(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023182389
(43)【公開日】2023-12-26
(54)【発明の名称】定着装置
(51)【国際特許分類】
G03G 15/20 20060101AFI20231219BHJP
【FI】
G03G15/20 510
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022095966
(22)【出願日】2022-06-14
(71)【出願人】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003133
【氏名又は名称】弁理士法人近島国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】竹内 傑
(72)【発明者】
【氏名】八代 亮
(72)【発明者】
【氏名】玉木 政行
(72)【発明者】
【氏名】高橋 伸輔
【テーマコード(参考)】
2H033
【Fターム(参考)】
2H033AA06
2H033AA14
2H033AA23
2H033BA25
2H033BB03
2H033BB05
2H033BB06
2H033BB13
2H033BB14
2H033BB15
2H033BB18
2H033BB29
2H033BB30
2H033BB33
2H033BB34
2H033BE03
(57)【要約】
【課題】潤滑剤に起因して定着フィルムに温度ムラが生じることなく、定着フィルム22のスリップや異音の発生を抑制可能な画像形成装置の提供。
【解決手段】加圧パッド21は、嵌め込み溝部210の上流に上流側摺擦部211、下流に下流側摺擦部212を有する。下流側摺擦部212は定着フィルム22の内周面と摺擦する第一摺擦面212aが曲率を有する形状に、上流側摺擦部211は定着フィルム22の内周面と摺擦する第二摺擦面211aが曲率を有する形状に形成される。第二摺擦面211aの「Q2/w2」と、第一摺擦面212aの「Q1/w1」のうち少なくとも小さい方が「5(mm
2/N)以上80(mm
2/N)以下」を満たす。こうすると、定着フィルム22とヒータ23との間において潤滑剤の膜厚を厚く維持することができ、潤滑剤に起因して定着フィルム22に温度ムラが生じることなく、スリップや異音の発生を抑制できる。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
記録材に形成されたトナー像を記録材に定着する定着装置であって、
内周面に潤滑剤を担持して回転する無端状のベルトと、
前記ベルトを加熱する加熱手段と、
前記ベルトの内側に設けられ、トナー像が形成された記録材を挟持搬送しつつ熱及び圧力を加えて記録材にトナー像を定着するニップ部を形成するニップ部形成部材と、
前記ニップ部形成部材に対し前記ベルトを挟んで配置され、前記ベルトの外周面に当接して前記ベルトを加圧する回転体と、を備え、
前記ニップ部形成部材は、前記回転体の回転軸線方向から見て、
前記回転体側が開口した溝部と、
前記記録材の搬送方向に関し前記溝部の下流で前記ベルトの内周面に摺擦して前記ベルトの軌道を規制する第一摺擦面が曲率を有する形状に形成された下流側摺擦部と、
前記搬送方向に関し前記溝部の上流で前記ベルトの内周面に摺擦して前記ベルトの軌道を規制する第二摺擦面が曲率を有する形状に形成された上流側摺擦部と、を有し、
前記第一摺擦面における前記回転軸線方向の線圧を「w1」(N/mm)、前記第一摺擦面の曲率半径を「R1」(mm)、前記第二摺擦面における前記回転軸線方向の線圧を「w2」(N/mm)、前記第二摺擦面の曲率半径を「R2」(mm)としたとき、
前記第一摺擦面の「R1/w1」と前記第二摺擦面の「R2/w2」のうち、少なくとも小さい方が「5(mm2/N)以上80(mm2/N)以下」を満たす、
ことを特徴とする定着装置。
【請求項2】
前記第一摺擦面の「R1/w1」と前記第二摺擦面の「R2/w2」の両方が、「5(mm2/N)以上80(mm2/N)以下」を満たす、
ことを特徴とする請求項1に記載の定着装置。
【請求項3】
前記第一摺擦面の「R1/w1」は、「10(mm2/N)以上30以下(mm2/N)」である、
ことを特徴とする請求項2に記載の定着装置。
【請求項4】
前記第一摺擦面の「R1/w1」は、前記第二摺擦面の「R2/w2」より小さい、
ことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の定着装置。
【請求項5】
前記加熱手段は面状発熱体であり、前記ベルトの内周面に摺擦するように前記溝部に配設される、
ことを特徴とする請求項1に記載の定着装置。
【請求項6】
記録材に形成されたトナー像を記録材に定着する定着装置であって、
内周面に潤滑剤を担持して回転する無端状のベルトと、
前記ベルトを加熱する加熱手段と、
前記ベルトの内側に設けられ、トナー像が形成された記録材を挟持搬送しつつ熱及び圧力を加えて記録材にトナー像を定着するニップ部を形成するニップ部形成部材と、
前記ニップ部形成部材に対し前記ベルトを挟んで配置され、前記ベルトの外周面に当接して前記ベルトを加圧する回転体と、を備え、
前記ニップ部形成部材は、前記回転体の回転軸線方向から見て、
前記回転体側が開口した溝部と、
前記記録材の搬送方向に関し前記溝部の下流で前記ベルトの内周面に摺擦して前記ベルトの軌道を規制する第一摺擦面が曲率を有する形状に形成された下流側摺擦部と、
前記搬送方向に関し前記溝部の上流で前記ベルトの内周面に摺擦して前記ベルトの軌道を規制する第二摺擦面が曲率を有する形状に形成された上流側摺擦部と、を有し、
前記第一摺擦面における前記回転軸線方向の線圧を「w1」(N/mm)、前記第一摺擦面の曲率半径を「R1」(mm)、前記第一摺擦面における前記ベルトの曲率半径を「G1」(mm)、前記第一摺擦面における等価曲率半径「Q1」(mm)を「1/Q1=1/R1-1/G1」とし、
前記第二摺擦面における前記回転軸線方向の線圧を「w2」(N/mm)、前記第二摺擦面の曲率半径を「R2」(mm)、前記第二摺擦面における前記ベルトの曲率半径を「G2」(mm)、前記第二摺擦面における等価曲率半径「Q2」(mm)を「1/Q2=1/R2-1/G2」としたとき、
