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特開2023-182358燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023182358
(43)【公開日】2023-12-26
(54)【発明の名称】燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/021 20160101AFI20231219BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20231219BHJP
   C22C 30/02 20060101ALI20231219BHJP
   H01M 8/10 20160101ALN20231219BHJP
   C23F 1/28 20060101ALN20231219BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20231219BHJP
   C22C 38/58 20060101ALN20231219BHJP
【FI】
H01M8/021
C21D9/46 R
C21D9/46 Q
C22C30/02
H01M8/10 101
C23F1/28
C22C38/00 302Z
C22C38/58
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022095909
(22)【出願日】2022-06-14
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000004466
【氏名又は名称】三菱瓦斯化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100179589
【弁理士】
【氏名又は名称】酒匂 健吾
(72)【発明者】
【氏名】水谷 映斗
(72)【発明者】
【氏名】矢野 孝宜
(72)【発明者】
【氏名】池田 和彦
(72)【発明者】
【氏名】藤井 智子
(72)【発明者】
【氏名】松永 裕嗣
【テーマコード(参考)】
4K037
4K057
5H126
【Fターム(参考)】
4K037EA01
4K037EA04
4K037EA05
4K037EA12
4K037EA13
4K037EA15
4K037EA16
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA21
4K037EA23
4K037EA25
4K037EA27
4K037EA28
4K037EA31
4K037EA35
4K037EB02
4K037EB06
4K037EB07
4K037EB08
4K037EB09
4K037FB00
4K037FG00
4K037FH00
4K037FJ05
4K037FJ06
4K037FJ07
4K037GA01
4K057WB02
4K057WE25
4K057WG01
4K057WG02
4K057WG03
4K057WG04
4K057WG06
5H126AA12
5H126BB06
5H126DD05
5H126DD14
5H126DD17
5H126GG08
5H126HH01
5H126HH02
5H126HH10
5H126JJ01
5H126JJ05
5H126JJ08
5H126JJ10
(57)【要約】      (修正有)
【課題】低い接触抵抗の燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板を、安全性はもとより、量産性の面でも極めて有利に製造することができる、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の製造方法を提供する。
【解決手段】素材ステンレス鋼板に第1の表面処理および第2の表面処理を施すものとし、第1の表面処理では、処理液に、過酸化水素:0.1~5.0質量%、銅イオン:1.0~10.0質量%およびハロゲン化物イオン:5.0~20.0質量%を含み、pH:1.0以下である酸性水溶液を使用し、かつ、処理温度:30~50℃および処理時間:40~120秒とし、第2の表面処理では、処理液に、硝酸を含む水溶液を使用し、かつ、処理温度:30~60℃および処理時間:5~120秒とする。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
素材ステンレス鋼板に第1の表面処理を施す、第1の表面処理工程と、
前記第1の表面処理工程後、前記素材ステンレス鋼板に第2の表面処理を施す、第2の表面処理工程と、をそなえ、
前記第1の表面処理では、
処理液に、過酸化水素:0.1~5.0質量%、銅イオン:1.0~10.0質量%およびハロゲン化物イオン:5.0~20.0質量%を含み、pH:1.0以下である酸性水溶液を使用し、かつ、
処理温度:30~50℃および
処理時間:40~120秒
であり、
前記第2の表面処理では、
処理液に、硝酸を含む水溶液を使用し、かつ、
処理温度:30~60℃および
処理時間:5~120秒
である、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の製造方法。
【請求項2】
前記素材ステンレス鋼板の平均結晶粒径が10μm以上40μm以下である、請求項1に記載の燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の製造方法。
【請求項3】
請求項2に記載の燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の製造方法であって、
該製造方法が、さらに、
鋼スラブを熱間圧延して熱延板とする、熱間圧延工程と、
前記熱延板を冷間圧延して冷延板とする、冷間圧延工程と、
前記冷延板に冷延板焼鈍を施す、冷延板焼鈍工程と、をそなえ、
前記素材ステンレス鋼板がオーステナイト系ステンレス鋼板であり、かつ、
前記冷延板焼鈍の最終の焼鈍である仕上げ焼鈍における
仕上げ焼鈍温度:1050~1250℃および
仕上げ焼鈍時間:20~90秒
である、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の製造方法。
【請求項4】
請求項2に記載の燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の製造方法であって、
該製造方法が、さらに、
鋼スラブを熱間圧延して熱延板とする、熱間圧延工程と、
前記熱延板を冷間圧延して冷延板とする、冷間圧延工程と、
前記冷延板に冷延板焼鈍を施す、冷延板焼鈍工程と、をそなえ、
前記素材ステンレス鋼板がフェライト系ステンレス鋼板であり、かつ、
前記冷延板焼鈍の最終の焼鈍である仕上げ焼鈍における
仕上げ焼鈍温度:750~1050℃および
仕上げ焼鈍時間:20~90秒
である、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保全の観点から、発電効率に優れ、二酸化炭素を排出しない燃料電池の開発が進められている。この燃料電池は、水素と酸素から電気化学反応によって電気を発生させるものである。燃料電池の基本構造は、サンドイッチのような構造であり、電解質膜(イオン交換膜)、2つの電極(燃料極および空気極)、O2(空気)とH2の拡散層および2つのセパレータ(Bipolar plate)から構成されている。
そして、使用される電解質膜の種類に応じて、リン酸形燃料電池、溶融炭酸塩形燃料電池、固体酸化物形燃料電池、アルカリ形燃料電池および固体高分子形燃料電池(PEFC;proton-exchange membrane fuel cellまたはpolymer electrolyte fuel cell)に分類され、それぞれ開発が進められている。
【0003】
これらの燃料電池のうち、特に、固体高分子形燃料電池は、電気自動車の搭載用電源、家庭用または業務用の定置型発電機、携帯用の小型発電機としての利用が期待されている。
【0004】
固体高分子形燃料電池は、高分子膜を介して水素と酸素から電気を取り出すものである。また、固体高分子形燃料電池では、膜-電極接合体を、ガス拡散層(たとえばカーボンペーパ等)およびセパレータによって挟み込み、これを単一の構成要素(いわゆる単セル)とする。そして、燃料極側セパレータと空気極側セパレータとの間に起電力を生じさせる。なお、上記の膜-電極接合体は、MEA(Membrane-Electrode Assembly)と呼ばれていて、高分子膜とその膜の表裏面に白金系触媒を担持したカーボンブラック等の電極材料を一体化したものである。上記の膜-電極接合体の厚さは、数10μm~数100μmである。また、ガス拡散層は、膜-電極接合体と一体化される場合も多い。
【0005】
また、固体高分子形燃料電池を実用に供する場合には、上記のような単セルを直列に数十~数百個つないで燃料電池スタックを構成し、使用するのが一般的である。ここで、セパレータには、
(a) 単セル間を隔てる隔壁
としての役割に加え、
(b) 発生した電子を運ぶ導電体、
(c) 酸素(空気)が流れる空気流路、水素が流れる水素流路、
(d) 生成した水やガスを排出する排出路(空気流路、水素流路が兼備)
としての機能が求められるので、優れた耐久性や電気伝導性が必要となる。
【0006】
このうち、耐久性は耐食性で決定される。その理由は、セパレータが腐食して金属イオンが溶出すると高分子膜(電解質膜)のプロトン伝導性が低下し、発電特性が低下するからである。
