、イソプロパノールは50~250 ppb、ホルムアルデヒドは48~83 ppb、アンモニアは400~1350 ppb、ジメチルスルフィドは50 ppb以下である。
【0033】
そこで、本発明の気相中物質捕捉材を用いたバイオセンサーの例として、アルコール依存症治療のためのエタノール(EtOH)計測用バイオセンサー、口腔・食道がんのリスク評価のためのアセトアルデヒド計測用バイオセンサー、腸内環境の評価のためのメタノール計測用バイオセンサー、糖尿病や脂質代謝評価のためのアセトン計測用バイオセンサー、糖尿病や脂質代謝評価のためのイソプロパノール計測用バイオセンサー、肺がんの診断のためのホルムアルデヒド計測用バイオセンサー、肝疾患の診断のためのアンモニア計測用バイオセンサー、口臭・口腔環境の評価のためのジメチルスルフィド計測用バイオセンサーなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0034】
また、ガスセンサーやバイオセンサーとしての利用以外でも、本発明の気相中物質捕捉材は、空間中に浮遊する物質を捕捉することで空間の清浄化に利用できる。さらに、本発明の気相中物質捕捉材は、空間中に浮遊する物質を選択的に捕捉することで所望の物質の回収に利用できる。そして、空間中に浮遊する物質を捕捉・回収して解析することで、空間の気相の清浄度や汚染度を測定できる。また、空間中に浮遊する病原性物質を捕捉することで、病気への罹患を防ぐことができる。
【0035】
本発明の気相中物質捕捉材において、前記機能性タンパク質の例としては、酵素又は抗体が好ましく、酵素がより好ましい。
【0036】
本発明の気相中物質捕捉材において、前記機能性タンパク質の例としては酵素である場合に、前記ポリマーに補因子がさらに混合されて調製される場合がある。補因子の例としては、補酵素が好ましい。
【0037】
本発明の気相中物質捕捉材において、前記水溶性ポリマーの例としては、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリエチレンオキシド(PEO)、ポリアクリルアミド(PAAm)、ポリビニルピロリドン(PVP)、デキストラン又はポリエチレングリコール(PEG)から選択できるが、これらに限定されない。
【0038】
本発明の気相中物質捕捉材において、測定対象のVOCsを含む呼気や皮膚ガス等の気相を気相中物質捕捉材に負荷したときに、VOCsが接触する接触面積を広くする目的で、前記水溶性ポリマーの形態は、好ましくは、マイクロファイバー又は薄膜である。接触面積を広くできるマイクロファイバー又は薄膜を用いることにより、計測対象のVOCsを鋭敏かつ精度高く検出することができる。また、例えば、気相中物質捕捉材の形態をマイクロファイバーとして使用する場合、マイクロファイバーメッシュとして使用することにより、VOCsを含む気体の通気性を良好に確保することにより、気相に含まれるより微量なVOCsを気相中物質捕捉材に捕捉できる。
【0039】
本発明の気相中物質捕捉材の製造は、機能性高分子を混和させた高分子ポリマー材料、又は、さらに補因子を混和させた水溶性高分子ポリマーの混合液を用いて、各種方法で紡糸することによりマイクロファイバーメッシュとして製造することができる。このときの紡糸方法として、エレクトロスピニング法が好ましいが、これに限定されない。
【0040】
エレクトロスピニング法により、タンパク質または補因子、またはその両方を含むマイクロファイバーから構成される三次元構造体を製造することができ、その構造体もまた気相中物質捕捉剤としての機能を有する。三次元構造体とするメリットとしては、(1)気相中物質捕捉剤の占有空間を高めることにより、捕捉率が向上する、(2)シート状の捕捉剤をセンサーとする場合、気相成分の分布測定が二次元データに限定されてしまうが、三次元構造体とすることで三次元データを一度に計測することが可能になる。このとき、マイクロファイバー三次元構造体を用いることで、気相成分の測定に適した通気性をもつ三次元構造体が作製できる。
【0041】
本発明の気相中物質捕捉材の使用例としては、VOCsの1種であるエタノールを標的としたバイオセンサーとして、酵素としてアルコール脱水素酵素(ADH)、補因子としてNAD+(酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)が混在している水溶性高分子材料を挙げることができる。
