(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023182349
(43)【公開日】2023-12-26
(54)【発明の名称】慢性腎臓病の進展抑制剤、及び、蛋白尿及び/又は糸球体硬化の進展抑制剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/4178 20060101AFI20231219BHJP
A61P 13/12 20060101ALI20231219BHJP
【FI】
A61K31/4178
A61P13/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022095890
(22)【出願日】2022-06-14
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 掲載日 令和4年6月8日 掲載URL https://www.amed.go.jp/program/list/15/01/004.html https://www.amed.go.jp/content/000099403.pdf
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「腎疾患実用化研究事業」「慢性腎臓病に対するリアノジン受容体安定化薬併用療法の開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】304020177
【氏名又は名称】国立大学法人山口大学
(74)【代理人】
【識別番号】100177714
【弁理士】
【氏名又は名称】藤本 昌平
(72)【発明者】
【氏名】内海 仁志
(72)【発明者】
【氏名】矢野 雅文
(72)【発明者】
【氏名】小林 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】澁谷 正樹
(72)【発明者】
【氏名】名和田 隆司
(72)【発明者】
【氏名】山本 健
【テーマコード(参考)】
4C086
【Fターム(参考)】
4C086AA01
4C086AA02
4C086BC38
4C086GA02
4C086GA07
4C086GA13
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZA81
(57)【要約】
【課題】本発明の課題は、慢性腎臓病の進展を抑制可能な、新たな薬剤を提供することにある。
【解決手段】ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物を有効成分とする慢性腎臓病の進展抑制剤を作製する。蛋白尿及び/又は糸球体硬化を伴う慢性腎臓病であることや、腎臓を摘出した患者もしくは腎梗塞後の患者に投与するための慢性腎臓病の進展抑制剤であることが好ましい。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物を有効成分とする慢性腎臓病の進展抑制剤。
【請求項2】
薬学上許容される塩がナトリウム塩であることを特徴とする、請求項1に記載の慢性腎臓病の進展抑制剤。
【請求項3】
蛋白尿及び/又は糸球体硬化を伴う慢性腎臓病であることを特徴とする、請求項1に記載の慢性腎臓病の進展抑制剤。
【請求項4】
腎臓を摘出した患者若しくは腎梗塞後の患者に投与するための、請求項1に記載の慢性腎臓病の進展抑制剤。
【請求項5】
ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物を有効成分とする蛋白尿及び/又は糸球体硬化の進展抑制剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は慢性腎臓病の進展抑制剤や、蛋白尿及び/又は糸球体硬化の進展抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease:CKD)患者は増加の一途をたどり、維持透析患者は33万人を超え、CKDの進展を抑制する新たな治療法の開発が望まれる。これまで、腎障害を治療する薬剤はなく、治療の選択肢としては、血圧や血糖などの管理徹底のほか、蛋白尿を抑えるレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系阻害薬(ACE阻害薬、アンジオテンシン受容体拮抗薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)が広く用いられている。