【0007】
また、電気伝導性(導電性)に関しては、セパレータとガス拡散層との接触抵抗が極力低いことが望まれる。その理由は、セパレータとガス拡散層との接触抵抗が増大すると、固体高分子形燃料電池の発電効率が低下するからである。つまり、セパレータとガス拡散層との接触抵抗が小さいほど、発電特性に優れていると言える。
【0008】
現在までに、セパレータとしてグラファイトを用いた固体高分子形燃料電池が実用化されている。このグラファイトからなるセパレータは、接触抵抗が比較的低く、しかも腐食しないという利点がある。しかしながら、グラファイト製のセパレータは、衝撃によって破損しやすいという欠点がある。また、グラファイト製のセパレータは、小型化が困難なだけでなく、空気流路、水素流路を形成するための加工コストが高いという欠点がある。グラファイト製のセパレータに係るこれらの欠点は、固体高分子形燃料電池の普及を妨げる原因になっている。
【0009】
そこで、セパレータの素材として、グラファイトに替えて金属素材を適用する試みがなされている。特に、耐久性向上の観点から、ステンレス鋼やチタン、チタン合金等を素材としたセパレータの実用化に向けて、種々の検討がなされている。
【0010】
たとえば、特許文献1には、ステンレス鋼やチタン合金といった不動態皮膜を形成しやすい金属をセパレータとして用いる技術が開示されている。しかしながら、特許文献1に開示の技術では、不動態皮膜の形成に伴い、接触抵抗の上昇を招く。その結果、発電効率が低下する。このように、特許文献1に開示される金属素材は、グラファイト素材と比べて接触抵抗が大きい等の問題がある。
【0011】
そこで、接触抵抗の低減を図るべく、例えば、特許文献2には、
「質量%で、C:0.001~0.05%、Si:0.001~0.5%、Mn:0.001~1.0%、Al:0.001~0.5%、N:0.001~0.05%、Cr:17~23%、Mo:0.1%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、その表面に、弗酸または弗硝酸を主体とし、弗酸濃度を[HF]、硝酸濃度を[HNO]と表した場合に、式:[HF]≧[HNO]…[1]の関係を有する浸漬処理溶液に浸漬することで得られた皮膜を有することを特徴とする、耐食性および電気伝導性に優れたフェライト系ステンレス鋼。」
が開示されている。
【0012】
また、特許文献3には、
「16mass%以上のCrを含有するステンレス鋼に対して、電解処理を施した後、フッ素を含有する溶液への浸漬処理を施すことを特徴とする燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の製造方法。」
が開示されている。
【0013】
さらに、特許文献4には、
「質量%で、C:0.03%以下、Si:1.0%以下、Mn:1.0%以下、S:0.01%以下、P:0.05%以下、Al:0.20%以下、N:0.03%以下、Cr:16~40%を含み、Ni:20%以下、Cu:0.6%以下、Mo:2.5%以下の一種以上を含有し、残部がFe および不可避的不純物からなるステンレス鋼であって、
該ステンレス鋼の表面を光電子分光法により測定した場合に、Fを検出し、かつ、金属形態以外(Cr+Fe)/金属形態(Cr+Fe)≧3.0を満足することを特徴とする燃料電池セパレータ用ステンレス鋼。」
が開示されている。
【0014】
加えて、特許文献5には、
「16~40質量%のCrを含有するステンレス鋼であって、
該ステンレス鋼の表面には、微細な凹凸構造を有する領域が面積率として50%以上存在することを特徴とする表面接触抵抗の低い燃料電池セパレータ用ステンレス鋼。」
が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開平8-180883号公報
【特許文献2】特許5768641号
【特許文献3】特開2013-93299号公報
【特許文献4】特許5218612号
【特許文献5】国際公開第2013/080533号
【特許文献6】国際公開第2019/082591号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
しかしながら、特許文献2~5に開示されるステンレス鋼板を製造すべく、エッチング処理としてフッ酸を含む処理液中への浸漬処理を連続して行うと、被処理材である鋼板からFeイオン等が溶出する。その影響によって、フッ酸によるエッチング能力が低減してしまい、所望とする接触抵抗の低減効果が安定して得られない場合があった。また、フッ酸を含有する処理液は化学的に極めて活性が高いため、処理作業時における安全性の問題が生じる。加えて、処理作業後に排出される廃液の処理においても、やはり安全性の問題が生じる。
【0017】
そこで、発明者らは、上記の問題を解決すべく検討を重ね、先に、特許文献6において、
「素材となるステンレス鋼板を準備し、
ついで、上記ステンレス鋼板の表面の酸化皮膜を除去し、
ついで、上記ステンレス鋼板に、上記ステンレス鋼板の活性態域で電解エッチング処理を施す、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の製造方法。」
を開示した。
【0018】
上掲特許文献6の技術により、低い接触抵抗が得られる燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板を、フッ酸を含有する処理液を使用することなく、安全性の面でより有利に、かつ、安定して、製造することができるようになった。
【0019】
しかし、上掲特許文献6の技術では電解エッチング処理を施すので、量産化には、巨大な電解装置が必要となり、設備コストがかかる。また、ステンレス鋼板にプレス加工を施したのち、電解エッチング処理を施す場合には、プレス加工品に電極を取り付ける必要があり、手間がかかる。
【0020】
本発明は、上記の現状に鑑み開発されたものであって、低い接触抵抗の燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板を、安全性はもとより、量産性の面でも極めて有利に製造することができる、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
発明者らは、上記の課題を解決すべく、鋭意検討を行ったところ、以下の知見を得た。
(1)まず、発明者らは、量産性の向上の観点から、種々のステンレス鋼板に対して種々のエッチング処理を施し、処理後のステンレス鋼板の接触抵抗を測定した。具体的には、特許文献6のような電解エッチング処理に代えて、種々の処理液中にステンレス鋼板を浸漬させるエッチング処理を施し、処理後のステンレス鋼板の接触抵抗を測定した。
【0022】
(2)その結果、発明者らは、以下の(a)~(c)を同時に満足するステンレス鋼板において、極めて優れた接触抵抗の低減効果が得られることを知見した。
(a)ISO 25178に規定されるパラメータSa:0.15μm以上0.50μm以下、好ましくは0.20μm以上0.48μm以下
(b)ISO 25178に規定されるパラメータSsk:0超
(c)[金属形態以外(Cr+Fe)]/[金属形態(Cr+Fe)]:8.0以下
ここで、ISO 25178に規定されるパラメータSaは、面粗さのパラメータの一種であり、算術平均高さを表すものである。算術平均高さとは、表面の平均面に対する各点の高さの差の絶対値の平均であり、表面粗度を評価する際に一般的に利用されるパラメータである。
ISO 25178に規定されるパラメータSsk(スキューネス)は、面粗さパラメータの一種であり、高さ分布の対称性を表すものである。図2に示すように、Ssk(スキューネス)が正の値(0超)の場合、凸部(山部)の先端(上端部)が鋭くなり、凹部(谷部)の先端(下端部)が広幅となる(平坦に近づく)ことを示す。一方、Sskが負の値(0未満)の場合、凸部(山部)の先端(上端部)が広幅となり(平坦に近づき)、凹部(谷部)の先端(下端部)が鋭くなることを示す。
[金属形態以外(Cr+Fe)]/[金属形態(Cr+Fe)]は、鋼板表面において金属の形態として存在するCrおよびFeの合計に対する、金属以外の形態で存在するCrおよびFeの合計の比である。また、[金属形態(Cr+Fe)]および[金属形態以外(Cr+Fe)]はそれぞれ、鋼板表面をX線光電子分光法により分析したときに測定される、金属の形態として存在するCrおよびFeの原子濃度の合計、ならびに、金属以外の形態として存在するCrおよびFeの原子濃度の合計である。
【0023】
(3)また、発明者らは、上記の(a)~(c)を同時に満足するステンレス鋼板を得るためには、
(d)第1の表面処理として、処理液に、過酸化水素、銅イオンおよびハロゲン化物イオンを含む酸性水溶液を使用し、かつ、処理温度および処理時間をそれぞれ30~50℃および40~120秒とした表面処理を施し、
(e)当該第1の表面処理後、さらに、第2の表面処理として、硝酸を含む水溶液を使用し、処理温度および処理時間をそれぞれ30~60℃および5~120秒とした表面処理を施す、
ことが重要であり、これによって、電解エッチング処理やフッ酸によるエッチング処理を行わなくとも、十分な接触抵抗の低減効果が得られることを知見した。
【0024】