【0042】
このADHとNAD+とを混合させた水溶性高分子ポリマーで形成されるEtOH検出用の気相中物質捕捉材を使用するバイオセンサーは、ADHにEtOHが結合し、EtOHがアセトアルデヒドに脱水素される際にNAD+から生成されるNADHの蛍光(励起光波長:340 nm、放射光波長:490 nm)を測定することにより、EtOHを高感度で検出することができる(図1参照)。
【0043】
このEtOH検出用バイオセンサーに使用する気相中物質捕捉材は、例えば、ADHの凍結乾燥粉末とNAD+の凍結乾燥粉末とを混和させた水溶性ポリマー材料の水溶液を用いて、エレクトロスピニング法で高電圧を印加しながら溶液を送液させることにより、コレクタ電極上にマイクロファイバーを形成し、マイクロファイバーメッシュとして製造することができる(図2参照)。
【0044】
このADHとNAD+とを内在させた水溶性ポリマーで形成されたマイクロファイバーメッシュに対して、EtOHを含有するガスを負荷し、生成するNADHの蛍光を計測することにより、気相中EtOH検出用バイオセンサーとして使用できる。
【0045】
計測された蛍光を解析する方法として、(1)蛍光強度の経時変化を計測し解析する方法(実施例、図5参照)と、(2)蛍光強度の経時変化の単位時間当たりの変化量である蛍光変化速度を解析する、即ち、前者(1)の蛍光強度の経時変化についてその微分値を解析する方法とが利用できる。後者(2)の蛍光強度の経時変化の微分値は、単位時間当たりのNADHの生成量を意味し、この解析方法は、EtOH検出量をより鋭敏に反映することができる(実施例及び図6参照)。
【0046】
このADHとNAD+とを内在する水溶性ポリマーで形成されたEtOHを標的物質とした気相中物質捕捉材、及び、これを用いたEtOH計測用バイオセンサーは、NAD+溶液の用時調製と検出の際に継続的な供給が必要なコットンメッシュを用いたEtOH検出用バイオセンサー(特許文献1)とは異なり、マイクロファイバーメッシュとして製造後直ちに使用することができる。また、下記の実施例で示されるように優れた保存安定性を有し、用事調製を必要としない。
【0047】
2.気相中の物質を捕捉する方法
本発明のもう1つの実施形態は、気相中の物質を捕捉する方法である。より具体的には、気相中の物質を捕捉する方法であって、標的物質と結合する機能を有する機能性タンパク質を内在する水溶性ポリマーで形成され、前記機能性タンパク質が前記物質との結合能を発揮することにより前記気相中の物質を捕捉する方法である。
【0048】
本発明の捕捉方法は、標的物質と結合能を有する機能性分子を水溶性高分子材料中に内在させ、該結合能が保持されることにより、標的物質を含有する気体を前記水溶性高分子材料に負荷し、気相中の標的物質を水溶性高分子材料中に内在する機能性分子に捕捉させる方法である。
【0049】
本発明の捕捉方法において、気相の例としては、生体より放出される呼気や皮膚ガス等の生体ガスが挙げられる。前記物質の例としては、揮発性有機化合物(VOCs)が挙げられ、機能性タンパク質の例としては、酵素や抗体が挙げられる。
【0050】
本発明の捕捉方法において、前記水溶性ポリマーの例としては、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリエチレンオキシド(PEO)、ポリアクリルアミド(PAAm)、ポリビニルピロリドン(PVP)、デキストラン又はポリエチレングリコール(PEG)等が挙げられる。
【0051】
本発明の捕捉方法は、例えば、生体の生理状態や疾患を診断することを目的とした、生体ガス中のVOCsを検出するバイオセンサーにおいて利用できる。具体的には、本発明の捕捉方法を用いたバイオセンサーの例としては、アルコール依存症治療のためのエタノール(EtOH)計測用バイオセンサー、口腔・食道がんのリスク評価のためのアセトアルデヒド計測用バイオセンサー、腸内環境の評価のためのメタノール計測用バイオセンサー、糖尿病や脂質代謝評価のためのアセトン計測用バイオセンサー、糖尿病や脂質代謝評価のためのイソプロパノール計測用バイオセンサー、肺がんの診断のためのホルムアルデヒド計測用バイオセンサー、肝疾患の診断のためのアンモニア計測用バイオセンサー、口臭・口腔環境の評価のためのジメチルスルフィド計測用バイオセンサーなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0052】