前記第一摺擦面の「Q1/w1」と前記第二摺擦面の「Q2/w2」のうち、少なくとも小さい方が「5(mm2/N)以上80(mm2/N)以下」を満たす、
ことを特徴とする定着装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プリンタ、複写機、ファクシミリあるいは複合機などの、電子写真技術を利用した画像形成装置に用いて好適な定着装置に関する。
【背景技術】
【0002】
画像形成装置では、記録材上にトナー像を形成した後に、定着装置により記録材にトナー像を定着させている。従来、ヒータにより加熱される定着フィルムと、定着フィルムを加圧し定着ニップ部を形成する加圧ローラを有し、定着ニップ部を通過する際に熱と圧力を加えてトナー像を記録材に定着する、フィルム加熱方式の定着装置が提案されている(特許文献1、2)。定着フィルムの内側には、ヒータを定着フィルムの内周面に摺擦させて保持すると共に、加圧ローラとの間に定着フィルムを挟んで加圧するための加圧パッドが配設されている。そして、定着フィルムとヒータの摺動摩擦抵抗、及び定着フィルムと加圧パッドの摺動摩擦抵抗を低減させるために、定着フィルムとヒータ及び加圧パッドとの間にはグリスやオイル等の潤滑剤を介在させている。
【0003】
特許文献1に記載の装置では、定着フィルムの内周面を粗面化して潤滑剤を担持しやすくしている。特許文献2に記載の装置では、加圧パッドの表面に複数の溝を設けて、定着フィルムと加圧パッドの間に潤滑剤が介在させやすくしている。こうすると、定着フィルムとヒータの間、定着フィルムと加圧パッドの間の潤滑剤の厚みが増すので、もって定着フィルムがスリップしたりあるいはフィルム鳴きなどの異音が生じたりし難くできる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001-341143号公報
【特許文献2】特開平10-198200号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の装置では、使用に伴い定着フィルムの内面がヒータや加圧パッドとの摺擦によって滑らかになっていき、定着フィルムの内面で潤滑剤を保持し難くなり、定着フィルムがスリップしたり異音が生じたりする虞がある。他方、特許文献2に記載の装置では、記録材に対し適切に熱を加えることができない虞がある。即ち、加圧パッドの表面に溝を設けると、潤滑剤が溜まった溝部分とそれ以外の部分とで定着フィルムの内面への熱の伝わり方が異なる。潤滑剤が多く溜まった部分と接触する定着フィルムの内面は、潤滑剤の量が多いために定着フィルムへ熱が伝わりにくい。一方、潤滑剤が少ない部分と接触する定着フィルムの内面は、潤滑剤の量が少ないために定着フィルムへ熱が伝わりやすい。それ故、定着フィルムに温度ムラが生じてしまい、記録材上のトナー像に定着不良が生じ得る。
【0006】
本発明は上記問題に鑑みてなされたもので、潤滑剤に起因して定着フィルムに温度ムラが生じることなく、定着フィルムがスリップしたり異音が生じたりするのを抑制可能な画像形成装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一実施形態に係る定着装置は、記録材に形成されたトナー像を記録材に定着する定着装置であって、内周面に潤滑剤を担持して回転する無端状のベルトと、前記ベルトを加熱する加熱手段と、前記ベルトの内側に設けられ、トナー像が形成された記録材を挟持搬送しつつ熱及び圧力を加えて記録材にトナー像を定着するニップ部を形成するニップ部形成部材と、前記ニップ部形成部材に対し前記ベルトを挟んで配置され、前記ベルトの外周面に当接して前記ベルトを加圧する回転体と、を備え、前記ニップ部形成部材は、前記回転体の回転軸線方向から見て、前記回転体側が開口した溝部と、前記記録材の搬送方向に関し前記溝部の下流で前記ベルトの内周面に摺擦して前記ベルトの軌道を規制する第一摺擦面が曲率を有する形状に形成された下流側摺擦部と、前記搬送方向に関し前記溝部の上流で前記ベルトの内周面に摺擦して前記ベルトの軌道を規制する第二摺擦面が曲率を有する形状に形成された上流側摺擦部と、を有し、前記第一摺擦面における前記回転軸線方向の線圧を「w1」(N/mm)、前記第一摺擦面の曲率半径を「R1」(mm)、前記第二摺擦面における前記回転軸線方向の線圧を「w2」(N/mm)、前記第二摺擦面の曲率半径を「R2」(mm)としたとき、前記第一摺擦面の「R1/w1」と前記第二摺擦面の「R2/w2」のうち、少なくとも小さい方が「5(mm2/N)以上80(mm2/N)以下」を満たす、ことを特徴とする。
【0008】
本発明の一実施形態に係る定着装置は、記録材に形成されたトナー像を記録材に定着する定着装置であって、内周面に潤滑剤を担持して回転する無端状のベルトと、前記ベルトを加熱する加熱手段と、前記ベルトの内側に設けられ、トナー像が形成された記録材を挟持搬送しつつ熱及び圧力を加えて記録材にトナー像を定着するニップ部を形成するニップ部形成部材と、前記ニップ部形成部材に対し前記ベルトを挟んで配置され、前記ベルトの外周面に当接して前記ベルトを加圧する回転体と、を備え、前記ニップ部形成部材は、前記回転体の回転軸線方向から見て、前記回転体側が開口した溝部と、前記記録材の搬送方向に関し前記溝部の下流で前記ベルトの内周面に摺擦して前記ベルトの軌道を規制する第一摺擦面が曲率を有する形状に形成された下流側摺擦部と、前記搬送方向に関し前記溝部の上流で前記ベルトの内周面に摺擦して前記ベルトの軌道を規制する第二摺擦面が曲率を有する形状に形成された上流側摺擦部と、を有し、前記第一摺擦面における前記回転軸線方向の線圧を「w1」(N/mm)、前記第一摺擦面の曲率半径を「R1」(mm)、前記第一摺擦面における前記ベルトの曲率半径を「G1」(mm)、前記第一摺擦面における等価曲率半径「Q1」(mm)を「1/Q1=1/R1-1/G1」とし、前記第二摺擦面における前記回転軸線方向の線圧を「w2」(N/mm)、前記第二摺擦面の曲率半径を「R2」(mm)、前記第二摺擦面における前記ベルトの曲率半径を「G2」(mm)、前記第二摺擦面における等価曲率半径「Q2」(mm)を「1/Q2=1/R2-1/G2」としたとき、前記第一摺擦面の「Q1/w1」と前記第二摺擦面の「Q2/w2」のうち、少なくとも小さい方が「5(mm2/N)以上80(mm2/N)以下」を満たす、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、潤滑剤に起因してベルトに温度ムラが生じることなく、ベルトがスリップしたり異音が生じたりするのを抑制することが簡易な構成で実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本実施形態の定着装置を用いて好適な画像形成装置を示す概略図。