【0003】
ここで、腎臓病の一つであるネフローゼ症候群(NS)、巣状分節性糸球体硬化症(FSGS)の蛋白尿モデルマウスを用いて、1,4-ベンゾチアゼピン誘導体であるK201(別名JTV519、Ca2+リーク抑制薬)がNS若しくはFSGSの治療剤となり得ることが開示されている(非特許文献1参照)。この文献においては、腎臓糸球体の足細胞においてRyR2が保有する数多くのリン酸化部位の中で2808番目のセリンのリン酸化に着目している。K201は、中脳星状細胞由来神経栄養因子(MANF)と共にRyR2に作用して、上記2808番目のセリンのリン酸化を阻害することで、足細胞小胞体(ER)からのCa2+リークを抑制することや、上記リン酸化の阻害により足細胞のアポトーシスを抑制することが開示されている。しかしながら、あくまで蛋白尿モデルマウスでの検討であるほか、このK201はRyRからのCa2+リークを抑制するのみならず、Na+チャネル、K+チャネル、Ca2+チャネルまでも抑え込んでしまうため、それらに起因する副作用が懸念されていた。さらに、RyR2には上記2808番目のセリンに限らず多数のリン酸化部位があり、RyR2のリン酸化と小胞体ストレスとの関係においては十分な解明が進んでおらず、さらなる研究が求められていた。
【0004】
また、1,4-ベンゾチアゼピン-1-オキシド誘導体が、尿量、Na排泄、およびK排泄を増加させ、かつ血中クレアチニン低下をもたらすことで腎機能障害を改善させることが開示されている(特許文献1参照)。しかしながら、Ca2+リークに関する記載はされていない。
【0005】
一方、本発明者らは、筋組織の筋小胞体(SR)以外の広範な実質臓器・組織細胞中の小胞体(ER)上のリアノジン受容体(RyR)においても、酸化ストレス等の外的ストレスによりRyR2は構造上不安定化し、Ca2+漏出(リーク)によりER内Ca2+枯渇/細胞質内Ca2+上昇を引き起こすことや、ERストレスを介して認知症、脂肪肝等を生じること、逆にストレス時のドメインunzippingからカルモジュリン(CaM)の解離を薬理的(RyR安定化薬としてのダントロレン)または遺伝的(CaM結合親和性を増加させるRyR2内点突然変異:V3599Kをknock-in)に抑制することで各種病態が改善することを報告している(非特許文献2参照)。また、ERの多くの分子シャペロンはCa2+依存性であり、ER内のCa2+濃度が適正に維持されない場合はERの機能が著しく低下し、ERストレスを生じることが知られている。
【0006】
ところで、ダントロレンはヒダントイン誘導体に属する化合物であり、リアノジン受容体に結合して筋小胞体からのCa2+の遊離を抑制することが知られている。かかるダントロレンは筋弛緩薬として広く用いられているほか、特許文献2に示されるように肝臓の繊維化の抑制効果があることや、特許文献3に示されるようにRas活性阻害効果若しくはがん細胞の増殖阻害効果があることや、特許文献4に示されるように神経障害後の攣縮に効果があることが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2019/117116号パンフレット
【特許文献2】特開2020-7237号公報
【特許文献3】国際公開第2015/182625号パンフレット
【特許文献4】特開2016-539167号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Park,S.J. et al., ”Discovery of endoplasmic reticulum calcium stabilizers to rescue ER-stressed podocytes in nephrotic syndrome”, Proc.Natl.Acad.Sci.USA,vol.116,14154-14163,2019