VOCsであるエタノール(EtOH)を標的としたEtOH検出用バイオセンサーとして、酵素であるアルコール脱水素酵素(ADH)と、補酵素であるNAD+(酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)とが混合されている水溶性高分子水溶液を紡糸して形成される気相中物質捕捉材を使用するバイオセンサーを挙げることができる。
【0053】
このADHとNAD+とが混合されている水溶性ポリマーで形成された気相中物質捕捉材は、上記で説明したように、ADHによってEtOHをアセトアルデヒドに脱水素する際にNAD+から生成するNADHの蛍光(励起光波長:340 nm、放射光波長:490 nm)を観測することにより、気相中のEtOH量を計測することができる。
【0054】
本発明の方法で使用される気相中物質捕捉材は、気相との接触面積が広く、良好に気相中の物質分子を捕捉できるとの観点より、マイクロファイバー状又は薄膜状の形態が好ましい。また、気相の通気性が良好との観点からマイクロファイバーメッシュ状の形態がより好ましい。
【0055】
そして、本発明の方法を利用するバイオセンサーは、上記で説明したように、使用する試薬を用事調製する必要がなく、例えば、ADHとNAD+とを混和させた水溶性ポリマー水溶液を用い、エレクトロスピニング法で紡糸して、マイクロファイバーメッシュの形態として製造することにより、直ちに使用することができる。また、このマイクロファイバーメッシュ形態のバイオセンサーは、保存安定性にも優れるとの特徴を有する。
【実施例0056】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。ここに記述される実施例は本発明の実施形態を例示するものであり、本発明の範囲を限定するものとして解釈されるべきではない。
【0057】
[実施例1]
アルコール脱水素酵素(ADH)とNAD+とをポリビニルアルコール(PVA)に内在させたマイクロファイバーメッシュによる気相中EtOHの可視化による検出
1.材料及び装置
(1) 実験試薬・器具
実験試薬・器具及び装置は下記のものを使用した。
・テルモ注射針22G 1 1/2 RB(テルモ株式会社、NN-2238R)
・ディスポーザブルシリンジ 1 mL(テルモ株式会社、SS-01T)
・ポリビニルアルコール(PVA)溶液(ヤマト株式会社、アラビックヤマト(登録商標)液状のり)
・ADH;Alcohol Dehydrogenase from Saccharomyces cerevisiae (Sigma-Aldrich、Cat No. A7011)
・NAD+;β-Nicotinamide-adenine dinucleotide oxidized form (オリエンタル酵母工業株式会社、Cat No. 44056000)
・水酸化ナトリウム(富士フイルム和光純薬株式会社、Cat No. 198-13765)
・MilliQ水
・エタノール(富士フイルム和光純薬株式会社、Cat No. 056-06967)
【0058】
(2) 実験装置
・スピニング装置(株式会社メック、NANON-03)
・マグネトロンスパッタ装置(株式会社真空デバイス、MSP-10)
・走査型電子顕微鏡 (株式会社キーエンス、VE-9800)
・卓上型pH・水質分析計(株式会社堀場製作所、LAQUA, pH / ION METER F-72)
・モノクロCMOSカメラ (Thorlabs Inc.、CS235MU)
【0059】
2.ADHとNAD+を内在させたマイクロファイバーメッシュの作製
(1) ビーカーにMilliQ水50 mLを入れてスターラーで撹拌した。水酸化ナトリウム2 gを少量ずつ加えて1 M NaOHを調製した。
【0060】
(2) PVA溶液(約pH 4)に、(1)で調製した1M NaOHを添加してpH 8に調整した。その際、3種のpH標準液(pH 4, 7, 9)で補正した卓上型pH・水質分析計を使用した。