(4)すなわち、発明者らは、レーザー顕微鏡を用いて、上記の種々の表面処理(種々の処理液中にステンレス鋼板を浸漬させるエッチング処理)後に得られる種々のステンレス鋼板の表面性状を確認したところ、低い接触抵抗のステンレス鋼板(以下、本願のステンレス鋼板ともいう)の表面では、図1に示すような凸部の先端形状が鋭い凹凸が形成されていることを知見した。
【0025】
(5)この知見を踏まえ、発明者らはさらに検討を重ね、
・上記の(a)~(c)を同時に満足させることにより、極めて優れた接触抵抗の低減効果が得られること、
・上記の(a)および(b)の表面性状を得るには、上記(d)の条件で第1の表面処理を行うことが有効であること、および
・上記の(c)の[金属形態以外(Cr+Fe)]/[金属形態(Cr+Fe)]を得るには、上記(e)の条件で第2の表面処理を行うことが有効であること、
を突き止めたのである。
【0026】
(6)ここで、上記の(a)~(c)を同時に満足させることにより、極めて優れた接触抵抗の低減効果が得られるメカニズムについて、発明者らは次のように考えている。
すなわち、燃料電池のセパレータは、カーボンペーパやカーボンクロス等からなるガス拡散層に、所定の荷重を加えた状態で接触する。従来の電解エッチング処理やフッ酸によるエッチング処理を施して得たステンレス鋼板では、鋼板の表面に微細な凹凸が多数形成されている。この微細な凹凸によって、セパレータ(ステンレス鋼板)とガス拡散層との接触面積が大きくなる。その結果、接触抵抗が低減する。一方、上述したように、本願のステンレス鋼板の表面では、凸部の先端が鋭い凹凸が形成されている。そのため、図3に示すように、セパレータ(ステンレス鋼板)とガス拡散層とが接触する際に、本願のステンレス鋼板の表面に形成された凸部の先端が、ガス拡散層のカーボン繊維に突き刺さる。そして、当該部(凸部の先端がガス拡散層のカーボン繊維に突き刺さった箇所)が通電経路となって、接触抵抗が低減する。つまり、本願のステンレス鋼板において接触抵抗の低減効果が得られるメカニズムは、従来の電解エッチング処理やフッ酸によるエッチング処理により得られるステンレス鋼板において接触抵抗の低減効果が得られるメカニズムとは異なる、と発明者らは考えている。
なお、実際、発明者らが、従来の電解エッチング処理やフッ酸によるエッチング処理を
施して得たステンレス鋼板の表面性状のデータを測定したところ、Saが0.15μm未満であるか、Sskが負の値(0未満)であり、本願のステンレス鋼板の表面性状とは明らかに異なるものであった。
【0027】
(7)また、上述したように、本願のステンレス鋼板の表面では、凸部の先端が鋭い凹凸が形成されている。そのため、セパレータ(ステンレス鋼板)とガス拡散層とが接触する際に、本願のステンレス鋼板の表面に形成された凸部の先端が、ガス拡散層のカーボン繊維に突き刺さる。そして、当該部(凸部の先端がガス拡散層のカーボン繊維に突き刺さった箇所)が通電経路となって、接触抵抗が低減する。ただし、第1の表面処理によるエッチングの際、鋼板の溶解に伴い、多量のスマット(C、N、S、O、Fe、Cr、Ni、Cuを主要な構成元素とする混合物)が生成し、これらが鋼板表面に付着する。スマットは電気抵抗が高いので、第1の表面処理(エッチング処理)ままの鋼板では、かようなスマットの影響により接触抵抗の増大を招く。この点、第2の表面処理として、処理液に硝酸を含有する水溶液を用いることにより、鋼板表面に付着したスマットを特に効果的に除去することが可能となる。また、鋼板表面のスマット量は、[金属形態以外(Cr+Fe)]/[金属形態(Cr+Fe)]と相関があり、[金属形態以外(Cr+Fe)]/[金属形態(Cr+Fe)]が低いほど、スマットは十分に除去されていると言える。そのため、[金属形態以外(Cr+Fe)]/[金属形態(Cr+Fe)]を8.0以下に制御することにより、接触抵抗がより低減し、極めて優れた接触抵抗の低減効果が得られる。
【0028】
(8)さらに、発明者らは、第1の表面処理時の溶解挙動に対するステンレス鋼板の平均結晶粒径の影響を調査した。その結果、第1の表面処理の被処理材となるステンレス鋼板(つまり、素材とするステンレス鋼板)の平均結晶粒径を10μm以上40μm以下にすることが好ましく、これによって、より少ない溶解量で上記の(a)および(b)の表面性状が得られることがわかった。
【0029】
本発明は上記の知見に基づき、さらに検討を重ねた末に完成されたものである。
【0030】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.素材ステンレス鋼板に第1の表面処理を施す、第1の表面処理工程と、
前記第1の表面処理工程後、前記素材ステンレス鋼板に第2の表面処理を施す、第2の表面処理工程と、をそなえ、
前記第1の表面処理では、
処理液に、過酸化水素:0.1~5.0質量%、銅イオン:1.0~10.0質量%およびハロゲン化物イオン:5.0~20.0質量%を含み、pH:1.0以下である酸性水溶液を使用し、かつ、
処理温度:30~50℃および
処理時間:40~120秒
であり、
前記第2の表面処理では、
処理液に、硝酸を含む水溶液を使用し、かつ、
処理温度:30~60℃および
処理時間:5~120秒
である、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の製造方法。
【0031】
2.前記素材ステンレス鋼板の平均結晶粒径が10μm以上40μm以下である、前記1に記載の燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の製造方法。
【0032】
3.前記2に記載の燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の製造方法であって、
該製造方法が、さらに、
鋼スラブを熱間圧延して熱延板とする、熱間圧延工程と、
前記熱延板を冷間圧延して冷延板とする、冷間圧延工程と、
前記冷延板に冷延板焼鈍を施す、冷延板焼鈍工程と、をそなえ、
前記素材ステンレス鋼板がオーステナイト系ステンレス鋼板であり、かつ、
前記冷延板焼鈍の最終の焼鈍である仕上げ焼鈍における
仕上げ焼鈍温度:1050~1250℃および
仕上げ焼鈍時間:20~90秒
である、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の製造方法。
【0033】
4.前記2に記載の燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の製造方法であって、
該製造方法が、さらに、
鋼スラブを熱間圧延して熱延板とする、熱間圧延工程と、
前記熱延板を冷間圧延して冷延板とする、冷間圧延工程と、
前記冷延板に冷延板焼鈍を施す、冷延板焼鈍工程と、をそなえ、
前記素材ステンレス鋼板がフェライト系ステンレス鋼板であり、かつ、
前記冷延板焼鈍の最終の焼鈍である仕上げ焼鈍における
仕上げ焼鈍温度:750~1050℃および
仕上げ焼鈍時間:20~90秒
である、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0034】
本発明によれば、低い接触抵抗の燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板を、電解エッチング処理(電気化学的な溶解処理)やフッ酸によるエッチング処理を行わずに製造することができるので、安全性はもとより、量産性の面でも極めて有利である。
【図面の簡単な説明】
【0035】
図1】本発明の一実施形態に従う燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の製造方法により製造した、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の表面状態の一例をレーザー顕微鏡で観察した写真である。
図2】Ssk(スキューネス)が正の値(0超)および負の値(0未満)の場合の表面状態を示す模式図(断面図)である。
図3】燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板(セパレータ)とガス拡散層のカーボン繊維とが接触する際の接触状況を示す模式図(断面図)である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
(1)燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の製造方法
以下、本発明の一実施形態に係る燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の製造方法について説明する。
【0037】
[素材ステンレス鋼板の準備]
素材とするステンレス鋼板(以下、素材ステンレス鋼板ともいう)を準備する。素材ステンレス鋼板の準備方法は、特に限定されず、例えば、市販のステンレス鋼板を、所定のサイズに加工するなどして、素材ステンレス鋼板として準備してもよい。また、後述する成分組成を有する素材ステンレス鋼板を以下のようにして準備することもできる。
すなわち、例えば、後述する成分組成を有する鋼スラブを、熱間圧延して熱延板とし、該熱延板に必要に応じて熱延板焼鈍および酸洗を施し、その後、該熱延板に冷間圧延を施して所望板厚の冷延板とし、さらに必要に応じて該冷延板に冷延板焼鈍を施すことにより、上記の成分組成を有する素材ステンレス鋼板を準備することができる。熱間圧延や冷間圧延、熱延板焼鈍、酸洗、冷延板焼鈍などの条件は特に限定されず、常法に従えばよい。なお、冷延板焼鈍後に酸洗し、スキンパスを施してもよい。また、冷延板焼鈍を、光輝焼鈍とすることもできる。