【
図3】ヒータとヒータ制御系の制御ブロックを示す概略図。
【
図5】本実施形態の加圧パッドを示す断面図であり、(a)加圧前の状態、(b)加圧後の状態。
【
図6】等価曲率半径と幅方向の線荷重の関係を示すグラフ。
【
図7】比較例の加圧パッドを示す断面図であり、(a)加圧前の状態、(b)加圧後の状態。
【発明を実施するための形態】
【0011】
<画像形成装置>
本実施形態の定着装置を用いるのに適した画像形成装置について、
図1を用いて説明する。
図1に示す画像形成装置100は、例えば装置本体100A外に設けられたコンピュータや原稿読取装置等の外部機器(不図示)から送られる画像情報に応じた画像を記録材Pに形成する。なお、記録材Pとしては、普通紙、厚紙、ラフ紙、凹凸紙、コート紙等の用紙、プラスチックフィルム、布など、といった様々な種類のシート材が挙げられる。
【0012】
感光ドラム1は、例えばアルミニウム製シリンダの外周面に感光層が形成された電子写真感光体であり、モータ(不図示)により所定のプロセススピードで矢印F1方向に回転される。感光ドラム1は表面が帯電ローラ2によって所定電位に均一に帯電されたのち、外部機器からの画像情報に応じて露光装置3から出力されるレーザー光により、表面に静電潜像が形成される。この静電潜像は、現像装置4によって現像剤を用いてトナー像に現像される。
【0013】
記録材Pは予めカセット5に積載されており、カセット5から供給ローラ6によって1枚ずつ搬送経路8aへ供給され、レジストローラ対7により所定のタイミングで転写ローラ9と感光ドラム1が当接して形成した転写ニップ部Tへ向け搬送される。記録材Pが転写ニップ部Tを通過する際に、転写ローラ9に対し不図示の電源によって転写電圧が印加されることに伴い、感光ドラム1上のトナー像は記録材P上に転写される。なお、記録材Pに転写されることなく感光ドラム1に残った転写残トナーは、クリーニング装置10により感光ドラム1から除去される。
【0014】
転写ニップ部Tを通過した記録材Pは定着装置11へ搬送されて、定着装置11により熱と圧力が加えられることにより、トナー像が記録材P上に定着される。そして、定着装置11を通過した記録材Pは搬送経路8cを通り、排出口13から装置本体100Aの上面に設けられた載置部14へ排出される。
【0015】
なお、本実施形態の場合、上記した感光ドラム1、帯電ローラ2、露光装置3、現像装置4、転写ローラ9、さらに不図示のモータや電源等により、記録材Pにトナー像を形成する画像形成ユニット300が構成されている。そして、画像形成ユニット300や定着装置11等は、装置本体100Aに設けられた制御部200により制御される。
【0016】
ここで、転写ローラ9及び転写ローラ9に対する転写電圧制御について説明する。一般的に、転写ローラ9としては、ステンレス(SUS)、鉄等の芯金9bの外周に、カーボン、イオン導電性フィラー等で「1×106~1×1010Ω」程度の抵抗に調整された半導電性の弾性層9aを形成した弾性スポンジローラが用いられる。本実施形態では、芯金9bの外周に、NBRゴムと界面活性剤等を反応させて形成した導電性を有するスポンジで弾性層9aをローラ状に形成した、イオン導電系の転写ローラ9を用いた。
【0017】
なお、弾性層9aの抵抗値は「1×108~5×108Ω」とした。一般的に、転写ローラ9の抵抗は装置本体100A内の温度や湿度に応じて変動しやすく、転写ローラ9の抵抗が変動すると、転写不良を生じさせる虞がある。そこで、本実施形態では、転写ローラ9の抵抗変動に起因する転写不良の発生を抑制するために、予め転写ローラ9の抵抗値を検出し、その検出結果に応じて転写ローラ9に印加する転写電圧を適正に制御する転写電圧制御を採用している。このような転写電圧制御として「ATVC(Active Transfer Voltage Control)」が従来から提案されており、本実施形態においても転写電圧制御として「ATVC」を採用している。
【0018】
「ATVC」は、転写時に転写ローラ9に印加する転写電圧を最適化する制御である。簡単に説明すると、画像形成装置100のスタンバイ中に転写ローラ9から感光ドラム1へ所定の電流(定電流)が流れる電圧を印加し、その時の電圧値から転写ローラ9の抵抗を検出し、転写時に検出した抵抗値に応じた転写電圧を転写ローラ9に印加する。この「ATVC」により、転写ローラ9の抵抗変動による転写不良の発生を抑制することができる。
【0019】
<定着装置>
次に、本実施形態の定着装置11について、
図1を参照しながら
図2を用いて説明する。
図2に示すように、本実施形態の定着装置11は、大きく分けて、定着フィルムユニット110と加圧ローラ24とを備える。
【0020】
回転体としての加圧ローラ24は、回転軸線方向の両端部が回転可能に、定着装置11の不図示の装置フレームに軸受保持されている。また、加圧ローラ24は、定着フィルムユニット110の定着フィルム22に当接して、定着フィルム22を加圧可能に設けられている。加圧ローラ24が定着フィルム22を加圧することによって、加圧ローラ24と定着フィルム22との間に定着ニップ部Nが形成される。加圧ローラ24は、例えばアルミニウムなどの金属製の芯金の外周に、厚さ「約3mm」のシリコーンゴム等の弾性層、弾性層の外周に厚さ「約30μm」のペルフルオロアルコキシアルカン(PFA)やポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等の離型層を有するものである。
【0021】