【0061】
(3) ADH濃度; 6.2 mg/mL、NAD+濃度; 13.3 mg/mLとなるよう、(2)で調製したpH 8のPVA溶液に直接ADHとNAD+を添加した。なお、溶液濃度は、1枚あたりの紡糸量を50 μLとしたときのADH量が100 Unit、NAD+量が1 μmolとなるように調製した。表1に組成の詳細を示した。また、同様の手順で、ネガティブコントロール用として、NAD+濃度; 13.3 mg/mLのポリビニルアルコール溶液を調製した。
【表1】
【0062】
(4) 上記(3)で調製した溶液を用いてエレクトロスピニング法でファイバーを紡糸し、マイクロファイバーメッシュを作製した。エレクトロスピニングの条件は表2に示した。また、コレクターは、1.5 cm角に穴があいた樹脂製の台座にアルミホイルを被覆したものを用いた。
【表2】
【0063】
3.EtOHガスの可視化実験
(5) 上記(4)で作製したファイバーをカメラレンズ前方に設置して、EtOHを含有する空気を負荷し、マイクロファイバーメッシュが分子捕捉したEtOHに基づいてADHが産生するNADHによる蛍光の変化を動画としてビデオカメラで撮影することにより、速やかにEtOHガスを可視化した。
【0064】
実験系の概略図を図3に示した。励起光源-励起対象物間距離は14.2 mmに、ガス負荷用のパスツールと酵素膜間距離は2 mmに設定した。ガス負荷条件は表3に示す3種類で、各秒数は動画撮影開始時からの秒数とした。EtOHガス濃度は200 ppm(調製条件:ディフュージョンチューブの型式; D-05, 恒温槽の温度; 40℃, 流量; 0.6 L/min)とし、EtOHガスと乾燥ガスの流速は100 mL/minに設定した。また、カメラのシャッタースピードは33.33 ms、ゲインは5.0、black levelは5.0に設定し、30 fpsで180秒間動画を記録した。
【表3】
【0065】
(6) 取得した動画像に対して2種類の数値解析を行った。1つは蛍光強度の経時変化を算出する処理法で、もう1つは蛍光変化速度、すなわちNADH生成速度を算出する処理法である。また、数値解析の関心領域(ROI)は250×250 pixelに設定した。
【0066】
4.実験結果
PVA/ADH/NAD+ Blendファイバーで形成されたマイクロファイバーメッシュ(以下、「PVA/ADH/NAD+マイクロファイバーメッシュ」と記載)に対して、EtOHガスを負荷すると蛍光強度ΔIが上昇する一方(図4図5)で、乾燥ガスを負荷した場合にはΔIの上昇は見られなかった(図5)。また、酵素を除いたPVA/NAD+ Blendファイバーでは、基質であるEtOHガスを負荷してもΔIの上昇は確認されなかった(図5)。このことから、PVA /ADH/NAD+ BlendファイバーにEtOHガスを負荷した際のΔIの上昇は、酵素反応が起きたことによる現象であることが示された。
【0067】
[実施例2]
定量性の検討
実施例1と同様の方法で作製したPVA/ADH/NAD+マイクロファイバーメッシュを用いて、気相中のEtOHに対する定量性を検討した。
【0068】
1.材料及び装置
材料及び装置は、実施例1と同様のものを使用した。
【0069】
2.マイクロファイバーメッシュの作製
(1) ビーカーにMilliQ水50 mLを入れてスターラーで撹拌した。水酸化ナトリウム2 gを少量ずつ加えて1 M NaOHを調製した。
【0070】
(2) PVA溶液に(1)で調製した1 M NaOHを添加してpH 8に調整した。
【0071】
(3) ADH濃度; 3.125 mg/mL、NAD+濃度; 132.5 mg/mLとなるよう、(2)で調製したpH 8のPVA溶液に直接ADHとNAD+を添加した。なお、溶液濃度は、1枚あたりの紡糸量を50 μLとしたときのADH量が50 Unit, NAD+量が10 μmolとなるように調製した。表4に詳細を示した。
【表4】
【0072】
(4) (3)で調製した溶液を用いてエレクトロスピニング法で、マイクロファイバーを紡糸することによりマイクロファイバーメッシュを作製した。エレクトロスピニングの条件は表5に示した。また、コレクターは、1.5 cm角に穴があいた樹脂製の台座にアルミホイルを被覆したものを用いた。