【0038】
なお、素材ステンレス鋼板は、フェライト系ステンレス鋼板、オーステナイト系ステンレス鋼板、および、フェライト-オーステナイト2相ステンレス鋼板のいずれであってもよいが、加工性の観点からは、オーステナイト系ステンレス鋼板が好ましい。ここで、フェライト系ステンレス鋼板の組織は、フェライト相の単相組織でもよく、また、フェライト相以外の残部として、体積率で1%以下の析出物を含有していてもよい。オーステナイト系ステンレス鋼板の組織は、オーステナイト相の単相組織でもよく、また、オーステナイト相以外の残部として、体積率で1%以下の析出物を含有していてもよい。フェライト-オーステナイト2相ステンレス鋼板(以下、2相ステンレス鋼板ともいう)の組織は、フェライト相とオーステナイト相から構成されてもよく、また、フェライト相およびオーステナイト相以外の残部として、体積率で1%以下の析出物を含有していてもよい。上記の析出物としては、例えば、金属間化合物、炭化物、窒化物、および硫化物からなる群より選択される1または2以上が挙げられる。なお、各相の同定は、常法に従い行えばよい。
【0039】
また、燃料電池スタックの小型化および軽量化の観点から、素材ステンレス鋼板の板厚は、0.30mm以下とすることが好ましい。より好ましくは0.15mm以下である。一方、セパレータの強度と耐久性を確保するため、素材ステンレス鋼板の板厚は、0.03mm以上とすることが好ましい。より好ましくは0.05mm以上である。
【0040】
加えて、素材ステンレス鋼板の平均結晶粒径は10μm以上40μm以下であることが好ましい。すなわち、焼鈍を行っていない圧延ままのステンレス鋼板は、再結晶していない均一な加工組織を有する。このような圧延ままのステンレス鋼板に後述する第1の表面処理を施すと、ステンレス鋼板において溶解が均一に進行する。一方、圧延ままのステンレス鋼板に焼鈍を施したステンレス鋼板(以下、焼鈍ステンレス鋼板ともいう)では、再結晶した各結晶粒の境界(以下、結晶粒界ともいう)が溶解の起点となる。そのため、このような焼鈍ステンレス鋼板に後述する第1の表面処理を施すと、ステンレス鋼板において溶解が不均一に進行する。第1の表面処理においてステンレス鋼板の溶解が不均一に進行する場合には、溶解が均一に進行する場合に比べ、より溶解量の少ない段階からステンレス鋼板の表面の凹凸が生じやすい。
【0041】
本発明者らが上記の知見を基に検討を重ねたところ、素材ステンレス鋼板の結晶粒のサイズを適切に制御する、具体的には、平均結晶粒径を10μm以上40μm以下の範囲に制御することによって、より少ない溶解量で最終製品となるステンレス鋼板において所望の表面性状(SaおよびSsk)が得られることがわかった。溶解量が低減できれば、第1の表面処理における処理時間(浸漬時間)の短縮、処理温度の低下、処理液使用量の低減、および、使用済み処理液の処理費用の削減、ならびに、製品歩留まりの向上等の多くの利点が得られる。
【0042】
ここで、平均結晶粒径を10μm以上にすると、結晶粒界に十分な量の欠陥が蓄積し、結晶粒界と結晶粒内の溶解特性の違いが大きくなり、上記の溶解量の低減効果が好適に得られる。一方、平均結晶粒径が40μmを超えると、単位面積当たり結晶粒界の量が減少し、上記の溶解量の低減効果が低下する。そのため、平均結晶粒径は10μm以上40μm以下とすることが好ましい。
【0043】
また、素材ステンレス鋼板の平均結晶粒径は、EBSD(電子線後方散乱回折)解析によって求める。
すなわち、測定対象とする鋼板の圧延方向と平行な断面が露出するように、鋼板を樹脂に埋め込んで表面を研磨する。ついで、EBSD解析を行い、Area Fraction法に基づいて平均結晶粒径を算出する。なお、EBSD解析を行う際の視野面積は0.025mm以上確保することが望ましい。例えば、板厚0.10mmの鋼板の場合、視野の幅を0.25mm以上とすることが望ましい。その他の条件については常法に従えばよい。また、各結晶粒の粒径は、Area Fraction法により求めた各結晶粒の面積から円相当径を算出して求める。
【0044】
加えて、素材ステンレス鋼板の平均結晶粒径を上記の範囲に制御する観点から、冷延板焼鈍の最終の焼鈍である仕上げ焼鈍の条件、特には、仕上げ焼鈍温度および仕上げ焼鈍時間を適切に制御することが好適である。
【0045】
具体的には、素材ステンレス鋼板がオーステナイト系ステンレス鋼板である場合、
鋼スラブを熱間圧延して熱延板とする、熱間圧延工程と、
前記熱延板を冷間圧延して冷延板とする、冷間圧延工程と、
前記冷延板に冷延板焼鈍を施す、冷延板焼鈍工程と、をそなえ、
前記冷延板焼鈍の最終の焼鈍である仕上げ焼鈍における
仕上げ焼鈍温度:1050~1250℃および
仕上げ焼鈍時間:20~90秒
である、ことが好ましい。
この場合、仕上げ焼鈍温度は、好ましくは1100℃以上である。仕上げ焼鈍温度は、好ましくは1200℃以下である。また、仕上げ焼鈍時間は、好ましくは30秒以上である。仕上げ焼鈍時間は、好ましくは60秒以下である。
【0046】
また、素材ステンレス鋼板がフェライト系ステンレス鋼板である場合、
鋼スラブを熱間圧延して熱延板とする、熱間圧延工程と、
前記熱延板を冷間圧延して冷延板とする、冷間圧延工程と、
前記冷延板に冷延板焼鈍を施す、冷延板焼鈍工程と、をそなえ、
前記冷延板焼鈍の最終の焼鈍である仕上げ焼鈍における
仕上げ焼鈍温度:750~1050℃および
仕上げ焼鈍時間:20~90秒
である、ことが好ましい。
この場合、仕上げ焼鈍温度は、好ましくは800℃以上である。仕上げ焼鈍温度は、好ましくは1000℃以下である。また、仕上げ焼鈍時間は、好ましくは30秒以上である。仕上げ焼鈍時間は、好ましくは60秒以下である。
【0047】
上記以外の仕上げ焼鈍の条件は特に限定されず、常法に従えばよい。例えば、仕上げ焼鈍の雰囲気は、非酸化性雰囲気(例えば、HとNの混合雰囲気(体積比でH:N=75:25、露点:-50℃))とすることが好ましい。
【0048】
なお、いずれの場合にも、熱延板に必要に応じて熱延板焼鈍および酸洗を施してもよい。また、熱間圧延や冷間圧延、熱延板焼鈍、酸洗、仕上げ焼鈍以外の冷延板焼鈍(中間焼鈍)などの条件は特に限定されず、常法に従えばよい。ただし、最後の中間焼鈍から仕上げ圧延までの間の圧下率を50%以上とすることが好ましい。なお、冷延板焼鈍後に酸洗し、スキンパスを施してもよい。また、冷延板焼鈍を1回で行う場合には、1回目の焼鈍が仕上げ焼鈍に該当する。
【0049】
[第1の表面処理(エッチング処理)]
上記のようにして準備した素材ステンレス鋼板に、第1の表面処理として、処理液に、過酸化水素:0.1~5.0質量%、銅イオン:1.0~10.0質量%およびハロゲン化物イオン:5.0~20.0質量%を含み、pH:1.0以下である酸性水溶液を使用し、かつ、処理温度および処理時間をそれぞれ30~50℃および40~120秒とした表面処理(エッチング処理)を施す。上記の条件に従うエッチング処理を施すことにより、ステンレス鋼板の溶解量を精密に制御し、ひいては、鋼板表面に形成される凹凸構造の形状を上記のように制御することが可能となる。以下、当該エッチング処理条件について、説明する。なお、エッチング処理におけるステンレス鋼板の溶解量は、特に、エッチング処理に使用する処理液の種類や温度、処理時間により変化するので、所望とする表面性状を得るには、これらの条件を適切に制御することが重要である(例えば、鋼板表面は溶解しやすい部分と溶解しにくい部分があるため、エッチング処理により鋼板表面に凹凸が形成される。しかし、ステンレス鋼板の溶解量が過度に多くなると、鋼板表面の溶解しにくい部分でもエッチングが進行し、凸部(山部)がなだらかとなって、Sskが負の値になる。)。まず、上記の処理液に含まれる各成分の好適濃度について、説明する。
【0050】
過酸化水素:0.1~5.0質量%
過酸化水素の濃度が0.1質量%未満であると、鋼板表面に析出した銅を含む生成物を除去する力が低下するため、連続したエッチング処理ができなくなる。一方、過酸化水素の濃度が5.0質量%を超えると、その効果は飽和する。そのため、過酸化水素の濃度は0.1~5.0質量%とする。
【0051】
銅イオン:1.0~10.0質量%
銅イオンの濃度が1.0質量%未満であると、エッチング力が低下するため、鋼板表面に所定の凹凸構造の形状を形成することができなくなる。一方、銅イオンの濃度が10.0質量%を超えると、鋼板表面に付着する生成物が多くなり、次工程の第2の表面処理を行っても、スマットを十分に除去できなくなる。そのため、銅イオンの濃度は1.0~10.0質量%とする。銅イオンの濃度は、好ましくは2.0質量%以上、より好ましくは5.0質量%以上である。
【0052】
ハロゲン化物イオン:5.0~20.0質量%
ハロゲン化物イオンの濃度が5.0質量%未満であると、ステンレス鋼板の表面に存在する不働態皮膜を十分に破壊することができず、エッチングを十分に進行させることができない。一方、ハロゲン化物イオンの濃度が20.0質量%を超えると、局所的な孔食が加速され、鋼板に穴が開くおそれがある。そのため、ハロゲン化物イオンの濃度は5.0~20.0質量%とする。ハロゲン化物イオンの濃度は、好ましくは10.0質量%以上である。また、ハロゲン化物イオンの濃度は、好ましくは15.0質量%以下である。ハロゲン化物イオン源の種類については特に限定されるものではないが、例えばハロゲン化水素あるいはアルカリ金属のハロゲン化物が好ましく、塩酸または塩化ナトリウムがより好ましい。なお、ここでいうハロゲン化物イオンとは、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオンおよびアスタチン化物イオンを意味し、フッ化物イオンは含まない。また、ハロゲン化物イオンとしては、塩化物イオンが好適である。