不図示のモータにより加圧ローラ24が回転されると、定着ニップ部Nで生じる摩擦力によって、加圧ローラ24の回転力が定着フィルム22に伝達され、定着フィルム22が加圧ローラ24に従動して連れ回る。記録材Pは定着ニップ部Nを挟持搬送され、その際に熱及び圧力が加えられることで、記録材Pにトナー像が定着される。記録材Pは定着ニップ部Nを通過すると、定着フィルム22及び加圧ローラ24から分離する。
【0022】
<定着フィルムユニット>
次に、定着フィルムユニット110について説明する。定着フィルムユニット110は、装置本体100Aに加圧ローラ24側に向けて移動可能に設けられている。定着フィルムユニット110は、定着フィルム22、定着フィルム22の内側に非回転に配置された加圧パッド21及びステイ50、加圧パッド21に保持されたヒータ23を有している。
【0023】
<定着フィルム>
定着フィルム22は、可撓性及び耐熱性を有する薄いフィルム状に形成された無端状のベルト部材である。定着フィルム22は、例えば電気鋳造法によって製造した円筒状で厚み「40μm」のニッケルの基層を有している。基層には、ニッケルのほかに鉄合金や銅、銀などを適宜選択して用いてよい。あるいは、耐熱性のある樹脂(ポリイミドなど)を用いてもよい。基層の厚みは、「20~60μm」の範囲に設定するのが好ましい。基層の内周には、加圧パッド21やヒータ23との摺動摩擦を低下させるために、フッ素樹脂、ポリイミド等により厚さ「10~50μm」の潤滑層が設けられている。本実施形態では、ポリイミドにより厚さ「10μm」の潤滑層を設けた。
【0024】
他方、基層の外周には、例えば耐熱性シリコーンゴム等により弾性層が設けられている。弾性層の厚さは、「100~800μm」の範囲に設定するのが好ましい。弾性層を形成するシリコーンゴム材料としては、例えばJIS-ASKER-C硬度「20度」、熱伝導率「0.8W/mK」のものを用いるとよい。この弾性層の外周には、例えばPFAやPTFEなどのフッ素樹脂により厚さ「30μm」の表面離型層が設けられている。本実施形態の場合、表面離型層にはPFAチューブを用いた。また、定着フィルム22の熱容量を小さくして、起動時に定着フィルム22の温度を所望温度に上昇させるのにかかるウォーミングアップタイムを短縮し、かつカラー画像を定着するときに好適な定着画像が得られるようにするため、弾性層の厚みが「300μm」に設定されている。
【0025】
定着フィルム22は、定着フィルム22の回転方向に交差する幅方向の両端部に配置された不図示のフランジ部によって回転可能に、且つ、幅方向の移動が規制されるように支持されている。図示を省略したが、フランジ部は、定着フィルム22の幅方向端部に内嵌されて、幅方向端部を回転可能に支持する円筒部と、定着フィルム22の幅方向端縁と当接可能な当接部とを有する。円筒部は、定着フィルム22の幅方向端部を内側から円筒状態に保持しつつ、定着フィルム22の回転を案内している。つまり、定着フィルム22は複数の張架ローラに架け渡されるように張架されていない、所謂フリーベルト構成である。
【0026】
なお、加圧ローラ24と定着フィルム22は、加圧ローラ24や定着フィルムユニット110の取り付け誤差などによって、僅かに並行からずれた状態に配置される場合がある。そうした場合、定着フィルム22は回転しながら幅方向に寄り移動し得る。定着フィルム22が幅方向に寄り移動したときには、フランジ部の当接部が定着フィルム22の幅方向端部を受け止めて定着フィルム22の幅方向への移動を規制する。
【0027】
<加圧パッド>
ニップ部形成部材としての加圧パッド21は、定着フィルム22の内側に設けられ、上記の定着ニップ部Nを形成する。加圧パッド21は幅方向に延びるモールド成形品であり、加熱手段としてのヒータ23を保持可能に形成されている。加圧パッド21は、ポリイミド、ポリアミドイミド、PEEK、PPS、液晶ポリマー等の高耐熱性樹脂や、これらの樹脂とセラミックス、金属、ガラス等との複合材料等から形成される。本実施形態においては、液晶ポリマーを金型に射出して成形した加圧パッド21を用いた。
【0028】
加圧パッド21に保持されたヒータ23は定着フィルム22の内周面に当接して、定着フィルム22を加熱する。また、本実施形態の場合、加圧パッド21はヒータ23を保持するとともに、定着フィルム22をガイドする機能を有している。
図2に示すように、加圧パッド21は、記録材Pの搬送方向(矢印X方向)の上流側と下流側とにおいて、回転する定着フィルム22の軌道を内側から規制して定着フィルム22をガイドする。本実施形態における加圧パッド21の形状については、後述する(
図4乃至
図5(b)参照)。
【0029】
<ステイ>
ステイ50は定着フィルム22に沿って幅方向に延びる例えば金属製の剛性部材(板金)であり、加圧パッド21側を開口させた断面略U字状に形成されている。ステイ50は、加圧ローラ24の加圧力によって加圧パッド21が変形しないように加圧パッド21を補強している。ステイ50には、幅方向両端部に上述のフランジ部が固定されている。フランジ部は、加圧ローラ24に向けて押圧されていてもよい。
【0030】
<潤滑剤>
定着フィルム22は、加圧パッド21またヒータ23に対し滑らかに摺動するために、内周面に潤滑剤を担持して回転する。定着フィルム22と加圧パッド21またヒータ23との間に潤滑剤を介在させることで、定着フィルム22と加圧パッド21またヒータ23との摺擦面における摺動摩擦抵抗を低減させている。本実施形態では、潤滑剤としてシリコーンオイル(例えば、温度23℃での粘度1000cSt)を用いた。なお、潤滑剤はシリコーンオイルに限らず、フッ素オイルでもよいしパーフロロポリエーテル(PEPE)グリスでもよい。
【0031】
<ヒータ>
次に、ヒータ23について
図3を用いて説明する。なお、
図3では説明を理解しやすくするために、定着フィルム22と摺擦するフィルム摺動面23Aと、フィルム摺動面23Aの反対側で定着フィルム22と摺擦しないフィルム非摺動面23Bに分けて、ヒータ23を図示した。
【0032】
ヒータ23はセラミックヒータなどの面状発熱体であって、