【非特許文献2】Nakamura Yoshihide et al., “Ryanodine receptor–bound calmodulin is essential to protect against catecholaminergic polymorphic ventricular tachycardia”, JCI Insight. 2019 Jun 6; 4(11): e126112.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、慢性腎臓病の進展を抑制可能な、新たな薬剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
腎臓細胞のER内Ca2+濃度低下や細胞質内Ca2+濃度上昇を介してERストレスが増加することによる蛋白尿及び/又は糸球体硬化を抑制する薬剤の探索を行った。その中で、5/6腎臓摘出CKDモデルマウスに対するダントロレンの薬剤効果を検証したところ、CKDの進展(糸球体硬化)が抑制されることを見出した。さらに、上記5/6腎臓摘出CKDモデルでは、蛋白尿を生じないため、蛋白尿モデルマウス(右腎臓摘出+ウシ血清アルブミン負荷)に対するダントロレンの薬剤効果を追加検証したところ、蛋白尿の増加が抑制されることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
〔1〕ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物を有効成分とする慢性腎臓病の進展抑制剤。
〔2〕薬学上許容される塩がナトリウム塩であることを特徴とする、上記〔1〕に記載の慢性腎臓病の進展抑制剤。
〔3〕蛋白尿及び/又は糸球体硬化を伴う慢性腎臓病であることを特徴とする、上記〔1〕に記載の慢性腎臓病の進展抑制剤。
〔4〕腎臓を摘出した患者若しくは腎梗塞後の患者に投与するための、請求項1に記載の慢性腎臓病の進展抑制剤。
〔5〕ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物を有効成分とする蛋白尿及び/又は糸球体硬化の進展抑制剤。
【0012】
また、本発明の他の態様1としては、(I)ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物の有効量を対象に投与することを含む、慢性腎臓病の進展の抑制方法や、(II)慢性腎臓病の進展の抑制のための医薬組成物の製造のための、ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物の使用や、(III)慢性腎臓病の進展の抑制に用いるための、ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物を挙げることができる。さらに、本発明の他の態様2としては、(I)ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物の有効量を対象に投与することを含む、蛋白尿及び/又は糸球体硬化の進展の抑制方法や、(II)蛋白尿及び/又は糸球体硬化の進展の抑制のための医薬組成物の製造のための、ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物の使用や、(III)蛋白尿及び/又は糸球体硬化の進展の抑制に用いるための、ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物を挙げることができる。なお、上記「有効量」とは、慢性腎臓病の進展の抑制、又は、蛋白尿及び/又は糸球体硬化の進展の抑制のために有効な量を意味する。
【発明の効果】
【0013】
本発明の慢性腎臓病の進展抑制剤により、慢性腎臓病の進展を抑制することができる。また、本発明の蛋白尿及び/又は糸球体硬化の進展抑制剤により、蛋白尿及び/又は糸球体硬化の進展を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】実施例2において、術後12週間飼育後の各マウスの糸球体濾過量(GFR)を調べた結果である。
【
図2】実施例3において、術後12週間飼育後の各マウスの糸球体の硬化割合を調べた結果である。
【
図3】実施例5において、術前と術後3週間飼育後のクレアチニンクリアランス(CCr)を調べた結果である。
【