【表5】
【0073】
3. 負荷ガスの流量変化(負荷するEtOH mol量)に対する出力応答の評価
(5) (4)で作製したマイクロファイバーメッシュをカメラレンズ前方に設置して、EtOHを含有するガスを負荷し、マイクロファイバーメッシュに分子捕捉したEtOHとADHとの反応に基づき産生されるNADHによる蛍光変化を可視化してビデオカメラで撮影することにより、EtOHガスを計測した。このとき、励起光源-励起対象物間距離は13 mmに、ガス負荷用のパスツールと酵素膜間距離は2 mmに設定した。EtOHガスの濃度は200 ppm(ディフュージョンチューブ; D-05、温度; 40℃、希釈ガス流量; 0.6 L/minで調整)とし、EtOHガスおよび乾燥ガスの流量はそれぞれ20、50、100、200 ml/minの4種類で行った(それぞれのEtOH負荷量は、2.7、6.8、13.6、27.3 nmol/secに相当)。動画撮影開始20秒後からEtOHガスを20秒間負荷し、その後乾燥ガスに切り替えて180秒まで動画を記録した。このとき、カメラのシャッタースピードは33.33 ms、ゲインは5.0、black levelは5.0に設定して30 fpsで動画を記録した。
【0074】
(6) 取得した動画像に対して2種類の数値解析を行った。1つは蛍光強度の経時変化を算出する処理法で、もう1つは蛍光変化速度、すなわちNADH生成速度を算出する処理法である。ただし、数値解析の関心領域(ROI)は250×250 pixelに設定した。
【0075】
4. 実験結果
200 ppmのEtOHガス流量を20、50、100、200 ml/minの4種類(それぞれのEtOH負荷量は、2.7、6.8、13.6、27.3 nmol/secに相当)でPVA/ADH/NAD+マイクロファイバーメッシュに負荷したときの蛍光速度変化、すなわち、生成したNADHによる蛍光強度の経時変化の単位時間当たりの微分値の変化を図6に示した。
【0076】
PVA/ADH/NAD+マイクロファイバーメッシュに負荷した単位時間当たりのEtOH量(2.7 ~27.3 nmol/sec)に対する蛍光速度変化の関係を図7に示した。単位時間当たりのEtOH負荷量と蛍光速度変化との関係は、良好な直線性を示し、PVA/ADH/NAD+マイクロファイバーメッシュは、気相中のEtOH含量に対して優れた定量性を有することが示された。
【0077】
[実施例3]
PVA/ADH/NAD+マイクロファイバーメッシュの保存安定性の評価
次に、PVA/ADH/NAD+マイクロファイバーメッシュの保存安定性を評価した。
【0078】
1.材料及び装置
材料及び装置は、実施例1及び2と同様のものを使用した。
【0079】
2.PVA/ADH/NAD+マイクロファイバーメッシュの作製
(1) ビーカーにMilliQ水50 mLを入れてスターラーで撹拌した。水酸化ナトリウム2 gを少量ずつ加えて1 M NaOHを調製した。
【0080】
(2) PVA溶液に(1)で調製した1 M NaOHを添加してpH 8に調整した。
【0081】
(3) ADH濃度; 3.125 mg/mL、NAD+濃度; 132.5 mg/mLとなるよう、(2)で調製したpH 8のPVA溶液に直接ADHとNAD+を添加した。なお、溶液濃度は、1枚あたりの紡糸量を50 μLとしたときのADH量が50 Unit, NAD+量が10 μmolとなるように調製した。表6に詳細を示した。
【表6】
【0082】
(4) 上記(3)で調製した溶液を用いてファイバーを紡糸した。スピニングの条件は表7に示した。また、コレクターは、1.5 cm角に穴があいた樹脂製の台座にアルミホイルを被覆したものを用いた。
【表7】
【0083】
(5) 走査型電子顕微鏡(SEM)による形態観察
PVA/ ADH/NAD+ Blendファイバーを紡糸した当日、及び、14日間4℃で保存した後のPVA/ ADH/NAD+マイクロファイバーメッシュの形態を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した。
【0084】
(6) 酵素膜の酵素活性の保存性評価