図3に示すように、フィルム摺動面23A側に幅方向に沿って発熱抵抗体26が形成されたセラミック基板27を有する。セラミック基板27は、その長手方向が記録材Pの搬送方向(矢印X方向)に交差する方向と略一致するように配置される。セラミック基板27には耐熱性、絶縁性、熱伝導性が良好な材料が用いられ、本実施形態では窒化アルミニウムを用いた。なお、セラミック基板27の寸法は、例えば幅が「7mm」、長さが「360mm」、厚さが「1mm」である。
【0033】
セラミック基板27上において発熱抵抗体26の表面は、オーバーコート層28によって保護されている。オーバーコート層28は、ヒータ23の電気的絶縁性及び定着フィルム22の摺動性を確保するために設けられる。本実施形態においては、厚さ「約50μm」の耐熱性ガラス層をオーバーコート層28として用いた。発熱抵抗体26の両端部には、給電用電極29、30が形成されている。給電用電極29、30は交流電源33に接続され、交流電源33から電力が供給される。本実施形態においては、銀パラジウムのスクリーン印刷パターンによって発熱抵抗体26の両端に給電用電極29、30を形成した。即ち、発熱抵抗体26は、銀、パラジウム、ガラス粉末(無機結着剤)、有機結着剤を混練して調合したペーストをスクリーン印刷によりセラミック基板27上に線帯状に形成したものである。なお、発熱抵抗体26の材料としては、銀パラジウム(Ag/Pd)以外にRuO2、Ta2N等の電気抵抗材料を用いてもよい。また、発熱抵抗体26の抵抗値は常温で「20Ω」とした。
【0034】
本実施形態では、ヒータ23の温度をサーミスタ25によって検出可能な構成とした。サーミスタ25は、図示を省略したが、高耐熱性の液晶ポリマーの上に断熱性を有するセラミックスペーパーを設け、その上にチップサーミスタ素子を固定する構成とした。このサーミスタ25は、チップサーミスタ素子側をフィルム非摺動面23Bに圧接させることで、ヒータ23の検温が可能になる。なお、サーミスタ25は最小通紙領域内に設けられており、CPU31に接続されている。そして、ヒータ23は、フィルム非摺動面23Bがステイ50側を向くようにして加圧パッド21に保持される(
図1参照)。これにより、ヒータ23と定着フィルム22の内周面が摺擦し、ヒータ23から定着フィルム22を介して記録材P上のトナー像に熱を加えることができる。
【0035】
次に、ヒータ23の温度制御について、
図3を用いて説明する。なお、本実施形態においてヒータ23の温度を制御可能な制御部200には、図示した以外にも例えば各種モータや各種電源などが接続されていてよいが、ここでは発明の本旨でないので、それらの図示及び説明を省略する。
【0036】
制御部200は、画像形成動作など画像形成装置100(
図1参照)の各種制御を行うものであり、例えばCPU(Central Processing Unit)31と、メモリ32とを有する。メモリ32はROM(Read Only Memory)やRAM(Random Access Memory)などにより構成され、画像形成装置100を制御する各種プログラムや各種データ等が記憶されている。CPU31は、メモリ32に記憶されている例えば画像形成ジョブ(不図示)などの各種プログラムを実行可能であり、記録材Pに画像形成を行うよう画像形成装置100を動作させ得る。本実施形態の場合、制御部200は交流電源33によるヒータ23への電力供給を制御して、ヒータ23の温度を調整し得る。なお、メモリ32は各種プログラムの実行に伴う演算処理結果などを一時的に記憶し得る。
【0037】
交流電源33が給電用電極29、30から発熱抵抗体26に通電してヒータ23が昇温すると、サーミスタ25がヒータ23の昇温を検出する。そして、サーミスタ25の出力をA/D変換した信号が制御部200に入力される。制御部200はその信号に基づいて、トライアック34により発熱抵抗体26に通電する電力を位相制御あるいは波数制御等により制御する。これにより、ヒータ23の温度制御がなされる。
【0038】
制御部200は、サーミスタ25の検出温度が所定の設定温度より低いと昇温するように、設定温度より高いと降温するように、交流電源33によるヒータ23への通電を制御することで、ヒータ23を一定温度に保つことが可能になる。本実施形態では、位相制御により発熱抵抗体26に通電する電力を「0~100%」の範囲で「5%」刻みの21段階で変化させている。出力100%は、ヒータ23に全通電したときの出力である。制御部200は、ヒータ23の温度が所定温度まで立ち上がり、定着フィルム22の回転速度が安定すると、定着フィルム22と加圧ローラ24の定着ニップ部Nに記録材Pを搬送させる。なお、本実施形態では定着フィルム22を加熱するためにベルトセラミックヒータを用いたが、これに限らず、例えばハロゲンヒータや誘導加熱方式のヒータ等であってもよい。
【0039】
<加圧パッド形状>
次に、本実施形態の加圧パッド21の形状について、
図2を参照しながら
図4乃至
図5(b)を用いて説明する。
図4に示すように、加圧パッド21にはステイ50と反対側に、ヒータ23を嵌合して保持可能な嵌め込み溝部210が幅方向に沿って延びた形状に形成されている。加圧パッド21は記録材Pの搬送方向(矢印X方向)に関し、嵌め込み溝部210の上流に上流側摺擦部211を有し、嵌め込み溝部210の下流に下流側摺擦部212を有している。上流側摺擦部211は嵌め込み溝部210の上流で定着フィルム22の内周面に摺擦して定着フィルム22の軌道を規制し、下流側摺擦部212は嵌め込み溝部210の下流で定着フィルム22の内周面に摺擦して定着フィルム22の軌道を規制する。
【0040】
図5(a)及び
図5(b)は本実施形態の加圧パッド21を示す断面図であって、
図5(a)は加圧ローラ24による加圧前の状態であり、
図5(b)は加圧ローラ24による加圧後の状態である。
図5(a)及び
図5(b)に示すように、加圧パッド21は、幅方向(加圧ローラ24の回転軸線方向)から見て、下流側摺擦部212が記録材Pの搬送方向(矢印X方向)に関し嵌め込み溝部210の下流で、嵌め込み溝部210の底面からヒータ23よりも加圧ローラ24側(回転体側)に突出している。また、上流側摺擦部211が記録材Pの搬送方向(矢印X方向)に関し嵌め込み溝部210の上流で、嵌め込み溝部210の底面からヒータ23よりも加圧ローラ24側に突出している。これは、ヒータ23よりも下流側摺擦部212及び上流側摺擦部211を加圧ローラ24側に突出させることにより、定着フィルム22がヒータ23のエッジに引っ掛かり難くするためである。