図4】実施例6において、術前と術後3週間飼育後の尿中アルブミン/クレアチニン比(ACR)を調べた結果である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の慢性腎臓病の進展抑制剤としては、ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物を有効成分とする慢性腎臓病の進展抑制剤であれば特に制限されず、以下「本件慢性腎臓病の進展抑制剤」ともいう。また、本発明の蛋白尿及び/又は糸球体硬化の進展抑制剤としては、ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物を有効成分とする蛋白尿及び/又は糸球体硬化の進展抑制剤であれば特に制限されず、以下「本件蛋白尿及び/又は糸球体硬化の進展抑制剤」ともいう。
【0016】
<用語>
1.ダントロレン
ダントロレン(Dantrolene: 1‐[[[5‐(4‐Nitrophenyl)‐2‐furanyl]methylene]amino]‐2,4‐imidazolidinedione)は分子式C14H10N4O5、分子量314.257、CAS番号7261-97-4の化合物であり、以下の化学式(I)で示される。ダントロレンは公知の方法により製造できるほか、市販の化合物を用いることができる。
【0017】
【0018】
本明細書におけるダントロレン又はその薬学上許容される塩における「薬学的に許容される塩」としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩や、カルシウム塩、マグネシウム塩等のアルカリ土類金属塩や、アンモニウム塩や、亜鉛塩等の遷移金属塩や、環状アミン塩や、モノ‐、ジ‐若しくはトリ‐低級アルキルアミン塩や、モノ‐、ジ‐若しくはトリヒドロキシ‐低級アルキルアミン塩や、ポリヒドロキシ‐低級アルキルアミン塩等のヒドロキシ‐低級アルキルアミン塩や、ヒドロキシ‐低級アルキル‐低級アルキルアミン塩を挙げることができ、ナトリウム塩を好適に挙げることができる。
【0019】
さらに、ダントロレン又はその薬学上許容される塩は、これらと水やアルコール等との溶媒和物でもよく、ダントロレンナトリウム(1‐[[[5‐(4‐Nitrophenyl)‐2‐furyl]methylene]amino]‐3‐sodio‐2,4‐imidazolidinedione)の水和物を挙げることができる。かかるダントロレンナトリウムの水和物は商品名「ダントリウム(登録商標)」として市販されている。上記ダントリウムは、筋小胞体からのCa2+の遊離を抑制するため、筋弛緩薬として用いられている。
【0020】
本明細書において、慢性腎臓病とは、慢性に経過するすべての腎臓病を意味し、その原因は特に制限されないが、糸球体疾患、血管性疾患、尿細間質疾患を伴う慢性腎臓病、より好ましくは蛋白尿又は糸球体硬化を伴う慢性腎臓病、さらに好ましくは蛋白尿及び糸球体硬化を伴う慢性腎臓病を挙げることができる。なお、上記慢性腎臓病では、腎臓の機能を示す糸球体濾過量(GFR)が健康な人の60%以下に低下、あるいは蛋白尿が出るという腎臓の異常が続く状態となる。
【0021】
本明細書において糸球体硬化とは、腎糸球体内に硝子様物質の沈着または瘢痕化が生じた状態をいう。
【0022】
本件慢性腎臓病の進展抑制剤又は本件蛋白尿及び/又は糸球体硬化の進展抑制剤の剤形は、内服剤、注射剤、点滴剤、吸引剤、又は坐剤とすることができ、投与経路としては経口的に投与又は静脈内へ非経口的に投与することができる。
【0023】
本件慢性腎臓病の進展抑制剤又は本件蛋白尿及び/又は糸球体硬化の進展抑制剤は、薬剤又は薬学的組成物の製造に通常用いる適宜な担体、賦形剤及び希釈剤を含むことができる。上記担体、賦形剤及び希釈剤としてはマンニトール、ポリビニルアルコール、ラクトース、デキストロース、スクロース、ソルビトール、キシリトール、エリスリトール、マルチトール、澱粉、アカシアゴム、アルギネート、ゼラチン、カルシウムホスフェート、カルシウムシリケート、セルロース、メチルセルロース、非晶質セルロース、ポリビニルピロリドン、水、メチルヒドロキシベンゾエート、プロピルヒドロキシベンゾエート、タルク、マグネシウムステアレート及び鉱物油を挙げることができる。
【0024】