【0053】
pH:1.0以下
処理液のpHが1.0を超えると、エッチング力が低下するため、鋼板表面に所定の凹凸構造の形状を形成することができなくなる。そのため、処理液のpHは1.0以下とする。なお、処理液のpHは低い方が望ましく、より好ましくは0.1以下である。
【0054】
上記の水溶液は、例えば、過酸化水素水溶液、銅イオンを供給できる銅化合物、ハロゲン化物イオンを供給できるハロゲン化物成分、および、水とを、均一になるまで攪拌することにより調製することができる。なお、上記の水溶液には、不可避的不純物が含まれる場合があるが、フッ化物イオンは0.1質量%以下、好ましくは0.01質量%以下に抑制するものとする。
【0055】
処理温度(処理液の温度):30~50℃
処理温度が30℃未満になると。エッチング力が低下し、処理時間の増加を招く。一方、処理温度が50℃を超えると、処理液の安定性が低下する。そのため、処理温度は30℃~50℃とする。特に、素材ステンレス鋼板の平均結晶粒径が10μm以上40μm以下である場合、より少ない溶解量で最終製品となるステンレス鋼板において所望の表面性状(SaおよびSsk)が得られるので、処理温度は40℃以下とすることがさらに好ましい。
【0056】
処理時間:40~120秒
処理時間が40秒未満になると、十分なエッチング量が得られない。一方、処理時間が120秒を超えると、鋼板表面に所定の凹凸構造の形状を形成することができなくなる。また、生産性が低下する。そのため、処理時間は40~120秒とする。なお、ステンレス鋼の鋼種によってエッチング量が変化するため、鋼種に応じて、40~120秒の範囲内で、処理時間を調整することがより好ましい。特に、素材ステンレス鋼板の平均結晶粒径が10μm以上40μm以下である場合、より少ない溶解量で最終製品となるステンレス鋼板において所望の表面性状(SaおよびSsk)が得られるので、処理時間は60秒以下とすることがさらに好ましい。
【0057】
また、素材ステンレス鋼板の板厚減少量は少ない方が好ましい。例えば、素材ステンレス鋼板の平均結晶粒径が10μm以上40μm以下である場合、当該表面処理による素材ステンレス鋼板の板厚減少量を10~20μm程度に低減することが可能となる。なお、素材ステンレス鋼板の板厚減少量は、素材ステンレス鋼板の板厚から、最終的に製造される燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の板厚を減じることにより、求めればよい。
【0058】
上記以外の条件については特に限定されず、常法に従えばよい。なお、第1の表面処理は、素材ステンレス鋼板と処理液とを接触させて行えばよく、例えば、素材ステンレス鋼板を処理液中に浸漬する態様や、処理液を素材ステンレス鋼板に滴下またはスプレーするなどの態様をとることができる。生産性の観点からは、素材ステンレス鋼板を処理液中に浸漬する態様が好ましい。なお、処理時間は素材ステンレス鋼板と処理液との接触時間であり、例えば、素材ステンレス鋼板を処理液中に浸漬する態様の場合、処理時間は処理液での浸漬時間となる。また、鋼帯を連続処理する以外にも、セパレータ形状に加工した後に、第1の表面処理を施してもよい。なお、本段落での態様に関する説明はいずれも、後述する第2の表面処理および予備表面処理でも同様であるため、後述する第2の表面処理および予備表面処理では当該説明を省略する。
【0059】
[第2の表面処理(スマット除去処理)]
上記の第1の表面処理後、素材ステンレス鋼板に、さらに第2の表面処理として、処理液に、硝酸を含む水溶液を使用し、かつ、処理温度および処理時間をそれぞれ30~60℃および5~120秒とした表面処理を施す。
【0060】
すなわち、第1の表面処理後、ステンレス鋼板の表面に(C、N、S、O、Fe、Cr、Ni、Cuを主要な構成元素とする混合物で電気抵抗が高い)が生成し、これらが残存すると、所望の凹凸構造が得られても、接触抵抗上昇の原因となってしまう場合がある。この点、上記の第1の表面処理後に、硝酸を含有する溶液中での表面処理を行うことで、上記のスマットが除去され、接触抵抗の低減効果が得られる。
【0061】
ここで、硝酸を含有する溶液とは、例えば、硝酸水溶液が挙げられる。硝酸水溶液を使用する場合、硝酸の濃度は1.0~40.0質量%とすることが好ましい。硝酸の濃度はより好ましくは5.0質量%以上である。硝酸の濃度はより好ましくは35.0質量%以下である。なお、硝酸水溶液における硝酸以外の成分は、不可避的不純物が含まれる場合があるが、基本的に水である。
【0062】
処理温度(処理液の温度):30~60℃
上記のスマットを有効に除去する観点から、処理温度は30~60℃とする。処理温度は、好ましくは45℃以上である。
【0063】
処理時間:5~120秒
処理時間は長いほど、スマットの除去を促すが、長すぎるとその効果が飽和し、また生産性が低下する。そのため、処理時間は、5~120秒とする。処理時間は、好ましくは30秒以上である。処理時間は、好ましくは90秒以下である。
【0064】
なお、第2の表面処理の際、必要に応じて、不織布ワイパー等を用いて被処理材のステンレス鋼板の表面を擦ると、スマットが除去され易くなるため、一層の接触抵抗の低減効果が安定して得られるようになる。
【0065】
[予備表面処理(予備スマット除去処理)]
また、任意に、上記の第1の表面処理工程後でかつ、上記の第2の表面処理工程前に、予備的にスマット除去を行う予備表面処理を行ってもよい。当該予備表面処理により、第2の表面処理工程前のスマット付着量が減少し、第2の表面処理工程で用いる溶液の劣化が抑制される。その結果、第2の表面処理工程の効率を向上させることができる。予備表面処理に使用する処理液としては、例えば、過酸化水素と酸を含む酸性水溶液や過酸化水素と酸および/または過硫酸塩を含む酸性水溶液が挙げられる。
【0066】
ここで、過酸化水素と酸を含む酸性水溶液とは、過酸化水素と硫酸の混合水溶液が挙げられる。また、当該混合水溶液を使用する場合、過酸化水素の濃度は0.5~10.0質量%、硫酸の濃度は1.0~10.0質量%とすることが好ましい。酸としては硫酸の他に塩酸あるいは硝酸を用いることが出来る。また、必要に応じてメタノール、エタノール、n-プロパノール等のアルコールを0.5~2.5質量%含んでも良い。なお、当該混合水溶液の過酸化水素、硫酸およびアルコール以外の成分は、不可避的不純物が含まれる場合があるが、基本的に水である。
【0067】
また、過酸化水素と酸および/または過硫酸塩を含む酸性水溶液としては、過酸化水素と硫酸、塩酸、硝酸および/または過硫酸ナトリウム、過硫酸カリウム、過硫酸アンモニウムの混合水溶液が挙げられる。また、当該混合水溶液を使用する場合、過酸化水素の濃度は0.5~10.0質量%、酸の濃度は0~10.0質量%、過硫酸塩の濃度は0~20.0質量%とすることが好ましい。なお、当該混合水溶液の過酸化水素、酸と過硫酸塩以外の成分は、不可避的不純物が含まれる場合があるが、基本的に水である。また、必要に応じてメタノール、エタノール、n-プロパノール等のアルコールを0.5~2.5質量%含んでも良い。なお、当該混合水溶液の過硫酸およびアルコール以外の成分は、不可避的不純物が含まれる場合があるが、基本的に水である。
【0068】
なお、予備表面処理の条件は特に限定されず、常法に従えばよい。例えば、処理温度(処理液の温度)および処理時間は、上記のいずれの処理液を使用する場合にも、30~60℃および5~120秒とすることが好ましい。処理時間は、より好ましくは30秒以上である。処理時間は、より好ましくは90秒以下である。
【0069】
[その他]
上記の第2の表面処理後に得られたステンレス鋼板の表面に、さらに表面処理皮膜を形成してもよい。形成する表面処理皮膜は、特に限定されるものではないが、燃料電池用のセパレータの使用環境において耐食性や導電性に優れる材料を使用することが好ましく、例えば、金属層、合金層、金属酸化物層、金属炭化物層、金属窒化物層、炭素材料層、導電性高分子層、導電性物質を含有する有機樹脂層、またはこれらの混合物層とすることが好適である。
【0070】
例えば、金属層としては、Au、Ag、Cu、Pt、Pd、W、Sn、Ti、Al、Zr、Nb、Ta、Ru、IrおよびNiなどの金属層が挙げられ、中でもAuやPtの金属層が好適である。
また、合金層としては、Ni-Sn(Ni3Sn2、Ni3Sn4)、Cu-Sn(Cu3Sn、Cu6Sn5)、Fe-Sn(FeSn、FeSn2)、Sn-Ag、Sn-CoなどのSn合金層やNi-W、Ni-Cr、Ti-Taなどの合金層が挙げられ、中でもNi-SnやFe-Snの合金層が好適である。
さらに、金属酸化物層としてはSnO2、ZrO2、TiO2、WO3、SiO2、Al2O3、Nb2O5、IrO2、RuO2、PdO2、Ta2O5、Mo2O5およびCr2O3などの金属酸化物層が挙げられ、中でもTiO2やSnO2の金属酸化物層が好適である。
加えて、金属窒化物層および金属炭化物層としては、TiN、CrN、TiCN、TiAlN、AlCrN、TiC、WC、SiC、B4C、窒化モリブデン、CrC、TaCおよびZrNなどの金属窒化物層や金属炭化物層が挙げられ、中でもTiNの金属窒化物層が好適である。