【0041】
そして、下流側摺擦部212は定着フィルム22の内周面と摺擦する第一摺擦面212aが曲率を有する形状に形成され、上流側摺擦部211は定着フィルム22の内周面と摺擦する第二摺擦面211aが曲率を有する形状に形成されている。下流側摺擦部212の第一摺擦面212a及び上流側摺擦部211の第二摺擦面211aについて、以下に説明する。
【0042】
<比較例>
まず、比較例について説明する。
図7(a)及び
図7(b)は比較例の加圧パッド21Aを示す断面図であって、
図7(a)は加圧ローラ24による加圧前の状態であり、
図7(b)は加圧ローラ24による加圧後の状態である。比較例の加圧パッド21Aにおいても、嵌め込み溝部210の上流に上流側摺擦部211を有し、嵌め込み溝部210の下流に下流側摺擦部212を有している。そして、下流側摺擦部212は定着フィルム22の内周面と摺擦する第一摺擦面2121が曲率を有する形状に形成され、上流側摺擦部211は定着フィルム22の内周面と摺擦する第二摺擦面2111が曲率を有する形状に形成されている。
【0043】
ここで、等価曲率半径(Q)は、加圧パッドの上流側摺擦部(または下流側摺擦部)における先端曲率半径「R」、上流側摺擦部(または下流側摺擦部)の摺擦面における曲率半径「G」として、以下の式1で表せられる。
1/Q=1/R-1/G ・・・ 式1
【0044】
なお、本明細書において、上流側摺擦部(または下流側摺擦部)における先端曲率半径「R」とは、記録材Pの搬送方向に関し、摺擦面の中央箇所と、摺擦面のうち定着フィルムと摺擦する最上流箇所と、摺擦面のうち定着フィルムと摺擦する最下流箇所との3箇所を通る近似曲線の曲率半径である(摺擦面の曲率半径とも呼ぶ)。また、上流側摺擦部(または下流側摺擦部)の摺擦面における曲率半径「G」とは、定着フィルム22において記録材Pの搬送方向に関し、摺擦面の中央箇所と、上流側において上流側摺擦部(または下流側摺擦部)と定着フィルムとの間に「10~20μm」の隙間が空いた箇所と、下流側において上流側摺擦部(または下流側摺擦部)と定着フィルムとの間に「10~20μm」の隙間が空いた箇所との3箇所を通る近似曲線の曲率半径である。
【0045】
比較例において、第二摺擦面2111の曲率半径(R2A)は例えば「0.6mm」であり、第二摺擦面2111における定着フィルム22の曲率半径(G2A)は第二摺擦面2111の曲率半径(R2A)と比較すると十分大きい値である。そのため、第二摺擦面2111における等価曲率半径(Q2A)はおおよそ「0.6mm」となる。
【0046】
比較例において、第一摺擦面2121の曲率半径(R1A)は「0.4mm」と、第二摺擦面2111の曲率半径(R2A)に比較して小さい。それに対し、第一摺擦面2121における定着フィルム22の曲率半径(G1A)は第一摺擦面2121の曲率半径(R1A)と比較すると十分大きい値であるため、第一摺擦面2121における等価曲率半径(Q1A)はおおよそ「0.4mm」となる。
【0047】
比較例において、加圧ローラ24による加圧時に、定着フィルム22と上流側摺擦部211と下流側摺擦部212のそれぞれに係る荷重は「45N」であり、幅方向の線荷重(w2、w1)を計算すると共に「0.14N/mm」となる。ここで、潤滑剤の循環しやすさのパラメータを「Q/w」と定義すると、「Q/w」が大きい方がより定着フィルム22によって潤滑剤が循環しやすいことが発明者らの実験によりわかっている。比較例の場合、第二摺擦面2111の「Q2A(≒R2A)/w2」は「約4.3mm2/N」であり、第一摺擦面2121の「Q1A(≒R1A)/w1」は「約2.9mm2/N」である。
【0048】
これに対し、本実施形態の場合、第二摺擦面211aの曲率半径(R2、
図5(a)参照)は、「2.5mm」と比較例に比べて大きい。そして、第二摺擦面211aにおける定着フィルム22の曲率半径(G2)は、第二摺擦面211aの曲率半径(R2)と比較すると十分大きい値である。そのため、第二摺擦面211aにおける等価曲率半径(Q2;「1/Q2=1/R2-1/G2」)は、実質的に第二摺擦面211aの曲率半径(R2)と同じ「2.5mm」である。
【0049】
また、第一摺擦面212aの曲率半径(R1、
図5(a)参照)は「2.0mm」であり、第二摺擦面211aの曲率半径(R2)より小さいが、比較例に比べれば大きい。そして、第一摺擦面212aにおける定着フィルム22の曲率半径(G1)は、第一摺擦面212aの曲率半径(R1)と比較すると十分大きい値である。そのため、第一摺擦面212aにおける等価曲率半径(Q1;「1/Q1=1/R1-1/G1」)は、実質的に第一摺擦面212aの曲率半径(R1)と同じ「2.0mm」である。
【0050】
本実施形態において、加圧ローラ24による加圧時に、定着フィルム22と上流側摺擦部211と下流側摺擦部212のそれぞれに係る荷重は「20N」であり、幅方向の線荷重(w2、w1)を計算すると共に「0.06N/mm」となる。本実施形態の場合、第二摺擦面211aの「Q2/w2」(実質的に「R2/w2」)は「約42mm2/N」であり、第一摺擦面212aの「Q1/w1」(実質的に「R1/w1」)は第二摺擦面211aの「Q2/w2」より小さい「約33mm2/N」である。
【0051】
<検討実験>
発明者らは、比較例と本実施形態の比較実験を行った。その実験結果を表1に示す。
【表1】
【0052】
実験における1つ目の観点は、例えば定着フィルム22と加圧ローラ24が冷えた状態で画像形成装置100が起動されたときに生じるスリップの抑制である。例えば夜間に停止していた画像形成装置100の電源が朝一にオンされた場合、定着フィルム22と加圧ローラ24は常温まで冷えており、潤滑剤の粘度が高いが故に、定着フィルム22とヒータ23との摺動抵抗が大きくなる。この場合、加圧ローラ24を駆動開始する際に、加圧ローラ24を駆動するモータ(不図示)のトルクが大きくなってしまう。そうすると、加圧ローラ24の回転に定着フィルム22が追従できず、スリップが生じることがある。例えば、加圧ローラ24との加圧力は「300N」に設定され、加圧ローラ24の回転速度は「300mm/s」に設定されている。