本件慢性腎臓病の進展抑制剤又は本件蛋白尿及び/又は糸球体硬化の進展抑制剤の好ましい投与量は患者の年齢、性別及び体重、健康状態及び疾患の重症度などの多様な関連因子に照らし、当業者により適宜決定することができる。経口投与の場合には、ダントロレンナトリウム水和物換算で本件慢性腎臓病の進展抑制剤又は本件蛋白尿及び/又は糸球体硬化の進展抑制剤として、成人(60kg)に対し投与する場合、有効成分として1日投与量は0.0~0.3g、好ましくは0.02~0.2gの範囲であり、1回又は数回分けて投与することもできる。投与間隔としては、1週間、6日、5日、4日、3日、2日、1日、12時間、8時間、4時間、2時間、1時間または30分を挙げることができる。具体的には、本件慢性腎臓病の進展抑制剤又は本件蛋白尿及び/又は糸球体硬化の進展抑制剤として、成人(60kg)にはダントロレンナトリウム水和物として1日1回25mgより投与を始め、1週毎に25mgずつ増量し(1日2~3回に分割投与)、維持量を決定する方法を挙げることができる。一方、静脈内投与などの非経口投与の場合には、ダントロレンナトリウム水和物換算で本件慢性腎臓病の進展抑制剤又は本件蛋白尿及び/又は糸球体硬化の進展抑制剤として、成人(60kg)に対し投与する場合、有効成分として1日投与量は0.01~0.3g、好ましくは0.1~0.2g、更に好ましくは0.3~0.15gであり、1回又は数回分けて投与することもできる。
【0025】
本件慢性腎臓病の進展抑制剤の実施態様として慢性腎臓病が生じる前にそれを予防する目的で用いても、既に慢性腎臓病が生じた状態において、その慢性腎臓病の進行を抑制する目的で用いてもよい。また、本件蛋白尿及び/又は糸球体硬化の進展抑制剤の実施態様として蛋白尿及び/又は糸球体硬化が生じる前にそれを予防する目的で用いても、既に蛋白尿及び/又は糸球体硬化が生じた状態において、その蛋白尿及び/又は糸球体硬化の進展を抑制する目的で用いてもよい。蛋白尿が生じているか否かは尿検査における蛋白尿によって確認することができ、糸球体硬化が生じているか否かはGFRの低下によって確認することができる。GFRの低下としては、たとえば推算糸球体濾過量(eGFR)として90未満、60未満、30未満を例示することができる。
【0026】
また、本件慢性腎臓病の進展抑制剤、又は、本件蛋白尿及び/又は糸球体硬化の進展抑制剤は、腎臓を摘出した患者若しくは腎梗塞後の患者に投与するために用いられてもよい。腎臓の摘出若しくは腎梗塞後に生じる糸球体硬化の進展を抑制することが可能となる。
【0027】
本件慢性腎臓病の進展抑制剤は、ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物の投与により慢性腎臓病の進展を抑制する旨の添付文書等と共に単独製剤として提供することもできる。また、本件蛋白尿及び/又は糸球体硬化の進展抑制剤は、ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物の投与により蛋白尿及び/又は糸球体硬化の進展を抑制する旨の添付文書等と共に単独製剤として提供することもできる。
【0028】
本件慢性腎臓病の進展抑制剤又は本件蛋白尿及び/又は糸球体硬化の進展抑制剤は、ヒトを含む哺乳類、例えば、ヒト、イヌ、ネコ、ブタ、ウシ、ウマ、サル、マウス、ラット、モルモットなどに適用することができる。
【実施例0029】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの
例示に限定されるものではない。
【0030】
[実施例1]CKDモデルマウスの作製
後述の実施例2、3で使用するため、以下のマウスを作製した。
1)野生型マウス(偽手術)
2)野生型CKDモデルマウス(5/6腎臓摘出+ダントロレン非投与群)
3)野生型CKDモデルマウス(5/6腎臓摘出+ダントロレン投与群)
4)リアノジン受容体(RyR2)安定化マウス(偽手術)
5)リアノジン受容体(RyR2)安定化CKDモデルマウス(5/6腎臓摘出)
なお、CKDモデルマウスの作製は、次の文献(Jin Wei et al., Am J Physiol Renal Physiol 314:F1008-F1019,2018)に記載の方法に従って行った。
【0031】
1)野生型マウス(偽手術)