また、炭素材料層としては、グラファイト、アモルファスカーボン、ダイヤモンドライクカーボン、カーボンブラック、フラーレンおよびカーボンナノチューブなどの炭素材料層が挙げられ、中でもグラファイトやダイヤモンドライクカーボンの炭素材料層が好適である。
さらに、導電性高分子層としては、ポリアニリンおよびポリピロールなどの導電性高分子層が挙げられる。
加えて、導電性物質を含有する有機樹脂層は、上記した金属層、合金層、金属酸化物層、金属窒化物層、金属炭化物層、炭素材料層および導電性高分子層を構成する金属や合金、金属酸化物、金属窒化物、金属炭化物、炭素材料および導電性高分子から選んだ導電性物質を少なくとも1種含有し、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエステル樹脂、ポリフェニレンスルファイド樹脂、ポリアミド樹脂、ウレタン樹脂、アクリル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、カルボジイミド樹脂およびフェノールエポキシ樹脂などから選んだ有機樹脂を少なくとも1種含有するものである。このような導電性物質を含有する有機樹脂層としては、例えば、グラファイトが分散したフェノール樹脂やカーボンブラックが分散したエポキシ樹脂などが好適である。
なお、上記の導電性物質としては、金属および炭素材料(特にグラファイト、カーボンブラック)が好適である。また、導電性物質の含有量は特に限定されず、固体高分子形燃料電池用のセパレータにおける所定の導電性が得られればよい。
また、上記の混合物層としては、例えば、TiNが分散したNi-Sn合金などの混合物層が挙げられる。
また、上記処理は、ステンレス鋼板をセパレータ形状に加工した後に実施してもよい。
【0071】
(2)燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板
次に、上記の本発明の一実施形態に係る燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の製造方法によって製造される、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板(以下、単に、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板ともいう)について、説明する。
【0072】
ISO 25178に規定されるパラメータSa:0.15μm以上0.50μm以下
Saは、ISO 25178に規定される面粗さのパラメータの一種であり、算術平均高さを表すものである。算術平均高さとは、表面の平均面に対する各点の高さの差の絶対値の平均であり、表面粗度を評価する際に一般的に利用されるパラメータである。上述したように、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板では、セパレータ(ステンレス鋼板)とガス拡散層とが接触する際に、ステンレス鋼板の表面に形成された凸部の先端が、ガス拡散層のカーボン繊維に突き刺さる。そして、当該部(凸部の先端がガス拡散層のカーボン繊維に突き刺さった箇所)が通電経路となって、接触抵抗が低減する。そのためには、凸部の先端が鋭いことに加え、凸部の先端がガス拡散層のカーボン繊維に十分に突き刺さることが必要である。よって、Saは0.15μm以上とする。Saは、好ましくは0.20μm以上である。ただし、Saが0.50μm超になると、エッチング処理により、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の厚さが不均一となる。すなわち、局所的にエッチングが進行して薄くなり、破断しやすくなる。従って、Saは0.50μm以下とする。Saは、好ましくは0.48μm以下、より好ましくは0.45μm以下、さらに好ましくは0.40μm以下である。
【0073】
ISO 25178に規定されるパラメータSsk(スキューネス):0超
ISO 25178に規定されるパラメータSsk(スキューネス)は、面粗さパラメータの一種であり、高さ分布の対称性を表すものである。図2に示すように、Ssk(スキューネス)が正の値(0超)の場合、凸部(山部)の先端(上端部)が鋭くなり、凹部(谷部)の先端(下端部)が広幅となる(平坦に近づく)ことを示す。一方、Sskが負の値(0未満)の場合、凸部(山部)の先端(上端部)が広幅となり(平坦に近づき)、凹部(谷部)の先端(下端部)が鋭くなることを示す。上述したように、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板では、セパレータ(ステンレス鋼板)とガス拡散層とが接触する際に、ステンレス鋼板の表面に形成された凸部の先端が、ガス拡散層のカーボン繊維に突き刺さる。そして、当該部(凸部の先端がガス拡散層のカーボン繊維に突き刺さった箇所)が通電経路となって、接触抵抗が低減する。そのため、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の表面に形成された凸部の先端が鋭いことが必要である。従って、Sskは0超とする。Sskは、好ましくは0.10以上である。Sskの上限は特に限定されるものではないが、過度に上昇させると凸部の数が減少してかえって接触抵抗が上昇する場合があるため、Sskは1.0以下とすることが好ましい。
【0074】
なお、SaおよびSskは、ISO 25178に準拠して測定すればよい。測定装置としては、例えば、レーザー顕微鏡を用いればよい。また、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板では、少なくとも一方の面(ガス拡散層と接触する側の面)において、Saを0.15μm以上0.50μm以下とし、かつ、Sskを0超とすればよい。
【0075】
[金属形態以外(Cr+Fe)]/[金属形態(Cr+Fe)]:8.0以下
上述したように、[金属形態以外(Cr+Fe)]/[金属形態(Cr+Fe)]を8.0以下に制御することによって、燃料電池セパレータ使用環境での接触抵抗の低減効果をより高めることができる。そのため、[金属形態以外(Cr+Fe)]/[金属形態(Cr+Fe)]は8.0以下とする。[金属形態以外(Cr+Fe)]/[金属形態(Cr+Fe)]は、より好ましくは7.0以下、さらに好ましくは6.0以下、よりさらに好ましくは5.0以下である。なお、[金属形態以外(Cr+Fe)]/[金属形態(Cr+Fe)]が8.0を超えると、鋼板表面のスマットの除去が十分とは言えず、さらなる接触抵抗の低減効果は得られない。[金属形態以外(Cr+Fe)]/[金属形態(Cr+Fe)]の下限は特に限定されるものではないが、過度に低減しようとすると処理時間が長くなるため[金属形態以外(Cr+Fe)]/[金属形態(Cr+Fe)]は2.0以上とすることが好ましい。なお、金属以外の形態とは、酸化物および水酸化物の形態を示す。具体的には、Crの場合、CrO2、Cr2O3、CrOOH、Cr(OH)3およびCrO3などが挙げられる。Feの場合、FeO、Fe3O4、Fe2O3およびFeOOHなどが挙げられる。
【0076】
ここで、[金属形態以外(Cr+Fe)]/[金属形態(Cr+Fe)]は、以下のようにして求める。
すなわち、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の表面をX線光電子分光法(以下、XPSともいう)により測定し、得られたCrのピークについて、金属形態として存在するCrのピークと金属以外の形態として存在するCrのピークに分離する。同様に得られたFeのピークについても、金属形態として存在するFeのピークと金属以外の形態として存在するFeのピークに分離する。そこから算出される金属以外の形態として存在するCrと金属以外の形態として存在するFeの原子濃度の合計を、金属形態として存在するCrと金属形態として存在するFeの原子濃度の合計で除することにより、[金属形態以外(Cr+Fe)]/[金属形態(Cr+Fe)]を求める。具体的には、鋼板から10mm角の試料を切り出し、この試料について、Al-KαモノクロX線源を用いて、取出し角度:45度の条件でX線光電子分光装置(アルバックファイ社製 X-tool)による測定を行う。ついで、測定により得られたCrおよびFeのピークを、それぞれCrとFeに関して金属形態として存在するピークと、金属以外の形態として存在するピークに分離する。ついで、そこから算出される金属以外の形態として存在するCrと金属以外の形態として存在するFeの原子濃度の合計を、金属形態として存在するCrと金属形態として存在するFeの原子濃度の合計で除することにより、[金属形態以外(Cr+Fe)]/[金属形態(Cr+Fe)]を求める。なお、ピーク分離は、Shirley法によりスペクトルのバックグラウンドを除去し、Gauss-Lorentz複合関数(Lorentz関数の割合:30%)を用いることで実施する。
【0077】
また、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の成分組成は特に限定されるものではないが、質量%で、C:0.100%以下、Si:2.00%以下、Mn:3.00%以下、P:0.050%以下、S:0.010%以下、Cr:15.0~25.0%、Ni:0.01~30.0%、Al:0.500%以下およびN:0.100%以下を含有し、