コントロールとして、作製直後のファイバーに対してEtOHガスの可視化(ポジティブコントロール)と乾燥ガスの負荷(ネガティブコントロール)を行った。励起光源-励起対象物間距離は13 mmに、ガス負荷用のパスツールと酵素膜間距離とは2 mmに設定した。EtOHガスの濃度は200 ppm(ディフュージョンチューブ; D-05、温度; 40℃、希釈ガス流量; 0.6 L/minで調整)とし、EtOHガスおよび乾燥ガスの流量はそれぞれ100 mL/minとした。動画撮影開始20秒後からEtOHガスを20秒間負荷し、その後乾燥ガスに切り替えて180秒まで動画を記録した。このとき、カメラのシャッタースピードは33.33 ms、ゲインは5.0、black levelは5.0に設定して30 fpsで動画を記録した。また、2週間後に測定するサンプルについてはφ35 mm dishに入れ、さらにそれをチャック式のビニール袋に入れて封をした状態で4℃冷蔵庫に保存した。2週間後に、同様の手順で作製直後のファイバー(コントロール)と保存していたファイバーを用いてEtOHガスの可視化を行った。
【0085】
(7) 取得した動画像に対して2種類の数値解析を行った。1つは蛍光強度の経時変化を算出する処理法で、もう1つは蛍光変化速度、すなわちNADH生成速度を算出する処理法である。ただし、数値解析の関心領域(ROI)は250×250 pixelに設定した。
【0086】
3.実験結果
PVA/ADH/NAD+ Blendファイバーメッシュの作製日当日(図8A)、及び作製から14日後の走査型電子顕微鏡像は、変化を認めなかった(図8B)。
【0087】
作製直後のPVA/ADH/NAD+ Blendファイバーメッシュ、及び、作製から2週間4℃冷蔵庫にて保存したポリマーB /ADH/NAD+ Blendファイバーメッシュを用いてEtOHガスを可視化した際の蛍光強度の変化を示した(図9)。PVA/ADH/NAD+ Blendファイバーメッシュは、作製後14日間4℃で保存しても良好なEtOH捕捉効果に基づく蛍光強度の変化を示した。
【0088】
これは、従来のADH固定化コットンメッシュを使用する方法(特許文献1)にはなかった特性(コットンメッシュの場合は、4℃冷蔵庫で保存しても翌日には酵素が失活して可視化不可)であり、本発明の分子補足材の産業応用における大きなメリットと考えられる。
【0089】
[実施例4]
各種の水溶性高分子についてADHとNAD+とが内在するマイクロファイバーメッシュの作製と評価
PVAに加えてPVA以外の各種水溶性高分子についても、ADHとNAD+とを混合したマイクロファイバーメッシュを作製し、EtOHガスに対する可視化による計測について検討し、各種水溶性高分子材料の気相中物質捕捉材への応用を評価した。
【0090】
1.材料及び装置
下記以外の材料と装置は、実施例1~3と同様のものを使用した。
・PVP ; Polyvinylpyrrolidone K-90, Mv: 360,000, ナカライテスク, CAS No. 9003-39-8
・PEO ; Poly(ethylene oxide), Mv: ~900,000, Sigma-Aldrich, CAS No. 25322-68-3
・デキストラン; Dextran 70, Mw: ca. 70,000, Cas No. 9004-54-0
・PAAm ; Polyacrylamide, Mn: 150,000, ALDRICH (PAAm (分子量小) )
【0091】
2.実験方法
(1) 水溶性ポリマー水溶液の調製
PVP、PEO、デキストラン、PAAM(分子量小)の各水溶液は、PVA溶液(アラビックヤマト(登録商標)液状のりの原液と同程度の粘度になるように、濃度を調整した。
(i) PVA水溶液の調製
PVA水溶液として、実施例1~3と同様にアラビックヤマト(登録商標)液状のりを使用した。
(ii) PVP水溶液の調製
20 mLのバイアル瓶にPVPを入れてMilliQ水を加え、遮光条件下一晩以上撹拌し、25 w/w % PVP水溶液を調製した。
(iii) PEO水溶液の調製
20 mLのバイアル瓶にPEOを入れてMilliQ水を加え、遮光条件下一晩以上撹拌し、6 w/w % PEO水溶液を調製した。
(iv) デキストラン水溶液の調製
20 mLのバイアル瓶にデキストランを入れてMilliQ水を加え、遮光条件下一晩以上撹拌し、50 w/w % デキストラン水溶液を調製した。