野生型C57BL/6雌マウス(12週齢:日本SLC社)をイソフルレンによる吸入麻酔下で、左背部傍正中を皮膚切開後に左腎臓の直上にあたる筋層を切開し、左腎臓を露出した。左腎動静脈を含む茎を露出した後、創部を閉創した。術後3日目に、右背部傍正中を皮膚切開後に右腎臓の直上にあたる筋層を切開し、右尿管と右腎動静脈を含む茎を露出した後、創部を閉創して、野生型マウス(偽手術、0週)とした。市販の実験マウス用の飼料を投与して飼育した。
【0032】
2)野生型CKDモデルマウス(5/6腎臓摘出+ダントロレン非投与群)
野生型C57BL/6雌マウス(12週齢:日本SLC社)をイソフルレンによる吸入麻酔下で、左背部傍正中を皮膚切開後に左腎臓の直上にあたる筋層を切開し、左腎臓を露出した。左腎動静脈を含む茎を露出した後、左腎動脈の上極枝を7-0ブレイドシルクで結紮し左2/3腎梗塞を作製した。術後3日目に、右背部傍正中を皮膚切開後に右腎臓の直上にあたる筋層を切開し、7-0ブレイドシルクで右尿管・右腎動静脈を結紮後、右腎臓をすべて摘出し(5/6腎臓摘出)(0週)、野生型CKDモデルマウス(5/6腎臓摘出+ダントロレン非投与群)とした。市販の実験マウス用の飼料を投与して飼育した。
【0033】
3)野生型CKDモデルマウス(5/6腎臓摘出+ダントロレン投与群)
野生型C57BL/6雌マウス(8週齢:日本SLC社)を、ダントロレンナトリウム(355-44503:富士フイルム和光純薬社)を100mg/kg/dayとなるように市販の実験マウス用の飼料に混合して投与して飼育した。12週齢時にイソフルレンによる吸入麻酔下で、左背部傍正中を皮膚切開後に左腎臓の直上にあたる筋層を切開し、左腎臓を露出した。左腎動静脈を含む茎を露出した後、左腎動脈の上極枝を7-0ブレイドシルクで結紮し左2/3腎梗塞を作製した。術後3日目に、右背部傍正中を皮膚切開後に右腎臓の直上にあたる筋層を切開し、7-0ブレイドシルクで右尿管・右腎動静脈を結紮後、右腎臓をすべて摘出し(0週)、野生型CKDモデルマウス(5/6腎臓摘出+ダントロレン投与群)とした。
【0034】
4)リアノジン受容体(RyR2)安定化マウス(偽手術)
CRISPR/Cas9の方法により、リアノジン受容体の3599番目のバリン(V)をリジン(K)に置換(V3599K)して安定化するように点変異ノックインした、リアノジン受容体安定化マウスを作製した(UNITEC社)。このリアノジン受容体安定化マウスでは、カルモジュリン(CaM)がリアノジン受容体に高親和性に結合するマウスである。この12週齢時のリアノジン受容体安定化マウスをイソフルレンによる吸入麻酔下で、左背部傍正中を皮膚切開後に左腎臓の直上にあたる筋層を切開し、左腎臓を露出した。左腎動静脈を含む茎を露出後、創部を閉創した。術後3日目に、右背部傍正中を皮膚切開後に右腎臓の直上にあたる筋層を切開し、右尿管と右腎動静脈を含む茎を露出後、創部を閉創して、リアノジン受容体(RyR2)安定化マウス(偽手術、0週)とした。また、市販の実験マウス用の飼料を投与して飼育した。
【0035】
5)リアノジン受容体(RyR2)安定化CKDモデルマウス(5/6腎臓摘出)
上記4)で得られた12週齢時のリアノジン受容体(RyR2)安定化マウスをイソフルレンによる吸入麻酔下で、左背部傍正中を皮膚切開後に左腎臓の直上にあたる筋層を切開し、左腎臓を露出した。左腎動静脈を含む茎を露出した後、左腎動脈の上極枝を7-0ブレイドシルクで結紮し左2/3腎梗塞を作製した。術後3日目に、7-0ブレイドシルクで右尿管・右腎動静脈を結紮後、右腎臓をすべて摘出し(0週)、リアノジン受容体(RyR2)安定化CKDモデルマウス(5/6腎臓摘出)とした。また、市販の実験マウス用の飼料を投与して飼育した。
【0036】
[実施例2]5/6腎臓摘出慢性腎臓病モデルマウスを用いた糸球体濾過量(GFR)の評価
上記で作製したマウスそれぞれにおいて、術後12週間飼育後の濾過量(GFR)を次の文献(Timo Rieg, J. Vis. Exp. (75), e50330, 2013)に基づいて調べた。
【0037】