任意に、
(a)Cu:2.50%以下、
(b)Mo:4.00%以下、ならびに
(c)Ti、NbおよびZrから選んだ1種または2種以上の元素:合計で1.00%以下、
のうちから選んだ1または2以上を含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成(以下、好適成分組成ともいう)とすることが好適である。
以下、その理由を説明する。なお、成分組成に関する「%」表示は特に断らない限り質量%を意味する。
【0078】
C:0.100%以下
Cは、鋼中のCrと反応して、粒界にCr炭化物として析出する。そのため、Cは、耐食性の低下をもたらす。従って、耐食性の観点からは、Cは少ないほど好ましく、C含有量は0.100%以下とすることが好ましい。C含有量は、より好ましくは0.060%以下である。なお、C含有量の下限については特に限定されるものではないが、0.001%とすることが好適である。
【0079】
Si:2.00%以下
Siは、脱酸のために有効な元素であり、鋼の溶製段階で添加される。その効果は、好適にはSiの0.01%以上の含有で得られる。しかし、Siを過剰に含有させると、硬質化して、延性が低下しやすくなる。従って、Si含有量は2.00%以下とすることが好ましい。Si含有量は、より好ましくは1.00%以下である。
【0080】
Mn:3.00%以下
Mnは、脱酸のために有効な元素であり、鋼の溶製段階で添加される。その効果は、好適にはMnの0.01%以上の含有で得られる。しかし、Mn含有量が3.00%を超えると、耐食性が低下しやすくなる。従って、Mn含有量は3.00%以下とすることが好ましい。Mn含有量は、より好ましくは1.50%以下、さらに好ましくは1.00%以下である。
【0081】
P:0.050%以下
Pは延性の低下をもたらすため、その含有量は少ないほうが望ましい。ただし、P含有量が0.050%以下であれば、延性の著しい低下は生じない。従って、P含有量は0.050%以下とすることが好ましい。P含有量は、より好ましくは0.040%以下である。P含有量の下限については特に限定されるものではないが、過度の脱Pはコストの増加を招く。よって、P含有量は、0.010%以上とすることが好適である。
【0082】
S:0.010%以下
Sは、Mnと結合しMnSを形成することで耐食性を低下させる元素である。ただし、S含有量が0.010%以下であれば、耐食性の著しい低下は生じない。従って、S含有量は0.010%以下とすることが好ましい。S含有量の下限については特に限定されるものではないが、過度の脱Sはコストの増加を招く。よって、S含有量は、0.001%以上とすることが好適である。
【0083】
Cr:15.0~25.0%
耐食性を確保するために、Cr含有量は15.0%以上とすることが好ましい。すなわち、Cr含有量が15.0%未満では、耐食性の面から燃料電池のセパレータとして長時間の使用に耐えることが困難となる。Cr含有量は、より好ましくは18.0%以上である。一方、Cr含有量が25.0%を超えると、十分なエッチング量が得られない場合がある。従って、Cr含有量は25.0%以下とすることが好ましい。Cr含有量は、より好ましくは23.0%以下、さらに好ましくは21.0%以下である。
【0084】
Ni:0.01~30.0%
Niは、ステンレス鋼の耐食性を改善するのに有効な元素である。また、Niは、通常、オーステナイト系ステンレス鋼やフェライト-オーステナイト2相ステンレス鋼に、一定量含有されている。しかし、Ni含有量が30.0%を超えると、熱間加工性が低下する。従って、Ni含有量は30.0%以下とすることが好ましい。Ni含有量は、より好ましくは20.0%以下である。また、Ni含有量は、0.01%以上とすることが好ましい。
【0085】
なお、オーステナイト系ステンレス鋼やフェライト-オーステナイト2相ステンレス鋼でのNi含有量の好適な下限は2.00%である。また、フェライト系ステンレス鋼においてNiを含有させる場合には、Ni含有量は好ましくは2.00%以下、より好ましくは1.00%以下である。なお、フェライト系ステンレス鋼でのNi含有量の好適な下限は0.01%である。
【0086】
Al:0.500%以下
Alは、脱酸に用いられる元素である。その効果は、好適にはAlの0.001%以上の含有で得られる。しかし、Al含有量が0.500%を超えると、延性の低下をもたらす場合がある。従って、Al含有量は0.500%以下とすることが好ましい。Al含有量は、より好ましくは0.010%以下、さらに好ましくは0.005%以下である。
【0087】
N:0.100%以下
N含有量が0.100%を超えると、成形性が低下する。従って、N含有量は0.100%以下とすることが好ましい。N含有量は、より好ましくは0.050%以下、さらに好ましくは0.030%以下である。N含有量の下限については特に限定されるものではないが、過度の脱Nはコストの増加を招く。よって、N含有量は、0.002%以上とすることが好適である。
【0088】
また、上記の成分に加えて、さらに以下の成分を含有させてもよい。
Cu:2.50%以下
Cuは、オーステナイト相の生成を促進させること、および、ステンレス鋼の耐食性を改善することに有効な元素である。その効果は、好適にはCuの0.01%以上の含有で得られる。しかし、Cu含有量が2.50%を超えると、熱間加工性が低下し、生産性の低下を招く。従って、Cuを含有させる場合、Cu含有量は2.50%以下とする。Cu含有量は、好ましくは1.00%以下である。
【0089】
Mo:4.00%以下
Moは、ステンレス鋼の隙間腐食等の局部腐食を抑制するのに有効な元素である。その効果は、好適にはMoの0.01%以上の含有で得られる。しかし、Mo含有量が4.00%を超えると、ステンレス鋼の脆化を招く。従って、Moを含有させる場合、Mo含有量は4.00%以下とする。Mo含有量は、好ましくは2.50%以下である。
【0090】
Ti、NbおよびZrから選んだ1種または2種以上の元素:合計で1.00%以下
Ti、NbおよびZrは、耐粒界腐食性向上に寄与するため、これらの元素を単独でまたは複合して含有させることができる。その効果は、好適にはそれぞれ0.01%以上の含有で得られる。しかし、これらの元素の合計の含有量が1.00%を超える場合、延性が低下し易くなる。従って、Ti、NbおよびZrを含有させる場合、これらの合計の含有量は1.00%以下とする。Ti、NbおよびZrの合計の含有量の下限については特に限定されるものではないが、Ti、NbおよびZrの合計の含有量は0.01%以上とすることが好適である。
【0091】
上記以外の成分はFeおよび不可避的不純物である。
【0092】
なお、最終的に製造される燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板では、素材ステンレス鋼板の組織や平均結晶粒径が基本的に維持されるので、ここでは説明を省略する。また、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の表面に、さらに上記の表面処理皮膜を有していてもよい。
【0093】
また、燃料電池スタック時の搭載スペースや重量を鑑みると、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の板厚は、0.03~0.30mmの範囲とすることが好ましい。板厚が0.03mm未満であると、金属板素材の生産効率が低下する。一方、板厚が0.30mmを超えるとスタック時の搭載スペースや重量が増加する。燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の板厚は、より好ましくは0.05mm以上である。また、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の板厚は、より好ましくは0.15mm以下である。
【実施例0094】
・実施例1
表1に記載の鋼No.A~Gの成分組成(残部はFeおよび不可避的不純物)を有する板厚:0.10mm(0.10mm×60mm×40mm)の素材ステンレス鋼板(冷間圧延後に光輝焼鈍を実施)を準備した。ついで、準備した素材ステンレス鋼板に、表2に示す条件で、第1の表面処理(エッチング処理)および第2の表面処理(スマット除去処理)を施し、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板を得た。一部の試料では、第1の表面処理後で、かつ、第2の表面処理前に、予備表面処理(予備スマット除去処理)を行った。なお、第1の表面処理、第2の表面処理および予備表面処理はいずれも、素材ステンレス鋼板を各処理液中に浸漬する、浸漬処理により行った。また、第2の表面処理後、ステンレス鋼板を純水中に浸漬して反応を停止させた。
・第1の表面処理液A1
過酸化水素:0.2質量%
銅イオン:1.5質量%
塩化物イオン:10.0質量%
残部:水
pH:0.05
なお、銅イオンおよび塩化物イオンはそれぞれ、硫酸銅五水和物および塩酸由来のものである。
・第1の表面処理液A2
過酸化水素:0.3質量%
銅イオン:2.0質量%
塩化物イオン:15.0質量%
残部:水
pH:0.05
なお、銅イオンおよび塩化物イオンはそれぞれ、硫酸銅五水和物および塩酸由来のものである。
・第1の表面処理液A3
過酸化水素:0.3質量%
銅イオン:9.0質量%
塩化物イオン:10.0質量%
残部:水