(v) PAAm(分子量小)水溶液の調製
20 mLのバイアル瓶にPAAm(分子量小)を入れてMilliQ水を加え、遮光条件下一晩以上撹拌し、15 w/w % PAAm(分子量小)水溶液を調製した。
【0092】
次に、PVA、PVP、PEO、デキストラン、PAAM(分子量小)の各水溶液に0.1N NaOH水溶液を加えてpHが8に近づくように調製した。
(2) 各種マイクロファイバーメッシュの原料水溶液の調製
上記の各種水溶性ポリマー水溶液(pH 8)50 μL/mesh(調製量:0.8 mL)と、ADH 50 Units/mesh (調製量:2.56 mg)と、NAD+ 10 μL/mesh(調製量:106 mg)とを混合し、各種マイクロファイバーメッシュの原料水溶液を調製した。
(3) エレクトロスピニングによるマイクロファイバーメッシュの作製
上記(2)で調製した各種マイクロファイバーメッシュの原料水溶液を用いて表7の条件でエレクトロスピニングを行い、各種水溶性ポリマーのマイクロファイバーメッシュを作製した。
【表8】
【0093】
(4) EtOHガス負荷による可視化実験
上記で作製した各種水溶性ポリマーとADHとNAD+とを混合して作製したマイクロファイバーメッシュに、200 ppmのEtOHガスを20秒間負荷し、340 nmの励起光を照射した際の490 nmの蛍光強度を測定することでADHの活性がPVA以外の水溶性ポリマーにおいても維持されるかについて評価した。
【0094】
具体的には、上記(3)で作製したファイバーをカメラレンズ前方に設置して、EtOHガスを負荷し、速やかにEtOHガスを可視化し、計測した。EtOHガス濃度は200 ppmとし、EtOHガスと乾燥ガスの流速は100 mL/minに設定した。また、カメラのシャッタースピードは33.33 ms、ゲインは5.0、black levelは5.0に設定し、30 fpsで180秒間動画を記録した。
【0095】
3.実験結果
各種水溶性ポリマー製マイクロファイバーメッシュに対してEtOHガスを負荷して340 nmの励起光を照射した際にマイクロファイバーメッシュが発する波長490 nmの放射光における蛍光強度の変化を図10に示した。
【0096】
図10より、PEOとPAAm (分子量小) については、EtOHガス負荷によりPVA製マイクロファイバーメッシュと同程度の蛍光強度の変化を示した。一方でPVPとデキストランに関しては蛍光強度の変化は小さかったものの蛍光強度の増加を示した。
【0097】
これらの結果より、PVA以外の各種水溶性ポリマー材料においても、これらの材料に混在するADHの活性が維持されることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0098】
本発明の気相中物質捕捉材は、VOCs等の気相中の物質を計測することができることから、各種のガスセンサーとして利用できる。
【0099】
ガスセンターの例として、バイオセンサーが挙げられる。例えば、アルコール依存症治療のためのエタノール(EtOH)計測用バイオセンサー、口腔・食道がんのリスク評価のためのアセトアルデヒド計測用バイオセンサー、腸内環境の評価のためのメタノール計測用バイオセンサー、糖尿病や脂質代謝評価のためのアセトン計測用バイオセンサー、糖尿病や脂質代謝評価のためのイソプロパノール計測用バイオセンサー、肺がんの診断のためのホルムアルデヒド計測用バイオセンサー、肝疾患の診断のためのアンモニア計測用バイオセンサー、口臭・口腔環境の評価のためのジメチルスルフィド計測用バイオセンサーなどが利用できる。
【0100】
また、ガスセンターとしての利用以外でも、本発明の気相中物質捕捉材は、空間中に浮遊する物質を捕捉することで空間の清浄化に利用できる。さらに、本発明の気相中物質捕捉材は、空間中に浮遊する物質を選択的に捕捉することで所望の物質の回収に利用できる。そして、空間中に浮遊する物質を捕捉・回収して解析することで、空間の気相の清浄度や汚染度を測定できる。また、空間中に浮遊する病原性物質を捕捉することで、病気への罹患を防ぐことができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8A
図8B
図9
図10