糸球体濾過量(GFR)は、イソフルレン吸入麻酔下のマウスに単回ボーラス注射による血漿FITCイヌリンクリアランスにより測定した。簡潔に記載すると、マウスに5%FITC-イヌリン溶液(2μl/g体重)を眼窩後静脈洞から注射した。血液(<10μl)を、FITC-イヌリン注射の3、7、10、15、35、55、および75分後に尾静脈を通してヘパリン化毛細管に集めた。血液試料は25℃で5分間、3500rpmで遠心分離した。各試料から血漿(1μl)を採取した。血漿のFITC-イヌリン濃度は、470nm励起、515nmの蛍光強度を蛍光分光計(NanoDrop3300; Thermo Fisher Scientific社)を用いて測定した。GFRは、血漿FITC-イヌリン濃度の2相指数減衰モデルを用いて、GraphPad Prism 9(GraphPad Software社)で算出した。結果を
図1に示す。
【0038】
図1から、野生型CKDモデルマウスにおいて、非投与群では5/6腎臓摘出により糸球体濾過量(GFR)が有意に低下したが、ダントロレン投与群では、GFRの低下が抑制された。したがって、ダントロレンはGFRの低下を抑制する効果を有することが明らかとなった。慢性腎臓病では糸球体の濾過量が低下することが知られていることから、ダントロレンは慢性腎臓病の進展を抑制する効果があるといえる。また、リアノジン受容体安定化マウスにおいて、偽手術、5/6腎臓摘出のいずれもダントロレンを投与した野生型CKDモデルマウス(5/6腎臓摘出+ダントロレン投与群)と同レベルにGFRを維持していた。したがって、GFRの維持は、ダントロレン投与によるリアノジン受容体の安定化によるものであると考えられる。
【0039】
[実施例3]5/6腎臓摘出慢性腎臓病モデルマウスを用いた組織学的評価
上記で作製したマウスそれぞれにおいて、術後12週間飼育後の糸球体の硬化を調べた。
【0040】
術後12週間飼育後の腎臓を摘出し、10%のパラホルムアルデヒド溶液で固定して3μmの切片を得た。次に、得られた切片を過ヨウ素酸シッフ反応(PAS)染色してオールインワン蛍光顕微鏡(BZ-9000; Keyence社)により観察した(対物レンズ40倍)。また、糸球体の硬化割合は、PAS染色した切片の各糸球体領域に対するPAS陽性領域により評価した。結果を
図2に示す。
【0041】
図2により、5/6腎臓摘出した野生型CKDモデルマウスのダントロレン非投与群では糸球体硬化割合が3倍以上にもなるが、ダントロレンを投与することで、偽手術と有意差のない程度まで糸球体硬化が抑制されることが明らかとなった。また、リアノジン受容体安定化マウスにおいて、偽手術、5/6腎臓摘出のいずれにおいてもダントロレンを投与した場合と同程度に糸球体硬化を抑制していた。したがって、ダントロレンの投与により、糸球体の硬化を抑制すること、及び、糸球体の硬化の抑制は、リアノジン受容体の安定化によるものであることが明らかとなった。
図1の結果とあわせて、ダントロレンの投与が糸球体硬化を抑制し、その結果糸球体濾過量(GFR)が維持されることが明らかとなった。
【0042】
[実施例4]蛋白尿モデルマウスの作製
実施例1で作製したCKDモデルマウスは蛋白尿を生じないマウスであった。そこで、蛋白尿モデルマウスを用いて後述の実施例5、6で使用するため、以下のマウスを作製した。
1)野生型蛋白尿モデルマウス(右腎臓摘出+ウシ血清アルブミン(BSA)投与群+ダントロレン非投与群)
2)野生型蛋白尿モデルマウス(右腎臓摘出+BSA投与群+ダントロレン投与群)
3)リアノジン受容体(RyR2)安定化蛋白尿モデルマウス(右腎臓摘出+BSA投与)
なお、蛋白尿モデルマウスの作製は、次の文献(Paola Cassis et al. JCI Insight 2018;3(15):e98720)に記載の方法に従って行った。
【0043】
1)野生型蛋白尿モデルマウス(右腎臓摘出+ウシ血清アルブミン(BSA)投与群+ダントロレン非投与群)
イソフルレンによる吸入麻酔下で、野生型C57BL/6雌マウス(11週齢:日本SLC社)の右背部傍正中を皮膚切開後に右腎臓の直上にあたる筋層を切開し、7-0ブレイドシルクで右尿管・右腎動静脈を結紮後、右腎臓をすべて摘出し創部を閉創した(0週)。市販の実験マウス用の飼料を投与して飼育した。術後5日目にBSA溶液(生理食塩水で溶解) 5mg/g体重を腹腔内投与、術後6日目にBSA溶液 10mg/g体重を腹腔内投与、術後7日目からBSA溶液 15mg/g体重を3週間(5日/週)腹腔内投与した。
【0044】
2)野生型蛋白尿モデルマウス(右腎臓摘出+BSA投与群+ダントロレン投与群)