pH:0.05
なお、銅イオンおよび塩化物イオンはそれぞれ、硫酸銅五水和物および塩酸由来のものである。
・第1の表面処理液A4
過酸化水素:2.0質量%
銅イオン:2.0質量%
塩化物イオン:10.0質量%
残部:水
pH:0.05
なお、銅イオンおよび塩化物イオンはそれぞれ、硫酸銅五水和物および塩酸由来のものである。
・予備表面処理液B1
過酸化水素:3.0質量%
硫酸:6.0質量%
残部:水
・予備表面処理液B2
過酸化水素:2.0質量%
硫酸:4.0質量%
残部:水
・第2の表面処理液N1
硝酸:30.0質量%
残部:水
・第2の表面処理液N2
硝酸:20.0質量%
残部:水
・第2の表面処理液N3
硝酸:8.0質量%
残部:水
・第2の表面処理液C1(比較例用)
塩酸:10.0質量%
残部:水
【0095】
かくして得られた燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板について、ISO 25178に準拠してSaおよびSskを測定した。なお、測定には、レーザー顕微鏡(キーエンス社製VK-X250/X260)を使用した。具体的には、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板から、試験片を採取し、倍率:150倍の対物レンズを用いて、上記のレーザー顕微鏡により、試験片の両面でそれぞれ50μm×50μmの領域の表面形状のデータを測定した。得られたデータを装置付属の解析ソフト「マルチファイル解析アプリケーション」で解析し、試験片の両面でそれぞれSaおよびSskを求めた。なお、SaおよびSskを解析する前に画像処理として、光量がしきい値の範囲(0.00~99.5)外となる部分を除去して補間し、ガウス関数による平滑化やカットレベルを設定することでノイズなどを除去した。そして、基準面設定により計測の基準となる平面を設定し、2次曲面補正により曲面を平面に補正した。また、フィルターの種類はガウシアン、S-フィルターで指定するカットオフ波長は0.5μmとした。測定結果を表2に示す。なお、SaおよびSskの値は、いずれの試験片でも両面ともほぼ同じ値であったため、表2では、試験片の一方の面で測定したSaおよびSskの値を代表して記載している。また、参考のため、表1の鋼No.Bの鋼板を素材ステンレス鋼板に、10質量%硫酸を用いて、-1mA/cm×90秒、および、+0.03mA/cm×90秒の条件で電解処理を施し、処理後の鋼板のSaおよびSskの値を測定したところ、Saが0.14μm、Sskが0.90であった。
【0096】
また、上述した方法により、[金属形態以外(Cr+Fe)]/[金属形態(Cr+Fe)]を算出した。結果を表2に併記する。
【0097】
また、得られた燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の成分組成はそれぞれ、表1に記載した各鋼No.の成分組成と実質的に同じであり、いずれも上記の好適成分組成の範囲を満足するものであった。さらに、得られた燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板ではいずれも、準備した素材ステンレス鋼板の組織がそのまま維持されていた。
【0098】
加えて、得られた燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板を用いて、以下の要領で接触抵抗の評価を行った。
【0099】
・接触抵抗の評価
上記のようにして得られた燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板から、0.10mm×50mm×20mmの試料を切り出した。ついで、当該試料をカーボンペーパ(東レ(株)TGP-H-120)で挟み、さらに、その両側から銅板に金めっきを施した電極を接触させ、単位面積あたり0.98MPa(=10kg/cm)の圧力をかけて電流を流した。そして、電極間の電圧差を測定し、電気抵抗を算出した。そして、この電気抵抗の測定値に、接触面の面積を乗じ、2で除し、さらに、その値からカーボンペーパの内部抵抗分(3mΩ・cm)を減じた値を接触抵抗値([接触抵抗値(mΩ・cm)]={[電気抵抗の測定値(mΩ)]×[接触面の面積(cm)]÷2}-3)とし、以下の基準で接触抵抗を評価した。評価結果を表2に併記する。
◎(合格(特に優れる)):5.0mΩ・cm以下
○(合格):5.0mΩ・cm超10.0mΩ・cm以下
×(不合格):10.0mΩ・cm
【0100】
・耐食性(セパレータ使用環境での安定性)の評価
上記のようにして得られた燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板から、0.10mm×50mm×20mmの試料を切り出した。なお、試料における試験面積は40mm×20mmとし、残りの部分は樹脂でシールした。ついで、当該試料を、0.1質量ppmのフッ酸を含有するpH:3.0、温度:80℃の硫酸水溶液中に浸漬した。そして、当該試料を、当該硫酸水溶液中で、セパレータ使用環境を模擬した0.6Vの電位として25時間保持し、25時間経過時の電流密度の値を測定した。なお、参照電極には、Ag/AgCl(飽和KCl)を用いた。そして、測定した25時間経過時の電流密度の値により、以下の基準で、セパレータ使用環境における25時間経過時の耐食性(セパレータ使用環境での安定性)を評価した。評価結果を表2に併記する。
○(合格):1.0μA/cm2以下
×(不合格):1.0μA/cm2
【0101】
【表1】
【0102】
【表2】
【0103】
表2より、次の事項が明らかである。
(a)発明例である試料No.1~17ではいずれも、所望とする低い接触抵抗が得られていた。また、良好な耐食性(セパレータ使用環境での安定性)も得られていた。
(b)一方、比較例であるNo.18では、所望とする低い接触抵抗が得られなかった。なお、比較例である試料No.19およびNo.20では、著しい量のスマットが付着しており、Sa、Sskおよび[金属形態以外(Cr+Fe)]/[金属形態(Cr+Fe)]が測定不能であった。そのため、接触抵抗の評価および耐食性(セパレータ使用環境での安定性)の評価は行わなかった。
【0104】
・実施例2
表1の鋼記号BおよびHについて、板厚:0.10mm(0.10mm×300mm×200mm)の冷間圧延ままの素材ステンレス鋼板を準備した。また、一部の素材ステンレス鋼板に対しては、熱間圧延および冷間圧延後、さらに、HとNの混合雰囲気(体積比でH:N=75:25、露点:-50℃)において、表3に示す条件で仕上げ焼鈍(冷延板焼鈍)を行った。
【0105】
ついで、上述した要領で、準備した素材ステンレス鋼板の平均結晶粒径を測定した。測定結果を表3に併記する。表3の平均結晶粒径の欄の「測定不能」は、EBSD(電子線後方散乱回折)解析において結晶粒界が観察されず、平均結晶粒径を測定できなかったことを意味する。また、これらの素材ステンレス鋼板の板厚を試験片中央部においてマイクロメーターで測定した。
【0106】
ついで、表3に示す条件の第1の表面処理(エッチング処理)および第2の表面処理(スマット除去処理)を施し、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板を得た。なお、表3の処理液A1およびN1は実施例1で使用したものと同じである。また、第2の表面処理後、ステンレス鋼板を純水中に浸漬して反応を停止させた。
【0107】
かくして得られた燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板について、マイクロメーターで板厚を測定し、表面処理前に測定した素材ステンレス鋼板の板厚から表面処理後に測定した燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の板厚を減じ、素材ステンレス鋼板の板厚減少量を算出した。また、実施例1と同じ要領で、SaおよびSskを測定した。さらに、実施例1と同じ要領により、[金属形態以外(Cr+Fe)]/[金属形態(Cr+Fe)]を算出した。結果を表3に併記する。なお、得られた燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の成分組成はそれぞれ、表1に記載した各鋼No.の成分組成と実質的に同じであり、いずれも上記の好適成分組成の範囲を満足するものであった。また、得られた燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板ではいずれも、準備した素材ステンレス鋼板の組織および平均結晶粒径がそのまま維持されていた。
【0108】
また、上記の燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板について、実施例1と同じ要領により、(1)接触抵抗、および、(2)耐食性を評価した。評価結果を表3に併記する。
【0109】
【表3】
【0110】
表3に示すように、発明例ではいずれも、所望とする低い接触抵抗が得られていた。また、良好な耐食性が得られていた。
なかでも、準備した素材ステンレス鋼板の平均結晶粒径が10μm以上40μm以下であった試料No.2-3、2-4、2-5、2-6、2-9、2-10、2-11および2-12ではいずれも、第1の表面処理におけるステンレス鋼板の溶解量を低減しつつ、特に低い接触抵抗が得られていた。
図1
図2
図3