【0053】
比較例1の場合、起動時に係るモータの回転トルクは「2.4kg・cm」であり、本実施形態の場合、起動時に係るモータの回転トルクは「2.0kg・cm」であった。本実施形態の方は比較例に比べて回転トルクの低下がみられたが、共にスリップは生じなかった。モータの回転トルクが下がる要因を調べたところ、上流側摺擦部211や下流側摺擦部212による潤滑剤のせき止め量が、比較例1と本実施形態で異なることが分かった。
【0054】
比較例1においては、下流側摺擦部212における潤滑剤のせき止め量より上流側摺擦部211におけるせき止め量の方が小さかった。他方、本実施形態においては、上流側摺擦部211と下流側摺擦部212における潤滑剤のせき止め量は、下流側摺擦部212における潤滑剤のせき止め量より上流側摺擦部211におけるせき止め量の方が小さいが、それぞれのせき止め量が比較例1に比べてさらに小さくなっていることが分かった。
【0055】
このことから、「Q/w」が大きいほど、潤滑剤のせき止め量が少なく、通過できる潤滑剤の膜厚が大きくなることが確かめられた。よって、回転トルクが下がる要因は、「Q/w」がより大きいほど、上流側摺擦部211や下流側摺擦部212を通過する潤滑剤の膜厚が増加して定着フィルム22とヒータ23とが潤滑剤を介して摺擦する流体潤滑に近づくためと考えられる。つまり、スリップを抑制するには、上流側摺擦部211の第二摺擦面211aの「Q2/w2」と、下流側摺擦部212の第一摺擦面212aの「Q1/w1」のうち小さい方を可能な限り大きくすることである。
【0056】
本実施形態のようなフリーベルト構成では、定着フィルム22の軌道を規制するために、上流側摺擦部211や下流側摺擦部212のような突出部を設ける必要があり、上流側摺擦部211や下流側摺擦部212にはある程度の大きい線荷重が加えられる。このような構成では、上記のように潤滑剤をせき止めてしまうリスクがあるが、等価曲率半径「Q」を大きくするあるいは線圧「w」を小さくすることで、定着ニップ部Nに侵入する潤滑剤の膜厚を維持しやすくできる。
【0057】
実験における2つ目の観点は、ヒータ23の加熱時に生じるフィルム鳴きなどの異音の抑制である。ヒータ23の加熱に応じて定着フィルム22が高温になるほど、潤滑剤の粘度が低くなって、上流側摺擦部211や下流側摺擦部212を通過する潤滑剤の膜厚は小さくなり、ヒータ23に供給される潤滑剤が少なくなる。それ故、定着フィルム22とヒータ23との間における潤滑剤の膜厚が薄くなる。そうなると、定着フィルム22とヒータ23とが潤滑剤を介さずに摺擦する箇所の比率が増え、潤滑剤を介する流体潤滑と固体同士の接触である境界潤滑とが入り混じった混合潤滑状態になってしまい、スティックスリップが発生して異音が生じる。この異音を確認するための実験では、加圧ローラ24の加圧力が「300N」に、ヒータ23の温度が「220℃」に設定され、加圧ローラ24の回転速度が「300mm/s」から徐々に低下される。そして、異音が生じたときの加圧ローラ24の回転速度により、潤滑剤の膜厚を評価できる。
【0058】
比較例1において異音が生じたときの加圧ローラ24の回転速度は、「90mm/s」であった。それに対して、本実施形態では加圧ローラ24の回転速度が「10mm/s」まで低下されても、異音が生じなかった。即ち、本実施形態の方が定着フィルム22とヒータ23との間において潤滑剤の膜厚を厚く維持することができており、それにより定着フィルム22とヒータ23とが潤滑剤を介して摺擦する流体潤滑を維持できたためと考えられる。上記のように、「Q/w」が大きい本実施形態の方が、スリップと異音の抑制の観点で優位性があることが分かった。
【0059】
これに対し、潤滑剤の粘度で対策しようとしたものが表1に示した比較例2と比較例3である。粘度が低い潤滑剤を用いた場合は、朝一起動時での潤滑剤粘度が低く、モータの回転トルクを低くできるので、スリップが生じ難くできる。しかし、高温になるほど粘度が低下してしまい、上流側摺擦部211や下流側摺擦部212を通過する潤滑剤の膜厚が小さくなり、定着フィルム22とヒータ23間に供給される潤滑剤が少なくなるので、高温時異音は生じやすくなってしまう。また、粘度が高い潤滑剤を用いた場合は、粘度が低い潤滑剤を用いた場合と反対に、異音が生じるのを抑制できるが、スリップが生じやすくなってしまう。
【0060】
このような実験を「Q/w」を振って行った結果を
図6に示す。
図6において、「〇」はスリップと異音が共に生じなかったことを示し、「×」はスリップと異音の少なくともいずれかが生じたことを示す。
図6から理解できるように、「Q/w」が「5mm
2/N」以上であれば、スリップ及び異音が生じるのを抑制できる。
【0061】
表2では、先端余白(mm)が「3.5mm」である画像形成装置における「Q/w」と、先端余白(mm)が「5.5mm」である画像形成装置における「Q/w」を一例に示している。表2において、「〇」はスリップ及び異音が生じておらず、さらに記録材Pと定着フィルム22との分離性が良好で且つ定着フィルムに温度ムラが生じていないことを示す。「△」はスリップ及び異音が生じておらず、さらに記録材Pと定着フィルム22との分離性も良好であるが、定着フィルムに温度ムラが生じたことを示す。「×」はスリップと異音の少なくともいずれかが生じ、それに加えて、記録材Pと定着フィルム22との分離性が良好でないことを示す。
【表2】
【0062】
「Q/w」が大きい場合、即ち等価曲率半径「Q」が大きい場合あるいは線圧「w」が小さい場合、下流側摺擦部212において定着フィルム22の軌道が緩やかになることから、記録材Pと定着フィルム22との分離性が低下する。
【0063】
そうであるから、本実施形態では、上流側摺擦部211の第二摺擦面211aの「Q2/w2」と、下流側摺擦部212の第一摺擦面212aの「Q1/w1」のうち少なくとも小さい方が「5(mm2/N)以上80(mm2/N)以下」を満たせばよい。あるいは、第一摺擦面212aの「Q1/w1」と第二摺擦面211aの「Q2/w2」の両方が、「5(mm2/N)以上80(mm2/N)以下」を満たせばよい。
【0064】