野生型のC57BL/6雌マウス(8週齢:日本クレア社)を、ダントロレンナトリウム(355-44503:富士フイルム和光純薬社)を100mg/kg/dayとなるように市販の実験マウス用の飼料に混合して投与して飼育した。11週齢時にイソフルレンによる吸入麻酔下で、右背部傍正中を皮膚切開後に右腎臓の直上にあたる筋層を切開し、右尿管・右腎動静脈を7-0ブレイドシルクで結紮後、右腎臓をすべて摘出した(0週)。術後5日目にBSA溶液(生理食塩水で溶解)5mg/g体重を腹腔内投与、術後6日目にBSA溶液10mg/g体重を腹腔内投与、術後7日目からBSA溶液15mg/g体重を3週間(5日/週)腹腔内投与した。
【0045】
3)リアノジン受容体(RyR2)安定化蛋白尿モデルマウス(右腎臓摘出+BSA投与)
CRISPR/Cas9の方法により、リアノジン受容体の3599番目のバリン(V)をリジン(K)に置換(V3599K)して安定化するように点変異ノックインした、リアノジン受容体安定化マウスを作製した(UNITECH社)。このリアノジン受容体安定化マウスでは、カルモジュリン(CaM)がリアノジン受容体に高親和性に結合するマウスである。イソフルレンによる吸入麻酔下で、この11週齢のリアノジン受容体安定化マウスの右背部傍正中を皮膚切開後に右腎臓の直上にあたる筋層を切開し、7-0ブレイドシルクで右尿管・右腎動静脈を結紮後、右腎臓をすべて摘出した(0週)。また、市販の実験マウス用の飼料を投与して飼育した。術後5日目にBSA溶液(生理食塩水で溶解)5mg/g体重を腹腔内投与、術後6日目にBSA溶液10mg/g体重を腹腔内投与、術後7日目からBSA溶液15mg/g体重を3週間(5日/週)腹腔内投与した。
【0046】
[実施例5]蛋白尿モデルマウスを用いたクレアチニンクリアランス(CCr)の評価
上記実施例4に記載の方法で作製したマウスそれぞれにおいて、術前と術後3週間飼育後のCCrを次の文献(Kazuyuki Noguchi et al. Natl Acad Sci U S A. 2020;117(6):3150-3156)に記載の方法に従って行った。代謝ケージ(シナノ製作所社)を用いて24時間尿を採集し、アニマルランセット(medipoint社)を用いて採血した。血漿クレアチニン濃度SCr(mg/dl)を、Serum Creatinine kit(Arbor Assays社)を用いて、尿中クレアチニン濃度UCr(mg/dl)をラボアッセイクレアチニン(FUJIFILM Wako Chemicals社)で測定した。これらの得られた測定結果と1日尿量(UV:ml)より、クレアチニンクリアランス(CCr)(ml/min/m2)を以下の式より算出した。またマウスの体重(g)より、体表面積(BSA)を下記の式で算出した。
Body Surface Area(m2)=9.822×体重(g)^0.667
CCr(ml/min/m2)=UCr(mg/dl)×UV(ml)/SCr(mg/dl)/1440(min)/BSA(m2)
【0047】
図3から蛋白尿モデルマウスはCKDモデルとは異なり、クレアチニンクリアランスの低下を認めず、蛋白尿を認めるのみであった。
【0048】
[実施例6]蛋白尿モデルマウスを用いた尿中アルブミン/クレアチニン比(ACR)の評価
上記実施例4に記載の方法で作製した蛋白尿モデルマウスそれぞれにおいて、尿中アルブミンを測定して蛋白尿が生じることを確認した。次に、上記蛋白尿モデルマウスそれぞれの術前と術後3週間飼育後のACR(mg/gCr)を測定した。
【0049】
尿中アルブミン/クレアチニン比(ACR)は、尿中アルブミン濃度(mg/dl)を尿中クレアチニン濃度(g/dl)で除して算出した。尿中アルブミン濃度(mg/dl)は、Levis Albumin-Mouse ELISA Kit(FUJIFILM Wako Shibayagi 社)を用いて測定した。
【0050】
図4から、蛋白尿モデルマウスにおいて、野生型ダントロレン非投与群ではACRが有意に増加したが、ダントロレン投与群では、ACRの増加が抑制された。また、リアノジン受容体安定化マウスにおいて、ダントロレンを投与した場合と同程度以上にACRの増加を抑制していた。ダントロレンの投与とリアノジン受容体安定化マウスにより、腎糸球体足細胞の傷害を抑制することで蛋白尿を抑制することが示唆された。