これは、「Q1/w1」と「Q2/w2」のいずれか一方でも「5(mm2/N)」より小さいと、上流側摺擦部211や下流側摺擦部212に潤滑剤がかきとられやすくなり(つまりせき止め量が大きい)、定着フィルム22に担持される潤滑剤が少なくなり過ぎて、定着ニップ部Nに侵入する潤滑剤の膜厚が薄くなるからである。他方、「Q1/w1」と「Q2/w2」のいずれか一方でも「80(mm2/N)」より大きいと、上流側摺擦部211や下流側摺擦部212に潤滑剤がかきとられ難くなるが(つまりせき止め量が小さい)、定着フィルム22に担持される潤滑剤が多すぎて担持され難くなって、その結果、定着ニップ部Nに侵入する潤滑剤の膜厚が薄くなるからである。なお、第一摺擦面212aの「Q1/w1」は、記録材Pの分離性の観点から「10(mm2/N)以上30以下(mm2/N)」とするのが好ましい。「Q1/w1」が「10(mm2/N)以上30以下(mm2/N)」であると、記録材Pの分離性が良好となる。
【0065】
以上のように、本実施形態では、加圧パッド21に関し、上流側摺擦部211の第二摺擦面211aの「Q2/w2」と、下流側摺擦部212の第一摺擦面212aの「Q1/w1」のうち少なくとも小さい方が「5(mm2/N)以上80(mm2/N)以下」を満たす。そうなるように、上流側摺擦部211と下流側摺擦部212とを形成した加圧パッド21が定着フィルム22の内側に非回転に配設される。こうすることにより、定着フィルム22とヒータ23との間において潤滑剤の膜厚を厚く維持することができ、潤滑剤に起因して定着フィルム22に温度ムラが生じることなく、定着フィルム22がスリップしたり異音が生じたりするのを抑制することができる。
【0066】
<他の実施形態>
なお、上述した実施形態では、感光ドラムに形成したトナー像を記録材に直接転写する直接転写方式について説明したが、感光ドラムに形成したトナー像を中間転写ベルトに転写する中間転写方式にも適用可能である。
【0067】
なお、本技術は以下のような構成も取ることができる。
(1)
記録材に形成されたトナー像を記録材に定着する定着装置であって、
内周面に潤滑剤を担持して回転する無端状のベルトと、
前記ベルトを加熱する加熱手段と、
前記ベルトの内側に設けられ、トナー像が形成された記録材を挟持搬送しつつ熱及び圧力を加えて記録材にトナー像を定着するニップ部を形成するニップ部形成部材と、
前記ニップ部形成部材に対し前記ベルトを挟んで配置され、前記ベルトの外周面に当接して前記ベルトを加圧する回転体と、を備え、
前記ニップ部形成部材は、前記回転体の回転軸線方向から見て、
前記回転体側が開口した溝部と、
前記記録材の搬送方向に関し前記溝部の下流で前記ベルトの内周面に摺擦して前記ベルトの軌道を規制する第一摺擦面が曲率を有する形状に形成された下流側摺擦部と、
前記搬送方向に関し前記溝部の上流で前記ベルトの内周面に摺擦して前記ベルトの軌道を規制する第二摺擦面が曲率を有する形状に形成された上流側摺擦部と、を有し、
前記第一摺擦面における前記回転軸線方向の線圧を「w1」(N/mm)、前記第一摺擦面の曲率半径を「R1」(mm)、前記第二摺擦面における前記回転軸線方向の線圧を「w2」(N/mm)、前記第二摺擦面の曲率半径を「R2」(mm)としたとき、
前記第一摺擦面の「R1/w1」と前記第二摺擦面の「R2/w2」のうち、少なくとも小さい方が「5(mm2/N)以上80(mm2/N)以下」を満たす、
ことを特徴とする定着装置。
(2)
前記第一摺擦面の「R1/w1」と前記第二摺擦面の「R2/w2」の両方が、「5(mm2/N)以上80(mm2/N)以下」を満たす、
ことを特徴とする前記(1)に記載の定着装置。
(3)
前記第一摺擦面の「R1/w1」は、「10(mm2/N)以上30以下(mm2/N)」である、
ことを特徴とする前記(1)又は(2)に記載の定着装置。
(4)
前記第一摺擦面の「R1/w1」は、前記第二摺擦面の「R2/w2」より小さい、
ことを特徴とする前記(1)乃至(3)のいずれか1つに記載の定着装置。
(5)
前記加熱手段は面状発熱体であり、前記ベルトの内周面に摺擦するように前記溝部に配設される、
ことを特徴とする前記(1)乃至(4)のいずれか1つに記載の定着装置。
(6)
記録材に形成されたトナー像を記録材に定着する定着装置であって、
内周面に潤滑剤を担持して回転する無端状のベルトと、
前記ベルトを加熱する加熱手段と、
前記ベルトの内側に設けられ、トナー像が形成された記録材を挟持搬送しつつ熱及び圧力を加えて記録材にトナー像を定着するニップ部を形成するニップ部形成部材と、
前記ニップ部形成部材に対し前記ベルトを挟んで配置され、前記ベルトの外周面に当接して前記ベルトを加圧する回転体と、を備え、
前記ニップ部形成部材は、前記回転体の回転軸線方向から見て、
前記回転体側が開口した溝部と、
前記記録材の搬送方向に関し前記溝部の下流で前記ベルトの内周面に摺擦して前記ベルトの軌道を規制する第一摺擦面が曲率を有する形状に形成された下流側摺擦部と、
前記搬送方向に関し前記溝部の上流で前記ベルトの内周面に摺擦して前記ベルトの軌道を規制する第二摺擦面が曲率を有する形状に形成された上流側摺擦部と、を有し、
前記第一摺擦面における前記回転軸線方向の線圧をw1(N/mm)、前記第一摺擦面の曲率半径を「R1」(mm)、前記第一摺擦面における前記ベルトの曲率半径を「G1」(mm)、前記第一摺擦面における等価曲率半径「Q1」(mm)を「1/Q1=1/R1-1/G1」とし、
前記第二摺擦面における前記回転軸線方向の線圧を「w2」(N/mm)、前記第二摺擦面の曲率半径を「R2」(mm)、前記第二摺擦面における前記ベルトの曲率半径を「G2」(mm)、前記第二摺擦面における等価曲率半径「Q2」(mm)を「1/Q2=1/R2-1/G2」としたとき、
前記第一摺擦面の「Q1/w1」と前記第二摺擦面の「Q2/w2」のうち、少なくとも小さい方が「5(mm2/N)以上80(mm2/N)以下」を満たす、
ことを特徴とする定着装置。
【符号の説明】
【0068】
11…定着装置、21…ニップ部形成部材(加圧パッド)、22…ベルト(定着フィルム)、23…加熱手段(ヒータ)、24…回転体(加圧ローラ)、210…溝部(嵌め込み溝部)、211…上流側摺擦部、211a…第二摺擦面、212…下流側摺擦部、212a…第一摺擦面、P…記録材